国をよりよくするための策

 ある国に極悪非道な王がいた。彼は少しでも気に入らない事があると、問答無用で臣下を処刑してしまうようなとても恐ろしい人間だった。
 その状況を見るに見かねた頭の良い大臣は、「国をよりよくするための策」を理由に王に謁見を申し出る事にした。かねてより大臣の策士ぶりを評価していた王は快くそれを許した。
 約束の日、謁見の間には王と大臣の二人の姿しかなかった。他の臣下達は大臣が王に処刑されるのを見るのが怖くて、執務室へと逃げてしまっていた。
 大臣は黄金の玉座に座る王を見上げてゆっくりと口を開いた。
「王様、私はこの一週間どうしたらこの国がよりよいものになるのかを考えておりました。どうか、私の意見をお聞き下さい」
 王は長くて立派な白い髭をさわりながら、何か面白い事を期待するように身を乗り出した。
「うむ。聞いてやろう、どんな方法だ?」
 大臣は真っ直ぐ王を見た。
「ははぁ。それは王様が1日だけ大臣になられる事です」
 王は眉を寄せた。
「王である余が大臣になって1日働けと言うのか!」
 大臣は首を振った。
「いいえ王様。働く必要はありません。しかし王様が1日大臣をして町を散歩するだけで、民は王様はとても素晴らしい方だと思うでしょう。民というのは王様が自分たちを心配して下さると分かると喜び、敬意を払うのです」
 王はまだ顔をしかめていた。
「なぜ大臣になって民を見に行く必要があるのだ。余は王として1ヶ月に1度、国を見て回っておるぞ」
「王様、堂々と王様の姿で国を見回られるより、目立たない格好でそっと見守られる方が民は喜ぶのです! 王様」
 大臣はそう言って立ち上がった。王はよく分からないまま、この大臣がここまで言うのだからきっとそうに違いないと考え、今までのしかめっ面が嘘のように笑いながら大きく頷いた。
 そう、なんと言っても見回り以外の事は今まで大臣や臣下達に全て任せっきりだったのだから。
「王様、是非とも大臣として民を見守って下さい。民は諸手を上げて喜ぶ事でしょう。王様」
「うむ。民はきっと余を今以上にあがめるに違いない」
 大臣の言葉に、王は嬉しそうに言った。
 玉座から降りてさっそく出かけようとする王に、大臣は「お待ち下さい」と引き止めた。
「お待ち下さい王様。ひとつお願いがございます。王様が大臣になられている間はこの私目が王様の代わりに名代として国をお守りしていてもよろしいでしょうか。王様」
 王は少しだけ悩んだがすぐに「もちろんだ。王が不在の国など聞いた事がない。大臣になら安心して任せられる」と言って嬉しそうに出かけていった。


★★★


 大臣の格好をした王は、毎日大臣がやっているように民の声ひとつひとつに耳を傾けて、あらゆる悩みを聞き入れた。
「この国の身分制度は厳しすぎると思うのです」
「今年はあまり鉱石が採掘できませんでしたが、貴族の使いが毎日取り立てに来て困っています」
「親が病気になってしまったのに薬が買えなくて苦しんでいます。助けて下さい」
 大臣の姿をした王は、目の前の民達に言い聞かせるように大声を張り上げた。
「まかせなさい! この国の王様はとても素晴らしい方だ。王様がすぐに何とかしてくれるだろう!」
 王はえへんと胸を張って、民の声援を受け止めた。本当は今すぐにでも自分こそが王だと言ってやりたかったが、大臣に王だと気づかれないようにと言われたのを思い出して、王はその気持ちを抑えた。
 やがて見回りを終え、王が城へ帰ると、謁見の間には玉座に座る威厳のある王の格好をした大臣がいた。
「大臣、今帰ったぞ。余の名代ご苦労だったな。くたくただ。さあ玉座を降りよ」
 王は汗を拭いながらそう言った。しかし、大臣はおかしな笑みを浮かべるだけで全く動こうとはしなかった。
 王は眉を寄せて、いつものように怒り出した。
「おい、調子に乗るな大臣! 余は王だぞ、お前など余の命令一つですぐに処刑できるのだぞ!」
 大臣は急に笑い出し、王を見下ろすと大声で叫んだ。
「誰か、誰かいないか! この大臣が余に無礼をはたらいた。今すぐ処刑場に連れて行け」
 王は唖然とした。
「ななな……何を言っているのだ大臣。貴様気でもふれたか!」
 王の格好をした大臣は笑った。
「王様、お忘れですか? 今日一日は私が“王”で、あなたは“大臣”ですよ」
 笑い声が謁見の間に響き、大臣の格好をした本物の王は兵士達に囲まれ、処刑場へと連れて行かれた。
 大臣は玉座の肘掛けをそっと撫でながらニンマリと微笑んだ。
「国をよりよくするのが、大臣の役目ですから……」


<終>

国をよりよくするための策

国をよりよくするための策

初めてのSSです。

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-18

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted