*星空文庫

茗荷の舌 第8話ー雀瓜

草片文庫(くさびらぶんこ) 作

茗荷の舌 第8話ー雀瓜

子狸の摩訶不思議なお話。PDF縦書きでお読みください


    
  
 もう秋だというのに、今日も本当に暑い。髪の毛の中に汗がじっとりと湧き出てくる。
 新宿で買い物をして南平駅から歩いて家の前にくると、野良猫の黒虎が家の囲いの鉄柵から睡蓮鉢をのぞいている。出目金を狙っているのだろうか。
 僕が近づくのを見た黒虎はひょいと囲いをまたぐと、睡蓮鉢に近づいていく。
 茶色の見慣れない猫が前の家の石垣から駆け下りてきて、僕の前をすっと横切った。そやつはひょいと家の囲いを乗り越えると、黒虎と同じように睡蓮鉢に近寄っていく。
 玄関の前にはグレイの大きな猫がちょこんと座っている。子猫の頃からいる野良猫だが、この数年見かけなかった。
 そいつものったりと歩き出してこちらにやってくる。
 ふと見ると、うちの猫の白が睡蓮鉢の上にはりだしている柿の木の枝から下をのぞいている。
 みんな睡蓮鉢の周りに集まった。この猫たちはいつもなら喧嘩をする連中なのにどうしちまったんだ。
 何があるのかと僕も睡蓮鉢を道のほうから覗いて見た。猫たちはそれでも逃げない。
 八匹の黒い出目金が輪になって泳いでいる。猫はじいっと見つめている。
 そのうち一匹の出目金が水面に浮いてくると、猫たちに向かって口をぱくぱくさせた。
 そいつは片目に白い眼帯をしている。
 なんだこやつは。
 と思うと、猫たちがいきなり八方に駆け出した。茶色の猫は石垣を駆け上がり、さらに上の家の石垣も駆け上がって消えていった。黒虎は公園に続く木の生えた崖に駆け上がり丘陵公園に消えていった。あのデブのグレイも恐るべき勢いで玄関の前を駆け抜け、隣りの家の庭に消えていったのである。そういえば木の上の白はと見るとすでにいなかった。
 出目金はみんな睡蓮鉢の底の方でもそもそ動いている。さっきの眼帯はなんだろう。幻影か。猫たちは本当にいたのだろうか。秋というのに本当に暑い。

 さて、お昼の茶漬としよう。この海苔の佃煮も子木子が作ったものである。ちゃぶ台に海苔の佃煮と、我家で採れた梅で作った梅干を用意した。白いご飯の上に、海苔の佃煮をのせ、梅干を小さくちぎって、静岡のお茶をかけた。海苔梅茶漬けだ。さらっとかきこむと、口の中で海苔と梅とお茶の風味がまじり、ふーっと梅海苔の香が鼻に抜けてくる。茶漬けはこうこなくちゃ、と、二杯も食べてしまった。
 食後は必ず眠くなる。ごろんと横になった。
 暫らく経ったときである。カタンと猫穴の音がしたので目を覚ました。板の間で寝てしまったのでからだがちょっと痛い。
 白が帰ってきて目の前でおちゃんこをした。真っ白の白の口元が緑色になっている。「なんだい」と見ると、白はニャーと鳴いた。そのとたん、白の口から緑色のものがコロンと床の上に落ちた。オリーブのような緑色の実である。
 からだを起こし、手にとって見ると、雀瓜の実であった。少し濃い緑色の筋の入った可愛い実である。柿屋さんで買った図鑑を開いてみると、雀瓜は瓜科のつる性植物で、烏瓜に近い種類とある。しかし、実は小さく赤くならない。沖縄にはもう少し大きく、赤くなる沖縄雀瓜がある。
 「どこで見つけたんだい」と白に聞くと、白はニャーと鳴いて、猫穴からまた外に出ていった。
 雀瓜を手にとって見ているところに、白がまたもや雀瓜を咥えてきて僕の前においた。
 またかたっと猫穴の蓋が開く音がして、野良のグレイの猫も雀瓜を咥えてきて僕の目の前においた。それからは、茶猫や黒虎猫が入ってきて、雀瓜をもってくると、僕の目の前に積んだ。次から次へと見たことのないような猫までも部屋の中に入ってくると、雀瓜を置いていった。僕の前には雀瓜の山ができ始めた。
 何がおきたのだろう。雀瓜をどうしようというのだい。目の前の雀瓜を見てぼーぜんとなっていると、白が戻ってきて最後の一つをコロンと落とした。
 白はにゃあああと鳴くと外に出て行った。
 どうしよう。こんなときは知り合いの多摩子さんに電話をするのがいい。多摩子さんは布の染色家で、かわった植物を使って面白い色と模様を作りだす。だから、植物の事はよく知っているし、猫好きだから猫のこの行動も分かるかもしれない。
 電話をかけて、出来事を説明すると、雀瓜をもってきてくれという。しかし、ちょっと遠い。
 多摩子さんは鎌倉に住んでいるのだから行くとすると大分かかる。今日は無理だと思っていたら、採り立てじゃなきゃだめというので、出かけることにした。
 雀瓜を布の袋に入れた。何か他に土産でもないかと冷蔵庫を開けると、冬虫夏草の佃煮があった。子木子が作ってくれたものである。それを半分ほど瓶にわけ土産にすることにした。京王線で新宿に出て、山の手、湘南ラインと乗り継いで行かなければならない。

 夕暮れ時ようやく北鎌倉の多摩子さんの家にたどりついた。
 「いらっしゃい」
 「久しぶりです」僕は多摩子さんの住まい兼作業場に上がった。
 多摩子さんはお茶漬けの用意をして待っていてくれた。
 「お腹すいたでしょう」
 キッチンのテーブルには鎌倉で獲れたばか貝をハーブ数種類と共に醤油に入れて煮た佃煮があった。多摩子さんも料理は上手である。
 「おみやげ」と僕は瓶を手渡した。
 「へー、なあに」
 「冬虫夏草の佃煮」
 「それは珍品ね、子木子君が作ったの」
 「ええ」
 「ありがとう、不老長寿の薬にもなるし、精力剤にもなるわねえ、ほほほ」
 と微笑んだ。
 多摩子さんに雀瓜をわたした。
 「ばか貝のお茶漬け食べてて、その間に雀瓜の染色をしてみるわね、即席よ」
 多摩子さんは雀瓜を銅の小さな鍋に入れて煮はじめた。湯が沸き始めるとかわいらしい実がころころと湯の中で動き回っている。
 僕はばか貝の茶漬けを食べた。
 「これはおいしい」
 「そうでしょ、このばか貝、本当に馬鹿なの、染色に使う海水を取りにバケツをもって海岸にいったの、バケツを横にして海水を取ろうとしたら、海水と一緒にばか貝たちがぞろぞろと勝手にバケツに入ったの。それで、きっと佃煮にしてほしいということだろうと思って作ったのよ」
 何なんだか分からないが、ともかく、茶漬けは美味い。
「雀瓜を煮ている水は鎌倉の海水なの」
と多摩子さんがいっているが、猫がとってきた意味がわかっているのだろうか。
 「ねえ、なぜ猫がもってきたの」
 それを教えてもらうためにわざわざ来たので、染色に使ってもらうためではないのだが、と思いながらももう一度くり返した。
 「多摩子さんなら分かるだろうと思って来たのだけれど」
 「あ、そう、そんなこと分かるわけが無いじゃない。私はてっきり、雀瓜で何か染色して欲しいのかと思った」
 早合点もいいところだが、いつものことである。勝手に染色に使ってしまっては猫に怒られそうだ。
 「何か作って持って帰ればいいのよ」
 雀瓜の実はゆでても緑色のままで全く変わらず、海水も透明のままだ。
 「だめかもね」
 多摩子さんは、どのようなものでも煮てしまい、そこに布を浸して、偶然できた模様や色で有名になったのだ。理論なんて無くて、お猿さんのようにでたらめにやっているのだ。おっと、そんなこと言うとお猿にしかられちまう。全く無頓着に何でもやってしまうので何とかなるのだろう。フランスではかなり有名なんだそうだ。
 「猫ちゃんたちどうして雀瓜とってきたのかなあ」
 また同じことを言っている。それを聞きに来たのに。
 「きっと何かを作って欲しかったのよ、佃煮かもしれないわね、でも猫が佃煮食べないかな、とすれば、おもちゃを作って欲しかったのよ、ほらじゃらすやつ」
 「出目金に頼まれたようなんだけど」
 「出目金が猫たちに雀瓜とって来るように言ったの」
 「だと思う」
 「でも、もう、煮ちゃった」
 多摩子さんは、
 「これで染色した布でじゃらして御覧なさい、きっと喜ぶわよ、出目金も一緒に遊びたいのじゃない」
 と結論を出した。ほんとだろうか。

 一時間も煮ただろう、まだ、雀瓜は緑色のままで、海水も透明のままだ。
 「でも、布を入れれば色が出るかもね」
 多摩子さんは、白いハンカチを持ってくると、無頓着にちゃぽんと雀瓜がごろごろと動き回っている湯気の出た海水の中に入れた。火を強くしてさらに煮立たせた。すると、ハンカチは次第に透明になっていく、やがて、セロハンのように透けてしまった。
 これでは染色じゃなくて脱色だ。
 「すてき、透明に染まるなんて、すばらしいわ」
 多摩子さんは雀瓜でハンカチを透明に染めたとおっしゃったのだ。
 「これで、また、フランスで有名よ」
 などと、のたまわった。
 多摩子さんはハンカチを湯の中でかき回した。
 「ねえ、これ、ハンカチだけじゃなくて、人間も透明にならないかな」
 きょとんとしている僕に、
 「お風呂に雀瓜を入れて湯を沸かすの、その中に入っていると、透明人間になれるかもしれない」
 H・G・ウエルズも仰天してしまうほどの想像力だ。
 「ねえ、猫ちゃんたちに、もっと採ってきてと言ってね」
 勝手なことを言っている。でも本当に透明人間になるつもりかもしれない。
 多摩子さんはセロファンのように透明なハンカチを海水から箸でつまみあげると、水道水でじゃあじゃあ洗い、絞ると、ドライヤーで乾かした。
 「さー、できたわ、これで猫ちゃんたちをじゃらして御覧なさい」
 ということで、透明に染めたハンカチはもらっていくことにした。
 白になんと言い訳をしたらいいんだろう。僕は透明のハンカチをポケットにいれて、多摩子さんにお礼を言って鎌倉を後にした。

 家に戻ったのは、夜中の一時だった。
 真っ暗な玄関の鍵を開け、明かりをつけると、居間の真ん中に猫たちが丸く集まっているではないか。
 しかたがないので、雀瓜で透明に染めたハンカチをだして、多摩子さんが言ったように振って見た。じゃれるだろうか。
 猫たちは、ばーかみたいという顔をしながら立ち上がった。
 僕は透明なハンカチを猫の前に置いてみた。
 白がゆっくりと歩いてきて、ハンカチの端を咥えると猫穴のほうに歩いていった。他の猫たちもよっこらしょと立ち上がって白の後を付いて歩いていった。みんな猫穴から出ていってしまった。最後の黒虎の猫が振り返って僕を見た。一緒に来いと言っているようだ。
 多摩子さんが言ったように透明のハンカチで遊ぶのだろうか。僕も玄関の戸を開けて外に出た。
 玄関に人がいる。提灯を持ったイングリッド・バーグマンだ。前にまわって僕の足元を照らしてくれた。尾はないようで少しはうまく化けた。
 庭に行くと猫たちは金魚鉢をのぞきこんでいる。僕も見てみると、透明のハンカチが水面に浮かべてあり、その上に黒い出目金が乗っかって、眼帯をはずそうとしていた。出目金は眼帯をはずすと、ハンカチの端を眼に当ててしばらく静かにしていた。やがて、ハンカチを四角く噛み切ると、自分の目に当て、ぴょこんと、ハンカチから飛び降りた。そのまま底のほうに沈んでいった。
 イングリッド・バーグマンが、雀瓜で染めた布は出目金のモノモライの薬になるのだと教えてくれた。
 「お茶漬けでもどう」
 と、イングリッド・バーグマンに声をかけたのだがイングリッドはもういなかった。
 猫たちも闇夜に消えていった。
 僕は家に入ると、瓜の糠漬けで茶漬けをつくって食べた。

「茗荷の舌」所収、自費出版33部 2016年 一粒書房

『茗荷の舌 第8話ー雀瓜』

『茗荷の舌 第8話ー雀瓜』 草片文庫(くさびらぶんこ) 作

庭のスイレン鉢の中の出目金が眼帯をかけている。それを見た猫たちが雀瓜の実をとってきたが、僕は何をしたらいいのだろう。

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-07-13
Copyrighted

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