山形で駒子との出来事

普通の小説を書こうとしていたが、実生活を描写するとき、セックスも描写しないと、
リアリティに欠けると思い、ありのままを克明に描くよう心がけました。
そのため、この作品は、エロ作品としては考えていません。
一般的な、より現実に近い、人の営みを克明に描写した、男と女の物語です。
その点で、エロ小説と言う、色めがねで見ないで、普通の小説として
読んでいただけることを望みます。
但し、規定上、R18に該当しますので、ここに書きました。

1話:両親の不慮の死

 平田幹生42歳は、大学卒業後、23歳の時、医療機械の会社に就職し25歳の時山形に転勤となった。その後、営業マンとして23年のベテランで、東京、山形、新潟、山梨と転勤して、社内では腕利きの営業マンとして有名だ。彼の性格で、営業所長など、管理職より、お客さんと接する仕事の方が好きだった。山間部の病院を出張で回り、地元の旨い店、美味しい酒を楽しむのが大好きだった。小料理屋の看板娘とは、すぐ仲良くなり、仲良くなることも多く、それが仕事の励みになった。そのため、転勤する旅、出張先に、仲の良い娘がいて、女に不自由はなく、溌剌と、仕事をこなし、人生を楽しんでいた。彼女もいっぱいいるので、特に、結婚も深く考えずに年齢をを重ねていった。

 しかし42歳になる前に、東京の実家の父、平田政夫(75歳)の胃がんが見つかり、既に、手の施しようがないほど進行しており入院後1ヶ月でなくなってしまった。幸い、同じ敷地内に次男の平田治が結婚していて住んでいたため、看病してくれた。平田幹生も数回、お見舞いしたが、あっけなく逝ってしまった。葬儀の席で、母の平田恵(71歳)が大丈夫だから、1人で暮らしていくと言い、スーパーでの仕事も継続していくと言った。その後、母は、実家で1人暮らし長男の平田治(47歳)の家族がちょくちょく孫を連れて、遊びに行った。それでも、旦那さんの死は、想像以上のショックだったようで、半年して、体調を崩し、スーパーを退職し、寝込むようになった。

 心配して、長男の平田幹生が、精密検査のため、国立がんセンターに入院検査の手続きをして、癌の検診をしてもらう事にした。1週間後の結果で、肺に、嫌な影があるので、念のため細胞を取って、精密検査をした。数日後、肺がんとわかった。更に子宮癌が進行して、肺に転移した事が判明したのである。平田幹生は、担当医に呼ばれて状況を聞くと子宮癌はステージ3、肺がんは初期であるが、癌により、体調が急速に悪化しているので、入院を奨められた。了解して、体調回復のための入院となった。母は、最初、かなり落ち込んでいたが、1人で生きていたって面白いこともないので、亡くなった父の元に行きたいよと言い出して、生きる気力が失せてくるのだった。入院予定1週間だったが、回復が思わしくなく、2、3週間となり、23日目に急変して亡くなってしまった。担当の先生が、こんなに早く亡くなるとは思わなかったという程、意外な死だったようだ。長男の平田幹生と次男の平田治が、親戚、知人、15人の葬儀を執り行い、お別れをした。

 思い起こせば、23年前、1995年頃は、日本もバブル期で、父の平田政夫が証券会社に勤めていたので、郵便局の定期貯金、定額預金、ワリトー、ワリコー、ワリチョ-、一時払い養老保険、株などを買い、仕事の収入以上に、投資の利益を、祖父母も含め、家族全員6人で享受していた。ただ、不動産に手を出さなかったために、バブル崩壊後も、すぐ、逃げることができて、負債を抱えることがなかった。父は、家族の資金が足らないと、勤めている証券会社から低利で金を借りたり、家族ぐるみ6人の(口座で祖父母含め)で投資していたので、この時期は、かなりの資産(3億円)を得られた。また、無駄なお金を使うのを嫌う傾向があり、自然とお金が回ったきた気がする。

 バブル崩壊後、土地の値段が下がってきた頃に、東京の郊外、保谷に中古の大きな一軒家を格安で購入し、借家から移り住んだ。現在、家の敷地内に、長男家族(5人)が家を建てて住んでいる。両親が亡くなったので、実家の母屋に、次男が住んで、敷地内の家をリフォームして、借家として、貸す計画を立てていた。

2話:駒子との出会い

 長男の平田幹生は独身で父を見ていたため、お金に対して意外と執着がなかった。そこで、両親の財産分与も、預金の残金の半々で、文句言わずに、了解し、残った家の事も何も言わなかった。それに、両親が健在な時は、実家の事は全部、弟に任せっきりで、幹生は自由気ままな人生を謳歌していたので、遺産の事で、もめたくなかった。この両親の死を経験して、平田幹生は、自分は、仕事も人生も楽しんで、一生懸命やってきたが、何か、割り切れない気持ちになった。両親の死を経験して、平田幹生は、自分の人生を楽しむためだけに、生きてきたのが、本当に良かったのかどうか、自問自答するようになった。その答えを出すために、会社に1週間の有給休暇届を提出して、昔、転勤した先をゆっくりと巡る旅に出た。

 山形、新潟の温泉巡りを計画して、今後の人生の歩み方を考えてみようと思った。最初に、初めて転勤した
山形県の蔵王に行ってみることにして蔵王温泉に宿を取った。もちろん山形の小料理屋の木下駒子に連絡して、仙台で合流する約束を取った。新幹線で仙台へ、駅の改札出口に、少し、ふくよかになった木下駒子が、うれしそうに、待っていた。

レンタカーを借りて、車に乗ると、昔話に、花が咲き、出会いの時の話から始まった。駒子が、あれは、冬の大雪の時だった。あんたが、寒い寒いと手を擦りながら、店に入ってきたね。最初、面白いお客だと言うのが第一印象だった。次に、旨い酒と肴をくれと、ぶっきらぼうに言った。言葉から都会の人だとすぐわかった。そして、私を見るなり、外連味のない口調で、君、綺麗だねと言ったよね。それが、普通なら嫌な感じなんだけれど、さらっと自然に言うので、駒子は幹生に、好印象を持ち、すぐに、仲良くなった。

 幹生は、この店の芋煮が好きで、よくおかわりをした。たまに、温泉宿で一夜を共にして、駒子と満ち足りた夜を過ごした。駒子と幹生は、不思議な程、気があった。回り人達も、微笑ましく思うくらいで、小料理屋の主人も幹生を気に入って、店に現れると、駒子に、目で合図するのが常だった。

 それから、毎週の様に通ってくれたのは、15年前(2003年)の冬、駒子17歳、幹生25歳のことだった。小料理屋に通い始めて、半年後の初夏、駒子の休みの日の朝、電話して、ドライブに誘ったよね。あまり、サラッと言うので、すぐ了解したわよね。朝に家の近くにきて、蔵王周辺をドライブして、辺りが暗くなる午後5時頃、ちょっと疲れたから休憩していこうと言われ、モーテルに入ったわよね。あの時は、びっくりして声も出なかったわ。でも、やさしく、大丈夫だよと、手を引かれて入っていった。入ると、きらびやかな装飾と、金ぴかの風呂とシャワー、大きなダブルベッド、驚いていると、汗流そうと、優しく脱がしてくれ、抵抗なく、お風呂に入り、派手な部屋だねと言い、僕も初めてなんだと笑った。

3話:駒子の生い立ち1

 その後、風呂から出て、コーラとビールを出してきて、飲んだ。お風呂上がりのビールの味は最高で、すぐ2本空けたわ。幹生さんは、ビールは少し飲んだだけで、主にコーラを飲んでいたね。良い音楽を流し、やさしく私を抱きしめて、その気になってしまった。その後は、幹生さんの言うとおりにしたは、最初、2人でベッドに大の字に寝て、ゆっくりを私を上から抱きしめて、胸の方から、ゆっくりさわり、舌を這わしてきたわ。その後は、酔いも手伝って、あまり詳しく覚えていないわと笑った。

 すると、幹生が、ゆっくりキスして、唇を胸に持っていき、手を股の方に持っていき、準備ができたところで、上に乗って、挿入して、十分に感じ始めたのをみて、反対側に向いてもらい、背部から、挿入した。次に、僕が下になるから、上から乗ってと言って。女性上位で挿入したら、大きな声を上げて、腰を動かしてきたよね。そこで、馬に乗るように跨がって、腰を下ろして深々と挿入した、すると、また、大きな声を上げた。次に、上下だけでなく、前後にも、腰を動かせと言い、動かし始めると、また大声を上げた。

 次に、四つん這いになれてと言い、後ろから、突き上げると、大声を上げて、ガンガン攻めると、いってしまったね。僕もコンドームの中に大量放出して終わった。その後、風呂にも一度入り、また、水分補給して、再度、抱き合って、いたが、また、僕が元気になって、上になって、ピストン運動を始めて、2度目を終えて、ぐったりと疲れたが、服を着替えて、車で、君の家まで送ったよね。その時の駒子は、頬をピンク色に染めて、色っぽかったねと笑った。それから、転勤になるまで、毎月のように、楽しんだよねと、にやついて、言うと、ほんとにスケベなんだからと駒子が笑った。

 駒子が、あれが、私の初めての経験だったなのよと、しんみりと言い、彼女自身の話をし始めた。実はね、誰にも、言った事がないんだけれど、私の実家は、東京にあって、大正時代から何か着物関係の問屋をしていたらしいの。最初は、大正の好景気で良かったのだか、1925年の関東大震災で、家が焼けて、命からがら、祖父と祖母が逃げ、命は助かったんだけれど、店屋、着物は焼けてなくなり支払いを済ますと、何も残らなかった。

 祖母が和裁、祖父が日雇い仕事で食べていたが、とても食べていけない時、着物の問屋の頃に世話になった人から仙台の着物屋に紹介してやるから訪ねて行くように言われ、その年に仙台の着物屋に就職したそうだ。その後、一生懸命働いて山形に支店を出すことになり、そこを任された、昭和12年頃、山形に移り住んだ。その頃から、中国戦争、第二次世界大戦へ、突き進み、商売どころじゃなくなり、祖父も戦争に駆り出され、店は開店休業状態になった。金は、入らないけれど、近くには、農家があり、手伝いに行くと、取り残した野菜や、ジャガイモ、さつまいも、たまに、古くなった米をもらって、食いつないだ様だった。

4話:駒子の生い立ち2

 終戦を迎え、祖父は戦地から、無事、復員してきた。終戦後は、食べるものがない時代で、東京や仙台など大都会の、お金持ちが、いい着物を持って、米やさつまいも、ジャガイモ、野菜と物々交換しにやってきた。その着物を安く手に入れて、祖母が和裁が上手で、きれいに仕立てて、売出したところ、近くの、大きな農家で買ってくれるようになり、商売ができるようになり、昭和30年になる頃には、店を仙台に写し、独立してて、呉服屋をやっていたそうで、母が、小さい頃、和裁をならい、これからは洋裁の時代だと祖母に言われ、近くの洋裁店で修行を積んで、木下呉服・洋服店として、繁盛して、家も買ったそうだ。

 その後、木下駒子の母が、木下洋服店を山形につくることになり、そこを任されたようで、父は、木下家の婿養子として結婚したと、話してくれた。母に、駒子にも、店を手伝って欲しいと言いわれるが、洋服屋なんて、今後、将来性がないと思うし、その気になれないと笑った。駒子は、今が楽しいと言う事を一番大切に思い、自分の心に忠実に生きていこうと考えていますと言った。今は、小料理屋の看板女将として料理のレパートリーも広がり儲かってるのよと笑った。今の店の男性の店長54歳が身体がきつくなったら、買収するかも知れないと話した。私ってね、客商売が好きで、向いてるみたいなのよと、明るく笑った。

 そんなに儲かるなら、僕も、駒子の店に、投資しようかなと言った。本当、そんなにお金持ちには見えないけどねと言い返した。わかなんいよー、僕だって、医療機械屋の敏腕セールスで、会社では1-2の売上を誇り、もう、年収1千万円はくだらないよと漏らした。そんなにもらってるのと言い、駒子と一緒になって、料理屋やらないと、けしかけてきた。いーや、僕が会社を抜けたら困るから、そうはいかないよと、笑った。喫茶店で長話をして、午後3時を過ぎた。

 今日は、帰らなくても良いんだろと言うと、良いわよというので、モーテルに行く、それとも、温泉旅館に早く入る、どっち良いと聞いた。駒子が、ちょっと顔を赤らめて、久しぶりだから、2人きりでモーテルで過ごそうといったので、喫茶店を出て、ドライブしながら、良さそうなところを探した。15分位して、良さそうな所をみつけ、チェックインした。入って、風呂に入り、ビールとコーラで乾杯して、ゆっくりの楽しむ事にした。

 風呂から出た駒子は、昔と変わらず、尻が切れ上がって、胸も大きく、そそられる身体をしていた。風呂場の全身を映す鏡の前で、幹生が、駒子に、前向いてと言い、後ろから、尻に、いちもつをこすらせたり、胸を両手でもんだりして、遊んだ。そうしてるうちに、元気になり、次は横向いてと言い、横向くと、幹生のいちもつが、いきり立ってきたのが見え、わーすごいと言いながら、彼のさおを掌でしごき始めた。下に柔らかいマットが敷いてあり、おもむろに、幹生が下に大の字なり、駒子に俺の上で四つん這いになれと言った。下から垂れてきた乳首をなめ始めると、駒子が興奮してきて、声を出し始めた、

 次に、駒子の股間に手をやって、指を出し入れすると、準備完了、そのまま、入れるように言うと、上から覆い被さってきて、腰を落とした。また、声をあげ、次に、上に乗る様に、駒子の身体を起こせと言った。彼女が坐位になり、腰を上下させた、上下と前後に動かせと言うと、また声を上げて、感じてきた。幹生が、たまらず放出しそうになったので、ちょっと待ってと言った。次に、駒の子、両胸の間に、幹生のさおをはさんで、皮もむいたりしながら、しごけと言った。駒子は、十分に興奮していたので、早いスピードで、しごいて、たまらず、幹生が、放出してしまい、ザーメンが顔にかかりそうになったので、すぐ顔を背けた。すると、すごい勢いで、駒子の胸にザーメンが飛び散った。

5話:駒子とのしばしの別れ

 一休みして、給水しながら、駒子が、胸にはさんで、さおをこするなんて、始めてと笑った。今晩は、いろんなテクニックを教えるからと言った。鏡を見ながらするって、本当に感じるねと、駒子が恥ずかしそうに言った。一休み後、また、鏡の前で、四つん這いになってと言い、幹生が、後ろから、一気に挿入すると、声を出し始め、速いスピードで、出し入れしながら、さおに手を添えて上下させながら、つくと、更に大きな声をだした。次に、幹生が身体を駒子の下に滑り込ませ、背面から、駒子に腰を落とせと言い、騎乗位で上下、前後、左右に回すように動かせと言うと、いいわーと声を上げた。

次に駒子の腰を90度回転して横座りで、腰を円を描くように動かせと言うと、感じ始め、また90度回転してといい、続けた。最終的に1回転して腰を大きく動かして、終了した。終わって、水分補給をしながら、一休みして、駒子に一番感じたのは、どの体位と聞くと、バックから突き上げるのが良いと言った。休憩後、バックから攻めながら、幹生の両方の掌を駒子のデカい胸にあてて、乳首をつまんだり、胸を優しくなでたりすると、大声になった。また、後ろ座りにするよと言い、幹生が身体を駒子に下に滑り込ませたとたん、駒子は前後、左右、上下に激しく使い出し、果てて、幹生もコンドームにザーメンを大放出して終了した。

 その後、幹生が、実は、最近、父が死に、母は、同じ敷地内に住む兄が面倒をみてもらっていたが、その後、体調を崩し、亡くなった。両親の死後、幹生は、がむしゃらに、働いても、もう既に山梨県内の医療機関にしっかり食い込んでいるので、手を抜いてもやっていけると考え始め、ゆっくり生きようと決心したんだと言った。

 また、駒子に会いに来ていいかなーと聞くと、悪いわけないでしょ、こんなに私を感じさせておいてと笑った。結婚する気もないし、同じ小料理屋をやっていくつもりなので電話してくれれば、会ってあげるわと優しく言ってくれ、幹生は、駒子を強く抱きしめ、涙を流した。そー、寂しいのね、いいわよ、気が済むまで、泣いて・・。ベッドに入って、長い間、抱きしめあって、幹生が、ありがとう、優しくしてくれてと言うと、いいわよ。また、いつでも、会ってあげるからと慰めてくれた。

 どれくらいしただろうか、幹生はふと我に返り、帰ろうと言った。駒子は、今日は、泊まっていけるから、近く温泉に泊まらないと言った。君が良いなら、ありがたいと言い、電話そして予約して、車で、宿について、温泉につかり、ゆっくり、夕食を食べ、ビールと日本酒を飲んだ。布団に入りまた、お互いに長い間、抱きしめ合った。すると、幹生が、復活してきたのを感じて、駒子が口で、いちもつを丹念になめ始めて、そそり立った。これをチャンスとばかりに、駒子が上に乗り、ゆっくりと腰を落として、深く挿入し、上下、前後、左右に、腰を激しく振り始めた。出そうになったので、まった、四つん這いになってと、言うと、今度は、幹生が、後ろから、深々と挿入して、背中をのけぞらして、感じた駒子の胸をわしづかみしたり、乳首を指の腹でさすって、ガンガンついた、すると、駒子は果てて、幹生は、勢い良くに放出して終了し、ぐっすり寝てしまった。翌朝、すっきり目覚めて、温泉に入り、朝食をとって、駒子を家の近くまで送り、また再会の約束をして別れた。

山形で駒子との出来事

この小説の続編も用意していますので、もう少し、お待ち下さい。
なお、以前、書いた小説でも、どうしてもR18に引っかからないように、
その部分をカットした小説を書いたのですが、もう一つ、
リアリティに欠けてるので、全編だと長くなるので、断片的ですが、
載せたいと思っていますので、ご期待下さい。

山形で駒子との出来事

*この作品は、小説家になろうに重複投稿しています。 平田幹生は、医療機械の学術営業マン(1976年)43歳で独身、結婚歴なし、 子供なし、平田幹生、両親と兄弟はいるが、天涯孤独。 それでも、1回きりの人生を楽しまなくちゃーと思い、何者にも束縛される事なく、 自由奔放に生きてきた。彼は、大学を出て、ある医療機械会社に就職し、 転勤を繰り返し、その転勤先で、仲の良い、女性を見つけては、人生を楽しんでいた。 その過去を振り返り、思い出を小説にまとめた。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • コメディ
  • 成人向け
  • 強い性的表現
更新日
登録日
2018-06-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted
  1. 1話:両親の不慮の死
  2. 2話:駒子との出会い
  3. 3話:駒子の生い立ち1
  4. 4話:駒子の生い立ち2
  5. 5話:駒子とのしばしの別れ