きしん、あやなみ

アズールレーンの綾波の短編です
以前ふと見かけたシチュエーションで、これは書けそうな気がすると思って書いてみました
名前を出していない子が何人かいますが特に誰とも考えていないので、ご自身の艦隊で適任ぽい子を想像していただけると幸いです

1.

 ひたり、とひとしずくの海水を地面に落として、水上から陸の上へと帰還する。
 背負った艤装の魚雷管は空になり、弾薬も残り少なく、身軽にはなったがこのまま海上を行くのは些か以上に心許ない。
 もう一度敵艦隊と遭遇していたら苦戦を強いられていたかもしれない。結果的には最適な撤退の機ではあったが、安全を考慮するならもう少し早く退くべきだった。調子が良かったので、少し慢心してしまっていたかもしれない。次の出撃では気を付けなければ。

 現場での指揮を任されていた駆逐艦・綾波は今日の出撃を振り返りながら、艦隊が全員確かに帰投していることを確認してからドックへと向かった。

 綾波は艦隊内で一番の古参であり、トップクラスの実力も有しているので他の艦からの信頼も厚い。らしい。
 そう言って褒めてもらえることはあるが、やるべきことをやっているだけのつもりだ。自分ではよく分からない。

 けれど今回のように指揮を含め色々なことを任せてもらえるのは、指揮官に信用してもらえているからだと思うと、少し嬉しい。

 艤装を外し、大まかに消費や損傷を確認していると、ポンと背中を叩く手があった。

「お疲れさま、綾波。今日も大活躍だな」
「お疲れ様です。ありがとうございます」
「あまり頑張られると、こっちはヒマで仕方ないよ」
「まったくだ。少しは働かせてくれないと、私たちの艤装が錆びてしまいそうだな」
「すいません。整備、念入りにしてもらうようお願いしておきます」
「あはは、冗談だって。相変わらず真面目だな。けど、助かってるよ、ありがとう」

 声をかけてくれた、主力艦隊の戦艦や空母の方々はそう言って綾波を労ってから、ドックを去って行った。
 と、今度は横合いから先程とは毛色の違う声がかけられる。

「あ、綾波さん、出撃お疲れ様です!」

 やや硬い表情で背筋を伸ばしているのは、着任してからまだ日の浅い駆逐艦の後輩、と呼ぶべき子たち。実戦演習も兼ねて、綾波が率いて戦場に出ていた者たちだ。

「はい、みなさんもお疲れ様です」
「あまりお力になれず、申し訳ありませんでした‥‥」
「いえ、まだ実戦経験も少ないのにとてもよく頑張ってくれていると思います」
「あ、ありがとうございます! これからももっと頑張ります!」
「はい、よろしくお願いします。指揮官への報告は綾波がしておきますので、みなさんは先に寮で休んでいてください」
「はい、お疲れさまでした!」

 ぺこりと頭を下げる綾波に見送られ、駆逐艦の後輩たちは深く頭を下げてその場を後にした。
 後輩たちはドックの外へ出ると、肩の力を抜いてふぅーっと息を吐く。

「いやー、相変わらず綾波さんカッコいいよね」
「ね。強いし、クールだし」
「そうそう、何者をも寄せ付けないような感じあるよね」
「ね。怖い人かと思ったら、すごく優しいし」
「そうそう、指揮官への報告とか全部やってくれるしね」
「ね。私たちも手伝いたいけど、2人以上で行く意味はないし慣れてるからその方が効率的、って言われちゃったらね」
「そうそう、綾波さん、秘書艦もしてるからどっちにしても行かなきゃいけないって言われちゃったらね」
「ね。強くてカッコよくて仕事も出来て、弱点が知りたくなっちゃうくらいだよ」
「そうそう、もっと仲良くなりたいけど、出撃以外じゃ声かけづらいもんね」

 そんな会話を交わしながら、後輩たちは寮の中へと消えてゆく。
 ドックの窓からその背を見送りながら、綾波は手元の報告書に目を落とした。

 ドック内が静かだと、外の音は案外届いてくるものだ。
 忌憚ない自分への評価を受け取って、綾波はいつも通り表情を変えることなく報告書を手にドックを後にした。

 指揮官の執務室へ向けて学園を歩いていると、あちこちで楽しげな笑い声が響いていた。
 視線を向けると、自分と同じく艦艇の魂を持った少女たちが笑顔で走り回っているのが見える。中には騒動を起こす常連の子もいて、もう少ししたら反省室に連れて行かれるんだろうか、なんて想像が簡単に出来てしまって少し可笑しくなった。

 友達と雑談を交わしながら歩いている子。噴水の縁に腰かけ肩を寄せ合ってお昼寝をしている子。海岸で走り回っている子。
 ここから見える場所だけでなく、寮の中や体育館の中からも騒がしい音は響いてきている。

 そんな風に大勢で集まって楽しそうに騒いでいる仲間たちを見かけると、どうしても思ってしまう。

 ――羨ましい、と。

 自分は友達を作るのが苦手だ。出撃や任務のようにすべきことが明確になっているなら良いのだが、それ以外、日常会話や雑談というものになると、途端に何を離せばいいのか分からなくなってしまう。
 さっきも言われた通り、少し真面目過ぎるのかもしれないと思うことはある。けれど、今更それを変えろと言われても簡単にできることではない。

 これもさっきも言われていた通り。どうやら、自分は近づきがたいらしい。
 もちろん意識しているわけではないので、こればかりはそう思われているらしい、と言わざるを得ないのだが。

 しかし、だからこそ、解決方法も分からない。
 柔らかく振る舞おうにも、何が固くて何が柔らかいのかが分からないからどうしようもない。
 表情が硬いとはよく言われるが、だからといって今から笑顔を振りまくなんて出来ると思えないし、そもそも自然な笑顔を浮かべるのは笑い慣れない自分には難しすぎる。

 そんなことを考える度、ジャベリンの可愛らしい人懐っこさや、ラフィーの奔放な柔らかさが羨ましくなる。
 どう頑張っても、自分には真似できない2人の魅力だ。ジャベリンは綾波には綾波の魅力があると色んなことを褒めてくれるが、そうやってすぐに誰かを褒められることこそがジャベリンの魅力なのだと気付いてしまうからこそ、より一層羨ましさが増してしまう。

 かといって嫌われているという様子はなく、先程の後輩たちのように自分に憧れていると言ってくれる子も少なくはない。
 もちろん、尊敬の念を抱いてもらえることは嬉しい。すごく嬉しい。
 けれど本当は、そうやって遠巻きに眺めて賛辞を贈られるより、もっと近くで手を取って欲しいと望むことは贅沢だろうか。

 贅沢、なんだろうな、といつからか自分は諦めてしまっていた。
 誰かと仲良くすることが苦手な自分は、嫌われることなくそうやって認めてもらえるだけでも十分すぎるほど恵まれている。尊敬してくれる彼女らに、後ろ暗い感情を抱くのは失礼だ。

 綾波は楽しげな彼女たちから視線を逸らし、ひとり指揮官の下へと足を速めた。

 こんな雑務を一手に引き受けているのは責任感や使命感なんてものじゃないし、ましてや自己犠牲の精神に基づくものなんかでもない。
 面倒な仕事を引き受けるのはもちろん、それに見合った対価があるからだ。

 建物内に入り、笑い声が少しだけ遠くなる。反響する自分の足音を聞きながら、自然と足取りは軽やかになっていた。

 執務室の前まで来ると、こんこんとノックをして「綾波です」と声をかける。中からすぐに「どうぞ」と声がして、ギィっとわずかな軋みを上げて扉を押し開いた。

 扉の向こうにあるのは簡素な部屋。壁には窓がひとつだけあり、他には時計と〝節約主義〟と書かれた掛け軸がある。あとは様々な分厚い本が収められた本棚と、電気ポットと珈琲が置かれた背の低い棚。窓の下には柔らかそうなソファが置かれていて、そして中央、掛け軸の前には立派な執務机が据えられていた。
 その机に腰かけている人こそ、この艦隊を統括している指揮官その人であった。

「お疲れ様、綾波」
「はい、お疲れ様です、指揮官」

 綾波は静かに答え、机の上に報告書を差し出した。

「今回の出撃における戦果、および資材の消費と損耗状況です」
「ん、了解。いつもありがとう」

 資料を受け取り、一通り眺めてからにっこりと笑顔を浮かべてくれる。
 内容は資料にまとめているので報告はそれで終わりなのだが、綾波はその場を動かずちらちらと指揮官に視線を向けた。

「あ、あの、指揮官‥‥」

 不思議そうに首を傾げる指揮官は、しかしすぐに何かを察したらしく、少し意地の悪い笑みを浮かべて椅子に深く腰掛けた。

「んー? どうした綾波。言いたいことがあるなら、ちゃんと言ってくれなきゃ分かんないぞ」
「あ、はい、すいません。えっと‥‥」

 綾波は生真面目に答え、指揮官は苦笑しつつも姿勢を崩して綾波の言葉を待った。

「‥‥綾波、今日も頑張ったのです。だから、その、指揮官に褒めてほしくて‥‥」
「うむ、よく頑張った! 綾波は偉い!」
「あ、えっと、そうじゃなくて‥‥」

 真剣に戸惑う綾波に、指揮官はもう一度苦笑を浮かべてから立ち上がり、綾波に歩み寄る。

「ごめんごめん。欲しかったのはコレかな」

 そっと、綾波の頭に触れると優しく撫でてくれた。

「はい、綾波、指揮官にナデナデしてほしくて‥‥。ありがとうございます」

 綾波は一歩踏み込み、指揮官の腕に包まれるように寄り添いながら頭を撫でてもらう。

 しばらくそのまま、瞳を閉じて指揮官の大きな手と体温を感じる。
 ここはどこよりも穏やかで、安心できる場所。これこそが、綾波が一手に雑務を引き受けている一番の理由。

 仕事なんて言っても、本当はやることなんてほとんど無いのだけれど。
 報告書を持ってきて、あとは指揮官の横で時折渡される簡単な作業をこなす程度。疲れている時は、ソファで寝かせてもらっていることもあるくらいだ。
 もちろんただサボってるだけじゃなくて、やるべき時はちゃんとやっているとだけは言わせてもらう。

 やがて綾波は一歩分だけ下がって距離を取ると、頭に手を乗せられたまま目の前の指揮官を見上げた。

「あの、指揮官。綾波は、近づきがたいですか?」

 唐突な問いかけに、指揮官は「はあ?」と頓狂な声を上げた。

「綾波は、仲良くしにくいそうです。でも自分じゃ、よく分からないのです」

 素朴な質問、というには少し重い。そんな自覚はあれど、よく分からないというのも事実。
 綾波の問いに指揮官は口を曲げて考え込み、やがてもふっと綾波を抱きしめた。

「綾波は、可愛い!」

 突然すぎるそれに綾波は目を白黒させながらも、条件反射のようにその背に手を回してしまっていた。

「ちょっと、何を言ってるのかよく分からないのです‥‥」
「言った通りじゃないか。綾波は、可愛い」
「それがどうかしたのかと尋ねているのです」
「可愛いに意味なんてないさ。可愛いは可愛いというただそれだけで価値あることなんだから」
「よく分からないです」
「オレに意見を求めたのが間違いだったな。綾波をどう思う、なんて聞かれても可愛いとしか答えられないぞ」
「頼もしいのか頼もしくないのか、分からないのです」

 責めるような台詞に反して、その口調は柔らかい。
 指揮官は綾波を抱き寄せたまま、ぽんぽんと頭を撫でた。

「別に、友達がいないワケじゃないだろ。綾波の良さを分かってくれる子もちゃんといるじゃないか」
「‥‥それは、そうですけど」
「少しだけ、綾波は理解してもらうのに時間がかかるだけさ。ホントはこんなに可愛いって分かってもらえれば、すぐ仲良くなれるさ」

 ぐしゃぐしゃと頭を掻きまわされて、指揮官は椅子に腰かける。
 綾波は撫でられた頭に手を添えて、じっと指揮官を見つめた。

「なに、まだ足りなかった?」

 からかうような笑みを向けてくる指揮官に、綾波は、こくりと頷いてみせた。

「‥‥はい。足りない、です。今日はもう少し、甘えたい気分、です」

 言って、綾波は指揮官と同じ椅子、膝の上に腰かける。
 指揮官はさすがに驚いた顔をしていたが、小さな苦笑を漏らしただけで綾波を受け入れてくれた。
 きっと凄く邪魔だろうけど、指揮官は何も言わずにそのまま仕事に取り掛かっていた。

 近づきがたい雰囲気があるのなら、それを払拭出来たら良いと思っている。

 けれど、今の姿は艦隊のみんなには決して見せられないと、指揮官の温もりに包まれながらぼんやりと考えるのだった。

2.

 ひたり、とひとしずくの海水を地面に落として、水上から陸の上へと帰還する。
 背負った艤装にはまだ魚雷が残されており、弾薬にも幾分か余裕はある。しかし帰路で敵艦隊に出会っていた可能性を考えれば、それは適切な余力であると言えた。
 先日の慢心を繰り返すことなく反省できている。分かりやすい成長の様子を自分でも感じることができ、少しだけ満足感があった。

 現場での指揮を任されていた駆逐艦・綾波は今日の出撃を振り返りながら、艦隊が全員確かに帰投しているか確認してドックへと向かった。艤装を外し、大まかに消費や損傷を確認していると、ポンと背中を叩く手があった。

 主力艦隊の戦艦や空母の人たちが――なんかすっごくニヤニヤしながら綾波の背を叩いていた。

「お疲れ様だな、綾波。まあ、私たちなんかの労いは不要かもしれないが」
「ああ、そうだな。あまり引き留めるのも悪い。それじゃあお疲れ」
「‥‥は、はい。お疲れ様、です」

 よく分からないことを言いつつ、彼女らは早々に立ち去って行ってしまった。
 労いは不要、とはどういうことか。もしかすると気付かない内に、嫌な顔でも浮かべているように見られていたのだろうか。
 いや、それにしては雰囲気がおかしい。馬鹿にされている? 遠からず、という気はするが、正解でもないような気がした。

「綾波さん、お疲れ様です!」

 と、今度は横合いから、これまでと大きく毛色の異なる声がかけられた。

 やたら楽しそうな表情でニコニコとしているのは、着任してからまだ日の浅い駆逐艦の後輩、と呼ぶべき子たち。実戦演習も兼ねて、綾波が率いて戦場に出ていた者たちだ。

「‥‥は、はい。お疲れ様、です」

 戸惑いつつも、無視するわけにもいかないのでどうにかそれに返事をする。
 それにしても、いったい何事だろう。明らかに、様子がおかしい。

 よくよく考えてみると、いつも通り準備を整えていたので気にしていなかったが、そういえば出撃前から何やらいつもと雰囲気が違っていた。
 戦闘中はさすがにみんな気を張っていたが、このおかしな雰囲気が漂い始めたのはいったいいつからだろう。

「‥‥あの、今日はなにか、ありましたか?」
「いえいえ、綾波さんって意外と可愛いんだなーって思いまして」
「はあ‥‥ありがとうございます」

 よく分からないが、一応褒められているのだろうかと思い、とりあえず礼を述べておく。

「綾波さん、報告書、わたしたちも手伝いますよ」
「いえ、単純な作業なので大丈夫です」
「じゃあ、代わりに指揮官さんのところに持っていきましょうか?」
「‥‥以前にも言ったと思いますが、綾波はどちらにしても指揮官のところに行く必要があるので、みなさんではなく綾波が行った方が効率的なのでその必要はありません」

 別にいい、とひと言でいいだけのはずなのに、つい意固地になったみたいに長々と理由を語ってしまった。
 要は、理由をつけて他の子にその仕事を渡したくないだけだという自分の感情が透けて見えて、なんだか恥ずかしくなる。

 気恥ずかしさに外した視線を報告書に落としていると、後輩たちは顔を見合わせてニッと笑い合い、笑顔のままもう一度綾波に向き直った。

「すいません綾波さん、変なこと言って。知らないみたいなので、よかったら来てください」

 そう言って、後輩たちはドッグの外へと綾波を誘おうとする。よく分からないが、この違和感の正体が分かるというのなら行ってみるべきかと思い、書き終えた報告書を持って彼女らの背を追った。

 連れていかれたのは、学園の掲示板。重要事項に関しては直接通達されるので、そこには重要度の低い伝達事項、掃除当番とか食堂のメニュー変更とかが載せられている。だがそれらの用途で使われることもたまにしかなく、基本的には明石の店の広告と、青葉のどうでもいい記事が掲載されていることがほとんどだ。

 そして今は、いつも通り青葉の記事が貼られているようなのだが――

「‥‥‥‥っ!」

 掲示板に張られた写真を目にして、綾波はいつも眠たげに細められている目を大きく見開いた。

「こ、これは、いつから貼られているのですか‥‥!」

 大慌てで振り向く綾波に、後輩たちは楽しそうな笑みを浮かべて「昨日の夕方くらいからですよー」と答えた。

 ワケの分からない写真が貼られているのはいつものこと。
 が、今そこのに貼られているのは――綾波の写真だった。

 綾波の――指揮官に撫でられている写真。腕の中におさまっている写真。膝の上に座っている写真。そしてそれらの全てが、緩み切った笑みを浮かべている写真だった。
 窓の外から撮られたらしく、写真はどれも間にガラスが挟まれており解像度もやや粗い。それでも、綾波の緩んだ表情を見るには十分だった。

「いや~、最高に良い表情が撮れてるよね。記事のタイトルは何が良いと思う?」

 突如背後からかけられた声が誰のものか、振り向いて確認するまでもない。
 確認のためではなく振り向いて鋭い視線を向けると、そこにいたのは予想に違うことなく、同じ陣営の証ともいえる一対の耳を生やした翡翠色の髪をした少女、青葉。

 彼女は悪びれた様子もなく愉しげな笑顔を向けてくると、ぽふぽふとからかうように綾波の頭を撫でた。

「あのクールな鬼神の綾波さんが指揮官の前ではこーんなにデレデレだったなんて、意外だね~」

 ぺしっと青葉の手を払いのけるも、自分の顔が情けないほど朱に染まっているのが分かって、怒りきれない。

「鬼神といえどひとりの女ってことかー。いや~、これがギャップ萌えってヤツなのかな~。綾波ちゃんカワイイね~」
「‥‥鬼神の力、味わうがいい‥‥!」

 綾波の瞳がギラリと光り、鋭く青葉に肉薄する。が、素早く両手首を握られると、あっさり動きを封じられてしまった。

「あはは、海の上じゃなけりゃあたしも負けやしないぞ~。それに、そーんな顔真っ赤にしたままじゃ、力の半分も出せてないんじゃない?」
「‥‥‥‥くっ」

 二重の恥じらいでさらに顔を赤くする綾波を、青葉は強引に掲示板の方に向かせて写真を見せつける。

「ほらほら、これなんてすっごく可愛い表情してるじゃーん。そんなに指揮官のお膝の上は気持ちよかったのかな~」

 青葉の手を逃れようとするも、駆逐艦の力では重巡洋艦の拘束を解くことは出来ない。
 青葉にからかわれ、その様子を微笑ましそうに後輩に見守られ、羞恥が限界に達しようとした時、さらに別の声が背後からかけられた。

「こぉら、青葉。あんまり綾波をイジメてくれるなよ」

 声と共に、拘束が解かれて体が自由を取り戻す。
 誰がやってきたのか振り向いて確認するまでもなかったが、今度は振り向くことが出来なかった。

「あれあれ、スキャンダルの渦中の2人がお揃いとは、特ダネになっちゃうかな~」
「なにが特ダネだ。綾波を可愛がって何が悪い」

 指揮官が背後から綾波の左手を左手で取り、重なり合った薬指に揃いの指輪が嵌められているのを強調してみせる。
 隠すようなことではないしみんなも知っていることなのだが、改めて見せつけられるのはどにも恥ずかしい。

「ったくもー、それを言っちゃ元も子もないじゃん。けど、綾波ちゃんのカワイー笑顔はなかなか良い反響を得られてるみたいよ?」
「当たり前だろ。綾波は可愛いんだから」

 遠慮も恥じらいもない褒め言葉に、綾波はもう何も言うことも出来ず俯いて地面を見つめた。

「いや~、さすが指揮官、肝の据わり方が違うね」
「はいはい。で、綾波の可愛い写真を撮って何を伝えたかったのかね」
「そりゃー、いつもクールで艦隊最強の鬼神のプライベートな素顔を見たいって思うのは、自然なことじゃない?」

 皮肉っぽく尋ねる指揮官に青葉はあっけらかんとして答え、それを聞いた指揮官は「なるほど」と呟いて何やら考え込み始めた。
 楽しげに笑う青葉を見て、羞恥に俯く綾波を見て、やり取りを微笑ましく見守っている後輩たちを見て、ふむとひとつ頷いた。

「綾波、みんなに綾波のこと分かってもらえて良かったじゃないか」
「‥‥っ、全然、良くないです!」
「なんで。だってみんなと仲良くしたかったんだろ?」
「それはそうですけど‥‥うっ」

 思わず本音を漏らしてしまい、狼狽する。

「なになに~、綾波ちゃんってばそんなにあたしたちと仲良くしたかったの? うりうり、可愛いヤツめ~」

 青葉がこれ以上なく愉しそうな笑顔を浮かべ、ぷにぷにと綾波の頬をつついてくる。
 さすがにイラっとして押しのけようとするも、後ろから指揮官に抱かれているせいで動くことが出来ない。

「どうだ、綾波のほっぺたは柔らかいだろ。オレも大好きなんだ」「なんだよ指揮官ってば、さっきからノロケっぱなしでさー」「なんだよ青葉不機嫌になって。もしかして青葉もナデナデしてほしかった?」「だーっ、ンなワケないって!」「はっはっは、恥ずかしがらなくていいぞー」「ほらほら、ンなことしてたら大事な嫁が怒っちゃうよ!」「む、それは困る」

 しかも目の前でそんな会話を繰り広げるものだから、たまったものじゃない。

 ――けれど、これまでの自分と比べて、今の状況はどうだろう。

 ずっと外から眺めているだけだった、騒がしくて楽しそうな仲間たち。
 盛り上げているのは自分ではないけれど、少なくとも今、外から見ているだけじゃなくその中心に自分はいる。
 羨ましいと思い、憧れてすらいた騒がしさの中に溶け込んでいる。

 昨日まででは考えられなかったことだ。
 主戦力としての信頼と尊敬を得、けれどそのせいで誰からも一歩距離を置かれてしまい、口数も少ないせいで作戦中以外はほとんど誰とも会話も出来なかった自分。

 仲間に、後輩に、そして指揮官に囲まれ、笑顔と笑い声に包まれている今の自分。

「ほら見なよこの写真の笑顔。すげー気が緩んじゃってるよね」
「普段の凛々しい表情からは考えられないです」
「オレの前じゃいつもこんな感じだけどな」
「ほほー、それは詳しく取材させていただきたいッスね~」

 これこそが、ずっと求めていたもの。

「綾波はけっこう甘えんぼだからな。撫でたり抱きしめたりすると喜んでくれる」
「はぁ~、綾波さん可愛いです~!」
「そのギャップがたまりません!」
「いいねいいね~、甘えんぼの鬼神。これだけでも記事になりそうだけど、出来れば写真も欲しいところだよね」

 ずっと、求めていた‥‥。

「でさ~、指揮官。出来ればもっとディープな話も聞かせて欲しいんだよね~」
「わたしも、気になります!」
「綾波さんとは、どこまで進んでるんですか!」
「いやいや、それはちょっと企業秘密かなー」
「いいじゃんいいじゃん、減るもんじゃなし~」

 ずっと‥‥。

「いやー、でもなー。恥ずかしいなー。えへへ」
「ほらほら、言って楽になっちゃいな~」
「教えてください、指揮官!」
「綾波のイメージ変わってみんなともっと仲良くなれるかもよ~」
「うーむ、そうだなー」

 求めていたモノ――

「えっとなー、綾波は普段――」
「――なワケないだろ!です!」


 ――その日、指揮官と青葉は鬼神の力をお腹いっぱいになるまで味わうことになるのだった。

3.


 後日。

「指揮官、報告書です」
「あ、どうも、ありがとうございます」

 やや乱雑に机の上に報告書を叩きつけられ、妙に低い腰で指揮官はそれを受け取った。

 綾波は執務机を挟んでその場を動かず、じっと指揮官の目を見つめる。

「‥‥あれから、指揮官のせいでみんなの綾波への態度が変わったのです」

 指揮官は仕事の手を止め、机に肘をついて綾波の話に耳を傾ける。

「確かに、距離もなくなったし、仲良くしてるれるようになりました。‥‥でも、違うのです。突然すぎるのです。こういう‥‥可愛がられるのは、ちょっと苦手なのです‥‥。なんだか、落ち着かないです‥‥」

 わずかに唇を尖らせて頬を染める綾波の口調は、抗議と呼ぶには少しばかり力ない。

 綾波は指揮官の目の前まで歩み寄ると、不満顔を浮かべたまま脚の間にすとりと腰を落とした。

「‥‥落ち着かないので、指揮官は綾波を落ち着かせてくれないとダメ、です」

 そう言って俯いたまま、指揮官に深く背を預けた。
 指揮官はやや面食らいながらも、苦笑ひとつでいつも通り、綾波を受け入れてくれる。

 お気に入りの場所で指揮官に頭を撫でられながら、たとえ取り巻く環境に変化があったとしても、ココが一番落ち着く大好きな場所だということは変わらない。
 そんな安心感に包まれながら少しの間だけ、安らかな笑顔を浮かべ、瞳を閉じた。

きしん、あやなみ

艦隊の主力として活躍する綾波だが、その強さゆえに他の仲間たちから少し距離を置かれてしまっている。だがある日指揮官にナデナデしてもらっているところを見られて恥ずかしがる。みたいな感じだったと思います。
自分の中で綾波は、ゲームして引きこもったり急に音楽にハマったりと、わりとひとりでも奔放に楽しんでるイメージがあります。けど指揮官とは仲良しです。指揮官と色んなことして楽しみたいから趣味を増やしてるんです。大好きです。らぶらぶです。
短編っていうとやたら重かったり暗かったりする話を書きたい病にかかっているのですが、たまにはこんな軽いお話も書いて投稿出来たらと思っています。読んでいただけると嬉しいです。感想などいただけるとよりいっそう最高に嬉しいです。
読了ありがとうございました。

きしん、あやなみ

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-06-20

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 1.
  2. 2.
  3. 3.