別れ(作・氷風呂)
お題「校門」で書かれた作品です。
別れ
僕と彼女が付き合っていた頃、放課後に一緒に帰るのが日課になっていた。待ち合わせはいつも校門の前。彼女の所属していた吹奏楽部は、僕たちの学校では強豪で有名で、いつも終わる時間は8時過ぎだった。僕というと、彼女の部活が終わるまで、部室で宿題をやったり、本を読んだり、妄想を膨らませて小説を書いたりしていた。(僕の所属してた文芸部は吹奏楽部と反対にとても緩くて、帰宅時間はいつも自由だった。彼女と付き合っていた間は、僕が一番遅く帰っていた。)
しかし、その日は、少し違っていた。20時になっても、彼女から連絡が来ない。いつもだったら、部活が終わる時は「終わったよ」という短い文と一緒に、白いウサギがグッタリとしているスタンプが送られてるはずだった。結局、彼女が来たのは、普段より30分遅い、20時30分。僕というと、20時に用務員さんに部室を追い出され、校門の前で彼女を来るのを待っていた。他の吹奏楽部の人達に聞くと、少し迷ったような顔をして「もうすぐ来るよ。」とだけ言われた。そして、彼女が来た。校門の前で待っていた僕を見ると少し手を上げ、駆け寄ってきた。
「もう帰ってくれても良かったのに。ごめん、遅くなって。」
「いや、Lineしても反応無かったし。他の人に聞いたら、もうすぐだって言われたから。」
「そう。」彼女は、少しうつむき、申し訳なさそうにもう一度謝った。
「ごめんね。」
「良いよ。気にしないで。さぁ、帰ろ。部活お疲れ様。」
僕は彼女が気にしないように明るく振る舞い、歩き出した。後は、たわいもない会話だ。僕の今、書いてる小説の話だとか、吹奏楽部の大きいコンクールの話。最初は、何か元気がなさそうだった彼女だったが、僕と話している内に元気になったのか、段々と普段の明るさを取り戻してきた。
「明日の日曜日、空いてる?出掛けようよ。見たい映画があって。」
僕は兼ねてから、心の中で計画してたデートの話をした。僕と彼女が付き合って、結構長いけど、デートの約束を取り付けるのは、どうしても緊張する。それを彼女が笑って、良いよと承諾する。いつものパターンだった。だが、今日は違った。
「その日は少し・・・用事があって、遊べないの。」
そう短く言って彼女は何も言わなくなった。そして、十字路に差し掛かった。僕の家と彼女の家は、真反対にあって、いつもその十字路で別々に帰っていた。彼女は右の道。僕は左の道。
「そっか。じゃあ、来週は無理だね。まぁ、学校ある時は会えるしさ。また明日も一緒にかえろ。」
僕はどこか暗い雰囲気を感じ取り、明るく言った。
「うん。ごめんね。今日なんか元気なくてさ。」
「良いよ。そんな時もあるよ。じゃあね、また明日。」
そう言って、僕が左の道に行こうとしたときに彼女が言った。
「ねぇ、私たち、別れない?」
「え?」
一瞬、時が止まったような気がした。別れる?もうその十字路で帰るじゃん。いや、その別れるじゃないのは分かってる。彼氏彼女の関係をやめる、ということだ。
「どうしたの、急に。」
声が震えているのが分かる。
「ずっと考えてたの。迷ったんだよ。色々な人に相談したし。今日だって、吹奏楽の友達に相談してたから、遅れたんだよ。」
「なんで?なんで、別れるって。」
言葉が出てこない。冗談にしてはキツすぎる。
「冗談じゃないからね。私、本気だから。もちろん、君と帰り道にこうして話すのは楽しかったし、デートだって楽しかった。でも・・・」
やめろ。やめてくれ。
「好きかわからなくなっちゃって。君と話すのは、楽しいけど、これは恋愛感情なのかわからなくなっちゃって。こんな理由だと納得できないのも分かってるよ。だから、好きな人が出来たって嘘も思いついたけど、失礼かなって。君に。」
足元がグラつく。立っているのか分からなくなっている。僕はまだ君のことが
「だから、別れよ。」
その後のことはあまり覚えていない。嫌だ、別れたくない、と泣きついたのか。そう、分かった、とだけ言って帰ったのか。とにかく、分かったのは僕たちの関係は終わったのだということだ。
この話には少し続きがある。そこから6か月後の話だ。僕は高校3年生になっていた。長い夏休みが終わり、大学受験もひと段落して、残りの高校生活を消費するだけに学校に行っていた。
その日は、授業が終わり、引退した文芸部に顔を出したあと、校門をくぐり、家に帰っている帰路だった。道を歩いていると、水が降ってきた。雨だな、と思った瞬間、バケツをひっくり返したような土砂降りの雨が、僕を襲った。僕は、バッグを頭の上に置いて、走った。そういえば、天気予報で、夕立が降るって言ってたっけ。傘を忘れた。ツイてない。心の中で、悪態をつきながら、僕は走った。一心不乱に走っていると、バス停を見つけた。粗末なトタンの壁と天井にさび付いたベンチとバスの時刻表が設置されている。
ちょうどいい。あそこで雨宿りしよう。僕はそう思った。(言ってなかったけど、僕の住んでいる場所は、とても田舎で、ここのバスは、1時間に一本とかそんなところだった。)そして、バス停に入ると、彼女がいた。
「あっ。」彼女は驚いたように目を見開く。今日は、本当にツイてない。まさか、彼女に会うとは。あの日以来、僕は彼女と一回も話していない。話せるわけがない。あそこまで、仲良くして、彼氏彼女の関係になって、別れよ、という一言だけで僕たちの関係は終わって。とにかく、僕はそこから何事もないように彼女に、「やぁ、昨日のテレビ見た?」なんて話せるほど、メンタルは強くない。話せるわけがない。だから、今の状況は、とても気まずかった。だが、今から雨の中をもう一度走るなんて、ダサい事は出来なかった。しかも、風邪は引きたくない。
「やぁ、久しぶりだね。」
平常心、平常心。なんとも思ってないように彼女に声をかけた。
「うん。ほんと久しぶり。」
そこから、沈黙。雨の音がやけに大きく感じた。
「すごい雨だね。」この沈黙を破るように彼女は口を開いた。
「ほんとに。すごい雨だよ。天気予報で、夕立が降るって言ってたことを忘れてたよ。」
「そんなこと言ってたの?行くとき、晴れてたから、傘なんて頭にもなかったよ。」
また沈黙。今度は僕が口を開いた。
「コンクールはどうしたの?」
「え?」
「コンクールだよ。あの時・・・、言ってたじゃん。大きいコンクールがあるって。そのために練習してるって。」
「あぁ、そんなことも言ってたっけ。」
彼女が笑った。
「あれね、予選で落ちちゃった。」
「え、そうなの?」
「うん、あの時は、みんな泣いてた。私もだけど。だって、あれが私たちの代の最後のコンクールだもん。納得できるわけないよ。まぁ、もうしょうがないけどさ。君の小説はどうなったの?」
僕はびっくりした。まさか、それを覚えているとは。
「あぁ、あの小説ね。」
君のことを題材にしてたけど、別れてからは書くのをやめたよ、なんて言えるわけない。
「行き詰っちゃって、書くのをやめたんだ。」
「そうなんだ。ずっと気になってて。ちょっとがっかり。」
こんな話をしていると、いやでも思い出してしまう。校門で待っている自分のこと。一緒に帰っている二人のこと。そして、あの日のこと。
「私ね、恋人ができたの。」
「え?あ、そうなんだ。」
平常心、平常心。
「僕の知ってる人?」
「たぶん、知らないよ。バイト先の人だし。一個上だし。」
「そうなんだ。良かったよ・・・幸せそうでさ。」
「うん。」
「君は?」
「ぼく?できるわけないよ。君と・・・付き合えたのも奇跡に近かったよ」
「そんなことないよ。君は、優しいし、すぐ出来ると思うよ。」
僕は何も言えなかった。
ふと、空を見ると、雨が止んでいた。さっきの雨が嘘のように、空に青空が広がっていた。
「雨、止んだみたいだ。じゃあ、僕はこれで。」
「待って。私も帰る。」
そして、僕と彼女は歩き出して、あの十字路に差し掛かった。
「じゃあね。」僕はそう言って、歩き出した。彼女は右で、僕は左。
「待って!」
彼女が大声でそう言った。僕は、立ち止まり、振り返った。
「私ね、大学は東京行く。この町、出ていくの。」
「そうなんだ。元気でね。頑張って。」
僕は笑い、明るい声でそう言った。そして、僕はまた歩き出した。彼女も歩き出す。彼女は右で、僕は左。
二人は別々な道を歩き出した。
完
別れ(作・氷風呂)