宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第八話

まえがきに代えたこれまでのあらすじ及び登場人物紹介
 金子あづみは教師を目指す大学生。だが自宅のある東京で教育実習先を見つけられず遠く離れた木花村の中学校に行かざるを得なくなる。木花村は「女神に見初められた村」と呼ばれるのどかな山里。村人は信仰心が篤く、あづみが居候することになった天狼神社の「神使」が大いに慕われている。
 普通神使というと神道では神に仕える動物を指すのだが、ここでは日本で唯一、人間が神使の役割を務める。あづみはその使命を負う「神の娘」嬬恋真耶と出会うのだが、当初清楚で可憐な女の子だと思っていた真耶の正体を知ってびっくり仰天するのだった。

金子あづみ…本作の語り手で、はるばる東京から木花村にやってきた教育実習生。自分が今まで経験してきたさまざまな常識がひっくり返る日々に振り回されつつも楽しんでいるようす。
嬬恋真耶…あづみが居候している天狼神社に住まう、神様のお遣い=神使。一見清楚で可憐、おしゃれと料理が大好きな女の子だが、実はその身体には大きな秘密が…。なおフランス人の血が入っているので金髪碧眼。勉強は得意だが運動は大の苦手。
御代田苗…真耶の親友。スポーツが得意でボーイッシュな言動が目立つ。でも部活は家庭科部。クラスも真耶たちと同じ。猫にちなんだあだ名を付けられることが多く、最近は「ミィちゃん」と呼ばれている。
霧積優香…ニックネームは「ゆゆちゃん」。ふんわりヘアーのメガネっ娘。真耶の親友で真奈美にも親切。農園の娘。真耶と同じクラスで、部活も同じ家庭科部に所属。
渡辺史菜…以前あづみの通う女子校で教育実習を行ったのが縁で、今度は教育実習の指導役としてあづみと関わることになった。真耶たちの担任および部活の顧問(家庭科部)だが実は真耶が幼い時天狼神社に滞在したことがある。担当科目は社会。サバサバした性格に見えて熱血な面もあり、自分の教え子が傷つけられることは絶対に許さない。
池田卓哉…通称タッくん。真耶のあこがれの人で、真耶曰く将来のお婿さん。家庭科部部長、だったのだが。
篠岡美穂子・佳代子…家庭科部の先輩で双子。ちょっとしたアドバイスを上手いことくれるので真耶達の良い先輩。
(登場人物及び舞台はフィクションです)

 「ふぅ」
真耶ちゃんが大きなため息をついた。
「どうしたの? 幸せが逃げていくよ?」
思わず私は言った。神使として他人に幸せを振りまく立場の真耶ちゃんには物憂げな雰囲気は似合わないと思ったからだ。だが、
「あづみさん? 真耶ちゃんだってブルーになりたい時あるんだから、そっとしておいてあげたら?」
横から意見されて、すぐさま反省した。いつの間にか神使という真耶ちゃんにとっては名誉な、でもそれに縛られて寂しい思いをすることだってある称号にこだわったのは良くなかった。それを言ってくれたのは真耶ちゃんたちの一年先輩、いまや家庭科部の部長となった篠岡佳代子さんだ。
「まぁアンニュイになっている理由が理由だから、そう簡単には回復しないってのもあるけどねー」
机に身体を伸ばしながら言うのは双子の姉、美穂子さん。役職上は副部長だが佳代子さんと平等に仕事をしている。姉妹の上下に頓着しないので姉が副部長で妹が部長。くじ引きで決めたそうだ。
 「…でも、真耶ちゃんがアンニュイな理由って? あ、話したくないならいいけど」
私がそう振ると、真耶ちゃんは顔を赤らめて下を向いてしまった。あ、ごめんなさい、と途中まで言ったところで苗ちゃんが言葉を差し挟んだ。
「それは、いまここにいるメンツにヒントがあるよね。あづみさん? 誰か足りないっしょ?」
ここは家庭科室。そして今は家庭科部の部活動中。余計な人間がいるのは分かる。私だ。そもそも今は教育実習でもなんでもないのだから部外者にすぎない私がここにいること自体おかしいのだが、そんなことにこだわる学校でもない。
 でも一方で、明らかに今までいた重要な人がいないのも事実。その鍵は先ほどの篠岡姉妹の呼ばれ方にあった。
「やっぱねー、私ら部長と副部長になったってことはねー」
「世代交代、ってことだよねー」
それは分かる。今まで部を切り盛りしていた池田くんと岡部くんは受験に備えて部を引退したのだ。そのため部員は現在五名。実際寂しい感じではある。だが事の本質はもう少し先にあった。
「やっぱさー、真耶にとってはショックだよねー」
「わかっていたこととはいえねー」
苗ちゃんの優香ちゃんの煽りに呼応して、真耶ちゃんはあっさり自白した。
「うん。タッくんいなくなって寂しいよぉ」

 タッくんとは池田くんのこと。ふたりは幼馴染であるという。
「タッくん先輩は真耶ちゃんの初恋の人なの。学年が二つ違うからしばらく別れ別れだったのがようやく部活で一緒になれて、で数ヶ月でまたお別れでしょ? それが寂しいんだって」
ああ。そういうこと。あこがれの先輩に密かな恋心を抱いて…なんてことは多感な年代ゆえよくあることだ。あれ、でも真耶ちゃんって…。
「そう。戸籍上は真耶ちゃんも男の子っていうのは事実。でもこんにち、男同士で愛しあう事をタブーと決めつけるのはどうだろう? まずこれ大前提ね」
佳代子さんが腰に手を当てて講釈する。その堂々とした感じは部長にふさわしい貫禄がついてきている気がする。
「その上で言うとね? 真耶ちゃんは産まれた時から女の子としてずっと成長してきたから、男の先輩に恋をしても全然不自然じゃない、そういうこと」
美穂子さんも隣にすっくと立って説明する。双子といっても髪型とかも違うので決してそっくりではない。でもその立ち居振る舞いはやはり双子なんだと感じざるを得ないくらいそっくりだった。
 「というわけで、真耶はタッくん先輩がいない家庭科部が寂しくて仕方ないってわけ。まぁでもこればかりはウチらにどうにも出来ないじゃん。辛いよねぇ片思いって」
と言ってため息をつく苗ちゃん。
「本当は告白したいんだと思うよ。でも受験の邪魔になったら悪いからって我慢してるの。偉いねぇ。よしよし」
優香ちゃんはそう言いながら真耶ちゃんの頭をなでる。真耶ちゃんは優香ちゃんの身体に転がり込む。傍目には女の子同士じゃれあっているようにしか見えないのだが、片方が実は男の子であることに本人たちも周囲も誰も疑問を抱かないし、私もそれに慣れてきている。

 もっとも、私とてへこんだ心理状態ではあるのだ。相変わらず教員採用試験では苦戦している。そして未だに筆記試験は通るのに面接で落とされるという繰り返し。
 相談すべき人に相談はした。大学の教職担当の先生とか、就職課とか。模擬面接も何度もやった。でも返ってくる答えは皆同じで、
「どうしてこれで落ちるのか理解できない」
視点を変えてみては、というアドバイスもあって他大学の先生を紹介してもらったりもした。教育に真剣に取り組もうとする学生ならよその者でも歓迎だと言って、色々相談に乗ってくれたけど、やはり答えは同じ。
「あなたのような人がどうして…」
 自分が認められているのはうれしい。でも肝心の面接を担当した人に認められなければ今は意味ないのだ。というわけで、逆に辛辣な意見をくれる人のほうがいいとばかりに渡辺先生に相談してみた。希和子さんからの勧めもあったことだし。
「どうして受からないのでしょう? 模擬面接とかしてくれた先生方は褒めてくれるのに」
しかしその答えは、
「分からない」
だった。
「金子は教師に向いていると思うんだがな。少なくとも私の百倍は向いている。なぜそれがいけないのか、さっぱり分からない」
渡辺先生より向いているというのは嘘だと思うが、渡辺先生にわからないとなると現状お手上げではある。ただ、
「とりあえず、また来るといい。時間が許す限り私も付きあおう。というかできるだけ来てくれ。私も最初に受け持った実習生が苦戦しているのでは寝覚めが悪い」
と言ってくれたのが救いだ。そんなわけで、今日も今日とて面接の練習をさせてもらった帰りに家庭科部に寄ったのだった。
 「あづみさんが先生だったら毎日学校楽しく通うけどなー。あ、フミちゃん先生もいいけどさ。担任フミちゃん先生副担任高原先生福々担任あづみ先生だったら最強なのに」
苗ちゃんは嬉しいことを言ってくれるけど、それはそれとして、停滞した雰囲気がどうにかなるわけではなかった。
 ところが、それはいきなりの来訪者に寄って打ち破られた。

 「ぱんぱんぱんぱんっ!」
いきなり床から激しい爆発音がした。
「きゃっ!」
それをも凌駕するような真耶ちゃんの悲鳴。優香ちゃんの身体にぎゅっと抱きつく。しかし音は鳴り止まず、それに加えて、
「ぱんぱんぱん、はらはらはらっ」
何やら色とりどりの物が天井近くから落ちてきたかと思うと、追い打ちをかけるように家庭科室は色とりどりの煙に包まれた。おそらく開いていた窓から何か投げ込まれたのだ、私は反射的に床に伏せる。
 と、窓の外から影が飛び込んできた。煙のせいでシルエットしか見えないが、それはまるで空中を滑走してくる鳥のようだ。それは私の頭上を通過すると机の上にストップした。煙が晴れてきた、するとそこに、
「はろー」
西日による逆光の中に、人影が浮かんでいた。
「賊?」
と一瞬思ったが、
「花子ちゃん!」
という優香ちゃんの叫び声で我に返った。

 「そうだと思ったよ」
後ろ手を頭に掛けた苗ちゃんが笑っている。
「バレバレだよねー。こんなことするの花子ちゃんしかいないし」
そういえば床に伏せていたのは私だけ。他のみんなは無警戒。この突然の闖入(ちんにゅう)者の正体を一瞬で察したようだ。
 闖入者、それは一人のピエロだった。
「んにゃ、クラウンだね。一般的に涙を顔に書いているのがピエロ。広く道化師を指すならクラウン、だったと思う」
苗ちゃんの冷静な解説に対し、
「ま、どっちでもいいけど」
と、ピエロ改めクラウンが笑う。
「爆竹と煙玉を使って、東洋の伝統と融合させてみたってわけ。どう?」
みんなに同意を求める彼女の手にはロープが握られている。これを校舎の壁に引っ掛けてターザンよろしく飛び込んできたようだ。おそらく庭先にある木の上から飛び降りたのだろう。
「あ、挨拶遅れました。よろしくお願いします」
彼女は机から飛び降りると、帽子を取ってぺこりと頭を下げた。顔は白塗りだが瞳は緑がかった青だし、ウェーブのかかった髪の毛も黒みがかった茶色をしている。もしかして、外国の?
「あ、父はもともとドイツ人で、母はドイツ系イギリス人です。本当の名前はプファイフェンベルガー・ハンナ。でも長いし言いにくいんでみんな花とか花子とか呼んでます」
なるほど、ハンナが転じて花。分かりやすい。ところで優香ちゃんも花子ちゃんと呼んでいたってことは、二人は親しいの?
「親しいどころか、大親友だよこの二人。だから本来は真耶とお花とゆゆとウチで友情カルテットなわけ」
苗ちゃんが胸を張って言う。私は真耶ちゃん・優香ちゃん・苗ちゃんによる友情トライアングルしか知らなかったわけだが、実は四角形だったわけか。でもなんで今までその一角が欠けていたの? という疑問には真耶ちゃんが答えてくれた。
「ハンナちゃんはね、お父さんと一緒に世界中を大道芸やって回ってたの。いきなり帰ってきたからビックリしたけど。ハンナちゃん、戻ってくるなら先に教えてくれればいいのにー」
「えーだってビックリさせたいじゃない? 道化師は人を驚かせてナンボでしょ?」
と花子ちゃんは笑う。
「それにしても、世界中を大道芸で回ってたってすごいなぁ」
と私が感想を言うと、
「フキョウだから」
と花ちゃん。え、もしかして、不況で家系が苦しくて生計を立てるために放浪の旅に?
「そうそう彼女は爪に火を灯すような日々から抜け出したくて…って違うわー!」
と苗ちゃんがノリツッコミで応じた。
「彼女、宣教師だから」

 花子ちゃんは教会の牧師さんの一人娘。お父さんは大道芸をしつつキリスト教の布教をする旅をしながら時々日本に帰る活動を続けていて、娘が産まれてもそれは続けられた。だから花子ちゃんも物心ついた頃から外国と日本を行ったり来たりだったという。
「今回は結構長かったなぁ。でももう中学生だし、卒業まで日本にいるつもり。優香にも今まで寂しい思いさせてごめんね。これからは一緒だから」
いつの間にかメイクを取ってトレーニングウェアに着替えた花子ちゃんが、優香ちゃんに言う。優香ちゃんは、
「ありがとう」
とだけ言うと、花子ちゃんの右手をぎゅっと握った。花子ちゃんも握り返して、二人仲良く手をつないで歩く形になった。
「お花とゆゆはウチら以上に幼馴染なんだよ。家も近いし。だから妬けるくらい仲がいいってわけ」
苗ちゃんが言う。
 私達は今から、その花子ちゃんの実家であるところの教会に向かっている。彼女が帰ってきたとの知らせを受けた渡辺先生と共に。転校手続きの書類を届けつつ家庭訪問というわけなのだが、私たちが付いて行っていいものか? とも思う。
「気にするな。牧師ったって気さくなただのオッサンだ。あ、褒めてんだからな? 私も親子ともども以前から知っている仲だし、用事のついでに帰国歓迎プチパーティーってトコだよ」
という先生の片手には大吟醸酒が握られている。日本の酒が恋しかろうからな、という先生の声が弾んでいるので、おそらく宴会のほうがメインの目的だろう。酒好きの先生が飲む口実を逃すわけがない。元々真耶ちゃんが幼い頃にこの村にやってきて神社に居候していたこともある先生は、真耶ちゃんの小さい頃からの交友関係も把握しているようだ。
 「でもやっぱり、キリスト教の牧師さんって外国の方多いんですね」
話の種にと思っての一言だったが、愚問だったようだ。
「教会だからってわけじゃないぞ? むしろ因果が逆だな。外国人が多く住む村だから教会が必要になったんだ」
鎖国が解けてしばらくすると、欧米出身の外国人が別荘地や観光地として日本各地を訪れるようになる。この村もその中の一つで、やがて定住する人も多くなり、彼らの信仰心を満たすために教会も誘致された、のだという。
 その歴史は知っていた。この村に来てから何度か聞かされたし、クラスでもカタカナ名前の子がいることにも気づいていた。でもそれを実感していなかったというか、自分の日常とあまり関係がないように感じていたのだ。
「まぁそれだけ、この村が多民族社会であることが普通になっているってことだろうな。意識しなくても暮らしていけるわけだから。そうだ、この辺来たからにはちょうどいい。佐藤の家、お花もまだ顔出してないだろ?」
「おじさんとおばさんには会ったけど、昼に来たんでナオちゃんには会ってない。まだ帰ってきてなかったから」
それはちょうどいい、と言う先生は早速道をそれた。しばらく行くと、
「佐藤漬物店」
という看板がかかったお店に到着した。先生は店先から中を覗くと、
「こんちは。ああ、買い物もあるんだけど、花を連れてきたんですよ。まだ直美と会ってないというんで。ええ、彼女の所にこれから家庭訪問行く途中なので」
佐藤漬物店の直美さん。つまり佐藤直美さん。今の時代にしては古風な名前かもしれない。
「直美はもう高一なんだが、去年まで私が教えていたからな。この店も私のお気に入りでな。酒に合うんだよ」
店に入った先生が早速品物を物色していると、奥から足音がした。その足音の主は花子ちゃんの姿を認めると、
「久しぶり! うちのお父さんからあなたが帰ってきたってさっき聞いたところなの! 良かったぁ無事に帰ってきてくれて」
と両手を握り合って再会を喜ぶ。
「お知り合いなの?」
「うーん、知り合いというか…あたしのイトコだから」
なるほど。青い目に茶色のウェービーヘア。白魚のような肌。漬物屋に白人の女の子というのも不思議な光景だが、これがこの村では自然なことなのだろう。お店の名前が入ったエプロンをしているので、店番をしているようだ。
「よっ。というわけで花がウチの中学通うことになったから、仲良くしてやってくれ。ちなみにこちらは金子と言って、今嬬恋の家に居候しているんだ」
「金子あづみです」
先生の紹介に続いて私も挨拶する。
「こちらこそよろしく、あ、お漬物味見してってくださいね」
エプロンの女の子に勧められていくつか味見する。美味しい。漬物屋に白人の女の子というのがミスマッチだがそれがかえって良い。
 でもそもそもの目的だった、佐藤直美さんとのご対面はどうなったのだろう?
「あ、ところで、直美さんはどちらへ?」
エプロンの女の子が一瞬キョトンとなったのが分かったが、先生の表情を見て何かを悟ったようだ。うふふ、と微笑むと、
「私が、佐藤直美です」

 佐藤さんの家で購入した漬物が、さらなる花子ちゃん家へのお土産となった。
「サトウという姓も、ナオミという名前も、英語圏で普通にあるからな。そもそもはソルブ人っていう民族だったようだが。佐藤の家はそのままそれに漢字を当てて日本の戸籍に登録したわけだ。あ、漬物屋も戦前からやってるから味は保障付きだぞ。塩辛いものを売ってる佐藤さんてのも不思議な話だが」
人を外見で判断してしまったことに後悔しつつ冷や汗で私は退散してきた。気にするような子じゃないから、と花子ちゃんが言ってくれるのが救いだ。
「こうやって見かけのギャップでビックリさせるのは、あたしたちの特権というか、それで楽しんでるところあるから」
と。渡辺先生が更に補足する。
「そういう遊びをできるのは、民族の垣根が低いことの証でもあるな。国籍とかにこだわってるとそれはなかなか出来んよ」
「ここでは、結構ありふれたことなんですか?」
あえて愚問をぶつけてみた。もしかしたら他にも面白いケースがありそうだからだ。
「あるよ」
今度は篠岡美穂子さんが答えた。友だちがやっぱりアメリカ人の血を引いているのだと。少し歩いたところで家の呼び鈴を鳴らすと、髪を短く切りそろえた背の高い子が出てきた。夕闇にも目立つ白い肌。パッと見、少年のようにも見える。。
「あれ、美穂に佳代じゃん。でも、随分大人数だな。…そこにいるのは、花か? 無事帰ってきたんだな。良かった」
もう花子ちゃんの家まで近いし、教会の娘さんということで地域とのつながりも深いのだろう。ちょっとサバサバした感じの話し方をする彼女は篠岡姉妹と同じ二年生の女子。彼女は私も知っている。スポーツが得意で、確かバスケット部の部長になったはずだ。
「おお、突然すまんな。お花が戻ってきたこともなんだが、実は金子がこの村の歴史と特徴を知りたいと言っていてな? ほらこの村は色々な国から人が集まっているだろう。そのあたりちとご協力いただけると嬉しいってことなんだが」
先生のその説明だけで、事情は察してくれたようだ。男っぽい口調で説明してくれる。
「ああなるほど。ただウチはじいちゃんだけは日本人っすよ。クオーターってことになるのかな」
そういえば彼女の苗字も鬼塚だった。この苗字が気に入っているという。勇ましい感じでいいっすよね、と笑う彼女は本当にサバサバしていた感じなのだが、佳代子さんのある一言で顔がこわばった。
「で、下の名前は?」
「…そ、それそこで突っ込むかなぁ…」
言うの恥ずかしいんだよな、と頭をかき、顔を伏せる。あ、彼女は日本には無い名前だぞ、と渡辺先生も横から口を出す。まぁでもこうなったらしゃあない、といった風に、ぼそっと一言、
「…ロリータ」

 「まぁでも、もともと英語圏では普通にある名前なのに、日本だとなんか変なイメージ付いちゃってるってのはあるわなー」
渡辺先生がフォローを入れる。まぁ慣れてるから、とロリータさん、というか鬼塚さん。根に持つ性格では無さそうだ。
 そんなわけで鬼塚さんと、先ほどの佐藤さんも合流、みんなで花子ちゃんの家である教会に到着。早速ご両親が出迎えてくれた。
「あらあら、ハナのために皆さんありがとねー。大したもてなしも出来ないけど、ゆっくりしていって下さいねー」
花子ちゃんのお母さんは当然白人の顔立ち。でも日本語が達者で、娘のことをハナと呼ぶし、日本的な謙遜を含んだ挨拶をするあたりもすっかりこの国に馴染んでしまっている。
「いやー、娘をすっかり連れ回してしまって、中学校の授業も追いつくのが大変だとは思いますが、どうか面倒見てくださらないですかねえ」
お父さんも洋画に出てくるような顔立ちをしていて、牧師の服装がよく似合う。しかしこの腰の低さとかいかにも日本の農村の気のいいおじさんって感じだ。
「いやいや、私たちもしっかりサポートしますから安心してください。それより今日は帰国祝いですから。早速開けましょうや」
あれ、手続きは? とも思ったがすでに大人たちは乗り気である。お父さんに案内されて教会の裏に進む。すると、なんと。

 縁側がある。
「ここで晩酌するのが好きでねぇ。今時分は虫の声とかを肴に飲むのが美味いのだよ。久々の日本の酒だ、飲むぞ-!」
お父さんはいつの間にか甚平に着替えている。すっかり日本人の感覚だ。しかし欧米の男性が日本の着物着ると結構サマになっちゃうよね。逆はなかなか難しい…と言うと日本のお父さん方はがっかりするだろうか。

 気がつけば、すっかり宴もたけなわ。あの、明日も学校あるんですけど、という私のたしなめ的意見は言うだけ無駄だろうけど。子どもたちも普通に同席して、ジュースや麦茶で盃を重ねている。しかし不快感がないのは大人たちの飲みマナーが良いからだ。欧米では人前で酔いつぶれたりするのは恥、と聞いたことがあるが、そういう西洋の良いところは取り入れているみたいだ。
 「ま、そうやってお互いがもとの国籍にこだわらずにいいところを取り入れることでこの村は発展してきたんだ。イギリス人が自国の文化にしがみついてたら漬物屋やろうなんて気にはならんだろ? ま、そういう素地があったからこそ、真耶のご両親は結婚できたんだろうな。神社の跡取りが金髪碧眼ってのも許されるわけだよ」
先生の解説には説得力があった。
 「じゃあ、木花村でなければあたしは産まれて来なかったんですね」
大げさにも聞こえるが、一理ある。真耶ちゃんのお母さんは元女優で、生まれも東京だ。だが、その結婚がスムーズに行ったのはやはりお父さんがこの村出身だったことが大きかったのだろう。
 もちろん大人に負けず、子どもも元気だ。数年間会っていなかった空白はあっという間に埋まったようだ。花子ちゃんと仲が良いのは優香ちゃんだけではない。苗ちゃんも、そして真耶ちゃんもだ。
「あ、真耶にもらったあれ、すごい効き目だった!」
旅立つ前、花子ちゃんは真耶ちゃんにプレゼントをもらったのだそう。
「ほら。このおかげで、元気で帰って来られたよ」
花子ちゃんがかぶっていたクラウンの帽子。その裏に何か書いてある。
「げんきなハンナちゃんとまた会いたい 嬬恋真耶」
 そう。真耶ちゃんお手製のお守り。文言が真耶ちゃんのお願いみたくなってしまっているが、花子ちゃんが元気で戻ってくるという結果は同じ事。いずれにせよ、どうやら効き目はあったらしい。
 しかし、教会の子が日本の神様のお守りを後生大事に持ち歩くってどうなんだろう、とは思うけど。牧師であるお父さんもそれを微笑ましく見ているから、いいのかな?
 「ところで、なんで優香ちゃんが家庭科部だって知ってたの?」
私はふと聞いてみた。
「ああ、だってメールのやり取りはしてたから」
なんと。恐るべしIT時代。離れ離れでも近況報告はできるのだった。

 それにしても、私も間抜けというか…。いや、気づいてはいたのだ。教室を見渡すと色んな民族の子がいるなぁとは。でも最近は日本に住む外国人も増えているし、とか思って疑問を抱かなかった。まぁ実際そうだと思う。ただ、
「ここまで異文化同士がうまいこと融合しちゃっている場所はそう無いだろうな。その意味ではまさに理想郷だと思うよ」
コップ酒を手にしながら渡辺先生がつぶやいた。確かに違う国の人同士がいさかいを起こすことはニュースでよく見る。それが無いこの村を理想郷だと言う先生の言葉は、月に光る金色の髪と黒い髪、茶色の髪と黒い髪が寄り添っている光景に裏付けられていた。

宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第八話

新キャラ登場です。今後の展開において重要な役割を果たす予定ですので応援してやってください。中盤の登場キャラ、直美があづみをからかうくだりとかは、自分のアイデンティティに自信が無いと出来ないですよね。それだけ自分たちのルーツに誇りを持っているというか、持たせてもらえる村の環境である、という点が伝わるとうれしいです。
ちなみにサトウという姓のイギリス人は、幕末の歴史を紐解くと出て来ます。またナオミといえばスーパーモデルが有名ですね。ナオミの夢なんて唄もありましたが。

宗教上の理由・教え子は女神の娘? 第八話

村のはずれの神社に住まう嬬恋真耶は一見清楚で可憐な美少女。しかし居候の金子あづみは彼女の正体を知ってビックリ! 二学期が始まったけど、学校大好きであろう真耶の元気が無い。理由を尋ねると…。しかしそんな停滞した雰囲気を打ち破る新キャラクター登場に沸く木花中。要はテコ入れ?

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-18

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著作権法内での利用のみを許可します。

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