同調率99%の少女(22) - 鎮守府Aの物語

同調率99%の少女(22) - 鎮守府Aの物語

=== 22 夏の合同任務1 ===
 提督が神奈川第一鎮守府との合同の任務の話を持ちかけてきた。久々の他鎮守府との合同任務に那珂達は様々な思惑を込めて参加を決める。鎮守府Aの艦娘達は鎮守府のある検見川浜を飛び出し千葉県の端、館山へと向かう。そこで艦娘を待ち受けるのは一体何か。

登場人物紹介

<鎮守府Aのメンツ>
軽巡洋艦那珂(本名:光主那美恵)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。本合同任務では観艦式に参加する。

軽巡洋艦川内(本名:内田流留)
 鎮守府Aに在籍する川内型のネームシップの艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

軽巡洋艦神通(本名:神先幸)
 鎮守府Aに在籍する川内型の艦娘。本合同任務には諸事情で参加せず。

軽巡洋艦五十鈴(本名:五十嵐凛花)
 鎮守府Aに在籍する長良型の艦娘。本合同任務には諸事情で参加せず。

軽巡洋艦長良(本名:黒田良)
 鎮守府Aに着任することになった艦娘。着任したてでまだ基本訓練なので当然本合同任務には参加せず。

軽巡洋艦名取(本名:副島宮子)
 黒田良とともに鎮守府Aに着任することになった艦娘。着任したてでまだ基本訓練なので当然本合同任務には参加せず。

駆逐艦五月雨(本名:早川皐月)
 鎮守府Aの最初の艦娘。秘書艦。本合同任務には途中から参加する。那珂と一緒に観艦式に参加予定。

駆逐艦時雨(本名:五条時雨)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

駆逐艦村雨(本名:村木真純)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

駆逐艦夕立(本名:立川夕音)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

駆逐艦不知火(本名:知田智子)
 鎮守府Aに在籍する白露型の艦娘。本合同任務には途中から参加する。本合同任務では海上自衛隊の特別体験入隊で合同訓練に参加し、なおかつ哨戒任務に参加する。

重巡洋艦妙高(本名:黒崎(藤沢)妙子
 鎮守府Aに在籍する妙高型の艦娘。唯一の重巡洋艦。本合同任務では支局長代理(提督代理)として現地で那珂たちの取りまとめ役。

工作艦明石(本名:明石奈緒)
 鎮守府Aに在籍する艦娘。本合同任務には技師として参加。隣の鎮守府こと神奈川第一鎮守府から参加する技師達とともに行動する。

提督(本名:西脇栄馬)
 鎮守府Aを管理する代表。本合同任務には前日打ち合わせまでは直接参加し、以後現地での指揮を妙高に一任して一旦鎮守府に戻る。

黒崎理沙(将来の重巡洋艦羽黒)
 五月雨・時雨・村雨・夕立の通う中学校の教師。本合同任務には五月雨達の学校の部の顧問・保護者として参加。

<神奈川第一鎮守府>
天龍(本名:村瀬立江)
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。村瀬提督の実の娘。本合同任務には若干嫌々ながらの参加だったが、那珂も参加するとあって態度をコロッと変えてウキウキの参加となる。

村瀬提督(本名:村瀬貫三)
 神奈川第一鎮守府の提督。西脇提督との提督同士のすり合わせで、艤装装着者制度側の最高責任者として現地に留まることになる。

駆逐艦暁
 神奈川第一鎮守府に在籍する艦娘。哨戒任務に加わることになる。

神奈川第一鎮守府の艦娘達
 鎮守府Aとは違い大人数のため、観艦式に参加する組、哨戒任務に参加する組、合同訓練に参加する組とそれぞれ存在。

<海上自衛隊、館山基地>
亥角一等海尉
 体験入隊組の監督官。

人見二等海尉
 体験入隊組の補佐役。その後哨戒任務時にも川内達の前に顔を見せる。

合同任務再び

 夏休み終了まであと1週間と数日と迫ったある日、那珂たちは、館山にある海上自衛隊の航空基地の正門の前に集まっていた。


--

 ことの始まりは遡ること数日前、長良と名取の着任が済んだ翌日のことだった。
 待機室に現れた提督の話を聞いて那珂たちは声を揃えて聞き返した。

「合宿??」

「あぁ。と言っても合宿も兼ねてって意味だけどね。」
「ええと……いきなりなんで、どーして?」
 代表して那珂が提督に聞き返した。それに提督が自慢気に答える。
「このところ目の前の海での練習が続いているだろう。同じ景色で行う毎日でそろそろ退屈してるんじゃないかと心配してね。俺から君たちへの暑気払いや気分転換になるプレゼントということで。」
「おー合宿ですか!いいですねぇ~本格的に部活動みたいで。あたしそーいうの憧れてたんですよぉ!」
「あたしもあたしも!行きたいっぽい!」

 真っ先に乗り気な反応を示したのはもはやおなじみの二人だった。
 対照的な態度を示したのは神通や時雨、そして那珂だ。再び那珂が先に尋ねる。
「いや~、日常の訓練っていったら、それが当たり前だと思うんだけど、なんでまたこのタイミングで?ていうか夏休みも半分切ってるんだけど。」
「そうですよ。長良さんと名取さんが着任なさったばかりですし。僕らの通常の訓練もやっと軌道に乗ってきたばかりでしばらく続けたいところです。」
「(コクコク)」
 時雨の意見に神通が頷いて同意する。通常の訓練の指導役が板についていた二人の、反論というには大した勢いがない意見に提督は一切動じずに切り返す。
「だからさ。そのチェック表のレビューの成果を見るチャンスだろ?」
 そう言う提督の言に那珂たちは互いに顔を見合わせてザワザワと言葉を交わし合う。
「まぁいいけど。ところでさっき合宿も兼ねてって言ってたような気がするけど、他になにか目的あるの?」
「あぁ。実は館山の海自の航空基地から任務の依頼があってね。任務込みってことなんだ。」
「えぇ~? っていうかそっちのほうがメインじゃん!なんで合宿とか言っちゃってるのさぁ!?」

 那珂が仰天して言うと、提督は特に悪びれた様子もなく後頭部をポリポリ掻きながら弁解し、そして説明し始めた。
「ゴメンゴメン。言葉が足らなかったよ。依頼任務という形ではあるけれど、訓練ができるのは本当だぞ。というも隣の鎮守府、つまり神奈川第一鎮守府の村瀬提督の取り計らいで、館山航空基地付近の哨戒任務に協力することになったんだ。もともとあちらの鎮守府が館山航空基地からの依頼を受けたものなんだ。この時期は艦娘たちを預けて第21航空群、つまり館山航空基地に勤める隊員のことなんだが、その隊員さんたちと一緒に訓練をしているそうなんだ。なおかつそれと合わせてここ数年の恒例行事として、海自と艦娘の共催で観艦式などイベントごとも合わせて催している。ヘリコプターフェスティバルが終わった次の月で、海自としても館山市としても共催の新たなイベントとして力を入れている。深海棲艦の出現で荒んでいる市民への鼓舞と海自に慣れ親しんでもらうためのイベントとしてね。哨戒任務はそんな行事を安全に進めるための、いわゆるコンサート会場の警備とかそういうのと似たようなものだ。」
 そう提督が説明し終わると艦娘たちは様々な反応を見せる。
「へぇ~そんなのあったんだ。てか館山って行ったことないよ。」
「あたしもあたしも~。」
「(コクリ)」
「うー私も行ったことありません。」
 那珂・川内・神通が自身の境遇を交えて返すと、五月雨もそれに続き、時雨たちも相槌を打った。

「そうだろう。だから行きたいだろ? 小旅行もできて、そこで隣の鎮守府の艦娘の皆さんと交流を深めて、海自の隊員さんたちの哨戒任務に協力できる。君たちの練度も上がるし対外的な交流を深められて一石二鳥だ。実はね、今回のイベントが大成功に終わったら、今後はうちと館山航空基地で個別に共催してもいいって言われてるんだ。だから今回の話は、俺としては全員で一丸となって取り組みたい。うちの鎮守府と君たち自身をうんとアピールしてくるんだ。」
 提督の説明には次第に熱がこもっていき、鼻息荒くなっていた。なに興奮してんだこのおっさんは……と向かいにいる艦娘たちは思ったが、気持ちはわからないでもないという心境は全員一致していた。

「まぁいいんでないですかねぇ~。提督がそこまで言うなら、参加してあげてもいいよ。」
「……命令じゃなくてどうですかってオススメなんだが、なんかその言い方はムカつくな……。」
「那珂の言い方にいちいち気にしたらダメよ提督。」
 五十鈴がそうフォローすると提督はため息混じりに言葉なく頷く。そんな二人の掛け合いを見て那珂はエヘヘと笑顔というよりもニヤケ顔を保っていた。

 那珂と五十鈴の反応はさておいて次に賛同を示したのは川内だ。賛成ついでに神通にも同意を求める。
「はいはい。あたしは全面的に賛成です。今すぐにでもそれ参加したいよ。神通もそうでしょ?」
「うえぇ!? ……えと、あの……訓練の一過程ということであれば。でもよその鎮守府と一緒に、つまり合同というのが……私、気になります。」
「そうだね。ある意味この前の緊急出撃のときよりも本格的な合同任務・訓練と思っていい。」
 提督の回答を聞いた途端神通は悄気げて表情に暗雲を立ち込めさせる。他の艦娘たちも提督の言葉の後に様々な反応を示し直す。賛成派は川内・夕立・村雨・長良で、中立が五月雨・不知火・五十鈴、そしてほとんど反対のような空気が神通と時雨・名取だった。そんな少女たちをまとめたのは妙高の一言だった。

「川内さんも神通さんもよその鎮守府の艦娘と一緒というのは気になるでしょうけど、環境や立場、考えの違いも踏まえて苦楽をともにすることはいいものですよ? 任務にせよ訓練にせよ。ただ、その……観艦式というのはよくわからないですが。」
「観艦式というのは、海軍によく見られるパレードです。日本でも150年前の旧帝国海軍以後も海自が護衛艦でやったりしてるそうです。その艦娘版と捉えていいですね。」
 苦笑いを浮かべながら提督は説明をした。妙高は穏やかな笑顔でなるほどと頬に手を当てながら反応を示した。

「それじゃあその合宿兼すごいイベントに参加するのはいいとして、うちら全員で?」
 那珂は皆が疑問に思っていたことを尋ねる。
「俺としてはそれがいいかなって思ってるんだけど、いかんせん実は別件で数人には残ってもらいたいのよ。これは後日ちゃんと話すけど。」
「それって五十鈴ちゃんたちのこと?」
「あ~~、ええといいや。違う。」
 自身の予想が外れて那珂は首を傾げる。提督が要領を得ない言葉を濁した反応しか返さないため、那珂は何か別の問題があるのだなと察した。

「もちろん五十鈴たちにも参加してもらいたいが、長良と名取の二人の基本訓練が始まるからギリギリまで二人の進捗を見てから決めたい。五十鈴、管理全て任せるけどいいかな?」
「えぇ、了解よ。任せて。ただ一ついいかしら? 二人の訓練の進捗が当日までに満足できるものじゃなかったら、二人も含めて、私は合宿に参加するつもりはないから。もし二人が参加したいって言っても私がさせないから、提督もそのつもりで構えていて?」
 五十鈴の厳たる考えによるビシっとした発言に提督は圧倒された。見た目通りの真面目さと迫力は那珂や川内よりも五十鈴のほうがまだまだ提督にとってある意味で脅威、またある意味で期待できる存在だ。
 提督は真面目な微笑みで返事をした。

「みんなもちろんプライベートの都合もあるだろうから、都合をつけてできれば参加してくれ。ただ宿の手配の関係上、○日までに俺か五月雨まで返事をくれ。いいね?」
「え~!?自衛隊の基地内に泊まったりできないの?」
 提督の説明に食らいついてきたのは川内だ。彼女の噛み付きに提督はぶっきらぼうに答える。
「そんなもんできるわけねぇだろ。俺達は訓練やイベントの協力者であって来賓じゃないんだから。それにお金はぜひ地元館山の宿泊施設に落としてくださいっていうお偉いさんからのお願いもあるんだよ。」

 提督の説明の端々に立場上の辛いやり取りを垣間見た気がした那珂は苦笑いを表情に浮かべる。那珂に合わせて神通もため息を吐いて、隣にいた那珂にだけ聞こえるような小声で誰へともなしにツッコむのだった。
「管理職って……大変なんですね。」
 神通の小声だが鋭いツッコミに那珂は思わず失笑するしかなかった。

--

「そうだ!合宿って名目なら、黒崎先生にも参加してもらったほうがいいよね?」と五月雨。
「そうね~。先生いてくれたほうが安心できそう。なんたって自衛隊の基地行くんですし~。」
「え~~~、先生呼ぶのおぉ!? あたしたちだけで自由にやったほうが絶対いいっぽい~!」
 村雨の言い分に不満げに愚痴る夕立。同じやりとりかつ同じ反応を示したのは川内だった。

「まさかうちらもあがっちゃんを呼んだりしないですよねぇ……?」
「ん? 呼んでほしーの?だったら呼ぼう。あたしとしても先生いてくれたほうが助かるんだよねぇ~。ね、神通ちゃん?」
「……はぁ。」
 那珂の提案に返事する神通。しかしそれは空返事だった。正直なところ、神通にとって先生を呼ぶか否かはどうでもよかった。それよりも気になること・気にすべきことがあったからだ。
「……神通ちゃん?どしたの?」
「え?あ、なんでもないです!まだお話が突然過ぎて頭の中で整理できていないだけです。」
「そーお? まぁ話聞いたばっかでちょっと心の準備がひつよーなのはあたしもなんだよね~。」

 艦娘たちの色々な反応を見ていた提督は話を進めるために一言で制した。
「そうだね。神通のいうことももっともだ。先生方には俺の方から連絡しておくから、君たちもご家族と話して予定を上手く都合しておいてくれ。」
「「「はい!」」」


--

 提督から合宿兼イベントの話があってから数日後、訓練の運用の打合せが終わった翌日、那珂は提督から呼び出され、五月雨・妙高とともに隣の鎮守府の村瀬提督とのテレビ電話に参加していた。

「初日は顔合わせと合同訓練、それから翌日の観艦式の準備。翌日は観艦式と哨戒任務です。我が局はこれだけの人数で臨みますが、そちらは何人参加ですかな?」
「ええと、こちらはこの人数で参加させて頂く予定です。」

 西脇提督が挙げたのは次のメンツだった。

那珂
川内
時雨
夕立
村雨
(不知火)
(五月雨)
(神通)
妙高

 計9人だが、そのうち五月雨と不知火は別件の用事が済んだ後、神通は名取の訓練サポートが終わった後での参加ということで遅れての参加と提督は考えていた。

「おや?それですと任務とイベントと訓練、人数足りないのでは? 参加させる艦娘を分けないつもりですかな?」
「え?」
 西脇提督は村瀬提督からの問いかけを受けて焦りを感じた。西脇提督の反応を気にせず村瀬提督は続ける。
「うちは哨戒任務に10人、観艦式に12人、訓練には別の10人を参加させる予定です。ちょうど艦娘になって間もない者たちがいるのでね、記念の意味を込めて自衛隊の訓練を体験させてあげるつもりなのですよ。」
「なるほど。ですがうちにはそこまで分けられるほどの人員がいないので……。それにうちにも艦娘に成り立ての者がいるのですが、訓練の監督をしている艦娘が進捗の関係上、新米の二人を参加させないと申してきまして。そのためうちとしては今回の日程には残りの9人で臨む予定です。」
「そうか。それでは合同訓練にはそちらは全員参加にしていただくとして、哨戒任務と観艦式はうちの艦娘の枠を2人分ほど空けておくので、合わせて4人参加していただくという形でいかがですかな? 訓練と任務、さすがに両方は体力的にも精神的にも辛いでしょう。そちらの参加する艦娘の年齢は?」
「ええと。下は14歳、上はさ……17歳です。当日は顔合わせをした後私は鎮守府に戻りますので、局長職の代理としてうちの妙高に全権委任するつもりです。こちらの女性がそうです。」
「ただ今ご紹介に預かりました、私、重巡洋艦妙高担当、黒崎妙子と申します。村瀬提督、よろしくお願い致します。」
「どうも。よろしく。」
「彼女はええと私と同世代なので、そのまぁ、よろしく頼みます。」
「あ~、はいはい。そうですな。」
 西脇提督も村瀬提督も、さすがに見た目にはっきり年代がわかる妙高こと妙子の年齢までは暗黙の了解で聞かないし言わなかった。
 ただ、同世代と口にした時の妙高の威圧感が一瞬すさまじいものになったことに提督は背中に威圧感を覚えたので、努めて平静を装った。

「それで、空けていただける枠にはどう艦娘を配置したらよいですか?」
「十分に動ける者であれば問いませんよ。」
「了解です。のちほどこちらの担当の一覧をお送りします。」
「一度西脇君には、事前の打ち合わせに参加していただこう。後日一緒に館山に行きましょう。」
「はい。了解しました。」

 その後提督同士の会話と艦娘たちの雑談は数十分続き、電話は切断された。


--

「さて、何やら無理を言って参加枠を開けてもらった気がするが、とにかくチャンスだ。誰を参加させるかだが……。」
 提督がそう言いながら那珂たち三人を見渡す。次の口を開いたのは那珂だ。

「入り込めるのは観艦式に二人、哨戒任務に二人だよね。うーん、どっちに参加しようかなぁ~?」
「お前は決まってるのかよ!?」
 提督にしては珍しいクリティカルなツッコミに那珂は満面の笑みでわざとらしい驚愕の様を示した。
「うえぇえ!?違うのぉ~?」
「ったく。まぁいいけどさ。観艦式って聞いた時から那珂、君に参加してもらいたいって思ってたんだ。」
 そう言って那珂をまっすぐ見る提督。
「え~。マジであたしでいいの? なんか催促したようでわっるいなぁ~~!」
 那珂は大げさに頭を掻いたり体を悶えさせて言葉を返す。那珂の言い方に五月雨と妙高は苦笑いするのみだった。
「アハハ……。那珂さんってば~おもしろいです。」
「フフッ。」

 掴みはOKと捉えた那珂は提督に話を促して次に気になることを尋ねた。
「ところで後一人は?」
「そうだなぁ。誰がいいかな?」
「ねぇねぇ提督。あたしの希望言っていい?」
 那珂の確認に提督はもちろん五月雨と妙高も?を浮かべて視線を向ける。那珂は一瞬の溜めの後、その視線を五月雨に向ける。
「ンフフ~~。最初に“さ”が付いて、最後が“れ”で終わる娘~~。」
「……さて、どなたかしら?」と妙高はわざとらしく尋ねる。


「ねぇ五月雨ちゃん、一緒に観艦式に参加しよ?」
 五月雨は那珂がしたよりも遥かに長い溜めの後、素っ頓狂な声を上げた。その表情には眉を下げて困惑が浮かんでいる。
「えぇ~~!わ、私ですか!? な、なんで?」
「そりゃうちの秘書艦様だからですよ。」
「い、今は妙高さんが秘書艦なんですけど……。」
「うちの最初の艦娘で秘書艦としても長い五月雨ちゃんだからこそだよ。うちの鎮守府としても今後の対外活動が効果的になるかもしれないイベントだから、ここはうちの鎮守府のある意味顔である五月雨ちゃんが公的な場に顔を出して、売り込んで行くべきだと思うの。」
「うーでも、目立つ場所ってちょっと苦手です。そんなところで、ドジしちゃったら、提督にも皆さんにも申し訳ないですよぅ……。」
 そう言って悄気げて完全に塞ぎこんでしまう五月雨。提督はそんな五月雨に視線を向けてハッキリと心配をかけ、そして那珂に向いて言った。
「俺としてはうちの顔という意見には賛成だが、ここで無理に観艦式に参加させてもなぁ。あまり目立つ場所は五月雨には重荷な気もするが……。」
「そんな心配性にならないでよ。あたしがちゃんとサポートするからさ。ね、お義父さん、娘さんをあたしにください!」
「誰がお義父さんやねん!それに娘じゃねぇよ。」
 那珂がノリノリで演技して茶化すと、提督はわざとらしい関西弁を交えてやはりノリノリでツッコミかえす。二人の掛け合いに外野となる五月雨と妙高は苦笑いを浮かべて見合っていた。

「五月雨はどうだい?やってみる気はあるかい?」
「……那珂さんが一緒にいてくれるのなら……、はい。」
 やや前のめりになり、視線の高さを合わせて優しく提督が尋ねると、五月雨はモジモジしながら口を開いて意思表示をした。
「そうか。まぁ那珂が面倒見てくれるなら安心しよう。それじゃあ観艦式には那珂と五月雨の二人で参加ってことで決定だな。」
「やった!お義父さんの了解を得られた!これで五月雨ちゃんはあたしの嫁!」
 那珂のおふざけに付き合うのに疲れた提督は面倒くさそうに軽くツッコむだけにして締めた。

「現場での立ち回りは那珂に任せる。練習とリハーサルもあるだろうし、基本的には隣の鎮守府の旗艦さんに従えばいいはずだ。頼むぞ。」
「うん。任せて。」
 那珂は自信満々の返事を提督に返した。


--

「それじゃあ次に哨戒任務のことなんだが......。」
 提督は哨戒任務への参加者を決める話題に切り替え、その担当をチェックシートによる艦娘の成績表の評価で決めようと視線を手元の資料に移し、指を紙の上で動かし始めた。しかし那珂がー声かけて注意を引き、制止させた。
「ちょっと待って提督。哨戒任務に参加させる人、あたしに考えがあるの。」
 提督はチェックシートの一覧のうえで動かしていた指を止め那珂に視線を向けて尋ねた。那珂は提督と視線を絡めた後続けた。
「哨戒任務には川内ちゃんと神通ちゃんの二人をお願いしたいの。」
「あの二人を?」
「そう。緊急の任務ではなし崩し的な初出撃になっちゃったから、今度こそ普通に出撃・任務をさせてあげたいの。」
 提督はやや俯いて思案する仕草を取り、那珂の言葉を噛みしめるようにゆっくりと返した。
「なるほどね。あの二人に任せたい、ね。あの二人の能力的には問題ないと踏んでのことなのかな? それだけ聞きたい。」
「うん。大丈夫って思う。川内ちゃんは社交性あって……まぁ趣味は偏ってるけど誰とでもすぐに仲良くなれそうだし体力もあってバッチリ、神通ちゃんは注意力があって哨戒とかそういうことうまくやれそうだから。ふたりが普通の任務に参加できることで、今後のレベルアップに繋がれるよう期待してるの。」
「川内なら確かに隣の鎮守府の人たちともやれそうだとは思うけど、神通は性格的にちょっと厳しいんじゃないか? それなら川内と経験者の駆逐艦の誰かを組ませた方がよくないか?」
 提督の疑問に那珂は頭を振って答える。
「ううん、初任務にしたいっていうのもあるんだけど、あの二人は二人で組んでこそ力を発揮できるって思うんだ。あたしの勝手な思い込みかもしれないけど、それを期待してるから、他の誰でもなく、二人で一組、二人揃ってやらせたいの。」
「……わかった。そこまで気にかけてるなら俺からは何も言わない。那珂に任せるけど、二人の意見もちゃんと聞いてくれよ。ここで考え過ぎて一人で盛り上がっても仕方ないだろ。」
「うん、それはわかってる。もし二人がやらないって言ったなら、その時はおとなしく諦めて提督のお考えを伺うよ。」
「五月雨も妙高さんもいいかな。那珂に任せてしまって?」
「はい! 私は全然問題無いです。」
「えぇ。私としても那珂さんのお考えということなら異存はありません。」
 五月雨と妙高という秘書艦経験者二人から認められた那珂は小さくガッツポーズをして得意げな笑みを浮かべて相槌を打った。


--

 その日の夕方、那珂は艦娘全員を待機室に集めて話をし始めた。
「……というわけなの。どうかな?」
 那珂が言葉をひとしきり出し終えると、すぐさま川内が反応を示す。
「あたしと神通で? マジでいいんですか!?」
「……実質、これが私たちの初任務ということなのでしょうけれど、でも……他の皆さんを差し置いて私たち二人でよいのしょうか。それに私は名取さんたちの訓練に……」
 そう言いながら神通が視線をそうっと向けたのは五十鈴と名取たちだった。五十鈴は神通の視線を受けて手を挙げて話を引き取って口を開いた。
「そうね。神通には名取の訓練に付き合ってもらってるわよね。でも神通がどうしてもっていうなら、私としても早めに解放するか今度の日にはこっちのことは気にしないでそっちに参加させてあげるつもりだけど、どう?」

 五十鈴がそう言って視線を神通に向けると、神通はうつむいた後ぼそっと答え始めた。
「わ、私……参加したいですけど……五十鈴さんとの約束があります。名取さんを、きちんと支えてあげたい。わ、わがままかもしれませんけど、私は合宿や任務よりも先約を優先させたいです。」
「ちょっと待ってよ。あなた、せっかくのまっとうな任務なのよ?私や名取との約束なんて、優先度的には任務にはるかに劣るわ。それに良い機会じゃないの。那珂が配慮してくれたんだから……。」
 そう言いかけた五十鈴の言葉に神通は口をしっかり横一文字に閉じて頭を横に振り、言葉なく返事をした。
 五十鈴と那珂は“はぁ……”とため息をつく。


「意外と頑固ね。でもそうすると那珂、あなたはいいの?」
「うーん。うーん。まさか神通ちゃんが断るとは思ってなかったから、考えがちょっとすぐに浮かばないよぉ~。那珂ちゃん困っちゃう。」
「も、申し訳ございません。に、任務が嫌とかそういうわけではないんです。那珂さんのおっしゃることもお気持ちも……」
「あぁ!いいのいいの!神通ちゃんの気持ちがもっとも大事だから。あたしのさっきの話はあくまでもあたしの考えであって単なる希望だから、うん。神通ちゃんのしたいようにしてくれて全然構わないんだよ?」
 那珂が必死に笑顔を作って明るく対処するも、神通の悄気た態度は変わらない。しかし目力は頑として自分の意見を曲げないという意志がにじみ出ている。それゆえ那珂も戸惑っていた。
 那珂が珍しい様子を出していたので、五十鈴は助け舟を出した。
「神通の意思を尊重するということでいいわね。それじゃあ代わりを立てましょう。」
「代わり……つまり代役ってこと?」
 五十鈴は那珂の確認にコクリと頷く。

「そっか。五十鈴ちゃんの言うことももっともだねぇ。神通ちゃんへのラブコールはあたし、諦めました! 気持ちを切り替えて代役、さてどーしよう? 誰か、神通ちゃんのピンチヒッターとして川内ちゃんと一緒に哨戒任務やってもいいって人いない?」
 那珂の問いかけに艦娘たちはザワザワと騒ぎ始める。その中で川内は相方が任務参加を拒否した事に少なからずショックを受け、表情を曇らせている。
 その中、率先してその空気を切り裂く一声をあげた者がいた。
「はいはい!あたしやりたいっぽい!!」
 新人の長良・名取以外のその場にいた全員が瞬時に予想出来たとおり、真っ先に名乗り出たのは夕立だった。それを制止したのも予想通り時雨で、今回の時雨のツッコミは普段より強めだった。
「ゆうはまた……。人見知り激しいの忘れたの? 僕もますみちゃんもさみも、君を参加させるのは心配だから反対。ゆうだって川内さん以外に知り合いがいない中で出撃なんて嫌だろ?」
「うーー。でもあたしやりたいんだもん! ねぇねぇ川内さん!いいでしょ~、あたし連れてってよぉー!」

 夕立から甘える気満点の猫撫で声による懇願を耳にした川内は口の端を緩ませながらも表情は凛々しく保とうとする。結果笑っているのだか起こっているのだかよくわからない薄らにやけた表情が生まれてしまっていたが、誰も気にしないでおいてあげた。
 妙な顔を整えつつ視線を送ってきた川内に対し、那珂は彼女を横目に見て、あっさりとした言い方で突き放した。
「誰を神通ちゃんの代役に立てたいかは、川内ちゃんに任せるよ~。」
 頼れる当てが外れた川内は仕方なしに那珂から視線を目の前に戻し、目を瞑って数秒小さく唸った後、ゆっくり口を開いて宣言ばりに声を張って言った。
「よし。時雨ちゃんお願い!」
「だからゆうはまずいですって……え?」
「だから、時雨ちゃん。お願い。」
「ぼ、僕です……か!?」

 時雨はまさか自分が選ばれるとは夢にも思っていなかったのか、普段通りの静やかさではあるが明らかに戸惑った。そして彼女が発する、彼女自身を包む周囲の空気がピリっと緊張したものに変わる。その緊張感は隣で目を見開いて口をパクパクさせている夕立に依るものでもある。
 そして川内はそんな時雨の聞き返しに答え始めた。
「うん。あたしさ、白露型の娘たちの中ではさ、なんだかんだで時雨ちゃんとだけほっとんど喋ったことないしよくわからないんだよね。だから時雨ちゃんとも仲良くなりたいから、一緒に任務したい。ね、時雨ちゃん、頼むよ?」
 キリッとした目つきで熱い視線を伴って川内が投げかけてくる言葉は、直線的であるがために、時雨の心は揺さぶられた。心に響かないわけがない。
 時雨と同時に別の意味で心に響いたのは夕立だ。時雨がドギマギして赤くなっていると、一方の夕立は表情に不服さをモロに浮かべて顔を真っ赤にし、涙目になっていた。
「うーー川内さんのいじわる!!なんでなんで!? あたしと川内さんなら絶対強いっぽい! 夜だって深海棲艦見えるのあたしたちだけなのにぃ!!」
 暴風雨のように癇癪を起こし始める夕立を見て川内は慌てて説得しにかかる。
「ゴ、ゴメンごめん。別に夕立ちゃんが嫌とかいじわるしたいわけじゃないんだ。夕立ちゃんとは一度一緒に出撃してるじゃん。だから、今回は時雨ちゃんなだけでぇ~……。」
「うーーーー。」
 川内の説得はいまいち響かないのか、夕立の不満は口から唸り声とともに表わされる。

 この夕立を不機嫌なまま話を進めると後で中学生組が面倒だと察した那珂は一つ提案をした。
「そだ! 夕立ちゃんにも加わってもらお!」
「え!?」
 川内は目を口を開いて驚きを示した。時雨もおおよそ同じ驚き方をし、夕立はその一言に驚きよりも湧き上がる喜びを隠さずに示す。
 さすがに困惑していた川内が那珂に言い返した。
「で、でも参加できるのは二人までなんでしょ? 今から隣の鎮守府の提督を説得するつもりなんですか?」
「うん。説得というよりも提案かな。うーんっとね。本来の哨戒任務は悪いけど人選は戻してもらってそのままということで。あたしに名案があるの。これはうちに川内ちゃんと夕立ちゃんがいるからこそやれるかもしれないこと。」
 言及された川内と夕立は全く意味がわからんと要領を得ない表情を浮かべて顔を見合わせる。時雨ら他の艦娘は呆けている。
 そんな一同の様子を気にせず那珂は皆を近寄らせて明かした。

「あたしたちだけで哨戒任務をやらせてもらうんだよ。……夜にね。」
「夜!?」
 那珂以外の艦娘は一斉に聞き返した。
「い、いいのかな……大人に内緒で勝手にそういうこと決めちゃって。」
「いいっぽい?だってあたしと川内さんが夜に役に立てるのは本当だし。」
 その案に素直に喜ぶが、川内には困惑を消せない気がかりさもあった。そんな川内に非常に楽観的に言い放つ夕立に、川内は弱々しく反応する。
「あ、あぁうん。それは嬉しいんだけどね。」
「川内ちゃんは普段強気なのに変なところで心配性なんだねぇ~。」
 那珂が茶化し混じりに気にかけると、川内はやや語気を強めて言い返した。
「し、失礼な! あたしだって慎重になるところありますよ。」
 川内が気にしていたのは、那珂が示した案を本当に西脇提督と隣の鎮守府の提督が許可してくれるのか、権力的な安心が得られるのかだった。川内の気にする面を察した那珂は言った。
「もちろんあたしたちだけで勝手にするわけじゃないよ。ちゃんと提督たちを説得して話をつけるから。まぁあたしに任せてよ。」

 那珂の提案とフォローを受けて困惑を幾分解消させるが、それでも全てが全て心配を消せない一同。
 意気揚々と執務室に向かう那珂の後ろには、五月雨・妙高と川内・夕立が付いていくことになった。


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 執務室で那珂は哨戒任務に参加するメンバーたる川内と神通の了解を得たことをまず伝え、そして追加の提案を口にした。
 それを聞いて提督はやや俯いて考える仕草をすると、顔を上げて言った。
「なるほど。神通がね……。あの子は結構意志強いところがあるんだな。わかった。それから、そういえば川内たち二人は夜でも深海棲艦が見えるんだっけか。」
「うん。だからそれを交渉のカードにしよっかなって思ってるの。」
 那珂のセリフに提督は合点がいったという表情をする。
「二人のその能力はうちの強力な交渉条件になりそうだな。あ~、那珂がさっきのテレビ電話の時に気づいてくれていればなぁ、もっとスムーズだったんだけどな。」
「ゴメンね。あたしもついさっき思いついたことだからさ。でも提督がノッてくれてうれしーよ。」
「愚痴っていても始まらないな。よし、早速村瀬提督に交渉してみよう。」
 そう言って提督は電話をかけ、事情を村瀬提督に伝えた。
 提督が電話を準備する最中、那珂は川内に向かって無言でウィンクをした。その表情が「ね、なんとかなったでしょ?」と言わんとする意味を、さすがの川内でも感じ取ることができた。

 村瀬提督はその提案に最初は怪訝な顔をするが、思うところがあったのか西脇提督の言にやや渋った表情を氷解させて快く承諾した。なお、川内と夕立の特殊能力に関しては以前の緊急任務で夕立と一緒にいた自分の鎮守府の球磨が証言に加わったことで信頼を強めた。
 那珂の提案は晴れて鎮守府Aの意見として承諾してもらえた。

「……それじゃあ話は決まったな。改めて説明しよう。観艦式当日の日中の哨戒任務は隣の鎮守府が担当、で、前日夜の哨戒任務は我々主体ですることになった。さあ、那珂と川内は参加するメンバーを決めておいてくれ。」
 提督の合図で二人は顔を見合わせて頷きあい、安心してメンバー決めをすることにした。
 ただ、夜の哨戒任務に携わるのは鎮守府Aの面々だけではない。今回の任務とイベントは隣の鎮守府としての合同のため、監視役として隣の鎮守府より一人だけ艦隊にメンバーが派遣されることになり、結果として鎮守府Aから出撃する艦娘は5人となった。
 川内・夕立・時雨・村雨、そして不知火。五月雨と不知火は一日目の夕方頃までには館山入り出来る予定であるが、直前の仕事の作業量を踏まえて、負荷が少なく収まりそうな不知火が選ばれた。


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 その日の夜、提督から艦娘ら全員の携帯電話にメールで通知が届いた。当日の各自のスケジュールと役割分担の一覧、そして宿泊する宿、その他連絡事項が記載されたメールだ。
 律儀な提督ならではの適切に改行が施された事務感満点、見やすさ満点の文面だ。それを見て那珂を始めとして艦娘らはいよいよ他鎮守府との合同イベント(提督からの名目上は合宿)への意気込みを様々な感情とともに胸に抱く。

 しばらくすると、那珂は再び提督からメールを受信した。宛先は光主那美恵とあり、他には誰も入っていない。CCにすらない、完全に那珂一人宛のメールだった。

「ん? なんだろー?何か忘れたことあるのかな~あのおっさんめぇ~。」
 虚空に向かって今ここにいない人物に対する軽口を叩きながら文章を開くと、那珂は読み進めるうちに心臓が思い切りドクンと跳ねるような感覚に陥った。

「今回の合宿兼任務、隣の鎮守府に混ざっての参加ですが、主役はあなたです。私としてはあなたに賭けています。哨戒任務も大事、訓練も大事ですが、観艦式が一番大事です。メインイベントですので一番目立ちます。目論見としては那珂、あなたがうまく目立ってくれることです。そうすれば結果的にうちの鎮守府の印象も高まる。そしてなによりあなたは自分の夢に近づけるんです。今まで後輩の教育に力を使ってきた分、そろそろ自分のために動いて、顔を売っておくのもよいかと思います。俺は、君の夢を忘れていないよ。それだけは理解して欲しいです。今まで君に色々任せっきりでゴメンな。」

「え……?」

 那珂は提督から不意に触れられた自身の根源たる要素に戸惑いを隠せず呆けた。開いた口が塞がらない。

 そうだ。何というものを忘れていたのか。
 子供の頃から夢見てきた。大好きだった祖母の生きた道。大事だったはずなのに。
 忙しくて、艦娘自体のことに注力しすぎてて最近忘れていた。

 忙しさにかまけて自分の夢を忘れるなんて、我ながらその本気度が疑わしい。本気で艦娘であることとアイドルを目指すなら、今度の様々な諸団体が共催するイベントは確かにチャンスだ。自分が忘れていたことを、この西脇栄馬という人はちゃんと覚えていて考えていてくれたのだ。
 諦めて、この人の想い人との関係を応援する・支援すると誓ったはずなのに、いちいち心が揺さぶられる。
 嬉しい苦しさ。
 夢を叶えたい。それと同時にこの男性に自分を見てもらいたい。それが単なる注目なのか、もっと真なる想いを込めてのものなのか、答えを出すのが怖い。
 ハッキリしない自分を奮い立たせる。
 今はただ、目の前の目的を完遂すべく、意識を反らしておきたい。
 目下の考えるべき事が一段落していた那珂は、夢への長期的な道はひとまず置いといて、短期的な道の歩き方に注力することにした。

 そして数日後、当日から行ける艦娘たちは朝早く鎮守府Aに集まった。

いざ館山

いざ館山

 館山に朝から行ける艦娘たちは、鎮守府Aの本館ロビーに朝7時に集まることが言い渡されていた。確実に遅刻しそうな川内のために、那珂は朝5時すぎから何度か電話とメッセンジャーで連続起床攻撃をしかけたが、集合時間ギリギリで本館へと駆けこむはめになった。原因たる川内は悪びれた様子なく、ただ
「ハハッ、すみませ~ん。休みの日って早起きしたくない質なんで。」
と言い訳にも満たないセリフを発するのみだったので、那珂は文句を言う気をなくした。

 那珂と川内がロビーに到着すると、すでに時雨たちは集まっていた。合宿には行かない五十鈴と神通、そしてまだ行かない五月雨もなぜかいる。
「あっれぇ~、三人ともいるし。どーしたのさ?」
「私は見送りよ。神通はいつもどおり朝練。見送りも兼ねてね。」
「私も見送りです!今日は秘書艦なので!」
 合点がいった那珂と川内はコクコクと頷いておしゃべりに興じ始めた。

 しばらくすると提督が正面玄関から入ってきた。
「おぉ、那珂と川内も来たな。みんなの艤装をトラックに載せるから、各自装備が全部揃ってるか確認してくれ。あと、制服がある人は制服を、それ以外の人は衣類の申請の通りに着替えてくれ。それから黒崎先生は申し訳ございませんが、みょうこ……ええとお姉さんと一緒に細かい確認引き続きお願いします。」
「提督、艦娘名でいいですよ私は。どちらも黒崎姓で呼んだら紛らわしいですし。」
「そ、そうです……。私は先生という呼び方だけでも結構ですよ?」
 そう言って妙高のしとやかなツッコミに続いたのは、五月雨たちの中学校の艦娘部の顧問、黒崎理沙だ。
 結局、各学校の艦娘部顧問としては都合が唯一合った理沙だけが参加することになった。
「わー先生先生! 先生と旅行っぽい!楽しみ~!」
「フフッ。私も皆さんと出かけるのは楽しみなんですよ。」と理沙。
「もう、先生もゆうも……。旅行じゃなくて合宿兼任務なんだからねぇ。」
「ご、ゴメンなさいね村木さん。先生も早く艦娘になれるよう、今回皆さんの活動をしっかり見させてもらいますね。」
 村雨が二人の反応に若干呆れてツッコむと、理沙は申し訳なさそうに謝りそして意気込みを口にした。
「私も先生と一緒に行きたかったですよぅ……。」
「まぁまぁ。夕方以降また会えますよ。それまで秘書艦のお仕事頑張ってくださいね、早川さん。」
 一人だけ寂しそうな口調なのは五月雨だ。そんな五月雨を見て理沙は従姉たる妙高とは異なる優しげな雰囲気でもって慰めるのだった。

 そんな中学生組と教師のやり取りを眺めて那珂は五月雨たちが羨ましなとぼんやり感じた。


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 提督から今回の話を聞いた翌々日、那美恵・流留・幸は揃って学校へ行き、阿賀奈に事を伝えた。話自体は提督から伝わっているはずだが、自分達の口から伝えて同行を願えないか伺いを立てたかったのだ。

 一部の部活動で生徒がいる以外、夏季休暇中の学校には生徒は誰もいないため静けさが新鮮だ。那美恵達は校舎に入り職員室を目指した。

「失礼します。」
 那美恵が代表して断ってから入室する。職員室には阿賀奈の他、数人の教師がいた。教師陣も夏季休暇ならではの少なさだ。
 阿賀奈は那美恵らに気がつくと小振りな手の振り方で合図して呼び寄せた。しかし口ぶりは普段通りやかましげだ。
「あ、光主さんたちぃー!」
 阿賀奈のデスクのそばまで行き、那美恵が説明を始めた。
「先生、多分提督から話いってるかと思うんですけど、8月の○日から3日間、艦娘の活動で館山に行くことになったんです。それで、先生にもご同行願えないかな~と思いまして。」
那美恵の説明に阿賀奈は待ってましたと言わんばかりの満面の笑顔で言った。
「ウフフ。は~い! 私ってば顧問ですもんね。合宿ということなら参加しないワケにはいかないわね~!○日からね。えぇ良いわy
「四ッ原先生! 何をおっしゃってるんですか!? 」
突然話に割り込んできたのは一学年担当の主任教師だ。
「その日は一年生担当教職員の研修会の後期日程のまっ最中でしょう! ダメでしょ勝手に口約束しちゃあ!」
「ひぇ!? で、でも……お国にかかわることですしぃ~。」
「四ツ原先生はまだ艦娘に着任していないんでしょう?今話しを聞く限りだと西脇提督や他の方も参加されるそうじゃないですか。それにですね……」
 クドクドとひたすらツッコミを受け叱られ始める阿賀奈。普段の底抜けに明るい雰囲気はどこへやら、シュンとしょげるという表現がピッタリすぎるほどの態度でもって一学年主任の教師に叱られていた。
 その雰囲気に口を挟めなかった那美恵達は一言小声で断ってからそうっと職員室を後にした。
「そ、それじゃあ失礼しまーす。また別の機会ということでぇ……。」

 職員室からそそくさと出てきた那美恵たちは足早にその場から離れ、下駄箱付近まで戻ってきてからようやく口々に喋り始めた。
「はぁ~~。ま、先生も忙しかったということで。」と那美恵。
「ハハハ。あれじゃあ仕方ないっすよね~。そうですよね~~。うん。」
「内田さん……そんなに露骨に嬉しそうにしなくても……。」
 流留の言い分に呆れた幸がツッコむ。しかし流留は面倒くさい保護者がいなくてすんだというその一点の未来が垣間見えただけで心躍り底抜けに安心していたため、親友の言葉が届くことはなかった。


 その後那美恵たちは続く足で鎮守府に行き、提督に直接説明した。するとその日は秘書艦をしていた五月雨から、同様の交渉の過程と結果が報告された。
 五月雨こと早川皐月達からの学校から、艦娘部顧問の黒崎理沙が参加することになった。(合わせて不知火こと知田智子からも、自身の中学校の艦娘部顧問の石井桂子も参加できないという事実が明かされた)
 つまり今回の館山へは、各学校の艦娘部としては五月雨たちの中学校からのみ教師が同行することに決まった。

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 艦娘達は工廠へと向かい、そこで明石や技師らが積み込もうとしている自身らの艤装のパーツを確認・着替えを済ませ、その旨提督に報告した。
 その間提督と妙高そして理沙は艤装以外の身支度を整え終わり、本館の入り口前で待っていた。

「それじゃあみんな、出発するぞ。トラックは明石さんが、こっちの車は俺が運転していく。今回は大きい車を借りてきたから、全員ゆったり乗れるぞ。館山までは順調に行けば大体1時間50分くらいだ。妙高さん、助手席おねがいできますか? 黒崎先生は申し訳ないけれど、生徒さんと一緒に中列の座席にお願いします。」
「はい、承知いたしました。」
「構いませんよ。」
 丁寧に返事をする妙高と理沙。仕草や答え方はさすが従姉妹同士と言えるそのものである。無駄のない動きで子供たちの案内や小荷物を捌く妙高の様は、旦那の働きの意図を理解して的確に立ち居振る舞う良妻の様である。理沙の夕立達を優しく諭して促す様はさしずめ母親だ。
 那珂は妙高と理沙のしとやかで大人な動きをチラチラと気にし、見惚れていた。いいとこのお嬢様方だったりするのだろうか、それとも歳を重ねれば身につく相応の振る舞い方なのだろうか。どちらにせよ、自分には真似できぬ雰囲気だし、もう一人の秘書艦にもあと十数年必要になる。
 あの従姉にしてあの従妹ありといったところなのだろうか。妙高の仕草立ち居振る舞いを受け継いだと思われる黒崎理沙その人、あんな女性が教師としてそばにいてくれるというのは、時雨たちにとって大人の女性としての理想、頼もしかったりするのだろうか。
 那珂は前の座席の2箇所の様子をボーっと眺め、思いにふけっていた。

 出発間際、五月雨は那珂たちが乗り込んだ車に手を振って期待に満ちた笑顔で五十鈴・神通らと一緒に見送りをしている。
 提督は窓から顔を出し、五月雨を近くに寄せて何かを伝える。それに対し五月雨は元気よく返事をした。
「それじゃあ五月雨、よろしく頼むよ?」
「はい!任せて下さい。あの……早く戻ってきてくださいね?」
「おぅ。」
 最後に五月雨による意図せぬ猫なで声気味の声色で囁かれた提督は若干照れを醸し出しながらも返事をし、アクセルをゆっくりと踏んで車を発進させた。

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 館山自動車道を通って千葉県を南下、休憩一回挟んで那珂たちは館山駅を車中から眺めていた。9時近くなっていたので眠気もすっかりなくなり、初めて見る地方都市の光景を少女たちは興味津々に眺め、あれやこれやとおしゃべりに興じ続けている。
 運転する提督と助手席の妙高は声のボリュームを下げて2~3言葉を交わし合っている。那珂と川内が座っている三列目の座席からではその内容を聞き取ることはできない。

 ほどなくして提督が運転する車と明石と付き添いの初老の男性技師の乗るトラックは海上自衛隊、館山航空基地の正門までたどり着いた。
 一旦車を止め、提督は正門の警衛所から出てきた警備員に艦娘制度の管理者たらんとする証明証を見せ事情を話した。最初は訝しやな表情で提督を睨みつけてきた警備員も、その証明で曲がりなりにも国の一制度に携わる人物と理解すると、態度をコロッと変えて挨拶をし、内線で通信をどこかにし、提督ら鎮守府Aの一同を基地内へと迎え入れた。

 指示されるままに駐車場まで車を進め、ようやく停めると那珂たち艦娘らは我が一番とばかりに降り、基地の雰囲気を吸うように堪能し始め黄色い声をあげる。
「おーい、庁舎はこっちだと。ホラ行くぞ。」
 そう提督が促すと、那珂たちは返事をして従い提督の側に近寄る。
「ねぇ提督!艤装はどうするの?」
 川内が質問する。するとその質問には明石が答えた。
「指示があるまでこのままですよ~。まずは挨拶に行かないと。ですよね、提督?」
 明石の確認に提督はコクリと頷いた。

 提督が那珂たち艦娘を引き連れて本部庁舎前まで行くと、一人の人物が近寄ってきた。
「千葉第二支局の西脇様と艤装装着者の方々ですね。私は三等海尉の西木田と申します。皆様をこれからご案内させていただきます。よろしくお願い致します。」
「こちらこそよろしくお願い致します。」
「よろしくお願い致します!!」
 提督が代表して挨拶し返すと、那珂たちも声を揃えて挨拶した。


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 提督や那珂らが案内されたのは、とある小会議室だった。まだ隣の鎮守府の面々は来ていないとのことで、その部屋でしばらく待機していることになった。
 緊張のためか那珂は若干催してきた感じを受け、妙高や明石にそれとなく伝えて部屋を出た。帰り道、小会議室に戻ろうとするとちょうど見知った顔と廊下で鉢合わせした。

「あ!天龍ちゃん!」
「あっれぇ!那珂さん!あんたも今回参加するのか!」
「うんうん!そっか!天龍ちゃんも? うわぁ~嬉しい~~!」
 那珂が真っ先に出会ったのは、隣の鎮守府の天龍こと村瀬立江だった。天龍たる少女は村瀬提督の数列後ろで他の艦娘たちに混ざって歩いていた。
 見知った顔を見て那珂は途端に気持ちが弾み、この後の出来事の期待感がさらに増す。施設員に案内されて進む村瀬提督ら隣の鎮守府の艦娘らは人数が多いため、別の部屋に通される様子だった。それを見て那珂はすぐさま自分たちが案内された小会議室に戻った。

「ねぇねぇみんな。○○鎮守府のみんなが来たよ!さっきそこで天龍ちゃんに出会った!」
「お、村瀬提督のご到着か。それじゃあもうそろそろだな。みんな、失礼のないようにしてくれよ。」
「「はい!」」

 ほどなくして先ほどの海尉がやってきて、那珂たちを案内し始めた。
 その場所は先程いた小会議室よりも二回りほど大きな会議室、というよりも講堂だった。すでにパイプ椅子と長机が数列置かれており、隣の鎮守府の面々はどこに座るかワイワイとはしゃいでいる。
 西脇提督も促され、那珂たちを所定の場所に静かに移動させて座らせた。

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 提督の右隣に着席していた妙高と理沙。提督は前方や左の海上自衛隊や神奈川第一の面々に視線が向いていて気づかなかったが、妙高は右隣にいる理沙がソワソワ落ち着かない様子であることにすぐ気づき、小声をかけた。
「どうしたの理沙?」
「え……う。私、こういうところ初めてだから緊張しちゃって。」
「教師になって何年経ってるの? 大勢の人の場なんか慣れたものでしょう。」
 理沙のこれまでの事を従姉妹同士の情報ネットワークで知っていた妙高は素直に疑問とツッコミをぶつけた。それに対し理沙の返事は芳しくない。
「だって……子供達相手と大人しかも自衛隊とか国の人がいる場は全然違うよぉ。お姉ちゃんは緊張してないの?」
「私だって緊張しています。けれど、何も取って食われるわけじゃないんですし、心慌てさせるだけ損ですよ。理沙はもうちょっと図太くなりなさい。」
「……お姉ちゃんはマイペースすぎるんだもんなぁ……。」
 提督の隣に座っている黒崎(従)姉妹はヒソヒソ話し、仲の良い従姉妹同士の雰囲気を醸し出していた。そんな大人二人の様子を後ろの席で見ていた那珂、そして顧問たる教師の素の一面を垣間見た時雨たちは、そんな光景を肴に一杯ならぬ一喋りをヒソヒソとするのだった。

 そんな小声のお喋りが続いて数分後、講堂に数人の人物が入ってきた。彼の人らは館山基地に籍を置く、海上自衛隊の幹部たる顔ぶれであった。緊張感が一気に高まり、自然と全員が口を閉じて壇上に視線を向けた。


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 数人の幕僚が講堂の壇上に並ぶと、司会役の海尉が脇に立ち、進行し始めた。
「それでは208x年度、館山市、館山航空基地第21航空群合同主催、艦館フェスタ(かんたてフェスタ)の前日打ち合わせを行います。今年も深海棲艦対策局および艤装装着者管理署神奈川第一支局に共催をお願いしておりますが、今年より、深海棲艦対策局千葉第二支局にも合同で参加していただくことになります。前日の最終打ち合わせということで、改めて紹介をさせていただきます。それではまず、今回のフェスタ実行委員会委員長、三等海佐の鯉住が挨拶を述べます。」

 そう言って司会は合図を出す。当の海佐は壇上で一歩、それから数歩歩み出て口を開いた。
「えー、実行委員会委員長、三佐の鯉住です。今回はフェスタの実行委員会の委員長を勤めさせていただいております。艦館フェスタでは、海上と沿岸地域被害を与え続ける深海棲艦に心身を悩ませ続ける市民の皆様に対し、心から楽しんでいただき、そして安心して日々過ごしていただけるよう、アピールする場であります。我々第21航空群は海上自衛隊の一部隊として、従来の海上警備をさらに強化して、深海棲艦の脅威から一般船舶や人々の救護をすべく日夜活動しております。ただ我々の力では深海棲艦の侵攻に対し、直接的な抑止力となりえていないことは事実です。深海棲艦への直接の打撃力として、艤装装着者……通称艦娘の皆様の活躍があってこそ、我々も救護活動や警備活動を遂行できるのであり、協力関係にあってこそ保てる平和だと痛感しております。今年のフェスタを通じて、皆様と引き続き厚い関係を保てることを願っております。それでは関係各位の紹介に移らせていただきます。」
 幕僚の紹介と意気込みが語られると、司会はそれに会釈をして次にそれぞれの団体の長に合図を送り、自己紹介を促した。

 館山市の市議、そして次に隣の鎮守府こと神奈川第一鎮守府の村瀬提督が自己紹介をし、そしていよいよ西脇提督の番になった。西脇提督は緊張の面持ちで先頭の座席から立ち上がり、壇上にあがり、全員が顔を見られる場所で言葉を発し始めた。
「深海棲艦対策局千葉第二支局、支局長を勤めております、西脇栄馬と申します。この度は神奈川第一ちn……支局の村瀬支局長のお計らいをいただき、こうして来るべき記念行事の場に加えていただきましたことを、大変喜ばしく存じます。弊局ではようやく艤装装着者が10人を超え、訓練体制・人員を適切に派遣できる体制が整いつつあります。今回は選りすぐりの者を準備させていただきましたので、どうかよろしくお願い致します。」

 西脇提督の自己紹介が終わると、ほうぼうから拍手が発生する。本音はどうであれ、関係的には歓迎されている雰囲気が広がる。提督の紹介を席で見ていた那珂たちは密かにゴクリと唾を飲み込んで緊張感に耐えていた。

 各団体の一通りの自己紹介と挨拶が終わると、司会進行からスケジュールが発表された。
 話が進むと、隣の鎮守府こと神奈川第二鎮守府の艦娘の何人かはこれまで数回館山入りし、観艦式の立案とテストを担当していたということがわかった。那珂は任せてくれと先日大見得を切ったばかりだが、ぶっつけ本番にも近いこの直前のタイミングで加わることに実際は不安を隠せない。提督は観艦式の事前の打ち合わせに自分らを潜りこませられなかったのだろうかと提督の落ち度すら気にかけ始めた。
 だがその不安は村瀬提督の口により解消された。

「例年通り、観艦式は我々神奈川第一のメンツで行いますが、今年は千葉第二の艦娘にも加わってもらいます。とはいえ基本的な練習の度合いが違うかと思うので、千葉第二の方々には無理のないパートを割り当てております。その演技の部分に集中していただければと思っています。そのあたりは、西脇支局長と話をしてありますので、よろしくお願い致します。」
 そう言う村瀬提督の言葉を受けて、西脇提督は中腰になって四方へ会釈をする。そして口を開いた。

「この度は準備の押し迫った中で村瀬支局長には無理難題を聞いていただいて、真に頭を何度も下げる思いでした。この観艦式に弊局から参加させる艦娘を紹介させていただきます。それじゃあ那珂、頼むよ。」
 西脇提督は最後の一言を小声で言った。那珂は今までまとっていた緊張感を小さな深呼吸により落ち着け、しずしずと立ち上がって自己紹介を始めた。

「千葉第二支局より、観艦式に参加させていただくことになりました、軽巡洋艦艦娘、那珂を担当しております、○○高等学校二年生の光主那美恵と申します。初めての行事参加に胸が張り裂けそうな思いで緊張もしておりますが、皆様のご迷惑にならないよう、担当の演技に注力いたしますので、どうかよろしくお願いします!」

 那珂の無駄のない自己紹介と意気込み、年頃の女子高生らしからぬ堂々としたその様に、四方八方から拍手が鳴り響く。那珂は会釈を拍手のした方向にし続けながら着席した。どれだけ人がいようが、那珂は生徒会長として大勢の前での演説には慣れているため、緊張と焦りはよいしゃべりのための調味料にすぎない。そうして座ると、提督は笑顔を那珂に向けてきた。那珂は机の下でこっそり親指を立ててグッドを示すハンドサインをして相槌とした。
 そして提督はもう一人、観艦式に参加する予定の五月雨について触れた。

「それからもう一人、五月雨という艦娘が参加予定です。彼女は弊局の別の用事で今この場への参加が間に合いませんでしたが、今日中に到着する見込みです。神奈川第一の皆様にはお手数をお掛けしますが、なにとぞご容赦願います。」
 西脇提督の言葉のあと、村瀬提督や海自や市議たちは静かに相槌を打って返事をしあった。


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 哨戒任務については、先日那珂が頼み込んで含めてもらった夜間の哨戒についても話題に触れられたことに、提督も那珂もホッと胸をなでおろした。
 発表の後、委員長の鯉住三佐が西脇提督に向かって礼をする。すると西脇提督は自分らの担当たる艦娘を紹介し始めた。
「それでは本日夜間の哨戒任務にあたる弊局の担当者を紹介させていただきます。まずは旗艦、川内。」
 そう声を張って発表すると、提督は声のボリュームを一気に下げて川内に向かって合図をした。川内は慌てて立ち上がる。知らない人たちが大勢、しかも海上自衛隊や市の役人がいる公的な場。こんなところに自分のようなただの女子高生がいていいのか。
 立ち上がったはいいが緊張と混乱で顔が真っ赤、頭が真っ白になる川内。なかなか言葉が出てこない。

 そんな川内の背中を押したのは、隣の席にいた那珂だった。立ち上がった川内のスカートの裾をクイッと軽く引っ張り意識を向けさせる。頭と首を右下に傾けた川内の目には、笑顔だがあたしに任せろ!と言わんばかりの自信に満ちた先輩の姿があった。そして那珂が小さく一言発した。

(がんば、川内ちゃん。思いっきり挨拶。)

 ウジウジと悩み緊張した様を醜態として晒すのは自分らしくない。
 ゴクリと唾を飲み込み、意を決した川内の口はたどたどしくも声量は強く動き出した。
「た、え……と。あの。ただいま紹介されました、千葉第二鎮守府の軽巡洋艦艦娘川内こと、○○高校一年、内田流留です。あ~えっと。千葉第二支局の軽巡洋艦艦娘川内です。張り切って任務勤めます。よろしくお願いします!」

 どもるが、正式名称に言い直すくらいの配慮を込めてなんとか持ち直す。大勢の拍手の雰囲気が自分の微妙な失態を許してくれた気がした。
 西脇提督は川内の意気込みを見て言葉なくウンウンと軽く頷いて見聞き、満足気に補足した。
「うちの川内は先月着任いたしまして、基本訓練の成績は良好、度胸も十分、実戦でも古参の艦娘に引けをとらない優秀な若者です。まだ至らぬところもありますが、どうか彼女をフォローしていただけますようよろしくお願い致します。それでは続きまして……」

 自分のことをそういうふうに思ってくれていたのか。いくつか訓練中に失態をしたのに、良い評価をして見守ってくれていた。
((さすがあたしが兄やんと見込んだ男、嬉しいから期待に答えちゃうぞ。))
 川内は提督からの評価を真に受けていた。

 提督は残りの4人を紹介する。触れられると、それぞれの艦娘らは立ち上がって自己紹介をしてその場にいる様々な顔ぶれの人間に控えめなアピールをする。
 さすがの夕立も、元来の人見知りの性格が遺憾なく発揮されたため、時雨らが心配するような暴走は一切せず、お前はどこのお嬢様だとツッコみたくなるようなしとやかさで自己紹介を終始させた。ただひとつ、口癖の“っぽい”は一部に残ったので、らしさは残って一安心と、時雨と村雨はなぜかスッキリした安心顔をした。


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 その後打合せは翌日の哨戒任務の話題になった。村瀬提督の口から担当する艦娘が次々に発表され、挨拶と自己紹介・意気込みが語られていく。そして、海自が独自に開く小規模な催し物の最終確認、当日のメインステージのスケジュールが発表・確認が進められていった。

 自身らに直接関わりがない内容とわかると、打ち合わせの内容は少女たちの頭を右から左へと素通りしていく。そんな那珂たちが一番気にしているのは、この後行われるはずの、西脇提督が合宿と言い張る合同の訓練のことだ。どこでどのように行われるのか。
 その心配は、司会の海尉が打合せの最後に発表して解消することとなった。
「それではこの後の予定ですが、希望される艦娘の方々には特別体験入隊として隊員との訓練に臨んでいただきたいと思います。同じ海を守る者として、ぜひとも我々の活動への理解を深めていただければと。監督官を担当いたしますのは、一等海尉の亥角(いすみ)です。参加される皆様は以後、亥角一尉の指示で行動していただけますようよろしくお願い致します。」

 その後打合せが閉まると、海佐達と市議、提督たちが集まって数分話した後、艦娘たちの前に両提督が戻ってきた。
 那珂たちは西脇提督のもとに、同じように神奈川第一鎮守府の艦娘らも村瀬提督の席に集まっている。艦娘たちが提督に向けて口にする話題は、どちらも似たものだった。少女たちが口にする不安や意気込みを両提督は親身に耳を傾けて聞く。

「初めて他の鎮守府の艦娘と行動を共にする人もいて不安だと思う。けど、この場では交流を深める良い機会でもあるから、臆さずに積極的に動いて欲しい。申し訳ないけど俺はこの後一旦鎮守府に戻る。この場での提督代理は、妙高さんに一任する。それから黒崎先生には妙高さんの補佐をお願いしたい。村瀬提督や自衛隊の方々にも了解を取ってある。後の相談ごとや指示は二人に従ってほしい。二人は大丈夫ですか?」
 提督が目配せをすると、妙高が先に口を開く。
「はい。承りました。理沙もいいですね?」
「は、はい。私まだ艦娘として着任していませんが、これも教育の場の一つとして、臨みたいと思います。」
 二人の同意を得られた提督は説明を再開する。
「それから明石さんは……この後は確か?」
「はい。私はこの後艤装を仕舞いにいくので離れます。自衛隊の方に艤装のメンテナンスについて説明しなければいけませんので、今後も別行動になるかもしれません。また後で会いましょう。」
 そう言って明石は一足先に離れ、近くの自衛隊員に事を伝えて講堂から出て行った。
 それを見届けると提督が再び口を開いた。
「戻って用事を済ませたら五月雨と不知火を連れてくる。その時は君たちが体験入隊に励む姿をじっくり見させてもらえたら見るよ。」
「うわ~提督ってば、海自の隊員さんに混じってあたしたちが汗を垂らして苦しんでる姿を視姦するよーに見学なんていやらし~~!」
「おい。……おい。こういう場でそういうこと言うのはやめなさい。」
 提督は那珂のいつもどおりの茶化しを受けると、本気の焦りを見せて厳しく咎める。しかし那珂はペロッと舌を出しておどけて謝るのみの態度。
 提督はその仕草を見て軽くため息を吐いたが、気を取り直して那珂に言う。
「それと那珂、君には言っておきたいことがある。」
「うえっ!?な、なに?」
 おどけた空気が拭い去りきれていないうちに那珂は提督から真面目な声数割増しで声を掛けられてドキッとする。
「観艦式に出る艦娘は、体験入隊組の皆とは別行動だから間違えないようにな? まぁ基本しっかりしてる君のことだから大丈夫だとは思うけどさ。ただ後から五月雨を加えるから、あの娘の密なフォローをお願いする。それを踏まえてあちらの艦娘たちとの行動をしてもらいたい。いいな?」
「あ~~、はいはい。そういうことなのね。あたしは“合宿”ばりの体験入隊っていう合同訓練とは別行動になっちゃうのね。あ~~、残念だけど大役もらってるから仕方ないよね~。」
 提督の説明と注意と願いを聞き取って理解をわざとらしくオーバーリアクションで示す。

「それじゃあ体験入隊するのって、あたしと夕立ちゃん、時雨ちゃん、村雨ちゃん、不知火ちゃんってことですか?」
 そう川内が尋ねると提督は頷きそして一言謝った。
「あぁ。結果的にこれだけの人数になって申し訳ない。」
「いいっていいって。隊員さんに従って動いてればいいんでしょ?お偉いさんと接するのは妙高さん達に任せるし、観艦式は那珂さんにドーンと任せるから、あたしたちは楽でしょ。」
「楽っぽ~い!」
 川内のノリに夕立が乗るのはいつもの流れなのでもはや気にしない一同だったが、提督が注意を払わせた。
「そういうこと言ってられるのも、今のうちだけだぞ~。夜の哨戒任務もあるから、君たちの訓練には一応考慮をお願いしておいたけど、疲れを任務に影響させない程度に励めよ。」
「う……嫌なこと言うなぁ。」「っぽい~……。」
 揃って一気に悄気げる二人に、残りのメンツは苦笑いをするだけだった。

体験入隊

体験入隊

 西脇提督が館山基地を後にし、提督代理として妙高が村瀬提督や海佐らとともに庁舎に残った。理沙は艦娘たる学生達を預かる保護者として那珂たちと行動をともにすることになった。
 一行は体験入隊監督官の亥角一尉の指示と案内のもと本部庁舎の正面玄関の前に出てきた。庁舎前道路の更に手前の芝生に移動して待っていると、ほどなくして庁舎前の道路にジープが数台停車した。

「これから我らの基地の各場所をご案内します。敷地は非常に広いので車を使います。乗車お願いします。」

 那珂たちは用意されたジープに乗り込んだ。ジープには数人、隣の鎮守府の艦娘が乗り込んだ。隣の鎮守府の顔見知りといえば天龍と龍田だが、運悪くその車中には二人とも乗り込んではこなかった。
 黙っているのが得意ではない那珂は話したくて仕方がなかった。ウズウズしている様に川内がすぐに気づく。
「どうしたんですか?トイレ?」
 小声で川内が尋ねると、那珂は手で口を隠して壁を作り川内に顔を寄せて言った。
「違う違うよ。あの人たちとおしゃべりしたくて。」
「すりゃいいじゃないですか。」
「タイミングを見てたのよ……ときに川内ちゃんは気になる子いる?」
 那珂の問いかけに川内は頭をブンブンと振って下を向いた。
 社交的で明るいとはいえ、完全にアウェイとなると川内の社交性は影を潜めてしまう。那珂は川内の様子を見て、ここは自分が音頭を取らなければと意気込む。
 那珂は意を決して声をかけた。


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「ねぇねぇ。あたしは千葉第二鎮守府の軽巡洋艦那珂っていいます。あなた方は何ていう艦娘なんですかぁ?」
「あ~、ど、どうも。先ほど最初に挨拶されましたよね?」
「は、はじめまして。」
 那珂が話しかけると、神奈川第一鎮守府の艦娘たちは顔を上げて一気に表情を明るくした。相手もタイミングを見計らっていたのかと那珂は想像し、自己紹介を促した。
 同じ車両に乗った神奈川第一の艦娘は、駆逐艦皐月、文月、長月、水無月、の四人だった。四人は同じ中学校の1年で、神奈川県の市立の学校から来ているとのこと。
 那珂たちがさらに質問をすると、次第に神奈川第一鎮守府の艦娘の運用の一部が明らかになってきた。

 神奈川第一では、提督の下に幹部たる艦娘がおり教育官を担当している。その数人が訓練のカリキュラムを作り、学校の授業ばりに時間と単元を決めて訓練スケジュールを厳密に決めているのだという。
 着任直後に行われる基本訓練は、艦ごとの内容はひとまとめに統合されて、一括して行われている。艦種ごとの独自内容は後で個々人あるいは姉妹艦でまとまって自主的にするか、先任の担当者または同艦種の現在の担当者に監督依頼を申し出、教育官たる幹部の艦娘らに許可もらってからやらなければいけない。
 そして基本訓練が終わり通常の訓練のスケジュールの枠組みにはめ込まれると、週一回、チーム分けして演習試合が行われる。

 彼女ら長月たちは今月の始めに基本訓練が終わってようやく一人前の艦娘として通常運用に入ったが、日々のあまりの訓練のつらさに辟易していた。一回の訓練あたり、学校の体育の比ではない運動量と精神力を浪費しているという。
 先程まで緊張で黙りこくっていたのがウソのように、長月らは饒舌になった。喋るというよりも鬱憤晴らしするために吐き出すというほうが正解に近い。
 那珂たちが逆に黙りこみ、口を挟む間もなく聞き続ける形になった。

 実は先月始めまでは別の人間が長月や水無月という艦を担当していたという。つまり、先月までの長月や水無月、皐月たる人物はやめて、先月の途中で今の目の前の少女たちが長月や文月、水無月になった。着任したてなのである。長月たちも聞いた話のため又聞きという形になるが、神奈川第一では艦娘の入れ替わりは多いのだった。

 他の鎮守府の一面を知った那珂たちは言葉が中々出せなかった。心に湧き上がった思いは、自分たちはまだまだ何も知らないという羞恥の念と自分たちは仲間に無念のリタイアをさせたくないという決意の芽だった。


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 重々しい空気が車内を包む。ふと我に返ったのか、長月が那珂たちに謝ってきた。
「す、すみません。よその鎮守府の人に愚痴をこぼすなんて、いけませんよね。でも……艦娘って、もうちょっとこう、一人ひとりが簡単に強くなれて、みんなで楽しく安全に戦えるって思ってました。あぁいや。実は私達、まだ実戦に出たことないんですが。」
「あの~、皆さんって、本物の深海棲艦と戦ったことあるんですか?」
 そう尋ねてきたのは、皐月と名乗る艦娘の少女だった。その問いに真っ先に口を開いて反応したのは夕立だ。
「うん!うちはみ~んな実戦に出たことあるよ!あたしとますみんはこの中でもキャリア長いんだよ。言ってみれば先輩っぽい? ていうか皐月ってうちのさみの本名っぽい。紛らわしい~。」
「ホラゆう!そんな内輪のこと言っても長月さん達にはわからないでしょ。あぁ、私は駆逐艦村雨ですぅ。この娘は駆逐艦夕立。こっちは駆逐艦時雨。あたしたち三人、うちに鎮守府では経験長いといえばそうなんだけど、私達より強くて頼りになるのは、こちらにいる那珂さんよ。」
 村雨の言葉に那珂はテヘヘと微笑みながら身体をくねらせる。
「やだな~村雨ちゃんってば~。照れるやろ~!? あたし後輩だよ~? 先輩にはまだまだ遠く及ばないっぽい~?」
「うあぁ~那珂さんってばぁ!あたしの口癖真似たぁ!!やめてよぅ~!」
「アハハ!」
 わざと真似た口癖、それに夕立は素早く反応して那珂にツッコんできた。普段ツッコまれる側だが珍しくツッコんだ瞬間である。
 那珂はケラケラと笑って流した。

「……というように、無駄に謙遜してちょっと砕けたところありますけど、こんな那珂さんをみんな頼って信頼してるのは確かです。」と時雨がやや呆れ混じりに言う。
「クスッ。みなさんとっても仲良さそ~。羨ましいなぁ~。」
 非常におっとりした口調で笑顔をたたえて羨望を口にしたのは文月と名乗る艦娘の少女だ。そんな文月に補足的に反応したのは川内だった。

「まぁうちは人少ないし、出来てからまだ一年経ってないそうだしね。みんなで揃って考えて行動しないとダメなんだよ。だからできる人がその部分をやる。ぶっちゃけ先輩後輩って意識はみんな薄いかな。だからあたしは時には那珂さんの言うことを聞いて日々修行したり、新人の様子見に行ってアドバイスしたり、自由にやらせてもらってるよ。」
「川内ちゃんの修行っていうと、待機室で寝っ転がってゲームしてるあれも修行の一環になるのかなぁ~?」
 偉そうに達観した雰囲気で言を口にする川内をからかいたくなった那珂のツッコミが炸裂し、川内は途端に顔を羞恥で赤らめる。
「ちょおおおっと那珂さぁん! 見ず知らずの人にそういうことバラすの禁止でしょ!!」
 手をバタバタさせて慌てる川内を見て那珂だけでなく、時雨たちもこらえきれずクスクスアハハと笑い始める。さらにつられて長月たちも笑みを漏らす。

 ひとしきり笑いが収まると、長月たちは顔を見合わせて今度は羨望と悲しみを込めて失笑して言った。
「本当、楽しそう。」と長月。
「うんうん。な~んか絶対うちの鎮守府より過ごしやすそ~。羨ましいなぁ。」と皐月。
「あたし、そっちの鎮守府に入りたかったなぁ。毎日厳しいの嫌~。」と文月。
 水無月も口こそ開かないが三人の意見に激しく首を振って同意を示していた。

 愚痴を漏らす四人に対し、那珂は時間を気にしつつ、真面目に声を掛けた。
「よそが羨ましいってのは気持ちはわかるけどね。でも自分の鎮守府をもうちょっとよく見たほうがいいなぁ。だって着任してまだ一ヶ月くらいしか経ってないんでしょ? まだまだ見るべきものたっくさんあるでしょ~、ね?」
 長月たちが無言で頷く。
「あたしからするとね、学校の時間割みたいにスケジュール組んでそういう仕組や運用をきちんと考えられる人がいて、それを信じてみんなで守って運用してる。そっちのほうが羨ましいって思うの。艦娘の集団って、別に何かが強制ってわけでもないから、結局烏合の衆だって思うの。だからみんなで決めた運用を、それがたとえガチガチに厳しくて忙しいものでも、なんだかんだで守ってるのは、それはお互いを信じて、そして敷いては提督を信じてる証拠だって思うの。うちの鎮守府はまだまだ経験が足りなすぎるから余計にそう思うの……ね? ところで、そちらの村瀬提督ってどんな感じのお人?」

 那珂の前半の言葉に黙って頷いて真剣に聞いていた長月たちは、提督の話題になると四人ともやや恥ずかしそうに、しかし満面の笑みで語りだした。
「忙しそーだけど、訓練終わりに時々僕たちのこと見に来て、ご苦労様って声かけてくれるよ。時々教官の目を盗んでお小遣いくれるの。これでジュースとお菓子でも買っておいでって。」
「優しいよねぇ~。パパって感じで、あたし提督のこと好き~。」
「そうそう。私達に提督は怒鳴ったり厳しいこと言わないし。怖いのは教官や先輩たちだけだよ……。」
 皐月に続き、文月そして長月も口々に提督の評価を明かす。

 那珂たちにとって、まずはたった四人の声とはいえ、よその鎮守府の貴重な声だった。


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 引き続きの会話の主導権は川内や村雨に任せ、次に那珂は理沙に話しかけることにした。他校の教師だが、どんな形にせよ自分たちを保護してくれる存在だ。チラリとまず視線を向けると、理沙はこれまでの那珂たちのおしゃべりを眺めて微笑んでいるようだった。
「あの~黒崎先生。」
「は、はい! なんでしょう?」若干うわずった声で反応する理沙。
「今回、先生が参加してくださって、安心しました。うちの四ツ原先生は都合悪くて来られなくって。」
「あ……そうですね。伺ってますよ。」
「先生方って夏休みでも出勤なさってるんですね。あたし知らなかったです。」
「一応お給料もらって働いてますからね。学校にもよると思いますけどね。学外の活動も一応教職員としては恰好の研修の場なので、こうしてお話があれば、むしろ教頭先生や学年主任の先生から率先して行くよう指示があったりします。だから私も参加できたんです。それに……あの娘たちがちょっと心配というのもあって。」
 そう言って理沙は心配げだが穏やかで優しい目つきで時雨たちに視線を向けた。
 その仕草から醸し出される優しさ・気遣いに那珂はウットリとした。気弱そうだが、人当たりは良さそう。
 何回か那珂は垣間見たが、この理沙という教師に接する時雨たちの態度は非常に親しげで信頼しきっている感がある。なんとなくわかる気がした。
 対して阿賀奈はどうだろう。そう那珂は考えた。比較するなんてあまり良くないと思いつつもどうしても比べてしまう。

「先生見てるとなんか安心するなぁ~。」
 そう口に出していた。すると理沙は見るからに照れて反応を返す。
「え、えぇ!? よその生徒さんに言われるとなんだか恥ずかしいです……。」
「うちの四ツ原先生はなぁ~。私はあの先生に直接教わることはないからわからなかったけど、あの先生結構慌ただしいって評判で。」
「(クスッ)そうなんですか? それでもあなた達の学校の艦娘部の顧問の先生なのですし、安心して頼っていいんじゃないですか?」
「はい。もしいたらさすがに普通に頼ると思います。こういう学外の知り合いがいない場だと、知ってる大人がいてくれるとなんだかんだで安心しますし。」
「本当のこと言うと私も不安だったり緊張していたりするんです。だからおねえ……妙子姉さんがいてああして西脇さんの代理として代表をしてくれていると安心できます。仮にも教師の私がこんなでは本当はいけないんでしょうけどね。」
「アハハ。あまり気にしなくていいと思いますけどね~。まだ艦娘として着任前ですし、でも艦娘制度に足を踏み入れた立派な資格保有者っていう色々オトクな立場ですし。」
「そうは言っても……私ももっとこういう場に出て経験を積まないといけないです。おね……妙子姉さんにいつまでも頼っているようでは、艦娘になってみなさんと同じ立場になったら笑われて置いてかれそうです。」
 誰かさんに似たネガティブさだなぁと那珂はモヤッと心に感じた。しかし注意深く見ていると、その暗さは心の底からではなさそうとも感じた。自分を卑下してはいるが、やんわりと微笑むその表情に強い意思がほのかに見え隠れしているのだ。このあたりの振る舞いは、重ねた年齢がなせる技なのだろうか?
 雰囲気や口調や態度がなんとなく似ている、あの後輩は数年後こういう女性になっているのだろうか?
 妄想すると楽しい。那珂は理沙との会話を楽しむ思考の端で、そのように妄想して楽しんでもいた。

 ジープが最初の目的につく頃には、那珂たちだけでなく、神奈川第一鎮守府の艦娘ふくめ、和やかで親しげな雰囲気がそのジープ内にできあがっていた。


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 基地敷地内の案内は自衛隊堤防のある、敷地の北東側から始まった。今回、艦娘の艤装は自衛隊堤防に近い敷地の建物の中にしまわれることになっている。建物の側には見知ったトラックが停車し、数人の隊員とともに明石、そして神奈川第一の技師と思われる人物が、艤装の取り扱いについて引き継ぎをしあっている。
 作業中のため那珂たちは明石に声をかける事はせず、ただ視線があったあとは手を振って存在と知らせるのみにした。

「こちらに皆さんの艤装を仕舞っておきます。」
「はい!なんでここなんですか? ヘリコプターとか置いてある倉庫とかじゃダメなんですか?」
 亥角一尉が簡単に紹介して明石・技師らの作業をしばらく観察させていると、多くの艦娘の中で率先して手を挙げて質問したのは川内だった。
 想定内の質問だったのか、亥角一尉は得意げな笑みを浮かべて答えた。
「いい質問です。ヘリコプターの格納庫と発着場は、さきほど皆さんがいた本部庁舎から少し西に行ったところにあります。そこは基地のほとんどど真ん中を締めると言っても言い過ぎではありません。我々のように空に向かって任務を果たすのであれば任務に必要な機材が内陸で問題無いですが、あなた方は海を行く人達です。あなた方が任務で使用する機材はなるべく海に近い場所にあったほうが、出動もスムーズですよね。」
「そういう配慮っていうことなんですね?」
 那珂が確認の意味を込めて尋ねると、亥角一尉はコクリと頷いた。周りの艦娘らは静かに感心を示す。

「さて、それでは当基地の港湾施設へ行きましょうか。」
 そう言って亥角一尉は目の前の建物から離れて、近くの門へと向かった。那珂たちもその行動に従う。那珂たちがくぐった正門とは異なり、その門は金網だけで構成されたシンプルなものである。しかし厳重に施錠され、外には駐車禁止のポールが置かれている。
 門が開かれると、亥角一尉は数人の隊員に指示を出し、道路を挟んでその先にある船艇地区の門を開けさせた。
 施設の敷地に入り、今現在停泊している数隻の船舶を眺め見る那珂たち。一通り見させた後、亥角一尉は説明を再開した。
「自衛隊堤防といいまして、海上自衛隊の所有する敷地と設備です。この敷地外にも港湾設備はありますが、ほかは海上保安庁であったり民間の所有です。あなた方にはここを使って海上に出ていただきます。外の設備はそのまま民間船舶の停泊用に繋がってる所もありますので、利用する際は間違えないよう注意して下さい。」
 那珂たちや神奈川第一の艦娘たちは語られた注意事項に真面目に返事をしてしかと心に留めた。


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 基地の敷地内に戻った那珂たちは再びジープに乗り込み、次なる施設・設備へと案内された。その後30分ほどかけて基地内のほとんどを見学した那珂たちは最後に第21航空群のメインであるヘリコプターのあるヘリポートと関連設備にたどり着いた。

「この後、体験入隊の皆様と観艦式参加の皆様は分かれて作業にとりかかってもらいます。体験入隊の方々ではヘリの試乗体験もありますので楽しみにしていてください。」
 亥角一尉の目の前にいる艦娘たちは思い思いの声をあげてこれからの体験に対して沸き立つ。那珂はというと、本気半分冗談半分で川内たちに向かって歯ぎしりして羨望と嫉妬の感情をぶつけた。

「ちっくしょ~。いいなぁ~川内ちゃんたちは。あたしもヘリ乗りたいぞー。」
「いやいや!那珂さんが全部決めたんじゃないですかぁ!あたしたちは指示に従って楽しm……ゴホンゴホン、体験入隊頑張るだけですよ。」
「うわ~い!ヘリコプター乗るの楽しみっぽーーい!」
 川内がうっかり本音をポロリを漏らしかける。いつもの流れで川内に乗れとばかりに夕立がその本音を自身のも交えてハッキリと口にする。それに川内が表向きには真面目を取り繕いたかったのか、慌てて夕立を押しとどめつつも那珂に言い訳をしたが、そんな上辺だけの対応は夕立には通用しなかった。
 そんな光景を見ていた村雨と時雨は呆れながらもクスリと微笑んだ。
「もう。相変わらずなんだから、二人とも。ヘリに乗るのも訓練の一つなんでしょ。浮ついてたら怒られるわよ~。ね、時雨?」
「えっ? ……えと、あの~。実は僕も……ヘリ乗るの楽しみ、なんだ。ゴメンますみちゃん。今回ばかりはゆうと川内さんの味方!」
 そう言うと時雨は両手のひらを合わせて村雨に謝って彼女を呆れさせた。
「あ~時雨が落ちたっぽい~~。」
「うん。堕ちたね、時雨ちゃんも。」
「……今の川内さんのイントネーションになんか違和感があるんですが……。」
 夕立と川内の声を揃えたツッコミに時雨はただ現状の表現をするに留める。そんな光景に那珂と村雨はケラケラと笑いあっていた。


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 ヘリコプターと関連設備の説明が終わり、那珂たち観艦式の練習に参加する組は再びジープに乗るよう指示を受けた。
 一方で体験入隊組の川内達はその場に残り、これから始まるカリキュラムの説明を受けるべく待機となった。

「それじゃあここで一旦お別れだね。お互い終わったら多分、庁舎にいる妙高さんのところに集まれるはずだから、それまではそっちはそっちでよろしくね。」
「うん。那珂さんも、頑張って。」
「那珂さ~ん頑張れっぽーーい!」
「那珂さん。頑張ってください。」
「頑張ってくださいねぇ、那珂さぁん。」
「頑張ってくださいね、那珂さん。」

「アハハ。黒崎先生にまでエールを送られるとなんか力湧いてきますねぇ~。皆の期待を受けて那珂ちゃん、全力でヤってきますぜ~!」
 四人から声色鳥どりの激励を受けて疼いた那珂は軽い調子でガッツポーズをして川内たちから離れていった。


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 那珂たちの乗るジープの駆動音が聞こえ、音が次第に遠ざかっていく。川内たちは後ろを振り向かず、目の前で小声で話をする亥角一尉と数人の隊員たちを眺めて待っていた。
 やがて小打ち合わせを終えたと思われる亥角一尉が振り向き、口を開いた。
「それでは体験入隊の皆さんには、これから今日半日と明日午前中掛けて、我が基地の隊員が行っている活動を実際に体験していただきます。同じ国民を守る立場として、我々が140年近くかけて培ってきた規律と集団行動の技術を学んで帰って下さい。」
「はい!」
 艦娘たちが返事をする。
「やる内容は次の通りです。はじめに……」

 亥角一尉からこれから行う内容が発表された。一般向けに行われる体験入隊の内容とは若干構成が変わっていると川内たちは断りを聞いた。一般向けの内容がそもそもわからないのでその場にいた艦娘たちは感想も批判も何も言えないでいる。その作業量が多いのか少ないのかすらわからない。
 艦娘たちの顔色が不安げな様子を見せていることを感じ取った亥角一尉が補足した。
「あなた方は海の上を自由に移動し活動する、いわば我々に近い立場ですので、ここではより実用的な内容という意味で、一般向けよりも踏み込んだ内容にします。艦娘としての基本活動にプラスして、より密度の高い海上活動が行えるよう、技術的なバックアップつまりサポートをさせていただきます。ですので今回は走りこみや基地内の掃除や食事準備、整列などの集団行動の基本訓練は行いません。我々はあなた方がすでにそういうことはできているという想定で行っていきます。」
 そう言うと亥角一尉は艦娘を見渡す。
「見たところ……艦娘とおっしゃっても中学生くらいのお年から上は大学生でしょうか。ちなみに社会人の方は……いらっしゃいますか?」
 すると理沙の他、神奈川第一の艦娘の中から一人だけ手を挙げた人物がいた。
 その人物は教育コンサルティングの会社に勤めており、練習巡洋艦鹿島を担当する26歳の女性だった。今回は神奈川第一からの参加艦娘の引率としての参加だ。
 物腰非常に穏やかでおっとりした雰囲気、艦娘の制服がパツンパツンに張った胸元などの着こなし、彼女の発言に亥角一尉は先程まで醸し出そうとしていた威厳や迫力の様がやや崩れた……ように川内たちは感じた。
 ただはっきりいって他人事なので、川内を始めとして鎮守府Aの艦娘たちはどうでもよくその光景を眺めるだけだ。
 しばらく眺めていると、亥角一尉はコホンと咳払いをして気を取り直す。

「え~、い、引率のお二方ですね。各団体の責任者の方がいらっしゃるなら我々としてもスムーズに事を運べます。ただ出来ない時は出来ないとハッキリ伝えるように。現場では連絡に手間取ると、そのわずか数刻が命取りになりかねません。あなた方のうち誰かが出来なかった分は別の人でできるよう、連携体制を整えておくことが重要です。我々が求めるのは人命を救助できたという結果であって、達成できなかったけど私・僕は頑張ったんだよという個人的感情は無意味です。それを念頭に置くようにお願いします。さてここまでで何か質問等はございますか?」
 そうっと手を挙げた人物がいた。理沙である。まだ艦娘でないのにこのままレベルの高い体験入隊に混ざることに不安を覚えた彼女はその不安を解消するため白状することにした。
「あの、私は一応この娘たちの引率ということになっていますが、まだ艦娘ではないのでその……高度な訓練についていくことができないと……思います。」
「そうですか。それでしたら普通に見学なさっていて結構です。」
 割りとアッサリと比較的冷たく言う亥角一尉。言われてやや悄気げる理沙に助け舟を出したのは、神奈川第一の鹿島だった。
「あの~、よろしければ私と一緒に行動しませんか?同じ引率の者同士、一緒にいたほうが子供達や隊員さん方両方のサポートに回れると思うので。いかがですか、亥角さん?」
「え、あ~そうですね。そうしましたら、我々の救護班のサポートにまわっていただけると助かります。各訓練はあくまでも学生の艦娘の皆さん対象ということで応対させていただきます。」

 直前の説明が終わり最初の訓練が始まるまでのわずかな時間、川内たちは理沙とこの後の行動について話し合った。
「先生訓練受けないんだ~~でも一緒にいてくれてうれしーー!」
 真っ先にアクションしてきたのは夕立だ。素直に感情をぶつける。
「ハ、ハハ……。だって先生まだ艦娘じゃないですもん。きっと皆さんの動きについていけないから足手まといになりますよ。」
「あれ、でも先生、重巡羽黒の資格持ってるんじゃなかったでしたっけ?」
「そうそう。先生職業艦娘になれるんですよねぇ?」
 時雨の指摘に村雨が乗る。二人の生徒の追撃を受けて理沙は一瞬言葉に詰まるがすぐに切り返す。

「まだ持ってるだけですよ。いずれ着任できたときに皆さんと一緒に……ね。先生はあちらの鹿島さんと一緒にみなさんの万が一のときのために準備して見守っていますからね。それから川内さんでしたっけ。一番のお姉さんとしてこの娘たちを間近で見ておいていただけますでしょうか?」
「ふぇっ!? あ、はい。任せてくださいっす。」
 なんとなく理沙と時雨たちの輪に入れず疎外感を抱いて黙っていた川内だったが、急に理沙から話を振られて慌てる。
 教師というだけでもあまり好ましく感じないのに、他校しかも中学校教師という自分に関係なさ過ぎる関係性のためうまく受け答えできない川内。とはいえ、夕立たちを守りたい(中学生相手にリーダー張りたい)思いはあったので、素直な意気込みで返事をした。


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 その後川内たちは指示に従い、格納庫の一角に置いて救護訓練を開始した。その内容は防災訓練で行われるたぐいのものだが、教える側がプロなだけあって、手際のよさに川内たちは感心と放心続きである。とはいえ自分たちも真面目に取り組まないと、救護訓練開始直後におしゃべりしてふざけていた神奈川第一の数人の艦娘らのように、ドスの利いた声で別の海尉から叱られるハメになる。
 元の立場や組織がどうであれ、体験“入隊”した以上は今の上司は提督ではなく、目の間の監督官たる隊員なのだ。そして厳しさの一端は十分に理解したので、普段騒がしい川内も夕立も大人しく慎みを持った。
 ちなみに怒られた数人の艦娘はその後も半べそをかいていたため、引率である鹿島に慰められていた。

 訓練用の人形を使い、川内たちは二人一組になって真面目に人工呼吸と脈拍確認を行っていく。今まで高校生活はもちろん、中学生活でもしたことがない、初めての体験に川内も夕立たちも個人的な感心も相まって真剣に取り組んでいく。
 その後救護訓練は患部の応急処置の手順、非常時の臨時救護施設の設営の仕方などが説明そして実演されていき、参加している艦娘の知識を増やし、その身を持って技術が伝授されていった。


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 全員が一通りこなせるようになり、時間が来ると亥角一尉は合図を出した。
「それでは救護訓練はここまでです。このあとヒトフタサンマルより第二格納庫にあるミーティングルームに移動して昼食です。」
 お昼ごはんと聞き、艦娘たちは黄色い声でワイワイと沸き立つ。それを亥角一尉は手をパンパンと打ち鳴らして注意を引き説明を続ける。
「今回は一般市民の方には珍しい食事を用意いたしました。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、戦闘糧食、いわゆるミリ飯です。普段口にすることがないと思いますので、これも貴重な経験としてぜひ堪能していってください。」

 那珂たちと別れてからかれこれ1時間以上経っていた。そして気づくと腹の虫も騒ぎ出す頃合いだった。指示に従い艦娘たちは隊員たちの後に付いて移動し始める。
「お~~ミリ飯楽しみだなぁ!あたし一度でいいから食べてみたかったんだよね!」
「ミリ飯ってなぁに?あたしよくわかってないっぽい。」
「僕も……わからないです。非常食みたいなもの?」
 夕立も時雨も素直に頭に?を浮かべる。村雨は何故か大きくため息をついている。
「おぉ?村雨ちゃんどうした?ミリ飯なにか気になるの?」
 そう川内が尋ねると村雨は言葉を重々しくひねり出して答えた。
「パパが何かの体験でもらってきたので知ってるんですけどぉ、私ああいう食べ物苦手です……。まんま非常食ですよねぇ?」
「何言ってんの村雨ちゃん。水を入れるだけでいつでもどこでも食べられる、そういうのがいいんじゃん!腹が減っては戦はできぬって言うよ? それに最近のは美味しいって聞くし。」
 川内の説得にも苦々しい表情を崩さない村雨に、時雨が気づいた。
「あぁ……ますみちゃん、インスタントラーメンとかも苦手だったっけ。」
「えぇ。食事は落ち着いた環境でちゃんと調理されたものが食べたいわ。」
「くぅ~~~。村雨ちゃんってば我儘だなぁ~!美味しけりゃなんでもいいじゃん!」
「そうだそうだ~!ますみんわがままっぽい!」
 側でわざとらしくブーブー非難の声を浴びせてくる川内と夕立に若干苛立ちを覚えた村雨はピシャリと言い放った。
「あ~もううるさい。苦手なものは苦手なのよぉ。先生助けてくださぁ~い!」
「村木さん、好き嫌いはその……ね?せっかくの良い経験なのですし。」と真面目に返す理沙。
「ブー、先生私の味方してくれないんですかぁ~~そーですかぁ~~~。」

 その後、ミーティングルームで最新の戦闘糧食の実物を見た川内たちはワイワイ楽しく食事を始めた。一人気乗りしなかった村雨も食を進めるにつれて表から苦い表情は消え楽しく食を進めたが、普段以下の少量ずつの口運びだった。そんな彼女は楽しいおしゃべりとその雰囲気でどうにか食事をこなした。
 食べ終えて次の訓練の場所に向かう際に川内が感想を尋ねると、モジモジと恥ずかしそうに身をよじらせて俯いて
「……美味しかったですけどぉ。」
という感想が口から飛び出し、川内を始め夕立・時雨にニンマリと不敵な笑みをこぼさせるのだった。


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 その後川内たちの訓練は基地内に作られた人工丘陵を足場の悪い災害現場に見立てた救助訓練、そして海上での救助活動の訓練となった。
 海上でのそれはヘリコプターに乗って上空から向かうチームと、艦娘ならでは、海上を海自の小型艇と一緒に進むチームに分かれて取り組むことになった。
 20年程前の海自の訓練の手順書によれば、海上に身を落として実際の遭難者に見立てた役も割り当てるのだが、深海棲艦が出没するようになって以後、その役割には人形あるいは小型艇にすでに引き上げたという前提で担当の人間にしてもらうという手順に更新されていた。


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 実際の深海棲艦で主勢力とされているのは、従来の海洋生物の異常奇形タイプであり、世界でもっとも多く海をのさばっている。事実上殲滅・完全な駆除が不可能な数だ。このタイプは元々が海洋生物の延長線上であるためか、生息地域がハッキリしている。しかしその生態は異常なほど攻撃的、凶暴性が増しており、身体の一部あるいは全体が肥大化し、元の生物としての原型をとどめていない個体もざらにいる。一般の海洋生物などだけでなく、人間など他の生物をも襲う。
 一方で従来の海洋生物の系統に分類できない、系統不明の謎の生物とされた深海棲艦は異常奇形タイプより数は少ないとされる。しかし生物ならば生理的嫌悪感を抱くほどの形容しがたい形状かつその凶暴性は生物史を塗り替えるレベルの生態であり、あらゆる能力が前者のタイプの比ではない。このタイプが個体によっては虫や鳥、異常奇形タイプの深海棲艦たる海洋生物を使役したり新種が出るたびに想像つかぬ攻撃方法で人などの生物だけでなく船舶そして沿岸地域を襲う。研究者の調査では、豚やイルカ程度の知能レベルかそれ以上を誇るという。さしずめ深海棲艦の上位カーストと認知されている深海棲艦の勢力である。

 館山湾では、幸いにも後者のタイプは滅多に遭遇せず、被害事例は少ないものの前者タイプの深海棲艦がいることが確認されて久しい。
 海上自衛隊の基地があるという戦略的環境上、横須賀基地・神奈川第一の深海棲艦対策局の支援を得て、湾内に深海棲艦が入っていないよう、海中探知機と対深海棲艦用の金網が敷設された。完璧ではないものの、おかげで館山では、日本ではほとんどできなくなった海水浴も行えるほどの改善と好例になった。その海域は比較的安全な海域となった。それは沖ノ島海水浴場とそこから北に4kmほど行った船形漁港の近くを結ぶ限られたエリアのみの恩恵である。そして機器や金網の設置の関係上、船舶の交通量が少なく漁船等への影響が少ない海域に限った高防御性能である。


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 安全を一定水準確保できているとはいえ、危険性を考慮して訓練を行わなければいけない。海上での救助訓練に携わるサポート役の隊員たちは遭難役の人形やブイ、ボートなどの準備をし始めた。
 ヘリコプターに乗るメンバーは十数人の艦娘のうち、4人が選ばれた。選ばれた後、川内達4人はただひたすら頭を垂れて悔しがる。特に時雨は通夜か葬式かとツッコミたくなるほどの落ち込みっぷりを見せている。
「あ、あのさ時雨ちゃん。ま、また次があるさ。そんなに落ち込まないでよ。ね?」

 一応年長者でもあってここは自分が動くべきと察した川内は時雨の背中にそっと手を添えて声を優しくかけた。そんな励ましを受けた当の本人は空元気の笑顔で返してきた。その後時雨は気分を切り替えたのかいつもの冷静さを取り戻し行動を再開した。
 結局普段通りの海上を駆ける艦娘の立場として、川内たちは、海上チームとなった。二組構成のうち、一組に鎮守府Aのメンバー全員でまとまった。プラス神奈川第一より二人加わって計6人で訓練を最後まで行うことになった。
 なお、理沙は神奈川第一の鹿島、亥角一尉とともにボートに乗っての間接的な参加だ。

 自分たちの艤装を装着して午前中に案内された自衛隊堤防から次々に海に飛び込む艦娘たち。当然川内たちも後に続けとばかりに勢い良く飛び込む。
 そんな次々に海に飛び込み、沈まずに海上をスゥーッと進んでいく少女たちの様を見た隊員たちは目を見開いて驚愕の表情をする。一方で亥角一尉や数人の海尉たちは、至って平然と落ち着き放った様子で見ている。その違いは、艦娘らと任務を共にするか見るかなどの経験の差である。さすがに海尉ともなると、艦娘と一緒に任務を果たした経験があって、見慣れた光景なのである。

 川内たちが海に飛び込んでしばらくして、上空でバララララ……と空気を掻き切って浮かぶヘリコプターがそこにあった。数人の隊員と神奈川第一より四人の艦娘が乗り込んだヘリである。川内たち(特に時雨)は空を駆けて自分らをあっという間に飛び越えていくその物体を見てまゆをひそめたり下唇を強めに噛んで羨望の眼差しを向け合った。
 しかしいつまでも羨ましがっていても仕方がない。怒られる前に、自分たちのチームの任務を果たさなければいけない。
 川内たちは遅れて海上に現れた小型艇を取り囲むように陣形をとり、指定のポイントまで進んだ。

 川内たちが指定のポイントまで海上を進むと、遠く離れた位置で数人の艦娘たちが海上を駆け巡って何かをしているのを視界の端に収めた。あの集団の中でひときわ目立ったことをしでかしている人物が誰であるか、川内達は容易に想像がついた。あえて名前を出すのもバカバカしく思えたため互いに顔を見合わせ、呆れ顔で感想をこぼすのみだ。
「なんかまーたすんごいことしてらぁ、あの人。あのまま爆走してくれたほうが見てて楽しいわ。なんか明日が楽しみ~。」
 川内が最大限に期待を込めて言を口にすると、続いて夕立たちも思い思いに言い合うのだった。


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 彼女らのことは安心してほうっておき、川内たちはその後海上での人命救助訓練を始めた。
 深海棲艦が侵入してこないよう守られた海域とはいえ、その効果は完全ではない。そのため体験入隊組とは別の、哨戒任務につく予定の神奈川第一の艦娘の数人が海中の防御金網に沿って海上に並び立ち、注意深く監視している。同じ艦娘とはいえ体験入隊組は武装していないし、深海棲艦に対して無力な海自の隊員もいるからだ。
 そして海自の隊員の乗った小型艇の一隻は、艦娘たちへの指示と通信役として金網の内側で待機している。

 訓練の手順と役割はもとより想定されているためか、ヘリコプターに乗り込んだ担当者、小型艇と周囲に浮かぶ艦娘ら海上の担当者の行動は隅々まで決められていた。川内たちは遭難者(役の人形)を直接助ける役割ではなく、遭難者発見時の周囲の哨戒や直接救助を担当する小型艇そしてヘリコプターが来て空送する際の海上からの行動のサポートである。
 役割をもらい、全力で動きに動いて遭難者を助けることができるのかと期待に胸膨らませていたところ、大幅に肩すかしを食らう役どころで実際の動きも直接の救助を担当する艦娘たちをただ見ているだった。
 心の内どころか表情的にも川内は不満を隠せない。それは夕立も同様だ。そんな二人を時雨と村雨は、態度の悪さが海尉らに怒鳴られるレベルで標的とならないか、キモを冷やして二人を必死になだめた。

 そうして救助訓練が一段落すると、亥角一尉から追加の説明が発せられた。
「それでは今度はそれぞれの役割を変更して同じ訓練を行います。一旦基地内に戻りますので我々に続いて上陸してください。」

「よっし。今度こそガッツリ動ける役がいいなぁ~!」
「うんうん!」
 勢いいさむ川内と夕立は善は急げとばかりに速度を挙げて自衛隊堤防まで真っ先に戻り、まだ数十m離れた海上にいる時雨・村雨の二人に手招きして急かした。
 その後全員が指示された場所に戻って点呼がとられると、役割のシャッフルが行われた。
 鎮守府Aの四人は今度はヘリコプターに乗って救助を担当することになった。川内たちは艤装を外して明石のもとに預け、改めてヘリコプターの機長と搭乗する人見と名乗る二尉と乗り込む準備をし始めた。


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 その最中、真面目な準備作業にもかかわらず目に見えて喜びを醸しだしたのは、他でもない時雨だった。普段の彼女らしからぬ感情の溢れ出し具合に親友の夕立も村雨も笑いを堪えるのに必死だ。
 中学生組の友人関係の度合いなぞ知らぬ川内はその様子をハッキリ触れてのけた。
「今度はついにヘリコプターに乗れるのかぁ。……って、時雨ちゃん顔!顔!ニヤケ顔で溶けちゃってるよ!そんなに嬉しいの!?」
「(プークスクス)時雨ってば、ホントは思いっきりはしゃぎたいっぽい~?」
「う、うるさいなぁ! ゆうこそいつもみたいに馬鹿騒ぎしてよね。これじゃあまるで僕のほうが子どもみたいじゃないか……。」
「ん~~~、今回は時雨に譲るね。だから代わりにはしゃいでいいよ~。」
「そんなことするわけないじゃないか。ほ、ホラ。人見さんの指示をちゃんと聞かないとダメなんだからね!」
 普段と感情の出し方の立場が逆転してしまった時雨は顔を真っ赤にしながらも普段の冷静さを努めて取り繕って言い返した。

 軽い喧しさとはいえ、訓練中のおしゃべりとふざけ。一人完全に冷静だった村雨は三人の様を見て、これは怒られる!?と危惧したが、人見二尉は怒りを湧き上がらせるどころか、むしろ苦笑い(というよりも破顔)して時雨たちを見つめている。
 村雨はその笑顔が薄ら怖く、今回は一人で肝を冷やしていた。年上だがこういう時基本頼れない川内、実は乗り物好きで落ち着きをなくしている時雨。適度に頼りたかった二人の牙城が崩れたので、村雨は妙な使命感を湧き上がらせて三人を叱る意味で睨みつけ、そして搭乗する海曹に視線を戻して謝る意味で言葉なくお辞儀をした。
 すると村雨に人見二尉は優しく軽い声で話しかけてきた。

「ハハ。艦娘っておっしゃっても普通の女の子なんですね。」
「す、すみません~。うちの時雨と夕立がふざけてしまってぇ……。」
「構いませんよ。俺、艦娘の方と仕事するの初めてなんですよ。俺達海自の人間が勝てない相手と戦っているから、小さい女の子でも相当屈強で厳しくて偏屈な人ばかりなのかと思ってたんです。だからなんだか安心しました。」
「私たちだって未だに信じられないですよぉ。ただの学生の私達が化物と戦えてるだなんて。」
「……怖くはないんですか?」
 人見二尉が何気なく尋ねた疑問。それは艦娘になる少女たちにとって根源たるものだ。しかしすでに慣れてしまっていた村雨はしれっと答える。
「ううん。怖くありませんよぉ。っていうか、いざ出撃すると、怖いのはどっかに消えてしまいますし。そこまで含めて、艦娘って不思議だと思いますぅ。」
「ハハ。すごいな。艦娘になれるあなた方を尊敬しますよ。」
「や、やめてください~~。恥ずかしいですよぉ。」

 普段慣れている男性である提督・家族・友達以外からの男性から賞賛の言葉をかけられて、村雨は頬に熱が溜まっていく感覚を覚えた。片手の平でパタパタと顔を仰ぐが当然、その程度の手団扇で熱が取れるはずもない。
 人見二尉と(傍から見て楽しそうに)おしゃべりする村雨の姿を見た川内たち残りの三人は、彼女に意味ありげなにやけ顔を向けて暗黙の茶化しをするのだった。


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 人見二尉が合図をしたのでおしゃべりもほどほどに、川内たちは艦娘の制服の上に航空隊用のジャケットとヘルメットを受け取って装備し、颯爽とヘリコプターに乗り込んだ。最後に人見二尉が乗り込んで扉を締める。
 川内たちを載せたヘリコプターは空気を掻き分けるプロペラ音を立ててあっという間に基地の北東部分が小さく見えるほどの高度に達した。

「うわぁ~~!すっごいすごい!高い! 楽しいっぽい!!」
「夕立ちゃん、落ち着け。あたしもすっげぇうれし楽しいんだけど、時雨ちゃんには負けるんだ。ね、夕立ちゃんもでしょ?」
 そう言って川内が前の列にいる夕立に手招きと指し指で示した先には、静かにしかし後ろから見ても目を爛々としているとわかるオーラをビシビシと発揮して外を見ている時雨の姿があった。
 時雨は左舷でヒソヒソ呟く声の存在に気づいていたが、それよりも自身の心の喜びのほうが優っていた。夕立の茶化しもツッコミ返さないほど窓の外に釘付け状態である。そんな親友の姿を見て面白くないと悟ったのか、夕立の意識はすぐに川内に泣きつくように向かった。
 川内も珍しくからかえそうな相手が煽り耐性が強そうなのを悟ると、すぐに興味と意識を切り替えた。

 ヘリコプターはすぐに訓練現場に到着せず、ヘリコプター搭乗員となった艦娘たちに乗り心地を味わってもらうためのデモンストレーションとして数分間は基地の北東周辺をホバリングしていた。
 訓練現場に向かうその前に、川内はどうしても尋ねたいことが人見二尉にあった。
「ねぇねぇ人見さん。このヘリってあれでしょ。米軍のあの機体がベースでしょ?」
 人見二尉は目を見張った。まさか女子中学生が知っているなんてと内心驚きに驚いたが、至って落ち着いてにこやかに答える。
「この機体はUH-102J救難機。米国S社のSH-102シーホーク、LAMPSヘリコプターを元に海上自衛隊向けに改良された機体です。この機体のシリーズの運用は80年以上前からの伝統ですよ。中学生なのにもしかして知ってたりするのかい?」
「あの~、あたし高校生ですよ。時雨ちゃんたちとは学年も学校も違います!しっつれいですよ、レディに。」
「あぁ!これはゴメンなさい!川内さんでしたっけ。えぇと、君はこのヘリのこと知ってるのかい?」
 川内は自身の見た目と年齢の測り違いにやや憤りを感じたのか、口をつぼめて片頬を膨らませた。ストレートにイラッときたのは本当だが相手は完全に他人。そのためちょっとだけ見栄を張って女の子らしさをアピールするため、普段使わない表現を交えてみた。言ってみて自分で恥ずかしくなり顔がやや赤らんだ川内だが、相手はそれを別の感情と捉えた。
 人見二尉は相手が感情的になったのを慌てて取り繕った。話題そらしのため質問をするのも忘れない。川内も変に自身の女子面にツッコまれても対応できないため、頭をすぐに切り替えて人見二尉からの質問に返事をした。
「はい。この機体のモデルのヘリって、○○っていうゲームに出てきましたもん。これって元のSH-102も哨戒用でしたっけ?」
「えぇそうです。俺はそれプレイしたことないからわからないけど、川内さんみたいにゲームを通じて知ってるって子は多いのかな?」
「あたしはゲーマーなんで。あと適当に色々かじってます。だからゲームや漫画で出てきて知ってる乗り物に乗れるのって、結構ガチで嬉しいんですよ。人見さんってゲームしますかぁ?」
「ハハ。もちろんするよ。女の子ってこういう乗り物やゲーム興味ないかと思っていましたが、君みたいな子がいてよかったですよ。」
「あ~、まぁあたし昔から男子趣味多かったから、変わり者っちゃあ変わり者です。人見さんと趣味合うなら、もっとお話したいなぁ~~。」
「ハハ。任務ないときなら、俺で良ければ。」
「やったぁ!鎮守府で趣味合う人ってとっても少ないんですよぉ。だから人見さんがいてくれて嬉しいなぁ~。」
 川内の素直な気持ちは若干の甘えた声で発せられた。本人的にはあくまで趣味の合う合わないの判定から来る喜の感情の溢出にすぎない。ただ、相手がどう思ってしまったかは別であり、川内は自身のアクションがどう思われるか気にしないし気がつけない性分だ。それは過去もそうだが、今この時もそうだった。
 最前列の座席にいて、直接川内の顔を見られなかった人見二尉は若干声の調子を狂わせつつも平静を取り繕って言葉をかけ返した。

「さてと、ヘリコプターは堪能しましたか?それではそろそろ訓練再開です。海上で皆さん待っていますからね。」
「「「「はい。」」」」


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 川内たちが訓練現場の上空に到着すると、人見二尉は二列目、真ん中の列に移動し、座っていた夕立と時雨を端に詰めさせて反対側のドアのロックを解除した。
 ガチリ、と重々しい機械音が響く。
 次に人見二尉は転落防止のための扉前のゴムロープの留め金を回しロックを外した。

「それでは皆さん、ジャケットと一緒につけてもらったベルトにこのコードのフックを付けて下さい。ここから先は扉を空けて作業を行うので、不意に落下しないよう、細心の注意を払ってください。」
「「「はい。」」」
「あの~人見さん。質問です。」
「はい、なんでしょうか?」
 川内は思ったことがあり、手を挙げて尋ね始める。
「普通に隊員の人がロープ無しで飛び降りるってことあるんですか?」
「えぇ。任務によってはそうすることもあります。専用の訓練を受けた部隊もいますよ。艦上や陸上にもロープ無しで降りる局面も想定しています。」
「へぇ~~。あたしたちはそういうのやったらダメなんですか?」
「……申し訳ないが、その質問には答えられません。亥角一尉および担当部隊に確認が必要です。」
 先ほどまでの軽い雰囲気で答えてくれると思っていた川内は、すでに思考の切り替えができていた人見二尉に真面目に返されて戸惑っておののき、ぼそっとつぶやくのみでおとなしく引くことにした。
「でも、あたしたち艦娘は洋上なら飛び降りても問題ないと思うんだけどなぁ……。」
 川内のつぶやきを誰も気にせず、全員飛び降りるための準備が整えられた。

 先陣を切ったのは時雨だった。時雨は人見二尉によってジャケット付属のベルトの金具にロープを接続され、その半身を外に乗り出した。時雨は指示通りに縄梯子を外に投げ出し、海上ですでに引き上げられていた遭難役の人形を縄梯子に引っ掛けた。
 動かない人形のため、勝手に登ることはない。あくまで救助時のシミュレーションのため、梯子を登らせる仕草を洋上とヘリコプター上の担当が行う。そしてその後は人形をヘリコプター上の時雨が引き取ってつかみ取り、引き上げた。ヘリコプター上に乗った人形は時雨の手から人見二尉の手に渡り、そして介抱を担当することになっていた夕立と村雨が人形を触り、午前中の介護の手順に従って介抱していく。

 一人余った川内は、何もしない担当というわけではない。川内は二巡目として、時雨の代わりにヘリコプターから身を乗り出して海上の担当者から遭難役の人形を受け取る役目を担う。
 人見二尉の指示で救助作業の二巡目に入った。
 川内は指示通りに半身を外に出し、海上にいる担当者から人形を受け取って引き上げ、そして機内にいる村雨たちに介抱を引き継いだ。
 当たり障りなくスムーズに終始した救護訓練の内容に川内は不満タラタラだった。その原因は見栄え良く激しく動ける行為ができないからだ。せめてこのヘリコプターからさっそうと飛び降りて海上に降り立って遭難者を助けるようなことができれば、違うだろうが。
 しかし大人に、男性に怒られるようなことはしたくない。見放されるようなことはもってのほかだ。
 川内はかつての親しい人との思い出と今現在の理性、そして今この場にいない先輩に迷惑をかけたくないために行動を留まらせていた。


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 海上での救護訓練が数巡し、艦娘たちにうっすらと疲れが見え始めた。
 海上では浮かび自在に進むため、艤装の主機へ念じるための精神力、そして立ち居振る舞うための体力が艦娘にとって必要である。その疲れは海自の隊員が想定するよりも著しい。それは今この場の艦娘の大半が基本訓練終えてまもない成り立てであることも原因の一つである。

 初日の体験入隊は夕方16時をもって締め切られた。亥角一尉が艦娘たちをヘリポートの一角に集め、先頭に立って演説ばりに声をかけた。
「これにて初日の体験入隊のメニューを終了します。通常の体験入隊であれば、この後宿舎にて体験宿泊もしていただくのですが、あなた方にはそれぞれの鎮守府からご予定を承っておりますので、この後はそれぞれの提督または引率の方のご指示に従って行動してください。なお、この後の詳細な予定は本部庁舎に戻った後、連絡致します。」
 亥角一尉から初日の訓練終了の言葉を聞き、艦娘たちは様々な声色を立ててワイワイと騒ぎあう。やっと休めるという安堵感が艦娘たちを素の少女たちに戻させていた。
「はぁーあっと!終わった終わった。なんとなく物足りない感じがあるけどなぁ~。」と川内。
「皆さんお疲れ様でした。妙子ね……妙高姉さんのところに戻りましょうか。」
 理沙が主に中学生組に声をかけると、彼女らは口々に甘えだした。
「エヘヘ~なんだかんだであたし疲れたっぽい~! あたし頑張ったんだよ先生。ほめてほめて~!」
「僕も今日は誘惑に耐えて頑張りました。」
「フフ、はいはい。皆頑張っていたの先生、遠くからですがちゃんと見ていましたからね。」
 誘惑という言葉の指すところがわかっていた川内と村雨は含みのある笑顔を時雨に向け、彼女を慌てさせる。そんな掛け合いを見て理沙は優しく微笑むのだった。

「そういえばさみと不知火さんはもう来てるのかな?」
「私達は体験入隊でずーっと訓練してたから、どこにいるのかわからないわねぇ。」
 気を取り直した時雨が誰へともなしに問いかけると、村雨が相槌を打ちながら言った。

 時間にして17時近く、川内たちは本部庁舎の鎮守府A向けに割り当てられた小会議室で妙高そして不知火と再会した。いると思われてた五月雨は、川内達が会議室に入った数分後、那珂とともに姿を現した。半日ぶりの再会を喜び合う一同はこの日の体験談を尽きることなく歓談し合う。その楽しいおしゃべりはこの日宿泊する宿への道すがらも続けられ、お互いの体験を羨望し、茶化し合うのだった。

観艦式の練習1

 川内たちが体験入隊の本メニューを始めた頃、那珂は自衛隊堤防近くの施設の前に数人の艦娘とともに集まった。一同は同じジープに乗ってきたため、車内で簡単に自己紹介しあった。
 神奈川第一の艦娘は、次のメンツだった。

先導艦、戦艦霧島
供奉艦、重巡洋艦足柄、妙高、那智、羽黒
第一列、戦艦陸奥、榛名
第二列、空母赤城、加賀
第三列、軽巡洋艦夕張、駆逐艦太刀風、峯風

 先導艦を担当する戦艦霧島を名乗るのは、キリッとした目つきで戦艦金剛型の制服である巫女装束のような衣服を身につけている、32歳の女性だった。つまり今回の観艦式の全体の指揮を務めるリーダーである。
 厳しそうな見た目通りのキビキビした口調で気丈そうな、しかし相手に会話の主導権を適切に振る話運びが上手で明るい女性だ。
 他の艦娘とも那珂は一通り話して自己紹介している。
 いずれの人物も話してみると意外と協調性のありそうな雰囲気を讃える人物ばかりであった。
 会話をしていて那珂はある共通点らしきものに気がついた。全員お互いが互いに親しげに接しあっている。以前天龍が、艦娘同士はあまり仲良くしない、と話していたのを思い出した。おそらくそのような関係の中で、艦娘の観艦式をする人物は、性格の明暗や協調性の有無も(お隣の鎮守府では)重視されて選抜されるということなのだろうか?
 このような中に自分が加わったことは、悪い気はしないし隣の鎮守府たる神奈川第一の艦娘とも仲良くやれそう、那珂はそう見方を改めた。

 川内たちが自衛隊堤防を使う遥か前、那珂たちは自衛隊堤防に集まっていた。神奈川第一より12人、鎮守府Aより那珂一人の計13人がそれぞれの艤装を身につけ、先導艦霧島の前に雑な並びで立っていた。
 今この場に海自の隊員は、案内役以外にはいない。観艦式の練習と作業は完全に艦娘たち、鎮守府もとい深海棲艦対策局側の責任と担当のもと行われるからだ。

「それじゃあみんな、これまではうちの領海内でやってたけど、今日は初めて本番と同じ海域でやるわよ。準備はいい?」
「「はい!!」」
 すでに何回も練習しているメンツのためか、霧島の掛け声に那珂以外の艦娘たちは軽快な返事をする。この場では完全にアウェイな那珂はさすがに軽い調子を出せずにまごついていた。
 那珂の様子に気づいた霧島は手をパンパンと打ち鳴らして注目を集め、再び口を開いた。

「みんなちょっと聞いてくれる? 今回は千葉第二鎮守府より、特別に二名参加してもらうことになりました。那珂さん、ちょっとこっちに来てくれる?」
「あ、は~い。」

 那珂は霧島から手招きを受けて霧島の隣に行き、霧島から目配せを受けて自己紹介をした。
「え~っと改めて。千葉第二鎮守府から参加させていただくことになりました、軽巡洋艦那珂です。あともう一人、駆逐艦五月雨がいるんですけど、彼女は秘書艦の仕事が残っていまして、少々遅れる予定です。本番ギリギリの参加になってしまいでご迷惑をおかけしますが、あたしたち二人をどうかよろしくお願い致します!」
 那珂は大きな拍手で迎え入れられ、気分は普段の70~80%の調子を取り戻しつつあった。ニンマリした笑みで艦娘たちに視線を左右に送る那珂に、霧島は優しく言い聞かせるように言った。
「那珂さんたちには第四列を任せたいの。つまり最後尾よ。やることは普段艦娘の私達がすることの組み合わせだから簡単よ。内容としては艦隊運動から砲撃、雷撃、機銃掃射、こちらの空母艦娘の二人は艦載機の発艦・編隊飛行・着艦、そして艦娘同士の一騎打ちの模擬戦。私達自身、全員揃って実際に海上で練習したのはつい5日程前からなの。那珂さん達は練習初めての参加ですので申し訳ないのだけれど、まずは見ててもらえるかしら。私たちの動きを真似てくれればいいから。私たちとは練度が違いすぎると思うけれど、それくらいは出来るわよね?」

 最後の言い方に那珂は何か引っかかるものを感じた。しかし特段気にするものでもあるまいと当り障りのない程度に返事をすることにした。
「わかりました。えっとぉ、さすがにいきなり加わるのもつらいですし。」
「えぇ。あ、そうそう。もし私たちの動きとメニューについてこられなそうだったら、フリーパートで何か考えてあげるわ。後は皆あなたに合わせるから。ここにいるみんなはそれくらいの器量は持ち合わせているから、安心してくれていいわよ。」

 那珂はまた引っかかるものを感じた。基本優しく真面目な人なのだろうが、なんとなく言葉の意味合いの表面に近い部分に高飛車か横柄さを感じる。
 もしかしてかなり下に見られている?
 しかし仕方ない事情がある。本来何度も練習しておかなければならない行事に、直前で加わるのだ。相手のペースと和を崩しかねない大事だということは理解しているつもりだ。
 だが先導艦たる者として、きっと提督同士の連絡を多少なりとも聞いていて分かって事情を把握してくれているだろうと思いたい。だがしかし言い方が気に入らない。優しくて穏やかそうな口調なのに何か気に入らない。
 ともあれ初めて作業をともにする他鎮守府の人間である。その力量もわからないのはお互い様だから無意識の態度に表れてしまうのは仕方ないことなのかもしれない。
 そう那珂は考えて憤りを抑える。

 兎にも角にも主体は神奈川第一鎮守府のメンバーである。観艦式の動きとメニューは全体打ち合わせ後に受け取った資料で多少なりとも理解はしたが、実物を見てみないことには始まらない。
 那珂は霧島率いる11人の後に従うように海上を指定のポイントまで進み、そこから彼女らの動きを観察することにした。


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 目の前で繰り返される、艦隊運動。
 那珂は目の前で戦艦艦娘の極大の砲撃、空母艦娘たちの驚くべき艦載機の操作の様を目に焼き付けた。いずれも自分のところの鎮守府ではまだ見られないものなのでさすがの那珂としても驚き以外の感情は出なかった。
 しばらくすると、第一列から第三列までが間隔を整えて整列し始めた。そして供奉艦の三人が持っていた主砲パーツを上空に掲げた。
 何をするのかとゴクリと唾を飲み込みながら那珂が見ていると、三人の艦娘はその砲身が向かう先へ砲撃を始めた。

パーン!パパーン!パーン!

 それは普通の砲撃ではなく、空砲による祝砲だった。
 祝砲を撃ち終わると、供奉艦の三人は先導艦の方を向く。そして先導艦が手を挙げて合図をして前進し始める。それに供奉艦・第一列~第三列までが続いて一つの巨大な単縦陣になって進み、逐次回頭する。
 そのまま先導艦が進んで途中で停止した。それは那珂の数m目前だ。どうやら観艦式のプログラムメニューが全部終わった、そう那珂は気づいた。


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「これが観艦式のプログラムです。どうかしら?」
「お見事でした!すごい!普通に軍事パレードみたいじゃないですかぁ。ここまで完成されてると、あたしたちが入るタイミングは……どうなんでしょ?」
「あなた方には、第三列と一緒にしてほしいの。動きとしては、第四列として常に第三列の後ろにいてもらうわ。」
 那珂は今まで見た彼女らの動きを頭の中で録画ビデオを再生するように反芻し、顔を挙げて先導艦の霧島に向かって言った。

「動きとタイミングは大体わかりました。もしよかったらあたしを加えて一連の流れをもう一度やりませんか?申し訳ないんですけど、ゆっくりやってもらえると助かります。」
「一度だけで大丈夫? もう2~3回は見せてあげるわよ?」
 霧島の心配げな問いかけに那珂はゆっくりと頭を振って返事をした。
「大丈夫です。記憶力はいいほうなので。あと身体動かしたいってのもありますけどね。」

 普段の茶目っ気半額で言葉を返して小さな仕草をした。抑えたのは初対面の関係であるからがゆえの遠慮と配慮だった。しかし自身の本来の面を垣間見せる事も忘れない。
 ただ那珂の仕草はアッサリと無視された。
「そう。それじゃあ一度加わってもらって、一通り試します。何か意見や問題があればその都度言ってもらって構わないわ。」

 応対に若干の不満を感じつつも表向きは笑顔を絶やさない。那珂はサクッと許可を霧島からもらい、早速加わることになった。


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 那珂は霧島から全体の流れを口頭で再説明を受け、従属する第三列の艦娘三人と話をして意識合わせをした。
 話をしてみると、第三列を成す三人は艦娘になって6ヶ月程度の経験であり、2年も艦娘として神奈川第一鎮守府に在籍している霧島の指示で、最後尾の列を任されたという。艦娘としての練度や経験期間には隔たりがあるのが、そのまま第一列~第三列に表れていることを知った。
 那珂自身もまだ数ヶ月なので、神奈川第一の運用に従うなら、最後尾の第四列というのはなるほど妥当だと納得した。

 先導艦から第四列まで、再びプログラムメニューが行われた。今この時は那珂一人だったので、那珂は第三列が単横陣になると、その真ん中の艦娘の真後ろに立ってプログラムをこなした。
 いずれも那珂ができると自信を得て踏んだとおり、そつなくこなすことができた。
 ただ唯一の不満は、第三列の三人が、思いのほか砲撃や艦隊運動のタイミングが下手だということだった。霧島から指示されて付き従って真似しようにも、どうにも未熟さが気になって仕方がない。彼女らに合わせると、こちらまであらゆる感覚が狂ってしまいそうだ。
 那珂はそのため、全体練習の三度目からは、当の艦娘らを真似するのではなく、あくまでも大枠だけに意識を向け進行することにした。その際、第三列の不手際が目についた時は那珂がタイミングやわざとらしく合図を促して差分を調整した。
 その切替が功を奏したのか、何度目かの練習が終わった後、那珂は先導艦の霧島から賞賛の言葉をもらえた。
「うん。OKよ。那珂さん、あなた想像以上に動けるわね。たった一日、しかも1~2時間程度で私たちに完璧に合わせられるなんて、期待したいわ。それに引き換え、第三列の娘たちと来たら……。」
 霧島は相手の出来が自身の想定と異なっていたのか、あからさまに驚きを隠せないでいる。その様は大げさだ。そしてそれは同じ鎮守府のメンバーへの180度向きが異なる評価としても表された。

「ホラあなたたち! 聞けば経験月数は那珂さんはあなた方と大して変わらないそうよ。別の鎮守府の同じ程度の練度の娘に負けていいの?もっとキビキビ動きなさい!」
「そ、そんなこと言ったって~、私たちにこんな大役やっぱ無理ですって~。もっと経験日数や練度が上の先輩に声かけてくださればいいのに~。」
 そう愚痴り始めたのは軽巡艦娘の夕張だ。駆逐艦たちもウンウンと頷いている。
「あなた達には艦娘として外で活動する自覚が足りないの。ねぇ聞いてくださる、那珂さん。この人たちったら、鎮守府内での練習ではずーっとヘマしてたのよ。タイミングも中々合わなかったし。今日この場で初めて及第点をやっとあげられるってところね。」

 霧島から散々な評価を明かされて悄気げる夕張たち。那珂はよその鎮守府のことなので普段の調子で振る舞うこと出来ずに苦笑いを浮かべるだけに留めた。


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「それじゃあ次にフリーパートをするんだけど、ここでは私たち一人ひとりの基本の動きを逐一紹介したり、艦種ごとに特徴ある運動を見せて締めるつもりよ。ただそれだけじゃ面白くないから……何か案があれば提案してくれないかしら?」
 そう言って霧島が説明しだしたフリーパートでは、当初予定していたと思われる内容が紹介された。堅実にこなそうとする意思が見え隠れしているその内容に那珂はウンウンと頷いて感心げに聞いていたが、正直な心裏では、真面目過ぎてつまらないと思っていた。
 なので提案とくれば色々やりたいこともある。よその鎮守府の艦娘がどの程度動けるのかわからない。もしかしたら自分が常識はずれと思っていることはよそにとって普通のことなのかもしれない。単に自意識過剰になっている、慢心してるだけなのかもしれない。
 試しに提案に交えて伝えて、その反応を見てみる。
「あの~、それじゃあやりたいことがあるんです。」
 那珂は意を決してやりたいことを伝えた。

「は? え……と、本当にできるの?」
 霧島を始めとして他の艦娘たちも開いた口が塞がらないを体現して驚きを隠せないでいる。那珂は気にせず説明を続け、手本を見せる意思表示した。
「ちょっと見ててもらえますか?」

 そう言って那珂はその場から方向転換して霧島らとは逆方向に助走し始めた。姿勢を低くし、数十m疾走した後、前に踏み出していた右足で思い切り海面を蹴りそれと同時に上半身を空に向かって伸ばし、足の艤装の主機から発せられた衝撃波を利用してジャンプした。
 それは普通のジャンプとは桁違いの、人間はもちろんのこと並の艦娘でも出せぬ大ジャンプだった。

 霧島たちは那珂が飛び上がった上空、そして降り立つ場所を頭と首を動かし視線で必死に追いかけた。彼女らが同時に見たのは、最高度で機銃を撃ちだし、海面がまるで雨に打たれたかのように激しく波打つ光景だった。

バッシャーン!!

 那珂は空中で一回転して着水点を前方へと調整しつつ降下し、海面に着水するギリギリで姿勢を本来あるべき向きに戻した。海面に足が着いた瞬間に衝撃で沈まないよう、瞬時に海面を蹴って前傾姿勢を取った。勢いは海面を水平に距離の長いスキップをする力に変換されて那珂をスムーズに水上航行させた。
 那珂はそのスピードを蛇行してゆっくりと落として霧島たちのいるポイントまで戻り、そして口を開いた。
「こういった動きを取り入れて、いくつか演技してみようかなって思ってるんです。もしみなさんが良ければ、あたしの演技をサポートしてもらえないかなって。」
 霧島たちは那珂が口にした空中からの攻撃を実際に目の当たりにして、開いた口が塞がらないでいる。那珂は平然としながらも、実際には相手のこれからの反応を伺っていた。
 やがて最初に沈黙を破ったのは、同じ軽巡と駆逐艦である第三列の艦娘たちだった。

「す、すっごーーーーい!!なにそれ!?何でそんなにジャンプできるんですか!!?」

 駆逐艦たちは軽巡の背に隠れながらひそひそとしているが、そのセリフは驚愕と感心がこもっている内容だった。しかし彼女らと違い、驚きながらも冷静に返してきたのは霧島だ。
「艦娘が大ジャンプするって初めて見たわ。あなたもともとバスケかバレーボールか高飛びでもやったの? 私たち……ではそんなことできる人はおそらくいないわ。悪いけど、あまり突飛な演技はNGよ。いい?」
 言葉と態度の端々に感心がみられるが、冷静を取り繕い、現実的に対処しようとしている。那珂は霧島のその反応に引っかかるものがあったが、ここで引き下がるわけにはいかない。
 自分自身の可能性を大々的に知らしめる目的があるし、何より提督が自分にかけてくれた思いをフイにするわけはいかないのだ。何を言われようが、自分のやりたいことは貫きたいのだ。

「えーっとですね、そんなに変わったをしたいわけじゃないんです。艦娘って身体能力が高まるじゃないですか。それなのに海上をただ進むだけしかその能力を使わないのはもったいないって思うんです。だからあたしはいろいろ試すし、それをうちの鎮守府のみんなにはわかってもらおうとしてるつもりなんです。その可能性をこの場で発表して、当日見に来てくれる市民や観光客に知ってもらいたいっていうか。」
 那珂の言葉に霧島は片手のひらで口から顎を覆い、何かを思案するような仕草を取って沈黙した。そして眉間に寄せていたしわをゆっくりと解きほぐしてようやく口を開いた。
「き、気持ちはわかる。けれど、少なくともうちではあなたのような異常ともいえる突飛な行動は教えないしさせないわ。そんなこと、規律を乱しかねないもの……。」
「そこをなんとか。やらせていただけませんか!?」
 那珂は深く頭を下げる。視界が海面だけになる。聞こえてくる霧島たちのかすかな呼吸に、意識を集中させる。
 しばらく沈黙が続いた後、霧島が沈黙を破った。

「やはりダメ。あなたがすごいことをしたいのはわかったわ。だけど、あなたの水準に追いつくよううちの艦娘たちに配慮するのは私には無理。どうか、私達でもできる内容をお願い。」
 霧島の懇願は当然のものだった。那珂は気持ちはわかったが、自身の思いもあったので納得できない。そこに、ふと別のアイデアが浮かんだ。那珂は返す言葉にそれを混ぜた。

「うー。まぁ。確かにそうですけれど……。あ、だ、だったら、演習試合はどうですか!?」
「「演習試合?」」
 そう反芻したのは霧島だけでなく、神奈川第一の妙高ら供奉艦担当の艦娘らもだった。
「そうです。誰かを深海棲艦に見立てて、残りの人数で戦うんです。ま~普通の演習試合という感じで。」
 那珂の提案の突然の転換に霧島は怪訝な顔をして問いかける。
「いきなり考えを変えるなんてどういうつもり?あなた、さっき自分の可能性を発表したいっていう事を言ったように感じたのだけれど、演習試合とそれとどう繋がるの?」
 那珂は考えをまとめるため、深く呼吸をした後答えた。
「演習試合ではあたしが深海棲艦役になります。それで、皆さんであたしに襲い掛かってきてください。そうすれば、あたしは思う存分振る舞えるし、皆さんは艦娘としての本分を果たすことができます。あたしたち艦娘の事を知ってもらうのに、観艦式で演習試合って、適してると思うんです。」
 那珂の説明に納得するものがあった霧島たちは黙って相槌を打つ。しかし無謀とも取れるその考えに100%の納得を示せない。
「あなたのやりたいこととその意味はわかったわ。それなら私達も通常の演習と同じく行動することができます。けれど……さすがにあなた一人というのは無謀というか、自信ありすぎじゃないかしら?」
「ま~、全部が全部できるとはさすがにあたしも思えないです。けれど、どこまでできるか試してみたいんです。皆さんはそんなあたしを妨害して撃退していただければいいわけですし。これならいかがです?」

 那珂の再びの頼み事に霧島たちは顔を見合わせる。供奉艦の4人と話し合った霧島は一つの返事を那珂に告げた。
「わかったわ。とりあえずあなたの戦闘能力を見せてもらえるかしら。相手はそうね……羽黒。お願いね。」
 霧島に指示された羽黒は肩をあげて思い切りビクッと身体を引きつらせその驚き具合を示す。そして乗り気しなさそうな勢いの返事をしつつも那珂の前に移動した。

観艦式の練習2

観艦式の練習2

 那珂の目の前には重巡洋艦艦娘、羽黒が立っている。といっても鎮守府Aの五月雨たちの学校の教師、黒崎理沙がなり得る羽黒ではない。那珂としても別の鎮守府の重巡洋艦は知る限り、古くも新しくもこの目の前の気弱そうな女性のみだ。
 初めて会ったのは最初の合同任務の時。真っ先に大破して後方に退避してきたその人だ。あれから月日が経ち、どのくらい戦えるようになったのか。那珂は相手のオドオドした雰囲気とは対照的に、自信と楽しさに満ち溢れた笑顔を浮かべていた。

「お久しぶりです。羽黒さん。」
「ふぁ、はい! え……と、ゴメンなさい。あまり覚えてないかもしれませんので……。」
「いーえ。お気になさらずに。以前合同任務でちょっとだけ顔を合わせたことあるだけですし。」
「ご、ゴメンなさい!ゴメンなさい!あのときはそちらの駆逐艦の娘たちにご迷惑を……!」

 話は終わったはずだが、羽黒は非常に小さい声でモゴモゴ言っている。那珂は少々煩わしく感じていたが、意識を切り替えることにした。
「それでは羽黒さん。行きますよ。ねぇ霧島さぁん! ホントに撃っちゃうとまずいから寸止めでいいですよね!?」
「オッケィよ! 間違って撃ってもバリアがあるから問題ないわ。羽黒も頼むわよ!」
 鎮守府外への出張中のため、互いに弾薬エネルギーは実戦用のものが込められているがための判断と配慮だ。それを理解していた霧島の返しで、那珂は完全に戦闘モードに切り替わった。対する羽黒も若干構え方の雰囲気が変わる。

「始め!」

 霧島の掛け声とともに、那珂は同調率を調整した。つまり、自身の意識の向くところと、艤装から伝わってくる微弱の電気、主砲の砲塔にまで伝わる自身の拡張された感覚。 あらゆる神経を研ぎ澄ませた。
 その結果那珂の同調率は直前から一気に5%上昇し、98.2%にまで上がった。
 那珂の艤装、特に足のパーツの主機付近からシューという音がかすれて響く。それを聞き取れたのは装着者たる那珂だけだ。
 足に伝わる感覚まで、いい感じに温まってきた。那珂はそう判断した。

 右足を蹴り出し右半身が若干後ろに、結果左半身が前方に出た形になる。蹴った右足の勢いは主機の動力に従い、斜めになったままの那珂の身体を本当に前へと押し出す。
 一歩また一歩。
 次は左足で海面を蹴り、右半身を左よりも前方へと押し出して身体を逆斜めにする。那珂の身体はわずかに弱まった進む勢いを、左足の働きによって復活させ加速をつなげて一気に進む。
 那珂と羽黒の間は20数mほど離れていたが、那珂はわずか2歩分で羽黒に肉薄させた。その素早さとそれを発揮させた艤装の出力に外野である霧島たちは目を見張る。

「ひぐっ!」
 羽黒が悲鳴を挙げるのと那珂の構えは同時だった。那珂が右腕にある主砲二門を羽黒の胸元にあと1mほどという距離に近づけた時、霧島が合図を出した。
「ストップ!それまで!」
 那珂は主機の出力を一気に下げて停止する。那珂と羽黒の回りには勢いを殺しきれなかったがゆえの波しぶきが巻き上がる。その波が収まり那珂と羽黒の姿がようやく見えたとき、霧島が再び口を開いた。

「わ、わかったわ。今のであなたがどれだけすごいのかわかったわ。もう十分だかr
「霧島。次は私と赤城さんに相手をさせてもらえないかしら?」
 霧島の言葉を遮って神奈川第一の艦娘たちの集団からハッキリ姿を見せたのは加賀だ。
「えっ、加賀さん?」
 戸惑う霧島を気にも留めない加賀。そんな彼女の隣には赤城がいる。彼女も集団の中から抜け出していた。

「こんな面白い娘、なかなかお目にかかれないわ。ねぇ那珂さん。そちらの鎮守府には空母の艦娘はいらっしゃるのかしら?」
「え……と。いません。うちには駆逐艦、軽巡、重巡しかいないので。」
 加賀の質問に那珂は一瞬戸惑いつつもサラッと答える。加賀はその回答を聞いて「ふぅ」と軽い息を吐いて続きを口にした。
「そう。艦娘の可能性を試したいというあなたに協力してあげるわ。私と赤城さんは空母の艦娘でね、さきほども目にしたと思うけれど、艦載機を操れるの。」
「はい。見させていただきました。」
「すごい運動能力を発揮できるあなた、対空はどうかしら? 私と赤城さんの航空攻撃をさばくことができたら、私たちは以後不平不満を一切言わずにあなたの指示に従ってあげるわ。どう?私達との勝負受けてみない?」
 加賀は目を細めて、鋭い眼光を那珂に送る。
 那珂はそのあまりの眼力の強さと彼女の全身からにじみ出る覇気にやや引き、努めて軽い雰囲気で返した。
「え~っと、あの。そ、そこまで本気になっていただかなくても……。それに何が何でもあたしに従って欲しいとかそこまで考えていないので。」
「乗るの乗らないの。どっち!?」
「は、はい!お、お願いします!!」
 本能的に逆らえぬ、逆らったらアカンと脳で理解した那珂はとっさに肯定の返事をしていた。


--

 那珂の目の前30数m先には、空母の艦娘加賀と赤城、そしてなぜか重巡那智がいた。

(うーん。あたしはてきとーに軽い雰囲気で皆全力で色々試しましょ~って言いたかったんだけどなぁ。あたしも全力出すからみなさんもって。なんでこんなガチの戦いを迎えようとしてるんだろ?)

 予想外の展開に那珂は心臓が早く鼓動していた。しかしその心にあるのは見知らぬ敵に対する恐れなどではなく、静かに燃え上がる感情だった。明確に気づいていなかったが、その興奮はどうやら周辺の艦娘にも伝達していた。

「さて、なんだか面白いことになってきてワクワクするわ。コホン。よいかしら那珂さん。それから加賀さんに赤城さん、那智。」
 四人共コクンと頷いて霧島の言葉の続きを待つ。
「3分間、那珂さんは加賀さんと赤城さんの攻撃をしのいでください。今回は撃ってもOKです。ただし、空母の艦娘は航空機を発着艦させるときに確実に無防備になるから、彼女らが放つ動作をしているときは攻撃しないで。あまりにも有利不利がハッキリしてしまうから。もしお互いの攻撃が当たった時、危ないなと思ったら手を挙げて轟沈判定を宣言してください。4人共いいですか?」
 霧島の説明に四人は深く頷く。

(ま~いいや。うちの鎮守府にないタイプの艦娘の攻撃。那珂の艤装と能力を試す絶好の機会だもんね。)
 那珂の意識は完全に目の前の敵に向いた。それは加賀たちもそうだった。

「始め!」
 霧島の合図が響き渡った。
 合図と同時に加賀と赤城は矢筒から矢を素早く抜き取り、弓にあてがって空へと放った。続けて二度三度。複数の矢はホログラムをまとって戦闘機・爆撃機・攻撃機へと変化する。
 さすがに先程の重巡一人との戦いとは違い、戦闘スタイルもパターンもわからないため、艤装の可能性に任せた破天荒な動きをする気にはなれない。ルールには一応従う必要があるため、那珂は加賀たちが発艦の動作をしてる最中は狙うことはせず、ただ若干距離を詰めるのみにした。
 しかし機会を伺う。

 軌道に乗ってきたのか、艦上機は加賀たちの上空を去り、那珂の方へと向かってきた。

バババババ

 那珂から見て2時と10時、11時の方向から艦上機がやってきた。放たれる機銃掃射のような連続攻撃を那珂は蛇行しながらかわす。避けきったと思ったその時、背後から機銃掃射でない音を聞いた。

ヒューーー……
ザプン、ザプン

 何かが海中に落とされた。

 そう気づいたが、それが何かはわからない。しかしこのまま背後を取られたままではまずいというのは理解できた。那珂はとりあえず前進すると、何かを落とした艦上機が那珂の上空を通り過ぎ、2時と11時の方向へと飛んでいきそれぞれが0時の方向に弧を描いて交差して飛び去っていく。
 那珂が身体を右に傾けて前進するコースを僅かにずらした時、元いたコースを通り過ぎる緑色の発光体を海中に見た。そして……

ドボオオオオォン!!!
ズドボオオオ!!

 2m近い水柱が立つ爆発が連続して起きた。那珂はその影響の海面のうねりに足を取られて前へとつんのめる。しかし転倒するほどに至らずギリギリで耐えてバランスを戻して前進を続けた。
 安心したのもつかの間、今度は3時と9時そして角度はハッキリわからぬ背後から再び機銃掃射を受ける羽目になった。

「うわっとと!きゃ~~怖いなぁ~もう!」

 必死に蛇行してかわす那珂。機銃掃射をしてくる艦上機に気を取られ、気づくと那珂はなかなか加賀たちに近づけないでいた。
 仕方なく距離を開けるため方向転換した。空からの攻撃をかわしつつ意識をチラリと加賀たちに向けると、加賀と赤城の前には那智がまるで仁王立ちのようなポーズで立っていた。
(なるほど。空母を守るために那智さんがいるのね。)

 かわしながら相手の陣形や攻撃パターンに慣れ始めた那珂は、ようやく動きを大きく荒らげる気になった。
(うん。だいぶ慣れてきた。これなら……思い切り大きく動いても大丈夫かな? さーて、那珂の艤装。あたしの考えてることを実現させてね。)
 艦上機からの攻撃をかわしながらそう心の中でしゃべる那珂は、左手に取り付けた機銃の方向と角度を調整しながら姿勢を低くし、ある程度直進した後、思い切り海面を蹴ってジャンプした。

 空中で身体をひねり、錐揉み飛行するように那珂は身体を回し、そして機銃から一気に射撃した。適当に撃つのではなく、自身の動きについてこれずに空中を手持ち無沙汰にさまよう航空機めがけて。

バババ!ババ!
ボフン!


 5~6機ほど飛んでいた艦上機を一気に4機撃墜した那珂の着水する先は、那智の数m手前だった。着水する前、那珂は右手の主砲を向けて那智に空中から砲撃した。

ドゥ!ドゥ!

 那珂のジャンプからの行動に意識を取られて那珂の行動の先への警戒が遅れた那智は、那珂の砲撃一発をバリアで弾いたものの食らったと思いのけぞって体勢を崩す。
 そして加賀と赤城を守る体勢にほんの少し隙間が出来たのを、那珂は逃さなかった。


ザッパーーーン!!

 激しく立ち上る波しぶき。
 着水した那珂は勢いを殺すことなく加賀と赤城そして那智の三人の間めがけて一気に突進する。そして、三人のトライアングル状になった約3m間隔のスペースにて、三方向に向けて連続砲撃を行った。

ドゥ!
ドウ!
ドゥ!

バチッ!
バチ!バチ!


「くっ!?」
「きゃっ!!」
「うっ……!」

 同時に響く加賀・赤城そして那智の悲鳴。砲撃を弾いたバリアの音と火花により意識を自分自身に強制的に戻された空母の二人は操っていた艦載機のコントロールを喪失させてしまった。
 コントロールを失った艦載機は瞬間的にただの矢に戻り、重力に従って落ちていく。加賀と赤城が気づいてコントロールを戻そうとしたときはすでに着水し、浮かび上がらせることができない状態になってしまっていた。

「そ、それまで!」

 霧島が慌てて宣言する。
 那珂の周りにいた三人は姿勢を戻し、現状を受け入れた。
「……ふぅ。わかったわ、あなたの実力。赤城さんはどう?」
 加賀の悟ったようなセリフを受け、赤城は言葉なくコクンと頷いて返事をした。
「私も、異存はない。」那智も加賀に告げた。


--

 三人は霧島に視線のみで結果を伝えた。霧島は4人に近づきながら言う。
「どうやら那珂さんの勝利で納得できたようね。まったく、面白いじゃないの。あなた、艦娘が艦船をモデルにした存在ってわかってるわよね?」
「エヘヘ。はい。」
「だったらなぜ、艦船らしからぬ動きをするの? というよりもできるの?」
 霧島の問いに那珂は顎に人差し指を当てて虚空を見て数秒考え、そして言った。
「だって、あたし達は人じゃないですか? 逆になんでモデルになった艦船の真似をする必要があるんです? あたしは自由に動きたい。それだけです。」
 那珂の回答に霧島も加賀もキョトンとし、やがて笑いを漏らした。
「フフッ。そう……ね。そう言われるそうね。うちでは艦隊運動や艦船の様を参考にして規律を持って行動し任務を遂行するよう教えられてきたから疑問に思うことを怠っていたわ。」
「そうね。私達空母の艦娘も、艦上機のドローンを放つのに艦船ではありえぬ装備で放つのに、うちの教えや艦船という捉え方を盲信していたかもしれないわね。」
 霧島につづいて加賀も吐露した。言い終わると同時に加賀はキリッとした視線を那珂に向けて近づいてきた。那珂は一瞬身構える。
 やや怖いこの人、なんでいきなり近づいてくるの?あたし取って食われるの!?
 などと失礼な思いを抱いたが、彼女の口から飛び出した内容は那珂の不安をそれ以上増大させるものではなかった。

「どうだったかしら?航空攻撃を受けてみて。」
「え、あ~はい。こんなこともできるんだなって感心しました。可能性、感じちゃいましたね~。」
「そう。あなたのところにはまだ空母の艦娘はいないそうだから、よく覚えておくといいわ。直接自分の目で敵を狙って攻撃できるあなた達と違って遠隔操作するから高い技術を要するけど、事を有利に運べるのが空母よ。艦載機のドローンを操作するのに、強靭な精神力を必要とするけれどね。」
 突然のアドバイス。その一言に那珂は思い当たった。自身ら軽巡も偵察機程度の航空機なら操作できるし、その苦労はわかっている。がしかし、今この場では口を挟むのは止めておいた。コクンと頷いて加賀のアドバイスの続きを待つ。

「私や赤城さんが使うのはこの矢状のもので、これらは私達の目となり手となり敵を見つけて攻撃してくれる。敵を離れたところから狙えるの。そしてやられれば操作する私達にもダメージが来る。私達空母が行動するには安定した精神状態・環境が不可欠。ここ一番大事よ。艦載機の発着艦に支障をきたさないためにも、今回の那智のような護衛してくれる随伴艦が必要なの。私達が安定して航空攻撃できれば、敵と間近で戦う前衛の娘達を守ることができる。ひいては市民を守ることにも繋がってくるわ。あなたのところにも空母の艦娘が着任したら、それらの事を念頭に置いて運用なさい。空母を前衛に出したら絶対ダメよ。艦種の間合いをキチンと学べば、そのあたりのことは自然と理解できるわ。」
「はい。ちゃんと覚えておきます。ありがとうございます!」
「といっても川内型の軽巡洋艦は艦載機一応使えるのよね。まぁあなたのことだから、今言ったこともさほど心配いらないかもしれないわね。」
「えへへ。でも操作できるってだけですし~。空母の方々の苦労を本当には理解できてないかも。うちにも空母が着任したら、またお勉強させていただきたいです!」
「フフッ。その時は私か赤城さんを呼んで頂戴。先輩空母としてその人をミッチリしごいてあげるわ。」
「アハハ……未来の空母の人にはぜひお手柔らかにぃ~。」

 厳し目の加賀の唯一のユーモアとも取れる言い回しに那珂は普段どおりの笑顔で笑い、リアクションと言葉を返した。加賀は言いたいことを言って満足したのか、那珂からすっと離れて赤城と霧島の間に戻っていった。
 霧島は加賀の用事が済んだのを見届けると、改めて音頭を取った。


「皆さんいいかしら? 残念ながらうちでは今の方針が変わることはないだろうけど、そちらの鎮守府ではあなたの考えがきっと、大事な要素になるのでしょうね。うん。気に入ったわ。那珂さん。あなたの提案、改めて受け入れさせてもらいます。協力関係にある以上は、先導艦を任された私としては受け入れるしかないもの。けれど、あなたの一に従ってあげるから、私たちの九に従って今回の観艦式に臨んで。こういう公的な活動の場ではうちのやり方に従ってください。それがせめてもの条件です。」
「もちろんです。あたしも全部が全部自由にしたいわけじゃないです。必要なら本当の艦隊運動に似せた動きもアリだと思いますし。」


 那珂と霧島は互いの言葉に承諾した。そして那珂は霧島らにやりたいことの子細を説明しはじめた。


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 その後那珂たちは昼休憩を取ることにし、それから練習を再開した。

 何回もの練習で霧島たちを唖然とさせつつ協力関係の連度を高めていた頃、不意に霧島が全員に合図をして練習を中断させた。何か通信を受け取ったためだ。そして霧島は那珂に向かって叫んで伝えた。
「ねぇ、那珂さん。そちらの鎮守府の五月雨さんが到着したそうよ。今、自衛隊堤防に向かってるそうだから、迎えに行ってあげて。」
「あ、はーい。」

 那珂は軽快な返事をし、方向転換して堤防まで戻ることにした。
 那珂が堤防に戻ったのとほぼ同タイミングで五月雨が海自の隊員に付き添われて来ており、これから海上に降り立とうとしていた。
「あ、那珂さ~~ん!お待たせしましたー!」
「おうわぁあぁ!五月雨ちゃーん!!」
 五月雨が手をブンブンと降って那珂に向かって満面の笑みで合図を送る。那珂はそれを受けて発狂せんばかりに悶え萌え転がりながら海上を一気にダッシュして堤防の岸壁まで駆け寄った。
「よく来たねぇ!待ってたのよぉ!五月雨ちゃんがいないからあたし、よその鎮守府の中で一人っきりで寂しかったんだよぉ!?」
「アハハ。那珂さんってばぁ、そんな事言っちゃって、面白いんだから~~。」
 五月雨が口に手を添えてクスクスと微笑むと、那珂は片手で後頭部を掻きながら笑い返した。そして五月雨が海上に降り立って那珂と同じ高さに並ぶ。二人は付き添いで来た海自の隊員にお礼を伝えて早速霧島のもとへと踵を返した。
 時間は、すでに三時過ぎになっていた。


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 那珂が五月雨を連れて戻ると、霧島たちは二人に気づいて集まってきた。
「すみません、お待たせしました。うちの五月雨です。さ、みんなに挨拶して?」
 那珂が促すと、五月雨は一歩前に出て挨拶し始める。
「あの!千葉第二鎮守府の五月雨って言います!本日は遅れてしまってご免なさい。新規艦娘の同調試験の予定が入っていて、提督の代わりに担当していたので……。あ、でもでも、これから頑張っちゃいますから!よろしくお願いします!」
 五月雨は那珂の時と同様に全員の拍手を受けて受け入れられた。

 那珂は来る途中で五月雨に練習のこれまでの進捗を伝えていた。そのため同じ現状把握をできていると思っている五月雨のやる気っぷりは見るからに熱い。心なしか全身がキラキラと輝いているようだ。

 今日の五月雨ちゃん、みなぎってる!これは楽しいことになりそうかも。

 そう期待した那珂だったが、その思いの半分は外れて落胆させられることになった。
 楽しいことになったのは間違ってはいないが、それは単に那珂が五月雨に対して萌え転がれるという個人的思い否、欲望の面だ。
 心ハラハラする心配・不安という負の面が見過ごせず、楽しむどころの騒ぎではなかった。

「うぅ……ご免なさい。なんだか緊張して思うように動けなくてぇ……。」
「ううん。気にしないで。よその鎮守府の艦娘の人たちとこうして練習するのって初めてでしょ?五月雨ちゃんはあれかな。知ってる人じゃない人と何かするのってあんまり経験ない?」
 五月雨は言葉なくコクリと頷く。やや半ベソをかいている。あまりみっともない姿をよそに晒したくない那珂は五月雨を霧島たちの視線から守るように目前に立ち、フォローの言葉を投げかけた。
「仕方ないよそれじゃ。だから、五月雨ちゃんはまずはあたしを見て、あたしと同じタイミングで動くことを心がけて。あたしは第三列の人たちにタイミングを合わせて動いてるから、あたしが基準になってあげる。ね?」
 鼻をグズッとすすりながら五月雨は再び言葉なく返事をすべく頷いた。

 自分は早めに慣れていてよかった。

 那珂は心からそう思って小さくため息をついた。そして目の前の五月雨の左右の二の腕に軽く触れて促した。
「さ、あともう少し、頑張っていこ?」
「は、はい。」


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 実際のところ、五月雨の出来は第三列の艦娘たちよりも上の出来レベルだったが、那珂が第三列の不手際をカバーするように動き、同じ列の五月雨をやや気にとめていなかったゆえ、五月雨だけが目立ってズレて動いているように見えてしまっていた。
 那珂がよかれと思ってよその鎮守府の艦娘たちのミスフォローをした行為は、自分の鎮守府の五月雨までをフォロー範囲としていなかった。後でその状態に気づき那珂は、己の立ち回りそして気配りの失態を悔やんだ。

 気を取り直して練習を繰り返す。さすがの五月雨も、列ごとの個別練習では、早々に慣れてきて、今までの遅れを取り戻さんばかりの成果を見せ始めた。ただ、全体練習となると途端にタイミングをずらし始めてミスを連発する。那珂は、五月雨が全体を見ていないことに気がついた。おそらく自身の失態を恥じて挽回すべく、自分のことしか見ていないということなのだろうと察する。
 一度は指摘していたので、那珂は二度も三度も五月雨に同じ指摘をする気はなかった。ただ唯一、第四列の演技が始まる直前と最中の要所要所で、目線と頷きでわざとらしく見せるのみだ。

 夕方、やや夜の帳が降りかかってきた頃まで全体練習、そしてフリーパートの練習が続いた。最終的には五月雨も全体練習でどうにか及第点をもらえるレベルにまで半日で到達することができた。
 フリーパートに関しては出番が演習試合形式のシーンということもあり、神奈川第一の指揮通りに動くようアドバイスをした結果、フリーパートの練習も五月雨はそれなりに良い評価を得ていた。


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「はーいみんな。今日はここまでよ。それでは集まってくれる?」
 霧島からの合図が響いた。この日の観艦式の練習は終わりが宣言された。神奈川第一の艦娘たちはもちろんのこと、那珂と五月雨も肩で息をして大げさに肩を上げ下げして大きめのため息をつく。
 霧島の元に集まった艦娘たちは彼女から明日のタイムスケジュールを聞き、思い思いに身体をストレッチしながら自衛隊堤防へと戻し、上陸した。艤装は航空基地の敷地内にある自衛隊堤防に一番近い建物の前に戻るまで装着したままだった。那珂と五月雨は明石を見て心から安堵した時、ようやく同調を解除した。

「二人ともご苦労様です。いかがでした~? 特に五月雨ちゃんは後から参加したから色々心配だったのでは?」
「うぅ~、実は。ちゃんとやってるつもりだったんですけど、結局いつものように那珂さんやあちらの鎮守府のみなさんに迷惑をかけちゃった気がします。ダメダメですね私。」
 明石の問いかけに五月雨は口開き始めは穏やかで明るいそのものだったが、セリフの最後の方はシュンと悄げて哀愁たっぷりだった。
 明石は別段深く確認する気はなかったのか、五月雨の弱々しい発言に苦笑いしながら彼女の頭を撫でるだけで、すぐに那珂と五月雨の艤装の解除を促してメンテナンスの作業の続きに戻っていった。
 なお、明石は神奈川第一鎮守府のメンテ担当の技師らとの作業が続くため、那珂や川内たちとはその後も別行動を取ることになっていた。


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 神奈川第一鎮守府の面々が集まり、先に本部庁舎に戻っていく。明石との雑談で時間をつぶしていた那珂たちは彼女らを見送る形になった。会釈をすると、先導艦の霧島が那珂に声をかけてきた。
「今日はご苦労様。たった一日でしっかり私たちについてきてくれて安心したわ。私もそうだけど、今この場にいるうちの艦娘は、よその鎮守府の艦娘と一緒に仕事をしたことなかったのよ。だから今回、隣の鎮守府である千葉第二の人たちとの観艦式の演技、とても不安だったのよ。」
「へぇ~、霧島さんたち、結構ベテランそうですし、慣れてるのかと思ってましたよぉ。」
 那珂のヨイショに霧島は鼻をフフンと鳴らして笑い、思いの丈を打ち明け続けた。
「フフッ、それじゃあお互い様かしらね。」
「エヘヘ~。あ、そうだ。あたしたちだけで自主練したいんですけど、自衛隊堤防って勝手に使ったらいけないんですか?」
 那珂は霧島に合わせた笑い方をしながら、個人的な考えを打ち明けて尋ねる。すると霧島はスッと真面目な顔に戻ると、人差し指と親指でOKサインを作った。
「オッケィ。かまわないわ。海自の担当さんには私から伝えておくわ。そういうマメな努力、私は大歓迎よ。」

 そう言ってスッパリとこの話題を締め切り、艦娘たちを率いて霧島は去っていった。遠ざかる霧島たちの背中をずっと見ていると、那珂の左後方そばにいた五月雨が那珂の視線の先と同じ方向に視線を向けたまま口を開いた。
「私、なんだか安心しました。」
「およ?どーしたのさ?」
「ええとですね、私もなんだかんだで、お隣の神奈川第一の人たちと一緒に仕事したの少ないんですよ。最初からいるっていう特別視や免罪符を振るうつもりはないんですけど、うちで一番経験が長いのにちょっと情けないなぁって。でも、神奈川第一の人たちでも、うちやよその鎮守府と一緒に仕事した経験がない人がいてあんまり悲観的になる必要ないんだなって、気が楽になりました。なんだか、明日の観艦式、最後まで頑張れそうです!」
「五月雨ちゃん……もーーーあなたってば良い子好い子!!」
 ガシッとリアルに音がせんばかりに五月雨に抱きついていろんな箇所をスリスリし始める那珂。
 普段たまに見る那珂の奇怪な行動だが、五月雨としては本心では嫌な仕草ではないので受け入れてされるがままにしてもよかった。しかしここは鎮守府ではない。そばで海自の隊員が顔をひきつらせて、そして心なしかニヤニヤと視線を送ってきていると、さすがに恥ずかしすぎる。
 羞恥に耐えられる基準が那珂と五月雨では大きく異なっていたため、五月雨が恥ずかしくても那珂本人はいっこうに問題ない。むしろ女の子同士のイチャつきを見せつけてやるべとばかりにスリスリペタペタ、ヌプヌプ(?)し続けるが、引き際はわきまえている。
 五月雨が羞恥で頬を真っ赤にして半ベソをかく気配を見せ始めると、文句を言われる前にスッと離れてわざとらしく照れ隠しに後頭部を掻いて謝罪の言葉をそっと与えた。
「アハハ。ごめんごめん。そんな顔しないでよぉ。那珂ちゃんこの通り反省してますから。ほらほら、早く手取り足取り練習しよ?」
「(むーーー)はい。」
 やや頬を膨らませていた五月雨だが、那珂が必死になっている姿を見て、羞恥による憤りをジンワリ解消させて笑顔を返した。それを目に収めた那珂は大げさに胸を撫で下ろす。
 二人は艤装を再び身につけ、堤防から海に飛び込んで練習に勤しむことにした。

夜間の哨戒任務

夜間の哨戒任務

 体験入隊・訓練組、観艦式の練習組全員戻ってきたこと確認し、提督代理の妙高は号令をかけて一路この日の宿へと向かうことにした。
 ただ川内を始め一部のメンバーはこの日哨戒任務があるため、午後10時までには館山基地の本部庁舎前に集合する予定となっている。

 基地に近いとはいえ歩きではそれなりに掛かる距離に位置する宿に泊まるため、特別に基地から送迎の車が用意された。
 那珂たちが泊まる宿はなぎさラインから一本路地に入ったところにある民宿である。二階から館山湾が広く見渡せるその宿の中に案内された那珂たちは、希望通り二階の広間客室で荷物をおろし、腰をおろしてのんびりと寛ぎ始めた。

「はぁ~~。練習疲れたぁ~。ね、五月雨ちゃん!」
「エヘヘ~はい!なんだかクッタクタです。でも楽しかったですよ。」
 疲れが見えるのににこやかな笑顔を見せる五月雨に、夕立たちが絡む。
「ほぅ~。落ち着いたことだし、詳しく聞かせてもらうよぉ~。さみのことだから、ドジして神奈川第一の人たちに迷惑かけたっぽい?」
「もう~ゆうちゃん!私そんなにドジじゃないもん!」
「そうだよ、さすがにお隣の鎮守府の人との場でなんて。……本当に大丈夫だったよね、さみ?」
「……時雨、ちゃん。やっぱり時雨ちゃんも、そう思ってたんだ……。」
「あ、いや、その……なんというか、ゴメン。」
 夕立の軽口を叱りつつも、実は心配だったので確認する時雨。そんな時雨の余計な一言の心配で、五月雨はしょんぼりとしてしまった。

 ワイワイとする中学生組のそばで那珂は彼女らに話題を振るだけ振って机に突っ伏していた。そして会話相手は川内へと向く。
「どーだった、そっちは?」
「うん。結構楽しかったし充実してましたよ。なんといっても、ヘリに乗せてもらったのが一番ですね。」
「ほぉ~~~そりゃいい体験だぁ。空を自由にぃ~とーびた~いなぁ~。」
「ハハ。なんすかそれ。」
 那珂が昔どこかで流行ったか祖母から聞いたかもしれないフレーズを口ずさむと、川内はいかにも適当といった口ぶりで笑いながら反応する。二人ともつまりは真面目に会話する気がないダレた状態であった。

 仕事とはいえ今まで来たことがない地での宿泊は少女たちの心に高揚感を抱かせた。
 風呂は温泉ではないが、いつもと違う環境ということで多少狭くてものんびりと浸かり、食事は海の幸を堪能できて心身ともに癒やし、少女たちはしばしのどかな時間を過ごす。
 哨戒任務に携わる川内・夕立を始めとする艦娘たちは、来る仕事に備えて仮眠を促されるが、そんなことなぞ聞く耳持たんとばかりに約二名は時間ギリギリまで遊びに興じていた。


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 集合時間間近になり、哨戒任務をする川内・夕立・時雨・村雨そして不知火は残る那珂たちに挨拶をして宿の外に出た。9時40分、辺りは完全に夜の帳が降り、小さな街灯が闇に光を照らす。時々なぎさラインを車が通り過ぎる音がブロロと響かせるのみの静けさだ。

「よっしゃ!夜だ!ついにあたしの艦娘の能力、スペシャルスキルを発揮するときがきた!」
「スペシャルスキルっぽい!あたしもあたしも!」
「それじゃあ、行ってきます。」
「行ってきまぁ~す。」
「(コクリ)行って、来ます。」
 興奮する川内と夕立を抑えながら時雨・村雨そして不知火が静かに挨拶をすると、那珂が一言プラスして返した。
「うん。頑張ってね。時雨ちゃん、村雨ちゃん、不知火ちゃん。川内ちゃんのおもりお願いね?」
「ちょっとおぉ!何言ってるんですか那珂さん!旗艦はあたしでしょ!?」
 憤る川内のツッコミを、ケラケラ笑いながら那珂はヒラリヒラリとかわしまくる。五月雨や時雨たちはそれを見て微笑み、これから出動する自身の緊張を解きほぐした。

「それじゃあ川内さんたちを送ってきますから、待っていてくださいね。理沙、二人のことお願いしますよ。」
「うん、わかった。おねえ……姉さんも皆さんも気をつけて。」
「「いってらっしゃーい。」」
 子どもたちの夜道の安全のため妙高付き添いのもと、川内たちは館山基地へと向かった。


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 基地に到着した川内たち5人は昼間に接した人見二尉、そして神奈川第一鎮守府の村瀬提督と出会った。彼らは一人の少女を脇に控えさせ、本部庁舎のロビーにいた。
 彼らは妙高の姿を確認すると、ゆっくりと歩みを進めて近寄ってきた。川内たちが反応するより先に妙高が話しかけて挨拶をする。
「お待たせしてしまい申し訳ございません。ただいま参りました。千葉第二局長代理の重巡洋艦艦娘、妙高です。」
「よろしくお願い致します。」
「よろしくお願い致します。」
 村瀬提督続けざまに人見二尉が妙高に挨拶を返す。語勢そのままに村瀬提督が続ける。
「そちらの五名が夜間の哨戒任務につく娘たちですか。こちらからはこの駆逐艦暁を協力させたいと存じます。ホラ暁、ご挨拶をなさい。」
 そう言って村瀬提督が少女の背中をポンと押すと、その少女はやや嫌がった素振りで一歩前に出てきた。

「んもう司令官! 言われなくても今挨拶しようと思ってたんだからね! あ、えと……初めまして。神奈川第一鎮守府所属、駆逐艦暁です。よろしくね!」

 と見るからに無理して張り切って意気込むその少女は、初対面の川内たちに対しても臆することなくまっすぐ視線を送る。
 その体格たるや、鎮守府Aのメンツの中で一番小柄と思われる五月雨よりも小さい。川内以外は真っ先に頭の中で比較して心の中で苦笑いするだけにした。
 そんな脇で、ある意味夕立の上位互換たる川内はズバリ言ってのけた。
「うわっ、なに?ちっさ。小学生?」

 川内の声が響き渡り、シーンと辺りが静まり返る。言われた本人はポカーンとするが、すぐにワナワナと震える。顔は誰がどの位置から見ても真っ赤だ。
「な、なんてこと言うのよー! あたしは艦娘になって今年で2年目なんだから、経験豊富なのよ。それに中3なんだから。来年高校生よ、高校生! あんたこそ誰よぉ!!」
「暁。落ち着きなさい。お姉さんがはしたないぞ。」
「う……だってだってぇ!」
 川内に突っかかろうとする暁を落ち着けるべく村瀬提督は少女の肩に手をかけてやさしめに諭した。向かい側では妙高が川内の肩に手を置いて母親のように厳しく叱る姿があった。
「川内さん、あなたはこの中で一番のお姉さんでしょ? 相手の体格等の特徴を真っ先に口にするのは感心しませんよ? 暁さんに謝りなさい。」
「え……あ、はい。」
 普段優しい笑顔と雰囲気しか見せたことがない妙高が笑顔50%マイナスで川内に注意を促す。川内はお艦の怖い一面を見て軽く身震いし、すぐに態度を変えた。
「ゴ、ゴメン。いきなり変なこと言って悪かったよ。あたしは軽巡洋艦川内。リアルじゃ高校一年。よろしく、ね。」
「き、気にしてなんか!! う……まぁ、私も大人気なかったわ……って、あんた高校生なの!年上!?」
 暁は受け答えする感情をコロコロ変えて反応し、川内が年上と分かるや更に態度を変化させ、しまいにはモジモジと悶えおとなしくなってしまった。
 それを見た川内は自分の言ったことをまだ気にしているんだな、としか思わずにいた。さっさと自分が失態の話題から離れるべく、大人達に話題を譲るため妙高を急かした。

「そ、それじゃあさ、早く任務の話!しましょうよ!」
「んもぅ川内さんったら……。仕方ない人ですね。」

 挨拶もほどほどに一行は本部庁舎を後にした。


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 人見二尉に案内され一行は艤装を保管してある施設に立ち寄り、各自の艤装を装備して自衛隊堤防に足を踏み入れた。
 そこで人見二尉が皆に促した。
「ここから先は艦娘制度上の話になるので、細かい調整はそちらにお任せしますが、海自からは私が通信の責任者となります。旗艦の川内さんは、通信機およびアプリは大丈夫ですか?」
「もちろん。大丈夫です!」
「定時連絡を忘れないよう、お願いします。」

 その次に村瀬提督が説明をし始めた。
「改めて。君たちと行動をともにしてもらうのは暁です。館山基地の周辺哨戒を受けたのは一応うちということになっているから、形としてうちの艦娘にいてもらわないと後の監査等で面倒なのでね。彼女は出撃経験が多くて戦績も安定している。上手く使ってくれれば幸いだ。」
「もう司令官!使ってくれって何よぅ。艦娘としては私が一番のお姉さんなのよぉ。」
「はいはい。……ということだから。少し我慢してくれ、な?」
「そ、そういうことなのね。うん、だったら仕方ないわ。なんたって私が一番経験年数上なんだものね。」
 村瀬提督は小声で暁に何かを言うと、暁はやや得意げな表情を作り、納得した様子を見せておとなしくなった。
 川内たちはやや釈然としないながらも、暁のことは気にせず話を聞き続けることにした。村瀬提督から哨戒の詳細が紹介された。


「哨戒はこの館山湾全域をお願いしたい。館山湾は対深海棲艦用の海中の網が敷かれているため、網の内と外、二つの海域が対象だ。」
「あ~あの遠くでピカピカ光ってるやつが金網があるところなんすか?」
 と川内が夜目を利かせて確かめると、村瀬提督はコクンと頷いて続ける。
「あぁ、そうだよ。それで今回は0時まで2時間やってもらうことになる。それ以上は艤装装着者制度といえど労基法にひっかかる。」
「労基法って?」
「なにっぽい?」
 川内と夕立の示し合わせたような質問の仕方に一同は苦笑する。それに最初に答えたのは時雨だ。
「はぁ……二人ったら。労働基準法のことだよ。あれ、でも……僕ら未成年は夜10時までしかダメなのでは……?」
 自分で答えておきながら疑問を感じた時雨は視線を妙高と村瀬提督らに向ける。やや特殊な事情が含まれるため人見二尉は口をつぐんだままでおり、村瀬提督が説明を加えた。

「君たちが細かく知らないのも無理はない。労働基準法で18歳未満は10時以降は働かせられないのが通常だが、艤装装着者制度の特別法で、制度上の各地方局の管理者つまり提督の許可がある場合、就労に携わる集団の上長つまり旗艦が16歳以上の場合、上長含めその集団の構成員は年齢問わず0時までの緊急の就労が可能。該当の時間以降は未成年は禁止と決められている。だから今回はそちらの川内担当の君が16歳ということがわかっているから、0時まで可能ということになる。あとは当初の予定どおり、レーダーやソナーによる館山基地からの自動警備体制に切り替える。そこまで、西脇君と話をすりあわせて決めている。」

 聞いてもよくわからんという顔をする川内と夕立は放っておき、時雨や村雨らは自分たちだけでもしっかりせねばと使命感を感じ、村瀬提督の説明をしっかりと心に留めて相槌を打った。


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 一通り必要な説明が終わり、最後に妙高が5人に優しく声をかけてきた。

「それでは皆さん。西脇提督の代わりに、私から一言。気をつけて行ってきてくださいね。みんなの任務が終わるまで、私も本部庁舎で待ってますから。」
「いえいえ。妙高さん、あなたは宿に戻ってくださっても結構です。私が責任持ってそちらの艦娘たちを見送りますので。」
「いえ……提督から代理を仰せつかっている身としては、子どもたちを残して私だけ帰るのも……。」
 妙高が言い渋ると、目の前の夫人を気にかけた村瀬提督と人見二尉が食い下がろうとする。大人のかけ合いが始まったが、心配の大元たる川内たちは大人のすることなぞ我関せずと言った様子で、これから任務を開始する上での心の準備を互いにし合っている。

 譲り合い・気に掛け合いが終わらなそうと分かるや、業を煮やした川内が一言挟んだ。
「あぁもう!妙高さんそんなに心配しないでいいってば!あたしたちちゃんとやって無事に帰ってくるからさ。あたしと夕立ちゃんがいれば、深海棲艦だってバッチリ見えるんだからさ。」
 そう言う川内のセリフを聞いてもまだ不安と責任感で釈然としない妙高だが、これ以上の問答は子どもたちのやる気を削ぐかもと察し、ひとまず引いた。
「はぁ……。それでは信じてますよ。暁の水平線に勝利を。」
「はい。」
 川内たちは出撃時に聞くいつもの掛け声を妙高から聞いてそれを胸にしかと刻み込む。その脇で「えっ、なに呼んだ?」「気にせず控えてなさい……。」というやり取りがあったが、気分が乗っていた鎮守府Aの面々は気にしてしまうという無粋なことはしなかった。
 そして夜もふけきった館山の海にさっそうと飛び込んでいく。妙高らは、彼女らの存在を示す艤装のLED点灯が闇夜に完全に溶け込んで見えなくなるまで眺めて見送った。


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 川内が先頭を進み、残り5人が後を進む。他の鎮守府の艦娘が一人混ざっているため、自分のところの速力区分や航行の号令は使えないと判断した川内は、とりあえず旗艦の自分の数歩分後を保って来いと指示を簡単に出すのみにしておいた。
 とはいえ、時々各自のスマートウォッチを確認させることも忘れない。ことゲームにおいて、ステータス画面を見て自分の強さに惚れ惚れするもとい認識しておくのは重要だと、川内は普段のゲーム経験でわかっているためだ。

 自衛隊堤防からしばらく進んだ後、川内は合図をして一旦停止した。
「よっし。網の内と外やらなきゃいけないみたいだから、二手に分かれよう。異存はない?」
「はーい。大丈夫っぽい!」
「はい、問題ないです。」
 夕立と時雨に続き、村雨たちも返事をする。

「それじゃあ、旗艦のあたしは網の外だ。んで、夕立ちゃんと時雨ちゃん、ついてきて。」
「わーい!川内さんと一緒!一緒!」
「え。(ますみちゃん、ちょっと……)」
「はぁ……ちょっと、待ってもらえますかぁ?」

 川内の指示に飛び上がるほど喜ぶ夕立とは対称的に、時雨は首を傾げて村雨に小声で何かを言うと、村雨が口を挟んだ。
「ん、なによ村雨ちゃん。」
 自分の指示に文句があるのかと、やや不満げにぶっきらぼうに村雨に迫る。しかし村雨は一切臆さずに答えた。
「あのですね、川内さんとゆうは、暗くても深海棲艦が見える能力ありますよね。その二人が同じチームになったら、残りのチームは実質的には哨戒は無理です。どちらかには別チームに移ってもらわないと。」
「それは、確かにそうだね。」
 と示し合わせたように間髪をいれず相槌を打つ時雨。

 村雨の説明を聞いてしばらく頭を悩ませたが、ハッとして気づいたのか、川内は訂正した。
「あ、そっか。そうだよね。ゴメンゴメン。あたしついついゲームのノリでさ。同じチームに同じスキル持つメンバー入れて効果2倍!ってな感じで。だって主人公は強くなきゃいけないじゃん?」
「はぁ……川内さん。真面目にやってくださいよぉ。現実なんですから。」
「だからゴメンってば村雨ちゃん。それじゃあ夕立ちゃんは村雨ちゃんと不知火ちゃんとでお願いね。あたしは時雨ちゃんと暁で組むわ。」
「了解致しました。」と不知火。

「ふえぇ!?あ、あたしはあんたとなのぉ!?」
 鎮守府Aの面々の輪に入れずにまごついていた暁がアタフタと反応する。
「えぇそうよ。なんか文句でも?」
「う……別に、ないけどぉ。」
 モジモジとする暁の反応を川内はもはや気にせず、全員に合図をした。


「よっし、それじゃあ改めて。あたしたちは網の外を行くから、夕立ちゃんたちは網の内をお願いね。今からえ~っと、20分くらいしたらそこにあるライトに一旦集まろう。」
 そう言いながら川内が指し示したのは、深海棲艦対策用の海中網と探知機のある位置を示す警戒灯が埋め込まれたブイだった。指示された全員はスマートウォッチで現在位置を確認し合う。
 川内隊と夕立隊は分かれ、それぞれの海域を哨戒し始めた。


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 10分ほど、網の外側を自由気ままなコースで動いていた川内は、すでに飽きていた。川内は後半になると、移動しながらあくびをしたり、肩や首をコキコキとならして見るからにあからさまな態度になっていた。
 時雨と暁は一応旗艦は川内なため、一定間隔空けて川内の後ろに付き従って移動していたが、さすがに川内の態度が気になってきた。

「ちょっと川内。真面目にしなさいよね。それでも高校生なの?」
 そう暁が不満げな口調で文句を言うと、川内は上半身だけ後ろに向けながら言い返した。
「はぁ? あんた何言ってんのよ。今この仕事と高校生は関係ないでしょ。」
「高校生ってもっとしっかりしてるのかと思ったのよ。あんたは反面教師だわ。」
「イラッとするなぁこのガキ。小学生!」
「あ~!また言ったぁ! ムカつく!あんたと一つしか違わないでしょぉ!」

 すでにこれまでの航行速度から大分落ち、非常にゆるかな速度で激しく言い合う川内と暁。残された時雨は物理的にも頭を悩ませていた。
 この二人のお子様をどうなだめて任務に戻ろうか?
 仮にも年上の二人、片方はよその鎮守府の艦娘、さすがの時雨でも条件が厳しいだけに頭が痛くないわけがなかった。


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「どうだったそっちは?」
 20分経ち、一回目の集合で6人はそれぞれ報告しあっていた。川内が尋ねると、夕立たちはサラリと答えた。

「えぇ、問題ありませんでしたぁ。」
「うん。おっけーっぽい。」
「敵影は認められませんでした。」

「こっちもまぁ大丈夫だったよ。ね、二人とも。」
「はい。特には。」
「問題なかったけど、旗艦には問題アリアリだったわ。」

 最後に一言述べた暁の言い方にカチンときた川内は飛びかからんばかりにすぐさま暁に言い返す。
「あんた一言多いのよ。だからガキなんだってば。」
「ムッカァ~! 問題あったのは事実じゃないのよぉ! 艦娘歴が1年越えてるあたしから言わせてもらえばね、あんなの哨戒でもなんでもないわよ。単なるお散歩、お遊びよ。」
 キャリアとそれなりの口ぶりをちらつかされると、言い返せない川内はわずかに食い下がる力を弱めて反論した。
「そ、それじゃあホントの哨戒ってのどうやるか、教えなさいよ。ぶっちゃけね、あたしは今月基本訓練終えたばっかの軽巡なの。この新人に教えてほしいもんだね。経験豊かなお姉さんなら説明できるんでしょ?」
「あんた新人だったの!? 態度でっかい新人ね……。まぁいいわ。そういうことなら、キャリアでは一番のお姉さんのあたしがあなたたちを指導してあげるわ。ぜひとも頼っていいのよ。」

 暁が胸元に手を当ててやや胸を張りながら言うと、川内は嘲笑の意味を込めて軽く拍手をしてこれから語られる説明を待ち望んだ。
 しかし目の前の暁は川内の態度の裏を微塵も疑っていない。
 いざ暁が説明を始めようとした手前、夕立がいきなり叫んだ。

「あー!なんかいるっぽい!川内さん、あそこあそこ!」
「えっ、どこ!?」

 夕立が気づき指し示した先は、網の向こう側のはるか先だった。当然、川内と二人しか見えないので時雨たちは二人の反応を固唾を呑んで見守るしかできない。
「うーん、かすかに、緑黒っぽく見えるね。かなり小さいから、結構遠いんじゃない?」
「確かにそうっぽい。あたし見えるけどどんくらい離れてるとかさっぱり。ねぇねぇ、時雨たちは?」
「いや……僕らはそもそも見えないから。」
「緑黒っぽい光でしょ?まったくよ。」
「不知火も。見えません。」

 鎮守府Aの面々が語り合っていると、一人前提すらわからない暁が話に割り込もうとして川内に邪険にあしらわれた。
「ちょっとちょっと何よ! あなた達何言ってるの?あたしがこれから哨戒の正しいやりかたを
「あぁうるさい。ちょっと黙っててよあんたは。」

 唖然とする暁をよそに川内たちは、見えたはいいが距離や方角等、どう確かめて行ってみるかを話し合うことにした。
 一人仲間はずれになった暁はワナワナと身体を震わせ、なんとか話の輪に入れてもらおうと忙しなく5人の周りを行ったり来たりし始める。
「ねー、ねー!どういうことなのよぉ~。あたしにも教えてよぉ! 今は同じ艦隊の僚艦でしょぉ! あたしだけ仲間はずれなんて、あとで司令官に言いつけてやるんだからね!?」

 小さい子がママ(パパ)に言いつけてやる、と駄々をこね暴れるその様を想像したのは川内だけでなく時雨たちもだった。
「わーったよ。話してあげるからしつこく聞かないでよねガキ。」
「ムッカァ! またガキって言ったぁ!」
「はぁ……川内さん。いい加減にしてください。話進めましょう。」
 時雨のため息混じりのツッコミが響いた後、ようやく真面目な打ち合わせが始まった。

藪蛇を突く

「ハッキリしているのはだ、あそこが館山湾の遠く端っこかもしれないってことだろうね。」と川内。
「方角的には北北西ですね。二人が指す方角をコンパスアプリで確認しました。ただ距離はちょっとわかりません。」
 時雨が全員に向けて言うと、今までほとんど口を利かなかった不知火がボソッとしゃべった。
「天文航法が使えれば。」
「えっ、なになにいきなり。それなに?」
 と川内がビクッとして聞き返すと、途切れ途切れのほとんど単語の羅列で答え始めた。
「船乗りが。星を見る。それで船や飛行機の位置、把握する方法。航海術。」
「航海術なんて不知火ちゃん使えるの!?」
「(ブンブン)」
 川内がやや期待の声色を交えて尋ねると、不知火は頭を横に振った。思わずコントのようにガクッとズッコケそうになる川内たち。
「ちょっとぉ~。だったら言わないでよね。意外な人が意外な発言するとガチで期待しちゃうじゃん。」
「申し訳ございません。」
 ペコリと頭を下げて謝る不知火は、僅かな灯りの中、最後に小さく口元を緩め、ひと息を吐いた。川内たち4人は不知火のちょっとしたジョークと捉え、クスクスアハハとにこやかに賑やかす。不知火も満更でもない様子で柔らかい雰囲気を醸し出していた。

「まぁ不知火ちゃんの冗談はさておいて、あぁいや、ほのかな期待はひとまず置いといて、現実問題としてはだ。あれですよアレ。ここであーだこーだ言ってても仕方ないから、さっさと行ってみようって話だよ。」
「……最初からそうすればよかったんじゃないんですかね。」
 川内の最終的な意見に、村雨がビシッとツッコミを入れた。村雨のそれはたまに鋭く現実に正直なため、川内はたじろぎ苦笑いして素直に受け入れる。
「き、気を取り直して、それじゃあ行くよ。」
「川内さん、並びはどうしますか?」時雨が質問した。
「いつものまっすぐ単縦陣でいいんじゃないの?」
「でも、見えるのは川内さんとゆうだけですし、もしかしたらということもありますし、守りやすい複縦陣でいきませんか?」

 時雨の提案に何か思うところあったのか、川内は数秒小さく唸って考え込んだ後、頷いた。
「……そっか。それじゃああたしと夕立ちゃんが先頭。あとは適当にどっちかに並んで付いてきて。それとあたしの列と夕立ちゃんの列の間は、20mくらい間隔開けよう。ゲームでも、索敵役や監察方のキャラのスキルは幅広いエリアを対象にするものなのね。あたしたちと夕立ちゃんの暗視能力はなるべく範囲がかぶらないようにして、効果をアップさせたい。マップへのキャラ配置は、まとめて襲われないようにちょっとキャラ同士の間隔を開けるといいんだよね。」
「はぁ……。」
 ピンとこないといった様子で時雨や村雨は返事をする。一方で夕立は川内の言うことなら、なんでも好きといった様子でいる。仮に犬のような尻尾が生えていたならブンブン振っているだろう。まったくわかってないわけではなく多少はゲームをするため、なんとなく川内のいうことの意味がわかるというのも、尻尾をブンブン振れる要因だった。

「偵察や隠密行動では声を張って会話するのはダメだから、以後はスマートウォッチで会話しあおう。みんな、通話アプリはちゃんと常時起動にしてあるよね?」
「「「「はい。」」」」
「よし、それじゃあ出発だ。あの緑黒のやつをなんとしてでも正体突き止めて、ヤバイようなら倒して、明日の観艦式を未然に守ろう。」

 川内のとっさの思いつきの追加案、そして意気込みに、暁を含めた5人はコクンと頷く。これまでの出撃では装着を義務付けられているとはいえ、スマートウェアを特に意識して使っていなかった時雨たちだが、川内の前だとなぜか使う意識が高まる。それが良いことなのか無駄なことなのか判断つかなかったが、ゲームや電子機器に詳しい川内の指示だから、信じてみようという気持ちになっていた。
 目の前の川内の雰囲気は、時雨たち4人にとって、似た趣味嗜好を持つ西脇提督のそれに感じられたのも、信じてみようと思える要素だった。
 当然、違う鎮守府の暁はそこまでの繋がりや思い入れがないため、単に仕事上の指示でしかない。彼女は真面目に返事をして加わるのみだった。

 川内は、那珂や五十鈴とは異なる方向性でもって信頼を得始めていた。


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 川内たちは、発見した未確認の存在に向かい、緑黒色の検出の度合いを頼りにひたすら前進する。
「ちょっと速度上げるよ。夕立ちゃん、操作大丈夫?」
「大丈夫っぽい。任せて。」
 夕立の自信満々な返しを聞いた川内は、スマートウォッチを通して艤装に音声入力して自動的に変更操作した。
 速力は自動車になった。標準速度のスクーターたる10ノットから2倍の20ノットが、主機からの推進力でもって発揮される。

 鎮守府Aの面々は速力区分を決めて練習した後、もっと手軽で確実に速度を切り替えられないか明石に相談していた。機械的な組込は明石の本業の分野だが、艦娘たちの要望には答えられそうになかった。そのため本業のソフトウェア面では得意な提督に相談を引き継いだ。
 提督は艤装装着者制度向けにカスタマイズされた、モバイルデバイス用のOSとアプリ群の開発をかじったことがあるため、艦娘たちの要望を聞いて快く引き受けた。
 ほどなくして、簡単ではあるが一つプログラムといくつかのデータをこしらえた提督は、制度の関係者用のポータルサイトにアップロードし、テスト的に鎮守府Aのメンツに向けて配布した。

 艦娘たちが使用するスマートウェアのOSは汎用的なものだが、艦娘たち専用のアプリや機能が含まれたアップデートが適用される。しかし各鎮守府の独自運用には対応していないため、そこから先は各鎮守府の責任でカスタマイズが許されていた。
 提督が開発し、艦娘のスマートウェアに向けてインストールしたプログラムにより、鎮守府Aのすべての艦娘は、音声入力時に特定のワードの後に速力区分とオプションの単語を喋ることにより、自動的に指定の速度へ変更できるようになった。
 ただ、同調して自分が意図的に出している速度を、身体と意識外でもって勝手に変更されるのを嫌がる者もおり、最初期のこの頃で積極的に使っていたのは、那珂、川内と夕立くらいだった。


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 先頭の二人が出した速度に付き従って速度を上げる4人。暁に対しては直接ノット数で川内が指示を出して従わせた。
 速度を上げて数分経った。川内たちは、館山湾の北にある、大房岬の南300mに迫っていた。
 川内と夕立の目には、緑黒の反応が少しずつ大きくなってきたのがわかった。と同時に、今まで見えなかった角度のため、違う反応も見えてしまった。

「え、嘘……でしょ……?」
「うわぁ~~なんでいきなりぃ?」
 見える二人が驚き落胆する声をあげると、それぞれの後ろを進んでいた、見えない時雨や暁らがすぐに尋ねた。
「ちょっと川内、どうしたのっていうのよぉ?」
「ゆう?どうしたの?」

「夕立ちゃん、見えてるね? 時雨ちゃんと村雨ちゃんを連れてあたしのところに来て。」
 川内は9時の方向20m先を一列に進んでいた夕立たちを呼び止めた。
 緑黒の反応を追うのは一旦やめ、その反応から約300mの距離を保ちつつ、大房岬の南東側の岩礁の一角に集まった。
「いきなり増えた。」
「うん。たっくさん。」
「詳しく教えてよ二人とも。」
 とにかく吐き出したかった感想を口にした川内と夕立は、時雨にせがまれ、少し二人で話し合った後、説明しだした。

「今もちらほら見えてるんだけどさ、多分あそこにおっきな岩場があるんだろうね。その先に、パッと見えただけでも10~20はいたね。ある程度の距離まで行ったら急に見えてきたんだけど……どうやらあたしと夕立ちゃんの暗視能力は、ある程度対象との距離が近くないと、フルに発揮されないようだよ。」
「だったらなんで約3kmくらいあったのに、さっき集まった場所から見えたんですか?」
 鋭い村雨の指摘に、考えてもわからないため川内は勢いを弱めて言いよどむ。
「わかんないよそんなこと。あ、でも……ゲーム的に言うとだ。レーダーとかソナーの反応が強いのは、強敵だったりボスだったりするんだよね。遠くからでも見えるくらい強いやつってことなのかもしれない。だからあいつは、あの集団の親玉だったりしてね。」
 サラリと言う川内に村雨と暁がツッコんだ。
「いやいや、ボスって!それってヤバイじゃないですかぁ!」
「ちょっとぉ~何言ってるのよ! そんな怖いこと言わないでよぉーもう!」
「お? 何よ暁ってば。ベテランのくせして怖いの?」
「こ、怖くなんかないもん!言葉のあやよ。」
 フフンと鼻荒く言い返す暁。

「まぁいいや。ねぇねぇ。こういうときの対処法とか教えてよ。あるんでしょ、深海棲艦の小ボス倒したこととかさ?」
「う、と。あの……」
 川内は真面目半分、からかい半分で経験者たる暁に問いただしてみた。暁はさきほどまで強がっていた様子があたかもなかったかのようにモゴモゴと言い淀んでうつむいてしまっている。
 長いようで短い沈黙が続き、暁はようやく口を開いた。
「ボ、ボスとかそんなの知らないわよぉ!あたし護衛任務や巡回任務ばっかだったんだもん。」
「でも強敵に遭遇してバトルしたことくらいはあるんでしょ?」
「あんたね……どんだけゲーム脳なの? 一旦ゲーム的な考えから離れなさいよ。あ、でも一回だけ、変なやつと会ったわ。」
「そーそー!そういう体験談を聞きたいのよ!」
 生意気な新人の川内が身を乗り出して反応してきたので、気を良くした暁はやや上体を反らして語り始めた。
「神奈川のどこって言ったかしら……思い出せないけど、とにかく海岸に近い岩場の影にね、そいつ潜んでたの。こっちに向かってくるわけでもなく、ひたすら海中で何かもがいていたわ。身体の一部がモゴモゴ動いて気色悪いったらなかったわ。」
「ほうほう。それで!?」
 川内が急かす。時雨たちも興味を持ったのか、ジッと聞いている。
「その時はタンカーの護衛中だったから無視しておいたけどね。でもその時の旗艦の人が気になったからって提督に話したら、数日して威力偵察することになったの。そしたらどうなってたと思う?そいつまだそこにいたの。でも、明らかに巨大化してね。それだけじゃなくて、どことなく形が変わってたわ。そしてそいつの周りには深海棲艦がわんさか。とてもあたしたち6人だけじゃ無理だから、応援呼んで掃討作戦に切り替えてもらって、総出でそこにいた深海棲艦を全滅させたわ。」


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 その後も語られる暁の体験談。初めて聞く、よその鎮守府の戦いの様子の一部始終に川内は興奮した。それは夕立や時雨たちも同様だった。
 よそにはよその戦いがある。当たり前のことだが、それが不思議に思える度合いは新人である川内よりも、それなりに戦闘を経験している古参の時雨や村雨のほうがより強い。

「すっげぇ~~。あたし、初陣が夜戦でしかも個人としてはボロ負けだったから、集団戦って憧れるわぁ。いやぁ。小学生だなんて言ってゴメンね。やっぱ経験者なんだね。尊敬できそうだわ、あんたのこと。」
「ふぇ!? な、何よ態度変えちゃって。ち、調子狂うわねぇ。ま、まぁ、あたしのこと認めてくれるっていうなら、ちゃんと協力してあげるわ。」
「なんたってお姉さん、でしょ?」
「!!!!」
 川内の発言で暁は顔を真っ赤にするが、今度の赤面は、彼女にとって意味合いも感じ方も異なるものだった。暁は5人の目が闇夜にもかかわらず、キラキラと輝いて自分に視線が向かっていることを理解して、気分がさらに良くなっていた。
「ま、まぁアレよ。先手必勝って言葉があるわ。深海棲艦がある程度集まっているなら、すかさず魚雷を撃ち込むのよ。さっきの説明した戦いの時、あたしは雷と白露っていう艦娘と一緒に突撃隊に任命されていてね。三人一緒に雷撃して、他のみんなの戦いを助けたのよ。」
 フフンと鼻を鳴らす暁。


「へぇ~~。先に魚雷をね。なるほど。よし。作戦立てよう。誰かいい案ない?」
「仮にもあんたが旗艦でしょぉ!?」
「いや、だって新人だし。」
「ったく、都合のいいときだけ新人ぶらないでよね……。いいわ。このあたしが今回は特別に突撃隊になって威力偵察してあげるわ。経験者の私が言うんだから、安心しなさい。」
「お。それじゃああたしも突撃したい。」
「あたしもあたしもー!」
「ゆうは止めておきなさい。突撃するっていったら、危険だろうし、今回の敵がまずハッキリしていないんだよ?」
 川内に続こうとする夕立を止めるのはやはり時雨だ。
「そうそう。暁さんと川内さんに任せておきましょうよ。」
「一番経験が浅い川内さんに、任せる私達もどうかと思いますが……。」
 時雨、そして村雨がやんわりと諭して夕立を落ち着かせる。不知火はボソッと村雨の言葉にツッコミを入れ、村雨を苦笑いさせた。

「不知火ちゃんの心配嬉しいよ。でも、ここは先輩として温かく見送ってよ。きっとあたし、無事に偵察終えてくるからさ。なんたって一番の経験者の暁が一緒なんだから、ね?」
「ふえぇ!? ま、任せ……なさいよね。」
 川内は暁の背中をポンと叩いて合図して意気込みを語った。暁がどう反応しても、川内のこの態度は変わらない。当の暁は内心焦りを持ちつつも踏みとどまって強く返した。


--

 夕立たちを300m手前の岩礁付近に残し、川内は暁を連れて南に緩やかに弧を描くように進み、自身にしか見えぬ緑黒の反応を確認する。
「うっげぇ……さっきと変わらずいるわ。てかちょっと多くなった気がする。」
「それで、一番強い反応はどこなの?」
「あそこ。」

 そう言って川内が指差した先は、大房岬の南西の角にあたる部分に存在する、全長37m、横幅最大18mはあろうかという大岩だ。川内が捉えた反応は、その大岩の東京湾側の側面にあった。
 しかし当然ながら暁には見えない。そして二人は大体120mほど離れて見ているため、肉眼ではこの闇夜では深海棲艦の集団の全貌を明らかにすることは叶わない。そこで二人がてがかりとしたのは、周囲に集まってきたと思われる、別の深海棲艦の目や身体の発光部分だ。川内の見た反応とそれらで補完することで、見えない暁の目にも、明らかに深海棲艦が集まっている場所というのはかろうじて感じ取ることができた。
「なるほどね……あの点々はきっと集まってきた深海棲艦なのね。」
「で、いつ雷撃するのよ?」
「は?」
「だから、突撃するんでしょ?」
 暴れたくてウズウズしている川内がそう聞くと、暁は呆れたように言った。
「威力偵察するのよ?本気で戦うわけじゃないのよ。違いわかってるのぉ?」
 川内はブンブンと頭を横に振る。
「軽く1~2発攻撃して、相手の反応を見るのよ。とっても危険だけど効果的な偵察なんだから。当てたらさっさと逃げるの。そのくらい鎮守府で習わないの?」
「そういう実践的っぽいやつはやらなかったなぁ。多分うちの那珂さんや五十鈴さんもそういったの、わかってない気がする。」
 川内がそう愚痴混じりに返すと、暁は再び大きくため息を吐いて、もはや諦めたと言った様子でわずかに動きを切り替えた。
「……そっちじゃあたしでも指導役になれそうね……。まぁいいや。もうちょっと離れてから雷撃するわよ。一箇所からだとバレちゃうから、あたしはちょっと離れるわね。川内の0時の方角に向かって撃つから先にあんたが撃ちなさいよね。」
「おぉ、あたしからでいいのか。」
「当然でしょ。も~しっかりしてよぉ。……うちの川内さんのほうがよっぽど……。」

 ブツブツと不満を漏らしつつ、ようやく暁も川内の暗視能力を認め、川内の行動に沿って動き方を変えることにした。川内は自分が先陣を切れると分かり、ますます興奮した様を見せる。
 そして暁はスマートウォッチのコンパスアプリに川内の0時の方向を記憶させ、川内の10時の方角約50mまで離れた。

 一人になった川内は切り込む自分の境遇に震えが止まらない。失敗すれば外してノーダメージだけでなく、深海棲艦に気づかれて動かれる可能性がある。そうなると危険なのは自分もだが、闇夜で敵が見えない時雨達に危険が及ぶ可能性がある。先輩とはいえ年下の娘たち。彼女らを守る義務がある。使命がある。
 川内は艦娘としては先輩に迷惑をかけられないという律儀な思いを、学生としては高校生として、中学生たちに危ない目に合わせたくない、守りたいという思いを持つ。
 その思いがごちゃまぜになり、敵意を向けるべき思考の展開そして魚雷発射管装置のボタンの一押しに悩んでいた。後はタイミング次第だ。

 頭の中をシミュレーションゲームからFPSに置き換えた。大抵のゲームでも暗闇の戦闘シーンがあるが、プレイヤーからは普通に見える。ガチで見えないゲームもあったが、従兄弟たちからそれはリアルさを追求しすぎた無理ゲーだと、小さい頃聞かされたのをふと思い出した。
 そのごく一部のゲーム以外の一般的なFPSでは、ゲーム的には命中率の数値などプレイヤーが可視できない部分にデメリットがあるのが夜間という戦闘環境の条件。普通に見えるのに当たらないもどかしさを感じたことが多々あるが所詮はゲームだった。
 しかし現実は、こんなにも見えない。無理ゲーと言われたあのゲーム。今なら従兄弟たちの愚痴が理解できそう。
 目が暗闇に慣れてきたとはいえ、遠くでモゾモゾと動く深海棲艦の姿をハッキリ確認することはできない。敵にバレてはいけないため、今回は探照灯をすでに消して久しいのでなおさら見づらい。
 本物の戦闘機や護衛艦であれば、高性能レーダーで敵の艦船や戦闘機を難なく捉えられるのだろうが、艦娘用のその手のレーダーを持ち合わせていないと、これほどまでに不安なのか。自分はたまたま発揮した艦娘川内の特殊能力でもって、裸眼でレーダーやソナーばりに相手の反応を捉えられるようになったのが心からの救いだ。川内の艤装と相性がよかった内田流留に生まれた自分に感謝感謝。

 ウジウジ悩んでいても仕方がない。自分たちから見えないということは、化物たる深海棲艦だって、艦娘であるうちらを確認できないはず。
 悩んで考えていい作戦を出すのは神通の役目だ。一緒に出撃したかったなぁ。

 川内はボタンを押す直前、神通を恋しがっていた。


ドシュ……


 一本の魚雷が深く沈む。海中に深く潜り、海面近くからでは発光する噴射光が見えないくらいだ。すぐさま暁に連絡を入れる。
「暁、撃ったよ。かなり深く潜ってから浮上して当てるようにしたから、そっちも適当にお願い。」
「……うん。わかったわ。」


ドシュー……


 川内から通信を受け取った暁も、自身の魚雷発射管装置のボタンを押し、魚雷を一本発射させた。
 合計2本の魚雷が海底に向かってある程度沈んだ後、目標の深海棲艦と取り巻きの彼らを狙って急速に浮上する。


ドガッ!!ゴボゴボゴボ……


 一本が海中で爆発を起こした。くぐもった音がかすかに聞こえた。それは川内たちにも深海棲艦たちにも気づける現象だった。深海棲艦らが急に方向転換したり跳ねたり沈んだりと活発になる。
「な、なに? やつら急に慌ただしそうに動き出したけど?」
 川内が目の前100m先の様子を口にすると、暁から通信が入った。
「あたしかあんたのどっちかの魚雷が、海底の岩に当たったのかも。そんで爆発したからやつらに気づかれちゃったわ。」
 部位が発光する深海棲艦を観察して、暁も様子の変化にかろうじて気づいていた。原因を想定で言うが、どちらの雷撃が原因だと騒ぎ立てるつもりは毛頭なかった。ただし川内は違う。
「ちょっと~。気をつけてよね、操作。」
「な!? あ、あんたかあたしのどっちかわからないでしょぉ!? 今は言い争ってる場合じゃ


ズッドオオオオ!!!!


 暁が言いかけている間に、海上で水柱が高く立ち上るほどの爆発が起こった。もう一つの魚雷は、狙い通りに深海棲艦に命中したのだ。

「うわっ! 命中した! どっちのだろう?」
「そんなことはいいからぁ!先に散らばったやつらがどこにいるのか教えてよぉ。あたしが見えてる以外のやつもいるんでしょ~?」
 のんびりと状況を実況する川内に暁が通信越しに必死に懇願する。
 その時二人の会話に時雨たちの通信が混じってきた。

「川内さん? 爆発音がしましたけど、大丈夫ですか?」
「川内さ~ん! あたしたちも動きたいっぽい!」
「時雨ちゃん、夕立ちゃん。ちょっと待って!今深海棲艦たちが予想よりも早く動き出て散らばっちゃった。そっちは……多分岩陰で死角になってるから大丈夫だと思う。」
「えっ? それじゃあ川内さんたちは大丈夫なんですか?」
 川内の慌てた気配の声に不安を感じた村雨も尋ねる。
「村雨ちゃんか。あたしと暁は多分大丈夫じゃない、え~っと。どうしよう、暁?」

「ど、どうしようって。い、威力偵察っていうのは軽く当てて反撃で敵の強さを~~~えーっと……。と、とにかく逃げるの! 南に行くと館山に招き入れちゃってまずいから、西に向けて移動するのよ。それから川内は司令官に連絡取って!」
「司令官? うちの西脇提督に?」
「ちがうわ、うちの村瀬さんのこと!!あとあんた海自の人に連絡してないでしょ?」
「やべ、忘れてた。うん、しておくよ。そんであたしはどうすればいい?」
「あ、あたしの側にいてよね。二人で一緒に行動すればなんとかなるでしょ。」
「よ、よし。それじゃあそっち行く。待ってて。」
「ねぇ川内さん!あたしたちはどうすればいいっぽい!?」
「え~っと。見える夕立ちゃんが時雨ちゃんたちの目になって危なくないように待機。あとは適当に任せる!」
「そんな適当な……。」
 時雨の悩ましい声が聞こえたが、川内はすでに気にする余裕が消えていた。

 ほとんどヒステリックに怒られながら忠告を受け、川内は指示されるように行動し始めた。普段頼れるし頼りにしたかった那珂も五十鈴もいない。いるのはお隣の鎮守府のよくわからない駆逐艦艦娘だけだ。それでも経験日数は自身はもちろん那珂や五月雨より遥かに長い。お子様みたいでも、とにかく頼って一緒に行動したほうが間違いなさそう。
 そう心に留め置いて川内は暁との約50mをダッシュして距離を詰める。
 その間にも、散らばった深海棲艦のうち、3~4匹ほどは二人めがけてゆっくりと近づいてきていた。


--

 連絡を取り終えた後、二人は間近に迫りつつある深海棲艦を見据えてやや焦り始めていた。
「うわ!きたきた!」
「距離は!?」
「わかんない!けどまだ少し遠い。」
 川内と暁は並走して西南西を目指して進む。川内たちの右舷めがけて深海棲艦がひたすら進んでくる。動きが軌道に乗ったのか、少しずつ速度が上がる。それは川内の目には、緑黒の反応が拡大してくるスピードが高まってきたことで捉えることができた。
「あいつら海面に完全に半身出してるみたい。撃ったほうがよさそうだ。暁、撃とう!」
「む~~、わかった。」

 二人は複縦陣めいた並走から、単縦陣に移行する。先頭に川内、後ろに暁。川内は右腕の単装砲・連装砲全基を前腕に対し90度右に向け、腕を伸ばさずに目の高さまで水平にあげる。移動しながら狙うので命中率は低くなるかもしれないと判断した川内は、自動照準調整機能を使うことにした。艤装の脳波制御装置を伝って指示して、有効化した。

 自動照準調整機能、川内はそれを基本訓練時ではなく、通常の訓練時に教わって試した。有効化した後、照準を思い描きながら狙いたい相手を凝視し、武器のアクションスイッチを入れる。あとはトリガースイッチを押せばよい。すると、トリガースイッチを押す前に、武器の砲身の向きや角度が勝手に微量動いて調整してくれるのだ。目と手の角度で狙うよりも確かに便利で命中率が高まる。しかし川内は初体験したときからこれが嫌いだった。
 川内型の艤装のそれは、砲身が動くだけではなく、それを構える腕・手に微弱な電流が走り、腕の位置を勝手に変えてくれる。健康に害がない程度のものだが、腕に(カバーを通して)直接主砲副砲を装着するタイプの川内型にとっては、担当者が嫌がって使いたがらない機能だった。
 先輩たる那珂は最初使って驚いたが、数回経るうちに気にしなくなったという。しかし川内は違う。ゲームもオート操作が嫌いな川内は、自分の意思でなんでもやりたい性分だ。ましてや現実に戦うことになる艦娘としては、便利で確実性が高まるとは言え、自分の身体を(これ以上)勝手に動かされてたまるかと辟易していた。
 自分の力で狙って撃って当ててこそ、気持ち良い勝利が得られるのだ。

 しかしいまこの時、夜であること、移動中であること、そして深海棲艦が実際には30mにまで迫ってきている状況では、自分の力だけで狙いすまして倒すのはもはや難しい。
 電流くらいなんだ。同調時のイク感覚に比べたら遥かにマシだ。戦場での気持ちの焦りが、川内に嫌な機能を使わせる決意を持たせる。
 教わったとおりに準備する。一瞬視線を前方から2~4時の方向に向ける。狙いを定めた。後は前方に視線を戻し、移動しつつの砲撃開始だ。
 川内は後ろにいる暁に向かって合図を出した。
「てーーー!!」
「やーー!」


ドゥ!ドドゥ!ドゥ!
ズドドゥ!

 川内は合計3基の主砲から、暁は右腕に装備した連装砲から砲撃した。暁の主砲は右腕にがっしりと装備する、川内型が装備できる同じ名称の主砲よりも、大きめのいわゆる一体型だ。身につけている感覚が残る分武器で敵を狙うという通常あるべき感覚があるし、自動照準調整機能の影響も主砲のパーツ内に終始するため、暁は川内よりも比較的気にせず楽にその機能を使うことができた。

ドガッ!
ドガガァーーン!!

 二人の放った砲撃は、4匹のうち、3匹にヒットした。川内の3発のうち2発と暁の一発を浴びた駆逐艦級だった生物は当たりどころ悪く、頭部が爆散してすぐに息絶えた。
「よし、一匹の反応消えた!」
「やったわね!」

ドドゥ!
ドドゥ!

ズガアァン!

 続く勢いでもう一匹を撃破した二人は、残りの深海棲艦を避けるように針路を北に徐々に向け始めた。しかし前方からとやや遠く北西からは、別の深海棲艦のグループがゆっくりと針路を川内たちのほうに向けて移動してくる。どちらにも川内と暁は気づかれていた。川内たちがそのまま進むと、それらにぶつかる可能性がある。
「まっずい。前に3匹、10時くらいの方角に3匹いるよ。他は……なんかいつのまにか消えてる。パッと見20匹以上いた気がするんだけどなぁ。」
「20匹以上も!?やっぱ威力偵察なんてカッコつけて迂闊にやるもんじゃないかったよぅ……クスン。」
「ちょっと暁。へこたれてる場合じゃないよ。5時の方角と0時と10時の方角、挟まれそうなんだよ!」
「反転して方向変えるのよ!」
「オッケィ!」

 川内と暁は艤装のバランス調整など無視するかのように身体を大きく左に傾け、強引に方向転換した。足元で立ち上がった水しぶきが太ももやスカートを濡らす。姿勢がかなりきわどい角度になっていた川内は左手を海面に当ててバランスを取り、足元以外に海面に航跡を生み出す。今度は南西に向かって進むことになった。
 後からは3+3+2で合計8匹となった深海棲艦が川内たちを追いかける構図が完全に出来上がった。川内は移動しながら夕立たちに通信をした。
「夕立ちゃん。そこらへんにはもう深海棲艦はいないはずだから、出てきてあたしたちを助けて。今7~8匹に追われてる。南西に移動してるから。」
「っぽい!?追われてるって!」
「わかりました。すぐ前に出ます!」
「わかりましたぁ!」
「今、参ります。」
 時雨、村雨そして不知火の返事が後に続く。
 川内のほとんど懇願の指示で夕立たちもようやく岩礁帯から離れ、戦場となった海域に一歩踏み入れた。

支援艦隊派遣

支援艦隊派遣

「深海棲艦の集団を発見しました。場所はえ~っと、メッセで位置情報送ります。一匹でかいのが岩場の陰にいて、その周りに十数匹は別のやつらがいました。あたしはこれから暁と、西に向かって逃げます。」
「えっ!? 交戦中なのですか? ちょっと? 川内さん?」慌てたように問いただす人見二尉。
「川内くん? ……暁、応答しなさい。」村瀬提督は話が通じそうな自分の鎮守府の暁に通信相手を変更した。
「……はい。司令官。」
「詳しい状況を説明しなさい。」

 人見二尉と村瀬提督は艦娘たちを見送った後、館山基地の本部庁舎そばの通信施設の一室で艦娘たちと通信していた。暁と川内は村瀬提督らに説明をすると慌てて通信を切ってしまった。
 二人から詳しい内容を聞いた村瀬提督は腕を組んで考え込んでいた。

「岩場の陰にいる大きい奴……モゴモゴ動いている……その周りには別の個体が……。あの時と似てるな。」
「村瀬さん?」人見二尉が確認する。
「ああいや。以前神奈川の間口漁港付近の航路の巡回をさせていたときに、うちの艦娘たちが一際不審な深海棲艦を見つけましてね。話を聞く限りだと、当時の深海棲艦とその状況に、似てるなと思いまして。」
 人見二尉は話を聞いてもよくわからんといった様子で、ただし失礼のないよう表情だけは真面目に作り、相槌を打って話を聴いている。

「あの……うちの娘たち、大丈夫でしょうか?」
 二人の後から女性の声が響いた。鎮守府Aの妙高である。彼女は結局帰らず、村瀬提督らに付き従って通信設備まで同伴していた。妙高の不安そうな声を聞き、村瀬提督はどう伝えようか一瞬言いよどんだが、包み隠さず伝えた。
「そちらの川内くんが、うちの暁と一緒に深海棲艦を発見したようです。二人の話によると……というわけで、うちの暁が威力偵察をしようと持ちかけて失敗し、そいつらを刺激して動かしてしまったそうなのです。」
 妙高の顔は、提督代理として仲間の艦娘を心配する面と、娘達の身を案ずる母親のごとき面で、二つの隠しきれぬ不安を生み出していた。

「6人で果たしてやりきれるのか。仕方ない。うちからあと2~3人出してやるか。」
 そうつぶやいて村瀬提督が暁たちに援軍を与える考えを漏らすと、それを耳にした妙高がすぐさま意見を出した。
「そ、それでは、うちの那珂にも行かせてください。あの娘なら夜間戦闘も数度経験してますし、川内とはプライベートでも先輩後輩の関係で、お互いをよくわかっています。彼女なら、状況を打開してくれるはずです。どうか、よろしくお願いします。」
 必死な表情で懇願する妙高。村瀬提督は一瞬目を瞑り、聞こえない程度の一息を吐き、一言告げた。

 その後那珂たちが宿泊する宿に連絡が入った。


--

 追われる川内と暁はひたすら針路を西に向けて逃げ回っていた。その後からは合計8匹の深海棲艦、さらにその後ろからは夕立たち4人が追いかけていた。
 すでに大房岬の南西の岩礁帯からは約1.2km離れていた。深海棲艦らは速力を緩めないので川内たちも速力を緩められない。完全に狙われていた。


ボシュ!
ドゥ!!
ブシューー!!!


バッシャーーーン!!
「きゃあ!」
「きゃっ!」

 川内たちの後で水柱が巻き上がる。激しい破裂音が響く。深海棲艦らが体液か何かを発射してそれらが着水した音だ。川内と暁は後を時々振り返り、距離と己らの無事を確認する。
「あいつら、砲撃するタイプなのねー。」
「砲撃ねぇ~。あれを敵艦と捉えていいのやら。」川内は苦笑いして暁の言に反応した。
「体液やら水流やらを発射する様子がまるで軍艦のようだから、みんなそう表現してるのよねぇ。あたしも教わった時、言い回しに違和感あったけど。まぁ、そのほうがわかりやすいからいいんじゃないかしら。」
「ハハ……。あたしたちも“艦”娘だもんね。」

 冗談にも満たない軽口を叩く余裕があるように感じた。あるというよりも、叩いていなければこの緊迫する状況において、発狂するか泣いてしまうと二人とも口には出さないが感じていた。
 数倍の数の敵から追われるという状況が二人の心に余裕をなくし、不安を抱かせていた。艤装がそれを微細に検知し、普段カバーされる心理面の効果を半減させる。今の二人は、間近で深海棲艦を目の当たりにしたら、生理的嫌悪感で吐いてしまうかもしれない状態だった。ただ、その恐れは夜間という視覚が制限される環境的効果によりプラスマイナスゼロとなっていた。

「逃げ回ってるだけじゃ埒が明かない。どっかで撃退しないと。あたしの艤装はそっぽ向いてても撃てるけど、あんたのはそれどうなの?」
「あたしの? ち、ちゃんと見て撃たないとできないわ。」
「よし。それじゃああたしが撃つ。暁は先頭進んで。」

 そう言って川内はやや速度を落とし、暁に自身を追い抜かせて背後に回った。
「そりゃ!」

ドドゥ!ドゥ!

 川内は右腕を背中に回し、砲身が背後の敵に向くように調整した。腕の向きと合わせると、主砲パーツは天地逆転するが、砲撃にはまったく影響はない。
 川内が背後に向けて砲撃すると、ほぼ深海棲艦の間にまっすぐ飛んでいき、着水した。今回は後ろをしっかり見て狙いを定めている余裕はなく、自動照準調整機能を使わなかったために当たらず、単にひるませる程度だった。
 それでも一瞬の怯みが川内たちにとっては助かる一刻となった。スピードも相まって、すぐにプラス15~20mほど間隔が開く。夕立たちにとってはマイナス同等の距離を縮めて迫ることができた。

 しばらく3勢力の追いかけっこが続いた。あまり西に行き過ぎても館山付近から離れて浦賀水道に入り、下手をすれば大洋そして神奈川側に行ってしまうため、針路を東寄りの北に向ける。大きく弧を描くように移動することにした。
 夕立から川内に通信が入った。

「ねぇ川内さん。あたしたちの前にいる深海棲艦、2匹ほどうちらに気づいたっぽい。なんだか方向転換してきたから、これから戦うね。」
「おぉ!助かった!そっちは任せる。」
「ゆうを補足しますと、緑黒の反応が2つほど集団から右に逸れて、大きくなってきたそうです。距離的には僕たちより……多分まだ100mはあります。すみません。アプリを細かく見てる余裕がこっちもありません。」
「いいっていいって。それより時雨ちゃん、そっちの二匹は余裕でイケる? 余裕そうなら1人こっちに加勢して欲しい!」
「その役目、私が。」
「おぉ、不知火ちゃんか。頼む。」
「了解です。」

 お互い通信を終了し、それぞれの目的に取り組み始めた。


--

 一方、宿では那珂と五月雨は寝っ転がり、テレビを見ながらお喋りしてのんびりくつろいでいた。理沙は妙高のことが気になるのかそわそわしていたが、子供達二人に不安を感じさせないためにゆっくりお茶を飲むという動作を繰り返していた。

「今頃川内ちゃんたちは、楽しくやってるかね~?」
「アハハ……。お仕事ですよぉ。でも、ゆうちゃんと川内さんは気が合いますから、二人して能力試したくてウズウズしてたり?」
「アハハハハ~言えてる~! なんだか二人とも夜戦好きになりそ~。」
 那珂と五月雨はテレビの話題から離れ、仲間の話題でケラケラ笑いあっていた。
 その時、部屋の内線が鳴った。那珂は立ち上がろうとしたが、理沙が出る仕草をしたのですぐに腰を下ろして五月雨との会話に戻ろうとした。

「はい。……え、海上自衛隊の基地から電話ですか? はい。替わって下さい。」
 理沙が電話を取ると、旅館の受付だった。取り次ぐとすぐに相手が切り替わる。受話器の向こうの相手は妙高だった。
「あ、理沙?悪いのだけれど、那珂さんに替わってもらえる?緊急事態なの。」
「え、うんわかった。ちょっと待って。那珂さん、妙高姉さんから緊急の連絡だそうです。」
「え!?」
 那珂は素早く立ち上がって理沙に駆け寄り、受話器を受け取る。
「あ、那珂さんですか。大変申し訳ないのだけれど、これからこちらに来てもらえますか?」
「へっ!? ど、どーいうことですか?」
「実は……」

 受話器越しに説明を聞いた那珂が電話を切ると、理沙と五月雨が不安そうな顔をしている。五月雨が口を開く前に那珂は真面目に視線を二人に向けて説明した。
「川内ちゃんたちが、たくさんの深海棲艦と交戦中だって。あたしたちは援軍として出撃するようにって。」
「え!? あ……みんなが、心配です。」
「うん。そうだね。基地から車が来るらしいから、準備だけして外で待ってよう。」
「はい!」
 勢い良く頷く五月雨。二人の様子を見ていた理沙がそうっと声を那珂にかけた。
「あの……お二人だけで大丈夫なのですか?」
「ここから先は現役の艦娘のあたしたちの出番です。申し訳ないですけど、先生はまだ一般人で危険が及ぶといけないので、ここで待っていていただけますか?」
「わ、わかりました。何かありましたら連絡してください。」
 那珂と五月雨はコクンと頷いてそれぞれの制服の袖に再び腕を通し、必要な物を持って宿を出た。ほどなくして迎えの車が到着する。
「それじゃー行ってきます。」
「先生、行ってきます!」
那珂に続いて五月雨が意気込みを口にする。
「早川さん……気をつけてくださいね。危ないと思ったら逃げてくださいね。」
「先生……心配嬉しいです。でも私だって艦娘です。頑張っちゃいますから! 先生はどーんと構えて待っていて下さい。きっと時雨ちゃんたちを無事に連れてきますから。」
 強く決意を見せる五月雨に、理沙は心配100%から少し減少させた表情になった。0%とはいかないまでも、五月雨たちを逆に不安がらせる表情ではなくなった。
「黒崎先生、あたしに任せて下さい。五月雨ちゃんだけじゃなくて、時雨ちゃんたち他の娘もあたしが責任持ってきちんと守りますから。」
「那珂さん……そう言っていただけると安心します。本当なら保護者である私が艦娘になれてさえいれば行くべきだったんでしょうが、どうかよろしくお願いします。」
コクリと強く頷く那珂。
そして那珂たちは理沙が見送る中、乗り込んで館山基地へと急いだ。


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 那珂たちが案内されたのは本部庁舎ではなく、妙高たちがいる通信施設だった。ただし機密満載の施設であることと、事を急ぐ必要があるため、1階ロビーのミーティングコーナーで事情を妙高と村瀬提督から聞いた。
「夜分遅く来てもらって申し訳ない。現在行われている夜間哨戒で、君たちのところの川内くんたちが、深海棲艦数匹と交戦中だ。うちの暁によると、威力偵察を試みて失敗し、数倍の数の相手に追われてるとのことだ。」
「せ、川内ちゃんたちは……大丈夫なんでしょうか?」
 那珂の弱々しい尋ねかけに村瀬提督は首を縦にも横にも振らないで続ける。
「現在は大房岬の西1km付近で戦闘中とのこと。急ぎ援軍を派遣することになった。うちからは駆逐艦雷と綾波、敷波を先に出した。君たちにも援軍に加わってもらいたい。とはいえ君たちは明日の観艦式に参加する身だから明日に影響を残さない程度に。あくまで川内くんや暁たちの援護程度ということを意識して、向かってもらいたい。いいな?」
 西脇提督とは異なる言い方やふるまいの村瀬提督に若干戸惑う那珂と五月雨だが、ここで言い争いになりそうな質問を出しても時間がもったいないと思い、素直に頷いて従うことにした。
 五月雨がついてこられているか若干心配だったが、那珂の意はなんとなくわかっていたのか那珂がチラリと見ると彼女も視線を向け、コクリと頷いてきた。
 二人はハッキリと意思表示をした。
「はい。わかりました。」
「それでは向かってくれ。」
「二人とも、気をつけて。よろしくお願いしますね。」
「任せてください、妙高さん。」
 那珂が意気込むと五月雨も元気よく思い切り頷いて意気込んだ。

 那珂と五月雨は艤装の保管している倉庫施設まで送られ、そして装着し海へと駆け込んでいった。


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 那珂と五月雨は速力バイクつまり15ノットで急いでいると、数分して前方に人影が見えてきた。海上で見える人影なぞ、艦娘しかいない。それらが先に出た雷・綾波・敷波と気づくのは容易い。
「お~い!そちらは神奈川第一の人ぉ?」
 那珂が声を上げて問いかけると、三人は後ろをチラッと見、反転してきたので那珂たちは名乗った。

「あたし、千葉第二鎮守府の軽巡洋艦那珂って言います。」
「私はぁー、駆逐艦五月雨って言います。よろしくお願いしますねー!」
 やや遅れ気味に並走していた五月雨の口調はやや間延びしていたが、問題なく相手には伝わっていた様子なので、那珂も気にせず相手を促した。
「お三方は?」
 艦名だけは聞いているが、それ以外はまったく不明なため自己紹介を求めた。すると、那珂の一番近くを進んでいる少女が先に口を開いた。
「私は駆逐艦雷っていうのよ。先に出てった暁とは同じ中学なの。艦娘になって1年と6ヶ月よ。よろしくね!」
 雷の左を走っている少女が続いた。
「私はぁ~、駆逐艦綾波担当の○○っていいます。私はこっちの敷波担当の○○ちゃんと同じ中学です。ね、○○ちゃん。」
「あぁもう。綾波ったら本名を連呼しないでよ。司令官だって言ってるでしょ。任務中は担当艦名で呼びあえって。」
「アハハ~ごめんねぇ、敷波ちゃん。」
「はぁ……マイペースなんだから……。あ、あたしは駆逐艦敷波。まぁ、よろしく。」
 ややぶっきらぼうに言う敷波なる少女は、綾波に近づいて肩をポンと叩いて何かを促した。


「三人は先に出た6人の状況は伺ってる?」と那珂。
「あ、えぇ。伺ってるわ。」
 雷が代表して答える。続いて綾波と敷波はコクリと頷く。お互いライトは最低限しか付けていないため、実際には見えていないが、僅かな返事が聞こえた。
「今回は、うちの川内たちが夜間哨戒したいって言ったからやらせたんだけど、神奈川第一の人たちに迷惑かけちゃってゴメンね~。」
 実際には自分が提案して組み立てた案だが、この場で本当のことを言う必要はないと判断して、そう言った。すると雷たちはカラッとした雰囲気で受け答えし始めた。
「いいえいいえ。別にかまわないわ。私たちはホントなら明日の哨戒と警備だけする予定だったんだけど、物足りなそうだったから、いい退屈しのぎになるわ。」
「私は~雷さんと敷波ちゃんが司令官に呼ばれてぇ~、なんかついでに呼ばれた感じで~。」
「ついでとかそんなふうに言ったらダメだよ。私もさ、明日の任務の良いウォーミングアップになるだろーから、いいけどって思ってるよ。」
「アハハ。三人とも面白いなぁ~よかった。安心したよ。」
 那珂はすでに雷たち三人と楽しく会話をかわせるようになっていた。

 五月雨はやや気後れしつつも途中途中の話題に入り込んでいる。
「へぇ~そっちの五月雨さんは初期艦なんだぁ。」と敷波。
「はい!あのー、確か神奈川第一にも、五月雨担当の方いたと思うんですけど、五月雨さんお元気ですか? 私、艦娘になって最初の頃、そちらの五月雨さんにお世話になったことあるんです。」
 五月雨が問いかけると、三人は首を傾げたりヒソヒソと話し、雷が答えた。
「あの人は産休入ったそうで、もういないわ。今は別の人が五月雨になってるわ。」
「あたしと綾波は前の五月雨さんは知らないよ。うち艦娘多いし入れ替わり激しいし、ちょっと会わないと別の人が担当になってたりするしね~。」と敷波も語る。
「そ、そうなんですか。残念です……。同じ五月雨担当でしたし、色々助けてもらってなんかママっぽくてとっても親しみやすかたんですけどね……。」
「へぇ~五月雨ちゃんってば、そんな出会いもあったんだぁ。知らんかった!」
 意外な出会いから知ることができた五月雨の過去の一端。那珂はフムフムと大げさに頷いて五月雨の話題に乗っていた。


--

 那珂がコンパスとGPSアプリで確認すると、大房岬まであと2kmの位置まで迫っていた。
「さーて、みんな。あと数分したら川内ちゃんや暁さんたちのところにつくよ。各自主砲パーツや魚雷発射管の確認はおっけぃ?」
 駆逐艦艦娘たちは頷いて返事をする。

 誰がこの援軍チームの指揮を取るかで那珂は話し合おうとネタを振ったところ、雷たちは軽巡がいる場合は必ずその軽巡をリーダー(旗艦)として扱って従えと教わっていることを明かし、那珂を無条件で推薦した。
 そのため、那珂が自動的に援軍チームの旗艦となった。経験月数的には雷・五月雨より下ではあるが、その差はこの5人の中では関係なかった。

「雷さんは一番後ろにいて暁さんに連絡を。綾波さんは持ってきたソナーとレーダーを構えて一番前に、敷波さんは彼女の盾として隣に、あたしと五月雨ちゃんは三人の間に。」
「これって複縦陣ね!」
「そ~そ~。さすが一番経験日数長い雷さん!」
「エヘヘ。それほどでもないわ。」
 褒めると素直に照れて愛嬌を振りまいてくる雷に、那珂は五月雨に似た萌えを若干感じつつも、努めて抑えて指揮する。
「速度は……15ノットって言えばわかる?」
「問題ないわ。うちは数値でやり取りしてるもの。」
「りょ~か~い。」
「はぁ~い。」
 雷達三人がスパッと返事をしたので、那珂は最後に五月雨を見る。小声で「速力バイクね。あたしの数歩後に付かず離れずって感じでいいからね。」と伝え、鎮守府Aのメンツとして意識合わせをハッキリさせた。

 しばらく進む。すると綾波が何かを発見したのか、やや後ろを向いて報告してきた。
「那珂さぁん。前方、北の方角にぃ~、大きめの反応を捉えましたぁ。」
 綾波がソナーの結果をスマートウォッチの画面越しに見ていると、敷波が寄り添って覗き込む。そして綾波の言葉を補完するように口にした。
「うん、たしかにあるね。ありまーす。」
「どのくらいの距離?」
「え~っと。336度に825mって出てます。」
「北北西ね。他には?」
「……ありませぇ~ん。」
「ありません。」

 間延びして答える綾波の確認結果を追認するように似た返事をする敷波。那珂は二人が単なる仲良しの行動だけではなく、監視体制の良い効果を生む息の合いっぷりと判断した。
「おっけぃ。それじゃあそいつ目指していくよ。雷さん、連絡はどう?」
「まだつながらないわ。電波が悪くて出られないのかしら?」
「うーん。それじゃあそっちは引き続きお願い。」

 那珂は綾波から、目標の反応との距離を逐一言わせ、距離を詰めるに従って速度を落とすよう全員に指示した。


--

しばらく進むと、ふと耳鳴りが聞こえたような気がした那珂は全員に尋ねてみた。
「ねぇ……なんか変な音しない?」
「えっ? ううん。別に聞こえないわ。」と雷。
「どう、でしょう。私もよくはわかりません。」
 五月雨も自身の耳に違和感がないことを伝えてくる。綾波と敷波も同じ意見だった。

 しかしもう少し距離を詰めると、集中していなくとも、那珂以外にも妙な耳鳴りが聞こえてきた。
「あ、なんか……聞こえてきました。」
 真っ先に反応した五月雨に続いて、雷・綾波そして敷波もやっと感じことを報告してきた。プラス若干の体調の違和も訴える。
「うん。ちょっとくぐもった音よね。」
「な~んかぁ、頭痛くなってきましたぁ。」
「うぅ、あたしもちょっとこの音、苦手かも。」

 耳鳴りのような音は近づくにつれ大きくなり、那珂たちの脳を苦しめ始める。
 そして那珂たちは、大房岬の南西の岩礁帯のひときわ大きな岩陰に、岩にへばりつくようにくっついて離れない、牛くらいの大きさの深海棲艦を発見した。

「いた!」

 そして同時に、妙な音の発生源も見つけた。耳鳴りに感じる音が大きくなってきたのと合わせて、各自の体調も明らかに悪くなる。
「頭いったぁい……これ以上近づけないわ。」
「オエッ……もうだめ。ねぇ那珂さん、離れよーよ。」
「私もぉ~賛成ですぅー。」
 雷たちがこれ以上の接近に危険信号を出して訴えかけてくる。
 五月雨も那珂の服をクイッと引っ張って暗に伝えてくる。那珂自身も、これ以上近づいたら頭痛と吐き気でみっともないことになってしまいそうで、正直なところ限界だった。
「そ、そうだね。は、離れよう。」
 そう返事をする那珂もこめかみを抑えて片目を半分瞑って苦々しい表情を隠せないでいた。

 離れる前、ソナーで検知した相手との距離を見ると、20mという接近具合だった。さすがに近すぎたと慌てた一行は急いで距離を開けて体勢を整えた。安全と判断した距離まで離れ、探照灯をそうっと当てて見ると、例の深海棲艦は同じ体勢を保ったままでいる。
「ねぇ~あいつ全然動いてなくない?なんなの。気色悪いわ。」
「どうしましょう、那珂さん?」
 雷が様子を見て口にする。五月雨も気になったのか、この後の行動を確認してきた。
「うーん。動かないなら、今のうちに雷撃して倒しちゃおう。周囲には他の深海棲艦はいないみたいだし。倒せるうちに倒して、早く川内ちゃんたちを追いかけよう。」
 那珂の指示に賛同した五月雨たちは、早速那珂の指示通りに陣形を作って並び、雷撃の準備を整え始めた。
 件の深海棲艦が仮に動いても逃げ切れないようにそれぞれの間隔を開け、大岩を120度くらいの角度と範囲で取り囲むように立つ。

「綾波さん、ソナーの測定結果をもう一度お願い。」
「はぁい。私から見てぇ、北北東に72mです~。」
「全員、照準を綾波さんの0時の方角に合わせて。綾波さんは方角の共有をお願い。」
 那珂の指示で綾波は自身がソナーで捉えて目視で見据えた方向を、艤装の近距離通信機能で全員に共有して送った。那珂たちはコンパスアプリを開き、綾波の0時の方向を確認し、立ち位置や魚雷発射管の向きを合わせる。
 そして那珂は合図を出した。

「てーー!」
ボシュ、ボシュ、ボシュ……

大岩の周囲から5回分のスイッチ音と、魚雷が海中に没して撥ねる音が響く。そして緑色の光を放ちながら魚雷が進み出した。


ズド!ズドドドオオオオォォ!!!!



 那珂たちの5本の一撃必殺の魚雷は扇状にキレイに5人の見据える先たる大岩にへばりつく深海棲艦に集まっていき、大爆発を巻き起こした。周囲にはつんざくような音が響き渡り、波が激しくうねり爆風が那珂たちの頬や素肌をかすめる。
 十数秒して静けさが戻ってくると、那珂たちが感じていた耳鳴りのような音はすっかり収まっていた。

「お、耳鳴りがなくなった。みんなどーお?」
「はい!聞こえなくなりましたぁ!」
「私もダイジョブよ!」
 五月雨に続き、雷、そして綾波と敷波も期待通りの返事を返す。那珂たちは安心して件の深海棲艦のもとに近づくと、辺りそこらに肉片が散らばっており、撃破したことを確認した。肉片が浮かぶ爆心地の岩場の海面はいまだジャプジャプと波打っていたため、不自然な水はねの音が響いたとしても、那珂たちはそれには気づかない。

 その気づかない別の要因に、那珂たちはほどなくして離れた場所から砲撃音を聞いた。
 ドォン……と、遠くから爆発らしき音を耳にすると、五月雨がすぐに尋ねた。

「今のは……もしかして、川内さんたちでしょうか?」
 五月雨が不安と期待が混ざったような複雑な表情で那珂に視線を向けてきた。
「うん。そーだよきっと! 音のした方向を確認しよう。綾波さん、お願い。」
「はぁ~い。……艤装の反応を見つけました。北北西に約1kmです。あ、西北西にも艤装の反応があります。」
「ん、二手に分かれて戦ってるのかな? もうちょっと近づけば通信が安定して連絡取れるかも。とりあえず一番近い反応に向かってみよ。」
 那珂の指示に残りの4人は頷く。そして5人は辺りをさっと見回してから移動し始めた。



--

 那珂たちが艤装を装備して自衛隊堤防に向かっている時、川内と暁たちは6匹の深海棲艦に追われている最中だった。
「ね~!どこまで逃げればいいのぉ~!もう岬越えちゃったわよぉ!」
 暁の涙声が響き渡る。川内は後ろをチラチラと見つつ、背中に回した右腕の全砲門で砲撃し続けていたが、この後どうしようか、まったくのノープランだった。
「うー、待って待って。あたしもどうしたらいいか……。」
 心が落ち着かずにいる川内に、不知火からの通信が入る。
「川内さん、速力緩めて。」
「へ!? それじゃあ追いつかれちゃうじゃん。」
「諦めて戦う。」
 非常にあっさりとした言い方に、その意図は川内が考える間もなく理解に及ぶ羽目になった。
「戦う……か。」
「6対3。なんとか、なる……と思い、ます。」
 不知火の返しに感じられる意思は強い。川内はあまり接したことがない少女の思いに答えるべく、返事をした。
「うん、わかった。戦おう。挟み撃ちだ! 暁、止まって止まって!戦うよ。」
「へ?」

 先に進もうとする暁を諭した川内は、方向転換し、一旦停止した。向かいから6匹の深海棲艦と一人の艦娘が向かってくるのを待つ。
 実際には大分距離が空いており、深海棲艦が肉眼で確認できる距離まで来るのに、数分を要した。川内の目には、ごくごく小さかった6個の反応が、数倍以上大きくなって見えてくる。距離的には100m手前だ。深海棲艦は川内たちの意図など知らんとばかりに、速度を緩めずに向かってくる。
 不知火が見える距離まで来るのにはさらに数分必要だが、さすがに待っていられない。
「よし、暁。やるよ。」
「わ、わかったわ。」
「ちなみに、敵の等級は?」
「そんなのわからないわよぉ!いちいち司令官や大本営に問合せてる時間なんてあると思う!?」
「ハハ。」
 川内は乾いた笑いでもって、暁の訴えかけを聞いた。確かにそりゃそうだと思った。しかし敵の素性がわからない以上、これからの戦闘は危険極まりないのは嫌でもわかった。
 川内は、ゲームに置き換えて考え、そしてため息を大きく吐いた。事実はゲームよりも奇なりなのかも。そう考えた後、頭をブンブンと振って思考を切り替える。

「行くぞー!」
「うー、わかったわよぉ~!」
 停止していた川内と暁は、深海棲艦に向けてダッシュし始めた。

ドドゥ!ドゥ!ドゥ!

 最初に火を噴いたのは川内の右腕の主砲だった。照準なぞ合わせる間もなく撃ったため、深海棲艦には当たらずに海面に着水して水柱を巻き上げた。
 するとお返しとばかりに、深海棲艦の数匹が背中から何かを発射してきた。

ボシュ!ボシュ!

 さすがの川内の暗視能力でも、深海棲艦本体から離れてしまえば発射されたものは見えない。そのため暗闇の中、間近にまで迫ってくるまで気づけなかった。
 ようやくそれが危険そうな飛来物だと気づいたとき、間違いなく当たると直感したが、川内が無意識に避けたいと一瞬にして強く願った思考は艤装に読み取られ、足の艤装と主機が瞬発的に出力を上げ、かろうじて1~2時の方向に川内自身を回避させていた。
 暁も慌てて避け二人とも事なきを得たが、また違う個体が何かを発射してきた。

ボシュ!ボシュ!ドォン!

 この時もかなり川内に近い。
「うわ、うわっ!あたしかよぉ!」

 川内は降り掛かってくる何かをすべてギリギリでかわしてジグザグに移動する。標的から逃れた形になった暁が心配してくる。
「だいじょーぶぅ?」
「大丈夫じゃないよ!こちとら新人やっちゅうねん。」
「敵にそんな文句言ったってわかるわけないでしょおー!」
 そうツッコむ暁はとりあえず連装砲を構え、川内から離れて前進し、深海棲艦に近づき始めた。

ズドォ!

ガゴンッ!!
「きゃっ!」

 別の個体が放った何かが暁の左肩に装備している盾代わりの鉄版に当たった。降り掛かってきたのではなく、緩やかな放物線を描いて低めに飛んできたものが当たった。
 暁の鉄版のちょうどバリアがない隙間部分に当たり、衝撃が直接全身に伝わる。暁は悲鳴とともに1m弱後ろに弾き飛ばされるが、ヨタヨタとおぼつかない足ながらもどうにか転ばずに済んで体勢を立て直した。

「そっちこそ大丈夫か~!?」
「なんとか~!」

 川内と暁は無事を確認しあうと、すぐに前方を見る。三度深海棲艦の砲撃が飛来する。二人は蛇行しながらかわして距離を詰め、落ち着いて撃てる一瞬のタイミングを狙い応戦した。

ドドゥ!
ドドゥ!


ズガァアア!
バッシャーーーン

一発はヒットし、もう一発はただ水柱を立てるのみだ。その結果を悔いる間もなく次なる方角だけ合わせて狙って撃ち続ける。


 ふと川内が周囲を見渡すと、すでに不知火も到着し、応戦していた。川内は視線と言葉にも満たぬ掛け声だけ向けて合図し、不知火を鼓舞する。不知火は特に声は上げず、川内のすぐそばに素早く移動してきた。
「不知火ちゃん、助かったよ。」
「……狙うところ。」
「え?」
「確実に狙いたいので、川内さんの、緑黒の反応の位置、教えて。」
「お、おぅ。」
 不知火が目として自身を求めていることに気づき、川内はやや戸惑いつつも承諾した。
「そ、それじゃああたしが指差した方向を狙って。」
 そう言いながら川内は各深海棲艦と一定の距離を開けるよう移動し、手頃なところで一番大きく見える反応を指差した。
「あっち!まっすぐ! ところでなにで撃つn
 川内の指示の後の問いかけは不知火の素早い行動によってキャンセルされた。

ボシュ……

 不知火は自身の魚雷発射管から、一本撃ち出したのだ。

「あ~、雷撃なのね。あのさぁ。一言言ってくれるとあたしも心構えってものがさ。」
「雷撃しました。次も。」
「あ~もういいや。神通と不知火ちゃんはなんかもういいや。次は~~……」
「?」
 口数少ない少女との意思疎通が面倒になった川内は、事後報告してきたので不満げに表情を苦々しくしたが、それ以上不和を呼び起こす感情を続ける気はなかった。そんな川内を見て、当の不知火はポカンと呆けるだけだった。
 もはやお互い細かいことは気にしないことにした。不知火は要望を次々と促し、川内が次々と指し示し、そして不知火の雷撃が次々と泳いで突き進むという流れが数巡した。

 しかし、今回の6匹は雷撃をかわし、仕返しとばかりに砲撃してくる個体が多い。不知火の雷撃で致命傷を負わせることが出来たのは最初の一匹だけであり、残りはすべてかわされていた。そしてお返しの砲撃で、川内と不知火はすぐに次の相手を探知・雷撃というわけにはいかなかった。
 それでも不知火は雷撃をやめようとせず、川内を急かす。しかしさすがに魚雷の無駄打ちと理解した川内は、優しくではないがなるべく柔らかく隣の少女に注意した。

「ちょっと、ちょっと。不知火ちゃん、雷撃しすぎ。しかも当たってないから。」
「……私は、川内さんの指示の方向に撃ってるだけ、なんですが。」
 その言い方にカチンときた川内は、語気をやや強めて言い返す。
「いや、あのさぁ。狙ったから当たるとは限らないんだよ。それくらい分かるでしょ? あたしより経験長いんだしさ。」
「……はぁ。」要領を得ない間の抜けた一言で相槌を打つ不知火。
「ゲームでもそうだけどさ、敵は止まってないんだよ。動いてるの。そんで、敵だってチーム組んでたらさ、味方が攻撃を受けたら、こっちの状況を判断して、作戦変えたり行動パターンが変わったりするんだよ。だからこっちが同じやり方とパターンで攻撃をし続けても、賢い敵だと、すぐに対応されて立ち行かなくなる。あたしはFPSとかゲームでこの手のことを知ってるからさ、なんとなく判断つくの。多分目の前の深海棲艦も、同じなんだと思うよ。やつらは化物だけあって、普通の海の生物よりはるかに賢い。だから不知火ちゃんも、指示した方向にただ雷撃するだけじゃダメだよ。魚雷は物理的に限りがあるんだし。」
「なるほど。」
「……本当にわかった?」
「(コクコク)」
 いまいち表情が読めない相手だけに、川内は不安が拭い去れない。夜で直接的にお互いの顔が視認しづらいのも一つの要因だった。
 不知火は、だったら最初の一・二回目で言えよと密かに愚痴を湧き上がらせたが、努めて黙っていることにした。

 微妙に気まずい空気を(川内が勝手に)感じていたその時、逃げ回ってまともに撃てずにいた暁が深海棲艦の砲撃や体当たりを紙一重でかわしながら二人に接近してきた。

「ちょっとぉ~川内ぃ~~! あんたたち二人で連携するなんてひどいじゃない!私も仲間に入れてよね、ふ~んだ!」
「悪かったよ暁。あんたはお姉さんだから一人でもやれると思ってさ。」
「へ? あ……そ、そうね。……って、騙されないんだからねぇ! 危ない目にあってるんだから、私も気にしてよぉ!」
「はいはい。それじゃあ三人でしよう。もう少ししたら夕立ちゃんたちも来るはずだし。」
「(コクリ)」
 川内が希望的観測で言うと、不知火も頷いて同意を示した。
「そんじゃまあ、それまではあたしの指示で動いてもらうよ。水雷戦隊ってのはさ、軽巡がリーダーなんだよ。」
「はいはい。艦娘歴ではあたしが上だけどね。」
「うっさい、しょうg……暁。」川内は言いかけて流石に踏みとどまった。
「夕立たちが来るまで、三人で。」
「うん。倒せなくてもいいから、やつらをなんとかやり過ごそう。」

 川内と二人の駆逐艦は、未だ健在である5匹の等級不明の深海棲艦と間合いを図っていた。それは、大房岬の北側の先端から見て、北西に約800mの海上であった。

合流

合流

 那珂たちは西北西の艤装の反応目指して進むことにした。どちらがピンチの度合いが高いか測りかねる。しかし二分の一の確率なら、距離的にもルート的にもまずは一番近い方から行くほうが最適と那珂は説いた。すると五月雨たち駆逐艦艦娘たちは揃って頷いて理解を示した。

 どのくらい進んだのか、時々後ろを振り返り、先ほどの戦場たる場所の目印の大岩を凝視する。月明かりの光量がほとんどない夜のせいもあり、ほとんど小さく見えなくなっていた。

「もうすぐつくはずだけど……。」
「み~えま~したぁ!」綾波が間延びした声で発見を知らせる。
「何人?」すぐに那珂は確認させる。
「んー、艤装の点灯が3つだよ。多分三人いる!」
 綾波の発言の代わりに敷波が実際に見て数えた状況を報告する。


 那珂たちがさらに近づくと、後進してきたと思われる村雨と近距離で遭遇した。
「わっ! だ、誰!?」
「んおっ!そちらこそどなたー!?」那珂は軽調子で尋ね返す。
「その声は……那珂さん? 私です、村雨ですぅ~!」
 相手が那珂と分かるや、村雨の声色は一気に明るみを醸し出し、安堵感を溢れ出させた。
「う、はぁ~~~~。よかったぁ~那珂さん、来てくれたんですねぇ。」
「ますみちゃん、私もいるよ!」
「その声は、さみ? あなたも来てくれたのね。」
「うん。神奈川第一の人たちも一緒だよ。皆で助けにきたの。」
 五月雨が手で紹介がてら語りかけると、雷たちはペコリとお辞儀をした。村雨は4人を見渡してうんうんと頷き、安心を目に見えて溢れ出す。しかしすぐに現実に戻る。
「あ、今あっちにゆうと時雨がいるわ。」
「村雨ちゃん。敵の様子はわかる?」
「ええとですね。一匹は小柄だけど鈍いので結構当てて倒せそうなんですが、もう一匹が二回り以上も大きくて、砲撃が弾かれてしまうんです。」
 村雨の説明を聞いて、那珂は腕を組み頭を傾けて考え込み、過去の体験と照らし合わせる。
「うーむ。もしかして、そいつ軽巡級かもね。ハッキリとはわからないけど、前に戦った個体と似てるとしたら、雷撃で倒すしかないよ。」
 那珂の提案に村雨は首を横に振る。
「雷撃は試したんです。けど、当たらなくて。」
「仕方ないよ。こんな夜だもん。でも、夕立ちゃんの目があるでしょ?」
 那珂の指摘に村雨は言葉をつまらせ、言いよどんでしまった。それを見た五月雨が首を傾げて尋ねる。
「ますみちゃん? どうしたの?」
「あの、ゆう、よ?まともに指示できて私達が撃てると思う!?」
 瞬間的に憤ってみせた村雨はすぐに感情を落ち着かせてため息を吐く。五月雨はすぐに察したのか、あ~と一言で村雨と感情を重ね合わせた。

 その時、村雨が指し示した方向から二人やってきた。
「ますみちゃーーん!」
「ますみーーん!」
 逃げるようにしてやってきた時雨と夕立は、村雨と一緒にいる那珂や五月雨に気づいた。が、その口からはまず文句が飛び出した。
「後ろに下がるなら下がるって先に言ってよ! 隣見たらますみちゃんいなくて焦っちゃったよ。」
「ますみんってばたまにしれっとどっか行っちゃうから、さすがのあたしも焦るっぽい!!」
 珍しく強く憤る時雨と夕立に一驚した村雨は両手を突き出して二人を宥めながら弁解する。
「ゴ、ゴメンゴメン。後退する距離が多かっただけよ。でもおかげで那珂さんたちとすぐに出会えたわ。これでもう安心よぉ。」
「「那珂さん!」」
「はぁ~い、みんなの那珂ちゃんですよ。三人ともご苦労様。敵は?」

 一通り文句を言い終わった時雨と夕立は、ようやく那珂の姿を見て素直に安堵の声を漏らすことができた。
「一匹はもうすぐ死にそうであそこでほとんど動かないっぽい。もう一匹は……来たーー!?」

 夕立は後ろに視線を送ると同時に、焦りの声をあげて全員に知らせた。
 軽巡級と想定された個体は、速度をあげて那珂たちの集団に突っ込んでくる。
「全員回避ぃー!」

 那珂の合図と同時に8人はおよそ半々に左右にバラけて避けた。那珂がすぐに合図を出す。
「夕立ちゃんは時雨ちゃんと一緒に瀕死の一匹にトドメを。倒したらさっさとこっちに戻ってきて。村雨ちゃんは最初からあたしたちに加わって。みんなであいつを追い詰めるよ。いいね?」
「はぁい!」
「はい。」
「了解っぽ~い!」

 那珂が指示をすると、夕立と時雨がすぐに離れていく。那珂は村雨が加わって6人になった援軍チームを率いて、Uターンしてくる軽巡級を迎え撃つことにした。


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 軽巡級の深海棲艦は細かく移動し、砲撃まがいの体液を放出してくる。
 どれだけ出せば気が済むのだと辟易するほど、出しまくる。ちょこまかと動く。おかげでかわすのも、五月雨たち駆逐艦勢に回避させて隊列をまとめ直させるのも面倒になってきた。
 絶倫すぎるだろ、と那珂はシモの方面で思ったが、口に出すのは止めておいた。この場にはよその鎮守府の艦娘もいるし、鎮守府Aのメンツには純真なままでいてほしい娘もいてさすがに忍びない。下ネタ気味な発言で体外的な印象を悪くしてしまうのも今後に向けて超絶まずい。
 普段の軽調子な発言意欲は努めて抑え、代わりに鋭い指示で気分を発散させることにした。

「夕立ちゃんが来るまでは綾波ちゃんのレーダーとソナーで検知、綾波ちゃんはあたしの側にいて。他の4人はやつを左右から挟み込むように位置取りして。絶対に自分たちの先に行かせないように、効かなくてもなんでもいいから射撃してひるませて。」

「えぇ、了解したわ。」
「りょーかーい。」

「分かりましたぁ。」
「はい! 私、頑張っちゃいますから!」

「りょーかいーですぅ~。」

 雷と敷波、五月雨と村雨は那珂からすぐに離れ、標的の軽巡級との距離を20m弱まで詰め、逃げられないように間合いを調整し始めた。
 那珂は綾波にほとんど寄り添い、彼女を目や耳のような大事な器官として頼る。
 目の前の軽巡級は肉眼でもかろうじて捉えることはできるが、レーダーで捉えたほうが確実だ。検知した反応の位置情報は、艤装の近接通信機能を通じて五月雨ら4人に送られた。実際動きまわっている4人にはいちいちコンパスやマップアプリで確認している暇はないが、送られてきた位置や方向の情報は主砲や魚雷でより正確に狙う際に必要となるので、綾波以外の艦娘の行動うんぬんにかかわらず、常時送受信が行われた。

「あ~こっち来たぁ!」
「さみ!あいつの手前に向かって同時に砲撃するわよぉ!」
「うん!」

ドゥ!ドゥ!
バシャーン!!

 五月雨と村雨の砲撃により軽巡級は一瞬前進を停止し、身体を強引にねじって向きを変えて反対側へと舵を切る。その反対側には雷と敷波がおり、同じように軽巡級の手前に向かって一斉砲撃して進行を阻止する。それが何度か繰り返し、駆逐艦4人は次第に軽巡級の動く範囲を狭めていく。

「いいよいいよ!みんなぁ~このまままっすぐ追い詰めるよぉ~~!」
「「「「「はい!」」」」」

 那珂の掛け声に駆逐艦たちは威勢良い返事をしてその身を奮い立たせ、主機に強く念じ、主砲パーツを握る手の握力を強める。
 五月雨・村雨からの砲撃、雷・敷波からの砲撃の範囲とタイムラグがどんどん短くなる。二つの列の中間を進む那珂・綾波と合わせて三組はVの字型に、軽巡級を完全に追い詰めた。もはや軽巡級は艦娘たちの包囲網を破ることができず、ひたすら前進するのみだ。この集団は、南東に進み、軽巡級の針路に従って時計回りに進んでついに北向きにまっすぐ進む形になっていた。軽巡級は艦娘たちからの砲撃から逃げるのにいっぱいいっぱいといった様子で、面と向かって反撃してくる気配はもはや感じられない。
 そして北からは別の一匹を倒した夕立と時雨がようやく迫ってきた。
「すみませ~ん。遅れました!」
「倒したよ~これからあたしたちもそっちっぽい!」
 時雨と夕立が声を上げてまだ少し遠い那珂たちに知らせる。すると那珂も大声で返した。
「おっけぃ! 夕立ちゃんは五月雨ちゃんたちの列に、時雨ちゃんは雷ちゃんたちの列に加わって!」
「「はい!」」

 左右の列の構成員が3人ずつになったので、那珂は次の指示を出す。
「時雨ちゃん、夕立ちゃんは引き続き砲撃で敵の移動を制限、他のメンバーはあたしと綾波ちゃんの位置まで下がって雷撃準備!」
 するともはや返事なく、那珂の指示通り先の二人はそのまま、残りの四人は速度を落として那珂と列を構成する位置まで後退してきた。

「いい? 次に時雨ちゃんか夕立ちゃんが砲撃してあいつを二人の中間あたりに戻してきたときが狙いだよ。綾波ちゃんはまっすぐ、合図をして最初に撃って。あたし含め他のみんなは綾波ちゃんから受信した、彼女の0時の方角に向けて撃つこと。多少角度甘くてもいいから。時雨ちゃんと夕立ちゃんは雷撃が始まったらすぐに左右に大きく離脱。」

 那珂の指示の後、ほどなくしてその時が訪れた。東に逸れようとした軽巡級を時雨の砲撃が襲う。
 硬いと思われた腹全体だったが、時雨の砲撃のエネルギー弾が軽巡級の腹の一部をかすめた途端、甲高い音の中にゴボッという濁った音が混ざって響き、その直後、小爆発を起こした。
 軽巡級は自身の身に起きた小さくはあるが鋭い痛みと衝撃に仰天して海面を飛び跳ねて後ずさろうとする。

「今!」那珂が小さく叫ぶ。
「は~い。そーれー!」


ボシュ……ドボン
シューーーー……

 綾波が相も変わらず気の抜けるような間延びした声で返事をする。しかし魚雷発射管のスイッチを押すときの眼光は鋭く、動作は素早い。この少女、マイペースそうだが侮れない。那珂は勝手にそう評価していた。

 綾波の撃った魚雷が進み始めたのと合わせて、那珂そして村雨たち、雷たちが次々に魚雷を前方に向かって撃つ。と同時に前方にいた時雨と夕立が魚雷の針路に巻き込まれないよう、軽く横にジャンプしすぐに後ずさる。


ズガガガアアアアァァァァン!!!


 合計6本の魚雷は、軽巡級に引き寄せられているかのごとく集まっていく。魚雷の噴射光の緑色の光が一つに集まったと思ったら、次の瞬間、真夜中の海に爆音の多重奏が響き渡った。大房岬の沖合約1.3km付近の海の時間帯を日中にするかのようにまばゆい光が爆発とともに弾けて広がった。那珂の指示による一斉雷撃は、キレイに軽巡級にヒットどころの話はなく、オーバーキルするくらいに命中していた。
 爆風が肌をかすめるので、那珂たちは速度を緩めて海上で踏ん張った。脇に避けた時雨と夕立も爆風の煽りを受けてよろけそうになるが耐えきった。
 ようやく爆風と光と波打つ海面が落ち着く。那珂が綾波に確認させると、軽巡級の反応はなくなっていた。

「やったわ!気持ちいいくらいの勝利ね!」と雷。
「わ~、や~りま~したぁ!よかったねぇ、敷波ちゃん。」
「う、うん。最近ちゃんとした戦闘したことなかったから……よかったかも。」
 綾波が敷波のところにすぅっと移動して両手で肩を軽く掴みながら話しかけると、敷波は照れながら返した。

「さみ! ますみちゃん!」
「わーい、さみぃーー助けに来てくれてありがとーねーー!」
 大きくぐるりと弧を描いて戻ってきた夕立と時雨が減速落ち着かないままに五月雨に左右から抱きつき、挟み込んでサンドウィッチを作り出した。五月雨はうきゅっという小さい悲鳴とともに押しつぶされるが、安堵感を抱いた時雨と夕立はその圧力を緩めずにひたすら素直に喜びをぶつける。
 隣にいた村雨、そして4人のそばに近寄る那珂は海上でサンドウィッチ状態になっている三人を微笑ましく眺めていた。

 しかしこれで終わりではない。那珂はすぐに思考と感情を切り替えて全員に号令をかける。
「さあみんな。まだ終わりじゃないよ。川内ちゃんたちを助けに行かないと。今の爆発であっちも気づいただろーから、早く行ってあげよ!」
「はい!」

 7人はそれぞれ返事をして意気込む。那珂は全員に一通り顔を向けて頷く。そして那珂たちは艤装の反応があった北の、もう一つの戦場に向けて移動を再開した。


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 川内たちが5匹の深海棲艦の休む暇も与えてくれない砲撃や体当たりを必死にかわしていると、南のほうで大爆発が起こり、辺りがまばゆく照らされた。その爆発の規模たるや自分たちの立つ海面が波打ってバランス取りが難しくなるほどだ。

「な、なに今の爆発。」
「今のは……あんたたちの仲間のじゃないの? きっと派手に倒したのよ。」
「……多分、雷撃。」
 川内が呆気にとられて口に出すと、暁と不知火はそれぞれの想定を口にした。
「そっか。夕立ちゃんたちが勝ったんだ。ということはあともうちょっと持ちこたえれば、また6人になるから勝てるね。」
「そうね。うん、なんかそう思ったら、周りにいる深海棲艦なんてなんとも思わなくなってきたわ!」
 暁が鼻息荒く意気込むと、不知火がコクリと頷いて同意を示す。
 川内が改めて周囲にいる深海棲艦に睨みをきかせて凄む。

「1・2・3・4・5……6・7・8匹。ふん。今に見てなさいよ。夕立ちゃんたちが来ればあんたらなんて……ん? あれ?」
「どうしたの、川内?」
「?」
 ふと何気なく緑黒の反応を数えると、先程まで戦っていた数と合わないことに気づいた。川内が間の抜けたような声を出すと、暁と不知火がその一瞬の変化に疑問をすぐに抱いて問いかける。
「い、いや……増えてる。」
「え!?」「!?」
 川内の一言はわかり易すぎるほどに明確にその意味を知らしめた。

「多分、先に散っていった奴らが戻ってきたんだと思うんだけど、いつから増えてたんだろう。くそ! あたしとしたことが、見えてるのに気づかないなんて!」
「そ、それで今何匹いるのよぉ!?」
「……8匹。もう一回数えて、間違いない。」
「さすがに8対3は、辛い。」
 普段感情を見せない不知火の声に僅かに焦りが混じる。暁は口調だけでなく態度でもそわそわと焦りをふんだんに溢れ出して落ち着かない様子を見せ始める。

「もーーやだ!帰る! 響~、雷~、電~!」
 あからさまな泣き言を言い出す暁に川内はピシャリと言い放つ。
「コラ、来年高校生!もうすぐ6人に戻るんだから泣き言言うんじゃない!」
「だってだってぇ~! もー我慢できないぃ!」
 耐えてようやく血路を開けると思った矢先の敵の増援に、暁の我慢と背伸びは実は限界に達していた。暁はスマートウォッチを遮二無二に弄りだし、宿で寝ていると思われる雷に通信アプリで呼び出し始めた。

「雷!響?誰でもいいから出てよぉ! あたし一人で千葉の子たちと夜間任務なんてもー嫌よぉ!」

ザ……

「……き? ……暁? 暁なの!?」
「え!? その声は……雷!? あたし任務嫌!も~帰りたい!!」
 暁が誰かと通信を繋げたことがわかり、川内たちは密かに聞き耳を立てる。そんな二人を無視して暁は雷との通信に、スマートウォッチの画面に食らいつくように顔に近づける。

「ちょっと待って。……繋がったわ!てか向こうからかけてきた! ……暁? 今どこ?位置情報送って!」
「え? あ、ええと。うん、今送るわ。……はい。って、雷は今どこ?ホテルよね?」
「んっふっふ~。それがね~~。ま、いいわ。一分後くらいにすごい展開が待ってるわよ。」
「え、ちょっと?」
 雷は暁の返しに明確に答えずはぐらかし、そしてプツンと通信を切断した。会話しようとしたら突然ぶち切られた相手たる暁はあっけにとられて声も出せないでいる。
「ち、ちょっと、暁。通信の相手は誰だったの?あんたのところの艦娘? なに?助けに来てくれるの?」
 一連のやり取りの流れについていけないでいる川内がどもりながら尋ねる。しかし暁自身もよくわからずに、ただ頭を横に振るだけだ。

 三人が頭に?マークをたくさん浮かべている間にも、8匹になった深海棲艦は、まるでライオンのように、獲物たる川内たちの周囲をぐるぐると回り始めた。明らかにチームプレーをされているが、追い詰められそして突然繋がった雷との会話の流れにもついていけず混乱していた三人には、もはや敵がどう動いているのか、考える余裕がない。

 長い時間にも思える約1分後、川内たちは深海棲艦の後から照らされる、人工的な光の筋を目にした。


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シュー……

ズガアアアン!!
スガァァン!

 光の筋が西から東へとさっと走った後、艦娘にとって見覚えのある、海中を進む緑色の光の矢または槍ともいうべき、物体の証拠が見えた。
 川内たちを取り囲む深海棲艦のうち何匹かに、海中を走る緑色の光の矢が突き刺さり、爆発と水柱を立てた。かわされた何本かはそのまま夜の海を北に進んで見えなくなる。
 川内たちはその数の多さに疑問を感じた。夕立たち3人にしては多すぎる。
 しかし目の前を見てすぐに理解した。
 目にした瞬間、胸に奥底にたぎる何かを感じ、思わず喜の涙が浮かぶ。

 あぁ、ヒーローとは、存在自体が頼もしいああいう人のことを言うんだろう。女だからヒロインか。
 つまるところ、自分はヒーローに助けられる、市民か引き立て役の仲間だったのかも。そんなことはどうでもいい。川内は自身の急な思考の張り巡らせをそこで終えた。

 まるで自分が好きだった戦隊モノのリーダーのように中心に立ち並ぶあの人。
 川内は思わず叫んだ。と同時に向こう側からも声が響く。

「那珂さん!」
「川内ちゃん!」

 声とともに那珂が率いる艦娘らがようやく、彼女らの艤装のLED点灯によって数が確認できるようになった。
 那珂を含めて、そこには8人の艦娘が立っていた。
「川内さ~ん!援軍っぽい!」
「川内さん!暁さん! うちからは那珂さんとさみ、神奈川第一からは雷さんたちが駆けつけてくれました!」
 夕立が一言で指し示し、時雨が補完した。

「いち、にい、さん……はち!? なんか増えてません? 川内さんたちを追っていたのが8匹、うち2匹は私達のところに来てぇ~……やっぱり増えてますよねぇ!?」
 村雨が裏声になりつつの通信越しに叫んで指摘すると、川内は力なく答えた。
「ハハ……正解。気がついたら、増えてたの。見えるあたしとしたことが。」
 川内のため息混じりの愚痴の慰めは、那珂が担当した。
「気にしないでいいよ、川内ちゃん。よく無事に耐えたね。頑張ったね~偉い偉い!」
「うぅ……那珂さぁ~ん!」
 川内は初めて那珂に対して泣きつく声を上げた。
「よしよし。もー大丈夫だよ。この11人で押し切ろう。あと少しだよ!」

 那珂の声に、川内たちは元気良く「はい!」と返事をし闘志を復活させた。視線を向けた先には、2~3匹の深海棲艦の個体が、闇夜に唯一の光たる月明かりで鱗をチカチカと不気味に照り返らせて、艦娘たちを暗に威嚇している。


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 11人対8匹の戦闘は、その後十数分続いた。那珂は援軍たる艦娘の特徴を川内にざっと教え、そのまま旗艦として戦闘を指揮させることにした。自身はバックについて川内の指示を後押しする。
 そこからの十数分間は、川内指揮那珂サポートの下、残り9人の艦娘は2~3人で一組になり、深海棲艦一体一体を各個撃破していった。
 後に判明したが一匹だけ重巡級がおり、駆逐艦艦娘たちの砲撃を弾いて手こずらせた。砲撃が通用しない敵を目の当たりにして慌てる川内に那珂はアドバイスをして落ち着かせ、駆逐艦たちに囲い込みの上の雷撃を暗に指示した。
 合計9本の光の矢を次々に避けるも、ついに避けきれずに突き刺さった最後の魚雷で重巡級は爆散する。
 そしてついにその戦場たる海上に川内たちに歯向かう深海棲艦は見当たらなくなった。


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 戦闘終了を合図した那珂と川内は艦娘たちを集めた。川内と夕立、そしてレーダーを持つ綾波を周囲の警戒にあたらせ、那珂は時雨と雷に協力を頼み深海棲艦だった肉片を撮影し、記録をつけることにした。

 那珂たちが撮影をしている間、川内は夕立や綾波と離れて北の一帯をぼーっと虚ろな視線を水平線に向けながら名ばかりの警戒をしていた。その時、背後から話しかけられた。
「ねぇ、川内。」
 振り向くとそこには暁がいた。
「ん、どうしたのさ?」
 川内はハッと我に返り、振り向きざまにぶっきらぼうに応対する。
「え~っとさ。無事に、終わってよかったよね。」
「あぁ、そうだね。でも帰るまでが任務だよ。」
「わかってるわよぉ~そんなこと。それよりもあんた、今ぼーっとしてたでしょ?真面目にやってたぁ?」
「うっ!?」
 図星を突かれて川内はのけぞってたじろぐ。するとどちらからともなしにプッと笑いが漏れる。
「で、何か用?」
「と、特に用はないんだけど。雷が呼ばれて記録手伝いに行っちゃって、話し相手いなくてあたしやることないし。だから、あんたに協力してあげてもいいわ。なんたってこの中じゃあたしが一番の経験者なんだからね。」
「はいはい、構ってあげますよ、お姉さま。」
「うー、その言い方はムカつく!」

 川内と暁はケラケラと笑ったりプリプリと怒ってみせるなど、すっかり打ち解けた空気で互いを包み合っていた。
 しばらく並走していると、再び暁が口を開いた。
「ねぇ、川内。」
「ん?」
「あのさ。あんたがさっきまで一緒にいた、同じ制服来た人なんだけど……。」
「那珂さんのこと?」
「へ、へぇ~、那珂っていうんだ。」
「あんたんところもいるでしょ?」
「ううん。うちは川内型っていったら、川内さんと神通さんだけ。」
「そーなんだ。そっちのあたしや神通はどういう人?」
「川内さんは……おしとやかでお嬢様って感じで綺麗で良い人よ。けどあんまりしゃべったことないわ。ぶっちゃけよくわからない人。神通さんは担当してる人が二人いるわ。一人は、川内さんのリアル知り合いらしいわ。いっつもぶすっとしててぶっきらぼうって感じ。けど任務ではさりげなく助けてくれたり、やっぱり良い人。もう一人は川内さんと似た感じで綺麗な人。けど見た目とは裏腹に訓練では厳しいし、怖い人。三人ともすんごく強いから慕う人はいるけど、近寄りがたいからいまいち接しづらいわね。」
「ふーん。なんか同じ担当でも結構違うみたいだねぇ。それで、うちの那珂さんがどうしたの?」
「んーっとさ。あの……あんたが結構べったりっていうかすごく慕ってる感じに見えたからさ。どういう人なのか、気になったの。」
 やや俯き、照れを隠しきれずに打ち明ける暁。川内は顎に人差し指を添えて“んー”っと軽く唸って考える真似をし、そして言った。
「一言で言えば、頼れるお姉さんって感じかな。あぁいや。違うな。そんな軽い表現したくないわ。んーっと、頼れる……じゃなくて、憧れ。ヒーロー。あたしの学校生活の恩人かな。」
「は? え……と。結局なんなの?」

「だからつまり、憧れの存在。あの人さ、一つ上の学年で、しかも生徒会長やってる人なんだよね。性格はややうざったいところあるけど、なんでも出来る人だし親身になってくれるし、学校ではすっごく評判いい人。対してあたしは男子とゲームや漫画スポーツの馬鹿話してただけの、ふつーの女子高生。違いは明白じゃん?そんでさ……」
 川内は、続いて夏休み前に起こった自身の身の回りの事を打ち明けた。本人としてはもはや終わったことだし、けじめを付けて気持ちを切り替えた過去の事で、どうでもよいことだったので、つい語ってしまった。
 辛い体験をさも友人同士の軽いちょっかい程度のあっさりとした口調と雰囲気で聞かされた暁は、目の前で明るく語る当人の辛い思いを補完しまくって想像したせいか、思わず涙ぐんでいた。

「ヴぅ~ぐずっ……」
「ちょ!! なんであんた泣いてるの!?」
「だってだってぇ~~。高校怖い~!それに川内可哀想すぎるよぅ~……」
「あぁ~もう。こんな事、うちの駆逐艦たちにも話したことなかったんだからね。あたしもつい話しちゃったけど、誰にも言わないでよ?」
 そう言う川内の頬や眉間あたりはやや引きつって顔を歪ませていた。バツが悪そうに片手で後頭部をポリポリと掻いて照れくささと気まずさを解消しようとする。暁は鼻をすすり涙を拭いた後、コクリと頷いた。
「……うん。わかった。聞かせてもらったお詫びといったらなんだけど、あたしがあんたの同性の友達になってあげる。なんだったら進路そっちの高校にしてあげてもいいんだからね。」
「いや……さすがに行く高校はもっと良い理由で決めようよ。それにあたし、同性の友達まったくいないわけじゃないよ。ちゃんといるし。その一人が……」
 そう言いながら川内は視線を対象者の方向に向ける。夜のためハッキリと見えているわけではないが、顔の向きを見た暁は察した。
「それが、あの人なのね。」
 川内はコクンと力強く頷く。
「那珂さんは、あたしに初めて親しくしてくれた同性の友達で、尊敬する先輩で、憧れの艦娘。いつか、あたしはライバルとしてあの人に迫りたい。」

 川内の思いを聞いた暁は、ようやく鼻のすすりが止まり平常心に戻っていた。羨望の色を混じえた視線で確認する。
「そっか。プライベートでも、艦娘の世界でも良くしてくれる人なのね。なんか、羨ましいなぁ、そういう関係。あたしも……高校行ったら、そういう人欲しい。」
「そうだね。頼れる人ができるのはいいもんだよ。色々安心して思う存分やれるしね。だからあんたも、“響~!雷~!”って泣き言を堂々と言えるようになるかもね。」
「うぇっ!? もーー、なんてこと言うのよぉ!あんたってばぁ!」
 川内が茶化すよう言葉を挟むと、暁は瞬時に顔を真赤にして反応し、反論すべく迫り、川内に軽くあしらわれた。
「アハハ。ゴメンって。それにしてもあたしは川内って呼び捨てで、同じ鎮守府の川内のことはさん付けなんだね。」
「あんたは怖くないし、なんか……仲良くできそうだったし。あ、でも一応年上だから呼び捨ては迷惑だった?」
「いーよ別に。キャリア的には呼び捨てされるの当然だろうし、なんか体育会系みたいで嫌いじゃないよ。年下からの呼び捨て全然問題なーし。」

 傍目から見ると姉と妹、仲の良い先輩川内、後輩暁に見える二人は、今回の任務の一時を通じて、軽口を叩き合える関係を自然と構築していた。


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「よーし、終わったよ~!警戒してくれた三人は戻ってきて~!」
 那珂の号令が響き渡る。暁とすっかり親しげに話せるようになっていた川内は、那珂のもとに戻った。
 川内は撮影した写真とメモデータを旗艦として那珂から受け取った。そして促されるままに全員に合図を出す。
「それじゃあみんな、戻ろう。今回はお疲れ様!」
 川内の言葉に全員頷き返事をした。

 帰りは川内・暁の両名を先頭として複縦陣で隊列をなして一路南に向けて進み出した。
 川内がふと時計を見ると、時間は午後11時30分を示していた。艤装装着者特別法による、未成年の就労の限界時間まで後30分というタイミングであった。

一日目の終わりに

 館山基地に帰還した川内たち合計11人は、場所を本部庁舎の小会議室に場所を移し、村瀬提督・人見二尉はじめ館山基地の対艤装装着者チームメンバー数人、そして鎮守府Aの提督代理である妙高を目前にして報告をしていた。
 報告会の最中に日付が変わり、普段この時間まで起きていることが滅多にない数人の艦娘はコクリコクリと船を漕ぎ始め、その度に隣りに突かれて起こされていた。
 報告の主担当は川内と暁が命じられ、二人は艦隊の旗艦・副旗艦という扱いでさせられる、慣れぬ報告の手順に四苦八苦しながらも、体験したことすべてを大人たちに伝えた。
 支援艦隊の立場であった那珂は今回は脇役として控えるに徹することを頑として決めていた。が、時々チラチラと助けを求めて視線を向けてくる後輩を泣く泣く無視し続けるのも限界が近づいていた。
 しかしちょうど良いタイミングで、支援艦隊たる那珂たちの報告の順番が回ってきたので視線を無視し、説明し始めた。
 ただ那珂が気になったのは、ふと視線を一瞬川内の方に送ると、脇で誰に向けてのものなのかわからぬ大きなため息をこれ見よがしに吐いて、緊張感と眠気による不機嫌さをアピールしている後輩の姿がそこにあったことだった。
 那珂は努めて無視を決め込んだ。


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 艦娘たちからの説明が一通り終わると、村瀬提督は艦娘たちから受領した写真やメモを眺め、そして視線を上げて口を開いた。
「千葉第二の君たちの身元は、西脇君・妙高さんと話し合い、私が預かっている。直接的な管理や大枠の指揮は西脇君の代理として妙高さんに勤めてもらっているが、身の安全や保障の最終的な責任者は私ということになっている。だから、作戦任務時に君たちに何かあったら、西脇君に申し訳が立たないんだ。特に今回、君たちが陥った危機的状況は、うちの暁の一言と判断が招いた結果と理解した。預かっているよその局の艦娘の危険の原因がうちの艦娘にあるとなると両局の関係にも影響しかねない。暁、わかっているか?」

「……し、司令官?」

 村瀬提督の口ぶりが突然変わったことに川内たちはもちろんのこと、話題のやり玉に挙げられた暁は目を見開いた。村瀬提督の目には先程まで、艦娘たち全員に向けられていた普段の優しげなものとは異なり鋭く、明らかに譴責の念が込められている。
 その眼力の向かう先は明らかに暁である。鋭く突き刺さる視線を受けて暁はすでに涙目になり、ビクビクと肩を揺らしている。
 その緊迫感に川内そして那珂でさえも、口を挟むことなぞ叶うべくもなくただ横目で様子を伺ってじっとしていることしかできない。那珂がふと気がつくと、妙高が近づき自身と川内の肩に手を置いて寄り添い、視線を暗に村瀬提督らに向けさせている。

「暁。私は君を経験十分、実力もありよその艦娘との折衝も任せられると期待して任務への参加を指示した。千葉第二の艦娘たちよりも遥かに経験を積んでいる君なら、彼女らの手本となり、哨戒や警備の任務を適切にサポートできるとな。」
「う……ご、ゴメンなさいぃ……。」
「謝らなくていい。ただきちんと今確認しなさい。暁。今回任務に参加した艦種と人数、それからうちが定めている威力偵察に必要な条件を言いなさい。」
「え……と、あの……、軽巡と駆逐艦が……。それから……」
 暁はボソボソと弱々しい声で回答と思われる内容を口にする。それを最後まで聞いた後、村瀬提督はなお暁に厳しく言を浴びせる。
「教わった条件、合致していると思うか?」
「ちょっと……いえ。かなり違います。」
「そうだな。条件を満たすには足りないな。ではなぜ君は安易に威力偵察をした? 判断に困る場合、私か秘書艦あるいはその時の最高責任者に確認せよと口を酸っぱくして教えていたはずだ。君たちの報告をまとめてみると、暁自ら進んで実行に移したように思える。」
 暁は恐怖で顔を引きつらせつつも、頬をやや赤らめる。次の説明を言いよどんでいる。
 そこに、思わず川内が口を挟んでしまった。

「あの! 暁だけが悪いわけじゃありません。あたしだってその威力偵察に賛同してノってしまいましたし。だから暁を責めるんなら、旗艦だったあたしも一緒に責めてください!」
((せ、川内ちゃん……!?))
 隣にいた那珂は後輩の恐れを知らぬ割り込みに心臓が跳ね上がる思いを抱いた。さすがの那珂も空気を読んで口をつぐんで平静を努めていたし、五月雨たちにいたってはこの空気に恐々として通夜か葬式のような雰囲気で押し黙ったままだ。口を挟もうなどと考えつかぬ少女たちである。
 口火を切った川内はギリっと睨み上げて村瀬提督の言葉を待つ。村瀬提督は呆れたようにため息混じりに、川内に向けて言った。

「そちらの局ではどういう教育体制か知らないが、うちでは行動責任の代理規則という決まりごとを立てていてね。着任から2ヶ月および特定の条件で決めた期間は、どんなにクリティカルなミスをしても、本人が反省の念を持って罰を求めても、一切罰を科さないことにしている。犯したミスは、責任代理者がすべて受け持つことになる。今回、私が任じた責任代理者は暁だ。よその局の艦娘との合同の編成の場合、無条件でこの体制を適用するようにしている。それゆえ、今回哨戒任務中に艦隊の構成員がしたミスは、すべて暁の責任となる。それは暁も、着任当時から耳が痛くなるほど教わっているから分かっているはずだ。」
「……はい。私のミスは私の、川内のミスは私の……全部、私の責任です……ぐずっ。」

 すでに嗚咽が始まっていた暁は、なんとか言葉を絞り出して村瀬提督の言葉を追認した。
 川内がふと暁以外の神奈川第一の艦娘を見ると、みな神妙な面持ちで視線を暁に向ける者と下を向いてわざとそらしている者が半々だ。これを同情と取るか、運用体制をその身に叩き込まれているがゆえの暁への非難の目なのか、川内には到底判断はつかなかった。
 気に入らない。新人だからといってなんでも許されたいとは思わない。しでかした自分が許されてただ自分たちに説明して見本を見せてくれようと頑張っただけの暁が叱られるなんて、心苦しい。
 川内はそれを口に出した。
「でも!あたしが話にノって焚き付けたんだし。あたしだけ許されるのは納得行かないです。」
 村瀬提督は再びため息を、今度は軽くついて素早く言い返した。
「勘違いしないでほしいが、許したわけではないんだよ。君のミスに対する責任は暁が負う。君は許されたわけじゃなく、君が追うべき責任や問題行動に対する謝罪の権利が、暁に移っただけなんだよ。だから君は、本来追うべき責任や反省の権利をただ単に失っただけなんだ。わかるかな?」
「……よくわかりません。」
 川内が苦虫を噛み潰したような顔をしたまま素直に言うと、村瀬提督は再び小さくため息を吐いてから続ける。
「今回の問題は結果として支援艦隊として派遣した者達の協力もあって解決に至ったからひとまず良しとする。しかし問題を起こしたという事実まで良しとすることはできない。通常であれば当事者に対し、なぜ防ぐことができなかったのか反省を促す必要がある。今回のうちの運用規則に則って、反省するはずの君の権利を剥奪し、君たちを管理していた上長である暁に課した。暁本人として、メンバーとのやり取りを踏まえて、負った責任をどう取ってどう今後に活かすか、それを証明して初めて暁を介して、今回の危機に陥ったミスつまり問題行動を許す形になる。」
「そ、それじゃああたしは……本来ミスした人はどうすれば……?」

 村瀬提督は皆まで言わず、川内に向けていた視線を暁の側にいる雷たちに向ける。雷たちは提督の意を察し、周りと顔を見合わせる。そして代表して雷が口を開いて話に触れた。
「えと、あの……私が代表して説明するわね。ミスした人が、責任を持って何かすることはうちでは禁止されているわ。責任を取らされる人もミスした人を裏で責めたらいけないって決められてるし、次の出番で挽回するしかないのよ。それまではモヤモヤした気持ちを持ち続けてしまうけど……自分が周りに迷惑をかけてしまってるんだ、次はこうならないようにしようって反省してきちんと行動できるようになるの。」

 雷の言に綾波たちもコクコクと頷いた。全員理解している様子を見せた。
 しかし川内の心境は納得できていなかった。
 自分は神奈川第一の艦娘じゃなくて鎮守府Aの艦娘なのだから。そんなわけわからん責任なすりつけの運用が気に入らないし、そんな馬鹿げた事を受け入れている感のある雷たちも癪に障る。

「けど……あたしは神奈川第一の艦娘じゃあない。あたしがしでかした事に対してはちゃんと叱って欲しい、です。あたしはバカだから、そんな小賢しい高尚なこと言いつけられたってわかんない。ちゃんと言ってもらわないと嫌だ!」
「だったら妙高さんに叱ってもらいなさい。そちらの局の、この場での艦娘の直接の指導はあくまで妙高さんだ。なんだったら帰って西脇君に叱られるといい。私は、我が局の艦娘の指導責任の下、運用規則に則って暁に責を追わせるだけなのでね。君の実際の処遇にまで責任を預かり持たない。君からの報告は先程聞いた。下がりなさい。」

 川内はカチンと来て思わず一歩乗り出し激昂しかかったが、それを妙高と那珂に止められた。片手が、明らかに平和的な話し合いにはそぐわない拳を作り上げていたのが原因だった。
「川内ちゃん、ダメダメダメ。落ち着いて。」
「川内さん。あなたのお気持ちは十分わかりました。後でしかるべき形で提督と私が叱ってあげますから。」
「そういう問題じゃない!! あたしが納得できないのは、バカなあたしの行動のせいで、暁が叱られてるってことなの!!もとはといえばあたしが気軽に考えていたのが!旗艦とかいってカッコつけてたのが!いけないのに!」
 慌てて止めに入った那珂と妙高に抑えられつつも、周りを一切機にかけず川内は声を荒げて地団駄を踏みながら本音を口にした。村瀬提督の前で俯いていた暁がやや顔を上げ、涙を未だ浮かべたままの目で川内の方をチラリと見る。
「川内……。」

 川内と暁が視線を絡め心通わせていると、村瀬提督が二人のつながりを断ち切るかのように話を進める。
「この話はここまで。暁には追って処分を伝えるのでこの場でこの話は終いとする。それでは報告の総括に入ろう。」
「ちょ!」
 再び激昂しかかる川内を那珂が再び抑えて止めた。那珂が抑えている間に妙高が川内にそっと囁く。
「今回の夜間哨戒任務としては報告しましたし、ひとまず締めましょう。深夜ですし、これ以上事を荒立ててると暁さん以外の娘たちにも迷惑になります。……わかるでしょ?」
「……。(コクリ)」
 この後輩はこれほどまで感情的になりうるのか。相手が誰であっても噛み付く気概。長所でもあり短所でもあるだろう。那珂は、下唇を噛んで必死に感情を押し殺している川内を見て、いたたまれない気持ちになっていた。せめてものフォローで、川内の肩を優しく何度も擦る。

「こ、こちらも了解しました。進めましょう。」
 妙高がそう伝えると、村瀬提督は頷いて締めの言葉を発した。


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 報告会が終わり、本部庁舎を出た一行は、時間も時間ということもあり自衛隊員により車で送迎されることになった。
 川内は車に乗るまでの道中、暁に話しかけようと試みたが、すでに暁の側には雷と名乗っていた少女、そして綾波・敷波と名乗る少女たちもそっと寄り添っていたため、その空気にはさすがに割り込めないと気を落とした。
 たかが一回の任務で親しげに話せるようになっただけの自分が、迷惑をかけた自分が、何か話しかける資格はないのかもしれない。
 どうせ今回のイベントが終わってしまえば、もう二度と会うことはないかもしれない。川内は諦めて車に乗り込もうとした。

「あ……せ、川内!」

 振り返ると、暁がトテトテと小走りに駆け寄ってきた。その様に隣りにいた雷たちもそうだが、川内自身、そして車にすでに乗り込んでいた那珂・五月雨たちも驚く。
「う、えと。何?」
 うまく反応しようとしたが、苦手な空気だったため、口から出たのはぶっきらぼうな返しだったことに、川内自身内心呆れた。そしてそれは表面的には緊張感によるこわばりとして表れる。さらにその強張りは暁にも伝達して言のスピードを遅延させる。
「……ん。んーっと。あのね。えと……。はぁ。」
 緊張で何度も一息を吐く暁の背中をポンと叩いたのは雷だった。驚いて後ろを向く暁に、雷は小声で何かを伝えて笑顔を送る。暁はそれを受けてコクリと頷き、川内のほうへ振り返った。
 その表情は、決意とも取れるし、諦め、無理、悲しみ、川内が表現として思い浮かぶ限りの負の方面の感情が、そこにないまぜにあるのが容易に見て取れた。
「き、気にしないでいいんだから、ね。」
 川内はその一言を耳にした瞬間、思わず暁の両頬を押さえつけて怒鳴っていた。自然と密着する形になる。
「何言ってんのよ!! 気にしてよ! あたしを責めなさいよ! 不真面目で馬鹿なあたしがいけないのに。だかr」
「せ、せんでゃい……くるしひ……」
「あ。ゴ、ゴメン。」
 ぷぎゅッというよくわからぬ可愛い悲鳴が圧縮された唇の隙間から飛び出したのを聞いて、川内は暁の頬から慌てて手を離す。すると、頬をさすりながら呼吸を整えた暁が口を開いた。


「やっぱりあたしが元々悪いんだから。初めて接するあんたたちに良く見られたくて、色々話を誇張してたし。こんなんだから、大人の……なんて無理な目標よね……。」
「あたしは納得できない。暁はなんでそんな物分りいいの!?」
「これがうちのやり方だもの。私もわかってたつもりだけど、今回司令官に任されて、やらかして、いい勉強になったわ。だから、ど、どんな処分が待ってても、私はこなしてみせるんだからね~!」
 暁はわざとらしくガッツポーズをする。それがあからさまな強がりというのはわかっていたが、川内はそれを指摘したり茶化す気にはなれなかった。ただ、涙を浮かべるだけだ。暁の境遇もそうだし、自分の至らなさに泣けてきてしまう。

「ちょ! な、なんであんたが泣くのよぉ~!やめてよね! 年上の高校生を泣かせたってバレたら雷や電はいいとしても、響にはうんっとからかわれちゃうわ!」
「だってさ~……やっぱ暁、あんたに申し訳なくってさぁ~。ぐずっ。」
「もー、しっかりしてよね高校生。私の身近なレディの理想像を崩さないでよぉ~。」
「ぐずっ。レディって何それ~? あんたも大概わけわからん小学生だわ。」
「ムッカァ~~! あんた! 泣くのかからかうのかどっちかにしてよねぇ!あんたの相手疲れるよぅ……。」
「ハハッ」

 慰めあう二人は気がつくと、任務開始当初のからかい合う雰囲気に戻っていた。それで気分が持ち直したのか、お互い気持ちが切り替わり、本音が少しずつ表れる。
「うん。まぁ。その。……本当はね、今回あんたがノってくれて、悪くない気持ちだったわ。だから、私はあんたを責めない。うちの教育方針がなくたって、あんたを責めなかったと思うの。あんたと組めて楽しかったわ。ありがとね!」
 暁がまだ多少ぎこちないながらもニコリと笑うと、川内は凛々しい笑顔で言い返した。
「……私も、あんたは不思議と気楽に接することが出来たと思う。うちの神通や那珂さん、あとプライベートの数少ない友達とも違うタイプ。だから、あたしはそっちの鎮守府の方針がどうであれ、気持ち的にはあんたに謝りたい、責任を取りたい。」
「あんた……結構律儀なのね……あと頑固?」
「うっさい。」
「まぁ、いいわ。どうしてもっていうなら、明日暇?」
 突然話の方向性がそれたことに川内は首を傾げる。
「えーと、明日はうちらは何もないと思う。那珂さんと五月雨ちゃんだけ観艦式あるけど。」
「そっか。それじゃあ夜は? さすがに夜は何もないでしょ。明日は私達が主導で哨戒任務だから、終わってから、もし気が向いて、そっちも暇があったら、夜……遊びに行かない? あのね、明日は館山駅から海岸まで夜店とか屋台が出るらしいの。うちはみんなで任務終わったら遊びに行こって話してるんだけど、そちらもどう?」
「夜店か~いいね~そういうの。そういうことなら……ねぇ、那珂さん!」

 川内は暁からの思わぬ提案を聞き、車にすでに乗り込んでいた那珂たちに誘いかける。那珂はようやく訪れた明るい話題に、遠慮なく乗ることにした。
「ん~? いいと思うよ。観艦式のメインイベントが終わればあたしや五月雨ちゃんも暇になるだろーし、そういうことならみんなで、お祭りの夜、楽しもー!」
「わぁーい! お祭り!夜店!素敵っぽい!」
「私も楽しみです!」
 夕立と五月雨が那珂に続いて反応すると、時雨たちも歓喜の声で快く承諾する。鎮守府Aのメンツの意見は一致していた。

 川内と暁は互いに向き直して言い合った。
「うん。それじゃあ、お互いそれまで、頑張って乗り切りましょ。まだ艦娘として仕事中なんだからね。」
「わ~かってるって。そっちこそ調子乗って哨戒任務またヘマしないでよぉ~?」
「う……わ、わかってるもん!」
 川内が肘でつついて茶化すと、暁は片頬を膨らませて取り繕った。

 偶然にも任務で知り合った川内と暁、身体的にも性格的にもこの凹凸激しい二人は、この短い時間にも関わらず、固い心的な繋がりを確かに感じあっていた。
 川内にとって、悔いるべき、心に影を落としかねない任務の行く末だったにもかかわらず、帰りの車内でどこか心地よかったのは、初めて他鎮守府の人間と友人になれたからだった。

同調率99%の少女(22) - 鎮守府Aの物語

なお、本作にはオリジナルの挿絵がついています。
小説ということで普段の私の絵とは描き方を変えているため、見づらいかもしれませんがご了承ください。
ここまでの世界観・人物紹介、一括して読みたい方はぜひ 下記のサイトもご参照いただけると幸いです。
世界観・要素の設定は下記にて整理中です。
https://docs.google.com/document/d/1t1XwCFn2ZtX866QEkNf8pnGUv3mikq3lZUEuursWya8/edit?usp=sharing

人物・関係設定はこちらです。
https://docs.google.com/document/d/1xKAM1XekY5DYSROdNw8yD9n45aUuvTgFZ2x-hV_n4bo/edit?usp=sharing
挿絵原画。
https://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=68726044
鎮守府Aの舞台設定図はこちら。
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=53702745
Googleドキュメント版はこちら。
https://docs.google.com/document/d/1SKl2OuSBDMlN8kMwAjTKLuOCgrgl-RKCSMvqsUtntdg/edit?usp=sharing

好きな形式でダウンロードしていただけます。(すべての挿絵付きです。)

同調率99%の少女(22) - 鎮守府Aの物語

提督が神奈川第一鎮守府との合同の任務の話を持ちかけてきた。久々の他鎮守府との合同任務に那珂達は様々な思惑を込めて参加を決める。鎮守府Aの艦娘達は鎮守府のある検見川浜を飛び出し千葉県の端、館山へと向かう。そこで艦娘を待ち受けるのは一体何か。 艦これ・艦隊これくしょんの二次創作です。なお、鎮守府Aの物語の世界観では、今より60~70年後の未来に本当に艦娘の艤装が開発・実用化され、艦娘に選ばれた少女たちがいたとしたら・・・という想像のもと、話を展開しています。 -- 2018/07/25 - 全話公開しました。

  • 小説
  • 長編
  • ファンタジー
  • 冒険
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-13

Derivative work
二次創作物であり、原作に関わる一切の権利は原作権利者が所有します。

Derivative work
  1. 登場人物紹介
  2. 合同任務再び
  3. いざ館山
  4. 体験入隊
  5. 観艦式の練習1
  6. 観艦式の練習2
  7. 夜間の哨戒任務
  8. 藪蛇を突く
  9. 支援艦隊派遣
  10. 合流
  11. 一日目の終わりに