夏の雨と紫陽花の君
最近、不思議な夢を見る。
見知らぬ神社の境内で和服を着た俺は立ち尽くし、パラパラと小雨が俺の身体を濡らしていく。
すると、カランという乾いた音が響く。反射的に振り向くと、そこにはいつも同じ人物が立っているのだ。
深い紫の和傘をさし、紺の着物を着た1人の少女。全てを飲み込んでしまいそうな漆黒の髪は肩まで伸び、その視線の先には青色の紫陽花が鮮やかに咲いている。ふと少女が肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り向く。
だが、少女の顔は分からない。
なぜか雨が上がり、代わりに差した木漏れ日によって隠されてしまい、そこで目が覚める。
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「なあ、伊月。最近ぼーっとしてないか?」
「そうかな?」
終礼が終わり皆が帰宅準備をする中、クラスでも仲のいい牧田は、俺の前の座席で帰宅の準備をしながら問いかけた。それに同調するように既に帰宅準備を終えた水川がリュックを持って俺の側に来た。
「確かに、話しかけてもすぐに返事しないもんな。まさか涼介、彼女出来たのか?」
「そんなわけないだろ?なんでも無いよ。」
「なんでも無いわけないだろ?いつもすぐに返事したり、授業サボらないやつが返事遅くなるしずっと窓ばっか見てんだぞ?気になって仕方ねーよ。」
牧田は自身の伸びきった前髪をいじりながら俺を睨みつける。
隣では短髪の水川が、うんうんと頷いている。俺は2人を見てため息をついた。こうなると、本当の事を話した方が身の為だと判断したからだ。
「実はさ…」
そして、今日も見たあの夢の話をした。
「へえ、なんか変な夢だな。」
そう言って、最初に声をあげたのは牧田だった。
「ここ何日かはずっとみてるんだ。まあ、悪夢ってやつじゃないし、ストレスにはならないけどな。」
「もしかしたら、予知夢かもな。」
「は?」
水川の言葉に思わず間抜けな声をだしてしまった。
だが、水川は至って真面目な顔で言葉を続ける。
「昔からよく言うじゃん、近い未来を見ることがあるって。それなんじゃないか?それか、前世の記憶とか?」
「水川、そんなロマンチックな事言うやつだったのか…。」
「はあ⁉︎俺は仮説を立てただけだよ!牧田もなんか考えてみろよ!」
「えー。…昔の思い出?」
「それを前世の記憶って言うんだよ!」
やいやいと隣で友人達が言う中、俺は再びあの夢を思い出していた。
近い未来、夢の中の彼女に出会うのだろうか。そして、彼女はいったい誰なんだろうか。
「なあ、伊月。またその夢見たら教えろよ。」
「え?」
「なんか進展あるかもしんないだろ?すっごく気になるしな。」
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はじめ、この会話はただの気休め程度だと思っていた。
だが、その日の夜に新たな展開を迎えてしまった。
『鈴之助さん、』
いつもの夢と同じだった。
だが、夢の中の彼女に名前を呼ばれたのだ。しかも全く知らない者の名前を。
しかし、何故だろう。
彼女の声を聞いた時、とても懐かしい気持ちになった。水川が言っていたように、これは前世の記憶なんだろうか。だとしたら、この夢は何かを暗示しているのか?
不思議な懐かしさと新たな疑問に包まれながら、俺は朝を迎えた。
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その日から毎日のように夢は変化していった。最近では短い話を交わすようになった。「涼介」ではなく、「鈴之助」として。
「悪い、涼介。今日俺ら委員会あるから、先帰ってくれ!」
「分かった、じゃあまた明日な。」
その日はテスト最終日で、午前中で帰ることができた。だが、なんとなく真っ直ぐ家に帰る気分になれなくて、少し遠回りして帰ることにした。
学校から裏道をまわり、人通りの少ない道を歩いて2〜30分が経った。
ジリジリと太陽に照らされ、何処かで休憩をとろうと思い、木陰を探していた。
「あれ、こんな所に階段?」
ふと目に飛び込んできたのは、木々に囲まれた古びた階段。自然と足が進み、ゆっくりと階段を登って行く。
この先には何があるんだろうか。
何故か知っているような気がしてならない。
「ここは…?」
予想以上に長かった階段で息を切らしてしまい、しばらくそのまま動けなかった。息を整えるついでに辺りを見渡す。ここは、神社らしい。
古びた木製の社、開けた砂地の白、周りは木々に囲まれ、よく見ると青色の紫陽花が沢山咲いている。
「…これ。」
見たことがある。
いや、今朝方まで見ていた。確かにこの場所で俺は彼女と話した。
やっと息が整ったのに、心臓がうるさい。
これは、正夢なのか?
だけど、いくつか違う点がある。
まず、小雨が降っていない。そして、俺は制服を着ているし、彼女もいない。
少し狼狽をしていると、いつの間にか遠く離れてしまった階段側から小さな音がした。
カツン
風のざわめきの中、やけに響いたその音は、やはり夢とは少しちがう。
振り向けば、セーラー服を着た少女がいた。髪は全てを飲み込むような漆黒、長さは肩を少し過ぎたぐらい。
「…誰?」
夢と寸分違わぬ声はやけにその空間に響いたような気がした。
そして、ポツポツと雨が降り始めた。
夏の雨と紫陽花の君