身につけた少年をロボットに変えてしまう鎧

 小学校に入って何回目かの夏休み、ボクはじいちゃんの家に預けられることになった。一人で来るのは初めてだけど、もう大きくなったし、家に居るとお母さんがうるさいから、自分から来たいと言って押しかけてきた。
 ばあちゃんのごはんはおいしいし、昼間は大工をしているじいちゃんの近くに居れば色々あって飽きることはない。じいちゃん家ならスマホも使えるから、不自由を感じることはない。のんびり過ごせる……はずだった。
「リョウ、ゆっくりと……くそっ、動くな、じいちゃんが追っ払う!」
 じいちゃんが山の中の工事をやってるときだった、熊が出た。じいちゃんが追い払ってくれたけど、じいちゃんが怪我をした。その日から、ボクは外で遊べなくなった。
「すまねぇ、リョウ」
 ごめんなさいはボクの台詞だった。ボクは一人で大抵のことは出来るようになったと思っていたけど、熊を目の前にしたら……怖くて何も出来なかった。じいちゃんは家で包帯を巻いている、仕事が出来ないからか元気がない。
 何日かして、コンビニやスーパーのあたりまでなら出かけていいことになった。ボクはお菓子を買いに出かけた、足は重かった。
「はあ、売れないなぁ」
 暑くて明るいのに、スーツに手袋、帽子を被った姿の若い男の人が愚痴りながら歩いていた。とても固そうな、金属製の何かを大切そうに背負っている。ボクはすれ違ったまま通り過ぎたけど、音が気になって振り向くと、『熊退治』と書かれた札が目に入った。ボクは急いで呼び止める。
「あ、あの、お兄さん!」
「ん?」
 お兄さんは立ち止まると、丸めていた背中を伸ばしてボクを見下ろした。思ってたよりずっと背が高い。大きさに驚いて喋れないでいるボクに、お兄さんはまた背中を丸めながら話しかけた。
「どうした少年」
「そ、それ、何ですか?」
 ボクはお兄さんが背中に背負っているものを指さした。お兄さんはそれを背中から下ろして、ボクによく見えるよう持ち直した。
「鎧だよ、熊退治用のな。熊が出て困ってるって聞いて売りに来たんだが……誰も買ってくれなかったよ」
「鎧って、初めて見ます」
 興味津々のボクを見て、お兄さんは少し嬉しそうだった。
「タダの鎧じゃない、パワードスーツって聞いたことあるか?」
「えっと、ゲームでなら」
「本当に作ってるんだよ、人間の力を強くしようってな。これが実物さ」
 言われてみると、機械仕掛けのような見た目をしている。でも、こんなに小さいものなんだろうか。
「これ、大人用なんですか?」
「大きさは関係ない、大人も子供も使える。代わりに、付けるときは裸にならなきゃいけなくてな。この辺の人はそれが嫌らしい」
 お兄さんは苦笑いしている。よく見ると、帽子の下に見える顔には手に持っている鎧と似たものが見える。お兄さんは着ているのかな、この鎧。
「恥ずかしくないの?」
「少年、水着を恥ずかしいと思ったことはあるか?」
「ないけど、ちょっとエッチな気がする」
「なるほど、だから売れなかったのか。こうして着て見せてるのに、誰も言ってくれなかったよ」
 お兄さんはボクに手を差し出した。よく見ると、手にはごつごつした金属の手袋が付いていた。
「暑くないんですか」
「全然、これのおかげで涼しいくらいさ。凄いだろう」
 お兄さんは誇らしげに胸を張っている。そんなに凄いなら……。
「これ着れば、熊に勝てますか」
「もちろんだ、そのために持ってきたんだからな。オレが勝ってみせれば早いんだが、もう行かなきゃいけなくてな」
 鎧を背中へ戻そうとするお兄さんを、ボクは呼び止めた。
「待ってください、いくらですか」
「えっ、少年が買うのか?」
 お兄さんはボクをジロジロ見たあと、目の前に鎧を差し出してきた。
「キミのお小遣いじゃ足りない。だが、こいつで熊を退治してくれるならタダで貸してやろう」

 ◆◆◆

 じいちゃん家に帰って、ボクは鎧の説明書を読んでいた。
 着るときは裸であること、一度着たらしばらく脱いではいけないこと、脱いでしまうと力が発揮されないこと、着たままお風呂に入って良いことなどが書いてあった。
「よーし……」
 まずは足から。トゲトゲした形を見ながら、お兄さんが言ったことを思い出す。
「着るときは手を最後にすること、着づらくなる。終わったら鏡を見てみるといい、かっこいいぞ、オオカミをイメージした特注品だ。獣には獣を、牙には牙を、だ」
 子供も使えるというのは本当らしく、足を入れるとピッタリとくっついた。他の部分も同じだった。ぴったりすぎておちんちんが押さえ込まれる感じがしたけど、鎧の中に空洞があるのかすぐ楽になった。見た目より軽く、全てを付け終えてもそれほど窮屈ではなかった。
「鎧はしばらくすると、使用者に馴染むように広がる。形が変わっても驚かないでくれよ」
 お兄さんの言葉が思い出されるけど、それよりもボクは鎧の力を試してみたかった。パワードスーツ、どれくらい凄いんだろう。
 こっそり抜け出し、ボクはじいちゃんの倉庫へやってきた。ここには冬用の薪にするために、大工仕事で出た端材が沢山貯めてある。手頃な大きさのをひとつ手に取って、ボクは軽く叩いてみた。鎧のおかげで、手は全然痛くない。そこで、ボクは思いっきり殴ってみた。
 スケートボードほどの大きさがあった木材は粉々になった、かすかに焦げたような匂いがする。ボクは予想以上の力が嬉しくなり、そのまま熊退治へ行こうかとさえ思ったが、ばあちゃんにバレて家の中に戻ることになった。

 ◆◆◆

 ご飯を食べるときも鎧は脱がなかった、すぐ脱ぐと力がなくなってしまうと書いてあったからだ。ばあちゃんには変な顔で見られたけど、流行り物だと言ってごまかした。じいちゃんの仇を討つと言ったら、反対されると思ったからだ。
 風呂に入るよう言われたボクは、鎧を着たままお風呂の中に入った。
 鎧の機能はすごく、まるで素肌で触れるようにお湯の感覚が伝わってきた。お風呂に浸かっているとおしっこがしたくなったので、ボクは排水溝に向かってしてしまおうと屈んでふと気付いた。鎧を脱がないと、おしっこができない。
「仕方ないよね」
 ボクは鎧を脱ごうと思ったけど、外れなかった。ちんちんがしっかりハマってしまっているらしく、鎧を掴むとちんちんを掴んだように痛んだ。慌てている間に、ボクはおしっこをもらしてしまった。おしっこは鎧の隙間から流れて来た。
「うう、こんなの聞いてないよ」
 誰にも見られていないからいいものの、とても恥ずかしくなって、ボクは鎧ごと体を洗って、お風呂を出た。
「おばあちゃん、もう寝るね」
 脱げないものは仕方ないので、ボクは諦めて寝ることにした。脱げないけど、今日は凄い力が発揮できたんだ。明日はきっと熊が退治できる。そう思って布団に入った。

 ◆◆◆

 よく分からない夢を見た。ボクはオオカミになっていて、回りにもおんなじようなオオカミが沢山居た。みんな吠えていて、ボクもそれに続いた。とても楽しかった。吠えつかれて顔を下げると、そのまま夢から覚めた。なんだか寝付けないボクは、時間を見ようとスマホを手に取った。
「いっ……!」
 ボクの顔は、オオカミになっていた。顔だけじゃない、手や足もオオカミみたいに灰色の毛が生えていた。
 鎧のせいだと思ったボクは、鎧を脱ごうとしたけど、脱げなかった。胸の中で不安がどんどん大きくなる。
 じいちゃんやばあちゃんに見られちゃいけないと思って、外へ飛び出した。月が小さいせいでとても暗い。
 考えがまとまらなかった。でも、熊のことだけは頭から離れなかったから、とりあえず山へ向かうことにした。熊を退治すればなんとかなるんじゃないか、そんな気がしていた。

 ◆◆◆

 鎧を着ているのに、道路のごつごつがやけに足の裏に伝わってきた。鎧に触れる草や木の枝の感触が伝わってきた。鎧が、まるで体の一部になったような気がした。
「なに、なに……なんなの、これ」
 怖かった。喋るのを辞めてしまうと、言葉が話せなくなってしまう気がして、口を止められなくなった。
 コンビニは人目に付くから大きく回って避けた。電柱に明かりが付いていると見られそうで嫌だった。鎧の効果なのか、いくら動き回っても全く疲れなかった。
「熊……熊出てこいよ、もう終わりにしようよ……」
 歩き続けて、ボクとじいちゃんが熊に会った現場まで着てしまった。水源を管理する小屋があり、壊れたところをじいちゃんが直していた途中のまま放置されている。
「熊ぁ~、どこにいる熊……ぁあああ!」
 奥へ進もうと木の枝を描き分けたら、熊が居た。ボクが大声を出したせいか、熊は大きな手でボクを殴りつけた。爪に斬られる感覚と、木に打ち付けられる痛みが同時にやってきたが……それはとても小さかった。鎧には傷ひとつ付いていなかった。
「へ、平気? よぉし」
 ボクは倒れたまま熊を探した。ヤツのほうもボクを追っていたらしく、こっちへ向かってくる。起き上がりざまに熊の顔を殴りつけると、ものすごい音がした。手応え、というヤツだろうか。
 熊がのたうち回っている。それを見て、ボクはじいちゃんを思い出して悔しくなった。仇を討ってやろうと思った。
「お前のせいで!」
 ボクは熊を殴った、いっぱい殴った。ボクと熊が血まみれになっていることに気がついて、殴るのを止めた。ボクは小屋の側へ行って座り込んだ。
「やっと、終わった……」
 熱っぽい、のぼせるような感覚が全身を覆っていた。頭が冷えてきてやっと、ボクは自分の状況を思い出した。
「鎧、脱がないと」
「脱げないよ、それは」
 独り言に答えたのは、あのお兄さんだった。昼間と違ってスーツを着ておらず、ボクと同じく鎧だけの姿だ。
「お兄さん、なんでこれ脱げないんですか」
「それは、こうすれば分かるんじゃないかな」
 お兄さんは自分の鎧の胸の部分を掴むと、引っ張って外して見せた。中には大きな宝石が入っていて、宝石にはたくさんの機械やケーブルが繋がっていた。
「お兄さんは、人間じゃ、ないの?」
「キミも同じなんだよ少年……いや、狼少年と言ったほうがいいかな」
 信じられなかったけど、ボクは胸を掴んで引っ張ってみた。プシュっという音がして、鎧が取れると……中には、お兄さんと同じように大きな宝石と機械が見えた。
「や、あ、そんな」
「大丈夫、中が見えても死んだりしない。壊れれば流石に危ないが」
 お兄さんは震えるボクに近づいて、ボクの開いた鎧を優しく閉じた。鎧越しだが、お兄さんの手が温かいような気がした。
「なん、なんで?」
「完全にシンクロできたってことさ、狼の姿になれたのもその証拠。驚いたよ、その鎧を使いこなしちまうんだから」
「シンクロって何?」
「違う世界と繋がるってことだ。キミはオレの世界の鎧を使いこなす勇気があった、戦う心も重要な条件だ」
 訳がわからないことばかりなのに、お兄さんはものすごく冷静だ。何であんなに落ち着いていられるの。
「相性と素質もクリアして見せた、本当に嬉しいよ。まさか、こんなに早く」
「あの、待って」
 昼間と同じように、嬉しそうに話すお兄さんを止めてボクは話す。
「これ、元に戻らないんですか?」
 お兄さんは少し言いにくそうだった、頭をかきながら目をそらす。
「騙すつもりじゃなかったが、どうしてもパートナーが欲しくてね。確かめるには、実際に着てもらうしかない」
 体が震える、予感が現実になった。まだよく分からないけど、この鎧はもう脱げなくて、ボクはもう、人間じゃない。
「なんで、こんなこと」
 無理だと分かっていたけれど、ボクは鎧を脱ごうとするのを辞められなかった。胸の時のように、不意に外れて体の中が見えてしまうことが何度もあった。
 腕が開いた。太ももが開いた。お腹が開いた。胸が開いた。股間が開いたとき、中におちんちんが無かった。
 震えながら、何度も体を開いたり閉じたりするボクをお兄さんは必死になだめようとした。
「言っただろう、パートナーになって欲しいと。悪かったよ、そんなに嫌がるなんて思ってなかったんだ」
 嫌がる……そうか、ボクは嫌がっているんだ。なんで嫌なのか、自分でもよく分からない。ただ、体の芯が震えてしまって、止められないんだ。
「そうだ、少年には少し早いが、いいことをしてやろう」
 お兄さんはそう言うと、ボクの開いた腕の中に指を入れた。
「あ、あったかい」
「そして、こうだ」
 そのまま、外れた鎧の内側を指でなぞった。とてもくすぐったくて、どこか気持ちよかった。
「気持ちいいだろう」
「うん」
 ボクの鎧が開くと、お兄さんは同じようにしてくれた。太ももも、お腹も胸も。どこも暖かくて、ドキドキした。股間が開いたときは少し違くて、ドキドキとしびれるような感じが強かった。
「本当は、大切な人としかしないことだ。気をつけろよ」
 お兄さんはボクのちんちんがあったところに口を付けて、ぺろぺろと舐めた。
「ふぅぅ!」
 最初は怖かったけど、我慢するとすごく気持ちよくなった。ボクは毛深くなってたから、お兄さんは口を付けにくそうだったけど、長い時間口でぺろぺろしてくれた。最後のほうは、あったかい感じのほうが強くて、とても安心できた。
「ありがとう。少し、落ち着きました」
「それは良かった。お兄さんのほうは、ちょっと収まらない感じになっちゃったけどね」
「何がですか」
「大きくなれば分かるよ」
 そのあと、お兄さんは体を洗うと言って川の方へ降りていった。

 ◆◆◆

 お兄さんの世界はとても不思議なところだった。みんな鎧を着ていて、ボクのように動物の姿をした人も大勢いた。
 それより驚いたのが、お兄さんが国王の一人息子、王子だったということだ。
「ボクは、王子様のパートナーだったんですね。どうして教えてくれなかったんです?」
 しばらく暮らしてから、ボクは王子に聞いてみた。
「あの世界にオレの国はないからな、王子だなんて言っても通じないだろう。それに、パートナー……その鎧を使いこなせる相手とは身分なんて関係ない、対等な関係で居たかったんだ。キミがお兄さんお兄さんと言うせいで、弟分みたいになっちまったけどな」

身につけた少年をロボットに変えてしまう鎧

身につけた少年をロボットに変えてしまう鎧

夏休みに少年の世話をしていた祖父が熊に襲われ怪我をする。 少年は仇を討つため、通りすがった青年が売っていた熊退治の鎧を借り受けるが、身につけると脱げなくなってしまう。

  • 小説
  • 短編
  • SF
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2018-07-05

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted