童話詩
御伽噺を生きる女の子たち。
『Alice』
魔法にかかったのは
貴方の方よ
『Alice』
迷い込んだこの場所で
貴方と縺れるなら
アタシは悪い子ですか
それとも悪いのは他の誰か
だって秘密には独特の
甘い美味しさがあるわ
アタシの中身なんて
どす黒い何かだから
そんなに覗き込まないで
全て計算尽くの
少女らしさなんかに
惑わされたなら可哀想
それってほんとは違う色よ
貴方の好きなアリスブルー
アタシの汚さを包んで
可愛く仕上げてくれる
特別な色
貴方がアタシに許した
この色で全部誤魔化せば
まるで本当みたいでしょ
本当の愛に見えるんだから
偽物でも別にいいよね
「ツンデレて偽物の偽物ってやつ」
『花ざかりの庭』
美しい花を見て
美しいと言えるなら
まだ大丈夫よ
『花ざかりの庭』
夢の中でもアタシ
可哀想な花だった
強がりの茨に囲まれた
独りぼっちの花
男の子たちはいいね
心のままに好きになって
心のままに嫌いになって
アタシの気持ちなんて
誰に分かるでしょうか
誰も愛せない寂しさを
誰が分かろうとするでしょうか
あの子みたいに
浮ついた気持ちが欲しい
たった一度でいいから
手に入れたいと必死になりたい
茨の冠なんて
別に欲しいと思ったことないよ
ツンとして嫌な女なら
もうアタシを見なくていい
放っておいていいんだよ
「その冠は色とりどりね」
『乙女的性理論』
アリスがアリスである為に
『乙女的性理論』
ねえ、帽子屋さん
もしアタシを愛してくれるなら
もう一秒も離さないで
アタシが欲しいと
狂うくらい抱き寄せて
天蓋付きのベッドで
パパとママの目を盗んで密会
愛し合えば全てが
どうでもいいように思えるの
背の高い貴方に抱き上げられると
アタシ何だか世界が違って見える
いつもの庭も何だか違う
愛欲に溺れた庭師の君よ
土で汚れた爪で
弾いた欲望には赤い跡
アタシはアリスでありたいの
だから貴方は帽子屋であって
どんな逆境でも
毅然と貴方を選んでみせる
アタシはアタシの気高さを
この世の何より信じているの
「気高きアリスよ、君は至上の妾婦」
『純愛』
フランケンシュタインの
怪物らしく悲しい様が
堪らなく愛おしい
アタシの病名は
『純愛』
どうして愛されるか
分かっていないのね
貴方はいつだって
可哀想な子供なのよ
嫌われて畏怖されて
そういうのがアタシ
堪らなく好きなんだ
そういうのにアタシ
堪らなく惹かれるの
貴方にはアタシしか居ない
その寂しさは
本当に美しいと思わない?
その涙は本当に尊いの
誰にだって理解できない
貴方を愛してくれる人なんて
世界中でアタシだけよ
こんな風に命をかけて
貴方に恋するなんて
世界中でアタシだけ
「そういう勘違いが堪らない」
『拝啓、王子様』
ガラスの靴を忘れたこと
わざとなんて言わないで
『拝啓、王子様』
だって仕方なかった
アタシの運命なんて
一欠片の希望に縋るしか
抱かれて摘まれて
花としての命は終わったから
その後はひたすら
罠を張るしかないじゃない
秘密のある女は魅力的でしょ
さっきから貴方
そんな目でアタシを見てる
我慢できないなら
アタシは構わないのよ?
だってもう摘まれた花
盛りの時は終わったの
嘆いても仕方ない
そうこれは謂わば
愛に纏わる戦争なのだから
「さあ、召し上がれ」
『人魚』
これは御伽噺
なのにどうして彼女は
海の泡にならなければいけなかったの
『人魚』
愛されないことなど
最初から分かっていた
それでも一目
一目だけでいいから
美しい髪も
スラリと伸びた脚も
透き通る声も
何も貴方は見てくれない
叶わない恋なんて
この世にありふれていると
知っていてもなお
貴方を想うアタシを嘲笑うのね
人に生まれれば結ばれたのですか
否、人に生まれても叶わなかったのですか
それならば何故
こんなにも心を奪うのでしょう
貴方という罪深い存在に
アタシが殺されるまで
あと少し
「勝手に恋におちた癖にね」
『Snow White』
赤い林檎は要らない?
真っ赤に熟して
今が食べ頃
『Snow White』
膨らんだ胸に口付けを落として
貴方が食むのはイケナイお菓子
森の奥に居るのは
アタシだけの可愛い人
何時か終わりの時がきて
眠りにつく日がきても
アタシには貴方だけよ
きっと、たぶん
だってこの白い脚は
違う方に開かれることもあるでしょう
貴方以外を受け入れて
アタシはまた綺麗になるの
今はまだ貴方だけのアタシ
黒髪を指で弄び
鼻歌交じりに得意顔
愛しいけれど退屈だわ
カウントダウンは始まってる
まるで知らないような顔で
貴方の背中に爪を立て
歌う声色は毒林檎色
ねえ、見て
アタシ綺麗でしょ
真っ白で真っ赤で真っ黒で
世界で一番アタシが綺麗
「食べられたらお終いなんて嘘よ」
『ペルソナ』
午前〇時過ぎ
貴方の笑顔が引き攣る
『ペルソナ』
御伽の国を一歩出れば
現実は容赦ないけど
そんなの何の足枷にも
ならないこと知ってるわ
安易な答えを求めれば
手段は限られているから
アタシは自分の
意思を殺すことにしました
甘い声で囁いて
貴方の理性を揺さぶる
これってもう常套句
「アタシを食べて」
陥落した殿方に
興味はないわ
早くここから連れ去って
もう直ぐドアが閉まるから
少しずつ剥いでゆく
仮面の裏をもっと
醜いその顔を
もっとよく見せて
無条件なんて
この世にはないでしょ
だからアタシはこの身を
貴方は知恵を
与え合って生きてくの
「例えばそれが愛と呼ばれるものだとしても」
『red』
狩人の矢に倒れたら
貴方はもうアタシのもの
『red』
血が滲む指先を
口に含んで貴方が言う
「これは愛の行為です」
でもね
アタシ知ってるの
貴方が口にしたのは
アタシだけじゃないこと
別にどうってことないわ
アタシだけじゃなくても
永遠に愛されることは可能な筈
赤い頭巾に隠した笑みを
勘違いしたのは貴方の罪
行方をなくした狼の
行き着く先はアタシだけ
これは愛の行為
そしてその先の行為
アタシは貴方の王であり
支配者でなければならない
狩人の矢は心臓に
でも安心して
永遠の為の試練なの
「自己満足の行き着く先は」
『赤い招待状』
どんなに汚い手を使っても
必ず貴方を手に入れる
『赤い招待状』
純潔を足蹴にして
ここまで来たの
アタシの名は灰かぶり
愛なんて必要ない
どんな男に抱かれても
それが貴方を手にする手段なら
躊躇ったりしないのよ
追い詰めて
憐れみさえ込めて
貴方を愛してあげる
だからこっちへ来て
他の誰がこんな妄執を
貴方に抱けると言うの
貴方にはアタシしかいないのよ
可哀想で愛しい貴方よ
大人しくアタシを抱きなさい
誰に汚されても
決して消えない灯を見せてあげる
「アタシに灯った穢れなき悪意を」
『美女と野獣』
アタシの胸に薔薇1輪
傷ついた証は口付けの痕
『美女と野獣』
だから言ったじゃない
こんな恋は報われない
アタシ達は結ばれないの
それが定めなのです
制服のスカートを翻し
君の元へ走ったけれど
決して報われない愛を
黙して受け止めることしかできない
舞台上のロミオは
舞台上のジュリエットにしか
恋をしないのです
幕が降りれば全てがお終い
薔薇は散ってしまうことでしょう
アタシの胸を鮮血で染めて
それでも人から見れば
美しく見えるのでしょうが
例えるなら悲恋とは
口にすれば溶けていく砂糖菓子
一時の後味を残して只消えるだけ
そして後は思い出
魔法が終わる時が
恋の寿命の尽きる時と
知っている癖に
それでも胸にあるのは優しい思い出
君の笑顔が消えない
ジュリエットに向けられた
あの愛おしげな目が
アタシの胸から消えないのです
「野獣のままでいて欲しかった」
『phantom』
仮面の下の
素顔にこそ恋をした
『phantom』
どんな美しいものより
貴方の醜さは
アタシの胸を射止めた
地下室の暗闇で
哀しく口ずさむ
そのメロディーの
意味が知りたい
いつからだろう
アタシが汚れた日か
美しさとは詰まり
醜さだと気付いたのです
引き攣った傷痕を
舌でなぞれば
これはもう
如何にも官能的
屋根裏に隠した
秘密のように
アタシの胸を焦がし
朝日に照らし出された
気不味さにも似た
ああ、これこそ
ずっと求めていたもの
アタシの本能が
ずっと探していたもの
「舞台上より愛を込めて」
『シンデレラ』
はじまりは運命
だったら終わりは
『シンデレラ』
一目見た時から君をなんて
有り得ないでしょ
嘘偽りだらけのアタシなのに
取り繕った見た目で
真実の愛なんて見つかりようがない
靴ずれに泣いた目で
貴方を見上げれば
偽りの恋も始まるでしょうか
それともこれは
御伽噺にも数えられない下らない寓話ですか
幾ら美しい言葉を吐いても
結局はアタシの中身なんてどうでもいいのね
貴方が恋をしたのは
虚像でしかないのです
差し入れた手が太腿に達するまで
あと二秒
虚像の恋が終焉を迎えるまで
あと二十分
さぁ、今を楽しんで
12時までの戯れなら
それを楽しむしかできないのだから
「ガラスの靴は持って帰るわ」
『私的童話』
盲目的な恋も
妄執のような愛も
魔法にかかれば
夢のよう
戯れに睦み合い
それを永遠にしたとして
何を残せるというのか
海の底で眠る秘密は
そのまま秘密にしておいて
森の奥に横たわる棺は
決して開けたりしないで
そうしてアタシは
唯一の物語に至る
童話詩
現実におかえりなさい。