北へ
ヒーロー
伸ばしたては、いつも届かなかった。
だからいつも諦めてしまう。
どんなに努力しても、届かないのならって……
でも、その先を目指してしまう。
だって、その先がみたいから
社会とは、いつも理不尽なものだ。
どんなに頑張っても、簡単に切り捨てられる。
先日、一年も努めたバイト先を昨日クビになった所だ。
「明日からどうしようかな」
つぶやくようにコーヒーを飲む。
バイト生活を始めてから、毎朝このコンビニでコーヒーを飲むのが日課になりつつあった。
種類はその日の気分で、缶コーヒーだったりいろいろだ。
「次のバイト先……探さないとなぁ」
誰に言うわけでもなく、ほう……っと声をこぼす 大山 大輝 は、蒸し暑くなってきたにもかかわらず熱い缶コーヒーをまた一口
その瞬間、後方から誰かに突き飛ばされた。
っと言っても、その大柄な図体は微動だにはしなかったが、口に近づけていたコーヒーが服に掛かる。
「アッツ!!!」
後ろで声が聞こえる。
振り返ると、小学生くらいの女の子が倒れていた。
多分、こうだろう。
この子が後ろからぶつかってきて、そのままそこに倒れているんだろう。
だが、これはどうするべきだろうか……
声を掛ける。というのはとても危険だろう。
近年では、声をかけただけで事例になる。最悪、このまま警察沙汰になるかもしれない。
だったら、答えは一つ
このまま立ち去ろう。何も言わず。
だって、何をしていいかわからない。声のかけ方も、助け方も……
そんな時は関わらないのが一番だ。
体を動かそうとした時、足の裾を引っ張られた。
倒れていた女の子が、申し訳なさそうにこちらを見ていた。
そして、小さな声で「ごめんなさい」と言っていた。
何を言っていいのかわからない。
どう接したらいいのかも……
だから、この手を振りほどいて逃げてもいいのかもしれない。
だけど、それができなかった。
「いや……その、大丈夫か?怪我とかないか?」
少しかがみながら顔をの置きこむ。
涙をためた顔を素ながら、彼女は言った。
「たすけて……」
多分、聞き間違えたんじゃないかな?
いや、もしかしたらオレのことだったのかもしれない。そう考えていると、黒いスーツを着た男たちがやってきた。
掴んでいた手は力なく剥がれ落ちた。
オレ自身も、複数人の男たちを目にして下がった。
「やっと捕まえた。すぐに連れて行け」
っと指示する声が聞こえた。
男と目が合う。
しかし、興味なさそうにすぐさま少女に目を向け、呆れたようにため息をついた。
そして、数名の男たちは彼女を連れて行こうとした。
唖然と立ち尽くすオレ
さっき聞こえたんだよな?
それはきっと……
彼女はこちらに顔を向ける。
俺に向けての……
声にならない叫びをこちらに向けた。
確信した。
彼女はオレにハッキリと
「たすけて」
と今、ハッキリと言った。
その刹那、貼り付いていたはずの足は、地面を蹴り、自慢の巨体を男たちに向けてぶつけていた。
数名の男たちはそのまま大きく吹き飛び、何人かはその場で何が起きたか理解できていなかった。
オレは、彼女の手を迷わず掴み
「行こう!!」
と走り出した。
まるで”英雄”みたいに……
オンボロロケットとオヒメサマ
「オレはヒーローになりたいんだ。誰もが認めるようなヒーローに」
子供の頃、将来の夢を学校で発表するときに、オレはその場ですぐさまそう答えたそうだ。
どこかで戦っているヒーローは、どんなピンチだって希望を見せてくれる。
毎週朝七時に目覚まし時計で起きて、誰よりも先にテレビの前を独占した。
画面に近づきすぎて親父によく怒られたものだ。
怒られても、魅入るようにテレビに釘付けになった。
どんなに絶望的な状況でも退くことを知らない戦士のように戦い。世界を救う彼の姿に、俺は憧れていた。
「オレもいつか、こんなヒーローになるんだ」
そんなオレも、今や27歳
そんな夢みたいなことを言える歳じゃなくなった。
憧れていたヒーローには程遠いわがままボディ。
そしてこのチキンハート
どう逆立ちしても、オレがヒーローなんかに離れるはずもなかった。
なれるはずもなかった。ハズなんだ。
今のオレは、悪党に連れ去られていた女の子と逃げている。
どうしよう……どうしよう……
口から溢れる言葉とは裏腹に、気分は高揚していた。
ニヤける顔。
「まずは隠れなきゃ」
女の子を引く手をしっかり握り、角を曲がる。
眼の前に、ちょうど似たような女の子を連れた親子を見つけた。
二人は、先の角を曲がるみたいだったので、これを利用しようと考えた。
彼女の手を握り、近くのマンションの階段通路へ逃げ込んだ。
複数人走ってくる音が聞こえる。
見つかるなよ。見つかるな……
と心で祈る。
離れる足音、声が聞こえる。
「おい!!待て!!」
その声が聞こえた瞬間だった。
「行くぞ」
と彼女を見ずに、さっき来た道を戻った。
不安げな心境が伝わった。でも、オレにも考えがあった。
コンビニ裏の駐車場に着く。やっと一息つけた。
彼女も息を荒げているが、とても良い顔をして笑っている。
「アハハハ……」
っと声を出して笑っていた。
オレは、限界以上に走ったせいで、その場で倒れ込んだ。
「これでいいか?全く……それじゃぁな。」
そう言って立ち上がろうとするが、流石にすぐすぐ動けそうもなかった。
「はぁ……ダメだ。少し休もう」
地面に伏せ、大きく息を荒らげる。
「あの……ありがとう、ございます」
「それはどうも……ところで、どここか行く気だったのか?」
「うん、その……ここに」
彼女はポケットから一枚の写真を見せてきた。
「ここに行きたいの」
その写真に写っていたのは、どこかで見たことのある場所。
たしか……親父とお母さんがよくデートに行っていたって言ってたなぁ。
一度行ったことあるけど、ここからだと相当遠いなぁ。
「何しに行くんだ?そんなところに」
「行ってみたいの。パパとママが出会った場所なの……だから、行ってみたいの!!」
少し迫り出したように語る彼女。
真っ直ぐ顔を見る眼は、透き通っていた。
北へ