<クサ>

 <クサ>タバコの煙を口から吹き出した。誰が植えたのかは知らないがこの山には大量の<クサ>が生えていた。それを発見したのは二週間ほど前だ、俺はワンダーフォーゲル部に所属していたが、近所の裏山に登るのは久しぶりだった。舗装された山道を登るのも詰まらないと思って、少しルートをそれると、<クサ>は生えていた。
 俺はこれまで<クサ>はやったことがなかった。知人に勧められて、脱法ドラッグや合法ハーブの経験はあった。だが違法のモノを体に入れた経験は一度足りとてなかった。
 今日までの俺はマジで不幸だった。俺の大好きだった彼女、いや今じゃ只の糞女に浮気をかけられて、糞NTR野郎にケンカを吹っかけたものの、返り討ちにされたことは記憶に新しい。野郎につけられたコブのせいで俺を見る女子の目は変わった。「お岩さんみたぁ~い」クソ。
 昨日なんかもっと酷かった。俺は自慢の赤い原付で大学から帰っているところだった。突然飛び出した黒い猫、ガクンとバイクが跳ねたかと思うと、一瞬体が宙に舞い、すぐに地面に叩きつけられた。幸い俺は腰を擦って軽く出血しただけだった。猫のことを思い出して、道路を見たが、そこに猫の姿はなかった。少し安心して、俺は原付のところへ戻った。タイヤとボディーの間に上半身と下半身が離れかけた猫の死体があった。小さな胃がダラリとぶら下がっている。半分千切れかけの首からも何かがぶら下がっている。それは3日前から行方不明になっていた友人の猫が付けていた首飾りだった。
 その後のほうがヒドかったけど、あまりにヒドすぎて記憶が曖昧だ。まずタイヤとボディーから死体を引き出そうとしたけど、力を入れたら上半身と下半身が別々になって、ついでに頭が落っこちた。地面と原付が血だらけになってた、まぁ原付のボディーも赤だったからそれは何とかなったけどさ。とにかく10分もすれば腐乱臭が凄かったよ。暑い夏の日だったからね。覚えてるのはそれぐらいかな。死んだ猫を見た時の友人の顔は覚えてないよ。
 俺は今日の今までホントにムカムカしていた。洗面台をゲロまみれにして、間違ってカミソリで指の間を切っちゃったぐらいにね。だから思いついたんだ、<クサ>のことを。脱法ドラッグは無かったし、酒なんかで気分が収まるわけがなかった。だから俺はタバコ屋で巻紙とライターを買って、この山に来たってわけさ。気分は爽快だね。
 何本も吸ってると1秒が1時間に感じたり、1時間が1秒に感じたりするんだ。記憶が行ったり来たりする感じだよ。こんな体験は脱法ドラッグでも味わえない、最高だね。俺はちょっと場所を変えることにした。<クサ>はそこら辺に生えてるし、ちょっと雰囲気を変えたかったからね。何の役にも立たない雑草どもを踏みつけて数分歩くと、何だか不思議な場所に出た。そこだけ木がなくて、まぁるく切り取られたみたいになってるんだ。いや、切り株があったから誰かが故意に切り取ったことは間違いないな。俺は疲れたんで切り株の一つに座った。
 <クサ>をやってると眠たいのか眠たくないのかもよく分からない。とにかく時間が立っていた。俺はもう一本<クサ>をやって空を見上げた。星が動いていた。俺はその時初めて夜になっていた事に気がついた。
 ガサッと木々がなぎ倒される音がして、目を向けると穴ぼこが開いたようにそこだけが一段と暗かった。おぅおぅおぅ...とケモノの鳴き声がすぐ目の前で聞こえた。足りねえ頭で出した結論、目の前にいるのはおそらくクマ、出没注意の看板もあった。

<クサ>

<クサ>

  • 小説
  • 掌編
  • ファンタジー
  • サスペンス
  • コメディ
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-17

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