鎧を着てロボットになった少年の日常
元の世界を離れてしばらく経つ。王子に連れてこられたこの場所は、日本どころか地球ですらないらしい。住んでる人はみんな機械で出来ていて、ロボットのようなごつごつした見た目をしている。人間に近い見た目の人もいるけれど、機械を動かす結晶が体に付いていたり、機械そのものがはみ出していたりする。
王子に鎧を着せられたボクも、今は中身が機械みたいになっている。
「リョウ、入るぞ」
部屋に入ってきたのは王子だった、沢山の服が吊されたハンガーラックを引いている。
「なんだ、また裸なのか」
部屋に居るとき、ボクは鎧のままだ。鎧と言っても脱ぐことはできない。この下は機械になっているし、鎧そのものが肌のように感覚がある。
ボクや王子は装甲種という人種だそうで、この世界でも特に鎧の割合が大きい。そのせいもあって、ボクにはまだ、鎧そのものが服のような気がしてならない。この上に何か着るのは、なんだか変な気がするんだ。
「いいでしょ、一人なんだし」
「オレたちにとって鎧は肌なんだぞ。ほら、マントをたくさん持ってきたから、気に入るのがないか試してみろよ」
この国では服のことをマントと言う。そもそも、鎧と機械で出来てる人たちに身を守るものは不要のようで、服には体を隠す以上の意味はない。なのに、マントにはものすごく沢山の種類がある。
「これなんかどうだ、下がキュロットになってるんだ」
「毛でごわごわしてるのに半ズボンなんて変じゃない?」
ボクの鎧は王子と同じで全身を覆うタイプだが、王子と違って、少しは肌が出ている部分もある……そして、肌の出ている部分は人間ではなくオオカミのものだ。ふかふかの毛が生えていて、マントを着るとその部分が盛り上がってしまう。鎧自体もゴツゴツした見た目だから、短パンだと、無理矢理履かされているようにも見える。確かに、王子と比べたら体はずっと小さいのだけれど。
「なら、これなら……」
その後も、シンプルな全身を隠すだけのマント、ワンピースのようなマント、装甲種用に裾を大きくした服のようなマントなども試したが、しっくりこない。王子は不満そうだ。
「まいったな、これじゃ一緒に出かけられないじゃないか」
「このままでいいじゃん。王子だって、ボクの世界では裸になったんだし」
「分かりやすいようにするためだ、リョウは鎧を知らないから」
ばつが悪そうな王子に、ボクは追い討ちをかけた。
「そうだよね、あのときは知らなかったもんね。王子がボクの鎧の中を舐めたのって、とってもエッチなことだったんだもんね」
王子の顔が赤くなる。ボクはここに来て、あれがエッチなことだったと知った。それも、ボクの世話をしてくれる人にうっかり話してしまったものだから、とても恥ずかしい思いをした。王子のしたことということで誰にも話してないみたいだけど、知らなかったボクにはどうしてくれるんだろう。
ボクは王子のマントをめくって、彼の体を見た。
「ボクにはわかんないけど、これもエッチなことなんだよね? 王子様なのに、変態なの?」
「違う、そんなことは……」
「じゃあ、証拠を見せてよ」
◆◆◆
裸のままのボクを、王子は別の建物へと連れてきた。王宮の別館らしく、装飾はとても美しく、上品だ。
「モモ、モーモ、いるか?」
王子が呼ぶと、犬っぽい見た目の人が出て来た。オオカミのボクより柔らかそうで、肌の面積はずっと広い。鎧になっている部分のほうが少ないくらいだった。
「いるよ、大声出さないでくれ」
モモさんは名前の印象と違って、大人の男の人のような声だった。性別は、全身に毛が生えてるせいで、見た目からは分からない。
「見えなかったからな。ほら、前話したオレのパートナーだ。オレのことを変態呼ばわりする割に、マントを着ようとしないんでな……従者たちからあらぬ噂を聞いてるとも限らん、誤解を解いて欲しいんだ」
「わたしに頼むことかね、そいつは」
モモさんは腰に下げていた工具を手に取り、作業机に置いてあった宝石のような水晶のような、透き通った玉をガンガンと叩いて見せる。
「そこの坊やが変態呼ばわりされるハメになるかもしれないよ」
王子は首を大きく横に振り、真剣な顔でモモさんを見つめていた。
「パートナーには、オレがどういう鎧なのかを知って欲しいんだ。お前のやり方で構わない、頼まれてくれるか、モモ」
王子の頼みを、モモさんはため息をつきながらも引き受けた。王子は仕事に戻り、ボクはモモさんと二人きりになった。
「で、少年。王子と何があったんだい」
ボクは王子に鎧の中身を触られたり、ぺろぺろ舐められたことを話した。モモさんは大声で笑った。
「あっははは! なるほどねぇ。頭の固い従者たちじゃあ、そんなことでも目くじら立てるだろうねぇ」
「じゃあ、大したことじゃないんですか」
モモさんは手のひらを横に振る。
「あんなのお遊びだよ。王子はね、取り乱すあんたを落ち着かせようと思ってやったのさ。あんなんだけど傷つきやすい性格だからね、変態っていわれて相当傷ついてるんじゃないかなぁ」
悪いことをしたかなと、ボクは思い始めていた。世話係の人たちは王子の行為を聞いて、とても変なことだと言っていたけれど、モモさんはそんなことないと言う。
「なんで、お世話係の人たちはあんなに怒ってたんですか」
モモさんは椅子に座り、ボクにも座るよう空いている椅子を指さした。
「王子はね、偉い人だから期待されているんだよ。王子のおじいさんはとても強い王様だった、戦争をほとんど終わらせちゃうくらいにね。お父さんは政治が上手かった、おかげで死ぬ鎧はずっと少なくなった。けどね」
「けど?」
モモさんは話しながら、下を向いてしまった。
「二人とも、国民の格差を減らすことはできなかった。この世界では、戦いで強い鎧が偉くて、戦いの弱い鎧は地位が低いんだ。わたしみたいな軽装種は、以前だったら王宮に出入りすることもできないくらいだった」
「今は違うんですか?」
モモさんは小さく笑って、毛むくじゃらの体をボクに見せた。
「わたしの鎧は、先代国王から譲り受けたものだ。少年はもう聞いたかい? 鎧は生涯に一度だけ、着替えることができると」
聞いていないと答えると、モモさんは説明を始めた。
「鎧はね、一回だけ着替えられるんだ。脱ぐか、着るかのどちらか一回だけね。国王が脱いだものを、わたしは着させてもらったんだ。少年、あんたの鎧は王子があんたに着せるために脱いだものなんだよ」
初耳だった、鎧を着替えられるなんて。
「じゃあ、ボクは元に戻れるんですか?」
「着替えるってのは、あんたの言葉で言えば作り替えるのほうが近い。自分の部品を分けるためには、専用の培養槽に浸かる必要がある。着る方は、一度着ると毛むくじゃらになってしまって、培養槽には入れなくなる。培養槽に入った者も、毛むくじゃらになった者も、二度と別の鎧は着れない。それが、一度しか着替えができない理由。わたしもあんたも、死ぬまでこの見た目のまま変わらないのさ」
説明されても、よくはわからなかった。ただ、ボクの体は、元々王子の体だったらしいことはわかった。
「じゃあ、モモさんは前の王様のパートナーなんですか?」
「軽装種じゃ国王のパートナーにはなれないよ、王宮勤めにはなれたけどね。でも、王子はそんなわたしが気の毒らしくて、よく遊びに来てくれるんだ。じゃあ、わたしの仕事を見てもらおうか」
◆◆◆
モモさんの仕事は快楽士と言うらしく、寿命が長く、ストレスの貯まりやすい鎧をリフレッシュさせることだと教えてくれた。言われるがまま、ボクはモモさんの工場にあるベッドへ横になった。
「じっとしててよ、危ないから」
言うが早いか、モモさんはボクの股間に工具を当てた。ちんちんを触られてるみたいで、変な感じがする。
「も、モモさん、これエッチなことじゃないの?」
「性別がわからないと快楽士は不便だからね。それとも、誤解したままお部屋へ帰るかい?」
ボクは我慢することにした。考えてみたら、もうちんちんも金玉もないんだ。恥ずかしがることはない。
「んくっ……!」
いろんな工具が差し込まれ、ボクの股間はたちまち開かれてしまった。中の機械や結晶が剥き出しになる。モモさんはボクの目の前で、剥き出しになった結晶にピンを差し込んで外してしまった。
「んああっ!」
「あ、結晶を外すのは初めてか。言わなくてごめんよ、慣れれば大したことないんだけどね」
「は、はひ」
金玉を握られるような感じだった。何もなくなったところは、なんだかスースーする気がする。
「股間の動力結晶は四個、連結はなし……あんた、男の子だね。王子とおそろいだよ」
「そう、なんですか」
鎧になっても、性別が変わったりはしていないらしい。
「じゃ、一回全部外すよ。さっきみたいな感じがするからね」
「え、待って……んほおお!」
文字通り、たまたまを抜き取られる感じがお腹から下を突き抜けた。締め付けられるような引っ張られるような、味わったことのない不思議な感じが長時間続く。四つ全部取り外し終わる頃、ボクの息はとても乱れていた。
「よく我慢したね、初めてにしては上出来だよ」
「はぁ、はぁ……はい」
モモさんは、ボクから取り出したという結晶を見せてくれた。透き通った、綺麗な緑色をしている。これが、ボクの体の中に入ってるのか。
「ここからは気持ちいいから、リラックスしていいよ」
変わって、モモさんは赤い結晶を取り出してボクに見せた。結晶より曇っているけれど、綺麗な色をした石だった。
「なんですか、それ」
「疑似宝石さ。結晶の代わりにこれを体に取り付ける。付けてる間はパワーが落ちるけど、とっても気持ちよくなれる。ほかにもいいことがあるしね」
言いながら、モモさんはボクの中に疑似宝石を取り付けた。すると体が熱くなり、全身がドキドキし始めた。疑似宝石からしびれるような、じんわり漏れるような、不思議な感覚があふれる代わりに、ボクの体の熱さが疑似宝石を付けた股間に集まっていくようだった。
「あっ、なんかこれ、気持ちいいかも……」
「でしょ? ほかにも、こんなこともできる」
布を取り出し、モモさんはボクに取り付けた疑似宝石を磨いた。キュッキュッと音が鳴るたびに、全身にしびれるような刺激が走った。
「ああっ、なにこれぇ!」
「疑似宝石は性感帯にもなるのさ。待ってな、残りも付けてやるから」
疑似宝石が二つ、三つと取り付けられるたびに、気持ちいい感じはどんどん強くなっていった。動いちゃいけないと言われていたのに、ボクは自分で疑似宝石を触りたくなって、手を動かしてしまった。でも、自分で触っても、モモさんに触ってもらうほど気持ちよくはなかった。
「あ、あれ……なんで?」
「鎧は固有の磁場を纏っているからね。自分自身で触っても、大して刺激を味わえないんだ。もっと強い刺激がほしければ、王子に頼むことだね。パートナーの磁場が一番気持ちいいと言われているから」
王子様となら、もっと気持ちよくなれる。そう聞いて、ボクはちょっとときめいてしまった。
「だから、あんたを正気に戻すのに、王子が肌で触れあう必要があったのさ。気持ちよければ、悲しい気持ちも少しは落ち着くだろう」
モモさんに言われてはっとした。ボクが鎧になって、機械になって、人間に戻れないと聞いたとき……すごく悲しかった。王子の言うことなんて耳に入らなかった。だから王子は、あんなことをしたんだ。
「モモさん、ボク……うっ」
急におしっこがしたくなった。鎧になってから、一度もトイレに行きたくなったことはなかったのに、どうして。
「お、来たようだね」
モモさんは思い当たるところがあるらしく、物置らしい部屋へ消えてしまった。どうしよう、漏らしたらあのときみたいに、鎧の隙間から出てきてしまうのだろうか。心配していると、モモさんが大きなたらいを持って戻ってきた。
「さ、少年。中に座って」
ボクは言われるままたらいの中に腰を下ろした。まさか、この中に漏らせと言うのだろうか。
「あの、モモさん。トイレはどこですか」
「トイレってのは何だい」
モモさんは聞き慣れないという顔をしている。ボクは漏らしそうだと言うことを、言葉と仕草で何とか伝えた。
「そうか、エナジーの液状化は初めてなんだな。少年、疑似宝石は今でこそ気持ちよくなるために使われるが、元々はエナジーを貯めておくために作られたんだ。これを付けると、体内のエネルギーを液体にして外へ出すことができる。これができるのは力の強い鎧だけなんだが……王子の鎧を着た少年には力がある、というわけだ。そのたらいの中に思いっきり出すといい、後で専用の容器に移しておくから」
「その、見られると恥ずかしいんです」
「少年の世界では恥ずかしいことだったのか……なるほど、こういうギャップが王子を誤解させるんだな。わかった、わたしは向こうへ行ってる。終わったら呼んでくれ」
モモさんが立ち去ってすぐ、ボクは液体エネルギーを漏らした。鎧の隙間から出てくるそれは暖かく、おしっこを漏らしているようだった。とっても恥ずかしかったし、服を着たまま漏らしたときのように暖かかったけれど、今のボクは鎧のまま。つまり裸だ。王子やモモさんにとっては、普通のことなのかもしれない。
◆◆◆
「お、いっぱい出たな。優秀な証拠だ」
褒められて複雑だったけど、ボクは嫌な顔をしないように我慢した。モモさんに失礼だと思ったからだ。
「モモ、そろそろ終わった……すごいじゃないかリョウ! 初めてでエナジーを液状化させたのか! さすがはオレのパートナーだ!」
迎えに来た王子は、たらいに貯まった発光する液体を見てボクを褒めてくれた。やっぱり、これはすごいことだったらしい。王子はモモさんにたくさんお礼を言って、ボクと一緒に部屋へ戻ることになった。
部屋に戻ってからは、ボクのことをいっぱい褒めてくれた。
「おまえが来てくれて本当にうれしいよリョウ」
「あの、王子、さま」
「なんだ」
ボクはお腹に力を入れて、顔を上げた。
「変態って言って、ごめんなさい。せっかくよくしてくれたのに」
「気にするなよ、オレがリョウを連れてこなければこうはならなかったんだ。もっと恨まれてるかと思ったけどな」
「そんなことないよ! じいちゃんの仇は討てたし、元の世界に未練もないし……王子様だなんて、知らなかったし」
王子はボクをだっこして、優しく頭をなでた。
「優しいな、おまえは。正直に言うと、オレは寂しかったんだ。王子なんて仕事をしてるとな、誰かに甘えたり甘えられたりできなくなるんだ。オレの鎧が、おまえを選んでくれてよかったよ」
王子はボクを抱き直して、ボクのふかふかのしっぽをつかんだ。
「モモは親父のパートナーで、オレの相談役なんだ。軽装種ってだけで、周りから軽く見られてるんだがな。おまえはモモと同じオオカミ型だ、オオカミ型を拒絶しなかったから、おまえはその姿になった。オレにとっては、それも嬉しいんだ」
「ボク、もう鎧は嫌じゃないよ」
王子はほほえんで、ボクを強く抱きしめた。
「ありがとう、リョウ」
鎧がこすれ合うと、その部分が熱を持って気持ちがよかった。
鎧を着てロボットになった少年の日常