カササギのホーム

待っている時が一番大変ですもんね。

カササギのホーム

電車はまだ来ない。
 駅のホームにわたしはいる。静かだ。人がいないわけではない。周りに人がいる割に話し声が全く聞こえてこないのだ。周りの人は誰とも顔を合わせようとしない。勿論、わたしとも。何かに熱中して周りが見えていないようで、実は先ほどから誰とも目を合わせぬように、黒目を小刻みに動かしながら周りをきょろきょろと気にしていることをわたしは知っている。
 わたしのいる位置の、だいたい右斜め後ろに立っているのはクラスメイトだ。声をかけようと顔を向けると、何かにとりつかれたようにそっぽを向いてしまった。まったく心のない冷たい人間だ。八月まであんなに明るい子だったのに。
 子供だけだと思っていたが、大人と一緒に来ている人もいるようだ。
 向こうにいるのは母親だろうか?わたしのクラスメイトであろう人にべったりくっついて、耳元に顔をうずめながら、口を忙しく動かしている。あの距離では、彼の耳に汚い唾がかかってしまう。すると、彼の母親がここにいる皆に聞こえるような大きな声で言った。
「ここではだめよ。あたりを見渡してごらんなさい、唐変木に昼行灯がぶら下がっているようだわ。」
 唐変木に昼行灯とは、こちらもずいぶんなめられたものだ。その母親は彼を連れて向こう側のホームに行ってしまった。向こうのホームは人が少なすぎるし、なんだかとてもつまらなさそうだ。かわいそうに...
 電車が来た。
 なぜかその電車には誰も乗ろうとはしない。しばらくすると、誰かが大人の男から引きずられながらホームにやってきた。
「これに乗りなさい。いいから乗りなさい。君はこれにしか乗ってはいけないのだよ。」
 無理やり電車に乗せられている。おそらく、大人の男の人は彼の先生なのだろう。先生やめてよ、と必死に足に力を入れて電車に乗るまいと踏ん張っているが、きっとかなわないだろう。何を言おうが無理なのだ。逆らえない壁があるのだ。彼はよくやった。本当によくやった。彼は電車に揺られて行ってしまった。今にも泣きそうな顔をして。周りの唐変木は全く動じない。自分には関係のないことだからだ。無論、わたしも、唐変木にぶら下がる昼行灯になりきっていた。
 そのあと、電車が2、3回ホームに止まった。周りの人も次第に少なくなっていき、向こう側のホームに行ってしまった彼も、知らない間にいなくなってしまった。


 誰かがわたしの肩を叩いた。振り向くとそこには、わたしを無視したクラスメイトが立っていた。
「どうしたんだ?死んだ魚のような顔して。」
「いや、大したことではないのだけれど、次に来る電車に君も乗るかなって。」
 本当に大したことではないな。答える意味があるのだろうか。
「乗らないよ。何?君は乗るのかい?」
「ええ、乗るわ。」
「理由を聞いても?」
 別に、聞きたいわけではなかった。だが彼女が聞いてほしそうな顔をしたからだ。
「皆乗ったのよ。ママもパパもお兄ちゃんも。だから、わたしも乗らなきゃいけないと思って。」
「そうかい、頑張ってね。」
 わたしがそう言うと、今日6本目の電車が来た。
「じゃあ、私乗るわ。」
 彼女は死んだ魚の目のまま電車に乗り込む。ドアが閉まる瞬間だった。
「さっきは無視してごめんなさい。ママとパパに怒られたくなかったのよ。」
 彼女は顔をくしゃっと歪めながら笑った。

 それから、電車が4、5回止まった。でも、わたしはまだ乗らない。
 しばらくして、電車が来なくなった。その代わり、雨が降り始めた。向かい側のホームにも、こちら側のホームにも、わたし以外誰もいなかった。
 線路にとまったカササギが鳴いた。その耳障りな鳴き声は、わたしに何か問うているようだった。
 人気のないホームは一段と寂しく感じた。
 自分が乗る電車は、自分で決めていい。他人が決めることではない。けれど周りは口出しをする。当たり前だ。その人の親であれば、できる限り評判のいい電車に乗ってもらいたいものだろう。それに終点の場所も関わってくる。その電車がどの終点場所に着くのかも勿論大事だ。その人の教師であれば、安全運転、電車内は快適なのが最低条件。自分の功績に関わることだ。事故なんか起こってしまっては困る。
 しかし、そんなことをいちいち考えていてはいつまで経っても自分の電車には乗れない。乗れるのだとしても、それは自ら決めたことではなく、ただ周りに流されて、なんとなく自分が納得しているかのような錯覚を起こしていることにほかならない。そんなことに、わたしはなりたくない。今までずっとスカートのポケットに入れて置いた1枚の紙切れを取り出す。これは自分で買った切符だ。切符によって使い道は限られているけれど、どう使うかは自分で決める。
 気が付くと、目の前にはもう電車が止まっていた。今までの電車よりもずっと乗り心地が良さそうだ。
「これにしよう。これがいい。」
 ここにはわたし以外誰もいない。人目など気にしなくていい。切符を握りしめ、勢いよく電車に飛び乗った。雨はもう止んでいた。
 カササギが鳴いた。吉事の前兆。
 私の未来はきっと明るい。

カササギのホーム

カササギのホーム

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  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-29

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