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茸短編SF系小説です。PDF縦書きでお読みください。
一つの彗星が尾を引いて地球に近づき、地球の人間たちが見守る中、たくさんの流れ星を残して遠ざかっていった。久しぶりの天体ショウに人々はため息をついた。
遠ざかる彗星は大きな欠片をひとつ地球に落としていた。それは隕石になり、僕の住んでいる隣の町に落ちた。世界の多くの人が見たそうだが、早寝の自分は見ることができなかった。
夜遅く帰宅する人々は目撃している。いきなり月ほどの大きさの火の玉が空に現れ、大きな音ともに、夜空にいくつもの小さな火の玉になって降り注いだ。
隣の町では、その隕石のかけらに当たって二人が亡くなり、かなりの怪我人がでた。外歩きをしていた八匹の猫や、庭に飼われていた三頭の犬が直撃を受けて死んでしまった。何軒かの家に火がついたが、幸い大きな火事には至らなかった。
少し昔の話になるが、ロシアのある町に隕石が落下し、空中での爆発によって、家々の窓ガラスが吹き飛んだ。冬のことであり、いつもマイナス何度という寒い町での出来事で、窓を失った町民は寒さをしのぐのが大変であったということである。
今回の隕石は日本で大騒ぎになった。ロシアの時と同様に、隕石探しの人たちが隣の町に押し寄せた。
一週間たつと、ロシアの隕石と日本の隕石がセットでなんと五十万円で売り出された。ほんの小指先ほどの大きさのものである。おまけに本物とは限らない。にもかかわらずあっと言う間に売れてしまった。
新聞の報道によると小さな隕石は、隣町だけではなくその周辺にも落ちたはずだと書かれていた。ということは我が家の庭などにも落ちたかもしれない。
隣の家の男がそう思って、庭に出たそうである。手入れの悪い庭である。草もぼうぼうと生えていれば、小石もころころしている。どれが隕石かわかるわけもない。すぐあきらめたということだ。
そのようなことがあって、一月が経った頃、隣町で奇妙な病気がはやり始めた。食欲が異常に増進され、食べてもすぐお腹が空く病である。それだけではなく、無性に茸を食べたくなる症状を呈した。その病気は町の小さな医院の医師によって最初に報告されたのである。風邪をひいたり、花粉症を起こした患者さんが医者を訪れ、体の調子が悪いにもかかわらず、空腹状態がいくら食べても治まらないと話したことから明らかになったのである。しかし、空腹だけで、からだの調子がおかしくなるわけではない。そういうことで厚生労働省は問題にしなかった。
隣町に住むある男がちょっと興味をもった。新聞からはそれ以上の情報は得られず、「茸と空腹」とインターネットで検索した。純粋に茸の情報ばかりたくさん引っかかってきたのだが、その中に、隣町ですぐお腹がすいてしまう症状を呈した人のブログがあった。三十六歳の主婦が書いたものである。
隕石が落ちた日、働いている彼女は夕方に家に帰り、いつものように夕食の用意をして、隕石が落ちた時間には夫とテレビを見ていたとある。あくる日、専門家がやってきて、庭先からいくつかの隕石を拾っていった。その後自分も二つ拾った。
その次の日からであった、無性にお腹が空いて、ほぼ一時間ごとに軽い食事をしないとお腹かがグーグーなるし、消耗が激しいようで、食べてもすぐにからだに力が入らなくなるという。
それから一週間後、食事の回数は元に戻りつつあったが、ただ食べればよいのではなく、必ず茸が入ったものを食べないといられなくなった、と書いてあった。
さらに、最初は茸が少しでも入っていれば満足したが、だんだんとすべてのものに茸が入っていないと喉に通らなくなったということである。
たとえば、茸入りご飯、椎茸入り佃煮、エレンギー入りカレー、マッシュルームサラダ、シメジラーメンといったものだったのが、椎茸だけの佃煮、エレンギーだけのカレー、マッシュルームだけにドレッシングをかけたサラダ、シメジだけのラーメンとなったそうである。今は、なんと、茸だけである。いろいろな味を付けた茸だけを食べている、と食卓の写真が掲載されていた。
彼はそれを見て大変なことが起きている予感がした。
それがその半年後に明らかになったのである。
茸だけしか食べなくなった主婦のブログは有名になり、同じ症状を訴える町民が増え、とうとう、隣町の住人の半分にも及ぶことになってしまった。その時になって、やっと厚生労働省、政府がおかしいと気付いた。新聞も注目したのは遅く、厚生省の記者会見があってから特集を組んだ。
町のマーケットでは茸売場が繁盛し、茸産業もそろそろ着目し始めた。
患者の血液検査、栄養状態の検査が行なわれたが、通常人と違いは見いだせなかった。もちろん特定のウイルス、細菌の感染も見られない。
医者も心理学者も栄養学者も、茸が食べたくなる理由は全く見当がつかなかったのである。
そのころ、隣町を中心として、庭に奇妙な茸が生え始めた。丈が十五センチほどの真っ黒な茸である。お腹の空いた住人たちは、その茸をとって食べた。誰が最初かわからないが、おそらく、犬などに食べさせてみて、毒がないことを調べたのであろう。
ブログで有名になった主婦も感想を書いている。
「美味しいを通り越して、それ無しではいられなくなる、中毒症状です」
さらに、その茸が生え始めた場所を調べると、隕石の上であることが分った。
黒い茸の下には目に見えないほどの小さな隕石があったのである。
隕石から生えた茸はみんなが競って探し、食べた。
そうこうしているうちに、ある日の深夜、また隕石がおちてきた。今度は彗星が近くを通ったようなことはなく、どこから飛んできたのか、天文台も防衛庁も全く感知していなかった。
その隕石は、かなり高いところで破裂して、米粒ほどにくだけて降り注いだ。隕石が降り注いだのは一つや二つの町だけではなく、日本中で起こった。
隣町で起きたようなことが、日本中で起きたのである。日本の人々は空腹に悩まされ、さらに茸が無いと食事が出来なくなったのである。とうとう日本人は茸しか食べなくなった。米の農家が干上がってしまった。
隕石からは黒い茸がにょきにょきと生えてきて日本人の主食となった。
ところがある日、隕石から茸が一斉に生えなくなった。日本人は空腹に悩まされ、地球の茸で何とか餓死はしなかったが、誰も彼もが隕石から生える黒い茸を求めて彷徨ったのである。
黒い茸が生えなくなって、調度一週間、よく晴れた日、空に大きな円盤が訪れ、空中に停止した。政府は、初めての宇宙人とのコンタクトに、学者を動員し、分析をした。だが、どこの星からきたものか全くわからなかった。
みな眺めていると円盤から、小さな円盤が飛びだしてきた。小さな円盤は国会議事堂の前に降り立ったのである。そして総理大臣との面会を日本語で要求した。
総理大臣は気丈にも一人で国会議事堂の入り口から外にでた。今更、護衛などつけても意味はないと思ったからである。その点は優秀な判断力の持ち主だったのだろう。
その様子は全国の空腹な日本人がテレビで見ていた。黒い茸を持ってきてくれたのだろうと期待したからである。
降りてきた宇宙人は、HGウエルズのSF、宇宙戦争の火星人そのものであった。宇宙人は、日本語で、「茸を売りたい」と言って、頭を下げた。
さらに、「あの茸を食べないと、他のものをいくら食べても空腹のまま、人間は狂い死ににするしかない」と静かに言った。
そこでも、総理大臣はすぐにうなずいた。
「安くしてください」と言った。
「いや、金をもらっても、我々は使い道がない」
「それではなにをお望みで」
「我々の休憩地を作らせてほしい」
総理大臣はちょっと戸惑った。困った要求だったらどうしよう。
「この星を足場にして、銀河系の観光をしたい」
「どのようなものを作ればよろしいのでしょうか」
「それは我々が作るので富士山の周りを提供してほしい」
「わかりました、検討します」
ということでその場の会見は終わった。
次の会見は一週間後であった。また、小型の円盤が国会議事堂の前に降りた。
総理大臣が「富士山の前に広い土地を用意します」と言うと、宇宙人は首を縦に振った。
「それはありがたいが、青木ヶ原をいただきたい」
「あの樹林を切ってしまうわけですか、貴重な森なので国民の理解を得るのは難しいと思うのですが」
「いや、切りはしない、国民が大好きであることは我々も知っている、囲いは作らせてもらうが、木はそのままにする」
「はあ、それだけならば、大丈夫でしょう」
このようにして、青木ヶ原は宇宙人が使うことになり、予告した時刻に、小さな隕石が無数に降ってくると、それから黒い茸が数限りなく生えはじめた。
日本国民は腹一杯茸を食べ、いつもの社会に戻っていったのである。
宇宙人はこうして、日本に住み始めた。
実はどの星からきたのか訪ねてもなにも答えてもらえなかった。ただいえることは、銀河系ではないということである。
「隕石はどこから降ってくるのですか」と政府が尋ねたことがある。答えは月であった。
青木ヶ原の周りに特別な塀などが作られたわけではなかった。ただ、目に見えないバリアーがあるようで、人々が中に入ろうとすると、やんわりと押し戻され、入ることはできなかった。
宇宙人たちは青木ヶ原の木々の生い茂る奥に入りこみ、なにやらおこなっていた。政府は偵察衛星やあらゆる手段で、青木ヶ原の中を探知したがなにも反応がなかった。放射能など、怖い物質に関わるようなものを扱っている様子はない。それは安心であった。しかし、今もって得体の知れない宇宙人であることは確かである。悪さをすることもなかったので、政府はちょっとほっとしていた。
日本人は茸を食べ元気になり、仕事にも精を出し、いつもと変わらないどころか、より生産性の高い国となり、自国では売れない農産物は、すべて輸出され、むしろ収入が増えた。多くの領域で日本が世界に進出した。
宇宙人に会いたいという外国からの申し込みに、宇宙人は全く差別なく会見したが、自分の星のことは一言もしゃべらなかった。
そして、数年がたったのである。宇宙人は人間の町の中に出てくることなく、また外国に行くこともなく、青木ヶ原の中で生活していた。ときおり、円盤が飛来したり、出ていったりするのが見られるだけであった。
そんなある日、一人の男が青木ヶ原に入ろうとした。話に聞いていたように、押し返されるものと思っていたところ、中に入ってしまった。
その男は、この物語の最初にでてきた、最初に隕石が落ちた町に住んでいて、新聞の報道や、インターネットから不安を抱いた男であった。彼もご多分にもれず、茸を食べなければ生きていけない身体になってしまっていたが、ますます、今の日本の常態は危険だと思うようになっていた。だから、宇宙人が何をやっているか知りたくて、青木ヶ原に入ろうとしたのである。
青木ヶ原に入った男は、林を見て驚いた。外からは全く見えなかったのであるが、そこには、巨大な恐竜たちが歩き回っていた。
一匹の恐竜が、その男を見た。
恐竜が言った「みんな、熟したのがやってきたぞ」、日本語だ。
その声で数匹の恐竜がやってきた。
「そうだな、こりゃいい」
と言うなり、男をくわえ足を引きちぎり、もう一匹が頭を飲み込み、もう一匹は胴体にかぶりついた。
「旨い、あの茸で育った人間は旨い」
青木ヶ原は宇宙人のレストランになっていたのである。人間は人間の生活をしている、宇宙人は高い金を払って、このレストランにやってきて、おいしく育った人間を味わって、自分の星に帰り、仕事に励むのである。
自由に姿を変えることのできる宇宙人は、地球に来ると、人間を一番食べやすい恐竜に姿を変えるのである。
もちろん、人間に会うときには、一番親しみやすいHGウエルズの火星人の姿になるのであった。
日本で行方不明になる人の数は、年間10万にも達するという。このレストランで消費される人数は、年間高々400人程度である。誰もこ青木ヶ原で消費されていることを知る由もない。
円盤は月に二度ほど出入りする。最高級レストランへの旅は、異星人にとって、一生かかって貯めた金がかかるほど高価なものであった。一回に5人程度で、月に10人ほどやってくる。年にすると120人である。異星人一人で人間3人を消費することになるのである。
もちろん、他の国にも異星人のレストランはでき始めている。人口が正確に把握されていないような国では、もっとたくさんの人間が消費されている。その中でも日本のレストランは高級だそうである。なぜ日本人が旨いのかその理由も分かっていない。
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