恋を言葉に出来たなら

目撃と脱走

 僕の口は多分、そう簡単に開くことは無い。
 それも、恋が絡みだしたら尚更だ。

 昔、シェイクスピアは次のような言葉を残している。
「君を夏の日に例えようか。いや、君の方が美しく、おだやかだ」
 こんなキザで洒落の効いた言葉は僕の両手を広げてみても、見当たらない。

 方や夏目漱石は、
「月が綺麗ですね」
と隠すように、含みながら愛を語った。

 過去の著名作家達は、言葉で恋を表現した。

 そんなロマンティックな情景に、心惹かれつつも、どこか諦めを感じながら妄想を膨らませる。



 僕は、目立たない。注目もされないし、されたくもない。
 時に人は、僕を社交性にかけると批判する。
 時に人は、僕を大人しくて扱いやすいと持ち上げる。

 この性格は、ほとんど生まれ持ったものだ。
 父も母も、あまり喋る人ではないので、家の中は、人がいても音がない。
 その2人の性格が遺伝したのだろう。そういうことにしておこう。

 高校生になった僕は、これまで色恋沙汰もなく、無色の生活をしてきた。
 そんな僕が、ただ一つ、心をときめかせる瞬間がある。それは、本にまつわる何かしらをしている時だ。
 父は、結構な読書家で、書斎には四方を埋め尽くす本棚の中に、みっちり本がしまってある。
 だから、小さい頃から本に触れ育ってきた。

 そんな僕に、1つの大きな夢がある。

 作家になることだ。

 しかし、その夢は遠い。
 残念ながら、今、賞に出してきた作品は、全て第1審査でボツになった。
 まぁいずれ続けていけばそういう縁にも恵まれるかもしれない。

 こんな僕は、今日も学校へ向かい、クラスの席に着き、本を開ける。
 クラスの真ん中の机周辺では、よく喋り、青春を謳歌している、まるで僕とは真逆の人達が昨日のテレビの話題で盛り上がっている。
 クラス替えが、つい先月にあったばかりなのに、すぐにクラスの中に仲のいい人を作るという高等テクを彼女らは有している。全くもって僕とは真逆だ。
 多分、この読書だけの学校生活は高校が終わるあと1年ほど、変わらずに続いていくのだろう。
 僕はそれを、いいとも悪いとも思わない。
 ただ、寂しい青春だと思うだけだ。


 僕は今、一回帰った学校から家へのルートを戻っている。今、いいところで止まっている本を学校に忘れてしまったからだ。
 どうしても必要という訳では無いが、この後に何も用事がない僕がすることと言えば、読書だ。
 しかし、まだ読み切ってていない本があるのにもかかわらず、違う本に手を出すのは少し気持ち悪い。
 ということで、読書のために僕はトボトボと足を進めた。

 着いた時には、もう殆どの部活は片付けを始めているようだった。
 校舎の中は、夕陽で真っ赤に染まり、静まり返っている。
 足早と、教室に向かった僕は、扉の前で足を止めた。
 教室の中から、鼻をすする音と、呻き声のような音がするのだ。一瞬何か、嫌なものを想像したが、影が伸びた様をみて質感を感じ、誰かが中にいるのかな?と、冷静になることが出来た。
 しかし、中に居るのが人と分かったところで、泣いてる人がいる教室に1人でズカズカ入っていく度胸は、残念ながら持ち合わせていない。

 どうしようかと、教室の前でモジモジしていると、見たことのない、美人の女性がヒールの音をコツコツと鳴らしながらやってきた。
 僕が、その女性に見とれる中、不気味な音が聞こえる教室に、なんの躊躇もなく入っていった。
 ヒールの女性が空けたドアから中の光景が見えてきた。

 そこには、つい数時間前まで、クラスの真ん中で大声で笑っていた、橋口さんが顔をぐちゃぐちゃにして泣いていて、さっき入っていった女性が肩を抱えて同じく泣いていた。

 僕は、ここにいてはいけない気がして、その場を走り去った。

 家に帰って、ご飯食べて、色々してベッドに入った。
 僕は、寝る前必ずその日のことを思い出す。
 今日はもちろん、教室で泣きじゃくっていた橋口さんの姿を思い出した。
 あれが何だったのか。あれは見てよかったものなのか。不安とも、恐怖とも取れない、なんとも言えない感情に包まれる。
 そう言えば、本を取りに行ったのにその目的は達成されなかった。これでは、本当に何のために学校に行ったか分からない。
 本が読めなかった代わりに、今日はただ書いて過ごした。

 今書いているのは、病気だけど元気な男の子が、気の弱い女の子に、生きる素晴らしさを教え、やがて病気に侵され、死んでいく話だ。
 しかし、ひとつこの作品を書くのに致命的なことがある。
 恋愛的な描写を入れたいのにも関わらず、自分が恋愛をしたことがないため、どう書いていいのか分からないのだ。
 ある意味、これはどうしようもない気がする。
 これまで書いてきた作品で、物足りなさを感じさせる原因は、これにあると、僕は思う。
 物語の主人公のように、昔から仲のいい異性の幼馴染がいるわけでもなく、部活内に頼れる先輩がいるわけでもなく、どんな相談もできる、すごく頼れる同い年がいる訳でもない。
 僕のリアルの物語は、きっと僕が主人公ではない。

 そう。名前も与えられない、「誰か」であり、登場人物Bだ。こんな僕に書けるのは、きっと、登場人物Bの、作品Cだ。
 僕はそれでいい。それでいいはずなのに、どこか自分に期待をしてしまう。ただの登場人物Bに期待をしてしまっている。
 その、いらない期待が、僕をどん底へ叩きつけてくる。
 だから僕は、自分に絶望させられ続けるのだ。

 そしてそんな僕は、僕が嫌いだ。

恋を言葉に出来たなら

恋を言葉に出来たなら

  • 小説
  • 掌編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-18

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