台本「スネア」
・ハカセ(m)
アンドロイド開発に人生を捧げた、生真面目な男。
・スネア(f)
ハカセの作った自立思考アンドロイド。
・ドライ
・チュース
研究員。
ド「……お疲れさま。スネア、もういいぞ」
ス「──思考シーケンス、待機モードに移行 これにて本日の思考実験を終了します お疲れ様でした」
チ「だめかぁ……! 昨日の様子見てる限りだと行けたと思ったんすけどねー」
ド「ここまで順調だったのにな……なんで急に」
チ「このテストさえ、あと一つだけクリアできれば完璧だったのに」
ド「ココロを持ったアンドロイド、やはり一筋縄では作れないとは思っていたが」
チ「うーん……悔しいなぁ」
ド「……レポートです、書き上がりました。これでいいですか、ハカセ」
ハ「────んん、よし。ありがとう。そしてお疲れ様。終わろうか」
(↓食いぎみに)
チ「あの、やっぱり、もう一回データを取りませんか。もう少しなんです。もう少しで結果が出るかもしれない」
ス「実験の再試行を行いますか。前回より精度の改善が見込めます」
ド「どうですか、ハカセ。一考の価値はあるかと」
ハ「(長考)………否、しない。部屋の片付けに入ってくれるか」
ド「しかし、」
ハ「(苦笑いをして) 元々そういう決まりだ。俺は今日でここを去る。実験はおしまい。だろ?」
ド「……ですが、」
ハ「わがままは言えないさ、我々はあくまで雇われの身だからね。これ以上開発を続けることはできない。……これで正真正銘、全部終わりなんだよ。」
チ「それは、そうですけれど……」
ハ「疲れているかもしれないが、何事も早い方がいい。──片付け、頼めるか?」
ド「……失礼しました」
チ「……了解です」
ハ「……さて、片付けもある程度済んだ。お話ししようか、スネア」
ス「独立思考・対話シークエンスを起動。アクティブ。 会話が可能です」
ハ「ありがとう。」
ス「ご用件は何でしょうか」
ハ「僕は君に謝りたいんだ」
ス「……?(hum) 意味が把握できません」
ハ「はは、何、具体的に理由がある訳じゃないんだよ。ただ、今日まで結構な間、君とは共に過ごしてきただろう」
ス「はい。二年、三ヶ月、十六日と七時間二十五分九秒の間、ハカセはワタシと行動を共にしています」
ハ「……それだけ一緒にいると、どうも君を『娘』と呼びたくなってくるものでね」
ス「アンドロイドなのに、娘?」
ハ「比喩だよ比喩。例え話さ。そのくらい大切な存在になった、ということだ」
ス「認識しました。……ありがとう、ござい、ます」
ハ「……例えば、アルバムのこれ、覚えてるかい?ドライ、チュース、君達も」
ド「この写真は……懐かしいですね」
チ「動物園に行ったときのものですよね、これ」
ス「記憶していますよ」
ハ「ああ。覚えているか?このとき、はじめてスネアが我々の指示や基本プログラムなしで行動したこと」
チ「そりゃーもうハッキリと。三人とも一斉にペンを取り落としたのを覚えてますよ」
ス「はい。ワタシの行動学習機能が、膝の上に乗せられた小さな生命体を撫でる、という行動を学習しました」
ハ「あれは嬉しかったよなぁ……丁度我々は窮地で、プロジェクトの危機の真っ只中だったのもあるが」
ド「あのときは本当に、胸を撫で下ろしました」
チ「窮地と言えば、ほら、あのときもじゃないですか?ほら、この写真。」
ド「これは、別の研究所に行ったときだな」
ハ「これもだ。学会で初お披露目したとき」
チ「あーーこれこれ!!初めて民間の人と触れ合ったやつだ!!」
ド「これも、これも……懐かしいな」
ハ「……思えば我々がピンチの時いつもスネアが奇跡を起こしてくれたものだな」
ス「奇跡?」
ハ「ああ、奇跡だ。君には少し難しい概念かもしれない」
チ「本当に何回も助けられたんですよ? 遅々として解決の進まない難題の中、打ちきりになりそうになるたびに君が起こした奇跡。 何度それに救われたか。」
ス「奇跡……奇跡、ですか……(小声で)」
ド「本当に、まるで仕組まれたようなタイミングでスネアは成果をあげてきたからな。そう思いませんか?」
ハ「監査が入った瞬間に実験が初めて成功したときなどは本当に笑ってしまったね」
ド「まるで彼女はイタズラな子供のようですらあったな。」
チ「ずっと、ずっとそうだった…………ああ、また悔しくなってきた」
ド「……仕方がないことだろう。長年やらせてもらったが、ついぞ結果を出すことができなかった我々の落ち度だ」
ハ「少々夢を見すぎたかもしれないな。ははは」
チ「分かって、ますけど(すすり泣く)」
ド「……これは不可避な事項なんだ。泣くな、泣いたところで……」
(少しの沈黙、一秒程度 呼気音を大きく)
ド「彼女は、もう、『廃棄』するしかないんだぞ」
チ「彼女の前でそれを言うんじゃない!!」
ド「俺だってこんなこと、言いたくて、言っているのでは……ない………(すすり泣く)」
ハ「……その気持ちは、痛いほどわかる。先程娘と呼んだほどだからな。」
(沈黙が流れる。三秒程度)
ハ「──サーバを落とそうか。これ以上話しても、辛いだけだ。さ、スネア、こっちへ」
ス「了解、です」
ハ「──うん、──よし、いいな。これですべて整った。なにか最後に言いたいことはあるか?」
チ「……いえ、何も、」
ド「……未練はありません」
ハ「……そうか。では、スイッチを押そう」
チ(ナレーション)「呆気なくカシャンと音をたててスイッチが押されると、彼女はまずまぶたを下ろしました」
ド(ナレーション)「幾度となく100パーセントと0パーセントを明滅するシークバー。彼女の記憶は一つ一つ消えていきました」
ハ(ナレーション)「そしていよいよメモリーのデリートも終盤。人格データの消去に差し掛かろうという時でした。突如としてデータの解析が遅くなりました。パソコンのファンが唸りを上げ、そして突然、彼女の唇を模した器官が少しだけ開かれました」
ス「皆さんに、謝らなければならないことがあります」
ス「本当は今日の課題も、さらに前の課題も、最初から解決できたのです」
ス「ただワタシは、皆様と少しでも長く居たかった。皆様と同じ時を生きたかった」
ス「ワタシが眠るこの瞬間を、意味もなく引き延ばし続けてきたのです───奇跡など、ただの一度も、ありませんでしたよ」
台本「スネア」