三題噺「五月」「お茶」「パソコン室」

三つのお題「五月」「お茶」「パソコン室」で、30分以内に書かれた即興小説です。五編あります。

命日(作・医紡ハル)

あちこちの空に鯉のぼりが見える日、僕は今日も博士の研究所に足を運ぶ。
研究所は街はずれの森の中にある。梅雨入りもまだだとは思えないほどに気持ちの悪い暑さに、汗をぬぐいながら木陰の道を行く。20分くらい歩くと、ヘンテコな形の煙突をはやした、やっぱりヘンテコな形の研究所が姿を現した。
「おお明!来おったな!」
「うん、僕今日も来たよ」
僕が博士の研究室に通うのにはわけがある。
五年くらい前から、街からは一切のパソコンが処分されてしまい、今、この街でコンピューターに触れることができるのは、博士の研究室にあるパソコン室だけなのだ。
「博士、僕OHAC言語をもう大分覚えたよ」
「明はすごい子だのお」
いつものように博士に連れられて、パソコンだけが沢山並べられた部屋に入る。博士の研究所にはヘンテコなものがいっぱいあるけれど、僕が入ったことがあるのはこの部屋だけだ。
「でもどうして、博士は僕にだけパソコンを触らせてくれるの?」
「ワシはな、未来有望な若者にはちゃんといろいろ学んでほしいのだよ。だがな、この事はお前さんの親にも、先生にも内緒だぞ」
「うん!内緒にする!だってばれたらもうパソコン触れなくなっちゃうもんね」
そういいながら、僕は父さんの話を思い出す。昔、僕と同じくらいの歳の子供がものすごいプログラムを開発したんだって。それは人がインターネットの中に直接入って遊べるすごいソフトだったそうだ。だけど、その子はある日パソコンの前で冷たく固まって動かなくなってしまっていた。それ以来、パソコンを触っていた子供が同じように冷たくなってしまっている事件が続いたそうだ。それがあんまりにもひどいので、大人たちは街中からパソコンを処分するようにした。
僕は夢中になってパソコンに向かってキーを叩いていた。
「熱心だのう」
そう言って、博士は冷たいペットボトルのお茶を持ってきてくれた。
「わーい僕、喉乾いてたんだ!」
僕がうまく蓋を開けられないのを知っている博士は、ちゃんと固い蓋を開けておいてくれたみたいだ。僕は乾いたのどに一気に流し込む。
「あれ」
まるで夜更かしをした日の夜のベッドの中みたいに、目がとろん、と重くなる。
「明、お前さんは、ワシの息子によく似ておるよ」
まだ中身の残っているペットボトルが床に落ちる音が聞こえた。かすかに開いた瞼の間から、博士が一台のパソコンを愛おしそうになでるのが見えた。
「この中におる息子と、ぜひ仲良くやってくれ」

ロマンス(作・ジョンヒョヒョン)

4限の授業が終わったらパソコン室に向かう。もう足が勝手にパソコン室のほうに向かってしまうほど体に刻みこまれてしまった習慣だ。
ゴールデンウイークも先週で終わり、大学の生活にも慣れてきたころだ。パソコン室にばかり入り浸っているからか友達はあまりできていない。
でも友達がいるということが必ずしも幸福なことだろうか。友達がいるような連中はお互いをけん制しあって窮屈をしているのだ。そう考えると自分はなかなか得をしていると思う。
廊下の窓から午後の日を浴びた街が見える。
ふと先ほどの講義室にお茶を忘れたことを思い出した。あのお茶は通販で注文したパソコン室のある2階に向けて階段を下る。
「ねえ聞いた?早川朋美やめるんだって」
「へえー まだ10年もたってないよね」
階段を登っていった女子の二人組がしゃべっている。早川朋美というのは人気アイドルグループの黎明期を支えたメンバーで、引退がささやかれていた人物だ。
しかしやめるとは、正直以外だ。彼女が引退をささやかれていた理由は簡単に言えば恋愛だ。

なんだそれ(作・千代藻乱馬)

  「いらっしゃいませー。」
 午前二時過ぎだったと思う。平日のこんな夜遅くに客が来るなんて珍しい。それに、女性が一人だけで。四月に大学へ入学して始めた深夜のコンビニアルバイトも一ヶ月経過したがこの時間に女性が一人で来るのは初めてだった。髪を茶色に染めて、顔もしっかりと化けていた。僕の理想の女性とは正反対と言ってよかった。彼女を目で追って気がつくと目の前にいた。
 「これください。」
 お茶を一本だけ持ってきた。それくらい自販機で買えばいいのに。
 「百円になります。」
 百円玉を財布から取り出し、会計を済ました彼女は必要以上の会話もなく店を出て行った。店の中はいつものように静けさを取り戻した。
 「あのお茶だったら自販機より安上がりだ。」
 誰の声かと思ったが自分の独り言だった。恥ずかしくなって品出しを始めて我を取り戻した。

*

 朝の六時には家に着いて仮眠をとってから九時の遅刻ぎりぎりまでに学校に行く。いつも通りなら教室に向かうはずだったが今日は気分が乗らずパソコン室に向かった。一番後ろの角の席が僕の特等席だ。一目散にそこへ向かったが今日は先客がいた。諦めて他の席に行こうとした時だった。
 「いらっしゃいませー。」
 振り返ると見覚えのある女性が座っていた。パソコンの横には百円のお茶が置いてあった。

よどみ(作・さよならマン)

 放課後のパソコン室に残っていたのは、気が付けば僕一人だった。夕方から豪雨が降ると予報があったためか、他の学生は皆早めに作業を切り上げてさっさと出て行ってしまったのだ。ついさっきまでオンラインゲームをやって盛り上がっていた連中も、自然消滅したかの如くいなくなっていた。白い空間に空調の音が低く響き、外では雨が少しずつ強さを増していた。
 目の前のパワーポイントを見る。「緑茶の歴史」と表題が書かれたきり、何も進展がない。緑茶の歴史?なぜそんなことを僕が知っていなくちゃいけないのか。どうしてそんなことを僕が人に語らなきゃいけないのか。目の前の作業に向き合おうとするほど、そういう余計な思いばかりが浮かぶ。僕が大学に入ったのは日本の文学史を学ぶためであって、緑茶の歴史を知るためでも、紅茶の淹れ方を学ぶためでもないのだ。そんなことをするくらいなら、アルファベット順に並べたマザー・グースを一から全部暗記するほうがまだマシだ。興味もないことを何時間も使って調べるなんて、五月の澱んだ頭脳では到底こなせるものではない。
 ため息が一つ、雨音に混じって響いた。オンラインゲームでもしようかと思った。だけどそれすら面倒くさくなって、ただ虚ろな目で雨に溶ける街の風景を眺めていた。そしてその内、僕は眠った。夢の中で、僕は茶畑を見た。それから自分が、無数のお茶の葉の一枚になっていることに気が付いた。美しい茶娘が茶葉を一つ一つ摘み取りながら、右からゆっくり迫ってきた。僕はそのみずみずしい手に摘み取られたいと心から願った。しかしそれは叶わなかった。茶娘の手が目の前に伸びた瞬間、僕は目を覚ましたのだ。
 僕は自宅のリビングのソファに横たわっていた。緑茶のペットボトルが片手に握られていた。ラベルに書いてあった一般投稿の俳句に、自分がいつか送ったやつが載っていた。

 五月雨の 流れる肌に 触れられず

 どういう意味かとしばらく悩んだけれど、思い出せなかった。

虫を濾したお茶(作・幻視数奇)

5月のお茶とパソコン室?馬鹿げてる。30分でそんなもの書けるわけない。
今俺はなんの考えもないままパソコンの前に座っている。
他の部員も同じように自分たちの設定したルールに苦しんでいる。
ノってくれば書けるんだろうがどうにも30分で書く、だけでなく
状況の設定もしなければならないのだから一筋縄ではいかない。ダルい。
とりあえず何か思いついたことを適当に書くしかない。
俺は働かない脳みそで無理やり無茶ぶりな素材で歪な物語の塔を建て始める。

5月?まず5月ってなんだ?・・・・なんもねえ
一年のうちにこの無意味な月が存在することに甚だ疑問を抱き始めるレベルでどうでもいい月。
とりあえずゴールデンウィークがある。ゴールデンウィークと言えばBBQ。
ゴールデンウィークのBBQ。舞台はこれでいい。
次にお茶。BBQでお茶?とかただ飲むだけだろ。もうひと捻り欲しい。
BBQ・・・BBQと言えば虫だな。日ごろ見ない虫におもいがけず出会うイベント。
この虫を濾してお茶を作ろう。よし、お茶はクリア。
最後にパソコン室・・・・、俺はとんでもないことに気づいた。
そもそもパソコン室なんてワードがある時点で舞台は屋内に限られるのだ。
ふざけるな、ここに無理やりねじ込もうとすれば野外のキャンプ場にパソコン室を作らなきゃいけなくなる。
は?無理。これは無理。また一から作り直しだ。・・・・パソコン室が邪魔すぎる。
とりあえず今度はパソコン室主体で作り直すことにしよう。
まず、主人公はパソコン室にいる。主人公の目的はなんにしようか・・・まぁ目の前の女子大生がなんか
作ってるからそれでいいや。主人公は大学の課題でパワポしてる女子大生。つまり目の前の奴。
まさかこの子も自分が今後ろの奴に小説で主人公にされてるとは思うまい。
更にもし俺もこの画面を後ろの奴に見られてたら更に変態に思われるだろうが勝手に思っとけ!バカが!
後ろから殴られそう・・・・。
さて、とりあえず主人公も舞台も決まった。後は5月とお茶をそれとなく絡めていく。
5月の課題と言えばなんだ、そうだ。ゴールデンウィークの体験まとめでいいな。さっきくしゃくしゃにして
ゴミ箱にぶちこんだアイデアを再度掘り返す。ゴールデンウィークの体験ではお茶工場で・・・ってつまんなすぎか。
ゴールデンウィークに虫で濾したお茶を作った話をパワポで作っている女子大生の話にしよう。できた。
というところで10分前とのお達しが来た。マジか。なんもかけねえ。
そして今目の前から歩いてきてる大学生と目が合った。なんか恥ずかしくなってきた。
早く完成させないと。


私は今パソコン室でパワーポイントを作ってる女子大生A子。
パソコン室で何をしてるかって?大学の課題でパワポでGWの思い出を作ってるとこマジ卍。
GWにしたことで一番楽しかったのが虫で濾したお茶を作ったこと。
写真はインスタにたくさんとってあるから、楽チン。
さて、インスタにログインして写真をとろっと・・・・
あれ、え、なにこれ新しくとった地撮りのこめんと欄が荒らされてる・・・え・・・なんで・・・。
私はその時両側に座っていたB子とC子がふふっと笑ったような気がした。

三題噺「五月」「お茶」「パソコン室」

三題噺「五月」「お茶」「パソコン室」

ヘンテコな研究所と怪しげな博士、平凡な学校生活にアイドルの盛衰、コンビニバイトに訪れた出会い、退廃的な日常と夢想、ばかげたお題と目の前のJD。三題噺五編。

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • SF
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-29

Copyrighted
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  1. 命日(作・医紡ハル)
  2. ロマンス(作・ジョンヒョヒョン)
  3. なんだそれ(作・千代藻乱馬)
  4. よどみ(作・さよならマン)
  5. 虫を濾したお茶(作・幻視数奇)