絆の行先。
胡散臭い研究室のへらへらした先輩とまだあんまりスレてない新人後輩とゲスト出演田中さん(仮)の話。
1
魔剣機関のとある研究所の分室である。
一言でいうなら、雑然。とにかく散らかっていて、薄暗い。
地下施設ではないはずだが、うずたかく積まれた資料なんだかガラクタなんだかに遮られて、自分が知る限り窓というものは見えたためしがない。まあそんなに華々しく白日の下に曝せるような研究ばかりでもないから仕方ないのかも知れないとも思う。
魔界に研究機関は幾つかあるが、ここはその中でも指折りの「節操なし」研究所だと聞く。機関に所属する魔剣使いのサポートのため研究、というと聞こえがいいが、要は裏方で何でもやってるだいぶグレー&アングラな研究所である。(地上階なのに。)自分がこの分室に配属されてから半年ほど経つが、«経口摂取で「悪」属性を獲得できるお菓子の事前安全性確認»だとか«ギルド単位で集計された可愛さ指数の実数値測定»だとか自分でも何言ってるのかよく分からない研究しかまだ経験していない。「何でもあり」なのはもう十二分に分かったけど。
「――で、今度は何を調べりゃいいんですか先輩?」
「んー、異常域化したヨーガ古戦場からの回収資料分析だな」
僕の問いかけに、ガラクタか資料かの向こうから返事が返る。
ボサボサの髪とくたびれた白衣。年齢不詳アンドthe・引きこもり研究員。頭を掻き毟る癖やめてくれ。我が敬愛すべき先輩職員である。
「ほいよ」
「……軍隊の認識票ですか?」
先輩がガラクタの海をかき分け、持ってきた木箱には無数の認識票が入っていた。
「そ、ランクBの融合体がヨーガで暴走してる話は聞いてるだろ?現場で停めた暴走体が所持していたらしい」
「つまり融合する前の魔剣少女のものですか」
「微妙なとこだな、見る分には魔剣使いのものも混ざってるみたいだし」
細い鎖の通された金属片は、なるほど所属の隊の名称、人名などが刻印されている。多くは錆びたり傷ついたりでて読みづらくなってはいるが。
「まー目視は無理だから、記録データの抽質と回収な。記憶結晶の判定機あったろ、アレ応用するから」
「はあ」
「融合体になる前の元の魔剣データと融合後の能力のデータと、可能なら暴走時の精神データもだな」
「ってぇ、これ全部データ回収するんです?うゎぁ」
あたりめーだろーと諦めなのか気のない返事。次の箱を取りに向かったので顔は見えないがきっと先輩も目が死んでるのだろう。
「まだまだまだまだまだまだ転送されてくるからなー」
転送機のキャパの問題で一度に転送できる量はそれ程でもないが、派遣されている魔剣使いひとりあたり少なくとも1000回は転送されてくるらしい。
「その情報マジで要らないです」
自分たちゃ何万回判定機を回すんですかね…
2
「だいたいアレ何なんですか」
「アレかー」
視線の先では健気に今日も資料を送り続けてくる転送機さんが。要らない……。健気に送って来なくていいから。オシャレに神秘的に発光とかしなくていいから。
「ていうかなんであの顔・ω・」
「アレなー、開発した田中(仮)の趣味」
「趣味」
田中さん(仮)とはうちの分室のエースである。小学2年の頃にひかみひや属性にとらわれない無属性魔剣理論(当時はもちろん無属性魔剣は未発見)を提唱したとか色々伝説の人らしい。自分はよく知らないが。汎用型の遠隔転送装置なんて製作しちゃった凄い人である。
「はあ」
凄い人なのだが。
「アイツ賢いけどそういうセンス謎だから」
諦めろーと先輩。
「その情報も別に要らないですー」
後日「可愛いは正義だから仕方ない」という謎の田中さん(仮)理論を噂で聞いたんだけど、どーなんだろか。
3
ひたすら転送されてくる資料をひたすら判定機に入れて実測する日々。生命の危険はたまにしかないが、ここだってたいがい戦場と言えなくもない。死ぬ。
「あと地味ーに錆びた金属触ってるから指先が荒れまくりなんだよな」
手袋をしていても不意に鋭い割れ片の認識票もあったりして、怪我をすることもある。
「……」
暴走した融合体はこんなに鋭い金属片を後生大事に拾い集めたのか。あるいは錆びつくまで大切に持っていたのか。大事だったんだろうな、うん、大切だったのだ、彼女に、彼女たちにとっては。
「そして分析が終わったそれを無造作に資料箱に入れるこの罪悪感よ」
データ回収済みのラベルが貼られた箱は、今や雑然たる研究室の中でもひと山の地位を築くまでの量になっていた。
「流石にそろそろ積み上げるのも限界なんですけど、先輩、これこのあとどうすれば」
最近白衣の裾が錆の粉まみれで金臭いと嘆く先輩曰く、
「あーそれ処分の許可取ったから、研究資材の溶鉱炉ね」
「うわ鬼畜ー。データ抜いてポイとかマジで鬼畜ー。これ一応軍の人員データとかじゃないんですか?いいんです?そんな扱いで」
「古すぎ多すぎ混ざりすぎでどうにもならんし、要約するとデータ回収したから文字通りお払い箱だと」
ヒドイヨネーってぶりっ子ポーズしても別に可愛くないのでやめてください先輩。可愛い枠は転送機さんで十分です。
4
あくる晴天の日。久しぶりに研究室棟を出て、例の資料を処分するために溶鉱炉のある資材管理棟へと出向く。
引きこもりの自分たちに重い資料箱を抱える体力などないので、台車に積んで資材管理棟へと往復している。していたはずなのだが。
「なんで先輩の姿が見えないんですかね」
自分が荷降ろししてる隙に「ちょっと用事ー」とへらへら離脱して行ったきり数十分戻ってこない……
サボりか、どこにサボりに行きやがったか……自分の心の溶鉱炉を静かに燃やしてしまう。仕方ないよな、うん。マジであいつどこ行きやがった。
そして自分がようやく最後の往復分の資料箱を運んだ頃に、このヒョロ白衣は戻ってきやがりました。
「コノヤロウ今までどこ行っ……なんですそれ?」
先輩の2号台車に載った資料箱。
「材質同じだからついでにと思って」
研究室にあった分とはまた別の、かなり古い資料箱に入っていたそれは
「……また認識票?」
「保管するだけされてホコリかぶってたから、一緒に処分しようと思って」
4区画ほど先にある保管庫棟群から持って来たと言う。
「昔ここが軍とも癒着してた頃の、捨てるに捨てられない遺産とかとりあえず積んであったとこだな」
「いいんですかそれ」
古びてはいるが(一応)保管されていただけあって、刻印されてる魔剣使いの名前とか結構読めちゃうんですけど。割と軍事情報満載ですけど。
「持っててもしょうがないし融かして読めなくなるならだいたいOKらしい」
誰だそんな適当な許可出したやつは。
「多分軍も古すぎて忘れてるし、怒られたらソーリーストーン贈るから大丈夫だって」
誰だそんな適当なこと言ってる上層部は。
5
資材管理棟、研究用の簡易溶鉱炉。魔剣製造学や修理技術の研究で使う材料を扱っているところである。もちろん簡易なものとはいえ溶鉱炉自体は高温で近づけないため、その手前の資材投入口から金属片を投入していく。
コンベアのいきつく先では紅く溶けた金属が製錬の時を待っているのだろうか。
錆も鎖も刻印も融けてただ紅く熱い炎になるのだろうか。
熱い。炉の中では戦場とはまた違う炎が滾っているのだろう。
「もういーんだよ」
全部融けて一緒になって、綺麗になっちまえ。
「?先輩?何か言いました?」
「べっつにー」
もう終わっていいんだよと、労いともつかぬ唇の動きだけのつぶやきは、溶鉱炉の熱さと眩しさのせいで実際のものだったのか自分にはよく分からなかった。
6
「ちなみに保管庫に残ってた分あとこの10倍くらいあるから運ぶの手伝え☆」
「うわーマジ要らない情報ですわー」
運動不足の腰が悲鳴をあげる。手伝いますけどさ。
絆の行先。