終焉に捧げる小夜曲 ~開眼編~

閉じ込められたこの世界

鳴り響き聞いた信念は分かれ 少女は瞳を開く
変動か孤立かと同時に少女の心も2つに分かれた

果たして瞳を開いたのは幸福か絶望か

こうして物語もまた流れて行く


3 ~開眼編~

「秋月、この書簡をある人に渡してくれないか?」
京へ来て1週間、ここでの生活にも馴染み丁度昼に差しかかろうとしていた時だった。
「桂さんにですか?」
「ああ、ここから三条木屋町に小さな宿がある。地図はこれだ、先に俊介が向かい、宿主にも話を通してある。」
「分かりました」
と言って書簡と地図…そして自室の視界に入ったモノを畳んで、風呂敷に包み肩へと結ぶとそのまま藩邸を飛び出し走り出した。
私の足はあの時履いていたレギンスのみ、それも今は変わらない。草鞋は中々合わないし、ここで洋風の靴を履いていれば不逞の輩扱いを受けるのは御免なので、ホットパンツを作った際に余った布を裏地に当てておいた。
「んと、多分ここの宿かな?」
そう確かめる為にひょっこりと宿を覗いてみた。
正直、栄太郎さんの字は決して上手い方ではない。何と言うか、少し独特の癖があり、地図1つ読むのにも苦労すると言った所。
「すみません、御主人はいますか?」
「へい 私が主人ですが、何用でしょう?」
「こちらに桂小五郎さんはおりますでしょうか?少し用事があるもので」
「ああ、嬢さんが伊藤はんが申していた小姓さんですか。」
……つくづく空気読めないんだな、あの人。
パンパンと砂埃を払い、階段を上がり桂さんのいる一室の前に来ると、襖越しに声を掛けた。
「お待たせしてすみません、私は栄太郎さんの使いでこちらに参りました。」
すると、「どうぞ」と声が聞こえたので「失礼します」と言って入れば桂さんと、伊藤さん、後1人の男性。
桂さんは肖像画では睨みを利かせているが、こうして見てみると噂通りの美男子な訳で。桂さんと向き合っている男性も、かなりと言っていい程綺麗であった。
(…男性に綺麗って言っちゃ駄目だけど。)
「君が噂の栄太郎君の女小姓か。相当の実力と聞いているが、礼儀も中々よろしい。高杉辺りも見習って欲しいものだ」
「桂さん、高杉に礼儀なんて毛利様を除き、ありえませんよ。」
なんて言いながら、はははと笑う男性。するとこちらを見てはニコリと笑い、挨拶をした。
「僕は、久坂秀三郎と申します。貴女は?」
「わ、私は秋月言葉と申します!以後お見知りお気を」
そうだ、落ちつけ落ち着くんだ自分…。この美系男性が、しかも声まで美しいという噂は本当だったらしい。
「…にして、栄太郎君が持たせた物は何かね?」
「はい、それならこちらの書簡であります。」
「御苦労」と言っては目を通し、「ふむ」と頷くと久坂さんに声を掛けた。
「久坂君、君はいつまでこちらに滞在する予定なのかな?」
「そう長くもありません、今ここにいるだけではどうしようもありませんし、武市さんらもそろそろ国元へ行くとおっしゃっていました。」
「…長州で夷敵を打つ、か?」
「ええ、向こうには高杉もいますし入江もそろそろ出されるでしょう。朝廷は桂さんに、元絞めは栄太郎に任せても良いかと。『その為』の書簡なのでは?」
「ふふ…君は来原さんも言う通りの秀才だよ。わかった、京の事は任せてくれ。」
「お願いします、そして秋月さんもご足労でした。また縁があれば会いましょう」
「はい、失礼します。」

「はぁ…疲れた」
宿屋を出て、とぼとぼと歩きながら橋を渡る。
確かに本物の久坂さんと桂さんに会えたのは嬉しいけれど、『私自身はまだ何もしてないじゃないか』。
「後は、この荷物だけだ。」
そう、私がこの時代に放り出された時。最初に助けてくれたあの人から借りた着物
栄太郎さんから着物を見繕ってくれた翌日によく洗い流し、乾かしておいた。斎藤さんもよく頭が回るようで、互いに危害を食らうことなく事を済ませる。
けれどもどうすればいい?
今の私の姿…特に女で刀を持っているなど『どこかの道場に通っている』という白々しい嘘さえバレてしまう
その時 だった
「邪魔だ!邪魔だ!」
「い、いやぁあああッ!!」
「み、壬生狼や…!早うここから…!」
「何か合ったんですか!?」
と逃げ惑う老人に声を掛けると汗を流しながら、ガクガクと震えている。
「ちょ、長州の方が、壬生狼に目を付けられ…あんさんも、早う逃げなされ!」
――逃げる?私が?
長州のそこらの浪士に礼もなければ、新撰組にも礼があるわけでもない。けれども私が今ここですべき事は 止める事
走って人込みを抜ける中、先程の老人が「嬢さんっ!」と叫んでいるが、そんなものは関係ない。
『直に日本国内で戦が起こる』…そうだ栄太郎さんの言うとおりだ。けれどここでの下らない争いより、この先にある国を2つに分ける大きな戦いの中でも多くの人の命を。それが最優先事項だ
「このッ…!幕府の犬がァアアアアアアアアッ!!」
「かかれッ!!」
キィー・・・ン
と言う金属音と共に間一髪で間に入り、防ぐが走った所為もあるのか呼吸が荒れる。
「はあッ、はぁッ…!」
「何じゃ貴様!?」
「ぐッ…この小娘!こいつらは京で仇なす者だと分からんのか!」
浪人の刀は小太刀で防ぎ、隊員の振り下ろされた剣は鞘で下へと抑えつける。
「――…京の都は『変わる事』を望んでいる…だから貴方達は壬生狼と渾名されては忌避され」
「ふざけるな!!我らはご公儀の為だけに尽くしているのだ!!」
「けれど、同じ尊王という立場。幕府につこうが、朝廷につこうがどっち道…貴方達は国を救うために剣を取ったんではないですか!?」
「…ッ!」
「退いて下さい、これ以上の流血に意味など… 「待て」
しん、とした空気の中 低い声が響いた。この声は聞き覚えがある そう
「斎、藤…さん…?」
浅葱色のダンダラ模様の衣を纏い、数名の隊員の奥にこの人はいた。
「…浪士に告ぐ、この女の言う意味が分かるなら退け。でなくば、俺が剣を、抜く。」
「た、隊長…!ここで敵を逃すなど!!」
「…逃す訳じゃない邪魔され、救われた。さて…」
チャッ、と音がすると斎藤さんは鍔を上げ、銀色の刃を見せる。
「もう一度言う、この女の言った事を理解したのなら退け。それでもやると言うのならば俺が剣を抜く」
 なん な の  ? この 殺  気……
ビリビリと伝わる、この殺気と眼光。たっただけで見せる実力差に隊員でさえ「う…」と声を洩らし、浪士さえも後ずさる。これが、『無敵の剣』…。
「止めて!!斎藤さん!!」
と叫ぶと、一気に先程まで発していた殺気が一瞬にして収まり、キンという金属音が鳴ると共に浪人達も、その場を去って行った。
「秋月」
「はい…」
「三条大橋で待っていろ」
すると、そのまま斎藤さんと他の隊員はその場を後にしては私は約束通り、三条大橋へと向かった。
丁度、昼時を過ぎた頃のせいか人通りは多い。そんな人込みの中、黒髪を揺らし現れたのは、浅葱色のダンダラ模様の衣を纏わない『斎藤さん』だった。
「待たせた」
「いや、全然待ってません。丁度私も…」
と言った瞬間、ぐーきゅるるると言う音が2人の間で響いた。
「…蕎麦でいいか?」

 ・ ・ ・ ・
ズソーッ
「…」
ズズ…
「……」
「…食べないのか?」
「あ!いえ、そうじゃなくて」
「早く食え、伸びるぞ。」
ズソーッ
すみません、斎藤さん。蕎麦は本当に好きなんですか?これはきっと歴史好きの妄想だと信じていたのに
「って、蕎麦に山椒掛けるんですか?」
「…アンタの育った場所では、掛けなかったのか?」
「え」
「訛りがない、俺も江戸の生まれではあるが育った場所の訛りは伏せている。」
「そう、なんですか……。」
違う、私はこんな話がしたくてここにいる訳じゃない。
『…逃す訳じゃない、邪魔され、救われた。』
「にして、先程のは偶然であったとして用件は何だ?」
「あの日、助けてもらった時の着物を返しに。今日はたまたま用事があったんで、そのついでに…。」
「奉公にでも出ているのか?」
――さぁ、行こう。
「はい…今はその人の小姓を……」
ほとんど会話など交わせる事が出来なかった。それは斎藤さんが無口だから? 否
私自身が斎藤さんと会った日に栄太郎さんに拾われたから? 否
さっきの言葉が気になって仕方ないのだ、もしこの問いを投げかけてしまえばこの人の本質を知ってしまいそうだから。
斎藤さんは、いくら資料や本を読んでも出生や経歴に所々の謎がある。それは、私も現代の歴史研究家も憶測でしか測れない事。
「…あの、何であの日見ず知らずの私を助けてくれたんですか?」
すると、蕎麦を食べ終え箸を置いては呟いた。
「…俺は19の頃に旗本を斬った事がある、いくら『武士』という肩書があっても人殺し。逃げるしか、なかった。その時の俺とアンタが似ていたからだ」
「じゃあ、さっき『邪魔され、救われた』って一体どういう意味で…?」
「真剣での斬り合いというものは、敵が斬りこんで来たら、払い、隙をつき斬りこんで行くなどという事は夢想。生か死か…それが剣のあるべき姿」
「…ッ」
「先程は、見逃した。だがこれ以上俺に関わるな」
そう言っては、2人分の蕎麦の代金を置いては店を去っていく。

――夢中になって斬り合う
――これ以上俺に 『関わるな』

何故だろう?
どうしてこんなに走って、あの人を追うのだろう?私は『知っていた』のに、どうしてこんなにも泣きそうになっているの?
「斎藤さん…」
身寄りのない私を引き取ってくれたのは栄太郎さんなのに 敵であろう人なのに
「斎藤さんッ!」
でも、あの時救ってくれたのは間違いなくこの人なんだ。
「貴方は、そんな人じゃないのに!!もっと違う生き方があるのに!!」
だから、せめて……
「そんな事言わないでッ!!」
そう言った瞬間、彼は振り向いて私へと言葉を投げかけた。これだけ離れていたら聞こえない、でも分かったから。
『あの日、会った川辺で会おう。』

4

「…」
やはりこの世の中、上手くはいかない…か。
「栄太郎さん、朝ご飯できましたよ。」
もうあれから2カ月も経ったのか、あの夜拾った珍妙な娘。
あまりハキハキと物事は言わないが、いざと言う時になれば容赦なく口を開いて。俺よりも若いのに、もっとその先を見ている。なぁ、その瞳には何が見えているんだ?
膳を出され、手を合わせては頂く。江戸生まれと聞いたが、料理は薄味。不味いとも美味いとも言えないが、こうしてちゃんとした食事を取るのは俺ら2人だけ。
他の人間は、飲み屋にも行く人間もいれば、藩邸にいたらその分、秋月が握り飯を用意している。
決して、裕福でも明るいとも言えない人生の中――あの頃に戻った様で時々笑みが零れる。笑わなかったこの俺が。
「さてはて、小姓なのか下女なのか…。」
「はい?」
「…何でもない」
そう呟けば箸を置き、呟いた。
「小姓の仕事もいいが、そろそろ米が切れるのではないのか?」
「そうですけど、それがどうかしました?」
「…付き合う、また重い米を持ちつつ玄関に倒れている姿は見たくない。それと…今晩、俺が代わりに作ろう」
「ぶっ、ごほっ…げほっ…何言ってるんですか!?この間久坂さんが長州へと帰って、もう桂さんと栄太郎さんしかいないんですよ?」
「いくら桂さんが朝廷に頼んで家茂公を上洛させたとは言え…」と口に出しているが、待て。
――何故、桂さんが働きかけたと知っている?
これは長州藩の中でも、ごく一部の人間しか知らぬ事であり気付けば書簡を届けさせた時に秋月は何と言った?
『桂さんにですか?』
戸惑うことなく、的確に当てたその名前…この娘は一体どこから…?
「どうかしました?」
「…気にするな。それで先程の話だが、今は『奴』も京へ来ている。」
「奴…って誰ですか?」
ガタッ、と席を立ち「膳を片づければすぐに出るぞ」と言い残しては栄太郎さんに1人の浪士が耳元で話をしてくる。
「…結構」

 ・ ・ ・ ・
「支度は整ったか?」
「はい、じゃあ行きましょう。」
そう言いながら、大通りに出ると栄太郎さんは「秋月」と言ってはこちらを見てくる。
「何でしょうか?」
「米と味噌は俺が買おう、お前は魚屋で鯨肉と八百屋で小松菜を買ってきてくれ。」
「鯨!?」
なんて真顔でいう栄太郎さんだけれども鯨?ここで鯨が何で…と思いつつも「分かりました」と言っては、すぐ向かった。
「お待たせしました」
「遅い、早くやらねば鯨の肉が余計固くなってしまう。」
「はぁ、すみません…。」
一体この人は鯨の肉なんて使って何をするのか分からずそのまま、藩邸に戻ればもう昼時。
昼食は「握り飯のみ」だけでいいなんて言って、厨房に籠るままで手持無沙汰な状態で、あの時の風呂敷が目に映る。
――『あの日、会った川辺で会おう。』
「…斎藤、さん。」
昨日の事を思いだすと、すぐに風呂敷を持って藩邸を出てあの川辺へと走っていった。
十分と少し掛かった時か、すると黒髪が揺れるあの人の姿。
「斎藤さん!」
と、私の声に気付いたのか振り向いてはまた川へと視線をずらしたので、私は斎藤さんの側まで寄ると、風呂敷を差し出した。
「これ、あの時に渡そうとした物です。」
「…律義な奴だ」
そう呟いては、風呂敷を受け取り私は腰を下ろした。
「何故、あの時分かった?」
「斎藤さんは人を斬る事だけを考えている人じゃないからですよ、あの日斬り合いというものは、敵が斬りこんで来たら、払い、隙をつき斬りこんで行くなどという事は剣の本質と言っても
それでも斎藤さん自身は初めて会った時に境遇が似てただけで見ず知らずの私を助け、今も恩に報いる為、壬生浪士組にいるんじゃないんですか?」
「!」
一瞬の沈黙、果たしてこの人が本当にそうなのかは本や資料なんて薄っぺらい物に頼よれる事もないし、何より分かりたかった。
この人だけじゃない、最初栄太郎さんと斎藤さんは似ていると思ったけれど、そうなんかじゃない。
斎藤さんは、自身の腕をこの刀に込めて人情を自分の信じた確かなモノを通す人。
栄太郎さんは正反対で、頭が回り、攘夷を行うとしても慎重に。だからいつまでも苦しんでいる様に見えてしまう。
「…この間の見廻りの事だが、その腕前はどこで会得した?」
「我流です、昔の名残で。斎藤さんみたいに師範代になれる程の腕はありません。」
すると、川へと小石をポチャンッ、と投げては、黙っている中「少し、私の話をしてもいいですか?」と言うと、視線だけで返事を返してきた。
「私、2年前までちゃんとした友人もいて、遊んだり、勉強したり…でも、『人が寄ってくる』事は良い事ばかりじゃなくて…」
「――…自身の手を汚して、人を傷つけてきた。だからもう、話す事も人と関わりたくないと思ってて。」
「…秋月」
「そんな『汚い』方法なんです、だから…」
と、自分で言っておきながら涙が溢れそうになる。あの時響いた悲鳴、私を見ていた目、離れて行く友人。
「お前は、あの時に国を救うために剣を取ったのではないのか…と言ったが、それはお前も同じ何じゃないのか?」
「え?」
あんなにも無口で、ただひたすら事を表現する事を苦手なはずな斎藤さんが私へと声を掛けた。
「違うか?」
そう言われ、頭を縦にぶんぶんと振ると、斎藤さんは腰に下げている刀を抜いては刀身を見る。
「俺の剣は既に錆びている…が、お前はその信念の元、いざと言う時に抜けばいい。それが例え俺にだったとしても」
とだけ言い残すと、カチンと刀を鞘に納めては、そのまままた後ろ姿を向けては去って行こうとする。
「…この服、洗い流してはしわを残さずまで干してあったのか。器用なものだ、本来なら捨てても構わなかったが、苦労をかけたな。」
西日が、斎藤さんを照らし、5月の風はやけに暖かくてどこか憂いを帯びていた。
「…もう、会えないのかな。」
1人残されたこの空間の中で、藩邸へと戻り玄関を開けた瞬間に、他の人達がガヤガヤとしては走りまわっている。
「おい!酒は買って来たのか!?」
「秋月!何をしている!!お前も手伝え!!」
と言われ、私も強制的に玄関を徹底的に掃除させられるハメになり掃除をしていると、ガラリと戸が開いた。
高下駄に異様なる雰囲気と恰好、正に歌舞伎者のように玄関へと立つこの人は……。
「失礼ですが、もしや貴方様は高杉晋作様でしょうか?」
「お、なんじゃ。俺の名前を知っている上、嬢ちゃん髪色が目立つが日本人か?」
「は、はい。にして、どのようなご用件でこちらに?」
すると廊下からドタドタと音がすれば、背後に伊藤さんの叫び声。
「高杉さん!ようやくここにきたんですね!!まっちょっておりました」
「相変わらずじゃ、さて…嬢ちゃん名は?」
「はい、私は吉田栄太郎様の下雇われた新米小姓である秋月と申します。」
「ひっ、ひゃははははは!!そうか!栄太郎が女を拾ったか!!アイツは何時見ても分からんな!」
はははは、と笑い声を上げていると既に私と伊藤さんの後ろには栄太郎さんがいた。しかも滅茶苦茶殺気を発しながら。
「…高杉、京へと来てまたフラフラしては久坂や桂さんにも迷惑を掛けているのか。秋月、お前は膳を運べ。俊介は、コイツを俺の部屋に通しておけ。」
「ほーぉ、その恰好からして また俺や俊介を取り残しては厨房へ立つか。兄貴分もそこそこにしとけよ?」
「ちょ、た、高杉さん!今から案内しますから、早く!」
「はいはい、全く栄太郎は昔から固いねェ…。」

「栄太郎さん、今膳をお持ちしました。」
「入れ」
「失礼します」
「はははっ、栄太郎。この小姓さんはどこで拾ってきた?」
「…天誅の帰りに同志が疑ってな。しかも生え抜きの4人をいとも容易く倒して見せたその実力を買ったまでだ」
「ほー、こんな小さな嬢ちゃんがか。勇ましいねぇ」
なんて品定めの様にこっちを見てくるが、小さなって…この人も私より身長が2cmしか違いないのは知ってるんですけどね。
しかもそれに対抗してか、ふふんという顔をしている。この…!
と内心怒っていたら、栄太郎さんの声が響く。
「双方止めておけ、さっさと飯に手をつけろ。冷めるぞ」
「へぇへぇ」
そうして、「いただきます」と言って鯨の味噌煮込みに手を付けると……美味しすぎる…!
頭もよければ、剣筋もいい、料理も上手い。多才すぎるよ、この人…。
横へと視線を移せば、酒に手を付けては黙っている。その瞬間だった。
「そういや、栄太郎。久坂が長州へ戻ってきたぞ」
「桂さんから聞いている、あの人は向こうで夷敵を撃ち、帝の事は桂さんに、他は俺が手をつけているが不服か?」
「不服じゃねーよ、ただお前この間桂さんに言ったみてぇじゃねェか。長州へ1度戻るってな」
え?
「何、1月程だ。その際には、秋月は桂さんの元へ送る。」
「栄太郎さん!」
その言葉を聞いては、私は声を荒げては講義する。
「何故、私を連れて行ってくれないのです!?私は貴方の小姓として…!」
と、言葉を続けようとした時に高杉さんに肩を掴まれては「栄太郎の顔をよく見てみろ」と言われてよく見てみれば、この人は俯きながら拳を握りしめている。
「…嬢ちゃんと栄太郎がどんな関係なのかは知らん。だが、栄太郎もこの方『幸せ』を捨てては、ただここにいる。久坂は土佐との関係も深いけりゃ、桂さんも単身で帝にもの申しているのは辛い。
…コイツの性質だよ。昔から兄貴分、村塾にいた頃は、悔しきはないちもんめだとしても、浪人を束にできるのはコイツにしかできねェ仕事だ。」
「…高杉さん。」
「栄太郎、お前が戻るなら俺がいる間でも預かっておく。そう、心配はすんなや。」
「……ああ」
そう一言だけ言い残すと、栄太郎さんは席を外しては外へと出て行ってしまった。
「穣ちゃん、『攘夷血盟』に加わったんだってな。腕を買われ、同じく同志…だがな、あいつァ、長州にいた時もようやってたな。コレ」
「鯨の、味噌煮込みを…?」
「あいつは貧乏暮らしだったが、家族がいない時に村塾の奴らを集めては時々作ってんだよ」
『また重い米を持ちつつ玄関に倒れている姿は見たくない。それと…今晩、俺が代わりに作ろう』
「――っ!」
その言葉を思い出すと、その場を立ち去り藩邸内を探しに回っていく。
「…どいつもこいつも、素直じゃねェな。だからこそ、先生がいなくとも上手くやっていけんでしょうねェ…先生。」
あれから部屋を出て、色んな箇所を見て回っているが誰も栄太郎さんの姿を見ていないという。
その時、ザァっと風が吹いた時に井戸で月を見ている栄太郎さんの姿を見て思わずその名を叫んでしまった。
「栄太郎さん!」
「…秋月」
ふっ、と一瞬こちらを見るとまた空を見上げる中、今度は私が俯く番。
「さっきは、すみませんでした。栄太郎さんが日々この日本の為、苦しみそれでも尚、その道を歩んでいく…そんな姿を見るくらいなら側にいたいと言う私の我儘を…」
「秋月」
再び、今度はしっかりと名を呼ばれては、月を見上げたまま栄太郎さんは呟いた。
「血印を押した時、服を仕立てに行った日、命を賭けると誓ったからにはこの日本を、行く末をこの手で変えてみたいと聞いた時は、俺はお前を強いと思った。」
「そんな…」
すると、腰に下げていた太刀を抜いては「抜け」と言われては一呼吸置いて小太刀を抜くと私の耳元を目掛けて刃が走り、キィンッ、とこちらも防いで見せる。
「行く末を決めるのは剣の強さではなく、精神(こころ)の強さ。名目上では俺はお前を『小姓』として預かっているが、俺は、高杉は、久坂は、桂さんはお前を同志だと思っている。
だからこそ私の後ろではなく、1人の志士として志を貫いてほしい」
剣を、自分の鞘に納める前に私達はこの決意を、約束を果たす為に共に、刀を収めた。
「「金打」」
その様子を、少し離れた場所から見、笑う男はただぽつりと呟いた。
「…本当にどいつもこいつも」

それが『恋』と知らぬのか

5

「そう、その調子。そのまま!」
「はい!」
あれから、栄太郎さんは長州へと戻り私は毎日桂さんの方へ出向いては仕事をこなす。
内容は機密情報を掴む事、これが主な仕事だけれどもその代わりにこうして毎朝早く桂さんが、稽古をつけてくれている。
「今日は、ここまでとしておこうか。私は今から「松」の方へ向かうから戌の刻に迎えに来てくれ」
「分かりました、ありがとうございます!」
「おうおう、また桂さんに稽古つけて貰ってたんかい?」
「ええ、後はこれから久坂さんから頂いた医学書を読むつもりです。」
「…若い割にゃァ、しっかりしてんじゃねーか。秋月」
先程、桂さんが言っていたのは幾松さんのいる所までいくと言う隠語。
そう、再び栄太郎さんが戻ってきてくれた時こそ、またこの風向きが変わる。
だから腕を磨き、密偵としての動き方、いざと言う時の治療の為の医学。時には藩邸から桂さんに呼び出されたりで、毎日目が回るほどの忙しさ。
汗を拭いている中、高杉さんは私に声を掛けてきた。
「でもよ、どうしてそこまで焦る?」
「…」
言い返せる訳も、ない。『私がこの先の日本の行く末を知っている』だなんて
「…栄太郎さんが、心配だからです。」
苦しすぎる言い訳
けれどもこれは事実、あの人は何が何でも自分で解決しようとしては身を削る。そこら辺は桂さんも一緒だけれども、それはあの人が不器用な所為なのかもしれないから。
「随分と、栄太郎に惚れこんでるねェ…」
「なっ…」
「よいせ」なんて言いつつ、体勢を変えているとこちらを見ては話を続ける。
「見てりゃ分かるだろ、これでも長い付き合いだしよ。アイツ自身自覚してないだけだ。それと、秋月もな。」
なんて語尾にハートマークが付きそうな事をベラベラと…! でも、確かに栄太郎さんがいないと胸にポッカリと穴が空いたような気がしているのもまた事実。
そんな言葉から逃げるように、私は走って「勉強してきます!」と部屋へと戻って行く。
パタン、と戸を閉めると髪留めを取り外してはぎゅっ、と握りしめる。
「…本当に、1か月で帰ってきますよね?」

 ・ ・ ・ ・
ドーン、と言う音が響き、ハッとして時計を見ればもうお昼時。
栄太郎さんが、ここを出てから私はご飯を用意はしていない。けれども、毎朝藩邸にいる人の分の握り飯は用意してるけれど、それっきり。
しかし桂さんが支度金として渡してくれたお金があるので、なんとか節約して…と、言いたいけれどもう握り飯のオンパレードは流石に嫌だ。
「外、行こう。」
そう言いだしては少し軽いものを食べられそうな分だけ、袋を懐に入れては大通りを通って行く中、「そば屋」というのれんがある。…あ、そう言えばあの時斎藤さんと来たのもこのお店だっけ。
なんて思い出しながら、入ってみれば……いた。いましたよ、常に全身真っ黒の方が。隊務に就いている時はあのダンダラ模様の隊服が目立っているからバレやしないだろうけれど……。
よし!なら行ってみようと思って、斎藤さんの前に立って「ここ、いいですか?」と声を掛ければ相変わらず蕎麦を啜っている。
「あ、あの…っ!」
すると、お茶に手を掛けると同時に、「ああ」といつもの低いテンションで言われた。
「すみません、ざるそば1つお願いします。」
「はーい」という若い人の声と共に、茶を啜っていた斎藤さんは、こちらを見ては一言。
「…何故いつもアンタは、ざる蕎麦を頼む?」
「暖かいお蕎麦は苦手なんです、私。」
「確かに、俺もあまり好きと言えんな」
「ふふっ」
「?」
よく私にも分からないけれど、こうして出会ってから斎藤さんと話したりするのがとても楽しくて笑い声が漏れる。
けれども何故だろう?もう斎藤さんは食べ終わっているのに、相も変わらず茶を飲んでいるのだ。少し、否、気になって仕方ない。
「今日は、非番ですか?」
「…ああ」
とまた会話もなく黙々と蕎麦を啜って、食べ終わり茶を飲んでいると斎藤さんは懐からまた2人分の代金を置いていこうとして女将に声を掛けようとする。
「女将、かんじょ… 「斎藤さん、自分のは自分で払いますから。」
そう手を握ると、「そうか」と言っては勘定を済ませて2人で店を出ては私は「うーん」と背を伸ばす。
見上げれば空は青い、あのダンダラ模様の隊服の様に。そこで名案。
「斎藤さん」
「何だ?」
新撰組の規律には、お泊りは禁止というルールがあったはず…。ここで腹ごなし&桂さんのお出迎えを待つ事も可能であれば、斎藤さん程の実力を持つ人なら役に立つに決まっている。
それにいい練習場所もあるんだし、いっか。
「私に剣を教えてください!」
「は?」
え、何ですか?その鳩が豆鉄砲食らったような顔は
「…前も言ったはずだ、真剣は――…」
「ならば私に言いましたよね?あの時に国を救うために剣を取ったのではないのか、と。だから私はこうして剣を取ってるんです!お願いします、私に教えてくださいっ!!」
「…身内にも変わったと呼ばれる剣だぞ」
その短い返事に私は嬉しくてもう一度、「ありがとうございます!」と頭を下げ。いそいそと川辺に着くと早速チャキッと言う音が聞こえた。
「…まずは、来い。」
たった一言 それだけであの日感じた殺気と捕える事のない眼光…でも……。私も小太刀を抜き右手で持ち、そのまま右足を位置を変えずに一歩程の距離を置いて左足を置く。
桂さんの教えでは、神道無念流の構えではこの小太刀の特性を活かせない故にこう体勢を取り、左足の筋肉を緩ませ間合いを詰める。
「はぁ――ッ!」
その瞬間、左手で構えては、私の逆袈娑斬りをキィッン、と一太刀で地に伏せた。
「…俺の殺気に耐えきれたのは結構。だが、柄の握り方、構え…。我流と言えどこれは酷い」
確かにここ1週間で学んできたのは、体術・もしくは暗殺用の暗器の使い方のみだし、実際に剣を握ったのはこれが初めてだ。
なんて思っていると何時の間に回って来たのか、後ろから私の手を掴み、柄を握っている。
「聞き手が右なら上へ持て、握り方は小指から優しく握り親指を前に持って…」

どきん

と、突然私の心臓の鼓動は早くなり、身体が 熱い。
「聞いてるか?」
「えっ、あ、はい!」
何なんだろう、この感じ。冷たいと思っていた手は温かくて指も、細くて…。
「じゃあ、次は構え方だ。利き腕の方を前へだし左半身をを少し下げろ、足も同様だ。その体勢で3分待て」
そう言われると、斎藤さんはまた川辺に向かって、小石を投げては流れを見ている。あ、確か右腕…会った時からずっと包帯を巻いていた。
「斎藤さん、その傷は…?」
「…旗本を斬って、追手に斬られた傷だ。腕が飛ばない事は幸いだが、深く切れた故に隠している。」
「そ、そうなんですか…。」
なんて短いやり取りの中聞こえるのは、ポチャンと言う音のみだけで。しばらくして、斎藤さんは振り返りスタスタとこっちまで来ると、じっと見てはまた剣を抜いた。
「その体勢で、来い」
「はいっ!」
と返事をしては先程の逆袈娑斬りよりずっと動きがいい
「…秋月、次は剣を使わず身体のみで来い。」
「へ…?」
「早くしろ」
「それじゃあ、行きます。」
フラリ、と揺れては和らげた筋肉を一気に左足で踏みこみ、そのまま足を走らせ一瞬左足で制しては思い切り右足で蹴りを入れると、斎藤さんはいとも容易く、太股を掴んでいる。
「…体術の方が筋がいい。それを見てアンタの飼い主は小太刀を持たせた、ただ相手の剣を制する為にな。男より女の方が軽く、速さもある。そもそも小太刀は間合いを取る事により実戦へ持ちこむ。
実際に仕留めるのであれば、今の構え方で十分戦える上、急所を知っていれば、それだけの体術は役に立つはずだ。」
普段話さない斎藤さんが、実戦・剣術においての基礎をしっかりと指摘してくれている。
「あ、あのっ…」
「何だ?」
「もし、良ければ…また教えてください。」
「ふ、」
と一言呟くと、『笑った』。
「…気が向けばまたここへ来る。かと言え時間は短いが。」
そう言い残して、私はその後ろ姿を見ながら自然と頬に涙が伝う。
「…ありがとう、斎藤さん。」
呟いた言葉は、暖かな風に掻き消されては 消えた。

comming soon...

終焉に捧げる小夜曲 ~開眼編~

どうも閲覧ありがとうございます

今回から第2編『開眼編』が始まりました
ここでようやく物語が2つに分かれていきます

第3編『喪失編』の方をお楽しみに

終焉に捧げる小夜曲 ~開眼編~

閉じ込められたこの世界で 鳴り響き聞いた信念は分かれ 少女は瞳を開く 変動か孤立かと同時に少女の心も2つに分かれる事になる 果たして瞳を開いたのは幸福か絶望か 五月雨の中、果たして失うのは何かなどと考えることもなく 雨は止む

  • 小説
  • 短編
  • ファンタジー
  • 恋愛
  • 時代・歴史
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-20

CC BY-NC-ND
原著作者の表示・非営利・改変禁止の条件で、作品の利用を許可します。

CC BY-NC-ND