ピンク色の水筒

 となりの席のしずかちゃんは、いつもピンク色の水筒を持っている。
 ぼくの学校は夏の間は水筒を持参するように言われているけれど、今はその時期ではない。なのに、しずかちゃんは毎日持ってくる。だから他のお友だちに注意される。
「しずかちゃん、いけないんだー!」
こういうときの女子は本当に嫌な顔をする。でもしずかちゃんは負けない。
「先生にいいよって言われてるからいいんだもん」
そして、しずかちゃんはぎゅっと大切そうに水筒を抱きしめるのだ。
 ぼくは一度もしずかちゃんが水筒の中身を飲んでいる様子を見たことがない。しずかちゃんは体育が終わったら、みんなと同じように蛇口をひねって美味しそうに水を飲んでいた。おかしいなあと思いながらもぼくはなんとなく聞けないでいた。
 ある日、しずかちゃんは算数の宿題プリントをやって来なかった。すっかり忘れていたらしい。どうしようと慌てるしずかちゃんに、ぼくはぼくのプリントを見せてあげた。
「今回だけだからね。バレたら、ぼくも怒られちゃうんだから」
「ただしくんありがとう。お礼に放課後、友だちを紹介してあげる」
 しずかちゃんはそう言うと、口のはじっこをキュッとあげて笑った。
 放課後、ぼくとしずかちゃんは近くの空き地へ行った。そこは大きな土管が置いてあって、中に入ると狭くて暗くてちょっぴり怖い。秘密のおしゃべりをするときはいつもここだ。でも、こんなところにしずかちゃんの友だちがいるのだろうか?
 ぼくとしずかちゃんは土管に入り、ランドセルを置いて教室と同じようにとなりに座った。
「じゃあ、友だちを紹介するね」
 しずかちゃんはうれしそうな声でそう告げると、じゃーんと言いながらピンク色の水筒をあけて中を見せてくれた。中に飲み物は入っておらず水筒の内側が銀色にピカピカしている。
「なにも入っていないよ?」とぼくが言うと、しずかちゃんは校長先生みたいに難しい顔で眉の間にしわを作った。
「えー、まさかただしくんも見えないのかあ。がっかりした」
 よくわからないが、がっかりしたらしい。しずかちゃんは水筒の中をのぞき込んで首をかしげている。
「水筒の中になにかあるの?」
「うん。友だち。これくらいの大きさの女の子。名前はマリア。泣き虫なの」
 しずかちゃんは親指と人差し指を5センチほど広げて言った。
「マリアは、人間?」
「わからない。人間のちいさいやつ」
「ずっと水筒の中にいるの?」
「ううん。家にいるときは、私の部屋で暮らしてるんだけど、寂しがり屋でどうしても学校にも来たいって言うからお母さんと先生にたのんで水筒に入れてるんだ。水筒なら変じゃないでしょ?」
 しずかちゃんはぼくの顔を見て、にこっと笑った。ぼくはしずかちゃんが笑うと胸がどきどきしてしまう。
「マリアはピンク色が好きなんだ。ただしくんは何色が好き?」
「ぼくもピンク色が好きだよ」
「え!そうなんだ」しずかちゃんは水筒の中を見つめてからぼくを見て笑う。
「マリアが喜んでる。ただしくんと仲良くなりたいって」
 そしてしずかちゃんはふーっと大きくため息をついた。
「マリアのこと話したの、みんなにないしょね」
「なんで?みんなにも言ったらいいんじゃない。ぼくは見えなかったけど、他の子は見えるかもしれない」
「どうかな。見えないと思う。私以外でマリアのこと見える人に出会ったことがないの。それにマリアのことは誰にも言うなってお母さんに何度も言われてる。だから、バレたら私も怒られちゃう」
 しずかちゃんはまた笑った。でもさっきまでと違って、悲しそうに見えた。ぼくの胸はチクリと何かが刺さるようで痛かった。しずかちゃんのこんな顔を見たのは初めてだった。
 ぼくとしずかちゃんは5時のチャイムが鳴る前にお別れをした。
 その日の夜、ぼくは眠れなかった。水筒のなぞを知った興奮と、しずかちゃんの笑顔を見られた喜び、寂しさ。いつか、ぼくもマリアが見えるようになるだろうか。マリアと仲良くなりたいな。ぼくはお布団を頭までかぶってふふふと笑った。 

ピンク色の水筒

ピンク色の水筒

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-10

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted