チンピラと天使のカイザード妖刀物語
Project ANIMA 異世界・ファンタジー部門(小説作品)応募作
◆プロローグ◆赤い夢(語り手:ナレーター)
まとわりつく血煙の中、赤黒い刃が閃く。
ゼェハァと荒い呼吸‥‥片っ端から斬って斬って斬りまくる。
<吾妹(恋人)ハ、何処ダ‥‥?>
ワギモ?
もう斬りたくない。
逃げ出そうとした足を掴まれる。
血塗れな手の群れが迫りくる。
<全テヲ捨テ、頂点ヲ目指スモ、マタ一興>
再び、赤黒い刃が閃く。
亡者共の手を斬り払う不快感は、やがて快感に塗り潰されていく。
暗闇と血煙の戦場を駆け回り、斬って斬って斬りまくる‥‥。
≪ZuSha‥‥ZaShu‥‥≫
『僕‥‥? 拙者‥‥? 俺‥‥?』
他の誰かとシンクロするような感覚。
斬る度に、大切な何かが消えていき、塗り替えられていく。
斬って斬って斬ってきってきってキッテキッテ斬ってきってキッテキッテ斬って
キッテキッテキッテ斬って斬って斬ってきってきってキッテキッテ斬ってきって
キッテキッテ斬ってキッテキッテキッテ斬って斬って斬ってきってきってキッテ
キッテ斬ってきってキッテキッテ斬ってキッテキッテキッテ斬って斬って斬って
きってきってキッテキッテ斬ってきってキッテキッテ斬ってキッテキッテキッテ
<良イゾ、良イゾ‥‥、砕ケヌ身体。思ウ存分斬レル>
*
ゴインッと鈍い音が響いた。
「‥‥ぬぅお?!」
突然の衝撃に思わず声が漏れる。
バッと体を起す。
盆を持った幼女と目が合う‥‥睨まれた。
「それ弛んでるぞ、しっかり結んでおけ」
背刀に手を遣る。
其には、抜き身のまま、明らかに古い包帯が巻かれている。
柄の結び目が解け掛けている‥‥彼は其を結び直した。
◆第一章◆弥月25日・風曜
カイザードという名の新興帝国がある。
叡智王を冠し、一代にして軍事帝国を築き上げた傑物、[魔導皇帝シギ・カイザード]よって支配される国。
主に中世ヨーロッパやギリシャ神殿のような石材建築、所々に和風の木造建築、そして、未来の研究所のような鉄材建築が入り混じった和洋折衷の街並み。
様々な人型種族が棲んでおり、コミュニケーション可能な種族の総称として、[人間]という代名詞が使われる世界。
四方を風水的に守護された地形の帝都。周辺の領土は農地開拓が進んでいる。
それに加え、そこかしこに迷宮が点在しており、迷宮を中心に集落が存在する。
そこでは犯罪者すれすれのアウトロー[最底辺者]達が、剣や魔法を駆使して、迷宮探索で生計を立てている。
帝都は、堅固な城塞都市。メインストリートから離れ、入り組んだ路地の先。
人通りの少ない、アーケード商店街の片隅にひっそりと存在する建物のひとつ。
六角形を組み合わせたデザインに[ハニカム]と書かれている看板が出ていた。
時は、カイザード帝国暦十年、初春(弥月25日・風曜)。
先ほどから降り始めた激しい雷雨。
いつもは日光を燦々と取り入れる天窓を強い雨が叩き、暗めの店内。
木製の丸テーブルと椅子が数脚並び、奥には複数の個室扉と二階への階段。
あらくれ者が集まる[ボトマーズギルド]と呼ばれる酒場兼宿屋。
客らしき人物は、たった一人。彼は再び、カウンターで突っ伏した。
なかなか奇抜な姿をしているが、それもそのはず、彼は[カラス]という種族。
まず、全身が濃い灰色、ほぼ黒と言って差し支えない。
黒っぽい三角帽子からは、手入れの行き届いていない伸び放題の黒髪が覗く。
気怠そうな着流し。
心なしか、周囲の雰囲気まで、どんより重い。
そこだけ暗いモノトーン調。
そして、着流しから複数本ハミ出した謎の物体がデローンと床に垂れている。
それには、整然と並ぶ吸盤模様。
黒い鳥のカラスが一瞬浮かぶが、彼は[カラス賊]。
この賊は誤植ではない。漢字に変換してみれば、その種族性が見えてくる。
[水の民カラス賊]と呼ばれ、水辺を縄張りとする水賊種族。
体色は主に白や緑。
ある海洋生物を彷彿とさせる容姿、烏賊から進化した人型種族。
そこで稲光、彼の体が鈍く光を反射した。遅れてゴロゴロと雷鳴。
濃灰色のボディは生身ではない。長身痩躯のサイボーグ、頭部だけが生身。
眩しそうに反対を向くと、眠そうな、丸く少し垂れ気味の目と腑抜けた顔。
抜き身のまま、包帯を巻いた刀を二本。クロスして背負っている。
ラサ・アッシュ、それが彼の名だ。
18歳だが、溌剌とした若さは感じられない。
人相風体を一言で表すならば[怪人イカ男]、これがピッタリ当てはまる。
「もぅ‥‥ラサってば、ちゃんと目を覚ましなさぁ~い!」
先ほどの稲光で顔を背けた彼の後頭部が再度、盆で叩かれる。
そして、反対側の丸椅子に攀じ登った幼女が、彼の顔を覗き込む。
「ねー、ミイ遅いねー?‥‥って、また居眠りぃ?」
足をブラブラさせながら、ぷくりと頬を膨らませる。
栗色のツインテールにハチミツ色のエプロン姿。
しっかり者でハニカム看板娘の一人。メイ・7歳。
「アーケード街へ買い物行っただけだろ? 心配ねーって」
再度、寝返りを打って、鬱陶しそうに反対側を向くラサ。
「もう‥‥頼りにならないんだから。はい、あーん★」
彼から興味を逸らし、足元に居た、もう一匹の珍客に干し肉の塊を落とす。
グワッと大顎を開けたのは、人間より二回りほども大きい鰐。
ラサの相棒、墨を被ったのかと思うほど真っ黒なクロコダイル。
その背には鐙のようなものが装着されている。
烏色に鋭い爪、名は体を表す‥‥安直にクロウと名付けられた鰐。
カイザード帝都東部の水源、蒼き龍が宿るマンド河で、彼らは出会い意気投合した。
そのクロウがムシャムシャと咀嚼する姿は、なかなかに怖い。
「オレの可愛い娘が誘拐でもされたら、どうしてくれる、ぁあ!?」
ガッシリ体格の男が、カウンターから怒鳴った。
日焼けして、ラフな半袖短パン姿、使い込まれた鋼鉄製の斧を腰に下げている。
頭は髪の毛一本無いツヤツヤ、黒い眼帯。自称ダンディなオヤッサン。
このボトマーズギルド[ハニカム]を経営するマスターにして、メイの父親。
愛らしい二人娘とは似ても似つかない容姿に、ギルドに所属するボトマー達から、『二人は誘拐されてきた』と噂されている。
彼らは[鉄の民ハムン族]と呼ばれる種族、我々の知る人間と同じ。
鉄を加工し、武装する事に長けており、帝国内では圧倒的に人口が多い。
「だぁから、エスコートしてあげてって頼んだのにぃ」
再度、反対側の椅子に回り込むメイ。
また頬を膨らませ、クルクルと表情が変わる。
「へいへい、悪ぅござんした。‥‥本当に誘拐されたら、命に代えても助けるからよ」
彼は、口だけで悪びれた様子もなく、少し顔を上げると大欠伸。
クロウも干し肉を全て呑み込んで満足そうに舌なめずり、丸くなって居眠りを始めた。
「‥‥それよりオヤッサン、珈琲くれ」
カウンターに肘をついた、ラサの横柄な態度。
「はっ、ツケ溜まってるオメェに飲ます珈琲はネェ。水でも飲んどけ」
鼻で笑って乱暴に出された水が、跳ねてラサにかかった。
「ひっでぇ!」
仕方なく、その水をちびちびと飲み始めるラサ。
そそくさとテーブルを拭くメイ。
ちなみに珈琲一杯で銀貨一枚、シルと呼ばれるカイザード帝国の貨幣単位。
自慢の[ハニカム珈琲]はオリジナルブレンド、程よい苦さで評判が良い。
「ギルメンは皆、迷宮探索や依頼で出払ってるってのに、オメェときたら‥‥」
オヤッサンが愚痴る。ほっとくと説教が始まるので退散したいが行く宛もない。
因みにギルメンとは[ギルドメンバー]の略である。
「んなこと言ったってよ。この前は一攫千金だって触れ込みの依頼を成功させたのに、ちっとも儲からなかったんだぜ‥‥?」
思い出したようにラサも愚痴り返す、これもヤル気がない原因。
「ありゃあ‥‥オメェの運が悪かったんだ。いい刀が手に入っただけでもマシだろ?」
オヤッサンは、彼の左肩から突き出ている刀の柄を顎で示す。
そちらの包帯は新品だ。
「そうだけどよ‥‥また文無しだぜ」
前回の依頼で唯一の戦利品だが、その依頼の最中、愛刀を一本失って帳消し。
さらに不運が重なり、差し引きすると収支ゼロだった。
オヤッサンは、彼の腕を買っていて、実入りの良い依頼を回している。
ハニカム所属後、難易度の高い依頼を幾つか成功させ、信頼を得てきたラサ。
しかし、何故かいつも懐が寒い。
サイボーグであるが故のメンテナンス費用、クロウの食費もバカにならない。
だが何より[ツイてない]のだ、何故か金銭が絡むと悉く運が悪い。
そんな彼を、なんやかんや言い乍ら支援してくれる、この親子には頭が上がらない。
実は、金運が無いのには理由があるのだが、それを彼が知るのは、もう少し先の話。
ふと入り口を見遣ると、大荷物を抱えた小さな影。
「ラサ☆彡 たっだいま~♪」
元気な挨拶と共に店内に入ってきたのは、メイと瓜二つの幼女。
ポニーテイルに、お揃いのエプロン姿。もう一人の看板娘ミイ、双子の妹。
姉と父を差し置いて、彼の名を口にしたあたり、気があるのは間違いない。
「おー」
しかし、彼は気のない返事で片手を軽くひらひら、再びカウンターに突っ伏す。
「おっかえり~★」
ミイがむくれる前に、明るい声でメイが出迎える。
荷物を半分受け取り、互いの左右の掌で『YEAH~!』とハイタッチ。
「あれ、でも今日は荷物少なくない?」
受け取った荷物の半分を覗き込みながら尋ねるメイ、中身は食材や消耗品。
「あ、そうそう。迷子の仔猫拾っちゃった。で、半分持ってもらったの~♪」
「‥‥またかよ」
興味無さそうに呟くラサ。
ミイは、ただの迷い猫ではなく、人間を拾ってくることがある。
かくいう彼も、ミイに拾われた過去を持ち、その後も同じようにギルメンが数名増えていた。
「あーもう、気にしないで入ってきてよ☆彡」
入り口で所在無げにしていた、もう一人の影の手を取って迎え入れる。
ズブ濡れ、長い黒髪から雨露が落ちる、まさに水も滴る美少女。
非常に特徴的なのは純白の翼、濡れて萎れてしまっているのが残念。
彼女は[空の民レガン族]という種族で、お年頃のハイティーン。
あまり飾らないベージュのワンピース、肩紐の後ろには可愛いクマのリュックサック。
そして、左上腕には見慣れない紋章が描かれた銀製の腕輪。
「「ウェルカムtoハニカ~ム♪」」
彼女からも荷物を受け取って、もう片方の手を取り、双子揃って店内へ連れ込む。
そして、手際よくカウンターに荷物を並べ始める。
誘拐の心配は杞憂に終わり、頬を弛ませているオヤッサン。
「おかえり」
タイミングを見計らい、最高の笑顔で娘の帰還を喜ぶ親馬鹿。
「後はオレに任せて、三人で風呂いってこい」
「「うん★☆」」
きゃっきゃと騒ぐ双子に手を引かれ、少女は店の奥の浴室へと消えていく。
それを見送ったオヤッサンが急に真顔になり、
「覗いたら‥‥殺す」
本物の殺気をラサに叩き込む。
しかし、彼は突っ伏したまま、右から左に聞き流し、
「こんな天気の日はダラダラすんのに限るな‥‥」
少し顔をあげて、もう一口水を飲んだ。
その瞬間、閃光。
《DooooooooNッ!!》
間もなく轟音が響き、『キャー!』と浴室から三人の悲鳴が聞こえてくる。
「おい、大丈夫か!」
オヤッサンが、慌ててカウンターを飛び越え、扉を叩く。
危うく開けそうになるが、寸での所で思い留まって、何やら首を振っている。
「こりゃ近くに落ちたかもな‥‥?」
全く興味ナシとばかりに天窓を見上げるラサ。
今度はクロウが大きな欠伸をした。
チンピラと天使のカイザード妖刀物語