スーパーヒーローレボリューションズ
児童文学賞に応募するために書きました。読んだ児童がいろいろと考えることができるように哲学的な問い、倫理的な問いを含めてみました。かなり強引なエンディングになってしまいましたが自分ではよく書けたと思っています。文学賞は今回も一次審査の通過もなりませんでしたけれど。
スーパーヒーローレボリューションズ
1
これは未来のお話。2080年、未来といっても、遥か遠い未来のお話じゃなくて、ほんの少しだけの未来のお話です。
僕たちの地球は2030年にターニングポイントを迎えました。戦争があったのです。その戦争は、戦略的で駆け引きのある戦争ではなくて、子どもの喧嘩のように感情的な戦争でした。卑怯な作戦もたくさん使われました。あげくに核兵器や化学兵器がためらわれずに使われてそれはそれは悲惨で最悪の結果を迎えました。戦争を仕掛けた国と、挑発に乗った国と、そこに参加せざるを得なかった国とはもちろん、全然関係のない国も、巻き込まれて被害を受けました。戦争はあっという間に終わってしまったけれど、地球の人口は戦争の始まる前と比べて、なんと半分になってしまったのです。
街やビルや、目に見えるものの多くが壊されたけれど、国家や法律や制度や仕組みなど、目に見えないものの多くも壊されました。
生き残った人たちは考えました。
「これほどいろんなものが壊されてしまったのだから、開き直って、これを好い機会と考えて、合理的で、ずっと続いていける平和な社会を一から作り直そう。」
テクノロジーを駆使して、作業や労働にAI(人工知能)とロボットが極限まで使われました。人間の仕事を機械が奪ってしまうことを予想し危惧された時代もあったけれど、出来上がった社会はこんな社会でした。
重要な判断、意思決定から軽作業に至るまで仕事をするのはAIを搭載したコンピュータやロボット。国家を動かすのも会社を経営するのもAIとロボット。じゃあ人間はどうやって生活費を稼ぐのかといったら、そうしたロボットたちを資産として所有します。自分たちの代わりにロボットが稼いでくれることで生計を成り立たせるのです。お金持ちでロボットを何台も所有できる家庭は収入が多く、そうでない家庭はそれなりの収入を得られるという仕組みと考えてください。ロボットを所有するお金のない人はどうするかといえば、共同で購入して儲けを分配する組合が作られました。ロボットをどこで働かせるのかはそのロボットの性能や機能によってあらかじめ決まっていましたし、経営については計算され尽くしていたので、急に発展する業界や会社は、ほぼないと言っても過言ではありませんでした。つまり元々持っている資産としてのロボットによって、その家族の生活は決められ、未来永劫変わらないということになります。
2080年の社会にある最大手の企業は人間の能力ー機械のようにこの時代ではスペックと言っていますーを遺伝子で管理する会社でした。この業種の企業が世界に数社存在し、上位の会社製の遺伝子プログラムで生まれた人々は一種のブランドとしてもてはやされました。もちろんお金持ちでないと手が届く金額ではなかったのですが、保証書付きという言葉があるように、ブランド会社の遺伝子で誕生したならば生涯が保証されました。世界最大手の遺伝子プログラムの会社は「エターナル・ハピネス社」という社名でEH社と略して呼ばれていました。
遺伝子のプログラムによって人間個人のスペックが決定されます。言語や数式をどのくらい記憶できるのか、計算能力の正確さとスピード、色の配置や形について美しいと認識されるものを判断する能力、他人に好印象を与えて伝えるべきことをきちんと伝えられる能力、走る速さをはじめとする運動能力など、すべての能力が生まれつき決まっているのです。そしてそれはお金によって買えたのですから、お金持ちの家の子どもは頭が良くて、スポーツも得意で、そして顔やスタイルも良かったのでした。
それが当たり前の世の中だったので誰も妬むことはなく、不公平とも思わず、親や家系を恨むこともなく、自分のスペックを受け入れていました。
仕事はAIとロボットがしてくれて、お金も稼いでくれます。会社を経営する肩書きの人間はいますが、会社の意思決定、経営判断はこれもAIが行うので、実際に社会を動かしているのはAIとロボットであり、そしてそれは誤差が少なく、計算され尽くした世の中でした。
そんな世の中にあって人間がすることがあるのかといえば、AIやロボットを使役することによって作られた人生の余暇をどう過ごすかということでした。
遺伝子プログラムによってもともと丈夫に作られた身体で、医療の技術も進歩していて、生活環境も良いので人間の寿命はどんどん延びて、平均の寿命は120歳以上になっていました。その120年の時間、寿命をいかに楽しく過ごすのかがこの時代の大多数の人間のテーマだったのです。
2
人間は遺伝子のスペックによって生まれた時から階層が決められています。それは一生涯を通じて変わることのないものでした。スペックをプログラムした会社の社名の頭文字と遺伝子情報に基づく16桁の数字によって番号が付けられて番号による国家の管理が行われていました。番号は街のいたるところに設置されてあるAI付きの監視カメラによってスキャンされて、人々の行動のログがすべてデータとして収集されていました。
経済格差がある状態で秩序とバランスが保たれていたので、貧しい人たちもいます。しかし彼らが生きていく上での人間としての必要最低限の生活はプログラムによって保証されていました。
貧しい街の貧しい人たちのコミュニティがあり、そこで助け合って生活をしている人たちによって一体の性能のあまりよくないロボットが所有されていました。
そのロボットは自動の掃除機や自動の床拭き機などと一緒に行動をして掃除を行う人型のロボットで、主に戦前に建てられた、この時代においてはアンティークとも言える古い建物を中心に掃除をしていました。
僕は過去からやってきました。
タイムトラベラーとかそういうのではありません。僕の父は軍事兵器を開発していた科学者の一人でした。父は好んで軍事兵器の開発に関わっていたわけではありませんでした。国立大学の研究所に所属していたので国からの命令で無理矢理にそういう仕事をさせられていたのです。
2030年に戦争が始まる寸前に父は世の中が滅亡することを予想して、まだ子どもで将来のある僕を国立大学の研究所のシェルター機能のある建物の地下倉庫に自力で発電して数百年稼働することができる生命維持装置に入れたのでした。この装置に入ると人間は冬眠状態になり細胞が活動を停止します。装置に入った時の状態で生命を維持できる、つまり時間を止めた状態で僕を未来の世界に送り届けることができるのです。計算上数百年動かすことができる装置ではありましたが、期間が長くなれば長くなるほどリスクは大きくなります。ですから父は戦争が起こった場合に、戦争が集結して時代が落ち着いているであろう50年後の2080年に僕が目を覚ますように装置のタイマーを設定したのです。
僕は国立大学の地下倉庫の生命維持装置から50年振りに10歳の子どもの状態で目覚めました。
装置の中で点灯している「OPEN」と書かれた青いボタンを押すと装置が空いて僕は外に出ることができました。外がどんな状態かわからないので、目覚めた後に装置の外に出るときは装着するようにと父に言われた通りに、顔全面を覆う大げさなマスクを装着して僕は装置から起き上がりそして倉庫のドアを開けて大学の中を探索しました。
辺りは明るくてどうやら昼間のようでした。倉庫のドアを開けるとそこには階段がありました。階段を上がっていくと廊下がありました。果たしてどんな世の中になっているのか見当がつきませんし、こんな大仰なマスクをつけていますから僕が装置に入った時と変わっていないようであれば僕は不審者以外の何者でもありませんでした。おそるおそる、足音も立てないようにして廊下を歩いて行きました。教室や実験器具のある研究室などが残っていましたが、もうすでに何年もの間使われていないような雰囲気で、人気はまったくなく、廃墟のようでした。
教室の角で廊下が別の廊下とT字にぶつかっていたので右に行くべきか左に行くべきか迷って立ち止まりました。遠くからカシャカシャという機械音が聞こえてきて、小さな赤い光が僕の胸のあたりで光ったかと思うと、ピー、ピーと大きな音が鳴り出したのでした。
音のする方を振り向くと、過去から来た僕の予想を裏切らない、これぞロボットというフォルムのロボットらしいロボットが僕の方に向かって歩いてくるところでした。
危険を感じた僕はその場を逃げ出そうとしました。すると、
「動カナイデクダサイ。」とロボットが言葉を発しました。
ロボットは不器用な二足歩行ながらそこそこのスピードでもう僕のすぐ側までやって来ていました。二足ロボットの後ろからは僕も知っている円形の自動掃除機ロボットがついて来ていました。そして、僕の正面に来て立ち止まると、
「個人番号ヲ認識デキマセン。アナタハ誰デスカ?」
と質問しました。
僕はとてもびっくりしましたが、覚悟を決めてこう答えました。
「個人番号というのがなんなのかはわからないけれど、僕の名前はジャン。ジャンと呼ばれている、いや、呼ばれていた。」
「ワカリマシタ。アナタハジャン、ジャントヨバレテイル、イヤ、ヨバレテイタ。」
ロボットが繰り返しました。
「君は誰だい?何をしているんだい?」
今度は僕が聞き返しました。
するとロボットは僕の質問には答えないで、現在の姿勢のままで動かなくなってしまいました。答えを考えているのかと見ていると、点灯していた目の光はバッテリーが切れたかのように段々と暗くなっていきました。足元にはくるくると掃除機のロボットが回っています。
「そいつの名前はPP(ピーピー)。オレたちが所有しているロボットで、廃墟の掃除をしてるんだ。」
と、突然、僕より少し年上の少年と、僕と同じくらいの少年2人と、3人の少年が僕の前に現れました。少年たちは着込んだTシャツと穴の空いたジーパンという薄着で、マスクなどは被っていませんでした。それを確認して僕は自分が被っていたマスクを脱ぎました。
「大丈夫、空気はあるし、汚染もされていない。オレの名前はソラ。ジャン、君はいったいどこから来たんだい?」
少年はそう質問しました。痩せた体にしっかりした筋肉がついていて活発そうな少年でしたが、話し方は穏やかで、なんだかいい人そうでした。
「どこから来たって言われると、ずっとここに居た。強いて言うなら過去から、かな。あ、今っていったい何年なのかな?」
「ここに居たって、この大学に居たってこと?大学に住んでいたの?」
「いや、住んでいたわけじゃあないんだけど、僕のお父さんが大学で働いていて、・・・あの、その、どう言ったら良いかな。」
「ひとつ聞くけど、このあと予定ある?って言うか、行く宛ある?」
ソラは優しく微笑みかけました。
「ジャンの話はゆっくりオレたちの家で聞かせてくれよ。」
と言うと、ロボットのPPに向かって「再起動」と声を掛けました。
ロボットは小さな音を立てて動き出し、目の光が徐々に明るさを取り戻しました。
「2080年だよ。」
とソラは言いました。
3
ソラたちの家は都市から少し離れたところにありました。
国立大学の建物を出ると街が見渡せました。街は綺麗に整備されていて、高層ビルが立ち並んでいました。
僕が生命維持装置に入る前に住んでいた時代に、テレビのアニメや映画で見たような、ビルの高いところを走る電車が実際にありました。
その電車に乗ることができたら良かったのですが、僕は個人番号を持っていないので乗れませんでした。公共の乗り物に乗るにはキッブや定期は必要がありません。登録されている16桁の個人番号を改札にあるカメラが身体からスキャンします。移動にかかった費用は個人の口座から引き落とされます。この時代では買い物の支払いもすべて個人番号を通して行われていて、お金の実物は存在しません。個人の口座の残高が不足すると補填があるまでマイナスの状態になって、それでも買い物などをすることができますが、マイナスの状態が一定以上続くと役所に呼び出されて指導をされて、それでも改善されない場合は刑務所に入れられることもあります。役所も警察も人間は最小限にしかおらず、ほとんどロボットとAIで運営されています。だからすごく公平公正でごまかしも効きませんが、融通も温情もないそうです。
話が横道に逸れましたが、つまり過去から来たために個人番号を持たない僕は、電車などの交通機関のサービスを受けられません。もっともソラたちも豊かではないので最初から歩くつもりでした。
ソラたちと僕と、良く見たら古びた錆びたロボットと、街を歩いていきました。
大学の周りは高いビルが立ち並んでいましたが、やがて風景は変わり、もっと低い建物が並ぶ街並みもありました。そして所々には人気のない廃墟らしい建物や、塀で囲まれて瓦礫が集められた空き地などがありました。それが戦争の傷跡なのでしょうか。戦争って本当にあったのかな、と僕は疑問に思い始めました。だんだんと冷静さを取り戻して来て、一緒に街を歩いている少年たちと、きちんと挨拶をしていないことを思い出しました。
オッホン。
どう話を切り出して良いかわからない僕はおじさんみたいな咳払いを一つしました。
「ねえ、いろいろ聞きたいことがあるんだけど、その前に、僕、ちゃんと自己紹介してなかったね。」
そう声を掛けると前を歩くソラが振り向いて、隣を歩く子たちも僕の方を向きました。
「僕の名前はジャン。不思議なことだと思うけれど50年の間、さっきの大学にいた。住んでいたとかそういうことじゃなくて、生命維持装置という冬眠カプセルに入っていて、生きたまま細胞の活動を止めていたんだ。」
そう言うとソラが返事をしました。
「うん、生命維持装置のことは知ってる。実際に見たことはないけどね。でもなんでそんなものに入って50年も眠っていたんだい?」
「戦争ってあったのかな?」
と呟くように僕が言いました。
「戦争?」
「戦争が起こりそうだったので、大学の研究所で科学者をしていた僕のお父さんが、安全な時代になるまでと僕を装置に入れたんだ。」
「その装置は一回設定したら途中で止めることはできないの?」
とソラが聞きました。
「さあ、どうなんだろう。」
と僕が言いました。
「途中で止められるのに止めなかったということは、君のお父さんの予測通りに戦争が起こったということじゃないかな。」
と言って暗い表情をしました。
そうか、やっぱり戦争はあったのか、と僕は思いました。お父さんやお母さんはどうなったんだろう。僕が装置に入った時にお父さんは35歳だったから、生きていたら85歳のはずです。
「オレの名前はソラ。この二人はトムとチッチ。オレたちは本当の兄弟じゃなくて、助け合って生きている仲間さ。仲の良さは兄弟以上だけどね。」
とソラが言うと二人の少年たちはニコッと笑いました。
「戦争があったのはオレたちが生まれるずっと前のことだから詳しくはオレも説明できないけれど確かに戦争はあった。史上最悪の戦争だったって教わったよ。地球上に生きている生物の半分が死んじゃうほどのね。」
地球上の生物の半分が死んじゃうほどと聞いて僕はびっくりした。そんなにひどい出来事があったなんて。それならば僕のお父さんもお母さんも、もうこの世の中にはいないのかも知れない。
「ところで、ソラたちは大学の廃墟でいったい何をしていたんだい?」
と僕は話題を変えました。
ソラはくるりと振り向いて、後ろ向きに歩きながら答えました。
「オレたち三人はハランベースラムに住んでいる。スラムの生活は物質的には決して豊かなものではない。でも、心までは貧しくはないよ。ハランベーとは力を合わせて一緒に生きていこうという意味なんだ。この時代の人間は労働をしない。働くのはロボットたち。お金持ちの人たちはロボットが何台もあってお金をたっぷり稼いでくれる。でもオレたちは一家族でロボットを持てないから複数の家族でロボットを共同所有していて、稼ぎも分け合っているんだ。オレたちが所有しているのはもちろんこのPPなんだけど、型も古いし、最近ガタがきちゃって、君も見ただろ?さっきのように時々フリーズしちゃうんだ。それが心配でここのところついてきてるんだ。おかげでジャン、君と出会えたんだけどね。」
僕がPPに質問をした後、PPが動かなくなってしまったことを思い出しました。
「まずはオレたちが住んでいる街に行こう。そこにはオレの家族やトムとチッチの家族も住んでるんだ。」
ふと、僕は思い出してソラにこう聞きました。
「今日は何曜日なのかな?今日は学校はお休みなの?」
今日は日曜日だけどと言ってソラは顔をしかめました。
「学校?」
「だけど、夏の朝に学校に行くことは
おお!喜びがみんな追いやられる。
疲れ切った先生の意地悪い目の下で。
子どもたちは一日じゅう
ため息をつき、まごまごする。」(対訳 ブレイク詩集 松島正一編 岩波文庫)
そう朗読したのはチッチでした。
僕が驚いてチッチの顔を見つめていると、
「ウイリアム・ブレイクという詩人の詩だよ。チッチは詩をたくさん覚えていて、本を見ないでも朗読することができるんだ。」
とソラが答えました。
「ジャンの時代には子どもたちは学校へ行っていたんだね。でも、オレたちは学校へは行かない。だって生まれた時から何ができるようになって、何が一生掛かってもできないのかが遺伝子に書かれているから。お金持ちの子たちは何でもできて、オレたちのように貧しい子どもはできるようになることが制限されているんだ。それなのに学校へ行ってどんな得があるって言うんだい。マジムカつくだけさ。」
「そうなのか、ごめん。」
僕はソラの剣幕に圧倒されてごめんとしか言えませんでした。
少しの沈黙があって、深呼吸をしたソラがまた話し出しました。
「こっちこそ興奮してごめん。いつも不満に思っていたことだから、つい。」
そして僕の方に顔を向けて笑顔を見せました。
「学校へは行かないんだけど勉強はしている。通信機能のモニター付きの端末器を使ってね。イヤホンをして一人で授業を聞くのさ。本も読んだりしているよ。紙の本じゃなくて端末器に入っているデータで読むんだけどね。」
「ソラにとって気分の悪いことだったらごめん、先にあやまっておく。できることとできないことが生まれつき決まっているんだとしたら何のために勉強をするのかな?」
僕は聞くかどうかをためらったのち、ゆっくりと質問をしました。
「そうだよね、そう思うよね。」
ソラは機嫌を損ねた様子もなく僕の質問に答えてくれました。
「どう説明したら良いかな。例えばパソコンとかなら性能があらかじめわかっているよね。ハードディスクがどのくらいの大きさがあるとか、処理のスピードがどのくらいだとか。自動車だったらどのくらいのスピードが出るのかとかエンジンの性能って決まっていたりするよね。オレたち人間もそんな感じに凡その性能がもとからわかっていて、本人もそれを知っているのさ。でもその性能を最大限に引き出して活用するためには練習やトレーニングが必要ってわけ。脳の機能を効率よく使うためには勉強も必要なんだ。」
「性能を最大限にするためって言うのはわかったけど、大人になって仕事をしないんだったらなんのために性能を最大限にするの?」
と僕が質問をするとソラは得意そうに言いました。
「人間の一生って仕事をするためだけにあるわけじゃないだろ。」
4
ソラの家は家と呼ぶにはあまりに粗末な長屋でした。トムとチッチは同じ長屋の何軒かとなりに住んでいて、それぞれの家に帰って行きました。
ソラの家は粗末で小さかったのですが、掃除は行き届いていて、きちんとしていました。家にはお母さんがいて、冷たいジュースを出してくれました。
「父さんは?また畑?」
ソラがソラのお母さんにたずねると、
「そうよ、夕ご飯の材料を採りに行ってるわ。」
とお母さんは答えました。
ソラの好印象、人当たりの良さは、家族との仲の良さが影響しているんだなと僕は思いました。
「ジャン、ジュース飲んだらオレたちも畑に行ってみようよ。」
ソラはそう僕を誘いました。
暑い日だったのでジュースを一気に飲んで氷を1個口の中に放り込むと僕たちは家を出て細い路地を歩いて行きました。
畑は僕の想像以上に広くて、たくさんの人が農作業をしていました。
「オレの父さんはあそこで作業をしてる。」
とソラがいう方向を見ると、麦わら帽子をかぶって首にタオルを巻いた、たくましい体つきの大人の人が畑の雑草を取っていました。
ソラのお父さんはソラが来たことに気づくと手を振って合図をしました。
「父さん、友だちを連れて来たんだ。」
ソラが言うとソラのお父さんは作業の手を止めて、顔を上げて汗を拭い、そしてこう言いました。
「初めまして。ハランベーの子じゃないみたいだね。ソラが友だちを連れてくるなんて初めてだな。どこから来たんだい。」
ソラのお父さんは僕に質問をしたのですが、僕の代わりにソラが答えました。
「それが父さん、聞いて驚かないでよ。ジャンは過去からやって来たんだよ。」
と言ってソラは僕が廃墟の大学にあった生命維持装置からさっき目覚めたことを素晴らしく簡潔に論理的にソラのお父さんに説明をしました。
ソラは自分の能力が生まれつき低いことを諦めていたように話していましたが、自己評価が低いんじゃないかなと僕は思いました。
「驚いたな。ソラ、驚くなと言われたってこれは驚くだろう。」
とソラのお父さんは言いました。
「だけどな、ソラ、父さんはあり得ないという意味で驚いたんじゃないんだ。実はジャンのように過去からやって来た人たちがこの時代に忽然と現れてグループを作っているらしいという噂がインターネット上で囁かれているんだ。都市伝説って奴だと思っていたんだけど、本当に過去からやって来た人はいるんだなと驚いたのさ。」
ふとソラのお父さんが収穫をしてバケツに入れているものを見て僕は驚いてしまいました。それはなんと鶏のもも肉のように見えたのです。そして畑の土から生えている植物を見て、さらに驚いてしまいました。土からニョッキリ生えていたのは、鶏のもも肉、ムネ肉、そしてどう見ても豚肉のかたまりに見えるもの、そして牛肉のかたまりに見えるものだったのです。
「ソラのお父さん、これは一体なんの植物ですか?」
僕はソラのお父さんにそうたずねました。
「え、昔はこれがなかったのかい?これは植物じゃなくて植肉だよ。鶏肉と豚肉と牛肉じゃないか。昔の人は肉を食べていなかったのか?あ、いや聞いたことがあるな。昔は鶏や豚や牛といった動物を殺して食べていたんじゃなかったかな。」
「ええ!動物を殺して食べるなんて、なんて野蛮な!」
大声を出したのはソラでした。
「昔は食べるために動物を育てて、しかも人間が食べて美味しいように品種を改良をして、そして成育したところで殺して食べていたんじゃなかったかな。殺されて食べられてしまうために生まれてくる命なんて、なんて残酷な話じゃないか。」
ソラのお父さんは眉をしかめました。
「それじゃあ、この時代の鶏や豚や牛は食べられないんですか?でもそうした動物たちは絶滅しないで生存しているんですよね。」
僕がそう聞くと、
「うん、鶏や豚や牛は動物園にいるよ。あんな可愛い動物たちをどうして食べたりできるんだい。」
「でも、お父さんがバケツに入れているものはどう見てもさばいてスーパーで売られている鶏肉に見えるんだけど。」
僕が驚いていると、納得した顔でソラのお父さんが説明してくれました。
「そうだな、思い出したよ。植肉の歴史を本で学んだことがある。人間は食べて美味しいように生き物の品種を改良していったんだけど、生き物の肉を食べない主義の人たちもいたんだよ。人が生きるために他の生物の命をいただくこと、それを人間は都合よく正当化していたんだけれど罪悪感はあったんだ。例えばしゃべる豚がいて、『僕を食べて』と豚が言ったなら果たして人はその豚を殺して食べることができるだろうか、なんて議論もずっとされて来たらしい。品種改良が進んで動物ではなくて植物のようなものとして肉を栽培することが研究されて、そして実現したんだ。動物の肉と同じ成分、栄養があり、調理法も味も動物を食べるのと全く変わらない植物のような肉。そして人間は罪悪感なく肉を食べられるようになった。ベジタリアンも少なくなった。でも元を辿っていけば植肉を形成する要素には動物の鶏や豚や牛の遺伝子が使われている。だから動かないからといってこれは動物ではないと言い切れるものではないのかも知れない。植肉に痛みや気持ちがあるかないかなんて、到底人間にはわからないのだから。もしかすると人間が自分たちをゆるすためだけのエゴなのかも知れないな。」
とソラのお父さんは僕たちに聞かせるというより、自分自身に語りかけるかのように一気に話しました。
「父さん、難しくてわからないよ。」
ソラが言いました。
なんだか確かに難しいなあと思いながら隣の畑を見ると、そこには土から魚の切り身のようなものが生えていました。僕は質問をしようかと思ったけれど、答えは聞かなくても想像ができたので質問するのをやめました。
「ジャンくんの時代でもフライドチキンはあっただろ?今日はこれでお母さんに作ってもらおう。お母さんのフライドチキンは絶品だぞ。」
とソラのお父さんが言いました。
「フライドチキンは僕も大好物です!」
そう答えたらお腹がグウと鳴りました。
5
ソラのお母さんのフライドチキンは本当に美味しくて、僕はたくさん食べました。野菜の入ったスープもお代わりをして食べました。身体中に力が行き渡り、すごく元気になりました。
「ジャン、行くところが決まるまでずっとうちにいていいよ。」
とソラが言いました。
「うちは貧しくて小さい家だけど、なんとか寝るスペースはあるし、畑もあるから少しは食べ物もあるからな。それにお母さんは料理が上手だから。」
とお父さんが言いました。
「どこか行く宛はあるの?」
とお母さんがやさしく僕に聞きました。
「ジャンくんもこれからはこの時代で生きていかなくてはならないんだから、個人番号を持たなきゃいけないよな。お母さん、こういう場合、どこに連絡したら良いんだったかな。」
とお父さんが言いました。
個人番号を持つことに対して、どうしてなのかはわからないけれど少し嫌な気がしました。それに番号を持っていないと何もできない、市民としての権利を持たないということに対しても違和感を抱きました。でもそれがルールなのであれば従うしかないのかなとも思いました。
「多分、政府の管理局だと思うんだけど、こちらから連絡なんかしなくても、きっとすぐにあっちから連絡があるわよ。」
とお母さんは言いました。
「個人番号を取得しても子ども一人で生活してはいけないよね。」
とソラが言いました。
「そう言えばジャンは今何歳なの?というか何歳の時に装置に入ったの?」
とソラが僕に質問しました。
「僕は10歳だったんだ。50年間眠っていたわけだから年齢としては60歳だね。うひゃー、お年寄りだね。」
と言って僕が笑うと、
「今の時代、60歳はお年寄りではないさ。」
とソラのお父さんが言いました。
僕が不思議そうな顔をしてソラのお父さんの顔を見つめているとお父さんは続けてこう言いました。
「この2080年の時代では人間は120歳まで生きるんだ。だから60歳は人生の真ん中。さすがに若者とは言わないけれど、決してお年寄りなんかじゃないんだ。」
「あ、でもそんな話をしていたわけじゃないのよね。」
とソラのお母さんが気がついたように言いました。
「オレは13歳さ。だからソラの身体年齢よりはオレの方がちょっとお兄さんだね。」
とソラが言いました。
「でも、そうだな、10歳だとしたら一人で生活させるわけにはいかないから、宛もないのなら、きっと児童保護施設に引き取られることになるんだろうな。」
と言ってソラのお父さんは少し悲しそうな顔をしました。
「うちで面倒を見てもいいんだけど、私たちも精一杯の生活で、それに施設の方が待遇は良いかも知れないし…ごめんなさいね。」
とソラのお母さんは申し訳なさそうに言いました。
僕は少し悲しくなって、現実は厳しいんだなって思いました。
そして僕のお父さんとお母さんはもうこの世にはいないのかな?と思いました。
「施設に引き取られたら自由にはできないのかな?お父さんとお母さんがどうなったのか調べたいんだけど、そんなことできるのかな。」
と僕は心に思っていることを言葉にしました。
「施設のことは私たちも詳しくはないから、なんとも答えられないけれど、残念ながら理不尽なことは多い時代ではある。」
とソラのお父さんがあまり楽しそうではない顔でそう言いました。僕は自動運転の車の中で不機嫌になったソラを思い出しました。
「そうだな。政府から連絡が来る前にジャンくんのお父さんたちのことをみんなで調べてみよう。」
とソラのお父さんが優しい口調に戻って言いました。
「そうね。もうそのことは後で考えることにして、お茶でも飲みましょう。」
とソラのお母さんはそういうと椅子から立ち上がってキッチンの方に行きました。
50年間振りに人としての活動を僕の身体の細胞が再開した長い一日が終わりました。その日、僕はソラの隣でソラと枕を並べて寝ました。50年振りの布団の感触に身体は溶け込むようで、いっぱいソラと話をしたいと思っていたのに、いつの間にか僕は眠りに落ちていました。
6
翌日は月曜日でしたが、この時代の子どもは学校には行っていないし、大人も会社に行かないので時間を自由に使うことができます。
ソラの家族と僕は朝から僕のお父さんの所在について調べることにしました。
この時代は水道や電気のようにインターネットがあることは当たり前で、貧しいソラの家にもインターネットが使える端末はありました。
僕のお父さんは有名な科学者だったので、インターネットで検索をすると、何を専門として研究していたのか、どんな論文を書いたのか、どんな業績があるかなどたくさんの項目がヒットしましたが、そのどれもが戦争前のもので、現在の所在の手がかりになるようなことは見つかりませんでした。
それで僕とソラたちは僕の家族が住んでいた場所へ直接行ってみることにしました。
僕は10歳の頭脳ではありますが、自分の住所は暗記していました。
しかし、人類が半分になってしまうほどの大きな戦争を経た時代ですので、戦争前と同じ住所で街が存在しているとは思いませんでした。
戦争が終わってなんでもが新しく作り直されました。ビルや家などの建物もそうですが、制度や法律やコミュニティなども再構築されたのでした。そしてその時に真っ先に作られたことが個人番号による市民の管理制度です。
ソラのお父さんがどこからか車を借りてきてくれて、僕らは車で移動しました。
車はAIを搭載した自動運転の車です。
「父さん、すごい車だね。オレ、こんなの乗るの生まれてはじめてだよ。」
とソラが興奮して言いました。
僕が覚えていた住所をAIに伝えましたが、やはり該当する地名がないと云う返事でした。家の近くにあった学校や病院や大きな公園の名前など、思いつくままに伝えてみましたが、該当する場所はまったくなく、ようやく検索できたのは近くを流れていた小さな川でした。
川の近くに車を停めて、散策しましたが、地名はもちろん街並みもまったく一から作りかえられていて、昔の面影は微塵もありませんでした。偶然、知り合いに出会うこともありませんでしたし、僕の家族を探すことの手掛かりになることは何一つなかったのです。
次に僕とソラの家族とは、僕のお父さんの故郷に行きました。
僕のお父さんは都心から離れた田舎町の出身で、50年前にはその町でお父さんの両親、つまり僕のおじいちゃんとおばあちゃんとペットのミニチュアダックスフントが暮らしていました。
僕たちが行ってみると、田舎町の開発は後回しにされているのか、意外に町の面影が残っていたのでした。
しかし、車を降りて歩いてみると、町には誰も住んでいなくて、すっかりゴーストタウンになっていたのでした。かつて商店街だったところは閑散としていて、家のガラス窓は割れて破片があちこちに飛び散り、庭の木や植物がワサワサと茂っていました。木の実や植物を餌にして生息している鳥たちの姿があちこちに見られました。
僕の曖昧な記憶を頼りにしておじいちゃんとおばあちゃんの家を探しました。自分でも驚くほど道を覚えていて、目的地はすぐに見つけられました。
綺麗好きなおばあちゃんの掃除が行き届いてあんなに整然としていた家が今では見る影もなく荒れ果てていました。
玄関のノブに手を掛けると鍵は掛かっていなくてドアが開きました。
懐かしさと悲しさと複雑な思いで僕は家の中に入って行きました。
恐らく戦争が激化して着のみ着のままで逃げ出して、そして二度と戻れなかったのでしょう。家具や電化製品などが生活をしていた時そのままで人間だけが抜け落ちたような形で色褪せて風化していたのでした。
本棚には写真立てに入った僕の家族の写真が飾ってありました。学校に上がる前、幼かった時の僕と若いお父さんとお母さんがニコニコと幸せそうな顔で笑っています。
僕にしてみればたった一日、寝て起きただけの感覚しかないのですが、世界はまるで変わってしまって、僕は一人取り残された異邦人であることがじわじわ実感として湧いてきたのでした。
おじいちゃんとおばあちゃんが仲良く並んで照れ臭そうに笑っている写真がありました。
そして一番手前にはホコリをかぶった写真立て。僕とお母さんが写っていました。写真の中の僕は今の僕とほとんど変わりがありません。つまり僕が生命維持装置に入る寸前の写真なのでしょう。僕を生命維持装置に入れることを決断したお父さんはどんな気持ちだったのでしょう。そしてその決断を聞いたお母さんはどんな思いで承諾したのか。おじいちゃんやおばあちゃんはどんな思いで僕との最後の日を過ごしたのでしょうか。
僕がこの写真を撮った日、おじいちゃんの家で僕たち家族みんなで鍋をしたことを思い出しました。カニが入った鍋でした。お腹いっぱいになるまで食べて、そうだ、お母さんは途中で気持ちが悪くなってトイレに駆け込んだんだっけ。
写真のお母さんを見て僕は少し不思議な気がしました。お母さん、この頃少し太っていたんだなあ。
お父さんの故郷へ行った後、お母さんの故郷を探しましたが、都心に近いお母さんの故郷の実家の辺りは僕の住んでいたところと同じように街並みがすっかりと変わっていて、何の手掛かりを得ることもできませんでした。
そしてその日はソラの家に帰り、ソラのお母さんの手料理をご馳走になりました。
7
昨日、歩き回って疲れたせいで、僕たちは朝早くに起きることができませんでした。目が覚めるともうお日様は高く登っていて、ソラのお父さんとお母さんはもう起きていました。
「おはよう、昨日は疲れたね。ぐっすり眠れたかい?」
ソラのお父さんがそう言いました。
「どうもありがとうございます。」
僕はそれだけ答えました。
「そうそう、今朝、政府の管理の方からメッセージが届いて、ジャンくんのことについて聞かれたわ。先のことを相談するために、今日の夕方に管理局からジャンを迎えに来るそうよ。」
とソラのお母さんが言いました。
「そう。じゃあそろそろお別れなんだね。」
とソラが寂しそうに言いました。
「お別れと言っても、一生会えないわけじゃあない。」
とソラのお父さんが言いました。そして、
「今日はどうするの?ギリギリまでお父さんの手掛かりを探すかい?」
と続けて僕に質問しました。
僕は口を閉じたままで首を横に振りました。
「そうね。じゃあ今日はソラたちとたくさん遊んだらいいわね。」
とお母さんが言いました。
ソラは僕を誘って、僕たちはソラの街の外れにある大きな公園に行くことにしました。
公園に行く前にソラは同じ長屋に住むトムとチッチを呼びに行きました。
僕が最初にソラに出会った日に一緒に居た少年たちです。
僕たちは歩いて公園に向かいました。公園は少し遠くて、歩いて30分くらい掛かりました。天気の良い日で、日差しが強く、僕たちはすぐに汗びっしょりになりました。
スラムにはソラの住む長屋と同じような建物がぎゅうぎゅう詰めに並び、長屋が並ぶ同じような風景がどこまでも続いていました。
こんなにたくさんの貧しい人たちがいるんだな、と僕は思い、胸がチクリとしました。
車はまったく通らずに、人通りはまばらで、自転車も見かけませんでした。
街のあちこちには大人の男の人が座って居て、ぼんやりとタバコをふかしていました。お酒を抱えている人もいました。
街で座っている大人の男の人たちの多くは真っ赤な目をして僕たちを見ると「吸わないかい?」と声をかけましたが、ソラは彼らを見ないようにして無視をして黙って公園への道を急ぎました。
「何をしているの?」
と僕が聞きました。
「この時代は労働はロボットがするので人間は働かないのさ。お金に余裕があって趣味やスポーツや勉強とかすることができる人はいいんだけど、この街の人たちはみんな貧しくてすることがないから街に出てタバコを吸って時間を潰しているんだ。」
とソラが答えました。
「僕が住んでいた時代には自転車があったんだけど、今の時代にはないのかな?」
と僕が聞くと、
「自転車ならあるけれど、自転車に乗るのは免許が必要になったんだ。まずDNAのスキャンで自転車に乗る適性があるかどうかが調べられて、それに合格すると自転車に乗るためのルールを学んで乗り方のトレーニングが行われる。貧しい街の人たちは自転車に乗る素養がない場合が多いし、適性検査に合格できたとしてもトレーニングに掛かる費用も自転車を購入するお金もないから乗らないんだ。もっともお金持ちだって人間は働かないし、移動はAIを搭載した自動運転の車か、空中を走る公共の電車が主流だから移動目的で電車に乗るわけじゃあない。サイクリングの趣味や、自転車競技スポーツを趣味としている人が自転車を持ってるだけさ。」
とソラは教えてくれました。
公園は僕が想像していた以上に大きくて綺麗でした。
天然の木材で作られたフィールドアスレチックがあり、たくさんの子どもたちがそこでワイワイと遊んでいる姿は、僕が以前暮らしていた時代とまるで変わりがありませんでした。
僕たち4人は時間を忘れてそこで楽しく遊んだのでした。
水飲み場で水道の水を飲んで、中央にステージのある広い場所に行き、そこの一角のベンチに座って一休みしました。
ステージ中央にある液晶の巨大スクリーンのスイッチが自動的に入って、スピーカーから大きな音量で音楽が流れ出しました。音楽とともにスポーツ競技の写真カットが映し出され、アナウンサーや解説者が登場しました。
「オリンピックだ!」
そう、ソラが言いました。
「オリンピック?今、オリンピックをやってるの?」
と僕はたずねました。
「そう、今年はオリンピックの年さ。」
この2080年でもやはりオリンピックは4年に一度です。
この時代の人間は遺伝子レベルで肉体を管理されているので、生まれつきにしてどのくらいの速さで走れるのか、どのくらい飛べるのか、どのくらいの力があるのかは、競技をするまでもなくわかっています。
ですから、競技は能力別、スペックごとに行われます。遺伝子プログラム会社最大手のEH社製のプログラムで生まれた選手の活躍を筆頭に、大手の遺伝子プログラム会社が特別にオリンピックで活躍するために開発をして、プログラムを設定した選手たちがそのスペックを競い合うのがオリンピックです。
オリンピックに出場する選手の体は鍛え上げられ、研ぎ澄まされ、鋼のようでした。
まるで農場で働く農耕馬とサラブレットとの違いのように、一般の人と比べて、まるで違ったまさしくスポーツをするために適した体つき、筋肉をしていたのでした。
「ジャンの住んでいた時代にもオリンピックはあったよね。」
「うん、みんなで応援したよ。」
「ドーピング検査というのが厳しくて、選手たちが薬で肉体や精神をコントロールすることが禁じられていたって聞いたことがあるけど本当なの?」
とソラが聞きました。
この時代では生まれる前に極限までスポーツに適した身体となるように遺伝子をプログラムをするし、生まれてからもその能力を最大限に発揮できるように薬や器具や心理療法など様々な手段で最高、最速の記録が生まれるように調整されていきます。薬の使いすぎで身体や心がダメージを受けてしまってはもちろんいけませんが、法律的な意味での制限はなくなりました。医療技術、テクノロジーを駆使して遺伝子プログラム開発の企業たちが記録を目指しています。オリンピックは人間同士のスポーツ競技というよりも、遺伝子プログラム開発企業の商品テスト、最高スペックの測定、そして商品プロモーションという意味合いが濃いのでした。
それでも人類はオリンピックに熱狂しました。自分たちとは程遠くて共感を持てるような選手たちではありませんでしたが、人類史上において次々と未知の記録が生まれる快感がありました。
ベースボールやバスケットボールといった団体競技に出場する選手たちは、投げる、打つ、走る、飛ぶなど、それぞれの競技に最も適しているように身体が改良されていました。そのためゲームはとても人間業とは思えないほどにスピーディーでエキサイティングでした。
AIを搭載したロボットが審判を務め、センサーやカメラがいくつも設置されて判定を行なったので、ジャッジミスは限りなく0%に近付きました。ですから、審判のジャッジに不服を言う選手やコーチや観客はまったくいませんでした。誰もが上品で行儀よく応援をしました。
僕たちは、公園のステージの巨大スクリーンで陸上競技をしばらく見て楽しんでいましたが、お日様が西に傾いてきて、もうすぐ暗くなるという頃に家路につくことにしました。
8
僕たちが家の近くまで戻ってくると、長屋の入り口のところで若い20代くらいの男の人に声を掛けられました。
「ジャンくんだよね。」
「はい、そうです。」
「聞いていると思うけれど、私は政府の管理局の人間です。ジャンくんを迎えに来たのです。一緒に来てもらえますか。」
そう言うと半ば強引に僕を乗って来ていた車の中に押しやりました。
僕はソラやトムやチッチにちゃんとお別れをしたかったし、お世話になったソラの家族にもお礼が言いたかったのですが、そんな余裕を与えてはもらえませんでした。
車は静かに発進しました。しばらくは僕たちが遊んで来た公園の方に向かって進んでいましたが、途中、公園とは別の方角に曲がりました。スラム街はどこまでも続いていましたが、やがて道路は坂を登るように角度がついていき、建物の立ち並ぶ間隔が広くなっていって、向かう先には山が見えていました。
山の麓の庭のある一軒家の門が開いて、僕らの乗った車は門の中に吸い込まれていきました。門を入ると庭先から車の通る道は地下へと続いていて、地下のガレージで車が止まりました。
とても政府の管理局の建物には見えないので僕は不思議に思いました。
一方その頃、ソラたちはそれぞれの家に戻っていました。ソラの家の玄関には人型のロボットが立っていました。
ロボットは胸のところにあるモニターに政府管理局と書かれた文字と登録コードの表示を指差して、
「政府管理局カラヤッテ来マシタ。」
と言いました。
驚いているお母さんの尋常ではない様子を感じ取ったソラも玄関にやって来て、そしてそのロボットを見ると何事が起こっているのかわけがわからなくなって、ただただソラのお母さんと顔を見合わせるばかりだったのでした。
僕は車から降りるとガレージの扉から建物の中に入りました。通路を少し行くとエレベーターがあって、僕と20代の男の人はエレベーターに乗りました。
男の人が「3階まで行ってくれ。」と言うと、
かしこまりました、とエレベーターが答えました。
エレベーターが3階に到着してドアが開くとそこは広間になっていました。広間にはソファやテーブルがいくつか置いてあって、10代から20代にかけての少年少女たちがテーブルを囲んで集まっているのでした。
エレベーターから降りて、男の人の後から僕がついて歩いて行くと、彼らの視線は僕に向けられました。
男の人は僕の方を振り向きもしないでどんどんと部屋の奥まで進み、広間の奥の扉から小さな部屋へと入っていきました。
部屋の中にはコンピュータが1台あって、一人の少年がコンピュータに何か入力していました。少年の側には一人の男性が立っていて、少年の入力作業をじっと見つめていました。
男性は50歳くらいで、子どもや若い人ばかりがいる中で、少し年齢が上なのはその男性だけでした。
僕たちが部屋に入っていったことに気がつくと顔を上げて僕たちの方を見ると、
「どうやら無事に保護できたようだな。リー、ご苦労様。」
と声をかけました。
リーと呼ばれた男の人は年配の男性に向かって、
「ありがとう。多分、ギリギリのタイミングだったと思うよ。そっちはどうかな?うまくいきそうかい?」
と言いました。
若いリーが年上の男の人に向かって対等の言葉で話しているのは違和感を感じました。
少し年配の男性は僕が側にいることに気がつくと僕に向かって微笑みかけました。
「気がついているかも知れないけれど、騙したようですまなかったが、ここは政府の管理局なんかじゃないんだ。」
僕はおかしいとは思っていましたが、あらためてそう宣言されるとやっぱり驚いたのでした。
「私の名前はカヴ。成長の度合いの年齢ではここでは年長者だが、生まれた順で数えるとおそらく逆に一番の年少者だと思う。」
それでリーと呼ばれている青年は敬語を使わないのか、と思いました。
「ここにいるリーや他の少年少女たちは、君と同じで生命維持装置によって過去からやってきたんだ。リーなどはおそらくはジャン、君と同年代だよ。しかし装置から目覚め、肉体の成長を再開するのが早かったために君よりも実質10歳程度年上の状況となっている。」
「カヴさんは生命維持装置には入らなかったんですか?」
と僕は聞きました。
「私は戦中の生まれなんだ。生命維持装置に入るには若すぎた。入るべきタイミングの際に赤ちゃんだったんだよ。赤ちゃんが装置に入るのはリスクが高すぎる。私は装置に入らないまま、なんとか戦中を生き抜き、そして今こうしてこの場にいるんだ。」
なんだか頭がこんがらがりそうな話でした。
生年月日を考えると僕とリーはだいたい同じくらいの歳で、カヴは僕たちよりも10歳くらい年下なのです。でも見た目の年齢としては僕が10歳でリーが20歳くらい、そしてカヴは50歳くらいでした。
「過去からやってきた人間はここでは僕が一番最初さ。12年前に目覚めたんだ。それから僕とカヴは装置を探して、あるいは政府の情報を横取りして僕と同じように過去から目覚めた人間をここに集めているんだ。ジャン、君は15人目だよ。」
僕はよく意味が理解できずに頭がくらくらしました。
「目覚めて間もない君が、どのくらい今の時代について認識できたのかはわからないけれど、この時代がコンピュータに管理されていることは理解していると思う。コンピュータは正確な情報を元にルール通りに管理するから、まさに不正のない理想の世界ではある。そして同時に融通が効かない容赦のない世界でもある。過去も今も将来もすべて計算通り、すべてコンピュータのはじき出した計算によって管理されているのが今の世の中さ。」
リーがそこまで話すと、ドアがノックされ、少年たちが数名部屋に入ってきました。
9
部屋に入ってきた少年たちを見て僕は驚きました。そこにはソラとトムとチッチの姿があったからです。
「カヴ、不法侵入の子どもたちを連れてきました。」
と少年の一人が言いました。どう見てもソラよりも年下に見えるのに、ソラたちのことを「子どもたち」と言ったことが少しおかしくもありました。
カヴの前にソラたちが突き出されるとカヴがソラに向かって質問しました。
「君たちはジャンくんと一緒に居た子たちだね。どうしてここがわかったのかな?」
するとソラは質問には答えずにこう言いました。
「ジャンがあなたたちと一緒に行ってしまってからすぐに政府のロボットがジャンを迎えに来たんです。それでオレはそのロボットに、ジャンは別の政府の迎えの車で連れられていったんだ、と答えたんです。そしたら、」
「そしたら?」
「そのロボット、しばらくフリーズしたかのように動きが止まってしまって。まるでオレたちが所有しているPPのように。そしてしばらく何も言わずにじっとして居たのですが、間もなくドローンが上空から降りて来て回収していきました。」
「なるほど。」
「なんか、おかしいなと思ったので、トムとチッチも呼び出して、そしてジャンの後を追うことにしたんです。」
「ここの場所は、どうしてわかったのかな?」
「はい、ジャンにあげた帽子・・・、帽子にGPSのチップが埋め込まれているのを思い出して、」
僕は思わずキャップを脱いで確認しました。
「そうだったのか、よくわかったよ。ではもう一つ質問だけど、ここにはどうやって来たんだい?歩いて来たのかな、車で来たのかな。」
とカヴが聞きました。
「車です。父さんが知り合いから借りてきた車を、まだ知り合いが回収しに来ていなかったので、だまって乗って来ちゃいました。」
と、ソラが答えると少しカヴの顔色が変わったように見えました。
「ここは、やっぱり政府の管理局とは関係ないですよね。あなたたちは一体何者なんですか?」
部屋を見渡しながらソラが言うと、
「君たちは今の世の中に満足しているかな。今の時代に希望を感じているかい?」
カヴはソラの質問には答えないで、そう言いました。
「これが聖なることなのか、
富んで実り豊かな国に
幼な子たちが惨めな状態にされ、
冷たい強欲な手で育てられるのを見ることが。
あの震えわななく叫びが歌なのか。
あれを喜びの歌といえるのか。
そしてあんなに多くの子どもが貧しいのか。
ここは貧困の国だ!」
突然チッチが詩を朗読しました。
「ブレイクの詩です。チッチはブレイクの詩をたくさん暗記しているんです。」
とソラが説明をしました。
「そう、今の時代、物質的に豊かに見えるけど貧困の国だと僕も思う。」
若いリーが穏やかな口調でそう言いました。
ずっと黙っていたカヴがゆっくり話はじめました。
「よかろう。ジャンくんにもこの時代のことを少し説明しなくてはならないと思っていたし、君たちにも教えてあげよう。でもここで聞いたことは外で話してはいけない。君たちのお父さんやお母さんにも黙っていなくてはいけない。そうしないと君たちが危険になる。お父さんやお母さんも不幸になる。どうだい、秘密は守れるかな?」
とカヴが質問しました。
「チッチは詩の朗読しかしません。トムは喋れないんです。オレはトムの声を聞いたことがありません。そして、オレは、」
「ソラくん、君の遺伝子情報はスキャニングさせてもらったよ。信用できる人間だと私たちは認識している。それで間違いはないかな?」
とカヴが言いました。
「それじゃあこれからお話をしよう。君たちの知らないお話だ。」
そう言ってカヴは穏やかに話を始めました。
10
2030年に世界を変えるような大きな出来事があった。戦争だ。地球の全人口の半分が失われるような悲惨な戦争だった。
軍事兵器を開発し戦争の作戦を考えていた管理官や科学者たちは、最初から戦後の世界についてもシミュレーションをしていた。
人類が半分死滅してしまうこともある意味想定内のことだった。
2030年の世界の総人口は80億人だった。それが半分の40億人になる。
規模が縮小することで世の中は管理しやすくなる。全てをぶち壊して世界を一から作り直そうとしたのさ。もしかしたら戦争自体も人口を減らすためにあえて仕組まれたことだったのかも知れない。
スクラップ&ビルトっていう考え方だ。
戦争の始まる前からテクノロジーの進歩は目覚ましく、人工知能はもはや人智を超えた計算をしていた。
我々は地球にそして太陽系に住んでいる。宇宙のどこかに別の太陽系が誕生して、そして生命体が誕生するのが180万年後であるという数字を人工知能ははじき出した。
人類は物事を考えるようになって以来、ずっと生きることの意味を考え続けてきたけれど、AIはいとも簡単に人間が生きることの意味を計算ではじき出してしまったんだ。
次の太陽系が生まれて生命体の存在が確認できるまでの180万年の間を絶滅しないで存続すること、それがAIの出した答え、人類の使命だ。
そのために適正な人口が何十億人なのか、エネルギー資源の活用の適正量がどのくらいなのか、それを守るために人類はどうしたら良いのか、すべての事柄に対してルールをカッチリと決めた。計算ではじき出されたデータを基に整備をしてコンピュータとロボットに管理させたのである。
政府の考え方では、大切なのは人間一人ひとりの幸福なんかではなかった。人類全体としてどうあるべきかが最も重要なことであった。
だから、まるで顕微鏡で細胞を観察するかのように人間の行動を上から観察して、全体の動きをコントロールし、そしてトラブルを生みそうな危険な細胞を一つずつ取り除いていった。
永い永い永遠のような時間を人類が存続できるように、必要とあらばとても冷酷に人口の調整も行った。それは時には災害や、時にはテロリズムや、時には病気の流行や、時には戦争の姿をしていた。
まさに今はそんな時代なのだ。
こうしたことを仕組んだのは決してAIなどではない。私たちと同じ人間だ。
永い時間を持続してくために緻密な計算が行われ、それを実行していくためのプログラムが作られた。しかし何事にも完全なんてことはありえない。
未来の予測ができたとしても、それが100%正しいことだなんて誰が言えるだろうか。
管理官と科学者は自分たちの仕組んだプログラムの中に保険を掛けた。シンギュラリティ※1が起こって、ディープラーニング※2をはじめたAIの行き過ぎた計算を、直感や感情を活用してあえて人間らしく抑制するための装置を仕掛けておいた。
※1技術的特異点。人工知能が人類の能力を超えた時に起こること。
※2コンピュータが人間の操作によらず、自ら学習していうこと。
それが過去から未来に送り込まれた人間たち、
そう、
ここにいる少年たちなのだ。
それはとても不思議な話だった。
話が一区切りしたタイミングでリーがカヴの耳元で囁きました。
カヴの顔色がにわかに曇り、そして眉をしかめて少し厳しい口調になってこう言った。
「ソラ、君たちがここに来たことは問題ではない。私たちは君たちを信用する。しかし、車を使用したということには少しばかり問題がある。車を使うと移動のログが残る。車の動きは監視されている。やがて政府管理局にこの場所は知られるところとなるだろう。」
「ごめんなさい。」
口調のキツさにソラは思わずそう言いました。
「いや、君のせいじゃないさ。いずれ早かれ遅かれここも見つかってしまう。次の隠れ家を探さないといけないと思っていたんだ。」
とカヴは言いました。
「僕たちはカヴの説明にあったように過去から来たものだ。過去から目覚めた人間がいると街中に設置されている監視カメラがその情報を政府管理局にメッセージを送る。管理局は目覚めた人間たちも、この時代の人たちと同様に番号で管理するために、今回のように使いを出すのです。僕らは管理局よりも先に、目覚めた人たちを保護して、そしてそのログを政府の管理するコンピュータにハッキングして侵入し消去する作業をしているんです。」
とリーが説明しました。
「ジャンの生活ログは一旦は消去したんだけど、ソラたちが車を使って追跡して来たことで、不審な情報を残してしまった。しかもGPSが使用されている。」
「ごめんなさい。」
また、ソラが申し訳なさそうに言いました。
「いや、いいさ。それも運命だろう、きっと。それに、そろそろ彼と話す必要があるとも思っていたし。」
「彼?」
僕が質問をすると、それには答えずにカヴは指を一本唇の前に立てて、耳を澄ましました。
カヴは広間に行くとそこにいる少年少女たちに向かってよく通る声で言いました。
「もうすぐ政府から使いがやってくる。みんなはいつものように地下の部屋に集まって息を潜めていてくれ。」
すると、談笑していたり、ゲームをしていたりしていた少年少女たちは、みんなすぐに片付けを始めて、カヴに言われた通りに隠し扉の向こうにある階段を使って地下に降りて行きました。
「君たちもだよ。」
ソラたちを部屋に案内して来た少年が背後から僕の肩に手を乗せました。そして少年に促されて、僕もソラもトムもチッチもリーも秘密の階段を降りて行ったのでした。
階段を降りて行くと階段のどん突きのところに大人ならば屈まなければ通れない高さのドアがありました。ノブを回して中に入ると、防音の設備なのかドアが二重になっていました。そして足を一歩踏み入れるとそこには、地上にあった広間よりも広いかと思われる空間が広がっていたのです。
広間の中央には薄くて巨大なモニターが設置されていて、オリンピックの競技である3人制のバスケットの試合が行われているところでした。
その頃地上の階にいたカヴは、玄関のチャイムに対応して、モニター越しに訪問者と会話をしていました。
もちろん訪問者は政府管理局からの使いのロボットで、質問したいことがあるので一緒に管理局まで来て欲しいという依頼でした。
11
管理局のロボットは車で迎えに来ていましたが、カヴはその車に乗ることを断って、自分の車で移動しました。管理局は都市の中心にありましたが、車の流れや信号のタイミングなどすべてが緻密に計算されているため渋滞はなく、ハイウェイをノンストップで走って30分足らずで到着しました。
高層ビルディングに政府の機関が入っていましたが、仕事はすべてロボットとAIが行なっているので、基本的には人間がいる必要はありませんでした。
しかし、最上階には高級なレストランがあり、1階にはお洒落なカフェがあって、容姿端麗な上流の遺伝子を持った人たちがそこでくつろいでいるのでした。
また、旅行の観光ルートにも組み込まれていて、ツアー団体がビルの中を巡りロボットのガイドの説明を受けていました。
カヴは車を地下の駐車場に止めると、駐車場で待っていた迎えのロボットと共にエレベーターで15階に上がり、人気のない廊下を通って、管理局の重い扉を開けて部屋の中に入りました。
部屋に入るとセキュリティの装置がカヴの身体をスキャンして、持ち物のチェックをすると共に、登録番号の確認をするのでした。入室を許可されると案内されるままに部屋の一番奥まで入って行きました。
そこには部屋全体に及ぶ巨大なコンピュータが設置されていて、グリーンとオレンジ色の光が点灯していました。
カヴが近くに行くと、コンピュータが反応して光の点滅のリズムが変わりました。
「ヨウコソ、管理局へ。」
「こちらこそ、お招きいただきありがとう。」
そんな挨拶が交わされました。
「兄サン、久シブリデスネ。」
コンピュータはカヴを兄さんと呼びました。
「兄サンノ仲間タチノ集マリ具合ハドウデスカ?」
「本当に久しぶりだね。私たちの仲間はまあまあのペースで集まって、今では15人になったよ。ボッコ、管理局との争奪の勝率では6割というところかな。4割は番号を登録されて中流の一般人として時代に馴染んでいるはずだ。もっとも勝率も含めて、君たちの計算通りなのかも知れないがね。」
カヴはコンピュータをボッコと呼びました。
「ソレハ素晴ラシイ。我々ハ兄サンガ考エテイルホド計算ハ得意デハナイ。」
とボッコが言いました。
「面白いジョークだ。AIもジョークを言うようになったんだな。」
「トコロデ、彼ハモウ目覚メタノカ?」
とボッコが質問をしましたが、カヴはただニヤニヤと微笑みを浮かべるだけでした。
そしてボッコの質問には答えようとしないで、話題を変えました。
「実は君に聞きたいことがあったんだよ、ボッコ。」
「ヤケニ素直ニゴ招待ニ応ジテクレタノデ、何カアルカト思ッテイマシタヨ。」
「率直に言おう。私たちがつかんでいる情報によると、世界を管理している39機のAIのうちの中東部にあるAIが、40億人に減った人口が少しずつ増えて、現在50億人に達しようとしているが、50年間で増えた10億人を余剰であると判断したという噂がある。」
とカヴは厳しい表情に戻ってそう言いました。
「・・・。」
ボッコは沈黙していました。
「君たちはまた人口調整をしようとしているのか?」
カヴは口調が強くなるのを抑えて、静かにそう質問をしました。
「ソノ可能性ハアル。」
とボッコが答えました。
「テロ・・・か?」
「・・・。」
再びAIは沈黙しました。
「父は君を開発する一方で、セーフティ装置としての私たちの組織の誕生をプログラムしていたんだ。だから私は、私の組織は父の意思を継いで、AIの容赦ない計算ではない、喜びや怒りといった人としての感情や、計算とは対局の直感や、そうした人間的な部分で物事を判断することにしている。だから、悪いけど、必ず、テロは阻止する。」
カヴは力強く言いました。
「好キニスレバイイ。」
AIながらにボッコが動揺していることがわかりました。
「今ハ、テロガ実行サレルノニ都合ノ良イタイミングダ。」
そうボッコが呟くように言うと、カヴは腕組みをして右手で顎をさすりながら言いました。
「なるほど、オリンピックか。」
それには答えずにボッコは再びこう聞きました。
「彼ハモウ目覚メタノカ・・・私タチノ兄サンハ?」
カヴはコンピュータの放つ緑色の点滅をじっと見つめて言いました。
「目覚めたよ。」
「ソウカ。」
「君たちの計画が計算上正しいと判断されていたとしても、私たち人間にとっては正しくはない、いつの時代だってテロが正しいなんてことはない。絶対に阻止する。」
とカヴは言いました。
「デハ、勝負デスネ、兄サン。」
「ああ、お手柔らかに頼むよ。」
「イツデモ我々ハ全力ダ。未来ヲ掛ケテノ勝負ナノダカラ。」
「私たちも人間の威厳を掛けて勝負に臨むよ。ボッコ今日は呼んでくれてありがとう。楽しかった。でも、もう行かなきゃ。」
そう言い残してカヴはAIのいる部屋を後にしたのでした。
12
カヴが戻ってくると僕たちは地下の広間に集められました。
そこには未来で目覚めた少年少女に混じってソラもトムもチッチもいました。
巨大なモニターにはオリンピックの中継が放映されていました。カヴが少年に指示をすると、少年はキーボードを操作し、画面が16分割され、真上から見た街並みが16箇所映し出されました。
インターネット上で公開されている人工衛星からの画像です。最早世界中、どんなところでも移動せずに、部屋に居ながらにして見ることができるようになっていました。
集まった少年少女たちは何も言わずにカヴの言動に注目をしていました。
カヴは真剣な眼差しで画面を見つめていました。
「この映像はご覧の通りN市で開催されているオリンピックの競技場の映像だ。これからもっとも人が集まる競技は何が残っているかな?」
そう言うと、日焼けして色の黒い健康そうな少女が言いました。
「マラソン、じゃない?」
「マラソンか。そうだマラソンだ!」
カヴがそう言うと、16分割された映像の一つがクローズアップされ画面全体にマラソンのゴール地点である場所に応援に集まった何万人という人たちの姿が映し出されました。
しばらくみんなで画面を眺めていましたが、やがてカヴがキーボードを操作する少年に言いました。
「マイク、セキュリティガードをチェックしてくれ。」
すると、画面上の人混みの中に赤い細い線で四角く囲まれた場所がいくつか現れました。その数をカヴは指差しながら数える仕草をしました。
「なるほど。ではこれからが問題だ。テロを行おうとしているのが表向き誰なのかということだ。」
そう言いながらカヴは丁寧に画面をチェックしていきました。
「カヴ、これは?」
とリーが言いました。
マイクと呼ばれた少年はリーの言葉に反応して、リーの示した場所を画面上にアップにして映しました。そこには、タンクトップで露出された肩に、装飾された「L」のマークが刺青として彫られた体格の良い男性が映っていました。
「カヴ、このマークは?」
もう一度、リーが言葉を発しました。
「うん、これはエル・ドットのマークだ。わかった、今回のテロの実行部隊はエル・ドットのメンバーだ。」
そこにいた一同全員が固唾を呑んで、モニターに注目していました。
「マイク、入手しているエル・ドットのメンバーのデータを基にして、画面認証で該当する人物をスキャニングしてくれないか。」
そう、カヴが言うと、マイクは指示された側から、忙しくキーボードを操作しました。
画面上の何人かの顔が赤い丸い線で囲まれました。再びカヴはその数を指差しながら数えました。
「カヴ、思ったより人数がいますね。これは大掛かりなテロだ。爆弾テロかな。政府は本気ですね。」
リーが言いました。
「エル・ドットを使ってテロを影で操っているのは政府だし、セキュリティーガードをコントロールしているのも政府だ。セキュリティーガードのAIたちはテロの抑制を、悪意を持ってストップすることはないとは思うが、おそらくうまく機能しないように政府の中央のAIがコントロールしているはずだ。ならばテロによってオリンピック史上最悪の数の死傷者が出ることも予想される。・・・みんなはそんなシーンを見たいかい?」
カヴはモニターの周囲に集まっている少年たちの顔を眺め回しました。
少年たちはざわざわと騒ぎ出しました。
「うちはそんなの見たくない。」
10歳くらいに見える少女がそう言いました。
「僕は血を見ることが嫌だ。」
少女より少し大人に見える少年がそう言いました。
「オーケー、それじゃあ徹底的に阻止しよう。マイク、準備は良いかい。」
マイクは頷きました。
「じゃあ、まずエル・ドットのテロの攻撃をシミュレーションして可視化しよう。画面上に表現してくれ。」
そう言われて、マイクはキーボードを休みなく叩きました。キーボードとモニターの間で視線を行ったり来たりさせて、そして時には考えるような仕草をして、そして最後にエンターキーをパチンと叩きました。
すると画面上に半透明の巨大生物の映像が映し出されました。
「昔の映画で見たことあるね。」
とソラが言いました。
「うん、ゴジラみたいだね。」
と僕が言いました。
「マイク、次はセキュリティガードの防御を可視化してくれないか。」
マイクが再びキーボードを高速で操作し、先ほどと同じように最後にパチンとエンターキーを叩きました。
すると今度は先ほどの怪獣と同じくらいの大きさの、そしてやはり半透明の戦闘型巨大ロボットが姿を現しました。
「カッコイイ!」
「オレたちスーパーヒーローの時代の子どもだもんね。」
モニターに注目している少年、少女たちから思わず感嘆の声が漏れました。
「オーケー!用意はできたな。それじゃあいよいよ勝負だ。」
そう言うとカヴは集まっている少年少女たちを見回しました。そしてある点で視点を止めて、そこにいる少女に呼びかけました。
「ミュシャ、今回もお願いできるかな。」
「もちろん、いいわよ。」
とミュシャと呼ばれた少女は答えました。
13
ミュシャはモニター正面の後方、少し高くなっていて全体が見渡せる場所、例えるなら野球やサッカーのスタジアムの実況中継の席のようなところに座り、ゲーム機のコントロールボタンがついたリモコンを持ちました。
「準備できたよ。」
ミュシャが言いました。
「ミュシャはね、ここにいる誰よりもバトルタイプのゲームが得意なんだ。」
とリーが言いました。
「それじゃあ始めてくれ。」
とカヴが言い、マイクがエンターキーを叩くと怪獣が暴れ始めました。モニター上にシミュレーションの爆発が起こり、もうもうと煙が立ちました。
すぐにミュシャの操作するロボットが怪獣の前に立ちはだかり、人や建物の少ない場所へと誘導するように動きます。
「見たかい。あの爆発が最初の爆弾だ。ログを記録してくれ。」
人気のない場所まで怪獣を引っ張ってくると、ロボットは攻撃を開始し、パンチを繰り出しました。力のこもったパンチが怪獣の胸にヒットして、怪獣がヨロけたところに連続攻撃でキックが炸裂します。
怪獣はたまらずに倒れてしまいました。ロボットは怪獣を取り押さえようとしてその上に乗りかかろうとしますが跳ね飛ばされてしまいます。
ロボットがビルの上に倒れてビルが爆発を起こします。
「第二の爆弾だ。」
とカヴが言いました。
その後も一進一退が続きますが、少しだけ怪獣が優勢な感じが見えてきました。
「今度の作戦はなんだか緻密に計算されているわ。」
とミュシャが言いました。
いつの間にかトムがミュシャの近くまで来ていて、そのコントロールボタンの操作をじっと見ていました。
そのことにミュシャが気づき、そしてリーも気づき、
「君?」と声を発しました。
ジャンが、会話ができないトムの代わりに答えました。
「トムはゲームがすごく得意なんだ。間違いなく天才さ、オレが保証する。トムは自分に戦わせてくれないか?って言ってるんだよ。ミュシャさん、トムと代わってもらえないかな。」
「制限時間はギリギリだけど、あくまでもシミュレーションだし、それほど君が言うならちょっとやって見てもらおうかな。いいですよね、カヴ?」
とミュシャではなくてリーが言いました。
ミュシャは椅子から立ち上がるとコントロールのリモコンをトムに手渡しました。
リモコンを受取り、ミュシャの代わりにトムは椅子に座ると、モニターを数秒確認した後、手際よくコントロールボタンの操作を始めました。
ロボットがスムーズに動き出し、怪獣の動きを予測して、瞬く間に怪獣を取り押さえてしまいました。
そこにいる誰もが驚き、そして大きな歓声が湧き上がりました。
「これは驚いた。本当に天才だな。」
とカヴが言いました。
「うちもゲームには相当自信があったんだけど、うちとは格が違うわね。」
とミュシャがため息まじりに言いました。
ソラはトムが活躍してくれたことが自分の事のように嬉しく思いました。
「今の戦いはシミュレーションであって、テロの作戦とそれを阻止しようとする動きを怪獣とロボットに見立てて可視化したものだ。だから、実はまだ実際は何も解決していない。今の動きの記録から爆発した部分を取り除いて、現実の行動に反映させることで、被害を与えないでテロ集団を取り押さえることができるんだ。」
とカヴが、おそらく僕とソラたちに状況を説明するためにそう言うと、マイクがまた忙しそうにキーボードを叩き始めました。
「そら、テロ部隊が動き出したぞ!」
モニターの中で顔の部分を赤い線で囲まれた男性の一人が動き出すと、やはり同様の顔を赤い線で囲まれた人たちが最初の一人に続いて動き出しました。そしてそれに合わせてセキュリティガードのカメラやドローン、そして人型のロボットが行動を開始したかと思うと、人気のないところに集団を追い込み、あっという間に取り押さえてしまったのでした。
群衆はマラソンの応援に夢中で、そんな捕り物が行われていることとはまったく気づかずにいました。ようやく異変に気づいて群衆がざわめき始めた時には上空にヘリコプターが3台現れて、テロの集団を引き上げて、そして、あっという間に空の彼方に見えなくなったのでした。
「ふう、無事終わったな。」
カヴがため息をつきました。
「大成功ですね。」
とリーが言いました。
「だけど、カヴ、まだオリンピックは終わってませんよ。また別の競技の会場でテロが仕組まれることはないんですか?」
とマイクが心配そうに聞きました。
「可能性はないことはないが、おそらく今回のことで警戒は強まることだろう。テロをコントロールしているのは実は政府の中枢のAIに他ならないけれど、その情報は政府の末端までは届いていないまずだ。テロ組織の犯行だと考えてセキュリティを高め、真剣にテロを阻止しようとするだろう。だが、念のため引き続き、監視は続けておこう。」
マイクがキーボードを操作してモニターの画面は再び16分割の画面に戻りました。
16の画面は順番に画像が入れ替わり、定期的に新しい場所が映し出されるのでした。
「カヴさん、聞きたいことがあるんだけど。」
僕がカヴに話しかけました。
カヴはにっこり笑って言いました。
「わかっている。お父さんのことだね。」
14
カヴと僕は自動運転の車に乗り込んで移動をしていました。
行き先はカヴだけが知っていて、僕はどこに向かっているのかまったく知らされてはいませんでした。しかし、窓から見える風景には見覚えがありました。それはつい最近、この時代に目覚めてからソラたちと一緒に見た風景でした。
そこはまさしく僕のお父さんの故郷の町でした。町はやはりゴーストタウンで人が住んでいる気配はまったくありませんでした。
僕のお父さんの実家、おじいちゃんおばあちゃんの家を通り越して、山の麓まで行くと、そこにはこんな荒れた町の中で1軒だけ手入れが行き届いた小さな家がありました。それは教会でした。
教会の前に車を停めるとカヴは車を降りて教会の中に入って行きました。僕もカヴに着いて行きました。
「こんにちは、神父さん。」
まさか、人が住んでいるとは思わなかったのですが、カヴが声を掛けると、照明が点いていないうす暗い礼拝堂から人影が現れました。それが神父さんでした。神父さんがカヴの声に気がついて僕らの前までやってきました。手にはキャンドルを持っていました。そしてそのキャンドルで照らすようにして神父さんは僕の顔を見ると、驚いた顔をして、そしてこう言いました。
「とうとう目覚めたんだね。」
それは僕のことを言っているのでした。
「神父さん、母と話をしたいんだ。」
カヴが言いました。
「そうだね。存分に話をするといいよ。」
言葉は少なくても、すべてを理解した神父さんは小さなドアをくぐって奥の部屋へと入って姿が見えなくなりました。
カヴは僕を連れて礼拝堂の十字架の下に立ち、そして跪きました。頭を下げて目を瞑り、静かな声を発しました。
「お母さん、やっと兄が目覚めました。」
そして顔をあげて十字架を見上げました。
「私はといえば、もうすっかりこんなおじさんになってしまいましたよ。でも、もう大丈夫です。兄と一緒にきっと世界を守っていきます。」
そして、胸に手を当てて、再び頭を下げて目を瞑りました。
そのまましばらくの間緩やかな時間が流れました。
一つ深呼吸をして、カヴは僕に向かってこう話しはじめました。
「ジャンくん、いや、ジャン。ちゃんと説明しよう。」
僕に笑顔を見せると、十字架を見上げて話を続けました。
「残念なことだけれど、君の母親はすでにもうこの世の中にはいない。もう何十年も前に亡くなってしまったんだ。母はこの教会の向こう側の山の頂の地面の下に眠っている。私は今日のように、こうやって教会に母に会いに来るんだ。もう気がついているだろう。ジャン、君の母親は、私の母親でもある。」
カヴの今までの話の内容から、なんとなく推測はしていましたが、あらためてハッキリ言われて、僕は驚きました。僕よりもずっと年上のカヴが僕の弟だなんて。
「ジャン、君が生命維持装置に入った時には実は私は母のお腹の中に居たんだ。そのことに気がついたのは君が眠りについてしばらく経ってからのことだったらしい。やがて戦争が始まって私は生まれた。父親といえば、仕事が忙しくてほとんど家に帰って来ることはなかった。」
僕は黙ってうなずいてカヴの話を聞いていました。
「戦争が激しくなって、国が丸ごとなくなるなんてことも珍しくなかった。都市部にいることはとても危険だったので、母と私は父の故郷であるこの町に来て暮らした。」
カヴは顔を上げて十字架を仰ぎました。
「戦争は長くは続かなかったよ。しかし、君が聞いている通り、世界の半分の人口が失われるようなひどい戦争だった。」
人口の半分が失われるような戦争なんて、僕にはとても想像できませんでした。
「幸いにも私と母は生き延びた。しかし戦争が終わっても父は忙しいままだった。やっぱりあまり家に帰ることはなかった。大学の研究所から政府へと勤務地を移し、国を世界を作り変える仕事をしていたんだ。私が10歳になった頃、父が家に帰ってきて私を山登りに誘った。そうこの教会の後ろにある山だ。山頂に着くと二人で遠く街を眺めた。この町は戦争の被害を受けなかったが、この町の外はひどいもんだった。その風景を見ながら、父が話を始めた。自分は今、世界を一から作り直す仕事をしていると言った。そしてその後に話したことは、以前、私がみんなにも話したことだ。180万年の将来まで人類を延命させる計算に基づいてプログラムが組まれ、AIが管理しているという話だよ、憶えているだろう。そして、父親はこう言った。自分は信念を持って仕事をしているがそれが100%正しいことなのかどうか、本当は自信がない。だからカヴ、君がそのセーフティシステムになってくれないか。後40年も経てば君の兄、ジャンが目を覚ます。兄弟力を合わせて私が作った世の中が正しいかどうかを見極めて、間違っていると思ったら抵抗して欲しいんだ、と。」
突然の話に、僕は気持ちの整理がうまくできませんでした。
「カヴさん、それで結局、僕たちのお父さんはどうなったんですか?…もう死んじゃったんですか?」
カヴは僕の方に顔を向けて、僕と目を合わせ、そして少しだけ視線をずらしました。
「父は私にそんな話をして、そして、また仕事に戻ったけれど、時々は私たちに会いに来てくれた。会うたびに私にいろいろなことを教えてくれたんだ。しかし、それは国家の機密事項でもあったはずで、多分、その行動は常に監視されていたんだと思う。やがて私が20歳になった時、父と誕生日を祝うワインを飲もうと母がワインを用意してくれた。だけど、その日、私の誕生日には父は帰ってこなかった。そして、それ以来、連絡が取れなくなってしまったんだ。だから実は私にも、父が生きているのか死んでしまったのか本当のところがどうなのかわからないんだ。もしも生きていたら85歳のはずだけど、今の時代120歳以上生きる時代であるし、私は生きていると信じているんだが。」
僕たちが教会を出るとすっかり日が暮れていて、人気のない町は真っ暗でした。
「これから段々といろいろなことを教えていくから、一緒にこのミッションを引き受けてくれるかな?」
とカヴがあらたまって僕に言いました。
「僕にできることかどうか、自信がすごくあるわけじゃあないけど、それが僕のすべきことなのだとしたら、喜んでお引き受けします。」
僕がそう言うと、カヴは頬を緩めて笑顔となって、そして僕にこう言いました。
「ありがとう。だけど、ジャン、君は私の兄さんなんだから、もう敬語はやめてくれないかな。」
一眠りのうちに世の中のことがすっかり変わってしまって、戸惑いばかりの日々でしたが、それでも血を分けた肉親がこの時代に存在することで、僕は安堵の気持ちでいっぱいになりました。
「カヴさん、いやカヴ、一つ聞きたいんだけど。僕たちのこのチームに名前はついているのかな?」
「名前?いや、考えたことなかったな。」
「じゃあ、付けても良いかな?」
「何かアイデアがあるのか?」
「カヴにとってヒーローって誰なのかな?」
「え?」
「誰をヒーローと思うかでその人がどんな人かわかる、って言った人がいるんだ。」
「へえ。」
「スーパーヒーローレボリューションズってどうかな。」
カヴは答える代わりに僕に笑顔を向けました。
スーパーヒーローレボリューションズ
実は映像化やシリーズ化も考えながら、ビジュアルを浮かべながら書きました。僕はオンラインのゲームなどが実は苦手で、電車の中で満員電車にも関わらず、他人の迷惑なんて考えないで四六時中スマホでゲームをしているビジネスマンや学生などを見るたびにゲームは悪魔の発明だと思っているのですが、今回の物語ではゲームが重要なアイテムにもなっています。続編ではゲームが人類を滅ぼす発明であるという切り口で書こうかと考えています。