棘
序章 まんまるの種を植えましょう
ああ、なんでこういつも暑いんだろう。
こんな服なんか脱いじゃいたい。
まっしろな日ざしを浴びて、蘭はふと思った。しかし…まともにハンドボールの授業を受けるのは何年ぶりだろう。少し前に体調を崩して休学状態だったということもあるが、蘭にとって体育は世界で、いや宇宙で一番嫌いな科目。サボる以外の選択をは思いつかないのである。しかしこの真夏日の今日、蘭がこんなにまじめに授業を受けるのには理由がある。
今日こそは絶対…あの子の名前を聞き出すんだ。
あまり人と話す機会がない、というか自分から話しかけようとしないタイプの蘭にはとてもありがたい、「自分から話しかけてくれる人」に、たまたま、出会ったのだ。とても明るくて、クラスの人気者。ついでにルックスもかわいいし、彼氏もいる。勉強は得意なほうでは無いが、大学受験に向けて高校2年生の今から勉強をはじめてる超努力家。蘭とは正反対の子だ。なぜ蘭がこの子に惹かれたのかは分からない。そう、話しかけてくれる子ならたくさんいるのだ。しかし、蘭は「友達」には絶対なろうとしない。蘭自身も友達を作るのは嫌なのもあり、そのような子たちはすぐに蘭の前からは消えていった。でも今回は違う。たまたま体育のグループが一緒だっただけだが、蘭の心を刺激する何かが、あの子にはあった。他のクラスの終わりに話しかけられれば、と蘭なりの精いっぱいの努力はしたが、やはり体育以外見かける機会もない。そこで蘭は一大決心をした。ハンドボールの授業を受けよう、と。
どうしたら振り向いてくれるかな。
私なんかを相手にしてくれる?
そんなことを、絶え間なく当たる日差しの中で、熟考していた。
「背番号8番さん!君!君だよ!」
誰なんだよ、と思いながら太陽の方角に体を向けると、頭に強烈なボールが当たる。
視界がぐらつく。
あれ、私、背番号8番だっけ?あれ、なんか力が入らない…ぼやぼやする…
蘭はその場に倒れ、意識を失った。皮肉にも、蘭が意識を失った時に、「あの子」が一番早く駆けつけてきてくれた。
また、話しかけられなかった。
棘