続く夢(作・氷風呂)
お題「自由」で書かれた作品です。
続く夢
夢を見た。私は車に乗っていて、どこかに向かっている。どこに向かっているのかは、まだ分からなかった。車の中を見たら、私の所有している車なのが分かる。私はハンドルを動かしながら、 腕時計でデジタル腕時計で時間を確かめる。4月27日午前5時47分と表示されていた。カーブを右に曲がる。曲がる途中に私は案内表示板が目に留まった。そこには「羽田空港まであと5km」と書かれてあった。そして、その表示板を見た瞬間、視界が暗転した。
奇妙な夢だった。私のその夢の第一印象はそれだった。私は車を運転していて、空港に向かっている。それだけの夢だった。逆にそれだけの夢だったからこそ、尚更、奇妙に思えた。それはあまりにも現実的だったからだ。夢の内容は、起きたら大抵は忘れてしまう物だが、今回の夢は鮮明に思い出せた。あたかも、自分が経験したかのような夢だ。夢というのは、大体は突拍子のない事だったり、非現実的なことだ。化け物に追いかけられたり、谷底に落ちたりと、それはその人自身の深層心理を表しているそうだが、支離滅裂な事が多い。だが、今回の夢は、空港に向かっ ているだけの夢だった。私は、海外旅行などもう何年も行ってないし、行きたいとも思わない。 それとも、私の深層心理でどこかに遠いところに行きたいという欲があるのか......。私は、はっとして、目の前に掛けているカレンダーに目をやった。今日は4月20日、夢に出てきた日にちは4月27日だったはずだ。ちょうど一週間後だ。もちろん、夢のことだし、それが未来のことかは分からない。しかし、どこか私は予知夢めいたものを見てしまったのではないか、と思った。そんな事を考えていると、となりに置いてあった目覚まし時計がけたたましい音で鳴り響いた。6時を知らせるアラームだ。今から、そろそろ支度を始めないと、遅刻してしまう。私は、いそいそとベットから這い出し、仕事に向かうための身支度を始め、1時間後に家を出た。通勤途中も自分の夢にも出た車の中で、ずっと今日見た夢について考えていたが、仕事場に着いた途端、多忙を極め、そんな事を考える暇も無くなった。次、その夢について再び思い出した時は、就寝直後だった。 朝の時には鮮明に覚えていたあの夢の記憶も1日の終わり頃にはもうだいぶ薄れてきていた。その時は「あぁ、そんな夢も見たな」と軽く考えていた。その日、その夢の続きを見るまでは。
次の日もその次の日も、夢を見た。しかも、夢の続きだ。最近見た夢は全て、最初の空港に向かっている夢から続いていた。そして、勿論、今日も見るだろう。夢の中の私は既に、空港に着き、車を駐車して、飛行機の発着時間までカフェで時間を潰していた。そして、私はこの続く夢を見る時間がだんだんと長くなっている事に気付いた。私は夢の中で、これは夢だということを自覚していて、コーヒーを飲みながら、夢が覚めるのを待った。私はどこに向かっているのだろう。私はカフェの中から、飛行機の時間が書かれている電光掲示板を見つめていた。そこには「HBOエアライン207便 沖縄行き 7:18発」と書かれていた。
無論、今のところは私は沖縄などに用は無かった。しかし、何故、私が沖縄に向かう夢を見続けているのかは訳も分からない。その理由を探るためには、夢を見るしかない。私は徐々にこの奇妙な夢の続きが気になっていた。そして、次の夢が最後になった。
その日の夢は、既に私が飛行機に搭乗していて、席に座っていた。ふと、窓を見ると、真っ青の青空が飛行機の窓を覆っていた。もうだいぶ離陸から時間が経っているらしい。下の市街地が米粒程になっていた。チケットには、「HBOエアライン207便 沖縄国際空港行き」と書かれている。 そして、私の座る席の番号、B-21とも書かれていた。B-21の席で私はおもむろに飛行機に備え付けのラジオを聴いた。「グッモーニン!今日は暖かい日ですね。今日は良いお出かけ日和になるんじゃないでしょうか。」
つまらないラジオを聴きながら、大きなあくびをした。その瞬間、地震の様な大きな揺れと轟音が飛行機を襲った。飛行機が停電になり、乗客達から悲鳴が上がる。真っ青な顔をしたキャビンアテンダントがやって来て、ヒステリックに叫んだ。
「落ち着いてください!落ち着いて!」 その声も飛行機の轟音がかき消してしまった。私は堪らず、窓を見た。飛行機の翼は火炎に包まれていた。翼についているジェットエンジンがあったはずの場所には何も無く、ただ煙と炎が上がっている。そして、ゴォーという音と共に翼がもぎ取られた。私は死を悟った。どんどん地面が近づいている。高度1万mから飛行機が墜落したら、まず助からないだろう。私は目をつぶり、その瞬間を待った。
夢から覚めた時、私は汗だくだった。あれは死ぬ夢なんてモノじゃない。リアルな死という体験だった。そして、死の恐怖だった。この1週間ほど続いた夢の結末は私の死だった。夢が私に警告してる気がした。飛行機に乗るな、と。私のその考えは、その日、会社で沖縄への主張命令が下ったときに確信に変わった。渡された飛行機のチケットには「HBOエアライン207便沖縄国際空港行き」と書かれていた。席の番号はB-21。そうだ......今までの夢はこの死を回避するために見てきたのではないか。私は、そう確信した。
私は勿論、飛行機になど乗らなかった。家で、ほんの5分前に起きた。会社になんて言い訳をしようか。夢で自分が乗る飛行機が墜落する夢を見た、なんて言い訳が通用するとは思えない。気が触れたと思われるだけだ。いや、考えるのは後にしよう。私は、ベッドから起き、パジャマのままリビングへと向かった。ふと、時計を見る。4月27日午前7時18分。夢で見た時間だ。違うのは、空港に向かっている車の中か自分のアパートの部屋の中か、という事だけだった。私はゆっくりとシャワーを浴びた後、リビングに戻り、コーヒーを淹れた。そして、ラジオが聴きたくな り、テーブルの上にあるラジオをオンにした。軽快なDJの声が部屋に響き渡る。 「グッモーニン!今日は暖かい日ですね。今日は良いお出かけ日和になるんじゃないでしょうか。」 ぞくり、と体全体に寒気が走る。何か、何かが解決していない。まだ何かが終わっていない。そんな予感がした。何故だ。墜落するはずの飛行機の死は回避した。外にも出ていない。大丈夫な はずだ。夢で見た死は、もう過ぎたはずなのだ。私は、窓に急ぎで駆け寄り、締め切っていたカーテンを開けた。太陽の光が差し込み、目が眩む。目が慣れ、外を見上げた。そして、悟った。あれは、あの夢は死を回避するための夢ではない事に。あの夢は、現実なのだ。あの夢は、回避出来ない現実を見せていたのだ。死は等しくやってくる。例え、飛行機で死ぬ運命を回避したとして も、死からは逃れられないのだ。私は空を見上げ続けていた。いや、正確には空から降ってくる ジャンボジェット機の巨大なジェットエンジンが私の部屋目掛けて空から降ってくるのを、ただ見ていた。私は目をつぶり、その瞬間を待った。
続く夢(作・氷風呂)