一身上の都合
退職しようとか、考えてみても、責任があるから、やめられない、という現実もあります。みなさん、頑張らないで。国際的にも日本人は頑張りすぎ、弱音を心の中で吐きたくても言葉にしないことが多いという。原因はあんまりにもデヴューを、華々しく迎え受け入れられ、難関にあっても気負ったまま一人で頑張っちゃうから。経験談……。
結果、病気になっても、だれも同情などしてくれない上に、「あんなに応援したのに……」と責められる可能性大。だから頑張らないで。燃え尽きたりしないで。
乏しい社会人としての活動が、このお話を書かせました。どうぞ、よろしくお願い致します。
ゆっくりと僕は死んでゆく。僕の魂が端から欠落し、破損し、擦り切れ、落ちこぼれ、未来を無くし、悲しみのあまり死んでゆく。誰にも止められない。誰にも……
愛していた。少なくとも、この人生を。僕は愛し、愛しすぎていたのかもしれない。
君との夏。その日々を僕はより愛していた。(けれど君は今、ここにいない)
だけどもう、その方法を思い出せない。愛を人生を、生きてきたこの身体を。愛すること、その方法を――僕はこの人生で、ついに見失ってしまった。
僕は焦った。それらを取り戻そうとあがいたが、それはより無力感と苦しみと虚無感をもたらしただけだった。
僕は上司に相談することもなしに辞表を書いた。白い便せんに一字ずつ、つづる文字は、下書きもせずにまっすぐ、曲がらずに書けた。溜息して自分の引き出しにしまい、朝になって見てみた。用意しておいたこれまた真っ白な封筒に「辞表」と書いて、短い文面を改めて見ると、その率直さに驚いた。
『一身上の都合により――』
一身上の都合ってなんだよ……僕の価値はこんなものにすぎないのか? いらない男なのか? 本心から疑問に思った。自分の書いた文面の、あまりのそっけなさに腹が立ち、便せんをくちゃくちゃにしてしまうと、僕はいつも通り出社した。
重役出勤の上司は相談に乗ってくれた。
なんでも、言ってみるものだ。
それはな、鳥海――彼はゆっくりと、噛んで含めるように言った。
「おまえがようやく一人前の男になったってことだよ」
飲み屋でおごってもらうのは久々だった。最近はおごる方が多かった。僕は上司に頭を垂れて礼を言った。
「おかげさまで目が覚めた思いがします。また、改めてよろしくお願いいたします――」
「それは、お互い様だ」
短い言葉に労いを感じて、涙目になったけど、きっと明日からは、そう、また、きっと。
「大変だぞ――お互い乗り越えて行こうな! ただでさえ中小企業は有能な人材がすべてを握ってるんだから」
僕は黙って、最敬礼の姿勢をとった。
さて、一度は上司に、会社に。改めて忠義心を抱いたものの、やはりそれだけではやってゆけない。僕はもう一度辞表の文句と封筒を用意した。涙があふれた。文字はまっすぐ書けなかった。
きっと、迷いながらも僕は明日出社するのだろう。きっと、このまま……それが、「一人前の男」と言うものなのか、まだ僕にははかりかねるが。とりあえず目覚ましを仕掛けた。
朝の五時半に……。
完
一身上の都合
ここまでお読みいただきありがとう存じます。
どでかい仕掛けとか無くてすみません。
真面目一辺倒の方が、生まれて初めて「おもしろかった」と言ってくれたので、こちらに投稿させていただきたく思いました。
主人公の葛藤は、もしかしたら出たとこ勝負で、なんとかなった、というべきかもしれません。
作者は辞表書いたことがあるんで、経験を託してみました。