*星空文庫

待ってるこっちの身にもなってくれ

やまなしレイ 作

待ってるこっちの身にもなってくれ
  1. 一.白髪三千丈
  2. 二.おすそわけ
  3. 三.絶望的観測
  4. 四.よびちしき
  5. 六.むせきにん
  6. 六-二.ねがうこと
  7. 七.運命共同体

――――この結末は絶対に予測不可能

一.白髪三千丈

一.白髪三千丈

 読んでいるみなさんからしてみれば、これは昔の話、うーんと昔の話っす。多分、何百年とか昔の話。
 ただ、具体的にこの話が西暦何年の出来事だとか断言しちゃうと、「この時代にこの服装はおかしい」とか「この道具が生まれたのはもっと後の時代のはずだ」みたいな歴史考証のツッコミが来るかも知れないから、いつだか分からない、うーーーーーんと昔の話ってことにしといてほしいっす。
 「西暦」って言葉もホントなら、あっしは知らないはずっすね。


 場所もどこだか分かんないっす。
 「この地域を舞台にしている作品だと、この言葉づかいには違和感がある」みたいに言われたくないんで、日本のどこかって思っといてくださいっす。
 ひょっとしたら「日本」じゃないのかも。「地球」でもない、どこか遠くの惑星の「なぜだか地球によく似た星」の「なぜだか日本によく似た国の話」かも知れないっす。あと、違和感くらいなら飲み込めって思うっす。

 そもそも、あっしからすれば「日本」とか「地球」みたいな言葉もピンと来ないっすね。生まれた村が世界のほとんどで、海の向こうに何があるかだなんて考えたこともない時代の話っす。



 そんな時代に、あっし達は男二人で旅をしていやした。
 大きな体にボサボサの髪、三度笠が目立つ男があっしのあにさんでやんす。あにさんと言っても血のつながった兄弟じゃなくて、あっしの方が荷物持ちとして連れて行ってもらおうと頼み込んだ関係なんで「あにさん」と呼んでるだけっす。

 本名は言えねっす。
 ここで「あにさん」の名前を明かすと「この名前が使われていたのは○○時代にちがいない」「なのにこの描写は矛盾している」みたいにツッコまれかねないんで、この小説に出てくる人物は一人を除いては名前が設定されてねーです。あっしのことも「小僧」とお呼びください。

 要は、みなさんから見れば、いつだか分からないくらいうんと昔、どこだか分からない場所、名前もない人達の話がこれから始まるってことっすね。

 ◇

「オイ、小僧。あれを見ろ」

 そろそろ日も傾いてきたころ、あっし達は今晩の寝床になる場所がないかと急ぎ足になっていたっす。野宿も慣れたもんすけど、村に着いたらありがたいなと思って急いでいたところでやした。

 道の真ん中に、うつ伏せで女の人が倒れていたでやんす。

「どうしやす、あにさん?」
「若い女だったらXXXXXXXXXXXXX

 あにさんの発言は仮に冗談だとしても「性犯罪を肯定的にとらえた作品」と解釈されて炎上しかねなかったので、自主規制が入りやした。



 TAKE2でやんす

「オイ、小僧。あれを見ろ」

 そろそろ日も傾いてきたころ、あっし達は今晩の寝床になる場所がないかと急ぎ足になっていたっす。野宿も慣れたもんすけど、村に着いたらありがたいなと思って急いでいたところでやした。

 道の真ん中に、うつ伏せで女の人が倒れていたでやんす。

「どうしやす、あにさん?」
「金目のものがあったらXXXXXXXXXXXXX

 あにさんの発言は「窃盗を助長させるかも知れない」「実際に窃盗の被害にあった人達の気持ちを考えたことがあるのか」と叩かれかねなかったので、自主規制が入りやした。



 TAKE3でやんす

「オイ、小僧。あれを見ろ」

 そろそろ日も傾いてきたころ、あっし達は今晩の寝床になる場所がないかと急ぎ足になっていたっす。野宿も慣れたもんすけど、村に着いたらありがたいなと思って急いでいたところでやした。

 道の真ん中に、うつ伏せで女の人が倒れていたでやんす。

「どうしやす、あにさん?」
「助けよう」
「それでこそ、あにさんっす」

 あっしが抱き起すと、女性は大体40歳くらいの方でした。

「ふむ、変な気は起こさなくて済みそうだな」

 これは別にあにさんが少女しか性の対象として見られない歪んだ欲望を抱えているとかそういうワケじゃないっす。この時代の庶民の大体の寿命は30歳代なので、40歳といえば結構な長寿なんす。


「どうやらその女性、病気みたいだな……」

 見れば、顔は真っ青でやつれてて、手足は細く、時折コホコホと咳きこんでいる様子っす。どうしてこんな状態で外を出歩いていたんすかね……?

「おばあさん!おばあさん!しっかりして下さい!」

 目を覚ましたおばあさんは、あっし達の姿を見るとこんなことを言ったっす。
「あぁ……旅の御方よ、お願いです。昨日から息子がいないのです。帰ってこないのです」

 聞けば、この家は年老いた病気の夫婦と息子さんの三人暮らしで、息子さんの稼ぎで何とか食いつないできたとのことっす。
 しかし、昨晩は息子さんが帰ってこず、食べるものも薬も用意できず、困り果て、仕方なく病気のお母さんが外を探してまわって、そこで倒れちゃったみたいっす。

 お母さんを村の自宅までおぶって連れてったあっし達は、息子さんを探してくれないかと必死に頼まれやした。
「分かった。だが、交換条件がある。息子さんを探している間、俺達をこの家に泊めてくれ」

 ◇

 日はもう暮れ始めていたっす。

「さて。どうしやす、あにさん?」
「今日はもう暗くなる。この状態で人を探すのはムリだな」
「じゃあ捜索は明日からで?」
「お主、泊まる場所が決まっても、メシはどうするつもりだ?」

 あー、あの家じゃ蓄えもなさそうっすもんねー。

「だから、これから隣家に恵んでもらいに行こう」
「……」

 これを読んでいるみなさんがどう思うかは分かりやせんが、この時代は村という共同体が強かった時代でやんす。だから、年老いた夫婦のために村全体で助け合うのはおかしいことじゃないっす。ま、あっし達は村の外から来た人間なんすけどね。



 隣の家は、老夫婦と若い夫婦とその子供の三世代の家でやんした。
 応対してくれた若い奥さんに事情を説明すると、イヤな顔をされたけど、汁物とイモを分けてもらえたっす。今晩はこれで過ごせそうっす。


「あー、それと。隣の息子さんの行方について、何でもいいから知っていることはないか?」

 後ろで黙って突っ立っていたあにさんが、若奥さんに尋ねやした。
 ん……? 今、ちょっと……?

「昼、村中を捜してまわっていたみたいなんだけどね。残念ながらウチらは何も知らねんだ」
「ふーん…? まぁ、イイや。最後に見かけた者は誰もいなかったのか?」
「朝早く出かけたらしいからね。誰も姿は見てねんだよ」
「ふむ。朝早く出かけたって、いなくなった息子さんは何をして生計を立ててたんだい?」
「漁師だよ。魚釣りの腕がすごくてね、たくさん釣って野菜と交換したり、ご両親の薬代にしたりしていたみたいだよ」

 なるほど、だから早朝に一人で出かけてたんすね。

「だからね。多分、漁の最中に海にでも落ちちまったんじゃないかと思うんだよ。あんな両親想いの御人が帰ってこないだなんておかしいもの」
「ふぅん……確かにね。分かった、ありがとう」

 あにさんはそれを聞いて帰ろうとしやしたが、最後に一つ振り返って尋ねやした。

「そうだ、いなくなった隣の息子さん。名前はなんて言うんです?
聞き込みをしようにも、それを知らなくちゃ聞きづらくてね」

 そう言えば、それを聞くのを忘れてたっすね。

「名前ですか?」

 若奥さんは教えてくれたっす。
 この物語で唯一“名前”を付けられた人物―――

「浦島さんです、浦島太郎さんという名前です」



  to be continued...

二.おすそわけ

二.おすそわけ

「浦島さんです、浦島太郎さんという名前です」

――――ちょうどそこまで読み終わったところで、



「センパーイ、お待たせしたっすー」

 うどんをお盆にのせた少女が到着した。
 体育終わりらしい彼女からは制汗剤のにおいがふわっと漂う。私は黙ってスマホをカバンにしまい、少し冷めてしまった日替わり定食にとりかかる。


 私の名前は大塚千影。高校2年生だ。
 そして、私を「センパイ」と呼ぶ彼女は上野心。高校1年生だ。

 私たちは一応「同じ高校の先輩・後輩」の関係ではあるが、同じ部活だったり、昔からの知り合いだったりというワケではない。女同士の恋人ということでもないし、「友達」かどうかも微妙だ。ただ毎週木曜日、こうして学食で同じテーブルを囲むだけの関係だ。

 ウチの学校の学食は生徒数に比してテーブル数が少なく、いつも超満員だ。私も去年1年間は一度も利用できず、毎日パンで過ごしていた。
 だが、今年になり木曜午前の最後の授業が移動教室&早めに授業を切り上げたがる教師になったので、そこから急いで学食に向かえば“木曜日だけはテーブルを確保できる”ようになったのだ。

 私には友達がいないので、せっかく確保したテーブルも一人で占拠していて申し訳ないなと思っていたところ、「誰も来ないなら相席してもイイっすかー?」とドッカリ座ったのが上野だった。聞けば、彼女の木曜午前最後の授業は体育のため昼休みには必ず出遅れてしまうとのことだった。

 それ以来、毎週木曜日の昼食は、この後輩と同じテーブルを囲むことになったのだ。

 ◇

「そういや、前から気になってたんすけど……センパイっていつもスマホで何見てんすか?」

 うどんを食べるのが下手すぎな上野は、周りに汁をまき散らしながら聞いてきた。こっちのお盆にまで飛んできそうで心配だ。そんなことが気になって答えなかったところ、追い立てるようにもう一度訊かれた。

「センパイって友達がいないじゃないっすか。
同じクラスに、とか。ウチの学校に、とかじゃなくて。生涯、生まれてこの方、人生で一度たりとも友達ができたことないじゃないっすか。」

 ぶほっ。
 思わずむせてしまった。

「そんなセンパイがスマホで何 見てんのかなーって。
ぶっちゃけ友達いない人ってスマホ持っててもイミなくないっすか?」

 てめ ふっざ けんな
「てめ ふっざ けんな」

 思ったことがそのまま口から出た。

「友達いなくても、有名人とかスポーツ新聞とか猫の画像をアップしてくれる人とかのTwitterをフォローしてるし!スマホ持ってるイミあるし!」
「そういう一方的なフォローばっかで寂しくなんねーすか?」
 たたたたたたしかに私のTwitterは100人をフォローしているのに対して、私をフォローしているアカウントは1人もいない。私が何をつぶやいても、世界中の誰も読んでいない状態だ。

「いや、でもな。聞けよ、上野。
誰かがTwitterとはSNSというより雑誌のようなものって言ってたぞ。しかも、自分で何を掲載するかを決められる、自分のための自分だけの雑誌だ」
「はぁ」
「私は有名人の動向とか、ニュースとか、そういうものをチェックする雑誌を作ってるんだ。オマエみたいに大して面白いこと言わないリア友のどーーでもいいつぶやきばかり載せてる雑誌より百倍おもしろいはずだぞ」
「“りあとも”って何すか?」
 え? そこに引っかかります?
「リアルの友達ってことだよ。ネットの友達じゃなくて」
「ほら、ネットでのつながりはリアルじゃねーって言ってんじゃねっすか」

 ぐぬぬ……そもそも私はネットの友達もいない。基本ずっと読むだけのROM専なので、どこかに書き込んだりもしない。誰とでもつながれるはずのインターネットでもなお、誰ともつながっていないキング・オブ・ザ・ぼっちなのだ。

「センパイも、そろそろクラスに友達つくった方がイイっすよー」
 一つ下の後輩にこんなことを言われてしまった。
 しかしなぁ。こればっかしは性分なのだ。誰とも関わりたくないし、煩わしいことはしたくないんだ。

 ……

 ………


「小説……読んでたんだよ」
「はい?」
「いや、さっき『スマホで何 見てんだ』って訊いただろ?
いつもここでネット小説を読んでるんだよ」
「ネット小説って何すか? 青空文庫みたいな?」
「私が読んでるのはそんな大層なやつじゃなくて、誰でも投稿できる小説サイトだ。小説家を目指している人が、誰でも自由に投稿できて、読者がそれを読むことができる―――」

 バン

 突然テーブルをたたく音がして、顔を上げる。
 見ると、いつまで経ってもクラスで一人だけ逆上がりができない子供を見るような目で上野が私のことを見ていた。

「センパイ! お金に困ってんすか!?」


「……は?」
 何を言っているのかよく分からなくて、リアクションが二行ほど遅れてしまった。
「あたしもお金そんな持っていないっすけど、少しくらいなら貸したげることは出来るっす」
「何言ってんの?」
「だって、小説を買う余裕もないほどお金に困ってんすよね? 素人の書いた小説しか読めないくらいお金がないだなんて」

 いやいやいやいや、待て待て。

「まずは全ての小説投稿サイトと、そこに投稿している人と、それを読んでいる人に謝れ」

「お金に困ってるワケじゃないんすか?」
「お金が余ってるワケでもねーけどさ……私が投稿サイトを読んでるのは、面白いからだよ。本屋で売っている小説も面白いけどさ、別の魅力があるっつーか」
「でも、しょせんはプロの小説家になれないアマチュアが書いたものじゃねーっすか」

 ヒドイ物言いだが、まぁ、一理ある。
 全体の平均値を比べれば、プロとアマチュアではレベルがちがうだろう。

「でも、そこが面白いっていうかさ……
“面白さが保証されていない面白さ”っていうか」
「辛いようでそんなに辛くないラー油(辛口)みたいなことっすか」

 全然ちがう。

「例えば、高校野球ってあるよな。
レベルだけで言ったら、大学だとか社会人だとか、もっと上だとプロ野球があって、メジャーリーグなんて世界中の化け物が集まりやがる。それに比べたら全然レベルが低いんだけど、自分の母校とか同じ町、地元の県の高校を応援しちゃう、みたいなことよ」
「あたし、野球とか全然わかんねーっす」

 てめえ、何行にもわたっての説明が終わってから言うんじゃねえよ。

「ポケモンで例えてくれたら分かるかもっす」
「……私が分かんねーよ」
「じゃあ、Splatoonで」
「みんなが使っている人気のブキより、私は私しか使っているのを見たことがないソイチューバーが好き、みたいな?」
「分かりやすいっす」

 今の例えで、他の人にも伝わるのだろうか?

「でも、あたしはリールガン系の方が見かけない気がしやすね」
「Splatoonの話の方を膨らますんじゃねえよ」

 要は、作品のレベルとか世間の人気とかじゃなくて、自分の好きなものを探す楽しみがあるって話だ。


「ごちそっさんです」
 気づけば、上野はうどんを全て食べ終えていた。
 私の方も定食を食べ終えていた。週に1度、私が学校で誰かと話す時間も今週はこれでおしまいだ。


「じゃあ、あたしもそのサイトを見てみるっすよ」

 ニヘニヘ笑いながら人なつっこく話すその後輩の姿は、なるほどコイツが誰とでも仲良くなれるワケだと思わされた。相手が好きなものに興味を持てる―――チャラチャラしているようで、人の琴線に触れるヤツなのだ。私にはこんなことは出来ない。

「センパイが読んでた作品は、何てゆーヤツっすか?」
「あー、さっき読んでたヤツか? あれは、ちょっとなー」
「面白くないっすか?」
「いや……まぁ、私には合わなくてもオマエには合うってこともあるもんな。毎週水曜の深夜に最新話がアップされるらしいし、ちょうどいいか」

 後輩は目をキラキラ輝かせながら言う。

「それなら、毎週センパイとその小説の話ができるってことっすもんね」

 まぁ、そういうことになるだろう。

「作品名は……『待ってるこっちの身にもなってくれ』だ」
「………」
「………」
「なんか、センパイのこと言っているみたいなタイトルっすね」


  to be continued...

三.絶望的観測

三.絶望的観測

 朝起きると、あにさんの姿は既になかったっす。
 こういう時はきっと、一人で調べたい何かがあるからで、あっしにはあっしでやるべきことをやることになってるっす。

 病気のお父さん・お母さんの代わりに、水を汲んできてお湯を沸かしてあげたっす。しかし、薬が買えないからか二人の調子はあんまりよくなんねーっすね。浦島さんが早く帰ってきてくれたらイイんすけど。一体どこに行っちまったのか、待ってるこっちの身にもなってほしいっす。


 あにさんがどこに行ったのか探しつつ、村の人達に“聞き込み”をしたっす。この村はどうやら旅の者があまりやってこないみたいっすね。よそもののあっし達と話すのが珍しいとみんな言ってたっす。



 探したら、あにさんは砂浜の向こうの岩場で釣りをしてたっす。
 見たところ小さな魚が多かったっすけど、結構釣れてるみたいっすね。

 ……?

「あにさん、その釣り竿とか諸々の道具はどうしたんすか?」
「浦島という男が昔使っていたものを、使わせてもらっている」
「えー、勝手に人のものを使うのは良くないっすよ」

 こういう迂闊な行動がインターネット上では炎上につながりかねないんすよ。


 TAKE2でやんす。

 朝起きると、あにさんは浦島さんのご両親と何かを話していたっす。
 どうやら浦島さんの行方を探すために必要なことがあって、その了承を取っているみたいっすね。感心感心。何事もちゃんと言葉にして説明してくれないと、要らぬ誤解を生みかねないっすからね。


 あにさんが出かけた後、病気のお父さん・お母さんの代わりに、あっしは水を汲んできてお湯を沸かしてあげたっす。しかし、薬が買えないからか二人の調子はあんまりよくなんねーっすね。浦島さんが早く帰ってきてくれたらイイんすけど。一体どこに行っちまったのか、待ってるこっちの身にもなってほしいっす。


 あにさんは砂浜に行ったらしいので、あっしの方は村の人達に“聞き込み”をして回ったっす。この村はどうやら旅の者があまりやってこないみたいっすね。よそもののあっし達と話すのが珍しいとみんな言ってたっす。



 一通り“聞き込み”が終わったので、あにさんのところに向かったっす。あにさんは砂浜の向こうの岩場で釣りをしていやしたね。見たところ、あんまり釣れていないみたいっすね。


「あにさん、その釣り竿とか諸々の道具は浦島さんが昔使っていたのを借りてるんすよね?」
「そうだ、ちゃんと御両親の了解も取っているぞ」
「なら、安心っす!」

 ◇

「小僧、お主の方は何をしていた?」
「村の人達に浦島さんの評判を聞いて回っていたっす」

 浦島さんの行方については誰も知らないということなんで、浦島さんがどういう人間だったのかから調べたんす。

「ふむ……では、まず俺の方から報告しようか」

 わざわざ浦島さんの釣り道具を借りたのは、浦島さんの行方を探すためと御両親に説明していやしたもんね。これで一体何が分かるんすかね?

「もっと朝早くから出かけていれば、もっとたくさん釣れたと思う!」
「……負け惜しみっすか?」
「ちがうちがう。この海でどのくらい魚が釣れるのかを調べたら、浦島の行動がつかめるかと思ったのだが……時間帯が変わるとどうも魚の動きも変わってしまうみたいだな」

 ……? あにさんは何を言ってるんすかね?

「魚が釣れなくて、浦島はどこか別の場所に移動した可能性があるのかを調べたかったのだ」
「あー! そういうことっすか!」

 あにさんは浦島さんがいなくなった原因を一つ一つ潰してるんすね。流石あにさんでやんす!
 それならば、昨晩の間に浦島さんの釣り道具を借りる約束をして、早朝に出かけるべきだったっすね。このままだと「日が昇ってから釣りに出かけるだなんて常識がなさすぎる」「釣り経験ゼロのくせに釣りシーンを書くとかwwwwwwww」みたいなレビューが付きかねないっす。


 TAKE3でやんす。

 昨晩の間にあにさんは浦島さんのご両親と何かを話していやした。どうやら浦島さんの行方を探すために必要なことがあって、その了承を取っているみたいっすね。そんでもって、今日は朝早くから出かけたみたいっす。あっしが起きた時には既にあにさんの姿はありやせんした。
 こういう時はきっと、一人で調べたい何かがあるからで、あっしにはあっしでやるべきことをやることになってるっす。


 あにさんが出かけた後、病気のお父さん・お母さんの代わりに、あっしは水を汲んできてお湯を沸かしてあげたっす。しかし、薬が買えないからか二人の調子はあんまりよくなんねーっすね。浦島さんが早く帰ってきてくれたらイイんすけど。一体どこに行っちまったのか、待ってるこっちの身にもなってほしいっす。


 あにさんは砂浜に行ったらしいので、あっしの方は村の人達に“聞き込み”をして回ったっす。この村はどうやら旅の者があまりやってこないみたいっすね。よそもののあっし達と話すのが珍しいとみんな言ってたっす。



 探したら、あにさんは砂浜の向こうの岩場で釣りをしてたっす。
 見たところ小さな魚が多かったっすけど、結構釣れてるみたいっすね。


「あにさん、その釣り竿とか諸々の道具は浦島さんが昔使っていたのを借りてるんすよね?」
「そうだ、ちゃんと御両親の了解も昨晩の間に取っているぞ」
「なら、安心っす!」

 ◇

「小僧、お主の方は何をしていた?」
「村の人達に浦島さんの評判を聞いて回っていたっす」

 浦島さんの行方については誰も知らないということなんで、浦島さんがどういう人間だったのかから調べたんす。

「ふむ……では、まず俺の方から報告しようか」

 わざわざ浦島さんの釣り道具を借りたのは、浦島さんの行方を探すためと御両親に説明していやしたもんね。これで一体何が分かるんすかね?

「たくさん釣れたぞ!」
「……見れば分かるっすよ」
「ちがうちがう。つまりな、この海では簡単に魚が釣れちまうんだ。ここ数日は雨も降っていないし、今日だけが特別というワケでもないだろう。きっと浦島がいなくなった日も、だ」

 ……? あにさんは何を言ってるんすかね?

「魚が釣れなくて、浦島がどこか別の場所に移動したとかはなさそうだ」
「あー! そういうことっすか!」

 あにさんは浦島さんがいなくなった原因を一つ一つ潰してるんすね。流石あにさんでやんす!

「ちなみに、浦島のものと思われる小舟も留めてあった。沖に出たということもないだろう」
 舟じゃないものに乗って海に出ることもなさそうっすもんね。

「じゃあ、あの若奥さんが言ってたように、海に落ちちゃったとかっすかね……」
 その場合は、その場合は、待てども待てども浦島さんは帰ってこないってことじゃないっすか。それじゃあ、あの御両親はどうなっちまうんすか。

「それも調べてみた」
 そう言ってあにさんが指したのは岩場の向こうっす。丸太が幾つか浮かんでいるっすね。

「ここから落ちた場合、潮の流れでどこにたどりつくのか、時間帯を変えながら見てみた。最終的には、全てあそこに集まるようになっていたな」
「つまり……もし、浦島さんが海に落っこちたなら、あそこに一緒に浮かんでるはずだってことっすか」

 だとすれば、だとすれば……浦島さんはどこに行っちゃったっすかね。


「小僧、お主が調べてきたことを教えろ」



「この村にある家は浦島さんちを含めて8軒っす。
村人は全部で42 名。基本は三世代が同居していますが、浦島さんちだけ御両親と三人暮らしでやんすね。」
「そうだ、そこが気になったんだ。浦島は嫁を取っていないのか?」

 浦島さんの年齢は二十五だそうっす。
 これを読んでいる人は「二十五で結婚していないことにゴチャゴチャ言われたくない」って思ったかも知れないっすが、一話で説明したように、この時代の大体の寿命は三十代なんで、十五~六で子供を作るのが一般的なんす。二十五で独身というのは、深刻な行き遅れっす。

 それと、この時代の結婚は恋愛結婚なんてほとんどなく、村ぐるみで結婚相手を用意するんす。じゃないと、あっという間に人口が減って村がなくなっちゃいますからね。

「十年くらい前に隣村から嫁さんが来る予定だったのが、直前に破談になったって村の人が言ってたっす」
「理由は?」
「それはちょっと分かんなかったっすけど、あの一家は村の中で孤立してるとこはあったみたいっすね」
「どうりでな。昨日、母親が浦島を探して村中をかけまわったというのに、村人は俺達が行くまで見て見ぬフリをしていたもんな。高齢で病気の夫婦を放っておけばどうなるか分からないでもなかろうに」

 ちょっと……可哀想な話っすね。

「あと……これも言うべきか悩んだっすけど」
「何だ? 言えよ」
「昨晩、夕飯をたかりに行った時の話っす」
「善意の施しを受けたと言え」
「あの時、その家の男の子がちょっと様子おかしかったっすね」
「ん? そうだったか」
「あい。飯をもらっている間はそうでもなかったんすけど、あにさんが隣の息子がいなくなったみたいな話をし始めてからは、ずーっとこっちをチラチラ見てたっす」

 そう言うと、あにさんはしばらく考えるように顎髭をなでていやした。

「しかし、子供一人で犯行ができるか……?」
「犯行って何すか?」
「浦島太郎を殺害して、死体をどこかに隠すことだよ」
「!!!!!」

 あにさん、突然なにを言い出すんすか!

「海に落ちたワケではない、沖に行くための小舟は使っていない、他の村に行く理由もない、だが姿は見えない―――そうなれば、誰かに殺されたと考えるのが妥当だろう」

 うーむ、確かに。
 でも、子供一人の力じゃムリっぽいっすよね。浦島さんの体格がどれくらいかは分かりやせんでしたが、特に小柄という話も聞きやせんでしたし。

「考えられるとしたら、村の他のものが殺害した現場をその子供が目撃してしまったとかか」

 ◇

 魚釣りを切り上げたあっし達は、手分けしてその子供を探したっす。あにさんの推理だと村の大人達の誰かが浦島さんを殺した犯人かも知れないので、大人達にはバレないようにしたんすけど、なかなか見つからないっすね。
 まさか、浦島さんと同じようにその子供も……? とは考えたくないっす。こんな平和な村に子供も容赦なく手にかける殺人鬼が混じってるとか、怖くて仕方ねーっす。

「小僧、ちょっと来い」
 あにさんに呼ばれて行ってみると、女の子供が二人いやした。年齢は七~八つくらいっすかね。

「あにさん、あっし達が探してるのは女の子じゃねっすよ。男の子っす」
「分かってる。なぁ、お嬢ちゃん達。一昨日の朝は何をして遊んでいた?」

 二人は顔を見合わせる。
 一人の子は畑の手伝いを、もう一人の子は弟・妹の世話で、遊ぶどころじゃなかったらしい。

「でも、男の子たちは浜辺に行ってたみたい」

 !!!!!! 新情報っす!
 大人達からは聞かれなかった話っす!

「それは何人だい?」
「三人。あの三人はいつもいたずらばっかしてて、いやんなっちゃう」

 浜辺に行っていた「いたずら小僧三人組」……それが浦島さんと何か関係があるんすかね。

「そこで何をしていたかは聞いたかい?」
「なんか、帰ってきたときに声をかけたんだけど……すごくふてくされてたよね」
「うん」
 もう一人の女の子も頷いたっす。
「大人に怒られた後みたいだった。どこかでいたずらが見つかったのかな」
 そういって、二人の子は向かい合ってキャッキャッ笑っていた。
 いつの時代も、おなごの話題の華は男子の悪口なんすねー。

「どんないたずらをしてたか分からないかい?」
 あにさんがそう聞いても、二人とも首をかしげるだけっす  ……と思いきや!
「そういえば、亀がどうこうとかってその日は聞いた気がする」と一人の女の子。

「でも、次の日その話を聞かせてって言っても、その話はもうしちゃいけないって言われたの」

 “も う し ち ゃ い け な い”?
 どういう意味っすかね。

「それは、ひょっとしてあの家の子かい?」
 あにさんが指したのは浦島さんちの隣の家、昨晩あっし達が夕飯をたかりに行った家っす。


 女の子が頷くとあにさんは考え込んでしまったので、二人に礼を言って帰ってもらったっす。

「いなくなった釣り人、いたずら好きの子供達、亀、そして次の日にはその話を禁じられる……」
 あにさんはぶつぶつとつぶやき、そして何か閃いたかのように立ち上がったっす。

「そうか! 分かったぞ!
浦島を殺した凶器は亀だ!生きた亀で浦島をなぐり殺し、そのまま海に返せば凶器が残らないということだ!」


  to be continued...

四.よびちしき

四.よびちしき

「そうか! 分かったぞ!
 浦島を殺した凶器は亀だ!生きた亀で浦島をなぐり殺し、そのまま海に返せば凶器が残らないということだ!」

 そこまで読み終えた私は、ふーっとタメ息をついてしまった。
 なん なんだこれは……?

 いや、やりたいことは分からなくはない。
 推理小説というのは基本的に「読者が分からない真相」に「探偵がたどりつく」という娯楽だ。そこに至るまでの「まさか」と、至った後の「なるほど」を楽しむのだ。そこをこの小説は……


「センパーイ、お待たせしやしたー」
 木曜日の昼、私はいつものように日替わり定食に手をつけず、上野を待っている間にスマホで例の小説を読んでいた。先週の約束によると、上野もこの小説を読んできたはずだ。コイツがどんな感想を抱いたのかは気になる。


「センパイ!センパイ、あの小説 読んだっすか?」

 今日の上野のメニューはカレーだった。カレーなら汁をそこら中にまきちらすこともないだろうし、安心だ。

「『待ってるこっちの身にもなってくれ』って、なんて略せばイイんすかね?」
「気になったとこ、そこ!?」

 思わず声が大きくなってしまった。

「だって、長いタイトルって覚えにくいじゃないっすかー。
『待ってるこっちの身にもなってくれ』だから、『まちみな』とかっすかね」

 ……ずいぶんとフンイキ変わったな

「見たら、この作者の小説ってみんな『待つ』が付くんすよね。
だから、『待つことには慣れている』は『まつなれ』、
『待つのももう限界だ』は『まつげん』、
『待っている間にしなければならないことがある』は『ましない』でどうっすかね?」

 ……

「『どうっすかね?』って訊かれても、私は作者じゃねーし。内容はどうだった? ちゃんと読んだ?」
「読みましたよー。センパイと話を合わせたいっすからねー」
 そう言って上野は人懐っこくニヘニヘと笑う。

 あんまり考えてこなかったが、コイツは何気に顔立ちが整っているし、こんな風に相手の好きなものに興味を持って心をゼロ距離に近づけることも出来る。男だったらコロッと好きになってしまうかも知れない。クラスの男子の中には密かにコイツのことを好きなヤツも結構いるんじゃないだろうか。

「授業中にスマホで小説を読むなんて、二宮金次郎みたいだと思ったっす」
「二宮金次郎は働きながら勉強してんだよ! 授業をサボって小説読んでる例えに使うんじゃねえ!」

 まぁ、かなりのバカなんでツッコミ疲れるかも知れんが。

「センパイは誰が犯人だと思います?」
「………?」

 ………?

「あっしは浦島さんの母親が怪しいと思うんすよ。
センパイは“ノックスの十戒”って知ってます? 推理小説を書く際のルールと言われてるんすけど」
「あー、中国人を出しちゃいけない、とかだっけ?」
 当時のヨーロッパ人からすると、中国人は何でもありの超能力者みたいな認識だったため推理小説に登場させないように言われていたらしい。

「その中の一つで、“犯人は物語の序盤に登場してなくちゃいけない”ってのがあるんすよ」
「あー……?」
「そうすると、パッと見で一番怪しいのは隣の若奥さんっすよね。息子が亀の話をしなくなったのが、母親をかばうためと考えると合理的ですし」
「………」
「でも、あっしは“一番怪しい容疑者は犯人ではない”と思うんすよ。なので、意外なところで、浦島さんの母親が犯人で、病気も演技じゃないかって予想をしておきます」
「………」
「問題は動機ですけど、主人公が村社会がどうのと繰り返し言っていることから、その辺が伏線になるのかなと思うっす」
「………」
「しかし、亀は何なんすかね? 何かしらのトリックに使われたのは間違いないでしょうけど、これで浦島さんを撲殺したとしても、その辺にある石で撲殺して海に投げ捨てるのと大して変わらないんじゃ……」
「待て待て待て待て待て」

 頭の回転が追いつかなかったが、ようやく言葉が出てきた。

「浦島太郎は まだ、 死んでいないぞ?」
「え? センパイはそう推理したんすか? ひょっとして浦島さん本人が犯人ってパターンっすか?」
「いや、浦島はただ竜宮城に行っているだけで……」
「は?」
「は?」

 あれ? 何だ?
 私が間違っているのか?

 推理小説というのは基本的に「読者が分からない真相」に「探偵がたどりつく」という娯楽だ。そこに至るまでの「まさか」と、至った後の「なるほど」を楽しむのだ。そこを逆手にとって、この小説は「読者が知っている真相」に「探偵がいつまで経ってもたどりつかない」という逆転をさせているんじゃないのか。

 最初に犯人が提示される『コロンボ』的とか『古畑』的とかとも言えるのかも知れないが……それらの作品と決定的にちがうのは、この小説は「起 こ っ て も い な い 殺人事件」に探偵役が奔走している点だ。

「え? え? この小説って推理小説っすよね?
センパイはどこでそんな突拍子もない推理をしたんすか?」

 まさか……まさか……
 ひょっとして……コイツ……

「あ、婚約が破断したとかってヤツですか? でも、アレはヒントとしては―――」

 ちがうちがうちがうちがうちがう!

「上野!!」
「はい?」
「オマエ……ひょっとして、『浦島太郎』を知らないのか?」

 ◇

 しばらくの沈黙の後、彼女は真剣な目でこう言った。

「何言ってんすか。知ってるに決まってるじゃないっすか。いなくなった息子さん、っすよね?」
「そうじゃなくて……何て言うか、本当の浦島太郎というか」
「え!? 浦島太郎って実在の人物なんすか!?」

 え……あれ? どうだっけ。
 金太郎は確か歴史上の人物だったはずだけど、浦島太郎って何だっけ。

「ちがうちがう! 実在したかどうかとかはどうでもイイんだ。浦島太郎が主人公の『浦島太郎』って話を知らないのか? ってことよ」
「浦島さんが主役のスピンオフ作品があるんすか!?」

 スピンオフ……
 あー、どう説明すればいいのかな。

「逆……かな。『浦島太郎』の方が本編で、どっちかと言うとこっちがスピンオフ……?」
「えー、マジっすかー。もうテンション下がったっすよー。そういうのは注意書きしといてほしいっす。センパイもセンパイっすよ! 予備知識が必要な作品を薦めないでほしいっす」
「悪いの、私なの?」

 というか、“ノックスの十戒”を知っていて、どうして『浦島太郎』を知らねえんだコイツは。

「シリーズのどこからでも楽しめますという宣伝を信じてゲームを買ったら、ストーリーが思いっきり途中から始まったのを思い出したっすよ」

 『スターウォーズ』をエピソード1から観て面白いのかという話に通じるものがある。


「でも、この作者の作品一覧には『浦島太郎』なんて話はなかったっすよ」
 ……
 ………

 ………!?

「待て、『浦島太郎』は別にこの作者が書いたワケじゃないぞ? もっと昔からある有名な話だ」
「え? 他人の作品のスピンオフを勝手に書いちゃってるんすか? 二次創作っすか? 権利者に怒られたりしやせんか?」

 『浦島太郎』の著作権者って誰だろう……

「ウォルト・ディズニーよりは昔からあるはずだから、著作権は切れてるんじゃないかな……」
 知らんけど。
 上野は相変わらず不満げにほほを膨らませている。うーむ、コイツがバカだとは言え、ちょっと責任を感じなくもない。

「上野、『浦島太郎』なんてそんな長い話じゃないから、あらすじを簡単に説明してやるよ」
「ちょっ!! ネタバレはやめてください! 一生恨みますよ! どーせなら自分で観ますから。あっし、素人に雑に展開をネタバレされるのが何よりキライなんすから」
「『浦島太郎』のネタバレって……」
「ネットフリックスで観られますかね?」
「観られるのかなぁ……」
 映像化されているかどうかすら知らん。

「でも、どーせなら“本編を知らずにスピンオフ作品を先に観た”という感想も貴重かも知んないし、本編を観るのは後回しにしますかねー」
「そんな感想は作者も想定外だと思うぞ」

 まさか『浦島太郎』を知らない日本人がいるだなんて思わねーし。

「そもそも、作品を楽しむためにあらかじめ他の作品を知っておかなくちゃならねーってのがあっしは好きじゃねえんすよ」
 まぁ、気持ちは分かる。
「パロディ作品とかって、『これの元ネタは○○だー』とか『元ネタの××を知ってる俺スゲー』みたいにヲタクが優越感に浸ってるだけじゃないっすか。エンターテイメントとしてはかなり腐っていると思うんすよね」
 ちょっと、しばらく、黙って聞いておこう。
「元ネタそっくりにして、『こんなギリギリを攻めるなんて勇気があるなぁ』とか崇めてんじゃねえっすよ。ただ人気作品のモノマネをしただけじゃないっすか。人気がなくても、無から面白いものを生み出そうとしているオリジナル作品の方が1億倍は勇気があるっすよ!」

 ……言うなぁ。
 これはあくまで上野心というキャラクターの見解であって、作者の見解ではありません。

「でも、上野。優越感で言ったら、推理小説だって『みんなが分からなかった真相に私だけが気づいた』って優越感に浸るマニアックなものだって気がしないか?」
「それは知識量じゃなくて発想力が試されてるのがちがうと思うんすけど……それ以前に、推理小説って犯人を当てたときより、外したときの方が楽しくないっすか?」

 よかった、コイツはちゃんと分かってる。
 推理小説というのは基本的に「読者が分からない真相」に「探偵がたどりつく」という娯楽だ。しかし、だからと言って読者が真剣に推理しなくてイイということではない。

「探偵に『犯人はコイツだ!』って言われて『まさか!』と驚くのが面白いんだもんな。犯人が分かっちゃった作品は、そこまで面白くないんだよな」
「読者は必ず探偵に敗北しなくちゃならねーってことっす。敗北感を楽しむエンターテイメントっつーか。なので、あっしは『自分が探偵になって事件を解くゲーム』ってあんま好きじゃないんすよね。あれは推理小説と似てるようで、正反対の娯楽だと思うんす」

 語る語る。
 そこで、ふと上野が後ろを振り向いた。

「かいちょーー! かいちょー! ちょっとイイっすか?」

 げっ。



 上野が声をかけたのは、お盆に天丼を載せて歩いていた長い黒髪の少女だった。学校にただ一人の友達もいない私でも知っている、この学校で一番有名な人物、生徒会長だ。

「どうしたの、上野さん?」
 昼食を抱えたまま立ち止まらされたのに、生徒会長はイヤな顔一つせずに応える。

「かいちょーは『浦島太郎』って知ってます?」
 おまえは何てことを訊くんだ。
「知っているかって……どういう意味?」
 そりゃ生徒会長も戸惑うよな。
「いやー、あっしが『浦島太郎』を知らないって言ったら、そこのセンパイにバカにされたんで、みんなフツーに知ってるんかなーって」
 こっちに話を振るんじゃねえよ。
 生徒会長はこちらを見ると、少し意外そうな顔をして「上野さん、大塚さんと仲良いんだ?」と微笑んだ。他意は、ないよな……?

「ハイ! マブダチっす!」
 いつからそんな関係に。
 つい先週「生涯、生まれてこの方、人生で一度たりとも友達ができたことない」と私のことを言ったのを忘れていないからな。つか、生徒会長もどうして私の名前を知っているんだ。今まで話したこともないのに。

 その後、上野は私からネット小説を教えてもらって、それが『浦島太郎』のスピンオフ作品らしいという状況を説明した。生徒会長はニコニコしながら話を聞いた後、「私もその小説を読んでみたいから、教えてくれる?」と言ってきた。
 そんなみんなで読むような作品でもないと思うんだけどなぁ……

「タイトルは確か……『まちなり』でしたっけ?」
「略称を教えても検索じゃ出てこねーだろ」

 しかし、正式名称は長くてパっと思い出せない。
 私がカバンからスマホを出そうとしたところ、

「あ、作者の名前なら覚えてるっす」と上野。
「じゃあ、後でその名前で検索してみるね」と生徒会長。
 生徒会長も上野と一緒でコミュ力が高いな。他人の好きなものに積極的に興味が持てる、私にはない能力だ。

「作者の名前は……確か、ひらがなで『やむなし』、カタカナで『レイ』で、合わせて『やむなしレイ』だった気がするっす! 」


  to be continued...

六.むせきにん

六.むせきにん

 ――――どうしたもんかな。
 木曜日の昼休み、いつものように日替わり定食を頼み、私は後輩を待っていた。

 いつか こんな日が来るとは 思っていた。
 そうなりそうだ とも 思っていた。

「大塚さん」
 見上げると、黒髪の生徒会長がお盆を抱えて立っていた。

 今日の彼女のメニューは親子丼だった。この人は丼ものしか頼まないのか? 意外というか、何というか。

「小説、見た?」

 彼女は「見た?」と聞いてきた。「読んだ?」ではなく。
 きっと彼女も分かっているのだろう、黙って頷く。

「上野さんとはもう話した?」
「いんや、これからだ」
「そう……彼女はどう思っているのかしらね」
「悪いな、アンタも巻き込んじゃって」

 自分から首をつっこんできた上野とちがい、彼女は本来こんな作品とは関わらなくてよかったはずなんだ。

 そこにノーテンキな声が響く。
「あー! カイチョーだ! 1週間ぶりっす! 相変わらずおキレイで」
 ニヘニヘ笑う上野。
 それを見て少し安心したのか、生徒会長は「じゃあ」と他の生徒会メンバーが集まっているテーブルへと向かう。

「オマエ、あの生徒会長にもフツーに話しかけられるのすげーな」
「そうっすか? 美人だし、やさしいし、何言ってもイヤな顔しないし、1年生の間では人気の先輩っすよ」

 私は……少し、怖い。
 同じクラスになったりしたことはないが、あの堂々とした立ち振る舞い、達観したような物言いは、同い年の身としては委縮してしまうのだ。

 生まれてこの方、たった一人の友達もいない私と。
 学校中から愛されて生徒会長になった彼女―――

 私にとって近寄りがたい存在に思えるのは、そういう理由もあるのかも知れない。


「そんなことより小説っすよ! センパイ!!」

 しまった。話を上手くそらしたつもりだったが、そうはいかんかったか。

「続きがアップロードされていないってどういうことっすか!」

 ◇

 やむなしレイという作者は、毎週水曜日の夜に最新話を公開していた。だから、私は毎週木曜日にここでそれを読んでいたのだ。だが、今週はまだ最新話が公開されていない。

「きっと、忙しくて間に合わなかったとか、体調を崩したとかだよ」

 そう言ってみたが、これは出まかせだ。多分そうではない。
 こうなる予兆はあった。それが分かっていたのに私は何もしなかった。私にとってインターネットは、誰ともつながらない場所だから。

「ちがうっすよ、センパイ! これを見てください!」
 上野がこちらに向けたスマホにはTwitterが映ってる。これは、まさか……


「そうっす!作者のTwitterアカウントっす!この一週間の作者の動向を探ってみやしたが、アニメの実況とかゲームの生配信とかしてるんすよ! むっちゃヒマそーじゃないっすか!」

 確かに、見てみたら昨晩も古いゲームの生配信をしていたみたいだ。ゲームしてるヒマがあるなら小説を書いてほしいというのは、読者としてはまっとうな意見のように思える。だが……

「サボってんすよ! サボリ! 許せないっすよ!
こちとら続きが気になって仕方ないのに!」

 オマエだって授業をサボってスマホで小説読んでるじゃねーかよとは思ったが、それは黙っておく。うーん、どう説明したら良いものか。

「上野……おとなしく聞いてくれ」
「はい?」
「何週間か前のオマエが言ったように、投稿サイトの小説というのはアマチュアが書いている。これでお金を稼いでいるというワケじゃない」
「そうっすねー。だから、あっし達が無料で楽しめるんすもんね」
「趣味の延長というか、楽しいからやっていけるというだけだ」
「っすね。あっしも漫研だから言っているイミは分かるっす」

 え? オマエ、漫研なの?
 「漫才研究会」じゃなくて? 「漫画研究会」なの?

 確かに、“ノックスの十戒”とか知っていたし、マニアックなところはあったが……

「漫研なのに『浦島太郎』も読んだことないの……?」
「あー、センパイ! そういう発言は良くないっすよ。世の中にはごまんと作品があるんだから、どんな有名作品にもまだ読んだことがない人がいるもんすよ! それをたまたま先に読んでたからって、みんなが読んでて当然みたいに思うのはゴーマンっすよ!」

 確かに私も『ポケモン』やったことないが、『浦島太郎』をそういうのと同列に語るのはどうかと思うぞ。

「まぁ、イイや。その話は。
要は、作者がただやる気だから続けているだけってことな」
「ふむふむ、それで?」
「だから、作者のやる気がなくなったとたん、途中で更新が止まったりするのが投稿小説なんだよ」

 ……

 ………


 …………



「え~~~~~~!!!!!!!!?」

 人がギュウギュウ詰めの学食で叫ばないでほしい。ほら、周りが一斉にこっちを向いた。

「作品を完結させないままぶん投げて、やる気がなくなったからもうやめます、なんて……そんなこと許されるんすか!?」

 まぁ、怒るのもムリはない。

「読者は、物語の結末を知らないままずっと悶々としなきゃいけないって言うんすか!?」

 こんな風に怒り出すことが想像できたから、生徒会長は心配していたのだろう。

「それじゃあ、誰が浦島さんを殺したかずっと分からないってことじゃないっすか!」

 それは……うん、ごめん。
 恐らくオマエ以外の日本人は全員、真相が分かってる。

「なんでセンパイはそんな冷静なんすか!
あっしより先に、この小説を読んでたじゃないっすか。途中でやめられたら、腹立たないんすか!?」
「こんなこと、しょっちゅうあることなんだよ……」

 もう慣れてしまった。
 作者が飽きて途中で止まった物語達、「リアルが忙しくなったのでやめます」とインターネット上から去っていく人達、時代に合わなくなったと閉鎖していくサイト達。

 いや、これはインターネットだからとか、アマチュアだからとかに限った話ではない。好きな雑誌が廃刊になったり、好きな俳優が引退したりして、ショックを受けたことは一度や二度ではなかった。しかし、それに文句を言う資格は私にはない。待つことしかしてこなかった私には―――

「上野、オマエ……一度でもこの作者に『面白かった』みたいな感想送ったか?」
「ないっすよ」
「そういう応援がなかったら、こんなこときっと続けられないんだよ」

 たかが趣味だ。お金になるワケではない。
 読んでくれる人の反応がなければこんなことは続かない。

「でも……そこまで面白くなかったしー」と、上野は口を尖らせる。

 ……
 ………

 ………え?

「オマエ、さっきまで『続きが気になって仕方ない』とか言ってなかったか!? 面白くなかったのかよ!」
「『面白い』と『続きが気になる』は別じゃないっすか。面白くはないけど、最後どうなるのかは気になる、みたいな」
 まぁ、それは分からなくはないけど。

「センパイこそ、感想を送ったりしたんすか?」
「まさか。学校にすら友達が一人もいない私がそんなことすると思うか?」
「威張らないでほしいっす。でも、やっぱりセンパイがそんなにショックを受けていないのが気になるんすけど……」

 そこまで言って上野は、ハッと何かに気付いたかのようなリアクションをとる。

「まさか、やむなしレイの正体って……!」
「私じゃないぞ。そんなベタなオチがあるか。私の兄貴とか父親とかイトコとかストーカーしている相手とかでもない。この話は『誰が作者なのか』の正体を推理する話じゃねえんだよ」
「そこで“友達”って単語が出てこないのがセンパイらしくてイイっすね」

 そうやって力なく笑う。
 コイツ、本当にショックだったんだな……

「私は今、読んでいるネット小説が10本あるからさー」
「そんなに!」
「だから、1本くらい途中で終わっても気にならない」
「ヒドイっす!!」

 突然終わりを告げてしまうインターネットコンテンツなので、いつ終わってもイイように好きなものをたくさん持っておこうというのが私のスタイルだ。そうしてどれか一つを熱烈に応援するワケでもないので、それが原因で終わってしまうのかも知れないが……

 あっしには1本中1本だったのにーとウダウダ言いながら上野はチャーハンをかっこむ。そこで、ふと決心したようにこっちを向く。

「センパイ! 今日の放課後、時間をくださいっす」

 なんだ……?
 この関係は、毎週木曜日に学食のテーブルをシェアするだけの仲じゃなかったのか。

「責任とってもらうっす! もし拒否すんなら、センパイのクラスメイト達に『あの人、クールぶってるけど実はみんなと仲良くしたくて、みんなから話しかけられるのを待ってるんだぜ』ってウワサを流すっすよ」

 やめて。
 マジで。それだけは。よくもそんな残酷な仕打ちを思いつくもんだ。

「分かったよ。んで、何をすんの?」
「連絡をとるんすよ」
「連絡…? 誰に…?」
「決まってんじゃないっすか。この小説の作者、やむなしレイに続きを書けって言ってやるんすよ」


  to be continued...

六-二.ねがうこと

六-二.ねがうこと

 午後の授業が終わり、放課後になる。
 あとは帰るだけ―――というのが、私のいつもの日常なのだが、今日はやらなければならないことがある。

 あーーーー、憂鬱だ。机に突っ伏していると、クラスメイト達のにぎやかな話し声が聞こえてくる。一人の女子が「マンガを描きたいのだけど、絵の才能がない」と友達に泣きついていた。
 あのコも漫研だったりするのだろうか。絵が描けなくてもマンガは描けるらしいぞと言いたかったが、話しかけるような仲でもないので、黙って立ち上がり私は教室を去った。


 一年の教室に向かう。
 学校に友達が一人もいない私は授業を受ける教室と学食以外にはほとんど出向かないので、新鮮な気分だ。いや、よく考えたら去年は私も一年生だったはずだ。この辺の教室を使っていたじゃないか。
 懐かしい気分になって1年A組の教室を覗きこむと、男子が数人で何かを談笑している。何を話しているのか少しだけ気になったので、聞き耳を立ててみる。

「貧乳という言葉には“貧”というネガティブな漢字が含まれているので、蔑称として受け止められかねない。これはからはヒンヌーと呼ぶのはどうだろうか」

 ……

 ………


 オイ、1年ども。
 私の思い出がつまった教室で何をしゃべってんだよ。


 上野を待たせるのも悪いので、そのまま1年A組の教室を素通りして1年E組の教室へと向かう。

「あー! センパイセンパイ! こっちっす!」
 まだ他の生徒も教室に残っているのに、大声で呼びかけるのはカンベンしてほしい。

 放課後に私と上野の二人で居座れる場所はそうはない。学食は封鎖されるし、漫研の部室には他の部員がいるらしい。どこかの店に行くお金もあまりない。ということで、私が上野の教室に向かうこととなったのだ。

 教室の隅っこの席を借りて座ると、上野が満面の笑みでスマホをこちらに見せてきた。
「私は捨てアカを取りました!」

 これは、Twitterのアカウントか。
 「捨てアカ」とは「捨てアカウント」の略で、自分が普段使っているアカウントとは別のアカウントを新たに用意することで、“自分が誰だか特定されない”ように使うことが多いらしい。自分が普段使っているアカウントが誰にも知られていない私は、もちろんそんなことをしたことはないけど。

「んで、どうすんだ? 普通にリプライを送るのか?」
「それだと第三者の横槍が入るかもしんないんで、グループDMに誘いこみたいっすね」

 リプライとは、Twitterのどのアカウントからでも送れるが、他の人にも見られてしまうメッセージ。
 DMとは、基本的にはTwitterでフォローしあっているアカウントでしか送れないのだが、他の人には見られることのないメッセージ。

「ということは、相手からフォロー返ししてもらわなくちゃいけないのか。難しくないか?」
 伊達に誰からもフォローされずにTwitterを続けている女じゃないんだぞ、私は。
「秘策があるっす」
 そう言って上野が私に見せたのは、やむなしレイがフォローしている人の一覧だった。

「この人、女性アカウントからフォローされると必ずフォローし返すみたいなんすよ」
「最低だなコイツ!!」

 ということで……と、上野が見せてきたのは例の捨てアカの投稿だった。

 ……


「これ、私の写真じゃねえか!」
「こういうつぶやきをしておけば女子高生のアカウントにしか見えないし、99%フォロー返しされるっすよ!」

 むしろ怪しいだろ……
 こんな手に引っかかるバカなんて……

「ほら、もうフォロー返しされたっす」

 バカいたーーーーーーーーー!!

 ◇

「じゃあ、ちゃっちゃとDM送るっすよ」
「待て、上野。オマエは何と送るつもりだ」
「さっさと続きを書けよ、このボケナスがあああ! って」
「いきなりそんなこと言ったら、即行でブロックされて終わりだろ……」

 更新の催促なんてされても、そもそも小説書きなんて人種は「書きたいのはやまやま」なんだ。でも、どうしても文章が出てこないとか、出てきても面白くならないとかで書けないんだ。無理強いしても、出てこないもんは出てこない。

「続きを書いてくれたらセンパイのパンツ画像を送りますからって言ってもダメっすかね」
 私がダメだ!

「まずは当たり障りのない話題から入って、徐々に『どうして続きを書かないのか』の理由を聞きだして、そこから相談に乗るってのがイイだろう」
「センパイ、コミュ障のわりによく考えてるんすね。いや、よく考えるからこそコミュ障になるんすかね」
 ほっとけ。
 そうして話し合った結果、上野が送ったDMはこんなカンジになった。


シャンシャン:
 やむなし先生、フォロー返しありがとうございます! 私のセンパイもやむなし先生のファンなんで、グループDMに招待してもイイですか?

「何だ、このシャンシャンってハンドルネームは」
「ほら、あっし上野なんで」

 ちなみに私のハンドルネームは9876543210だ。

「センパイの名前こそ何すか! 女子高生らしさのカケラもないじゃないっすか、そんなんだから誰もフォローしてくれないんすよ」

 えー、数字だけの名前ってカッコ良くないか?
 そんなことを言っていると、やむなしレイから返信がやってきた。

やむなしレイ:
 こちらこそフォローありがとうございます! 今まで一生懸命やってきてよかったです。センパイともども、これからもよろしくお願いしますね!

「なんか、思ったよりフツーの反応っすね。小説書くのをサボってゲームやってるヤツのセリフとは思えねっす。」

やむなしレイ:
 ちなみに、あさってから初代『バイオハザード』の実況を始めるからよろしくね!

「ゲーム実況の方のファンだと思われてるじゃないっすか!!」

 ここで仕方なく私が助け舟を出す。

9876543210:
 やむなし先生はじめまして。先生がファンタジー作品を書いているころから作品を読んでいます! 私が一番好きなのは、未来を予知できる少年が主人公だったバトルものです!

「へー、前はファンタジーとかバトルものとかも書いてたんすか、この作者。推理ものだけじゃないんすね」
「あぁ…この作者、学園ものとかSFとかも書いてるぞ」
「多才っつーか、なんつーか……」

やむなしレイ:
 バトルもの! あの作品、当時「何が面白いのかサッパリ分からない」「理由もなく人を殺す敵がイミフメイ」とか散々叩かれて、二度と書かねえよって思ったもんです。まさか、好きな人がいらしたとは……

「作者の中では黒歴史になってんじゃないっすか!」
「そんな……私はアレが一番気に入ってたのに」
「どういう話なんすか?」
「テメエ、『浦島太郎』はネタバレすんなって言ってたくせに、こっちはイイのかよ」

シャンシャン:
 実は、私がやむなし先生の小説を知ったのはセンパイに教えてもらったからなんすよー。新作も続きを楽しみにしてるっす

「どうっすか? 自然な形で続きを催促できたんじゃないっすかね」
「まぁ、イイんじゃないか? これで、どうして更新していないのかが分かるだろうし」

やむなしレイ:
 申し訳ないですけど、もう小説は書くつもりないんすよねー

「ええええええええええっ!?」
「えーーーーーーーーー!?」

 流石に私も上野も同時に叫んだ。
 教室には私達以外にもう誰も残っていなくて良かった。

 しかし、この作者――――「この作品の続きを」ではなく、「小説自体を」もう書くつもりがないと言ったぞ。

やむなしレイ:
 小説って書くのがすごく大変なんですけど、読みたい人は多くないから大した反応はもらえないし、誰からも褒めてもらえないし、来るのは辛辣な批判意見ばかりだし、自分には向いていないのかなーって

 そう、その予感はあった。
 今回の小説は、第1話の冒頭から過剰なまでに叩かれるのを恐れた描写が続いていた。叩かれないように叩かれないように断り書きを繰り返していて、叩かれそうな描写が出てきたら物語を巻き戻してまでやり直していた。きっと今までの作品で批判ばかりされてきたことで、叩かれない予防線を張りたかったのだろう。そんな状態まで追い詰められた人が、物語を描き続けることは出来ない。

 だが、それを読んでもなお、誰もこの作者に救いの手を伸ばさなかった。

 今のインターネットは、マンガでも小説でもゲームでも動画でもブログでも、「誰でも作品を発表できる」場だ。そのせいで、恐ろしいまでの数の作品にあふれている。がんばってがんばってがんばって作品を作って投稿しても、誰も応援してくれないなんてケースも多いのだろう。いや、むしろそれがほとんどなのかも知れない。

 しかし、上野は食い下がる。

シャンシャン:
 でも、私とかセンパイみたいに、感想を送ってはいない隠れファンだっていると思うっすよ

やむなしレイ:
 閲覧者の数もどんどん減っているんですよ。その割には批判コメントは変わらずに来るし、もうイヤになっちゃってね

9876543210:
 ちなみに批判コメントってどんなのが来るんですか?

やむなしレイ:
 「リアリティがない」「キャラクターの行動が唐突」「男に都合のイイ展開ばかり続くのが虫唾が走る」「女を性の対象としか見ていないのが透けて分かるのが不快」「オッサンの妄想を押しつけるな」「そもそも誰も読んでないだろ、こんな作品」「とにかくお前のことが嫌いだから早く死んでほしい」

「ポンポンと出てくるなぁ!」
「後半は批判っつーか、個人攻撃っすねー」

やむなしレイ:
 その割には「面白かった」なんてホント言ってもらえないんですよ。別にそのせいでやめるとは言わないんだけど……誰からも「面白かった」と言ってもらえなくて、批判ばかりされた作品は、失敗作だと思うじゃないですか

シャンシャン:
 はぁ……まぁ、そうっすかね

やむなしレイ:
 それで次の作品はガラッと方向性を変えて、全然ちがうことをやると「前のが好きだったのにどうして変えたのか」って怒られるんですよ。じゃあ、ちゃんと“前の時点で”そう言っておけよ! と

「だからこの作者、ファンタジーとか学園モノとかSFとか時代劇とか、バトルとか推理とかいろんなジャンルを書いていたんすか」

 それは別に多才でも何でもなく、「何をやっても芽が出ない」と思って右往左往しているだけだったのだ。そうして行き着いた最後の場所が『浦島太郎を殺した犯人を探す時代劇』だとは。

やむなしレイ:
 「批判もちゃんと受け止めてこそ創作者だろ」とか言う人もいるけど、それはちゃんとした批判だったらの話だと思うんですよ。ろくに文章も読めない、ろくに文章も書けないヤツの批判意見なんて何も参考にならねえっつーの! 推理小説を途中までしか読まずに「犯罪を肯定するのか」とか「犯罪被害にあった人の気持ちを考えたことがあるのか」とか言われても、「ここからその犯罪を解決するんじゃボケエエエエエ!」としか言えないですよ。

 あー……だから、「何の事件も起きていないのに、それを解決しようとする探偵の話」が始まったのか。

やむなしレイ:
 作品と感想に限った話じゃないけどさ、今の世の中どうしてこんな「クレーム」ばっか飛んでくんの? やれ「不快だ」とか、やれ「差別的だ」とか、やれ「配慮に欠けている」とか、全方位的に誰のことも不快にさせない物語しか許されないのかよ! そうしたクレームを真に受けて、誰のことも傷つけないように女のコが集まってキャッキャっとイチャイチャするだけの作品を書いたら今度は「内容がない」とか言うんだぜ。作品からその内容を奪ったのは、誰だよ!!!!!!

 これはあくまでやむなしレイというキャラクターの見解であって、作者の見解ではありません。

やむなしレイ:
 だからね、小説を書くのはもうやめて、次は動画を作って投稿しようかなと思っているんです

「路線変更にもほどがあるっす!」

 ふーーー。私の方は少し落ち着いてきた。
 小説を書くのをやめると言われたのは驚いたが、確かに最新作は「迷走している」感が強い不安なものだったし、ここらが潮時なのかも知れない。

 くり返すが、彼らはアマチュアなんだ。やめたくなったらいつでもやめてイイんだ。


「イくないっすよーーーー!
私は続きが気になってんすよ! 浦島さんを殺した犯人は、誰なんすか!」

 まぁ、推理小説の結末を書かないでやめるというのは私もどうかと思うが、このケースは特殊だ。何故ならこの作品に限っては「読者が先に真相を知っている」のだ。だから、結末を書かれなくてもさほど問題はない。


 『浦島太郎』を知らない、なんて特殊な人でもない限りは。


シャンシャン:
 やむなし先生! アナタが今後も小説を書き続けるかどうかなんて、どうでもイイっす! アナタの人生はアナタの自由っすからね。でも、一度始めた物語は区切りをつけてください! あっしは新作の続きが読みたいんすよ!

 上野の必死の、魂の叫び。

シャンシャン:
 書いてくれたら、センパイのパンツ画像を送ってもイイっすから!

 オイこらてめえ。
 また「女を性の対象としか見ていないのが透けて分かるのが不快」って批判されるぞ。

やむなしレイ:
 いや、正直ぼくは女子高生のパンツになんてそんな興味ないんですよw

シャンシャン:
 え! そうなんすか。女子高生のパンツに興味がない霊長類がいるとは思わなかったっす

 この後輩は女子高生のパンツを万能なものだと思いすぎている。

やむなしレイ:
 女子高生がミニスカートでパンチラしながらサッカーする作品とか書いたことがあるせいか、誤解されているみたいですけど。ぼく自身は別にエロイのが好きなワケじゃないんですよ

「つか、何なんすかその『女子高生がミニスカートでパンチラしながらサッカーする作品』って! どこでやってんすか、そんなの!」

 意外と近くでやってたりするんだよな、これが……

やむなしレイ:
 創作活動をしたことがない人の中には「作品=作者が気持ち良くなるためだけの妄想」みたいに思っている人がいるんですけど、恐らくすべての小説書き・マンガ描き・イラスト描きは「作者のため」じゃなくて「読者のため」に作品を書いていると思うんですよ

シャンシャン:
 そういうもんすか

やむなしレイ:
 そりゃそうですよ。自分に都合のイイ&自分が気持ち良くなるためだけの妄想だったら、わざわざ何時間・何十時間もかけて作品にしてアウトプットしなくても、脳内で十分じゃないですか。それをわざわざアウトプットするのは、「人に見せるため」「読者を楽しませるため」って目的がなきゃやってられないですよ

 ……

 ……確かに、そうなのかも知れない。

 「読者のため」だから作者は作品を書き続けることができるのかも知れない。
 そういう目的がなかったら、作品なんて書かずにゲームばっかりやっていた方が楽しいのかもしれない。



 でも


 だけど


 だと言うのなら……!


シャンシャン:
 それは間違ってるっすよ! 先生!「間違ってる」と言わせてもらうっすよ!

 上野は真剣な目でフリックする。

シャンシャン
 「読者のため」ってゆーのは立派だと思うんすけど、それって作品の評価を読者に丸投げしてるだけじゃないっすか!

 上野はフリックする。

シャンシャン:
 それで「読者から褒めてもらえない」「批判意見ばかり来る」って、作者自身が作品のことを黒歴史のように言って、挙句にはもう小説を書くのをやめるとか言い出して……なんか、読者に責任転嫁してるように見えるっすよ!

 フリックし続ける。

シャンシャン:
 だから、一度だけでイイから

シャンシャン:
 「自分のために」作品を書いてほしいっす

シャンシャン:
 読者の反応とか批判意見なんて気にせず、クレームなんて「うるせえこのやろう!」で一蹴してイイから、「自分が書いて楽しい」「自分が読んで楽しい」作者が気持ち良くなるためだけの妄想を形にした作品を書いてほしいっす。小説をやめるかどうかは、それから考えればイイんじゃないんすか?

 ……

 ………

「上野、オマエ」
「あっしも漫研っすからね。気持ちは分かるんすよ」

 作品を生み出す大変さ。
 やめたくなる気持ち。
 すべてを投げ出せばきっと楽になれるという悪魔のささやき。


 でも、

 でも、忘れちゃいけない。


 初めてペンをとったあの日を。
 初めて物語を書いたあの喜びを。

 生まれてくるキャラクターと、動き出す世界――――

 私たちは、何が楽しくて作品を書いていたのか。


やむなしレイ:
 シャンシャンさん、ありがとう。ずっとノドに引っかかっていたものが取れた気がします

シャンシャン:
 小説 書く気になったっすか?

やむなしレイ:
 ハイ! これからは読者の反応なんて気にしないで「自分のため」だけに小説を書こうと思います!



 そのメッセージを読んだとたん、上野はこっちを見てニヘニヘ笑う。
 やはり、コイツにこうして心の奥まで飛びこまれたら、ゼロ距離射撃でどんな相手もイチコロなんだな。相手の幸せを一番に願い、相手が一番願っている言葉を言ってあげられる、私にはない能力だ。


やむなしレイ:
 次の作品は、ぼくが妄想する、ぼくだけのための「冴えない男が異世界に転移して、魔王と戦いながらお姫様とかメイドさんとかロリエルフとかとイチャイチャして、ハーレム御殿を築きあげてひたすら子作りをする小説」を書こうと思います! 自分のためだけに!

 誰だ、さっき「ぼく自身は別にエロイのが好きじゃないんですよ」とか言っていたのは! 「女を性の対象としか見ていないのが透けて分かる」じゃねえか!


 ……


 ………ん?


 ……あれ?


 上野が叫ぶ。
「ちょっと待ってくださいっす! それじゃあ浦島さんを殺した犯人はどうなるんすか! あっしが読みたいのは、あの推理小説の続きなんすよ!!」

 だが、読者のためではなく、作者自身のためだけに作品を書くことに決めた作者には、もう読者の声は届かないのであった。めでたし、めでたし。



「めでたくねーーーーーーーっす!」



  to be continued...

七.運命共同体

七.運命共同体

 気がついたら、あっしは一人で森の中にいたっす。
 さっきまであにさんと二人、村で子供を探していたはずなのに、おかしいっすね……

 仕方なく周りを散策していると、大きな泉があって、キレイな女の人が立っていたっす。見たこともない髪の色、見たこともない目の色をした、色っぺえおねえさんはこう言ったっす。



「異世界からの来訪者よ……
今この世界は魔王によって滅ぼされつつあります。しかし、この世界の人々はそれぞれの利権を争うばかりで、一つとなって魔王と戦う道を示すことが出来ていません。今こそ異世界からやってきた貴方の力が必要なのです」

 後から知った話なんすけど、あっしはこの女神様の力でこの世界に呼び寄せられたらしいっす。あにさんのことは心配でしたけど、こっちの世界はもっと大変みたいだったんで、こっちで魔王を倒す戦いをすることにしたっす!

 ◇

 どうやら異世界からやってきたあっしには無条件で強力な“魔法”が使えるらしく、魔王軍相手にも連戦連勝だったっす。
 そうやって勝ち続けるとどんどん仲間が出来て、一国のお姫様とか、その側近のめえどさんとか、女騎士さんとか、えるふの娘さんとか、魔女っことか、とにかくたくさんの人が力をかしてくれたっす。しかも、どうやらみんなあっしのことを好いてくれているみたいで、ムッフッフっすね! でも、そういうのは全部魔王を倒した後にとっておくっす!


 その過程は正直どーでもいいので結果だけ書くっすけど、激闘の末に魔王を倒したっす!

 お姫様は世界を救った功績として、あっしに大きなお屋敷をくれやした。世界中から称賛された勇者となったあっしは“もてもて”で、一緒に戦った仲間達だけでなく、世界中からおなごが押し寄せてくるほどでやした!

 いやー、もてる男は大変っすね!! 体がもたないっす!

 ◇

 たのしい時間はあっという間に過ぎるっす!
 あっしはこっちの世界で35人のお嫁さんと、40人の子供に恵まれたっす。それでいて魔王を倒した報酬と、魔王から奪った財宝の一部だけで一生遊んで暮らせるだけの蓄えができやした。幸せの極みっすね!

 ただ、時々ふと思い出すんすよね。

 あにさんは今、どうしているのか……
 浦島さんを殺した犯人は誰だったのか……


 ある日、あっしはまた一人、あの森に戻ってきたっす。
 今度は自分の意志で。

「女神様、お願いしやす。元の世界に帰してほしいっす。あにさんのところに戻りたいっす。あっしがいなくても大丈夫か、心配なんす」
「異世界からやってきた勇者よ……元の世界に帰れば、二度とこちらの世界には戻って来られぬぞ。それでもよいのか」
「いいっす。もうこの世界でやることは全部やったっす!」

 力を失っても……
 勇者ではなくなっても……

 やっぱりあっしは元の世界に帰りたいっす。
 あにさんと二人で旅を続けたいっす。

「そうですか、分かりました……では、この箱を貴方に授けましょう」
「なんすか、この箱は?」
「何でもありません。この箱は決して開けてはなりません」
「??? なんでそんなもん渡すっすかね」

 まぁ、もらえるもんは全部もらっておくっす。
 そうして、あっしは元の世界に帰してもらったっす。

 ◇

 あっしは「あにさんのところ」に帰してもらう約束をしたはずなのに、そこは人が一人もいない、ただの荒れ果てた場所だったっす。
 いや……この砂浜と、その向こうの岩場は見たことがあるっす! あにさんが釣りをしていた場所じゃないっすか。あっしはちゃんと元の世界に帰ってきたってことっすね!!

 でも、周りを見渡してもあにさんはいやせんでした。
 というか、村人も一人もいないし、家も全部なくなってるっす。あっしはそこら中を探して走り回ったっす。

「どうして……あにさんは、どこに……」

 女神様はあにさんの居場所を間違えたんすかね。

「いや、間違ってはいないぞ」

 見上げるとヨボヨボで白い髭を伸ばしたおじいさんがこっちを見ていたっす。村人っすかね! でも、聞き込みをした時にはこんな人は見かけなかった気がするんすけど。

「その男は確かにここにいる。他のどこにもいない」

 おじいさんがそう言うので、あっしは周りを見回しやした。
 でも、ここにはあっしとおじいさんの二人しかいねえっすよ?


「おまえがここを去ったことで、おまえが『あにさん』と慕っていた男はおまえが村人に殺されたと思ったのだ。浦島太郎と同様に」

 そんな! あっしはただ異世界に飛ばされていただけなのに、そんな勘違いをしてしまうだなんて……

「浦島の母親とその男は、必死に犯人を探した。いもしない犯人を。
だが、村の人々からしてみれば、実際に人が二人もいなくなって、その犯人を探されている。それは気分のイイものではなかった」

 それが助け合う村という共同体。
 村の誰かが犯人扱いされるなら、それをかばう。

 本当は犯人なんていなかったとしても――――

「夜、本来なら村中が寝静まるようなころ、浦島の家は村人たちからの襲撃を受ける。浦島の父は殺されてしまうが、母と男はなんとか逃げ出した。母は息子と夫を殺された恨みを、男は相棒を殺された復讐心を捨てられなかった」

 それが 本当は 誤解だったとしても――――

「母と男は村に火が放ち、村人を一人また一人と殺していった」

 何故……

「家も燃え、畑も燃え、村人は皆殺しとなった」

 何故……

「だが、復讐を遂げた側の母と男も満身創痍で、炎の中から抜け出す力はもはや残っていなかった」

 何故……

「おまえが今立っている場所が、男が絶命した場所だ」

 何故そんなことになっちゃったんすか!!!!!

 誰も、本当は人を殺したりなんかしていなかったのに。
 どうして誤解でそんなことになっちゃったんすか。

「おまえは分かっているはずだ」

 悪いのは“村のため”に浦島さんちを切り捨てようとした村人たちっす。

「おまえは分かっているはずだ」

 悪いのは、殺人事件だと決めつけて村人を疑ったあにさんたちっす。

「おまえは分かっているはずだ」

 悪いのは、あっしを勝手に異世界へと呼び寄せた女神様っす。

「おまえは分かっているはずだ」

 悪いのは、

 悪いのは、
 悪いのは、
 悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、悪いのは、あにさんが待っていることを忘れて、異世界で楽しくやっていたあっしだと言うんすか。


「うわああああああああああああああああああああ!!」

 これが罪なんすか。

 待ち人を待たせた罪。

 あっしのせいで、あにさんが死に、浦島さんの両親が死に、村のみんなが死んだっす。小さな子供も、子供をお腹に抱えた妊婦さんもいたのに、みんな! みんな死んじまったっす! あっしのせいで!! あっしのせいで!!


 気が狂いそうっす。

 もう、狂っているのかも知れないっす。

 後悔と罪の意識を抱えて、

 そのすべてを捨てて、あっしは こ ん な こ と を 思ってしまった

「異世界に戻りたい………」

 もう戻ることはできないと女神様には言われやしたけど、勇者として“ちやほや”されて、たくさんの嫁さんと、かわいい子供たちに囲われた、幸せしかない場所――――そこに、戻りたい。



 それ こそ が
 あっしの 最大の 罪


「ならば、その箱を開けるがよい」

 おじいさんはそう言い、立ち去っていったっす。
 箱――――!

 そうっす! 女神様から授かった箱があったっす。
 決して開けてはいけないと言われたっすけど、それは「元の世界に帰りたい」場合の話であって、「異世界に戻りたい」今ならこれを開けるべきかもっす。


 急いで紐を解いて、箱のふたを開けたあっしが見たのは一面の煙だったっす。モクモクモクモクモク、この煙の向こうに異世界があるんすかね。

 そう思っていたら、煙の中にあにさんが現れました。

「あにさん! あにさん!」

 しかし、あっしの声はあにさんには届きやせん。
 あにさんはいなくなったあっしを必死に探し、夜に村人の襲撃を受けて、命からがら逃げて、村に火を放ち――――――


 これは、あっしがいなくなったあの日から今日までにこの村に起こった出来事っす。この箱は“自分が待たせてきた人達がどうなったのか”を見せる箱だったんす!


 そうして、煙の中で村が滅び、あにさんが死ぬ姿を見せつけられ、煙が晴れた先で待っていたのは……華やかな異世界ではなくて、やはり荒れ果てた場所でやした。かつて村があった場所、かつてあっしとあにさんが立ち寄った場所。

 いや、ちょっとちがうっす……箱を開ける前と比べて、ちょっと目がかすれてよく見えねっす。煙が目に染みたんすかね。と思ったんすけど、体の様子もおかしいっす。ひざが痛くて、腰も痛くて、立っているのがキツイっす。

 とにかくノドが渇いた……っす。
 よろよろと歩いて、川までたどりついたあっしは驚きやした。
 水面に映っていたのはヨボヨボで白い髭を伸ばしたおじいさんだったっす。さっきのおじいさんと同じように。



 これが“報い”なんすか……
 あっしが犯した“罪”の……


 そう言えば、さっきのおじいさん……
 まるで見てきたかのようにこの村のことを知っていたし、箱のことも知っていやした。いったい、あの人は何者だったんすかね……

 THE END.


 ◇


 読み終えた私は、ふーーっと息を吐き、スマホをカバンにしまった。
 なるほど、こういう締めくくりか。確かに『浦島太郎』の結末では村がなくなっていたはずなので、そこに理由付けをしたのは面白い。「竜宮城に行っていた」という浦島の物語を、今流行りの異世界ものに絡めて終わるのも斬新と言えるだろう。

 どうなることかと思ったこの作品も、決着してしまえば悪くなかったんじゃないかと思える。

 だが……


「センパーイ!! 見ましたか、あの終わり方」

 頭から湯気が出ていそうなほど興奮している上野がやってきた。今日の昼食はラーメンか。これはまた汁が大変なことになりそうだな。

「納得いかないっす! なんすか、アレ! 異世界に行ったり、帰ってきたり、突然おじいさんになったり、脈略のない展開の連続は!! 女神様はなんであんなイミフメイな箱を渡したんすか!?」

 それ、きっと日本中の子供達が『浦島太郎』を読んだときに通過した道だから。

「そして、何より! 結局、浦島さんを殺したのは誰だったんすか !?」

 そうだ。結局「浦島太郎が何をしていたのか」はこの作品の中では説明されなかったのだ。そこはもう「本編を読んでください」としか言いようがないのだが……


 “浦 島 太 郎 は 誰 に 殺 さ れ の か?”か……

「浦島を殺したのは、多分、人を待たせた時間の重み……かな」

 人を待たせるということは、その人の“時間”を奪うということ。
 玉手箱の“報い”が「老人になる」というのは、その“時間”を自分も同様に奪われるとも言える。若者でいられる貴重な時間を奪われる“報い”。私達が生きるリアルでは「TAKE2」からやり直すことはできないのだから。

「は? 何すか、それ。人を待たせるのなんて、そんなに気にすることっすか?」
「待ってるこっちの身にもなってくれ」

『待ってるこっちの身にもなってくれ』

『待ってるこっちの身にもなってくれ』 やまなしレイ 作

「いつだか分からないくらいうんと昔、どこだか分からない場所、名前もない人達の話」……二人の男が旅の途中で立ち寄った村で、ある事件に巻き込まれるような、巻き込まれてはいないような。 【毎週水曜夜~木曜朝くらいに更新します】 【この本は2018年11月末日までの限定公開とします】 配信者のブログはこちら→ http://yamanashirei.blog86.fc2.com/ 配信者のTwitterはこちら→ twitter/yamanashirei

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更新日
登録日 2018-07-04
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