ストロベリー風味の記録
ストロベリーの味がしたんだ。あの世界的に最も腐敗した笑顔。つまりね。彼の笑顔の後に風が軽く吹き抜けた瞬間に髪の毛が舞うじゃん? そんな匂いだよ。え? それは味じゃなくてストロベリーの匂いの間違いだろって? 確かに、シャンプーとかリンスとか着飾った香水かもしれない。でも、あれは味だったんだ。鼻の奥にふんわりとして、漂ってきたけど、明確に高品質で高貴的なストロベリーの味だったんだ。ちなみにもう一つ加えるとするならば、イチゴの味ではない。ストロベリーの味なんだ。ふむ、ふむ。君の顔の表情からこの様に僕に質問したいんだろ? 『ストロベリーとイチゴなんて一緒じゃないか! 呼び方の違いだけだ』と。そうかもしれない。でも、そうではないんだ。瞳のレンズの奥に入り込んだんだ。味が一つの形としてね。僕だって意味が分からない事を言っていると思っている。しかし、それが事実だからショウガナイだろ? オーケー。適当にごまかす内容をベラベラと話し過ぎたかもね。ただ彼と最後に会ったのはそんなふうに感じた時だったからさ。ああ、そうだ。ストロベリーの味なんて無意味だね。じゃあ、また今度。
彼が適当に発言する事はまずない。かと言って気の利いた話をするわけではない。にわか雨の様に静かに登場して、いつの間にか消える。そんな会話をする奴だった。
僕と彼は或るちょっとした休日、車に乗って小島に向かった。けれども小島なんてものは僕たちが想像していたよりも賑やかな人たちで溢れていて、とてもフェリーに乗れる雰囲気ではなかった。混雑は好きじゃない。多分、僕たちが想像している小島の内容なんてこの賑やかな観光客たちとは一ミリもリンクしていない。ガス島として訪れた僕たちとウサギ島として訪れている観光客達。それで僕らは車を元来た道に走らせた。
海沿いを走っていた。僕はそれなりに広がっている海を眺めて名前の知らない小島達に向かって指でなぞる様にして数えていた。6個目辺りを数えた時、物静かな彼の口が動いた。にわか雨にしてはまだ早いと思った。
「この周辺に古い街並みがあるらしい。どうする?」
僕はそうなんだ、とだけ答えて小島を数える事を辞めた。入道雲が何処かのシーンを真似て空にはい上がって行くのだった。
この街はねぇ。昔々、塩で栄えていたんだよぉ。と、白髪交じりの老婆は言った。僕はいぶし瓦をのせた白い漆喰と時折、墨の入った漆喰を交互に見ていた。特に意味はない。ただ、どうしてこんな古臭い街がまだあるんだろうと疑問に感じていた。そうして彼の方を見ると、彼はその風景に深い関心がある様にして右手の人差し指で唇を撫でては見つめている。突如、生温い気体が底を巻き上げ、林を揺らし、渇いた石畳の表面を散らした。彼は或る一軒家に入って行く。その一軒家はまるで鼠がかじったトンネルの入り口の様に暗かった。硬い土間の上を進んで行く彼の姿を追い駆けて僕もついて行くが、彼の背中が奥でふっと、消えた。僕は嫌な気がして其処に向かうが彼は居ない。ただ蝋燭の火が消えて、煙の臭いがするかのようにしてストロベリーの味がしたんだ。突然。
ストロベリー風味の記録