午後五時の風景
(9番線から電車が発車します)
初デートは、もうすぐ終わる。
好きなゲームや小説、こんなに話の合う人は初めてだった。
まもなく公開する映画が楽しみ、と言う彼女に、一緒に行こうとメールして、返事が来るまでの30分がめちゃくちゃ怖かった。
ペアチケット、「コーヒー二つ」、隣に女の子がいる奇跡!
彼女の買い物に付き合って、カフェで話をした。ネットの向こう側では、こんな顔で座っていたんだ。
彼女の乗る電車が出るまでの間、お互いに無口になってしまった。そしてついに、発車メロディが鳴った。
「今日はありがとう」
「また会いたい」
たった10秒間、二人とも思い切って気持ちを伝えられた。
さっきまで手を繋げる距離にいた彼女が、時速数十キロで離れていく。
(向かい側10番線に電車が到着します)
六年前、彼女はアパートを引き払って、両親の家に帰っていった。
遠距離恋愛も長くは続かず、やがて年賀状をやり取りするだけの関係になってしまった。
「お父さんとお母さん、お兄ちゃん達と住むことになったから」
両親が兄夫婦と同居することになり、家に居づらくなったと、彼女から電話があった。
住まいも仕事も新しくなる彼女にとっては、人生の新しいステップなのだろう。俺はどうだ。六年前と何も変わらない。一時停止を解除したようなものだ。
「久しぶりだね」
髪型も雰囲気もだいぶ変わっていた。彼女の方はひと目で俺に気づいたようだった。
「あの、引っ越しを手伝ってくれるって言ってくれて、本当にありがとうございます」
彼女は頭を下げた。これではまるで……
「でも、そんな気をつかっていただいて、本当にいいんですか」
やめろよ。
「えっ」
驚いた顔。昔と同じ彼女の姿がようやく見えた。
「敬語とか丁寧語とか、俺に使わなくていいよ……使わないでくれ」
彼女は泣きそうな顔で、笑った。細い肩を抱きしめて、俺は悟った。彼女もどう振る舞えばいいのか分からなかったのだ。
新しいステップだろうが、やり直しだろうが、どうでもよかった。
「うん……ただいま」
午後五時の風景