終焉に捧げる小夜曲 ~五月雨編~

彩られた景色の中 ようやく走り出した
しかし、曇りがかって行く関係。

突き放された現状に雨は止まず

しかし、その雨が止んだのは全ての覚悟を決めた。そんな時だった


6 ~五月雨編~

京の都では、そろそろ祇園のほうが騒がしくなり、一層明かりが灯る中、私はただ暗闇の中で屋根の上から様子を見て行く。
「…ここじゃない」
そう呟いては一気に屋根を駆け抜けては一部かけ離れた所で恐らく長州の人間が5人と、あの様子であると恐らく8番隊。
「――…そう言えば秋月さん、こちらで預かると言ったがこれ以降は、密偵及び遊撃剣士となってくれないか?」
「密偵ならば訓練は受けましたが、なぜ剣士を?」
「…あれ以降、私が訓練を付けていたが、それ程の実力があれば何の問題もないだろう。」
そう言われては私はこうして、浪士達の加勢へ入る事となり高杉さんもそれを聞いては「奇兵隊」の下準備をする為にそろそろここを立つと言っていた。
指から暗器を取り出し、ヒュンッと互いの間に投げつけてはそのまま下へと着地しては浪人の前へと姿を現す。首に巻いてある装束が靡いては、ズサーッと身を引く。
「な、なんじゃお前は!」
「加勢に回りました、桂さん直々の命令です。すぐそこの若い浪士を連れてお逃げください、ここは私が食い止めます。まずはここの道を通り林へと手筈は整えていますので」
そう言っては、利き腕の方を前へだし左肩は下げる。
「はぁあっ!!」と前へと出た隊士をスルリと抜けては持ち手を変え、そのまま左へと持ち構え横薙ぎへと裂く。
「この…ッ!!」
向かうは3人、タンッと身を沈めては右腕で自身をさせながら遠心力を利用し、回し蹴りを食らわしては地に足を付けては、袈娑斬りを隊長に向かい斬り落とそうとすれば防がれ、未だ剣を構えている若い浪士を抱えては、
再び屋根の上へと駆け上がり、相手を撒く。
「待て!」という声を無視してはそのまま細い路地を見つけ、そこへと着地する。
「怪我はないですか?」
「え、ええ…。お陰で助かりました、ありがとうございます。あの他の人達は…」
「恐らく無事に逃げられたかと。貴方も早くここから右に曲がっていけば、先程の人達と合流できるはずだから。」
「分かりました」
と聞くと、少年は走り出す。私も装束を緩め「ふぅ…」と溜息を吐く。その瞬間殺気を感じては、間一髪で避ける。
「誰、ですか?」
「へぇ…お前さんが長州で飼われてる女剣士さんか。随分と若いモンで」
「今の筋、示現流ですか?」
「ご名答、けれどこちらの事情もあんでね。悪いがアンタにはここで死んで欲しいのさ」
「くッ…!」
――しかも巨躯でありながら、早い! …ならば、『最終手段』を試させて貰おう。
「おいおい、そんな右手を前に出しちゃ…」
「死んじまうぜッ!!」
カァンッ!
「あ?何だ鍔のみ狙って、砕く真似なんか」
「…んじゃ、さようなら」
と言い残しては、暗器を2本左腕目掛けて放てば、闇に乗じてそのまま藩邸へと走り出した。

「おかえり、秋月さん。負傷者及び死者は?」
「一応、全5人程逃す事に成功しました。」
「おいおい、マジかよ秋月。相当、化けたな。」
「……いえ」
「確かに前より動きもいい上に、姉小路公の情報の裏付けもよくやってくれた。」
栄太郎さんが京を去ってから、もう2カ月は過ぎている。

『何、1月程だ。その際には、秋月は桂さんの元へ送る。』

あれからも毎日、色んな事を必死にやって来た。
桂さんの護衛、内偵としての情報収集、今の様に志士の逃走への誘導、医学の勉強。
でなければ『埋められない』 栄太郎さんがいないと言うこの寂しさを
ただ、それを忘れる事ができることならたった1つだけで……これを奪われたら、私は自我を保てそうにないから。

 ・ ・ ・ ・
「…また、黒装束の女にこちらの妨害をされたか平助。」
「ええ、ここ最近は特に。あの桂小五郎もどこにいるかさえ分からないままに、負傷者だけが増えています。」
「…」
……『黒装束の女』
ここ最近に起こった長州の下関での外国船への攻撃、しかし失敗をしては砲台を奪われる。だとしたら奴らは国元とここに戦力を振り分けたって訳か。
「全副長助勤に伝えろ、その女を見つけ次第、予備に多数人数を増員する。万が一の場合は、囲み、隊長自ら相手をしてやれ。」
「し、しかし土方さん、予備に増員したとしたら今の隊士の数では…!」
「構うな、俺達の仕事は京(ここ)の治安を保つ事が優先事項。躊躇するな」
「は、はい。」
「…それと斎藤、お前のみしか出きねぇ仕事だ。ソイツをこっち側に引き渡せ」
――…秋月言葉
俺と同じ境遇の中、ここへ来た「奉公兼小姓」と言う肩書き。
少し目蓋が重くなりそうな中、瞑っては一言だけ呟いた。
「…承知」
襖越しに話していた言葉を聞き、夜空を見上げれば思い出す彼女の言葉。
『斎藤さんは人を斬る事だけを考えている人じゃないからですよ』
「…止せ」
こんなのは嘘かも知れないのだ、なら何故心に霧がかかる?その前に会った時言えたはずだった「壬生浪士組に参加してくれ」、と。
ただただ、月日を重ねては積もるこの思いを、今更後悔の念を思うばかりで仕方ないのだ。
「…もう、いい。だから、これ以上は…」

「斎藤さん!」
「…また待っていたのか。言っただろう俺は」
「気が向けばまたここへ来る、ですよね?だから私は毎日待ってるんです」
なんて笑いかけながら、ただひたすらに真っ直ぐと物を見据えている。その明るさ、日に日に強くなっていくその心。
「お昼まだ食べてないですよね?」
「ああ」
そう短く答えれば、彼女はまた風呂敷から包みを取り出して「じゃーん」と言うかのように握り飯を差し出す。
「お腹減ってると思って、予め用意してきたんです。お腹が減ったままじゃ稽古できませんから。」
「――ッ!」
ほんの回想。思い出せば、出す程涙が出そうになる。
昔はそんな事などありえなかった 手に付けるのは暗殺業…その上旗本を殺した消える事のない罪
無表情、無口、一匹狼。同じ組の仲間も話す事はおろか、俺を恐れる人間ばかり。
怖くないのか?こんな俺を?しかし、本当に怖がっているのは――俺の方
変わる事を恐れ、遠ざけて、けれども振り払えずに「また失う」。この汚れきった剣で。
そう、思い馳せるとこの足はあの川辺へと向かって行く。
…全てを、終わらせる為に。
「あ、斎藤さん。今日も来てくれたんですね」
「……ああ」
早く
「今日も非番だったんですか?」
早く
「否」
早く この一言を
「…秋月」
「はい?」
「剣を抜け」
スラリ、と剣を抜いては久々に『この構え』をすると、秋月は目を開きながらこの技の名を呼んだ。
「左手片手一本刺突き…正気ですか?斎藤さん」
「冗談でコレを出すと思うな」
すると、秋月も右手と右足を前に出している。恐らくこれは抜刀術か。
「本気で、行きます。」
瞬間、ガキィンッと言う音が交差するとそのまま秋月は俺の顔面を目掛け刀を落としては拳を叩きつけようとする。
ギリギリで防いだ突きから瞬時に刀を離しては、斎藤さんの顔面を目掛けて拳を狙うが、そのまま腕で防がれ、そこから平刺突きが――。
カァンッ!
「…ッ!」
「…ここでこう足掻くか」
咄嗟に鞘を出しては脇腹への攻撃を防ぐ…。だか、甘い故か体勢を崩して、そのまま膝を折る。息が、荒い。刀を収め、一呼吸置いては口を開いた。
「秋月、俺と共に浪士組に来ないか?」
「え…?」
「それだけの実力があるなら、土方さんもすぐ入隊を認めるだろう。他の人間が嫌だと言うなら、俺が土方さんに君を三番隊に就かせるよう進言する。」
こうでも言わなければ、俺はまたこの手で汚い手で彼女を殺す事となる。
『…斎藤、お前のみしか出きねぇ仕事だ。ソイツをこっち側に引き渡せ』
その一言さえあれば、何の問題もない。だが、俺は……。
「…もし、これを断るなら金輪際俺の前に姿を現すな。ここの川辺にも、2度と…来ない。」
「そんな…」
こうでもしなければ、俺はどうしようもないのだ。ならいっそ自分の手で彼女を…秋月言葉を遠ざける。もう2度と俺の手の届かぬ所へ。
「嫌です!!どうしていきなりそんな…ッ!」
「…」
「私には、『今の私』には斎藤さんしかいないんです!貴方がいなかったら、私はッ…!」
と言いだしては、俺に縋りながら泣いている。
「あの人もいなくて…けど、寂しいから寂しくないフリをして色んな事に打ちこんで…その苦痛を忘れる事ができるのは斎藤さんとこうしている時しかないのに!」
「黙れッ!」
止めてくれ、そんな風に言うのは。俺は、『俺』でしか生きれないから。
無表情、無口、一匹狼。同じ組の仲間も話す事はおろか、俺を恐れる人間…それが俺自身。
「…さらばだ、秋月。」
「さい、と…うさん…」

「斎藤さんッ――!!」

どうしても 君の揺れる姿には 追いつけないから

7

『…髪留めだ。少し邪魔であろう?』
――…さん
『前は本当に勇ましい。女子でありながら、命を賭けてまでこの世を変えると言った者はおらんよ』
――…ろうさん
『さぁ、行こう』
「…栄太郎、さん」
あの日、栄太郎さんは長州へ向かって行った。たった1つの約束を残して。
『これだけあれば、不自由もなく、その姿を隠し通せる。』
――…さん
『その時の俺とアンタが似ていたからだ』
――…とうさん
『…気が向けばまたここへ来る。かと言え時間は短いが』
「…斎藤、さん」
あの日、斎藤さんと会ってから、色んな事があったけれども、あの人はもう2度と私の手の届かぬ場所へと行ってしまった。
もう川辺に行っても、例え長州まで行ったとしても、何も残らないまま。
斎藤さんと別れた日、私は夜まで川辺で泣いていた。精神的にショックなのか、手合わせした時の疲れか、私は藩邸前で倒れてしまった。
その時、いつの日か救ったあの少年が発見して今はこうして自室に籠っている。
伊藤さんや、高杉さんも長州へ帰らなければいけないギリギリの時まで、励ましてくれたが、今の私はただの穴の開いた人形でしかない。
高杉さんが直接桂さんに説得させたのか、今は『病気故に休養』と言う建て前を立ててまで生きている。
「言葉ちゃん、いいかな?」
と言っては伊藤さんが部屋へと入り、私の方へと向き合ってお茶を持ってきてくれていた。
「ここ最近、何も口に入れてないでしょ?だからせめてお茶なら飲めるかなと思って持って来たんだけれど…」
栄太郎さんが京を立って、どれだけの時間が経ったのだろう?もう1月どころか半年以上、待っていると言うのに。
「……」
何も言葉を返す事もなく、ぼーっとしていると、伊藤さんは一息吐いてから、私の前に文を差し出した。
「今日の朝早くに届いたんだ、栄太郎は今長州から江戸へと渡っているんだけれど、また京に戻ってくるって。」
「え…?」
「武士の身分になった事で屠勇隊を設立させて、幕府の軍艦に大砲を打ちこんだ後処理で大変だったみたいで、今は江戸に。もうすぐにここに来るって。それと…」

「また、言葉ちゃんにこの国作りを手伝って欲しい…って言う伝言も預かって来た。」
「ほんと、に…?」
嘘、私にこんな風にまた言ってくれるなんて夢にも思わずに。
「あ、ちょ…言葉ちゃん!ごめん、泣かせて!!嫌だった?」
自然に零れた涙を拭っては、姿勢を正座へと変えてはっきりと言った。
「分かりました、1人の志士として私は戦いますから。」
と言うと、伊藤さんはいつもの様に笑いながら「言葉ちゃんは強いなぁ」なんて言っている。
「君がいるなら、稔麿もきっと安心して動けるはずだから。」
「…稔麿?栄太郎さん、変名したんですか?」
「そうみたいだよ、もう農家の後継ぎじゃなくて武士なんだから。ちょーっとカッコつけちゃってさ~」
なんて言われると、ふふっ、と笑みが零れるのを見て、伊藤さんは立ち上がって、戸まで行く。
「何も口に入れてない状態だから、まずはそのお茶一杯飲んで元気出して。」
「はい!」
そう返事をしてお茶を一気に飲み干すと、部屋を出てまた藩邸の廊下の雑巾がけをしつつ庭の掃除をしていると、あの時倒れている事を知らせてくれた少年が私に声を掛けてきた。
「あ、あの…秋月さん。」
「確か貴方はあの時の…」
「ぼ、僕は京で代々続く商家出身の伊上進之丞と言います!よ、よろしければ秋月さんから剣を教わりたいのです!!」
と言うと、思いっきり頭を下げているので箒を持ちながら「ちょ、顔上げよう?」と言うと顔を上げては更に攻めてくる。
「秋月さんは女性なのに剣の腕がいいと聞きました!あの日の夜も近くで見てすごいなぁ…って思って。」
ん?あの時…ああ、8番隊を相手にした時のあの夜だっけ
「とりあえず、中井君だっけ?どうしてそう思ったの?」
「…幼い頃から剣を持ちたいと思って、けれど家の手伝いばかりで何もできず家出同然でここに来たんですけれど、僕も強くなりたいんです。」
そう言っては俯いている中井君の様子を見て、「待っててね」と言っては、木刀を2本持ってくると中井君の前にずいっと差し出した。
「強くなりたい、そう思うのはいい。でも、それには代償もあるし命を落とす事もある。その覚悟はあるの?」
「はい」
「…分かった、ただ教えられる時間は短いけれど、それで良ければ教えてあげる」
「あ、ありがとうございます!」
「…じゃあ、まずは刀の持ち方から。聞き手が右なら上へ、握り方は小指から優しく握り親指を前に持って…」
そんな事を考えていると、いつの日か斎藤さんに教わった時の事を思いだす。
『金輪際俺の前に姿を現すな』
少し胸が 痛い
「えっと…それで構え方はどうすれば…」
という中井君の声を聞いて、私は現実に戻され続けて構え方を教える。
「構え方は…」

 ・ ・ ・ ・
日も傾きかけた頃に、「そろそろ止めようか」と言うと中井君は「ありがとうございました!」とお辞儀する。
「これからゆっくり学んで行けば、そこらの剣客の1人は倒せるようになる。でも浪士組に遭遇した場合はすぐに逃げるんだよ?向こうは多数で挑んでくるから」
「はい!」
「んじゃ、私は夕飯の支度があるからここで……」
「なら僕も手伝います!」なんて言うものだから笑って、汗を洗い流した後厨房に立って簡素な食事を作る為に取り掛かる。
「でもごめんね、伊上君にも手伝わせちゃって。」
「いえ…僕は初めて秋月さんを見た時、浪士組のような動きをしていて驚いたんです。でも他にも色々務めていると聞いて倒れている時、やはり女性なんだなって思って。」
「!」
「どうしました?」
「ううん、何もないよ。」
……浪士組のような動きをしていて驚いたんです、か。
そりゃそうだ、何せこの動きは全て斎藤さんから指南してもらったのだから。と考えていると、「秋月さん!」と呼ばれ、竈を見れば……焦げた。
「…でも、たったこれだけのお焦げですから他の人に少しずつ盛っていきましょうよ。」
「うん…」

「……」
「一さん!一さんてっばっ!」
「…一?」
「なーにボケてんですか、一さんは1人しかいないでしょ?早く行きましょうよ、巡回。今日は僕等ですよ」
「一番隊だけじゃないのか?」
「土方さんから聞いたでしょ!!『増員』させて、いざとなれば僕等が黒装束の女の子を相手にしなきゃなんないんですから!」
「…そう、だな。なら沖田、俺ら三番隊が待機を取らせて貰う。」
「え、まぁいいですけど…お願いしますね」
「…ああ」

「言葉ちゃん!」
「ん?何でしょう?」
と、食器を片づけている所で伊藤さんが息を切らしている。
「桂さんが帰って来ないんだ!まさかの事かと思うけれど…」
「分かりました、すぐに向かいます。伊上君、ごめんね。私仕事入っちゃったからすぐ行ってくるね」
「なら僕も…!」
「あの桂さんの事だから、すぐに分かるよ。伊藤さん、七条通りでいいんですよね?」
「うん、多分そこが山。」
それを聞いて、すぐに黒装束を纏い、七条通りへと向かうが いない。……まさか!
「…今日はついてないものだね、もう早く出て行けば容易い事だったろうに。」
『ここだ』と気付いては、屋根の上から地面へ着地する。
「桂さん、やはりここにいましたか。」
「秋月さん…調子はいいのかい?」
「御心配は無用です、やはり三条木屋町にいると思いましてね。案内します、そうしたら武家通りに何人か迎えを手配していますので、藩邸まで辿りついてください。」
「君は…どうするんだね?」
「囮になります、では行きますよ。」
と言って、裏道を通ろうと走り出し、もうそこの角を曲がれば、辿りつく…!
その瞬間、剣先がこちらに向いて来た。
「こんばんは、桂さんと黒装束の女の子さん。」
「しまった…ッ!桂さん!左斜めの角に曲がってください!時間は私が稼ぎます!!」
と叫んでは、向かってくる隊士に針を2本投げつけて隙を作っては、剣を抜いて桂さんが道を渡るまで食い止める。
「あれ?何で『右にいる』と分かったんです?」
小太刀の刃を外へと向けては左足を軸に回り、浅いが傷を付けることには成功すると隊士達は「ぐぅ…!」と傷を抑えている。
「…生憎、貴方方は目立つんですよ。先程、見た時に羽織が見えていましたよ?」
「そうですか、なら」
と言うとここまで駆けては、抜刀する。成程、この剣腕は恐らく沖田総司…容赦の「よ」の字すら知らないらしい。するとピィーッ!と口笛を鳴らしては尋常じゃない程の隊士の数
「お嬢さん、貴女の腕前は聞いていますよ。平助に抜刀させるなんて、余程の実力だから土方さんが増員したんですよ。」

「貴女を殺す為にね」

ガキィインッ!と刃が響いては、競り負け、下がれば腹部に血が滲んでいる。
「総員完全に包囲せよ!屋根までに上らせるな!!」
引き下がるとまた構えに入るが、恐らく抜刀術では間合いが生じてしまう。なら…
「あれ?」
左手を上に上げた右手に添えては、ユラリと揺れて一気に間合いを詰め突きを間髪入れず刺突きをいれると、あっさりと交わされ背後に回る。
「左手を右手に変えたんですか、少し我流染みてますけれど、その動き…一さんによく似て…ううん、見様見真似ですか?」
「いいえ?気の所為でしょうね!」
と言うと下から斬りかけてきた隊士の剣の鍔と腕を台にして、タンッ、タンッと上へ上がって行く。
「何をしている!!屋根に登らせるなと」
「も、申し訳ありません!けれども三番隊総勢6名の方に、煙幕がかかったようで我ら一番隊のみ行動が可能だと、只今連絡が入りました。」
「ふーん…」
――黒装束の女の子…しかもあの腕前。彼女がもし長州につくと言うなら、また出会って自分で仕留める事は可能。
「…ただ、ちょっと油断しすぎちゃったかな。」
彼女の腕も、『あの人の行動』も。

「はぁッ…、はぁッ…。」
あれから屋根を走っていれば裏側にも隊士がいた為狙われていた。しかし、あの煙幕は一体誰が?
そのまま空き家へと姿を消し、隊士が追ってこないと確認すると、藩邸近くまで負傷した腹部を押えながら歩いて行く。
しかし、同じ浪士組の斎藤さんから教わったと言えど、まだあの沖田総司には届かない…か。
「…才能の、違いか。」
いくら浪士組で沖田さんと同等共言われる斎藤さんの技を見様見真似したはいいが、やっぱり上手く行きやしなかった。
そんな暗がりの中、歩いている時に懐かしい声が響く。
「秋月」
「栄太郎…さん…?」
と私が目を見開いていると、栄太郎さんは私の肩を握っては「待たせたな」と声を掛けてくる。
「すまん、1月で戻ると言ったが長州共に江戸での処理が長引いた。後は高杉と久坂に任せ、俺と暫く経てば、人が来る。」
「そ、そうですか……」
俯きながら、そう答えると先程受けた傷を見て、「その傷は大丈夫なのか?」とまで言ってくれる。もう、この人は…
「栄太郎さんが留守の間に、桂さんから密偵・護衛の任務を頼まれていましたし、医学書を読んで勉強をしてはいたので、これぐらいの傷であればすぐに直せます。」
すると、苦笑をしながらたった一言。
「…つくづく、似ているな。俺とお前は」
1864年のまだ寒気が残るこの月に、また少しの短い別れをして 何カ月振りかに私はぐっすりと眠っていた。

8

「…ふむ、それで宮部殿がこちらに来るのもそう遅くはないか。」
「はっ!先程宮部殿に連絡した際にそう言っておりました」
「ならばいい、高杉が長州へ戻るまでに残した『アレ』はどうした?」
「それならば、奥の間に。かの政変以降、我ら長州は動けず、久坂殿も苦戦している、との事。」
「…よくも、やってくれたな。高杉」

「秋月」
と突然庭の掃除をしていると、他の浪士に呼ばれると1枚の文を貰った。
「あの、これは…?」
「中身は見るな、と高杉さんが申しちょった。今、開けて見るといい。」
「高杉さんが…?」
今は、8月18日以降の政変によって追いだされた浪士も多く藩邸にも人がいないというのが定石。
ただ桂さんと久坂さんは長州の方で、働きかけると聞いたのは最近の事。桂さんと栄太郎さんが残っているのは情報収集の為だけに残り、私も国元が違う為残る事は可能とされた。
カサ、と文を開けば そこにはとんでもない文章が書かれていた。
「我ガ長州、攘夷ノ先駆ケトシ奇兵隊此処ニ在リ。総督は山縣、人足ラズニ也、恩心君加ワリシ頂キ所存。故、君遊撃隊ニ入隊願イ致シ…。」
と、言う事は高杉さんは諸外国と渡り合う為に設立した『奇兵隊』に私も加われ…まぁ、あの人の事だから却下は許されないだろうけど。
「よし」
そう文を握ると、私は栄太郎さんの部屋まで走り、襖を開けるとこっちを向いては口を開く。
「見たのか?」
「ええ、しかしまだ長州へ渡る訳には行きません。私には京に残る桂さんと栄太郎さんを守り抜く任務が残っていますから」
「強情な女め、よろしい。高杉には他の者に伝えよと言っておく」
「分かりました」
「さて」と言い立ちあがろうとするとそのまま、この間持った荷物を持って、藩邸への玄関へと向かって行く。
「え、栄太郎さん!どこに行くんですか!?」
「…俺は今回、京へと忍んでは状況を見ている。ここにいると何かと厄介故に、秋月、留守は頼んだぞ。」
「は、はい…。」
そう言うと、空を見上げては初めてここに来た時の空のように、雲がゆっくりと動いている。
今は3月――…もうすぐ、大きな事件が起ころうとしている。
『池田屋事変』
長州藩が政変の巻き返しを図る為に、御所に火を放ち、松平容保公の首を捕っては会津の所為と見せかけ朝廷を長州へと誘拐する。
やがてこれは失敗へと終わり、逆に壬生浪士組…新撰組の名を上げる事になった上、明治維新が1年も遅れたと言う歴史上有名な事。
なら、きっと今の栄太郎さんは まさか……
「やめて…」
お願いだから、止めて下さい。その1言が言えたらどんなにいいだろう……?
もうすぐ、運命が あの人を連れて行って逝く。
「私は、どうしたらいいの……?」
確か事の原因は攘夷を決行しようとした肥後脱藩浪人…宮部貞蔵が、出身を構わず企てると言う事。本当にこれが正しいのであれば、栄太郎さんの師である吉田松陰とも面識があるはず。
ならば逆に考えたらどうだろう?確かに栄太郎さんはあまりにも優秀、高杉さんも久坂さんもそれは同然。それなら、この人達を纏める事が出来る第3者は……。
その人の名を思い浮かべると私は早速、幾松さんの所へと向かって行った。
「幾松さん!」
「あら?言葉ちゃん、どないしたん?」
「今日、桂さんはここに来てませんでした!?」
「先程まではおったんよ、すると『藩邸に戻る』と言って出て行きに行ったさかい。」
それを聞いて「ありがとうございます!」と言い、ぜぇぜぇと息を切らしながら再び藩邸へ帰れば確かにそこには桂さんの姿があった。
「桂さん!」
「秋月さん、どうしたんだい そんなに息を切らして」
と聞いてきた桂さんに向かって少し荒いが口を開いた。だってこうでもしないと『今までしてきた事』が無駄になってしまう。
「宮部貞蔵さんをご存知ですか?」
「宮部殿か…私は面識がないが、松陰先生ならあの方の事を理解していると思うが。」
「『それ』なんです。今長州では、久坂さん辺りが苦難しているはず。だから、今宮部さんが動き出そうとしているんです 攘夷の先駆けとして。」
「ふむ…君も目敏い人だ。何故、吉田君が京へ来たか――彼も内偵と言う建て前で何かをする、と胸騒ぎがしたんだよ」
「なら、桂さんの尽力で栄太郎さんを説得して頂けませんか!?」
そうだ、こうでもしないとあの人達は黙らない。
私がいくら止めたとして、いつも苦しんできた あの人を止める事なんかできやしないから。
「君も承知しているだろうが『完全』に止める事はできない、何せ私も君も宮部殿と認識などなく、2人が会ってしまえば過激な行動に走る。まぁ、出来るだけ説得はしてみよう。」
「あ、ありがとうございます!」
この場は何とかなった、後自分がすべき事は……。

 ・ ・ ・ ・
「ひ、土方さん!」
「何だ島田、そんなに慌てて。今は――…」
「そんな事態じゃないのです!この文を…!」
「何…?」
カサ、っと開いてみればそこにはこの空間に沈黙と、目を見開かん事が記されていた。
「長州の人間が、動いただと?しかも軍は100名、火薬・武器その他全てを揃えては、京へ下り、まずは松平様の首を狙う、だと…?」
「え、ええ…ですが、この文を寄こした人間も不明で」
「分かった、監察方を寄こして徹底的に洗わせるぞ。」
「は!そのように伝えておきます!」
と、遠くへ駆けて行く足音を聞いて、その文をすぐ傍に置こうとすると人影だけが佇んでいる。
「…斎藤か。今の話、聞いていたのか?」
「ああ」
「なら、山南さんを呼んでくれ。一応この事は… 「失敬だが、詰めが甘い。」
「…何?」
そう言いながら、顔を強張らせて土方は斎藤の方へと視線を向けるが、斎藤も目線を寄こしながら口を開く。
「近々、『黒装束』の女の事件…言うならあれはただの時間稼ぎ。言葉を返せば『奴ら』がそれで満足するだろうか?」
「だったら、お前の意見を言ってみろ。」
「…俺であれば、松平公の首を捕るだけで、こんな小細工はしない。」
「はっ!中々じゃねぇか、流石は人を斬った経験の違いの差だな。」
と言う嫌味に対しても視線も顔色も変えずに、ただ一言だけ答えた。
「光栄の余り」

「…これで、向こうが掛かればいいんだけれど。」
あの文を届けた後に、何とか藩邸に戻ろうとしていた。自分では場所を特定させず、人数は適当に誤魔化して、一部の事実のみを記しておいた。
しかし、あの鬼才の土方さんの事…そう騙されてくれる物なのだろうか?ここで騙せれば、向こうはこちらの行動も読めず、他の人達にも問題はないはずだ。
「栄太郎さん…」
私はこの日本の行く末を知っている
池田屋で栄太郎さんが命を落とす事も、久坂さんが蛤御門で亡くなる事も、あの高杉さんももう既に余命がないという事も。
何もしないままであれば、確実に何も変わらないから。例え些細な事でさえ、それで彼らを救えるなら。
その三条橋を通った瞬間、『あの人』と目が合った。
「斎藤さん?」
するとそのまま、背を向けて橋を渡って行ったので私は斎藤さんの後を追えば、あの川辺の近くにある竹林でようやく足を止め、背中を向けたまま斎藤さんは呟く。
「何故あの夜、俺の真似をした?」
「え?」
と答えるとそのまま、バンッ、と木に追い込まれる。
「沖田も馬鹿じゃない、少しだけ考えれば必ず俺とアンタの関係が割れるだろう。」
「そ、それは……」
なんてどもっていると、あの夜沖田さんが言っていた事を思いだす。
『余程の実力だから土方さんが増員したんですよ。』
―― ア ナ タ ヲ コ ロ ス タ メ ニ ネ
「…だから、長州の人間が助けたと見せかけるために俺が予め用意した火薬で煙幕を使っては、隊員を裂いた。それと……」
と言いかけると、スッと手を引いては私にまた背を向けている。
「今からでも遅くはない、新撰組に来ればアンタは狙われないで済む。」
「…ッ!」
何故だろう?
あの斎藤さんにつき放された時、栄太郎さんが長らく居ないまま自分の存在が時の悲しさ。
「私は…」
どうすれば?
「私は…ッ!」
どうすれば 私は私でいられる?
「…貴方『達』を、裏切れない。」
「…そうか」
静かなこの空間に木や竹は揺れ、斎藤さんは空を見上げる。
「――…言っておくが、俺は」

「先生の無念とその意思を裏切ってまで、この計画を止める…否、貴方でさえ止めさせない。」
「長州の人間が、松平公の首を捕るだけに あれだけの脅しはしないぞ」

ここで2人の思いは交差して、私はただ自分の無力さに嘆く事になる。
――1864年 3月の末の出来事だった
「何故ですか!?何故、桂さんの一言にあの人は納得してくれないんですか!?」
あれから暫くして、桂さんが栄太郎さんを枡屋まで見つける事はできたけれども、栄太郎さんは桂さんの説得に断じて首を縦に振らずにいる。
「私も未熟なのかもしれない…だが、もう宮部殿や他の浪士も交え、話を進めている。」
「そんな……」
なんて考えている内に斎藤さんが言っていた言葉を思い出した。
『――…言っておくが、俺は 長州の人間が、松平公の首を捕るだけに あれだけの脅しはしないぞ』
「と言う事は…風の道行で京の都に火を放ち、松平容保の首を捕っては朝廷を長州へ…」
「待て、何故君がそれを知っている!?」
「…知ってるんです この先起こる事を」
「馬鹿な…それでは君は一体?」
先程の驚きとは裏腹に、今度は落ち着き真剣な顔で私を見ている。だから私も俯いていた顔を上げ、拳を握りしめては口を開いた。
「育ちは江戸…しかし、私のいた所では江戸ではなく『東京』と言うのです。恐らくこれから新時代を築き上げた時、またこの名前を聞く事になるでしょう。」
「にわかには、信じれんな…。」
そう言われ、再び俯いていると「しかし」と言う声が聞こえた。
「けれども君がここまで言うのなら、私はこの事を信じよう。だからもう少しだけ、耐えてくれ。」
「…はい」
この後の話になるのだが、私は枡屋に出入りしている人間を把握した上で、古高さんにも武器弾薬は絶対にバレる事はないよう。言われたとしても『商人』である事を付き通して欲しいと何度も頼んだ。
桂さんも桂さんで、栄太郎さんだけではなく他の浪士達にも「今は攘夷を執行すべきではない」という事を一点張りにしている、が、それを宮部さんが許さなかった。
それもそうだろう、栄太郎さんの師である吉田松陰と認識がある上に歳が歳である故に、断固として異論を受け付けない。
「栄太郎さん…」
私は、あの人がどんな風に育ってきたのかは分かっている。だから、それが枷になって『苦しめたくない』という思いばかりが先行してしまう。
なら、私が今すべき事は説得でも、小細工でもなく『あの人を守り通す事』 。そう決めた日、古高さん他数人が新撰組の手に渡り、他の人達は池田屋にて渋っていた。
「どうするんだね?吉田君、君の言う事では古高君を見捨てる…と言う様に聞こえるが」
「そうではないです、御所に火を放つと言うのであれば、この場所を新撰組が解っていたとしても把握した人数では ここに来る人数と御所の要、そして屯所自体にも兵を置く。
…と、なれば今の新撰組の人数では到底、こちらに来る人間は不可能であり、古高さんは俺達がここで密会をしている事など知らぬならば、迷う。その間にこちらも人数を振り分け、古高さんの奪回に向かいましょう。」
「待て、その情報はどこから……」
「…紹介しましょう」
スッ、と襖をあけると、そこには少女の姿。
「私の小姓である秋月言葉と申します、今の情報は全て彼女が調べあげてくれました。」
「し、しかし…女子が……」
「心配は無用です、密偵・護衛と任務をこなしておるので、剣の腕も中々のもの。そして何より彼女自身が我らと同じ道を歩みたいと言ったのですから」
「お見え出来て光栄です、この秋月…攘夷の為、この身を尽くす所存です。」
全ては、足掻く。
絶対に、躊躇など許されないし剣を抜く。この命を狂気と化しても
「御用改めである!」

その声と、部屋の明かりが消えた瞬間に全ては始まった。

comming soon...

終焉に捧げる小夜曲 ~五月雨編~

どうも閲覧ありがとうございます

今回から第3編『五月雨編』が始まりました
ここでようやく物語が2つに分かれていきますので、次からはあとがきが長くなるかも……。

それでは第4編『喪失編』の方をお楽しみに

終焉に捧げる小夜曲 ~五月雨編~

彩られた景色の中 ようやく走り出した しかし、曇りがかって行く関係。 突き放された現状に雨は止まず 少し晴れども 未だこの先の行く先さえも知らずに

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  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-20

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

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