短編小説『隙間人情シリーズ』これからの浮気

寝る前に、たった5分のちょっとした小話

彼女が私の親友と浮気をした。

そう聞くと大抵の男は動揺と怒りが同時におとずれ、冷静な感情を保つことなどできないだろう。あるいは、これまでの情熱が液体窒素をかけたかのように凍りつき、簡単にバラバラと崩れていく男もいるのかもしれない。しかし今まさにその立場に立たされている私はというと、そのどちらでもなかった。無と表すには頭が騒がしく、怒りというほど沸き立っていない、なんとも言えない感情が私の頭と心を往復していた。

目の前には下を向いた彼女の茜がいて、その隣には親友がいる。私からすれば、今まさに容疑者A、容疑者Bと対面しているのだから、運ばれてきた水でもぶちまけて、怒りをあらわにできればむしろスッキリするのだろうが、やはりそれができるほど私の感情が噴火しない。というか浮気をしたという茜と親友の暴露自体が、そもそもしっくりきていない。いったい私はどう思えば正解なのだろう。茜と、親友の女友達の由奈が犯したこの過ちに対して。

「翔太、おこってるよね、、。」

恐る恐るかける由奈の問いが、今の私にはとても難しく聞こえた。

「いや、えっと、なんて言えばいいのか、思えばいいのか分からない。」

私は素直に今の気持ちを述べたが、由奈はさらに下を向きながら続けた。

「ずっと気になっていて、茜のことを考えるとたまに眠れないというか、熱くなることもあった。でも、翔太の彼女だからって気持ちを抑え続けてたんだけど、一昨日茜が泊まりにきて、お酒を飲んで、じっと顔見てたら、抑えられなくなって、、」

由奈が言葉に詰まると、今度は茜が口を開いた。

「私が悪いの。いけないことだとは分かっていたし、でも由奈の思いを聞くとなんだか嬉しくて、ほら、最近翔太働き始めてから忙しくて、このまま置いていかれているような気がしていて。ずっと不安だったから、そのままが好きだって言ってくれた由奈が嬉しくて、、でもそれで翔太を傷つけるなんて、絶対にいけないことだった。本当に、ごめんなさい」

私は、ますます自分がどういう感情を持てばいいのか分からなくなった。昔友人と、どこまでが浮気かという話で盛り上がったことはあったし、その際私はそもそも彼女が二人で遊びにいくことも浮気だと断言し、周囲から引かれたこともあるほど心の狭い人間であることも分かっていた。だから今回は、私のルールで言えば、他人の家に泊まりにいった時点で完全にアウトなのだろう。アウトなのだが、問題は浮気に関して、常に自分の彼女が他の男と何をしたら、という前提で考えていたことであり、対女性で考えたことなどこれまで一度もない。つまり私にとって、今回の話は私にとって浮気がどうかの判断すらまともにできない。それなのに今、目の前の二人は私が思う浮気のルールを犯した謝り方と言い訳をしているから、余計に分からなくなる。

「えーと、泊まりにいって酒を飲んで抑えられなくなって、何をしたの?」

私は、率直な疑問を茜に投げかけた。

「何って、その、そーいうこと、、」

「そういうことって?キスってこと?身体触ったりってこと?上だけ?下も?でも女同士で最後までするって、もしかしてそういうパンツとかつけるってこと?それってどっちが、、」

私としては率直な疑問だったのだが、由奈は茜への質問が終わる前に投げつけるように言葉を返してきた。その表情は既に、申し訳なさではなく怒りになっていた。

「その質問ってさ、私が男でもしてる?浮気した彼女に、相手とどんなプレイをしたのか聞くことが、翔太にとって重要なの?」

私は、言葉に詰まってしまった。もちろん男にこんな質問するわけがない。同性愛に関して未知故の偏見で形作られている私の思考は、気がつけば浮気した彼女への質問ではなく同性愛という行為の尋問に変わっていた。とはいえ私は別に嫌がらせがしたいわけではない。男性にされたという意識に近づけなければ浮気だと思えない、という気持ちがあったのだ。

「私は同性愛者じゃないよ。前付き合ってた人、男だし。茜が好きなの。それだけなの。」

さっきよりは落ち着いた表情で呟く由奈の言葉に、心なしか茜は嬉しそうな表情をしていた。そしてその表情を見て私は初めて怒りが湧き、目の前にあった水を茜にではなくまともじゃなかった自分に、思いっきりかけた。

「茜は、どうしたいの?」

びしょびしょの状態をあえて拭うことなく、私は茜に問いかけた。

「私は、翔太と一緒にいたいよ。こんなことして、信じてもらえないかもしれないけど、翔太とずっと一緒にいたいよ。」

その言葉を聞いた由奈は、大きな目から涙を流していた。もしもこの場で茜が由奈を選んでいたとしたら、私は同じように泣いただろうか。あるいはもしここにいるのが、由奈ではなく別の男だったとしたら、どうだろうか。きっとセオリーのように男を殴りつけるところまでは想像できるが、その後茜と付き合い続けていたかどうかは分からない。茜という人間に浮気した女、私という人間に浮気された情けない男、浮気した女と付き合い続けることしかできない情けない男というレッテルを貼り、世間体や余計なことを気にして心から茜との恋愛を楽しめなかったかもしれない。そう思うと、由奈の素直な感情が、茜に響いたことも納得できてしまった。

結局由奈とは、今後一切会わないという約束をした。提案してきたのは由奈のほうである。私からは今後はこういうことが無いように気をつけ、これからも3人の関係を続けるということを提案したのだが、由奈は頑として二人を傷つける可能性を消したいと断り、こういう約束になった。私は最後まで、何もわかっていなかったようだ。

ことは落ち着き、私は茜とこれまで通り付き合いを続けている。以前より茜という人間にちゃんと向き合えるようになった気もする。ただ、茜から女友達と遊ぶという連絡が来ると、少し不安になる。

短編小説『隙間人情シリーズ』これからの浮気

短編小説『隙間人情シリーズ』これからの浮気

誰とまでが、浮気ですか? (否定も肯定もない、ちょっとした小話)

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-08

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted