異世界にて、我、最強を目指す。ー魔法W杯 全日本編ー
魔法W杯 全日本編 第1章
俺は八朔海斗。
東北は宮城県の仙台市に住む高校1年生。
4月に仙台市内にある泉沢学院高校に入学したばかりのほやほや高校生だ。
高校生になった俺の、近頃のマイフェイバリットは魔法物のライトノベルを読むこと。
夜遅くまで、いや、朝の陽が上るまで読んでいると言っても過言ではない。
両親に見つからないように、部屋の電気は消し、小さなライトだけを頼りにして読む。
ゆえに、目はしょぼしょぼ。
朝起きるのが猛烈に辛い。
サラリーマンの父さんと教員の母さんは仕事だ何だ、忙しいといって毎日朝7時には家を出る。
だけど母さんが俺用に弁当を作ってくれるから、昼ごはんには困らない。
両親の帰宅時刻は、帰ってくるのが早い母さんでさえ夜の7時を回っている。父さんは早くても午後11時だ。
母さんは休日でも学校に行く日があるし、父さんは休日ゴルフというわけで、一人っ子の俺は小さな頃からある意味孤独だった。
普段から少し神経質な部分があると自認している俺だが、今、ちょっとした悩みがある。
悩みというか、愚痴というか・・・。
実を言えば、俺は、この頃高校に行きたくない。ってか、行ってない。
5月もゴールデンウィークを過ぎて5月病が蔓延する時期でもあるが、俺は4月の入学早々、ある意味ポカをやらかしたらしい。
何のことはない、入学直後の英語テスト、学年で7番という快挙(?)を達成したらしいのだ。
泉沢学院高校は中・高等部からなるお坊ちゃま高校で、1学年150人のちょいのマンモス校。中学から進学してくる50名ほどの生徒は金持ちが多い。
だが、やつら、プライドだけはピノキオの鼻のようにずんずんと伸びていて、自分たちが高校入学組に負けるはずがないと豪語する始末だ。高校入学組を仲間と呼ぶ素地すら持ち合わせていない。
ホント、呆れることこの上ない。
高校入学組は、元々公立高校の滑り止めとして受験している生徒ばかり。
ということは・・・、泉沢学院よりも偏差値の高い高校を受験し失敗した、という事実がつきつけられている。
極めてナーバスな気持ちになっているということだ。
そこで考えを180度変えることのできるお気楽者は大丈夫、慣れていく。
それが、俺のように神経質な部分があるとなかなか友達の輪に入って行けないし、結果、授業、ひいては高校生活そのものがつまらないものになってしまう負のベクトルに巻き込まれる可能性すらある。
それなのに、やってしまった。
1学年の学年集会で名前を呼ばれ、表彰されるというセレモニーが俺を待ち受けていた。
俺は完全に負のベクトルに巻き込まれてしまったのだ。
中学進学組の悔しそうな視線、無視、嫌味。
遠巻きに俺を見つめ噂し合う光景。
俺はすっかりこの学校が嫌になってしまった。
少しぐらい嫌なことがあっても通うだろう?普通は。好きで入った高校じゃなかったとしても。
それでもね、俺にとって、ここは希望を胸に入学した高校ではなかったんだよ。
俺は高校入試とやらですっ転んでしまい、なんと第3希望の高校に入学したんだよ。
第1希望だったのは仙台嘉桜高校。
やりたい部活があったんだけど、両親に反対された。
入りたかったのはパソコン部。ひたすらパソコンでゲームしたり、パソコンに触れてるだけでも幸せだったのに。
俺のくそ両親は、いわゆる「偏差値」とやらで俺の受験校を決めてしまった。
受験することになったのは、仙台泉沢高校。
おいおい、受験するの、俺なんすけど。
もう、年あけから勉強する気も失せて、成績は下降の一途を辿った。そりゃそうだよ。親に進路全部決められて、「はいはい」って。
俺は幼稚園児じゃない。
仕方なく仙台泉沢高校を受験したんだけど、その頃の俺は、泉沢高校を合格するくらいの脳ミソでは無くなっていた。
もちろん、落ちた。
そして、滑り止めに受験していた高校に入ることになったんだが、ここでも俺の希望は叶わなかった。
俺は泉沢学院の兄弟校、泉沢学院桜ヶ丘高校に入りたかったんだ。
友人がやはり入試でコケて桜ヶ丘に入ったから。
でも、両親は「泉沢学院しか認めない」と俺の気持ちなど考えずに入学する高校を決めた。
泉沢学院じゃ、朝の朝礼と題して校長が喋りまくる。それも毎朝。
くだらない。
生徒はそのとおりで、中学進学組は性格悪いし、高校入学組は燥ぎながらも、皆で傷を舐めあってさえいるように見えた。
でもさ、今は父さんや母さんには、「行ったふり」をして誤魔化してるものの、いつばれるかなんてわからない。
ま、いつまで通用するかわからないけど、高校には行きたくないし朝は眠いし。
俺は今日も、まだベッドの中に居た。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
あれ、スマホが鳴ってる。
まさか母さんじゃあるまいな。
そっと画面を見る俺。
ほっと一息だ。
電話を寄越したのは、幼馴染の山桜亜里沙だった。
こいつとは幼稚園から中学校3年生までずっと一緒のクラスで、何かに付けては俺の面倒を見たがる亜里沙。
推定Fカップの巨乳高校生だ。本人は認めないけど。
こいつとも、高校生になってやっとご縁が無くなった。切れたというわけ。
なのに、今でも面倒を見たがってこうして電話を寄越すわけだ。
出るまで鳴らしやがるからうるさい。
どれ。出るとするか。
「なんだよ、亜里沙。俺、眠いんだけど」
「何よ、海斗。また学校さぼる気?」
「眠いんだモン」
「そういう問題じゃない」
「どういう問題だよ」
「あんた、高校入ってから何日休んだ?ううん、何日出た?」
今はゴールデンウィークが終わったばかりのはずだから・・・。
「2週間は行ったぜ」
「2週間しか、でしょ」
「行きたくないものは仕方ねえんだよ」
「もう。仕方ないのはこっちだよ。中学まではなんとか出てきてたのに」
ん?
なんとか出てきてた??
「俺、休んでたっけ、中学の時」
「朝に海斗のお母さんから電話もらって、“行きたくないって駄々こねてるから一緒に登校してくれる?”って」
「そんなことあったっけ」
「“お腹痛いって言ってるから、様子見て先生に報告してくれるかしら”って」
「記憶にない」
亜里沙は吠えている。一体、お前は誰に向かって吠えているんだ。
「高校になったらどうすんのか心配だったのよ。あんたんとこの親、“共学校には入れない”、って豪語してたしさ」
「それは記憶に新しいな」
「せめて桜ヶ丘に来てくれたら、あたしか明が迎えに行ってあげられるのに」
明とは、やはり幼馴染の長谷部明。
亜里沙も明も高校入試でずっこけて泉沢学院桜ヶ丘高校に入学していた。俺の周りでは、学院より桜ヶ丘に入ったやつらが多かったんだ。
俺も、桜ヶ丘行きたかった・・・。
なんて、亜里沙に愚痴っても仕方がない。
「今日だけは休む。あしたから行くから」
そういうと、俺は一方的に電話を切った。
休むとなると、やることがない。高校に入学したらデスクトップパソコンを買ってもらう約束だったのに、未だその約束は果たされないまま。
俺は少ない小遣いの中からやりくりしてライトノベルを買っていた。
昨日コンビニで買ってきた本、まだ読んでなかったな。
今日はこれで一日を過ごすとするか。
『異世界にて、我、最強を目指す』
ぱらぱらとページをめくる。
どうやら、学園魔法物らしい。
そんなら他のライトノベルと変わりないか、と思いながら1ページ目を開いた。
「ようこそ、紅薔薇高校へ!」
そのサブタイトルを見ただけで、なんかまた眠くなってきた。
二度寝という美味しそうな人参、いや違った、めくるめく誘惑が。
おしなべていうところの「リアクション」というやつだ。
俺は、ベッドに寝っころがったまま、ページをめくっていく。
学園魔法物で、生徒たちが魔法を使いながら一致団結する物語。
一致団結。
この言葉を聞くと吐き気がする。
俺はこの「エセ友情」とやらが大嫌いだ。
高校生の友情なんて、大人になったら結局消えてしまう。
俺の親が良い例だ。
大学の同窓会や中学の同窓会には顔出す時もあるみたいだけど、高校の同窓会と言って飲んできたことは、俺がいる限り一度もない。
高校生活で、一体何を学ぶと言うのだ?
大学に入る内申をもらうだけなんじゃないのか?
そうこう思っているうちに、俺は本を片手に寝落ちしていた・・・。
魔法W杯 全日本編 第2章
誰かが部屋のドアをノックしている。
マズイ。
母さんじゃないだろうな。
もしかして、母さん、今日は学校休みだったのか?
そうっとベッドから立ち上がり、ドアの方へ歩いていく。
俺はドアノブに手をかけた。
もしこれが母さんなら、ドアをバタンと閉めてひきこもり青年になるしかない。
半分恐怖を胸に、そっと2センチだけ、ドアを開ける。
お互い、目だけが見える。
母さんじゃない。
喜びは瞬時に別の恐怖に変わった。
誰だ?
もしかして、泥棒?
自慢じゃないが、俺は運動神経マイナスの男。
頭脳労働は得意だが、肉体労働はからきしダメだ。
と、相手はドアを蹴破るようにドン!と押してくる。
俺はドアにぶつかり、部屋の中にゴロゴロと転がった。
「痛ってえな。誰だよ!」
半分ビビりながらも叫ぶ俺。
母さんでないなら、叫んでも構わない。母さんは毒親のようなもんだから、口答えしただけで一晩説教の刑をくらう。
「八朔さん、八朔海斗さん」
「だから、誰だよ」
「起床の時間です」
ドアを押して俺の前に立ったのは、知らないやつ。能面のような顔をしている。
もちろん、亜里沙でも明でもない。
「起床って、学校行くわけじゃなし。なんだよ、人の家に勝手に上り込んで」
「ここは寮です」
泉沢学院に寮があると聞いたことはあるが、県内の遠くに住んでいて通学ができない生徒用の寮なはず。
そんでもって、俺にはまるっきり関係がない。
俺は自宅から電車通学しているのだから。
「は?俺、寮なんて入ってないし」
「いいえ、ここは紅薔薇高校の寮です。起床時間ですので起きて準備してください」
は?
紅薔薇?
県内に紅薔薇なんて高校はない。
「何言ってんだ、お前。泥棒が俺を騙そうってか」
「騙してなどいません。起きて学校に行ってください」
「何言ってるかわかんないよ」
「寮から歩いて5分の場所に紅薔薇高校がありますから、着替えて登校してください」
「今日は休む」
「今日は魔法W杯全日本高校選手権の選手発表日です」
そういうと、相手はそそくさと部屋を出て行った。
なんか、何となく、全日本高校選手権という響きが俺の頭の中でリフレイン。
どこで聞いたんだろう。
俺はしばらく思い出せないでいた。喉元まで言葉が出かかっているというのに。
「あ」
やっと気が付いた。
そうだよ、ライトノベル。
紅薔薇高校の魔法師たちが、魔法生徒かも知れないけど。
とにかく、その高校の生徒たちが魔法W杯に出て、優勝を目指すんだった。
・・・なにっ・・・。
俺は一瞬、何事が起こっているのか理解できなかった。
なぜ俺はここにいる。
ライトノベルの中ででてくる高校の名がなぜ?
まさか・・・異世界に入り込んだのか?
俺。
自分が自分で無くなるような感覚に襲われて、俺は鏡を探した。
鏡、鏡。確か、机の一番上の引き出しに入ってるはず。
ガサゴソと引き出しを漁る。
あった。
鏡を顔の前に持ってきて、早速自分の顔を見る。
良かった、顔はそのまま。どこも変わっていない。
ベッドは今まで使ってたものと同じ。掛布団もシーツも変わらない。
部屋の中も今までどおり。
カーテンもそのまんま。
クローゼットを開けてみる。
泉沢学院の制服もある。
部屋の中は何も変わらない。
なにより、鏡の中がこの顔だっていうことは、時間が行き過ぎたり逆戻りしたわけでもない。
タイムマシンによる時空のねじれではないということだ。
なのに、部屋の外に何か異変が起こっているらしい。
でも・・・別に、行きたいわけじゃないし。
なんかの選手発表とか言ってだけど、運動系競技に俺が出るなんて、太陽が地球の周りを回ったとしてもあり得ない。
自慢じゃないが、運動神経は・・・マイナスだ。
俺はまだパジャマ着ジャージのまま、ベッドでゴロゴロしていた。
すると、また、ドアをノックする音が聞こえる。
「八朔海斗。ここを開けて登校せよ」
「・・・」
無視を決め込む俺。
「出なければ、この部屋を破壊してでも連れて行く」
おいおい。
立て籠もり犯でもないのに、そんな強硬措置などできるわけがないだろう。
ミシッ、ミシッ。ドンドン、ミシッ。
聞こえてきたのは、バールか何かで紛れもなくドアを壊そうとしている音。
あの母さんだってここまではやらない。
なのに、誰かわからないやつがドアを壊し俺を連れ出そうとしている。
仕方ないなあ。
俺は早々に籠城することを諦めた。
諦めることだけは早くなったと自分でも思う。
人間、諦めが肝心なんだよ。
「あー、わかりました。行きます行きます。何着て行けばいいんですか」
「今ある制服で良い。すぐにここを出ろ」
取り敢えず、出ろと言われたから、俺はクローゼットから制服を出して着ることにした。
部屋を壊されるよりは、学校でじっとしていた方がいいだろうという甘い判断で。
部屋を出るに当たって、あの本を探してみた。
学校から戻った際に読めば、元の世界に帰れる方法だって書いてあるはずだ。
・・・ない・・・。
見つからない。
あの時、ベッドで寝落ちしたはずなのに。
ベッドの下にでも落としたかと思って懐中電灯で覗いてみる。
やはり見つからない。
なんで、どして。
ああ、もう。
どうにでもなれ!
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
制服に着替え部屋を出ると、そこはなんと、広く長い廊下だった。
なんで俺の部屋の真ん前が廊下なんだ?
でも今は、たぶんそのことを考えてる時じゃない。
何処に行けばいいのか分らなくて、みんなが行く方向に付いていく。
陽が高いから昼くらいなのだろう。
どっちが北側なのか、方角さえもわからない。
と、歩いている生徒は、皆違う制服を着ていた。
私服の学生もいた。
遠くに女子もいた。
俺は、ここが、自分の通うべき泉沢学院高校でないことだけは理解した。
魔法W杯 全日本編 第3章
講堂らしきところに集まった生徒は、300人ほどいると思う。
1学年に換算すると100人。
泉沢学院よりは少ないけど、ま、いいところだろう。
ところで俺はあの本をきちんと読み切っていなかったので、これから何が起こるのか、さっぱりはっきりわからない。
隣にいるやつに声を掛けて聞いたら馬鹿にされそうな気がして、そのまま突っ立っていた。
学校の教師たちが次々と講堂らしきこの場所に集まってくる。
驚いたことに、登壇して発言する教師もおらず、司会進行する教師の姿もなく、もちろん校長の長話もない。
最初に登壇したのは、体格が良い男子生徒と、ゆるふわ髪の女子生徒。
この二人は同じ水浅葱の制服を着ていた。こんな色の制服は、市内では見たことがない。
講堂の中でも、同じ色味の制服を着た生徒が大勢を占めたが、所々に、俺みたいに違う制服を来た人がいた。
「これより魔法W杯全日本高校選手権に参加する方々を紹介します。名前を呼ばれた方は、登壇願います」
ゆるふわガールは、少々高めのキーで、とても聞きやすい声をしていた。
「1年。瀬戸綾乃さん、南園遥さん、四月一日逍遥くん、国分龍之介くん。最後に、八朔海斗くん」
自分には関係のない世界だし、関係ないイベントだし、ほとんど聞いていなかった俺。
ただ、自分の名前を呼ばれたのが、耳の鼓膜を通して脳に行き渡った。
・・・魔法W杯全日本高校選手権、参加?・・・
俺がっ?
何かの間違いじゃないの?
ああ、そうだよ、これは夢なんだ。夢だから自分も目立ちたくてそういうストーリーになるんだよ。
そうさ、太陽が地球の周りを回り始めたに違いない。
だから、俺はそのまま突っ立っているだけだった。
そしたら、周囲から声を掛けられた。
「八朔くん、呼ばれたよ」
「登壇しないと」
「早く早く」
ゆるふわ女子の可愛らしい声が、また講堂内に響く。
「八朔海斗くん、登壇してください」
俺は完全にビビった。
魔法W杯?
自慢じゃないが、魔法なんて使えない。
それも、全日本高校選手権?
この人たちは何を言っているんだ?
余りのことに動揺して、足が震える。
「八朔、登壇しろ」
マイクを通して、体格のいい男子が俺を呼ぶ。
「は、はい・・・」
これはきっと、何かの間違いかもしれない、そうだ、間違いだ、間違いであってくれ・・・。
俺はゆっくりとした足取りで前に歩き出すと、壇上に上がるため、舞台脇の階段を上った。
足が震えていたので、一度コケそうになった。
それでも、300人の前でコケるのはカッコ悪い。
何とか、5~6段ほどの階段を上りきった。
300人が俺一人を見つめているような気がして、気恥ずかしくなる。
いったい、どうしたらいいんだろう。
ゆるふわ女子が俺に近づいてくる。
そして小声で告げた。
「あとでミーティング室へ」
極度に緊張しているはずなのに、何も考えられないはずなのに、口から言葉がついて出た。
「ミーティング室はどこですか」
ゆるふわ女子はにこっとお茶目に笑った。
「その時が来たら、私についてきてください」
壇上には、15名の選手と、2~3人の執行部らしき人たちだけが見える。
多分、壇上に上がった生徒の中で、俺だけは顔を真っ赤にしてものすごくカッコ悪かったと思う。
みんなが自分の方だけを見ているような気がして、早くこの講堂イベントが終わってほしかった。
登壇してからの状況は、ミーティングのことを除いて、本当に何も覚えていない。
それだけ緊張していたのだと思う。
生徒主体による講堂イベントは思ったより長くて、俺の足は震えっぱなしだった。
「さ、行きましょうか」
ゆるふわ女子に声を掛けられて、ようやく講堂イベントが終了したのだと知った。
なんともカッコ悪い限りだ。
今からミーティング室に行くと言う。
何をするんだろう。
その前に、自分が選ばれるのはおかしいと伝えなければ。
魔法など使えないと話さなければ。
「あ、あの」
「はい?」
ゆるふわ女子に後ろから声を掛ける。
「何でしょう」
「あの、俺・・・」
「ミーティング室でお聞きしますね。少しだけお待ちください」
そしてそのまま、ゆるふわ女子は振り返ることもなく、どこかへと導く。
何回も曲がり、階段を下り一旦校舎を出てまた入り直し、階段を上って行く。
どうやらミーティング室は、講堂よりも随分と離れた場所にあるらしい。
さすがに、寮とやらに戻るとき、俺は絶対校舎を出られず迷子になると思った。
そうこうしながら、どうやら、ミーティング室についたようだった。急に、ゆるふわ女子が歩みを止めたので、俺はぶつかりそうになってしまった。
ゆるふわ女子がとある部屋のドアノブに手をかけた。
「どうぞ、お入りください」
「は、はい」
これから何が始まるのかと思うと、また緊張してくる。
下を向いていたかったが、断らなければいけない案件だから、まっすぐ前を見ることにした。
ミーティング室には、男女合わせて5名ほどが座っていた。
「ようこそ、八朔くん」
さきほどの体格良い男子が笑みを浮かべる。
怖い。
「君はこちらの世界が分らないから、びっくりしたことだろう」
「こちらの世界?」
「そうだ、君の元いた世界と、こちらは背中合わせの世界だ」
俺は半信半疑だった。いや、100%疑ってかかる。これっぽちも信じちゃいない。
だって、そんなことあるわけがない。
「そんな世界があるんですか」
「無理に信じなくてもいい。君がこのイベントに最適だったから来てもらった、それだけだ」
ますます頭が混乱してくる。
頭の中が一般にいうところでの、星で満たされそうな気分になってきた。
皆から何か言われる前に、言ってしまわないと。
「あの、お、いえ、僕は魔法など使えません。この大役には最適どころか不向きです」
「皆、来たばかりの頃はそういう。自分の『可能性を否定する』。皆、色々な可能性を秘めているというのに」
「皆、とは?」
「君のように異世界からきた人々は、そう口にするのだ」
「異世界から?そういうことができるんですか」
「できる」
女子生徒がコーヒーを準備すると、皆に渡して歩く。
俺にも座ってくれと言うのだが、年上らしき先輩方を前に座れるほど、俺の心臓は強くない。
ゆるふわ女子が皆の紹介をしてくれた。
時計回りに、今発言した体格良い男子は沢渡剛、3年。生徒会長。
次に、ちょっといけ好かない顔をした男子が入間川準、2年。生徒会副会長。
次に並んでいた男子は、好意的に考えているようで、笑顔が絶えない。弥皇広夢、3年。企画広報部長。
次は女子。ゆるふわ女子に負けない程、可愛い。南園遥、1年、生徒会書記。
最後はゆるふわ女子。三枝美優、2年、生徒会副会長。
こんなところであらぬ発見をする俺も俺だが、南園さんと三枝さんは、推定Fカップ。女性の胸を計る眼だけは自信がある。それでもって可愛いのだから、言うことなしだ。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。
沢渡会長がざっと説明する。
紅薔薇高校では、異世界からきた生徒を第3Gと呼んでいる。
俺が見た本が転移のきっかけになるそうだが、力の無いものは、いくら本を読んで行きたいと願い騒いだところで、こちらに渡ってくることはできないのだそうだ。
何かしら得意分野でもあればそちら系で魔法に適した素地でもあるんだろうが、俺は運動神経マイナスときている。頭脳だって、勉強しなけりゃすぐに成績が落ちる普通の高校生だ。
なんでも、魔法W杯全日本高校選手権総合優勝校は、日本代表として、W杯に進める。それゆえに、優勝をかけた戦いは熾烈を極めるという。
思い出したように、沢渡会長は自然な笑みを漏らした。
「君に良い知らせがある。第3Gのサポート役として、山桜亜里沙くんと長谷部明くんが君の面倒を見てくれることになっている」
はあ?
驚いたなんてものじゃない。
あいつら、学校サボって大丈夫か。てか、なんでこの世界に入って来られる。
そんな疑問を持ちながら眉間にしわを寄せていると、ドアの向こうから、ひょっこりと顔を出した泉沢学院桜ヶ丘高の2人。
「はろ~」
亜里沙の緊張感の欠片もない挨拶に、俺は辟易とする。
「お前ら、学校大丈夫なのか」
「大丈夫、大丈夫」
「サポートって何やんだよ」
「ひ・み・つ」
「怪しいな」
「俺たちもまだ何も聞いてないから」
脇から口を挟む明。いつもの亜里沙、明パターン。どうやら、偽物ではないらしい。
桜ヶ丘高校は普段私服なので、2人は紅薔薇学園の水浅葱の制服を着用していた。
亜里沙、背が伸びたかも。胸は間違いなくGサイズに移行したと思われる。スタイルはいい。これで顔が好みだったら幼馴染との恋もあり得るんだが。
明は身長180cmですらりとしたイケメン。170cmそこそこの俺と歩いていると、女子はほとんどが明を指さし目がハートマークになる。
その時、はっとした。
こいつら二人なら、運動神経マイナスなのを知っているはず。そうだよ、こいつらに真実を話してもらえば、魔法の大会に出なくても済むじゃないか。
チラチラと二人を見ながら、アイコンタクトでサインを出す。
(俺の運動音痴をここで披露してくれ)
なのに、二人とも俺を見ようともしない。
結局、魔法を使えないことを5人の生徒会役員らに力説できずに終わってしまった。
本当に、大丈夫なのか、俺。
魔法W杯 全日本編 第4章
ミーティング室からでた俺と亜里沙、明は、校舎を出て寮に向かった。
二人に連れられて来た道は、どこをどう曲がったのかわからない。まるで二人はこの世界にしょっちゅう来ているような行動っぷりだ。
亜里沙と明は、寮の別部屋に宿泊しているという。
最初そこに乗り込もうとしたが、亜里沙は女子の部屋には入れん!と騒ぐし、明は物が散乱していて部屋と呼べる代物ではないという。
リアル世界でもそうだった。遊びに行くと、明の部屋はいつも何かが散乱していて床が見えた例が無い。
ほとんどが、洋服類や書籍類なのだが、たまーに、ほんとたまーに、食品類(お菓子類)だったりもする。それはちょっとまずいんでないか?
今日も俺は明にプチ説教しながら寮まで連れだって歩いたのだった。
しかしだ。そうとなれば、必然的に集まるのは寮の部屋ということになる。
早速、寮の部屋に入り込んで茶話会を始めた。俺は酒が飲めないし、酒が飲める亜里沙や明としては不満だったろうが、この上、悪目立ちしたくないのだ。
「この部屋も変わってないよね」
「そうだな。ここが寮って言われて“は?”って。外出たら廊下で、びっくりしたよ。なんで俺だけ自分の部屋なんだろ」
「第3Gだからじゃない?」
亜里沙は話を逸らし、昼間のことをちょっと馬鹿にしていた。
「もー、あんなに緊張してさ。ハラハラしたわ」
明はこんな時でも優しい。
「俺があそこにいたとして、緊張するよ、入学したばかりで300人の前だモン」
俺だって、好きで緊張した訳じゃない。魔法W杯全日本高校選手権、って何だ?と思ったのと、呼ばれたのが300人のうちの15名くらいだから、それにビビっちゃっただけだ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
一晩亜里沙や明と語り明かしたが、亜里沙も明も、俺が魔法を使えないとは言わなかった。使えるとも言わなかったけど。
「やるしかないっしょ」
亜里沙の言葉に明はうなずくだけ。
「そうだね、可能性には賭けてみないと」
お前たち。
やはり俺が魔法を使えないこと、知ってるだろ。その上で頑張れって励ましてるんだろ。
腹ん中で笑ってるだろ。
あーあ。あしたから起きて魔法とやらの練習に勤しまなければならんのかと、本気の溜息をついた。
翌朝。
昨夜語り明かしたせいで、眠いどころの騒ぎじゃない。
どうせ魔法なんて無理だし、また使えたとしても全日本高校選手権とやらで勝てるわけもない。
もう、紅薔薇高校とやらに行く気すら無くなった。
恥をかくのは嫌だ。
布団を頭から被って寝たふりをする俺。
と。
またノックする音。
今日は誰が迎えに来たんだ。
また、そっとドアを開ける。
「ギャッ」
迎えに来たのは亜里沙だった。
「あんた、何てカッコで寝てんの!」
俺は自分の着ている物を確認する。
上半身裸。下半身・・・パンツがずり落ちそうになってる・・・。
「悪い、今日は出ないからよろしく」
「あんた、昨日呼ばれて選手になったんでしょ、魔法の練習しなきゃダメだよ」
「どうせ無理だよ」
「選手に選ばれたのに?」
「でも魔法なんて出来っこないよ」
「最初は皆できないって沢渡会長も言ってたじゃない」
「だって、魔法だぞ魔法。できたところで、試合に勝てるわけないっしょ。俺の中学時代までの運動神経、お前だって知ってるだろうが」
「どうせ、でも、だって。一番カッコ悪い言い訳だね」
「うるさい、誰が何と言おうが、俺は行かない」
その時だった。
ひゅうっと冷たい風が俺と亜里沙の間に流れた。
ぞくっとするような冷気。
足下を見ると、廊下からドライアイスのような白い煙が立ち上がっていて、それはまるで俺を包み込むかのようだった。
上半身裸なのも一つの原因なのだろうが、寒くて凍ってしまいそうだ。
とっさに感じとった。
これは、決して良いものではないと。
「なんだ、これ」
少々ビビッている俺に、容赦ない亜里沙の言葉が刺さる。
「魔法ってやつみたいよ」
「お前は寒くないのかよ」
「全然」
まじめに、このまま凍傷で死ぬんじゃないかと思うくらい、足が固まっている。
亜里沙に助けを求めたところで、こいつは何もできないはずだ。
俺は魔法を操っている主に対し、観念した。
「わっかりました。行きます、行けばいいんでしょ」
その声が届いたのかどうか、ドライアイスは即座に消え、辺りは暖かくなった。
仕方なく、制服を着てヘアブラシで髪を直し部屋を出た。
そうだ、洗面所。
歯を磨かないと人前には出られない。出たくもない。
俺の前を歩く亜里沙に声を掛けた。
「亜里沙、寮の洗面所はどこにある」
「廊下のつきあたり」
「来たばかりでよく知ってんな」
「まあね。身だしなみよ」
「明は?」
「もう出掛けた」
「勉強って何すんの」
「ここでは魔法の勉強みたいだよ」
「お前も明もサポートなんだろ。他の人が練習してる間はなにやってんの」
「普通の勉強」
「先生いるのか」
「いるよ、普通科あるもん」
「俺は普通科じゃないの?」
「あんたは魔法科」
「なんだよー、普通科で良かったのにー」
こんなへらず口を叩いている間にも、紅薔薇高校の小奇麗な校舎は近づいてくる。
また、昨日の緊張が思いだされて、手足がぎくしゃくしてきた。
亜里沙にはそれがお見通しだったようで。
「今日、魔法科は体育館で練習みたい。あたしと明は先生いなくて自習だから、練習に付き合ってあげる」
ナイスフォロー。
と言いたいところだが、俺は性格が捻じ曲がっている。明と比べられて生きてきたせいだ。
「いらない、付き添いなんて」
「何言ってんの、知らない人しかいないとこであんたが練習するとは思えない」
ぐさっ。まさに胸に刺さるお言葉。
「まあ、なんだ。正直いえば、他人ばかりのとこで醜態を晒したくない」
紅薔薇高校の校舎は、東西南北の4つに分れている。1年生は南校舎、2年生は東校舎、3年生は西校舎。そして1階は普通科、2階は魔法技術科、3階は魔法科になっている。
北側校舎には教員室と実技室、生徒会室、ミーティング室等がある。体育館と講堂は別棟になっており、渡り廊下で繋がっている。
校舎ごとに昇降口があり、登下校の際には違う学年の生徒とすれ違うことは滅多にないが、各校舎が交わるところに購買や食堂があるので、昼のひととき購買戦争などが見られるのは、どこの高校も変わりはない。
というわけで、亜里沙と一緒に校舎に入り魔法科の教室を探した俺。
やっと3階の教室を探し当て、教室内のロッカーにカバンを入れたあと、コマ割を見た。
1コマは体育館と書いてある、ただそれだけ。
仕方なく、南校舎の昇降口を出た俺と亜里沙は急いで体育館へと向かった。
魔法W杯 全日本編 第5章
体育館では、およそ30人の生徒が魔法の練習をしていた。たぶん、魔法科の生徒なのだと思う。
練習風景はちょっと変わっていて、制服のまま腕を動かしているだけの人もいれば、体操着に着替えている人もいる。
俺はその時体操着を持っていなかったし、私服で、というわけにもいかないから、そのまま制服で練習を始めることにした。
中には、教師らしき人も見える。
その教師に近づいた。
「あの、今日は何をすれば・・・」
「君は誰だ、名乗りなさい」
「1年の八朔海斗です」
「君が第3Gの・・・。では、君は指先に魔法力を集中させる訓練をしなさい」
「あの、どうやればいいんですか」
教師は物凄い目で俺を睨んだ。
まるで、赤ん坊に時間をかけている暇はない、とでもいうように。
「誰か、八朔くんにやり方を教えてくれ」
少々ヒステリックな声が体育館中に響く。
その声を聞き、驚いて泣きたくなった。
もう、嫌だ。このまま帰ろう。
俺は好きでここにいるんじゃない。
踵を返して体育館から出ようとしている俺を亜里沙が止めた。
「ほら、向こう」
泣きそうになってる俺。
でも、亜里沙を始めとした、ここにいる連中に涙は見せたくない。
しばらく立ち止まり下を向いていた俺の肩を後ろから叩く人がいた。
亜里沙ではない。亜里沙はいつの間にか目の前にいる。
肩を叩いたのは誰だろう。
涙をこらえて後ろを振り向くと、昨日ミーティング室で紹介を受けた生徒会書記の南園遥さんだった。
「今はまだ何も教えられていないのですもの。わからなくて当たり前です」
南園さんは少しだけ微笑むと、ウインクしてくれた。でも俺には笑う気力も微笑みを返す気力も、言葉すら発する気力も失われていたように思う。
「はぁ・・・」
「指先に魔法力を集中させる訓練とはですね」
南園さんは、自分の右手を握り、親指と人差し指を開いた状態でしばらく目をつむっていたかと思うと、目を開いて体育館の壁に向かって歩き、壁に設けられている点数表のような丸い盤に向けて人さし指をかざした。
途端に、盤の中に書かれている点数表にダーツのような矢が命中し、点数が表示される。
100点。
たぶん、ものすごい集中力と命中率なんだと思う。
「人さし指に意識を集中して、腕を直角に伸ばし、発射する。これが一連の動きです」
涙顔もなんのその。
そんなん、俺にできるわけねーだろー!!
心の中で叫びながら、南園さんの真似をする。
まず、人さし指に意識を集中して・・・腕を直角に伸ばし・・・発射する。
ズン!肩にくる衝撃。
点数表示は・・・80点。
おや、初めてにしてはまあまあの点数。
って、喜んでる場合ナノ?
ビギナーズラックという言葉もあるくらいだから、もう一度、同じ動作を繰り返す。
90点。
横にいた亜里沙や、いつから俺の近くにいたのかわからない明が、拍手をして喜んでくれた。
いや、恥ずかしいんで拍手はちょっと・・・。
って、喜んでる場合ナノ??
「すごいじゃない、海斗。あんた才能あるわ」
「まぐれだよ」
「まぐれ当たりなもんか。平均85点だぞ。このまま練習すれば、もっと点数が出る」
2人に見守られ、俺は指先に魔法力を集中させる訓練とやらを1時間近く行った。
平均値は85点。
南園さんも褒めてくれた。
「筋がいいですね、八朔さん。このまま訓練を続けてください。これが魔法の基礎ですから」
そうなんだ、魔法って、杖か何か使って呪文でも唱えるのかと思ってた。
簡単、といったら失礼だけど、意識だけで何とかなるものなんだ。
先程のヒステリー教師が、授業後、俺に声を掛けやがった。
「よくできているな。この調子で頑張りなさい」
いや、あんたのためには頑張りたくない。
南園さんや亜里沙や明のためなら頑張ろうと思う。
授業が終わると、南園さんが俺の元に走ってきた。
推定Fカップを揺らしながら。
「今日の授業が全て終わったら、生徒会室でお待ちしていますね」
「あ、はい」
「では」
一旦、南園さんと別れた俺は亜里沙や明と一緒に、魔法科の教室に戻った。
机には授業のコマ割が書いてあって、次の授業は屋外だった。
先程の授業の教師とは違う人が教えていた。
皆の動きを見ていると、どうやら飛行魔法とでもいうべき内容だった。
人が・・・飛んでる・・・。
でも、人間ただで身体が宙に浮くわけがない。
重力に逆らった動きなど、通常ならあり得ない話だ。
何か絡繰りがあるんだろう。
歩み寄ってきた教師は、優しく俺に声をかけてくれた。
「ここでは飛行魔法を練習します。まず、このゴールドバングル、デバイスと呼んでいます。これを利き手の手首に付けて、そのまま空中に浮きあがります。もし出来ないときは、2~3歩走ってからジャンプするように浮き上がってみて」
他の生徒を見ていると、すぐに空中に浮きあがれる者もいれば、助走してジャンプしてから浮き上がる者もいた。ジャンプしていた生徒の方が多いかもしれない。
俺は右手が利き手。
右手の手首にやや硬いバングルを通すと、手首から全身に何か揺らぎを感じた。
そして、右手の人さし指に少しだけ意識を集中させると、何やら身体が揺れてくる。そしてそのまま、身体は地面に垂直に浮き上がった。
「やった」
何故そうしたのかは今でもわからないんだが、俺は浮き上がると同時に、人さし指を右へ流した。身体は右へ流れていく。同じように左へ、前に、後ろに、人さし指を動かすだけで身体が動く。上に昇りたいときは上向きに、下りたいときは下向きに。
面白いくらいに身体が動く。
円を描けばその通りに。
亜里沙や明も喜んでいた。
上に昇ると、二人の顔が小さく見える。
あまりに面白いんで、ぐるぐる人さし指を回していたら、重力に逆らい過ぎたせいなのか、具合が悪くなった。
教師が寄ってきた。
「スムーズに動けるようですね。あとは、持久力を高める練習をすれば、もっと長い時間飛行していられるはずです」
「ありがとうございます」
ところで、持久力を高める練習ってどうやるんだろう。
教師を捉まえて、臆面もなく聞く。
「それは自分自身で考えることなのですよ。でも、ヒントを上げます。体力がつけば自然と持久力もつくもの。日頃からの運動が大切ですね」
教師は、ヒントと言いながら、全部話してくれた。
何かしら、毎日運動をすればいいわけだ。
でも、学校と寮(=俺の部屋)は歩いて5分。遠くまでジョギングするのも面倒だし、さて、どうしようか。
考えているところに、またもや現れた南園さん。
「寮のフィジカルフィットネスルームには、色々な器具が揃っています。それを使って体力維持に必要な運動もできますよ」
ありがたい。
飛行魔法の授業も、1時間ほどで終了した。
午前の部が終わり、昼休憩。
亜里沙や明が、どっからか持ってきた俺の分の食事チケットを機械に入れて、目の前にご飯少な目の焼肉定食が出てきた。
亜里沙は俺の好き嫌いがわかってない。俺はパンと野菜ジュースがあれば腹に足りるというのに。
「さ、食べて体力つけないとね」
お前の気遣い、本気で涙が出るよ。
俺たちは、何もないところではいつも3人組。
クラスは普通科と魔法科にわかれているから、学年集会などのイベントがあれば別々なのだろうけど。
昼ご飯を食べ終わり、早速3人で教室へ向かう。
教室の中は、同じ授業を受けていたやつらで一杯だった。
自分の机を探し時間割を確認する俺たち3人組。
すると、俺の目の前に突然姿を現し、声を掛けた生徒がいた。
「君、八朔海斗くんだよね。僕は四月一日逍遥。体育館とか屋外練習場での君の動き、見てたよ。初めてとは思えない程の出来だった」
「あ、ありがとう・・・」
「全日本に出る立場でもあるし、一緒に頑張ろう」
すると、これもまたおなじみで、聞こえるように大きな声で悪口を言うやつもいる。
「全然魔法力もない人間が全日本なんて笑わせる。今年の第3Gは助っ人にもなりゃしねえ」
四月一日くんは、俺の方に顔を向けながら、目を瞑って表情だけはにこやかになりながら、それより大きな声で返していた。
「元々の魔法科生の出来が悪いから、第3Gに頼む羽目になるんだ。自分の力を上げてほしいよ、まったく」
にこりとしながら、究極の嫌味。
ただ、四月一日くんは授業で見ていた限りでは何でもそつなくこなすし、スタミナにも問題なさそうだった。
俺の悪口を言った人間も、あからさまにブーメランで自分に返っていったものだから、恥ずかしくて部屋を出たらしい。
「ところで、こちらのお二方は?」
「あ、普通科の山桜亜里沙と|長谷部明。幼馴染なんだ。幼稚園から中学まで、ずっと一緒のクラスだったんだ」
「僕は四月一日逍遥と言います。君たちは普通科、いや、その腕の刺繍は「魔法技術科」だね」
魔法技術科?
こいつらが?
亜里沙は普通科っていったけど。
なんで嘘をつく必要がある?いや、亜里沙は自分で普通科とは言ってなかったような気がするから、勘違いしてただけかもしれない。
まあ、どっちにしてもリアル世界に行けば、高校さえ別なんだ。今こうしていられることを楽しもうじゃないか。
亜里沙が珍しく下から俺を見上げている。都合が悪くなると見せるゼスチャーだ。
やはり、なにかしら都合が悪いことがあるらしい。
「ごめん。ホントのこと言ったら、あんた授業ストライキするような気がして」
今度は上から明の声がする。
「俺たちも勉強することはあるけど、今日自習だったのはホント」
別に、今日は怒らない。
俺にも魔法が使えることが分ったから。
「気にすんなよ。また茶話会やろうぜ」
亜里沙が「ありがと」と小声で許しを請うと、明は深々と頭を上げた。
俺は午後のコマ割を確認しようと自分の机の前に立った。亜里沙と明は、後ろで黙って立っている。おい、そこで何かツッコミはないのか。
本当に、昔から不思議な2人だ。
そういえば、こいつらとの出会いは保育園の時だった。母さんは働いていたから、俺は1歳の時から昼間保育園に預けられていた。
そこでこいつらに出会ったのが初見になる。小さい時から亜里沙も明も変わりがない。そのまんま、身体だけが大きくなった感じ。
いつの間にか、3人とも高校生だよなあ、と感慨に浸る俺。
そんな俺の頬を亜里沙が抓る。
「ほら、時間割確認した?」
「いでっ、急に抓るなよ、亜里沙」
午後1コマ
魔法実技:ラナウェイ
午後2コマ
魔法実技:アシストボール
俺は運動神経マイナスの男。
午後の授業は、何か嫌な予感がした。
魔法W杯 全日本編 第6章
亜里沙と明は、付き合うと言ったのに、午後から授業があるらしく軽くバイバイと手を振って2人で校舎に入ってしまった。
俺はといえば、午後はどうやら魔法実技らしい。
午後1時からの授業も屋外だった。
その名も「ラナウェイ」
集まった生徒に、教師はこれだけを言った。
「これは追いかけっこやかくれんぼに似た競技ですが、足が速いとかだけで巧くなる競技ではありません。工夫が物をいいます。十分に考えて、最後まで残れるように工夫しなさい」
ピストルのような形状のデバイスを相手に命中させると、相手の足が動かなくなるという。
今日の練習場所は校舎の中庭が指定された。古い校舎が隣にあり、そこを使う時もあるのだとか。
これはあくまで授業であり、かくれんぼではないのだが、もしかしたら、隠れたままで最後まで持てばそれはそれかもしれないと思う俺。
教師は、20人の男子を4つに割り、5人ずつのグループにした。
女子は10人を2つに割り、やはり5人ずつのグループにする。
俺、走るのかなり、本当に苦手。
仕方ないから、中庭のある程度樹齢を重ね太くなった樹の陰でそっとしていた。
男子Aチームに属したのだが、B、C、Dチームのゼッケンを付けた男子を見ると身体が固まってしまうのがわかる。
身をひっそりと樹の陰にひそめて、息すらも静かに、微かに。
こんな時、透明人間になれたらいいのになと思う。
でも、透明人間だって今の科学じゃ到底でき得ないもの。
要は、俺が透明人間よろしく姿を隠せればいいだけの話なんだが。
こうして隠れているのは、結構辛い。
右手の人さし指に意識を集中して、前後左右に指を切って見た。
すると、周囲の声が聞こえなくなり、何も見えなくなった。まるで卵の中に入ったように。
もしかしたら、周りからも俺の姿が見えていないのかもしれない。
確か、この実技には制限時間があったはずで、45分逃げ切ったらこっちの勝ちだ。
そこまで意識が持つかどうかはわからないけど、とにかく、今日はこの方法を試してみようと思う。
それにしても、黙って1か所に身をひそめるのは本当に辛い。何も音が聞こえないということが、こんなに辛いとは思わなかった。
もう、姿をさらけ出し、いっそ負けを認めてしまおうか。
とはいえ、俺は、自分で作ったこの結界みたいなものを解く方法を知らなかった。
どうやったら解除できるんだろう、何分くらい持つんだろう。
確か、授業が始まって10分後にゲーム開始。そのあと10分くらいしてから結界を張ったのだから、もう授業が始まって30分。20分、ここにいることになる。
授業は1時間だから・・・。
あと15分だけ、こうして樹に同化せねばならんということか。
授業が終わっても結界を解除できなかったらどうしよう。
その時、大事なことに気が付いた。
俺は今、隠れているから声を上げていない。
そうだよ、先生が来たら動き出して、助けを求めて大声で叫べばいいんだ。
そうすれば、きっと大丈夫。
魔法結界を解くくらい、教師には簡単にできるだろう。
そんな風に考えていた俺が甘かった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
それから15分。
追いかけっこのゲームは終わったはずだ。
が、何も音が聞こえない。何も見えない。
立ち上がろうとするが、本当に卵の中にいるようで、足を伸ばせない。立ち上がれない。
これって、かなりまずいパターンなんではなかろうか。
仕方がないので、俺を覆っている殻のようなものを叩いて割ることにした。
かっ、硬っ。
こっちの拳骨の方が怪我をしそうだ。
もう一度、同じように魔法を使うべきかどうか、まじめに悩んだ。
だって、同じこと2回やって解除できるものもあるけど、2回目で倍の硬さになる可能性だってある。
でも、やらないよりはやった方がいい。
あー、こんなことなら、黙ってつかまっていれば良かった。
走るのを怠けたばかりに、こんなひどい目に遭っている俺。
授業時間は終わりを告げ、もう午後2時5分。
あと10分で、次のコマが始まる。
もがけばもがくほど、たぶん、この殻は硬くなっている。
そうだよ、やっぱり真面な魔法なんて使えないんだよ、自分で掛けた魔法の解除すらできないなんてお笑い草。
このまま寝てしまおうか。
そしたら、目覚めた時には元の世界に戻っているかもしれない。
もう、馬鹿馬鹿しくてやってられないよ。
俺は考えることを放棄して、身体の力をぬき、殻に寄りかかった・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「海斗、海斗」
亜里沙の声が聞こえる。
ああ、元の世界に戻ったんだ。
母さんが俺の不登校を心配して亜里沙に連絡したんだな。
「おう・・・亜里沙・・・」
俺はベッドから起き上がろうとした。
しかし、そこにあったのはベッドではなく、大きな樹。
なんだよ、くそが。
まだこっちの世界にいたのかよ。
俺は仕方なく立ち上がそうとした。
だが、身体が固まっていて動かない。
「おい・・亜里沙。手を貸してくれ」
「あんた、何でこんなとこで寝てんのさ。授業さぼったの?」
「まじめにやった結果がこれだ。もう授業には出ない」
追いかけっこの顛末を亜里沙に話した。
「なるほどね。でも、今日の最後の授業だけでも行きなよ。折角学校来たんだし」
「いやだ」
「見学させてもらうだけでもいいと思うけど。帰り生徒会室行くんでしょ」
「まあ、それくらいなら。そういえば、そういう約束してたな、南園さんと」
「あたしが一緒に行ってあげる。次も自習になったから」
授業開始5分前の予鈴が鳴った。
俺と亜里沙は、アシストボールの授業が行われる体育館へと向かった。
魔法W杯 全日本編 第7章
体育館には、30人ほどの男子と女子が入り乱れていた。
魔法科の生徒だけなのだろう。
教師がどこにいるのかわからない。
今日は疲れたから見学させてほしいと言え、と隣で亜里沙が吠えている。
いつも思うんだが、お前は一体どこに向かって吠えてるんだ。
授業が始まり、皆は男子と女子に分れて並ぶ。
俺も一応、男子の中に入って並ぶことは並んだ。球を見たら、ハンドボールに一番近い、小さな球だった。
ハンドボールだけはおっかなくて出来ない。
中学の時に一度経験したことがある。
おっかねーのなんのって。
あ。『おっかない』ってのは東北地方の方言ね。標準語では、「怖い」という意味になるのかな。
球はバスケとかバレーより小さいから、その分早く飛ぶ。
バレーのスパイクもかなり速いけど、ハンドボールの速力はバレーよりも速いイメージがある。どっちが速いのかは教わっていないからわからない。
でも、ハンドボールは思いっきり、そう、力の丈を振り絞って、投げる。
ハンドボールのルールはバスケに近いけど、殺人シュートなんてざらにあるスポーツだと思う。
ちょっとでも触れたら、軽くて突き指。ああ、中学では骨折したやつもいたっけ。それ以来、ハンドボールの授業を見学することにしていた。
俺は授業を見学したいと強く思っている。
教師を探して見学の意志をつたえなければ。
教師、教師。いないなあ。
っと、いた。・・・アレモくんのような、人間型ロボット。
ロボットか。うまく俺の言い分が伝わるだろうか。
ロボ先生に寄っていくと恐る恐る声を掛けた。
「先生?」
ロボ先生がこっちを向く。
「ナンデスカ?」
「八朔海斗です。僕、今日は見学したいのですが」
「ホズミクン、デシタネ。キミハコノキョウギヲミルノハハジメテダカラ、ケンガクシテイイデスヨ」
よかったー。
ダメって言われたら、そのまま帰ろうと思ってたところだ。
てか、一見さんお断りみたいな見学理由って、あるんだ。
次からは出なさいよ~って言われてる気がするが。
コートの脇で、亜里沙と、いつの間にか現れた明と一緒に、アシストボールを見学することにした。
・・・?・・・
これはハンドボールなのか?それともフットボールなのか?
3秒ルールも3ステップルールもない。おまけに、ハンドあり、ひざ下OK。まるでハンドボールとサッカーを混ぜたような競技だ。
ドリブルを足で行い、最後のシュートを手づかみで行う。ボール持った方が断然有利なのでは?
そう思った俺が甘かった。
小さいボールがゆえに、スライディングタックルしてボールを奪うのも難しいが、ボールの小ささゆえか、軽さゆえか、ドリブルそのものも難しそうだった。
そして、何より目を見張ったのが、GKが透明の魔法の盾のようなものを持っていること。大きさは大体、手のひらくらい。両手に盾を付けると、盾と盾の間が魔法の楯状態になり、ゴールポストを狭める。そして手を広げると楯は円状になり、ますますゴールポストのとの合間を狭めていた。
ゴールがしにくいルールだなと思った。
全日本というからには、W杯というからには、最終的に外国の方々と勝負することになるのだろう。
手足が長い体格の人に向いてる競技だなと、手足が日本人普通サイズの俺は思った。
練習が始まった。生徒たちが手でかますシュートは、相変わらず殺人的速さだった。
オフサイドのようなルールも無く、GKの負担は相当なものになるのだろう。
タックルも余程のことが無ければファウルを取られない。
その代り、皆自分に何らかの魔法をかけているのが見てとれた。魔法で自分の身体を守れと言うことなのか。
もちろん、この競技は、飛行魔法を使ってはいけない。
使うバカもいないと思うけど。
何となくだが、ルールはわかった。
相手を体術で蹴落とすのはOKだけど、相手に向かって魔法を使ってはいけない。魔法はあくまで防備のため。それは相手も同じことだから、事実上、怪我人が出ないルールになっている。
ハンドボールよりもサッカーに近いかもしれない。ただ、腕が使えて、シュートは足ではなく腕で入れる。オフサイドはない。タックルもOK。
自分自身に対してのみ魔法が使える。
ハンドボールとサッカーの部分、部分を取り出して編み出されたライトなスポーツ。
いや、スポーツではなく、魔法競技だわな。
さて。
見ているだけの時間は、結構長く感じるものだ。
かといって、亜里沙や明と話しこんでいるとロボ先生の心証も悪くなる。
この競技の時間だけは慎ましやかに、目立たない生徒として振舞っていたい。
なんでかって?
そりゃもう、試合に出たくないからですよ。
卵事件の追いかけっこ、ラナウェイとやらも嫌だったが、こっちはそれを凌駕している。120%イヤ。
ところで、亜里沙は追いかけっこで隠れていた俺をどうやって見つけたんだろう。
あの時は、ヒヨコよろしく殻の中に閉じこもったままだった。
もしかして魔法が解けていたんだろうか。
解せぬ。
あの術は“とっておき”にしようと思う俺。
そのためには、誰かに解除方法を聞いておかないと。
ロボ先生は、微妙なニュアンスをわかってくれなさそうだし、誰に聞けばいいのかわからない。
こっちの世界にも、来たくて来たわけじゃないから何かやる気が起きない。
大きく背を反らせて背伸びしたかったが、目立つと思い止めた。
そうこうしてる間に、授業は終わっていた。
男子がハンドボールをしている間、女子は別な練習をしていた。
何というか、その、一番近いのは、羽つき。
バドミントンに似てるんだけど、あれほど激しいスポーツではない。
もっとこう、上品。
ラケットで羽根を打つことに違いはないのだが、相手のコートに打ち込むその時に、ラケットそのものがこちらでいうところのデバイスとして働く感じ。
ラケットが羽根つき板に似てるんだよね。
でも、デバイスは他にあって、ゆるゆるバドミントンをしているだけなのかもしれない。
俺も女になってこっちのバドミントンまがいの方に加わりたかった・・・。
と。
女子でも激しく動いてる二人がいた。
な、なんと南園さんだった。
もしかして、これくらい激しいレベルでないと選手になれないのかもしれない。
サーブこそ緩やかに打つのだが、その後のラリーは途轍もなく激しい。ネット際の攻防が無いだけだ。
時間オーバーで練習はロボ先生に止められたが、ギャラリーがブーイングしていたのが見えた。
そうだな、俺ももっと見ていたかった。
魔法W杯 全日本編 第8章
南園さんは、汗をタオルでふき取ると、男子の方に手を振った。
・・・あたりを見回す。誰も応えてない。・・・もしかして、俺?
でも、もし違っていたらこんなに恥ずかしいことはない。
そちらの方をガン見しながらも、俺は手を振ることができなかった。
「八朔さん、八朔さん。南園です。もう忘れちゃいました?」
やはり南園さんは俺に向かって手を振ってくれていた。
嬉しさダイナマイト級ではあるのだが、人前ということを鑑み、ちょいとクールに対応してみる。
「南園さんは運動がお好きですか」
「そうね、身体を動かすことは好きです」
「う・・・うらやましい・・・」
「何か言いました?」
「いえ、なにも」
何を話していいのかわからない。
その時、俺と南園さんに割って入る不届き者がいた。
亜里沙。やっぱりお前か。
「ねーねー、授業終わったら生徒会室なんでしょ?彼女に連れて行ってもらったら?」
クールな俺の立場はどうなる。
「うるさい、亜里沙」
「何よ、1人で歩いたら迷うよ、絶対。あんた方向音痴じゃない」
「お前や明は場所わかるのか」
「知るわけないでしょ」
くるりと南園さんを見たあとは、クールな芝居を続ける余裕が無かった。
「すみません、南園さん。あの・・・生徒会室まで連れて行ってもらえますか?」
「お安いご用です。そのためにいるのですし」
亜里沙がまた吠えた。
「申し訳ない、方向音痴なんです、こいつ」
優しそうに語る明。
「亜里沙、そんなことを言うもんじゃない。ここは1人で送り出してあげようじゃないか」
明。
お前、俺を1人で行かせる気だったのか・・・。
ゲスだな。
何はともあれ、俺は南園さんのあとに引っ付いて、生徒会室を目指した。
なぜか亜里沙と明も後からついてくる。
「なんでお前らまでついてくるんだよ」
「ひ・み・つ」
亜里沙はたまに意味不明の言葉を繰り出す。
南園さんに後れをとるまいと、必死に後を追った。
南園さん、歩くのすんごく速いんですけど・・・。
何回も校舎の角を曲がり、階段を下り、そして昇り、やっと南園さんは止った。
そこは、「生徒会室」と看板の出ている部屋だった。
「八朔さん、こちらです」
南園さんは俺を招き入れるようなポーズをとったあと、生徒会室のドアを静かに3回、ノックした。
「入れ」
中から声が聞こえる。
たぶん、生徒会長である沢渡先輩だ。
「入りましょうか」
ドアノブに手を添えて、ドアを開ける南園さん。
何て優雅な立居振舞なんだろう。
亜里沙とは大違いだ。
“悪かったわね、あたしがガサツで”
亜里沙だったら間を置かずにそう答えるだろう。
でも、今の亜里沙は何も言わない。
あの亜里沙でさえ、生徒会室に呼ばれると緊張するのかもしれない。
南園さんが部屋に入る。
続けて俺は部屋に足を踏み入れた。
重苦しいというか、重厚感半端ない空気感が部屋中を覆っていた。
中にいたのは、沢渡生徒会長と、三枝副会長、入間川副会長と弥皇企画広報部長、それに、俺の前に名前を呼ばれていた四月一日逍遥、瀬戸綾乃、国分龍之介だった。
なぜかちゃっかりと明まで居る。なんで?
「さて、ここに集まってもらったのは、1年で大会に出る諸君だ」
沢渡会長があらためて皆の名前を呼ぶ。
「魔法科男子の四月一日くん、国分くん、八朔くん。女子は瀬戸くん、そして生徒会書記の南園くんだ」
皆、入学したばかりで栄えある大会に出場するとあって、少なからず緊張している様子が見てとれる。
そしてひとりひとり、名前を呼ばれた順番に短い挨拶が始まった。
何を喋ればいいんだろう。
ああ、何も思いつかない。
四月一日くんと国分くんが挨拶を終えた。晴れがましく光栄の極みですとか、大役を任され身の引き締まる思いですとか、なんと立派なご挨拶。
次は俺の番。
もー、ここから消えてしまいたーい。
でも、消える魔法をかけるわけにもいかなーい。
仕方がない。ここはオーソドックスに。
「魔法科1年の八朔海斗です。魔法は初めてなので、どうぞよろしくご指導願います」
先輩たちから拍手が起こる。
すると、入間川副会長だけは俺を見下した目つきで拍手もせずにそっぽを向いた。
俺、あんたにそんな真似される筋合いないんですけど。
その様子を見てとったのかどうか、沢渡会長が咳払いをした。
「そして1年魔法技術科の山桜亜里沙くんと長谷部明くん、八神絢人くんには、魔法技術スタッフとして5名をサポートしてもらう。メンバーについては以上だ」
弥皇部長は大会に向けた一切を仕切るということで、席を立って選手たちに向き直る。
「さて、これからのスケジュールですが」
紅薔薇高校では、生徒会に属する企画広報部がイベントを仕切るらしい。
今回は特に、前回の優勝校として大会そのものを運営するのだとか。
もちろんそこには教師などの大人も介在するわけだが、大まかなスケジューリングから始まって個々の生徒の状態まで、すべて生徒が先頭に立って進めていくという。
泉沢学院とは全く別。
あそこは教師たちが生徒を動かしていた。
それでも、生徒が自分たちの意志を持っていないからこそ教師が前面に出るしかないのかもしれない。
生徒の自立。
紅薔薇高校くらいでなくともいいから、高校生になったら自分たちで自立した生徒会運営とかイベント運営をできればいいのに。
大人の陰に隠れるだけでは成長もしないよなあ。
そんなリアル世界のことを考えている俺。
魔法W杯全日本高校選手権に初めて参加する1年生の為に、大会に関して弥皇部長から説明があるということで、1年生5名とサポーター3名は弥皇部長の方を見た。
1年に1度、日本国内で開かれる魔法W杯全日本高校選手権。
全日本高校選手権は国内各都道府県から1チームが参加し、選手は1学年5名、合計15名。
1学年ごとに3名のサポーターが付く。
6種類の競技種目があり、各種目の総合勝ち点「総合ポイント」で勝敗を決める。1位のチームには100点、2位は80点、3位は60点、4位は40点、5位は20点、6位以下は0点とポイントが加算される。
総合優勝校は第1Gと称され、世界大会、いわゆるW杯に出場する権利を得る。
それとともに、翌年の大会運営を任される。
紅薔薇高校は総合優勝常連校らしく、大会開催のために国がイベント用の建物を用意しているということで、そこには屋内コート=アリーナ2つ、屋外グラウンド=メインスタジアム2つ、サブグラウンド2つがあり、すべての種目を陸上競技場の周辺で行うことができるのだそうだ。
ラナウェイはサブグラウンド2つとアリーナ2つ、メインスタジアムの周辺における公園など公的な建物に限り、使用することができるらしい。
デッドクライミングの壁はアリーナの中に4つ、ロストラビリンスの迷路はアリーナの中に2つ作られるそうだ。
2つのメインスタジアムでは、アシストボールとプラチナチェイスが行われ、マジックガンショットは2つのサブグラウンドで試合が行われる。
準総合優勝校は第2Gと称され、第1Gに問題が起きた場合にW杯の出場と翌年の大会運営を引き継ぐ形をとる。
第3Gと呼ばれる異世界からの転移組は、総合優勝校だけが配置することができる。
昨年の総合優勝校は紅薔薇高校。
ゆえに、今大会の運営は全て紅薔薇高校で行うことになっており、第3Gも配置した。
しかし残念ながら、昨年のW杯、予選で苦汁をなめる結果となったという。
「そういえば、ここがどこかも知らなかった。宮城じゃないの?」
思わずひとりごとが口をついて出た。
誰にも聞こえてないといいけど、と思ったら、入間川副会長が首を竦めて笑った。
「宮城なんて田舎に総合優勝できる力はないよ」
ちょっとだけ頭に血が上り、きょろきょろと声の主を探した俺。
そんな姿を見たんだろう、沢渡会長が口を挟む。
「ここは神奈川だ。神奈川県横浜市に紅薔薇高校はある。だがな、八朔。去年の第2Gは京都府京都市だし、3位は石川県金沢市、4位は鹿児島県指宿市、5位は北海道札幌市だ。日本中の高校が全日本高校選手権を目指す。都会や田舎など関係なく」
そして入間川先輩を直視した沢渡会長。
「都会とか田舎などという言葉は慎むべきだな、入間川」
入間川副会長は横を向いて、小さく舌打ちした。
入間川副会長に向け、腹ん中であっかんベーをする俺。
横浜には人口で勝てないけど、仙台は住みやすい街として有名だ。
転勤族が終いの住家を求める際、仙台を選ぶ人が多いのだと父さんが言ってた。
な?亜里沙、明。
「おいおい君たち。イベント運営を考えるに当たり、もう少し細かく説明させてくれ」
弥皇部長は、がっくりと肩を落とした・・・。
魔法W杯 全日本編 第9章
弥皇部長からの大会概要の説明が終わり、次に、三枝副会長から競技種目に関する説明を受ける。
その前に、1年生5人はグループを作り、弥皇部長も混じって、誰がどの種目に挑戦するか策戦を練った。
結果、俺は4種目に出場決定とあいなった。
国分くんや瀬戸さんは、まだ話をしたことがないので少々近づき難かった。
でも大会前までにはきちんとコミュニケーションをとっておかなくては。
なんとはなしに、やる気になってる俺。
自分には不向きだと思っていた魔法の世界。運動神経マイナスの俺。この二つが微妙に絡み合う不思議な感情が俺を支配しつつある。
出場科目も決まり、1年生は、三枝副会長の綺麗な声に耳を傾けた。
マジックガンショットは、射撃に似た競技。
拳銃型のデバイスに魔法力を注入し、何カ所かから自分を襲う魔法陣の中、100個のレギュラー魔法陣を全て撃ち落とせばオールクリア。
ただし、似たような形のイレギュラー魔法陣も出てきて、そっちは射撃者を攻撃してくる、らしい。レギュラー魔法陣も同じように攻撃してくるのか、その辺は練習を行ってみてのお楽しみだと言われた。
え・・・そんな大雑把な説明ってありですか・・・。
俺は食い下がりたかったんだが、周りはもうこの競技に関しては周知いるらしく、質問も出ないし誰も俺の方を見て確認しようともしない。
俺もなんとなく聞きづらくなってしまって。
練習が始まってみればわかることだろうといつものように甘い考えで終わってしまった。
とにかく、早くレギュラー魔法陣を見つけだし撃ち落とせるかがこの競技のポイント。
マジックガンショット用の拳銃型デバイス(ショットガンというらしい)は、2つまで所持可能とのことだった。デバイスに不調があった場合に取り換えるのか、両手打ちしてもいいのかな。
俺は両手打ちなんて高度な技を出せるわけがないので黙っていた。
この競技は遮蔽物のない場所(=グラウンド)で行われる。
俺と南園さん、四月一日くんが出ることになった。
ロストラビリンスは、迷路に3人がチャレンジする競技。
複数人が時間差でに迷路に入る。出口を探すために魔法を使えるが、飛行魔法は使えない。他選手との協力も可だが、その場合、与えられる点数は半分になる。
ポイントは、迷路の壁の向こうを透視できるための技術。
これなら俺の運動神経は関係なしで迷わないかは別として、魔法競技の中では俺向きということで出場決定。南園さんと、瀬戸さんも出るようだ。
デッドクライミング。
この世界で行われるのは、現代にも実際あるスポーツクライミングを模した競技といえる。
手と足でほとんど地面に直角のボードを昇っていくんだが、ただでさえ難しいのに、互いに相手の人工物(ホールド)を消し、自分のホールドを楽なところに出現させるというなかなかハードなルールがある。
この競技は俺に不向きとされ、出なくて済むようだ。ここではサブ=補欠も何も、エントリーすらなかった。
女子は早いよね、デッドライミング。
男子用と女子用は別の壁が設けられており、記録によって勝敗が決まる。
ここには、国分くん、南園さん、瀬戸さんが出場。
アシストボールは、ハンドボール+サッカー風の競技。
複数人で魔法を使いながらゴールポストを狙う。GKは魔法の盾(デバイス)でボールをかわすことができる。手も足もOKで、3秒ルールや3歩ステップルールはない。どちらかといえば、サッカーに近いルールなのだろうが、オフサイドのルールは適用されない。
戦術としてはオフサイドルールがあった方が考えやすいのだろうが、オフサイドがないとなると、GKとの1対1対決が待ち受けている。
プラチナチェイス同様ひたすら動き回る競技なので、持久力がないと酸欠になる。
この競技は俺に不向きとされ、出なくていいといわれた。とはいえ、サブ=補欠だ。
四月一日くんがFW。国分くんがDF、瀬戸さんがMF。南園さんがGKを務める。
ラナウェイは、基本的に拳銃型のデバイスを用いてゲリラ戦のように行う競技。
相手を見つけて魔法を放ち相手を全員倒したチームの勝利。
直接相手に向けるため、強い魔法は使えない。
グラウンドのような遮蔽物のない場所では行わない。
飛行魔法を使った上からの攻撃は認められない。
ここには、四月一日くんと国分くん、俺が出場する。
プラチナチェイスは、魔法をかけたプラチナのボールを追いかけ奪取する競技。
1学年5人全員が競技に出場する。
2チーム対抗で試合は進む。全員が飛行魔法を使い、ボールを手中に収めたチームの勝ち。
全員で作戦を練り、配列を組み全体で追いかけることがポイントなのだという。
これは出たくはないものの、全員参加種目とのことで俺もしぶしぶ参加決定。
魔法W杯全日本高校選手権では、47都道府県の高校1年生が出場するため、一堂に会しての競技には無理がある。
そのため、昨年の実績により、シード校が8チーム決められる。
今年度については、あらかじめ予選会が行われるとか。
予選会を乗り切ったチーム8校が出場し、合計16チームで競技が行われるのだそうだ。
ほとんどの競技は、30分1本勝負。
マジックガンショットとデッドクライミングは速さを競う競技なので延長戦もない。
30分で勝負がつかない場合、ロストラビリンスとラナウェイは引き分けになる。
アシストボールは休息10分15分の延長戦の後、PK戦になる。
プラチナチェイスは、休憩5分で10分ずつ、エンドレスの延長戦が続く。6種類の競技の中では一番過酷な競技とも言える。新人戦は休憩5分で5分ずつの延長戦。
紅薔薇高校はシード校なので、全ての競技においてベスト16からの出場となる。
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読者のみなさんに伝えるのを忘れていた気もするが、デバイスというのは、電子回路を構成する基本的な素子と考えられており、この世界では魔法力を注入することで使用可能になる。
デバイスには色々な形状があり、拳銃型やバングル型など多岐に渡る。形状ごとに用途が違う。
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俺みたいなヒヨッコは、デバイスに注入できる魔法力が少ないため、時間の長くかかる競技には出場することができない。途中で息切れしてしまう可能性が高いからだ。
でも、プラチナチェイスは全員参加ゆえにデバイスを複数持ちすることで出場しなくてはならない。
本当なら出たくはないが、こればかりは、いまさら文句も言えないのだった。
ラナウェイと聞いて、あの卵事件を思い出した。
「ちょっといいですか」
皆に向かって手を上げる。
「授業の時、十字を切ったら卵みたいな硬い殻に入って抜けられなくなったんですが、どうしたら解除できるのですか?」
その言葉を聞いて、国分くんと瀬戸さんが笑い出した。弥皇部長と四月一日くん、南園さんは笑っていなかった。
「そりゃ君、魔法じゃなくて夢じゃないの?」
「そうそう、樹の下に隠れて、安心して眠ったんじゃない?」
俺は顔と耳たぶが熱を帯び、真っ赤になったのを感じた。
夢のことを皆に話すなんて、なんてカッコ悪いんだろう。
「そういえば亜里沙には見えてたようだし、やっぱり夢だったのかな」
少し間をおいて、弥皇部長が俺の肩を叩く。
「君の魔法力はどんどん進化しているね」
南園さんも驚いたという顔をしながら笑みを浮かべうなずいた。
「来たばかりなのに、もうそこまで」
四月一日くんは立ち上がると、俺から少し離れて、人さし指に力をいれて前後左右に切った。
すると、四月一日くんの身体が見事に消えていくではないか!
夢と断罪した他の2人はとても驚いていた。
やっぱり、悪い夢ではなかったらしい。
「四月一日くん、どうやれば解除できるの」
ふふふ、と少々な不気味な声と笑顔とは言い難い冷めた表情を浮かべる四月一日くん。どうやら、国分くんと瀬戸さんの目を覚ましてやりたい、という心理が働いたと見える。
「指を切った反対順に、もう一度切れば解けるよ」
国分くんも瀬戸さんも感嘆の言葉を洩らした。
「え?そうなの?」
「本当だったのね、ごめん、八朔くん。信じてあげなくて」
四月一日くんは、今度はさばさばとした表情になった。皆が信じてくれたからだろう。
「試す考えはなかっただろうからね。同じ方向に切ると、ますます殻が厚くなるんだ」
俺は腹の中で「ほら見ろー」と2人に言葉を投げかける。
助かった~。
たぶん、無我夢中で指を切り、自分で解除したから亜里沙が見つけてくれたのだと思う。
安心したところで、もうここに用はないんだろうと思い、帰り支度を始めた。
「ちょ、ちょっと待って」
「八朔、待て」
南園さんの声が早いか、沢渡会長の声が早いか、とにかく俺は生徒会室の中に留め置かれることになってしまった。
「はい?なんでしょうか」
沢渡会長が咳払いをして、他の生徒を部屋から閉め出した。中に残ったのは、俺と会長だけ。
どうしたんだろう。
何を言われるんだろう。
「お前はすべての試合形式を知らない。寮にパソコンはあるか」
「いえ、持ってないです」
「モニターとDVDプレイヤーは?」
「残念ながらそちらもありません」
「では、これから大会期間中も、生徒会室のパソコンで種目別の映像を観ておけ。参考になるし、何かわからないことがでてくるはずだ」
「は?」
「お前には薔薇6対抗戦やGPSにもエントリーしてもらうことになると思う」
「はあ?」
なに、それ。
何も聞いてないよ?
薔薇6対抗戦?GPS?
エントリー?
ここで俺の脳ミソはぐるぐると回りだす。
紅薔薇高校は、1学年だけで約100人。全部合わせて300人弱もいるのに、なぜに俺がその任を享受されなければならんのだ。
サラリーマンのヒヨッコが、上司に「じゃ、これもお願い♪」なんて都合よく仕事押し付けられてる感、満載。
「あの、会長、よろしいですか」
「なんだ」
「なぜ僕が出るのですか。総勢300人からなるこの高校です、もっと実力のある人が沢山いると思うのですが」
「そうだなあ」
「たとえば、さっきの四月一日さんなどは、僕より遥かに上を行っています。でるなら彼のような人物が・・・」
「薔薇6対抗戦は8月の夏休みに行われる姉妹校の対抗戦。GPSは、冬季に世界各地で予選が行われたあと、12月に本選が行われる」
「それで・・・」
「四月一日は既にすべてにエントリーしてある。我が高1年のエースだからな。2年、3年からも数名エントリーしている。薔薇6対抗戦の最終エントリーはまだだが、全日本が終わったら正式なエントリーを出す」
「おかしいとお感じにならないのですか、異世界転移など」
「そうか?もし君の魔法がもっと順調に伸びるようなら、定期戦へのエントリーも可能だ」
俺は思わず普段語になる。
「おかしいでしょ、その流れ」
「ま、とにかくこちらにいる間はこちらの世界を楽しめ」
そういうと、沢渡会長はこの話題を避けたようで、別の話題に変えられた。
残された俺は、言うことを聞くしかない、らしい。
それで授業が終わったら、ここに毎日通えというわけね。部屋に帰っても何もするわけじゃないから、それは構わないけど。
入間川副会長だけしかいなかったらどうしようか。
ピーン。
調子が悪いので、と言い訳してから帰ればいいや。
あ、俺はデバイスとやらを持っていない。
学内に在庫なんてあるんだろうか。
引き返そうとすると、ちょうど沢渡会長が部屋を出るところだった。
「あの、沢渡会長。僕はデバイスをひとつも持っていないのですが、学内のものをお借りできるんでしょうか」
「それについては、鋭意作成中だ。少し待て」
「はい・・・?」
誰が作るんだ?教師か?技術会社が提携でもしているのか?
ま、いいや。そのうち自分専用のデバイスが届くのだろう。
取り敢えず、薔薇6対抗戦やGPSはまだ先のこととして、俺は全日本高校選手権用にDVDやらHDDに入っている競技を観ることになったのだった。
と、異世界はおかしいと言いながら、魔法鍛錬に余念のない俺。
どうしてなのか、自分でもその理由をつかみ損ねていた。
リアル世界では、余りにも目立たなくて、みんなの輪にも入っていけなくて。
たぶん俺は、目立ちたいわけじゃなく、みんなの輪に入っていきたいだけなんだと思う。
親友と呼べる友が欲しかっただけなんだと思う。
幼馴染の亜里沙や明は別として。
ここにいれば、リアル世界じゃないから親友など要らなくて、目立ちたいだけ目立っても誰も何も言わない。誰かが何かを言ったとしても、さっきみたいにブーメランで相手に返るだけ。
面白そうじゃないか。
こちらの世界では、俺は魔法を使えるらしい。
そして、“こちらにいる間はこちらの世界を楽しめ”という沢渡会長の言葉。
存分に自分の持てる力を発揮したときの俺がどうなるのか、見てみたい衝動に駆られるのは確かだ。
魔法W杯 全日本編 第10章
翌日の夕方から、俺は生徒会室に入り浸ってパソコンで各競技のプレーや魔法の発動方式などを観る日々が始まった。
毎日、午前は魔法知識、魔法理論とでもいうべき授業が行われ、午後は魔法実技。そして3時15分になると1日の授業が終わる。
そこから生徒会室に移動し、パソコンとにらめっこしている。
憧れのパソコン部に入部した気分だった。
ヤバイ、はっぴー♪
魔法知識や魔法理論の授業は楽しいわけではないけれど、魔法を使うにはどのような制限があるとか、魔法領域に蓄積された魔法力はどのくらいの時間使用できるかなど、俺の知らないことばかり。でもって、はっきりいって、ちんぷんかんぷん。
午後の魔法実技は、ラナウェイでは捕まるときが多いけど、アシストボールは見学のみにしている。
もちろん、放課後の生徒会室ではDVDやHDDにて全ての動画を視聴し、補欠としての役割は果たしているつもりだ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日から、魔法科の時間割が変わった。
大会に向けて時間割は全て魔法実技となり、スターティングメンバ―をメインとして練習することになった。
午前の1コマは、マジックガンショット。
拳銃型のデバイスは、新品だった。どうやら俺の手に合うよう、改良されたらしい。
とても手になじんでいて扱い易かった。
でも、試合となれば話は変わる。
俺はイレギュラー魔法陣に気を取られて、レギュラー魔法陣を探せなかった。そのうちにイレギュラー魔法陣が小爆発してゲームオーバー。デバイスを試す時間もないくらい、余裕というものが見られなかった。
四月一日くんと南園さんはレギュラー魔法陣を見つけるのが早く、いつもゲームクリアしているようだ。
見つけるコツを聞いて良いものかどうか、俺は困惑しながら肩を落としていた。
コツを聞きたいが、2人に聞く勇気がない。
だが、四月一日くんと南園さんは団体戦としての戦いを重視していたから、見つけるコツを教えてくれた。
「まず、レギュラー魔法陣は明るさがイレギュラー魔法陣とは若干違う」
四月一日くんがそう言えば、南園さんは別の方法を伝授してくれた。
「レギュラー魔法陣はね、点滅しているの。わかりにくいけど」
そうか。そこさえコツをつかんでデバイス発射できれば、あとは持久力が持つかどうかだ。
持久力を養うのは、運動音痴の俺にとって喫緊の課題なわけだが、いかんせん、俺はグータラときている。
マシンで走ったりするのも面倒だし、外でランニングなど以ての外。
でも、持久力付けるには、避けて通れない壁なのよね。
あー、複雑な気持ち。
試合に出るためだけに、どうしてこんなに頑張っちゃうんだろう、俺。
午前の2コマは、プラチナチェイスの実戦練習。
5人×2チーム=10人で行われるため、まず3年生と2年生が見本を見せてくれた。
最初から飛行魔法で陣形を組み、魔法でジグザグ動くプラチナのボールを追う。
このボールが、色んな動きをするため結構取りにくい。
飛行魔法を用いて飛び回るため、疲労感が半端ない競技だ。元々の魔法力が物をいう。
魔法力の蓄積が少ないと、直ぐ酸欠になる。
ある意味、マラソンのような競技だと思う。
先陣は四月一日くん。後陣は国分くん。ボールを掴みとるのはチェイサーの瀬戸さん、遊撃として南園さんと俺が入り、主に上下左右を飛び回ることになる。チェイサーの瀬戸さんが一番動くことになると思うんだが。
立方体の菱形のような陣形というべきか。先陣と後陣が崩れてしまうと陣形までが崩れる。
遊撃がボールを追い、チェイサーがラケットでボールを掴む。
簡単そうな競技に見えるが、たぶん、今大会で一番難しいと思う。
俺は酸欠を起こし目の前真っ暗になりながら飛行魔法を注入し続け、授業を乗り切った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日は昼になっても亜里沙や明は現れず、四月一日くんや南園さんと昼食を食べた。食券が無いのだが、どうしてなのか昼食がもらえる。
四月一日くんいわく、第3Gは、色んな場所で優遇措置があるのだそうだ。
そりゃそうだよな、金持ってこいと言われたって、持ってくるお金はありません。それに、こっちの世界が俺を呼んだのなら、ちょっとくらい優遇されても良いような気がする。
こないだみたいに馬鹿にされないよう、魔法力を持続させる、要は持久力を養う訓練はしないといけないだろう。
午後の1コマはアシストボール。
こちらは長距離マラソンだ。いや、駅伝とでもいうべきか。
ボールを持ってドリブルし、周囲と連携を組みながら何秒を争って相手方ゴールにボールをぶち込むのだがら。
俺には完全不向きです、はい。
午後の2コマ目はラナウェイ。
対照的な色のユニフォームを身にまとい、相手陣を見つけて魔法を放つ競技だ。先日の俺のように、隠れて見つけられなければ、まあ、それもアリなのか。聞いてみないとわからない。
自陣が相手陣を全員倒すのが手っ取り早いので、試合になれば、俺が隠れてしまうのが一番早いんだが、練習では相手を見つけて魔法を放つ。
デバイスは、マジックガンショットと同じショットガンを使用する。
直接相手に向けるため、強い魔法は使えないと三枝副会長から教わった。
教師たちも同じことを言っている。
それから、今の俺には高等すぎて無理だったが、四月一日くんと国分くんは相手陣から向けられた魔法を取り消すためのデバイスを装備していた。魔法陣とかなんとか。これも手のひらサイズの、鏡みたいなデバイス。
デバイスにも色々な種類があって、当初はどれがどれだかわからなかったが、今のところ、俺が使うのはプラチナチェイスに使う飛行魔法のバングルと、マジックガンショットやラナウェイに使うショットガンだけで、その他の物は支給されていなかった。ラナウェイでは別なデバイスを皆準備しているようなのだが。
俺の魔法力がそこまでついていかないのが原因か。
頑張ったらご褒美にもらえるのかもね。
翌日の午前1コマは、ロストラビリンス。
迷路に3人が次々に入り込み、迷路を脱出する競技だ。
出口を探すためには魔法を使えるが、飛行魔法は使えない。
他選手との協力も可だが、その場合、与えられる点数は半分になる。
この他選手との協力って言う項目で勘違いされやすいのが、自校同士の協力に限るってこと。
それは当り前の範疇でしょ。
他校との協力を実行した場合のみ、点数が半減する。
ポイントは、迷路の壁の向こうを透視できるための技術。
透視って言われてもねえ・・・。
俺に透視、できると思う?
つい何日か前までは別の世界で、魔法とは縁のない生活送ってたのよ?
でもね、なんとなく、右の人さし指さえあればどーにでもなるかな、って。
やってみたさ、迷路の石垣に向けて、人さし指で半径20cmくらいにぐるりと輪を書きました。
ワオ!石垣の向こうが見えたよ!
この指=魔法、便利だねえ。
ぜひリアル世界でも使いたいもんだ・・・。いや、犯罪者になるので止めておきます・・・。
これでロストラビリンスについてはあまり問題なく進めそうだ。
午後の2コマ目は、デッドクライミング。
三枝先輩から聞いたところによると、手と足でほとんど地面に直角のボードを昇っていくまでは現実世界と同じ。
ここからが違う。
互いに相手の人工物(ホールド)を消し、ホールドを自分の楽なところに出現させるというなかなかハードかつアグレシッブなルールが存在しているのだ。
相手の進路を塞ぎつつ、自分が有利に進めるようにするなんて、難しすぎる。
まあでも、女子は柔軟性に富み体重も軽いからこの競技では有利かもしれない。
俺は・・・自慢じゃないけど身体が固い。
30cmも昇れないと誓って言えるね。昔から木登りできなかったし。
これで全部の種目を一通り練習した訳だが、俺は放課後居残り授業が課せられた。
マジックガンショットとラナウェイ。やはりモニターで見るだけでは臨場感が違っていて、スピードに乗れないことから、本当に、なぜか本当に、沢渡会長以下3年生有志にご指導を仰ぐことになってしまった。
そりゃ、挨拶で「ご指導ください」とは言ったよ?
でもまさか、本当にくるとは思ってもみなかったよ。
マジックガンショットは、四月一日くんや南園さんはレギュラー魔法陣を見分ける方法を知っていた。
コツは2人から聞いたもののあまりに漠然としていて、競技までに習得できるか不安な部分もあった。
俺は、デバイスを2つ用意し腰にひとつをぶらさげ、上杉憲伸先輩の号令を待っていた。
「3,2,1 GO!」
グラウンドにイレギュラー魔法陣がいくつかでき、そこから魔法が発射される。最初のうちはやはり時間が足りなくなって、自爆することも多かった。
それでも、イレギュラー魔法陣は待ってくれない。
何回も小爆発され俺の心は折れそうになる。
他の2人が優等生すぎるのだとしても、あまりに劣等生すぎやしないか、俺。
これじゃ、恥ずかしくて試合にも出られない。
元の世界に戻った方がマシじゃね?
「八朔!あと一息だ、ガンバレ!」
定禅寺亮先輩の叱咤激励を背中に受け、半ばへろへろになりつつも、レギュラー魔法陣を探す。
どれだ、どれがレギュラー魔法陣だ。
少し暗くて、点滅している魔法陣。
イレギュラー魔法陣が放った魔法を何とかして避けながら、とうとう、少し暗く点滅するレギュラー魔法陣を見つけることができた。
もう少し暗い魔法陣だと思っていたし、点滅もはっきりしたものだと思っていたから、いままで見過ごしていた。
やっと、やっと見分けがついた。
指先に全神経を集中させて、ショットガンの引き金を引く。
発射。
やった!命中!
すると、レギュラー魔法陣はおろか、イレギュラー魔法陣までもが消滅した。
「やった!」
膝をついてガッツポーズをする。
「この調子でがんばれよ」
先輩たちが、俺の頭をポンポン叩き、その場はお開きになった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
居残りを始めて一週間。
ショットガンをようやく自在に扱えるようになった俺は、現れた瞬間にレギュラー魔法陣を撃ち砕けるようにまで成長した。
これなら、試合に出ても恥じるような出来栄えではなくなった。
これまでの紅薔薇高校生活で、一番嬉しかったことでもある。
次に沢渡会長以下3年生の先輩が指導にあたってくれたのは、ラナウェイ。
俺はちょっと鼻を高くしていた。
卵の中に隠れていれば、見つからない。そう思っていたからだ。
ところが、その鼻っ柱は見事に折られてしまった。
隠れていれば見つからなかったはずが、沢渡会長にいとも簡単に見つかってしまう。
もしかしたら、魔法力が消えているのか?
そもそも、魔法などかかっていなかったのか。
沢渡会長の前で項垂れる。
会長は、俺の頭をもみくちゃにした。
「お前の魔法力が消えたわけでもなく、魔法は有効だ」
「それなら、なぜ見つかってしまうのですか」
定禅寺先輩にあの魔法を実際にかけてもらった。なるほど、見えない。
ところが会長が口笛を吹き辺りに水平に右手を翳すと、なんと定禅寺先輩の姿が見えるではないか。
こうした特定魔法で、先に放たれた魔法を無効化できるのだという。
会長から、褒めてるのか戒めてるのか分らない言葉が飛ぶ。
「お前はよく工夫した。だが、相手によっては無効化されてしまうだろう」
「では、これからは隠れるだけではダメなのですね」
「そうだ。敵を攻略することが必要だ。今日はもういい、明日からまた始めよう」
俺は知らなかったのだが、亜里沙もこの魔法で俺を見つけていたらしい。3年生の斎田工先輩が、そう思ったのだという。
亜里沙が魔法を使えると聞いて、ちょっと驚いた。
その日は亜里沙と明も何かしら大会の準備に明け暮れていたらしく、ちょうど学校を出る時間が同じだった。
亜里沙が茶化したように俺の顔を見る。
「どう?居残り」
「ハード」
「今までのあんたにしてみりゃ、よくやってるわよ」
「まあね」
「進歩よ、進歩」
「そういうお前たちが、居残りしてまでやることって、何?」
「大したことじゃないわ。デバイスの調整とか、新しいプログラムの構成とか」
「お前ら、プログラミングできたの?」
高校入試の段階でも、こいつらがプログラムを組めるという話は聞いていない。
「先輩が作ったやつを打ち込んでるだけだもの、何とかなってる」
そういやあ、3年生の斎田先輩から聞いた話があった。それを亜里沙と明に疑問としてぶつけてみることにした。
「亜里沙、お前魔法できるのか」
「できないよ」
「明は?」
「俺も無理」
「亜里沙、こないだ俺が卵で隠れてた時、どうやって見つけた」
「あの時は魔法が解けてたよ」
「誰かが無効化したってこと?」
「たぶんね」
魔法W杯 全日本編 第11章
翌日も朝から大会前の補助練習。
アシストボール。
俺はやりたくなかったけど、万が一の事態を想定して、サブの選手も練習に参加することとされた。
やはり・・・走れない。すぐ息が切れる。魔法で酸素を取り込んでもらったハズなのだが。
そんでもって、今はサブの選手だけが練習しているというのに。
ところで、サブ=補欠選手は俺だけじゃなくて、1年にもいたし、2年や3年の先輩もいた。全部で5人以上はいたけど全員が第3Gなのか、紅薔薇高校生なのか。今はTシャツにハーフパンツという格好なのでよくわからなかった。
四月一日くんや南園さんはどちらも1年のエースだし、国分くんや瀬戸さんも並以上の力を持っているから、万が一の事態でも無い限り、俺の出番はないのだが。
ていうか・・・瀬戸さんは男より男らしい。俺、見た目から何から、すでに負けてるし・・・。
瀬戸さんは、身長175cm。
女子としては体格もいい。
でもって、女子のようにせせこましいことで怒ったり泣いたりしない。
すごく付き合いやすい女子だった。
胸は・・・筋肉でできているようなボディビルダー体型。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
放課後恒例、居残り練習の時間が始まった。
今日はアシストボールとラナウェイ。
アシストボールでは、走る。
走る。
走る。
とにかく走ることから始まった。
いくら魔法で補うとしてもスタミナが無ければ最後には息切れする。
走るのが大の苦手の俺なんだが、先輩方の熱意にほだされたというか、ある意味拉致されたというか、決して自分から進んでこの場にいるのではないことをご理解いただきたい。
ルールはうろ覚えだが、サッカーのようにドリブルで進んで、(足でドリブルしなくてもいのだが、たぶん相手にボールを奪われるから)ゴール間際で腕をしならせて相手ゴールにボールを叩き込む。
確かこれだけだったハズ。
シンプルイズベスト。
サブの俺がチームに入ったとしても、ボールが回ってくる確率は非常に低い。とにかく、走ってさえいればいい。
会長初め、先輩たちはそう言って笑っている。
笑いものにしないでください・・・。
問題は、ラナウェイ。
相手の背後に回るというのは実はとてつもなく高等テクで、俺には最大級の難問であり、それでいて撃たれないように自分の背後にも気を回さねばならない。
先輩方とともに屋外で追いかけっこをする羽目になった。
実戦形式でデバイスを操る先輩たち。
俺は足元を狙われすぐにゲームオーバーになってしまっていた。
沢渡会長からアドバイスをもらった。
「いつでも周囲に目を光らせろ。足元を狙われる際に、デバイスで足の守りを固めておけ」
「もしかしたら、そのデバイスを僕は持っていないと思うのですが」
そういって、ショットガンのみを見せる。
「そうだったな。お前なら無くても大丈夫とは思うのだが・・・時間をくれ」
沢渡会長は、どうも俺をかいかぶっているところが散見(さんけん)される。
大丈夫なんだろうか。
ま、俺が撃たれたところで、チーム全員が撃たれない限り負けはない。
四月一日くんと国分くんに勝負を任せればいい。
「八朔。自分が撃たれてもあと2人いるから大丈夫と思うな」
あ。心の声、聞こえてた?
今日はラナウェイだけでかなり時間が推してしまった。
アシストボールは持久力をつけることを目標に、日々走り込みを続ける約束をさせられ、ラナウェイは明日以降に作戦を練る、ということで集まりは散会となった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日も授業は実践的な取り組み。
サブ=補欠で参加しているアシストボールでは走り込みを行い、俺はどうにか周りについていくまで上達?した。
ロストラビリンスでは実際に仮設の迷路を歩かされた。透視による技術と今まで歩いた道のりを含めた総合的判断とやらで、俺は頭脳プレイが得意なこともあり、一発で迷路をクリアしていた。
デッドクライミングは、1年女子は圧倒的な勝利間違いなしのスコア。ここにはエントリーすらされていないので、安心して観ていられる。
プラチナチェイス。ここでも他の4人の活躍が目覚ましく、俺の出る幕などほとんどなさそうだ。
そ、出るには出るんだが、俺はおまけのようなものだ。
問題は、ラナウェイ。
3対3で行われる種目ゆえに、ただ黙って撃たれるのを待っている訳にはいかない。
いくら他の2人が優秀だったとしても、開始1分で倒れたのでは男がすたる。
先輩たちの厚意に甘えて、大会直前まで実戦練習を重ねることにした俺。
なんでだろう。
リアル世界にいるときは、こんなことなかった。
できないことはすぐに諦めて、ポイ捨てよろしく投げだしていたものだ。
“こちらの世界を楽しめ”
楽しむのなら、なおさら投げ出せばいいものを、と思うんだが、身体がそれを許さないっていうか、勝手に動くんだよね、身体が。
自分が少し変わっていくような「らしさ」と、実際にはできないことに対する「不甲斐なさ」があって、そのはざまで揺れてる、そんなイメージ。
どうせやるなら味方の邪魔にならない程度になりたい。
あべこべの胸中ではあるのだが、こちらにいる俺は、リアル世界の俺とは真逆の考え方をしているといっていい。
どうしてなのか、いまだにわからないけどね・・・。
さて、ひとりごとはここまで。
先輩たちがラナウェイの練習に付き合ってくれるのだから、成果を出さなきゃいけない。
3年生の勅使河原晋先輩がアドバイスをくれる。
「走って相手を追うだけがベストの策戦ではないよ。隠れつつ、相手が出てくるのを待つんだ」
わかってるつもりなんだが、脳から出る運動神経+反射神経は、そこがうまくつかめていない。
俺は不甲斐ない気持ちが前面に立ち、両目に涙が溜まってきた。
「どうすればいいのかわからなくて・・・」
そういうのが精一杯だった。
勅使河原先輩は、もう一人の3年生、九十九翠先輩と実戦を想定した動きを見せてくれた。
まず、両者一斉にGO、反対方向から走り出す。
勅使河原先輩は樹の陰に、九十九先輩は建物の壁際に隠れ、まず手のひらサイズの鏡のようなデバイスを自分の足下にかざし魔法をかけた。これで相手から繰り出される足への攻撃を予防できるという。
そして、周囲をよく確認した二人は、じりじりと歩みを進め、ショットガンを使う瞬間を図っているように見えた。
と!
勅使河原先輩が急に樹の陰から飛び出し、九十九先輩の手を狙ってショットガンを操作したため、九十九先輩は一瞬、自分のショットガンを地面に落としてしまった。
そこに目掛けて遠巻きに走る勅使河原先輩のショットガンから魔法が放たれ、九十九先輩はドロップアウトした。
「すごい」
心理戦ともいえるラナウェイ。
勅使河原先輩は笑いながら俺に近づいてきた。
「今回の実践はまだまだ甘い。実際の試合になれば、僕の後ろに敵が出てきて僕の足元を狙うだろう。左手でマルチミラーを操作しながら、周囲に敵がきたらそちらを撃つ策戦もある。走っている間はマルチミラーで足に魔法をかけることはできないから、当然走っている方を狙うのがセオリーだ」
?マルチミラー?操作?
俺が不思議そうな顔をしたんだと思う。
九十九先輩も勅使河原先輩の横に立つ。
「この鏡みたいなものさ。ただの鏡じゃない。魔法陣を作れる優れものさ。走りながらでは効果が出ない。一旦立ち止まって隠れる時には魔法陣を作れるし、敵の動きをみるときに役に立つ」
勅使河原先輩はバンバンと九十九先輩の背中を叩きながら説明してくれる。
「二つの役割があるんだ、このマルチミラーには。魔法陣をつくること、相手を視認できること」
九十九先輩が続けてくれる。
「授業では教えてくれないだろう、君はまだデバイスを持っていないようだし。デバイスを沢渡に申請すると良い。もう出場が決まっているのに、どうして持たせなかったのかな」
「僕、卵みたいな殻に隠れていればいいと思っていたので・・・。でも、無効化魔法があると聞いて、それだけじゃダメだとわかったんです」
勅使河原先輩はにっこりと笑った。
「そうか、あの魔法が使えるのか、君は。格下相手ならあの魔法はかなり有効だからね。同等クラス以上だと難しくなるけど」
「そうなんですか」
九十九先輩は大きな体格を揺らしながら俺の頭を撫でてくれる。
「申請してマルチミラーを入手してから、今度は実戦形式でやってみよう」
魔法W杯 全日本編 第12章
俺がマルチミラーを持っていなかったので、その日の練習は終了。
少し早く終わったので、俺は生徒会室に顔を出すことにした。
久しぶりに。
生徒会室までゆっくりと歩きながら、ラナウェイのイメージトレーニングをしてみる。今日はデバイスの申請と、ラナウェイとプラチナチェイスの動画を確認するつもりだった。
生徒会室のドアを2回ノックし、自分の名前を名乗り、中に入ろうとしたときだった。
「なにお前。なんでここに用があるんだよ?」
中から聞こえてきたのは、入間川副会長の声だった。
やばっ、この人しかいないのか。
何か理由付けて帰らないと。
俺は未だに入間川先輩が苦手だ。
しかし、ドア開けておいて、帰る理由付けが見当たらない、言葉が出てこない。
「失礼します」
そういって、一旦、中に留まるしかなかった。
入間川先輩はじろじろと俺を見ている。
失礼な奴だなと思いつつ、部屋を出る理由を考え続ける俺。
あ、そうだ。
沢渡会長にマルチミラーを申請するのだから、いなければ帰ればいい。
そうだよ、会長がいないから帰る、それでいいじゃないか。
真正面から入間川先輩を見るのはちょっと不愉快だったが、仕方がない。
「沢渡会長はいらっしゃいますか」
「いないよ」
「では、失礼します」
それで終わる筈だった。
「なに、僕じゃダメなわけ?」
会長の補佐をするのが副会長の役目だ。俺だって普通ならそうしたい。目の前にいるのが三枝副会長なら、マルチミラーの件を申請し、動画を観させてもらうだろうさ。
でも、あんたに言うの、嫌なんだよね。
リアル世界では、俺はどちらかといえばポーカーフェイスで、喜怒哀楽を表に出そうとしないタイプだ。
でも、なぜかこちらの世界では喜怒哀楽を顔に出してしまうように設定されているように思う。
そう、今日も俺の顔は少し歪んだらしい。
入間川先輩がつかつかとこちらに向かって歩いてくる。
「何だよ、お前。先輩に向かってその態度は。ましてや僕は副会長だぞ」
あちゃー。
やってしまった。
やったモノは後の祭り。謝って、すぐにここを出なければ。俺の魂がそうしろと叫んでいる。
「申し訳ありませんでした」
ここに来た理由は、絶対に言わないから。
「で、なんで生徒会室に用があるんだよ」
「・・・」
マルチミラーの申請は口が裂けても言わないとして、動画を観ることだけは言った方がいいのだろうか。
その他に生徒会室に用なんてないし。
「動画を観せていただきたいと思い、伺いました」
「動画?」
「はい、ラナウェイとプラチナチェイスの動画です」
俺の真ん前にいたのに、一歩引き下がった入間川先輩は、途端に腹を抱えて笑い出した。
「お前、本気で出るつもりなの?」
「は?」
何のことなのか、理解不能。
入間川先輩は、下から舐め回す様なねちっこい目をして、俺を睨んでいる。
「魔法のまの字も知らない第3Gのくせに、全日本に出るのか、って聞いてんの」
「はあ」
「辞退すりゃいいんだよ、お前のように何もできないやつは。皆の足引っ張るだけだから」
辞退・・・。
今まで考え付きもしなかった言葉だ。
入間川先輩の物の言いように少々カチンときた部分はあるが、そうだなと妙に納得する自分がいた。
なんだ、辞退すればもう練習に参加しなくてもいいんだ。
「はい、では・・・」
辞退させてくださいと言おうとしたところで、運が良くか悪くかわからないが、沢渡会長が後ろに立ったのがわかった。振り向いたわけではない。オーラというか、存在感が圧倒的だというか。
「入間川。代表に選ばれなかったからといって、後輩、それも第3Gに対するその態度は許されない」
俺は、一歩引いてドアのところまで下がった。
ここで辞退すれば、解放されリアル世界に帰れるかもしれない。
でも、沢渡会長の威厳に阻まれ、なかなか辞退の文字を口に出せないでいた。
「あの、僕・・・」
沢渡会長は俺の方を向いて、いつにも増して威厳を保っている。
ダメだ、言えない。
言ったらどうなるか、わからない。
俺を黙らせた沢渡会長は、次に入間川先輩の方を見た。
「常日頃の態度を見るにつけ、お前は副会長としての責務を果たしていない。資質が無い。生徒会の会長として、不愉快極まりない」
あのー、ここ出ていいですか・・・。
なんか、アレな場面に遭遇してると思うんすけど・・・。
しかし。
沢渡会長は「出ろ」とも「居ろ」とも言わない。
重大事項を言う時は、皆を退席させるような人が、俺に何も言わない。
俺って、そんなに空気みたいな存在ですか・・・。
どうしよう・・・。
「入間川。今日を持ってお前を生徒会役員から外す。生徒会役員の選出は俺の専決事項だ。お前はその任に相応しくない」
入間川先輩も、何か言いたげに口をもごもごさせている。
それが余計、沢渡会長の逆鱗に触れたらしい。
「何か言いたいことがあるならはっきりといえ。さきほどは八朔にぺらぺらと話していたではないか」
「それは、その」
「何だ」
「その1年生は選手に相応しくありません。魔法だって使えないし先輩に対する態度もなっていない」
「ほう。俺の知る限りでは、3年の者からは頗る評判が良い。素直な性格だし、真面目に練習していると」
入間川先輩は、駄々を込ねる幼稚園児のような顔になった。
「僕には違った顔を見せます」
「確かに、会長を補佐する副会長に対し、用件を言わない八朔も悪い。しかしそれを差し引いても、お前の態度はけしからん。出て行け」
入間川先輩は、耳まで赤くしていた。相当怒っているのだろう。
しかし、沢渡会長は一度決定したことを覆す人間ではないらしい。入間川先輩はそのまま、生徒会室を出て行った。
こうして入間川先輩は生徒会を追われることになってしまった。
すみません、俺のせいなんですね・・・。
俺の態度も悪かった、素直にそう思った。
「会長、申し訳ありません。僕の態度も悪かったと思います」
「確かに。だが、用件を言った瞬間に入間川が放ったあの言葉は、お前の人格まで否定していた。生徒会の役員ともあろう者が、そういったことでは困る」
「はい・・・」
「ところで、今日の用件は動画鑑賞だけではあるまい。勅使河原と九十九から聞いていた」
「はい、実は先輩方に勧められ、マジックミラーの申請に伺ったところ・・・」
「相手が入間川では、話しづらかっただろう。あいつは今回の選考から漏れて、そこかしこでいざこざを起こしていた」
「いざこざ?」
「同じ2年の選手に嫌がらせをしていた疑惑があるのだ。匿名で告発があって、調べている最中だった」
「そうだったのですか」
「お前に対するあの態度で、告発の真偽がわかった。これですべて解決に向かうだろう。これ以上嫌がらせを続けるようなら、退学処分になる」
「退学?」
「そうだ。この大事な時期に選手の気概を損ねるようでは大会の結果に大きな影響を与えかねない。我々は代々、そういった決断をしている」
ひえー。
嫌がらせしただけで退学処分かよー。
でも、イジメもそうだよな。
いじめで退学とか、普通にあり得そうな気もする。
泉沢学院でも、後輩いじめて退学になった人がいるとかなんとか、中学の時、噂で聞いた。それもあって、泉沢学院行くの嫌だったんだよな。
沢渡会長は俺が呆然としているように受け取ったらしい。
「お前がこれ以上気にすることはない。デバイスは早速準備しよう。動画も観て行け。ラナウェイはまだしも、プラチナチェイスはまだ細かな配列などの実戦練習を密には行っていないだろう」
「ありがとうございます」
その後、会長としばしプレーに関することなど歓談しながら動画を観た。
プラチナチェイスは、飛行魔法を駆使してボールを取る競技だ。先頭と末尾の位置で陣形が決まり、魔法によって動くプラチナボールを陣形の中に追い込み、チェイサーと呼ばれる遊撃手の一人がラケットを使いボールを取る役割を果たす。
とはいっても、ボールはプラチナ製でビュンビュン動く。ラケットを当てただけでは到底逃げられるのが分りきっているのだという。
紅薔薇高校1年の場合、チェイサーは瀬戸さんだ。
俺は、ボールが陣形から逃げないように周りを飛ぶ遊撃ということになる。
南園さんが言っていたように、もう少し体力を付けなければならないのか。寮のフィジカルフィットネスルームにでも行くか。
魔法W杯 全日本編 第13章
今日は、全4コマを費やしプラチナチェイスの授業があった。
教師いわく、如何に陣形を乱さずにいかにボールを追い込むか。
ボールを見つけ、自陣に追い込むのは先陣にいる四月一日くん。
激しい動きでボールを探し突っ込んでいく。
それだけでも、俺の魔法では息がきれそうな予感がする。
でもね、女子も混じっているし、観客も半分は女子だし、何ていうかこう、見栄を張りたくなるわけ。
わかるでしょ?この気持ち。
やるからには皆の足を引っ張りたくもないし、見栄も張りたいと思えば、やるしかないでしょ。
このプラチナチェイスは、6種目の競技中メイン種目となるらしく、まだ授業の段階なのに、応援の声も半端ない。
試合順を覚えるのを忘れていたけど、プラチナチェイスが最後だったのは目で確かめてある。
ホント、入間川先輩のいうとおり、足を引っ張ることだけはしたくない。
休憩時、国分くんが俺に話しかけてきた。
珍しい。
第3Gとは距離を置いてると思っていたから。
「よく飛べてる。ナイス」
俺は素直に喜んだ。
「ありがとう、そう言ってもらえるとうれしいよ」
思ったよりも長い時間飛べていた。目標は30分だったけど、20分までは息も上がらずに飛べた。
シャワーを浴び終えた俺のところに南園さんが顔を出した。そして、飛行魔法用のバングルをもう一つくれた。
「慣れるまで、こちらのバングルを2つ重ね掛けしてみてはどうでしょう。こちらですと規定違反にもなりませんし」
「ありがとうございます。でもどこから持ってきたんですか。南園さんの私物ですか?」
「いいえ、生徒会室にあった備品です。気になさらないで」
「そうですか、ホントにありがとう」
「大会までに、八朔さんのバングルを2つ用意いたしますね」
「何から何まで、ありがとうございます」
南園さんにお礼を言って、バングルを右手に2つ重ねて付けてみる。
ヒョイと宙に舞った俺は、GOと言わんばかりに右手人さし指に集中して前を指す。
おーーーーーーっ、授業時間内よりもスピードが出た。
重ね掛けの威力というやつか。
あれ、よくライトノベルとかで、魔法の重ね掛けはアウト、っていうの書いてないっけ。それともデバイスの2つ持ちは当てはまらないのか?
ま、飛べるならそれでいいや。
俺のように飛び回らなくてはいけないポジションに、このスピード感は上々の満足感を与えてくれた。
近頃、また亜里沙たちはいない。こういった場所でのギャラリーにもその姿はない。
先輩方の作ったプログラムを必死こいて入力しているのだろうか。
ま、大会が終わるまでだろう。
終われば、また3人でつるむことができるさ。
幼馴染であるあいつらを心底信用している。
あいつらが宇宙人だったとしても、たぶん、俺は驚かない。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日の放課後は、また3年生の先輩方とラナウェイの練習だ。もう、これは特訓に近い。
それはそうなんだが、皆、とてもよくしてくれる。
異世界からきて、右も左も、何もわからない俺にすごく優しくしてくれる。
そう思うと、早く魔法が上達しないかな、と思ってしまう。
努力なしでは上達も儚い夢なのだろうけど。
俺は今まで、努力とか根性とか団結とかいう類の言葉が大嫌いだった。
家で本を読んでいたときも、紅薔薇高校の一致団結の姿を記した件を見ると、「ふん」と思いながらページをめくったものだ。
今は、その境目がどこにあるのか知らないけど、自分に課せられたハードルを自分の手で超えたいと思うし、クリアしていきたいと思う。
さて。今日は選手登録されていない3年生の先輩方に特訓してもらうことになっている。
入間川先輩のように、「魔法を使える自分がエントリーなしで、こんなポット出の新人がどうして選手に選ばれる」と腹の中で考えていないとも限らない。
少し緊張しながらグラウンドに向かう俺。
その心配は杞憂に終わった。
選手登録されていないといっても各々事情があり、薔薇大学に進まずもっと高みを目指している人がほとんどだった。
高校入試より難しい、大学入試というやつです。
それでも技術は超一流の先輩が多くて、いい意味で期待は裏切られた。
笹川諒先輩、織田和正先輩、姫野剛先輩。
斜め45度に身体を傾け、先輩方に挨拶する。
「よろしくお願いします!」
対して、笹川先輩を筆頭に、一言トークが始まったらしい。
「さすが第3Gだねえ、どう、信長」
「俺は血統じゃねえよ、なあ、姫ちゃん」
「僕もお姫様ではないんだけど」
笑いたくなったが、必死にこらえた。
最初からフレンドリーな後輩を良く思わない人もいる。
その分、腹の中で大笑いしていた。
笹川先輩が小首をかしげて俺を見る。
「2対2でやろうと思ったけど、1対3でもいいかも」
え?まさかのイジメ?
目を丸くしていた俺に、笹川先輩が小さな紙袋をくれた。
「中身。デバイスだと思う。開けてみて」
言われた通りに開けてみると、マルチミラーが入ってた。
すごい、こんなに早くできるなんて。
「ありがとうございます」
「魔法技術科に拍手。キミは感謝しないと」
「はい。ありがとうございます」
そして特訓が始まった。
俺VS笹川、織田、姫野先輩
最初は、卵魔法が効くのかと思い実験してみた。
するとすぐに笹川先輩から無効化の特定魔法がかけられ、爆死。
次に、樹の陰に入り込みマルチミラーで魔法陣を作る。
ミラー部分で後ろを確認すると、姫野先輩が迫っていた。
どうするべきか。
その他の先輩の姿は見えない。
俺は立ち上がり、姫野先輩の足元を狙いショットガンを撃つ。
姫野先輩は立ち上がれなくなった。
やった。1人撃退。
次に、ゆっくりと走りながら他の先輩方を探す。
時にミラーで確認しながら。
中々先輩方は見つからなかった。
俺の卵魔法より、もっと強い魔法があるのかもしれない。
ためしに、口笛を吹いて右手を水平に翳してみた。
すると、建物の陰に隠れる笹川先輩が見えた。
ラッキー。
静かに建物に近づき、一度ショットガンを上に撃つ。
笹川先輩が立ち上がり、場所を確認しようと走り出した時だった。
先輩の足元目掛けてショットガンをかました。
これで、2人撃退。
あとは織田先輩。
鏡を使っても、無効化の特定魔法を使っても、織田先輩の姿は見えなかった。
刻々と、時間だけが過ぎていく。
焦って周囲の確認を怠り、そのまま走り出した俺の足が急に動かなくなった。
残念。どうやらショットガンの餌食になったらしい。
織田先輩が悠々と建物脇から姿を現した。
「焦りは禁物だ、八朔」
織田先輩からのアドバイス。
3人の先輩は、前に出てきて口々に講評を始めた。
「なかなかよく走れている」
「早く走ることだけがラナウェイの基本じゃないからね」
「勅使河原あたりに聞いたかな?格下のチームなら、透明効果魔法が効くよ」
「ただ、今回はベスト16からの出場だから、透明効果魔法は見破られる危険性も高い」
「となれば、ショットガンとマルチミラーで堅実な策戦を練るのが妥当な線だ」
「姫野や笹川を倒した要領で大丈夫だ」
俺は精一杯頭を下げることしかできない。
「とてもためになりました。本当にありがとうございます」
3人の先輩は、試合当日に応援するよといい残し、グラウンドを去った。
少々、疲れた。
ラナウェイの場合、俺と敵が1対3になるシチュエーションはまず考えられない。
四月一日くんと国分くんが両者とも倒されるとは、まずもってあり得ないから。
だから自分の役割は、1人でも多くの敵を引きつけ、できるなら倒すことだ。
学内でシャワーを浴びて、寮に戻ることにした。寮に帰った俺は、何も食べずにベッドに転がってそのまま朝まで眠ってしまった。
魔法W杯 全日本編 第14章
大会まで、半月を切った。
イベント運営の総指揮者である弥皇先輩は毎日指示に明け暮れ、喉を傷めたと聞く。
亜里沙や明のいる魔法技術科も、最後のつめに入っている時期なのだろう。
まったくと言っていい。
『あの』亜里沙から連絡がこない。
2人ともぶっ倒れてるんじゃあるまいな。
ちょっとだけ、2人のことが心配になった俺。
寮の部屋番号、聞いておけば良かった。
あいつら教えてくれなかったし。
授業の合間にでも魔法技術科をのぞいてくるとするか。
ふう。
今日も疲れた。
授業は実戦方式だし、終われば居残りでまたしごかれる(?)
俺、なんでこんなことしてんだろう。
魔法が上達するのは、なんかこう、素直に言えば嬉しい部分もあるんだけど。
なんでリアル世界に戻りたいって思わないんだろう。
父さんや母さんは、俺が異世界に来てること、知っているんだろうか。知るわけないな。
もしかして、浦島太郎になるんじゃあるまいな。
嫌だよ、リアル世界に帰ったら向こうは月日が流れてて、俺はおじいちゃんになるとかいうの。
さもなくば、こちらの長い長―い時間が、リアル世界では一瞬の出来事なのかもしれない。
あー。そっちの方がアリかも。
で、俺が成長した姿を皆に見せるという。
ちょっと滑稽。
『俺は俺』でしかないのに。
着替えてベッドに横たわり、色々と考えた。
魔法のこと、泉沢学院に行っていないこと、俺がいるべき場所のこと。
今は助っ人としてこちらの世界にいるに過ぎない。
本来俺がいるべきは、リアル世界。
父さんや母さんがいて、この春入学した泉沢学院という高校があって。
泉沢学院に行きたくないのは今も変わらないけど、ここで暮していると、その時々でやらなきゃならないことってあるんだなと思う。
高校に通うか、休学か、あるいは退学するか。
もしも高校を退学したら、あとはどうするか。
仙台嘉桜高校を受験し直すか、仙台泉沢学院桜ヶ丘高校を受験し直すか。
高校生活が息苦しいなら、高卒認定試験を受ける手もある。
とにかく、隠れて家に居たって何も変わらない。
母さん、俺が泉沢学院に通ってないこと知ったら、怒って家を追い出すかもしれないな。
そしたらホームレスでもなんでもやるさ。
ここにいて特訓してると、何でもできるような気がするから。
これ以上ここでの生活が楽しくなると、リアル世界に帰りたくなくなるんじゃないかとちょっと心配にもなる。
そんな時は、こう思うことにしている。
この世界に、俺が必要な理由は一つだけ。
そう、ただの助っ人でしかないのだ。
それを忘れてはいけない。
あまりこちらの世界に情を移してはいけない。
リアル世界に戻った時、哀しくなってしまうから。
それでも、周囲の人が皆よくしてくれて、自分の成長さえもが実感できるこの世界。
戻りたくないと言えば嘘になるかもしれない。
相反した二つの感情は、いつまでも俺の心を二分する。
いつの間にか、俺は眠りに落ちていた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
目覚めると、もう早朝だった。
首、肩、背中、手足。もう体中が痛い。
近頃練習し過ぎていて自分の身体を顧みていなかった。
今日くらい、練習を休もうか迷った。
一日くらい休んでも誰も文句は言わないだろうし、文句があるならこないだのように冷気魔法が俺を襲うはず。
ああ。でも。
今日はプラチナチェイスの練習があるんだった。
5人揃わなければ意味がない。
俺は疲れた体を引きずって、制服に着替えた。
今日も、亜里沙や明が俺を迎えに来る様子はない。
ギリギリの時間まで待って、二人が来ないのを確認してから部屋を出て1人で学校まで歩く。
徒歩5分。
いつも速足で学校に向かうからだが、俺は周りの風景をゆっくりと見ていない。
だがひとつだけ、寮から学校までの間に住宅は見受けられない。
もしかしたら、今歩いているこの歩道も、学校の敷地なのかもしれない。
そう思うと、紅薔薇高校は途轍もなく広い敷地を持った学校であることに気がついた。
泉沢学院も相当広い敷地と立派な校舎を持った私立高だったが、紅薔薇高校に比べるとランクは確実に落ちる。
そんなことを考えているから、必然的に目はきょろきょろ、不審者にありがちな行動に見えたのかもしれない。
後ろから肩をぐいっとつかまれ、俺は心臓が飛び出るほど驚いた。
「やあ、君が八朔くんだね」
何者だ?
俺の目つきは、“あんた誰”というちょっと意地悪を込めたものになっていたに違いない。
「悪い悪い。僕は1年魔法技術科の八神絢人。絢人って呼んで。僕も1年のサポーターなんだ」
俺は一瞬で顔つきを元に戻し、相手に向かって頭を下げた。
「あ、失礼しました。魔法科の八朔海斗です」
「ね、海斗って呼んでもいい?」
フレンドリーな人だ。
「どうぞ、友人は皆そう呼ぶから」
サポーター。
亜里沙と明が任されている仕事のはず。
「サポーターさんには、色々としていただいてありがとうございます。ところで、あと2人、山桜亜里沙と長谷部明の2人はどうしていますか」
八神くんは、人懐こそうなくるくると良く回る目をしていて、まるでアイドルのような風貌。こりゃー亜里沙の好みのタイプだったはず。
「山桜さんと長谷部くん?ああ、あの二人ね。みんなの試合がうまく回るように色々と調整しているよ」
「あいつらでもプログラミングとかお手伝いしてるんですか」
「それが彼らの本職だから」
「本職?」
「そうだよ、1年全員分のデバイスチェックとか、2年の生徒からもデバイス受け取ってる。あ、これは秘密ね。2年のサポーターさんに聞えたらまずいから。あとは1年の作戦会議とかにも携わってるから、3人でフル回転なんだ、今」
「そうでしたか。この頃あいつらにも会ってないんで心配してたんです。元気でやれよーって、届けてもらえますか」
「了解。さ、もうすぐ予鈴の時間だ。急ごう」
八神くんは、俺の背中をバンッと叩くと走り出した。
あ、ついていけません・・・。身体が動かないです・・・。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
俺は魔法科の教室にようやくたどり着いた。
身体がぎくしゃくしてうまく椅子に座れない。
「やあねえ、どうしたのよ、八朔くん」
瀬戸さんが斜め前から後ろを向いていて、様子を見ていたらしい。
こうして話をするようになったのも、プラチナチェイスの練習を積むようになってからだ。
なんかこう、最初瀬戸さんは近づき難いイメージが先行していて、俺から話しかけることはほとんどなかったんだが、こうして知ってみると、亜里沙と同じくらい付き合いやすい。
「いやあ、今日になったら体中痛くて」
「あたしもよー。こき使い過ぎよね、大会に出るからって」
「大会の前に朽ち果てそう」
俺の冗談に対して、あっはっはと豪快に瀬戸さんは笑う。本当に、俺より男らしい。
「マッサージにでも行こうか、こないだ先輩に聞いたの。学内でマッサージやってるところがあるんだって」
「授業サボって行きたい・・・」
「授業中は無理らしいよ、休憩中とか放課後みたい、やってるの」
今日の居残りは勘弁してもらって、マッサージを受けに行くことを決めた。
魔法W杯 全日本編 第15章
大会まで2週間。
今日の授業は、珍しく座学だった。
身体バキバキの俺には・・・助かった・・・。
午前の1コマは各種目における戦術の最終確認。
明日からはまた、その戦術に基づいた実践練習が大会開催まで続けられるという。
1日に2種目が行われる新人戦の各競技。
2年生の競技終了後に行われる新人戦。新人戦が終わると、メインとなる3年生へと競技は続いていく。
2年生、あるいは3年生の実力は他の高校でもデータ化して知る所であるから、中間で行われる新人戦でのインパクトが総合優勝に大きく関わってくることになるのだそうだ。
反対に、新人である1年生はただでさえ緊張する。
昔は1年、2年、3年と競技を行っていたそうだが、全くの新人である1年生にかかる負担軽減のため、今は2年、1年、3年の順に競技を行っているのだそうだ。
47都道府県の生徒たちが一堂に会するとなると、生徒数も試合回数も膨大な量になる。
だから、出場できるのは47校中、16校に絞られている。
以前にもさらりと三枝先輩から聞いてはいたが、昨年の実績を鑑みてシード校を8校指名し、シードから漏れた都道府県が予選会を開催し残りの出場枠8を争うことになる。
で、16校からの準々決勝形式で競技が行われるという仕組みだ。
俺は三枝先輩から教えられたことを曲解して覚えていたかもしれない。
競技は、年次ごとに3日間で争われる。プラチナチェイスだけは、最後の1日で1年から3年までの競技がある。
大会そのものは開会式と閉会式、予備日を合わせ、全13日間という日程が組まれている。
いずれ、紅薔薇高校は昨年総合優勝の肩書を持ったシード校として試合に臨むことになる。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
新人戦の1日目第1種目は、ロストラビリンス。
先日知ったことなのだが、俺は簡単に透視に成功していたものの、どうやら瀬戸さんは透視が大の苦手らしい。
南園さんはオールマイティらしく、特に困っていた様子はない。
ということで、俺と瀬戸さんが一緒に迷路に入って進むことが我が高1年の戦術として決定した。
自校の選手と一緒なら、獲得できる点数は減らない。
別々の入り口から入る他校がどういった陣形を組んでくるのかわからない、というところがちょっと不安ではあるが、瀬戸さんの魔法力と実戦能力を考えれば、紅薔薇に圧倒的有利となろう。
新人戦の1日目第2種目は、マジックガンショット。
俺は以前よりも注入できる魔法力が増加した。
単純に、走り込みを続けた成果だと思う。
魔法力が枯渇しない限り、レギュラー魔法陣を見つけショットガンを撃ちこむ処理能力は速くなった。
一応、ショットガンを2つ持ちして南園さん、四月一日くんとともに試合に出場する。
出場順も決められている。
南園さんが最初に。
俺は2番手。
最後を締めるのが四月一日くん。
新人戦の2日目第1種目はデッドクライミング。
俺は出場しないしエントリーすらされていないから、一番気軽に観戦できる種目だ。
我が高1年でこの種目を一番得意としているのは瀬戸さん。
国分くんも中々の好タイムで練習を終えているようだ。南園さんに至っては、文句の付け所が無い。
たぶん、この種目に関しては、新人戦の中でもパーフェクトでワン、ツー、スリーを独占できそうな勢いだ。
出場順は、南園さんが一番手。
国分くんが間を守って、最後瀬戸さんが怒涛の勢いで競技を締める。そんな感じで進みそうだ。
新人戦の2日目第2種目はアシストボール。
プラチナチェイス同様ひたすら動き回る競技なので、持久力がないと酸欠になる。
我が高で持久力に定評のある1年は、四月一日くんと国分くん、瀬戸さん、南園さん。
俺は一応サブ=補欠としてエントリーされているのだが、3人に比べると格段に魔法力も持久力も落ちる。
ま、この3人のうち、誰かが入れ替えになることなど起こりえないだろうから、左団扇でベンチ観戦していられるだろう。
新人戦最終日の3日目、第1種目はラナウェイ。
四月一日くんと国分くん、俺が出場するのだが、他の2人よりも持久力で劣る。だから素早く相手を倒さなければならない。
ショットガンとマルチミラーをデバイスとして装備するから、俺自身の戦術としては、ミラーを駆使しながらのショットガン操作になるだろう。
あるいは、ミスリード。
四月一日くんや国分くんに敵の目がいった時に、ここにもいるぞと相手を引きつける。
いずれ、この競技は本当に気が抜けない。
新人戦最後の種目は、プラチナチェイス。
2チーム対抗で競技は行われ、全員が飛行魔法を使う。遊撃の俺と南園さん、瀬戸さんはどちらかといえば体力を消耗しやすい。
特にチェイサーの瀬戸さんは、ビュンビュン飛び跳ねるボールを逃さないようにしなくてはならないので、気も遣うし体力も相当使うだろう。
1学年6種目のうち最後の競技でもあり人気の高い競技であるがゆえに、選手に選ばれるということが、この世界の高校生としての誇りになるのも良くわかる気がする。
なんで5人の中に選ばれてしまったんだか・・・。
いまだにわからない。
謎だ。
大会前最後の座学授業は、戦術の講義で終わった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・◇
そういえば、1年の選手は5名なのだが、サブ=補欠の選手も何名かいるようだった。
その中でも岩泉聡くんは、四月一日くんに比べれば一歩劣るものの、国分くんには勝るとも劣らぬ実力の持ち主だった。
なぜ俺が正選手で岩泉くんがサブなのか、理解不能。
第3Gを出さなければいけないルールもないだろうし、正規の魔法力を駆使した岩泉くんは、実戦練習の相手としても不足がない。
しかし岩泉くんは、嫉妬するどころか、非常に優しい。
そして気が回る。
練習が終わればタオルを持ってきてくれたり、ドリンクをくれたりする。
ドリンクはその場で飲むことができなくて、いつも部屋に持ち帰っていたけど。
こんなにデキる人間がサブというのも、勿体無い話だ。
そんな中、瀬戸さんと俺は二人でマッサージを受けに行ったわけだが、隣で簡易ベッドに寝そべった瀬戸さんが、顔だけ俺の方を向いた時のこと。
「岩泉には気を付けなさい」
「え?どうして?」
俺は瀬戸さんがいう意味がよくわからなかった。
「正選手になってもいいほどの実力あるし、それでいて優しいし」
「あいつの手、なのよ」
「手?」
「そう。あいつは優しくなんかない。もしかして、ドリンクとか寄越したりしない?」
「もらったことある。たまたま息が上がりすぎてて飲めなくて寮にあるけど」
「それ、捨てなさい」
「どうしたの、一体」
「魔法W杯、抜き打ちで薬物検査があるの、知ってる?」
「薬物検査?知らなかった。そんなこと授業じゃ教わってないよね」
「だからこその抜き打ち。持久力増したり、瞬発力をつけるために薬物を使う生徒がいるの。あるとないとじゃ大違いみたい。プラチナチェイスなんて最後の最後でしょ、もう体力も気力もあっぷあっぷの状態だから使いたくもなるけど」
「うん、かなりわかる」
「でもそこで薬物に頼られちゃ、使用してない生徒から見たら不公平じゃない」
「だから抜き打ちでやるのか」
「そう」
「で、岩泉くんとどう関係があるの?」
「あいつ自身は薬物やってないけど、ドリンクに薬物混ぜて1年の有望株連中に渡してた、って噂がまことしやかに流れてんのよ」
「えっ。抜き打ちで薬物陽性になったらどうなるの」
「厳しいところは強制退学。緩いところでも、もう大会の類いには出られない」
「紅薔薇は?」
「普通科に転科させられる。何かやらかして魔法科から普通科に転科なんて、みっともなくて自主退学する人が多いそうだけど」
「うわー、激しい」
「第3Gもターゲットになり得るの。ううん、第3Gだからこそ、ターゲットにする」
俺は首を曲げて疑問形を表した。
「そこで第3Gが出てくるのはどうして」
「あいつは入学早々、自分が1年のエースだと自慢していたの。そしたら、四月一日がいたでしょう、全然能力では敵わない」
「言っちゃ悪いけど、そうだね」
「で、自分が入り込むスペースを確保したいと思ってんのよ」
「第3Gなら魔法のことも学内や魔法W杯のことも良く知らない。例え落選しても仕方ないか―で終わるって寸法なわけ?」
「そう。あいつはすごく嫉妬心も強いし、自分ができないってことを認めたくないから次々とターゲットを変えるそうよ。ドリンクや風邪薬って渡されたものは、スポーツをやるものとしてあり得ないから飲まない人が多いけど、その辺りから足がついてるみたい」
「瀬戸さんはもらったの?」
「あたしは一度きりだったわ。だから、あいつには気を抜かないで接しなさい」
「教えてくれてありがとう」
おっかねー!!
(前にも言ったが、俺は純東北人で、おっかないは方言。標準語にすると“おそろしい”になるようだ)
幼稚園児じゃあるまいし、嫉妬心のかたまりなわけーーーーーーーーー?
薬物飲ませるって、一体どういうことですかーーーーーーーー?
あほくさーーーーーーーーーー!!
そんなに正選手になりたいなら自分で、自分の手でもぎ取れよ。
運動神経マイナスの俺でさえ、走りたくないのに毎日走って、反復横跳び苦手なのに毎日やらされて、もう心も身体もバキバキだってのに。
いるんだよな、どこの世界にも。
中学のとき、女子だけどいたよ。
対して勉強もできないし人のハートを大事にする性格でもないのに、そこかしこで金品ばら撒いて生徒会長になろうとした女子。結局金品の話がばれて、生徒会役員にすらなれなかったっけ。
そういえば、岩泉くんは、毎週のように俺にドリンクをくれていた。
よほど5位以内の地位に食い込みたいのだろうか。
サブ=補欠として扱われることが彼にとっては屈辱に違いない。
笑って皆に接しながら裏では・・・怖ーい。
近づかないように・・・と思うのだが、いかんせん、向こうが寄ってくる。
第3Gも舐められたものですな。
向こうにしてみりゃ、俺よりは正選手として実力があるといいたいのかもしれない。
まあ、舐められても仕方のない運動神経マイナス男がここに約1名。
いや、こんなことでどうする!
実力ではないけれど、どうしてかは知らないけど、俺は一応選手に選ばれた。選手としての自覚を持ち、その任を果たせ!
まるで沢渡会長の言葉だな。なんか可笑しくなった。
魔法W杯 全日本編 第16章
早いもので、大会開催まで残り1週間となった。
俺は相変わらず居残りを続け走らされる1年のヒヨッコ。
入間川先輩や、岩泉くんのように表に裏にお前を認めないぞ宣言してくるやつは相当数、今でもいる。
俺だってそんくらいわかってる。
なんか、泉沢学院の中学進学組を思い出してしまった。
あの時は結果が出ていたから陰で文句を言うやつが多かったけど、今は面と向かって暴言を吐く輩がいるから辛いと言えば辛い。
辛くないさ、これしきのこと。なーんてはったりかますほど、俺は強くない。
俺はリアル世界じゃ運動神経マイナスの男で、それがこちらの世界に来たからといって運動神経抜群の男に変化しているわけもなし。
小説の中のように華麗に変身できるわけもなし。
努力という言葉は大嫌いだが、今はそれに近いことをやってるのも確かだし、少しずつだが運動神経ゼロの男に近づきつつあったから、どうにかこうにか自分を騙し騙し練習しているのが本音だ。
何が俺を駆り立てるのか、本当に分からない。
異世界の出来事だからこそ、我慢できるのかもしれない。
こっちの世界が、努力なんてカッコ悪いと思っていた俺を少しずつではあるけど変えてくれたのは紛れもない事実なんだよ。
良くしてくれる人も多いし。
うん、それに尽きるのかもしれない。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日の1コマと2コマは、2年の正選手とサブ混合チームを相手にプラチナチェイスの紅白戦を行った。
補欠混合とはいえ、2年の先輩方は戦術を組むのが巧かった。
光里陽太先輩を先陣として、先読み、ポジション(個々の選手に割り当てられた役割)であったり、遊撃選手の運動量、後陣に控える設楽聖都先輩の威圧感。
これが正式な試合の相手だったとしたら、俺たちは完全にノックアウトされていることだろう。
紅白戦ですら、10分も経たないうちにボールを奪われ負けてしまった。
なぜこのような試合運びをできる先輩たちがサブなのだろうと訝しんでしまうところだが、2年の場合、これが策戦のうちでもあるらしい。
特に、昨年の魔法W杯及びGPSで活躍した光里先輩は、今年、完全マークされる確率が非常に高いのだそうだ。
で、敢えてマークを外すために補欠登録し、決勝のアシストボールやプラチナチェイスで交代するというわけだ。設楽先輩は光里先輩ほどではないようだが、昨年、47都道府県にその名を知らしめたらしく、似たような理由で補欠登録しているのだという。
正選手とほとんど大差ない実力の持ち主。いや、正選手をはるかに凌駕しているだろうと周囲が噂しているのが聞こえる。
それでいて、2人とも奢らず蔑まず、なんともカッコいい。
カッコいい。
俺もかくありたいと思うところだが、いかんせん・・・実力には疑問符が付く。
そうね、姿勢だけでも見習うということで。
午後の3,4コマは、2年正選手VS3年サブ混合チームのプラチナチェイスを観戦した。
沢渡先輩を初めとして、勅使河原先輩や九十九先輩が正選手。サブとして登録されている先輩たちも、俺に稽古をつけてくれた人ばかりだ。
やっぱり、3年は試合運びの要領が全然違う。
補欠とか正選手とかいうけれど、ここまでくると両者に力に差のないことが分る。それくらい、紅薔薇高校は選手層が厚い。これがその証拠なのだ。
寮に帰っていつものようにベッドに転がる。
色んなことが分ってきて、なぜなぜの時間が始まる。
考えないようにしているのだが・・・。
なぜなぜ時間?
なぜ俺が正選手に選ばれたのだろう、なぜ俺はこちらの世界に来たのだろうという、素朴な疑問を考え続ける時間のことだ。
眠れない夜には、大概なぜなぜ時間がやってくる。疲れているとすぐに寝てしまうけど。
考えても仕方のないことだと知りつつ、辞退しなかったのは俺自身なのだから、やるしかないんだよね、で、いつも終了するなぜなぜ時間。
今晩は特になぜなぜ時間が長い。
午後に観戦だけで授業が終わり、皆疲れているので居残りがなかったのが効いたのだと思う。
2,3年の実力を垣間見たせいもあるだろう。
いくら俺が何もかも初めてだとしても、運動神経抜群で、いや、抜群までは行かなくても運動に対するセンスがあったならここまで苦労していないような気がする。
だからロストラビリンスは苦労することなく一発クリアできるんだ。
でも、沢渡会長たちもその辺は織り込み済みで俺を選手にしたような気がする。運動神経関係ない競技が多い。
プラチナチェイスだけだよね、俺が出る競技で激しい運動伴うのは。それだって飛行魔法使うから走るわけじゃないし。
ラナウェイは走るというよりも工夫の競技と言われてるみたいだしさ。俺はヘタレだから、最後まで残るとは誰も思ってないだろうし。
あー、もう。
なぜなぜ時間終了!!
寝るっ!!
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
起きた。
遅刻寸前。
また、バールを持ってこられたらたまらない。ドアが壊されたら廊下から部屋が丸見えになる。
それだけは避けねば。
バタバタと洗面所に行って水道をザーッと流して顔を洗う。
キリキリと歯を磨く。
最後に洗面所の大きな鏡を見ると、うっ、寝ぐせが・・・。
直したい。でも時間がない。手のひらに集めた水を髪に付けても無駄だった。
俺の髪は、硬い。
バールと寝ぐせを天秤にかけた俺は、寝ぐせを諦めた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「はあっ、はあっ」
魔法科のドアを開けた俺は、息も絶え絶えになりそうなくらい走った。寮をでて、3分で学校到着。
新記録達成。
そんな記録、なんになるんだ?
起床時間の反省くらいにしかならない。
今日も紅白戦なんだが、種目はアシストボール。
補欠にエントリーされていたものの、1年は正選手が出るから俺には関係ない。
“今日は一日楽ができるな”と心の中で呟いた。
「八朔、八朔」
気のせいか?
誰かが俺を呼んでいる。どっかで聞いたことのある、深く重厚な声色。
「おい、八朔」
それは沢渡会長の声だった。
「はいっ、何でしょうか、会長」
「お前、紅白戦に出ろ」
「えっ、僕ですか?」
「そうだ。万が一のベンチスタートなのだから、行け」
えーっ、何とか周りについていくくらいまで走れるようにはなったけど。
俺はボールが来ても触れませんっ!
仕方なく、よろよろと背を丸めて瀬戸さんと入れ替わりにグラウンドへ向かう。
岩泉くんの視線が俺のハートに突き刺さりそうで怖い。
沢渡会長は、どうして岩泉くんを出場させないのだろう。
瀬戸さんから聞いた噂が、会長の耳にも届いているのだろうか。
岩泉くん、出たいのなら自力でなんとかなる筈なのに、陰で暗躍しちゃうからダメなんだよ。アピールするにしたって、もっとこう、やり方があるんじゃないのかな。
なんて他人事を心配している暇は全然、いや、全くと言っていいほどなかった。
真面目な話、周りについていくのが精一杯で、4人で行う球技系競技には本当に不向きなのだと思い知った。
もう代えてくれと言わんばかりに、俺は沢渡会長の方をちらちらと向く。
最初は知らんふりを決め込んでいた会長だったが、何を思ったのか、俺を引っ込めることにしたらしく、立ち上がって俺を呼ぶ。
あー、念願のお役御免。
もう、ウサギとカメのウサギのように、ぴょんぴょん飛び跳ねながらベンチに戻ろうとしたのだが・・・。
俺の代わりに出場したのは、岩泉くんではなく、五月七日紗羅という女子1年のサブ選手だった。
何でも中学ではオールマイティに、陸上を始めとしてバスケやバレー、女子サッカー、ソフトボールなど複数の競技に出ていたという。南園さんタイプなのか?いや、瀬戸さんタイプか?
補欠練習の際に後姿をちらっと見ただけだったから、顔やボディを確認することはできなかった。背丈が低いなとは思ったけど。
今日真正面から見る限りでは、決して美少女という括りには入らずとも、聡明そうでありながらも小猫を思わせる顔立ちと、トランジスタ体型がコケティッシュな魅力を引き出している。うーん、カップは・・・すれ違ってしまったので確認できない。
俺はそっと、岩泉くんが視界に入るような位置に立った。
やはり、悔しそうな目をしている。顔色を変えるまではしていないけど。
もう、沢渡会長は仁王様のような顔立ちで、今にもすっくと立って何かを振り下ろしそうな勢いだ。
沢渡会長は、“お前は二度と使わない”というメッセージを彼に送っているのだろう。
暗躍が裏目に出たんだね、自業自得ではあるんだけど、第3Gとしては、少し可哀想な気もした。
なんつったって、運動神経マイナス少年がここにいなければ、もしかしたら彼にも正選手としてピッチに立つことができたのかもしれないのだから。
紅白戦は結局、俺たちのチームが劇的シュートで2年生に勝った。最後のシュートを決めたのは、五月七日(つゆり)さん。運動センスのある人なんだろうと思う。男子に交じってここまでできるなんて、瀬戸さんしかいないと思ってたから。
「ナイス・シュート、五月七日さん」
「ありがとう、八朔くん」
俺は初めて五月七日さんと言葉を交わした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
紅白戦は、2年正選手と3年補欠の試合を残すばかりとなった。
2年では、光里先輩と設楽先輩がサブとして先発出場していた。他には、六月一日健翔先輩が混じっている。男子2年の正選手で、噂を聞く限りでは光里先輩とは別の部分で2年生を背負って立つ人材なのだとか。
六月一日先輩は、チームリーダータイプなのだという。そう言えば、2年生全体をまとめているのは六月一日先輩だ。
3年生では、八月十五日梓先輩が初対面だった。3年女子の補欠選手がいるとは知らなかった。
俺を指導してくれていた3年生の先輩は皆、男子だったから。
でも、八月十五日先輩も、男子の中に混じっても遜色ないプレーで下級生を圧倒する。
女子というよりは男子のプレースタイルに近い。レッドカードスレスレのタックル技や、ジャンプして高い位置からのシュートを放り込むなど、今、ピッチにいる誰よりも目立っていた。
魔法W杯 全日本編 第17章
大会まであと3日。
俺たち正選手5人は、自主トレだけの休養日をもらい、サポーターとの意見交換日になった。
デバイスを最終確認する作業もあるからだそうだ。
やっと、亜里沙と明の顔を見ることができた。八神絢人くんも一緒にいる。
「元気だったのか?亜里沙、明」
「もちろん。やんごとないことでカンヅメになってただけよ」
「僕もだ」
よかった。声を聞く限りでは元気そうだ。
3人のサポーターは、僕たち5人と個々に話しあい、デバイスの調子を探っている。
俺のデバイスは、マルチミラーとショットガンについては作製してもらったばかりだし、自分では違和感を感じなかったのだが、八神くんはショットガンに触るなり、首を捻った。
「八朔くん、これで充分?」
「うん、レギュラー魔法陣も撃てるしラナウェイでの足元攻撃も難無くできてる」
八神くんは亜里沙に一声かけた。
「これ、見て」
「あらほんとだ。いつの間に」
「とにかく、早急に修正しないと。僕がやるから」
「お願い、あたしら今日もカンヅメだし」
意味の分からない会話だが、どうやら俺のショットガンに修正個所が見つかったらしい。なので、ショットガンを八神くんに預けることにした。
「明日までには直すから。試射しないといけないし」
「分かった」
そういうと、八神くんはショットガンをカバンに仕舞った。その後、皆のデバイスを確認し終わってから、明が2個のゴールドバングルをカバンから出し、俺に手渡す。
「ほら、プラチナチェイスで使えよ」
飛行魔法のための不可欠要素。
「ありがとう、今まで生徒会の物を使ってたから肩身が狭くて」
「一応実験済みだけど、お前に合うかどうか。今から外に出て飛んでみよう」
俺と明はグラウンドに出た。
「今までのデバイスよりも高性能だから、具合悪くなるまで飛ぶなよ」
俺は頷き、バングルを2個右腕に装着すると人さし指を下から上になぞった。
ふわり。
今までのデバイスよりも自然に、窮屈な感じもなく浮き上がれた。
指を右に、左にと動かすと、身体が浮いたまま指先の方向に移動する。回転、上昇、下降、全て文句の付けどころが無いチューニング。
「ありがとう、明。これまでの物より俺に合ってる」
「海斗専用にチューニングしてあるから」
「八神くんがプログラミングしたのか?それともお前が?」
「先輩たちだよ」
明は微かに笑みを漏らす。
実のところ、明がこういう笑みを漏らす時は嘘をついていることが多い。どうやら自分の仕事内容を悟られたくなくて笑っているらしい。
なぜ今日も嘘をつくのか不思議だったけど、まあ、あとでゆっくり聞けばいいだろう。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
大会開会式は3日後だが、開会式前日に宿舎入りしあとは調整だけになるため、本格的な練習は明日が最後になる。
午前1コマのプラチナチェイスの陣形を、あらためて確認しなければならない。午前2コマのアシストボールは、俺は補欠なので傍から見ているだけだ。
あとの種目は個人戦に近いので特段何をするわけでもない。
あ、午後3コマ目で練習するラナウェイは個人種目っぽくないけれど、俺は陽動作戦隊と決まっている。如何に逃げ切るか、ただそれだけを考えればいいと。
ただ、競技自体ベスト16から始めるため、卵策戦は起動するなとも言われている。いつ魔法を解除されるかわからないから。
なんつーか、今まで運動ヘタレだったからこういう場に出場することが皆無だったので、緊張しているのが自分でもわかる。
心臓はバクバクと音を立てて俺を襲うし、心なしか手足も震えているように感じる。
こんなんで、大丈夫か?。
また岩泉くんが隣に寄ってきて、俺に話しかけた。来ないでオーラを振り撒くわけにもいかないし・・・。
と考えている間に、隣にちょこんと座った岩泉くん。
「初めての大会って緊張するね」
話は合わせとかないと、後々面倒だ。
「そうだね、僕も緊張してるよ」
「それならこれを飲むといい。気分をリラックスさせるサプリだから」
ほらきた。
瀬戸さんから言われた通り、手に取るものの、飲まないでお茶を濁す。
「ありがとう。でも今お腹の調子が良くないから、寮に帰ってゆっくりしたら飲ませてもらうよ」
「そうか。大変だね、大丈夫?お腹の薬もあるけど」
今度はその手できたか。
「僕、薬アレルギーなんだ。だから薬は滅多なことでは飲めなくて。ごめん」
岩泉くんは悲しそうな顔をして、薬を引っ込めた。
ふう。
薬アレルギーなんて、ないだろ、普通。
嘘をつくのは苦手だ。一度ついた嘘は消えないから。次々と塗り固めなくちゃいけない。そこにひとつでも綻びがあれば、嘘の壁は瞬く間に崩れ去っていくことだろう。
なーんて。学校行かないで両親に大嘘ついてる俺がいえたことじゃないよね。
岩泉くんには申し訳ないけど、大会開始後、抜き打ち検査で薬物陽性反応なんて笑えない冗談はよしてほしい。
いくら第3Gでいつでもこの世界とおさらばできる人種とはいえ、俺はそんなカッコ悪い退場の仕方はいやなんだ。
どうせなら、やるだけやって勝てませんでしたの方が、俺的にはまだしこりが残らない。あれ、でも、俺が退場した方が岩泉くんか他の1年生が出場の機会に恵まれるわけだから。いやいや、薬はダメでしょ。俺のデバイスを作製してくれた人たちにお詫びのしようもない。
周囲はどう思ってるか知らないけど。
入間川先輩みたいな人は、俺が薬物で引っ掛かった方が嬉しいのかもしれない。
そういえば、魔法科から普通科に替わったと聞いた。退学したんだろうか。
六月一日健翔先輩が入間川先輩の代わりに生徒会副会長を務めることになったとも聞いた。
俺は、今はもう生徒会室にも出入りしてなくて、そう、DVDを見なくなったから六月一日先輩と親しく話す機会はない。でも六月一日先輩は人格者という話なので、ああいう場面でも第3Gを大切に扱ってくれるような気がする。俺の後任の第3Gは嫌な思いをせずに済むだろう。
ただ単に、入間川先輩は運動神経マイナスの俺が嫌いだっただけかもしれないが。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日。
午前1コマ。
軽く流す程度に動きながら、プラチナチェイスの動き、陣形を確認する俺たち。明がくれたデバイスはとても俺の肌に合った作りをしていて、右手を少しかざすだけで飛行魔法が掛かり易くなった。
チェイサーの瀬戸さん、動きがいつにもまして切れ味がいい。
他の3人も、与えられた仕事をそつなくこなしている。
眼下に広がるグラウンドの中で、岩泉くんや五月七日さんが俺たちの方を見上げているのが見える。
岩泉くんはやや悔しそうな目で観ていたし、五月七日さんはまるで子猫が遊びを覚えたように、目をキラキラさせていた。
午前2コマ。
アシストボールで、俺はベンチにいるから疲労回復にはちょうど良い。
四月一日くん、国分くん、瀬戸さんは、2コマ続けて動きの激しい競技だから体力も相当消耗しているだろう。南園さんはGKという難しい役割だけど、やはりそつなくこなしている。
横を見ると、岩泉くんが何やらまたドリンクの準備をしている。
懲りないなあと思う。
疑われていることに気が付いていないのだろうか。
今や内部告発だってあるんだから、あからさまなやり方は“僕が犯人です、見つけてください”と言っているようなものだ。
万が一彼が純粋な心でドリンクを準備していたとしても、瀬戸さんがいうとおり本当に噂があるのなら、誰もドリンクを飲もうとはしないと思うのだが。
だんだん、岩泉くんが気の毒になってきた。もらったドリンク類は飲まないけど。
午後3コマ・4コマは、皆、軽く流してラナウェイとマジックガンショットの練習をする。身体に覚え込ませるために、ゆっくりと繰り返しレギュラー魔法陣を見つける練習、ラナウェイでは敵を視認する練習を繰り返す。
遠くで四月一日くんが俺を呼んでいる。
四月一日くんがいる場所まで走っていった。
「今日はもう練習を止めよう。少し休むのも大切だから」
「了解。明日は移動日だったよね」
「そう。今日の夜はゆっくり休んで。1年はただでさえ初めてのゲームで緊張しかねないから」
「僕は今から緊張しっ放しだ」
そこに南園さんと瀬戸さんが走り寄ってきた。
「私と瀬戸さんはこれから少しだけデッドクライミングの練習していくから。明日、宿舎で会いましょう」
四月一日くんが周りをきょろきょろしていたが、お目当ての人か物が見つからなかったらしい。たぶん、同じくデッドクライミングに出場する国分くんの意向を聞きたかったのだろう。国分くんはトイレにでも行ったのか、現れなかった。
居残りするという南園さんと瀬戸さんに宿舎で会おうと挨拶をして、俺たちは女子と別れた。
魔法W杯 全日本編 第18章
翌朝。
俺はいつもより2時間も早く目が覚めた。
やはり、緊張感が身体を支配し、寝こそねたか。
今日は午前中に宿舎に移動し会場を見学することになっている。
ああ、ついにここまで来たか。
とても不思議な感覚に包まれていた。
誰よりも緊張していることに変わりはないのだが、それ以上に、何かがこの大会で起こるような、そんな強烈なインスピレーション。
会場の場所は地図を見てある程度わかっているのだが、1人でいくのもつまらん。迷子になったら恥ずかしいし。
それというのも、俺はここの世界に来てから寮と学校の往復のみで、それ以外の場所には行ったことがない。
あーあ、亜里沙か明でも迎えにきてくれればいいのに。
そしたら、緊張の度も少しは抑えられるかもしれないともじもじしてくる。
宿舎で皆と落ち合うのが午前9時。
今は、まだ6時。
え?いつも8時に起きて学校間に合うのかって?
大丈夫だよ、歩いて5分、走れば3分だから。
いや、今は3分の話をしているんじゃない。
俺が緊張していて早起きをしたという話がしたいんだ。
とにかく、今から二度寝したら遅刻は免れないと思う。仕方なく、もう起きることにした。
魔法W杯に出場する関係者には、紅薔薇高校とわかるユニフォームが配られる。
ごく薄い藍色をベースにした水浅葱の若干丈の短いノーカラーのジャケットの胸と両腕に、紅い薔薇の花束が模された上着と白のパンツ形式のユニフォームは、一目で紅薔薇高校とわかる。女子も同じく膝が絞られたパンツ形式のユニフォームだ。
俺は普段泉沢学院の制服を着ていたから、ものすごく周囲から浮いていた。泉沢学院は今どき珍しい濃紺の学ラン。
それに対し、紅薔薇高校の制服は、男子はユニフォームと同じ水浅葱のブレザータイプで、テーラードカラーには1本、生成り色のラインが入っている。
そして腕に紅色で薔薇の刺繍がしてある。刺繍は科によって薔薇の数が違う。普通科は一輪、魔法技術科は二輪、魔法科は花束タイプの刺繍というふうに。パンツは生成り色でちょっと細身、膝を絞っているのだと思う。
女子の制服はショールカラーのボレロタイプで、腕の刺繍は男子と同じ。生成り色の半袖ワンピースの上にボレロを羽織っている。とても可愛い制服だ。
皆と違う制服で通っているときは、なんかこう、違和感バリバリで、すぐにジャージに着替えていたくらいだ。
だから、皆と同じ格好で集まれると思うと、少し安心感があった。
ないかな、そういうこと。
皆と同じ格好なら安心、違う格好なら不安。
全員同じ方向を向いていれば安心、1人だけ違うと不安。
個性を大事にしない日本人ならではの悩みだと思うんだが、かなりの確率で、そういった悩みを持っている人は多いと思う。俺だってそうだもん。
それはさておき、真新しいユニフォームに袖を通した俺は、思わず洗面所に行って自分が似合っているかどうか鏡を眺める。
初めてだからね、水浅葱の洋服を着るのは。
うん、自分で言うのも何だが、似合ってる。
寮の部屋の前には寮生の名前が貼られているんだが、亜里沙や明の名前を探しても見つからなかった。もしかしたら、別の寮があるんだろうか。今日もゆっくり各部屋の前を通り過ぎながら探したが、やはり名前は無かった。
そうそう。
こちらの世界にはスマホが無い。携帯電話そのものがない。
スマホに慣れた俺にとって、これは痛手だった。スマホがあれば、すぐに亜里沙たちに連絡ができるのに。
2時間もの間、そんな競技とは全然関係のないことばかり考えていて、いくらか動揺は収まったかに思われた。
そこに、ひょっこりと顔を見せたのが私服姿の四月一日くんだった。
「おはよう、早いね」
俺はこんな朝早くからユニフォームを着ていることが恥ずかしくて、正直に眠れなかったことを話した。
「昨日何となく眠れなくて。今日はいつもより早起きしちゃったんだ」
「それ、わかる。何を隠そう、僕も何回も目が覚めたから、もう起きちゃった」
ちょっと驚き。あんなに冷静な四月一日くんでも、緊張することがあるんだ。
二人でくすくすと笑いあう。
「たぶん皆、緊張していると思うよ。じゃあ、僕もユニフォームに着替えるから少し待ってて。談話室で会おう、あ、自分用のドリンクだけは持ってね」
「わかった」
一旦自分の部屋に戻り、ドリンクを準備する。岩泉くんからもらったドリンクは全部処分した。
薬物検査で、何もないと良いけど・・・。
そんなことを考えながら、寮の中ほどにある談話室に向かう俺。
寮の中は、ひっそりと静まり返っていた。
談話室でぼーっとしていた俺の前に、四月一日くんと絢人が顔を出した。
「お疲れ、八朔くん。今日は3人で会場まで行こうか。と、その前に、ショットガン、できたよ」
「おはよう、絢人。ショットガンありがとう。昨夜もデバイス調整やらで忙しかったんじゃないの?」
「まあね、日が変わるくらいまでやってた。やっと終わって戻って来たけど、なかなか寝付けなくて」
「亜里沙や明は?」
「あの二人はもう少し頑張ってた」
「亜里沙たちの部屋はここにないの?」
絢人は少し考えているようだった。
なぜ?
「2人は別の寮に移ったんだ。こちらは魔法科の人が多いから」
「ここ以外にも寮があるんだ」
「うん、魔法技術科の人が多いところもあるし、普通科の生徒が多い寮もあるよ」
俺は絢人の答えに、妙に納得していた。
「それで近頃会ってないんだ」
「たぶんね」
俺たちの会話を聞きながら、四月一日くんが自分の時計を見ている。
「そろそろ出かけよう。速い分に損はしないだろうから」
国分くんのことを思い出す。
「国分くんは寮生なの?」
四月一日くんがさささと手を振る。
「彼は自宅組。9時に宿舎で待ち合わせだ。行こうか」
俺たち3人は、連れ立って寮を出た。
寮と学校往復の道しか知らないので、前を歩く2人についていく。
会場までどのくらい歩くかも聞いていない。
ま、歩くというなら、1時間も2時間も歩きはしないだろう。
寮から宿舎と会場までだし。
きょろきょろ周りを見ながら歩く俺。おっと、あまり周りばかり見すぎていると、二人に置いて行かれてしまう。
周りの観察もほどほどに、俺は速力を早めたのだった。
20分、いや、30分くらい歩いただろうか。
魔法W杯紅薔薇高校関係者用宿舎が見えてきた。
宿舎は、横浜市内のホテルを借り切って各高校に与えられている。他にも、観光客が魔法W杯を見に来るので、この時期の横浜市内は、ホテルが足りなくなる。魔法W杯関係者が優先されるので、観光客は東京辺りに宿を取り、電車を使い会場まで足を運ぶのだという。
とあるホテルの前で、四月一日くんと絢人は足を止めた。
【魔法W杯全日本高校選手権 紅薔薇高校様用宿舎】と掲示がある。20階建てほどのホテル。
エントランスに入ると、小奇麗なインテリアが目を惹く、上品そうなホテルだ。
四月一日くんが俺の方を振り向いた。
「入ろうか。少し早いけど、ロビーで待たせてもらおう」
ホテルに足を踏み入れた途端、緊張感が増す。
「あ、うん」
そういったきり、何も言葉が見つからない。
その様子を見た絢人は、俺が緊張しているのを見て取ったらしい。
「大丈夫、1年生は皆、緊張してるから。君だけじゃない」
フォローになってないよ、絢人。
四月一日くんはさっさとフロントに行き、待っていられる場所を確認してきた。やはりロビーの椅子で待たせてもらうことになった。
まだ時計の針は7時半を回ったところ。
時間的には、かなり余裕がある。
俺の心もこのくらい余裕があったらいいのに。
絢人のいうとおり、各学校の1年生16チームの代表及び補欠、サポーターは総勢200人ほど。3学年で600人、大会関係者が100~200人としても、1,000人近い人間が横浜に集結することになる。
そのうちの1年生200人全員が俺のように緊張するわけではないだろうが、やはり初めての試合というのは大きい。
俺は自分の持ってきたドリンクを少しずつ口にして、心の逸りを抑えようと必死だった。
魔法W杯 全日本編 第19章
午前9時近くになると、段々と人が集まり始めてきた。
やはり地元開催の強みで、皆、地理に明るいため迷子になることもなく、表情にも余裕が見て取れる。
迷子になりそうだったのは、俺だけかもしれないな。
亜里沙や明は、まだ来ていないようだった。二人とも迷子になっているのかもしれない。
特に亜里沙は。あいつは昔から吹っ飛んで歩く割には迷子になりやすい。
明が一緒なら、確率はだいぶ下がるんだが。
「八朔、調子はどうだ」
背中に不意打ちを食らい、俺は後ろを振り返った。
そこにいたのは沢渡会長。
「は、はい。緊張しています」
身体の調子を聞かれたのに、頓珍漢な答えを返す。やはり、緊張の度合いが違う。
「そうか、初めての大会だから緊張もするだろう。だがな、前にも言った通り、こちらの世界を存分に楽しめ」
「はい、ありがとうございます」
南園さんと瀬戸さん、五月七日さんも連れだって宿舎に姿を見せた。
女子高生のお喋りタイム。
なんとも微笑ましい。いや、萌える。
国分くんの姿が見えない。まだ来ていないのだろうか。
きょろきょろと挙動不審に辺りを見回す俺の目に、亜里沙と明の姿が入ってきた。俺はダッシュで二人に駆け寄った。
「久しぶりだな、二人とも」
「あら、元気そうじゃない、海斗」
亜里沙。俺の緊張度合いをわかってくれないのか。かれこれ10年も幼馴染をやっているというのに。
「元気じゃないよ、緊張して手が震えっぱなしだ」
「そう?そんな風には見えないけど。昔のあんたはもっと緊張してたよ、こういうシチュエーションでは」
明がいつものとおり脇から俺たちを覗き込む。
「そうそう。お前ってば、小学生のとき余りに緊張して家に逃げ帰ったことあったよな」
記憶にない。
亜里沙もその場面を思い出したらしい。
「あったあった。あたしたちが追いかけて、ずるずる学校まで引きずったんだよね、あんとき」
「確か、小学5年の運動会のときだったぞ」
やはり記憶にない。
「ここにきただけでも進歩よ、あんたは」
亜里沙の言葉は、褒めてんのか貶してんのか、全くもって意味不明。
不安だらけの俺は、亜里沙様に縋りつこうとする。なんつったって、こいつは魔法技術科に籍を置いてるのだから、何かわかるかもしれない。
「なあ、緊張解く呪文とかないのか、魔法で」
「ない」
「そうか。知らないことがいっぱいあるんだよなあ。大会に関して。誰も教えてくれないし。授業でも習わなかった」
「不文律みたいなものだからね。ときに海斗、ドリンク類とか自分のものしっかり管理しなよ」
「うん、薬物検査だろ?聞いた。今のところ他人からもらったドリンクは口にしてない。自分のはほら、このとおり腰にぶら下げてるし」
明も安心したのだろう。俺の背中をバンバン叩く。猫バンバンならぬ、海斗バンバン。
「それならこのままいけるさ。ほら、緊張も少しは解れたろう?」
確かに。
二人との会話は、俺の緊張をいくらか解してくれた。手の震えも無くなった。
さすがに全部とはいかなかったけれど、ちょうど良いというか、絶妙の緊張感が俺を包んでいるのがわかった。
「じゃ、あとは試合で。試合では脇についてるから」
「おう、お前たちがいると心強い」
「じゃあな、海斗」
二人の元気な姿も見ることができて安心したし、俺の中に巣食っていた不安も幾分解消された。
あとは、あしたの開会式を待つだけ。
午前9時。
魔法W杯全日本高校選手権紅薔薇高校関係者集合の時間だ。3年生を筆頭に、2年、1年、サポーター、関係者の順に配列を組み並ぶ。
それなのに、国分くんの姿が見えない。同じ列にもいないし、後ろに並んでる様子もない。
俺は隣にいた四月一日くんの耳元でそっと囁いた。
「国分くん、どうしたんだろう」
「遅れるなんて、彼にしては珍しいね。もしかしたら抜き打ち検査組かな?」
「抜き打ち検査って、いつ行われるの」
「それこそ抜き打ちらしいよ。試合メンバーを、正選手も補欠選手もひっくるめて全員、W杯事務局に提出するのが3ケ月前で、そこから試合中も行われるって聞いた」
「薬物検査って聞いたけど」
「うん。メインは薬物みたい」
「メイン?」
「そう。不必要な特定魔法を自分に重ね掛けして身体をリカバリーさせてるとか、そういうのもあるから」
「こら、そこの1年生!」
3年生のサポーターから声が飛ぶ。
俺と四月一日くんのひそひそ話を指しているに違いなかった。
「申し訳ありません」
謝る四月一日くんを見て、1年のエースとわかったからだろうか、3年生サポーターはそれ以上怒鳴るのを止めた。
「開会式でそういった失態を晒すことの無いように」
「以後気を付けます」
俺、小心者だから何も言えぬまま、心臓バクバク。
四月一日くんはといえば、俺の方を向いて右目でウインクしてる。
強心臓。
W杯事務局関係者から明日以降の開会式や競技の諸事項について説明が終わり一旦解散となった後も、とうとう国分くんは姿を現さなかった・・・。
俺たちには各部屋の鍵が渡された。
皆、荷物を入れるために各自の部屋に向かう。
俺も然り。
ジャージ類や下着など、必要雑貨だけ。リアル世界の俺の部屋にはゲームもテレビも無かったから。
今は魔法W杯の練習で息つく暇もないからだけど、もし時間ができるようなら、図書館に行ってみたい。
高校の図書館ってどういった書物がどれくらいあるか見てみたいんだよね。
中学校では全くと言っていいほど読みたい本が無かったから。
その日の昼食休憩後は、ホテル内であればどこでも休憩OKということで、俺は部屋に戻ってベッドに寝転がっていた。もちろん、ユニフォームの上衣は脱いでいたけど。
午後からの会場見学では、各校とも実際に使用するグラウンドや施設などを見て回る時間に充てられるという。
紅薔薇高校は午後の集合時、各学年に分れた。そして学年ごとに横浜国際陸上競技場に移動した。
開会式と閉会式の会場は、横浜国際陸上競技場メインスタジアム。
アシストボール、プラチナチェイスの競技会場でもある。
会場となる国際陸上競技場はめちゃめちゃデカく。宮城の競技場とは雲泥の差というか、スケールのデカさが違う。
紅薔薇高校では、3年生の沢渡会長を初めとした生徒会役員が、選手及びサポーター等を学年別に引率し、開会式と閉会式に使用される会場の説明を行っていく。
主として開会式の説明が終了したあと、学年ごとに分れて競技会場を見学するという。
前に説明を受けた通り、3学年が同じ時間帯に試合を行うことはなく、例えば、2年生の先輩が1日目第1種目にデッドクライミング、第2種目にアシストボール、次いで2日目午前にラナウェイ。2日目の午後は試合がない。3日目にロストラビリンス、マジックガンショットという順で競技が進む。
俺たち1年生は4日目第1種目のロストラビリンス、第2種目のマジックガンショットから始まり5日目デッドクライミング、アシストボール、6日目ラナウェイと3日間試合を行った後に真打ち3年生の登場となる。
3年生の先輩は、7日目第1種目がラナウェイで午後は試合がない。競技8日目にロストラビリンス、マジックガンショット、9日目にはデッドクライミング、アシストボールが行われるという。
プラチナチェイスだけは、競技最終日早朝から、1年生から始まり2年生、3年生と続けて試合が行われるそうだ。
生徒が個別に見学している高校はひとつもなく、皆、高校一体となって会場を見学しているようだ。
俺はどの県からどういった高校が出場するのかもわからない。
首を捻りながら各校を眺めていると、隣にいた瀬戸さんが各校の紹介を兼ねて、傾向というか、噂というか、各校のプロフィールみたいなものを教えてくれた。
北海道札幌市札幌学院高校。
ここは去年、5位だった。
男子は濃紺の学ラン、女子は黒い3本ラインの入った濃紺のセーラー服。男子の襟元や女子の襟の後ろには、獅子を象った刺繍がある。
去年は5位に終わったものの、元々は実力のある学校。
古参の中でも、一番歴史の古い学校だという。
鹿児島県指宿市紫薔薇高校。
昨年の4位。
紅薔薇高校の姉妹校でもある。薄ラベンダー色の制服に、ディープロイヤルパープルの刺繍が腕にある。
薔薇6対抗戦では常に上位を誇る。
2年生が主体のチーム構成。
石川県金沢市能登高校。
昨年のベスト3。
男女とも、紺のブレザータイプの上衣にマドラスチェックのパンツとフレアスカート。女子の胸元のマドラスチェックのリボンが可愛い。
ここ最近急にでてきた新進気鋭の学校。
ベスト8は常に維持しているという。
チームのサポーターや、監督が非常に有能だと言われている。
京都府京都市京都嵐山高校。
昨年の第2G。準優勝校だ。
男子は古風な黒の学ラン。女子も黒のセーラー服。明るめのスカイブルーの1本ラインと黒のタイのセーラー服はとても古風で、学校の質実剛健さを感じさせる。
常にベスト3を張っている実力の持ち主。
今年は3年生が特に強いらしい。
その他、目立ったところとしていくつか挙げてもらった。いずれも地力があり、入賞圏内の高校ばかりだという。
東京都世田谷区開星学院高校。
ここは中学校からの一貫教育で、6年間を同じメンバーで過ごすため、チームワークがとてもいいのだそうだ。
長崎県長崎市白薔薇高校。
ここも紅薔薇高校の姉妹校だという。瑠璃色の制服に白い薔薇が刺繍されているのですぐわかった。
薔薇6対抗戦でも一定の成績を修めているらしい。
兵庫県神戸市黄薔薇高校。
うん、言われなくてもわかった。ここも紅薔薇高校の姉妹校だね。レモンイエローの生地にシャルトルーズイエローの刺繍が目立っている。
残念ながら、薔薇6対抗戦での成績は振るわない年が多いと聞く。
長野県アルプス市青薔薇高校。
言われる前に、「姉妹校だね」と言ってしまった。
アイボリーの生地にロイヤルブルーの薔薇が刺繍してある。
薔薇6対抗戦では特に可もなく不可もなくといった成績。
愛知県名古屋市桃薔薇高校。
姉妹校が多い。
ピンクアーモンドの制服に一段濃いシクラメンピンクの刺繍。
ここも薔薇6対抗戦においては中間の成績を維持しているという。
ちなみに、姉妹校では全て制服の形は同じだ。色が違うだけ。それでも、色違いというだけでこうにも印象が違うものだとは想像していなかった。
可愛らしい印象の色味もあれば、知的な印象を与える色味もある。
姉妹校の他にも有力校はある。
瀬戸さんが警戒しているのは、神奈川県川崎市に本拠地を置く加計学院大学付属加計高校。
もうひとつ、スポーツ高として全国的に名が知れ渡っている東京都港区の日本学院大学付属稲尾高校。
実力のある中学生を大学まで囲い込むことで有名な学校だという。
全国的に生徒を探しながらスカウトしているらしい。
その他に出場が決まっているのが
岩手県盛岡市北上東高校。
埼玉県さいたま市聖バーバラ学園高校
千葉県市川市私立市川学院高校。
高知県高知市高知学院高校
こちら4校は、決して弱いわけではなく、流れに乗せたら一気に魔法力を爆発させるチームだという。
これがみな地力に勝る敵となれば、俺たちは相当の力と想いを持って戦っていかなければ、総合優勝を成し遂げることは難しいものと思われる。
はあ・・・さすがベスト16。
楽して勝てる相手はどこにもいないというわけね。
魔法W杯 全日本編 第20章
さて。
横浜国際陸上競技場で開会式や閉会式の説明が終わったあと、1年生だけがそこに残り、アシストボールとプラチナチェイスの競技会場としての競技場をみることになった。
1年生の選手は、皆、競技場が広い大きいとは思っているようだったが、過去に来たことがあるのか、誰からも感嘆した台詞は出てこない。
俺たちを引率する南園さんが、飛行魔法で上から見ることを薦めるのだが、誰も飛ぼうとはしなかった。
いや、あの・・・俺は初めてなので上から見たいんですけど。
・・・。
恥を忍んで、ポケットにしまっていたバングルを取り出し、右手に嵌めた。
瞬間、ふわっと浮き上がる身体。
プラチナチェイスを行うくらいの高さ、5mくらいまで指で何度もなぞって上昇してみた。
・・・広すぎやしませんか・・・。
いくら魔法で飛ぶとはいえ、試合時間が第1クウォーター30分休憩10分第1クウォーター30分の合計1時間10分とはいえ。
聞くところによれば、2年生になると第1クウォーター40分休憩10分第1クウォーター40分の合計1時間30分、なんと、3年生は第1クウォーター50分休憩10分第1クウォーター50分の合計1時間50分になるのだとか。
もう、体力の限界です・・・。
そんなことを思っていると、スタメンの四月一日くんと瀬戸さんが浮きあがって僕の近くにきた。
「やっぱり、紅薔薇のグラウンドに比べると広いなあ」
笑いながら四月一日くんは俺の方を向く。
「ね、八朔くん。こりゃー広いわ」
俺の顔、半べそ気味だったんだろうか。
「笑って言える四月一日くんが羨ましいよ」
「大丈夫だよ、練習してきたし」
いや、四月一日くんが本気で練習しているのは、はっきり申し上げて、見たことがございません。
俺を見兼ねたのかどうか、瀬戸さんも近づいてきた。
「先陣が四月一日くんだから大丈夫よ」
うんうんと頷く四月一日くん。
余裕だ・・・。
「ときに」
上空でふわふわしながら四月一日くんが瀬戸さんと俺に目配せをした。まるで、もっと近くに来いと言わんばかりに。
「国分くんが、ヤバイらしい」
瀬戸さんもひどく真面目な顔になった。
「薬物でひっかかったらしいわね。紅薔薇の大会事務局、生徒会役員たちが大騒ぎしてる」
国分くん、まさか・・・。
「後陣は南園さんに任せようと思う。チェイサーは瀬戸さんのままで。あとは八朔くんとサブの誰かに託そう」
「そうね、こうなった以上、後陣は南園さんが適役でしょうね。それとも八朔くん、後陣やる?」
「ここまで来て、そんな冗談はよしてくれよ」
俺はすっかり凹んだ顔をしているらしい。
「やーだ、冗談よお」
フォローにもなっていないフォロー。
しかし、国分くんが自分から薬物摂取をしていたのだろうか。だとしたら。俺が凹み顔から幾分きつめな真面目顔になったのを四月一日くんは見逃さなかった。
「国分くんは否定しているみたいだよ」
瀬戸さんも続く。
「そうね、何のことかわからない、って言ってるみたい。ここにきて、彼にメリット・・・あるかな、ないよね」
俺は不思議に思った。
あんたら、なんでそれ知っとんねん。
「どこから情報得たの?」
二人は口を揃えた。急に真面目な顔をして。
「大会事務局」
そうすか。
あんさんら耳ダンボですなあ。
俺が周りを気にする余裕がなかったから聞こえなかったのかも。
「事務局の声なんてしたかな?」
「いや、向こうは小声でしか話してないし、名前は出してなかったよ」
「でも、2年生と3年生の先輩方は皆いたわよね。普通、来なかったらチームメイトは騒ぐでしょ」
「そうだね、それで僕らは怒られた」
ああ、そういえば怒られた。
2年と3年の先輩がたは、そういったことが無かったから無駄話をしていなかったんだ。
「犯人、誰なんだろう」
俺の問いに、はっきりとは答えない2人。
「今は犯人捜しより試合だよ」
「そうね。もし国分くんが何もしていないのだとしたら、あたしたちが試合で勝って、国分くんをフォローしないと」
四月一日くんは表情を和らげた。
「さ、そろそろ降りようか」
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・◇
陸上競技場での見学が終わった。1年生は新人戦1日目の第1種目、ロストラビリンスの会場から順に見学を行うことになっていた。
迷路は凄く入り組んでいて、狭かった。人が2人すれ違うのが難しいくらいに。
果たして俺の魔法だけで出口まで行きつけるかどうか心配になったが、この種目では瀬戸さんが一緒だ。
迷路に向かってきた瀬戸さんが、俺の方に走ってきた。
「すごい迷路だね、あたしの魔法じゃとても前に進めそうにないよ。八朔くんがいてラッキー」
「僕もここまでむちゃくちゃな迷路だと思わなかった。瀬戸さんが一緒で助かったあ」
瀬戸さんがどうだと言わんばかりにVサイン。
「ここは当日に賭けるしかないね。天井があるから飛行魔法も使えないし。一緒に頑張ろう」
本当に、こんな時は仲間がいて心強い。先頭を歩く南園さんも、俺たちの方を振り返りVサイン。
心強すぎる。
同じく新人戦1日目第2種目のマジックガンショットは、陸上競技場そばにある2つのサブグラウンドで行うことになっているそうだ。
俺たちは南園さんに急かされながら、そちらに移動する。
サブグラウンドは2つとも、紅薔薇高校のグラウンドより少し狭いくらい。
狭いということが一概にいいとも言えない。
さっき行った国際陸上競技場のように広すぎる分には、鷹の目のように視界が広くないとどこから魔法が繰り出されるのか見つけづらい。
かといって、狭いと魔法が発射される空中と地面との相対距離は短くなるわけだから、イレギュラー魔法陣が爆発するのは若干速い。ゆえに、レギュラー魔法陣を尚更早く見つけなくてはならない。
この辺のさじ加減というか、塩梅が難しそうに見えた。
四月一日くんがいつの間にか俺の横に立っていた。
「大丈夫。レギュラー魔法陣の兆候だけを見て。特訓した成果が出せるよ」
「うん、そうありたい」
「よし。頑張ろう」
俺たち1年生は、新人戦2日目の第1種目デッドクライミング会場に移る。
国際陸上競技場の隣に、アリーナが二つある。国際的なスポーツの祭典で使用される、国内でも3本の指に入る現代的な英知を凝らした建物だという。
その一つの建物に入ると、既に準備がなされていた。
垂直にそり立つ壁。
そこに大小様々な形状のカラフルな人工物(ホールド)が施され、昇ってくる高校生たちを待ち受けているかのようだった。
そういえば、デッドクライミングには国分くんが出場する予定だった。俺はエントリーもしていないから出ることもないのだが、誰がサブを務めるのだろうか。
サブとしてエントリーしているのは、岩泉くんと五月七日さん。もう一人は男子の栗花落譲司くん。
栗花落くんは原則、魔法科の生徒が指名されるサブには入っているものの、元々魔法技術科での入学を希望しており、入試の際、トップ3の実技を披露したのが今回の選考に影響を与えたらしい。
そういう人選もあるのか。
生徒会ではどこからそのような情報を手に入れるのやら。噂話の類いも、全部筒抜けなんだろうなあ。
そう思うと、少し生徒会の皆様方に対する見方が変わってきそうになる。
それでも俺のような環境の人間に機会=チャンスを与えてくれたのだから、感謝するべきなのだが。
新人戦2日目の第2種目アシストボール。会場は先程見た陸上競技場のメインスタジアム。
ここにも国分くんはエントリーしていた。試合で、誰がフォローに入るのか、俺のところでは情報を収集していない。
四月一日くんならば情報を持っていると思うのだが、何か聞きたがりのようで聞き出せない。
出るのが俺なら、そのうち話が来るだろう。
なるべくなら出たくはないが。
新人戦3日目第1種目のラナウェイ。
神奈川県の場合、昔は町中をテリトリーとして競技を行ったそうだが、一般人とのトラブルが増え、横浜国立陸上競技場及び周辺施設を新設した。
サブグラウンド2つとアリーナ2つ、メインスタジアム2つの周辺における公園など公的な建物に限り、使用することができるらしい。デッドクライミングの壁はアリーナの中に4つ、迷路はアリーナの中に2つ作られるそうだ。
四月一日くんと瀬戸さんがラナウェイで使う会場について、大会事務局から渡された地図を持ってきて、俺に見せてくれた。
地図の中にある赤マジックで囲まれた場所から出るとアウト、なのだそうだ。
これって、万が一はみ出ることも大いに予測して作ってあるゲームだと思う。
事務局、汚ったねえ。
ここも国分くんが出ることになっていたっけ。
もし国分くんの嫌疑が晴れず出場できない場合、サブは誰が務めるのか、その情報すら一切なく、俺は少しイライラしていた。
あとは、競技10日目に行われるプラチナチェイス。
プラチナチェイスの会場は先程確認した。陣形も、国分くんに替わりサブの人間が遊撃に回ることを俺たちの間で決定した。あとは、沢渡会長に了解をもらい、大会事務局まで届け出るだけだったが。
全ての会場を確認した後、紅薔薇高校は学年ごとに都度解散した。
もう夕方。
宿舎に向かって歩き出す俺。
四月一日くんと瀬戸さんは、どうやら出場するサブメンバーの人選を生徒会の南園さんと一緒に行っているらしい。
声も掛からないし、俺は何も知らないただの助っ人。
出しゃばるべきではないし、サブメンバーさえ教えてもらえばいい。
亜里沙や明はどうしているんだろう。
あさってからの競技開始に向けてデバイス調整やらに忙しいのか、やはり姿が見えない。
サポーターも大変なんだな。
魔法W杯 全日本編 第21章
1人で宿舎に戻った俺は、今回の薬物疑惑における事実と想像を繰り返し考えていた。
国分くん本人は薬物摂取を明確に否定している。
彼がドリンク類やサプリ等にも気を遣っていたのを、俺は傍らで見知っていた。
しかし、今回、彼の身体から薬物の陽性反応が出た。
この事実を踏まえると、国分くんが自前で禁止薬物を摂取したとは到底考えられない。
一番合理的な流れとしては、何者かが国分くんのドリンクに禁止薬物を入れた。そう捉えるのが道理だ。
国分くんの言い分を全部信じる、という仮定の下に成り立つ推理ではあるが。
俺には国分くんが嘘をついているとは思えなかった。
とにかく、今回彼は競技に参加することが叶わないかもしれない。
犯人が見つからなければ、諸事情を鑑みても普通科に転科となる。そういった場合、瀬戸さんの言葉を借りれば、かなりの確率で退学する生徒が多いという。
最悪、退学。
俺もリアル世界に帰ったら、出席日数が足りなくて留年の憂き目に遭うのは必至だ。
泉沢学院でも出席日数が足りなくて、留年するか退学するかを天秤にかけ、退学する生徒が多いと聞いたことがある。
それはどこの高校も同じかもしれないけど。
なぜ俺は、高校に行きたくなくなったのだろう。
英語のテスト結果だけではあるまい。
輪の中に入っていけなかっただけではあるまい。
目標を見失ったのかもしれない。
ひとりでも歩いていける強さを身に付けていなかったのかもしれない。
今だって、俺は取り敢えず総合優勝に寄与する働きがしたいだけで、特段目標ではないけれど、こうしたい、こうなりたいというちっぽけな願望はある。
その願望さえはっきりと持っていれば、揺らぐことは少ない。ないとはさすがに言えないのがお恥ずかしい限りだが。
俺は今、ひとりで歩くのも全然苦にならなくなった。
今日だって、帰り道、ひとりで知らない道を迷いながらも宿舎までたどり着くことができた。
そうやって、皆孤独に慣れていくのだろうか。
大人は孤独だ。
高校生や大学生とは違い、2~3人のかたまりで歩くこともない。
俺も大人になったら孤独になるのか。
段々考えが纏まらなくなってきた。
今は考えることを止めよう。
俺はしばし、夢の世界に落ちた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ドアをノックする音が聞こえる。
ああ、四月一日くんかな。
それとも瀬戸さん?
いずれ誰かが国分くんの代わりに入るサブ選手を伝えに来たに違いない。
が。
何やら物凄い声がする。
「海斗!海斗!開けなさい!海斗!」
・・・。
母さんの声だ。
俺はどうやらリアル世界に帰ってきたらしい。
なんというか。
折角あんなに練習したというのに、試合前になって戻されるか?普通。
俺、向こうの世界でお払い箱になったんだろうか。
「海斗!」
母さんの声のボルテージは上昇の一途を辿っている。
ドアごとぶち壊しかねない勢い。
それとも、向こうの世界に行ったことは、全て夢だったのか?
リアル世界なら傍らにあの本が落ちているはずなのだが、さっと見る限り、見当たらない。
それより母さんが叩き続けるノックの音に押されて、キーンと激しい耳鳴りがする。
本を探すことを諦めて、俺はベッドから起きた。
一瞬躊躇したが、どうせいつかはこうなる運命だったんだと自分に言い聞かせながらゆっくりとドアを開ける。
相手は、やはり母さんだった。
「海斗!あんた学校行ってないんだって?」
「誰から聞いたの」
「先生から電話があったのよ!」
亜里沙たちの告げ口ではなかったんだな。
「どうして嘘ついてたの!」
母さんは手こそあげないが、口撃が凄い。
こうなりゃ、朝まで説教パターンに踏み込むしかないか。
完全黙秘で。
それとも、退学したいと言うべきか。
相談ではなく、決定事項として。
どうせ泉沢学院に戻っても、また同じことの繰り返しのような気がした。
どちらにするか。
俺が余裕ぶっこいて朝寝してるとでも思ったのか、母さんの口撃(こうげき)は怪獣並に超巨大化していく。
「なんで嘘ついてたか聞いてるの、あんた、ちゃんと聞いてる?」
なおも俺、完全黙秘。
その時だった。
バチン!!
左の頬がヒリヒリと熱くなるのを感じる。
母さんから、初めて手を上げられた。
俺は今まで余裕で母さんに対応してたことをあまりに後悔した。
黙秘を止めた俺。
「何すんだよ」
「あんたが答えないからでしょう」
「行きたくないから」
「何?」
「行きたくないから行かなかった」
「ちょっと、折角合格して入ったのに、入学金や授業料だって馬鹿になんないのに、その言い草は何?」
「あんた達が決めた学校じゃないか。俺は行きたいなんてひとことも言ってない」
母さんは、心当たりがあったのかどうか、一瞬黙った。
何か言い訳を考えているんだろう。目が泳いでる。
「あんたのためを思って泉沢学院にしたんじゃない」
「俺は桜ヶ丘に行きたいって言った」
「ダメよ、共学なんて」
「なんで」
「色恋沙汰で勉強しなくなるじゃない。このままいけば大学は国立間違いなしって泉沢学院の先生も言ってたでしょう」
「そんなのやって見なきゃわかんねえだろうがよ」
「汚い言葉遣いは止めなさい」
は?
怒る理由無くなったから、今度は生活指導か?
あまりに子どもを舐めてないか、あんた。
バタン!!
俺は急にドアを閉め、ガチャッと音が鳴るくらい乱暴に部屋の鍵を掛けた。
俺にも非はあるが、母さんが手を上げたのが許せなかった。
考えても考えても腹が立つ。
散歩でもして来ようと思って上下ジャージに着替えた。
散歩途中であの本を読もうかと思いざっと部屋の中を探したが、やはり本は無かった。
買ってきたはずなのに、どこにあるんだろう。
ここはリアル世界じゃないのか?
俺は本を探すのを諦めて鍵を開け廊下に出る。
廊下に突っ立っていた母さんが、俺を咎めようと一歩前に出た。
「海斗、何処に行くの」
母さんは縋りつくような目で俺を見ている。
「散歩」
「あんた、学校には行かないのに散歩には行くの?」
俺は母さんに一瞥をくれたやった。
その後は、母さんの言葉を、母さんの存在そのものを完全に無視した。
お気に入りのシューズを履いて、家の玄関を開ける。
そのときまた、キーン、ザザーッという激しい耳鳴りが俺を襲った。
思わず目を閉じた俺。
一瞬のことだったのか、何秒かそれが続いたのか覚えていない。
目を開けた俺の眼下に広がったのは、いつもの風景ではなかった。
魔法W杯 全日本編 第22章
いつもなら、前の家には犬小屋があってダルメシアンが弱気にワンワンと鳴いている。痩せたダルメシアンは、家主の派手なオバさん(30歳くらい)に虐待されているらしく散歩もさせえもらえず鎖に繋がれたまま。ご飯だって餌箱に入っているのを見たことがない。
見るたびに可哀想にと思ったものだ。
ところが今、目の前に広がっているのはその風景とは違っていた。
犬小屋もない。あの派手なオバさんの家ではない。
こちらの世界でいうところの横浜国際陸上競技場近く、宿舎の前だった。
思わず後ろを振り向くと宿舎があった。
「なんだ、またこっちに来たのかよ」
思わず口をついて出るひとりごと。
自分の服装を見てみる。
ジャージ姿。
でも、このジャージはクローゼットの中に入っていて、こちらの世界でも使っていた。
靴もお気に入りのシューズ。
これは確かリアル世界の部屋のクローゼットにもなく、こちらでは使っていなかったはず。
宿舎で一寝して、夢を見ていたのだろうか。夢見心地のまま、ここにいるのか?
いや、靴が違う。
俺は一瞬間だったとしても、リアル世界に帰ったのだ。
そして、またこちらにきた。
そのまま散歩しようか迷ったが、国分くんの話を聞く必要もあるだろうし、俺は一旦、部屋に戻ることにした。
って、まさか俺の存在、無かったことになってないだろうな。
もし、もしもだよ?
今迷い込んだこの世界で俺のいる場所なかったら、どうしよう?
帰るべき家もなく、こちらでも用無しになったら、泣くと思う。真面目な話。
俺は恐る恐る、宿舎の中に戻ってみた。
そうそう、このシューズクローゼット、見覚えがある。昨日別の靴を入れた。俺の靴、あるかな。靴を探した。
あった。
靴。
部屋は3階の303だった。隣の302が国分くんで、301は四月一日くん。
3階まで階段で上がって、303の部屋に向かう。
鍵がかかっている。
俺は急いでジャージの中のポケットを探す。
あった。
鍵。
でも、これってリアル世界では、自分の部屋の鍵だったような気がするんだが。
まあ細かいことはどうでもいい。
鍵穴に、そっと鍵を差しこんでみる。
そして、鍵をゆっくりと右に回した。
カチャ。
鍵の開いた音がした。
またもやゆっくりとドアノブを引く。だって、違う人の部屋だったら失礼極まりない行動だから。
中は誰もいなかった。俺が宿舎に入った時と同じリュックと、紅薔薇高校のユニフォームが窓際にかけてある。
俺は洋服やリュックを窓際に掛けるクセがある。
たぶん、ここは俺の部屋だとみて間違いない。
ということは、301に四月一日くんがいるはずだ。
お願い、いて。
ドキドキしながら、301のドアを2回、軽くノックした。
「はーい」
中から人の声が聞こえる。
ドアを内側から開けてくれたのは、紛れもない四月一日くんだった。
「よかったーーー」
俺は冷や汗モンでその場に立ち尽くす。
「どうしたの、入りなよ」
四月一日くんに招かれて、301の部屋に入る。
俺がリアル世界にいた分の時間が、こちらではどのくらい経っているのか、それが心配だった。
俺はかなり怪しい質問をした。
「今、何曜日の何時?」
「どうしたの、一体。今は月曜日の6時。もうすぐご飯だよ」
俺が1人で宿舎に戻ったのが4時だったから、2時間経っている。やはり、その間俺は夢の中にいたらしい。リアル世界という夢の中に。
「聞きたいことがあって。国分くんはどうなったの」
「薬物疑惑の件?」
「そう」
「陽性反応が出たからには、彼は普通科に転科させられることになる」
四月一日くんも、声が震えていた。そして少しがっかりとした表情だった。
「まさか、彼に限ってこんなことはないと信用していたんだけど」
俺は四月一日くんの目をしっかりとみた。
「国分くんが自分で摂取するはずがないよ。スタメンになってから彼、ドリンク類には特に気を付けてた」
「そうだね、でも、今は犯人を見つける時間がない」
四月一日くんも、できることなら国分くんの疑惑を晴らしてあげたかったのだろう。大会前でそれができない悔しさが見て取れた。
俺は一回小さく溜息を洩らすと、四月一日くんの耳元で囁く。まあ、部屋の中にいるのだから囁かなくてもいいんだが。
「で、サブから上がってくるのは誰なの」
「沢渡会長の最終決断がまだ下りていないんだ。こちらとしては、岩泉くんか、五月七日さんを推してる」
「瀬戸さんと南園さんも混ぜた総意、ってこと?」
「君にも聞きたかったのに、君早々に帰ってしまったし」
俺にも意見する機会があったのか?と少し驚いた。
「いや、僕は第3Gだから意見とか言えないと思って」
「そんなことはないよ、八朔くん」
「ところで、岩泉くんには噂があるって聞いたけど」
「うん。それがなければ岩泉くんで決まりだったんだ。沢渡会長がとてもそのことを気にしていて」
「沢渡会長が?」
「そうなんだ。万が一、国分くんの事件にも関わってきかねないだろう?」
俺は首を竦めた。
「確かに。そうなると、五月七日さんが有力というわけか」
四月一日くんも、珍しく焦りを隠さない。
「ただ、デッドクライミングは適役としても、アシストボールとラナウェイに彼女が間に合わせられるかどうか」
「当たりも多い競技だからねえ。アシストボールは瀬戸さんくらいタッパがあれば別だろうけど」
「そこが考えどころで。ねえ、八朔くん。君、出ない?」
俺は予想だにしなかった四月一日くんの言葉に、展開が微妙にずれていくのを感じる。まるで、斜めにしておいた砂時計のように。
「なんでそこで、お、いや、僕の名前」
「君もエントリーされてるでしょ」
「それはそうだけど・・・」
その時、四月一日くんの部屋をノックする人がいた。
僕らが顔を出すと、目の前には南園さんがいた。
「沢渡会長が501で御呼びです」
それだけいうと、階段の方に向かう南園さん。
4階にいる瀬戸さんを呼んでくるのだろうか。
とにかく、俺と四月一日くんの二人は、急いで5階の501、沢渡会長の部屋に向かった。
魔法W杯 全日本編 第23章
5階まで一段ぬかしで階段を上がる俺。
たぶん、サブから選抜する選手を俺たちに知らせるのだろう。
俺の心は少しだけ急いていた。
四月一日くんと俺、501の前に二人が揃ったところで四月一日くんがドアをノックする。
「入れ」
沢渡会長の声が聞こえた。
「失礼します」
四月一日くんは強心臓だから、相手が誰であろうと緊張しないようだ。
俺に先だって四月一日くんが部屋に入る。
そこには、三枝副会長、六月一日副会長、南園さんと瀬戸さんが揃っていた。
皆、立っている。
議論が白熱したのだろうなと俺は解釈した。
沢渡先輩が、その重い口を開いた。
「国分のことは残念だ。彼の言い分も尤もではあるが、薬物の陽性反応が出た以上、俺たちがすべきは彼の擁護(ようご)ではない。競技に穴が開かないよう、調整をすることだ」
こうして言われてしまうと身も蓋もないのだが、事実はそのとおりだった。
四月一日くんが沢渡会長の前に進み出る。
「それでは、国分くんはやはり競技には出場できないのですね」
「そうだ」
「では、誰が」
「選手を決める前に、大会事務局とのやりとりを掻い摘|《つま》んで話す。国分は体調を崩し、自分から病院に行って薬物反応が出た。病院から事務局に知らせがあった」
俺は何も知らなかったので驚いた。
やはり、彼は自分から薬物摂取をしていない。どこの世界に自分で薬物摂取しといて病院にいくバカがいるってんだ。
落ち着いた口調で四月一日くんが返事をする。
「そうだったのですか」
「国分は今でも無実を訴えている。大会直前ということもあり、事務局では大幅に譲歩してくれた」
四月一日くんが不思議そうに首を捻って沢渡会長に尋ねる。
「というと」
「今回エントリーしていない生徒でも、種目ごとにエントリーを認めてくれるそうだ」
瀬戸さんが俺たちの方に近づいてきた。
「デッドクライミングには五月七日さんを推薦して、OKを得たわ」
なおも四月一日くんは沢渡会長の方を向いている。
「ラナウェイは誰が」
「1年魔法技術科の栗花落譲司」
「プラチナチェイスですが、エントリーしている者の中から出しますか?」
「いや。これも栗花落が適役だろう。遊撃に入れば大丈夫だ。南園を後陣に回せ」
「では、アシストボールは」
「同じく1年魔法技術科の八雲駿皇だ」
四月一日くんは一瞬サッと顔つきが変わり、驚いたような表情になった。
「栗花落くんはサブとしてエントリーされていた種目もあったと記憶していますが、なぜ、サブに登録している岩泉くんではなく、八雲くんがサブ外からエントリーされるのですか」
「気に入らないか」
「いえ、エントリーされている岩泉くんとエントリー外の八雲くんとの違いをはっきり伺いたいだけです」
沢渡会長は、四月一日くんの前に立った。
「岩泉の噂は知っているな。この大会に置いて、そういった噂がある者は即刻除外した」
「アシストボールなら、八朔くんがエントリーされていたはず」
沢渡会長は、言葉に詰まったようだ。俺の方を向きながら迷っているように見えた。
それでも言うと決めたのだろう。
いつもにも増して、口が重い。
「八朔は、向こうの世界との境界がアンバランスになっている。最悪、試合中に消えるかもしれない」
え?そうなの?
ああ、だからさっきリアルの世界に戻ったんだ。
そうか、いつ戻るか分らない状態なんだ、俺・・・。
「アシストボールはぶつかり合いになることもあるから、女子にはキツイ。かといって、八朔以外にエントリーしていた奴はいない。エントリーもせず練習もしていないなら、栗花落では厳しいだろう」
四月一日くんはそれでも食い下がる。
「栗花落くんを指名しない理由ではなく、八雲くんを指名する理由をお聞きしています」
沢渡会長が少し怒ったように眉を吊り上げた。
怖いです・・・。
「八雲は当初魔法科に入る予定だったが、諸般の事情で魔法技術科に入学した」
四月一日くんがもう一度、首を捻った。
「諸般の事情とは」
沢渡会長はイライラしているのが見て取れる。
「お前たちの知る所ではない」
沢渡会長と同じくらい、四月一日くんもイライラしていた。見るからに不愉快そうな表情に変わった。
「ほう、実技でコケましたか。僕としては、魔法科にいる岩泉くんが適役かと思われますが」
吐き捨てるように言葉を繰り出す沢渡会長。
「岩泉の件は、さきほど話した。決定事項だ」
四月一日くんは、不愉快そうな顔をしたまま、それを隠そうともしない。
「それなら、サブとして岩泉くんをエントリーするべきではありませんでした。彼が気の毒です。もうひとつあります。アシストボールはチームワークが大事な競技です。八雲くんひとりでやるわけではありません」
沢渡会長が、代案を出す。
「その点については、我々が相手になって3日間特訓しよう、それでどうだ」
なおも不愉快そうな顔だったが、四月一日くんは矛を収めた。
俺たち1年生は、501の部屋を出て、一旦301の四月一日くんの部屋に集まった。
国分くんをのぞいた4人の1年生。
瀬戸さんは岩泉くんのことを嫌っているから、そんなに怒っていない。
「先輩たちは、岩泉くんが今回の犯人と思っているのね」
俺は、ただひとつ、真実が知りたかった。
「岩泉くんに聞いても話しはしないだろうけど、国分くんに聞けば分るはずだよ」
四月一日くんは、悔しそうな顔に変わった。
「五月七日さんと栗花落くんはわかる。でも、なんで八雲なんだろう。何か先輩たちの間に八雲ありきの空気が見え隠れしていたように思う」
南園さんは時計を気にしながら301にいた。
「確かにそうですね。アシストボールのスタメンは八朔くんにして、途中交代が必要なら八雲くんでもいいはずですが」
四月一日くんは俺を見ながら南園さんに返答した。
「そうなんだ、不思議で仕方がない」
俺は、国分くんから話が聞きたかった。
ちょうど、開会式は午前で終わる。その後は各人調整となる。俺たちは4日目までフリーになるのだ。
「僕、やっぱり国分くんに会ってくる。明日の開会式が終わったら行ってくる」
「僕も一緒に行こう」
四月一日くん、亜里沙と同じく俺が方向音痴なのを、果たして君は知っていたのか・・・。
南園さんが、部屋から出ていく間際に皆を見る。
「ごめんなさい、時間が無くて。生徒会がどう動くか見てきます」
南園さんが去った後、俺たちはある生徒の噂話にシフトする。
なんと、四月一日くんは100m先ですら透視ができるらしい。天井に向かって右手をくるくると回した四月一日くん。
「1年魔法技術科の八雲駿皇か。今501に呼ばれたようだ。何をどうやって取り入ったのやら」
俺も透視してみようと思うが、501まで届くかどうか。
指先にありったけの力を込めて、天井に右手の人さし指で丸を書いた。
あ、届いた。
でも、話声までは聞こえない。
礼儀正しく頭を下げている。こいつが八雲だろう。
「四月一日くん、この人が八雲くんじゃないか?」
「そのようだね。どれ、何を話しているのかな」
瀬戸さんは透視が苦手だから、俺たちの会話についてくることができない。
「岩泉に直接アタックしてみるしかないか、あたし行ってくる」
そういって、瀬戸さんは部屋を出た。でも岩泉くんは部屋に居なかったらしく、すぐに301に戻ってきた。
しばらくすると、501の部屋の中を透視していた四月一日くんは、くっくっくと人を馬鹿にしたよう笑いを洩らした。
「こいつ、どうやら自分から選手に名乗り出たらしいよ。まったく。栗花落くんとは格が違うのに」
俺も必死に何を話してるか読唇術を試みるのだが、如何せん、力が足りない。
「そうなの?魔法科にいる生徒より出来がいいってこと?」
「本人はそう力説してるね」
「ふうん。で、明日以降の特訓で力を試すというわけか」
四月一日くんは、もう一度501の方に指を向けてバツ印を書くような仕草をして透視を止め、大きな声で笑い出した。
「犯人捜しは止めなくちゃと思ってたけど、犯人はどうやらこいつだね」
僕と瀬戸さんは目が丸くなる。
「どうしてわかるの」
「目つきが悪い」
瀬戸さんが呆れたように四月一日くんの方に向き直って笑う。
「顔だけで判断していいの?」
「こいつ、自前でデバイス用意してるんだよ?一介の魔法技術科の生徒がどうしてそこまでする?」
「それもそうね」
急に真面目な顔になる四月一日くん。
「僕たちが何を言っても、もう、国分くんは試合に出られない。それだけは確かだ。彼は退学するかもしれない。でも、犯人が誰であれ、彼の仇はいつか討ってやる」
魔法W杯 全日本編 第24章
翌日の開会式は、型どおりというか、大して面白くもないし感動もしない。かといって、自分がここに立っているのが不思議で、どこか夢心地だった俺。
魔法W杯全日本高校選手権における選手宣誓を行ったのは、昨年の総合優勝校の主将である沢渡会長。
『宣誓。我々は薬物や特定魔法などの誘惑に負けず、正々堂々と競技を行うことを誓います』
自分のとこで薬物陽性反応が出たからではないだろうけど、かなり辛辣な宣誓内容。
開会式で覚えていたのはそれくらい。
あとは、16各校の顔ぶれが目に入ってきたかな。
みんな真剣で、俺のように午後からの予定を優先したい連中ではない。
ああ、何かこう、競技に向けて真剣にならないと、って思うのだが、やはり、国分くんのことが気になって開会式の場においても身が引き締まらない。
今日の午後だけ。
明日からは調整するから、今日だけは許して。
上っ面の開会式が終わったあと、俺と四月一日くんはすぐ宿舎に戻って紅薔薇高校のユニフォームから私服に着替えた。とはいっても、二人ともジャージ姿だったけど。
出掛け際に、四月一日くんから声が掛かる。
「バングル2つもってくること」
はて。飛行魔法でも使うのか?
四月一日くんと並んで歩く。
何も言わない四月一日くん。
だから、俺も口は出さない。
四月一日くんが右、左と曲がっていくのについていくだけで精一杯の俺。なんて歩くのが速いんだろう。
焦りもあるのか、それとも元々足が速いのか。
「よし、ここまでくれば大丈夫」
四月一日くんは意味不明な発言をする。
「国分くんの家まで遠いから、飛行魔法で行こう」
「下から見えないかな」
「僕たちの姿が見えないように、とっておきの魔法を使う」
「とっておき?」
「そ、とっておき」
そういうと、四月一日くんに言われるまま、俺は右手にバングルを付けた。
俺はふわりと浮き上がり、そのまま上空を目指し、地上10mほどまで上がった。
四月一日くんもバングルを付けるのだとばかり思っていたら、なんと彼は指を下から上になぞっただけ。
えっ??
バングルなしで飛行魔法使えるの?
四月一日くんは瞬く間に空高く飛び上がった。彼の指がまた動く。下に向けて十字を切っている。
そして俺の方に近づいてきた。
こんな距離では話もままならない。
「話できないって思ってるでしょ」
なんと、四月一日くんの声が聞こえた。
「どうやって話してるの」
俺も声にならない声を上げる。
「この空間に特定魔法をかけた。だから下から見つかる心配はない。声もお互い届くから話すことも可能だ」
「便利な魔法だねえ、僕にはまだできないかなあ」
「簡単だからできるよ、君の力があれば」
「いや、難しいし」
「全日本が終わったら教えてあげるよ」
「ありがとう」
俺たち二人は、お互いを見て笑った。
飛行魔法で30分くらい飛んだだろうか。
さすがに俺は疲れてきた。
いやいや、プラチナチェイスだって前半30分後半30分飛ぶんだ。これで疲れていたのでは、競技自体できないことになってしまう。
今、俺は焦って力を使い過ぎているのかもしれない。
焦りの原因は、プラチナチェイス。
国分くんや俺の代わりに、遊撃に栗花落くんや八雲くんが割り込んでくるのではないかという、ただただ単純な焦り。
リアル世界と、こちらの世界の境界がアンバランスだと沢渡会長は言った。
それはそのとおりで、一度紛れもなくこの世界から俺は姿を消したのだと思う。リアル世界に居る間は、こちらには居なかったに違いない。
試合中に姿を消したのでは、まずいというか、試合にならない。ゆえに、俺の出番は無くなる可能性が高い。
でも・・・俺の希望で境界線がバランスを欠いた状況になっているわけでもない。
どうにか安定した状態にならないものかと思案していた。
「着いた。降りるよ」
俺はその時飛行魔法で空を飛んでいることを忘れていたらしい。
急に体がガタガタと震えた。
「ゆっくり。ゆっくり降りよう」
四月一日くんの誘導で、やっとのことで地上に降りることができた。
国分くんの家は、すぐに見つかった。
それも四月一日くんの特定魔法で、指を交差して息を吹きかけたら国分くんの家だけ、屋根の色がチカチカと変わった。
「さ、行こう」
俺たちは足早に歩いていく。
国分くんは今も身体の調子が悪いらしく、床に臥せっていた。
でも、俺たちが訪問したと分ると、調子の悪い身体を引きずって玄関に姿を見せた。
「僕の部屋に」
口数も少なく、国分くんは俺たちを自分の部屋にとおした。
部屋に入った途端、四月一日くんが国分くんの肩を抱いて慰める。
「大変だった。悔しかったろう」
国分くんは、それまで我慢していたのだろうか、次第に表情が変わり泣き出した。
号泣というやつだ。
泣きながら首を横に振る。
「僕は禁止薬物なんてやってない」
四月一日くんが肩を叩く。
「わかってる。そんなの僕らが一番わかってる」
どう慰めたらいいのかわからない俺。
ここは、自分が知りたいことを聞くしかない。国分くんには酷な内容かもしれないけれど。
「調子が崩れたあたりに、岩泉くんからドリンクとかサプリをもらった?」
また、黙ったまま国分くんはまた首を左右に振る。
「自分の準備した物しか口にしてないよね?」
俺の言葉に、国分くんはようやく首を縦に振った。
やはり、岩泉くんはシロだった。
となれば、誰が国分くんを・・・。
四月一日くんのいうとおり、八雲くんなのだろうか。
でも今、はっきりとした証拠がない中で、やみくもに八雲くんを疑うような真似をしてはならない。
それは四月一日くんも承知しているようで、犯人を特定するような言葉遣いはしなかった。
「調子を崩したとき、何を食べたか覚えてるかい?」
国分くんは泣くのを止め、下を向きながらもしっかりとした口調で四月一日くんの質問に答えた。
「カレー」
「え?」
「カレー」
そういえば、1年生のスタメン5人、昼食にカレーを皆で頼んだことがあった。
全員一緒なのが珍しかったから、俺もその時のことは覚えている。
皆で笑いながら食べたっけ。
国分くんが残したり、まずいと吐き出した覚えもない。
寮ではカレーが出たことはない。誰かが食べ過ぎて、すぐに無くなるからなんだそうだ。
俺がそんなことをぼんやりと考えていると、国分くんが一言呟いた。
「アンフェタミン」
「なんだって?」
四月一日くんの顔色が変わった。
「精神運動興奮薬じゃないか。そんなものが身体から見つかったのかい」
「うん」
「病院に通って、薬を早く抜くんだ。薬物依存になる前に」
「うん、そう言われた」
「そうか、辛いけど、君のためだから」
国分くんは、下を向くのを止めて俺たちの方を向いた。
「僕は退学になるの?」
四月一日くんは何も答えられず、ただ、肩を叩くだけだった。
国分くんの声は低く聞き取りづらかったけど、その真意はこちらに伝わってきた。
「普通科に転科しろって言われた。それって、退学しろってことなんでしょう?」
俺たちは何も言えず、辺りは重い空気に包まれた。
四月一日くんが、優しい口調で語りかける。
「身体を一番に考えて。魔法だけが生きる全てではないし、紅薔薇には姉妹校もある。今は体を治すことを優先するんだ」
国分くんはようやく一縷の望みを繋いだようで、少しだけ笑顔を見せてくれた。
四月一日くんと俺は、彼に最後の挨拶をした・・・。
魔法W杯 全日本編 第25章
帰りも飛行魔法で30分。もう、西の空にはオレンジ色の雲が広がりつつあった。
四月一日くんも俺も、帰りは一言も話さなかった。
今回の一件で、国分くんは間違いなく普通科に転科させられるだろう。
瀬戸さんのいうとおり、いわゆるところの退学勧告なのかもしれない。
今はまだ何も証拠がないから、国分くんを守ってやれないもどかしさが俺たちを責め苛む。
宿舎に帰ると、四月一日くんは自分の部屋ではなく俺の部屋に入るなり低い声で呟いた。
「カレーだ」
「カレー?」
「カレーにアンフェタミンを入れたんだ」
「みんなで昼に食べた時?」
「そうだ。アンフェタミンは眠気と疲労感をなくし、闘争心や集中力を高める作用がある。副作用も酷いが。ADHDの薬として国外で処方もされている。犯人は、国外経由で横流しされたものを手に入れるチャンスがあったはずだ」
「犯人が八雲くんだとして、やはりスタメン狙いなのかな」
「奴に限らず、スタメン狙いでアンフェタミンを入れる不届き者は居ても不思議じゃない」
俺は、少しばかり混乱してきた。
犯人捜しをしないといいつつ、俺たちは今、犯人捜しをしている。このメンタルが新人戦に響かないだろうか。
「四月一日くん、新人戦に響かないようメンタルを調整しないといけないんじゃないか」
それに対する応答はなかった。
「八朔くん、僕は悔しくて仕方がない。あれは、国分くんを狙ったものじゃなかった」
「そうなのか?」
「あの時を覚えているだろう?」
「覚えてるよ。皆で一斉にカレーにありついたから、誰が薬を入れた皿を取るかわからなかった」
「そう。正しくロシアンルーレットさ」
ロシアンルーレット。
弾丸を1発だけ装着したリボルバー式拳銃で、弾丸が発射されるまで撃ち続ける死のゲーム。
誰がその皿を取ってもおかしくなかった。
たまたま、国分くんがその皿を取ったに過ぎない。
俺は正直、怒りも怖さも含めて、徐々に身体は震えだし、その震えはしばらく止まらなかった。
そんなことをする人間がいるなんて。
たぶんそれは、自分がスタメンになりたいがために行われたとみて間違いない。
もし四月一日くんの言葉どおり犯人が八雲くんだとしたら。
いや、あの先輩方への取り入り様。言わずもがな、彼は虎視眈々と、この機会を狙っていたのだろう。
そして先輩たちに取り入り、スタメンの座を確固たるものにしていく算段なのか。
犯人を決めつけるのは時期尚早としても、犯人が誰だとしても、何とかしてその罪を暴き、罰を与えることはできないのか。
俺だけの力じゃ何もできないかもしれないけれど、今は楽観的に考えたい。
新人戦に向けて、モチベーションを保ちつつテンションが高まるのを見定めていきたい。
俺の顔が紅潮してきたのを見たのだろう。
四月一日くんは俺の肩を2回、叩いた。
「大会がなければ直ぐにでも動き出したいけど、今は無理だ。焦らないで、ゆっくりと犯人を囲い込んでいけばいい」
八雲くんは、2年生の試合が行われる翌日から3日間、3年生のサブの先輩方に、俺がお世話になったような特訓を受けるらしい。
先輩方はみな優しい人だから、八雲くんのことについては俺たちも滅多なことは言えないけれど、やはり俺の中には悔しさがあり、八雲くんを新人戦の仲間として認めがたい部分があった。
彼が犯人だと決まったわけではないのだが。
その晩、隣の302から聞こえるはずだった国分くんの生活音は何一つしなかった。
そこに、明日には栗花落くんか八雲くんが入ってくるのだろう。それも俺にとってはどちらかといえば、好ましい事ではなかった。
なんとも、救いがたき魂がそこにあったと思えてならなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日から競技が始まった。
2年生の先輩方が出場する第1日目は、デッドクライミングとアシストボール。
決勝の相手は紫薔薇高校だった。
2年生は三枝副会長を初めとしてデッドクライミングが得意な先輩が多いらしく、皆するすると登って行く。
デッドクライミングは高さ15mの壁を登る速さを競う競技設定であり、相手の邪魔だけしていればいいと言うものでもない。
その点、先輩方はよく心得ていて相手の人工物(ホールド)を魔法で消しつつ、自分に有利に働くよう魔法でホールドを生み出していく。相手はその速さについていけないようだった。
3人が3人とも、紫薔薇高校に圧勝した。
午後に行われたアシストボール。光里先輩はスタメンからは外れベンチ応援のようだ。
まあ、紅薔薇高校の過去の実績から言っても、光里先輩が出場するのは準決勝あたりからだろう。いや、決勝だけ出場と聞いたような気もする。
俺は2年生でアシストボールにスタメン出場している先輩方の戦法を確認しながらも、4日後に行われる新人戦のことが頭に浮かんだ。
四月一日くんはON・OFFの切り替えも早そうだから試合ではベストなパフォーマンスを見せてくれるだろう。瀬戸さんも相手に競り負けないくらいの体幹がある。南園さんはGKだから、皆のように激しい運動量は必要ない。
だが、GKは一番過酷な役割だ。ボールを止めることだけに専念したとしても、あのサイズのボールを全て押さえることができるかどうか。
できたとしたら、まさにミラクル。
問題は、八雲くん。
今まで彼の動きを見ていないからだけど、四月一日くんや瀬戸さんに合わせていけるのだろうか。
ちゃんと仲間にパスを出すことができるのだろうか。
ひとりでゴールまでたどり着こうとしないだろうか。
4人で行われるアシストボールは、決して個人技だけが突出したチームを勝利に導く競技ではない。
GKとFW,DF及びMFを4人でこなす。4人の連携がものをいう競技だ。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
2年生の2日目。今日の試合はラナウェイのみ。
準決勝までを圧倒的な強さで勝ち進んだ紅薔薇高校。
決勝の対戦相手は加計高校だ。
紅薔薇高校では、機動力や俊敏さにやや欠けたメンバーが出場し、惜しくも優勝を逃した。
とはいっても、優勝校よりはレベルが低いというだけで、他の14校よりは間違いなく地力に勝っている。
2年生の3日目。今日は2年生の最終日。
ロストラビリンスとマジックガンショットが行われる。
午前の部が始まった。
ロストラビリンスの決勝戦で、紅薔薇高校は開星学院高校と対戦した。
さすがのチームワークで、開星学院はあっというまに2人迷路を脱出した。
俺は、迷路の中がどうなっているのか見てみたい衝動に駆られる。
「ね、僕らが透視したらダメなんだよね」
それまでPV会場でタオルを振りながら声を上げていた四月一日くんが急に真面目な顔になる。
「魔法の重ね掛けになるから。とはいっても、中が気になって仕方ないよ」
開星学院が2人クリアしたのに対し、紅薔薇はまだ一人もクリアできていない。
これはもう、紅薔薇の負けかと皆が思った時だった。
3人が走って迷路を抜けてきた。
どちらの高校だ?
俺は2年生のメンバーをあまり知らなかった。
隣の四月一日くんが息を止めて出口を見ていたが、それはいつしか歓喜に代わった。
「やった、逆転優勝!!」
こうして、2年生の全日本高校選手権はプラチナチェイスを残して終了した。
魔法W杯 全日本編 第26章
さあ、明日からは、いよいよ新人戦だ。
俺は明日、2試合に出る。ロストラビリンスとマジックガンショットだ。
今は身体の状態も頗る良好。
あとは境界線のバランスが崩れてリアル世界に戻ってしまうなどという最悪の事態が起こらないことを祈るばかりだ。
実はリアル世界に戻ってからというもの、夜、寝るのが怖かった。
またあの世界に戻って、母さんと確執を繰り広げるのは嫌だった。
翌朝。
スマホの目覚まし音が辺りに鳴り響く。
「う、うるさい」
アラームで俺は目が覚めた。
ただ、怖くて目はまだ開けていない。
ここがどこなのか、すごく気になった。
宿舎なのか、はたまた境界から吹っ飛んで本来の世界に戻っているのか。
目は開けないで、寝ながら、深く、一度だけ大きく息を吸い込む。
そして静かに息を吐き出して、俺は目を開けた。
天井が高い。
ああ、ここは宿舎だ。
なんだか少し安心した。
自分がいるべきリアル世界ではなく、異世界にいるのに安心するだなど、噴飯ものと笑われても仕方がないのだが、できることなら今は、リアル世界に居たくなかった。
そう。俺は現在、この世界に逃げ込んでいる。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
303の部屋でシャワーを浴びて一旦歯を磨いてから食堂に行くと、四月一日くんと南園さん、瀬戸さんがもう朝食を食べに食堂入りしていた。
「こっちこっち」
瀬戸さんが俺に気付いて手招きしてくれた。
俺は朝の挨拶すら忘れている。朝はかなり弱い俺。
「みんな早いんだね」
瀬戸さんが豪快に笑う。
「八朔くんが遅いのよ。今日は試合あるんだから早起きしなきゃ」
四月一日くんも頷きながら周りを眺める。
「今日試合がある人で、一番ここにくるのが遅かったのは八朔くんだと思う」
俺はきょろきょろと辺りを見回した。
先輩たちもいたが、皆、試合に出場するため早めの朝食を摂って調整するらしい。
「そうなんだ、気付かなかったよ」
慌ててトレーと皿を取って、バイキング形式のおかずを取りに向かう。
実は俺、朝は食べない主義というか、朝起きるのが遅いためいつも朝食を抜いていた。
腹も空かないし、目の前に美味しそうな料理があったとしても、食欲が湧かない。
どうしようか迷っていると、南園さんが隣に寄ってきた。
「八朔さん、もしかしたら、いつも朝食べてないとか?寮でも起きたらすぐ学校に来てるみたいですし」
「実は・・・御名答。朝は食欲ないんだよね」
「じゃ、ヘンに食べるとお腹の調子を崩すかもしれないし、パンと野菜ジュースくらいにしてみますか?」
「そうしようかな」
俺は南園さんに連れられ、何種類かのパンが置いてある場所から食パンを2枚にイチゴジャムを取って、次に野菜ジュースを選び席に戻った。
四月一日くんが驚いたように俺を見る。
「それだけで足りるの?」
「うん、いつも食べてないからね」
俺がパンにイチゴジャムをぬっていると、ゆっくりとした動作で1年生のサブ組が食堂に現れた。
岩泉くん、八雲くん、栗花落くん、五月七日さん。
たぶんこの中に、国分くんを追い落とした犯人がいる。
おはようと挨拶をしながら、俺の脳裏には国分くんの泣く顔が浮かんだ。
試合のある4日間は、それを気にしてはいけないと分っているけど、俺の魂が「はやく国分くんの仇をとれ」と叫んでるような気分になる。
なるべく彼らに目を向けないよう、一生懸命パンを食べ、ジュースを腹に流し込む。
俺が挙動不審であることに気が付いたのだろう、四月一日くんが俺に目配せして、椅子から立ち上がった。
「それじゃみんな行こうか。今日の試合について、最後のミーティングを行おう」
南園さんも席を立つ。
「そうですね、策戦を今一度、確認しましょう」
瀬戸さんはまだゆっくりしていたかったらしいが、四月一日くんと南園さんを見て、仕方ないか、という表情で俺に声を掛けた。
「八朔くん。食べてすぐ動くと胃が痛くならない?大丈夫?」
「大丈夫だよ、僕らも行こう」
いつも朝には何も腹に入れない俺だから、ちょっとその気があったけど、ここにいるよりはマシだ。俺も皆と同じように食器を下げるため席を立った。
午前に行われるロストラビリンスは、制限時間こそあるものの走ったりしないので胃が痛くても何とかなると思う、たぶん。
いや・・・迷路の中だからこそ、もしかしたら走り回るかもしれない。
ま、いいか。
「じゃ、お先に」
俺はサブ組に挨拶したあと、食堂を出た。廊下では、四月一日くんたちが待っていてくれた。
四月一日くんから早速注意された。
「君は顔に出やすいね、八朔くん。ああいうときは涼しい顔してやり過ごさないと」
「ごめん」
「謝ることではないさ。さあ、あとはロビーで待ち合わせよう」
303に戻り、吊り下げていた紅薔薇高校のユニフォームをまじまじと眺めた。
とうとう来た。
俺の初戦。
よし。頑張れ、俺。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
今日の午前に行われるロストラビリンスの相手は聖バーバラ学園高校だ。
迷路の中に入ると、頭の中に、目の前にした迷路の3次元イメージが構築されるという面白特技をもつ俺は、結構有利に迷路を進んでいけるらしいことに気がついた。
それは授業でも証明済み。
そこにもって、俺の透視術と瀬戸さんがいるのだから鬼に金棒。
俺的には、鬼が瀬戸さんで俺は金棒ならず、すりこぎ程度の物なのだが。
他学校では、ロストラビリンスはほとんど女子。
俺のように男子がいるチームは珍しい。
ある意味背中に悲哀を漂わせつつ、俺の第1戦が始まった。
南園さんが初めに迷路にアタックした。俺と瀬戸さんは、俺の頭に浮かぶ3次元イメージを辿りながら、右へ左へと進む。
相手の北上東高校もかなりレベルは高かったが、俺の3次元イメージと透視には勝てなかったようで、10分もしないうちに俺たち3人は迷路を抜けていた。
ベスト4を争う準々決勝では、紫薔薇高校と激突。
紫薔薇は、どちらかというと透視に長けたところはあったが、俺の透視が勝っていたらしく、先程と同じ開始から10分程度で南園さん、俺と瀬戸さんは迷路を脱出、号笛が鳴る。
準決勝の相手は京都嵐山高校。
目を瞑り3次元イメージを描くものの、ちょっと今回は上手く3次元イメージが働かなくて、迷路を抜け出るのに20分もかかってしまった。京都嵐山高校も同じくらいのタイム。
南園さんが10分で抜け出ていたので、辛くも俺たちの勝利と相成った。
決勝は、紅薔薇高校VS白薔薇高校。
姉妹校同士、因縁の対決だと瀬戸さんが言う。
今回は俺の頭が冴えまくり、出口まで透視できたため10分以内にクリア。
先程の準決勝が嘘のようだった。
そして、京都嵐山高校が迷路に対し魔法を重ね掛けしていたことが明らかになり、京都嵐山高校は没収試合となり俺たちの優勝が確定した。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
昼食をはさんで、午後の試合はマジックガンショット。
四月一日くんと南園さんと昼食を食べながら、午後の部の動向を占う。
「僕は10分で上限を目指してる。南園さんは?」
「私も10分かな」
2人の会話を聞くと、口にチャックしたくなる俺。
四月一日&南園半端ないって!!10分で100個撃つなんて、普通1年生でできひんやん!と言いたくもなる。
「八朔くんの目標は?」
「言わないとダメ?」
「目標なかったらリズムとれないよ」
「じゃあ、20分で50個」
「もう少し撃てるでしょ」
「30分で100個」
「もう一声」
「えー、20分で100個。これが限界、これ以上は無理」
そんな目標を立てさせられて、俺のマジックガンショットは始まった。
ベスト8をかけて争う相手は、青薔薇高校。
逍遥と南園さんは、10分しないうちに100個の上限を撃ち抜いた。俺はといえば、少し緊張してしまい、レギュラー魔法陣を見分けられず終了まで25分もかかってしまった。
反省しながら準決勝に進む。
準々決勝は市川学院高校。
ここでも四月一日くんと南園さんは腕が冴え、10分を切って上限に達した。俺も徐々に調子を取戻し、15分以内に100個撃ち落とすことができ、目標に届いたので一安心といったところだ。
準決勝の相手は札幌学院高校。
さすがベスト4に残っただけある学校で、平均射撃数が全員15分台。うちは四月一日くんたちが10分を切っているからだけど、俺が足を引っ張ってはならない。
必死にレギュラー魔法陣を探した結果、俺も15分台に乗ったので俺たちの完勝。
決勝で相見えたのは、開星学院高校。チームワークが良いことで有名な学校だ。
ここは3人の平均が20分。準決勝の札幌学院よりも与しやすかったのは事実だが、今回は四月一日くんの調子が今一つで、15分以上もかかってしまった。南園さんは相変わらず冷静で、10分で競技を終えた。
そして、アクシデントが起きた。俺のデバイス、ショットガンがなぜか1つが使い物にならなくなってしまい、俺は腰にぶら下げた予備のショットガンを持って試合に臨まなければならなかった。
大丈夫かなあと、かなり心配したんだが、予備のショットガンは絢人が調整してくれていたから、とても手に馴染んでいた。
お蔭様で15分台をキープすることができた。
紅薔薇高校の完勝で、大会4日目が無事に終わった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
大会5日目。
午前の第1種目は、デッドクライミング。
南園さんと瀬戸さん、国分くんの代役として五月七日さんが出場する。
我が校のデッドクライミングは下馬評でも優勝候補といわれているようだし、きっといい成績で勝ち残ってくれるだろう。
南園さんは、運動の能力が人一倍高い。
スルスルと登りながら相手のホールドを消しては、自分がまたスルスルと登っていく。元々の運動能力が高いから、自分の前にホールドを作る作業を省いていたのだ。
瀬戸さんはどちらかといえば相手のホールドには目がいかず、自分の壁を早く昇るかに特化しているように見受けられた。なんとなく、瀬戸さんらしい。
驚いたのが五月七日さんで、速さなら瀬戸さんにも負けない程。
ただ、ホールドを消したり作ったりするのに気を取られていたようで、最終的には南園さん、瀬戸さん、五月七日さんの順番で我が校のデッドクライミングは終了し、優勝という結果を残した。
大会5日目の午後。
第2種目はアシストボール。
国分くんの後釜となった八雲くんの動きが勝敗を決するのではないかと感じていた俺。
どちらかといえば良くない予感がしていたのだが、それは現実のものとなり、紅薔薇高校は、新人戦において重要な位置に据えていた種目で早々に敗退を喫してしまった。
まずもって、八雲くんは自分一人でゴールしようと無理をして、敵にインターセプトを許す場面が何度も見受けられ、四月一日くんたちと声掛けさえもしようとしない。
逆に四月一日くんがボールを持つと、顔を歪めて唾を吐く。
瀬戸さんもこの有り様には腹が立ったようで、完全に身内の中で2つに割れてしまっていた。四月一日~瀬戸ペアでゴールするしか、点の取りようがなかったのだ。
憤懣遣る方無いといった表情の四月一日くん。
試合は終始、普段なら負けるはずのない黄薔薇高校のペースで進み、我が校はいとも簡単に破れてしまった。
俺はベンチにいたんだけど、隣に座っていた沢渡会長も、すごく渋い表情だった。
誰も話しかけられないといった風体で、休憩で4人がベンチに戻ってきても、誰も何も話さず、空気は重苦しいまま。
走れない俺を指名しても四月一日くんや瀬戸さんに負荷がかかるだけなのだが、それでも南園さんを合わせた4人が一体となり同じベクトルで競技ができる方が、精神衛生上、良かったのではと思わせる程だった。
アシストボールで敗退が決定し、魔法W杯全日本高校選手権新人戦の優勝がほとんど潰えたという結果で競技が終了した瞬間、沢渡会長は俯き、がっくりと肩を落とした。
魔法W杯 全日本編 第27章
大会6日目の午前。
行われる種目はラナウェイだけ。
四月一日くんと、俺、そして国分くんの代わりに指名された栗花落くん。この3人で相手と渡りあう。
その日の朝早く、5時ごろだったかな。俺は四月一日くんに叩き起こされ、305で寝ていた栗花落くんの部屋を一緒に襲撃した。
眠そうな顔をしていた栗花落くんだったが、俺たちが何の為に襲撃したか直ぐ理解したらしい。
「時間が無くて君たちと話すことがままならなかったね、四月一日くん、八朔くん」
四月一日くんがにこやかに話しかける。栗花落くんの評判は聞き及んでいるところなのだろう。
「こちらこそ、調整具合を確認していなくて済まなかった。どうだい。調子は」
「指名のあと、魔法技術科でショットガンとマルチミラーを僕用にアレンジしてもらったんだ」
「ならよかった。練習は先輩方と?」
「うん、3年の先輩方が面倒をみてくれたよ」
「本来なら、八朔くんに陽動作戦隊を任せて国分くんには後陣を任せていたのだけど、後陣に挑戦してみるかい」
栗花落くんは俺の方を見て、済まなそうな顔をする。
「練習を積んだ八朔くんが後陣に着くべきじゃないかな。僕はあくまで国分くんが出場できなかったサブエントリーだから」
俺は何となく、『こいつ、性格いいかも』と感じた。
「いや、僕がこれまでどおり陽動作戦隊に入るから、敵を見つけたらデバイスで倒してくれよ」
四月一日くんは栗花落くんに右手をみせてくれと頼んだ。栗花落くんの右掌は所々、マメがつぶれて赤くなっている。
「痛くないか?」
「大丈夫さ、これくらい」
「だいぶ練習を積んだようだね、これなら安心だ。今日の後陣は任せるよ」
意外そうな顔をする栗花落くん。
「いいの?」
「ああ、構わない。ね、八朔くん」
「大歓迎さ」
そして俺らは自分の部屋に戻りシャワーを浴びて、3人揃って食堂に行った。
南園さんと瀬戸さんも来ている。
皆、たんまりの食事を美味しそうにほお張っていたが、俺は前々日同様、パンと野菜ジュースで軽く食事を終わらせる。
栗花落くんに驚かれたほどだ。
「それで本当に体力が持つの?」
「物心ついてこのかた、朝食を食べたことが無いんだ」
「そうか。それなら、身体に負担が無い方がいいかもね」
そういいながら、栗花落くんは何回も皿を取り替えては和洋食を交互に食べている。
道理で体格がいいわけだ。
栗花落くんは、180cm80キロほどあるらしい。
先輩たちの噂を聞き及んだところによると、栗花落くんは受験の際、魔法科に入れるレベルだったにも関わらず、魔法技術科を選択したのだとか。
魔法授業に興味がないのではなく、操作性の向上に特化したデバイスの開発を目指しているという。
俺は正直驚いた。
この魔法第一主義の世界において、魔法を使用することだけが全てではないことを彼は証明しているように思えた。
リアル世界でいう、偏差値をワンランク落とした学校を選択するようなものか。
俺だって、パソコン部に入りたかったから仙台嘉桜高校を希望したのと論理は同じかもしれない。
まあ、適切な例えかどうかはわからない。
自分のことに置き換えてしまう癖があるよね、人間は。
俺がぼんやりしているように見えたのか、栗花落くんが目の前で手のひらをヒラヒラさせている。事実、ぼんやりとしていたが。
「大丈夫かい、朝食べないせいじゃないだろうね」
「大丈夫。考え事をしてただけさ」
「試合前に考え事をする余裕があるなんて羨ましいよ。僕は口から心臓が飛び出そうだ」
どうやら、栗花落くんは自分が緊張しているということを強調したかったらしい。
「君の比喩の方が大袈裟で、よほど余裕あると思うけど」
俺と栗花落くんはお互いの顔を見て、あははと小さく笑った。大声では笑えない。だって、3年生の先輩がうるさいもん。
刹那。
笑いながら、俺は、こちらに向けて刺さるような視線を感じた。背筋が寒くなるような、凍てついた視線。
その視線がどこから放たれているのか、後ろを振り返り、目を細めて、食堂内をぐるりと見渡す俺。
遠くに、八雲くんがいてご飯をパクパク食べていた。
その中間点くらいには岩泉くん。少し元気が無さそうに見える。
岩泉くんの横には五月七日さんがいて、ジュースを突いている。たぶん、元気のない岩泉くんにジュースはいかがと勧めているのだろう。
結局、岩泉くんは過去の行いが仇となり、サブのまま新人戦を迎えることになった。
魔法力から言えば、四月一日くんに次ぐ実力を持っている岩泉くん。
どうして彼は浅はかな行動に走ったのだろう。サブとはいえ、試合に出られる切符を、ううん、半券だけでも手にしていたというのに。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
食事を終え、俺たちは一旦3階の部屋に戻った。
俺は洗面所で歯を磨き、今一度大きな鏡で自分の顔を覗き込む。
そして大きく息を吸い込み、静かに口から吐き出す。
よーし。
ラナウェイに出る心の準備、完了。
緊張は相変わらずだけれど、2試合を無事にこなしたという実績が、俺の心のどこかで余裕を感じるファクターになっているのだと思う。
もちろん、油断は禁物だけれど。
それとは別なんだが・・・。
さっき感じた悪意の入り混じった視線は、いったい何だったのか。
先輩たちは新人戦のことなど、たぶん気にかけてはいないだろう。手を拱いているわけにもいかないのは、生徒会役員と企画広報部だけだと思う。
今ハッピーでない人、そう、一番悔しい思いをしているとしたら、それは紛れもなく岩泉くんのはず。
折角エントリーされて、それなりに練習も重ねた結果がこれだもん。
八雲くんは、アシストボールで負けて悔しい思いはあるだろうが、自分が選出され魔法大会に出ただけでも鼻は高いだろうし、俺や四月一日くん、栗花落くんを恨む筋合いはないはず。ご飯もパクパク食べてるあたり、気にしているといった風情ではない。
いや、アシストボールで四月一日くんが球を支配していた時は物凄い形相だった。
あの視線が四月一日くんに向けてのものだという可能性も、無きにしも非ず、か。
五月七日さんと栗花落くんは、どちらもサブエントリーから新人戦に出て、各々結果も残している。
栗花落くんは俺たちと一緒にいたから俺の背中に突き刺さるような視線を送るのは無理だし、五月七日さんも岩泉くんに気を遣っていたから俺たちを射るような言動もできない気がする。
やはり、あの視線は岩泉くんか、あるいは八雲くんか?
あー、止め止め!
これからの試合に集中しろ、俺!
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
ラナウェイ試合会場の集合場所、横浜アリーナに向かって俺たち3人は歩いた。
宿舎から20分。
栗花落くんと俺は、今一度地図を見て試合で使われる建物や競技範囲を確認しながら歩いていた。
「じゃあ、僕がこの公園にあるトイレの辺りで遊撃として動くから、四月一日くんと栗花落くんには敵を抑え込んでもらう、ということでいいね」
栗花落くんは緊張MAXのようで、こちらの説明にも返事は上の空。
ま、仕方がない。
そういえば、亜里沙と明の奴、試合は脇で見ているとか言いながら、昨日は姿を現さなかった。
まったく。
昨日は大方が予想どおりの結果を収めたからまだいいけど、少しは俺の近くにいて、応援して欲しいもんだよ。
ラナウェイはゲリラ戦のような競技で建物の影やら色々動き回るし、基本的にギャラリーはいない。
ギャラリーいると緊張するから、いない方がいいんだけどね。
って、ギャラリーいたら試合にならない。隠れているとこが丸わかりになる可能性あるし。
どうやって勝敗を決するかといえば、大会事務局には大きなシステムがあり、街にある監視カメラを中心にドローン技術で補う部分と、犬ロボットがいるらしい。
そして、最終的には制限時間終了か、敵を全員拿捕した瞬間に事務局のシステムが作動し勝敗を決するとのこと。
とても解り易いというか、解りにくいと言うか、俺の頭の中で「犬?」というクエスチョンマークが増えていく。
「犬がいたらすぐに相手がどこにいるのかわかってしまうよ」
俺の抗議にも一理あると考えたのだろう。
四月一日くんが事務局に説明を求めると言って姿を消した。
残された栗花落くんと俺は、超えてはならぬメインスタジアム近くの区画をもう一度確かめる作業に入った。
俺が地図をみて、栗花落くんに告げる。
「ここから外にでたらアウトだ」
「目印を設けよう。このブロック塀よりも外はアウトの区画だね」
「もう少し進むと公園がある。公園はインで、公園から出たらアウト」
「結構面倒だけど、試合になって我を忘れる時があるからきちんと区画を見て歩こう」
そうしている間に、四月一日くんは事務局から答えをもらってきたらしく、俺たちを追いかけてきた。
「確認したよ。実際試合に入ったら、あの犬は上空からのカメラ映像を事務局に知らせる役割を果たすらしい。ドローンみたいなもので、飛行魔法で飛ぶみたいだよ」
「それにしたって、上空みればわかってしまいかねないのに」
四月一日くんはにやりと笑う。
「そんなときこそ“とっておき”の魔法使うんだよ、きっと」
栗花落くんは、とっておきの魔法が如何なるものなのか使ったことはないらしいが、さすがは魔法技術科、直ぐに理解したと見える。
「なるほどね。使ったことはないけど、耳にはしてた」
俺は首を傾げながら栗花落くんに聞いた。
「すげー、そこまで知ってるんだ。授業で習うの?」
「そんなとこ」
栗花落くんは大柄な体を揺すりながら、わははと笑った。
魔法W杯 全日本編 第28章
試合時刻が迫ってきた。
今回の相手は、加計高校。近年全体優勝からは遠ざかっているが、新人戦では滅法強いらしい。毎年、それなりの成績を修めているのだと栗花落くんが教えてくれた。
俺はストレッチでアキレス腱を伸ばしながら、加計高校の生徒を見る。
ひとり、とんでもなくデカいのがいる。推定、195cm。本当に1年生か?
どちらかといえば小柄な方がラナウェイには向いていると思うのだが。大柄な身体は、隠れるのに不向きではないかと考えていた俺。
でも、栗花落くんの例もあるし、一概には言えないのかもしれない。
四月一日くんは俺より少し背丈が大きいくらい。たぶん、175cm前後だろう。
試合前にそういう雑談を考える俺って、どうなんだ?
緊張が無いと言えば嘘になるが、もう、ここまで来たら自分の力の全てを出し尽くすしかない。
緊張してるのに、皆、俺の中身をわかってくれない。
そうこう考えているうちに、ピストル音の号令とともに、今日初めての試合開始。
今日の俺は、緊張のせいかマルチミラーが思ったように活用できず、魔法陣を作るタイミングもいつもより遅かった。
走りながら敵を探すのだが、敵もさるもの、うまい具合に出て来てくれるわけもない。
俺はあのデカい1年生に見つかってしまい、建物の陰に隠れるのがやっとだった。それでも、俺たちの様子を見た四月一日くんが、相手の足下目掛けてショットガンを発射する。
栗花落くんも、案外足が速い。敵の後ろを取り、2人も倒した。
敵チーム全員を倒した瞬間、号笛が鳴る。
幸先の良いスタートを切った俺たち。
俺自身は、一昨日のマジックガンショットよりも疲れが半端ない。
向こうが走ってくるスピードが速すぎた。撃たれそうになって固まってしまった俺を助けてくれたのは四月一日くんだった。
栗花落くんは見事に後陣の役目を果たした。
デバイスの使い方にしても、元々のセンスなのだと思う。
安心して見ていられた。
一番ヒヤヒヤしたのは、やはり俺自身だった。マルチミラーを巧く操れず相手を視認することで精一杯。
本来なら自分に魔法陣をかけることが有用な役割のデバイスだと言うのに。
大いに反省した。
でも、これでラナウェイは1勝。
ベスト8に進んだ。
俺は汗を拭きながら日程表を見た。
2時間後に、ベスト4をかけて、稲尾高校との試合が始まる。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
俺たち3人は、身体を休めるためアリーナの中にある休憩所に向かった。
四月一日くんは、生徒会役員部屋に行くといって姿を消した。
そこに、亜里沙と明が姿を現した。
「はあい、海斗。栗花落くんも久しぶり」
「やあ、山桜さんに長谷部くん」
俺はこいつらが栗花落くんと知り合いなのかと驚いたんだが、考えてみれば、魔法技術科で一緒のクラスなのだろう。
いや、魔法技術科のクラスは一つしかないのだから、栗花落くんとはクラスメイトのはずだ。
亜里沙は毎度のように痛いところを突いてくる。
「折角のマルチミラー、使いこなせてなかったじゃない、海斗」
明も神妙な顔をして俺に近づいてきた。
「緊張から、どうしても視認することにだけ使いがちだとは思うけど、魔法陣を作ることはとても重要なんだ。魔法陣の中ではデバイスによる相手の魔法が効かない。魔法陣だけは重ね掛けすると角逐(かくちく)を起こして魔法がサボタージしてしまうから」
え、魔法でも怠けたりすんの?
栗花落くんもうなずき、俺にアドバイスしてくれる。
どっちがサブでどっちがスタメンなんだかわからない・・・。
「魔法陣は、円柱のようなものだと思えばいい。お互いに魔法陣を組んでいる時は角逐を避けるためにどちらが最初に走り出すことになる。そのタイミング。最初に走り出せばもちろんショットガンが飛んでくるけど、瞬間的に相手の手を狙えばショットガンを撃ち落とすことができるよね。無論、別の誰かが近くに来ている時には、相手2人に自分を視認させて、二人とも倒すこともできる」
そう言えば、勅使河原先輩と九十九先輩の試技の時は、九十九先輩が手を撃たれてショットガンを落していた。
俺は少し自信を失くして項垂れる。
「全然巧くいかなかったよ、反省だ」
「初めての試合だから、緊張もするさ。デバイス2つを同時操作するのは、かなり難しい。僕は元々魔法がある世界に生きてきたからだけど、八朔くんの世界には、魔法がないんだろう?」
「そうなんだよ、丸っきりの素人というわけさ、な、亜里沙、明」
栗花落くんが「おや?」とでも言いたげに、首を傾げると不思議そうな顔つきで押し黙った。
そして栗花落くんはその顔つきのまま、亜里沙や明の方に目をやった。
「ねえ、君たち・・・」
栗花落くんに話しかけられた亜里沙がさささと移動し、俺の横に張り付いて自分の左腕を俺の右腕に絡ませてくる。
「でもまあ、ベスト8じゃない。今度の相手は稲尾高校なんでしょ。日学大付属だし、結構強いって噂よ」
亜里沙にしては珍しい行動だと思いつつ、俺は次の試合に興味が移った。
「ああ、聞いたような気がする」
栗花落くんも、いつもの真面目な栗花落くんに戻った。
「あそこは本当にゲリラ戦が得意でね、デバイスの操作性能を上げていかないと」
「次の試合まで2時間か。マルチミラーとショットガンの操作をもう一度確認しておくとするか」
「そうそう、その意気よ、海斗」
「俺たちも一段落したら、といいたいところだけど、ラナウェイはギャラリー入れないんだよなあ、残念」
亜里沙と明は、連れ立ってサポーター室に向かうといいながら走っていった。
栗花落くんがくすっと笑う。
「あの二人はいつも一緒だ」
「そりゃもう。向こうの世界じゃ中学卒業まで3人一緒に過ごしてたくらいだし、あいつら同じ高校に入学したから。僕だけ別の高校にいったんだ」
目をくるくると回した栗花落くんが、わははと笑った。
「なんだ、そういうことだったのか」
そういうこと?
どういうこと?
だがしかし。俺にはやらなくてはならないデバイスの操作確認がある。
そう深く考えることもなく、俺は栗花落くんと一緒にお互いに操作確認を続けていた。
そこに四月一日くんが戻ってきた。
紅薔薇高校生徒会から、何か伝達事項があるらしい。
「2人とも、ああ、やってたね。次の日学大稲尾高校はゲリラ戦が得意だからデバイスの同時操作の精度をあげるよう仰せつかってきたんだ」
「やっぱり?」
俺は先程の試合で巧く使いこなせなかったことを悔やむ。
四月一日くんはにやりと口元をあげて左手を振る。
「大丈夫だよ、さっきので実戦は一度経験しただろう?あとは今までの練習の成果を出すだけだ」
俺はほんの少し、冷や汗が出た。
魔法W杯 全日本編 第29章
早いもので、2時間などあっという間だった。
ベスト8が出揃い、ベスト4を決定するための準々決勝が始まった。
俺たちが戦う場所は、先程と同じ第1アリーナ周辺。
試合相手は、稲尾高校。
建物など障害物のあり処は頭の中に入っている。右脳が発達している(と思われる)俺は、一度見たら右脳にその景色が3Dで蓄積されるという不思議な特技を持っている。
開始寸前、まだ皆が一緒にかたまっている時に、四月一日くんが俺と栗花落くんに向けて囁いた。
「ゲリラ戦にはゲリラ戦を」
そうして、右目でウインクする。
いつでも四月一日くんは強心臓だ。
稲尾高校との試合が始まった。
相手は、隠れたり姿を見せたりと、ゲリラそのもの。
しかし、俺は建物の構図が頭に入っているので、隠れやすい場所を四月一日くんたちに教えつつ魔法陣を使いながら敵に寄っていく。
四月一日くんや栗花落くんも、魔法陣で止ったり走りだしたりしながら、俺が敵をほぼ一カ所に集める戦法を取る。
そのときマルチミラーがキラキラと光った。四月一日くんからの合図。
俺と栗花落くんは、逃げようとする稲尾高校の選手を次々にショットガンで撃つ。
相手は一気に3人とも落ちた。
ゲリラ戦にはゲリラ戦を。
俺の特技が活きた形で、さほど苦労もなく勝敗を決することができた。
頭の中に建物の3Dイメージが構築されることは大事だ。地図みたいな2次元では、高さと影という大事な要素が右脳に蓄積されない。
でも、なぜか俺は方向音痴だ。
地理が右脳に蓄積されるならば道に迷うはずもなかろうに。
なぜなぜ時間に突入しそうなので、考えるのは止めるとするか。
1時間後には準決勝があるのだから。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
準決勝の相手は札幌学院高校。
昨年の決勝カードだという。
でも、新人戦は全くもって相手の力が違うわけで、昨年のカードをどうこういってみても、今年度相手が強いとは限らない。何しろ、中学生から高校生になったばかりなんだから。
準決勝まで残るくらいだから、相当手強い相手であることに変わりはないのだが。
今回の場所は、第2アリーナ周辺。
先程までとは景色が違う。
俺の右脳特技は使えない。
3人が揃った状態で試合が始まる。
そこから分れ、俺はアリーナ脇にある街路樹に挟まれた通路で、マルチミラーを覗き込んでいた。
もちろん、俺自身、魔法陣を自分の足に掛けている。
相手は常に走り回っているように感じた。与しやすいと言えば与しやすい。
ミラーに映った相手の影は誰一人魔法陣を使わずに、こちらへの攻撃は枚挙に遑が無い。ショットガンでの攻撃がものすごい数だ。下手に姿を見せると、蜂の巣になりかねない。
こちらが魔法陣で耐えているからこそ、成り立つ戦法だった。
どう攻略するべきか。
すれ違いざまに四月一日くんが囁いた。
「試合を引き伸ばして、相手の魔法力を削っていこう。栗花落くんには知らせてある」
試合は30分で決着がつく。この種目は引き分けがあり、30分経過と同時に勝敗が決まる。引き分けは両者に半分のポイントが入る仕組み。
「了解」
俺たちはとにかく逃げることに徹して、相手の魔法力を削ぐ決断をした。
試合開始後29分。
相手の攻撃が心なしか減ってきたような気がする。
よし。
俺は魔法陣から飛び出して相手の背後に回り込み、足下目掛けて瞬時にショットガンを命中させた。相手が背後を振り返った時にはもう遅い。
その時、試合終了を知らせる号笛が鳴り響いた。
あー、今回はまさに辛うじて勝利したといったところか。
別に俺たちの策戦が間違っていたわけではない。
俺は若干、ポジション取りに難儀していたが。
四月一日くんと栗花落くんが反対方向に陣取っていたのが功を奏した。
最後、俺が身を挺して遊撃にシフトしたから、楽に相手を視認できたと四月一日くんも栗花落くんもいうのだが、果たしてそうなのか、俺には分らなかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
20分の休憩の後、第2アリーナ近辺で決勝戦が始まる予定だ。
相手は京都嵐山高校。
新人では群を抜いているという噂の学校だ。
決勝戦前の休憩中、俺は右足が攣ってしまった。20分の間に治ればいいが。まだ少し違和感がある。
栗花落くんが、ふくらはぎの辺りをマッサージしてくれている。
あー、気持ちいい。
魔法技術科ではサポーターの役目を果たすことが多いため、デバイスだけではなく選手身体のサポートについても授業で教えるらしい。
決勝戦が始まった。
四月一日くんが、試合直前、俺たちに告げていた。
「今度の相手は手強いよ。先読みとポジション取りに長けている。マルチミラーを存分に使って、相手の背後に回り込もう」
「了解」
「2人とも、決して相手に背中を見せないようにね」
「わかった」
試合開始後、再び第2アリーナ脇の街路樹で魔法陣を張る俺。
相手は、さすが決勝戦まで残ったチームだと思った。敵チーム全体として、先読みとポジション取りは俺が思った以上の出来で、危うく背中を獲られそうになったことも数知れず。
そのたびに、魔法陣を張りカウンターで足下を狙ってみたりしたが、相手の足が速くて追いかけられない。
そんな時だった。なぜか知らないが、俺は突然、以前先輩たちのとの練習で一度だけ使った魔法を思い出した。
そうだ、あれを使えば壁際に隠れている敵を見つけることができるかも。
早速、口笛を吹き、辺りに右手を水平に翳す。すると、建物の陰に隠れている人が浮き出て見えた。
味方も敵も、姿が丸見え。
そうなれば、敵を一々マルチミラーで確認する段取りも必要ない。マルチミラーは自己の魔法陣を作るのみに限定できる。
ただし、そこから動いて相手の足を撃つとなるとちょっとした問題が生じる。
相手の足を目視するということは、相手からもこちらが見えるということだ。
俺はなるべく相手の背後に回ることを目的とし、音を立てないように歩き、ときには小走りになりながら近づき、足を狙うが、相手もマルチミラーを持っているから俺が近づくと逃げてしまう。
別に引き分けでも構わないと生徒会役員室では考えていたらしいが、俺たち3人はどうあっても勝利への執念を捨てなかった。
残り1分。
また口笛を吹き右手を肩の高さで水平に翳す。すると敵が隠れているのを見つけた。場所は、俺が隠れている建物外壁の角。
ちょっと距離が長かったが、最後のプレーにするため、俺はショットガンに魔法力をいつもの2倍注入し、瞬間、自ら壁から身を乗り出し這い蹲るような格好で足だけを隠して、相手の手元を撃った。
見事射撃は成功し、相手はショットガンを手元から落とした。
落としたショットガンを拾うため、きょろきょろと辺りを見回しながら相手が建物から出てくるのが見えた。
相手の魔法陣が消えた。
よし。
俺はもう一度、今度は足元を狙ってショットガンをぶっ放した。
相手は歩けなくなり、勝敗は決した。
号笛が辺り一帯に鳴り響いた。
四月一日くんや栗花落くんが建物の陰から出て来ると同時に、京都嵐山高校の選手3人も姿を現した。
四月一日くんが満面の笑みで俺の肩を叩く。
「よく頑張った、八朔くん」
京都嵐山高校の1年生も握手を求めてきた。
「俺は神藤、こっちは玉城と逢坂だ。見事な試合運びだった。第3Gとは思えないほど魔法力が高いのだね」
まさかー。俺は決して魔法力は高くありません。デバイスのお蔭です。
・・・とは初対面の彼らに言えず、にっこり笑った。そして求められるままに3人と握手を交わした。
「ありがとうございます」
京都嵐山高校の選手と別れ、紅薔薇高校の生徒会役員室に向かった俺たち。
一応、結果の報告をするらしく、四月一日くんが先頭に立ちながら後ろを向く。
「それにしても見事な射撃だったね、八朔くん」
「ありがとう」
栗花落くんは驚いたように俺の周りを飛び跳ねる。
「あの魔法、ほら、手を翳すやつ。どこで覚えたの?」
「先輩たちと特訓してるときにテキトーに使ってみたら巧くいってさ。さっきそれを思い出したんだ」
「すごかったよ、ああ、こういう魔法もあるんだ、って」
「そんなすごいもんじゃないよ。僕が使える魔法はまだまだ弱いさ。四月一日くんの方が断然強い」
四月一日くんがお茶目な目をして、その口元には笑みが浮かぶ。
「小さな頃から、魔法を習っていたからね、僕の場合。八朔くんはこっちに来てから間もないのに、あれだけできるなんて素晴らしいよ」
俺は妙に気恥ずかしくなって俯いた。
魔法W杯 全日本編 第30章
これで俺たち1年生の出場する新人戦は、4日後のプラチナチェイスを残すのみとなった。
今のところ、アシストボールが初戦敗退しただけで、他の競技は軒並み優勝している。新人戦の優勝もあり得るかもしれない。
そういえば、八雲くんはプラチナチェイス出るんだっけ・・・。彼さえいなければ、何とかなるような気がするんだが。
そういえば、俺如きが今更生徒会役員室に顔を出すのも気恥ずかしいし、如何なものか。
が、プラチナチェイスに誰が加わるのか、それには興味がある。って、メンバー忘れただけなんだけど。
俺は宿舎の廊下をぶらぶらと歩いていた四月一日くんに声を掛けた。
「四月一日くん、プラチナチェイスって誰がサブで入るんだっけ」
「栗花落くんだよ」
「あー、良かったー」
「あ、それ、問題発言」
「そ、そう?」
「嘘だよーん。八雲なんて出したら負けるに決まってる。見た?アシストボール」
「ベンチで見てたよ・・・災難だったね・・・」
「まったく。自分本位な人間に大会出られると困るんだよ、実力が伴ってないなら、なおさらのこと」
「実力なら、お、いや、僕だってないと思うけど」
いつも俺は『俺』と言い出しそうになって慌てて『僕』に修正している。
四月一日くんは俺の言葉遣いの悪さに気が付いていないようだけど。
「君はこれからズンズン伸びていくと思うよ。特に、デバイスを必要としない魔法で」
「例えば?」
「飛行魔法」
四月一日くんは、にまっと笑って、その場で若干浮き上がる。
「君の才能は、デバイスだけで計れるものじゃない。君に自覚はないだろうけど」
「まーた、冗談ばっかり」
「僕はね、冗談は好きだけど嘘は嫌いなんだ」
四月一日くんは一瞬苦々しげな表情に変わったと思ったら、地上に軽々とした足取りでトン、と舞い降りると、スタスタと廊下の奥へ歩き出す。そちらには、俺たちの部屋と階段がある。でも、部屋の前を通り過ぎる四月一日くん。
もしかして、生徒会役員室を兼ねた601に行くのか?
でも、俺がついて行ったところで、何も言うこともなければ聞きたいこともない。
2年の先輩方は、ほとんどの種目で優勝していたし、1年だって今の段階でアシストボール以外は優勝している。
あとは明日から始まる3年の競技と各学年のプラチナチェイスを残すのみだ。
俺は四月一日くんの背中をノックして声をかけた。
「じゃあ、ここで。僕は部屋に帰るよ」
四月一日くんはちょっと不機嫌そうな口元で俺を誘う。
「今から601に行くんだ。君もこないか」
「邪魔になるよ」
「いや、君がいた方が沢渡会長も機嫌が良い。今年の第3Gは大活躍だからね」
「ということは、沢渡会長の機嫌が悪くなることを言いに行くんだ」
「当たり」
「何かあったのか」
四月一日くんは後ろを振り返り、俺と目を合わせた。
「沢渡会長がなぜ八雲を目に掛けるのか聞きに行くのさ。一応、サブで栗花落くんが入ることに決まったのは確かだけど、いつ八雲がおべんちゃらを使ってスタメンに入り込むか。僕たちスタメンだって、試合当日に八雲と交代させられるかもしれない」
四月一日くんは、どうやら八雲くんのことを心の底から嫌っている節がある。
ああ、そうだよね、あの感じじゃなー。
俺も以前、501の沢渡会長の部屋を透視したことを思い出した。
「いいよ、僕も一緒に行く」
「ありがとう、心強い」
かといって、俺は沢渡会長がとても怖い。
威圧感というか、存在感というか。
こう、会長の前に出ると蛇に睨まれたカエルみたいに。
でも、俺の存在が四月一日くんにとっての盾になるなら、傍にいてあげようと思う。
俺たちは6階まで階段で上がり、601の目の前に立つ。
生徒会役員室。
2年の生徒会副会長は六月一日先輩に代わった。
入間川先輩の話はどこにも出てこない。普通科に転科して、退学したのだろうか。それともまだ、何か再浮上するための秘策を練っているのだろうか。
俺の心の準備が整わないうちに、ドアをノックする四月一日くん。
「入れ」
沢渡会長の声だ。今は若干落ち着いているようにも聞こえるが、バトルとなると、会長は物凄く怖くなる。
「四月一日か、どうした、こんな時間に」
沢渡会長を中心に、六月一日副会長、三枝副会長、南園書記、弥皇企画広報部長が揃い踏みだった。
四月一日くんは、迷っているようにも見えたが、その実、効果的なフレーズを頭の中でシミュレーションしているのだろう。
「沢渡会長、夜分に失礼かとは存じましたが、性急なお願いがあり伺いました」
「今、明日から始まる3年の策戦会議を行っている。用件を手短に言え」
「4日後のプラチナチェイスの1年出場組のことです」
「それが何か」
「スタメンは僕、四月一日とこちらの八朔くん、南園さん、瀬戸さん、栗花落くんで間違いないでしょうか」
「そのつもりだが。栗花落の状態を見て、八雲と交代させることは考えていたが」
四月一日くんは少しムキになってきたのが見て取れる。
「サブメンバーから、八雲くんを除いてください」
でた。直球勝負。
沢渡会長は鋭い目つきで四月一日くんと俺を睨む(ように見えた)。
「理由を言ってみろ」
「アシストボールでの惨敗は、ひとえに彼の暴走に寄るものでした。ベンチにいらした会長ならお気付きになられたかと思います」
「確かに。だが、お前と瀬戸にも問題があったのではないか」
「僕と瀬戸さんがどんなに声をかけても、八雲くんは応じませんでした。それ以上、何をどうしろと仰るのですか」
四月一日くんは暴走一歩手前だ。俺が何とかしないと、会長から雷が落ちそうな予感がする。
と、沢渡会長の隣にいた六月一日副会長が、会長に声をかけた。
「会長、この二人の言うことも一理あります。会長もご覧になっていたように、アシストボールの結果は散々なものでした。戦犯が誰であったとしても、策戦を練り直さなければならないのは確かです」
沢渡会長は、六月一日副会長を信頼しているのだろう。少し雷雨顔ではなくなった。
「六月一日。お前ならどうする」
「プラチナチェイスは学校の威信をかける競技。八雲くんの能力では、プラチナチェイスを勝ち残るのは難しいでしょう。アシストボールを見る限り、団体戦に強いフィジカルの持ち主では無さそうなので、ここは外してはいかがでしょうか」
「団体戦か、なるほど、そうだな。では、マジックガンショットやラナウェイならどうだ?」
六月一日副会長は首を横に振ったまま、数秒黙り込んだままだったが、少し困ったような顔をしながら沢渡会長の問いに答える。
「マジックガンショットはまだしも、ラナウェイは3人が相互協力しなければなりません。2年生の結果もご覧になられたはず」
「そうだったな、それなら、薔薇6でマジックガンショットにでも出してはどうだ」
四月一日くんが、沢渡会長に向かって吠えた。
「ああいう人をスタメンとして出されたのでは、1年全体の士気が下がります。今後一切の競技から外してください」
六月一日副会長と話していた沢渡会長は、溜息をつきながら四月一日くんに目を向けた。
「よほど1年から嫌われているようだが、なぜだ」
「単純な答えです。彼には実力がありません」
「八朔よりは実力があると思うが。そうだとしても、お前たちは八朔を選ぶのか」
「もちろんです」
いやー、会長に言われちゃったよ、八雲くんより実力ないってさ。
ちょっとがっかり。
俺をこっちの世界に引っ張ったのは会長、あんたでしょうが。
沢渡会長VS四月一日くんのバトルは続く。
「四月一日、なぜそう思う」
「八朔くんはこちらに来てまだひと月ほど。その間の上達は目を見張るほどです。八雲くんとは比べ物になりません。その上に、八朔くんには仲間を大事にする心が備わっています」
「仲間を大事にする心、か」
何を考えているのか、沢渡会長は真下に目線を落とし、それ以上言葉を発しようとはしなかった。
とってつけたように、六月一日副会長から説明がある。
「もうサブメンバーは事務局に出してある。今更変更はできないが、プラチナチェイスに出るかどうかは、僕に任せてくれないか。今、3年の競技について最終判断をしているところなんだ。ここはもう収めてくれ」
四月一日くんはようやく引き下がるような態度を見せた。
「お忙しいところ失礼しました」
俺は何も喋る気もないし、これで帰れる。
生徒会役員室という伏魔殿を、俺は逃げだしたい気分になった。
「帰ろう、四月一日くん」
四月一日くんの腕をとる。
俺たち二人は、601を後にした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
二人とも無口のまま3階に降りて、301の部屋の前に差し掛かったところだった。
「ちょっと僕の部屋で話さないか。南園さんは601に居るから無理として、瀬戸さんや栗花落くんも呼んでプラチナチェイスの攻撃耐性について話しあおう」
え。この上、まだやんの?
そう思ったものの、四月一日くんの真顔を見ているとごめんなさい、俺は寝ます、とは言えなかった。
「もう寝る時間だよ。他の人に声掛けするのは明日でもいいだろう?僕が付き合ってあげるから。ほら、君の部屋に入ろう」
鍵を回してドアを開けながら、歯ぎしりしてる四月一日くん。
「済まない。八雲のことを考えただけで頭が沸騰しそうになるんだ」
「随分とまた目の敵にしてるね」
「おべっか使われると皆騙されるのかね、僕は嘘つきが嫌いだ。あいつのような嘘つきは最低だ」
かなり怒りを増幅させている。
普段は、本当に本当に冷静な四月一日くん。
何が彼をここまで駆り立てるのか。
ああ、国分くんの犯人は、まだ見つかっていなかった。
「もしかして、国分くんのこともあるの?」
「僕は奴が犯人だと信じて疑わない。学校の食堂が犯行場所だとするならば、奴は知らないふりをして犯行に及ぶことができる」
「でも、例えば岩泉くんとか五月七日さんとか栗花落くんだって、サブからスタメンになりたくて犯行を思い立つ、ってのはあり得る話じゃないか」
「そうだね。犯人は誰が薬物検査で引っ掛かろうが、どうでも良かった節はあるから」
「まあ、それは今考えるには時間と証拠がないからだけど。僕も八雲くんがあそこまで先輩に媚を売るなんて思ってもみなかったのは確かだ」
珍しく、四月一日くんの目がつりあがってる。これは、かなりご立腹と見た。
「僕はね、八朔くん。嘘つきも嫌いだけど、媚を売る奴が世の中で一番嫌いなんだ」
うーん、これを言ってもいいものかどうか悩んだ俺。
四月一日くんは誰よりも魔法が自在に使いこなせるから、魔法力が半端ないから、媚を売って自分をアピールする輩を許せないのだと思う。魔法力が無い人間と同等の考えに至らないということは往々にしてあり得る。
でも、俺は四月一日くんの裏側を知らない。もしかしたら、そこには人に言えない努力が隠れているのかもしれない。決して天才ではないのかもしれない。
そう考えると、むやみやたらに四月一日くんを刺激してもなあ、と感じる。
「もし変な動きがあっても、六月一日副会長が沢渡会長を止めてくれるだろうさ。僕たちにできることは、プラチナチェイスで優勝することだけだ」
四月一日くんは、やっと怒りを収めつつあるように見えたが、まだ、吠える吠える。
「そうだね、あいつが出てきたとしても、遊撃しかやらせない。チェイサーやりたいなんて言い出しかねない奴だから。でもやっぱり嫌だ。あいつとは二度と一緒に競技をやりたくない。この4日間で栗花落くんが怪我でもしたら、次は岩泉くんか五月七日さんを投入してもらうよう直訴する」
遊撃しか・・・って、俺も遊撃だよ。
遊撃のポジションを下に見るのは止めてくれ。
そんな簡単なことに気が回らない程、八雲くんの卑劣なやり方に憤怒しているのだろうか。
なんか、段々面倒になってきた。
俺は、どちらかといえば自己肯定の度合いが低い。
沢渡会長といい、四月一日くんといい、彼らの言動で元々高くない俺の自己肯定感を木端微塵に砕かれたような気分になったのは確かだ。
疲れた。
「今日はもう寝ないか。明日皆で集まって、攻撃耐性を話し合おう」
俺の言葉を聞き、四月一日くんは、やっと大人しくなった。
「そうだね、引き留めて悪かった」
やっと自分の部屋に戻ることのできた俺。リアル世界の俺の部屋鍵を使って303の部屋に入ると、すぐさまベッドに身体を投げ出した。
魔法W杯 全日本編 第31章
身体はベッドにあるものの、心が疲れすぎて眠るのに時間がかかった。
枕元の時計を見ると、午前1時。
明日から3日間は3年の先輩たちの試合だから、いくらかの寝坊は許されるだろう。
それにしても。
やはり俺はここの世界に相応しくないと思い知らされた。
何が嫌かって、俺は誰かと比べられるのが一番嫌だ。自己肯定感が低いから。
嘘をつく奴や媚を売る奴も嫌いだが、それはそれで、見なければ済む。
でも、俺を誰かと比べたり、ラインを引いて俺が上か下かを論ずる態度を見るとやる気が無くなる。
何かに似ている・・・ああ、そうだよ。両親が偏差値を基準に受験する高校を決めた時と同じだ。
もう、こんなこと辞めたい。
リアル世界に帰って母さんの小言を毎日のように聞きながら泉沢学院にでも行こうか。
今ならまだギリで留年しなくて済むかもしれない。留年したら・・・どうしようかな。
そうだ。
帰ろう。
大丈夫、俺一人いなくたって、岩泉くんがいる。彼がもしダメでも五月七日さんがいる。誰でもできる遊撃なら、こちらの世界のみんなだって困ることはない。
そうとなれば行動は早い方がいい。皆が起きてくる前に、姿を消そう。
沢渡会長なら、俺をリアル世界に戻す魔法だって知っているはずだ。あの人が俺を連れてきたんだから。
沢渡会長は今何処にいるんだろう。もう話し合いは終わったんだろうか。
右手人さし指に力を込めて、501に向けてくるりと円を描く。
どうやら、沢渡会長はまだ帰っていないようだった。
まだ601か。
なるべくみんなと顔を合わせたくはないのだが、善は急げという言葉もある。
そう。この場合の『善』は、俺がここからいなくなることだ。
沢渡会長がいるかどうか見るために、601に向けて円を描いた俺。
午前1時を過ぎたというのに、まだ話し合いは続けられていたようだった。
みんないるのか。めんどくさい。
と。
「どうした、八朔」
沢渡会長の声が聞こえてきた。
えっ?
会長、俺が透視してるのわかってるの?
「ここまで透視できるとは大したものだ」
「あ、あの・・・」
「先程のことを気にしているのか」
「はい・・・」
「八雲はプラチナチェイスに出さない。四月一日にへそを曲げられたのでは困るからな」
「そうですか」
「他に何かあったか」
俺は沢渡会長が怖い。
いざとなると、言いたいことが言えないでいた。
「あの・・・実は・・・」
「八雲と比べて済まなかった。お前の一番嫌いなことだったろう。お前は自己肯定できない性質だからな」
本質を突かれて、俺はどうしようもなく驚いた。俺の声は、1オクターブ低くなった。
「どうしてご存じなのですか」
「自己肯定できない。でもプライドは高い。それらを他人に言われることを何よりも嫌う、といったところか」
俺は半ば絶句していた。実は、全て当たっている。どうして俺の心の中までわかるんだ?この人は。
「大したことではない。お前が来る前に簡単な調査をしただけだ。とにかく、済まなかった」
ここまで言われて、生徒会長直々に謝られて、リアル世界に帰りたいと即座には言えなかった。
「お時間頂戴し申し訳ありませんでした。失礼します」
「よく休め」
また、耳鳴りがする。
沢渡会長の声は、耳鳴りのキーンという音にかき消され、透視していたはずの601も消えた。
透視して魔法力を使い果たしたのか、俺は知らないうちに眠り込んでいた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
目覚ましの音がうるさい。
どこで鳴っているんだ。
枕元にあるはずの時計を、両手を広げて探すが、すぐには見つからなかった。
頭の上に手をやると、時計があった。
俺はようやくアラームを止めて、ゆっくりと目を開けた。
自分の部屋の天井ではない。
俺はまだ、こちらの世界にいた。
ああ、そうだ。
沢渡会長に言いそびれたのだ。『リアル世界に帰りたい』と。
今日から3年生の試合が始まる。
俺は、昨日の出来事があるまでは、先輩方の応援に行こうと思っていた。
でも今は応援にすら行く気になれない。
重い腰を上げて応援に行くか、ここでこうしているか、リアル世界に戻りたいと伝えるか。
俺にとっては3択ではなく、2択だった。
ドアをノックする音が聞こえる。
誰なのかわからない。透視しようかとも思ったが、魔法を使うのが面倒だった。
「おはよう、八朔くん。まだ寝てた?」
声の主は四月一日くんだった。
寝たふりをしようか、このままベッドから起き上がろうか。
でも、四月一日くんは魔法で透視して、俺が目を覚ましていることに勘付くだろう。
嘘つきは嫌い・・・。
昨夜の四月一日くんの言葉を思い出した。
起きよう。
嘘つきのまま、ここを去りたくはない。
昨夜はジャージ姿のまま寝てしまったらしくヨレヨレのジャージ姿ではあったが、俺はドアに向かって歩き出す。
四月一日くんはいつもの爽やか少年に戻っていた。
「やあ、おはよう。昨夜は眠れたかい」
俺は無理矢理声を1オクターブ上げて元気少年を演じた。これだって、ある意味嘘なのかもしれないが。
「疲れが出たのかな、この格好のままベッドに直行したよ」
「ごめん、昨夜引っ張り回したから」
「大丈夫、気にしないでいいよ。ただ、この格好で下に降りるのは恥ずかしいから、最初に食堂で食べてて」
「OK。僕もユニフォームに着替えて食堂に行くよ」
四月一日くんを部屋に戻らせたあと、仕方なく、部屋の窓際に掛けてある紅薔薇高校のユニフォームに着替えることにした。
もしかしたら、今日で終わりになるかもしれない、このユニフォーム。
大事に扱わなければ。
ゆっくりと時間を取りながら着替えに入る。生成り色のシャツを着てパンツに脚を通してからノーカラーのジャケットを羽織り、ネクタイを締める。ネクタイはよほど華美な物でない限り、自由にセレクトできる紅薔薇高校。
今日俺は、藍色とオフホワイトのストライプ柄をセレクトした。水浅葱色の上衣に良く似合っているような気がして。
俺はわざと時間をずらすように、部屋を出るのを少し遅らせた。でも、透視術を使えばみなバレバレだ。
そうだ。姑息な手は使わず、堂々としなければ。
早歩きで食堂に向かう。
四月一日くんが食堂の窓際に陣取って、俺に手を振っている。
細かいところで傷つき、現在激オコ中な俺なわけだが、反省点は自分の中にもあるような気がしてきた。
言いたいことがあるなら、自分の言葉ではっきり言えばいい。その相手が先輩であれば躊躇もするところだろうが、同期なら遠慮はいらない。
亜里沙や明に話しかけるように、普段語で話せばいい。
この時点で、リアル世界に戻るという選択肢はなぜか消えていた、
「お待たせ」
四月一日くんは目を見張ったような、不思議な物を見ていると言った風情で俺の顔を見ている。
「八朔くん、なんかあった?イメージがいつもと違う」
「変わんないよ。それよりさ、俺のことは『海斗』でいいよ。普段から亜里沙や明はそう呼んでるし」
「あ、八朔くんの地が出た」
「だから、海斗」
「ごめんごめん。僕のことも『逍遥』で構わない」
「OK。逍遥」
「だいぶイメージが変わるよねえ、名前で呼ぶと」
「それが俺の地ずらだからさ。そういえば、栗花落くんや他のプラチナチェイスメンバーはどこ?」
「向こうにいるよ、僕たちより早く着たみたい」
「あとで集まるんだろ?」
「うん、集まって攻撃耐性の話をしないと。そうやって集まれば、八雲を入れたい会長に対抗できるかもしれないし」
俺はにやりと口元を緩め、逍遥の目をじっくりと見た。
「メンバーのことなら大丈夫。八雲くんは外すってさ。あのあと会長と話したんだ。逍遥に鼻曲げられたくないから止める、って言ってたぞ」
「あの後行ったの?」
「いいや、601を透視したら、会長が話しかけてきた。会長の魔法力、すごすぎ」
「え?601を透視できたの?」
「人がいるいない程度だけど」
「3階から6階だろ?すごいじゃない」
「そうなのか?でも、昨日会長は俺が八雲くんより実力がないって言ってた」
逍遥は突然立ち上がった。
「そんなこと無い!海斗の力は本物だよ!」
余りに目立つ。俺は逍遥を座らせた。
「おいおい、座ってくれよ。逍遥だって、万が一八雲くんが入ったら遊撃しかやらせないって暴言吐いた。俺も遊撃なのに」
「ごめん、あの時はすっかり頭に血が上ってしまって。遊撃は運動量が多いから実際には大変なんだけど、あいつのことだ、チェイサーやりたいって会長に泣きつくんじゃないかと思って」
「彼がいくら泣きついても、逍遥には勝てないってさ。大丈夫だよ、会長は嘘をつく人じゃない。ただ、少し後輩を見る目がないだけで」
「誰が人を見る目がないって?」
俺の後ろで声がする。振り向こうとすると、両耳を後ろから押さえられ身動きが取れなくなった。仕方なく、目前にいる逍遥にアイコンタクトで誰か教えてくれるように頼む。
逍遥が立ち上がり、俺の後ろにいる人たちに挨拶した。
「沢渡会長、勅使河原先輩、九十九先輩、おはようございます。今日はお三方でラナウェイに出場ですか?皆で応援に行きたいところですが、ギャラリーが認められていないのでパブリックビューイングの前で応援させていただきます」
逍遥。ナイスフォロー。
なるほど。3年の先輩方がいたか。
俺の耳を掴んでいるのはたぶん勅使河原先輩で、さっき喋ったのは九十九先輩だ。沢渡会長はこういう時、動く人ではないだろう。
勅使河原先輩が、俺の耳にそっと口を近づけて他の連中に聞こえないように囁いた。
「何を言いたいか分るけど、場所を考えろ。自分の部屋でいくらでも話せばいい」
俺は前を向いたまま動けない。逍遥は頭を下げながら勅使河原先輩たちに謝った。
「申し訳ありません、口が過ぎました」
九十九先輩の声が、また後ろから聞こえた。
「今、ここには紅薔薇しかいないからまだいいが、これがW杯予選や決勝T、薔薇6になると各校がホテルで一緒になることがある。そのときに情報戦が展開される。少なくとも、今の会話では相手に情報が漏れるぞ。それに加えて、紅薔薇は上意下達を徹底している。簡単にいえば、上級生に従わない下級生は各大会のエントリーの対象外になるということだ」
俺にはあまり関係のないことだが、逍遥にとっては違う。これからが大事だ。1年生のうちから先輩に目をつけられたのでは困るだろう。
俺たちはもう一度、謝ることを試みた。
「気が付かずに、本当に失礼いたしました」
すると、沢渡会長が他の先輩たちに声を掛けるのが聞こえた。
「許してやれ、勅使河原、九十九」
「会長。いいんですか。礼儀を知らないままでは示しがつきません」
「あとで事情は説明する。今はこの2人を解放しよう」
やはり、3年の先輩方は優しそうでいて、怖い。
魔法W杯 全日本編 第32章
俺と逍遥の2人は、そこそこに朝食を食べて食堂を出た。
「あー、怖かった―」
怖がる俺に比べ、逍遥は全然動じていない。
「上級生と下級生の示しをきちんとつけろ、ましてや命令に従えという考え方には賛成できないね、僕は」
「俺は今も膝が笑ってる」
「海斗はヘタレだ」
「まあ、そんなところだ。ところで、南園さんたちを呼びに行くか」
「海斗は女子をお願い。僕は栗花落くんの部屋に行くから」
「OK」
俺は逍遥と別れ階段を上がって4階に行く。4階は女子の部屋が並んでいる。
だがうっかりしたことに、南園さんや瀬戸さんの部屋番号を聞いていなかった。仕方なく、部屋に記されている名前を頼りに4階をうろうろしていた。
しかし、なんというか、恥ずかしい。
女子だらけの階に男がいるって、違和感ない?
「海斗!」
突然後ろから響く、亜里沙の声。俺は飛び上がらんばかりに驚いた。
「亜里沙。お願いだから吠えるのは勘弁してくれ。そういや、しばらくぶりってやつだな。この階にいる南園さんと瀬戸さんの部屋、一緒に探してくれよ」
「いいよー。なんか今日はいつもの海斗だね」
「なんだ、その『いつもの海斗』ってのは」
「リアル世界のあんた、ってこと。こっちにきてからずっと仮面つけてたじゃない」
「突然知らないところに放り込まれて『いつもの俺』は、なかなか難しいさ」
「そうかなあ。あんたヘタレだもんねえ」
「それはまたあとにしてくれ、亜里沙。頼むから一緒に探してくれよ」
「南園さんは407、瀬戸さんは410よ」
「すげっ、なんですぐ出てくんの」
「デバイス調整を各部屋でしてたから覚えてんのよ。あたしが呼んできてあげようか?」
「・・・頼む。女子の部屋ノックする勇気は俺には無い」
「まったく。ヘタレは治んないんだから」
「頼むよー」
「はいはい、ここで待ってて」
階段の踊り場に降りて、亜里沙たちが来るのを待った。
2,3分して、まず亜里沙が顔を出す。
「2人ともユニフォームに着替えてから来るって。301に集まるんでしょ?話しといたから、最初に301に行ってなよ」
「いつにも増して鋭いな」
「あんたの考えることは、ほとんどお見通しよ」
「13年くらい一緒にいるんだっけ」
「12年じゃない?保育園デビュー、あたしの方が遅かったはずよ」
「俺は1歳には預けられてたからな。母さん直ぐ学校に復帰したし」
「3年の休暇取るのもアリなんだけどね、今じゃほとんどの先生が3年休暇もらってるよ」
「わかんないな、母さんの考えてることは」
「ま、そのお蔭で早々に、あたしとあんたと明は出逢ったわけだ」
「そういうことになる」
亜里沙と話すのも久しぶりな気がする。
飛行魔法のデバイスは俺用にチューンナップされたものを以前明から受け取っていたし、ショットガンは絢人から受け取った。マルチミラーは先輩から受け取ったし。
マジックガンショットやロストラビリンス、ラナウェイはギャラリーなしの試合だった。もちろんセコンドにサポート役がつくこともなかった。
「そういえば、絢人とお前が話してたショットガン、あれって何かミスあったのか?」
「ううん、違う人のを持ってきただけ」
「なんだ、結構意味深だったから何かあるのかなーって思ったのに」
「考え過ぎよ。あんたの悪い癖」
「確かに」
亜里沙とのお喋りは、一旦休止となった。南園さんと瀬戸さんが相次いで階段を下りてきたからだ。
2人の登場とともに、亜里沙はどこかに姿を消した。
「お待たせしてごめんなさい、八朔さん」
「こっちもごめん。着替えるのに手間取っちゃって」
「いや、構わないよ。亜里沙と話してたから」
南園さんは俺の言葉を遮るように自分の言葉を被せた。
「301で四月一日さんたちが待っているから行きましょう」
俺たち3人は301の部屋の前に並んで、南園さんがドアをノックする。
中から逍遥の声が聞こえた。
「どうぞ」
部屋に飛び込む3人。
中には逍遥と栗花落くんがいた。
逍遥は本当に攻撃耐性の話をするつもりだったのか。俺はまた、先輩方に対するあてこすり、とまではいかないが、アリバイ作りなのだとばかり思っていた。
「ようこそ。ラナウェイのPVは9時からだろう?それまでここで策戦会議といこうじゃないか」
「遊撃の栗花落くんと海斗はとにかく運動量が半端ないから、魔法が途切れないようにしてくれ」
栗花落くんが初めに気がついた。
「四月一日くん、海斗って、もしかしたら八朔くんのこと?」
「そうだよ、僕は逍遥」
「なら、僕も仲間に入れて。譲司って呼んでよ」
「OK、譲司。海斗もOK?」
「もちろん」
女子が目を輝かせている。
瀬戸さんが特に。
「なんか男の友情みたいな感じ!」
俺たち男子勢は、恥ずかしさも手伝ってか、あははと大口を開けて笑った。
「あたしは?綾乃、って呼び捨てにしてもらってもいいけど、ダメ?」
逍遥は断り方もスマートだ。
「女子を呼び捨てにするのはちょっと、ね。なにか前時代的な支配みたいなものを感じるんだ。名字で呼ぶことで尊敬の念を表したい」
「瀬戸さんは呼びやすいけど、私は南園なんて呼びにくい名字だから、遥でもいいですよ」
「うーん。尊敬の念は平等であるべきだから」
瀬戸さんはただでは引き下がらない。
「でも、あたしたちが逍遥くんとか海斗くんとか譲司くん、って呼ぶ分には構わない?」
「それはもう。呼び捨てで構わないくらいだ。特にプラチナチェイスでは余程強い魔法を使える人しか離話ができないから、叫ぶしかない」
俺は離話という言葉を初めて聞いた。
たぶん、沢渡会長が601から話しかけてきた、アレだ。
「離話って、透視したときに話したりできるやつ?」
「そう。よく知ってるね、海斗。海斗の力があれば、離話も夢じゃない」
俺は首を左右にブンブンと振る。
「遊撃の動きが激しかったら、話す暇も精神力もないよ」
「問題はそこだけさ」
前にも説明したかな。陣形とは、先陣と後陣を水平垂直に見て菱形の部分を指す。
遊撃に出る俺と譲司は魔法が途切れないようにすることが第一の課題。魔法を常時注入すれば特に問題なく飛んでいられるという。
後陣の南園さんは(俺としては遥さんと呼んでもいいんだが)、敵の先陣を退けることが最大の任務だが、同時に俺たちの陣形が崩れないようにバランスを取らなくてはならない。
どちらに重きを置くかといえば先陣を退ける任務なのだろうが、陣形のバランスは非常に重要で、陣形を崩すとチェイサーの動きが止められてしまう。
攻撃耐性について、影響を受けやすいのは先陣。先陣はベストポジションに仲間を率いていく頭領だ。プラチナボールを誰よりも早く見つける技術も必要になる。
チェイサーは陣形を把握しその中でのみラケットでプラチナボールを捉まえることができる。
プラチナボールを陣形から出さないようにするのは遊撃の仕事だが、チェイサーは捕まえなくてはならない。これがまた重労働で、俺なんぞ、チェイサーは100年かかっても務まらないと思う。
簡単なようでいて、30分の制限時間内に捕まらないこともしばしばだ。
だからこそ、六月一日先輩の言った「学校の威信をかけた競技」になり得るのだろう。
メインスタジアムで行われる競技なのでギャラリーも多い。
飛行しながら行う競技ゆえにセコンドの意見は聞けない。
まったく。
スタメン5人全員参加というのが、俺にとっては一番辛いことだ。
八雲くん以外なら、誰かに変わってほしいくらいだ。
魔法W杯 全日本編 第33章
ミーティングを早めに切り上げて、俺たちは3年の先輩方の応援に行くことにした。
今日の種目はラナウェイなので、PVで観るしかないのだが。
それでも各校の応援団は吹奏楽演奏あり、チアダンスあり。
神奈川県総合体育館に設置されたPV会場はお祭り騒ぎになっていた。
沢渡会長、勅使河原先輩と九十九先輩がタッグを組んで、優勝しないわけがないと思うのだが、3年の試合はやはり違う。
各自のポジションであったり連携であったり。
1年の俺たちは、優勝したとはいえ、まだまだ連携が足りないのだと痛感させられた。
ベスト8を決める対戦の相手は黄薔薇高校。
紅薔薇の姉妹校だが薔薇6対抗戦ではいつも下位に沈んでいると聞いた。それでも、全日本高校選手権では毎年のようにシード校で勝ち上がってベスト8に顔をみせているのだそうだ。
確かに、紅薔薇と比べれば地力には劣るかもしれないが、紅薔薇をラインにしてはいけない。紅薔薇高校は、強すぎる。
沢渡会長たちはどんな相手でも全力で向かっていくため、試合を取りこぼすとは考えにくかった。
予想通り、10分ほどで相手3人を仕留め、紅薔薇はベスト8に勝ちあがった。
準々決勝の相手は白薔薇高校。
姉妹校との対戦が続く。
白薔薇高校は薔薇6対抗戦でも結構いい成績を残しているらしく、今回の目標は「全日本優勝」なのだそうだ。
今年の3年生は白薔薇高校史上最高とも言われているのだという。
2時間後、試合が始まった。
予想では紅薔薇有利だったのだが、ことのほか白薔薇戦士たちの活躍が目立ち、勅使河原先輩と九十九先輩がショットガンの餌食になってしまった。
かなりピンチの紅薔薇高校。
それでも、魔法力で圧倒的優位に立つ沢渡会長は、うまい具合に隠れて魔法陣を作っては相手の思わぬところで姿を現し、次々と敵を葬り去る。
結局、沢渡会長がハットトリックを決め、紅薔薇高校は逆転勝ちしベスト4に駒を進めた。
1時間後に、準決勝が始まった。今度の対戦は京都嵐山高校。
昨年の準決勝カードだ。
さすがに紅薔薇高校のポジション取りは堅実かつ一転して攻撃に移れるような布陣をしいており、京都嵐山高校に圧力をかけていく。
しかし、デバイスの技術は高かったし、選手互いのターゲットを別々に設定するという変わった連携の仕方で、沢渡会長たちも面喰ったようだった。
最後はバラバラに動いていたこちら側の3人が一カ所に集まり敵を騙し、一気に爆発させる戦術を成功させた。
焦った京都嵐山高校の裏をかき、30分ギリギリで勝負はついた。
早いもので、試合は決勝を残すのみとなった。
今年は札幌学院高校と優勝を目指して争う。
札幌学院の選手は皆、走り込みを続けているらしく、逃げ足がとても速い。笑いごとではない。逃げる戦法というものがあるのだ、と俺は初めて知った。
追いかける紅薔薇高校は、焦りも手伝ってか、九十九先輩が相手の術中に嵌り、最初にショットガンを足に撃ちこまれた。
と、驚くべきことに、札幌学院と同じように、紅薔薇も逃げる策を巡らしてきた。
一時は膠着状態に陥るかと思われたが、そこは沢渡会長。
逃げると見せかけて相手を観察し、的確な指示のもとに勅使河原先輩がショットガンを放っていく。
引き分けに終わるかと思われたその時、沢渡会長と勅使河原先輩が同時に敵を仕留め、紅薔薇高校3年生は、見事ラナウェイで優勝を飾った。
「やった!」
PVの前で、俺たち紅薔薇高校のユニフォームを着た選手団が歓喜の声をあげた。皆、飛び上がって喜んでいる。
もしかしたら、俺たち1年生の新人戦のときも喜んでもらえたのかなと思うと、素直に嬉しい気がした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
その晩は、宿舎の食堂でラナウェイの試合が全日程を終了したということで、祝勝会が開かれた。
2年は準優勝、1年新人戦と3年は優勝。総合優勝に向けて幸先の良い一歩を切ったと先輩たちも喜んでいた。
皆でジュースを持って乾杯をする。乾杯の音頭は、沢渡会長が務めた。
「ラナウェイの競技が終了した。選手、サポーター、生徒会役員のみんなが一体となって掴んだ結果だ。今晩はこの余韻に浸り、明日から気持ちを切り替えてまた頑張ろう、乾杯!」
「乾杯!!!」
俺は食堂の隅で1人ひっそりと佇んでいた。
逍遥や譲司は2,3年生の先輩に呼ばれ輪の中に入っていった。南園さんや瀬戸さんも五月七日さんと女子連中で固まって食事を摂っている。
まさか、ここでアンフェタミンを食事や飲み物にいれる馬鹿もおるまい。
八雲くんは相変わらず3年生の先輩たちに媚を売って、笑いながら話している。
岩泉くんは自分が沢渡会長に嫌われていることを誰からか聞いたのだろうか、食堂には姿を見せなかった。
姿が見えないと言えば、1年サポーターの3人、絢人、亜里沙、明は、明後日のプラチナチェイスしか競技が残っていないにも関わらず姿が見えない。3年生の競技に駆り出されているのだろうか。
なんとまあ、人使いの荒いこと。
というわけで、俺はのんびりと夜食になる物を近くのテーブルから取って食べていた。別に、1人でいても気にならなくなった。
成長したのか、なんなのか分らないが。
そのときだ。
また、刺すような視線が俺の背中に突き刺さった。慌てて周囲を見渡すが、誰も俺の方を向いているものはいない。
気のせいか?
いや、違う。
以前朝に食堂で感じたものと同じ。
たぶん、視線の主も、同じ。
俺は身震いがして、気持ちが悪くなった。
今ならこっそりと自分の部屋に帰っても大丈夫だろう。
食堂を出ようとした俺。
すると、ぬっと誰かの腕が伸びてきて、俺は右腕を掴まれた。
「ぎゃっ!」
「ギャッはないだろう、前を見て歩け」
それは沢渡会長だった。
「どうした。帰るのか」
俺は本当のことを言っていいものかどうか悩んだ。折角の祝勝会。
・・・事実をいうのは止めた。
めでたい席で辛気臭いことをいうのは憚られた。辛気臭いと言うのは方言なんだろうか。そんなどうでもいいことが頭の中を駆け巡る。
「少し疲れたので。部屋に戻ってもいいでしょうか、」
「そうか、ゆっくり休め」
「はい、ありがとうございます。では、失礼します」
もう、あの視線は感じない。
俺は早々に食堂を抜け、303の部屋に戻った。
ユニフォームからジャージに着替えると、ベッドに倒れ込む。
もう、気持ち悪さはない。
俺が今考えるのは、あの視線の主。
誰だ。
1年生だとばかり思っていたが、違うのか。
しかし、2,3年生に恨まれる理由が見つからない。入間川先輩ならまだしも。
八雲くんなら俺を恨む理由もあるが、彼はずっと先輩方の中で談笑していた。
女子たちは俺を恨むもくそもないだろう。
逍遥や譲司。仲良くなるふりをして・・・というのはあり得ても、あの2人は当てはまらないような気がする。
残るは岩泉くん。もしかしたら、一度食堂に来たのかもしれない。それなら話は早いんだが。
考えても仕方ない。
国分くんを陥れた犯人は、次に俺か譲司あたりを狙いたいのだろうか。
逍遥はレベルが余りに違い過ぎる。近づけば、逆に返り討ちに遭うに決まっている。
こんなとき、どうすれば・・・。
あ。
透視を使えばいいのか。
岩泉くん、悪いが君の部屋を透視させてもらうよ。
俺は308の彼の部屋を目掛けて右手で丸を描いた。
頭の中に、岩泉くんの様子が浮かぶ。
岩泉くんは失意のどん底にいるように見えた。目は虚ろで、覇気がない。
それもそうだ、サブとして名を連ねたはずなのに、実力は逍遥よりは劣るものの一定水準を上回っているはずなのに、試合には一切出してもらえなかった。サブ以外の八雲くんまで試合に出場したというのに。
自分で馬鹿な真似をしたことを反省しているのだろうか。それとも・・・。
「岩泉くん」
俺は自分でも知らないうちに、彼に向かい語りかけていた。
「誰?どうして声が聞こえるの?幻聴?僕はどうかしてしまったの?」
「違うよ、岩泉くん。八朔だよ」
「八朔くん?どうして君の声が聞こえるの」
「僕にもよくわからない。離れた人と会話できるようになったみたい」
「離話できるの?君」
「どうやらそうらしい。君も離話できるんだね」
「僕の得意魔法だから。離話してるということは、透視してるんでしょう?」
「ああ、そうだ。君に聞きたいことがあるんだ」
「何?サブなのに試合に出れなかったこと?」
「違う。それ以前の問題だ。君は本当に薬物入りのドリンクやサプリを用意して他の1年の子に渡していたの?」
岩泉くんは、はっとした表情で俺の方を見たが、質問に対する答えは無かった。
それは罪を認めたも同然だった。
俺としては、岩泉くんを責めるつもりは毛頭ない。
「そうか。なぜそんな真似をしたんだい」
おどおどとした目を、こちらに向ける岩泉くん。
「試合に出たかった。僕ならスタメンになれると思っていたから、魔法力の強い人を排除したかった」
「排除、か。君の愚かな行為が、今は君の首を絞めている。君はこんなに力があるのだから、正々堂々としていればいいんだよ」
俺は優しくいったつもりだったが、言葉にとげがあるように感じたらしい。
「どうせやったってやんなくたって、沢渡会長は僕を嫌っているんだ。だから試合に出れない」
「そんなことはない。会長の前で全て話し謝罪したうえで、もうあんな真似は止めるんだ。そして魔法に磨きをかけることだけに専念すると約束して」
俺の言葉にやっと素直に反応した岩泉くん。
「・・・君はどうしてそんなに優しいの。皆、僕を嫌っているのに」
「第3Gだから。皆のことを平等に見れるんだよ」
やっと、岩泉くんの目に希望の灯りが灯ったように感じた。
「今からでも間に合うかな、皆、僕のことを信じてくれるかな」
「やってみないとわからない。でも、君には実力がある。これだけは確かだ。だから、もう周りに気を遣うのも排除するのも止めて、自分のことだけ考えなよ」
「どうすれば自分のことだけ考えられるの。僕にはわからない」
「魔法力を強化することだけに集中すればいい。きっと実を結ぶから」
しばらくの間、岩泉くんは黙ったまま、前を向いていた。
そして、コクンと頷いた。
「うん、君を信じてやってみる」
「岩泉くん。1人になる怖さを克服するんだ。1人でも歩いて行けるように」
「君はどうしてそう強いの」
「1人になる怖さを克服したのは確かだ」
「そうなの?もし、僕が不安を感じたら離話していい?」
「もちろん。今日はゆっくり休もう。陽はまた昇るから」
俺は岩泉くんとの離話を終わらせ、またベッドに転がった。
魔法W杯 全日本編 第34章
やはり、あの視線は岩泉くんではなかった。彼は1人になるのが怖くて、食堂に顔を出せなかっただけだ。
誰なんだろう。
あの、俺の全身に絡みつくような、ぞくっとする視線。
それも、2回も。
それとも、2回とも俺の思い過ごしなのか。
透視で何とかなるものなら何とかしたと思う、咄嗟に。でも透視できるようなシチュエーションでもない。同じ空間に居るのだから。
然るに、あの目は、俺に恨みを持つような視線だった。
なんだろう、やはり、第3Gを葬り去りたいのか。
俺が原因でサブにも選ばれなかった生徒が俺を恨むならわかる。
実際、少なくとも1人はいたはずだ。サブになり損ねた生徒が。
でも、あの食堂にはサブを含めた選手とサポーター、生徒会役員、事務局関係者しか参加してなかった。
俺を恨むべき人間は、あそこにいるはずがなかったんだ。
疲れた。
このところ、俺の神経質細胞がまた活発化してきてるような気がする。
そうだよ、岩泉くんには言わなかったけど、俺は強くもないし、ただ単に神経質なだけなんだ。
亜里沙や明には昔から言われてた。海斗は神経質だ、って。
仕方ないべよ、それが俺、八朔海斗って人間なんだから。
こうしてると、またなぜなぜ時間が押し寄せてくる気配が蔓延中。
ここは素直に・・・寝るとするか。
いつもより寝るのが早いけど、明日早く起きたらストレッチとジョギングでもしてくるさ。
過去の俺には考えられなかったことだ。ストレッチとジョギングなんて。
ただでさえ運動神経マイナスの男だったからな。
眠りに就こうと部屋のライトを消した時だった。
コンコン、コンコン。
ドアをノックする音が聞こえる。
こんな時間に誰だ?逍遥か譲司?それとも、亜里沙か明?
ともかく、一度ライトを点けてベッドから起き上がった。
ドアノブを引っ張って廊下を眺める。
・・・誰もいない・・・。
止めてくれ、自慢じゃないが、俺は幽霊とかお化けの類いは大の苦手なんだ。
南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏・・・。
怖くて俺は、部屋のライトを点けたまま布団を被る。あのゾクリとするような視線が俺を縛っているわけでもない。
身も心も疲れていたのだろう。
幽霊が怖いとかほざきながらも、俺はすぐに眠りに就いた。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌朝。
今日は5時に目が覚めた。
今日は3年の競技2日目。俺たちは軽い調整だけで、今日も練習はない。
先輩たちが挑む競技は、ロストラビリンスとマジックガンショット。
ロストラビリンスは3年の女子の先輩方が出場すると聞いた。やはり、優勝候補なのだという。
マジックガンショットは、定禅寺先輩と斎田先輩、上杉先輩が出場する。こちらも何の心配もいらないだろう。何かアクシデントでもない限り、優勝という位置づけは揺るがない。
俺は朝食を摂る前にジョギングに勤しもうと、パジャマ代わりの黒のジャージからお出かけ用ヘザーグレーのジャージに着替えた。
お気に入りの黒いシューズを履いて、フロントに降りた。リアル世界から持ってきたやつだ。
鍵を預けようと思ったが、これは元々リアル世界にあった俺の部屋の鍵。フロントに預けたら戻ってこないような気がして、止めた。
外に出て、空を見上げる。青い空。まだ早い時間なのに、遠くには白い入道雲の赤ちゃん雲がこれから大きくなるぞと告げている。
もう、夏がそこまで来ている。
俺は宿舎を足早に出ると、5分ぐらい速足のウォーキングをしたのち、徐に走り出した。
ホテルの周りを周回して、次に横浜山下公園の方に足を向ける。
俺の走る速さはといえば、ゆっくりとウォーキングを楽しむ皆さんよりも少し速い程度。それ以上速くは無理だ。
ここらが運動神経マイナスの男たる所以でもある。
汗をかくのは苦手だけど、何も考えずに走れるから、悩み事があるときにはちょっとした気分転換にもなる。昔だったら「ジョギング?やだよー」と思ったものだが、今は身体が慣れて、たまのジョギングを楽しむ自分がいた。
継続は力なり。
お蔭様で、デバイス2つを組み合わせれば飛行魔法で飛べる時間も以前より長くなっている。まあ、未だにひとっとびでは30分が限度だけど。
まだ早い時間帯。
横浜山下公園の中でも走っている人はいたけれど、俺は逍遥に言われたバングルなしの飛行魔法を試してみようと思った。
右手に神経を集中させて、下から上に人さし指で線をなぞるように静かに動かす。
すると、身体に揺らぎを感じた。
しかし浮き上がるまででもない。
授業で先生が言っていた言葉を思い出した。
そうだ、助走付けてからジャンプして浮き上がるって言ってた。
俺は少しダッシュで助走をつけてジャンプすると同時に右指を動かす。
ダメだ。ジャンプするための助走と手の動きが合わない。
何度か助走しながら試してみたが、上手くいかない。
逍遥は魔法力があるからすんなり飛べるのだろうか。それとも練習の賜物か。
助走しての飛行が俺には合わないのか。
俺は助走するのを止め、息を整えながら身体の力を抜く。
そしてもう一度、立ったままで右手に力を込めた。
身体に揺るぎを感じるとともに、地面から10cmほど浮き上がった。浮き上がったまま、もう一度逍遥のように右手で下から上に指で倣う。
今度は1メートルほど浮き上がった。右へ左へ、前に後ろに、指を動かして浮き上がった身体を移動させた。
狙い通りに身体が動く。
よし。
あとは、もっと高く飛ぶだけ。
下から上に指をなぞると、3mほどまで浮き上がった。プラチナチェイスは地上5mほどの高さで行われるので、あと少し。
何回か下から上に指を動かし続けると、5mほどまで届いた。
その場で上下左右に動けることを確認し、俺は一旦地上に降りた。
地上に降りてから、再度挑戦する。
今度は端から5mまで浮き上がることができた。もう少し。
国分くんの家に行った際には、逍遥は一度に地上10mほどまで浮き上がったから、俺も真似してみようと思った。
また地上に舞い降りる。
そして、今一度指を動かした。
今度は勢いが増し、一発で地上10mくらい浮き上がることに成功した。
空中で上下左右前後の動きを確認し、動きに無駄な力が入っていないことを再確認して、ゆっくりと地上に降りた。
よっしゃ。
成功。
俺はもう一度浮き上がり宿舎を目指そうと思ったが、俺の場合、飛行魔法で飛んでいると下から見える。逍遥は“とっておき”の魔法で下から見えないようにしていたから2人とも無事に動けたけど、今の俺にはまだ無理のようだ。
“とっておき”の魔法を、あとで逍遥に教わってから飛行魔法を試そうと思う。
俺は来た道を引き返し、ゆっくりとしたジョギングで宿舎まで戻った。
宿舎に戻ると、起き出してきた人たちが多かった。足早に303に入ると、スマホの時計は7時を指していた。
もう、皆起きて食堂に向かっている頃だろう。
俺は軽くシャワーを浴びて汗を流し、ジャージ姿で食堂へ向かった。
宿舎にきたばかりの頃はバイキング形式の朝食もほとんど摂れなかった俺だが、この頃は、やっと真面な飯をセレクトできるようになっていた。
とはいえ、今日も、パンとレタスサラダと野菜ジュースだけではあるけれど。
トレーを持って辺りを見回した。逍遥や譲司は、いない。自分で適当に席を選び、食堂入口が見えないところに座った。
入口が見える席だと、どうしても出入りが気になって入り口を凝視してしまうから。
あるよね、そういうこと。
ゆっくりとパンをかじっていると、後ろから肩を叩かれた。
誰だろうと振り返ると、そこには岩泉くんがトレーを持ちながら立っていた。
「おはよう、八朔くん。隣、いい?」
「おはよう、岩泉くん。どうぞ、空いてる」
岩泉くんは最初にトレーをゆっくりとテーブルに置いて、自分は立ったまま辺りを見回す。
「今日は早いんだね、他のメンバーと一緒じゃないの?」
「朝早く目が覚めたから外に出ていたんだ。みんなもう着てるモノだとばかり思ってた」
「四月一日くんたちはもっと遅いよ。僕は皆と会わない時間帯を選んで食べに来ていたから・・・」
「そういえば、食堂で君を見たのは初日くらいだったかも」
「皆に合わせる顔が無くて」
「そう必死に考えることもないさ。要は、これから何をするかだよ。お互い、己の技を磨いていこう」
「うん・・・。本当に、君は強いね」
俺は“そんなことはない”と口から出かけたが、声に出すのは止めた。
岩泉くんは自分で壁を突き破らなければならない。俺が強そうに見えるのなら、真似ればいい。俺が岩泉くんにしてあげられるのは、ここまで。
1人で行動することが苦手な俺だけど、それ以上に仲間意識だけでいつも一緒につるんで歩く高校生は嫌いだった。嫌いというより、ホントは泉沢学院でやろうとしたができなかった、の誤りだな。
事実、中学までは亜里沙や明とつるんでいたわけだし。
岩泉くんは食欲もないのか、トレーの上には野菜ジュースだけ。
さすがに心配になる。
「それだけで大丈夫?」
俺も誰かに言われたような気がするフレーズ。
岩泉くんは力なく頷く。
「食欲が湧かないんだ。こっちに来てから」
「そうか。ああしろこうしろとは言えないけど、身体を調子のいい状態にしておくことは大事だと思うから、食べられるときは食べなよ。お菓子でもなんでもいいからさ」
「ありがとう、心配してくれるのは君だけだ」
「そんなことないよ。みんな、君のトレー見たら同じこと言うと思うよ」
魔法W杯 全日本編 第35章
時間も良いくらいになったのだろう。食堂には人が増えてきた。
「それだけで大丈夫なの?」
そういいながら俺たちの前に立ったのは逍遥だった。
自分は俺の前に席を取りながら、岩泉くんのトレーを見て、俺と同じフレーズを繰り返す逍遥。
「いつもはもっと食べてたじゃない。寮でも」
「うん・・・」
岩泉くんは逍遥の顔を見ると、反射的に下を向いたようだった。
「それじゃプラチナチェイスのサブになれないから、もっと食べなよ」
逍遥は結構な爆弾発言をかます。おいおい、大丈夫か?
「万が一スタメンに何かあったら、サブで加入するのは君なんだから」
岩泉くんが顔を上げた。
「え?」
逍遥は満面に笑みを湛え、岩泉くんを鼓舞するように語った。
「八雲なんかにメンバーに入られてたまるか。君は充分に反省してる。だから、僕は君を強く推薦するつもりでいる」
「そんなことできるの?会長が人選を決定するんでしょう」
「もちろん、スタメンがうまく機能すれば君に出場の機会はないかもしれない。でも、100%でない限り、サブは必要なんだ。さっきも言った通り、僕は君を強く推薦する。ね?海斗」
俺に話しを振ってきたか。
逍遥は俺がリアル世界に戻ってしまいかねないことを知っている。だからこそ、岩泉くんにはいつでもメンバー入りできるくらいの体調でいて欲しいのだと思う。
俺は隣の岩泉くんの方に身体ごと向き直った。
「そうだね、君がいないと、サブは五月七日さんしかいなくなる。俺も逍遥も、八雲くんのメンバー入りには強く反対しているんだ」
「どうして?」
逍遥は眉を吊り上げて、滔々と捲し立てた。
「彼の性格や、あの胸くそ悪いアピールを差し引いても、結局彼には実力がない。実力がない上に自分一人でメンバー全員をかき回す。自分が一番だと思っているんだよ、彼は。昔の君のようにね」
おいおい。そこまで言っていいのか?
俺にフォローしろってことなのね、はいはい、わかりました。
おどおどしている岩泉くんに、静かに告げる俺。
「俺は君の過去をあまりよく知らない。人づてに聞いた程度。でも今の君は違うと思ってる。今の君はメンバー入りするのに必要な条件をクリアしてると思うよ」
岩泉くんの目には涙が溜まり、今にも溢れそうだった。
「あんなことをした僕を許してくれるの」
逍遥は吊り上げていた目を元に戻していた。
「もちろん、犯した罪は消えないから償わなくちゃいけない。でも、改心して二度としないなら、そこには更生の道が開かれるに値する」
俺も逍遥の考えに賛成だった。
「俺も逍遥の言うとおりだと思う。罪を認めて償いながら、魔法という技を極めていくべきだ。君には才能があるんだから、こないだも言った通り、会長の前で全て話し謝罪することから始めればいい」
「才能なんて・・・」
また、下を向く岩泉くん。
俺は隣の岩泉くんを見ながら続けた。
「努力なしの才能なんてこの世に有り得ないだろう?逍遥だって、陰では努力してると思うし、俺だって今自分に出来得る限りの努力をしてるつもりだ。君は努力という形で更生していくべきじゃないのかな」
逍遥も向かいで激しく頷いている。
「そうだよ、だからスタミナつけないと。今は無理でも昼。昼は無理でも夜。今日がダメでも明日。明日がダメでも明後日。すぐには無理でも近い未来。そうやって、前を向こうよ」
ついに、岩泉くんの顔は涙でぐちゃぐちゃになった。
何度も俺たちに謝りながら、頷く岩泉くん。
逍遥も俺も言わなかったけど、沢渡会長の決定は覆らないかもしれない。八雲くんが見て見てアピールを続ける限り、会長は騙されたままかもしれない。その確率はかなり高い。
でも、焦らず腐らず努力することで、岩泉くんはきっと更生できる。そうすれば、周囲から認めてもらえるようになるはず。
もし俺がこの世界から急に消えても、みんなが困らないように・・・。
気が付けば、逍遥は自分の朝食に手を付けていなかった。
「逍遥、君も落ち着いてそれ食べないと」
俺の指摘に、逍遥も気が付いたようだった。
「ほんとだ。今何時?」
「8時」
「いけないっ、今日もこれから3年の応援に行かないと。ね、君らも行くだろう?」
俺は軽く頷いた。
「俺は行くよ。岩泉くんはどうする?」
岩泉くんは目を真っ赤にし、泣き腫らしていた。
「この顔で皆の前に出るのも恥ずかしいから、行くなら午後からにする」
逍遥は手を止めながら頷く。
「そうか。出れるときには君もPVの会場に出ておいでよ」
「うん・・・。ホントにありがとう」
岩泉くんはトレーを返却口に返すと、少し肩を落としながら前屈みになり食堂の出口に向かった。
今日、岩泉くんがPV会場に現れるかはわからない。
でも、これから彼が変わっていってほしいと心から願う俺がいた。
岩泉くんがいなくなってから逍遥は急いで朝食を平らげ、俺と逍遥は県総合体育館内のPV会場へと向かった。
試合は午前9時から。PV会場は今日もお祭り騒ぎだった。
ロストラビリンス。
この種目は紅薔薇高校が優勝候補の筆頭に数えられていたのだが、ベスト8を決める試合とベスト4を競い合う試合では、毎回30分ギリギリでの通過になっていた。
生徒会役員はPV会場に来ていない。
たぶん、601で透視をしているか、試合の様子がわかるモニターが設置されているのだと思う。俺たちの時もそういうことはなかったので、離話で話しているとは考えにくいが、やろうと思えばできるんだよね。沢渡会長。
結局、準決勝で紅薔薇は敗退し、ベスト4止まりになった。
試合を終えた3年生の表情は一様に硬く、悔しそうに下を向く先輩や涙を流す先輩もいた。優勝候補の筆頭だったからこそ、この結果を受け入れ難かったのだろう。
俺と逍遥は一度会場を出て、歩いて宿舎へと向かう。
午後の試合開始は1時。
それまでに昼食を食べる予定だ。
宿舎へと歩きながら、逍遥は首を傾げてばかりいた。
「なんでああいう戦法を採ったんだろう。あれじゃ迂闊に前に進めないよ」
実際に試合に参加した俺でも、戦法に疑問は残る。
「3人が3人ともバラバラなのが裏目に出たような気がする」
「だよね、その間に2人一緒の組は難無く迷路を抜けてしまった」
「こういうこともあるんだなあ。先輩たち、悔しいだろうなあ」
「生徒会役員たちは今頃慌てて順位計算をやり直してると思う」
「総合順位のこと?」
「そう。これで午後のマジックガンショットは必ず優勝しないと、ぶっちぎりの優勝から遠のく」
「ギリギリだって優勝すればいいのでは?」
「いや、総合優勝した学校は、秋に予定されてるW杯に出場しなけりゃならない。日本でギリギリの勝利じゃ、W杯は予選で負けちゃうよ」
「魔法W杯って毎年あるんだ」
「うん。今回のポイントで予選のグループが決まって、予選を勝ち抜いた国が決勝ステージに行く。予選の参加国は100以上あるから予選を勝ち抜くのも大変だけど。去年は予選敗退したし」
「あれ、そういえば、GPSって大会と被るんじゃないの」
「いや、GPSは10月から始まるけど、W杯は予選が7月で、決勝トーナメントは9月に行われるから」
「ん?薔薇6はいつ?」
「薔薇6は夏休み中の8月だから被らないよ」
「結構タイトなスケジュールなんだね」
「休めるのは4月と5月くらいかな。それだって試合がないというだけで。4月の入学時と5月の最初に魔法テストがあって、そこで各競技会のエントリー選手を決めるんだ」
俺は目を丸くした。スゲー、タイト過ぎるスケジュール。
「まったく休む暇がないの?大変じゃないのかな、特に1年は」
「試合がないだけでも、4月5月は天国だよ」
「1年って、まだ魔法力が定まらないんじゃないの」
「魔法高校に入る輩は、小さい時から魔法を勉強してるから。魔法力もある程度は安定してる生徒がほとんど。君のように短期間で魔法が上達する例は稀有だね」
「第3Gは引き抜いてみないと実力がわからないんじゃないのか」
「そりゃそうだ。今年のように5月に1年生を引き抜いて、試合に出場させるのが稀なんだよ。普通は2年とか3年まで魔法練習したりするんだって」
「そうなんだ」
「君は異例中の異例というわけさ。沢渡会長直々に引き抜いたという噂だし」
今度は俺が首を傾げる。
「直々?」
「生徒会で推薦して、最終的に会長が判断するのが通例。でも、今年は会長が直々に君を見つけて、生徒会で最終決定したらしい。とはいっても、会長に意見することはできない。この世界では、会長の権限が絶大なんだ。だから八雲のような阿呆が出てくるのさ」
「外で上級生の悪口言うなと脅されたぞ」
「怖くなんかないさ。僕は別に生徒会に入りたいわけでもないし」
「八雲くん、副会長の座でも狙ってんの?」
「たぶん。あいつが副会長なんて笑わせてくれるよ」
ようやく俺は合点がいった。
入間川先輩は魔法力に長けていたわけではなく、ごますりで前生徒会長に気に入られただけなんだろう。そして副会長に任命された。沢渡会長は、そんな入間川先輩を信用していなかった。で、競技会に出場する選手としてのエントリーを見送った。
そんな沢渡会長が見つけてきたのが俺だったから、入間川先輩は俺に辛く当たったのだ。
「なーんだ」
「どうかしたの」
俺は入間川先輩との確執をざっと逍遥に話した。
「なるほどね、あの副会長もそういう輩だったわけだ。来年は六月一日副会長が生徒会長になると思うから八雲のいいようにはできないと思うけど、今年度中に来年度の体制が決まるから、沢渡会長がどう動くかで変わってくるんだよ。情けないよね、八雲が生徒会に入る様じゃ」
「それ以上は僕らの部屋で語ろう。ここではマズイ」
「了解。君はよほど沢渡会長が怖いんだな」
「そりゃもう。蛇に睨まれたカエル状態」
あははと笑う逍遥。
俺からしてみれば、どうしてそんなに怖くないのか聞いてみたいほどだ。聞かないけど。
聞いたところで俺の沢渡会長への畏怖が無くなるわけじゃない。
魔法W杯 全日本編 第36章
俺たちは一度宿舎で昼食を摂り、3階に上がった。
逍遥が、自分が泊まっている301の部屋で、601の様子を透視したいと言い出したのだ。
逍遥は少し意地悪そうな目つきで俺を見る。
「これで601に八雲がいたら笑っちゃうね」
「まさか。1年のサブごときが入れる部屋じゃないだろ」
「見て見ないとわかんないな、こればかりは」
「俺、前に透視した時会長に見つかったよ、大丈夫なの?」
「“とっておき”があるから」
「君の“とっておき”は、いくつあるんだ?」
「さあねえ」
事実、逍遥の魔法力は3年の先輩方を凌駕しているのではないかとさえ思う。
本来なら、来年は逍遥が生徒会に入り副会長の役目を任されるべきなのだろう。女性副会長は南園さんでほぼ決まりだから。
逍遥は生徒会に興味がないようだが、この魔法力とメンバーを統率する力、ひいては全体の最終決定を行う判断力を持ち合わせた品性は、この男を将来的に生徒会長に据えた方が良いのだと物語っている。
逍遥が生徒会に入らないのだとしたら、それは紅薔薇高校にとっての損失に繋がると思う。
沢渡会長は、誰を副会長に選ぶんだろう。
そんなことを考えながら、俺は隣で601を透視しようとしている逍遥に目を向ける。
鼻歌を歌いながら右手をくるくる回している逍遥。
くれぐれも、沢渡会長には見つかってくれるな、と俺は願っている。
しばらく、ふんふん、ほーと独り言を呟いてた逍遥が、ピタリと言葉を発しなくなった。
どうした。
沢渡会長にでも見つかったか。
その後、何故か挑戦的な目つきになった逍遥は、黙ったままじっと一点を見つめている。
何事かと聞こうとした俺の顔の前に右掌を当てた逍遥。何も聞くな、というサインだ。
俺は俺で、透視すればすぐに会長に見つかりそうなので、逍遥の部屋の中を観察していた。
俺の部屋とは違い、整頓されている。バッグも放り投げられておらず、ジャージ類もベッドの上に投げ出されていない。
ってか、俺の部屋が汚いだけか。それでも明に比べれば俺の部屋は綺麗なはずだ。
そういえば、明、今頃何処で何してるんだろう。
この頃全然会っていない。
PV会場にも姿を現していない。ロストラビリンスはデバイス関係ないと思うんだが。透視できるデバイスなんてあるのかな。
それとも、午後のマジックガンショットの調整があるのかな。
逍遥といるのも別に嫌じゃないけど、たまには幼馴染の顔も見たいもんだ。
しばらく息もせずに一点を見つめ続けていた逍遥が急に笑い出したので、俺は吃驚(びっくり)した。
「何かあったの?急に笑い出して。吃驚した」
「いやー、悪い悪い。いろんなものが見えたなと思って」
「何が見えたのさ」
逍遥は、目をくるくると見開き悪戯(いたずら)っぽい少年のような顔つきで俺の目を見る。
「知りたい?」
「そりゃもう」
「まず、君の幼馴染がいた」
「亜里沙?それとも明?」
「2人とも」
「なんでだ?逍遥は601の会話聞こえたの?何話してた?」
「会長が他のブレーンを退出させてまで話してた。声までは聞こえなかった」
「声を消す魔法なんてあるのか?」
「ないかな。たぶん、障壁を作る魔法だと思う。ほら、国分くんの家に行くときに僕が使っただろ、あれさ」
「“とっておき”か」
「そう。口元にも障壁が2重3重に巡らされてて、読唇術も使えなかった」
「あいつらが会長と懇意とは知らなかった」
「でなければ、直属で指揮系統があるのかもね」
「あいつらに何かさせるってこと?」
「うーん。どうだろう、1年の、それも第3Gのサポーターでしょ?もしかしたら、君が突然消えないように何か策を練ってるのかも」
結構、第3Gを下に見る傾向がある逍遥。
ま、仕方ないッちゃ仕方ないけど。亜里沙と明は俺のせいでこっちに来てるんだから、あまり馬鹿にしないでほしい。
で、突然黙ったのは話が聞こえるんじゃないかと耳を澄ませた行為だったわけか。
じゃあ、最後に笑ったのは?
これも透視した本人に聞くしかあるまい。
「最後、なんで笑ったのさ」
「ああ、八雲が入ってきたんだ、601に」
「八雲くんが?」
「皆さんでどうぞ、お裾分けです、って差し入れ持ってね」
「あれ、それって目上に対して使わない言葉じゃないの」
「お福分けならまだしもさ。あいつ、やっぱり馬鹿だ」
「すっかり生徒会メンバーにでもなったつもりでいるんじゃないか」
「ホント、馬鹿嫌いの沢渡会長が、すっかり籠絡されてるんだから」
この部屋で話すなら、いくらでも上級生の悪口言っていいよ。
どっちかっていうと、俺は先程の亜里沙たちの話の方が聞きたいんだけど。
でもここは逍遥に合わせることにした。なんでかな、こう、逍遥も怒ったら凄いような気がして。
「副会長狙うなら、沢渡会長には阿諛しとかないと」
「阿諛ってなんだっけ」
逍遥が人にモノを聞くのはとても珍しい。
俺は簡単な言葉を選んで説明する。
「相手にへつらうことさ。この場合、八雲くんが沢渡会長に媚びへつらってるだろ」
逍遥は再び目をくるくるさせる。
「そう言う意味なのか。初めて聞いた」
「で、その後は会長と八雲くん、何か話してんの」
「すぐ八雲を601から追い出した。ミーティングあるから、って。本当にミーティングがあるのかは謎だけど」
「じゃ、生徒会メンバーはまた部屋に入ったんだ」
「うん。入った。ポイント計算してたのは事実みたいだから」
601の話はそこで終わった。
逍遥は八雲くんのことを大嫌いだというのも、あらためて理解した。
うん、袖の下使うのは反則だろうと俺も思う。ずる賢いというか、なんというか。
そういえば、昨今袖の下を使って裏口入学などという話も聞かなくなったが、今でもあるのだろうか。
でもでも。
裏口入学がばれたら、子どもはもう学校にいけないだろ?恥ずかしくて。
そうなれば退学する。
退学時に何年生かは計算に入れないとしても、子どもの人生狂わせた馬鹿親ということになる。
やっぱり、裏口入学なんてするもんじゃない。
ぼーっと考えてる俺の耳を、逍遥が引っ張る。
「それじゃ、午後の部の応援に行きますか」
「岩泉くんはどうする?」
「今の状態では応援も無理なんじゃないか。さっき本人を元気づけはしたけど、沢渡会長は決定事項だと言ったんだから、僕らがどう足掻いても全日本における決定は覆らないと思う」
「じゃあ、本人が可哀想じゃないか。俺たちが嘘吐いたことになる」
「本人だってわかってるさ。それに、僕は八雲が入るくらいならもう一度会長に直訴するよ、八雲より岩泉くん入れてくれ、って」
「岩泉くん、また凹みやしないかな」
「それも含めて、努力という形で更生させるんだよ。これからは変な真似しないように」
「大丈夫かなあ」
「心配ない。彼は気付きを得たから。海斗はそう思わない?」
「思うけど、ちょっと心配なだけ」
「たぶん、努力を続けて更生したと見做されたら、まず薔薇6でスタメンないしはサブにエントリーされると思う。いや、W杯の予選かな。どちらかでエントリーされるはずだ」
「結局は本人次第ということか」
「そう。それだけ、彼の行った罪は重いということ。退学処分にならなかっただけでもありがたいと思わないと」
「そうだなあ。入間川先輩なんて生徒会室から追い出されてすぐに普通科に転科したみたいだし」
「転科といえば、国分くんも普通科に転科したそうだよ」
「え?まだ詳細を調べてもいないのに?」
「学校にとっては、薬物を摂取した学生がいるってだけで邪魔なんだよ。普通科に滑らせて退学を待つ。もう、一種の退学勧告さ。一部の強情な人間は普通科に通い続けるし、休学しながら無実を訴え続ける生徒もいるらしいけど」
「国分くんの性格から言って、退学?」
「うん、彼はメンタリティが弱いんだ。練習を見てて思ったよ」
「勿体無いなあ、あの魔法力は」
「岩泉くんと双璧を成すくらいだったからね。岩泉くんはなんだかんだでメンタル強いっていうか、よく普通科に転科させられなかったと思うよ」
「誰も被害に遭ってないからだろ?」
「それは大きい。もうあんな馬鹿げたことはしないだろうから、魔法科のままいられると思う」
正直、ショックを隠せなかった。
あんなに泣いてた国分くん。それを思うと、何とも言えない気持ちになる。
そのたびに、今、俺たちが何もできないことを痛感した。
閉会式が終わったら、国分くんに会った方がいいのだろうか。それとも、彼が嫌がるかもしれない。
神経質な性格が災いしているのか、悩み始めるとどこまでも悩む俺。
逍遥は、ドライというか冷たいというか。
PV会場に行こうとまた俺の右耳を引っ張る。
「いで、いでで・・・引っ張らないでくれよ、俺も行くから」
「よろしい。さ、ここを出よう」
301に鍵を掛け、俺たちは階下に降りる。
逍遥はフロントに鍵を預けると、エントランスにいた俺に向かって手を振った。
「お待たせ。さあ、午後の部はどうなるか、楽しみだな」
「少なくとも、優勝して欲しいって顔じゃないな」
「いやー、是非とも優勝して欲しいと願ってるよー」
逍遥は、たまに不気味な笑顔を見せる。
今日の逍遥は、いつにも増して笑顔が不気味だ。何を考えている、逍遥!
魔法W杯 全日本編 第37章
PV会場についた俺と逍遥。
中には、瀬戸さんと五月七日さん、譲司が勢ぞろいしている。南園さんは生徒会役員だから601にカンヅメになっているはずだ。
「こっち空いてるよ!」
瀬戸さんが俺たちを呼ぶ。
逍遥と二人、顔を合わせて頷く。
「やあ、今行く」
俺は館内がなんとなく異様な空気に包まれているのを感じた。
「結構な応援団の数だな」
譲司がそっと耳を近づけて俺に教えてくれた。
「マジックガンショットは競技としても人気があるからね」
2年の時の応援団はもっと静かだったように思う俺。
「2年の先輩の時は静かだったよな」
「3年生にとっては最後の大会になる学校も多いからね、それで3年生の応援はこんなに熱くなってるのさ」
なるほど。
それに、カッコよく見えるよな、3年生って。
凛々しく見えるといえばいいのかな。
第1試合まで、俺はずっと人間ウォッチャーを楽しんでいた。
悪趣味だって?
面白いじゃない、人間観察。
相手の顔が美形か否かに関わらず、どういう思考回路してんのかな、とか。
それでも俺は人を見る目がない。国分くんの犯人を明らかにできない段階で、それは白日の下に晒されているも同義だ。
試合が始まった。
ベスト8を巡る対戦相手は高知学院。
紅薔薇高校の選手は3人、俺に指導してくれた上杉先輩、定禅寺先輩、斎田先輩。
特に上杉先輩と定禅寺先輩はマジックガンショットの細部までを知り尽くしている感じで、負ける気がしない。
3人ともサブとして登録されているのが不思議なくらいだ。
案の定、速さを競うこの競技において、上杉先輩は10分の間に上限である100個のレギュラー魔法陣を撃ち砕き上限に達し、射撃終了。定禅寺先輩も12,3分間で100個、斎田先輩も15分で上限まで達し、早々とベスト8を決めた。
2時間後、今度は準々決勝でベスト4に名乗りを上げるために戦う相手は聖バーバラ学園に決まった。
上杉先輩はまたしても10分以内に上限100個を達成した。定禅寺先輩も10分台に乗った。斎田先輩も15分台と安定した力を見せている。
それにしても、逍遥と南園さんの10分は反則級の実力ではないのかと俺は感心を通り越して腕に鳥肌が立つ。
逍遥曰く、1年と3年ではレギュラー魔法陣の出るスピードが違う、というのだが。
そんなことはないと思う。30分一本勝負なのだから・・・あれ?やっぱりそうなのかな。俺と斎田先輩が同じスピードでレギュラー魔法陣を撃ち砕けるわけがない。
今度は準決勝。
相手は能登高校。
3人の先輩方はサブエントリーが不思議なくらい、安定した動きを見せている。もしかしたら、この種目のみに特化したサブエントリーということなのかもしれない。
3人とも、10~15分台で上限の100個を撃ち砕いた。
決勝が始まる少し前。
PV会場の盛り上がりはピークを迎えた。
優勝をかけての大一番、対戦相手は去年の決勝カードである紫薔薇高校。
紅薔薇も安定して10~15分台だが、紫薔薇もこれまで10~15分台で勝ちあがってきている。
どちらが優勝してもおかしくはない。
ブザーの音とともに、試合が始まった。
最初、あんなに調子の良かった上杉先輩の手数が伸びていないことに気付いた俺。逍遥も頷く。
その代り、定禅寺先輩と斎田先輩が10分台に乗せてきた。
紫薔薇高校では、途中まで、3人とも10分台をキープしている。
逆転で優勝を持っていかれてしまうのか?と心配し、大声で声援を送る。俺の喉は、もうかすれ気味になっている。逍遥に、明日プラチナチェイスがあるから喉を使うなといわれるんだが、どうしても応援する声が出てしまう。
俺たちの声援が聞こえているのか?どうか、途中から上杉先輩の射撃スピードが猛烈な勢いで上がってきた。たぶん、5分台くらいまで上がったと思う。
どちらが優勝するのか。こればかりはわからない状況になってきた。
掲示板に、速さと撃ち砕いた個数が表示される。
優勝はどちらだ?
上杉先輩は、途中から上がった射撃スピードで9分台前半に持ち込んでいた。
定禅寺先輩は10分台前半、斎田先輩が10分台半ば。
それに対し、紫薔薇高校では全員が10分台前半。
すぐに号笛はならず、審査に持ち込まれたようだった。
その結果、約0.7秒差という僅差で、勝利の女神は紅薔薇高校に微笑んだ。
PV会場では歓喜の声と残念がる溜息が交差し、これまた異様な雰囲気となっていた。
俺たちは抱き合って喜んだ。
これで、明日のデッドクライミングとアシストボールの出来如何で、総合優勝に向かって大きく前進するに違いない。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
翌日。3年競技2日目。
デッドクライミングでは、やはり女子生徒中心のトリオで勝負。ホールド作りや相手のホールド壊しなど、素早い行動でどんどん壁を登っていく3年女子の先輩。
南園さんも相当早かったが、こちらも負けじと登って行く。
もう、相手の稲尾高校は比べ物にならず、早々と紅薔薇が勝利した。
ベスト8を勝ち取り、次の相手は去年準優勝の紫薔薇高校。
紫薔薇高校は、速い。
ホールドをいじるよりも速さを競う戦術で、紅薔薇高校に迫ってくる。
しかしそこは老練な3年の先輩たち。
ホールドを消し去る魔法を駆使し、紫薔薇の追随を許さない。
圧勝というわけにはいかなかったが、ここでも無事に勝利を収めた。
ベスト4まで進み、準決勝の相手は札幌学院。
何故なのか戦術がバラバラで、紫薔薇よりも弱いイメージがあった。もちろん紅薔薇が勝利を収めたことに違いはない。
決勝は開星学院との勝負になった。
チームワークとデッドクライミングとどう関係あるのか俺にはわからなかったが、ホールドを奪う戦術に長けていた開星学院。
紅薔薇の3人は速力に勝っていたため、タッチの差で勝利した。
これで、デッドクライミングは紅薔薇の優勝が決定した。
勝利後、頭を掻く先輩たち。開星学院の戦術に驚いたのだろう。
それでも、余裕を持ってPVカメラの方に手を振る先輩たちが頼もしく感じられた俺だった。
昼食を挟み、アシストボールが始まった。
紅薔薇から出場する3年は、沢渡会長、勅使河原先輩、九十九先輩に定禅寺先輩。
どの試合もボールの保有率、シュート数で勝っていた紅薔薇だったが、九十九先輩は少し元気がないようで、相手の攻撃を防ぎきれない。
GKの沢渡会長が全てキャッチしていたので相手に点数を入れられることはなかったが。
というか、今初めて気付いたのだが、この競技はどこに魔法を使えば・・・あ、そうだ。自分の身体に重ね掛けにならないようにひとつだけ掛けられるんだった。GKも魔法使って盾もってるし。
俺自身アシストボールは苦手だから、すぐにルールを忘れる。
九十九先輩を敢えて使い続ける沢渡会長。
サブとのメンバーチェンジもできたはずなのだが。サブメンバーを準備していなかったのか?
ま、俺が口出すことでもない。
なんか、どこか、段々とこのメンバーの応援に熱くなれない自分が大きくなりつつあった。
たぶん、九十九先輩たちから注意されたことを引きずっているのだと思う。
逍遥は全然気にしていないようだが。
上意下達、か。
上級生の言うことは絶対。下級生は命令に従うのみ。
それって学生の運動部では往々にして見受けられるものだとは思うけど、果たして、あるべき姿なんだろうか。
俺は第3Gで、あとはおさらばする人間だからいいけど、別に今だって先輩を敬う気持ちがあると思ってるから関係ないはずだけど・・・。
先輩方の試合中にこんなこと考えちゃあかん。考えちゃあかん。考えちゃあかんがな。
俺の思いはこの際別にして、ここは応援するべきだろ。
今日の紅薔薇は全てにおいて九十九先輩だけに関わらず、動きが鈍いように感じられた。
準決勝も決勝も、ディフェンスがうまく機能していないように思われた。
どちらの試合も決して相手が強いはずではないのに、点数を稼げないまま30分が過ぎ、PK戦に持ち込まれてしまった。
沢渡会長のキャッチなら安心して見ていられるのだが、さすがにPK戦2戦続けてはまずいかもしれない。
それでも、沢渡会長は常々“アシストボールの優勝はこの手でもぎ取るもの”と豪語して憚らない。
決勝のPK戦ではその言葉どおり、沢渡会長が力技で相手のボールを弾き飛ばし、辛くも優勝をもぎ取った。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
「あー、終わった―」
逍遥が大きく背伸びする。
「帰ろうか、海斗」
「そうだね」
宿舎への帰り道。ゆっくりとした足取りで俺たち2人は歩いていた。
先に口を開いたのは逍遥だった。
「今日の午後は散々な出来だったね。あんなんで勝ったとしてもW杯予選ですぐに負けちゃうよ」
「アシストボールでは皆、元気が無いように見えたな」
「個人技に頼りすぎた結果じゃない?あれじゃ僕と瀬戸さんを責める資格ないよね。やっぱりアシストボールはチームワークの競技だ」
「ディフェンスに問題あり、と感じたけど」
「皆が点を入れようとして動きがバラバラになったんだよ。一番まずい動きだったのは九十九先輩」
「おいおい、外で悪口いうと誰が聞いてるかわかんないから止めてくれ」
「海斗はホントにヘタレだなあ。どういう戦況だったかは別として、今日は優勝できたからいいけどさ」
「俺、途中でこないだの『上意下達』思い出した。W杯は学年別に競技があるからいいとして、薔薇6は学年関係なくチーム組むんだろ?先輩の戦術に異議唱えたらメンバー落ちするのかなーって。そんなんおかしくないか?」
「まあね、馬鹿馬鹿しいよ。僕は別に薔薇6出なくてもいいし」
「ああ、逍遥はGPSにエントリーされてるんだっけ。あんまり上層部批判してるとGPSのエントリー取り消されるぞ」
「いいよ、別に競技会なんて興味ないから」
俺は首を傾げつつ、その場に立ち止まった。
「自分の魔法がどれくらい周りに通用するか試したくないのか?」
逍遥も足を止める。
「どうかな、実戦で使えればそれでいいと思ってる」
「実戦?」
「この世界は平和そうに見えるけど、そうじゃない。不測の事態に陥った時、自分の魔法で敵を退けられればそれでいい。対人魔法は学校じゃ教えないからね」
「不測の事態ってなにさ?それに、対人魔法?」
「対人魔法はねえ、学校では教えないから知らない生徒がほとんどだけど。不測の事態は、色々あるさ。戦争とか」
「戦争?そんなの全然聞いてないよ」
逍遥は少しだけ微笑みを俺に返す。
「もしそうなれば、第3Gである海斗は元の世界に帰されるはずだから大丈夫」
「いや、そう言う問題じゃないだろ。俺がどうなるかより、皆がどうなるか心配だろうが」
「心配ないさ。全日本高校選手権、なぜ全国でやるか知ってる?どこに戦争の火種が出現してもいいように、なんだ。全国的に魔法技術を高めようというのが、この選手権を開催する側面的なオブジェクトというやつさ。当局は否定してるけどね」
「万が一にもそうなったら俺は残るよ、邪魔になるなら別としても」
「海斗、君の優しさは時に相手に付け込まれ火傷しかねない。充分に気をつけて」
「ところで、逍遥は何でそこまで知ってるんだ?」
「明日は僕らの試合だ。お互い頑張ろうじゃないか」
逍遥は俺の言葉には答えず話を逸らし、きりっとした顔で真っ直ぐ前を向き、速足で宿舎に向かい歩きだした。
もう、この話題はこれで終わり、と告げられたような気がして、俺も黙って逍遥の後を追うのだった。
魔法W杯 全日本編 第38章
逍遥のいうとおり、今、こちらの世界はとても平和に見える。
これが虚像だという逍遥の言葉を信じる向きは少ないだろう。果たして、その真意はどこにあるのか。
それに、ソースはどこなんだろう。軍関係者に知り合いでもいるのだろうか.
逍遥自身が軍に属してる、という小説みたいな展開が有り得ないでもないか。
俺は一旦303の部屋に入って紅薔薇校のユニフォームを脱ぎ窓際に掛けると、ジャージに着替えベッドに転がった。
心はもう、明日のプラチナチェイスに移っていた。
確か最初の対決は日本学院大稲尾高校。
1年生のうちから日学大の学生と一緒に練習していると聞く。スゲー。
こっちはいいとこ3年生が練習相手。3年生はやはり薔薇大学の学生と練習するとは聞いたが。
ま、そういうことが大切なのではない。
プラチナボール奪取のため、動けるだけ動く。それが俺に与えられた役目だ。
夕食の時間だったので、一度軽くシャワーを浴びて、食堂へ急いだ。
ざっと中を見渡すが、岩泉くんの姿はなかった。たぶん、また人が少ない時間帯を選んでここに着ているのだろう。
でも、ここに来るだけでもまだいいかもしれない。
部屋に閉じこもりきりになられたら困る。
動ける状態のサブは、五月七日さんしかエントリーしていないはず。八雲くんは絶対に出さない、出すなら競技をパスするとさえ息巻いている逍遥。
沢渡会長。逍遥は絶対、裏に何かある男子生徒です。下手に刺激しないでください。こないだ約束しましたよね・・・?
1年の4人がまた同じ机に陣取って、夕食を食べる。南園さんは生徒会で行われているポイント計算で忙しかろう。
譲司が大きい身体を揺らして逍遥の前に陣取り、小声で話しかけた。
「こないだ先輩たちの悪口言って怒られたんだって?」
「ん、そうなんだ。だからここでは明日のフォーメーションのことしか話さないつもり」
瀬戸さんは豪快に笑って俺の脇腹を突いた。
「授業じゃ習わないもんねえ、そんなこと」
俺はまたヘタレ虫がモゾモゾと動き出す。
「逍遥。情報戦になるから下手なことは話すなって言われただろう」
逍遥はどこ吹く風。先日の一件はすっかり頭から抜け落ちているらしい。
「そうだっけ。じゃあ、明日の天気でも占うとするか」
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
競技10日目。
今日からプラチナチェイスの試合が始まる。
1年から始まり、2年、3年と1日で決する予定だ。プラチナチェイスだけはボールを捕まえるまで試合続行なので、試合が長引くことも予想される。もし当日中に試合が終わらないときは予備日を使って行われるということだった。
早く捕まえなければ、自分自身の首が締まる。運動量が乏しい俺なんぞ、かなりヤバイ。
メインスタジアムを2つ使いながら、試合が行われていくという。俺たちはAスタジアムのグループに入ったので準決勝までを行い、決勝はAスタジアムで行うらしい。
午前9時。
第1試合の号笛が鳴る。
ベスト8を決める重要な試合が始まった。
相手は日本学院大稲尾高校。
逍遥と南園さんのコンビはパーフェクトで、陣形をほとんど乱すことなくボールを追いかける。陣形の中には瀬戸さんが今か今かとボールが入ってくるのを待ち構えていた。俺たちは陣形の周囲を飛びながらボールを探していく。
試合開始4分。
いた!プラチナのボール。
大会で使われるボールの大きさとラケットはラクロスに近く、ボールの材質がゴムではなくプラチナになる。ラクロスでは、ラケットではなくスティックと呼ぶのか?金属製の棒の先に網がついたような感じ。
そういえば、俺はハンドボールが一番速いシュートスピードだと思っていたのだが、どうやらラクロスの方が速いらしい。時速160kmを超えるシュートなどザラにあるんだとか。
ハードすぎる・・・。
なんて考えている場合ではない。
ボールから目を離さないようにして、前に飛びながら逍遥に向かって叫ぶ俺。
「逍遥!右45度にボール!」
逍遥は気付いていなかったと見える。右に舵を切りボールを陣形の中に入れていく。
後陣の南園さんは逍遥の動きに合わせ自分の飛行位置を決める。瀬戸さんが動きやすいように。
瀬戸さんも俺の声が聞こえていたらしい。
動き回るプラチナボールを必死に追いかけるのだが、ラクロスのゴムボールと違って、真っ直ぐには動いてくれない。
練習ではゴムボールに魔法をかけて動き回るようにするのだが、プラチナボールとでは動きに差があるように見えた。
2,3分、瀬戸さんはボールを追いかけていただろうか。俺たちはボールが出て行かないようにボールを確認しつつ周囲を回る。
ボールが陣形から出ていこうかというときに、ぐるりと外側から回り込んだ瀬戸さんがラケットを持った右手を伸ばす。
ボンッ!!
ラケットの中にボールが収まる音がした。
それとともに、瀬戸さんの広い背中が(ごめんなさい)俺の目の前にあった。
あっぶねー、瀬戸さんとよもやの衝突事故だけは避けたい。このメンバーで、誰が脱落しても、あとは大騒ぎの元になるから。
でも、やった。ベスト8進出、決定。
次の試合に勝てばいよいよベスト4だ。
試合後、逍遥が傍に寄ってきた。
「幸先良いね」
「そうだな、でも最後焦った―。瀬戸さんとぶつかりそうになった」
譲司と瀬戸さんも汗を拭きながら俺たちの周りを囲む。南園さんは生徒会役員テントに走っていったのが見えた。
「ごめんねー、瀬戸さん。ぶつかりそうになったよ」
「大丈夫。体幹はあたしの方が強いから」
みんな笑ってる。
ううう。俺は女子にも負けてしまうのか・・・。
1時間後、号笛とともに次の試合が始まった。
相手は稲尾高校。
大学生相手に練習を積んでいるだけあって、動きに無駄が無かった。
南園さんを攻撃して俺たちの陣形を壊そうと目論んでるかに見える。
しかし、あの体からどうしてあんなパワーが出るのか分らないが、南園さんはびくともしない。
5分後、南園さんを見かねた瀬戸さんが前に進んで逍遥に向かって叫び、俺たちの陣形を保ったまま場所を移動する。
移動途中に、譲司はボールを見つけたようだった。
譲司も前に進んで逍遥に声を掛ける。
前進移動が功を奏し、俺たちの陣形にボールが転がりこんできた。
すると、南園さんが執拗にタックルを受ける。陣形を壊す以前の行為で、とてもフェアプレーとは思えない動きだったが、ファウルの笛は鳴らなかった。でもブーイングの嵐だったよ。
俺たちの叫びを聞き左右に陣形を揺らす逍遥。南園さんも大変そうだったがなんとかついてくる。
あとは、瀬戸さんがボールをラケットの中に収めるだけだ。
っと、ボールが陣形の右側スレスレに移動し始めた。このままだと陣形から逃げてしまう。
俺と譲司は右側に移動し、ボールに向かって体当たりする。
いってぇ。
瞬間的に金属製のボールが身体に当たり、物凄い痛みを感じた。でもそのお蔭でボールはまた陣形の中に戻っていく。
今回は稲尾高校のタックルで中々陣形が定まらなかったが、怒り爆発の瀬戸さんが3度目の挑戦でラケットの中にボールを捕えた。
歓声とともに、号笛が鳴り響く。
よし。ベスト4、進出。
痛みを感じた左腕をまくり上げてみると、アザになっていた。
スゲー当たりだったもんな。
でも、南園さんが受けたタックルに比べればなんということもない。稲尾高校の監督とコーチ、あとでチクってやる。
準決勝の相手は、紫薔薇高校。
昔から新人戦のプラチナチェイスでは優勝回数が半端ないらしい。
さすがの紅薔薇も、五分五分なんだとか。
俺はあまり燃える方ではないんだが、どうせなら、このメンバーで優勝したいじゃないか。
俺がストレッチで身体を解していると、逍遥が生徒会テント内にいる沢渡会長の下に走って行くのが見えた。
どうした、逍遥。
何か逍遥が捲し立ててる、会長は黙って頷くだけ。と、会長は立ち上がり、大会事務局の方に歩いていく。
逍遥がグラウンドに戻ってきた。
「どうしたの、逍遥」
「海斗、さっきのアレ、酷くなかった?」
「うん、南園さんが気の毒だった」
「完全にルールから逸脱してたし。その文句と、あとはメンバーチェンジを願い出てきた」
「あれ、誰か替わるの?」
「後陣を瀬戸さんに任せて、南園さんをチェイサーにする」
「当たりが酷かったからねえ。本人たちには伝えたの?」
「瀬戸さんから申し出があったんだ。南園さんをチェイサーにするものいいかなって思って」
「南園さんは納得したの?」
「少し不満げだったけど。チェイサーにも向いてるからね、彼女は」
「そうか。瀬戸さんは男子にも引けを取らないもんな。俺的には納得」
準決勝でいきなりのメンバーチェンジがどうでるか。どんな結果をもたらすのか。これは一種の賭けでもあった。
1時間後。
これを勝てば決勝に行ける。
5人で円陣を組んで、逍遥が声を出した。
「よし、いくぞ!!」
飛行魔法で5人とも高く飛び上がる。
紫薔薇高校の陣形は最初からボールを取りにいく。俺たちは一歩出遅れてしまい、ボールを易々と取られてしまった。
逍遥が向こうの後陣にプレッシャーをかける。
紫薔薇の後陣は意外にもろく、陣形が乱れてきた。
そしてとうとうボールが陣形から飛び出した。
すかさず真横につける逍遥。そしてそのまま紫薔薇の陣形から離れていく。俺と譲司が紫薔薇との間に入り、ボールが相手側に逃げないように邪魔をする。
いや、邪魔といっては言葉が悪いな。自分たちの陣地を確保しているんだ。
俺たちがバタバタしているうちに、南園さんが手からラケットを伸ばしボールをラケットの中に入れた。あっという間だった。
逍遥の思惑は当たり、結果は大成功。
さっきよりも大きい歓声がスタジアムの中に鳴りはためく。
よし!
これで決勝進出。
魔法W杯 全日本編 第39章
もうひとつのトーナメントグループでは、結構試合に時間がかかっていたようで、決勝戦は3時間後と決められた。
俺を含めた紅薔薇1年の選手たちに自由時間が与えられた。
最初は生徒会で用意した軽食だけで昼飯を済ませ、テント内で休息を取る予定だった。南園さんは生徒会業務に携わるため俺たちから離れテントに向かう。
逍遥が残った3人に聞いた。
「どうする?僕たちもテント内で休む?」
俺は異論がなかったし、譲司と瀬戸さんもそのつもりだったらしい。
ところが、事件が起きた。
大会事務局の人間が2人、俺たちの目の前に現れ、譲司のところに歩み寄った。
「栗花落譲司君、だね」
「はい、そうですが」
「今から少し時間を欲しいのだが」
「なんでしょうか」
「君が薬物を摂取しているという情報が入った。検査をさせてもらえないだろうか」
逍遥が事務局の人間に食って掛かる。
「栗花落くんは今日、ずっと僕たちと一緒でした。薬物を摂取する時間などなかったはずです」
「情報によると、昨日の夜、ということだった。君たちは夜10時以降、彼と一緒にいたかね」
「夜10時以降?それこそ情報源はどこでそれを知ったというのですか」
「夜中の食堂で彼を見た者がいる」
「情報源を明かしてください」
「情報源は明かせない。規則だ。さあ、問題ないなら検査をさせてくれ」
譲司は納得がいかないといった表情だったが、これが抜き打ちというやつなのだろう。黙って事務局関係者の後をついていく。
「譲司!行かなくていい!」
逍遥の言葉に譲司は首を横に振った。
「僕は薬物など摂取していないから。昨夜だってずっと部屋にいた。食堂にも降りていない。それを証明しに行ってくる」
残された俺たち3人、逍遥と瀬戸さんと俺は、昼飯どころではなくなった。
瀬戸さんが首を捻る。
「情報源はうちの学校関係者だよね、昨夜の話を事務局にチクるくらいだから」
「生徒会だけは違うだろ。601に集まってたはずだし」
俺は南園さんを想定しての話をしていた。
逍遥は憤慨しきっていてまだ収まらない。
「あの言い方、まるで譲司が摂取してます、みたいで失礼極まりない。ね、海斗」
「譲司が夜中に起きれば俺か逍遥が気付くはずだ。部屋が隣なんだからドアの開閉音で分る。たぶん、犯人は国分くんを陥れたやつと同一だ」
逍遥がじっと前をみながら呟いた。
「揺さぶり、だね」
「揺さぶり?」
俺も瀬戸さんも、逍遥の言わんとしていることが分らないでいた。
「僕たち全員を揺さぶって、午後にある決勝で動きを封じたいんじゃないかな。そうすれば出場の機会を得られる」
瀬戸さんが身を乗り出す。
「それなら、犯人きまってくるじゃない」
「そうだね、八雲か・・・五月七日さん」
「まさか、五月七日さんは10時の消灯まであたしと一緒にいたよ。八雲くんじゃないの、犯人」
「一番怪しいのは八雲に違いないな」
俺もそう思うのだが、なぜそこで五月七日さんの名前が出たんだろう。
「逍遥、どうして五月七日さんの名前が出たの」
「彼女も横流し薬を買える立場にいたからさ。国分くんは、身体から薬物反応が出たけど薬の売買ルートがはっきりしなかったはずなんだ。彼女、確か昔海外に住んでたよね?」
話をふられた瀬戸さんは逍遥の考えに賛同しかねる、といった表情だった。
「住んでたのは聞いたことあるけど、だからって彼女がどうやって栗花落くんに薬を飲ませられるの」
瀬戸さんの質問には答えず持論を述べる逍遥。
「今回の犯人は国分事件と同一だ。ただ、今回は僕らに動揺を与えるためだけに事務局に嘘をリークした。なんのため?譲司はおろか、僕たちにも揺さぶりをかけることで試合に出ることができないメンタルにしたいんだ。特に譲司と海斗はメンタルに変化が起きかねないから」
「俺?」
「そうだよ、犯人にとって、君はある意味邪魔な存在だからね」
「また、はっきりいうよなあ、逍遥は」
瀬戸さんが今度は答えてと言わんばかりに逍遥に顔を近づける。
「あたしと四月一日くん、南園さんのメンタルの強さはわかる。でも栗花落くんや八朔くんが絶対にメンタル弱いとどうして言い切れるの?」
「2人とも遊撃だろ?遊撃はメンタルの強さが求められないけど、他は違う。先陣にしても後陣にしてもチェイサーにしても、強固なメンタルが必要とされる」
俺もだんだんと分ってきた。
「なるほど、強いやつはほっといて弱い者いじめするわけか」
「そう言うことさ」
譲司がいなくなって1時間が過ぎた。
逍遥は軽食を食べようと言うんだが、俺は何も口にする気すら起きなくて、テントの前でじっと立ちすくんで譲司の帰りを待っていた。
「ほら、食べなよ」
瀬戸さんがサンドイッチを皿に置き、野菜ジュースと一緒に持ってきてくれた。
「いらない」
「青薔薇との試合、体力使うよ。栗花落くんのためにもここはこっちがデーンと構えてないと。栗花落くんだって心配するじゃない」
・・・考えて見れば、そうだな。俺は譲司の代わりにはなれないけど、励まし一緒に戦うことができる位置にいる。
周囲が浮足立つと、抜き打ちで連れて行かれた譲司だって浮足立つだろう。
瀬戸さんから皿とジュースを受け取り、まずジュースを一気飲みした。
ついでサンドイッチを頬張る。
トマトとチーズのマリアージュが何とも言えない優しい味を醸し出し、俺はひとときの幸せを感じた。これでワインがあったなら、亜里沙や明が飛んできそうだ。
あれ。
そういえば、サポーターの3人がいない。
昼飯を食うなら今しかないんだから、3人ともテントに居ていいはずなのに。
なんか変なんだよなあ。
こっち来てから会わない時の時間が長い。もちろん授業中は仕方ないけど、寮に帰ってからも仕方ないけど、試合のときくらい近くで応援してくれてもいいのに。
プラチナチェイスはバングル以外のデバイスを必要としないから、3人とも怠けているのかな。それとも他の何かに駆り出されているんだろうか。
こんな時だからこそ、亜里沙や明に会いたかった。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
譲司が連れて行かれて1時間半。
俺は心配で、大会事務局に行こうかどうか迷っていた。
逍遥や瀬戸さんはいつもと違った行動はするなという。犯人に付け入る隙を与えるから。
そうは言われても、足が言うことを聞かず、するすると紅薔薇高のテントを抜け出していく。
そこに、亜里沙がやってきた。
明と絢人も一緒に。
亜里沙が俺を一喝する。
「あんたまさか、事務局行く気じゃないでしょうね」
「足が勝手に動くんだよ」
「勝手に動くわけないじゃない。ダメよ。栗花落くんはもうすぐ戻るから。我慢しなさい」
「譲司がどうなったかわかるのか」
「学校関係者の同席を求められるのよ、抜き打ちは。事務局が金積まれて勝手にやったらまずいからね」
「じゃ、お前らが同席したのか」
「明と八神くんが同席したわ」
俺は明の方を向いて、かなり必死な顔をしたらしい。
「で、どうだった」
「結果は白だったけど、夜中になぜ食堂にいたか何十回と聞かれてた」
絢人が脇から口を出す。
「あれって、国分事件の犯人にしたがってるようにも見えたよね」
なんだって?
国分事件?
そんなまさか。
譲司が国分事件に関わりがあるだって?
いや、大会事務局がそう思っているだけで、譲司はそんなことしていないはずだ。現に、薬物摂取は白だと結果が出ているというじゃないか。
でも、待てよ、心をフラットにして考えろ。
譲司はサブメンバーには選出されていたが、それは元々譲司自身が望んだことではない。入試の成績を重視した学校側が、生徒会側が科の垣根を越えて選らんだ結果だ。それは八雲にも言えることではあるが、本人が出場を望んだか否かは、今回重要なファクターとなり得る。
そうだ、譲司は自分でなくともいいという意志表示をしていたはず。
となれば、国分事件に関わっているとする今回の大会事務局の捜査は冤罪の可能性が高い。
俺や逍遥が考えていた国分事件重要参考人は2人。
八雲と五月七日さん。
どちらもアンフェタミンを横流しできるルートを持っていると考えられ、それを実行に移す理由もある。
2人とも今のところサブのままで、スタメンに起用される可能性は薄かった。
それに対し譲司はスタメンに起用されている。国分事件を受けてのことではあったが。スタメンに起用されたのだから、もう地位は安定したとみていいだろう。
そんなときに、薬物混入事件などにわざわざ首を突っ込むか?
黙っていれば自分は疑われないのだから。
もやもやとしたものが心の中をかき乱す。
「ちょっと!海斗!」
亜里沙が横で吠えているのが微かに聞こえる。
「あんたってば、大事な決勝戦前に何考えてんのよ」
俺はハッと我に返った。
「栗花落くんはもうすぐ帰ってくるから安心しなさい。国分事件は大会終了後に動く、って決めたはずでしょ」
明も亜里沙を支持している。
「今、海斗がすべきは対青薔薇のミーティングに入ることじゃないか?ほら、向こうで始めるそうだよ」
集中して考え過ぎていて、周囲の状況が分らなかった俺。
「おう、悪かった。譲司に会ったら、ミーティングに参加するよう伝えてくれ」
八神くんがにこやかに微笑み、右手でOKのサインをくれた。
俺はテント内で行われているミーティングに参加するため、テントに向かって走り出した。
テントの中では、逍遥を初めとし瀬戸さんや南園さんが集まっていた。
「で、どうだった」
「今回は白という結果だったけど、夜中に食堂に居た理由を何回も聞かれてるらしい」
「隣のドアが開いたら、僕は絶対に分るよ。眠りも浅いから」
俺は頭を掻く。
「すまん。こっちは爆睡系なんだ。でも昨夜は起きてた。結構気になってたから、今日の試合」
「譲司は夜中に食堂には降りてない」
瀬戸さんが逍遥と俺を小突く。
「今はそれより、青薔薇との試合。もうすぐ栗花落くん来るんでしょ?」
「うん、来るみたい」
瀬戸さんが、皆を纏める役割を逍遥から奪い取った。
「抜き打ちの事は忘れて、試合のこと考えようよ」
逍遥も気にしてないと言えば嘘になるんだろうが、自ら平静を保ってるように見える。俺も見習わなくてはならない。
魔法W杯 全日本編 第40章
俺にとって、3時間の休憩は、あんなことがあったからあっという間に過ぎた。
譲司は試合の1時間前に解放され戻ってきた。
お腹が空いたと大きな身体を揺らす。
「ほら、向こうにサンドイッチとおにぎりがあるから、食べてきなよ」
俺の言葉を聞くか聞き終わらないかのうちにサンドイッチのあるテーブルに走っていく譲司。
良かった。あまり気にしていないようだ。
試合前の軽いストレッチ。
逍遥と俺は並んで行っていたのだが、2人とも、何も話そうとはしなかった。
俺には逍遥の考えが分る気もする。
というか、俺がわかっているつもりなだけかもしれない。
逍遥には逍遥なりの推理があって、それが俺と同じとは限らない。
少なくとも、俺は譲司を疑ってないし、岩泉くんも犯人から除外してる。
疑わしきは八雲と五月七日さん。
俺の頭の中での前回の国分事件と今回の栗花落事件未遂の犯人は、2人に絞られた。
でも、それが真実とは限らない。
俺が背中合わせの世界からこちらにきたように、もしかしたら、真実は2つあるのかもしれない。
ダメだ、試合に集中しなければ。
両頬を手のひらでパンパン!!と2回叩く。
目が覚めたようなそうでないような。
とにかく、この決勝戦をものにして優勝を果たさなければ、犯人の思うつぼになる。
頑張れ!俺!
決勝戦が始まった。
青薔薇高校は、逍遥がふっと先陣の動きを乱した途端、強引に逍遥と瀬戸さんにボディブローを浴びせて自分たちの陣形にボールを入れた。
ちょっ、待てよ!
それ、レギュレーション違反だろうが!
ルールなどお構いなしに襲い掛かってくる青薔薇。向こうの先陣と遊撃が3人がかりで、逍遥に顔面パンチやキックを入れてくる。
逍遥は暫く我慢していたが、とうとう腹に据えかねたようで、自己修復魔法を使った。逍遥の顔やむこうずねにあった赤あざが流れるように消えていく。
授業で習っていたしルールにも違反しない魔法とは聞いていたが、自己修復魔法を誰かが使っているところを確認したことが無いので驚いたどころの話ではない。
やはり、逍遥の魔法力は凄いのだとあらためて感心する。
さて。そんなことをのんびりと考えている暇はない。
俺と譲司は青薔薇の遊撃と幾度となく激突し、譲司は額から血が流れ出ていた。俺も膝から血が出ている。いつのまにか青薔薇の連中に食らったのだろう。少なくても俺はテンションMAXでいたものだから、気が付かず痛みも忘れていた。
なんかすごく腹が立ってきた。
レギュレーション違反スレスレの行為でも、審判に見つからなけりゃそれでいいという考え方に。
俺もパンチを浴びせようかとも考えたが、止めた。
運動神経マイナスの俺がパンチを繰り出しても、当て損なった上にルール違反でイエローカードをもらうのがオチだ。
何が一番かって、ボールを南園さんが捕まえることが一番なんだから。俺は譲司と一緒にボール探しに集中することにした。
3分くらいかかっただろうか、ボールが俺の足下を泳いでいる。
譲司に声を掛けボールの行方を見張るとともに、逍遥に声をかけ陣形を立て直す手段に躍り出た。
瀬戸さんによって陣形が組まれボールを陣形内に落とし込んだ瞬間、南園さんが素早く前に出てラケットを振る。
「よし!」
可愛い声で叫ぶ南園さん。
どうやら、この血塗られた決勝戦も終わりを告げたらしい。
「やった!優勝!」
俺の声に、青薔薇の連中は皆、下を向き悔しそうに歯を食いしばっていた。歯を食いしばる前に、謝れよ。俺たちみんなあんたらの極悪プレーで血ぃ出てんすけど。
優勝セレモニーの際にも、譲司は額から血を出したままだし、逍遥の身体はあざだらけだし、女子の瀬戸さんも背中や腿が腫れていた。
これで準優勝チームなのかと、俺は相手を見下したい気持ちになったが、薔薇6でまた会うことになる。その時に今日の非礼をたっぷりと後悔させてやることにしよう。
もっと魔法を上達させなければ。
今日の競技はこれにて終了となった。
俺たちは一度テントに寄り、怪我の応急処置を受けた。
「いで、いでで」
「何語、それ」
「仙台弁」
「意味は?」
「痛い痛い」
「なるほどね」
「逍遥だって全身あざだらけだろ、なんだよ青薔薇の連中、いきなり攻撃しやがって」
「ボディブローはレギュレーションに違反してたのは確かだ。瀬戸さん、大丈夫?」
「あたしは体幹強いし少しずつ攻撃から身体ずらしてたから、モロには食らわなかった。それにしてもあからさまだったね」
「何が何でも優勝したかったんだろう。だから、反対に何が何でも勝ってやる、って思ってた」
「あたしもー。負けたら悔しいもん」
逍遥は自己回復魔法を使ったことを話さない。
たぶん、話してほしくないんだろう。だから口にはしなかった。
でも、いつか教えてもらおう。
俺が強くなったなら、俺が前に進んだら。
その夜は、宿舎に戻ってすぐに爆睡した俺。誰が誰をどう思おうが、今晩だけは考えさせないでくれ。
明日になったら、真面目に考えるから。
翌日は2年、3年のプラチナチェイス。
予備日があるので、次の日までずれ込んでも大丈夫とは思っていたが、1年の試合が長引いたため2、3年は11日目の予備日に突入した。
2年では、光里陽太先輩が先陣、後陣に控える設楽聖都先輩、チェイサーは六月一日健翔副会長。遊撃には光流弦慈先輩、羽生翔真先輩が出場。
ベスト8を決める1回戦から、青薔薇高校と激突した。
昨日の俺たちがやられたように、今日も血なまぐさい試合が続く。
しかし設楽先輩の身体はびくともせず、光里先輩もボールを追いかけることに終始していた。
なんと秒殺で勝利。
昨日の借りは返してもらった。よし。
準々決勝の札幌学院、準決勝の開星、決勝の京都嵐山と危なげない試合を繰り広げ、紅薔薇は断トツの優勝を飾った。
午後からは3年の試合が始まった。
沢渡会長、勅使河原先輩、九十九先輩、定禅寺先輩、上杉先輩の5人が空中に陣取る。
途中チェイサーの九十九先輩がボールを逃してしまうなどヒヤッとする場面は何度か見受けられたが、概ね堅実な試合運びで、3年も優勝旗を手中にした。
◇・・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
11日間の熱戦が幕を閉じた。
総合優勝は紅薔薇高校、新人戦はアシストボールの初戦敗退が仇となり、優勝を逃し準優勝に終わった全日本高校選手権。
夕方の食事時、俺たち選手は一斉に食堂に集められた。
紅薔薇高校の面々に明日の閉会式の時間と概要が企画広報部から伝えられた。最重要事項は「眠るな」ということらしい。
全ての競技が終わり、総合でベスト8以上の結果を収めた学校だけが閉会式に臨むのだが、皆熱戦と応援に疲れてしまい、式典の最中に立ちながら眠る生徒が少なからずいるのだそうだ。
サポーターは一足早く帰ったため、表彰式には出席しない。
昨日は早く寝たから、夜に亜里沙や明に会いに行けなかった。今日になったら、朝から1年サポーター3人とも姿消してるし。
この頃、神経質細胞暴れまくりだから、あいつらとゆっくり話す時間が欲しかった。
残念。
その日は先日のように祝勝会が行われるでもなく、いつもの夕食と同じパターン。
ただ、明日の閉会式終了後、横浜市国際会議場という場所で、参加校の懇親会が行われるということだった。
俺は逍遥と夕食を食べながら、思案していたことがあった。
「なあ、逍遥。今晩のうちに岩泉くんを沢渡会長に会わせないか」
「どしたの、海斗。急に」
「学校に戻ったら、他の生徒の手前岩泉くんは生徒会室に行きづらいと思うんだよ」
「確かにそうだね」
「会長に謝罪するなら今日しかないんじゃないかなと思って」
「岩泉くん次第だね」
「俺、岩泉くんに声かけるわ」
「了解。その時は僕も付き合うから声かけて」
「おう」
俺は小走りに宿舎の中を走り、308の岩泉くんの部屋の前に立った。
コンコン、とドアをノックする。
返事がない。
もう一度ノックしようと右手を上げた時だった。
右手を通じ、岩泉くんが泣いている光景が俺の脳の中に広がった。
これではノックしても出てくるはずがない。
俺は離話に踏み切った。
「岩泉くん。君にはつらいかもしれないけど、沢渡会長のところに会いに行こう」
「八朔くん。もうダメだよ、明日は閉会式だし、式にだって出られない僕を沢渡会長が許すはずない」
「今許してもらう必要はない。謝罪に行くだけだから」
「謝罪・・・」
「そうだよ、これから君がどうするのかを会長に語らなければ、会長ほか生徒会の連中はわからないだろう?明日になる前に、行こう。僕と四月一日くんも一緒に行くから」
ようやく岩泉くんは涙をハンカチでぬぐい、ゆっくりとした動作ではあったが紅薔薇のユニフォームに着替えた。
そして、部屋の鍵を開け、俺の前に姿を現した。
目は泣き腫らし、頬は学校にいるときよりやつれていた。
「四月一日くんと3人で行こう」
301をノックすると、ユニフォーム姿の逍遥がすぐに部屋から顔を出す。
「今、会長は601にいる。どうする?」
俺はなるべく501で会長が1人の時を狙いたかったが、今日はポイント計算やW杯予選のことでまた集まっていたのだろう。話が尽きるわけがない。
「601に行く」
岩泉くんは震えていた。
「皆の前で謝罪するの?」
逍遥が岩泉くんに告げた。
「会長はそんなに悪趣味じゃないよ、大丈夫」
逍遥は天井に向かい指をくるくる回しながら、しばらく目を瞑った。
「さ、これで大丈夫」
俺も岩泉くんも、逍遥が会長と離話したことはわかったが、内容まではわからない。
とにかく、会長は俺たちの訪問を許したということだけが事実として今ここにある。
俺たちは連れだって、6階まで階段を上った。
踊り場のところで岩泉くんは立ち止まりかけたが、俺が背中を支え、6階に着いた。
601の部屋をノックする。
「入れ」
沢渡会長が1人で椅子に座っていた。
「失礼します」
逍遥はさっさと入っていったが、如何せん、岩泉くんは動きが鈍くて中々入ろうとしない。最後には俺がぐいぐいと背中を押しながら部屋に入り、ドアを閉めた。
「それで、用とは何だ」
逍遥は淡々と言ってのける。
「岩泉くんの謝罪を聞いていただきたく、お忙しいところ失礼とは存じましたが伺った次第です」
「謝罪?」
会長の目つきが変わる。
「岩泉、何を謝罪するというのだ」
もう、岩泉くんはマンモスに睨まれたアリ状態。
緊張と畏怖が入り混じって、口を開くことができない。
会長は息を吸って岩泉くんに向け息を吐きながら右手を翳した。
「ゆっくりでいい、話してみろ」
岩泉くんは落ち着きを取り戻したように見えたが、どうやら会長が口を開き話しやすくする魔法をかけたと推察した俺。これって、罪人の告白にも使えるのじゃないか?
でも、そんなこと岩泉くんには絶対に言えない。
岩泉くんはそんな会長の魔法によりようやく話し出した。
「僕は、入学後すぐに、薬物入りのドリンクやサプリを1年の同級生に渡していました」
「それで?」
「普通科転科も退学処分も受け入れます。本当に申し訳ございませんでした」
会長が俺と逍遥を見る。
「お前たちはどう思う」
まず、逍遥が口を開く。
「岩泉くんの才能は1年の中でも突出していますし、本人も自分の行いをとても悔いて反省しています。国分くんの件にも関わってはいません。努力し魔法に磨きをかけて更生して欲しいと思っています」
俺も続けた。
「更生の道を開くに値すると思います、努力することで罪を償い、再起してほしいと願っています」
沢渡会長は目を閉じて何かを考えているようだった。
隣の岩泉くんの震えが伝わってくる。
やっと、沢渡会長が目を開け、立ち上がった。
「この件は噂として流れていただけだったが、事実であれば間違いなく退学勧告せねばならなかった。しかし個々人が自分の身をきちんと守った結果、誰かが被害に遭うこともなかった。運がいいと言うより他あるまい。
ただ、国分事件のように誰かを実際に追い落としたわけでもない。反省もしているならば、
更生したかどうかをこの眼で見せてもらうとしよう。俺が生徒会を去るまでに更生の道筋が認められるとしたならば、魔法科に据え置くこととする。今度罪を犯せば、問答無用で退学とする。いいか、わかったな。本件は六月一日にも引き継ぐこととする」
岩泉くんは震えながらも沢渡会長の言葉を聞き、また涙した。号泣したと言っていい。
ありがとうございます、と感謝の言葉が聞き取れないほど、彼は涙で何もかもぐちゃぐちゃだったが、必死に何度も頭を下げていた。
沢渡会長は、俺たちが部屋を出る直前、岩泉くんに向かって声を掛けた。
「岩泉、お前は仲間に恵まれたな」
そして俺と逍遥にも。
「国分は退学するそうだ。だが、もし真犯人が見つかれば、薔薇校ネットワークに乗せて他の薔薇校に転学することができるはずだ。お前たちなら、国分を助けてくれると信じている」
俺は退学したという言葉をしばし受け止めきれずにいた。
逍遥はすぐさま振り返り、会長の目を見た。
「本当ですか?」
「国分の言うことが本当であれば、どうしようもなく卑劣な犯人が1人、学内を今も闊歩していることになる」
「僕たちは国分くんの冤罪をきっと晴らしてみせます。彼は薬物などに手を染める人間ではありません」
「国分も岩泉も、良い仲間に恵まれた。今年の1年は期待できる」
沢渡会長は、満足したように、いつもは引き締めている口元を緩め、笑みを浮かべた。
俺たち3人は、601のドアを引き、廊下に出た。
「遅い時間に私用で申し訳ございませんでした。失礼します」
逍遥がそう述べてドアを閉める。
途端に岩泉くんが廊下に土下座して涙ながらに俺たちに謝った。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい」
前から言っているが、逍遥はドライだ。
「そう思うなら、一日も早く魔法で更生してくれることを願うよ」
俺はいつでもフォロー役。
「立ってくれ。何があっても焦らず腐らず、それを忘れないで」
泣きながら頷く岩泉くん。
「うん・・・」
まだ1人で生きる選択ができない岩泉くんは、これから辛い日々が続くだろう。
それでも頑張ると決めたからには、やり抜いてほしい。
俺は心からそう願っている。
岩泉くんが俺たちを手招きし、小さな声で告げた。俺も逍遥も何事かと耳を傾ける。
閉会式には出席せず、このまま宿舎を出て寮に帰るという。
今の自分は晴れがましい席に身を置く立場ではないから、と。
俺も逍遥も賛成も反対もしなかった。
総ては岩泉くんが選択し決定し、行動を起こすべきだと知っていたから。
ただ、“気を付けて”とだけ言って送り出したのだった。
魔法W杯 全日本編 第41章
翌日、俺たちは国際陸上競技場のメインスタジアムで閉会式に臨み、ポイント順で8位までの高校が表彰を受けた。
総合優勝 紅薔薇高校、準優勝 紫薔薇高校、3位、札幌学院高校、4位 能登高校、5位 高知学院高校。6位 青薔薇高校、7位 京都嵐山高校、8位 開星学院高校
閉会式では沢渡会長が総合優勝旗を高らかに掲げ、全ての行事が終了した。
その後、全員が横浜市国際会議場に移り、昼にかけて懇親会が始まった。
どちらかというと、同じ高校の生徒同士がくっついて話してる風景が目に飛び込んでくるのだが、逍遥は知り合いが他校にもいるらしく、あっちから声を掛けられこっちにも声が掛かるという超人気ぶり。なぜか俺にメガネケースを託しテーブル周りを始めた。普段メガネ姿など見たこともないのだが、本当は視力に難有なのか?
しかし、こうして壁際から中央を見ているのは結構楽しい。
俺は今日も人物観察を行っている。
ほら、あそこの生徒があっちを向いて別の学校の女子に一目ぼれしてる。なるほど、相手も美人には違いない。1年かな?
こっちでは自慢合戦が花開いてる。
自慢したって何にも良いこと無いのにね。
すると、隣に譲司が現れた。
「僕は元々魔法実技方面じゃないから、全然知り合いがいないよ」
「第3Gの俺もさ」
と、誰かがこちらに寄ってくる。
「やあ、八朔くん、また会えた。こちらは確か、プラチナチェイスで遊撃をしてた栗花落くんだよね」
この顔は・・・ああ、確か京都嵐山高校の神藤、玉城、逢坂、1年生だ。名前は覚えたんだけど、何で戦ったんだっけ、マジックガンショット?それともラナウェイだったかな。あまり突っ込んで話をすると覚えてないのがばれるから、慎重に慎重に・・・。
「やあ、あの試合以来だね。譲司、こちらは京都嵐山高校の神藤くん、玉城くん、逢坂くんだよ」
「初めまして、栗花落譲司といいます」
「君たちの陣形は見事だったねえ」
「先陣と後陣が優秀だったからさ」
「先陣と後陣の彼と彼女はここに居ないの?」
「彼の方は至る所から引っ張りだこで。彼女はこのイベントの手伝いじゃないかな」
「残念、電話番号聞こうと思ったのに」
神藤くんとやらは、隠し事をしないタイプとお見受けする。
玉城くんと逢坂くんは、譲司が魔法技術科だと知り、とても驚いていた。
そこで10分程話しただろうか、神藤くんたちは自分の学校のたまり場に行くと言って姿を消した。
代わりに姿を現したのが五月七日さんだった。
子猫のように真っ黒い瞳孔が何とも言えず猫らしい。猫じゃないけど。
「ね、中に入らないの?」
「俺も譲司も知り合いがいないんだ」
「私もー」
「同じ中学から来てる人とかいれば未だしもね」
「第3Gの亜里沙か明がいればなあ」
譲司が目を丸くしてる。
「え?同じ中学だったの?」
譲司に教えてなかったっけ。
「そうだよ、あいつらとは小さな頃からの付き合いなんだ」
「そうなんだ、知らなかった」
五月七日さんが呟いた。
「そういえば、サポーターは帰っちゃったもんね」
ここで譲司は弥皇先輩に呼ばれ、イベントの手伝いを任せられたようだ。
しきりに向こうから“ごめん”という合図を送ってくる。
俺は五月七日さんと何を話していいかわからず、少し2人とも黙ってる時間が流れた。いかんいかん、こりゃマズイ。
「急に言われたにも関わらず、デッドクライミングは見事だったね」
「あれは得意なの。スポーツクライミングとかボルダリングやってるから」
「そうなんだ。僕は運動系が苦手だから昇れないと思う」
「そうなの?それにしちゃラナウェイとかプラチナチェイス、すごかった」
「ラナウェイはかくれんぼみたいなものだから。プラチナチェイスは飛んでただけ」
「またまたご謙遜を。4種目出たんだよね」
「うん。謙遜というより事実だよ。僕の運動レベルでよくついていけたと思ったもん」
「じゃあ、見合う人がいたら出なかったの?」
「もちろん」
「うちってサブメンバー少ないし、途中交代もないよね、アシストボールとかプラチナチェイスとか」
「そういえば・・・そうだね」
「他校のように、サブメンバー充実させればいいのに」
「僕もそう思うよ」
五月七日さんも、瀬戸さんから呼ばれテーブルを変えた。
俺もそろそろイベントの手伝いにでも行くかなあ、と思っていると、八雲くんが寄ってきた。
「何、1人なの?」
「まあね」
「みじめだね」
「はあ?なんていった?」
俺、聴力はいいんだよね。でも、思わず聞き返してしまった。
八雲くんはクソ意地悪な顔をしている。目は吊り上り、鼻息も荒く口元は裂けているかのように感じた。まあ、感じ方は人それぞれだから、本当はそんな顔してなかったのかもしれないけど。
八雲くんは繰り返した。
「みじめだね、って言ったの」
「どうして僕がみじめなのかな」
「パーティーの場に1人壁際に突っ立ってるなんて、みじめそのものじゃない」
俺、思わず吹き出してしまった。
「それは君の価値観だよ。僕に押し付けないでくれ」
「負け惜しみ言うなよ。どうせ第3Gだから誰にも相手にされないと思うけど」
「それも君の価値観だよ。僕は別に今を楽しんでいるからそれでいいんだ」
「どこまで強情なんだか、お前は」
さすがの俺も表情が変わる。
声も1オクターブ低くなった。
「お前呼ばわりされる筋合いはない。君がここにいるのなら、僕が場所を変える」
立食パーティーだったんだが、俺はちょうど生徒会役員が見えない位置にいた。
癪に障ったので、今度は沢渡会長が真横に見える位置に動いてやった。もちろん、壁際ね。これなら八雲も意地悪そうな顔はできまい。
もう、お前はくん付けしなくていい。呼び捨てだ。心の中でだけど。
俺の思ったとおり、沢渡会長にゴマをすりたい八雲としても、さきほどのような真似は出来ず、当たり障りのない会話を2,3交わして俺から離れていった。
バーカ。
八雲が来てから俺の表情がいかにも不満を抱えているように見えたのだろう。いつの間にか逍遥が俺の隣に立っていた。
「さっき、八雲がいただろ。何言われたの」
先程の会話を思い出し、俺は鼻で笑った。
「みじめだってさ。おまけに、お前って言われて、さすがにキレた」
「へえ。ちょっとメガネケースの中身見てみなよ」
「預けていったコレ?」
逍遥に促され、メガネケースを開けると・・・そこには小さなレコーダーが入っていた。
「これってまさか」
「そう、そのまさか」
会場内で俺たちは声にならない声をあげ、2人でアイコンタクトを取る。先程の会話が皆、録音されているというわけだ。
これを効果的に使い、沢渡会長に提出する機会が必ずあるはず。
一義的には、副会長への推薦があった時だが、W杯予選か薔薇6の大会エントリー時にも一定の効果があるだろう。
逍遥がなぜ懇親会会場で俺を1人にしていたのか、ようやくわかった。
誰が俺に近づいてきて何を話すのか、気になっていたのだ。だからレコーダーを持たせ壁際にロックオンした。
◇・・・・・・・・・◇・・・・・・・・・・◇
明日から俺は自由になれる。W杯予選にエントリーされるかどうかもわからない。国分くんの犯人探しも始められるかもしれない。
彼が退学していたなんてショックだけれど、早く犯人を見つけて彼を安心させてあげようと強く思う。
たぶん、犯人は今日俺のところにきた3人、八雲、五月七日さん、譲司に絞られたと感じていた。
譲司は元々魔法技術科志望で、スタメンに入りたかったわけではないから犯人になり得ないのはわかっているけれど。
今日ここにいない岩泉くんの線が100%消えたわけではないけれど。
国分くんの自作自演、これはもうない。彼は退学に追い込まれたのだから。
懇親会は2時間ほどでお開きとなり、俺と逍遥、譲司の3人は連れ立って寮への道を歩いていた。俺は迷子にならなくて済んだと冷や汗を拭った。
逍遥が鼻でフフンと笑っている。
「八雲の野郎、今度こそ地獄に叩き落としてやる」
譲司は事の経緯を知らない。なぜ逍遥が八雲を嫌うのかも依然として理解していないらしい。
「どうしてそんなに嫌うの?結構良い人だと思うけど」
「騙されているんだよ、譲司は。あいつの本性は途轍もない悪人だ」
「そうかなあ」
「なら、これ聞いてみなよ」
そういって、逍遥はレコーダーを譲司の前で再生した。
譲司の顔がみるみる赤みを帯びる。
「なに、これ。八雲くんの声だよね」
逍遥はまだふふんと鼻息も荒い。
「そ。これ聞いてもいい人、って思えるかい」
譲司は俺の方を向いて頭を下げた。
「いや、前言撤回。大変だったね、海斗」
俺も首を竦め逍遥に肩入れする。
「仲良くもないやつにお前呼ばわりされたのは初めてだ。完全に見下してさ。これが先輩方なら仕方ないよ?明なら許すよ、あいつは旧友だし。それに輪をかけて“みじめ攻撃”だろ、笑っちゃうよ」
「みじめって言われたこと、気にしてないの」
「リアル世界でこんなこと起こったら、まず間違いなく登校拒否だね。事実似たようなことはあったけど、ここまであからさまじゃなかった」
逍遥はまだ怒ってたが、俺のリアル世界の話を始めて聞いたらしく、いや、言ってなかったからだけど、彼なりに俺に同情してくれたらしい。
「どの世界にも嫉妬に狂うやつはいるんだな。海斗はなんとなく目立つんだよ。運動神経以外では」
「運動神経の話はしてくれるな。こっちきて前よりは真面になったんだから」
あははと2人は笑う。
俺も次第に可笑しくなってきて、吹き出した。
亜里沙、明。
お前たち以外に、こうやって笑える友人ができたよ。こっちの世界という解釈はつくけど。
こうして、俺の全日本高校選手権は幕を閉じた。
異世界にて、我、最強を目指す。ー魔法W杯 全日本編ー