やさい星人味

やさい星人味

 結構遅い時間だった。そうだ。大体23時を過ぎた辺りで僕の腹が鳴った。それは布団を敷いて最近買ったばかりのタオルを広げて眠りについた時に、小さな炭酸の泡が重なりあってガスが押し退けて胃袋の壁を消し去ったんだ。睡魔は突然に消えた。次に空腹が芽生えた。如何してかはわからない。でもその空腹に対して僕は沈黙なんてできなかった。初めての感覚だった。もし、いつもなら腹が減った程度で騒ぎ出す事なんてないし、後で飯を食べるかと思うだけであるのに。今回は特別だった。布団から起き上がった僕は部屋の灯りを点し、布団の横にダラリと散らかっている服を取って着替えた。その後、近所のスーパーに向かった。

 歩いて向かうには丁度いい距離で車を走らせるには逆に面倒だった。僕はエンジンの振動音が好きじゃない。スーパーの看板の照明が見えてくる、駐車場には数台の車が停車していた。意外に思った。こんな時刻でもスーパーに行く奴なんているんだなと簡潔に考えて僕は自動ドアを通り過ぎて店の中に入店した。目の下に薄っらと黒いクマができた店員がダンボールの箱を運んでいる。その奥にスカートの短い女が歯ブラシに手を伸ばしてジッと見ていた。僕はその2人の横を過ぎて何を買って帰ろうかと思った。チキン的なお惣菜か、メロンパンの中にチーズが入った菓子パンか、クリームシチュー味のスナック菓子か、こんな風に商品を見て回ったがどうも僕の心の中でヒットする食物はなかった。それで僕はなんとなしに缶詰めコーナーに立ち寄った。缶詰め。そう言えば僕が缶詰めを買ったのはいつの頃だっただろうか? 結構な昔である様にも思える。最後に買ったのはサバの缶詰めだったか? 缶詰めのコーナーを舐める様にして見た。腹のノックの間隔が早まったせいだ。缶詰めなんてものには興味は全くない僕だったが、意外にも缶詰めの種類が多い事に気づいた。桃とかミカンとか果物の缶詰め、サンマ、タコの缶詰めなんてモノは勿論であるが、たけのこ、アスパラガス、マッシュルーム、コンビーフ、うずら卵水煮、カレー、シチューなんてものある。そうして商品を眺めているうちに僕はある缶詰めが気になった。

「やさい星人味」

 やさい星人味? だって? なんだそれは? そう思って手にとってラベルを見てみるが「やさい星人味」というラベル以外は何も貼り付けられていない。ただ丸くてアルミの反射が妙に光る何処にもある缶詰めであった。その缶詰が置いてあった場所に目をやるが、この缶詰の他には何もない。その横の列にはトマトの缶詰めとかイワシの缶詰めは置いてある。僕は不思議に感じて一度はこの缶詰めを元あった場所に戻したが、どうも気になってしまい、手に取って購入した。

 店の外に出ると夜の空からにわか雨が降っている。霧が吹き付けて落ちてくる雨だった。僕は急足でアパートに戻り、早速居間に座って缶詰を開ける事にした。時刻は24時を過ぎていて、僕の呼吸の音しか聞こえない。それで缶詰の蓋に指をかけてキリキリと開けた。ところが缶詰めの中には何も入っていないではないか、アルミ缶の底がピカピカに光っているだけ。僕は不良品を買ってしまったのかと思いため息を吐いた。そのタイミングである。部屋のチャイムが鳴った。さっきまで静寂だったので一瞬、心臓が止まって身体の縁が震えた。だってこの時間に訪ねてくる客なんて普通はいない。もちろん、僕の周りにこの時間に来る奴なんて居ないし、いたところで僕の携帯に連絡を入れて来るはずである。僕は恐ろしい気分になりつつ玄関の扉に付いているレンズを通して、チャイムを押した者の姿を見つけた。緑色のウグイス色のワンピースを身に付けた女だった。黒い髪の毛の奥にある顔の表情はあまりよく見えなかったけども、ただ、こう思った。何故、僕のアパートにやって来たのか? 僕はアホだからドア越しから質問だってできたのに、それをせずに、鍵を回してドアを開けた。それでこう尋ねた。

「なんですか? この時間に。もうスズメもアヒルも寝静まっています。もし、起きているとすればナメクジとカタツムリくらいなもんでしょう。だって雨が降ってますからね。例えるなら僕が寝ている時に千円札が降ってくる感じですね。そりゃあ、飛び上がって喜びます。ナメクジもそんなもんでしょ?」

「確かにそうかもしれません。けども私は雨が降って来たから此処を訪れたわけではありません。貴方に起こされたからです」と女は言った。

 僕は意味がわからなかったが意味がわかったフリをして頷いた。

「もしかするとお隣さんですかい? それなら謝ります。しかし、どうも腹が減ってしましましてね。この時間に出かけたわけですよ。その時に玄関の扉を閉めた音がうるさかったかもしれませんね」

「それは違います。しかし、なんですから中に入ってもいいですか?」女はそう言うと僕の返事も聞かずにズカズカと中に入った。緑色のヒールを丁寧に脱いで靴を揃えて勝手に進んで行く。黄色いストッキングを履いていた。肩には水滴が付着している。にわか雨に打たれたんだろう。普通なら騒いで追い出している。だがこの時間のせいと腹の空腹のせいで僕はそのまま女を居間に通した。女は僕がさっきまで寝ていた布団の上に座った。それは当然だ。僕の居間の中は本やダンボールや食いカスで座る場所がなかったからだ。女は正座をしてこっちを見ている。僕はこの時、初めて女の顔を見たが恐ろしく美人であった。ネットとかで転がっいるモデルの非ではない。素晴らしく整っているのだ。マネキンに人の皮膚を移植したと言われれば信じたほどに。だが僕はこの女を見ても不思議とただの普通に感じる程度だった。男の友人を前にしている。そんな感じだ。理由は特にない。だがそう感じたのだからしょうがない。僕は女の正面に座った。僕のある意味では殺風景に一つの絵が浮かんでいた。

「早速、尋ねますが、貴方は先ほど缶詰めを買いましたね」

「うん。買った」

「それで、その缶詰めを開けたんですか?」

「うん。開けたよ。でも中には何も入っていない。空っぽさ。綺麗に光るアルミの底しか見えない」

「その缶詰めを私に見せてくれませんか?」

「ああ、いいよ」

 僕はそう言って女にさっき開けた缶詰めを渡した。女はそれを受け取って注意深く見た。女の眉間にシワが入る。

「私、ある研究をしているんです」と女は深刻そうな顔で言った。

「なんの研究ですか?」

「それは……」

「いいじゃないですか? 教えてくれませんか?」

 女はゆっくりと口を開いた。まるでガスが抜けるように。
「数年前、地上に頭からカブが生えた宇宙人がやって来ました。その宇宙人はカブを人間に寄生させて繁殖するんです。簡単に言うとカブが本体であるわけでして、まさにカブ星人と言ったところで、このカブ星人はいろんな星の生物に寄生して文明を発達させ、星が滅ぶと移動して別の星の生物に寄生したわけです。それで次にやって来た星がこの地球でした。カブ星人はもちろん地球の人に寄生しようとしましたが、何と地球の人たちはこのカブ星人を食べてしまったのです。地球の人たちは元々、この地上にあるカブ何ら変わらないカブ星人を気づかずにパクパクと食べてしまったのです」

「はぁ、バカバカしい。そんな話を信じろと僕に言うんですか?」

「ええそうです。しかもその次にやって来たのがレタス星人でした。このレタス星人も地球の農家の人たちに気づかれないで食べられてしまいました。またまた次にやって来たのがトウモロコシ星人です。このトウモロコシ星人は主にニワトリに食べられてしまいました。またまたまた次に現れたのがメロン星人でしたが、その星人も主に夕張方面で……」

「おいおい、ちょっと宇宙人やって来すぎじゃないですか? しかも何か勝手に食われてますけど」

僕はそう言って女の手にある缶詰めを見た。そして或る事に疑問に持った。

「ならその缶詰めは何なんだ?」

 女は少し間を置いてから答えた。「さっき私、研究していると言いましたよね。それが今、話した宇宙人。つまり【やさい星人】の事なんです。どうやら【やさい星人】の味はとても美味しいらしくこれを元々ある野菜の遺伝子と組み換えようと、或る人たちは考えているのです。それで私たち研究員は日々、【やさい星人】の遺伝子を調べているのですが、一昨日、何かしらの手違いによって【やさい星人】の細胞が入ったサンプルを他のルートに誤送してしまい。この近くのスーパーに渡ったらしいのです。そうして私が回収する前に貴方が買い、サンプルの蓋を開けてしまったのです」

「おいおい、それは気持ち悪いな。その【やさい星人】の細胞って人体に影響はあるんじゃないだろうな」

 女は再び間を置いてから「それはですね……。これは良い事か悪い事か、多分悪いんでしょう。この細胞を直接吸った者は非常に野菜好きになってしまうんです。私も2年前にキャベツの細胞を間違えて浴びたせいでこのように緑色の服を着たり、キャベツの飲料水を飲まないと落ち着かない性格になってしまったんです」

僕は女の言葉を聞いて、呆れた。それで深いため息を吐いてから女に質問した。

「それで、僕が開けた缶詰めの細胞は何星人なの?」

「確か、ゴーヤー星人だったと……」

 女がそう言うと僕は少し疑問に思った。確かこの女、出会って最初にこう言ったはずだ。「最初にですね。確か、『貴方に起こされたからです』って言いましたよね? あれは一体どう言う意味ですか?」

 緑色の女はニヤリと笑った。

やさい星人味

やさい星人味

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-07-01

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