僕に通ずる小説を探しだしている

目を覚ました時、そこには何者かが潜んでいるといった感覚を味わった。ベッドから起き上がり、毛布から這い出て、そのままの姿勢で耳を傾けて何か足音でも聞こえないかと静かに呼吸をする。微かに心音だけが、僕の鼓膜を揺らす。暗いので電気をつけようと立ち上がり、スイッチを押すと、そこにはひとりの髪の長い女性が床に横たわっていた。僕は幽霊ではないのかと驚いて、後ずさった。それで警察に電話をしようと枕元に置いてある携帯電話をとって、ボタンを押そうとした。しかし、警察の電話番号が何番だったか思い出すことができず、緊張のあまり、息が浅くなっていることにきづき、深呼吸をして息を整えようとした。すると、倒れていた女性が、「ふふふふ、」と耳元をくすぐるような声音で、それはまるで音楽を奏でているような調子で笑っているのだった。
「どなたですか?」わたしは女性に尋ねた。
すると、その女性は両手をついて、体を起こして立ち上がった。身長は170センチ程はあるだろうか。女性にしては長身の部類に入りそうだった。驚くのは、かなりの美人で日本人と白人のハーフかと思うほどの外見で、僕に近づいてくるのだった。
「ちょっと待って!君はいったい何者なんだ?」僕は何か、危害を加えられるのではないかと焦った。
「大丈夫、わたしはお化けでも幽霊でもないから。ちょっとだけ、驚くことをするけど焦らないでね」そう言うと、彼女はわたしに近づいて手を指し伸ばした。
「わたしの手を握ってちょうだい!」
僕は何をされるのか驚いていたが、自然とその命令に聞き従わなければいけないような、そして、何かの催眠術にかかったような感覚をもって、右手を彼女に向かって指し伸ばした。すると、
「わたしにはわかる、あなたがとても孤独で、誰にも見られないところで、つまり、この個室でひとり泣いていることを」
僕は息が詰まったように、すぐには答えられなかった。じつに的を射た質問だったからだ。額に汗が浮かんで、頬を伝わって、首筋にたれた。しかし僕は嬉しかった。こんな状況にもかかわらず、異次元にいるかのような、これが夢であって欲しいという気持ちであるにしても、自分と共感できる人がいてくれたことに、素直に喜びが脳全体を満たしたのだった。
「君はいったい何者なんだ。なぜ、僕のことを知っているんだ」
「あなたのことならなんだって知っているわ。コーヒーが好きで、キリマンジャロの豆をイオンのマイルドカルディで買っていることとか、マクドナルドの店員の女性が好きで、毎回彼女のことを見つめているとか、半村良の小説が好きだとかね」
「君は何者なんだ」僕は自分の心の中までも覗かれたようで、さっき感じた喜びから、驚きに変わっていって、彼女の姿を見つめていた。
「わたしはあなたの双子の妹よ。知らなかったの?生まれてから、わたしだけが孤児院に送られたの。二人を育てることが出来ないということで。色々とあなたを探すことが大変だった。時間と労力がかかったわ」
「そうだったのか、でも君には外国人の血が入っているような感じがする。外見が、なんというか、ハーフみたいな感じがするから」
「きっと、それはわたしが孤児院を経営している人がハーフだったことが影響しているのかもしれない。その人に付きっきりだったから」
「そんなことで影響されるものなんだな、まるで僕には似ていない」僕は、その現実というか、仮想としての、彼女が言っていることが、真実として受け止めていることを素直に認識していた。それが本当なのかどうか、でも彼女が言っていることが、正しいと直感でわかっていて、それでも自然と彼女のことが妹というより、一人の女性として、認識していることに気づいて、正直に言えば、自分の好みの女性であることを感じていた。
「君の名前を聞いていなかった」
「わたしの名前は芹沢(せりざわ)夏樹、孤児院を経営している院長先生自ら名付けてくださったの。あなたは武田真也でしょ?」
「うん、そうだ。双子だというと、1993年8月15日生まれだね」
「そのとおり。わたしは生まれた時、あなたの手を掴(つか)んでなかなか離そうとしなかったそうよ」芹沢夏樹はそう言って、わたしの右手を掴んだ。とても温かい手でわたしはその手をぎゅっと、力を込めて握りかえした。わたしは何故、このアパートに侵入することができたのかを聞こうとしたが、そんなことは陳腐なものだというきがして、質問しなかった。そのことを聞いてしまえば、今ある現実が崩れてしまう感じがしたのだ。
「なんか食べ物はない?夕食を食べていないから、お腹が空いちゃって」
「そうか、冷蔵庫に今日作った豚汁が残っている。それを温めて食べる?」わたしは冷蔵庫を開けて、鍋のまま入れている豚汁を取り出してガスコンロの上に置いて、温めることにした。
「豚汁って大好き。わたしの好物なんだ。やっぱり双子だから、似るのかな?」
「うん、多分、そうなんじゃないのかな。ひょっとして、メロンは?」
「大好物よ。夕張メロン、一玉いけちゃう!」
「それじゃあ、食後のデザートということにしよう。ひんやりとしたメロン、最高だよ」
僕たちはこれまでの人生で送ってきた経緯を飽きもせずに話し合った。夏樹がどのくらい孤独な人生を送ってきたのか、また、僕も同じような寂しい、それでいて充実した不思議な生活を、生き抜いてきたのか話し合うことによって、二十五年間の隙間を少しでも埋めようとしていた。それが、今まで生きてきたなかで、最高の出会いとでもいうべきことで、夏樹のことがとても不憫(ふびん)に思われたのだけど、今日この出会いで全ての悲しみが癒されて、これから先、良いことしか待ちかまえていないだろうという希望が全身を包み込むような気がしていた。
豚汁が温まって、テーブルで夏樹は食べ始めた。
「美味しい。こんな豚汁は初めて」
「自分で言うのもなんだけど、最高だなと思う。毎日豚汁でも飽きないんだ。豚肉の出汁が味噌に滲(にじ)んでハーモニーを奏でる。葱(ねぎ)も共感しているだろう?それにごぼう、そしてにんじん、ほんと、生きていてよかったと思うほど、大袈裟かもしれないけど、そう感じるよ」
「真也君はきっと、料理人にでもなるべきなのかもしれない。こんなシンプルな料理がゴージャスになるんだから」
「僕はゴージャスとまではいかないまでも、毎日を有意義に過ごしてきたつもりなんだ。毎日を一生懸命に生き抜いてきたという実感がある。多分、夏樹もそうだろう。君が言っていたように、ずいぶん、涙を流してきた。それはきっと、夏樹もそうなんじゃない。なにせ、僕たちは双子だ。きっと、遺伝子が共通しているのだから、その影響でお互いに共感する部分だってあるのだろう。これから先、きっと、素敵で素晴らしいことが起きそうな予感がする。僕と夏樹は二人で一組なんだ。君の不可思議な透視能力は僕たちを未来に誘(いざな)うだろう。新しい世界の扉が開かれる、そんな可能性が、めぐってくる」僕は熱意に溢れて、熱心に語っていた。きっと夏樹のような素敵な女性がここにいてくれたことに、饒舌になっているだろう。それにしてもこんなに語ったことは今まで生きてきたなかでなかった。本当にこんな素晴らしいことが僕の身に起こったことが信じられなかった。
「現実‥‥」
「今なんて言った?」
「現実。僕たちはこうやって巡り会えた。この出会いを大切にしていきたい。夏樹もこれからはここは孤児院じゃないんだから、思いっきり、羽を伸ばせばいいさ。何日でもここに居座って構わないから」
「ありがとう。でも初めっからそのつもりだった。なんかゴメンね」そう言って夏樹は舌を出して笑った。
この先何が起こるかは分からない。でも、僕は夏樹を守ってみせる。きっと、小説のような、物語性に溢れた誰かを笑わせる生活を送ることができたらと思う。自分の、夏樹の、そしてみんなを喜ばせる生き方が出来たらとも思う。僕は生き抜いていく。できるだけ人に迷惑をかけないように。そして、少しずつでも、同類を殖やしていって、仲間を、友達を、共に笑いながら生活していければと。ああ、また涙の微かな微粒子が瞳を覆ってきた。喜ばしい涙よ!君はとっても素晴らしい!

僕に通ずる小説を探しだしている

僕に通ずる小説を探しだしている

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-06-22

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