Fate/Last sin -10

「俺の時代に、神の世は去った」
 バーサーカーは束の間の沈黙を破ってそう言った。
「故に、彷徨える王と呼ばれた。神の時代と人の時代の半ばを彷徨った王、獅子心王リチャード一世と」
 キャスターは突然のバーサーカーの言葉にも一切の動揺を見せず、物語を聞くように淡々とした態度で答える。
「……続きを聞こう」
「貴様は魔術師だと名乗ったな? だが神代以降、真の魔術師は姿を消した。存在するのは、ただ神秘を求めて無様に連綿と足掻き続ける、詐欺師集団だけだ」
「つまり、私は貴公のお眼鏡にかなう魔術師ではないと言いたいのかね」
「そうだとも!」
 バーサーカーは吼える。古いランプの明かりだけが照らす、薄暗い玄関ホールにその声が反響するほど。
 騎士王は堪え切れない感情を吐露するように口の端を歪めて笑った。
「俺にとっては貴様のどんな小細工も、詐欺師の手品に過ぎん!」
 その言葉が皮切りだった。バーサーカーは勢い良く足を前に踏み出し、たった一歩の跳躍でキャスターとの間合いを十分に詰める。
「――――― Crusades(来い)!」
 ザアッ、と一斉に空気が震えた。広いホールに、先程と同じように黒い渦が巻く。剣が生まれ、馬が組まれ、兵士がそれらを手繰って現れる。それらはバーサーカーの一声で次々に生まれ出て、キャスターめがけて武器を振るわんとする。八方を完全に囲んだ陣形が、たった一人の魔術師を狙い澄まして突撃した。
 だがキャスターは一切顔色を変えずに、右腕を軽く払うように振る。
Deiectis(解体)
 その瞬間、キャスターの眼前に突き出された剣が、砂で出来ていたかのように散った。
「詐欺師の手品ですまないが。まあご高覧あれ、騎士王」
 数多の剣が、戦士が、つややかな鎧が、子供に握りつぶされた砂細工のようにあっけなく崩れ落ちて消えていく。黒い砂漠と化していく無数の兵の中を突き進むように、バーサーカーは言葉にならない怒声を上げて、握りしめた最後の一振りの剣をキャスターの首に突き刺そうと飛びかかる。
 だがその最後の剣も、キャスターの目の前で散り消えた。
 バーサーカーは勢い余ってホールの床に転がる。すぐに手をついて体勢を立て直したが、キャスターはひらりと身をひるがえしてバーサーカーから距離をとった。その隙に、キャスターは詠唱をする。
construction(再構築)
 たったその一言で、砕け散った砂が再び意思を持ったように組み上がり、黒水晶から削り出したばかりのような、鋭利な杭へと変貌する。その数は優に千を超え、その先端は余すことなく、床に膝をついたバーサーカーの体を今にも突き刺さんばかりに狙い澄ましている。ほんの数秒の内に、形勢はものの見事に逆転した。
「……なる、ほど」
 怒りを噛み殺したような言葉がバーサーカーの口から洩れる。
「此処では何をしても、それが魔力である限り―――無駄という訳か」
「流石、理解が早い。バーサーカーとは思えないほど理知的だ」
 その言葉に、ふとバーサーカーが笑いにも似た吐息をこぼす。
 キャスターは片眉を吊り上げた。
「何が可笑しいのか、尋ねても?」
「―――ふ。ふははははは、ハハハハハハハ!!!」
 キャスターが指を一つ動かせば、詠唱を一つ唱えればその身は裂かれんという状況の中で、その王は天を仰いで腹の底から笑った。ひとしきり笑った後、キャスターに顔を向ける。その表情を見た時――――キャスターは自分の胃の腑が僅かに冷えたのを感じた。
 それはさながら、獅子の笑みだった。唇は吊り上がり、目は細められ、彼は笑っている。笑っているはずなのに、おぞましいほどその瞳の奥は冷え切って見える。獲物を仕留める一瞬前の、煮え滾っている冷酷な目―――
「馬鹿者め」
 バーサーカーはそう低く呟くなり、膝をついた姿勢から一気にキャスターの目の前に躍り出た。詠唱は無い。剣もない。兵も鎧も無く、その狂戦士は単身で魔術師に飛びかかる。
「――――ッ!」
 キャスターは一瞬遅れて、無数の杭を放った。だがバーサーカーは、それを気にも留めずキャスターに向かって突進する。バーサーカーの背を追うように放たれる杭が、キャスターまで巻き込む勢いで落下していく。磨き上げられたホールの床は見るも無残に裂け、砕け散る杭は黒い砂嵐のように舞い上がる。
「ならば―――」
 キャスターは右腕を再び振るった。
「construction!」
 降り落ちる杭が一息に全て砕けて砂になったかと思えば、次の瞬間、床からいくつもの巨大な岩が隆起した。キャスターは後ろに退きながら、バーサーカーとの間に岩の荒野を生む。広いはずの玄関ホールは、あっという間に黒々とそびえる岩で埋め尽くされた。
 しかしバーサーカーは何の躊躇もなく、その岩に貴族の白い軍靴の足を、絹の手袋の指を掛ける。靴が傷付くのも、手袋が裂けるのも一切厭わず、まるで本当の獣のようにキャスターへ向かっていく。
「くッ――――」
「どうしたッ! 貴様の魔術はそれだけか! その程度で魔術師を名乗るなど、厚顔甚だしいわ!」
 バーサーカーは最後の岩から弾丸のように飛び出すと、キャスターの首めがけて右腕を振りかぶった。キャスターが詠唱を口にするよりも速く、その腕が、突き立てられた鋭い爪が、キャスターの細い喉元を抉るように掠めた。
 僅かだが、その首元から赤黒い血液が漏れ出る。それを拭う暇も与えず、バーサーカーは今度こそ仕留めようと、雄叫びを上げながら右腕を振りかぶった。
「容易い、余りにも容易いぞ、キャスター―――――ッ!!」
 凶器に等しいバーサーカーの右腕が自分の喉めがけて再び振り下ろされるのを、キャスターは見る。
 しかしその目は、早すぎる死を覚悟した目ではなかった。怯えは無く、恐怖も無く、諦観も無く、キャスターはバーサーカーの挙動をただ冷徹に観察している。
 予感があった。
 未来視の能力か、ただの都合のいい直感かは分からない。だがキャスターは―――自分がここで死ぬことは無いと、その一瞬の内に確信した。
 少し遠くで、マスターがガンドを放つ声と音が聞こえる。間に合うか、間に合わないか。バーサーカーの爪は、凶悪な速さで今にも喉を掻き切らんとする。けれどキャスターは、その爪の切っ先が自分の喉に掛けられる寸前のその瞬間まで、微動だにせず――――

「キャスター!」


 ムロロナは玄関ホールを見下ろす、正面の階段の踊り場に立って思わず叫んだ。何を考えているのか、みすみすバーサーカーにチャンスを与えるような真似をして、一体どういうつもりなのか―――傍から見れば甚だ不可解なキャスターの行動に、思わず大声を出してしまう。バーサーカーの全霊の一撃に、ホールの空気が震えるように揺れた。二人の姿は砂煙に隠れて見えなくなる。
 その震動が収まり、視界が晴れた時、そこに立っていたのは一人だった。
 ムロロナは乾いた声でその名前を呼ぶ。
「キャスター……」
「ああ、マスターか。終わったぞ」
 床は裂け、ドアは破られ燃やされ、一夜にして廃墟同然と化した玄関ホールに立つキャスターは、まるで庭の手入れが終わったかのような気楽さでそう言った。今の今まで暴れ回っていたバーサーカーの姿は忽然と消え去り、影も形も気配すらも無い。
「バーサーカーはどうした?」
「消えた」
「消えた?」
 眉間に皺を寄せるムロロナに、キャスターはうんざりしたように片眉を吊り上げる。
「私の首を捌く直前に消えた。強制転移だ。マスターからの令呪が効いたんだろう」
 それから白髪の魔術師は疲れの滲む顔を、階段の奥で恐る恐る様子を伺っていたクララの方に向けた。
「この家には子供がいたな?」
 突然声を掛けられたクララは驚きつつも、「ええ」と答える。
「念の為、きちんと眠っているか確認しなさい。万が一怪我をしていたら私が診よう。それからホールの修復に入る。マスターは魔力を多めに供給するように」
 淡々と勝手に告げ、何事も無かったかのように話を進めるキャスターに、ムロロナは流石に抗議の声を上げた。
「待て、待てキャスター。先程の行いを忘れたとは言わせない。あれは何だ? 今回は本当に運良くバーサーカーが令呪で強制的に退いたから無事だったが、次も同じようなことがあれば、私はお前を信頼に足るサーヴァントであると断言できなくなる。目の前でみすみす自殺行為をするサーヴァントなど、聞いたことがない。どういうつもりか、説明してもらおう」
 その言葉に、キャスターは少なからず嫌悪を含んだ目をマスターに向けた。煩わしそうに首を振りつつ、「直感だ」と呟く。
「私には僅かだが千里眼の素質がある。私の直感は、そう遠くない未来であれば大体当たる。それだけのことだ」
「ではなぜバーサーカーが令呪で転移させられたのかも分かるということか」
 矢継ぎ早に飛んでくるムロロナの言葉にあからさまに疲弊した表情を見せながらも、キャスターは答えた。
「いいや、理由など知ったことではない。私は『この戦いでは死なない』と思っただけだ。重傷を負うのか、どうして死なないで済むのか、そんな事はあれだけの短い時間では視えん。ましてやバーサーカーの都合まで視えてたまったものか。下らない理由をあれこれ考える暇があるなら、さっさとホールの修復を手伝いたまえ、それともこの真冬に優雅にドアを開けて寝るのが趣味か?」
 疲労はあっても言葉の端々に皮肉を滲ませるのは怠らないキャスターに、やれやれと肩をすくめながら、ムロロナはホールへと階段を降りて行った。





 その少し前―――
 バーサーカーがムロロナ・ルシオン邸に襲撃を仕掛けていたのとほぼ同じ頃、そのマスターは街の中心を流れる川の北の土手で二人の魔術師と対峙していた。
「でもー、私の魔術を避ける人、初めて見ましたよ。もしかして結構、強いですか?」
 にこやかに問いかけても、二人の魔術師―――ラコタ・スーと御伽野蕾徒は強張った顔で灯を見ているだけだ。反応を示さない少年二人に、灯は肩を落とした。
「そんなに警戒しなくても。私だって、久しぶりに同業者と話せるからって、すっごく楽しみにしてたんですよー? ちょっと冷たすぎませんー?」
「……これから会話しようと思う相手を、いきなり真っ二つにしようとする方がおかしいと思いますけど……」
 褐色の少年、ラコタが呟く。聞こえなかったふりをして、灯は手を後ろに組み、一歩近づく。それから、ラコタの後ろに立っている蕾徒をまじまじと見つめた。
「君のことは知っているよ。悪名高い御伽野家の箱入り息子。思っていたより、大きい? ですね?」
「ど、どうしてぼくのことを……?」
 灯はにっこりと笑った。
「だってそりゃあ、色々調べましたよ~。聖杯が降ってきてから二年、あれ、三年でしたっけ? ともかくこの風見市にいる魔術師から、時計塔から、何でもかんでも調べましたー、誰が敵になるか分からないですし?」
 少年二人は、相変わらず奇妙なものを見る目で灯に注視する。そんな視線も気にならないふりをしながら、灯は勝手にペラペラと喋り続ける。
「御伽野家の参加の読みが当たったことは良かったですねー、あの家は本当に欲深で厄介ですから。何でも、魔術刻印を四方八方に株分けして弟子を増やしているんですよ。おかげでいろーーんな魔術がもうごっちゃごちゃでー。君はどんな魔術師なのですか? そもそもー、まともに魔術師、やっています?」
 灯は目を細めて蕾徒を見る。蕾徒はその視線を受けて、蛇に睨まれた蛙のように体をすくめた。
「さっきからよく喋りますね、アカリさん」
 ラコタが蕾徒をその視線から隠すように一歩前に出た。その表情の強張りは既に消え、完全に灯を敵視した目へと変わっている。灯は細めていた目をわずかに開いて、褐色の少年を見下ろす。
「ああ……君のことは知りませんね。名前を聞いても?」
「ラコタ・スー。知らなくて当然です、ただの半人前なので」
 ラコタは金色の瞳を真っ直ぐに灯に向けた。半人前、と口では言いつつも全く灯に臆した姿勢は無い。むしろ今にも噛みつかんばかりに、目の前の灯に敵意を向けていた。
「まあ、そんなに私のことが気に入らないですかー?」
「ええ、気に入りません。本当はあなたと一緒にライトを倒そうと思っていましたが、気が変わりました。ボクはあなたが嫌いだ」
「そうなの」
 灯は可笑しそうにけらけら笑った。だがそれも数秒で止めて、次の瞬間には表情を一切失う。
 人が変わったように冷たい目で二人を眺めて、後ろで組んでいた手を解いた。
「私は元から、君と手を組もうなんて微塵も思わなかったけどね」
 夜の闇に、黒く艶やかな手袋の手が差し出される。
「じゃあ、さようなら」

 ラコタの目に、それははっきりと映った。灯が差し出した右手の先から、まるで彗星の尾が噴き出すように見えない刃が現れる。それは常人の目では到底捉えられる速さではない―――故郷で少なからず鳥や獣を追ったことのあるラコタでも、視認できたのは一瞬だった。
 それでも、一瞬でも見えれば辛うじて避けることは出来る。彼はすんでのところで蕾徒の胸を思い切り突き飛ばして、自分も背後へ転がった。すぐ頭上を、放たれた刃が辻斬りの風のように通り過ぎていく。それは背後の路上に落ちると、コンクリートの路面をあっさりと砕いて、消えた。
「ライト、あれが見えますか?」
 地面に転がったまま、蕾徒は首を振る。そうしているうちに再び灯が風の刃を握って、放る。それを避けても、次、次、次と、間髪入れずに灯は刃を弓のように気楽に打ち放った。灯の刃が見えるラコタは何とか避けていたが、蕾徒は徐々にラコタに後れを取っていく。直立不動のまま、いとも簡単に自分たちを追い詰める灯に、ラコタは少なからず危機感を抱いていた。
 ――――このままでは、必ずライトが先に仕留められる。
 自分はまだ、彼女の魔術を見ることができるからいい。だが蕾徒はそうもいかない。彼もきっと分かっているはずだ――自らのことを、進んで「弱い」などと評する彼ならば。
 ラコタは重たい雪のように降り注ぐ灯の刃を躱した一瞬の隙に、耳元に挿していた白い羽を一本引き抜いた。
「Things,riding,gale!」
 ちょうどダーツの矢を投げるのと同じように、手首で羽を投げる。詠唱は先生から教わっただけの簡単な単語の羅列だ。それでも羽は空気中を少し滑ってから、灯の風圧の刃を捕まえた。パン、と軽やかに散り散りになった羽の一枚一枚が、それぞれ一羽の鳥のように白い羽を広げて滑空する。灯の姿はあっという間にその白い鳥の大群に飲み込まれた。ラコタはすかさず、息も絶え絶えの蕾徒に駆け寄って、何百の鳥の羽ばたきに負けないくらいの大声を出した。
「ライト、今のうちに逃げてください! 僕が令呪でライダーを呼ぶから―――」
「でも、ラコタは……」
「いいから!」
 半ば突き飛ばすようにして、ラコタは蕾徒を遠ざける。さっきまで本気で敵だと思っていたのに、どうしてこうなったんだろう、とラコタはふと思った。蕾徒は呆然とした顔で、未だその場から離れようとしない。
「早く行けよ!」
 ギャアギャアと叫ぶ鳥の声に、その声はかき消されたかもわからない。だがそんなことは、次の瞬間にはどうでもいいことになった。
「―――そろそろ、良い? 折角の仲良しに、水を差すけど」
 冷たい革の感触が、ラコタの首筋を撫でた。
 鈴を転がすような声は、あまりにも近かった。羽ばたきと鳥の声は、一瞬途絶えて、代わりに本当にバラバラにされた紙吹雪みたいな残骸が空から降ってくる。
 令呪を――と自分が言うのが速いか、灯が革の手袋の手から刃を作るのが速いか。ラコタはそんなことを、ほとんど思考の停止した頭で考えた。



 自分を突き飛ばした後、「早く行けよ!」とラコタが叫んだ次の瞬間には、その背後に黒い手が触れたのを見た。戦いの経験も無い、魔術の自覚も無いような蕾徒でさえ、「ああ、あれはまずいぞ」と直感できるような手だった。
 だから叫んだのだ。 
「ランサー!」
 ここにいない彼の呼び名を咄嗟に叫んだのは、ほとんど無意識だった。それでも心の底から叫んだ。もうラコタが敵だとか、ライダーが敵だとか、そんなことはどうでも良くて、ただランサーがここに居れば―――自分が不幸になる結末は訪れない気がした。
 そして、その叫びに応えるように、青い閃光が瞬いて、灯と蕾徒のちょうど中間に落ちた。同時に、蕾徒は右手から熱が引くような奇妙な感覚を覚える。見ると、そこにあったはずの赤い幾何学模様の一画が、消しゴムで乱雑に消した痕のようなものを残して消えている。
「こいつは一体―――どういうことだ」
 右手を見下ろしていた蕾徒は、その声にハッと顔を上げた。「ランサー、」と声の主を呼ぶ。だがその唇はすぐに閉じられた。
 ポタリ、と、槍の穂先の白銀を伝って、赤が垂れる。
 青い雷光と共に現れたランサーの右手に握られた槍の先端は、ラコタの首に触れていた灯の右の脇腹の辺りに深く突き刺さっていた。ランサーは灯の腹を刺し穿ったまま、驚愕半分、疑問半分の顔で蕾徒を見る。灯でさえ、数秒の間は突如自分の肉体を貫かんばかりに突き刺さった槍を呆然と眺めていた。
 束の間、辺りは静寂に満ちる。だがその沈黙を、灯の明朗な声が破った。
「―――そうですか~、そうなりますかあ」
 そして意外なほど機敏な動作で自分を刺している槍の穂先を右手で捕まえ、
「令呪を以て命ずる。来なさい、バーサーカー」
 そう言い放った。




「……貴様は所詮、守るべき脆弱な一人か」
 靴と手袋を傷だらけにした貴族風の男は、現れるなりそう吐き捨てるように言う。灯は僅かながらも顔を歪めて笑った。傷の苦痛か、自らのサーヴァントに対する返答かは定かではなかったが、バーサーカーにとってはそれで十分だった。
「去れ、槍兵。今の貴様に用はない。魔術師の小僧達もだ。俺は今日戦わない。だが今日の俺を殺せると思うなよ」
 ランサーはしばらくバーサーカーの顔を正視したが、やがて目を逸らすと灯から槍を引き抜いた。血に濡れた槍を携えたまま、灯とバーサーカーの横を過ぎ去って蕾徒とラコタの元へ歩み寄る。
「令呪の使い方が分かったのか」
 ランサーはほんの少し強張った表情でそう尋ねた。蕾徒は首を強く横に振る。
「ぼくはただ『いやだ』って思っただけだよ……ラコタが殺されそうになった時、本当にそう思ったんだ」
「そうか。……いや、戦いにおいては普通のことだ、敵の腹を背後から貫くくらい何てことはない」
 だが、とランサーは低い声で小さく呟いた。
「お前が意図的にそういう命令をしたのなら、少し意外だった」
「……?」
 蕾徒は首を傾げる。けれどランサーは二度目は言わないというように軽く首を振って、ラコタを見る。
「事情は後で聞こう、まずは温室に戻る」
「待って、あのひとたちはどうなるの? もう戦わなくても大丈夫?」
 蕾徒は灯とバーサーカーを見て言った。ランサーは苦い顔をして、「ああ」と零す。
「今日は戦わないと言ったんだ。戦意のない相手を叩きのめせるほど俺は狡賢くないし、それに―――」
 ランサーは血に濡れた槍を手放して、灯たちから背を背けた。
「手を下さなくても自壊していきそうな連中だからな」

Fate/Last sin -10

Fate/Last sin -10

  • 小説
  • 短編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-30

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二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

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