雨上がりの虹 2章
プロローグ ―1―
(11月第一週)
世界のはざま、と、そこは呼ばれている。
資料館(※注1)にある文献の一説によると、そこは、地球の空の上、成層圏の上なのだという。空の上であるのなら、物理的には雲の上でもあるはずだが、足下に満ちているのは雲というよりは、絨毯のように敷き詰められた柔らかな草原だった。地域によっては、もう少し人工的な遊歩道のような質感の畦道や、草のまばらな砂利を感じる砂漠地帯のような場所もあるらしい。
その有り様は、さながら地表の世界のようだった。
しかし、違うところもある。
《世界の狭間》の空には形ある太陽はなかった。
そこは、一年を通して、天候の季節変化が起こらない世界であった。つねに一定の環境光が降り注ぎ、常に、明るい空がそこに満ちていた。
不思議なことに、夜は存在した。ある時刻になると、徐々に空の色が紺に変化していくのである。それは、一見、自然な変化のように見えたが、年中を通して「日没時間」が、変化することはなかった。まるで、誰かが機械的にそう設定したかのように。
時刻はおおむね春分に合わせられているらしい。夜明けに関しても同様である。
気候に関しては、一年中温暖な過ごしやすい気温と気候であった。空気の湿度も乾きすぎず、じっとりすることもなく、ちょうどよい。基本的には、雨が降ることもなかった。
明るく暖かく静謐に満ちたその場所は、しかし、同時に寂しい場所でもあった。往来する生き物の気配がほとんどないのだ。
他の支部では違うかもしれないが、少なくとも、この世界の狭間は、そういう所だった。
地上の人類のコミュニティにあるような、ある種の乱雑さが恋しいほどであった。活気が、ないのである。時折、古びた和製洋館がぽつ、ぽつと聳え立つほかは、ビルらしいビルはなく、建物は無かった。鬱蒼と生い茂る蔦や藪もなく、足下には背の低い草原が平坦に遠くまで広がる。
そこは、「人」の息吹が極限まで潜められた世界であった。
人類とは異なる他の使者の気配は時折感じられたものの、彼らは横を過ぎ去っていくのみであり、人類を出自とする使者と目に見えて関わろうとすることはなかった。姿さえ知らせることはないのだ。
そして、静寂な草原の向こうには、悠然とした大河が横たわっていた。向こう岸は、見えるような、見えないような。ともかく何もかもを分け隔つような大きな河であった。
この河は総ての支部の世界のはざまで見られるらしい。それだけは、はっきりと「上司」からそう伝え聞いている。
そう、そこは不思議な世界なのである。既存の人類が到達し得た物理法則とは隔絶された、地上の人類史上は記述され得ない、超自然的な、不思議なところだった。
たとえていうなら、第三の世界、というべきか。
人類が良く馴染んだ既知の物理法則で説明されうる地表上の物質世界、そして、宗教などでよく描画される、死者の魂が安住の地として向かう死後の世界、そのどちらでもなく、双方に干渉することができる使者達が居住区とする中間地点の世界、それが《世界の狭間(はざま)》であった。
生きているものが住むとも死んでいるものが住むともつかないその世界で、コードネームをハルと名乗る使者は仕事をしていた。
ハルの仕事の役目は、人間の死者の魂を地上から、三途の川の手前まで連れてゆくことであり、それは、言い換えれば、その途中にある広大な世界である《世界の狭間》の存在を元生者に悟られないようにするものといってもいい。本日分の仕事を終えたハルはふうっと、一息ついて、振り向いた。
見覚えのない少女が、世界のはざまの地面を駆けている。
現代の学制服姿で、彼女の背には羽根は生えていない。ハルの同業者ではないようだ。
そして、彼女の後方には、ふわふわとした、辛うじて人型を留めている風船のような構造物が見えた。
それはかつて、ハル自身を追ってきた異空の存在そのものであり、そして、今は仕事の終焉を告げる良き同僚である。
ハルは少女の方を見た。このまま自分が傍観者に徹して彼女に何もしなければ、おそらくこの若かりし自覚なき元生者は、通称「かげ」と呼ばれるこの異空存在の白い細胞内に包摂され、未練だけを残したまま、自覚もないままに絡め取られ、この大河を渡されてゆくのだろう。
それでいいのだ、と、ハルは思った。思うことにした。
そう思った時、少女とその追手がくりると方向を変えた。少女はこちらを見見据えて走ってくるいる。
ハルは、何も遮るもののないこの世界で、おそらく少女の視界にハル自身が入ったことを察した。
少女は一目散にこちらに助けを求めて走ってくる。スカートがなびく。健康的な太もも。滴る汗。束となって舞うセミロングの髪。とても健康的な姿にみえた。
本当に死者なのか。何かの手違いではないのか。ハルは思った。
――た、す、けて。
小さな声がハルには聞こえたような気がした。口が、確かに、動いた。
彼女は、ハルの方を見て手を伸ばす。
ああ、あんときの誰かと同じだ。
必死に駆ける彼女の形相がかつての自分自身と重なる。ハルは目頭を覆うかのように額をぬぐった。
そして。
ハルは少女を拾い上げた。大きな羽が重たく空を舞う。
「わっ」
と、少女の驚く声がしたが、さして動じずに、ハルは少女を抱えたまま、高く高く上昇してゆく。
「かげ」の手が伸びない高さまで、たどり着いた頃合いに、ふっと力を緩めた。
少女が恐る恐る口を開く。
「助けて…くれたの?」
「いや」ハルは間髪入れずに呟く。少女の方は向かない。
「助かるかどうかは、君次第、かな」期待を抱いているようにも、諦めているようにも、どちらにもとれるような言い方だった。
「私、次第……?」
ああ、といって、ハルは彼女を、「上司」の居る紅い建物へ連れて行った。
ハルは、例の鳥居の前に着地すると、少女を一人で境内の奥へ行くように促した。
少女は目くばせし、固唾を飲んでうん、とうなずいて、そして奥へ行く。
三十分も待ったころだろうか。少女が出てきた。
少女の背中には、既に大きな、白い翼があった。
ハルは、なまじ安堵したのか、やれやれといったふうに首を横に振りながら、息を吐いて、そして穏やかに声をかけた。
「きみは、本当に、それで良いのか」
「はい」
少女は、頷きながらハルを見た。強い眼差しだった。
ハルは、こうやって、彼女は母屋の中で上司と対話したのだろうと思いを馳せた。
とても若く見えるけれど、彼女なら、人の死を扱うこの仕事でも大丈夫かもしれないな。と、ハルは思い直した。
「ああ……、じゃあ、その言葉を信じるよ」
ハルがそう言うと、少女は「あの、これ……、中に居た人が渡すように……、言ってました……」と遠慮がちに言いながら、金の刺繍が入った緑のバインダーを差し出した。ハルが受け取って捲ると、真新しいインク風の指示書きがなされていた。
彼女の指導係は、ハルに一任する、と書かれていた。
「俺に一任、かあ……」
ハルは小さくつぶやいた。
「何か……まずいことでもあったんですか?」と、少女が心配そうに問いかける。
「いや」ハルは言った。「単に俺が任命されたのかぁ……。と思っただけ」
「任命……?」
ハルの予想では、二年前のハル自身の時と同じく、曜子さんが彼女の指導を受け持つのかな、と思っていた。まさか、自身が任命されるとは。意外だった。
「この世界で暮らしていく上でのきみの教育係だよ。部活の先輩みたいな感じ、っていったら伝わりやすいかな?仕事のことや…、羽根、ついたけどまだ飛び方とかわからないだろ?」
目の前の少女、ハルの後輩、はキョトンとした顔で頷いている。かわいい。
「確かに飛び方……わからないです……羽がどう動くのかさえ」
「でしょ?」
「うん」
少女は少し表情を硬くした。今後、自分が受け持つであろう仕事内容の深刻さに思いを巡らせたのかもしれない。
「そういうの、一から教えていくから、心配しないで」
「一から……」
「自転車に乗ったり、逆上がりを練習したりするようなもんだよ」
青年は何気ないような雰囲気で言う。
少女は、自転車、という単語に思い当たるふしがあったのか、考えを巡らせているようだった。
少し間があってから、少女が訊く。
「つきっきり……ってことですか?」
「うん、たぶん。割と」
確か二年前の俺の時はそうだった気がする。今思えば、なかなか感覚を掴めないハルの飛行練習に曜子さんはよく付き合ってくれたものだ。仏頂面のまま。
「大丈夫だよ、心配しないで。すぐ慣れると思うから。例えが悪かなったな……」
「あ、そういうことじゃないです、すみません。昔のこと思い出しちゃって……」
「ああ……。こちらこそごめん」
とハルは軽く頭をかいて謝った。彼女にとって大切な、何かのキーワードを踏み抜いてしまったらしい。まあ、事故だ。
幸い、少女はそこまで気にしてはいなさそうだった。
ハルは話を変えることにした。
「そういえばさ、きみのこと、なんて呼んだらいい?」
ハルは手元をちらりと見やる。渡されたバインダーにはもちろん彼女の本名が書いてある。
しかしながらこういうのは本人に聞いてコミニュケーションをとったほうがいい。ハルの経験がそう語る。今後、長年関わっていく先輩後輩の関係なら尚更だ。
「杏子……杏子でお願いします」
本名の下の名前を名乗った。そういうタイプなのね。
「杏子、ちゃん。でいいのかな?……それとも呼び捨てのほうがいい?」
「どっちでも……」
少女は、「あ……」と言って「でも呼び捨てのほうがいいです」と小さく付け足した
「じゃあ、杏子」
ハルはふふっと笑っていった。
「俺はハル、よろしくね」
―こうして、ハルに、仕事の後輩ができたのだった。
(※注1)資料館…世界のはざま《関東支部》の草原地帯の奥の一角にある和製の洋館。一見2階建てだが、中央の塔部が高くなっており、4階の建築構造になっている。内部には過去の関東支部内の使者がめいめいに記録、編纂した膨大な量の書類が内蔵され、棚に格納されてている。(2階まで)。3階はめったなことがないと入らない区域であり、4階になると、中がどうなっているのかハルは知らない。
―2― (1)
(11月第一週)
「というわけで、仕事はこんな感じだ」
それから、杏子はハルという青年にそのまま連れられて、草原の中にぽつりと建てられたコテージに来た。なんでも普段から会議のようなものはここでするそうで、もう一人の先輩がくるのをここで待つのだという。
杏子は辺りを見回した。
コテージの中庭のテラスには大きな机と椅子があり、建物側には塾で見かけるような大きめなホワイトボードがあった。ハルと名乗ったこの青年は マジックのようなものを手に取り、ホワイトボードにするする文字や図式を書いていく。
そこにかかれたなじみのない図式は、現世やここの関係や、人間に対する杏子たち使者の立ち位置を表しているようだ。
「つまり、死んだ人をここに連れてきて、あのひとに渡す、っていうのが仕事?」
「そういうこと」ハルと名乗る青年はこともなげに言う。
「それって……」
杏子は、天使、と言いかけて言葉を飲み込んだ。私が、天使なはずがない。さっきまで、こともなげに地上を歩いていたただの女子高生、が。
「この仕事をこなせている限り、ずっとここにいていいんだ。つまり、 例外的にあの河の向こうへ渡らなくてもよくなる、ってこと」
と、青年は続ける。
「つまり、特権的に、死を遠ざけることができるんだな。永久に」
「永久に……」
「そう。永久に死ななくて済む」
こともなげに言う青年。
「あの、ハルさん」
「くんでいいよ」
「えっ、あの、ハルくんさん、さっきから気になってたんですけど……」
「ああ、いきなり君付けは難しいよね。続けて」青年は苦笑した。
「はい、あの、いま「死ななくていい」っていったじゃないですか。それなら、私達って、「生きてる」んですか?」
「どういうこと?」
「どういうこと……うーん」
杏子もよくわからない。
「つまり、「生きてる」ってことの定義、だよな?」ハルが自分なりの解釈を述べる。杏子ら小さく頷く。
「俺は「生きてる」側だと思う」
杏子はそれを聞いて少し安堵した。
「生きてますよね、私達」
「ああ。以前と形は違うけど」
こともなげに言ったハルの言葉に、杏子はぎり…と凍るものを感じた。
先ほど、緋色の和風建築の中で、『あのひと』に言われたことを思い出す。
【肉体はもう死んだ。もう君は別の存在だ】
「肉体が、ないって……さっき建物の中で……」
「ああ。……ああ、ああ」
ハルは続ける言葉を考えあぐねているようだった。
「ない……とまでいうのは語弊があるかもしれないかけど、筋肉とタンパク質ではできてないよなあ、この身体」
そんなこと、とうにわかっていることだった。でも、杏子は言葉を発せずにはいられなかった。
「……でもそれって」
「それって……?」
青年は続きを促す。
「でもそれって……、今までの友達とかと会って話す、とかは……」
「ああ、……うん、そうそう。はぐらかしててごめんな。そりゃ、わかるよな」
青年は横を向き、遠い目をつぶやく。
「え、じゃあ、やっぱり」
「完全な否定では、ないよ」ハルは言った。「西洋や中東の宗教画や逸話とかでは天使に出会ったとか啓示をうけたとかそういう逸話は一杯あるだろ。だからそういう邂逅もあったとは思うんだ」
その横顔は少し寂しげに杏子の目には映った。
「でも、俺はその方法をしらない」
「……」
杏子は言葉をつなぐことができなかった。今まで周りにいた「みんな」と会うことが能わないという、先輩からの宣告は、なんとなくそうかな、とおぼろげな覚悟はしていたものの、重かった。
それに――。
この人は、当り前のように宗教画に描かれたそれを自分の先輩であるかのように言った。杏子はそのことにも驚いた。
青年が、口を開く。誠実そうな目だ。
「でも俺は、俺らは生きてると思ってる」
誠実そうな物言いだった。でも、杏子にはその言葉の内容はとても主観的なものに思えた。
ぎりっ、と砂をかむような音がしたように思えた。勿論それも杏子の方の主観だけれど。
その数十分後、ぐらいであろうか。ホワイトボードを埋めて消し、埋めて消しを何回か繰り返した頃、コテージのテーブルにもう一人の人がやってきた。黒い服を着た女性で、艷やかな黒髪がとてもきれいだった。杏子はこの人も使者の先輩なのだろうと思った。彼女も背中に大きな羽根が生えている。
ハルは彼女を曜子さんだ、と紹介した。彼女は杏子へ軽く会釈をした。その動きも優美だった。
曜子さんの到着を待って、ハルは、彼女に確認を伺うように、杏子に説明した内容を再度ざっと反復しなおした。黒髪の曜子さんはそれでいいわね、というふうに、何度か小さく頷く。
その間、ハルはうってかわって敬語だった。逆らえない人なのだろう。杏子には、なんとなく彼らの距離感が伺えた。
―2― (2)
青年は、じゃあこれで、と話をまとめて、
「一通り説明し終わったけど、何か聞きたいこととかあるかな?」
と聞いた。
「あの、二人だけ、…なんですか?」
杏子が恐る恐る聞く。さっきからうっすら気になっていたことだ。
「ああ、うん、ここの支部では人間は二人…かな」
「……淋しいですね」ここの支部の、ということは、他の支部にはもっといるんだろうか。
「ああ、うん、それについては、杏子が少しこの世界に慣れた頃にちゃんと話すよ」
ハルが言った。杏子の質問の真意を尊重するように、丁寧な口調だった。隣の曜子さんも無言で頷いた。
その後、青年は母屋の中に杏子を手招きして案内した。曜子さんも一緒に連れ添っている。
広い洋館だった。さながら、明治大正建造の、由緒正しき歴史ある建造物のようだ。
大きなホテルのように部屋番号を掲示した扉が一杯並んでいる。
廊下を歩きながら杏子がそんなことを思っていると、隣の青年が、話を切り出した。
「ちなみに住むところなんだけど」
こんな感じだ、といってドアノブの一つに手をかけ、ハルが扉を開く。扉の向こうには、上品な家具が小綺麗に調度された部屋があった。本棚や洗面台、ちょっとした調理場所のような区画もあり、人一人が暮らすにはじゅうぶんな広さの部屋だ。
青年は他の部屋のドアも開け、次々と杏子にみせていった。おおむね、どこも同じような印象だった。
「なかには、二つの部屋がつながっているスイートのような部屋もあるんだよ」などといいながら、青年は杏子に別の部屋を見せて回ったりもした。
紹介された様々な部屋を歩き回りながら、杏子は改めて、普通の―《普通》といっても年期の入った普通の―ホテルみたいだなあ……。と、思った。見知らぬ天上世界のそれ、とはとても思えないぐらい馴染みのある造りだった。もちろん、そんなにしょっちゅう訪れていたようなところではないけれど。
部屋のバリエーションをだいたい見せ終わったところで、青年は少女に向き直った。
「ま、こんなかんじの居住棟、なんだけどさ」
杏子は青年を見上げる。
「部屋、選んでいいよ。今使ってる人ほとんどいないから。曜子さんは離れを使っているし」
「ほとんど……」
杏子は不思議そうにあたりを見渡す。人気はないようにみえるが、ゼロではない、ということらしい、と杏子は解釈した。さっきは二人しかいない、っていっていたような。
「私達のほかにも、誰かいるんですか?」
「あ、いや……そういう意味じゃない」と頭をかく青年。
「ほとんど、というのは、荷物置き場にしてる部屋もある、ってことのつもりだった」
「荷物置き場?ハルくんは……?」
「ああ、俺のも、あるな」
気になる言い回しだと、杏子は感じた。
「「俺の「も」」?ハルくん以外にもいるってこと……?」
ハルは困ったような表情をする。
何か言いにくい、ことなのかな。
「ごめんな、つりま今は俺しかいないんだ」
ハルが申し訳なさそうに言う。謝らなくたっていいのに、と杏子は思った。
「気に入った部屋あった?」
うーん、と首を傾げる杏子。即答できない。どこも豪奢すぎる気がして。
困っている杏子の様子を見てか、曜子さんが口を開いた。
「私もこっち泊まろうかしら」
「ええ……」
突如、青年は困惑したような声をあげた。
「ずいぶん嫌そうね」
「だってそりゃ……。どういう風の吹き回しです?あなためったにこちらこないでしょ」
「貴方だって人のこと言えた義理ではないわ」
「まあ、そりゃそうですけど……」
そういう青年は不服気味だった。
「そういう気分になったの。いけない?」
「はぁ……」
何かものを言いたげな青年をよそに、「あら、この部屋素敵ね。私、ここにしようかしら」と言いながら、ドアノブの一つを握り、中へ入ってゆく女性。心なしか軽い声だった。
彼女が部屋の中に入っていったのを見送るやいなや、青年は杏子の方を振り向いて、
「あまり気にしなくていいから」と苦笑した。
「で、どうしよっか」
「うーん……」
「どこでもいい、感じかな?」
青年が聞く。あ、この人モテそう。
杏子が頷くと、青年はいつのまにか見取り図のようなものを出し、「それならこことここがいいかも」といくつか部屋をピックアップする。
「でも、そうだな。しいていえば、107号室の隣はやめたほうがいいかもしれないね」
107号室というのは、さっき曜子さんが入っていった少し大きめな部屋だ。金色の縁のアンティーク調の上質な家具が印象的な、少しゴージャスな感じのする部屋。
「え?」
「だって曜子さんのスイートルームの隣とかおっかなびっくりだろ?」
さっきからの青年の彼女に対する態度といい、その曜子さんという女は一体どんな秘密を持っているのだろう、と杏子は少し気になった。
「おっかなびっくり……?」
と恐る恐る杏子がオウム返しで聞き返すと、タイミングよく曜子さんが出てきた。
「怖くなんかないわよ」といった。
ハルは「ほらな」というように舌を出して笑った。
「というより貴方、女の子の寝室事情に口を出すのはデリカシーがないわ。お風呂だって紹介するつもりだったんでしょう」
「お風呂もあるんですか」杏子が口をはさんだ。すごい、まるで、本当のホテルみたいだ。
「ええ」曜子さんは興味なさげに返答をした後、「そういうことだから、ここからは私が説明するわ。いいわね?」と訊いた。
杏子はうなずいた。
「はぁ……」
と、ハルが目をぱちくりさせる。本当に驚いているのか、わざと大げさにリアクションをとっておちょくっているのかは、いまいち判別がつかない。
「曜子さんにも、若い子を面倒見たいとか、人間らしいところってまだ残っていたんですね」
ハルが神妙そうに言った。杏子は「まだ残って」という言い方が一瞬気になったが、とりわけそう意味のない軽口だろうとあまり気にせず受け流した。
「そうね……」曜子さんはハル君にも、杏子にも視線を合わせず、さして興味がないかのように言った。
「人間は好きよ」
結局、杏子は最初にハルのすすめていたいくつかの部屋のひとつ、201号室を使うことになった。
少し広くて小綺麗な部屋だ。
ただ、その晩に限っては片付けの関係で、と但し書きのように曜子さんが口を開き、
「今ちょうど207号室が片付いているところだから、ひとまず今晩はそこでいい?」
そう言って彼女は廊下の奥の部屋へと手招きした。
さっきの様子といい、杏子からすると、曜子さんの発言や態度の節々に全く不可解な部分を感じなかったかといえば嘘になる。しかし、すこし気になるところはあったものの、その気持ちを顔から隠さずにハルの方を向くと、彼は何事もなかったかのように気楽な表情で、杏子に目を合わせた。まるで、「どうした?」と不思議そうに問いかけるかのように。
どうやら安心してもよさそうだ、と思い直して杏子はおとなしくついていった。
杏子が曜子さんに連れられて奥の207号室の前についた頃、杏子が振り向くと、ハルはもういなかった。
「彼は、よく、ああしていなくなるのだけれど」
曜子さんが口を開いた。そして、ドアノブに手をかけて言う。
「でも、今日はもしかしたら貴方のためかもしれないわね」
意味深なことを、と杏子は思った。
―2― (3)
杏子はその後、曜子さんに案内されながら、建物の周囲を散策した。日が暮れる頃になると、杏子は居住棟に戻るように曜子さんから告げられた。杏子は、おずおずとその指示に従ったが、その頃になっても、先程ふらっと消えたままのハルの姿は見当たらなかった。
「ハルくんはどこに……」
「多分地上ね。彼は生きた世界を好むから」
生きた世界。妙な言い回しをさも当たり前のようにいう曜子さん。杏子はごくりとつばを飲み込む。
屋内に戻ってからは、杏子はロビーの奥の喫茶室に通され、軽い食事のようなものをとった。それは、夕食の食卓というよりは、ミルクポットにパンやプディングのようなものが並ぶ軽食のようなものだった。食事の支度をしてくれたのは曜子さんだったが、彼女は見守るだけで、何かを食べる様子はなかった。食べないんですか?という杏子の問いかけには、ええ、と短い言葉で簡潔に返答するのみで、それ以降は仕草で杏子に食べるよう促すのみだった。
杏子が食べ終わると、曜子さんが、杏子の食べた食器を下げた。
自分の食べた分だし、洗い物は自分でしたいと思い、杏子が曜子さんのあとを追おうとすると、曜子さんは、「片付けはいいわ。それより、もう遅いからそろそろ居室に戻りなさい」と、杏子に戻るよう促した。
杏子は、おとなしく従い、2階の部屋に戻ることにした。
ベッドも、ソファも、ふかふかで居心地が良かった。
とりあえず待機するぐらいの気持ちで座った一人がけの小さなソファの中で、いつしか、まどろんでいたようだ。
何か、窓の外で羽音がしたような気がした。
杏子は目をこすりながら窓の外へ目をやったが、窓の外は「夜」であり、紺を基調とした暗い空の中には、どんな人影も映ってはいなかった。
そのまま、彼女はうとうとと眠りに落ちた。
―2― (4)
《世界の狭間》に杏子がやってきた、その日の夜のことである。
コテージを離れてから、夕刻から夜更けにかけて、下界での用事を終えたハルは、その晩に《世界の狭間》へ帰還した。
実は普段のハルは一日中下界で過ごしていることが多く、基本的に《世界の狭間》に滞在している時間はあまり長くない。しかし、今日からしばらくは、杏子の周りに誰かいたほうがいいのだろうと思い、なるべく空き時間は《世界の狭間》に戻ろうと思っていた。
そして、そういうわけで帰還し、帰還するなり先程の居住棟のもとへ寄ったハルを、玄関先で出迎えたのは、……驚いたことに曜子さんだった。
「おや、珍しい。まだこちらにいたんですね。たいそう面倒見のいいことで」
と、彼女の姿を確認するやいなや表情をわざとらしいものに変え、玄関口でおどけてみせるハル。しかし、曜子さんはその態度には取り合わず、あの子のことだけど、と自分の話したい方に話題を変えた。
「あの娘、いつまで保つかしらね?」
曜子さんの不審な言い回しに、すぐさま表情筋を直し、真摯な面持ちになって、眉をひそめながらハルは聞き返した。
「どういうことです?」
「こういう「人が執念」の人は、使者の仕事が「続かない」のよ」
何かを確信して予見しているような、しかし、もしかしたらただの曜子さんの願望であるかもしれないような、不信げで、儚く、暗い、深淵のすぐ側に居るかのような響きを持った物言いだった。
ハルは咄嗟には返す言葉に詰まったが、自分の中で言葉を整理してから、少し間をおいて、彼女を問いただそうとした。
しかし、ハルが口を開きかけるやいなや、彼女はくるっと背を向けて、まるで目の前のハルなど視界に入らなかったかのように、そして、今まで何にも出会わなかったかのように自身の住まう離れへ向かった。
青年は、険しい目をしてその後ろ姿を見送った。
―3― (1)
翌日の朝、である。
ハルが言いにくそうに「おはよう、調子はどう」といいながら、杏子の方へ様子を見に来た。
「眠れた?」
「ええ、わりと」杏子はちょっとまどろんだまま言った。このハルってひと、話しやすい人だ。
「【肉体はもう死んだ。もう君は別の存在だ】……って昨日『あのひと』に直接聞かされたのに、なんだかいつもと変わらなくて不思議な気分です……」
「そのことなんだけどさ」ハルがおそるおそる様子を窺うように訊いた。
「現世、観たい?」
「えっ」
昨日皆にはもう会えないって、言ってたじゃない、と杏子は思った。
「あ、うん。あくまで見るだけになるけれど…」
見るだけ。杏子はその言葉を胸の内で反芻した。
「見るだけでよければ、今ならお通夜とかなら、間に合うと思うけど……」青年はそう言いながら自分で困惑している様子だった。
「間に……合う……?」違和感のある言い回しだ。
「ああ、説明してなかったね」
そういって、ハルがこの世界の時間時間について、と題して話し始めた。
「時間の流れは基本的に同じだからさ、「いま」の人たちを見れるのは、基本的に「いま」しかないんだ。裏技を使えば多少数日は前後させることはできるし、数日後落ち着いてからでも『観ること』はできるけど……」
「『観ること』はできる……?」
「うん。観るだけならいつでもできる。でも、それは過去を観ているだけだから、「いま」じゃなくてさ。「いま」は今しかないんだ」
―「いま」は、今しかない。気になる言い回しだ。
まるで、それは、過去は無理でも今ならまだ私達が干渉できるような言い方じゃないと、杏子は感じた。
「でも、会ったり話せたりはしないんですよね……」杏子は昨日の話を思い出す。
「ああ……」歯切れの悪そうな言い方をするハル。
「……昨日話したように、基本的には俺らは生きている人には干渉できない。できるのかもしれないけれど、まだ、俺はその方法を知らされてなくて……」
「……それなら」杏子はぎゅっと唇を結ぶ。みんなが一同に会して、そこに、目の前にいるのに、触れられない、話せない、会えない。そんなの、耐えられそうにない、と思った。
「ああ、……やっぱりそうだよな、ゴメンな」ハルは頭をかいた。
謝ることじゃないのに、と杏子は思った。多分、誠実な人なんだろう。そして、誠実すぎて愚直ですらあるのかもしれない。金髪に染め上げた髪色で、それを多い隠そうとさえしているのかも。
杏子は少し明るく言った。
「「いま」じゃなくても、みんなの姿を観ることはできるんですよね」
「ああ。生きてる限りずっといつでも観ることはできるよ。
今日に関しては、映像のテープを再生したような「観る」になるけど……」
「今日のことは……みんなきっと悲しい顔をしてばかりだと思うし。後日、テープを見るように、知れたら十分です」
「そうなの?」
「ええ」
杏子の口をついて出たその言葉は、もしかしたら本心では、ないかもしれない。
青年は少し驚いたようだった。
「杏子ちゃんって、強いんだね」
青年は杏子に目を合わせて微笑んだ。
「ごめんね、そうだよね……朝っぱらから変なこと言ってごめんな」
そして、彼はふっきれたように伸びをして、「さあ、朝ごはんにしようか」と一言いい、杏子を手招きして階下の喫茶室兼ダイニングへ連れて行った。
―3― (2)
青年が「朝食を」と、杏子を連れていったのは、昨日と同じロビーに併設された喫茶室だった。
彼はそこ座ってて、と備え付けられた椅子に杏子を座らせ、自身は隣の厨房のようなところに入っていった。
多分、ここが居住棟の食事処なのだろうけれども、それにしては部屋は狭く、そして荘厳な壁や椅子の彫刻や、所狭しと、壁に並べられたヨーロッパの宗教画のような壁画が妙に居心地の悪さを誘う。
杏子が部屋を見渡していると、すぐに、青年が食器とティーポットのようなものを持って出てきた。
見ると、フランスパンのようなものや昨日と同じようなプディングのカップもある。
彼は手際よくそれらをテーブルの上に並べ始めた。
「ああ、それ、気になるよね」
先ほど杏子がちらちらと視線をやっていた先の西洋絵画を青年がちらりと見ていう。
「タコ入道と……なんだっけな、どこかの天女だか天使だかが戦っている話、だったっけな。慣れ親しんだ和風モチーフを「せっかくだから、天界だし。下界では文明開化というものが起こってからというもの西洋風が流行ってるようだし」って、分解して、そういうふうに再構築するの、物好きだよなあ」
青年はこの絵について杏子に解説しているつもりだろうが、モチーフが和風ということ以外はよくわからなかった。
「曜子さんが、描いたんですか?」
「いや?」
「でも昨日、ハルくんはここに居るのはハルくんと曜子さんの二人だけだ……って」
「ああ、そっか」
ハルは何かに対して合点がいった、という風に小さく頷いた。
「作者はもうここにはいないんだ。俺自身もその人と会ったことはない。俺がこの絵について詳細を知ったのも、資料館にある文献においてだし」
わからない言葉だけの中で、杏子は特に、もうここにはいない、という言葉が気になった。
青年は何かを知っているようだ。
「ここにはいない、っていうことは、あの河の向こうに……」
杏子は言い淀んだ。言葉の上でさえ、言いたくない言葉。杏子はそう思った。言葉を続けなければいけないのだろうか。
「いや」
そう遮った青年のその後に続いた言葉は、杏子にとっては意外なものだった。
「今は西の方、に居るらしいな」
そういってから青年は、あまり大きくないテーブルに、小さな椅子を別室から持ってきて杏子の横に座った。
いただきます、と小さく手を合わせてから彼は何事もなかったかのように、目の前の意味深な絵画のことなど意識から消え去ったかのような手付きでプディングのカップのフタを開けた。
―3― (3)
「ハルくんは、食べるんだ」
杏子の目の前で、プディングのカップに手を付けた青年を、杏子は不思議そうに見た。
「ん?」
スプーンを口に運びながら、青年は趣旨がうまく汲めない様子で首を傾げた。
「杏子はこれ嫌いだった?」
「あ、そうじゃなくて」
おもむろに杏子もカップに手を付ける。クリームのような甘い香りがうっすらと口内に広がる。
「美味しい、けど。……曜子さんは立ってるだけで、一口も食べていなかったから、意外だなって」
「ああ、曜子さんか」
青年はパンのバスケットに手を伸ばし、いくきれかのフランスパンのようなパンを手に取り、バターのようなものを塗り始めた。
「まあ曜子さんだから」
青年はなんのフォローにもなっていないフォローを言った。
杏子が怪訝そうな目でハルを見ると、彼はパンを齧りながら言った。
「曜子さんは興味ないんだよ。面白さとか、遊びとか、人間みのある生活とか、そういうの。生命維持に必要なもの以外には本当に興味を示さない。まるで……」
『生きる屍のようだ』、と後に続けかけて、彼はその言葉をパンの残りとともにグラスに入った飲み物で流し込んだ。
その後、間髪入れず、青年はポットに手を伸ばし、杏子もいる?と一声かけてから、ティーカップに二人分の飲み物を注ぎ始めた。
その手際の良い動作に目がいってしまって、杏子は質問のタイミングを逃しかけたが、ようやく注ぎ終わる頃に、思い出したように、気になっていたことを訊ねた。
「曜子さんは、ご飯を食べなくても、大丈夫なの……?」
「うん、食べなくても死にはしないしね」
おもむろにバターの小皿に手を伸ばす青年。
「え……」
杏子の唖然とした声に、青年は、少し目を見開いて意外そうな顔をした。彼は目をぱちくりさせたのち、ああ、そうかと納得した様子で目を下にやり、杏子のほうに向き直り、答えた。
「ああ。地上の感覚だと戸惑うかもな。別に俺らは食べなくても活動に困ったりはしないんだ。ただ俺は食べていたいから食べれる形状のものを作って食べているだけで」
「食べたいから、食べる」
「そもそも、そういうもんじゃない?食事ってさ」
青年は微笑んだ。
杏子は驚いて手元のパンとバターを見た。美味しそうなパンとバター。白い陶器のポットに入った、ミルク。
「これは、なんですか?」
「パンとバター」
「…………」
杏子は無言でハルの顔を見上げた。
「に、見せかけて見様見真似で作った、マナだ」
ま、な。杏子には聞き慣れない言葉だった。
「マナ」と杏子は、青年の言葉のあとに続けて恐る恐る発声してみる。なぜだかはわからないけれど、その言葉からは、なんだか畏れのようなものを感じた。
「聞いたことないよな。うん、まあ、こっちにおけるエネルギー源みたいな感じかな」
「エネルギー源」
さっき、食べなくていいって言ってなかったっけ。杏子の疑問に答えるかのように、ハルは、
「ただし固形じゃないといけない、というわけでもないんだ」と言った。
青年は、ちょっと見てて、と言って、椅子から立ち上がった。そして左手を上に向け、肩の高さぐらいまで掲げる。
彼の手の平の上に小さな空気の澱みのようなものができ、みるみるうちにその空気の澱みは無数の霧に分散して、またたく間に薄白色の透明な露のようなものが浮かび上がった。
青年が少し指で摘むような動作をすると、その薄白色の露は、半透明の液体として結合し、塊となった。とろり、としたそれは、その下でさらに手ぐすねをひくような青年のジェスチャーに呼応して、たゆたうようにゆったりと、くるりくるりと動き、少しずつ硬度を増してゆく所作をみせる。
その間、その物体は常に、手のひらから数えて数センチほど中空を舞い続け、青年の手と接触することはなかった。
一連の動作を息を呑んで見つめる杏子に対して、触ってみるかい?といって、青年は、そのトロトロとした塊を杏子の方に投げた。杏子はそれを両手で綺麗にキャッチし、改めて手元のそれを興味深げに眺めた。
それはふわふわとしたボール状の塊で、おそるおそるつついてみたところ、スライムのような触り心地だった。しかし、ひんやりとしているわけではなく、ほんのりとした暖かさを帯びているように感じた。
「これが、それ?」
「ああ」
杏子はあらためて不思議そうに覗き込む。
「もう少しこねくり回すと、ちょうど大福ぐらいのかたさになって、美味しいよ」
彼は食べ物の話をすぐする。
「杏子もやってみようか」と、ハルはさっき自分が見せたような捏ね方を杏子にジェスチャーで教える。
杏子は器用にそれを真似し、手元の丸いものも杏子の手の動きに反応し、先程の青年が見せたときのようにくるくる舞った。
杏子は少し嬉しかった。
青年に教えてもらうまま動かした杏子のジェスチャーに呼応して、それは次第に内側と外側が二色に分離するようになり、そして、青年が言うような、大福に似たような質感と形のものになった。
「な、大福みたいになっただろ」
「うん」
杏子が手元のそれを触ると、今度はぷにぷにとした甘皮のような肌触りがした。美味しそう。
「食べてみてもいいよ?最初作ってたのはこちらだけど、俺の手では直接触ってないからばっちくはないと思う」
ばっちくはない、という幼児のような彼の言い回しが杏子には妙に微笑ましく映った。
「いえ、遠慮しときます」
杏子は笑って言った。
「なんだか、勿体無いような気がして。かわいいし」
「「かわいいし」。でしょでしょ」
ハルが乗っかる。
「うん」
杏子が手元の球体の塊をぷにぷにつつく。さっきまで名前を発するのも躊躇していたものなのに、名前と形が与えられたとたん、こんなに急に親しみが湧くなんて。
「記念に食べないで持って帰る?」
「いいの?」
「ああ。腐りはしないし、食べなければずっとそのままの形でとっておける」
「へぇ……!」
杏子の反応をうけて、ハルは、「ちょっと待ってて、ちょうどいい容器を持ってくるわ」といって席を立って、先程の椅子や食器と同じように、隣室から手頃なサイズの透明な容器を持ってきた。
青年は、それを杏子の目の前に置き、杏子にふにふにしたその大福をその容器に「入れてみて」とジェスチャーで促した。
さっきまで大福はだったようなものは、質感や大きさはそのままに、透明な容器の中にアクアリウムのごとく収まり、小さなオブジェのようになった。
丁寧に鎮座したそれを杏子は手に取り、眺めた。かわいい。
「部屋にもっていく?」とハルが聞いた。
杏子はもちろん、
「うん」
と大きく応えて頷いた。
一連のデモンストレーションを終えて、満足した様子で着席した青年は、テーブルにつくなり、「じゃ、残りのぶん食べようか」と残りのパンとバターを皿に取り分けた。
杏子は、朝食の途中だったことを思い出した。
少しお行儀悪かったかな?と思いつつも、テーブルの小脇に飾った先ほどの小さなオブジェを眺め、ほんわかとしたものを感じながら、杏子は取り分けてもらったパンを口元に運んだ。
ほんのりバターのような香りがして、甘い。
杏子はハルに聞いた。
「このパンも、さっきのやつと、おなじなんだよね?」
「うん。大福をこねて固めると、パンになる」
固め方はちょっと違うけどね、と付け足して、青年はパンを口に運ぶ。
杏子は、さっき思いついた事を口にする。
「空気みたいなものを固めたら、これらが出来たってことは……」
「うん」
相槌を打つハル。
杏子はその相槌に後押しを受けたように感じ、さっきから頭の片隅にあったある仮説を口にする。
「曜子さんが、ご飯を食べなくてもいいっていうのって、エネルギー源を食べ物の形じゃなくて、空気の形でいつも吸っているから、食べ物として摂らなくても大丈夫、……ってこと?」
杏子の発言に最後までしっかり耳を傾けてから、青年は
「ご名答」
と、短く言った。
「やった!」
杏子の顔がほころんだ。こういう、クイズみたいなものを当てて、ほめられたことはあまりなかったから嬉しい。
その様子は結構わかりやすく伝わったようで、ずいぶん嬉しそうだねと隣のハルも笑って言った。
そのあと、ハルによって少し付け加えられた補足の説明によると、厳密にいうならその現象は、「空気のようなものを吸って」というよりは、身の回りの「光の放射を浴びて」といった感じのほうが、実情によりイメージは近いらしい。まあ、些細な違いだから気にしなくていい、とハルは最後に付け加えて話を閉じた。
「光を浴びるだけで、動くには充分だとしても、それでも食べるんだね、私たち」
妙なことを口走ってしまったような気がすると思いつつ、杏子は目の前の食卓を眺める。
食卓に並んだパンは、だいぶ少なくなっていた。
少なくしたのは、そう、私たち、だ。
「ああ」青年は頷きながらバスケットに手を伸ばして大きかったであろうパンの一つの切れ端を手にとった。
「食べることってさ、人間としての尊厳と喜びに密接につながってるんだぜ」
そう言って、青年は大きなパンの最後のひときれを美味しそうに齧った。
―3―(4)
少しゆっくりした朝食をとったあと、二人はいったん各々の自室に戻って準備をしてから、再度玄関口で合流して外を散策することになった。ハルが仕事に入る昼過ぎまで建物の外を案内してくれるのだという。
階段下でハルと別れた杏子は、居室に戻るなり、先程のふわふわとしたオブジェを比較的片付いているチェストの上に大事そうに置いた。
杏子はそれを少し眺めたのち、その小さな白い物体に対して「バイバイ」と小さく言った。そして、杏子は満足したような面持ちで部屋を後にして玄関に向かった。
これからハルに外を案内してもらうのは、杏子は少し楽しみだった。
建物の一階に行くと、青年はすでに用意を終えてエントランスのロビーの椅子に軽く腰掛けていた。
杏子の気配に気づくと彼はやあやあと立ち上がる。カバンなどの手荷物は特に持っていないようだったけれども、先程のTシャツ姿の上に襟とポケットのついた薄手のシャツを羽織っていた。もしかしたら小物等はその中にあるのかもしれない。
「じゃ、行こうか」
青年は気楽な声で言って、玄関の立派な扉を押し開けた。
扉の隙間から燈るい光が差し込む。
あかるい、外が、見えた。
二人は連れ立って外へ出た。
「昨日、曜子さんにこの辺を案内してもらってたんだっけ」
「うん」
杏子は頷いた、
青年が振り向いて言う。
「じゃあ、こっちの《世界の狭間》の居住棟周りのおおまかな見取り図は、だいたい把握できてる感じかな」
「ううんどうだろ……」
杏子は、うんと即答することはしなかった。
「昨日は建物の周りを歩いて少し、って感じで。地図とか見取り図は見せてもらってないですし」
「ああ、そうか。歩いて、か」
失念していた、という表情をした青年。
「それじゃそんなに遠くまではいけないね」
杏子は彼の背中の大きな翼を見遣る。
そうか、ハルくんの感覚では空を飛んで空から見渡せる、それが彼にとっての当たり前なのだ。と、杏子は気づいた。
「陽子さんも、歩いて回ったんだね」
うん、と杏子がうなずくと、青年は、「今日もそうする?」と聞いた。
「それ以外に?」どんな方法が、と聞きかけた杏子は、先ほどの彼の表情を思い出す。
青年が口を開いた。
「飛ぶ、とか」
やっぱり。杏子は思った。
「私、飛べるんですか?」
「うーん、どうだろ……。試しにいま、羽根とか動かせる……?」
青年は杏子の肩の向こう、斜め後ろの空間に目をやった。
杏子ははっとした。そういえば自分の肩の後ろには大きな翼がついているのだ。あまりの羽根の軽さに、今この瞬間まで気づかなかった。
促されたように感じて杏子は肩の後ろに意識を集中したが、肩の後ろの空間は無のような、何もないような感じがして、どうにも感覚の掴みどころがなく、うまくいかない。
そうこうしているうち、杏子の横に青年が立った。そして、彼が、杏子の斜め後ろの空間に片手を伸ばしたのが杏子の横目にちらりと見えた。
「これ、だね」
――ひゃあっっっ!
その瞬間、杏子の背中をむず痒い感覚が電光石火のように襲った。
思わず背中を丸めて縮こまる杏子。先ほどの妙な心の叫びは表には出ていないと思いたい。
少し感覚の違和感に慣れて、恐る恐る後ろを向くと、大きな翼の先っぽを手にした青年が笑っていた。
その羽根のつけ根は、杏子の背中から、生えている。
「わかるわかる、最初は気づかないよな」
青年はニコニコしながら白い翼から手を離した。そして、白い羽の一枚一枚を手の甲で撫でる。くすぐったい。
「くすぐったい……です」
不機嫌そうな声色を出したつもりだった。その杏子の様子をみた青年は少しだけ驚いたようで、すぐさま、ああ、悪い、と小さく言ってから羽から手を離した。
「けっこう最初から感覚がつながってる感じだったんだな」
と、神妙そうに言った青年はその後、むしろつながりすぎているぐらいか、と独り言のように続けた。このまま放っておいたら自分の中で考え事に耽り始めてしまいそうな雰囲気だった。
ちなみにその瞬間の杏子はというと、彼の手と意識が、自分ですら感覚がままならない自分の翼から離れたことに、少しだけほっとしていた。
とはいえ、青年が考え事に耽りかけたように見えたのは数十秒ぐらいのことで、その後すぐに、はっと顔を上げた青年は、きょろきょろ周りを見渡してから、杏子の姿を捉えるなり彼女に向き直った。
「まあ、自力で飛ぶのは追々練習するとして……」
「練習するとして…?」
コホン、と咳払いをしてるふりをわざとらしくしてから、ハルは言う。
「今日は俺が手を携えて杏子を空の旅に連れて行こうかな、というプランもあったんだけど」
「あったんだけど…?」
杏子はおうむ返しのような相槌を打つ。相槌と共に、「聞いていますよ」アピールもできる便利な相槌だ。
「今日は杏子の感覚が過敏になってて、万が一、空を飛んでいるときに杏子の羽根に俺の羽根が触れたりしたら、危ないかもしれない……」
というのも……と青年は口頭で軽く説明をした。
俺ら使者は、一般的に、身体のどこかに触れていれば触れた対象まで一緒に空を飛ぶことができるのだけれど、今日もし杏子の羽根に何かが触れて反射的に手を離してしまうと空から落っこちてしまうから、と。
「空から落っこちる……」不思議な物言いだった。童話的な言い回しだったが、比喩ではなくて、事実なのだろうと杏子は思った。なんとなくそうだろう、と確信した。
「落っこちても多分レスキューはできると思うんだけどさ」
青年は呑気に言った。
「でもまあ今日は気楽に散歩しようか」
「うん」
それが良いです、と杏子は小さく続けた。
こうして、二人は昼過ぎまで居住等の周りを歩いて散策することになった。《飛ぶ》ということにえも言えぬ畏怖を実は感じていた杏子は内心ほっとした。
―3―(5)
それから、ハルと杏子は居住棟の周りをゆったりと昼過ぎまで散策した。杏子の感覚ではたぶん数百メートルぐらい歩いたように感じた。
その数百メートル四方の中には、人為的な建造物らしい建造物は、ほとんどなかった。例外として、時折、看板や、腰ぐらいまでの高さの四角いブリキの箱のようなものを見かけたが、それ以外は一面の草原だった。
背の高い植物すら見かけなかった。藪や茂みなどの、鬱蒼と生い茂る生命力あふれる温帯の植物の痕跡のようなものも見つからないのだ。
ただ、薄青い空の下、背の低いだだっ広い草原が、どこまでも続く、そんな場所。空の色は、今まで地上で慣れ親しんだ彩度の高い水色ではなく、どこかくすんで寂れたような灰がかった薄青で少し淋しい色合いだった。この蒼が、ここ、《世界の狭間(はざま)》の原風景なのかな、と杏子は思った。
その間二人はは歩き詰めであったが、杏子が思っていたより疲れはなかった。
足元はふわふわ、さくさくとした踏み心地で歩きやすい。
杏子は足をゆるめ、ふと後ろを振り返った。
先程の居住棟の方を見返すど、地平線の上に微かに塔がぽつんとみえた。
「何もない場所でしょ」
その様子に気づいたハルが言った。
「だいぶ遠くに来たはずなのに、まだ見える。スカイツリーよりずっと低いのにな」
杏子は塔の向こうに目を凝らした。なにか向こうにぽつ、ぽつ、と、構造物があるような気がする。
「本当になにもないんですか、この世界って」
「え?」
ハルが逆に困惑した声を出した。
「さっき、何もない場所だって言ってたけど、向こうに何か黒いものが……」
そう言って杏子は、さっき目にした構造物群を指し示す。
「よく遠くを見てるなあ」と、ハルは感心したような声を出す。
「あれ、何ですか?」
杏子に促されて青年が目を凝らす。
「確か建物だったと思う。向こうのエリアだったかな…」
「向こうのエリア、ってあるんですね」
「うん、流石にこの草原だけが全てではないよ」
それを聞いて杏子は少し安心した。なあんだ、あるじゃん。
青年が言った。
「もちろん、この世界にだって、本当に何もないわけではなくて、あるところには物はあるよ。でも、居住棟の近辺、つまりこの辺はだだっ広い草原だよね、って」
杏子は再度周りを見渡す。
青年の言うように、だだっ広い、という言葉が本当に似合う世界だった。
「なんか寂しいところですね」
杏子が率直な感想を口に出す。
「だよね」と、青年が頷く。
さくさく、と軽いフレークのようなものを踏みしめる音が続く。
青年が口を開く。
「ここは見ての通り《寂しい》所だし、この《世界の狭間(はざま)関東支部》全体も、全体的に《寂しい》印象の場所が多いところなんだけど」
「うん……」
頷きながら、青年は何かを伝えたそうだ、と杏子は感じた。
「でも、この《寂しさ》について突き詰めて思いを馳せると、その先に人の温もりを感じて、なんだか少し暖かくなる想いがしてね…」
青年は、妙なことを言う。杏子は眉をひそめた。
「どういうこと?」
「ここって、実は盆地になっていてね」
ハルは振り向いて、遠くの縁を見渡す。そして、杏子に水平線を示してから、指先でお椀のような形を描いた。
「あのあたりは本当の水平線じゃなくて、反り上がっていて、向こうが見てないようになっているだけなんだ。ちょうどお椀の底の辺りに居住棟があって、今日歩いてきた所は底から上がってきた感じで。今のあたりはこの辺で」
そう言って、ハルは片手で表現したお椀の中腹をもう一つの手で指さした。わかり易かった。
杏子は口を開いた。
「全然上までたどり着けないね」
「うん」
杏子は、ふと、先ほどの玄関前でのハルとのやり取りを思い出す。
「空を飛ぶつもりだったっていうのは……、向こうを、見せてくれるため……?」
「それも、あるかもな」
ハルは肯定した。でも、と、青年は言う。
「そんな急ぐ必要はなかったよな。杏子は今日明日出立してしまう稀人(まれびと)なんかじゃなくてさ、これからずっといるんだし。また今度、別のエリアは紹介するよ」
「うん……」
杏子は少し俯いた。
また今度、今度、と青年は笑って言った。
「向こうは、どんなところ?こことは違った感じ?」
「どうかな」青年は首をひねった。
「殺風景さに関しては、ここよりマシかな?程度だと思うよ」
杏子は少し落胆した。
「じゃあ、やっぱりここって、どこでもこう……」
寂しい、寂しいところ。杏子は口の中で小さく反芻した。
「そうなんだよね」ハルは杏子のそこから続いた言葉は意外な言葉だった。
「この、居住棟周りの《寂しい》景観って、もしかしたら誰かが意図的に創出した《寂しさ》かもしれないんだよな」
「ど、どういうこと?」杏子はびっくりして聞き返した。
「今朝の食事部屋の絵ほどかっちりとした情報があるわけじゃないんだけど」そう、前置きして青年は、杏子にとって思いがけなかったことを口にした。
「この《世界の狭間(はざま)》関東支部に点在する、ここみたいなエリアの景観は、過去にここにいた人が人為的に整地したものかもしれないんだ」
「えっ」
杏子は息を呑んだ。
「……自然の景観じゃないってこと?」
「うん。誰かの芸術作品かもしれない、ってこと」
驚いた杏子は目を瞬かせてからハルを見上げた。
その様子を見た青年は、後ろに言葉を付け加えた。
「箱庭みたいにね」
―3―(6)
「というか、この《世界の狭間(はざま)》関東支部のだだっ広い平原、という景観のあり様には諸説あってね」
そのまま、青年は「詳しいところはよくわからないけれど」、と前置きしてから説明を始めた。
「自然、というか超自然的に人の手を借りずに形成された世界という説の他に、この居住棟周りの世界自体が誰かの精神世界を模した箱庭なんじゃないかという説がある」
「精神世界を、模した……」
杏子はその言い回しにくらくらしてきた。
「つまり、誰かの頭の中の景色を実際の景観という形で表現した芸術作品、というか」
枯山水庭園とかそんな感じの。と、青年は付け足した。
「俺は、このあたりの場所はその人の想像した「死後の世界」をイメージしたテーマパークみたいなものなんじゃないかと思ってて」
「テーマパーク……なんですか?」
この場において、その言い回しは耳に馴染むものではなかった。
「うん。『寂しい死後の世界』を表現したテーマパークって言えば、それっぽいだろ?」
杏子は周りの景色を一瞥する。
そう言われれば、それっぽい、かも。
それにしても、つらつらと語るその説はハル自身が思いついたことなんだろうかと思い、杏子は聞いた。
「ねえ、その説ってハルくんが考えたことなの?」
「うーん、微妙。半々かなあ……」
青年は煮えきらない返事をした。
「つなげればそうとも取れるようなメモ書きが資料館にあったような気がするから、俺はそう解釈したけど、もしかしたらそれはただのトラップかもしれないけど」
謎が一杯だ。
「資料館?」
「うん。向こう側にあるんだ。興味があれば、今度、連れて行くね」
そう言って、青年は前方を指す。視線の先には何もない水平線しかなかったが、今、見えないだけでその先にはちゃんと構造物(なにか)があるのだと示されて、杏子は少し安心した。
「ちゃんと……いろいろ、あるんですね……」
「ん?」
青年は不思議そうに杏子を見た。
「一見何もないように見えても、ちゃんと向こうには建物があって、資料館があって、人も……」
「ああ」青年は、少し困ったような声を出した。
杏子は、昨日の彼の言動を思い出した。
「……人はいないんだっけ」
「そうね」
青年は極力明るい声を出そうとしているように感じた。
「今、杏子の他に関東支部(ここ)に居るのは、俺と陽子さんの二人だけだね」
ですよね。杏子は心の中で、その言葉を肯定した。そして、その言葉を喉の奥に飲み込む。
その事実自体は「そういうもの」として、呑み込めるようになったものの、当然、依然として残る大きな疑問がある。それに、外堀が埋まっていくほど、残されてしまったそれ自体の輪郭がはっきりしてきてしまい、意識せざるを得なくなるらしい。
そして、杏子はその疑問を口に出す。
「この世界の〈テーマパーク〉を作った人は、何処へ……」
「うん……」
青年が曖昧な相槌を打つ。
杏が、
「ハル君?」
と、困ったように聞くと、青年は、目を逸らすのをやめ、無言で杏子の目を見た。
それは、何かを謝っているような目だった。
「そのことについても、そのうち、そのうち……な」
決して隠したいわけではないけれども、でも、今はまだ言えない。そういう目だった。
―3―(7)
その後、二人は少しその場で佇んでから、坂をゆるゆると降りて行った。昼には居住棟に戻れるようなペースを意識していた。
杏子は、ふわふわした大地を踏みしめながら、その足元の感触を心地よいと感じた。
「使者としての仕事?」
ハルは、今日はこれから使者としての仕事があるから、午後は《世界の狭間》(こちら)に滞在できないのだと言っていたことを杏子は思い出した。
これから、下界に発(た)つらしい。
「うん。夜までには帰ってくるから」
青年はゆるゆる歩きながらそう言った。仕事内容には、敢えて触れなかったのだろうと杏子は感じた。
杏子も、敢えてそれ以上踏み込むことはしなかった。
中腹まで降りたとき、
「ここから先は一人で行けるか?」
と、ハルが杏子に訊いた。二人の前方には、先ほどの居住棟がだいぶ大きく見えるようになっていた。近くにいるときは全体像がわからなかったけれど、遠目に見ると、四階建てぐらいなのだろうか、と杏子は思った。それとともに、母屋からいくつか聳える尖塔が、建物の存在感をより増して感じさせる。
杏子がふと横を見ると、青年はいつの間にか装飾の入った小さな四角い箱と、羊皮紙のようなメモを手にしていた。鞄のようなものは持っていないはずだけど、と杏子は少し不思議に思ったけれど、そういうこともあるのだろう、と不可思議な現象を、だんだん受け流せるようになっていた。
彼は四角い箱の蓋を、杏子の方から中身が見えないような角度で開き、手にしたメモと箱の中をちらちら見比べるように見ている。
「思ってたより時間が押しているみたいだ」と、彼は言った。本当は居住棟まで杏子を見送ってからのつもりだったが、今すぐ下界(とうきょう)に発(た)った方がいいのだという。
「あそこに居住棟は見えるけど……一人で帰れるか?」と、青年は申し訳なさそうに目を遣った。
杏子は「大丈夫」と、頷いた。
ハルは、その杏子の目を見て、少し表情をやわらげた。そして、「ごめんな」と、言い残してから、杏子の傍から少し距離をとった。
青年は、その大きな翼をはためかせ、姿勢を正して上を見上げた。
そして、次の瞬間には、大きな鳥のように舞い上がる。
杏子の目からは、みるみる青年の姿が小さくなっていった。
そのうち、彼は、世界の狭間の水平線の果てへ行ったかのように、杏子の、視界から、消えた。
杏子は、だだっ広い土地にひとり取り残されたように感じた。
水平線の方を見ている限り、杏子はこの世界に本当にひとりきり、そのもの。
後方を見返せば、確かに、居住棟があるのは、わかってる。
でも、今は、そのことは意識せず、「何もない世界」を体感(たのし)みたいと思った。
杏子の周りから、音が消えた。それは、杏子が今まで人生で感じたことがなかったような完全な静けさだった。
世界が、静まり返ったのた。
否、違う。
杏子の周りの世界が、杏子だけを残して、しん、と静まり返った、と感じたのだ。
それはあくまで「感じた」だけであり、杏子の感覚がそう知覚した、だけのことである。
だから、たぶん、世界は本当は変わりなくそこに在(あ)って、下界には人の営みがあるし、そしてそれに、ハルだって夜には帰ってくると言っていた、わけで。
この世でひとりきり、みたいな、この感覚は、たぶん、インスタントな思い込みに過ぎなくて。わかってる。
でも、思っていたよりそれはずっと「ひとりきり」な感覚で、予想していたよりずっと、恐ろしい感覚だった。
大丈夫、そう感じるのはただの思い込み。杏子はそう思おうとした。そう感じようとした。そう、知覚しようとした。
世界の音が、色が、静まり返っている。
杏子は、さく、と一歩踏み出した。居住棟に戻れば、物(もの)がある、場所がある、部屋があって、食べ物がある。曜子さんもいるかもしれない。ともかく、私は歩こう。
そこにいけば、いまの一人きりの気分も、紛らわされるかもしれないから。
静寂な世界の中を一人で歩きながら、思えば、杏子はもともと一人きりでいることに慣れていないことを思い出した。
いつも誰かが杏子の傍にいた。杏子の体質を心配して、という意味もあったのだろうけれど、たぶんそれだけではなくて、皆が杏子を好きだった。そして、杏子自身も。
杏子も人と一緒にいることが好きだった。と思う、思いたい。ううん、でも本当は違うかも。と、杏子は心の中で首を振る。もしかしたら、一人でいることが好きでなかっただけなのかも。
ともかく、以前の杏子には、いつも周りに人がいた。助けてもらうのは当たり前のことだった。
三宅ちゃん、千絵ちゃん、お母さん、お父さん、みんな。
それに。
杏子はある一人の少年の顔を思い浮かべる。
彼だけは、たぶん、「私の中の彼」が、そんなに大きくなっているなんてことは、たぶん「私しか知らない」。
マシュ……。
そのとき。
――え、旋風?
あれ、気のせいか……。
今の、何だったんだろう。
ふわっ、と、杏子の横を小さなつむじ風が通り過ぎたように感じた。
―3―(8)
それからほどなくして、杏子は居住棟に戻った。まだ空の色は明るく、先程と同じ、仄かにグレーがかった薄暗い青だった。
建物に戻るなり、杏子は曜子さんの姿を探したが、彼女の姿は見つからなかった。
ハルくんは、「彼女は離れに住んでいるよ」と言っていたけれど、杏子が見た限り居住棟と隣接する離れのような建物は見当たらなかった。
しかし、建物をくまなく探していくうちに杏子は、今朝はまだなかったあるものを見つけた。
それは、メモ書きだった。見つけた場所はダイニングのテーブルの上であり、几帳面に四角く折りたたんであったそれを開くと、そこには、明瞭な文体の指示書きが書いてあった。文体は箇条書きに近い。
その内容は、
1.今晩の食事の用意は既にしてあるから、時間になったら隣室のトレーから持っていって摂りなさい
2.貴女が希望した201号室の片付けは済ませておいたから、今晩から使って良いわ
といったものである。
おそらく曜子さんの筆跡だろう。予想と違わない丁寧な筆致で、メモの最後には名前も書いてあった。そこには杏子の知らない名字も添えてあった。
口語のまま子供に喋りかけるような言葉遣いながら、なまじ威圧的な言い回しに、普段の杏子なら少々思うところはあったかもしれない。しかし、今の杏子にはそのような余裕はなかった。
―曜子(だれか)さんの痕跡が見つけられて、うれしい。
それが、杏子の胸のうちに最初に湧いた率直な感想だった。
そして、杏子は指示に従って、とりあえず201号室を見に行く。確かに大型家具も調度され、今すぐ使えそうなぐらい綺麗に整えられていた。ホテルのような間接照明すらある。
それと同時に、もとの状態よりも、少し装飾が華美になっているようにも感じた。よくみると、本来の杏子好みとは言い難い中型の家具が増えているような気がした。気のせい……だと思うことにしよう。
杏子は、特に気にしないことにした。
自分の部屋、ということから、ふと、杏子は今朝にハルくんと作った大福のオブジェのことを思い出した。
それを安置したのは仮住まいの207号室だったはず。杏子は早速とりにいくことにした。
中に入ると、大福のオブジェはちゃんとそこにあった。容器から取り出して大福をつつく。
ぷにぷにと反応する。かわいい。
癒やされるなあ。
あとで、ハルくんにもう一度、作り方を聞こう。
生きたものの気配がない静まり返ったこの世界で、唯一生きた反応をしてくれるのがこの大福みたいにすら、感じる。
―そんなこと、ないのに。
それくらい、今の杏子は、心細かった。
それから杏子は大福のオブジェを手に持って廊下に出た。窓際に行って、外を見上げる。
杏子が居住棟に戻った時はまだ明るかった空が、夕暮れを示すように色づいていた。
妙に感じた。
その空の色の変化は唐突だった。杏子の慣れ親しんできたものとは異質であることを強烈に感じる。
―あれは、私の知ってる空ではないのかも。
地球の空、というより、どこか遠い星の空のように感じる。
まるで、どこか遠くの惑星に降り立った孤独な宇宙飛行士の気分ってこんな感じなのかな。
救助の信号はあれど、待てども待てども救助隊(たすけ)は来なくて。
そのうち、旗を振るのも辛くなり、膝を抱えてその場にうずくまる。そんな気分……。
―ああ、やめ。
―なんて、楽しくない、妄想。
杏子はその日は居住棟から動かなかった。
もう一度空色が異質な変化をした頃、―つまり、夜―になってもハルくんは一向に帰ってこなかった。曜子さんも、姿を現さなかった。
なんとなくだけど、今晩は食事は、いいかな、と思ってパスした。
夜中になっても寝付けず、どうも落ち着かなかったので、大福を手で弄びながら207号室に行き、昨日も使った同じソファーにて休んでいると、ようやく、夜更けになって耳に慣れた羽音が聞こえた。十数時間前に聞いていたものと同じ羽音だ。
少し後、廊下を歩く音がし、そして、足音は杏子の部屋の前を通り過ぎた。
杏子は慌ててドアを開く。
「ああ、そっちか」
ハルが振り向いた。
「今日、一人にしちゃったけど、大丈夫だった?」
「うん」
相槌を打つ意外にどう答えたらいいんだろう、と杏子は思った。こういう聞き方をされてしまうと、よっぽど大丈夫じゃない限り、「大丈夫」と答えるしかないじゃない、と。
「この部屋が好みなの?」
「うーん……両方」
まさか、なんとなく落ち着かなかったから、とは言えない。
「そっか。好きな方を使うといいよ。両方使ってもいいし」
ハルは特に気にしていないようだった。
それからハルは、杏子に多少の指示を出した。そして、最後に、もう遅いから寝るようにな、と添えた。
杏子はうんと頷いて、ハルも小さく頷いた。
彼は、「また明日ね」と言って扉に外から手を添え、杏子に閉めるよう促した。
杏子は重い扉を閉めた。
廊下から遠ざかる青年の足音が聞こえる。そのことに安心していたら、ある瞬間、彼の足音が、途絶えた。
大きな羽音が、虚空に響いた。
―またハルくんはどこかに飛び立っていったんだろうな。
ひとりきりの、退屈で、長い時間は、あまりにも、永い。
―4―(1)
翌朝。
「どうしたの……?」
階下へ降りた杏子を出迎えたのは、目を丸くしたハルだった。
杏子は彼が何について驚いているのかはよく分からなかったが、それについて訊こうとすると、青年はきまりが悪そうに口篭ってしまった。あまり答えたくないみたい。
こんなの会話になってない、と杏子が呆れると、そのうち、ハルは申し訳なさそうに口を開いた。
「……寂しかった?」
心配そうに聞くハル。だいぶ言葉を選ぼうとしているみたいだ。
「平気。ぐっすり眠れた」
「そう……そうならいいけど」
ハルは決まり悪そうに小さく言う。
杏子は今更だと思った。昨晩、会ったときは何も気付かなかったじゃない、と、思う。
―今じゃなくて、昨晩(あのとき)、気付いて欲しかったのに。
それにしても、昨晩のこと、そんなに態度に出てるかな?
涙の跡でも残っていたのかな、泣いてはいなかったはずなのに。
そう思うと、杏子はちょっと身の振り方が心配になった。これからは気丈に振る舞うように心がけよう、と、そう思った。
ハルは、そんな杏子を見ても、「今後は気をつけるよ……」と、申し訳なさそうな態度を崩さなかった。
二人はそのまま、今日もダイニングに向かう。
少しだけ、変な心地だったかもしれない。
―4―(2)
その後、二人は昨日と同じように朝食を摂った。
その間は終始和やかな雰囲気ではあったものの、どことなく、ぎくしゃくしたものが漂っていたように杏子は感じた。たぶん、今朝のをひきずっていて、ハルは杏子になにかの引け目を感じているようであることを隠しきれていなかったんだと思う。とはいえ、杏子はそのことには気づかないふりをしておいた。
「ここさ、何にもないだろ」
「うん」
「だから、杏子もはやく飛べるようになったほうがいいと思うんだ。移動手段としてさ」
バスケットからパンを取り出しながら言うハル。
―ハル君は、昨日、どこにいたの?
―ここに、私一人だけおいて、どこに行ってたの。
喉元までくる声を、ぐっとこらえる。
多分、ハル君は私の疑問に気付いてない。そのままでいい、と杏子は思った。
「うん……」
ハルのいうことは最もだと思う。
でも、杏子は空を飛ぶということを、いまいち肯定的うけとることができなかった。彼は自転車のようなものだと言うけれど。
杏子は空を飛ぶのが怖かった。
その間、杏子は空を見ていたらしい。
「杏子……?」と、ハルが不安げな声で聞いた。
慌てて、視線を正す杏子。前を見ると、青年は申し訳なさそうな眼をしていた。
「今日はこれから少し出るけど、午後帰ってくるから、そしたら、少し飛ぶ練習、してみようか」
「うん…」杏子は食べながら流しかけてから、耳を疑った。
「え、飛ぶ練習…」
怖いのだ、とは言えなかった。
「羽根を動かすとか、感覚を掴むとか」
それなら…大丈夫かも、と杏子はほっと胸をなでおろした。
「怖がらなくてもいいよ」
青年が言った。察しがいいのか、定型文なのか、よくわからなかった。少し軽率そうな服飾(ファッション)とあいまって、彼の真意は肝心なところでわかりにくい。
杏子は飛ぶことに関する恐れを顔に出したつもりはなかったけど、バレてしまったのかもしれない。そうでもないかもしれない。自分では、顔には出さず、微笑んでいると思っていた、けれど。
この世界に杏子が来て、はや三日が経っていた。
―4―(3)
ハルと別れた後、杏子は、居住棟の外に出た。
杏子は、昨日行たどり着くことができなかった「お椀の縁」の高台に行ってみようと思った。造形されたお椀の中とは違う、外の、別の世界を、この目で見てみようと思った。
昨日の感じでは、機能と同じ方向に上がっていくよりも、逆方向に見えた黒い構造物がある方が心なしか近そうに見えたので、今日はそちらに向かってみようと思った。
杏子は一足、踏み出す。案外、平気そうだ。
慣れとは不思議なもので、昨日はあんなに怖くて寂しかったのに、今日は全然平気だ。前に進めそうな気がする。だいぶ孤独には慣れてきたんだろう。
空が紅くなってきた。
相変わらず無音の中、杏子の足元だけがさくりさくりとフレークのような音を上げる。
杏子は気付いた。昨日よりも進めていないようだ、ということに。
近そうに見えた頂上は案外遠かった。
――それに。
杏子は妙な気配を感じた。なぜか、どこかから寂しい音がするような気がする。それも、妙に|近|し《・》|い《・》|と《・》|こ《・》|ろ《・》|で《・》。
それでも杏子は足を止めなかった。
それから、半刻ほど進んだ頃だろうか。
ザァザアという風のような音と、コポオ、コポォ、と不思議な音。
そして、息の音。有機的な息の音。
――そんな、かすかで小さな、しかし、いく種類物音の渦が。
はっきりと聞こえてくるような気がした。
気のせいなのだろうか。
不思議と恐怖心は感じられなかった。というより、心が、恐怖心が、無になっていた心地がした。
けれども、不思議と杏子の胸のうちに張り詰めた糸のような緊張感が感じられた。
そう、「怖く」はない。
――けれど。
もうすぐ頂上が近くなってきた、というその頃、「そっちは駄目だよ」と、杏子の斜め後ろから若い男の声がした。
振り向くと、見覚えのある青年が、ハルくんが、険しい顔をして立っていた。
「杏子。そっちは駄目だ」
「ハルくん……」
青年は、駄目だといったら駄目だよ、とでも念を押すかのように、首を重たく横に振った。
杏子は空を見上げた。紅い。そういう時間なのだと思った。
ハルは杏子の腕を軽く引いた。帰ろうと促す。
腕に触れられて、杏子は急に身体に意識を取り戻したような気がした。はっとしたようにあたりを見回した。今までまったく意識の外だったのだけれど、急にあたりの景色がとても「怖いもののように」感じた。
杏子はおとなしくハルに従う。
――先ほどの虚ろに感じたような風の音が、はるか後ろに、聞こえた気がした。
―4―(4)
「ハルくん、あの先には何があるの」
広大な草原の中、緩やかに盛り上がった丘のような地形を背に、杏子はそう青年に問いかけた。
「そのうち、わかることだから」
青年は首を横に振った。
そして、「帰ろう」と言って、青年は杏子の袖を引いた。何気ない仕草だった。
その少し強引な、しかし、相手を慮った感触に、杏子は、子供の頃の、ある少年とのやり取りを思い出した。
彼の名は――
――マシュ。
二人は、無言で紅い草原を、下っていく。
―4―(5)
マシュ。
本名は「入江マシュ浩人」。
日本人離れした薄い瞳の色をしたその男の子は、杏子が小学校3年生だった年の10月のある日、杏子の家の近所に引っ越してきた。学年は同級で、転入した先のクラスも一緒だった。
多分、クラスに彼が転入する前の週に杏子とは個別に挨拶を
すませていたとか、だから転入してすぐは杏子が学校の案内役をしていた、とか、そんな些細なきっかけと理由なのだろうけれども、ほんの少しだけ、杏子と彼の間の距離感は、他の女子の級友よりも近かった。
もたろん、彼は普段は男子グループに混じっていたけれど、彼は、身体を動かすのが好きです元気で闊達な側面を見せてはいないものの、時には好んで一人でいるのも好きなようだった。
決して休み時間の外遊びの誘いを断ったりはしない、けれども、どこか隙間時間を見つけては、半ば少し意図的に、図書室に行っているようなふしもあった。
杏子は、そんな彼の切り替えの隙間に入り込んだ。意図的なわけではないけれど、一人きりでも、ワイワイやっているわけでもない、そのしばしの切り替えの合間の彼は、どちらとも違う感じで、杏子はその側面の彼を一番、心地よく感じた。
二人きりの、その時の彼は、ちょっと違った。みんなに見せないその一面を知っていることに、杏子は鉾らしさすら、感じていたのかもしれないと白状しなきゃいけないのかもしれない。
そのうち、行き帰りの挨拶から始まって、学校内でも学校外でも、顔を合わせるたび徐々にお互いが慣れていき、二人で出歩くようにもなった。半年ぐらい経ったあとぐらいのことだと思う。
春休みのある日、お小遣いが溜まったから、少し遠くの 映画館に行ってみたいねという話になった。
少し距離があるから、帰るのが遅くならないように自転車で行こうと少年は提案した。
小学3年生の杏子は、自転車に乗れなかった。
そのことを、杏子は彼に伝えた。少し苦い顔をしていたと思う。
「お父さんお母さんがね、駄目だって言うから」
「そんなの関係ないよ」
少年は杏子の目を見て、そう言った。
実は、杏子には、少し特殊な事情があって、彼にはそのことは言っていなかった。彼は何も知らないから、そう言えるのだと。
「ご両親のいう禁止なんてさ、振り払ってしまえばいいよ」
と、彼はそう言った。
違うの、私は自転車が「怖い」の。
杏子はそう思ったれども、彼は知らないからこそ対等で居てくれている訳だし、そんな訳だから彼には事情を話したくはなかった。
自転車は楽しいから、一緒に練習しよう、と彼は言った。
「ちょうど兄ちゃんが使っていた自転車が余ってるからさ。貸せるし。な?」
また、彼は杏子の目を見て言った。何一つ疑いのない、綺麗な瞳だった。
「うん……」
杏子は頷いた。
そして、翌日以降、杏子は自転車の練習を始めるのだ。
――彼と一緒に。彼から自転車を借りて。親に黙って。
最初は補助輪を付けていてもふらつく杏子だったが、歳相応とはとても言えない杏子のそんな姿をみても、彼は決して笑わなかった。ナメたりもしなかった。彼はその時の等身大の杏子の姿を、そのままのものとして、受け入れた。こういうところが、他の男子生徒と違って少し独特に感じた。
結論から言うと、その一ヶ月後、杏子は人並みに自転車に乗れるようになった。
春休みは終わり、新学級には上がっていたが、映画の上映期間には間に合った。
雨上がりの虹 2章