終焉に捧げる小夜曲 ~喪失編~
血塗れた現実と喪失
後悔と悔恨を抱くまま少女は 全てを失った
悲しみに触れる間もなく血の手先を振るうまま
全ては 過去を清算する為
互いは癒えぬ傷を負う
9 ~喪失編~
「秋月、向こうの人数は?」
「恐らく5から7…先程、桂さんの居場所も特定し、無事藩邸に辿りついたかと。」
「…しくじるな、これは命に変えてでも成す事。最悪の場合、お前が古高さんを奪還に行け。」
「分かりました」
そうしている会話の中でも、既に戦闘は始まっていた。
これだけの人数しかいないと言うのに、一斉に浪士達が無残にも傷を負い、瀕死の者もいる。……このままでは、別働隊が乗り込んでくる。
そう思った瞬間に、キィンッと刃の音が響く。
「…沖田総司さんですか、この間はお世話になりました。」
「ええ、本当に。ですから貴女にはさっさといなくなって欲しいんです……でなければ、近藤さん達の 邪魔だ!」
「くッ…!」
「秋月!!後ろに来ているぞ!」
と言う浪士の声に私は一気に下へと下る。上には近藤、沖田が主流。下は、永倉、藤堂……。
「栄太郎さんッ!」
そう叫んでは、私はあの人に向かい口を開いた。
「私が古高さんを奪回に向かい、藩邸で増員を願います!ですから…」
と言った瞬間、栄太郎さんの持っていた刀が折れ、後ろから剣戟が迫る所、小太刀で防ぎ、鞘と刃で防いではそのまま2階へと上がり、そのまま栄太郎さんの手を引いては裏口に回り藩邸へと向かう。
「栄太郎さん、その傷…」
「気にするな。一気にここから行くぞ、俺は藩邸へお前は屯所へと向かえ!」
「分かりました」
と言うと、私達は別の道を走り出してはそれぞれのすべき事をこなす。しかし
これが、私の人生の歯車を狂わせてしまう事だなんて思う事がなかった。
「…ここが、新撰組屯所。」
池田屋からもかなり離れた位置にあり、やはり狙い通り兵力を残している。
急がなければ このままじゃ古高さんを奪回できても、藩邸までに辿りつく時間がない。
まるで待ちかねていたかの様に、新撰組総長・山南敬介は笑う。
「…来ましたか、やはり土方君の言うとおりだ。」
「ええ、こちらも貴方方がこうして人員を裂く事は見据えていましたしね。だから――時間がない、無駄な抵抗はしないほうがいいですよ。」
「これは、見くびられた物だね。総員、屯所を包囲!狙いは古高奪還!絶対に逃がすな!!」
「…だから、言ったでしょうに。」
そう言うと、パチンッと親指を鳴らしては火薬が弾け、煙につつまれるまま、柵を越え、土蔵へと向かい走り去っては土蔵の方へと走り込み、扉を開ければそこには大分弱った古高さんの姿が。
「古高さん!大丈夫ですか!?」
「あ、秋月はん…」
「吉田稔麿さんの命により、貴方を奪還しにまいりました!さぁ早くこのまま藩邸まで…」
と言うと、震えた小さな声で「あきまへん」と言っている。
「何故ですか!?」
「わしを助けることで、何の損得になりにもならん。早く、藩邸へ戻って、あんさんがあの方達を守り通してくれやす。」
「……分かりました」
そう言って、一目散に藩邸まで駆けつけようとすると、そこには槍を持った栄太郎さんの姿が。
「栄太郎さん!」
「秋月、藩邸へ戻るな。このまま池田屋へと戻るぞ」
「え」
「…桂さんが、これ以上『誰も通すな』と言ってあるらしい。故にこれも無理矢理奪ったまでだ」
「そんな…」
こんな、事だなんて。
説得してくれるとやれる事はやると言ったのに、どうしてよ?
そう思いながら、走りつつあると そこには新撰組の別働隊が外に出てまで戦闘が繰り広げられている。
「遅かった、か……」
「いえ、栄太郎さん今はまだ…宮部さんがいるなら戦えます!!ですから!」
と言った瞬間、浪士が栄太郎さんに向かい攻撃をした瞬間、私が間に入って2人を付き放すと、「行きましょう!」と叫び、裾を掴んでも私に背を向けている。
「秋月」
「…はい」
「短い間だったが、すまなかったな。お前にこんな思いをさせて」
「なッ…!」
この言葉…このまま、藩邸へ行かせてはきっとこの人は『史実の通り』に 死んで しまう
「嫌、です…」
今にも消え入りそうな声で裾を思いっきり掴んでは叫んで、自身の思いをただ慟哭する。
「嫌です!!私は貴方の側にいる事が・・・ッ!貴方を守る事が最優先で……!!」
偽りの文を書いて
裏で他の人にまで頼み込んで
情報を掻き集めては伝え、こうして側にいるのに
「お前のすべきことは、俺1人に対して護衛につく訳じゃない。今は1人の志士として戦う事が最優先事項だ、だから宮部さんはなんとしてでもお前が守り通せ。」
そうして、少し涙を浮かべながら私に一言だけ告げた。
「これは、俺の罪だ。本当はこんな事をすべきではないと今後悔しても遅い故に、罪を償う」
「秋月言葉」
「その名前の通り、俺は救われた。お前に会えて、本当によかった。」
「…やめて」
お願いだから、その先に行かないで。
じゃないと、貴方の事だから全てを失ってでも その命を――……
「――…!」
何が、『焦がれた人の運命を変えよう』だ。この先何が起こるか解っている自分であるならば その運命を『壊してみせよう』だ。
「えい、たろ…さん…」
あの人の白い肌に小刀が刺さっている。
『秋月』
そう言ってくれた喉の先に突き刺され、もう二度と 会う事はできない。
「あ、あ…あああ…ッ!」
頭が 狂いそうになる
あの人の声が、過ごした思い出が、何もかもが毒となって身体を蝕んで行く。
そうして、次に顔を上げた時に私は完全に壊れ、ただこの人の形見を取っては、今まで以上の速さで池田屋へと向かい駆けては外の隊士を一掃する。
「はぁああああああ!!」
「―――」
目を見開いて、ただ裂く。そのまま階段を登ればそこには、私のよく知った人の姿。
「秋、月……」
「斎藤さん」
互いに名を呼び合うが、その時 何もかもが壊れた。
絶対に躊躇など許される事はなく剣を抜く。この命と身を狂気と化して
・ ・ ・ ・
信じたくなど、なかった。
彼女が倒幕派の人間である事など 俺は信じる事を拒み、ただただ己に嘘をついてまで保身に走る。
「秋月」
頼むから
「もう、ここは一掃された。退け」
頼むから
――俺の汚れた剣でアンタを傷つける事などしたくない
「…退きませんよ」
「総勢20は越える俺達を相手にするのか?図に乗るな、いくら藤堂に剣を抜かせたといえ、俺と沖田はそう甘くはないぞ。」
「甘いのはどっちだ!?」
事実を述べた瞬間、彼女の眼が、顔付きが変わって行く。剣を抜き切っ先を俺に向けつけた。
「栄太郎さんは死んだ!貴方は解っていたはず、私が敵であるのだと!!それを殺さずに野放しにした貴方が!!貴方と栄太郎さんに初めて出会って選べなかった…2人の間で揺れていた私が!!」
「秋月…」
「だから私は、否定する。貴方と――…私を!!」
ガキィンッ、と刃が交差し やはり俺自ら剣を教えたのが祟った…否、そんな物じゃない。これは……
かと言いつつ、教えたとは言え この異常性…本来なら一太刀で仕留められる実力だと思っていたが、違う。ならばこの目で再び見るしか方法などない
「来い」
アンタが俺と自身を否定すると言うのならば、俺は『俺自身』を否定する。
彼女と出会って、こうなった今の『俺』を。
「…言われなくても、行きますよ。」
「――はぁッ!」
躊躇いも何もない、ただただ殺意のみ刷り込まれた横薙ぎに刃が交えたその時、俺が思っていた以上に腕が上がっている。否
これは彼女自身の命と身を狂気と化している、言ってしまえば殺す為だけの人間。もう俺の知る『秋月言葉』は死んでいるのだ。
その瞬間、「がぁっ」と小さな悲鳴が聞こえ、視線を逸らせば、まだ秋月は俺へと攻め込んでくる。
「逃がさない、貴方だけは!」
と言いながらの逆袈娑斬りに、傷が付く事はなかったが羽織と頬、そして額にある鉄ごしらえの額当てすら傷つける。
「他、逃がしたものはいるか!?」
そう叫ぶ土方さんの声を聞くと、そのまま距離を置いてはそのまま窓から飛び出して俺の目の前から姿を消した。
「斎藤、今…… 「何も」
『栄太郎さんは死んだ!貴方は解っていたはず、私が敵であるのだと!!それを殺さずに野放しにした貴方が!!貴方と初めて出会い、栄太郎さんに出会い選べなかった…2人の間で揺れていた私が!!』
――狂気と化した、彼女の最後の慟哭。
その枷となった俺自身の不注意
どちらが囚人で、どちらが断罪をするのか……俺自身、『斎藤一』には理解ができなかった。
「何も、なかった。」
そんな2つの嘘を胸の内に隠したまま、頬を拭えばこれは彼女がつけた傷がどうしようもない程に。
俺自身の赤い涙だった
10
栄太郎が命を落としてからと言うもの、まるで雪崩のように人の命は消えて行く。
もう、あの場所で語り合い、笑いあって、ここまで来た人間などほとんどはいない。謹慎中に伝えられたこの事実は、あまりにも大きすぎて涙を流しながら、堪える事だけしかできない俺はどうしようもなく恨めしかった。
それから半年、禁門の変以降で未だ人数が集まりがたいと言うこの『奇兵隊』への事を俊介と話し合っていた時の事だった。
「んで、どうするんですか?高杉さん。このままみたいになっては、長州は潰れますよ。」
「黙ぁってろ」
と言いつつ酒を飲みほしていると、トトトッと針が頭上から降って来た。
「な…ッ!」
「そこにおんのは誰だ!?」
叫び声を上げ、立ち上がった瞬間に襖が開いては、他の浪士達が「大変です!」と言っては事の状況を話し始める。
「つい先程、何者かの攻撃により藩邸(ここ)が荒らされています!ただちに…がァッ!」
黒い帯が舞い、手套のみで男を1人床に叩きつけて姿を現す。
「てめェは…」
首に巻かれた首巻きを留め、帯は白く、忍び装束なのかそれとも花魁の恰好なのか理解し難い衣装からは白い腕が。そこからはまた黒い帯か、布かを纏っている黒装束の女。
そして、これは見間違う事なき赤い髪と傷のついた金色の髪留め。
「秋月か…!?」
そう声を荒げれば、少女は膝を折っては挨拶をする。
「お久しぶりです、高杉さん 伊藤さん。ここに秋月…否、黒鴉(くろえ)と申します。」
「お前…今まで何を……」
そうだ、こいつは確か池田屋で行方が知らぬまま他の戦場でも姿を見る事はなかったと言うのに。
しかもコイツが下げているのは、昔会った時に持っていた小太刀と、一本の刀。
「その刀、栄太郎のか?」
「ええ」
「ま、待った!どうして言葉ちゃんが京からここに来てるの!?しかも今までどうやって生きて……」
「私には、責任があります。あの人を死なせてしまった事を、自身がしてきた愚行さえも。腐りかけの残飯を食べる日々、暗殺業を遂行してきた日々、幕府倒幕問わず、邪魔な人間はこの手で殺しました。」
「そんな…言葉ちゃんは悪くなん 「秋月」
約半年、見ぬ内の姿に目を向けていた。
「結構やるじゃねーか、それに背も伸びて今じゃ、その『黒鴉』っつー名の通りか。鴉は経験を積むことで力をつける、考えてる事もそこらの鳥とはちと違げェ。だが…狙いは、何だ?」
「え?」と目を丸くする伊藤さんを無視しては、コイツはしっかりと呟いた。
「……全てを失った屍は、ただただ生きて行く。いずれ闇に帰るかと」
「面白れェ」
ここまで成長したとは自身でも思う事…否、そのそも生死が特定されぬまま、こうして生きて今も尚全てを終わらせようとしている。
再びドカッ、と座り直すと懐かしい話を持ちかけると前に、「まずァ、上がれや。」と言うとそのまま部屋へと入り、襖を閉めては俺の前に座った。
「半年も前…俺がお前に送った文を覚えているか?」
「奇兵隊遊撃隊に加われ、という話でしたよね?」
「ああ、知ってると思うが禁門の変と、この間の征討で俺らは思うままに動けねぇし、お前の知り合いはとっくに死んでる。だが、この先は俺が、そうさせねぇ。」
「戦だ、てめェにはその覚悟があるか?」
そう言って視線を向けると、はっきりと答える。
「あります」
「なら、採用だな。誰にも文句は言わねぇから安心しとけ、宿があるってんならそっちへ戻れ。用があれば、そっちに人寄こすからよ。」
「分かりました」
とだけ言い残すと、そこから一瞬にして姿を消しては 俊介が目を見開いている。
「言葉ちゃん、いつからああなっちゃたんでしょうね。この前までは、すごくいい子だったのに…」
「…ああ」
『私には、責任があります。あの人を死なせてしまった事を、自身がしてきた愚行さえも』
なんて言葉を思いながら飲んでいると、次は別の客人のおいでのようで。
「ほい久しぶりー、高杉さん。」
「んだよ、聞多か。久しぶりだなオイ、相変わらず金勘定は進んでんのか?」
「長年の付き合いにそう言うおんさんの気が知れん。今日の用は噂と言えど、高杉さんにも伝えようかと思って。」
「何?」
その言葉に、目線を寄こせばとんでもねぇ言葉だけが帰って来た。
「へェ、んで顔見せねぇお前がここまで来たって訳か。ご苦労なモンだ、だったら俺達は安心して戦ができるってモンだ。このまま上手くいきゃァ、俺の思い通りだ。」
笑いつつも、杯に手をつけ コンッ、と。置けば、今度は聞多が『別件』という事で、再び口を開いた。
「さっきの娘ちゃんの事だが、あの恰好をなんていうか分かるかい?」
「んだよ、あんなんただの花魁崩れな服装。」
「俺は向こうに行った時、小耳に挟んでねアレは『ぱーちーどれす』ちゅうモンらしい」
「ぱーちーどれす……?」
「確かにこちらじゃあ花魁とそう変わらん。しかしあれは、異国のモンが着る『踊る』為の代物。」
「…ってこたァ、アイツは誰かと踊りたい…そういう意味かい?」
「だろうねぇ」と答えて床に寝る聞多を放置しては、ただ窓から覗く月に向かって呟いた。
「秋月、おめェは誰と踊りたェんだ?」
・ ・ ・ ・
「よう、黒鴉。よく藩邸の方まで辿りつけたな」
「中村さんですか、けれど今の私は貴方と話したくないんで。」
「昔の事は悪ィと思ってんだぜ?何せ、あの坂本って奴が桂や西郷さんを説得した所で本当に上手くいくか…だがお前さんにはこっちも世話になってっから部屋の提供を西郷さんが許可したのを忘れんな」
「ええ…」
この中村半次郎という男、他の四大人斬りとして名を馳せてはいるが斬った人数は他の人間と比べればあまりにも少なすぎる。
けれどもあの夜、偶然とは言え出くわした時の実力は相当の物。
「仕方ない、ですね。初めて会った時は薩摩は幕府寄りでしたし」
『へぇ…お前さんが長州で飼われてる女剣士さんか。随分と若いモンで』
『今の筋、示現流ですか?』
『ご名答、けれどこちらの事情もあんでね。悪いがアンタにはここで死んで欲しいのさ』
『おいおい、そんな右手を前に出しちゃ…』
「死んじまうぜッ!!…でしたか?」
回想し、事実言い返せば、チッと舌打ちして私に背を向けては掌をひらひらさせている。
「この季節は冷えるぜ、分かったんならさっさと宿へ来い。」
「…分かってますよ」
そう言うと、栄太郎さんから貰った髪留めに触れる。
――あの日、池田屋で斎藤さんと打ち合った時についた傷。
私はこれ一本
斎藤さんは、羽織と頬、そして額にある鉄ごしらえの額当て。
今思えばあれは『奇跡』だった。あの時の自分の実力で、あそこまでできたのは本当にその一言に限るのだ。
冷える風を身に受けながら、空を見上げれば、月が欠けている。
まるで、自身の様に。
『貴方は解っていたはず、私が敵であるのだと!!それを殺さずに野放しにした貴方が!!貴方と栄太郎さんに初めて出会って選べなかった…2人の間で揺れていた私が!!』
「…そう」
全ては、自身の死に場所を求める事と あの人にもう1度だけ最後に会う事を。
「さぁ、始めましょうか」
11
『貴方は解っていたはず、私が敵であるのだと!!それを殺さずに野放しにした貴方が!!』
――池田屋事変(アレ)から相当の時が経った。しかし俺が今見ているのは、笑っていた彼女ではなく、もはや別人であるようかの……・
「一」
「…ん、永倉さんか。何か俺に用か?」
「いや、いつもは警戒して寝ているはずのお前が気配に気付かなかった事に驚いてな。」
「……」
「…そんなに、悪い夢だったのか?」
「…いや、とうの昔の話だ。」
「げっ、んじゃこりゃあ゛!」
「…何か文句でも?」
朝、浪士達を匿う宿の1部屋で声が鳴り響き、私は頭上からこの人の顔を見る。
「お前さんが料理できるつー事聞いて、こりゃなんだよ!!美味ェのか、不味いのかハッキリさせろや!」
「なら食うな」
と言って膳を持ち上げ、厨房に戻ろうとすれば目に映ったのは、逃げる薩摩藩士と長州の浪人達。
「まだ、出来ねェ…とでも言い出すのか?」
「それはこっちのセリフ、坂本さんが折角時間を裂いて西郷さんを待ったものの、1度同盟を破棄したのは、薩摩だ。」
「てめェ…!」
「しかし、坂本さんは桂さんを何とか説得し、もう1度約束を取り付けた。西郷さんがそこまで器の狭い男ではない。それは中村さんが一番知っているはず」
「…なら、お前さんはどーすんだよ?このまま時間を潰す気か?」
「それは……」
長州を動かすその時までここにいる――、と言いかけて止めた。確かに私はこれ以上大事な人達を失くしたくない思いは変わらない。
そして、この先動く風の流れに幕府の行く末はない。だからこそ、生かされてる屍は空虚である。
「私にはやるべき事があるんだ、もうこれでいいでしょ?私はまた高杉さんの元に…」
「秋月」
と、中村さんは私の本名を呼んでは天井を見上げては口を開く。
「お前は好きにやるといい、俺もそうっすからな。ただ…命は粗末にすんな。お前は岡田や田中のように修羅にならなくていーんだよ。覚えとけ」
「…ええ」
とだけ言い残し、今あるべき恰好に着替え、宿を抜け出すと早速私は高杉さんの元へと向かい始める。あの人の残した形見を持って
『女だから役に立たない』なんて勝手に言っていればいい、私が望みたいものはもっとずっと先にあるのだから。
そう歩いていると、黒い猫が首輪に付いた鈴をチリーンと鳴らしては、私を追いこして行く。
「…酷いもの、か。」
灰色の空を見上げながら、一言だけ呟いた。
「次に会った時、私のこの罪を断罪するのは『貴方』だ。」
・ ・ ・ ・
「…高杉、この話は本当なのか?」
「ああ、マジだよ。お前も見てみりゃあ分かるさ」
と2人は奇兵隊の軍の訓練の様子を見ては呟いた。
「たかが女だろう?しかもまだ若い、何故そんな奴を遊撃隊に入れてまで指示しないとならんのか…」
「それはてめーの勝手だよ、狂介。船は市に任せてある、ただ俺とお前は『アイツ』が切り開いた道を通ればいいんだよ。お、噂をすればってヤツか、来たぜ。」
「高杉さん、少し遅れてすみません。そしてそちらの方は?」
「山縣狂介、同じ奇兵隊の総督さんだ。狂介、コイツが噂の秋月言葉。裏名では黒鴉――…あの池田屋で捕縛もされず、生き残った猛者だよ。」
「ふん、はて どこまで君の嘘なのか。まぁいい、この大所帯の中2人と『邪魔者』がいると厄介だ。」
そうして高杉さんは稽古中である奇兵隊総員に向け「やめい!」と言う声と共に、私に「部屋の手配は?」と聞くと先行して、案内をし始めた。
「こちらにあります、今後の奇兵隊の行く末な物で人が寄らぬ所ですが。」
「おう、なら案内役は頼むぜ。」
と言いつつ、部屋と言っても小さな宿屋であり、なにせ川辺近くにあるという物だから全く人のいる気配がない。
「ご主人、先程部屋を手配をした秋月と申します。まずは部屋借り程の代金は支払っておきますから」
「へ、へぇ…。」
そして着いたのは、一応大きな部屋ではあるが早速入ると同時に山縣さんはこちらに視線を向けてくる。
「主人も驚いていたが、女 その恰好は何だ?花魁の真似か、はては忍び装束か。私には理解できんよ」
――…山縣有朋
栄太郎さんが書いた戯れ絵で唯一棒切れと言われ、今の狂介と言う名も高杉さんや久坂さんの行動があって改名した名前。
明治以降は、奇兵隊を…否、今でも奇兵隊の権力は握っているとしても高杉さんがいる限りは、そんな肩書はおざなりににしかならないと言うのに。
「おい、狂介。そこまでにしとけや 後で大いに思い知るぜ?こいつがどんなに優れて、こんな恰好をしてんのかな。」
「……」
「如何なされました?私の事など隅に置き、どうぞ話し合いを。」
その言葉と同時に、今行われている事、何時頃にこの奇兵隊を動かすのか話し始める中、私は1人窓に腰を掛けながら聞いている。
すると、高杉さんの1言で山縣さんは驚き、声を上げる。
「破棄された あの約束をまたもう1度京で話し合うだと?」
「ああ、あん時は頭に来たがどうやら今回は上手くいくか、行かぬかの博打打ち…これ以上面白れェこたァねェだろ?」
「高杉…その情報をどこから…?」
「ほれ、そこにいる嬢ちゃんからの『土産』だ。今じゃ薩摩の方とも潜って、この噂を無理に引き出したらしいし、現にアイツは今薩摩の方で世話になってる。」
そう、高杉さんが答えると山縣さんは畳を、ドンッと叩き、声を荒げている様子を私も視線を向けた。
「こんな女を、あの忌々しい薩摩に居場所を置いてまで、この長州の方で預かれと言うのか!?」
「なァ、いい加減にしろよ狂介。コイツは元々栄太郎に拾われ、桂さんの護衛から内偵まで務めてんだぞ?コイツが動かなかったら、痺れキラしてる桂さんが文を送ると思ってんのか?」
「それは…」
「だったら、黙れ。今のコイツの親は俺だ、あんま図に乗ってんなら、俺も栄太郎も許さねぇぞ。」
「……」
息を吐く
もうそろそろ冬を迎えるこの季節の中で、俺は川辺で小石を投げている。
『斎藤さん』
「…」
『…貴方達を、裏切れない。』
「……」
『甘いのはどっちだ!?』
「……なぁ、秋月。」
――禁門の変でも彼女の姿は見当たらなかった
『俺の剣は既に錆びている…が、アンタはその信念の元、いざと言う時に抜けばいい。それが例え俺にだったとしても』と言う言葉が事実と化され、悔やむがもう遅く何処へ行っても影が見えない。
「…アンタも、俺も 後悔したまま…か。」
いつまで経っても晴れない心を捻じ曲げて、はぁ、と息を出す。ああ、そうだった。
あの日も、こんな色の空をしていると ふと思いながら隊を整え、見廻りへと向かった。
「っと、もうこんな夜遅くかよ。」
あれから、何時間も2人はこの先の話をしていた。けれども実際は、こんなに甘くいかないと言うのに……そうして、視線を移せば、橋辺りに数人の浪士達の姿が目に入る。
恐らく相手は同じく長州の人間。しかし、先の討伐と言い、同盟の事、未だ攘夷に踏み込めない事を我慢できなかったのだろう。ならば「自分達がやってみせる」と。
「高杉さん、今この宿の下浪人数名が待ち構えています。」
とだけ報告すると、高杉さんではなく山縣さんが声を上げては問いかけてくる。
「何!?相手はどこだと言うのだ!!」
「…同郷の浪士です、ここは一旦 「面白れェじゃねーか」
「秋月、ここでお前に任務を与える。殺さない程度に『やってやれ』」
「じょ、冗談じゃない!!こんな事を女1人で!!」
「恐らく禁門の頃から動かなかった俺ら(長州)に、腹立ててんだろ。それにいいじゃねェか、狂介。コイツの実力、しかとその目で見てみな。」
「……」
「隊長、今他の隊士の肩に矢が!」
「こちらの方で、3人は片付けましたがアレが厄介で…」
「……ようやく出っちょったわ、ありゃ高杉だろう。ここで斬り捨てて我らが攘夷の決行とせん!」
そう呟くと、同時に私は力加減を調節して、浪士の腹に刃を当ててはそのまま動きを止める。
「な、なんじゃ!?今誰が…!」
「行け、『黒鴉』。」
高杉さんのタイミングと共に、チャキッ、と刀を右斜めの下段に構えつつ浪士は「せぇえいッ!!」と声を上げるが刀を一度合わせ向こうの動きを放せば、突然何かが投げられ、ビィインッ、という音
と共に避ければ、先程腹を裂いた浪士が私の頬を掠めては後ろへと下がる。
「…何、大した事などないな」
そう山縣さんと浪士が口を揃えて言うと、再びこちらへ突進。その瞬間の時だった
頬を抑え 目を見開き
構えては 踏み込み
「がッ…!」
「…何?」
「…コイツ、矢を放つ前、に…。」
「生憎俺は…」
「私の今すべき事は…」
「う、うぁあああああッ!!」
「「こうする事以外意味がない」」
その瞬間、遠く離れた2つの場所で、男は刺突きを 少女は逆袈娑斬りを。
と同時に、刀を鞘へと収めた。
「ひ、ひぃいいい!」
「逃がすはずないでしょ」
腕に靡く、黒い布と同時に小太刀を抜いては、左足を軸に刃を外に向け遠心力で回り、斬り捨てる。
「…ば、馬鹿な!こんな短時間であれ程の人間を相手に…」
「言ったろ?見てみりゃ分かるって。あの装束は闇打ち対策と軽さを利用して、あの腕に纏う布にはいくつもの暗器が携帯されてんだよ。んでその布は内偵の時丁度身を隠すつー利点に持ち込んでんだ」
「……そうか」
と呟くと、小太刀を収めた私に山縣さんは背後から話しかける。
「先程の言葉は本当に申し訳ない、 「『女だから役に立たない』と思った、ですか?」
「目敏いな、君は。だが、その実力 私も認めよう。共に戦ってくれ」
「絶対に躊躇など許される事はなく剣を抜く。」
「この命と身を狂気と化して」
同じ月が見える土の上で、狼は屍はそう心で呟いた。
comming soon...
終焉に捧げる小夜曲 ~喪失編~
どうも閲覧ありがとうございます
とうとう物語も中盤にさしかかり、これから全てが変わっていきます。
時代の流れや2人の人生両方とも
ここからは省略が多いですが、一応これも1つの作品なので全て史実通りに…といかないのが本音です
(ただ自分の未熟さがあるばかりですけれど)
さて、引き続き『呼応編』までどうぞ。