ニンゲン不信
しかめっ面をしながら彼女は帰ってきた。昨日よりさらに眉間の皺が深くなっている。
「お帰り」
「もう聞いてよ!ヤナギ」
そう言うやバックを投げ出し、彼女はしゃがみこんだ。両手で抱えた膝にあごをちょこんと乗せたまま視線は床を見ていた。
ちなみにヤナギとは彼女が名付けてくれた私の呼び名なの。なんでも、いかにも柳の木の下にいそうな乱れた髪と白い服装から思いついたそう。
しかし、失礼ね。乱れたようにみえる髪は天然パーマだったし、白いといって着物じゃなくワンピースなのよ。
でも、私が幽霊であることに呼び名の発想は間違っていない。
「今度はね・・・同期の多佳子にまで裏切られて・・・」
消えそうな声で呟いてきた彼女。先日の後輩のひどい仕打ちに続く行為にすっかり参った様子だ。
彼女の愚痴に・・・向き合うようになったのいつ頃だったかしら。
そう、あれは私の人生輝いていた若かった頃の思い出を浮かべたときだった。気付けば当時住んでいたこのマンションのこの部屋の風景が見えたわ。
「だ、誰かいるの!」
ちょうど帰宅した彼女が私の気配を敏感に察知して、私の姿が浮き出た様子だった。最初は驚いた顔を見せた彼女だけどすぐに文句を言ってきたのよね。帰宅してまで、どうして一人になれないのよ、って。
そういえばこの頃も職場の人間関係に悩んでいたのよね。結局、転職して今の仕事に就いたのだけど・・・。
「ねえ、聞いているの?」
あい変わらず彼女は視線を伏せたままでいた。この様子だと延々と文句を垂れていたようだわ。実際、聞いてはいなかった。さすがに飽きてきたのよ、私。
「もう沢山!誰もいない場所に行きたいわ!」
やけになったように叫んだ彼女が、やがて静かに私を見上げた。その目は最後に頼れる人間は私だけ、と訴えている。しかし、私は幽霊だけれども。
「ヤナギってこの部屋に住んでいたとき、南極に行って来たのよね」
確かに私は仕事で南極に行って来た。あのハツラツとした暮らしが懐かしい。
「私も南極行きたいな・・・」
「でも南極だって無人じゃないのよ。私のように仕事で訪れる人たちがいるのよ」
「都会のように人間で溢れていないでしょ。嫌なのよ、ただ人間が多くいるだけで他人を非難しあう暮らしがっ」
切実に思いを吐き出す彼女に、南極の厳しさを説いても伝わらないとあきらめた。しばらく沈黙が続いて、
「ヤナギ、私に南極の話教えて」
やっと笑顔で言う彼女にホッと安心したの。何か、教えてあげたいわ。
「・・・・・・そうね、南極は人間は少ないけど、南極にはニンゲンがいるのよ」
ポカンと口を開け私を見ている彼女が、やがて言った。
「ヤナギ、言っている意味が解らないわ」
ニンゲン不信