分裂の息 1

早朝のこと。「僕」は駅のトイレで吐いた後、電車に乗った。家を出る前には気休めにと蜂蜜を舐めた。

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多分本物じゃないおじさんが僕の前に立っている


しきりに蜂蜜について訊いてくる


「おまい、グレープ味の飴噛んでるだろ。おまいグレープ味の飴を、噛んでるだろ。」といつまでも訊いてくる


ええい、どうすれば良いんだ


力んだから、腰が痛い


揺れる電車に立っているから、膝が痛い


蜂蜜くらい知ってるよ
だからもう、ゆっくり寝てください


飴は、噛まない派なんです



ぼかぁもう、だめだぁ



おじさんの目を見るのが怖くて、胸のあたりをみた

そしたら女の子の、弱く、高く震える声がした



近づいてくる

まっすぐ僕を見つめて、近づいてくる

嫌だから下を向いた



「おまい、何噛んだ。なに噛んだ。」



車両に2人きり


あっちとこっち


ドアに手をついて、つり革を掴みながら揺れる車両の中を、来る



弛んだ裾のズボンを乗せた、だっさい合皮のゴム底ローファーが視界の端に映った

分裂の息 1

分裂の息 1

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-06-20

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