時の足跡 ~second story~34章~36章

Ⅱ 三十四章~時が残した記憶~

時の流れはすっかり春の陽気に包まれて開けたままの窓から緑の香りを漂わせて優しい風が吹き抜けた・・。
昼下り、うちは窓枠に頬杖ついて吹き抜けてく風に、ついうとうと居眠りをはじめて、うつろに眺めてた
街の木々に故郷に立つ大木を思い浮かべて懐かしさに笑みが零れたらうちは眠りへと落ちた・・。

そんな時、部屋にアンちゃんが顔を見せて、
「あ、亜紀ちゃん?・・あれ、なに寝てた?」って不意に声かけられて、慌てて眼をこすってたら、

アンちゃんはくすっと笑って
「ああ、ごめんね起こしちゃった?あっ今さ~、下に・・・」って言い終わらない間に

ヒデさんが顔を見せて
「ああ亜紀?今さ、幸恵さんが来てるんだよ」って言ったら、ヒデさんの背中越しから、唐突に

幸恵さんが顔を覗かせて
「あらカナちゃん、お久しぶりね?」って声をかけてきて、

その声にヒデさんが「わあ~!何・・!」って飛び上がって尻もちをついた・・、

すると幸恵さんが
「あら?ヒデさん、どうなさったの?大丈夫ですか?」って、何処か戸惑ってた、

そんな幸恵さんにヒデさんは、ちょっと拍子抜けした顔で、
「ああ、いや、はははは、ちょっと驚いただけですよ、はあぁビックリした~!」そう言って苦笑いしてた、

そんなヒデさんに、アンちゃんはクスクス笑いだして、「大丈夫、ヒデさん?」って言うとまた笑ってた・・。

そんな二人に、ちょっと呆気にとられたけど、でも久しい幸恵さんの笑顔に、
「ああ、幸恵姉さんいらっしゃい・・」って声をかけら、

幸恵さんは、
「あらカナちゃん、大丈夫なの?眼が赤いわ、まだ具合良くないのじゃなくて?」ってうちの顔を覗き込んだ、
(うわ~すごい勘違い・・・)

「ああ、あの、お姉さん?あたしは大丈夫よ?あの、それより今日は?・・」

って言うと、幸恵さんは・・、
「あらそうですでしたわ、私やっと引っ越してきましたのよ?今日はそのご報告に寄らせて貰いましたの、是非
遊びにいらしてくださいね?場所は此処から凄く近いんですのよ?そんな広くはありませんけど、でも私一人
ですものね、カナちゃんには早くにでも知らせたくて飛んできましたの・・」
そう言って満面の笑みを浮かべてた・・、

「あ、ほんとですか?それじゃ喜んでお邪魔させて貰いますね、でも、お一人で不安じゃありませんか?」

って聞いたら、幸恵さん、
「まあ、それは多少の不安はありますけど、でも皆さんの近くですもの、不安なんてどうってことありませんわ」
そう言って満足げに笑ってた、

するとヒデさんが、
「それじゃ~今日は引っ越し祝いといきますか?なあ亜紀?」そう言ってうちの顔を覗き込んで笑って見せた、

「そうね、それもいいかも?あっでもお姉さん今日はゆっくりできるの?」

って聞いたら、幸恵さん、
「ええ、それが・・、ごめんなさい?今日はゆっくり出来ませんの、でも凄く残念ですわねえ、ねえ日を延ばしては
貰えないかしら、ねえヒデさん?」って幸恵さんは手を合わせた、

そんな幸恵さんにヒデさんは苦笑いしながら、
「それは大丈夫ですよ?幸恵さんの都合のいい日に、いつでも歓迎ですから気にしないでくださいよ・・」

って言うと、幸恵さんはニコニコしながら、
「そう?好かったわ、ありがとうヒデさん?ほんとごめんなさいね?でも、またの日を楽しみにしてますわね?
カナちゃん、今度ゆっくりお話ししましょ?それじゃ私はこれで・・」
って言うと帰ってしまった・・。

ってそんな時ふいに思い出した・・、「あっそう言えば、店は・・」

って言いかけたら、アンちゃんが、
「ああ、幸恵さんが来たからって、臨時のお休みになったんだ、けど幸恵さん帰っちゃったからな・・」って笑った、

するとヒデさんは、
「まあいいさ、こんな時ぐらいゆっくりするのも悪くないだろ、今までが慌ただしかったんだからさ、ああそういや
もうひと月になるか、お父さんが顔を見せ無くなって、亜紀、気になるだろう?今度顔を見にでも行って見るか?」
って笑って見せた、


そんな時店の戸を叩く音が聞こえてきてアンちゃんが「ああ、俺でるよ・・」そう言って店の方へかけて行った・・
それから戻って来た時、アンちゃんが、「ヒデさん?幸平君が来てるんだけど?」

って言うと、ヒデさんは、「ああ、そういや彼も久しぶりか?ああ、上がってもらいなよ・・」って言ったら、


彼が部屋に顔を見せた・・、
「どうも、久しぶりです、カナさん?調子はどうですか?ヒデさん?ご無沙汰してました、あっそう言えば今日は店、
お休みなんですか?せっかくだから食べさせて貰おうと思ってたんですけど、まあお休みなら仕方ないですよね・・」
って苦笑いしてた、

するとヒデさんが、
「ああいや~来客があって休業にしたんだけどさ、、どうも予定が狂っちゃってね、好かったらどう?一緒に食べて
かないか?こっちもこれからなんだ」

って言うと彼は、
「ああ、嬉しいけど・・なんだか来る度には、ちょっと気が引けるかな~それにそれ目当てみたいじゃないですか~」
って頭をかいてた、

そんな彼にヒデさんは、
「そう遠慮すること無いさ、俺は大歓迎だよ?なあ~靖、亜紀もそうだろ?」

っていきなり聞かれて、
「あ、もちろんよ、是非そうして?此処はね?大勢で食べるのが好きなの、だから遠慮しちゃ駄目なんですよ?」

って言うと、彼、「ああそれじゃ?遠慮なくごちそうになります・・」
って言ったらその言葉に、ヒデさんもアンちゃんも食事の準備に店へと降りって行った・・、

その後、
「あの・・、カナさん?あれからお父さん、顔を見せました?俺、二三日前に母さんに会いに行ったんですけど、その時
お父さんに会って、それでちょっとお父さんと二人だけで話して来たんです、
その時に父さんから母さんが、がんだって聞かされました・・、それで手術したいからって言われたんです、でも
それには俺の同意が必要なんだそうです、カナさん、どう思いますか?あっすみません、こんな事聞くのは筋違い
だとは思うんですけど、俺、話せる相手がカナさんしか思いつかなくて、すみません勝手な事言ってますよね俺・・」
って言うと、うつむいてた、

「そんな・・、あたしなんかにそんな、でもこんなあたしでも相談相手に選んでくれたのは嬉しいです、
でもあたしは受けた方だから応えに結び付くか分からないけど・・、ただ、このままいるよりは受けた方がいいかなって
思います、あたしもね?ずっと苦しめられてたんです、分かんない病気に、その時はただ早く解放されてくて、
長引くだけ辛くて、正直諦めもしてたんです、でもね?周りのみんなが気づかせてくれたの、諦めたらそこで全部失う
ってこと、だから・・、あたし思うんですけど、幸平さんが本当に、お母さんに生きててほしいって思う気持ちじゃない
かなって・・、その人の事本当に愛せたら、やっぱり生きててほしいよね?失いたくないもんね?だから・・、
その思いが、生きていたいって思いに繋がるんじゃないのかな・・・、あたしはお父さんなら救ってくれるって思う・・、
だからお母さんだって、お父さんならきっとってそう思える、だってあたし助かる確率なんて10%しかなくても、
それでもお父さんは、あたしを救ってくれたのよ・・・・あ、あれ?ごめんなさい、あのあたしなんか暴走してた
、よね、こんなあたしの話し、ごめんなさい・・」

って言ってしまったら、自分でも顔が熱くなるのが気になって、思わず窓に視線を変えた・・、

でも不意に気になって彼を見たら、彼が涙零してた、(えっどうして・・)そう思ったら、
「ああ、あの、ほんとにごめんなさい、あたし、勝手なこと言って、ほんとすみません・・」って頭を下げた、

すると彼が、
「ああ、いや、そんなんじゃ・・、ほんとこんな事人に求めるような応えじゃないですよね?でもやっぱりカナさんに
話して良かった、ありがと?俺もお父さん信じますよ、カナさん救った名医ですから、ね?それにカナさんの話し聞い
たら俺も、信じられる気になって来ましたしね・・」って、急に笑いだした、

なんだかよく分かんないけど、彼の笑いに吊られて一緒になって笑ってた・・。

その後、みんな揃って食事をすませたら、ほんの数時間の間を会話で楽しんでた、そんな時、急に彼が、
「どうも御ちそうさまでした、ほんと此処は楽しいですね?カナさん?お陰ですっきりしましたよどうもありがと・・」
って頭を下げた、

「ええ?なんか勝手な事言ってすみません、でもそう言って貰えるとちょっと嬉しいかな、お母さんお大事に・・」

って言うと彼は笑顔を見せて、
「ほんと楽しかったですよ、長いしちゃってすみません?そろそろ俺帰ります、どいうもごちそうさまでした、それじゃ」
そう言って会釈をすると手を振りながら帰って行った・・。


それから一周間が過ぎた頃に、林さんが顔を見せた・・、
「こんにちわ~どうも?旦那さんちょっと寄らせて貰ったんだが、ああ、奥さん、あれからどうかな?」
って聞いた・・、

唐突に聞かれたヒデさんは、
「あっどうも、その節はありがとうございました、ああ、お陰さんで大分調子はいいようですよ、ああどうぞ?」

って言うと、ヒデさんは居間へと顔を出して、
「亜紀?林先生がみえられたよ?ああ、どうぞ?」そう言って迎え入れた、

林さんは、
「ああどうも?こんにちはカナさん?ああ、ほんと顔色好さそうだがどうかな、調子は?ああ、君のお父さん
あっいや、もう聞いてるかな?彼とは同期で・・、あっまあそれはいいか、いや~それにしても君があの静さんの娘さん
だったのは正直驚きだったが、ほんとよく似てるねえ静さんに・・、ああすまんね、実はねえ?今日はほかでもない、
あいつ、あっいや、君のお父さんに呼ばれてね?私もお父さんの病院に職を置く事になったんだ、それで早速なんだが、
君の主治医として私が受け持つ事になったんだよ、まっそう言う事だから、よろしく頼むよ、まあ仲良くやろう、
ねえカナさん・・」

そう言いながらにこやかに話す林さんは、最初の印象よりも穏やかな雰囲気に見えた・・、ただ・・
「あの、それってお父さんがそう決められたんですか?」って聞いて見た、

すると林さんは、
「ああ、そうだが、なに私じゃ、不服だったかな?まあそうだね、そりゃお父さんの方がいいだろうが・・、カナさん?
こんな事言うのは余計なお節介なんだが、今お父さんはねえ?奥さんに付きっきりで、とても今君の事、診るゆとり
がもてないんだよ、とは言っても、君の事は凄く気にしてたんだよ?だが今の奴に両方は荷が重すぎるんだ、だから
許してやってくれくれないかな?」って言った・・、

「あ、いえ、あの?すみません、あたし失礼な事を聞きました、お父さんが今辛いのは分かっているつもりです、ただ
気になっただけなんです、すみませんでした、それにお父さんの事、気を使っていただいてありがとうございます、
お世話をかけますけど、宜しくお願いします・・」ってうちは頭をさげた、

すると林さんが急に笑いだして、
「ああ、すまない、ほんと君を見てると静さん思い出すな~彼女も今の君と一緒でねえ?奴の事で私にそうやって
謝ってたよ、身寄りのなかった彼女には大島の奴は最愛だったんだろうねえ?あいつの事になると何時だって必死で、
ああ、余計なおしゃべりだったかな?大丈夫だよ、お父さんは君の事忘れたわけでも見離した訳でもないから心配は
いらないよ・・」

そう言ってまた笑ってた、ちょっと笑いすぎって思ったりもしたけど、でもうちにはお母さんの話しが気になって、
「あ、あの、お母さんの事よくご存じなんですか?あの差支えなかったらお母さんの事もう少し聞かせて貰えない
ですか?あたし何も知らなくて、駄目、ですか?・・」って聞いてみた、

すると林さんは、
「ああ、そうか、カナさんは・・、あ、そうだねえ、私が知る静さんはおとなしくて、そうだ君と同じだよ、今だから話すが、
でも奴には内緒だよ?私も実は静さんに惚れてたひとりなんだ?もうあんな女性は現れんだろうねえ?・・・、
あっいや君がいたな~」

そう言って笑う林さんに、うちは何処かからかわれてるような気分にさせられて、ため息が漏れそうになった・・、
すると林さん、
「ああすまない、んんそうだねえ、何処から話せばいいかな?そうだねえ、彼女との出会いからかな、あっいや静さんが
話してくれた事でも話そうかな、そうだな~そう彼女が、奴の処で看護婦をして居た頃だ、ああ、まだその頃は結婚も
してなかったんだがねえ?私はその頃から彼女に夢中だったんだよ?でもそんなこと彼女が知らない頃だな?
静さんはよく奴の事を私に話しに来たよ、それに乗じて私は、静さんの事色々聞いてたんだが・・・、
静さんはねえ、捨て子だったそうだ、孤児院で育ってきたと言ってたな~、そこで仲良しになった友達と一緒に孤児院を
出て働きだしたそうだよ、だがその友達が彼氏を見つけてねえ?彼女一人になってしまった時に奴の処で働きだした
とか言ってたかな?まあそれが静さんには好かった事なのか今となっては分からないがねえ?
不思議にお思うだろう?私がここまでどうして彼女の事知っているのか、奴、あっいや、大島も知らない事だからね~?
実はね?静さんも君と同じように病を患ってたんだよ、だから奴が結婚の話しを彼女に持ちかけた時、
静さんは私に相談に来たんだ、その病が奴の申し入れに踏み切れない原因だと言って、どうしたらいいかとねえ?
それ程奴が好かったんだろうな~、私としては正直苦しんだよ、奴には言えないからねえ・・・、
それでまあ私が彼女の治療をしてやることになったんだが、まあそのお陰で彼女は自分の事、色々話してくれるように
なったと言う訳だ、ほんと言えば私の方が、あっいや、実は私はそんな彼女に一度だけ想いをまあ柄にもなく伝えた事が
あったんだがね?私はこんな性格だから冗談にもとれたんだろうねえ・・・、それでも彼女は真面目な顔で言ったよ、
彼以外はってね?それで私はあっさり振られてしまったと言う訳だ、なんとも滑稽な話しだよ、ははは~」

ってまた笑いだして・・、
「でももう、その静さんはいないんだね~寂しいというか、まだ信じられない気もするんだがね・・、なあカナさん?
静さんの病は持ち直してたんだよ?私は彼女を救ってやりたくて必死に取り組んだ、だから奴との結婚にも彼女は
踏み切る事が出来たんだ、だがそれは一時的なものだったんだ・・・、ああ、まあいいさ、今となっては・・・、
彼女があんたを産んでからまだ日も浅い頃に、彼女が私を訪ねて来てねえ、その時彼女が話した事なんだが・・、ああ、
奴は聞いてるかな?君の・・・、あっまあ、私が出しゃばる事でもあるまいな?もう過ぎた話しだ・・・、
ああ、すまない、こんなもんで勘弁してもらえるかな?私も少しおしゃべりが過ぎたようだ・・、まっとりあえず
これからは私が君の担当医だ、宜しく頼むよ?すまないが、私もこれで退散するよ、じゃましたね?まあ、なんか
あった時はいつでも来なさいよ、ねえカナさん?私もたまに寄らせて貰うよ、それじゃ失礼するよ?それじゃ・・」
そう言うと、片手を振って帰ってしまった・・。

うちに返す言葉も与えてくれずにさっさと帰ってしまった・・、もう少し聞きたい事も有ったのに・・、
でもお母さんは何を話したの、林さんは大した話しじゃないって言ってたけどそれなら話してほしかった、でもうちは
聞けなかった・・。

そんな時アンちゃんが、顔を見せて、
「亜紀ちゃん?幸平君が来たよ?あれ、どうした?なんか言われたの?顔色冴えないようだけど大丈夫?」

って言われて、
「ああ、何でもないよ?ありがと、あたしは平気だから、入れてあげて、ね?」って言うとアンちゃんは頷いて見せた、

その後彼が顔を見せて、
「こんにちわ?あっカナさん?あ、今帰って行った人って確かお父さんの友達じゃなかったですか?俺も一度顔を
合わせた事あったから今そこで会ったんでちょっと驚きましたよ、あのカナさん?」

って言われて少し考え込んでしまった自分に驚いて、
「あっえっあ、いらっしゃい、ごめんなさいちょっと考え事しちゃってたみたい、すみません、どうぞ?」

って言ったら、彼は
「ああ、どうも、でもらしくないですよ、どうしたんですか?ああ、今日はこの間話した母さんの手術の事で・・、
あの、あれからカナさんが言ってくれた事、俺なりに考えてお父さんに会って話してきましたよ、それで母さん、
手術受けるって言ってくれたようです、それで三日後に決りました、けどそれとは別に今日は、カナさん?貴方の
事でちょっと話しがしたいなって思って、今日はそれも兼ねて来たんです・・」
そう言って彼は少し険しい顔をしてうつむいた、

そんな時ヒデさんが、顔を出して、
「やあ、悪い俺も聞かせて貰ってもいいかな?邪魔はしないよ、悪いな続けてくれ・・」

そう言ってうちの隣に腰をおろしたら、彼は
「あ、はい、別に聞かれて困る事は何も無いですから、あの、カナさん?病院移るんですか?母さんもお父さんも
貴方が病院を移るって言ってました、どうしてですか?母さんが言うには母さんを気にしてくれて移るんだって
言ってましたよ、その事、お父さんに聞いてもそうだと頷くだけで・・、別に構わないですけど、でもそんな事ひと言も
言ってなかったじゃないですか?俺はカナさんが母さんの事は理解してくれているとばかり思ってましたから少し
がっかりです、カナさんから逃げ出すなんてそんなこと思ってもみませんでしたからね・・」
そう言ってうつむいてしまった・・、

「えっそんな、そんな事あたしは知らないわよ?あの幸平さん?それってほんとにお父さん・・、ええっうそ?
だって、林先生からお父さんは今早苗さんの事で手が廻らないから担当医が自分に変わったって聞いたばっかり
なのよ?なのに、そんなこと、ねえそれいつの話しなの?」

って聞いたら彼は少し驚いた顔して、
「えっあ、俺が話しに行った日だから確か四五日前です、でもカナさん知らないってほんとなの?嘘、ああ、なんか俺、
頭が混乱してきたな、訳わかんない、それじゃお父さん、まだ此処に顔を見せてないの?」
そう言ったきり彼は黙り込んでしまった・・、

するとヒデさんが、
「亜紀?やっぱりお父さんに会いに行った方がいいだろ、なんか俺たちの知らないとこで勝手に話しが先、行っちゃ
ってる気がして嫌な感じがするんだよな、なあ亜紀、行ってみよう、な?」

って言うと彼が、
「そうですね?それがいい、俺も知りたいし、ねえカナさん、そうしませんか?」ってうちの顔を覗き込んでた・・、

するとアンちゃんが
「行くなら俺も行くよ?置いてけぼりはごめんだからね、いいよね?ヒデさん!」
って言うと、ヒデさんは苦笑いしながら頷いてた
アンちゃん、何処か嬉しそうに頷き返して、そんなふたりのやり取りを見てると此処で留まってることが
無意味に思えた、

「そうね?分からない事を此処で考えてても何も見えて来ないものね、うん行こう?確かめに、ね?」って言うと、
いつの間にか示し合わせたように三人が「ようし行こう~!」だって・・、

いつそんなに仲良くなったのって思いながら、頷いて見せた、
するとその場でヒデさんは店の前に臨時の札をかけて、お父さんの病院へと店を出た・・・。


病院へ辿りついた時、彼が、
「さて行きましょうか?」そう言って先頭切って病院の中へと歩き出して、お父さんの部屋の前まで来た時は、
ヒデさんが扉をノックして中へと入った・・。

お父さんは驚いたようで、
「ああ、なにどうしたんだい、みんなお揃いで、何か有ったのか?カナどうして此処に・・」
そう言って言葉を詰まらせてた・・、

「あ、あの、どうしてもお父さんに聞きたい事があって、迷惑を承知で来ました、すみません・・」

って言うと、お父さんは、
「あっまあそこではなんだ、坐りなさい?さっ君たちも・・」そう言って椅子へと手招いた・・、

うちはみんなが腰を下ろしてから・・、
「お父さん?今日林先生があたしの処へ来てあたしの主治医になったって伝えに来てくれました、でも幸平さん
からあたしは病院を移されるって聞かされたんです、あのそれって、どう言う事なのか教えて貰えないですか?その
事はお父さんも納得の事だって、お父さんそれって、あたしは・・」

って言いかけたら、お父さんは
「すまない、あれから早苗に色々話しを聞いてね、お前を移す事にしたんだよ、林にはその前にお前の事は頼んでいた
事なんだが、移す事はまだ、話してないんだ、すまないがそう言う事だよカナ、許してくれ・・」
そう言って頭を下げた・・、

その言葉に真っ先にヒデさんが顔色を変えて、
「それってどういう事ですか?そんなんで許してくれって、誰が納得できるって言うんですか?その前まで早苗さんが
なんて言っても手放さないって言ってくれたのは他でもないお父さんなんですよ?別にお父さんに無理をしてまでとは
言いません、けど、こんなやり方、俺は納得できません、その理由、教えて貰えませんか・・」
そう言ってヒデさんは手の平に拳を作った、

すると彼が、
「お父さん?母さんとどんな話ししたんです?お母さん、静さんの事で何か言ってたんですか?カナさんの事も・・・、
なんて言ったんです・・」

お父さんは涙を見せた、その涙の意味はなに、うちの心の中で渦を巻いて想いが絡み合ってた、その時ふいに思いだした
林さんが言ってた言葉に・・、
「お父さん?お母さんがあたしを産んで間もない頃に林さんの処へ尋ねて行った事お父さん知ってますか?お母さんは
その時林さんにあたしの事で話したそうです、でもその話しの内容は話して貰えなかった、でもお父さんは、その話しの
内容、知ってるんですか?もし知っているなら教えてください・・」

って言うとお父さん、驚いた顔を見せて、
「それは、林がそう言ったのか?静があいつに・・、私は聞いてないよそんな話しは、カナ?お前は、私の娘じゃないと
早苗は言った、私はその話しを聞き流して来たんだが、そうなのかもしれないと気持ちが傾いてしまったんだ、もうお前を
診て遣る事が今の私にはどうしても出来なくなってしまたんだよ、疑いのままでお前を傍におく事は・・、許してくれカナ・・」

そう言って涙ぐんでた、すると彼が、
「母さんがそう言ったんですか?でもどうしてそれが本当の事だと、そう思うんですか?それに娘であろうとなかろうと
患者なら診てやるのが医者である貴方の務めじゃないんですか?医者ならもっと責任てもん持ったらどうなんですかー!」
そう言った彼は頭に血を登らせたのか、立ち上がりざまに、「まったく!」って言うなり机をけり飛ばした、

そんな彼をヒデさんは、
「幸平君?いいから坐れよ、な?さあ?」そう言ってなだめて彼を椅子に坐らせてた、

そんな時扉を叩く音が響いて一斉にみんなが扉に目を向けた、すると林さんが顔を覗かせて、
「大島?まだおるか~?私だ林だ、入るぞ~?・・あ、あれ?どうしたんだい、みんなお揃いで、何かもようしでもあるのか?
ああカナさんさっきは長いしたね?処でどうしたんだ?おい大島?」ってお父さんの顔を見て困惑しながらも椅子に腰を降ろした、

するとお父さんは林さんの顔を見ると急に
「なあ林・・?静はお前の処に何しに行ったんだ?静は出て行く前、お前に何を言ってたのか教えてくれ、どうしてだ?
なあ教えてくれよ・・」
そう言うとお父さん、頭を抱え込むように両ひざに肘をついた、

その問いに林さんはうちの顔を見ながら、
「ああ、それか?まあ別に隠す事でもないから話すが、私は、てっきりお前が静さんから聞いていると思っていたんだがね・・、
もう少し静さん信じられたらお前も一人にはならなかったろうよ、
ああ、あの時静さん、お前とは居られないと泣きじゃくって私の処へ尋ねてきたんだよ、あれはさすがの私も驚いたよ、
あまりの興奮のしようだったから、なだめて事情を聞いたんだ・・、
確か、誰からとは言わなかったが患者の一人が静に行為を寄せているからその人にどうしても会ってほしいとせがまれた
とかで、仕方なく言われるまま会ったそうだ、そしたら、何だ、その患者さんに無理やり乱暴されそうになって、それで・・・、
そのまま逃げ出したらしいんだが、その時に服が乱れてた事にも気づかづに、必死に逃げる事だけで帰ってしまったらしい
んだ、でもそれが災いになってねえ?たちまち病院の噂になったと言ってたよ・・、誰かに見られてたんだろう?
静さんが言ってたのは何も疾しい事してないからカナちゃん産んだんだと・・、だがもう駄目だって言って此処には居られ
ないと私に泣いてすがって来たんだよ、私は、お前が知っているのかって聞いてみたんだ、そしたら静さんなんて言ったか、
あの頃のお前には理解出来んかったろうね~、静さん「こんな私では病院の信用にもかかわるから・・」ってさ・・、
これも誰がとは言わなかったが、言われたそうだ、誰の子か分からない子を旦那は許さないとね?それを聞いた時、私は
お前の顔が浮かんだよ・・、あの後、私はなだめるしか思いつかなくて、そのまま帰してしまったんだ、
だが私は後悔してるよ・・、まあそう言う事だ、でも今さらそんな事聞いてなんだよ、私を責めるのか?まあいいがな・・・」
そう言ってそっぽ向いてしまった・・、

そんな林さんの話しに、今になって気づいた、何故あの時林さんが、うちに聞いてたのかって、でもそれは林さんはずっと
お母さんの事、気にしてたんだ・・、そう気づいたら想いの先がお母さんにあった事、ずっと気に病んできたんだってことに、
今やっと気づいたように思う、そんな林さんの想いに何処か遣り切れなくてうちは胸が詰まった、

その時、ヒデさんが、
「お父さん?早苗さんはなんて言ってたんですか?教えて貰えませんか?カナは貴方にとって何なんです、親なんて言う
のは血の繋がりなんて関係ないと、俺はカナに教えてもらいましたよ、だからお兄さんだって、あのお母さんだって・・・、
それにカナは貴方が本当のお父さんだってこと、気にしてたんですよ、住む世界が違いすぎるからって、だから、お父さんに
娘だと言わずに、ただ静さんの事知らせてやりたいって、だから随分迷ってたんです、それは貴方が静さんを待ち続けている
と知ったからです、そんなカナが、どうしてお父さんの傍に居る事が苦痛になるんです、少なくともカナはお父さんの思いを
大事にしてると俺は思ってます・・・そんなに血の繋がりって大事なものなんですか・・」
そう言ったヒデさんは、お父さんにすがるように見てた、

するとお父さんは、
「早苗は静が患者さんの部屋へ入る処を見たと言っていた、そして出て行く処も・・・、それを聞いた時、看護婦の話しにも
聞いた話しが合ってしまった、それで私は確信めいたものが押さえきれなくなってしまったんだ・・・、
静が早苗に言ってたそうだ、私には黙っててくれと・・・、私は何を信じたら・・、なあ林、教えてくれ、私は、なにを信じていれば
よかったのかね?何を間違えてしまったのかね・・」

そう言ってお父さんは両手で顔を覆った、そんなお父さんは泣いているようにも見えて、うちには耐えられそうになかった
こんなにも苦しむお父さん、見たくない、そう思ったら、もう帰ろうって思った、

これ以上此処に居る事は耐えられそうにない、だったら・・、うちは帰る前に、お父さんの背中越しから抱きしめた・・、
「お父さん?もういいのあたしの事でお父さんが苦しむなら、もう苦しまないでいい、だから気にしないで?苦しめて
ごめんなさい、でもね・・?お母さんの事はお願い信じてあげてほしい、あたしはお母さん知らないけどでもあたしは
お父さんもお母さんも信じられるよ、だからせめてお父さんは信じてあげてほしいって思ってる、
早苗さんのこと助けてあげてください、あたしの事はもう気にしないでも大丈夫だから、ね?ヒデさんありがと?
もう辞めよ~ね?ごめんね?
お父さん、林先生・・、ありがとうございました、お話し聞けて良かったです、幸平さん?ありがと、それからごめんなさい、でも
お父さんの事、責めないで?お願いしますね・・」

って頭を下げたら涙が止まらなくなって、これ以上お父さんが苦しむ姿を見たくなかったから涙も拭えないまま戸口へと
向かった・・、ずっとお父さんは独り苦しんできたんだってうちにはそう思えたから、そんなうちに、ヒデさんもアンちゃんも
何も言わずに一緒について来てくれて、一緒に扉へと歩き出した、

その時彼が、
「カナさん?あんた、ほんとにこれでいいって思ってるの?俺には分かんない、どうしてそんな、簡単に済ませられるんです?
カナさんが謝る事じゃないでしょ、これってもう納得したって事なのか?」

ってその先を聞いてるのが、うちには耐えられそうになくて
「あたしが、あたしが此処へ来たのは、お父さんを責める為でも苦しめる為でもないの、お父さんはずっと一人苦しんできたの、
早苗さんの事も、そしてあたしの事まで、そんなお父さんこれ以上に苦しめて、何を望むの?
あたしはお父さんを苦しめたかった訳じゃないのよ、幸平さんは、何を望んで此処へ来たの?あたしは真実が知りたかった、
ただそれだけよ、貴方がそれ以上の応えを望めば早苗さんだって苦しむ事になるの、それで・・そんなのあたしは望んでない、
血が繋がっていないなら、それでもいい、でもあたしには一人しかいないの、もうお父さんをこれ以上苦しめたくないの・・、
ごめんなさい・・」って頭を下げた、

その時ヒデさんが、そんなうちの手を握り閉めて、「もういいよ亜紀、帰ろう、な?さあ行こう?・・」って肩を抱いた、

その時林さんが・・、
「なあ、もう一度此処へ来て坐ってはくれないかな?カナちゃん?なあ頼むよ?あっ旦那さん、君も坐ってくれよ、私の頼み
聞いて貰えないかな?」

って手招いてた、すると彼が、「すみません、俺からも頼みます・・」そう言って頭を下げた、

彼までが頼んでる姿に気持ちが動いたのか、ヒデさんが、
「亜紀?ちょっと坐ろうか?な、そうしよう・・」そう言って椅子へと背中を押された、

それぞれがまた椅子に腰を下ろすと、林さんが、
「ありがと?すまないね?私は事の流れがよく分からなくてね、なにも話せないでいたんだがやっと読めたよ、どうも
この混乱は君、幸平君?失礼だが君のお母さんに有ると私は思うんだがね、どうかな?
まあ、あの当時、私は早苗さんにはあまり気に入られてなかったようでね?話しかけてもいい顔はしてくれなかった
んだ、だから彼女の事はよくは知らないんだが、
ただいつも一人でいるのをよく見かけてたかな、私の印象では凄く寂しい人だってのが強いかもしれんね、
ああ、すまんね、横道にそれてしまったようだ、カナちゃん?ほんと君は静さんそっくりだ・・、顔だけじゃ無かった
ようだ、まあそれは何度も言ったかもしれないが、君はほんと真っ直ぐな子だ、静さんが生きてたら、きっと喜んで
くれただろうね、なあ大島?これでお前がカナちゃんをないがしろにしたら、きっと静は悲しむだろうよ・・・、
そうは思わんか?お前にはもったいないくらいだよ、私にもこんな娘がいたらよかったんだがな~?まっとは
言っても、未だかみさんも見つからんでは話しにもならんがな?ははは~、あ、まあそんな事はどうでもいいんだが・・、
なあ幸平君?君は、カナちゃんの言いたい事受け入れられたのかな?私は君の言ってる事はもっともだと思う、
だが突き詰めたら、誰を責めるとかという以前の事だと私は思うんだがね?どうかな」

って彼を見た、すると彼は、
「そうですね・・、カナさん?俺思い出しましたよ、この間カナさんが言ってくれてた事、貴方がお父さんを信じてる
って言った事、俺、カナさんに言われた本当に大切な人の事忘れるとこでしたよ、カナさんが大切な人だって言ってた
のは俺が大切な人だって思うのも同じことなんだってね・・、カナさんが信じるってつまりそう言う事ですよね?
俺はカナさんのようにそこまで考えられなかった、だからほんと、貴方見てると俺は自分が情けなくなりますよ、
だからって言うのもなんですけど、母さんの事は俺がちゃんと話して見ようと思います、
ただ母さんの手術が終わってからですけど・・、お父さん?勝手な事言ってほんとすみませんでした、それで改めて
母さんのこと宜しくお願いします・・」そう言ってお父さんに頭を下げた・・、

するとずっとうつむいたままだったお父さんが、
「私の方こそすまない、お母さんは大丈夫だ、私が責任を持って診させてもらうよ、すまなかったね・・」

そう言って頭をさげると、うちに向き直って「すまないカナ・・」ってまた謝ってた・・、

「あ、あの?あたし、まだお父さんって呼んでもいいの、かな?ごめんなさい、ただ・・」

ってその先がどうしても言えなくて言葉に詰まってしまったら、お父さんが、
「それは私が聞きたかった事だよカナ、こんな私でも呼んではくれないかってね、ありがとう・・」
そう言って眼がしらを押さえた、

何度も見たように思うお父さんの涙、その涙にうちは同じくらい泣いてた、こんなふうに気持ちを確かめ合う事となんて、
無かったように思えたら、お父さんの想いが言葉にしなくても伝わって来るような気がして「ありがとうお父さん・・」
って言ったらうちはまた泣いた、

そんなうちの背中を撫でてくれたヒデさんが「未だに泣き虫は変わらないよなカナは?」って言った、

するとアンちゃんが、
「それがカナのトレンドマークなんだから仕方ないさ?なあカナちゃん?」って言い出した、

うちは泣き顔も忘れて、
「アンちゃん、それどういう意味なの?そんなマークなんてあたしもってません!」って言ったらみんなが笑いだした、

その時、彼が、
「カナさん大丈夫だよ、泣いた顔も素敵だから自信持っていいですよ・・」って訳の分からない事言い出した・・、

どう考えても泣き顔に自信なんて可笑しな事言う彼の言葉に、
「どうしたら自信が持てるんですか?幸平さんも意地悪いですよ、もう嫌いになりました!」って言ったら、

彼は余計に笑い出して、
「あれ?俺、褒めたつもりなんだけどな・・」そう言いながらも笑ってた・・、

そんな会話を何も言わずに聞いてた林さんは、お父さんの横顔を覗き見ながら、
「大島~?お前が羨ましいよ、こんないい子供たちをもったお前がな?私も早く探しておけば好かったのかもしれんな、
かみさんをさ・・、だがな大島?早苗さんの事はお前どうする気なんだ?彼、幸平君に任せてえおくのか?この場では
言えんが私は知ってるんだよ、誰が静さんにあんな事言ったのかも、ね?それに噂の事もだ、だてに看護婦と仲良くしてる
訳じゃないからな、でもまあ、お前はもう気づいているんだろ?それにもう聞かなくても応えは出ているのだろう?
まあいいさ、此処は聞かないでおくよ・・?
カナちゃんの事は私に任せておけ~?心配せずともお前の代わりくらいは、ちゃんと勤めてやるから、ただお前は会いに
行ってやるんだよな?ああ、それと早苗さんの手術、私も入れてもらえるのか?明後日だろう~大丈夫なら別に私の
でしゃばる事もないんだがね・・」そう言うと黙ってしまった、

するとお父さんは・・、
「お前は相変わらず頼もしいな・・、すまなかったな、見苦しい処を見せてしまったようだ・・、情けないな私は・・・、
ただ早苗の事は今の私にはまだ考えが及ばないんだよ、だから彼女の手術を終えてから、しっかり考えて見ようと思ってる・・、
それでお前さえよければまた一緒に、手術立ち合って貰えるか?頼むよ、まだまだ私は力不足のようだからな・・、
カナの事宜しく頼んだ、あの子を私は失いたくはない、私の宝なんだ、頼んだよ林・・」

「ああ、任せろ、なんなら私の娘にしても構わんよ?お前は持て余してるだろ?カナちゃんなら私は喜んで私の娘にするぞ?
な~どうだ大島~?」

って言い出して、お父さんは
「バカ野郎~誰がカナを手放すと言った?私はひと言もお前にカナを譲ってもいいなど言ってはおらんよ、誰がやるか・・・」
って珍しくお父さんがムキニなってた、

すると林さんは急に大笑いし出してお父さんの顔を覗き込むと、
「お~い大島~?そんな真面目に取るんじゃないよ、まったくお前って奴は・・はははははは~、いや~本気で取るとはな?
間違いないお前の娘だよカナちゃんは、お前のそういうとこ、そっくりじゃないか?何を疑う事があるんだ?カナちゃんは
そういうお前に似たのかも知らんな?真っ直ぐだよあの子は・・」
ってまた笑いだしてた、

そしたらお父さん、少し顔を赤らめて、
「今さらそれを言うのかお前は・・、相変わらず私をからかう処は変わってはおらんな、まったく、だがお前の言うと通りかも
しれん、私は何を疑ってしまったのかね・・、すまなかったな林・・」そう言ってお父さん少し笑みを浮かべてた・・。

そんな会話も言葉少なになった時、お父さんは、
「カナ?すまなかった、もうこんな事は繰り返さないと約束しよう、だから私を許してもらえるならまた此処へ来ては貰えない
か、また顔を見に行く事許して貰えるかな?ヒデさん?ほんと、すまなかった許してくれ、このとおりだ・・」
そう言うとお父さんは頭を下げた、

するとヒデさんは、
「いえ、俺も色々言いすぎたようですみませんでした、いつでも来てくださいよ、待ってますから・・」って笑顔を見せた・・、

「ありがとお父さん?でもあの、あたしが本当にお父さんの娘だって事、どうしたら・・、そんなこと知る事出来るのかなって
ちょっと思ったんだけど、もしできたらそしたら、早苗さんの誤解だって言えたらって・・、あ、ごめんなさい、余計な事でした
すみません・・」

血の繋がりを気にしてる訳じゃない、ただ早苗さんに真実を伝えたいって思った、ただあの人に認めて貰えたらって、そう思った・・、
すると林さんが、
「おい大島?それ、いいかもしれんぞ?それなら確実だろ、お前静さんの血液型分かるか?それが分かれば、後はカナちゃんだけ
じゃないのか?調べてあるんだろ?」

するとヒデさんが、
「是非、調べてみてくださいよ?お願いしますよお父さん・・」

って言うと、お父さんは、
「ああ、それがねえ・・、静のが分からんのだ、昔の記憶にも静の診察した記録はないんだよ、一度でも私が診ていたならもしか
したら可能性もあったのかもしれんのだがね・・」そう言ってうつむいてしまった、

すると林さんが、
「ああ、そうだ大島?静さんのカルテ、私持ってるぞ?」ってさらりと言って笑って見せた、

お父さんは驚いた顔で、
「お、おい林、どうしてお前が静の?おい、まさかお前・・」ってお父さんは顔色を変えて怒鳴りかけた、

すると林さんは、
「おい待て!早まるな!これは静さんとの約束で言えなかったんだよすまん、静さんお前に一緒になってくれと言われた事で
私は彼女に相談を受けたんだよ、自分には抱えてる病があるからと、それで静さんのたっての頼みで私が治療を続けてたんだ、
静さんはお前と一緒になりたくて私を頼ったんだ、それだからお前の申し入れ受けたのだろうが?私は疾しい事は何もしては
おらんぞ!それでも疑うなら私はもう何も言わんがな・・」そう言ってそっぽを向いてしまった、

そう言われてしばらく考え込んでたお父さんは、思い直したのか苦笑いしながら、
「林?分かった、お前を信じよう、で見せてもらえるのか、そのカルテは・・」

って聞くと、林さんは、
「ああ、もちろんだ、いずれ見せる時が来ると思っていたんだ?あ、それはホントだぞ?まあいいさ、お前に説明するのも私は
一苦労だからね・・」
そう言ってクスクス笑いだしてた・・、

傍で聞いてるだけで、うちは楽しくて林さんにつられてつい笑いだしてしまったら、驚いたのかお父さんがうちを見て、
「おい林よ~?お前のお陰でカナに嗤われてしまったでわないか?いい加減、私をからかうのは辞めにせんか?」
って小声で話しながら苦笑いして林さんを睨んでた・・、

そんなお父さんを見て林さんが今度は大笑いしだして、お腹を抱え出したら、お父さんもいつの間にか顔でほころんでた・・、

こんなにも笑ったお父さんの表情は、凄く穏やかでこんなにも優しい顔を見せるんだって気づいたら、はじめて見せてくれた
お父さんの笑顔、もう絶やしてほしくないってそう思えた・・。

そんな中で真っ先に笑いから真面目な顔になった林さんが、
「まあ、これくらいにして、静さんの方は調べておくよ?だからカナちゃんの方、お前にまかせたよ?」

って言うととお父さんは、
「ああ、分かった、それじゃ静の方、宜しく頼むよ・・」そう言って林さんと顔を見合せて笑顔を見せた・・、

うちには未だ所々理解が出来ないけど、でもお父さんと林さんの話しは、また明日にって話しが決ってた。
すると林さんは、
「カナちゃん?大丈夫だ、君の知りたい事、とは言ってもみんなが知りたい事だとは思うが、とりあえず血の繋がりが分かり
そうだ、まあ、どっちに転んでも、今の繋がりが失う事はないと私は信じてる、まっそう言う事だ、カナちゃんは大丈夫かな?
君は優しい子だ、大島の気持ちがよく分かるよ、どうだ?もし好かったら私の娘になってくれていいんだよ?
私は大歓迎なんだがね~」そう言いながら悪戯らな顔をしてお父さんを覗き見てた・・、

するとお父さんが、
「ばかな事を言うな!誰がお前に・・、カナは私の娘だ!絶対、な!カナは、ま、まったく私をからかって居るのかお前は~?」
そう言って何処か遠い目をして視線を逸らしてた、

すると林さんが、笑い出して、
「ああ、すまん、別にからかってるつもりはないさ、これは私の本音を聞いてみたまでだよ、まっ気にするな、でも今度何か
有った時は私がカナちゃん引き受けてやるから安心していいぞ?な~大島?ははは~」

ってまた笑いだして、そんな林さんにお父さんは、「もうないわ・・!二度とな・・」そう言いながらうつむいてた・・、


こんなふうに張合ってるお父さんもうちには、何だか子供っぽくて、それでいて二人の関係がとても暖かい感じがして、
うちにもこんな友達が居た事想い出させた、自分の気持ちを素直にさらけ出せる友がいる、どんな時でも支え合える、ずっと
手を繋いでいけるってそう思える友が・・、いつまでもその手、離さないでいてほしいってうちは、心の中に呟いた・・・。


その後はとりとめない話しで終わって、それぞれが帰える頃に、何か言いたげなお父さんは、言葉を探しているかのようにも
見えて、何処か落ち着かない様子でうちを見てた、それでも言葉には出して貰うこともないまま、うちはお父さんに、
頭を下げて病院を出た・・、


病院から出て彼を交えながらの帰り道、真暗になった夜の道を、空に輝いた星は夜道を照らして足元に影を作ってた・・、
何も交す言葉も見つからないまま帰り道を知らず知らず、みんなが肩を並べて歩いてたら、その時うちの隣を歩く彼が、

「カナさん?もしお父さんと血の繋がりが無かったらって考えた?もしそうなったらその時は、どうするの?」
って不意に聞かれて、正直返事に戸惑った、

気にしてなかった訳じゃないけど、あまり考えたくない事だから、でも、
「そうね、まだこうって考えてた訳じゃないけどでも、その時はきっと、お父さんを知らなかった頃に戻るだけかな、その時は
貴方のお母さんが望むように病院、変わってもいいかなって、そのほうがもう誰も苦しめなくてすむじゃない?それが一番よ、
お父さんも早苗さんも幸せになってくれたら・・それに幸平さんだってこんな事で辛い思いしなくても済むじゃない、
あたしは大丈夫みんながいてくれるから、あ、ごめんなさい勝手な事言って、でも気にして貰って嬉しいです、ありがと・・」

って言うと、彼は、
「まったく、どうしてカナさんてそうなのかな~俺、敵わないよな~、カナさんていつも人の事ばっかりなんだよね?
ねえカナさん?カナさんの本音、聞かせてくださいよ?俺はそっちが知りたいかな、駄目ですか?」
って真面目な顔して聞かれた・・、

「ええ?本音も何もあたし本音言ったつもりですけど・・」って言うと、彼が、

「それはカナさんの気持ちであって本音じゃないでしょ?たとえば嫌だ~とか寂しい~とか有るじゃないですか?本音って
それを言うんじゃないんですか?」
って言い出して、なんかその言葉があまりに本気っぽくてうちはつい笑い出してた、

すると彼が、
「何笑ってるんですか~?俺真面目に話してるんですよ?真面目に応えてくださいよ?・・」って拗ねてた・・、

「ああ、ごめんなさい、でも凄くハマってたからつい、すみません?でも本音って言われてもね~、あたしは本当にお父さんと
血が繋がって無くても、寂しくないって言ったら嘘になるけど、でもね?あたしを育ててくれたお兄ちゃんも血は繋がって
無くてももうこの世には居なくなっちゃったけどずっとあたしのお兄ちゃんでいてくれたのよ?だからお父さんと血が繋が
って無くてもあたしの中ではずっとあたしのお父さんだって思ってるの、それにもうあたしは一人じゃないから、だから
血の繋がりなんてあたしは関係ない、あたしが、知りたい理由はそんなんじゃ無くて、早苗さんと、貴方のお母さんとの繋がり
になれたらいいなってそう思っただけなの、それにね?
超えられる繋がりがある事も、あたしは見つけたの、だから血のつながりが無かったとしても、あたし信じてる、お父さんの事、
これがあたしのほんとの本音、寂しいって思うのはみんな一緒じゃないかなって、でもそれはあたしだけがそう思ってる
だけの事かもしれないけどね?ねえ、それってやっぱり本音にならないの?あたし、変なのかな?・・」って聞いたら、

今度は彼の方が笑い出して、するとヒデさんが、
「幸平君?カナは、こういう奴なんだよ・・」そう言ってヒデさんまでが笑ってた、

するとアンちゃんが、
「カナはいつもこんな感じだから気にすること無いよ、だから俺も、まあいっか、あっそうだ、ね?ヒデさん、山にさ・・」

って言いかけた時、ヒデさんは、
「ああ、そうだ、幸平君?山は登った事あるかな?今度行こうって話しなんだけど一緒にどうかなと思ってさ、どう?」

って聞くと、彼は、
「ああ、山ですか?まあ、登ったって言うか行っただけならありますけど、でも俺も一緒でいいんですか?
俺は嬉しいですけどね」

って遠慮がちな彼に、ヒデさんは、
「君さえよければ大歓迎なんだ、大丈夫かな?」って言うと彼は、「それはもう喜んで、嬉しいですよ、ありがと・・」
そう言って笑顔を見せた、

何時しか三人が山の話しに花を咲かせたら、うす暗い道に輝く空の星たちよりも皆の笑顔が輝いて見えた・・。


そして翌朝、薄っすらと明け出した朝の日ざしが窓越しから射しこんできた頃にうちは眼が覚めた、隣に眠る
ヒデさんを起さないようにそっと寝床を抜け出して、窓を開けて空を仰いだ・・、

昨日までの事が頭の中を駆け巡って未だ離れないお父さんの涙も笑ってた笑顔も、寂しげな顔も、そして
苦しんでた顔も、その全部をうちは記憶に残した・・。

大好きなお父さん、一夜明けた今朝はそんなお父さんとも終わってしまうのかもしれない、血の繋がりは
繋いでた人の心を引き離すってうちは知ってる、でもたとえお父さんと繋がって無くてもそれでも信じたい、
繋がって無くてもそれを乗り越えるものがある事もうちは知ってるから信じてる、だから終りにはしたくない・・。

青みを帯びて晴れ渡った遠くの空が赤く染まり始めた、そんな空に向かって大きく深呼吸して目を閉じたら、
心地いい風と、不意に頬に何かが触れた、

慌てて眼を開けて見ると、ヒデさんがうちの顔を覗き込んで、「おはよ?亜紀、眠れたのか?」

って聞かれて、
「あっおはよ、眠れたよ、でもヒデさん起きるにはまだ早いんじゃないの?」

って聞くとヒデさんに
「それを言うなら亜紀も一緒だろ?」って言われてしまった、

「あっそれもそうよね?嫌だあたし、ああ今日もいいお天気になりそうね?ねえヒデさんどっちだと思う?
あ、ごめんね」

って言ったらヒデさん、
「亜紀、心配か?俺はどっちでも、今はお父さん信じるよ、もう迷ったりしないだろうからさ、な亜紀?」

「そうね、あたしも信じる、お母さんが愛した人だもん、大丈夫ね・・」うちは空に向かってそう願いを込めた。



それから店を開けて間もない時間に、店にお父さんが顔を見せた、
「おはようヒデさん、早くからすまないね?あ、カナは起きているかな?すまない、カナと少し話しをさせてほしい
んだが、いいかな?」

って言われて、ヒデさんは、頷いて見せると居間に顔を見せて、「亜紀?お父さんがみえたよ?」って言ってたら、

お父さんは顔を見せて、
「すまないねカナ?こんな早くに、どうだ調子は?今日、私の処へ来てくれるのは分かってはいたが、どうしても
その前にお前と話しがしたくてね・・」
そう言って言葉を詰まらせて、うちの顔を覗き込むと・・、

「カナすまなかったね?私は後悔ばかりだ、つくづく情けないよ、だがねカナ?私はお前に出会えた事を後悔は
してない、お前には教えられてばかりで、こんな情けない私だがね?血の繋がりなど、もう私は気にはしない、お前が
まだ私を父さんと呼んでくれるなら、私はもうけしてお前を手放したりはしないよ・・、
早苗の事はあれからずっと考えたんだが、今の私にはまだ考えがまだ及ばないんだ、それでも、もう惑わんよ、
ほんとにすまなかった、こんな私だがカナ、信じてくれないか?血が繋がってなかろうと、もうそんな事はどうでも
いいんだ、だからカナ?もう一度私を・・」そう言いかけて言葉を詰まらせた、

でもその先を聞かなくても、それ以上言わなくても、うちにはその言葉だけで十分っだって思えたら、
「もういいのお父さん?ありがと、あたしお父さん大好きよ、だからあたしはお父さんの娘でよかったって思ってるの、
だから、ありがとうお父さん?」
ってお父さんに抱きついたら、もうこれ以上に想いをどう伝えていいのか分からなくて、言葉よりも涙が溢れてた、

そんなうちを抱きしめてくれたお父さんの眼から涙が零れ落ちるのを肌で感じたら、うちは涙を拭うのも忘れて泣いた。

その時お父さんがうちの顔を覗き込んで、
「カナ?私もカナが大好きだよ・・、お前に会えたのは静のお陰かも知れないねえ・・、お前の気持ちを聞けだけで私は
十分だ、ありがとうカナ?・・、来て好かった・・、それじゃそろそろ私は帰るとしよ、また後でねカナ?じゃあね・・」
そう言うとお父さんは、うちの手を軽く叩いて、帰って行った・・。

そんな後、アンちゃんが、顔を見せて
「亜紀ちゃん、好かったね?これでもう心配ないね?あ、今日行くんだろ?それでさ?俺もまた一緒に行っていいかな?」
って聞いた、

嬉しいけど、でも少しもったいつけて、「どうなのかな?分かんない・・」って言ってみた、

そしたらアンちゃん本気で不満そうな顔を見せて「ええ、そうなのか・・」って何だかしょげてた、

ほんとは無理言ってくれると期待してたのに、そんな顔されるなんて、期待外れにちょっと焦った・・
「ああ、あのアンちゃん、ごめん冗談よ、ほんとごめん、一緒に行ってほしいな?アンちゃん、行ってくれる?」

って聞いたら、急にアンちゃん、ニコニコ笑いだして、
「ああ、どうしようかな?俺は別にいいんだけどさ?亜紀ちゃんが~どうしてもって言うなら、行くよ・・」

とか言い出して逆に聞かれてた、(結局こうなっちゃうんだよね~ちょっと悔しいかも・・)そう思うと後悔が先になって・・、
「ごめんね?でもアンちゃんそれ分かってて言ってるの?あ~ぁ、少しは無理言ってくれるって期待してたんだけどな?
逆に言われちゃうなんてちょっとがっかり!でも一緒に行ってくれるのは嬉しいかな、ありがとアンちゃん・・」

って言ったら、ヒデさんがいきなり出てきて、
「靖?お前の負けだな?」って訳の分からない事言い出した、

するとアンちゃん、
「ああ、そうみたい、そんな事言われたら俺、言うこと無いもんな、やっぱり敵わないよな、でも亜紀ちゃんありがと?」
だって・・、

どうして礼を言われる事になったのかは分からないけど、そう言ってくれるアンちゃんの言葉はなにより嬉しくて、
うちも「ありがと・・」って返したら二人に笑われてしまった。


それから昼過ぎにヒデさんは店の表に休業の札をかけた、そんな時彼が顔を見せて、
「あ、こんにちわ、昨日はどうも?今日行くんですよね?俺もこれからなんで好かったら一緒にどうかと思ったんです
けどご一緒して構いませんか?あ、カナさんは?」って聞いた、

するとヒデさんは、
「もちろん構わないさ、ああ、カナなら奥に居るよ、少し入って待っててくれ、すぐ済むからさ、な?」

ってうちの処へ顔を覗かせるとヒデさんは、
「亜紀?幸平君だよ、どうぞ?少し休んでてくれ、それじゃ・・」そう言って店へと戻って行った、

「あ~いらっしゃい?」って言ったら、彼が、

「カナさん?身体の方はもう大丈夫なんですか?まだ店にも出てないみたいだけど普段と変わらないカナさんだから、
つい俺、忘れちゃうんですよね、でも無理だけはしないでくださいね?
ああ、そうだ今朝、母さんに会ってきましたよ、まだ昨日の事は何も言ってませんけど、でも母さんの方からは色々聞かれ
ちゃいましたよ、カナさんに会いに行ってるのかだとか勉強はしてるのかだとかね?嫌になるよな~まったく・・」
って言うと苦笑いしてた、

「あの幸平さん?あの勉強って何の?学校かなにか?」

って聞いたら、彼は
「ああ、それ、母さんが勝手に俺を医者の道に入れたいみたいでね?お父さんの後をって考えてるようです、けど別に
俺はそんな頭もないし、その気もそこそこで、やれと言われてもねえ?だいたい無茶苦茶なんですよ母さんはいつも・・、
何をそんなに焦ってるのか、俺にはさっぱりです、子供の頃からあんな調子で・・、一度だけ母さん、他所の旦那に、夢中に
なってた事あったんですけどね?その人がまたいいとこのお偉いさんで、その時だってその人の後をって俺に・・、まあ
あの時は相手の奥さんが・・、ああ、いや、俺、何こんな話し、すみません、参ったな、忘れてください、母さんが知ったら
大目玉だ、ああ、そろそろ行きませんか?あっでもカナさん?ほんとに大丈夫ですか?」って聞かれた、

そんな話しに何か心に違和感を残してうちは考え込んでた、そんな時彼が、
「カナさん?カナさんどうしたんですか?なんか気に障りました?今の話しは随分昔の事です、気にしないでください」

ってうちの顔を覗き込んできた、
「あ、ああ、ごめんなさい?それじゃそろそろ行きましょうか?もうヒデさんも支度終わった頃でしょうから、ね?」
って立ち上がったら、いきなり目の前が真っ白になってまた坐り込んでしまった、急に立ちあがった所為だって思ったら
なんだか自分が恥ずかしくなって、ちょっと苦笑いしてた、

それを彼は心配そうにうちの手を掴むと、
「カナさん!大丈夫ですか?やっぱりずっと無理してたんじゃないんですか?今ヒデさん呼んできますよ」
って店に行ってしまいそうになってうちは焦って彼の手を掴んだ・・、

「ごめん大丈夫よ、急に立っちゃったからちょっとふらついただけなの、だから騒ぐような事じゃないの、ほんともう
大丈夫だから、ありがと、それじゃ行きましょうか?」

って言ってたら、その時ヒデさんが、顔を見せて、
「ああ、悪いな?それじゃ行こうか?あ、亜紀?大丈夫か、顔色悪いぞ?」って言われてちょっと焦った、

すると彼が、
「カナさん、ちょっと立ちくらみをしちゃったようで、もう大丈夫とは言ってますけどね・・」って彼が何故か説明してた、

うちは事が大きくならないうちに、
「ごめんねもう大丈夫よ、そろそろ行きましょうか?お父さん待ってるし、ね?待たせちゃ悪いでしょ?もうあたしは
平気だから・・」

って言うと、しばらく身動きもせずにうちを見てたヒデさんは、
「ほんとに大丈夫ならいいんだ、それじゃ行こうか?」そう言ってやっと動きだしてくれて店を出た・・。



そしてお父さんの部屋の扉の前まで来た時、背中越しから看護婦さんに声を掛けられた、振り向くと、
「あの?失礼ですけど院長先生にご用ですか?今急患が入って来られてそちらに向かわれてるので、まだお部屋には
戻られていませんよ?あの、もしご用でいらしたのでしたら申し訳ありませんが待合い室の方でお待ちいただけますか?
もう戻られるとは思いますけど、すみません」
って言うと頭をさげて、足早に去って行ってしまった、

そう言われて立ち往生してしまってたら、その時、林さんが顔を見せた・・、
「お~みなさんお揃いで、早いな~?私の方は少してこずってしまってね、でもどうした?大島はおらんのか・・・、
ああ、そうか、仕方ない、それじゃ私の部屋へでも行くかね?好かったらどうかな?」って手招いた、

するとヒデさんは、
「ああ、それは助かります・・」って言うと、林さんは「そうか?それじゃ行こうか・・」そう言って歩き出した、

林さんの部屋は、それほど離れた場所でも無くて通された部屋は、お父さんの部屋より少しこじんまりとしてた、
揃い整った本棚が並んでその脇に積み上げた何冊かの本と机の上には事細かな書類のようなものが積み重なって山積みに
置かれてた・・、

林さんに手招きされて、椅子へと腰を下ろすと林さんは、
「さあ~どうしたものか、奴が来んと話しにならんのだが・・」そう言って腕組をするとうちの顔を見て、何か言いたげな
顔をしてた、

それでも何も言わない林さんに何処か気になりだして、
「あの、お母さんの方は、分かったんですか?もしよかったら話して貰えませんか・・、」

って言うと、少しの間を置いて林さんが、
「ああ、静さんの方は何とか探し出したよ、処でカナちゃんは自分の血液型は知っているのかな?大島の方は私も聞いて
は居るが、君のが分からないと、何ともね~」そう言ってまた黙ってしまった、

「えっ?あ、あたしは知らないんです、お役に立てなくてすみません・・」

って言うと林さんは、
「ああ、いや~君が謝る事じゃないんだよ、気にせんでいい、すまないね・・」そう言って苦笑いしてた、

その時、扉を叩く音が響いて振り向くと「林~おるか?入るぞ~」そう言ってお父さんが顔を見せて、
「おお、なんだ、みんな此処に集まってたか、すまないね?待たせてしまったようで、処で林よ?どうだ見つかったか?」

って言うと、林さんは立ち上がって机の引き出しから封筒を手にすると、その封筒をお父さんに手渡して、また椅子に
腰を降ろして、お父さんに向き直ると、
「お前の方は持ってきたのか?見せてくれよ・・」って言うとお父さんは抱えて持ってた封筒を林さんに手渡した、

その後二人はカルテに見入ったまま口を閉ざして、誰もが二人の応えるを待っているかのように口を閉ざして部屋の中は
静まりかえった・・、

そんな中、静まりかえった部屋に、唐突に林さんが笑い出して二人が向き合うと肩を叩き合って笑いあってた・・、
それでも何も言ってくれない二人に、真っ先にシビレを切らしたのは、彼の方で
「あの、どうなんですか?教えてくださいよ?突然笑い出して、こっちは待ってるんですから~?」
そう言って不満を連ねた・・。

すると林さんが、
「ああ、すまなかったね?喜べ、間違いなくカナちゃんは大島の娘だ、カナちゃん好かったねえ?もうこれで迷う事も
なかろう、なあ大島?話しておやんなさいよ早苗さんに、静さんはお前の子を産んでたんだってね?
カナちゃん?寂しかったろう?でももう心配ない、これからいっぱい甘えるといい、別に私に甘えても構わないがね?」
そう言いて笑顔を見せた。

その言葉にうちは、嬉しいはずなのに涙は止まってくれなくて拭いきれずに握り締めてた手に落ちる涙を必死に拭ってた、
そんなうちの手を握り締めてヒデさんが「よかったな・・」って言った、

するとその横からアンちゃんが、
「亜紀ちゃん、もう泣くなよ?また顔があげられなくなるよ?」って言われて、思わずうちは涙を拭いた、

するとヒデさんがクスクス笑いだして、それに輪をかけてアンちゃんが笑いだすと、その横で聞いてた彼までが笑い出した、

すると急に彼が、真面目な顔になって、
「あの?余計なことかもしれませんがカナさんの方はよくなっているんですか?まだ店にも出てないようだし、林先生が
見てくれる事は聞きましたけど、どうなんですかカナさんのその回復は・・・、俺にも一応責任あるんで聞いておきたいんです
けど、お父さん、教えて貰えませんんか?」っていきなり聞いた、

するとお父さんは、
「・・ああ、今の処、これと言って問題は無いよ、まだ無理は控えた方がいいだろうが、ヒデさんと彼が看護してくれてた
お陰だろ、打ち身の方は大分回復しておるようだ、ただ、気になっている処があると言うだけだね、本当なら、あの時、もう
少し診ておきたかったんだが、まあそれは、今どうと言う訳じゃないよ・・、カナ?いつでも来ておくれ、今は林にお前の事は
任せてはあるが、また来てくれるね?ああ、すまない、そう言う事だよ・・」

って言うと彼は、
「そうですか、ああよかった、ありがとうございます、あ、あの、明日は母さんの手術、どうかよろしくお願いします・・」
そう言って頭をさげた、

するとお父さんは、
「ああ大丈夫だ、必ず手術は必ず成功させるから、ただ早苗の場合少し時間はかかるかもしれんがね、でも心配はいらんよ、
それよいも幸平君も、仕事もあるんだ、お母さんの事も心配だろうが君も自分の身体は大事にしてくれよ?あまり無理は
せんようにな・・」

って言うと彼は、少し笑みを浮かべて、
「ああ、はい!ありがとうございます、俺の方はまったく問題ないですよ、これでも丈夫な方なんで、全然心配無いです・・」
って笑ってた、

するとお父さんは、
「そうか、それは頼もしいな・・、あ、さて、それじゃこの辺で私は仕事に戻るとしようかな?林?色々世話をかけたな、
すまなかった、明日はまた、宜しく頼むよ?それじゃ申し訳ないが、お先に失礼させて貰うよ?ヒデさんすまなかったね?
カナの事宜しく頼みます、カナ、またね?それじゃ・・」そう言って出て行ってしまった、

するとヒデさんが、
「それじゃ俺たちもそろそろ、な?林先生?色々ありがとうございました、それとカナの事、どうかよろしくお願いします」
そう言って頭をさげた、

林さんは、
「ああ、いや、こうしてみんなと過ごせたのは、私には貴重な時間を過ごさせて貰ったと感謝しているよ、ありがと?
カナちゃん?もう我慢すること無いんだよ、お母さんの分もいっぱい甘えなさい、ね?その方が静さんもきっと喜ぶよ、あ、
これから私もちょくちょく寄らせて貰うよ、ねえヒデさん?その時は宜しくね?それじゃ?引き留めて悪かったね・・」

そんな林さんに、返す言葉が見つからなくて、うちは会釈をして部屋を出た、
その後をヒデさんは何か話をしてから出てきて「・・悪い待たせたな?さて帰ろうか!」そう言って声をかけて歩き出した

するとヒデさんが、
「亜紀?林先生にさ?自分も病院でちゃんとした診察をさせてほしいそうだ、だから一度連れて来て貰えないかって言われ
たんだけど、今度行ってみるか?なあ亜紀?」
って聞かれて、「うん、そうね、そうする・・」って言ったら、ヒデさん笑顔を見せた・・。

そして帰り道、晴れ渡ってた青空は、いつの間にか雨雲に覆われて、次第に雨がぽつぽつと降りだすと、店に着く頃には
雨足が強くなって、どしゃ降りになってた。

そんな中、店まで一緒にきた彼は、
「うわ~降り出して来ちゃったな~?」そう言って空見上げて溜め息ついてた、

するとヒデさんが、
「ああ、こりゃ本降りになりそうだな~?な~幸平君?もしよかったら今日、家に泊まって行きなよ、それともなんか帰る
ようでもあるのか?もしないならそうしなよ?空いた部屋、あるからさ?」

って言うと彼は、
「ええ?ほんとですか~?うわ、助かります、けどカナさん?いいんですか?」って聞いた、

(えっなんでうちに聞いてるの?)「ええ、構わないですよ?遠慮なくどうぞ?」

って言うと彼は、ニコッと笑って
「ありがとうございます、あ、いや~仮にも女性の居るお宅なので此処は聞いた方がいいかと、変ですか?」
って妙に恐縮してる彼を見たら、今までと違って見えてつい可笑しくなって笑ってしまった、

すると彼が少しむくれた顔をして、
「変なら変て言ってくださいよ~なにも笑う事は無いでしょう?俺だってそれなりに傷つくんですからね?いいけどさ」
ってなんだか拗ねてた、

「ああ、ごめんなさい、変ではないけど、ただそんな事聞くなんて、なんだからしくないって言うか、あ、ごめんね」
って言ったら、さらにむくれてしまったようで・・、そっぽ向いてた、

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?それは彼に失礼だろう?俺でもそんな事言われたら傷つくよ?ねえヒデさん?」

って言うとヒデさん、「まあ、亜紀だからな・・」だって・・、

「ヒデさん?それどういう意味なの?あの、幸平さん?変な意味じゃないのよ?ほんとすみません・・」

って言ったら彼は、
「あ、もういいですよ、ほんとカナさん律儀だな?それじゃ改めてお世話になります、宜しく?」そう言って会釈してた、

するとヒデさんは、
「そっか、好かった、もうそんな型っ苦しいのは無しにしよう、な?」って笑顔を見せた・・、


その後、賑やかな食卓にまた何処か違った雰囲気を楽しんで、食事が終わると故郷の山の話しに盛り上がりを見せてた、
そんな時不意に彼が、
「カナさん、あの町に住んでたんですか?驚きだな?実は俺も一時居たんですよ?あ、とは言ってもあまりいい思い出は
無いけど、そっか~あそこか?まだ行った事はないけど知ってますよ、あの町じゃあの山は一番目立つから・・そっか~」
そう言って独り言のように呟いて苦笑いしてた・・、

「幸平さん、あの町にはどれくらい居たの?」って聞いたら彼は「ああ、一年くらいかな、カナさんはどれくらい居たの?」

って聞かれて、
「ええ、あたしはどれくらいかな?よく覚えてないけど物心ついた時にはもうあの町に住んでたの、学校卒業してしばらく
はいたかな?あたしもあまりいい思い出は無かったけど、でもアンちゃんもサチもいたからそんなに悪くなかったって
今は思えるかな・・」

って言ったら、彼が、
「えっ靖さんもあの町に住んでたの?って言うとカナさんと・・」

って言いかけてたのをアンちゃんが、
「ああ、俺とカナちゃんは幼馴染なんだ?まあ偶然というか此処の店で会ってさ?俺は成り行きでこの店で働いてるんだ
けどね」

って言うと彼、少し驚いた顔をして、
「あっそう?そうなんだ?俺はてっきり、ヒデさんと兄弟かと・・、ああ納得ですよ、二人仲良かったりしてたし、あっでも、
ああっまあいっか、そうか、そうですか・・」ってまた独り言のようにうに頷いてた、

「そう言えば幸平さん、友達、居るんでしょう?」

って聞いたら、彼は、
「ああ、俺にはそう言うのは居ませんよ、常に住む場所変わってましたからね?母さんは一っ処に落ち着く事しません
でしたから、そのお陰で俺も友達作る気にはとてもなれなくてね?学校で作った友だちなんて結局強いものに逆らえ
ずに俺から離れちゃうし、だから友達は作らないって決めてるんです、あっでも、此処はヒデさんも靖さんもいい人達で、
俺はこういうのもいいかなって思いましたよ、初めてですよこんなふうに過ごせるの、ああ、すみません、なんか俺、
余計な事喋っちゃって・・」
そう言って苦笑いしてた、

するとアンちゃんが、
「ねえ?好かったら今からでも改めて友達、なろうよ?もうこの街からは離れる事はないだろ?それならいいかなって
思うんだけど、どうかな?もうお母さんだって他所へ行ったりはしないと思うんだ?君さえよければだけどね?
此処はさ~?みんなが家族になるんだ?どうかな?ねえヒデさん?」

って言うとヒデさんは、
「そうだな、けどそれは亜紀が此処に来てくれたお陰だよ、俺が一人の時はこんなに人が集まる事もなかったからな?
でもほんとどう?靖の言うように、これから仲良くやろうよ、君さえよければさ?」

って言ったら彼は、
「そうなんですか、やっぱりカナさんですか?俺は嬉しいですよ、ありがと靖さんヒデさん?これからも宜しくお願い
します!あのカナさん?宜しく?」って言って笑った・・、

「ああ、いえ、こちらこそ、でも幸平さん?やっぱりってどういう意味ですか?ヒデさんがそう思ってるだけで変な納得
しないでくださいね?」
って言ったら、彼は「はいはい?分かりましたよ・・」って言って、うちの言葉はあっさり受け流されてしまった・・。

そんな彼が、急に真面目な顔になって、
「カナさん?母さんの事、許して貰えますか?前に幸恵さんって言いましたっけあの人に言われた事俺なりに考えました、
だから自分の考えで、自分の思いで言わせてほしいんですけど、母さんは、カナさんの事、嫌ってるって言うより怖がって
るって俺はそう取れました、俺、カナさんに最初に会った時言いましたよね?貴方には調子が狂わされるって、多分・・・、
母さんも同じじゃないかな、だから自分のペース乱されるの嫌なんじゃないかなって、そう思えたんです、
今まで母さんずっと一人で生きてきたような人だから、だから受け入れられないだけだって思うんです、でもカナさんの
事母さんきっと分かってくれると思います、いや俺が説得してみせますよ、だから今までの母さんのしたこと許して貰え
ますか?すみませんでした・・」ってそう言って頭をさげた・・、

彼はずっと気にしてくれてた、母一人子一人で、生きてどれだけ辛い想いしてきたかわからない、でもそれでもこうして
気に病んでくれてた・・、

「幸平さん?あたし許すも何もお母さんの事嫌っても怒ってもいないんです、だからそんな謝らないでください・・、
でも嫌われてた訳じゃないって分かっただけでも嬉しいです、ありがとう、
でも幸平さん?あまり無理はしないでくださいね?それに幸平さんにはそんなに気に病んで欲しくないんです、
お母さんとは、あたしも少しずつですけど分かり合いたいって思ってますから、それにいつかそんな時が来るってあたしは
信じてます、幸平さんのお話聞かせて貰って余計そう思えました・・・、明日、お母さんの手術、無事に終わってくれるといい
ですよね?でもお父さんならきっと大丈夫って信じてますけどね?」

すると彼が、
「カナさんは優しいですね、ありがと、俺もいつか分かり合えると信じますよ、でもカナさんならだからですけどね、ほんと
ありがとう・・」
って言って苦笑いしてうつむいてしまった・・。

そんな彼にうちは何も応える事できなくてうつむいてしまってたらいつの間にか静まりかえってた、

そんな時ヒデさんが、
「さあ~て、そろそろ休むとしようか?靖?幸平君を部屋に連れてってやってくれるかな?幸平君?部屋は好きに使って
くれて構わないからさ、ゆっくり休んでよ、ね?」って言うと彼は「あ、はいありがとうございます・・」
って笑顔を返して、それぞれが部屋へと戻った・・。

そして翌朝彼は言葉も少なに会釈をすると、又来ますとだけ言って、帰って行った・・。

Ⅱ 三十五章~終焉を告げる時の音~

それから一周間・・、暮れてく街が夕日で赤く染まりだした頃に、店に林さんが顔を覗かせて、その後を幸恵さんが顔を出した、
「こんばんわ、ヒデさん?この間はどうも?カナちゃん、元気してたかな?そうそう偶然、そこで幸恵ちゃんとばったり
会ってね、一緒に来たんだが、なあ幸恵ちゃん?」
そう言って幸恵さんに振りかえった、

すると幸恵さんが、顔を見せて、
「ええ、驚きましたわ、先生がカナちゃんの主治医になってらっしゃるなんて・・、ああ、カナちゃんお久しぶりですわね?
ヒデさん、靖さん?お久しぶりです、ご無沙汰してしまいました、お変わりありませんか?」って笑顔を見せた、

ヒデさんは、
「ああ、どうも?まあこんなとこじゃ何です、どうぞ?」そう言って居間へと迎え入れた、

それから居間へとみんなが腰を下ろすと林さんは、
「ああそうだ、早苗さんの手術ねえ?無事に終えたよ、手術は上手く行ったんだがね?中々後の事でなにかと手間取った
もんで、なかなかこれなくて、すまなかたね?でも経過は順調だからもう安心していいよ?処でどうかなカナちゃん、
調子の方は?あ、ヒデさんには伝えたんだが、どう?一度私の処へ診察受けに来て貰えないかな?少なくとも病院の方が
医療も揃ってる、いつでもいいんだよ?待ってるから、そうしてくれると私も助かるんだが・・・、カナちゃんどうかな?」
って聞いた・・

「あ、はい、近い内に寄らせてもらいます・・」って言うと、林さんは「お~そうか、そうしてくれるか、それは好かった・・」
そう言って笑顔を見せた。

そんな時、幸恵さんが
「あ、そうですわ先生?最近ですけれど、そちらに急患で佐々木って年配の男の方なんですけれど、入って来られません
でした?」

って聞いた、すると林さんは、
「どうだったかな~、ああ、もしかすると大島が受け持ってたか、聞いて見るよ、でもその人は幸恵ちゃんの知り合いか?
もしかすると、実はもういい仲じゃないのかな?」そう言ってにやけて幸恵さんを見てた、

すると幸恵さんは、
「まあいやですわ先生!そんなんじゃありませんわ?私の父ですの、元々もう身体も弱ってましたから、それで此処最近、
身体の調子が思わしくなくて、私が病院を移してくださるようこちらの病院を進めていましたの、でも私は付き添えません
でしたから・・」
そう話してくれた幸恵さんは、少し眼がしらを赤くしてた、

林さんは、
「・・そうかお父さんが・・、それは余計な事を言ってしまったようだすまないね?今日にでも帰ったら奴に聞いてみるとしよ、
ね幸恵ちゃん?」

そう言われて幸恵さんは、
「えっお願いしますわ先生!私も早めに伺いますわ、宜しくお願いします・・」って笑顔を見せると、

林さんは「あ~任せておきなさい・・」だって・・、
でも何処か暖かい二人の関係が、うちには幸恵さんの支えになってくれているようにも思えて嬉しくなった、

そんな時幸恵さんが、
「あら、私ごとになってしまいましたわ、ごめんなさいね?実はまたこれも私ごとになってしまいますけれど、実は私、
母と此方で一緒に暮らす事になりましたの、とは言っても父が退院するまでの間だけですけれど、一人にするには
どうしても忍びなくて私がそう希望してのことで連れてまいりましたの、それでも差し支えなければ遊びにいらして
貰えたらと思いましてね、カナちゃん?一人増えてしまいましたけれど気兼ねせずに来て貰えるかしら?
母はお話し好きですけれど人当たりはいいいのよ?カナちゃんならきっといいお友達になれると私は思ってますの、
でもどうでしょうカナちゃん?やっぱりお嫌かしら突然の事ですものね・・」
そう言って困った顔してた・・、

「お姉さん?そんな心配要りませんよ、あたしは喜んで寄らせて貰いますから、ね?」

って言うと幸恵さんは、ニコニコしながら
「あらほんとカナちゃん?嬉しいわ~ありがとうカナちゃん!・・」そう言って手を叩いて喜んでくれた・・、

すると林さんが、
「相変わらず幸恵ちゃんは楽しいな?さて私はそろそろ失礼するかな、カナちゃん待ってるよ?それじゃまた顔を出させて
貰うよ、邪魔したね?幸恵ちゃん、どうするかね?まだおるなら私は先に失礼するが・・」

って言うと幸恵さん、
「ええ、そうですわね、今日は先生とご一緒させて貰いますわ?ごめんなさいね、カナちゃん、ヒデさん?落ち着いたらまた
寄らせて貰いますわね?カナちゃん?身体の方お大事になさって?また今度ゆうくりお話しましょ?それじゃ・・」
そう言うと林さんと足早に帰って行った・・。



そんなふたりを店の入り口から見送ってたら、その時、不意に前を歩いて来る人に声を掛けられた・・、
「あ、あの~すみません?この店は、ヒデさんって人の店ですか?この街で店を開いて住んでいるって聞いたんですけど、
来たばかりなもので、好く分からなくて・・、困っちゃうよまったく、あっすみません、あの知りませんか?もう此処しか
残ってないんですよね~・・」
って言った、(誰?、ヒデさんって、どうして・・)ってうちが困惑してたら、

その時、アンちゃんがきて、
「亜紀ちゃん?あ、あの?亜紀ちゃんの知り合いなの?ああ、どうぞ?」って店の中へと迎え入れようとしたら、

彼女は、
「ああ、どうも?あっあの貴方、ヒデさん?」って、いきなり聞いた、

アンちゃんは少し驚いた顔で、
「あっいや、何、ヒデさんの知り合いですか?」そう聞くと、いきなり「ヒデさん~、ヒデさんにお客さんだよ~!」
って言って、彼女を手招いて店の中へと入った・・、

するとヒデさんは、
「何、俺か?あ、どうも、失礼だけど、どなたかな?」って言いながら、知らない人のようで戸惑っているのが分かった、

すると彼女は、
「ああ、あたし、加藤って言うんですけど、あっあの?貴方がヒデさん?あ、それじゃお姉ちゃん、あっいえ、エミって
あたしのお姉さんなんですけど知ってます?この街で自殺したって・・、あたしどうしても話しがしたくて今日この街に
来たんですけど、あの、知ってますか?もうこの店しかないと思うから、貴方がヒデさんなら間違いないと思いますけど、
違いますか?」そう言ってヒデさんを見た、

ヒデさんは、
「ああ、知ってるよ、君はエミの妹さん、なのか?あっ此処じゃなんだから中で話そうか?どうぞ?」
そう言って居間へと迎え入れた・・、

あのエミさんの・・、どうして今、ヒデさんに何を話すって言うの、エミさんの死をヒデさんにどうしてむけるの・・・、
うちは震えがきた、なにか嫌な事がヒデさんに振りかかって来るようなそんな気がして、居間へと入って行く二人の背中を
見ながらうちは、傍に有った椅子に坐り込んだ・・、

その時アンちゃんが、
「亜紀ちゃん?ヒデさんはもう大丈夫だよ?気をしっかり持ちなよ?俺もついてるから心配ない、ね?」
そう言ってうちの肩を叩いた、

アンちゃんには分かったんだって思ったらその言葉に何処か癒されて「アンちゃん?ありがと・・」
って言うとアンちゃんは笑って見せた、

その笑顔にうちは気を持ち直して二人の居る居間へ、そして二人の間に腰をおろした、

彼女は黙ったまま坐り込んでうつむいてた、そんな彼女にヒデさんが、
「わざわざ、俺に会いに来てくれたのは、俺にエミさんの何を聞きたくて来てくれたのか話して貰えますか?」

って聞くと、彼女は、
「あ、あたしはお姉ちゃんが、どうして自殺なんてしたのかそれが知りたくて・・、あっあの淳一さんって方が家にきた時に、
貴方の名前を知ったんです・・、あの人の話しでは貴方がお姉ちゃんといい仲だったって言ってました、
それなのに貴方が家へ何も言ってこないのは可笑しいんじゃないかって思ったから・・・、
お姉ちゃん、貴方の所為で自殺したんじゃないんですか?それなのに、ちょっと薄情なんじゃ?あの人が言ってましたよ?
貴方がお姉ちゃんを追いだしたから自分が面倒みてあげてたって、どう言う事ですか~?」
そう言ってヒデさんを睨んでた・・、

そんな彼女にヒデさんは、彼女の顔を真っ直ぐに見ると、
「確かに、エミさんは俺に好意を持ってくれてましたよ、でもそれはもう随分昔の話しで、あの当時、エミさんは結婚してる
事隠してたんです、俺は彼からその事を聞いたんです、でもエミさんは話しをはぐらかせて俺の前から姿を消したんですよ、
それから何年振りかに此処へ彼女が顔を見せて、もう一度やり直したいと・・、でももう今の俺には妻もいるんです、
だから彼女には旦那の元へ帰るように説得して帰しました、彼が俺の事で何をお話ししたのかは知りませんが、
俺はエミさんに疾しい事は一切してませんよ、別に女房を前にしてるからでもありません、彼の処へエミが一緒に暮らして
いた事も俺は後から知った事なんですよ、信じて貰えますか?」
そう言って彼女から目を離さなかった、

すると彼女は、
「それじゃ~あの人が嘘ついたって事?お姉ちゃん、一度家に帰って来た時、あたしに話してくれたんです、多分貴方の事
だと思います、詳しくは言ってくれなかったけど、でも好きな人がいるからもうこの家には居たくないって・・、
あれっきりお姉ちゃん家から出て行ったきりで、だからてっきり貴方の処にって・・・、それに旦那さんに離婚の用紙を
書き残してたんですよ・・・それにあの人は自分の処へは自殺した日に泊めただけだったって、そう言ってたんですよ?
どっちがほんとなんですか?・・・ああ、もう~なんか分かんなくなっちゃったよ・・」
そう言って額に手を当てたままうつむいてしまった・・、

彼女は、何かを知ってた訳じゃない、ただあの人の言葉にエミさんの死はヒデさんの所為だって、ただその想いだけで此処
まで来た、あの人の言葉が、どうしてこんなにもヒデさんを苦しめるの・・、

「あ、あの、すみません?まだ貴方の名前聞いてませんでしたよね?あたし亜紀っていいます、失礼ですけど貴方のお名前、
聞いてもいいですか?」

って聞いたら彼女は顔を上げて、
「ああ、すみませんあたし、チエミっていいます、ねえ?亜紀さんて奥さんですよね?あたしのお姉ちゃんエミ、知ってます
よね?貴方の知ってる事教えて貰えないですか?お願いします・・」そう言ってうちの顔を覗き込んでた・・、

そんな彼女の真っ直ぐな眼は、何処か切なくて本当にお姉さんへの思いを訴えているようで、うちは息が詰まりそうになった、

「はい・・・、エミさんとは二三度此処へ来られてお会いしましたけど、でもそれっきりでした、ただ、あの人
淳一さんの話しは、信用してほしくないってあたしは思ってます、
あの人と偶然出会った日からヒデさんもあたしも、ずっと苦しめられてきました、だからあの人、あたしは嫌いです、
あっごめんなさい、でもヒデさんは嘘は言ってませんよ・・、
あのあたし思うんですけど、好きでも、好きな人の傍で死を選ばなかったとしたら、好きな人の存在はその人にとって遠い
存在でしかなかったんじゃ無いのかなってそう思えるんです、だって此処へきた意味が無くなってしまうんじゃないかな
って・・、エミさんが本当に求めていたのがヒデさんなら、どうして此処へもう一度来てくれなかったのかなって・・・、
あたしはエミさんには、死を選ぶ前に、もう一度此処に来てほしかったです、勝手な言い草かもしれません、
でも旦那さんと離婚をしてまでヒデさん求めてきたのならそうしてほしかった・・、
その時はあたしがこの場所に居られなくなってたかもしれないですけどそれでも、あ、ごめんなさい余計なことですよね?
ただあたしがそう思ってるだけです、ごめんなさい・・、
エミさんが亡くなったって知らせを貰うまで、エミさん此処には顔も見せませんでした、
だからあたしは帰ったとばかり思ってたんです、あの?信じて貰えないですか?貴方のご家族へ謝罪も入れられなかった
のはあたしの所為です、あたしが倒れて入院になったりしたから、本当にすみませんでした、信じて貰えるならあの人を
信用しないでほしい、ヒデさんはなにも悪い事してません、ヒデさん信じて貰えませんか?お願いします・・」
ってうちは頭をさげた、

すると彼女は、
「・・分かりましたよ亜紀さん?貴方を信じます、でもどうしてそこまであの淳一さんを嫌うんですか?まああたしは
一回だけしか会った事無いから分からないけど、でもそんな悪い人には見えなかったのよね?好かったら教えて
貰えませんか?」って聞かれた・・、

あまり思い出したくはなかったけど、でもうちは今までのあの人との事を打ち明けた、そんなうちの話しの中に
ヒデさんは言葉を足してくれて全ての話しを終えた、

すると彼女は、
「そう・・、それはちょっと普通じゃないかもね・・・、でも亜紀さん?あたし思うんですけど、亜紀さんてヒデさんの事、
ほんと好きなんですね?あっ余計な事ですね、ごめんなさい、でももしお姉ちゃんが生きて此処へ来てたとしても、
お姉ちゃん負けてたかも、きっと貴方には勝てなかったってあたしは思うな?なんたってお姉ちゃん結構自由奔放な
人だったから・・、あっごめんなさいね、でも貴方と話してるとなんかこう張り詰めてたのが吹っ飛んだって言うか
なんか気がぬけちゃったな・・、ああ、でも来て好かったです、すみませんでした、突然に押し掛けちゃって・・・、でも、
よく分かりましたよ、亜紀さんありがと?それじゃあたしこれで帰ります、お邪魔しました・・」
そう言って身支度を始めた、

その時ヒデさんが、
「あっ、これから帰るのか?」って聞いたら、彼女は「ええ、そうですよ?それが何か?」ってすんなり返された、

「あっあのチエミさん?もしよかったら家へ泊まって行きませんか?一人の部屋なら空いてますから、それとも
何処かもう泊まる処決ってます?」って聞いてみた、

すると彼女、
「あっいえ、決ってませんけど、でもあたしなんか、いいんですか?ご迷惑じゃありません?何ていうか、そのまね
からざる客って言うか、ね~?」って言って頭をかいてた、

最初の印象とは、全然違って、何処か楽しい人に思えて・・、
「そんなこと無いですよ~かえって無理言ってるのかなってこっちの方がためらったくらいですから、好かったら
ぜひ一晩泊って明日、ゆっくり帰られたらいいと思いますよ?あたしも話し相手ほしかったところなので、付き
合って貰えると嬉しいんですけど、迷惑、ですか?」

って言うと、彼女が急に笑い出して、
「ああ、すみません、亜紀さんってあたし好きになれそう?ありがとう、それじゃ~喜んでお世話になります・・」
そう言ってまた、笑ってた・・、


こうして決った彼女のお泊りには、ヒデさんもアンちゃんも苦笑いしながらも夕食を作って彼女を持成してくれてた、

食事の後、彼女は、
「亜紀さんてあたしのお姉ちゃんとは全然違うのね?お姉ちゃんはいつも自由な人だったのよ?跡取りにって
見合い結婚したんだけどね?でも不満ばかりあたしに零してたの、あんたはいいよねって言いながらね?
まあ、お姉ちゃんの立場考えたらあたしなんて気楽なものだったから言われても仕方ないんだけどね・・・、
ねえ亜紀さん?お姉ちゃんが、本当にヒデさん一人に夢中になってたって思う?いえね?亜紀さんから色々話し
聞いてる内に思ったのよ、お姉ちゃん、本当にヒデさんの事だけだったのかなって・・、
ちょっと分からなくなってきちゃってさ?何だかただ、家から逃げたかっただけなのかなって・・、亜紀さん、
言ってたじゃない?それ思いだしたら余計そうなのかもってね、でも亜紀さんって何処か変わってるね?なにが
って言われると分からないけど、でもあたし、亜紀さんみたいな人、あたし好きかも、なんか変?」
そう言って一人喋るとまた笑いだしてた・・、

「ええ?チエミさんまでそんな事言うんですか~?あたしそんなに変わってるのかな?なんだかショック、でも
あたしもチエミさん、好きかも・・、ねえ?また遊びにきて貰える?って迷惑かな?ごめんねやっぱり変だよね・・」
って言ったらまた笑った、
(そんなに笑わなくてもいいのに、傷つくでしょ?・・)そう思いながらも口に出せないままうつむいてしまったら、

彼女がニコニコしながら、
「ん~、変だけど嬉しいかも、あたしも亜紀さんとならいい付き合い出来そうだし、嬉しいな・・」
って笑って見せた、

「そう?ありがと!でも変は余計じゃない?あたしそれなりに気づ付いてるんだけどな・・」
って言ったらふたり顔見合せたら笑い出してた、

話す事は尽き無くて、時間も忘れてお喋りしてたら、ヒデさんに、
「さあ~話しは尽きないようだけどさ?そろそろ寝た方がいいだろ、チエミさん?部屋、自由に使ってくれて
構わないからさゆっくり休んでくれ・・、亜紀?チエミさん部屋に連れてってあげなよ、な?・・」
って言われて、うちは彼女を部屋へと動き出したら、それぞれが部屋へ戻ってしまった・・。


翌朝、彼女はヒデさんに、「来て好かった、ヒデさん?あたし信じますよ、ありがとございました・・」
そう言って頭をさげて、

うちの顔を見ると「亜紀さん?また会いにきますね?楽しかったありがと!それじゃ・・」
そう言って帰って行った・・。

彼女を見送り終えて気づくと、ヒデさんもアンちゃんも店の中に居て何故かニコニコしながらうちを見てた・・、
「・・なに?どうしたの?あたし何か可笑しな事したの?ねえどうしたの?」

って聞いたら、アンちゃんが、
「亜紀ちゃんには負けそうだよ俺、あの人とお友達になっちゃうなんてさ?亜紀ちゃんにしかできない事かもって
そう思ってさ」って苦笑いしたら、何故かヒデさんまでが苦笑いしながら「亜紀だからな・・」って言って笑った、

でもそんなヒデさんが急に真面目な顔になって「でも亜紀?ありがとな・・」って頭を掻きながら笑って見せた・・。

何処かほっとしたような顔してた、ヒデさんに、何も言える言葉なんて見つからなかったけど、でも彼女との
出会いはヒデさんの中にあったエミさんへの拭えなかった思いの重荷を一つ吹っ切れさせてくれたように思えた、
そしてヒデさんのありがとうのひと言は、うちに彼女との出会いは間違いじゃないってそう言ってくれたように
聞こえて、ヒデさんの笑顔に何も言えない変わりにうちも笑顔で返した・・。


忘れ去られてしまいそうな季節の変わり目は、何時しか照りつける陽ざしに熱さを感じさせて汗が滲んだ・・・、
手をかざして空を仰いだら澄み切った青空に眩しいほどの太陽が照りつけて、雲は太陽に押しのけられたかのように
薄い糸を連ねてた・・、

彼女との出会いが、変えてくれたのかもしれないヒデさんの表情に、いつにない明るい笑顔が増したように思えた、
でもそれは・・、うちの気の所為なのかもしれないってそう思いながらもうちはその笑顔に癒されてた・・。

あれから二週間、未だうちは店には出る事はないけど、それでも二人の近くに居られる事に今は楽しさを探してた、
そんな昼下りに、彼が顔を見せて、
「こんにちわ、ご無沙汰です、ヒデさん、靖さん、あ、カナさん、元気してますか?・・」ってっ声をかけてきた、

ヒデさんは、
「お~久しぶり~、まあ上がりなよ、亜紀は奥に居るからさ?ああそだ?今日はゆっくりしていけるのか~?」

って聞くと彼は、
「あ~はい、そうさせて貰おうかなって思ってますけど、いいですか?」って聞いた、

するとヒデさん、
「何言ってるんだよ、言いに決まってるだろう?それじゃ店終わるまで、亜紀の相手頼むよ、詰まんないだろうからさ、
宜しくな?」って言うと彼は、「あ~はい、構いませんよ、それじゃお邪魔します・・」

そう言って、彼は居間に顔を覗かせて、
「こんにちわカナさん?ご無沙汰してました・・」って苦笑いしながら、居間へと腰を下ろした、

「ああ、いらっしゃい?ほんと久しぶりかも、好かった~元気そうで・・」

って言ったら、彼が、「あのそれって俺のセリフですよ?あっでもお互い様かな?・・」ってそう言って笑った・・、

ほんとに久っしぶりに会った彼に、嬉しさと一緒に、早苗さんを思い出させて言葉が詰まった、そんな時彼が、
「カナさん?何か言いたい事あるんじゃ無いんですか?そんな顔してますよ?」って聞かれた・・、

「えっあの、それってどんな顔なんですか?あたし顔で言葉は喋れませんよ・・」

って言うと彼が、笑い出して、
「ああ、久しぶりのそんなカナさん、俺、嬉しいですよほんと、会いに来て好かったって思えるから・・」
って言いながらまだ笑ってた・・、
(それってどう言う意味なのよ、そんなに笑うこと無いでしょうまったく・・)そう思いながらも何も言えずにいたら、

すると彼が、
「あっすみません、怒らないでください、ね?ああそうだ、もう聞いてると思いますけど母さんの手術、無事に終わり
ましたよ、カナさんの言ってた通りお父さん、助けてくれました、ただお父さんの方が少し疲れが溜まってしまった
ようで手術の後倒れてしまいましたけど、でも、今はやっと元気になってくれたようで、もう病院のお仕事に戻られて
ますけどね・・」

って言いかけたのをうちは、
「うそ、お父さん、倒れたってどうして?どうして誰も何も言ってくれなかったの、林先生来てくれたけど、でもそんな
事ひと言も、どうして、ねえお父さん、どれくらい休んでたの?もう本当に大丈夫なの?ねえお願い教えて?・・」

って言ったら彼は、
「カナさん?そんなに心配しなくてももう大丈夫ですよ?林先生は多分カナさんが、気にするだろうと思ったから何も
言わずにいたんだと思いますよ?お父さんの事は林先生がちゃんと診てくれてましたからもう大丈夫です、
そんなことよりカナさん自分の事でしょう?心配も分かりますけど、今は自分の身体大事にしてくださいよ、そっちの
方が俺は心配ですよ・・」
そう言って少しムキニなってた・・、

「あ、ごめんなさい、そうですね、ありがとちょっと取りみだしてたかな、ほんとごめんなさい・・」

って言うと彼が、
「そう落ち込まないでくださいよ?すみません、言いすぎました、あっそうだカナさん?俺、母さんと少しですけど、
カナさんの事話しましたよ、始めはなんて切り出そうか迷ったんですけどね?母さんも最初はあまりいい顔はしてくれ
なかったけど、でも話してく内に、少しだけでしたけど、笑顔をみせてくれたんですよ?俺は、カナさんの想いを伝えた
だけなんですけどね、でも母さん、なんて言ったと思います?カナさんに会わせてくれって、そう言って、ぼろぼろ泣い
ちゃって・・、俺、初めて見ましたよ、あんな母さん・・・、でもその時看護婦さんに、母さん泣かせちゃ駄目でしょって俺、
怒られちゃって結局その後は何も話せませんでしたけどね?カナさん?母さんに会って貰えますか?・・」
って聞いた・・、

うちは言葉より先に涙が溢れてた、どれだけ待ち望んで来たんだろうって思う、それだけに嬉しくて
思いが込みあげたら返す言葉よりちは泣いてた、

すると彼が、
「カナさん泣かないでくださいよ?俺、虐めたみたいじゃないですか~?でも好かった、ほんと・・」
って笑みを浮かべてた、

「あ、ごめんなさい、泣くつもりじゃなったのに、あの幸平さん?ありがと・・、ごめんあたし駄目みたい」
ってうちはまた泣いてた、

そしたら彼に、
「よかった・・、それにしても意外とカナさんは泣き虫なんですね?でも嬉しいです、ありがと・・」
って笑顔を見せた。

その後、ずっと後回しになってた山へ行く話しに盛り上がったら明日にって誰からともなく話しが
進んで何故か決った。


翌朝、山へ、彼を交えて故郷の町へ辿りついた・・・、駅を出てから町を眺めてたら、そんな時、彼が、
「ああ~久しぶりだな~、何年ぶりかな、そいえばこの町の学校に一本だけ大きな木がありましたよね?あれは
凄いって思ったけど、まだあるのかな?住んでた頃はあまりいい町だとは思ってもいなかったけど、思い出に
なっちゃうと不思議と懐かしく思えるもんですよねえ?なんか可笑しなもんだなあ・・」
そう言って町を眺めながら苦笑いしてた・・、

でもそれはうちも何処か感じてた、あんなに嫌で逃げ出した町なのに今は懐かしくて嬉しいって
そう思える自分が居る・・。

それから登りだした山道、うちはヒデさんと並んで歩いた、その後をアンちゃんと彼が追いかけるように
並んで歩いてた、

そんな中、やっと見えてきたあの場所にうちはため息が漏れて、懐かしさに思わずヒデさんに、
「ねえヒデさん?あそこまで走ろう、ねっいいでしょ?」

ってヒデさんの手を握ったら、ヒデさんは、
「ああ、そうだな?よし行こう~!」そう言ってうちの手を握り返してふたりで走り出した。

すると後ろの方からアンちゃんが、
「お~い、なんだよ~、そんな走らなくてもいいだろ~?亜紀ちゃ~ん!ヒデさ~ん!まったく~」
ってぼやく声が聞こえた、
でも、そんな声にヒデさんと顔を見合せながらなんだか可笑しくてふたりで笑みを零した、

それでも走りだして辿りついた森の中、大木に囲まれたこの空間にヒデさんと息を切らしながら辿り着いたら
何も言葉も交してないのに顔を見合せたら笑みが零れて笑いだしてた。

そんな時、アンちゃんと彼は息を切らしながら追いついて来きて、アンちゃんは、
「まったくさ~置いてけぼりはないだろ?なあ幸平~」って、もう呼び捨てで声をかけてた、

すると彼は、
「ああ、そうだな~いきなりだったしね?でもカナさん元気じゃないですか~?」
って意味ありげに顔を覗かせて苦笑いしてた・・、

「ええ?そうかな?何となく走ってみたくなっただけ、ごめんね?」って笑って見せると、

ヒデさんが、
「さて、早速登ってみるか?幸平君大丈夫かな?」って聞くと彼は「あ、大丈夫です、でもカナさんは大丈夫?」
って聞いた、

するとアンちゃんが、
「あ、亜紀ちゃんならもう大丈夫さ?それにこの中じゃ木登りは一番早いんだよ、ね亜紀ちゃん?」

っていきなり聞かれて、
「もう、そんな事どうでもいいの?それより行こうよ、幸平さんもね?」

って言ったら、ヒデさんが、
「亜紀?幸平君と登って来なよ?俺ちょっと休むよ、な?幸平君頑張れよ?」

ってまたこれもいきなりで、するとアンちゃんが、
「たまには亜紀ちゃんが先頭切ってもいいんじゃない?登ってきたら、ねえ亜紀ちゃん?」
ってアンちゃんまでが煽った、

嫌とも言えず・・、
「それじゃ行きましょうか?」って言うと彼は「はい、いつでもいいですよ?お手柔らかにね?」
って言って笑った・・、

なんか調子狂わされてる気がしたけど
「それじゃ、ヒデさん、アンちゃん?お先に?それじゃ行こう?」その言葉を合図に登り始めた・・、

頂上に辿りついて腰を下ろすと、彼が登って来るのが見えた、やっとうちの隣に辿りつくと彼は、
「はぁしんどいな~さすがカナさん早いですねえ、此処までとはちょっとおどきましたよ・・ああけど、いいい
眺めだ、凄いな~・・」って独り言のように話してた・・、

「うん、此処から見る景色は最高なの、あたしは此処からの眺めが一番好きかな、この町に住んでた頃は嫌い
だったんだけど、でも今は大好き、って、あ、嫌だ、なに言ってるのかな、ごめんねつい・・」

って言うと彼は、
「カナさんは、ほんと感情が素直なんですね?俺そんなカナさん、嫌いじゃないですよ?正直、好きですよ、
こんなんじゃ無かったらって本気で思いましたからね、あっでもだからって変な気はありませんよ?
そこは誤解しないでくださいね?でもほんと此処は最高だな・・」
そう言って町を見下ろしてた・・、

そんな事言われたら、どう応えていいのか返事に戸惑った、
(いきなりそんな事、冗談なら辞めてほしいよ・・)そう思いながらも何処か、からかわれてるような気もして、
「幸平さん、あたしをからかってませんか?あたし誤解なんてしませんよ?でも嫌われてないのは嬉しい
ですけどね?」

って言うと彼は、
「あれ?俺は真面目に話してるんだけどな?・・・あ、まっ、いいですけどね・・」そう言って笑ってた、

そんな彼にもう返す言葉も見つからなくて、うちは空を仰いだ・・、
太陽の眩しさと、吹き抜ける生温かい風に煽られながら、本当はこの景色をこの場所でヒデさんとって
そう思ってた、でも何処か調子が狂ってしまったタイミングは、今、彼とこの場所に居る・・。

それでもこうして眺める景色と空の心地良さは、うちを癒してくれる、だから空を仰いで、彼に気づかれない
ように思いっきり深呼吸してみた、でも彼には気づかれる事もなかったようで、内心胸を撫で下ろしながら・・・、
「あ、そろそろ降りましょうか、ね?」って言ったら、彼は「ああ、そうですね、そうしますか・・」
って軽く頷いてくれて一緒に降りた、


降りて見渡して見ると、ヒデさんもアンちゃんも木の幹に腰を下ろしてなにか楽しそうに話してた、
その時彼がうちの隣に立って、
「ねえカナさん?身体の方、ほんと大丈夫なんですか?また余計な事言うと・・、あ、まっ無茶だけはしないで
くださいね?俺、本気で心配してるんですからね?頼みますよ?」
って、なにいきなりそんなこと言い出すのか、訳が分からないまま、うちはただ頷いて見せた、

その時ヒデさんが、
「おお、どうだった?初めての感想は?」って聞かれると彼は「ああ最高でしたよ、此処はいいですよね?」
そう言って気の頂上を見上げて笑顔を見せた、

ヒデさんは、
「それは好かった、それじゃ今度来る時はみんなで登ってみるかな?その時は宜しくな?」
って彼の肩を叩いて笑った。

その後、アンちゃんとヒデさんが登りだして彼とふたり樹の幹に腰をおろした、

静まりかえったこの空間んで、聞こえる風の音に耳をすませてうちは空を見上げて見た、きらきらと輝いて見える
太陽の眩しさについ目をつむりながら仰いでたら、そんな時彼が、

「亜紀さんはほんと此処が好きなんですね?凄くいい顔してる・・、いつもの亜紀さんじゃないようにもみえるから
ちょっと驚きだな?でもそうさせてくれるのはやっぱりこの場所だからですか・・、まあ、分かる気はしますけどね?」
って言いながら空仰いでた、

「そっかな?でもこの場所はあたしの元気の源みたいなものだって思うから、そうなのかもしれない・・、あたし、
学校以外はね?いつも此処に来てたの、だから一人でも此処はいつでも癒してくれてたのよ?
貴方のお母さんにあげたお守りねえ?この樹の葉をしおりにして作ったの、
あたしはこの樹に元気も勇気を貰ってきたの、だからこの樹のように強くなりたくてずっとお守りにして守って
貰ってきたの・・、だからきっとお母さんも元気にしてくれるってそう思ったから・・、でも好かった~、ありがと?
貴方にいっぱい、勇気づけもらって励まして貰って、あたしほんとに感謝してるのよ?また一緒にこの場所、
来てくださいね?でもそれは、貴方がこの場所を好きになってくれたらですけどね?あっごめんなさい勝手な事
言って、気にしないで?」

って言ったら、彼はクスクス笑いだして、言ってしまった自分が余計に恥ずかしくなって膝をついて顔を埋めた、

すると彼が、
「ああ、すみません笑ったりして、でも嬉しいからで、カナさんを笑った訳じゃないんですよ?嬉しいです、ありがと?
切っ掛けはどうでも、正直俺はカナさんに出会えて好かったって思ってますよ?
カナさんに会うまで俺は、自分だけが辛いようなそんな生き方しかできなくて・・・、だから貴方には酷い事も言って・・・、
でもカナさん?俺は貴方に教えて貰いましたよ、色んなこと、それに大切なものにも気づかせて貰いました・・・、
だから礼を言うのは俺の方なんですよ、ほんとありがとう?
俺もこの場所、気に入ってます、凄くいいとこですよね?カナさん見てたら余計にそう思っちゃうんですけど・・、
あ、母さん、カナさんから貰ったお守り、何も言いませんけど今でも首にさげてますよ、貴方の思いが詰まったお守り
だから・・、だから繋いでくれたのかもしれませんね、此処の樹がさ?そんな気がします、だからカナさん?また一緒に
登ってくださいよ?カナさん・・、機嫌、治して貰えませんか?」

って逆に振られた・・、、

「ありがと?でもあたしの方がお願いしてたのに、これじゃ逆になっちゃたみたいで、何か可笑しい、でも嬉しいです、
ほんと来て好かった・・」

って言ったら、彼はまた笑いだして、今度は「俺もで~す!」だって・・・、そう言い出す彼と顔を見合せたら、何処か
可笑しくてふたり一緒になって笑いだしてた。

そんな時アンちゃんとヒデさんが登り終えて戻って来た、でもアンちゃんが急に悲痛な声を出して、
「ねえ?お腹空かない?俺お腹空いて来ちゃったよ~幸平は平気?ねえヒデさん~?」
ってヒデさんの顔を覗き込んでた、

そんなアンちゃんの相変わらずの食欲に呆れ顔でヒデさんは、
「相変わらずお前の腹は持ちこたえること出来ないのか~?まだ飯時には早いだろうが?何処にそんな入る胃袋が
あるんだか、まったく、俺にはさっぱりだよ・・」そう言ってため息を漏らした、

するとアンちゃん、
「何言ってるんですか~?入る処は一つしかないですよ?これでも持ちこたえている方なんですからねえ?それは
どうでもいいからさ~ねえヒデさん?お腹空いた~」
って、まるで駄々っ子のように甘えてるアンちゃん見てたら、笑いを堪えるのにうちはそっぽ向いて堪えた・・。

すると彼が
「カナさん?なに笑ってるんですか~?」って聞きながら何故か彼もまた笑ってた、

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?笑うなよ?俺、真面目にお腹空いてるんだからさ~?ねえヒデさん?」ってヒデさんの顔を見てた、

するとヒデさん、
「なんで俺に振るんだよ~?それにだ、お腹空くのに真面目も何も無いだろ~が、まったく・・」
そう言ってそっぽ向いてしまった、
そんな二人の会話に、もううちは堪えきれなくて大笑いしたら、吊られるようにして彼が笑い出して、そしたら、
いつの間にかみんなが笑い出してた、

するとアンちゃん、
「ああ、笑ったら、余計お腹すちゃったよ~亜紀ちゃんが笑い出すから~ああ腹減ったなあ~」だって・・、

そんなアンちゃんを見兼ねてか、やっぱりヒデさんは、ほっとけなくて、彼の許しを貰って食べにと山を降りた・・。

食べに町へと歩きながら、途中で見えた学校にうちは足が止まった・・・、校庭に一本悠々と立つ樹に・・、その時彼が、
「ああ、まだ健在なんだな~カナさん?この学校、通ってたの?」って聞かれて、「そう、懐かしいな・・」
って言ってたら、

急にアンちゃんが、間に入って来て
「亜紀ちゃん?また思い出したりしてないよね?いいから行こう幸平~」って急かした・・

彼はなんだかニコニコしながら、うちの耳元で、「後でこっそり教えてくださいね?・・」

って言うと「さて行きましょうか?ねカナさん!」そう言ってアンちゃんの隣に並んで歩き出した・・。

知らない間に、いつの間にか仲良くなってた二人、今まで何処か寂しい想いをしてきた二人がこうして繋がってる
って思うとなんだか嬉しくなった、
ずっとこんな関係が続いてくれたらって思う、そしたらきっと拭えなかった寂しさも埋められるような気がする・・。



いつの間にか移り変わる季節は、生ぬるい風から、冷たさを感じさせたら、何時しか陽気も秋の香りに包まれて、
吹き抜けてく風はこの葉を散らして街のあちこちの樹から、落ち葉が舞いはじめた・・。

何処か呆気なくも過ぎた三か月・・・、
それでも、うちはなんとか店にも出させて貰えるようになって今日で一周間、そんな今朝はヒデさんと店を開けた。

そんな時、店の入口から、彼が顔を見せて、
「ああ、どうも・・、おはようございます、こんな朝早くにすみません・・」そう言って店の前に立ちつくしてた、

そんな彼にヒデさんが
「ああ、久しぶり~、まあそんなとこに居ないで、上がんなよ、な?」って声をかけた、

でも彼は何処か浮かない顔して立ってた、
「あの、幸平さん?久しぶり!どうぞ?」って居間へと誘ったけど、でも彼はただ立ち尽くして

「あっ朝早くにお邪魔してすみません、あの、カナさん?お父さんと俺の母さん、結婚は取り辞めるそうです
一応その事だけでも伝えておきたくて、今日はその事で伺ったんですけど、すみません俺役不足で・・」
って言ってうつむいた・・、

唐突過ぎてうちは理解に苦しんだ、何故、どうしてそんな事になってるの、
「あ、あの、それでお父さんはなんて?もう決った話しなの?」

って聞いたら、彼は
「あ、母さんの一方的な話しでお父さんは何も話してくれません、俺は母さんに理由を聞いたんですけど、もう
十分世話になったからって言うだけでそれ以上の事はなにも・・、母さん身体の方は回復してきたから此処を出て
行くって言ってます、明日には此処を出て行くとか言ってるんで俺、ほっとけないから母さんと・・」
そう言って言葉を濁らせた・・、

どうしていつもいきなりなの、うちは少し苛立ちを覚えた、それはうちの勝手な思いなのかもしれない、でも・・、
「幸平さん?すみませんお母さんに会わせて貰えませんか?あたしどうしても会って話したい事があるんです、
お願い、お母さんに会わせてください」ってうちは頭をさげた、
こんな、何時だって突然で、何時だってあの人は、そう思ったらもうこんな事終りにしたいって思った、

すると彼は
「それは構いませんけど、でもお店があるでしょ?いきなりこんな話しした俺が言える事じゃないですけど・・」

って言うとヒデさんが、
「ああ、それは気にしなくていいんんだよ、亜紀?今から行くなら俺も行くよ、いいよな?・・」
そう言って苦笑いしてた、

「あ、ごめんねヒデさん、勝手言って、でもありがと」って言ったら、アンちゃんが「悪いけど、俺も一緒に行くよ」

そう言ってヒデさんを見てた、するとヒデさんは、アンちゃんに頷いてみせると、うちに向き直って、
「亜紀?気にしなくていいよ、幸平君?そう言う事だ、一緒に連れてって貰えるかな?」
って聞いた、

そんなふたりの勢いに押されて
「幸平さんいいですか?会わせて貰えますか?」って聞いたら彼は苦笑いしながら
「仕方ないですね?それじゃ行きますか」って笑った、そんな彼に「ありがと・・」ってだけ返して、うちは店を出た。


病院につくと、早苗さんの病室へ行く前に、お父さんに会った、お父さんはうちに気づくと、
「しばらくだねカナ?どうした、今日は診察に来たのか?すまない顔も出せなくて、どうだ少し寄って行かないか?
私も今、手が空いた処なんだよ、どうかなヒデさん?幸平君・・、まあいい好かったら来なさい、ね?」
って言われて手招きされた、

彼はうちの顔を見て返事を待ってるように思えた、だから、
「それじゃ少し寄らせて貰おうかな・・」って言うとお父さんは、笑顔を見せて「そうか、好かった、それじゃ行こうか」
って言うと歩き出した・・、

お父さんの部屋へと入ってみんなが腰をおろすと、唐突にお父さんが、
「早苗に会いに来たんだねカナ?そうなんだね?幸平君から聞いたのか私達の事、でも早苗の意志はもう固まって
るようだ、だからカナ?もういいんだ、お前が気に病む事は無いんだよ?」
そう言うとお父さんは両手を握り締めてた、

「お父さん本当にそれでいいの?今まで必死になってたお父さんがどうしてそんな事言うの?あたしには分からない・・、
これでいいってあたしにはどうしても思えないの、早苗さん何処へ行こうとしてるの?お父さん知ってるの?
お父さんが早苗さんと一緒になるって言ったのはこんな簡単に壊れていいの?
あたしは少なくとも、そうじゃ無かったって思いたい、そうじゃなきゃお母さんの為に必死になってる幸平さんだって、
そんなのってあたしには、理解できない・・」つい思いがこみ上げたら涙が零れた、

するとお父さんは、
「カナ?すまない、わたしはいつも言葉が足りないようだね?早苗は泣きながら私に謝ったんだよ、お前の事も、それに
静の事も、自分のしてきた事も話してくれたよ、幸平君に言われた事も彼女なりに苦しんだようだ、お前に謝りたいとも
言っていた・・、私はねえカナ?軽はずみな気持ちで早苗との結婚を決めたつもりはない、それは嘘じゃないよ、だが早苗
にはどうしても受け入れては貰えないんだ、どうしてもね、そんな彼女に・・・」
って言いかけたまま、うつむいてた、そんなお父さんは何処かもう諦めてるように思えてうちは胸が詰まった、

そんな時、扉が開いて林さんが顔を見せた、
「居るかぁ・・ああ、カナちゃん久しぶりだねえ?なに今日は診察に来てくれたのかな?大島、何かあったのか?」
って聞かれた、
するとヒデさんが何故か事の説明を始めてた、そして話し終えた時林さんが、
「ああ、その事か?聞いてはいるよ、でもこれは早苗さんの気持ち次第だからね~」そう言って、うつむいてしまった、

そんな事分かってる、でもこのままで言い訳が無い、うちにはどうしても納得できなくて・・、

「あの、あたし会いたいんです早苗さんに、会わせて貰ってもいいですか?明日には此処を出て行くって聞きました、
それじゃ遅いんです、だから会わせてください?お父さんいいでしょ?お願いします・・」って頭をさげた

すると林さんが、
「いいんじゃないのか?なあ大島~?別に問題なかろう~お前がもう終りにしたいって言うなら、また別だがね・・」
ってあっさり応えた、

するとお父さんは、
「ああ、そうだな、行って来なさい、会って来るといいお前が納得するならそれで構わんよ、ただ無理だけはしないでくれ、
ヒデさん、カナを頼みます・・」って言うと、ヒデさんは「はい・・」そう言って返事を返すとヒデさんは少しほっとした
ような顔して笑みを零してた・・、

それからうちは、お父さんと林さんに、ひと言だけ「ありがと・・」って会釈してから部屋を出た・・。

その足で早苗さんの病室の前まで来たら、部屋にノックする前に部屋へと向かってくる早苗さんに出会った、
早苗さんはうちに気づくと、立ち尽くしたまま、うちを見てた・・、

「お久しぶりです、お元気になられて好かったです、あの、少しお話させて貰っていいですか?突然こんな時押し掛けて
あつかましいと思ったんですけど、どうしても一度お話しがしたくて、すみません・・」

って言うと早苗さんは、
「ああ、こんなとこじゃ何ですから中へ入りましょうか?どうぞ?」そう言って病室の中へ入れてくれた・・、

でも早苗さんは何処か落ち着かなくてベッドに腰を下ろすと、うつむいたまま手を握り締めて窓の外に眼を逸らしてた・・、

「あの、こんな事あたしの立ち入る事じゃないのかもしれませんが、お父さんとの結婚取りやめにしたって聞きました、
それは、あたしの事が原因なんですか?あの今までの事で、まだ?・・、」って、言葉に詰まってしまったら、

早苗さんは、
「カナさん?それは違うわ、貴方には本当に悪い事をしてしまったと思ってるのごめんなさい、こんな形で貴方に詫びても
もう許して貰えないとは思うけどほんとに今までごめんなさいね?浩市さんは本当にいい人よ、あたしにはもったいない
くらいにね、こんなあたしの為に・・、だから好きになったのかもしれないわね、今まで散々苦しませてしまったあたしに、
それでもあの人は許してくれたわ、でもねえ?それは浩市さんがあたしに負い目を感じての事なのよ、分かってたの、
あの人には静ちゃんしかないって事も、それでもあたしはあの人の負い目にすがってたの・・、ほんとは自分だけのものに
できたらって思ってたのよ・・、だから静ちゃんの面影が残る貴方が、此処にいるのもわずらわしくてしかたなかった・・、
酷い女でしょ?これがあたしなのよ、分かったでしょ?もういいの、これ以上は・・、ごめんなさいね」
そう言って涙を零した・・、

でもうちには、その言葉にどうしても理解できなくて、
「あの、お父さん言ってました、早苗さんを思う気持ちに嘘は無いって、あたしもその言葉に嘘は無いってそう信じてます、
だから早苗さんの思う気持ちに嘘が無いなら、本当の自分の気持ちに素直になってもいいんじゃないかって思います、
うわべだけで早苗さんの事お父さんは見てきたとは思いません、今までの事はもう終りにして貰えませんか、あたしの事も
もう気にしないでください、あたしを気にするなら、幸平さんの事、考えてあげてほしいんです、やっと友達も出来たんです
今までずっとお母さんの為に友達作ることだって諦めてた彼の事、考えてあげて欲しいんです、お願いします、
生意気言ってすみません、でもあたし、お父さんも早苗さんも幸平さんも好きです、だから離れてほしくないんです、
これはあたしの正直な気持ちなんです、お願いですからもう後ろを振り向くのは辞めにしましょう?駄目ですか?」

うちは動けなくなった、なに言い出してるのか自分に歯止めがつかないまま言いきってしまったら今になって身体が震えた、

すると早苗さんが、
「ありがとカナさん?あたし初めてよ、こんなふうにはっきり意見してくれた人、静もしなかったわ・・・、そうね、そうかも
しれないわ・・・、あたしは振りかえってばっかりで、考えて見たらずっと逃げてきてたわ、何処行ってもいつの間にか
それが当たり前のようになって、板についちゃってたのかもしれない・・、きっとその所為ね?浩市さんを苦しめて、それに
カナさん、貴方にもね・・、でもねえカナさん?あたしが此処に留まってしまったら、あたしはまた、欲が出ちゃうかも
しれないのよ?それで如何して、いいって言えるの・・・、もういいのよカナさん・・、よしましょ・・・」
ってそう言って涙を零した・・、

「あの?あたしは見返りがほしかった訳じゃありません、だからそんなふうに言われるのはあたしが困るんです・・、
それにあたしは早苗さんにはお父さん独り占めしてほしいって思ってます、あたしは十分、お父さん独り占めにしてきました
から、だからもうあたしは大丈夫ですよ、早苗さん?お父さんの事お願いできませんか?早苗さんしかいないんです、
お父さん助けてあげてください、お父さんの傍に居てあげて欲しいんです、あたしには出来ない事なんです、だから、お願い、
聞いて貰えませんか?」
って言うと、早苗さんがさらに泣き出した、

如何していいか分からなくてうちは早苗さんの手を握った、すると早苗さんが涙を拭いてうちの顔を見ると、
「ありがとカナさん?こんなあたしで良ければ喜んでお父さんの傍に居させてもらうわ、ありがとう・・・」
そう言うとまた泣いた・・。

その時うちは内心思った、うちより泣き虫かもって・・、でもその思いも一緒にその涙に誘われてうちも泣いた・・。

そんな時、病室の扉の開く音が聞こえて、振り向くと、お父さんが、
「・・早苗、居てくれるのか?すまない、聞こえてしまってね・・・」そう言ってお父さんは早苗さんの傍へと駆け寄って来た、
そんなお父さんに握り締めてた早苗さんの手を譲って、うちはヒデさんの傍へと戻った。

するとお父さんが、
「カナ?ありがとう、幸平君?すまなかったね?お母さん大事にするよありがとう?」そう言って頭をさげた、

すると彼は
「俺は何もしてませんよ、でも好かった、母さん?幸せになってくれよな?カナさん?ありがと君のお陰だよ、ほんとありがと」
って頭をさげて、涙を見せた・・、

「幸平さんあたしは何も、ただ正直な気持ち、伝えたかっただけだから、早苗さん?生意気な事言ってすみませんでした、でも
聞いて貰えてあたし、凄く嬉しいです、ありがとございました、幸せになってくださいね?お父さん?今度こそお幸せに、ね?
それじゃあたしはこれで帰ります」
うちは早苗さんとお父さんに会釈をして病室を出てきた、

そしたらまた涙が溢れだした、それでも涙を拭えないまま歩きだしたら、そんなうちの後ろを彼もまた一緒に歩き出してた、
でもそんな彼に、何も言えないまま、振り向く事も出来ずに病院を出た・・。

その時、うちの肩にヒデさんは腕を回すと何も言わず抱き寄せてうちの顔を覗いて笑みを見せた、
するとその隣にいつの間にかアンちゃんと彼が並んで歩きだして、そしたら泣いてる自分が、なんだか恥ずかしくなって
慌ててうちは涙を拭いた・・。

でも誰も、こんなうちに何も言わなかったけど言葉の代わりに笑顔をくれた、何も言わなくてもその笑顔は暖かくて優しくて、
その笑顔は、何処か寂しかった思いも癒してくれてたように思えた・・・。

何処からともなく吹き抜けてく風に、冷たさを感じながら空を仰いで、冷たい風も気持ちがいいって思えたら、何時の間にか
涙も乾いて泣き顔も笑顔になれた・・。



そして、早くも一年・・・、
巡る季節は、吹き抜ける北風が落ち葉を散らすと、通り抜けてく風に乗って何時しか木枯らしが舞いはじめてた・・、

あれから、久しぶりに顔を見せてくれた彼、幸平君は、半年前、無理だって言っていた医学の勉強をお母さんの熱意に負け
たのか、今やっと・・、渋々だけどやり始めたってため息つきながら話してた、でもそう話してくれた彼の綻んでた笑顔は
何処か楽しんでるようにも見えて、うちにはもしかしたら彼は、口には出さなかったけど、まんざらでもないのかなって、
思えた・・。


そしてひと月前には、幸恵さんが顔を見せて、お父さんも何とか回復を見せて退院する事が出来たって嬉しそうに話してた、
でもそれを期に、やっと住みなれてきたこの街を、考えた末に、また実家へ帰る事に決めた事も何処か寂しげな顔をして涙を
見せてた・・・。

でもそれは仕方のない事だって思う、正直言えば、此処へ住みだすって聞いた時は少し無理があるように思えてたから・・・、
だからうちには、これで好かったんだってそう思う・・、行ってしまうのは寂しいけど、でもやっぱり親子で暮らせるのが一番
いいように思えるから、多分それは・・・、
うちには出来なかった所為なのかもしれない・・・、多分そうなんだって思う、だから行ってしまう寂しさは、今は嬉しい気持に
閉じ込めて、「また会おうね・・」って笑い会って、幸恵さんは帰って行った・・・。



そんな今朝、何故かいつもと様子が違ったヒデさんに、思わずうちは眼が覚めた、傍に居ても伝わってくるヒデさんの熱さに
何気にヒデさんの額に手を触れたら、あまりの熱の高さにうちは思わず「ヒデさん?ねえお願い返事して?ヒデさん?・・」

って言うと、ヒデさんが薄っすらと眼を開けて、
「ああ、亜紀?おはよう、俺は大丈夫だよ、そう心配するな、ちょっとだるいだけだからさ?もう少し寝かせてくれ、悪いな・・」
そう言うと、また眼を閉じてしまった・・、
でも熱が、そう思うとじっとしてられなくて、アンちゃんに声をかけてから、店に駆け降りた、
頭を冷やせるものを用意して急いで部屋へと戻って、ただ、熱を冷やしてあげることだけで、何もできずに、ただヒデさんの
傍に坐り込んだ・・・、

それでも、朝に返事をしてくれてから一昼夜・・・、どんなに声をかけても、何も応えてくれなくて、未だ一度も、眼を開けてく
れないまま、ずっとヒデさんは眠り込んでた・・、

そんな時、アンちゃんが顔を覗かせて、
「亜紀ちゃん?後は俺がみるから少し休みなよ、なあそうしてくれよ亜紀ちゃん?」って言うとうちに毛布をかけてくれた、

「あ、ありがと、でもあたしは大丈夫、ねえアンちゃん?ヒデさん、ヒデさん助けて、あたし怖いの、どうしたらいいの・・」

って言うとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?大丈夫だよきっと元気になるって、俺はそう信じてるよ?だから気をしっかり持ちなよ?こんな亜紀ちゃん
ヒデさんに心配させちゃうだろう、ね?少し休みな?俺此処に居るからさ・・」
そう言ってうちの肩を寄せてうちに膝枕してくれた、

それでもうちは眠れなかった、どんなに目を閉じて寝ようとしても、ヒデさんの顔が眼に焼き付いて離れなくて、ヒデさんの
横顔を見る度に涙が零れた、

するとアンちゃんはうちの涙を拭いて、
「亜紀ちゃん?亜紀ちゃんが手術して意識が戻らなかった時さ?ヒデさん、病院に泊まり込んでたんだよ?どんなに周り
から休みなって言われても帰れって言われてもさ、あの時、俺にヒデさん、今の亜紀ちゃんと同じこと言ってたよ、助けて
くれってさ、でも俺は何も言えなかった、でもさ、ヒデさん、後になって何て言ったと思う?亜紀ちゃんに話しかけるように
してさ・・・、俺の命吸いっとってくれって、そう言ったんだよ、あの言葉は今でも忘れてないよ、そん時俺、思ったよ、この人には
敵わないってさ・・、亜紀ちゃん?ヒデさん、ほんとに亜紀ちゃんが好きなんだよ?そんなヒデさんが、亜紀ちゃん悲しませる
訳無いだろ?明日には、林先生が来てくれるって言ってくれたよ、だから心配しなくて大丈夫だよ?
それにこんなんで亜紀ちゃんが倒れたら俺はそっちの方が嫌だよ、ヒデさんが元気になった時俺言い訳できないだろ?
分かってくれるか~亜紀ちゃん?」そう言って笑って見せた、

「ごめんね?アンちゃん・・、ありがと・・」

って言ったらアンちゃん、
「俺もさ?亜紀ちゃんもヒデさんも失いたくはないんだよ、ふたりともさ、だから俺は、一緒に居たいずっとね」そう言うと
ヒデさんの寝顔を見て笑みを浮かべてた・・。


そして翌朝・・・、
アンちゃんの言葉に少しだけ元気を貰いながらも、それでもやっぱり眠れないまま過ごしてしまった朝、アンちゃんは、
朝の夜明けを迎えた頃に、壁にもたれてかけて眠ってしまってた、

うちはそっとアンちゃんに毛布をかけてからヒデさんの傍へと坐り込んだ・・、
少し下がりだしてた熱は、それでもヒデさんの体力を奪ってた、そんな繰り返しにうちは胸が張り裂けそうで・・、思わず
「ヒデさん・・・」って声にしてしまったら、

アンちゃんが眼を覚まして・・、
「あ、あれ、亜紀ちゃん?あ、ごめん俺、寝ちゃったみたいだ、でもどうした?ヒデさんどうかしたのか?」
って駆け寄って来た、

するとアンちゃんが「ヒデさん?」って声をかけた、
でもヒデさんは目を開けてくれなくて、うちは持ってたお守りをヒデさんの手に握らせて声をかけた、
「ヒデさん?あたし置いてかないでね、約束だからね?」て、手を握り締めた・・、

そしたらアンちゃんがうちを抱きしめて、
「亜紀ちゃん?心配するな、ヒデさんは大丈夫だから・・・」そう言ってうちの手を掴んで握り締めた・・。

そんな時、店の方から扉を叩く音が響いてアンちゃんが、
「あ、俺がでるから・・」そう言って店へとかけて行って、戻って来た時、林さんと一緒に顔を見せた、

すると林さんは、
「ああ、カナちゃん、おはよ?すまないね遅くなって、ヒデさん、どうかな?ちょっと診させてもらうよ?」
そう言ってうちの隣に腰を下ろしすと、診察を始めてた、


その後、林さんが、
「カナちゃん?彼、入院させた方がいいだろね、これからにでも病室用意させるから・・、そうしなさい、ね?」
そう言って、笑みを見せた、

「はい、お願いします、あ、あの先生?ヒデさん大丈夫なんですか?あのヒデさんは・・」
って言って、またうちは泣いてた、

すると林さんは、
「大丈夫だ心配しなさんな、ねえカナちゃん?心配なのは分かるがこれでカナちゃんまで倒れでもしたら、彼、靖君も
大変だ、それにね?彼は大事を取れば心配ない、ねカナちゃん、大丈夫だよ?分かったね?靖君?カナちゃん頼むね?
君も大変だろうが、宜しくお願いしますね?」ってアンちゃんに会釈をしてた、

アンちゃんは、
「あ、はい、それはご心配なく、どうかヒデさんの事、宜しくお願いします・・」そう言って頭をさげてた。

その後、ヒデさんはアンちゃんに付き添われて病院へ連れて行ってしまった、うちも一緒にって思ってた、でも・・・、
アンちゃんは、
「一緒に行きたいだろうけど、ごめん、亜紀ちゃんは少し身体を休めてくれよ、亜紀ちゃん全然休んでないだろ?
今日はゆっくり休んで?明日、ちゃんと連れて行くから、ね?分かってくれるよね?それじゃ行って来る、すぐ帰るから」
そう言って出て行ってしまった。

一人取り残された部屋で、ヒデさんが寝てた布団の前に坐り込んだ、もう抜け殻になってしまった布団に顔を埋めたら、
まだ少し残ってたヒデさんのぬくもりにまたうちは涙も拭いまま目を閉じた・・。

それからどれくらい寝てしまったのか分からない、窓から差し込む夕日に思わず飛び起きた、ヒデさん、アンちゃんは
そう思うと居ても経ってもいられずうちは店へと駆け下りた、

その時うちに気づいたアンちゃんが、
「ああ、亜紀ちゃん少しは眠れた?今はまだ起こさない方がいいと思ったから声掛けなかったんだけど・・、亜紀ちゃん?
ヒデさん大丈夫だよ?林先生がさ、心配いらないってそう亜紀ちゃんに伝えてくれって言ってよ、あ、それとお父さんに
も会ったよ、元気そうだったな、長くは話し出来なかったけど近い内に亜紀に会いに来るってさ?それにヒデさんの事は
自分も診るからって、言ってくれたんだ、お父さん、亜紀ちゃんの事心配してたよ?亜紀ちゃん?明日、一緒にヒデさんに
会いに行こうな?」
そう言って笑ってみせた。


翌朝、アンちゃんと、ヒデさんの居る病院へと向かった・・、
病室中へ入ると、ヒデさんには酸素マスクがかけられて未だ眠ったまま、そこに横たわってた・・、
寝顔に近づいて見たらうちはまた泣いた、傍に膝をついてヒデさんの手をそっと握った、暖かい手、こんなに近くに居る、
なのに何処か遠くに思える・・・、
「ヒデさん?」って声をかけてみた、でも返事は返ってこなくて、ヒデさんの手に顔を埋めた、そして心の中何度も呼んだ、
ヒデさんの名前・・・、そんなの聞こえないって分かってても何度も、何度も繰り返して呼んだ・・、

するとその時ヒデさんの手が微かだけど動いた気がしてうちは顔を上げて叫んだ、
「ヒデさん・・ヒデさん・・・」って、するとヒデさんの眼が薄っすらと開いた、思わず「ヒデさん・・」って顔を覗かせたら、
また眼を閉じた、壊れそうになる心に、それでも(大丈夫・・)って何度も自分にいい聞かせて、ヒデさんの傍に坐り込んだ、


そんな時、扉が開いて、林さんが顔を見せるとうちの傍へ来て肩に手をやると、
「カナちゃん?彼は大丈夫だよ?心配ない、今はまだ、余韻は残ってはいるが、彼なら持ちこたえてくれる、大丈夫だよ?
さあもう泣かないで、ね?、私にも笑顔見せておくれよ、カナちゃんの笑顔は私にも元気をくれるんだよ?お父さんも、
もう時期此処に顔を見せてくれるよ、ねえカナちゃん?」
そう言ってうちを椅子へと坐らせて笑顔を見せてた・・。

林さんがそう言って話してから、数分も経たない内に、お父さんが病室に顔を見せて、「カナ・・・」って声をかけてきてた、
思わずその声に立ち上がったら目の前が真っ白になってお父さんを前にうちの意識が消えた・・。


店の中ヒデさんと忙しなく切り盛りしてる自分の姿に笑みを零して、アンちゃんはうちの隣で笑いながらヒデさんと
何だか楽しそうに話してる、そんな二人の笑う声が響いていつしか一緒になって笑い出してる、
そんな自分の姿が何度も繰り返されてた、そしたらそんな中に飛び込んできたお父さんの何処か悲しげな表情で
うちを見てた、そしたら・・・、


その時、ヒデさんの顔が浮かんで、うちは思わず飛び起きた・・、「ヒデさん・・・」ってベットから降りかけたら、

その時アンちゃんがうちの腕を掴んで、
「亜紀ちゃん?もうヒデさんは大丈夫だよ、だから今は自分のこと大事にしてくれよ?頼むからさ~、ヒデさん必ず
亜紀ちゃんの処に帰ってくる、だから今は少し休もう、なあ?頼む・・」そう言ってアンちゃんが涙を見せた・・、

アンちゃんの涙にうちは、返す言葉を無くしてベッドの上に坐り込んだ、

そんなうちにお父さんが、
「カナ?彼の言うと通りだよ?ヒデさんはもう心配はない、だから少し休んでいなさい、ね?そうしてくれ、眼が覚めたら
知らせに来るから、ねえカナ?」そう言うとお父さんはうちをベッドへと戻した・・、

もどかしさと歯がゆい自分にやりきれなくて、うちは寝かされたベッドの枕元に顔を埋めた・・。
しばらくするとお父さんは、アンちゃんと何か話し込んで何も言わずに部屋を出て行った、その後アンちゃんは、
椅子に腰を下ろして何も言わずそこにうつむいたまま坐りこんでた。

そんなアンちゃんをみている内に、こうして居る自分がみんなの負担になってるようにも思えて来て息が詰まった、
それでも押さえきれない感情はヒデさんの事しかなくて何も出来ないまま、それだけで時間を費やしてた、

そんな時、林さんが部屋へと顔を覗かせて、
「カナちゃん?どう気分は?少し落ち着いたのかな?彼の事気になるか?でも大丈夫、もう少しの辛抱だよ、少し落ち
着いたなら、彼の処へ行って見るか?どうせ此処にいても気がやすまらんだろうしね、どうかな・・・、
あ、靖君?君も疲れてるんじゃないのか?もし好かったら此処で休んでていいんだよ?かけもちは大変だからねえ?
そうしくれても構わんのだが・・」
ってアンちゃんの顔を覗き込んでた・・、

するとアンちゃんは、
「ああ、いえ、ご心配くださってありがとうございます、でも俺は大丈夫ですから、亜紀ちゃん?行ってみるか?」
って聞かれて、うちが頷くと、

林さんは、
「そうか、それじゃ、行こうかね?でも無理はしないでくれよ?ね、カナちゃん?さあ行こうか・・」
って言うと歩き出した、


ヒデさんの病室へ入ると、もうそこにお父さんの姿は見えなかった、久しぶりに会えたのに、でもそれでもそんな思いを
うちは気持ちの隅へ追いやって、ヒデさんの傍へと腰を下ろした・・、
未だに眼を開けないヒデさんの顔へうちは自分の顔を寄せて話しかけた、届かないのは分かってる、それでも何でもいい、
ただ話しがしたくなった・・・、

「ヒデさん?聞こえる?本当は帰って来たらいっぱい話そうって思ってたの、でもあたし待てそうにもないから今話す事に
するね?あたし、夕べ流れ星を見たのよ?一瞬だったけど、でもあたしヒデさんの事願ったの、願い届いたらきっと
ヒデさんまた笑ってくれるよね?また流れ星眼る事が出来たら、その時は一緒に見れるといいね?それからね?夢を見たの、
凄くいい夢よ?夢だけどみんな一緒で笑ってた、帰ったら教えてあげる・・・、だから早く帰ろうね?あたし待ってる・・・、
アンちゃんと待ってるから、ねヒデさん?」

でもなにも応えてくれない、それでも今は何処か気持ちが穏やかになれた・・、あんなに不安で寂しくて苦しかったのに、
こうしてヒデさんに話しかけたら気持ちが楽になれた、そしたら自分から言った言葉に頷いてた、店に帰ろうって・・、

「アンちゃん?心配ばかりかけてごめんね?でももうあたしは大丈夫、ありがと?それであたし今日はこれで帰ろうと
思うの、アンちゃん一緒に帰ってくれる?」

って聞いたら、アンちゃんは、
「ああ、そうだね、でももういいのか、亜紀ちゃん・・・」って言いかけて言葉を詰まらせてた、

「あ、うん、もういいの、これ以上あたしが居ても迷惑かけちゃうから、それにヒデさん休ませてあげなきゃいけないと思う、
だから帰ろうと思うの・・」って言ったら、

アンちゃんは「ああ、分かった・・」って言って苦笑いしてた・・、

思いだけが先へと走り出して見えなかったみんなの心遣い・・、そんなゆとりさえうちは見失ってた、それでもこんなうちを
誰も責めたりしない、誰もが優しくて気を使って大事にしてくれる、それなのに自分の感情に溺れてみんなを苦しめて、
うちだけが辛い訳じゃないのに、今やっと気づいたように思う、こんなうちの処へはヒデさんも帰ってくれる訳無い、だから、
ヒデさんの店で待たなきゃいけないって、そう思った・・・。

「林先生?色々すみませんでした、ヒデさんの事どうかよろしくお願いします、ほんとご迷惑おかけしてすみませんでした
これであたし帰ります、ありがとうございました・・」ってうちは会釈をして病室を出た・・、

その後ろからアンちゃんは何も言わずにうちの隣に並んで歩きだして、ふたりで病院を出た、

するとアンちゃんが
「亜紀ちゃん?ちょっと寄り道していこうか?いいよね・・」って言うとうちの手を握って歩き出した、

呆気に取られながらついて行ったらアンちゃんは、あの樹の下で立ち止って、うちを見ると、
「亜紀ちゃん?登ろう、ね?行こう!」そう言ってうちの手を引くと登り始めた、

そんなアンちゃんに言われるまま一緒に登りだして、樹の頂上に腰を下ろすとアンちゃんが、
「ごめんな亜紀ちゃん?俺いい過ぎたよな、でも、きっと亜紀ちゃん分かってるってそう信じてた・・・、
亜紀ちゃん?俺は、ヒデさんの代わりにはなれないかもしれない・・、でもさ?ずっと亜紀ちゃんの傍に居るよ、だからさ、
無理はしないでほしんだ、一人で苦しんだりするなよ、頼むよ、な亜紀ちゃん?
そうじゃないとさ~、俺、傍に居る意味がないからさ、ヒデさんきっと帰って来る、また元気ないつものヒデさんがさ、な?」
そう言ってくれたアンちゃん、涙を浮かべてた・・、

「ありがとうアンちゃん?あたしは何も見えてなかったよね、辛いのあたしだけじゃないのに、何時も自分の想いだけが
先に行っちゃって、ごめんね?でもねアンちゃん?あたしアンちゃんの事、ヒデさんの変わりだなんて思ったこと無いよ?
それは嘘じゃない、信じて?ずっといつもあたしの隣に居てくれたアンちゃんだから、だから思えないのかもしれない、
それでもアンちゃんは変わりなんかじゃないからね・・・、ありがとアンちゃん・・」
って言ったらまた泣いた、

っするとアンちゃんは、
「好かった、そう言ってくれると嬉しいよ、それじゃ二人でヒデさんの帰り待つとするか?ヒデさんの店でさ」
って笑ってみせた・・。



そして今日も、アンちゃんと二人、ヒデさんの居る病院へと向かった・・、
でも今朝は、空いっぱいに雨雲が覆って、今にも降り出しそうに何処か遠くの空から雷が鳴りだしてた、そんな空は病院へ
着いた時には、ぽつぽつと降りだして来て、その内、大きな雷鳴を響かせると、視界を遮るほどの、どしゃ降りの雨を降らせた・・。

そんな空を、うちは立ち止って見上げながら、ついため息を漏らしたら、
アンちゃんが、「亜紀ちゃん?しょうがないよ、行こう、ね?」って苦笑いしながらうちの手を握った・・。

その手に引かれるまま病室へと歩きだしたら、その時アンちゃんが急に、うちの顔を覗き込んで、
「大丈夫か?ここんとこ顔色悪いよ?少し休んで行こうか?」って聞かれた、

「あ、ありがと、でもあたしは大丈夫よ、行こう、アンちゃん?」って言うと、

アンちゃんは苦笑いして、「ああ、そうだな、それじゃ行こうか?」そう言って、また歩き出した・・、

その時、病室へ向かう途中、お父さんと会った・・、
「あ、あの?昨日はごめんなさい心配かけて、あっでももう大丈夫だから、お父さん?あ、いえ、あのあたし、それじゃ」
何を言ってるのかも、何が言いたいのかさえ自分でもよく分からなくて、言葉に詰まってしまったら、

お父さんは笑みを零しながら、
「気にしなくていいよ?それより、少し顔色が悪いようだが大丈夫なのか?顔も見せなくてすまなかったね・・・
、ああ、そうか、これからヒデさんの処へ行くんだったね?すまない、今度ゆっくり話そう、行っておいで、ねえカナ・・」
そう言ってうちの手を握り締めて軽く叩くと、手を振って行ってしまった、

ちょっと味気ない気もしてつい立ち止ってしまったら、アンちゃんに「亜紀ちゃん行こうか?」って言われて、
気を持ち直してその足でヒデさんの病室へと歩きだした。


それから病室へ入るとヒデさんからやっと酸素マスクが取れているのが見えて、つい嬉しくなってヒデさんに、
「おはようヒデさん?」って声をかけた、でも返事は返って来ない、それでもヒデさんの傍で膝をついていつもの
ように話しかけた、届いてくれなくてもいい、それがうちに出来る全てだから、それしか思いが伝えられないから・・・。

でも閉じたままのヒデさんは、悲しくなるくらい寂しくて息が詰まりそうで、うちは地べたに坐り込んだ、

そんな時、窓の外から雷が大きな音を響かせて稲光が走った、
驚きにうちは咄嗟にヒデさんにしがみついて「ヒデさん・・」って思わずしがみついてしまったら、

するとヒデさんが「亜紀・・」って言った・・・、
その声もその呼び名も嘘じゃない夢じゃないって、うちは「ヒデさん?」ってヒデさんの顔を見たら、ヒデさんが
やっと眼を開けてくれた、なのにうちはヒデさんを前にして顔を埋めて泣き出してた。

そんなうちにアンちゃんが
「亜紀ちゃん?ほら~泣いてたらヒデさん心配しちゃうだろう~?」って、うちの髪を撫でた、

するとヒデさんが、
「亜紀・・・泣いてるのか?・・・」って、うちに顔を向けて笑みを浮かべてた、

そんなヒデさんの笑った笑顔に、ただ涙が溢れてそれでもその笑顔に涙を拭う事が出来なかった、
それでも笑ったヒデさんの、笑顔が途切れてほしくないって思った、でも、うちは言葉に出来ない、ただ嬉しくて・・・、
涙も止まってくれなくて・・・、

その時不意に、背中越しからうちは抱きしめられた、気づくとお父さんが、
「カナ?彼はもう大丈夫だ、よく辛抱したねカナ?でもお前の気持ちが届いたんだよ、ほら?何か話してあげなさい、
ねえカナ?」
そう言って、うちの手を握り締めてお父さんは、ヒデさんの手にうちの手を添えた・・、

「お父さん?」って言ったらまた涙が溢れて、そんなうちの手をヒデさんは握り返して笑みを見せた・・、
でも言葉が何も見つからなくて、ただ「ヒデさん・・」って言ったらまた涙が零れて握った手に顔を寄せたらまた泣いた、

そしたらヒデさんが、うちの髪を撫でて「ありがと・・・」って言って笑った、
そんなヒデさんが握ってくれた手の温もりに、ほっと溜息を漏らしたらうちはその手に顔を乗せて何時の間にか
眼を閉じてた・・。


何処か遠くに聞こえてきたお父さんの声に不意に眼が覚めたらうちはベッドの上で寝てた・・、
ふと見るとお父さんが、
「カナ?気分などうかな?あれほど無理はしないでくれと言っていただろうに、すまなかったねカナ?」
そう言ってうちの手を握り締めて涙を見せた・・。


うちはどれくらい寝てたのかも分からなくて困惑してた時、お父さんの背中越しから林さんが、顔を見せて、
「カナちゃん、気分はどうかな?少し無理をし過ぎたのかな・・、でもよく辛抱したね?ヒデさんはもう大丈夫だ
心配無いよ、でもカナちゃん?今日は少し我慢して此処で泊って行きなさい、ね?」
って言うとお父さんの肩を軽く叩いて出て行ってしまった、

うつむいたままのお父さん、やっと会えたのに、やっと話せるのに、なんて声をかけていいのか言葉がみつからなくて、
ただ・・、「ごめんなさい・・・」って、それしか言えなかった、

でもお父さんは、
「なにもカナが謝る事は無いんだよ?謝らなきゃいけないのは私の方なんだからね・・・、もっと早くに気づいて
やるべきなのに、辛かったねカナ?すまない、ああ、今日は此処で休んでくれ、靖君には話してあるからね、もう時期
来ると思うが、カナ?そうしてくれるね?」
そう話すお父さんは、何故か悲しい顔をしてた・・、

「ありがとうお父さん?いつもごめんなさい・・」って言ったら、

お父さんは、
「私はねえカナ?お前の為なら何も惜しまないよ、お前がいたお陰で私はこうして居られるんだ、元気になったら
今度また静の墓参り一緒に行こう、ねえカナ?その為にもお父さん頑張るから、ね?・・」って笑顔を見せた、

何だか今までにないお父さんの言葉に、うちは、笑顔と一緒に涙が溢れてお父さんに抱きついて泣いた・・。

するとお父さんが、
「カナ?私がお前の身体は治してやるからね?ああ、いかん、今点滴を打ってたんだよ・・」
そう言って慌てて治してた・・、

そんな時、アンちゃんが顔を見せて、
「亜紀ちゃんどう?今日はゆっくり休んで?明日俺、迎えに来るからさ、ヒデさんも今寝てしまってるんだ?
だからまた明日一緒に顔見に行こう、な?」
って言うとお父さんに向き直って、
「あの?色々お世話かけますけど、カナの事もヒデさんの事も、どうかよろしくお願いします、あ、あのすみません・・、
自分がついてながらこんな事に、本当にすみません・・」
ってアンちゃんはお父さんに深々と頭をさげた、

するとお父さんは、
「いや~君の所為じゃないよ、君は本当にカナによくしてくれているよ、返って君の方が大変だろう、私の方こそ
すまないと思っているんだ、すまないね?君は身体の方は大丈夫なのかな?こんな事になって大変だろうが、どうか
無理だけはせんでくれ?これからもカナを宜しく頼むよ?ありがと・・」
そう言ってお父さんも頭をさげた・・。

アンちゃんは、笑顔を見せて「ありがとうございます、それじゃ俺はこれで、カナ?また明日ね、それじゃ?」
そう言ってお父さんに会釈をして帰ってしまった、

その後お父さんはうちの髪を撫でながら、
「それじゃ私も退散しよう、ゆっくり休みなさい、ねえカナ?また来るよ・・」そう言って出て行った。


翌朝、あれだけ降り続いてた雨は、夜明け前にやっと止んで、うそのように青空を覗かせた・・・、
そんな朝早くに、アンちゃんは顔を見せてくれて、二人でヒデさんの病室へと向かった、でも、うちの体調は思ったより
思わしくなくて、それに気づいたアンちゃんに、早めに帰ろうって説得されて、うちはヒデさんの顔を見るだけに留めて、
仕方なく店へと帰った・・・。


それから一周間、いつものように病院へ行くはずの今朝も、うちはまた体調を崩した、その所為でアンちゃんは一人
病院へ行くと言い出して、大丈夫だって言っても、アンちゃん・・、

「駄目だって!無理しないでくれよ、な?そんな亜紀ちゃん連れて行ったら俺がヒデさんに怒られちゃうだろ?だから
今日はゆっくり休んでなよ、また明日があるんだからさ?ね亜紀ちゃん?」

って言われて返す言葉もなくて仕方なく頷いたら、アンちゃんは笑顔を見せてひとり病院へと行ってしまった・・。


よくなったように思ってたのに、どうして・・、そんな事、考えながらうちは窓枠にもたれかけて腕に顔を埋めた・・。

アンちゃんが出て行ってから半日が過ぎた頃に店の扉を開ける音が聞こえて、ふと気づいたら眠ってた自分に
驚きながら、うちは慌てて店へと駆け下りた、

するとアンちゃんはヒデさんと一緒に帰って来た・・、(ええ、うそ、どうして・・)
そう思いながら、驚きに立ちつくしてしまってたらヒデさんは「亜紀?ただいま!」そう言って笑顔を見せた、

するとアンちゃんが、
「ああ、亜紀ちゃん?ただいま!驚いた?いや、ヒデさん帰るって言い出しちゃってさ?まだ早いって言われたんだ
けど、ちょっと無理言って退院してきちゃったんだ、参っちゃうよな~ヒデさんにはさ・・」
そう言って苦笑いしてた・・。

「でも、ヒデさん?どうしてそんな、無理・・・」

って言いかけたら、ヒデさんは、
「亜紀は嫌だったかな?俺は早く帰りたかったんだけどな・・」って笑って見せた、

その言葉に思わず、
「もうどうしてそんなこと言うの?嫌な訳無いでしょう、ずっと・・」その先が言えずにうちは泣き出した、

するとヒデさん、
「悪かった亜紀?ごめん、だからもう泣かないでくれよ、な亜紀?悪かったよ」って笑顔を見せた・・・。

Ⅱ 三十六章~時の終焉に~

時は通り過ぎてく季節のように、幾つもの痛みも思いも癒しに変えて忘れさせてくれる・・・、それでも元の日常に
戻るにはひと月の時間を費やして、少しづつ活気を取り戻してきた店も、今やっと笑顔が戻った・・・。

そんな今朝、店の前に出て朝の空気を胸一杯に吸いこんで、うちは登りだした朝日を眺めた・・・、
冷たい空気も穏やかな日差しに包まれて、吹き抜ける北風は、何時しか優しい風に変わって心地良さを感じてた、
そんなうちの両脇にいつの間にかアンちゃんとヒデさんが並んで立ってた、

その時うちの顔を覗き込んできたヒデさんが、
「おはよ~亜紀・・」って言うと、アンちゃんが「おはよう亜紀ちゃん・・」って声をかけてきた、

するとヒデさんは、
「眠れなかったみたいだな?何か心配ごとでもあるのか?」って聞かれて、

「ああそんなんじゃないよ、ただ眠れなかっただけ、あ、でもどうして知ってるの?もしかしてヒデさんも
眠れなかった?」って聞いたら、ヒデさん、「ああ・・・」ってそれだけ言って黙ってしまった、

その時アンちゃんが、
「二人とも遣る事が一緒なんだな?ああ・・、でも、こうして三人で朝の空眺めてるのも久しぶりだな~」
そう言って空見上げた、

するとヒデさんは、
「ああ、そうだな・・・、あ、どうだ?今日は店閉めて、久しぶりに海でも行かないか?寒いけど冬の海ってのも悪く
ないと思うんだ・・、あれ以来何処も行かずに、なんかあっという間だったしな・・、だからさ、どう行ってみないか?」
って聞きながら空見上げて苦笑いしてた・・、

そんなヒデさん見てたら、時々悲しい顔を見せるヒデさんを思い出させて少し胸が詰まった、

するとアンちゃんは
「ああ、いいなそれ、行こうよヒデさん?ねえ亜紀ちゃん行かない?」って乗り気になってた・・、

何処か嬉しそうなアンちゃんに、どうして急にそんなこと言い出すのか分からないけど、ヒデさんの心が癒せる
ならそれものかなってそう思えた・・、

「そうね?それじゃヒデさん、宜しくね?」ってヒデさんの顔を覗き込んだらヒデさん「ああ、それじゃ行こうか?」
って笑顔を見せた・・。

そうして唐突とも言えるヒデさんの思いつき、なのかは分からないけど、海へと歩きだした・・、
嬉しそうなアンちゃんに、一人何処か考えながら歩いてるヒデさん、ちょっと不釣り合いにも見えた二人の後ろ姿を
眺めながら、歩いた。

それからやっと海が見えだしてきた時、急にアンちゃんが、
「ヒデさん?どうして海って思ったの?俺さ?何となくだけど、ヒデさんが・・、あ、まっいっか、でも、俺、ヒデさんも
亜紀ちゃんも好きだよ?だからヒデさん?考えすぎないでくれよな?俺はずっと一緒に居たいからさ、ずっとね?」
ってそう言いながら桟橋までかけて行った、

ヒデさんはアンちゃんの言葉に苦笑いしながら
「それは俺も一緒だよ、考えすぎてなんかないさ・・」って独り言のように呟いた、

すると急にうちの顔を見て、
「なあ亜紀?俺は亜紀に何もしてやれない、けど亜紀のいない人生なんて俺は考えたくないし考えられない、だからさ、
ずっと亜紀には一緒でいてほしいってそう思ってるんだ、亜紀?もう無理はするなよ、頼むからさ・・、な?・・・・さて
それじゃ行こうか?海にさ、なあ亜紀?」って言うと、
いきなりうちの手を握って走り出した、そして堤防の前まで来た時ヒデさんは、うちの両手を握り締めて、
「亜紀?生きるも死ぬも一緒だ、だから一人にはしない、一人じゃないからな!」

って言いだして、何だか迷いが吹っ切れたような顔をして笑って見せた、

どうしてそんなこと言うのか、まだうちには理解できない、ただ、うちがもうこの世からいなくなるようなそんなふう
にも聞こえたヒデさんの言葉は、胸が押しつぶされそうで耐えきれなくなってその場に座り込んだ、そしたら・・、、
ヒデさんもまたうちと一緒に地べたに座り込んだ・・・、

「ねえヒデさん?あたしはもう駄目なの?もう生きられないのかな?だからヒデさんそんなこと言うの?ねえ教えて?
お父さん、言ってくれたの、あたしの身体は絶対お父さんが治してやるって、だからあたし安心してた大丈夫だって・・・、
でもこれってあたしは駄目って事なのかな、ねえヒデさん?」

ってヒデさんにしがみついたら、ヒデさん、なぜか戸惑ってた、するとヒデさん、「・・亜紀・・」そう言ってうちを見ると
「そうじゃないよ、そうじゃ無くて俺は、もしものことを言ってるだけだよ・・」
って言ったヒデさんは、うつむいたまま黙りこんでしまった、


そんな時アンちゃんが、うちとヒデさんの間に割り込んできて、
「何やってるの?どうしちゃったんだよ、二人とも?らしくないだろ?しっかりしてくれよ!こんなんで心折れてどう
すんだよ、死ぬのは簡単だよ、何時でも逝けるさ?でもさ?二人は違うだろ?どんなことしても一緒じゃなかったの?
俺はそんな二人が好きなんだよ?今まで積み重ねてきた事も、どんな時だって乗り越えて来た事もこんなんで台無しに
するつもりなのか?頼むからさ~しっかりしてくれよ?なあヒデさん?亜紀ちゃん?・・」
そう言ってアンちゃんは海に眼を逸らした・・。


アンちゃんの言葉に何処か気持ちが楽になれた気がした、でも、それでも気持ちの何処かでやりきれない思いが壁を作っ
て頷けない自分が居る、不意に空見上げたら、何時になく青空で薄っすらと、と切れ雲が散らばってるだけ、こんなに晴れた
空なのに、どうして気持ちは、晴れてくれないのかなって思った、
視線をヒデさんに向けたらヒデさんはずっとうつむいたままうちの手を握り締めてた・・。

吹き抜けてく北風は潮の匂いと一緒に身体の芯まで凍て着かせて、もう涙は出なかった、何故だか泣いてる自分が情けない
気もしてた、それでもうちは動けずに坐り込んで、どれくらいこうして居るんだって思った、次第に足が氷つくように
シビレ出して感覚までもが薄れてくのが分かった、

そしたらその内、身体中が震えだして収まりがつかなくなったら、堪えきれずに身を縮めて震えを押さえた、
するとヒデさんが、
「・・亜紀、亜紀大丈夫か?あっごめん寒かったよな、行こう、な亜紀?・・」そう言ってうちに自分のジャケットをかけた、

その時アンちゃんが、
「ヒデさん?この近くに旅館ってあるの?」って聞くとヒデさんは「ああ、ある・・、とりあえず行こう・・」そう言って
海からは少し離れた処に随分と古そうな旅館へと入った、


こじんまりとしたその旅館の一室に通されて、うちは震えが治まらなくて部屋に入ったらその場に坐り込んで縮こまってた、
そんな時、案内してくれた仲居さんが気にかけてくれて、お布団とストーブまで用意してくれてうちは寝かせて貰った、
その時、ヒデさんと顔を見合せた仲居さんが急に、
「あの、失礼だけど貴方、あの、ヒデちゃん、じゃない?人違いならごめんなさいね?お父さんと来られた事あったわよねえ?
違ったかしら、よくそこの海岸で釣りにいらしてた、雅さんの息子さん、じゃない?よく似てるのだけど、人違いかしらね?
ああ、ごめんなさいね?面影がよく似てるものだから、ごめんなさい・・」

って言ったらヒデさんは、
「ああ、あの、うちの親父、知ってるんですか?俺の親父の名前、雅って言うんです、何度か此処には連れて来て貰った記憶は
あるんですけど、すみません、もう随分経つんでよく覚えてなくて・・・」って言って苦笑いしてた、

すると仲居さんは、
「あら~やっぱりそうなのね~?それでお父さんはお元気でいらっしゃるの?もう随分来られなくなったから気になってた
のよ、それにしてもヒデちゃん随分大きくなられて、もうご結婚されてるの?あ、でもあの頃と変わってないわよね~面影が
あるもの、でもほんとあの頃の雅さんによく似てきたわよね~」そう言って一気にしゃべりだしてた、

ヒデさんは、
「ああ、親父は事故で死にました、その後お袋が逝っちゃって、でもお陰さんで今俺も所帯を持って、あ、彼女が俺の女房です」

って言うと、仲居さんは、ちょっと驚いた顔して
「あら?雅さん、亡くなられたの?えっあら嫌だ、そうなの?あの雅さんが・・、そう亡くなられたの?そう?もう一度お会い
したかったのにねえ・・・」そう言って沈み込んで、そうの内、また笑顔になって、
そしたらうちの顔を見て・・・、
「あらごめんなさいね?それじゃ奥さんて?ああ、そう~、でも何処かお悪いの?ああ、そうそう、いい先生がいらっしゃる
のよ?なんならお呼びしましょうか、そう、そうしましょうよ、ね?」って一人納得して部屋を出て行きかけた、

その時ヒデさんが
「ああ、あの、ご心配なく~?あの・・」って言いかけると、仲居さんは、
「あら?心配しなくてもお題は取らないわ?雅さんも良く知ってらっしゃる方なのよ?仲がよろしかった方だから、ちょっと
待っててね?」そう言って出て行ってしまった、

呆気にとられたヒデさんは何も言わず坐り込んでその内思い出したように、うちの額に手を当ててふとため息ついた、
するとヒデさん、
「亜紀?まだ寒いか?悪かったあんな処に、ごめんな?それでさ、亜紀?俺の言った事で亜紀に誤解してほしくないから言う
けど、あの時の俺、どうかしてたごめん、ただ俺が勝手に先走ってただけなんだ、ほんとにそれだけだ、だから考えすぎないで
ほしんだ?信じては貰えないかな?今さらこんな事言うの、言い訳にしかなんないけど、ほんと悪かったごめんな?・・」
そう言ってまたうつむいてた、

「ヒデさん?あたし信じるからもう気にしないで?それにもうあたしの為に苦しまないで、あたしは大丈夫よ、ありがと?」

って言ってたら、そんな時、仲居さんが顔を見せて、
「ああ、ヒデちゃん?連れてきたわよ?この方、橋本先生・・、あ、それじゃ先生?お願いしますね?」

そう言って連れてきたのはお父さんと大して変わらない年配のそれでもなんか日に焼けた色黒な人、その橋本さんが
ヒデさんの顔を見るといきなり駆けよってきて、ヒデさんに、

「おお、君か~、雅の息子の、そうか~そう言えばよく似てるな~、ああ、すまないね?いやあ君の親父さんとは釣り仲間でね?
よく一緒させて貰ってたんだよ、しかし驚いたな~雅の奴逝っちまったとはね~、なんか寂しいよ、いい奴だったんだがな~、
しばらく見ないと思ってはいたが、俺より先に逝っちまうとは、なんとも遣りきらんな・・、ああどう?店はまだ、続けている
のかな?ああ、そうか、おかみさんも亡くなったんだねえ?素敵な女性だったんだがな~、あ、いや誤解せんでくれよ?別に
いやらしい意味じゃないんだ、あっすまない、あの具合が悪いと聞いたんだが・・・、奥さんかな?ちょっと診せて貰えるかな」

って言うと、うちの処へ来て、
「ああ、これはまた素敵な奥さんだ、初めまして、私は橋本といいます、此処の旅館では、ちょっとした馴染みでねえ?ちょく
ちょく寄らせて貰ってるんだよ、あっまあそれはいいか・・、あ、それで・・具合が悪いと聞いたんだが、ちょっと診させて貰って
もいいかな?」って聞かれて、戸惑いもしたけどなんかこんなことに慣れてきたのかそんなに抵抗も感じなくて・・、

「あ、はいすみません、宜しくお願いします・・」って言うと「ああ、いや~こりゃ丁寧にどうも・・」とか言い出してちょっと
調子狂ったりもしたけど、診てもらう事にした・・、

そして診察を終えると橋本さんは、
「君は~?何処かまだ通ってる病院があるのかな?だとしたらそこで診てもらったほうがいいだろ、ヒデ君?連れてって
やんなさいよ、この場では何とも言えんが早めに診て貰った方がいいと思うな、奥さん?失礼だがお名前、教えて貰っても
いいかな?別に可笑しなことしよってんじゃないんだ、まあ私も医者のはしくれでねえ、色んな患者診てる職業病って奴
かな、無理には聞かないが、よかったら教えてくれるかな?」って聞かれて・・、

「あ、はい、あたし大島カナって言います・・」って言ったら橋本さんなんだか少し驚いてた、

うちは気になって、「あの~どうかしました?・・」って聞いたら、

橋本さんが、
「あ、すまんね、失礼だけど、君の母親の名前、もしかして静って言うのかな?大島静、ああ、唐突にすまないね?あっ違って
たら申し訳ない、だが、あいや、君が、好く似てるもんでついねえ、ああ、いいんだよすまなかったね、ありがと・・」って言った、

その名前にヒデさんもアンちゃんも驚いてた、
「あの~?あたしのお母さん静っていいますけど、先生はお母さんの事ご存じなんですか?もし好かったら教えて貰えませ
んか?お母さんとは何処で・・、あの、教えて貰えませんか、お願いします」

って言うと、また驚いた顔をして、
「ああっそうなのか、すると君は、あの静さんの?ああ、やっぱりそうか?よく似てるはずだ、そうか、聞いてみるもんだな、
で、お母さんは?とは言っても、まあいいか、
君のお母さんは、私の病院で看護婦をしていたんだよ、あの時、君は確か~まだ赤ん坊だったかな?
ああ、あの時は・・・、あっそう、深夜に君を連れて診察に来られたんだよ、君じゃなくお母さんの診察だったんだがね?
お母さん胸を患っててねえ、まあそれだけじゃなかったが、けど、本人もそれは承知してるようだったな~?だから診察が
すむと薬がほしいだけだからと言ってね~薬だけ貰って帰ろうとしてたんだよ、
だがその時の彼女はとてもじゃないが帰せるような状態じゃなかったんだ、それで私は入院を勧めたんだよ、だが彼女は
そんなお金はないからと言って聞かなくてね~、
それで色々話しを聞いてたら看護婦の経験があると言うんで、私は医療費は要らないから働いてくれるように勧めたんだ、
そしたらやっと治療入院を認めてくれてその後住み込みで働いて貰ってたんだよ、
だが子供抱えてどうして一人出てきたのかは話しては貰えなかったがねえ・・・、しかし彼女は凄い頑張り屋さんでね~?
子供抱えながらも良くやってくれてたよ、ああ、あの時は確か君の面倒を誰だったかな~?
働く時間だけ看て貰ってた人が居たんだがな~んん~忘れてしまったな~、まあでもそれから一年、かな?あっいや、
二年だったかな・・・、その頃に娘が居なくなったって言って私の処へ来たんだよ、それで私が捜索願いって言ったら、彼女は
それは絶対辞めてほしい、迷惑になるから此処を辞めさせてくれとそう言ってね~そう言ってたと思っていたらいつの間
にか病院から姿を消してしまって、それっきりだった・・、いい女性だったんだが患者さんのみんなから好かれて、まあ私も
その中の一人なんだがね?中々いなかったよああいう人は・・・、で、お母さん、今は?」って聞いた、

「あ、はい、お母さんは、あたしが幼児の頃に肺炎で亡くなったそうです、だからお母さんの事は何も、あの、ありがとござ
いました、少しでもお母さんの事知ってる人に出会えて嬉しいです、診察も重ねてありがとうございました」

って言って頭をさげた、すると橋本さんは、
「ああいや~君、ほんと静さんだな~仕草までそっくりだ、その丁寧さもね、そうか彼女、逝ってしまったのか・・、まあ、
あの体では、そうだな~君は~あっ、まっいいか、それより君は早く診てもらいなさい、その方がいい・・」
そう言って黙りこんでしまった・・。

その後、何も聞けないまま、一晩そこの旅館にお世話になって翌朝、その足でお父さんの病院へと向かった・・、
病院へ入って、林さんの部屋の入り口まで来た時、誰かと話す声が聞こえてきて、扉を開けるのに戸惑ってしまったら、
ヒデさんは、何も言わず扉をノックして中へと入った、

中を覗くと林さんは、お父さんと椅子に腰を降ろしてるのが見えた、するとヒデさんは、
「あっどうも朝早くからすみません、今日は・・」

って言いかけたら、林さんが、
「ああヒデさん?どうかな、あれから調子の方は?好かったよ、昨日そっちへ寄ったんだが留守だったようなんで帰って
来たんだ、でも好かった、カナちゃん?一緒に来てくれたんだね、ほんとよかった・・」

って言うと、お父さんが、
「カナ?どうだあれから変わった事はないか?気になっていたんだよ・・」

って言うと、ヒデさんは、
「それで今日はカナを診てもらいたくて伺ったんです、お願い出来ますか?少し寒気があるようなんで、すみません・・」

って言うと、お父さんが少し驚いた顔をして、
「それはいかん、それで熱は?あ、まあいい、すぐに診よう、カナ?行こうか、ね?林?頼んでもいいか?」

って言うと林さんは、
「もちろんだ、カナちゃん?それじゃ~向うの部屋へ行こうか、ね?」って言われて何も応える間もなく診察室へと入った、
それから一時間、検査を終えて、部屋へと戻ると思っていたら、林さんに、

「カナちゃん?少し此処で休んでてくれるかな?彼も此処へ呼んでちょっと話すとしよう、今連れてくる、すまないもう少し
待っててくれ、それじゃ・・」
そう言って部屋を出て行った、

取り残された部屋で何処か不安だけが胸をついた、寝かされたベッドの上で天井に煌々と点いた電気を横目に何処かに窓は
って探索をしてたら、みんなが部屋へと入って来た、

すると林さんが、
「おお、カナちゃん、すまない待たせたね?ああ、それでどうだろ、しばらく入院しないか?お父さんもその方がいいと言って
るんだよ、少し此処で様子をみたいんだがね?どうかなヒデさん?」
そう言ってヒデさんの顔を見た、

ヒデさんは、
「・・はい、カナそしてくれるか?俺は待ってる、だから先生にお任せしていいよな?」って聞いた
(そんなこと聞かれて嫌だなんて言える訳無いのに)ってそう想いながらも何も言えなくて「はい、宜しくお願いします・・」

って言うと林さんは、
「そうかそうしてくれるか、好かった、それじゃさっそく部屋を用意させるよ、悪いが、もうしばらく此処で休んでて貰える
かな?すまないヒデさん?後で色々話しておきたい事もあるんだ、だからその間カナちゃんのお相手してて貰えると助か
るな?それじゃ宜しく頼みますね」
そう言って部屋を出て行ってしまった、

その後アンちゃんもヒデさんも傍に置かれてた椅子に腰かけると何も言わず坐り込んでた、静かすぎる部屋の中・・・、
何故だか押し黙ったまま坐り込んでる二人、想いい詰めたような顔をしてるそんな二人を見ていたら、何処か遣り切れない
想いにうちは押しつぶされそうで、居たたまれなくなった、

「ねえどうしたの?もしかしてあたし、もう帰れない?アンちゃん、ヒデさん?・・」

って言ったら、アンちゃんもヒデさんも驚いた顔して、いきなりアンちゃんが、
「そんなことある訳無いだろ?帰れるさ、絶対帰れる、だからそんな事言うなよ、あ、ごめん、いやちょっと出かけたのよくな
かったのかなって、後悔しちゃってさ?ごめん亜紀ちゃん・・」って謝ってた、

そしたらヒデさんが「俺があんなとこに、ごめんな?」って謝ってうつむいてしまった、

「どうして二人が謝るの?あたしも海に行きたかったから一緒に行ったのよ?誰もこんな事望んでた訳じゃないでしょ?
お願い、謝らないでよ、二人がそんな顔してたら、あたし此処に居るの怖くなるの、あたしは二人と過ごせたこと後悔なんて
して無いよ、後悔してるのはこんなあたしだから・・」

思いは何時だって空回りしてるってそう思えたら涙が溢れた、気持ちだけではどうしようもないこと、分かってるはずな
のに・・そんなうちの傍に、ヒデさんが腰をおろして、
「・・亜紀の気持ち考えてやれなくて悪かったな?許してくれるならさ、機嫌直してくれよ、ごめんな?」って笑って見せた・・

そんな時、林さんが顔を見せて・・、
「おお、すまない、思ったより遅くなってしまったようだ、待たせたね?それじゃ行こうか?部屋は一人部屋だから気がねなく
使っていいからね・・」
そう言うと、何か探し物をしだして、それを手にすると一緒に部屋を出た・・、

行くと林さんの部屋からさほど離れてなかった、案内された病室は綺麗な部屋で、新しくてまだ誰も使ってないように見えた、
六畳ぐらいでベッドは壁一面に張られたガラス張りの窓の横に置かれて、傍に小物入れのボックスが縦長に置かれて、隣には
窓際に面して小さなテーブルに、椅子が二つ・・、ドアの脇には、洗面用の流し台が取り付けられて何のドアだか二つ、でもなに
もが真新しいって思えた・・、

そんな部屋を見渡してたら林さんが、
「カナちゃん?驚いたかな、実を言うとこの部屋は君たちの為に取っといた部屋なんだ、別に入って欲しいからじゃないんだ?
ただ、こう立て続けだとどうしても部屋の確保が難しくてね、大島と話して決めたんだよ、何時でも君たちの誰が急患で入って
もいいようとね?まあ、それは前々から大島のたっての希望でもあったんだよ、カナちゃんが気兼ねなく使えるようにってね、
そう思っての事なんだが、だからと言ってカナちゃんを此処に入れたい訳じゃないから誤解しないようにね?
あ、余計な話しだったかな、すまない、さあかけてくれ」
そう言って勧められた椅子にアンちゃんとヒデさんが腰かけて、うちはベッドへと腰を下ろした、

すると林さんが、
「カナちゃん?横になってていいんだよ?着替えならそこのボックスの中に入ってる、それとそこの扉の部屋は更衣室に
なって風呂も付いてるんだ、まあ、カナちゃんの好きに使ってくれ、さっそれじゃ話そうかな、今日診た検査でも分かった事
なんがねはっきり言ってこのままではカナちゃん、あまりいいとは言えない、だからあえて私は伝えておこうと思う、
もう私も後悔はしたくないんでね・・、大島は反対したんだがヒデさん、君と安君ならカナちゃんは支えられると私は信じる、
だから大島を口説き落とした、ただねえ、カナちゃんには酷な話しになってしまうが、でもそれもカナちゃん?君を私は
信じたい、どうかなカナちゃん?私の言う意味を理解してくれるかな、それと私を信頼してくれたらの話しなんだが・・」
そう言ってうちの顔を見た、唐突過ぎて応えに戸惑った、

そんな事急に言われて、どう理解すればいいのか、でも、気づいてなかった訳じゃない、なにも感じてなかった訳でもない、
何となく分かってた、こうなる事、ただうちは、認めたくなかっただけ、でももう逃げられないのかな、今うちはこの部屋の
意味を理解できた、意味なく与えられた部屋じゃないってこと、お父さんの気持ちも理解できたように思う、ならうちの選択
しはもうない、此処に居る事がお父さんの最善ならもう決めるしかないことなんだってそう思えた、だから・・・、

「はい、大丈夫です、聞かせて貰えますか?お願いします・・」って言ったら、ヒデさん驚いた顔してた、

すると林さんは、少しだけ笑みを見せてヒデさんに向き直ると「ヒデさん、君はどうかな?」って聞いた、

少しの間を考え込んでたヒデさんが、やっと顔を上げてうちを見て笑みを見せると「はい、聞かせてください、お願いしま」
そう言って頭をさげた、林さんは、笑みを浮かべて頷くと、

「そうか、よかったありがと、絶対無為にはしないよ、約束しよ!それじゃ話そうかな・・」そう言って
最初の話しはお母さんの病の話しから始まって、うちの事を関連ずけてた、そして今のうちの状況は思わしくないって
説明してた、もしかするとお母さんと同じ繰り返しになるかもって、お母さんの病が完全じゃないって言ってた事、今に
なってうちは思い出した、あの時林さんが悔やんでるって言ってたこと・・・、
そしてその事に林さんは、
「だから今の内に治しておきたい、最初に手術した時に完全に治していれば好かったんだがね、だがその時の状況では
それが出来なかったようだ・・、すまん、もっと早くにこうするべきだったのかもしれん、ただはっきりとした事が分からな
くて、決めかねて来たんだよ、だが私も大島も無駄に診てたきたわけじゃないつもりだよ、分かって貰えるかな、それでも
まだ調べなきゃならん事は山積みなんだが・・、すまないね?でもカナちゃんの事は全て私が責任を持つ、この事は大島にも
納得して貰ったよ、だから君たちにもそれで納得して貰いたい、申し訳ない・・」そう言って頭をさげた、

するとヒデさんは
「先生?俺はお父さんも先生も信じます、だから顔を上げてください、カナの事宜しくお願いします・・」

って頭をさげると林さんは、
「ありがとう、ヒデさん・・」って言って「カナちゃん?心配しなくても大丈夫だ、必ず治してあげる、信じて貰えるかな・・」

そう言ってうちの顔を覗き込んでた、
「あ、あたしは大丈夫です、信じてますから、だからあの?宜しくお願いします・・」

って言うと林さんは、「すまないね?カナちゃん、ありがと・・」そう言ってうつむいてしまった。

いつの間にか静まりかえってしまった病室の中、ヒデさんもアンちゃんもまたうつむいたまま黙りこんでしまった・・、
そんな二人をうちは見たくないって思った、何処か不安を掻き立てているようで逃げ出したくなりそうな気にさせて、
もう帰れないかもしれない、そう思わせるそんなふたりが・・・、

「ねえヒデさん、アンちゃん?あたしは二人と一緒にいていいのかな?あたしずっと一緒に居たいって思ってる、だから
また帰りたいって思う、でもそれはあたしの勝手な思いなのかも、でもね?あたしはお父さんが言ってくれた言葉、今も
信じてるの、それにアンちゃん言ってくれたでしょ?死ぬのはたやすいことだって・・、だからこうして此処までこれたんだ
からって言ってくれたよね?あの言葉はあたしは嬉しかった、あたしもそう思えたから、だからあたしは二人の処に・・・・」
って言いながら、

うちは疲れて身体が自然と横になった、ただ涙だけが止まらなくて、なんだか瞼が重くなったら眼を閉じてた・・。

眠い訳じゃない、ただ考える事も、想いを募らせてる自分にも、ただ疲れただけ、そう思いながらいたら、またうちは泣いてた、
眼を閉じてても、伝ってくる涙が教えてくれる、その時、傍でヒデさんの声が聞こえて、うちは無理やり眼を開けた・・、

いつの間にかヒデさんもアンちゃんもうちの傍でうちの顔を見て笑ってた、
するとヒデさんが、
「亜紀?ずっと一緒だよな、やっぱり亜紀がいないと駄目なんだ俺、だから帰って来い、な?絶対だ、約束してくれないか?」

ってうちの手を握った・・、
「ありがと、約束するね?そしたらまた、海、行こうね?・・」ってつい思いのまま言ってしまったら、やっと眼が覚めた、

二人の笑った顔をみて、慌てて起き上がろうとしたら、アンちゃんに、
「亜紀ちゃん?いいんだよ寝てなよ、ね?起きなくても俺もヒデさんも此処に居るからさ?傍に居るよ・・」って笑った・・、

その時やっと気づいた、自分の腕に点滴がうたれてる事も、そして自分がほんとは寝てしまって、そう気づいたらまた泣いた、

そんな時、お父さんが顔を見せて「ヒデさん?どうかな、カナは・・」

って聞いてうちを見ると、お父さんは、
「カナどうだ気分は?ああ、そうだ、もうそろそろお昼になるんだが、今日はみんなの分も昼食を用意させたよ、好かったら
みんなで一緒に食べてくれ?あ、それでねえカナ?私はお前と約束したねえ?静のお墓参りに行く事だ、それで、お前の
調子を見てからだが明日にでもみんなで行きたいと思っているんだが、どうだろカナ?ヒデさん、安君?店もある事だ、
無理には言えないんだがそれでも良ければ・・」そう言って言葉を詰まらせてた・・、

「お父さん?連れてってくれるの?あたし行ってもいいの?」

って言うとヒデさんが、
「お父さん、喜んでご一緒させて貰いますよ、ありがとうございます・・」って笑顔を見せた、

お父さんは、
「おお、そうか、好かっありがとう、ああ、それでねえ、今日は此処で泊って構わんのだが狭いだろ?どうだろ、私の家へ
来ないか?早苗がねえカナ?お前を迎え入れたいそうだ・・、それでお前に来てほしいと言ってくれたんだよ、どうかな
私も来てほしいんだがね、今日は幸平君も来るそうだ、たいしたもてなしは出来ないかもしれないが、どうだろヒデさん、
安君、カナ?来ては貰えないか?」そう言って、笑顔を見せた・・、

それはうちにとって夢のようで嬉しい、でも何故か喜べない自分がいる、それがどうしてなのか分からなくて、そんな
自戸惑ってたら、うちは何も言えなくなってた。

その時ヒデさんがうちの顔を覗き込んで、
「どうしたんだ亜紀?こんな嬉しい事ないだろう?何か心配なのか?」って聞か、やっと気づいた、自分の不安に・・、

「あの?お父さんあたし凄く嬉しい、でもこんなにして貰って返って心苦しいかな、それにね?こんなにしてくれるのって・・、
どうしてかなって・・、だってあたしは入院だって言ってたのに、あの、あたしやっぱりもう・・」

って言いかけたらお父さんが、
「カナ?そんな訳が無かろう、私はそんなつもりで話した訳じゃないんだよ、これはねえカナ?早苗から言ってくれた事
なんだ、お前を迎え入れたいとそう言ってくれてねえ?私は嬉しかったよ、やっとお前を受け入れてくれた事が・・・、
私の願いでもあったからだよ、私はねえカナ?お前が私をお父さんと呼んでくれた時からずっと思い悩んできた事がある
んだ、それはお前がいつもどんな事にも一人で抱え込んで何でも背負い込んでるお前を知ったからだ、それでも私はそんな
お前に何もしてやれずに来てしまった、すまなかったねカナ?でももうその背負ったものはお父さんに譲っておくれ?私が
背負うから?もういいんだよカナ?もう何も気兼ねする必要もないんだよ、私はねえ?お前と一緒に暮らしたいとずっと
想ってたんだ、笑うかも知れないがカナ?たまには父さんにも甘えてはくれんか?情けない話だが近頃はどうも寂しい気が
してねえ、歳の所為かもしれんな、やもすると早苗と幸平君に影響された所為かも
しれん、私も弱くなったものだね・・・、ああ、それとねえカナ?一日出たからといってお前に無理をさせるつもりはないんだよ
私がお前と過ごしたいとそう思ったからなんだ、それに私は早苗の気持ちを無為にはしたくない、この事はもう林の承諾は
取ってあるんだよ、とは言ってもこれは私のわがままなんだがね、カナ?お前さえよければ、お父さんと一緒に過ごしては
くれないか?そして明日、母さんの墓参りに一緒に行って欲しいんだがね?少しはお父さんにも親らしい事させてほしい
んだ、分かってくれカナ?」そう言ってうちの髪を撫でた、

お父さんの思いも辛さも、今はじめて聞かせてくれたように思う、無理やり遠ざけてきたうちの思いをお父さんは知ってた、
ずっと気に病んで来たんだってこと今改めて知った気がする、うちも甘えたいって思ってた、一緒に暮らせたらって思い
描いたことも・・・、でもそれはうちだけの思いじゃなかった、お父さんの本当の寂しさを分かってあげてなかったんだって
こと、今になって気づいたように思う、こんなにもお父さんを身近に感じた事はないようにも思えた、ずっと押さえてきた

思いも、ずっと遠ざけてきた感情が溢れだしたら、言葉なんて見つからない、そしたらもうとめられなかった、何も言えない
代わりに涙が溢て、うちは泣き出してた・・。
でも嬉しいから、悲しい訳じゃないから、だから、今は泣いててもいいよね、お父さんの思いに触れていたい、だから今だけ、
そしたらきっと、いつもの笑顔取り戻せるような気がするから・・。

そんなうちにお父さんが、うちの涙を拭って髪を撫でながら
「カナ?お父さんと来て貰えるかな?もう泣かないでくれ、私はお前の笑顔が見たいんだがね?カナ・・」
そう言ってうちの顔を覗きながら笑顔を見せた、

その笑顔にうちは涙を拭いた・・、
「お父さんありがあたしもお父さんにずっとしたかった事、一つだけあるの聞いてくれる?」

って聞いたらお父さんがニコニコしながら顔を乗り出して、
「もちろんだ、何でも言ってごらん?カナの頼みなら何でも聞いてやるうよ?なんだい?」って聞いた、

「そんな大した事じゃないの、笑ったりしないでね?あの一度でいいからお父さんと手を繋いで歩いてみたいなって、あ、
ごめんね?こんな事、大きくなってからいうことじゃないよね?いいの、ごめんなさい・・」
って言ったら、何故かみんなが笑い出してた・・、

(ああ言うんじゃなかった、ああもう恥ずかしいんだからもう笑わないでよ・・)そう思ったけど、言ってしまったら後に引け
なくて、「いいのお父さん、ただ、出来たらいいなって思ってただけ、だからいいのごめんね?」

って言ったら、お父さんが、
「カナ?何も恥ずかしい事じゃないさ、私は嬉しいんだよ、そうだったな、お前とはまだ手もつないだ事はなかったんだねえ、
そうだ、それじゃ墓参りにはカナと手を繋いで歩くとしようかな?ねえカナ?そうだ、それも悪くないかもしれんな、ああ、
明日が楽しみだ、ありがとうカナ?それじゃっ今日の夜には迎えに来るからね?楽しみにしてるよ、カナ?」
って言ってうちの手を握りしめてた、

うちが頷いて「ありがと・・」って言うとお父さんは笑顔を見せて頷きながらヒデさんに向き直ると、
「ヒデさん、それじゃ今晩を楽しみにしているよ、その頃にはまた、顔を出させて貰うが、カナの事、宜しく頼むね?それじゃ
私もそろそろ仕事に戻らなくてはね、カナ、また来るからね?ああ、昼食は食べてくれよ?ね?それじゃ・・」
そう言うと手を振って部屋を出て行ってしまった・・、

でもそのすぐ後に、昼食が部屋へ運ばれて来た、でもその食事がうちには少し贅沢に思えて少し戸惑った、
その時料理を前にしたアンちゃんが、
「何だかこれ病院食にしちゃ贅沢じゃないか~?でも美味しそうだ、亜紀ちゃん、よかったね?ほんと好かったよな」
そう言いながらヒデさんの顔を見てた、

するとヒデさんは、
「そうだな?あんな嬉しそうなお父さんは久しぶりに見たな、亜紀?せっかくだ御ちそうになろうか、な?・・」
ってうちの傍へと食事を運んでくれて、うちの隣で一緒に食事をする事になった・・。

でもあまり進まない食事にちょっと無理して食べてたら、ヒデさんに、
「亜紀?無理する事ないよ、食べられるだけでいいからさ、ああ、そうだ、これでおにぎりにしてみるか、どう?それなら食べ
られそうかな?」
って聞かれて、見透かされてるようでちょっと心苦しい気もしたけど、それでもその優しさが嬉しくて「あ、うんありがと・・」
って言ったら、ヒデさん、手を洗いだして、有る食事の中から器用にも作り始めた、

その横で見てたアンちゃんが、
「さすがだね~?大したもんだよな、俺も頑張ってみるかな・・」って一人呟きながら食べてた、

するとヒデさんが、
「お前は器用なんだからすぐ出来るさ、手つきも悪くないし、頑張れば俺より上手くなるよ?さあ出来た亜紀食べてみてくれ」

って渡されたおにぎり「ありがと」って手にして食べたら、今までにぎってくれたのとはちょっと違ったけど、組み合わせが
なんか凄く食べやすくてつい笑みが零れた、

そしたらヒデさんに「どう?いけそうか?」って聞かれて、つい意気込んで「うん!凄く美味しい~」って笑ったら、

ヒデさんもアンちゃんもちょっとびっくりしてたけど、すぐ笑顔になって、ヒデさんは、
「そっか?好かった、やっと亜紀の笑顔見れて、ちょっと、ほっとしたかな、おにぎりのお陰かもな」って苦笑いしてるヒデさん、

「ごめんね?心配掛けちゃって、でもありがと、あたし元気になるから、また一緒に連れてってね?山も海もそれから今度は
サチに逢いに行きたい、それから・・」

って言いかけたらヒデさんが、
「そしたら、今度こそ俺たちの子供作ろう・・な?」って言って笑った、そんな事・・、

「ヒデさん?そんな事此処で言わなくても~それはあたしが言いたくて言えなかった事なのに~、あっあの、ヒデさん?」
顔が熱くなるのがいやでうつむいてしまったらまた笑われた、

するとアンちゃんが、
「亜紀ちゃん?その時は俺が名前考えてもいいかな?俺は男の子がいいな~?女の子は苦手なんだ?だからさ男の子だった

ら俺に名前、考えさせてよ、ね?亜紀ちゃん、ヒデさん?いいでしょ、ね?」
ってもう今にも生まれてきそうな話しをアンちゃんは、乗り気になってた、

「ああ、あのね~アンちゃん?まだ先の話しにそんな、今からその気にならないでよ~男でも女でもどっちでもあたしは、あっ
もういいの、もうその話しはおしまい・・」

って言ったらヒデさん、
「そっか~俺も男もいいかな~、亜紀?そんな先の話しにするなよ?俺、おじいちゃんになっちゃうぞ~?」だって・・・、

もうついていけないかも、でも欲しいのは嘘じゃない、ほんとにそんな時が来てくれたらいいなって思う、失った子の為に、
今度は、ちゃんと産みたい、そんな日が来てくれるって信じたい、(お母さん、お兄ちゃん、あたし、大丈夫だよね?・・)


それから数時間経った頃に、ヒデさんとアンちゃんは着替えを取りにと店へ戻って行った、
一人になって過ごす時間を心もとない寂しさとこれから先の不安に何処か気持ちが折れてしまいそうな遣り切れなさに、暮れて
いく空を窓越しから眺めた、
薄っすらと遠くの空に小さな月が浮かんで、まだ明るいのに色あせたような月は夜に灯る月よりも何処か寂しく思えて、うちは
窓から眼を背けた、

そんな時部屋へ林さんが顔覗かせて、
「カナちゃん?どうかな身体の調子は?昼食はちゃんと取れたかな?今日はお父さんと過ごすんだね?沢山甘えておいで?
でも、無理はしないでくれよ?まあお父さんがついてるから心配はいらないとは思うがね、でもちゃんとお父さんに無理な時は
話してくれ頼むよ?ね、カナちゃん・・」

「はい、あ、あの先生?ちょっと聞いてもいいですか?」って聞いたら林さんは、「ああいいとも、なんだい?」って笑みを浮かべた、

「あたしは、ほんとに治るのかなって、ごめんなさい先生やお父さんがあたしの為に必死になってくれてるのに、こんな事聞くの
って情けないですよね、勝手言ってるのは分かってるんです、先生が言ってくれた事も、十分、分かっているつもりなんです、
ただ・・、いつか人は歳をとったら逝っちゃうでしよ?でもそれとは違う気がして、先生やお父さんが、ついてるから大丈夫だって
何時だってそう思ってきました、でも自分の身体の事自分でも気づいてない訳じゃなかったからちょっと不安で、だからあの・・、
すみません・・ほんとすみません・・」

って言ったら、林さんは、窓の外を眺めながら、
「カナちゃん?不安に思うのは当然の事だよ、だから君の気持ちはよく分かる、でもね?可能性はあるんだよ?だから君を引き
留めたんだ、だからこうして必死になってるんだよ、確かに可能性と言うのは未知数だがね?だが今の君はまだ
未知数に満たってないんだよ、だからそれを今は満たすのに必死になってるんだ、分かって貰えるかな、
先は必ず有るよ、約束する、だからカナちゃん?辛抱してくれないかな?ずっととは言わない、必ず治してやる、
少しでも可能性が見いだせたなら、その時はまた彼の処へお帰り?だからせめて半年、いや三ヶ月辛抱してくれその時また
教えるから、ね?それで納得しては貰えないかな・・」って言った・・、

「すみませんでした、勝手な事ばかり、本当にすみません、いいんです、そんなに頑張ないでください、ただあたし、
知りたかっただけなんです、だから先生にもお父さんにも、もうそんなに頑張らなくてもすむようにあたしが元気になれる
ように頑張るから、こんなあたしの為に、ほんとにありがとうございます・・」って頭を下げたら涙が落ちた、

林さんは、うちを抱きしめて、
「カナちゃん?君は優しいな~、でも心配しなさんな、お父さんも私も君が大好きなんだよ、だから君が無理しなくていいんだ、
ねっカナちゃん?ほら~もう泣かないいで?笑ってくれよ、ね?ほんとにカナちゃん見てると静さん思いだすねえ・・・、
大島は知ってるかはしらんがねえ?彼女もよく泣いてたよ、多分あれは、私だったから見せたのかも知らんが、大島の事に
なると、すぐ私の処に来て泣いてきてたな~、どうしたらいいかってね・・・、あの頃の大島は仕事の事で一杯だったからなあ、
それに、君と一緒でよく空眺めてた・・、不思議に思うよ君を見てると・・・、おお、いけない余計な事、話しをしてしまったようだ・・・、
だが、もう少しちゃんと話すべきだったねえ、不安がらせてほんとすまなかった、これからは、私も気をつける事にするよ、
ああ、そう言えば、彼はどうしたんだ?カナちゃん・・・」

って聞かれて、
「あっ今、着替えを取りに店に戻ってます、あの?あたしも先生大好きですから、だから先生の事もお父さんの事も信じてます
先生のお陰で少し元気になれました、ありがとうございました・・」

って言ったら、林さんが、
「いや~嬉しいな、カナちゃんにそう言って貰えると私は十年若返った気になるね、ありがとうカナちゃん?さて、私もそろ
そろ仕事に戻るとするかな、カナちゃん?お父さんにいっぱい甘えておいで、ね?身体は今なんともないのかな?何かあったら
すぐ言うんだよ?いいね?それじゃ~ね?」そう言うと部屋を出て行ってしまった・・。


日が沈みかけてきた空は赤く染まりだして少し雲が増えたように思う、さっきまで見えてた月が隠れてしまったら今は、近くの
家の明かりがぽつぽつ灯りだしてた・・・。

それからしばらくして、やっと顔を見せたアンちゃんとヒデさん、少し息を切らしながら、入って来たヒデさんは、
うちの顔を見るなり心配そうに、
「亜紀、調子は?大丈夫か?ごめん遅くなったな、ちょっと探しものに手こずっちゃってさ、亜紀?とりあえずの物だから、
大してないけど、お父さんの処へは、サチの式の時の服にしたんだ、亜紀には一番、似合うと俺は思ったからさ、それに
せっかくのお父さんとデートの日だ、おめかししなきゃな・・」そう言って笑った、

するとアンちゃんが、
「そうだな、亜紀ちゃん、よく似合ってたからな~、正直別人にも見えたし、きっとお父さん、驚くよ?俺の予想だけどさ・・」
そう言って一人思いだし笑いしてた・・、

「ありがと?でも、こんなあたしじゃ・・」ってまだ言いかけなのにヒデさんが、
「亜紀?大丈夫だよ、ちゃんと、靴も、お化粧道具も用意してきたよ、なんなら手伝ってやろうか?」

って言い出して、
「あっあのヒデさん、本気?あっあたし大丈夫、大丈夫だから、いいよ、一人で出来るから・・」

ってつい焦って毛布に潜り込んだら、二人が笑いだして、ヒデさんが、
「亜紀?ごめん、冗談だよ?悪かったな?それじゃ靖、何か飲み物でも買いに行くか、亜紀が支度する間にさ・・」

って言うとアンちゃんは、
「ああ、そうだね、行きますか?それじゃ亜紀ちゃん?後でね?」そう言うと二人は、また出て行った・・、

なんだか忙しない二人は、うちより浮かれているように思う、でもそれは嬉しい事だから、気にしてる訳じゃないけど、でも
やっと戻って来たって思ったのにちょっと寂しい気がした、でもお父さんの事思い出したら、気持ちを切り替えて、支度を
急いだ・・、

でもお化粧って言っても、サチの式の時に少し使っては見たけど、あの時、使ったって言っても口紅だけだったかな・・、
化粧の仕方なんて知らない、知らなくても別に不自由しなかったから、いいのかなって思いながら、今日も口紅だけって
そう決めた・・、

やっと支度を終えて二人が戻って来てくれるまで時間を持て余してしまったら、ベッドに腰をおろして少しだけ横になった、
すっかり真暗で何も見えなくなった窓ガラスを見てたら、その内に、うとうとしだしてうちはいつの間にか眼を閉じてた・・。

そんな時、誰かの手がうちの額に触れたのに気づいて、ふいに眼が覚めたら、お父さんが、
「カナ?こんな所では風邪を引くよ?身体は大丈夫か?熱は無いから少しは安心したが、ちょっと注射をしておこうか、ね?」

っていきなり、そんな事、それも注射だなんて・・・、「お父さん?今、するの?・・」

って聞いたらお父さんは
「ああ、そうだよ?もう慣れたろうカナも、すぐ終わるからね、心配しなくていい・・」そう言ってもう支度を終えてた、

うちは眼を閉じてそっぽ向いた、痛いって今日は、言わないように堪えた、また笑われたくなかったから、
するとお父さんが、
「ようし、すんだよ、ほら?カナもすっかり慣れたじゃないか?これからは、気兼ねなく出来るかな・・」そう言って笑ってた、

「お父さん、あたし慣れてないよ慣れたくない、あ、ごめんなさい、慣れなきゃいけないね、大丈夫、でもあたし今日は行けるね」

って言ったらお父さん、
「行けるとも、カナ?無理はせんでいいよ、痛い時は痛いと言ってくれていいんだ、笑ったりはせんよ、お父さんに
気を使わんでくれ・・な~カナ?私はその方が嬉しいんだよ・・、それにしてもカナ?今日は凄く綺麗だ、最初見た時は
驚いたよ、静かと思ったぐらいだからねえ・・」
そう言って笑顔を見せてた、

「ねえお父さん?お母さんてお化粧なんてしてたの?あたしね?成り行きでおばあちゃんに送って貰ったお礼にって
お化粧道具を貰ったの、でもあたし使ったこと無くて、でもしなきゃ駄目なのかなって、お母さんはやっぱりしてたのかな?」

って言ったらお父さんは、
「そうねえ静はどうだったかな?私は静の化粧する処は見た事がなかったかもしれないね、でも、お前はしなくても十分綺麗だよ
そう気にする事もないと思うんだがね?どうしてもカナがしたいと言うなら早苗に今度聞いて見るといい、ねえカナ?
私は男だから、どうもそういうものには疎くて・・、すまないね?だが、カナはしなくても十分だと私は思っているがな・・」
って言うとうちの髪を撫でて笑って見せた・・、


その後やっと戻って来た二人とお父さんの家へと歩きだした、
初めて行くお父さんの家は、病院からすぐ隣にあった、そこは思った以上に大きな一戸建ての家、お兄ちゃんの家と大して
変わらないようにも思うけど、でもそれ以上かなって思う、そして家の玄関の前まで来ると、お父さんがチャイムを鳴らした・・、

すると扉の向こうから、声が聞こえて来て、扉が開くと早苗さんがエプロン姿で顔を出してきた、
その後ろには、彼が顔を見せて、お父さんは「今帰ったよ?早苗?連れてきたよ、さあ遠慮せず入ってくれ・・」

って言うと、早苗さんが、
「カナさん・・、いらっしゃい?よく来てくれたわね~ありがと?さあ、入ってちょうだいな、さあ~どうぞ?・・」
そう言って手招いてくれた、

その時、早苗さんの背中越しから彼は、
「久しぶりです、ヒデさん、靖、カナさん、よく来てくれました?嬉しいですよ、さあどうぞ?」そう言って笑顔を見せた・・、

招かれた部屋へ入ると軽く十畳は有りそうなリビングに長いテーブルが置かれて、そこには見事なまでの料理が見事なまでに
並べられてた・・、

ただ、気になったのは、端の席に二人分の席が設けられてた、誰が坐るのかなって考えて行く内に、きっと、お父さんと早苗さん
なのかなって、そう思い巡らせてたら、つい笑みが零れた、

そんな時彼が、
「カナさん?カナさんの席は此処ですよ?」って手招かれて、その先を見たらうちは咄嗟に飛び跳ねて退いてしまった・・、
そこは今見てた、あの二人分の席、でも驚いてるうちを見て、彼もヒデさんもアンちゃんもクスクス笑いだしてた、

そんな時早苗さんが、
「カナさん、ヒデさん?どうぞ坐ってくださいよ、ね?」ってやっぱり、その席に案内された、
(ええ~どううしてうちが此処なの・・)ってヒデさんを見ると、ヒデさんは抵抗もなくその席に坐った、

するとヒデさん、
「亜紀、来なよ?ほら一緒に坐ろう~、な?」ってうちは手を引かれてヒデさんの隣の席へと一緒に坐る事になった、
こんな目立った席なんて、初めてでぎこちなくて、緊張しすぎて手までが震えだしたら思わずヒデさんの手を握った、

するとヒデさん、
「亜紀、どうした?緊張してるのか?大丈夫、俺が傍に居るよ?」そう言ってうちの手を握り返してくれた・・、

それからやっとお父さんも顔を見せてみんなが揃ったら、早苗さんが急に、
「カナさん?今日は来てくれてありがとう?それでねえ?お二人がまだ、式もあげてないって聞いてたものだから、ささやか
だけど今日は身内だけでも、お二人の式をあげさせてやれたらと思って少し無理を聞いて貰ったの、いきなりで驚かせて
しまったかしらね?でもあたしと幸平が貴方にしてあげられるのはこんなことくらいしか思いつかなくて・・、でも好かったら
着て貰いたいの、貴方に合うものをって幸平と選んでみたのよ?カナさん、着て貰えるかしら?」

そう言って見せてくれたのは花嫁衣装、って、着もの、(嘘、そんな~嬉しいけどでも着ものなんて、浴衣を一度着ただけなのに)
すると彼が、
「カナさんならきっと似合うって俺は想うんだけどな、これは俺たちの気持ちですよカナさん?」って、後押しされてしまった、

でも・・、
「あ、あの?あたし凄く嬉しいです、ほんとになんて言っていいかこんなあたしの為に、でもあの、あたし着ものって着たこと
無いんです、浴衣ぐらいしか、それに、まともに化粧もしたことないあたしには、着ものがもったいないですよ、だから、あの・・、
気持ちだけであたしは十分です、だからあのすみません・・」

って言い終わらない内に、お父さんが、
「カナ?私はお前の花嫁姿を見たいんだがね~頼むよカナ?見せてはくれんか?さっきカナが話してた事だが早苗に話して
みたんだ・・」

って言った傍から早苗さんが、
「カナさん、大丈夫よ?あたしがやってあげるわ?ねっ?さあ行きましょう、ねえカナさん?」

って言われて何も言う暇もなく、うちは早苗さんに手を引かれるまま別の部屋へと連れて行かれた・・、

そこから始まったうちの着付け、うちは鏡の前に坐らされると、いきなり早苗さんが化粧道具を開いて、うちに化粧をし始めた・・、
それが終わると、早苗さんの見事な迄の手際の良さで、うちは着ていたすべてを脱ぐ羽目になって、かと思うと何枚もの着ものを
重ね合わせて着せられると、それにさらに帯をグルグルと締めあげられて、最後に髪を結いあげてた・・・、

やっと終えて、鏡の前に立った自分の姿を映して見た時、自分が自分でないみたいな鏡の中に別の人が居るような錯覚を覚えた、
その姿に早苗さんが背中越しから覗きこんで、
「カナさん?とっても綺麗よ?・・・ねえ?カナさん・・?あたしの娘になってもらえるかしらね?こんなあたしが言える事じゃ
ないけど、改めて貴方をあたしは娘に迎え入れたいの、貴方があの時言ってくれたお陰で、今のあたしは凄く幸せよ?
だからという訳じゃないわ~ねえカナさん?あたしじゃ駄目かしらね・・」そう言って涙を浮かべた・・・、

これって夢じゃない夢なんかじゃない、ほんとに叶ったの、ずっと夢描いてた事、やっと思いが届いた、そう思うと堪えきれない
感情が溢れだして、またうちは泣いてた、でも応えたい、想いを伝えなきゃって、そう思ったら・・、

「ありがとう・・、ずっと、ずっと、願ってました、だからあたし嬉しいです、ほんとありがとう・・」
って、涙で言葉にならない言葉を繋ぎ合わせたら、うちはもう泣いてた・・・、

すると早苗さんがうちの肩を抱いて、
「ありがとうカナさん?あらっ嫌だわ?せっかくのお化粧が台無しよ?ちょっと直さなきゃね?さっみんなが待ってるわ?
急いで直しましょ?・・カナさんほんと綺麗よ?お化粧しなくても貴方はこのままで十分よ・・」
そう言いながらも化粧直しを済ませてた・・。

そして早苗さんに手を引かれてみんなの前に出ると一斉に声が上がった、ほんとは今も逃げたくなる感情を必死に堪えてた、

それでもヒデさんの隣へと坐ったらうちはまた驚きに腰が抜けそうになった、いつの間にかヒデさんまでが着ものを着てた、
誰が着せたんだろうって思いながら、何処か別人のようにも見えるヒデさんに、ちょっとだけ見惚れてしまってたら、

するとヒデさんが、「亜紀~綺麗だよ?」そう言って笑った、

その時、お父さんが、うちの傍へ来て、
「綺麗だよカナ?ヒデさん、ありがと?これは私からの気持ちなんだが、カナにはめてやって貰えるかな?カナ?ヒデさんに
はめてあげなさい、ね?」

そう言って渡された、二人の結婚指輪・・、
「お父さん・・ありがとう」って言ったら、お父さんは涙を零して笑って見せた、

その後を彼とアンちゃんがうちの傍へ来て、彼は、
「カナさん?とっても綺麗ですよ?俺の観たても満更じゃなかったでしょ靖?母さんが言ってくれなかったら思いつきも
しなかったけど、でもやって好かったってほんと、今のカナさん見てそう思いますよ、お互い幸せになろ?身体好くなったら
また一緒に山へ連れてってください、楽しみにしてますから、ねカナさん?」そう言って笑顔を見せてた、

その横からアンちゃんが、
「ヒデさん?今日は一段と男前に見えちゃうな~、意外と着物姿が似合うなんて驚いちゃったな、亜紀ちゃん?惚れ直した
んじゃない?・・好かったね亜紀ちゃん?もう自分の幸せ考えてくれよな?ほんと今日の亜紀ちゃん綺麗だよ!ヒデさんが
うらやましい・・・、まっそんな事言うとまた結婚しろって言われそうだから、辞めとこう、亜紀ちゃん、おめでとう・・」

そう言って苦笑いしてるアンちゃんは何処か寂しげに見えた、でもアンちゃんの気持ちは、素直に嬉しいって思う。
その後お父さんの祝賀の歌声が響いて、早苗さんのお酌で、盃を汲み交して、式を終えた。

やっと元の服に着替え終えたら、一気に力がぬけていくようで席に坐ってしまったら、もう動く気力も無くしてた、

そんな時お父さんがうちの傍へ来て額に手を当てると、
「ああ、熱は出てないようだね、好かった、カナ?疲れさせたかな?驚かせてしまったね?でも此処までを早苗と幸平君が全部、
揃えてくれてねえ、そんな二人の気持ちを私は、無為には出来なかったんだ、それに私もお前の花嫁姿は見たかったからね、
ほんと綺麗だったよカナ、ありがと?それでねえ?もういいと私は想うんだが・・・、ちょっと気が早いかも知れないが、どうかな
今度は孫の顔を見せてくれないか?早苗とも話してたんだよ、楽しみにしてるんだ、なあ~早苗?」

って言うと早苗さんが、
「ええ、女の子でも男の子でも、カナさん?あたしたちは今から楽しみにしてるのよ?」って笑顔を見せてた・・、

うちは言葉がでなかった、本当にそれが叶うのかなって思えたから、林さんの言った可能性を今は信じていたいって想うだけで、
それが精一杯で、子供の事までは考えが追いついていかない・・、

するとお父さんが見透かしたかのように
「カナ?心配しなくても大丈夫だよ、さて、もう休んだ方がいいだろ、ねえカナ?疲れたろ、もう部屋で休みなさい、早苗?連れて
って遣ってくれるか?ヒデさん、靖君、好かったらもう休んで構わないんだよ?好かったら一緒に休んでくれ・・」

って言うと、ヒデさんは、
「そうですね、ありがとうございます、それじゃお言葉に甘えて、カナ一緒に行こうか?靖、お前は?」

って聞くとアンちゃんは、
「ああ、俺は少し幸平とまだ話しがしたいんだ、だからもう少し此処に居るよ・・」そう言って手を振ってた・・。


早苗さんに案内されて二階の部屋へヒデさんと入った、すると早苗さんが、
「この部屋はねえ?貴方達の為にってあの人が誰にも使わせないでずっと取ってあったみたいなの、だから綺麗なままよ?
静さんが出てから、娘の為に残した部屋を少し手を加えて改装したらしいわ、いつでも帰って来れるようにって・・・、それに
幸平の部屋も建て替えてくれたのよ?今はまだあの子は此処へは住んではいないんだけどね?
カナさん?ヒデさん?いつでも此処へ帰ってきてください、いずれ生まれてくる孫の部屋もちゃんと有るのよ・・、此処には
キッチンもついてるから、二人だけで過ごしても不自由ないと思うわ、いつでもいらしてね?それじゃお休みなさい」
そう言って出て行ってしまった・・、

そう言われて部屋を見渡したら、二つの部屋を繋ぎ合わせたような広い部屋、流しもキッチンも、それに二人分のテーブルも・・、
お父さんの思いが此処にはいっぱい詰まってる、そう思えた、どれだけの長い歳月を待ちわびて来たんだろう、
その思いがどんなに辛いものだったのかなんて、うちには測れない、でもそんなお父さんの娘に生まれてきたことそれだけで
幸せに思う、部屋のひとつひとつを見渡してヒデさんと顔を見合せたら、

ヒデさんが、
「亜紀?泣いてるのか~?こんなに幸せ貰えるとは俺には想像出来なかったな~?亜紀?俺は最高に幸せもんだよ、それは亜紀に
出会えた事だ、そして俺は亜紀という最高のお嫁さんをもらった、俺にはそれだけで十分だってずっと想ってきたんだ、
でもさ?こうしてお父さんに巡りい合えて、俺にはもったいないくらいの幸せを貰った、十分過ぎるくらいのな?
けど、俺は亜紀に何が出来るかな?・・・、店を続けて行く事は亜紀が来てからやりがいを持ってきた、ずっと亜紀と二人でやって
いける事に幸せすら感じてきた、けどさ?それは俺の自己満足じゃないのかなって思えたんだ・・・、
亜紀に無理をさせて、身体壊して、それってなんか違うんじゃないかなってな・・、お袋もそうだったよ、無理の連続で、それでも
親父が残した店だからってさ・・・、けどそう言って結局無理がたたって逝っちまった・・・、

俺は亜紀にはそうなってほしくない、でもあん時、亜紀に言われて亜紀が本当に望む事をしたいって、そう思い直した・・・、
亜紀を苦しむ顔はみたくないって思ったんだ?亜紀はいつも俺を苦しませたくないって無理しちゃうだろ~?俺も同じだよ、

俺も、もうこれ以上亜紀を苦しませたくない、それに俺は亜紀を失いたくないんだ、店を失ったとしてもな・・・、
俺さ~?寝込んでた時、何故か知らないけど、今でも覚えてるよ、亜紀の夢ばっか見てた、毎日毎日、その日の事が分かるんだよ、
だから眼が覚めてもずっと寝てたって気がしなくてな?けどそれも何故だかもう分かったけどな?
、だから俺が亜紀を苦しめてたんだって気づいたんだ、情けないんだけどな?
だからこんな俺だから俺は亜紀に何が出来るのかなって、ずっと考えてた、それでも応えなんて見つかんないんだけどな・・・、
けどこんな俺でも亜紀がついて来てくれるなら、はっきり言えば好きでいてくれるなら、店の事なんて気にしなくていい、
店にじゃ無い俺のところに帰ってきてほしいんだ?俺は亜紀が居るから店を遣って行く気になれた、だから亜紀がいない
店なんて俺には意味がない、だからさ亜紀?俺の処に帰って来てきてほしいんだ、店じゃなく俺のとこにさ、帰って来てくれるか?」
って言った・・、

あの時ヒデさんが想い悩んでいた事も、苦しんでた事も今やっと全てが分かったように思う、こんなにも気持ちが和らいだ事は無い
ように思えた、

「ありがとう、あたしもヒデさんに出会えて一番の幸せ者だって想ってる、ヒデさんとだから店をやって行きたいって思って
来たの、だからあたしの方がヒデさんに聞きたかった帰ってきてもいいのって、あたしの方が言いたくても言いずらくて言えな
かっただけこんなあたしが・・」
って言いかけて、その先を言ってしまうのはいけない気がして、そう思ったらうちは、また泣いてた、

するとヒデさんが、
「そっか好かった・・、ありがとな?亜紀が言えなかった気持ちは分かってるつもりだよ、気にするなって言っても無理かもしれない
けどさ?俺は亜紀が好きだから、何ヶ月だろうと何年だろうと亜紀が帰って来てくれるなら俺は待ってる、ずっと一緒だって約束
したからな、それに俺は一緒にいたいんだ亜紀とさ?」って笑顔を見せてた・・、

「ヒデさん?凄く嬉しいんだけどね?あたし何年も病院になんて居たくない、あたしそんなに入ってなきゃいけないの?そんなの
嫌よ、ヒデさんが待ってくれててもあたしは待てない、その時は逃げてきてもいいよね?」
って言ったらヒデさんが笑いだした・・、

「ねえどうして笑うの?あたしは真面目に聞いてるのよ~?もういい!・・」

って言ったら、ヒデさん、焦ったのか、
「ああ、ごめん亜紀?悪かった怒んないでくれよ、な?そうだよな~ほんと俺なんか可笑しな事ばっか言ってるよな、ごめんな?
でも最高に嬉しいよ、亜紀?ありがと!やっぱり俺は亜紀がいないと駄目だな、逃げ出すのはまずいけどさ、嬉しいよ俺・・」
って言いながらうちを抱きしめて笑った・・、

まるで子供のようにはしゃぐヒデさんの笑顔、いつでもその笑顔に癒されてた、何時だってどんな時でも、うちに笑いかけてくれた、
寂しい時も辛い時もその笑顔が包んでくれた、どんな宝石よりうちには、かけがえのないもののように思えた、
だから、失いたくない、絶やしてほしくないって、ずっと、ずっと、その笑顔を見ていたいってそう思ってきた、
それと同じくらいうちは見てきたヒデさんの寂しさも辛さも弱さも、うちは知ってる、だから傍にいたいって思う、分かってても
やっぱり離れたくない、(やっぱり嫌だ・・)そう思ったらまた涙が出て、そしたら堪えきれなくてヒデさんに抱きついて泣いてた、

するとヒデさん、
「どうした~亜紀?何で泣いてるんだ?俺、亜紀を泣かせるような事言ったのか~?」って聞かれて、ちょっと焦った、

「そんなんじゃない、あたしやっぱり離れたくない、ずっと一緒に居たい、三ヶ月も半年もあたしには長すぎるよ、分かってても
怖い、辛いよもう離れたくない、あたしはヒデさんと居たい・・」

思いも苦しさも寂しさも全部、吐き出したかった、どう思われてもいい、もう我慢してる自分に疲れたから・・・、
もう自分の感情を押さえている事が苦痛に思えたから、泣き虫でいい弱虫でいい、だからうちは泣いた、涙がかれるならそれでも
いいって思った、

そんなうちの髪を撫でてヒデさんは、
「亜紀~?やっと聞けたかな亜紀の本音?嬉しいよ、俺だって亜紀と離れたくないよ、ずっと一緒にいたい、俺だって亜紀がいない
のは辛いんだけどさ、けど約束したろ?なにがあったって一緒だって、だから心配するな、そんな長く離れてなんかないさ、俺には
やっぱり亜紀がいないとな?」
そう言うとうちの顔を覗き込んで、
「亜紀?大丈夫だ!そんなに長い事居させない、俺迎えに行くから、な?だからもう泣くな?でなきゃ俺まで泣けてくるだろ?」
って笑って見せた・・。


そんな時、ドアをノックする音が響いて、うちは慌てて涙を拭いた、するとヒデさんがクスクス笑いだしてた、でも何も言えない
から見ない振りしてたら、その時ドアが開いて、お父さんが、顔を見せた、

「ああ、すまないね?ちょっといいかな?」って言うとヒデさんが「ああ、どうぞ・・」って、お父さんは部屋の中へ腰を下ろした、
するとお父さんはうちの顔を見ると、
「・・すまない、聞こえてしまってね・・、カナ?今日はお父さん本当に嬉しかった、ありがと?お前の花嫁姿、好かったよ、やっぱり
お前は素顔のままで私はいいと思うがな?なあヒデさん?十分綺麗だ、きっと母さんに似たのかもしれんな・・・、
カナ?私はねえ、お前と暮らしたいとずっと思って来たんだ、でもこんなにいい旦那が居るんじゃそれはもう叶わないと諦めたよ、
ただねえ、この部屋はお前たち二人がいずれ歳を取って店をやっていけなくなった時に使って貰えたらとそう思ってね?
ヒデさんなら、お前を大事にしてくれると私は本当にそう思った、だからいつでも帰っておいで?二人で、な~ヒデさん?
君は色々と苦労して来たようだねえ・・、一人でよく両親の後を継いできたと私は胸をうたれる思いだよ、
お兄さんが生きておった頃にねえ?君の事を話してくれた事が有ったんだが・・・、その時彼が言ってたんだよ、君がカナの相方で
いてくれた事にほんとに好かった感謝しているとね?自分のしてやれなかった事を君は本当によくやってくれると言っていた、
だから自分がいつ居なくなっても安心だとねえ、私もそう思ったんだ・・・、だからヒデさん?どうかこれからも末長く娘を
カナの事、宜しく頼みますね・・」そう言ってヒデさんに頭をさげた・・、

ヒデさんは、
「そんなこと、お父さん辞めてくださいよ?お願いするのは俺の方です、それにこんな俺に此処までの心ずくし、本当に感謝して
るんです、俺は、お父さんにそこまで言って貰えるほどそんな大した人間じゃ有りません、店を続けていくのに何度も諦めかけて
たんです・・、此処までこれたのはカナに出会えたからで、俺を変えてくれたのも支えてくれたのも、カナなんです、
俺一人じゃ此処まで遣って来れなかったって思ってます・・、
お父さん?俺がどれだけの事をカナにしてやれるのか分かりません、でも俺の一生かけてもカナは守っていきます、
今日は本当にありがとうございました、ふつつかものですがどうかこれからも見守って貰えたら嬉しいです、それからカナの事
お願いします、どうか治してやってください、宜しくお願いします・・」
ってヒデさんまでが、頭をさげた・・。

そんなヒデさんの思いが伝わるようでヒデさんと一緒に、うちもお父さんに頭をさげた、
するといきなり二人が笑いだして、ヒデさんが、「カナ?どうしてカナが頭下げるんだ~?お前はいいんだよ・・」
って言ってまた笑ってた、

「ええ、だってヒデさんがお願いすることはあたしも一緒でしょ?ヒデさんだけがお願いするなんて可笑しいって思ったから、
ねえお父さん?」って言ったら、

また二人が笑いだした、
「どうして笑うの~?あたし可笑しなこと言ってないでしょう?お父さんまで笑わないでよ?」

って言ったらお父さん、苦笑いしながら、
「ははは~ああ、すまないカナ?お前には敵わんな?でも私はヒデさんが羨ましく思えてくるよ、ヒデさん、カナの事任せたよ?
十分だ・・」

そう言うとうちに向き直って、
「カナ?入院の事なんだがねえ?カナは今日、林に会ったそうだね?林が話してくれたんだ、林が私の処へ来て自分の判断は
間違っていたのかと聞かれてしまったよ、お前の言った事が林には堪えたようだ・・、カナ?私はお前には、もう無理はさせたく
ない、そう思って入院も已むえないと判断した、だから林の言う事に反対もしなかったんだが、どうも私はお前の泣き顔に
弱くて・・・、困ったものだよ、医者としては情けない話だ・・・、
カナ?無理をするなと言ってもお前は何処かでするだろうねえ?だからせめて、ひと月だけでいい様子をみよう~それで
それからの事は判断するというのはどうかな?もしそれで無理と判断した時はカナ、分かってくれるね?林には私の方から
伝えておく、だからひと月だけでも堪えてくれ?頼む・・・、
林はねえ、静を救えなかったと今でも悔いているようなんだ、だからお前を重ねて見ているのかもしれんな、
だがそんなあいつを見ていると私は遣りきれなくてねえ、静は私が死なせたようなものだ、そう思うんだがあいつは昔っから
責任の強い男で、ずっと気に病んでいたようだ、でもそれも、もう後悔でしかないんだが・・・、
あ、すまない余計な話しをしてしまったようだ、カナ?それで納得してくれないか?今のお前をこのまま帰す事はあいつじゃ
無くても無理があるんだよ、今眼に見えないから分からないだろうがね、カナ?」
そう言ってうちの顔を見た・・、

お父さんは、何処まで聞いてたのかなって少し気にもなったけど、それはもう、うちの勝手な思い、此処までうちを気に病んで
くれるお父さんと林さんに、何をわがまま言ってたんだろうって、自分が恥ずかしくなった、
感情に溺れて、自己満足に欲求を満たしたいなんて、それがどんなに無謀で身勝手な事なのか、今、思い知らされた気がした、
ヒデさんもアンちゃんも、そしてお父さんも、林さんも、こんなあたしの為に、思いを紡いで優しさを言葉に繋ぎ合わせてくれる・・、

「お父さんごめんなさい、あたしのわがままなの、分かってるの林先生の思いも言ってくれた言葉の意味も十分過ぎるくらい
分かってる、ただ、こんなにもみんなの気持ちに触れたら、こんなあたしの為に此処までしてくれるって思ったら怖くなったの、
本当に帰れるのかなって、ヒデさんが帰って来てくれてやっと普通の生活に慣れだしてやっと二人の時間が持てるようになって、
それなのに今度は自分だなんて・・、正直怖いって思った、分かっててもお父さんが言ってくれた事も林先生が言ってくれた事も、
あたしは疑ってる訳でも信じてない訳でもないの、ただ、もうヒデさんとは、ごめんなさい、ただのあたしのわがままだから、
ほんとごめんなさい・・」
そう話してる内にまた泣いてた、

するとお父さんは
「カナ?お前がそう思うのも無理もない、そう思うのは当然のことだ、だから謝る事は無いんだよ、ありがとうカナ?お前の
素直な気持ちを聞けて私は嬉しいよ、いつも自分の気持ちを押さえこんで無理してるお前を私はもう見たくはないと思って
いたんだ?それは私だけじゃないと思ってはいるがね?なあ~ヒデさん?お前は気持ちの優しい子だ、そんなお前だから
誰もがお前を好いてくれると私はみているよ・・、お兄さんも私に言っていたよ、お前は殴られても怒ってもわがままひとつ
言わずにきたと、ほんと不思議な子だと言ってねえ、でもそんなお前を自分は見て見ぬふりをしてきてしまったと涙零しながら
話してくれたたんだよ、カナ?もう自分の感情を閉じこめる事はしないでくれ、育った環境がお前をそんなふうにさせてしま
ったのかもしれないが、でもこれからは辛い時は辛いと言ってくれ?少しはわがままだって言ってくれた方が私も嬉しいんだ、
ほんと聞けて良かった・・・、
お~いかん!忘れるところだったよカナ?またちょっと注射をしておこうと来たんだが、いいかな?」

そう話しながらも、支度をしだしてたお父さん、もう何も言える言葉も見つからなくて、何も言わずに、受け入れた、
その所為なのか、うちは嫌な顔も悲鳴もなく終わってしまったら、

お父さんは笑顔を見せて、
「カナ?もう心配いらないようだね?これで明日に影響は少ないと思うが、無理はせんでくれよ?それじゃ私も退散するかな?
長いしてすまなかったね?明日が楽しみだ、それじゃおやすみ?邪魔したね」そう言うと手を振って部屋を出て行った・・。


翌朝、早苗さんの手料理に持成されて朝食をとった・・、
お父さんはなにかと気にしてくれて部屋へ顔を見せてうちが嫌なあの注射を射ちに来た、注射は嫌だったけどでも少しだけ
慣れてきたのか、そんなに苦にならなかった、お父さんはそんなうちを嬉しそうに見ながらヒデさんと顔を見合せて笑顔を見せた、

そんな今朝、早苗さんが、
「カナさん?今日は静さんの墓参りに行くんでしょう?貴方が、許してくれるならご一緒させて貰えないかしらね?」
って聞いた・・、


少し驚いたけどでもそんなこといいに決まってる、だから、
「それはもちろん喜んでご一緒させてください、あ、あの?お願いがあるんですけど・・」って言ったら、

ちょっと驚かせたのか早苗さんが、「えっ何かしら、なにか困る事でも・・」って少し不安そうにうちの顔を覗き込んだ・・、

「あっいえ、そんなんじゃないんです、あの~これからお母さんって呼んでもいいかなって思って、あっあのこんなこと言うの
ちょっと、ずうずうしいかなって想ったんですけど、ただ・・」って言いかけたら、

いきなり早苗さんに抱きつかれて、
「ありがとうカナさん?あたしのことそう呼んでくれるの?嬉しいわよ凄く、ありがと、それじゃ~?あたしもさん付けは
可笑しいわね?カナちゃんって呼んでもいいかしらね?そう呼んでもいい?」
そう言ってちょっと泣き顔になりながらうちの顔を見て笑ってた、

うちは嬉しくなってつい意気込んで「はい、お母さん!」って言ったらみんなに笑われてしまった、

すると早苗さんが、
「まあ~カナちゃんたら?!そんなに堅くならないでよ~?あたしまで何だか可笑しく思えてきちゃうじゃないの?これから
仲良くやりましょ?それじゃ行きましょうか?」そう言って笑顔を見せてた・・。



今まで寂しかったお母さんの墓参りも暖かいみんなの思いが集まったら、誰もが行くと言い出していつの間にかみんなが揃って
歩きだしてた、
賑やかに歩きだした道の途中、お父さんが急にうちの手を取って歩き出した、ちょっと驚いてお父さんの顔を見たら、

お父さんは笑みを浮かべて、早苗さんに、
「早苗~?お前も、ほら一緒に手を繋いでくれ?こうして歩くのも悪くないものだよ・・」
そう言って満足げにお父さんはうちの手を握り締めた、すると早苗さんが「そうですね?それじゃカナちゃん?繋ごうか?」
そう言うとうちの手を握って笑った・・。

そんな二人の笑顔も繋いでくれた手の温もりも、うちの心の不安も凍て着かせた寒さも、そのすべてを包み込んで癒しに変えた・・、
吹き抜けてく風に誘われるかのように、空を見上げたら、うちは青く広がった空に浮かぶ雲に、この幸せをずっと繋ぎ止めていける
ように、(お母さん、お兄ちゃん、幸せをありがとう・・)って心の中に叫んでみた、

そしたら、こだまのように聞こえたお兄ちゃんの声と、空に浮かんだ雲に、お兄ちゃんが笑ってくれたように見えた、
そしたら涙が零れた・・。


それから、墓参りをすませた帰り道を、お父さんと歩いていたら、急にお父さんは何も言わず、うちの手をヒデさんの手に繋ぎ
合わせて笑顔をみせると、早苗さんの隣へと戻って早苗さんと手を繋いで歩きだした・・・、

何処か楽しんでいるようにも見えたお父さん、そんなお父さんの優しさも、気遣いも、何処か暖かさを増して、笑顔が溢れたら、
うちはヒデさんと繋いだ手を握り直して歩きだした、

そんな些細な触れあいに顔を見合せてつい笑ってしまったら、いつの間にか、みんなの顔にも笑顔が溢れてた・・。



そんな一日も陽が沈みかけてきた頃には、お父さんと過ごした一日は夢だったかのように終りを告げて、うちは病院んへと
戻って来た・・。
そしてその日から与えてくれた病室の一室で治療の為に始まった生活は、終わる事のないまま、ひと月を超えて三ヶ月が過ぎた、

そんな昼下り林さんがうちの部屋へと顔を見せて、
「カナちゃん?どう、まだ調子はよくないかな?回復してきたと思って居たんだが、すまないね私の力不足だ、でもきっと治して
あげるからね、だからもう少し耐えてくれるかな?必ず良くなる、気休めかもしれないが、きっとだ、ねえ~カナちゃん・・」

そう言ってくれた林さんは何処か暗い表情を見せた、
「先生?そんな気にしなくてもあたしは大丈夫ですから・・」

って言うと林さんは、
「ありがとカナちゃん?君に逆に励まされたかのなすまないね、ちょっと薬を変えて見ようと思うんだ、それでまた様子をみて
見ようか、ね?後でお父さんも顔を見せるそうだよ、カナちゃん?必ず治す、だから負けないでくれ頼む、ね?」
そう言ってうちの手を握ってくれた、

「はい、先生?ありがと・・」って言ったらちょっと苦笑いして頷きながら、病室を出て行った・・、

そしてその日の夕暮にヒデさんとアンちゃんが顔を見せて、ヒデさんはうちの傍に腰を下ろすと、
「亜紀?俺さ~林先生にお願いして今日から此処に寝泊まりすることにしたよ、先生はちょっと渋々ってたけどな?けど許して
貰ってきたんだ、亜紀が帰れないなら、俺が亜紀の傍に居るってそう決めからさ・・」

って言ったらアンちゃんが、
「俺も此処にいさせて貰うよ、いいよねヒデさん?ああ、そだ亜紀ちゃん?俺の妹の名前なんだけど、やっと教えてくれたんだ、
千鶴って言うんだってさ?まだ俺は会ってないけね?母さんは俺にも抱かせたくてしょうがないみたいだけどね、
ねえ亜紀ちゃん?俺は、亜紀ちゃんの赤ちゃん、楽しみにしてるんだよ?男の子でも女の子でもさ、あん時、亜紀ちゃん言ってたろ?
今度は産みたいってだからさ早く出ようこんなとこ、俺ちょっと待ちくたびれちゃった、亜紀ちゃんが居ない店は、ヒデさんも
俺も、駄目なんだよな、帰って来いよ?なあ亜紀ちゃん・・」
ってアンちゃんは、膝に肘をついて顔を両手で覆った・・、

アンちゃんがこんなふうに、自分の気持ち、素直に話してくれるなんて想ってもみなかった、なんて言ったらいいのかな、
でもアンちゃんの気持ち、凄く嬉しいって思う、こんなにも暖かい気持ちになれたの、久しぶりなのかもしれない、この頃は、寝てる
事が多いから、あまり話しもしてなかったように思う

「ありがとねアンちゃん?凄く嬉しい、そうっか~千鶴ちゃんって言うんだ~言い名前だね?ごめんねアンちゃん、ヒデさん、こんな
筈じゃなかった、ほんとごめんね・・」って言ったらもう何も言えなくて、そしたら涙が溢れた、

そんな時ドアが開いてお父さんが顔を見せた、
「おお、ヒデさん、来てたのか、いつもすまないね?カナどうだ調子は?林から薬を変えたと聞いたが、気分はどうかな?しばらくは
これで様子をみてもう一度検査して見よう、ねえカナ?辛いだろうがもう少し辛抱してくれ、すまない、あ~そうだ、ヒデさん?
林から聞いたが、なに此処に泊まりこむそうだねえ?それは構わないんだが、店の方は大丈夫なのかね、気持ちは分かるつもりでは
いるが、あまり無理はせんでくれよ~?君まで倒れてしまっては、困るだろうからね・・」
そう言ってお父さんは言葉を詰まらせてた、

するとヒデさんは、
「お父さん?あの、亜紀は治るんですか?もう三ヶ月経ちました、亜紀は・・、俺は別にお父さん、責めているつもりはありません、
ただこのままじゃ、あの俺は、検査の結果次第では亜紀を連れて帰りたいんですけど、駄目ですか?俺は店なんてどうでもいいです、
亜紀が、亜紀の元気な顔がみたい、それだけです、お願いします、亜紀を、俺に帰して貰えませんか、帰してほしいんです、どうか
お願いします・・」そう言ってヒデさんは頭をさげてた・・、

そしたらアンちゃんまでが、ヒデさんと一緒になって・・、「俺からも、どうかお願いします・・」そう言って頭をさげてた、

そんな二人にお父さんは、
「よしてくれ?ヒデさん、靖君、分かったよ、分かったからもう頭を上げては貰えんか?なあ頼む、すまない、私の力不足で
君たちには、気苦労かけてしまったようだ本当にすまない、ヒデさん、君の言う通り検査次第ではカナを君の元へ帰えそう、
カナ?お前も帰りたいんだったね?お前と約束していた事私はすっかり流してしまってたようだ、ほんとすまなかった・・」
ってお父さんもまた、頭をさげた・・。


そして一周間が過ぎても、ヒデさんとアンちゃんは店と病院を住復しながらも、病院に泊まり込んでた、
それから二周目に入った深夜、
うちは息苦しさに眼が覚めた・・、すると傍でずっとうちの手を握ってくれてたヒデさんが、「亜紀?・・・ちょっと待ってろ・・」
そう言って出て行くとアンちゃんがうちの傍に腰を下ろした・・、

なにも言えなかった、ただ詰まりそうな息苦しさに夢なのかも分からないまま眼が覚めて思わず深呼吸したら治まってた、
今のは夢なのかな、それさえも曖昧なまま、ふと傍に居るアンちゃんに眼を向けたら

アンちゃんが笑みを浮かべて、
「亜紀ちゃん大丈夫か?今ヒデさんが先生呼びに行ったからね?・・」そう言ってうちの手を握ってた、

それからしばらくしたら、林さんが顔を見せて、
「カナちゃんどうした?何処か痛むのか?教えてくれないかな?ちょっといいかな・・」そう言いながら診察しはじめた・・、

「先生?あたしは大丈夫です、夢だったのかもしれない、多分そうだと思う、だから心配しなくても大丈夫です、すみません・・」

って言ったら林さんは、
「カナちゃん、君が謝ること無いんだよ?気分は悪くないか?ゆっくり眠れるようにちょっと注射しておこうか?ねえ?・・」
ってい言うともう用意してた、

それが終わると林さんは、
「ヒデさん?明日にでも検査して診よう、それによって、あ、まあ、それは明日ゆっくり話すとしようか?もうしばらくすれば
落ち着いてくれるだろ、君たちももう休んでくれ?それじゃ・・」そう言って出て行った・・・、


そして翌日、するはずだった検査はうちの体調を考えてくれたのか三日が経った朝に始まった、

その日やっと検査がすんで部屋に戻ってしばらくするとお父さんと林さんが、部屋に顔を見せた・・、
でも、お父さんからも林さんからも、いつものあの笑顔は何処か置き忘れてしまったように、笑顔は見せてくれなかった、
ただ、うちの帰る日を、二週間後にしてほしいと言ったきり口を閉ざして、ヒデさんはうちの顔を見て、無理やり納得して決った。

それでもヒデさんは、店に帰ることもせずに病院に泊まり込んで、アンちゃんと交互に店への住復を繰り返してた・・、
そんな二人を見ているだけで胸が詰まって、「もう帰っていいから・・」って言いたくなった、でも二人の気持ちが嫌でも伝わる、
だから・・、なにも言えないまま、そしてお父さんとの約束から一周間が過ぎた・・。


そんな時、店へと帰ったヒデさんは建兄ちゃんと一緒に店から戻って来た、お兄ちゃんはうちの顔を見ると、
「やあカナ?驚いたな、店に行ったらヒデさんに聞いたんだ、どうだ調子は?もっと早く顔を見に来れば好かったな・・、悪い・・」
そう言って苦笑いしてた、

「お兄ちゃん久しぶりだね?」って言ったら、もう涙で言葉にならなかった、

するとお兄ちゃんはうちの顔を覗き込んで、
「カナ?元気になれよ、俺また来るからさ?絶対病気なんかに負けるなよ?慎兄さんだってそんなカナを望んでないからな?
俺さ~?お前の事ほんとに妹だって想ってるんだ、ちっちゃい時から泣き虫だったけどでも根性あったもんなお前、あんだけ
兄さんに殴られたって怒鳴られたって、お前、文句も言わないでさ~、俺より根性あったって思うよ、
それにあん時のお前は我慢ずよかったもんな?泣き虫は嫌いだったけどさ~?けどお前の優しいとこも、根性あるとこも、俺は
嫌いじゃないよ?ずっと俺の妹だ、兄さんに言われたよ、お前よりカナの方がずっと兄弟らしいってな、だから負けるな~?
約束だからな?もう泣くな?また顔見に来るよ、な?じゃあな・・」
そう言ってうちの頭をくしゃくしゃに撫でると手を振って帰ってしまった・・。

そんなお兄ちゃんは、今も昔も変わってないって思う、ぶっきらぼうで、言う事はいつも、命令口調で、でも優しさはいっぱい
持ってるってうちは知ってるから、頷くしか出来なかったけど、(ありがと~お兄ちゃん・・)って呟いたらうちはまた泣いてた・・。


そして十日目、この日は朝からヒデさんもアンちゃんも二人で店へと帰って行った、そんな時、突然、幸平君が顔を見せた、
あの日以来かなって思う、でもしばらく見ない内に随分と大人びたようで、少し頼もしくも思えた、

そんな彼が、部屋へ入って来るなりうちの顔を覗き込んだ、そして、
「カナお姉さん?ご無沙汰です、どうですか?なんか見ない内にまた少し痩せたよね?俺、やっと家に帰って来たんですよ?
医学の試験、とりあえずは一次パスしましたから、でもまだ先は長いですけどね?姉さん?よくなってください、俺も親父の
仕事、手伝えるように頑張りますから、そしたらまた、一緒に山へ行きましょう?俺、楽しみにしてますからね?」
そう言って笑顔を見せた、

すると何か手に持ってたものを掲げて見せて、
「これ?母さんが姉さんにって、預かって来たんだすよ?何だと思います?実は~?これ姉さんの着替えだそうです、肌着とか、
それから~寝着も入っているようですよ?多分、旦那さんでも、そういうとこまでは気がまわらないだろうからってね、俺、また
しばらく来れませんけど、カナさん?病気なんかに負けないでくださいよ?また近いうちには母さんも顔を出すって言ってました
から、それじゃ、カナ・・お姉さん?今度逢う時は元気なカナさんに、会いに来ますからね?それじゃ俺はこれで・・」
そう言って会釈をしたら帰って行った・・。

唐突にお姉さんって言われたら、胸が張り裂けそうなくらい驚いた、
お兄ちゃん達の中で育ってきたうちには、どうもしっくりこないよび名で・・、でも、そうなっちゃうのかなって思い直してたら、
なんだか、ちょっと可笑しくなった、こんなうちが、お姉さんだなんて、らしくないよね、でも何処か嬉しいかも、うちにも弟が
出来たんだもんね、いつか気兼ねなく呼べたらいいなって思う、いつかきっと、そんな日が、来るって今は信じたい、
(お兄ちゃん・・?うちは大丈夫だよね・・)天井についた明かりにそう呟いて目を閉じた、もう泣くのは嫌だから・・。


そしてやっと迎えた帰る日の前日、やっと帰れるってただ楽しみに、ただ帰る事だけ考えて、やっと二人の処に、ヒデさんの処に、
それだけを願ってた、でも、うちはこの日、熱を出して動けなくなった、

ヒデさんは、
「亜紀?もう帰るんだよ?な~亜紀?俺と帰ろう?二人の家に、亜紀?」そう言ってうちの頬に顔を寄せた・・、

「ヒデさん、ごめんね?またあたし、ヒデさん悲しませてるね?いつもいつもあたしの為に、ごめんなさい・・」
って言ったら、ヒデさん、
「そんな事言うなよ、亜紀がそんなこと気にする事何も無いんだ、悪かったな、辛いの亜紀なのにさ・・」って笑って見せてた、


そんな時、店から戻って来たアンちゃんが、うちの顔を覗き込んで、
「亜紀ちゃん?今帰ったよ、それで亜紀ちゃんが一番会いたがってた人連れて来たんだよ?」って言うと、

うちの目の前にサチが・・・、
「カナ~?どうして~、どうしてもっと早くに教えてくれなかったの?ごめんもっと早く来てたらよかったね?ごめんねカナ」
って泣き崩れた、

「サチ?久しぶりだね?好かった元気そうで、でもあたしは、またサチ泣かせてるね、ごめんサチ?ほんとごめん・・」
そしたらまた涙が溢れて、うちは何も言えなくなった、

するとサチが、涙を拭ってうちの顔を覗いて、
「カナ?そんなことないよ、私も中々来れなくてごめんね?ほんと久しぶりだね?アンちゃんから聞いたと思うけど私の子供
生まれよ?今実家に居るんだけどね?連れて来たかったんだけど、遠出はまだ早いとか言われちゃって連れて来れなかったの、
そうは言ってもお母さんの方が自分が見ていたいからなんだと思うんだけどね?カナ?元気になって?カナの子供みせてよ、
ねえ?絶対負けちゃ駄目よ?私は、カナと、まだいっぱいしたい事あるんだから~ね?明日帰るって聞いたんだけど、ほんと?
ほんとだとしたら、カナ?余計元気になって貰わないとね?駄目だよ?弱気になっちゃ、ね?・・」
って笑顔を見せた・・。

みんなの笑顔が大好き、いつでも一緒に笑って一緒に泣いてくれる、そんな皆が、うちのかけがえのない宝、ずっと一緒に
居ようって、ずっと手を繋いでいてくれる、だからうちは幸せだよ、ありがとう・・。

その夜、ヒデさんもアンちゃんもずっとうちの傍を離れずに坐り込んで、サチは、帰る事もなく椅子に腰を下ろして
坐り込んでた、
お父さんは顔を見せてくれたけど皆に遠慮してくれたのかうちの嫌な注射をすませて何も言わずに出て行ってしまった、
でも、出て行く前にうちの手を軽く叩いて笑ってた・・。

いつの間にか静まりかえった部屋を見渡しながらうちは幾つもの記憶を振り返った・・、
サチとの出会いもアンちゃんとの出会いも、うちの記憶の足跡、お父さんと手を繋いで歩いたこと、お兄ちゃんがはじめて
うちの手を握ってくれた時の事、それからアンちゃんに告白された事も・・、そして、ヒデさんと過ごした日々は、まだ今も
うちの大切な記憶のかけら、この先もずっと一緒に居たい、今も握り締めてるヒデさんの手、もう離したくない、
でも何処か薄れてく心も体も、ずっと繋いでいたいのに、ふいに気づいた片手に握ってたお守り、うちは胸に当てて願った、
お願い、連れて行かないでって遠退いてしまいそうな意識にうちは涙が零れた、その時繋いだ手に力が入らなくて

今にも抜けてしまいそうな手が離れかけたらヒデさんが、「亜紀?どうした亜紀~?」って手を握り直した、
そしたらまた涙が零れて「ヒデさん~」って言ってたら瞼が重くて目を閉じた・・、

次第に癒されてく自分の身体の一部にふと眼を開けたら、いつから居たのかお父さんが顔を覗かせて、
「カナ?気分はどうだ?少しは楽になれたと思うが、今日帰す事はできない、すまないがもう少し辛抱しておくれ必ず帰して
あげるからねえカナ?」って言われて、やっと気づいた自分の今の状況に・・・、

そんなうちの頬にお父さんの手が触れて、「カナ頑張るんだよ?負けるな、父さんも頑張るから」そう言ってお父さんが泣いてた・・、
また延びてしまったうちの退院、病院に泊り続けてくれてたヒデさんは、ひと月が限界だった。

何度か繰り返した体調の変化に、三か月を費やして、やっと回復の兆しが見えてきた頃には、季節も色づきはじめて、窓から
見渡す景色は、根ずいた木の小枝からこの葉が風に舞った・・・。


やっと帰ることが許された昼下り、迎えに来たヒデさんは、病室に入って来るなり、うちのほっぺにキスして涙を零して抱き上げた、
その後から顔を見せたアンちゃんは泣き顔で笑顔作ってた、そんな二人に言葉なんてなにも思いつかないまま、病室を出たら、
そこにお父さんも林さんも早苗さんも幸平君も、みんなの笑顔がうちを待ってた・・・。



それから二年後・・、すっと決め切れずに伸ばし続けてた朋子さんとの交際に、アンちゃんはやっと結婚へと踏み切って、この秋、
二人はやっとゴールへと辿りついた・・・。

そして今やっと、うちは、また新たな命を宿して・・・・・・。


一人だった記憶の足跡に繋いでくれた愛する人の手が、温もりと愛で満たしたら・・、いつしか繋ぎ合えた人との出会いも、別れも・・、
時と刻んだ足跡に、幾つもの笑顔と温もりを添えて・・・、やっと繋ぎ合えたその手は、ずっと繋いでいけると笑いあえたあの笑顔が
教えてくれたから、だから歩いて行ける愛する人たちとまた一緒に・・・そしてまた未来へと足跡を繋いでいけるように・・・・。                                                                                                                       

                                                         完
                                                

時の足跡 ~second story~34章~36章

時の足跡 ~second story~34章~36章

長く書き連ねてきましたが、何とか最後までを書き終える事が出来ました、あまり冴えない湿っぽい物語になってしまいましたが、少しでも暖かい気持ちにさせてくれるものを感じて貰えたら嬉しいです.

  • 小説
  • 長編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-17

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  1. Ⅱ 三十四章~時が残した記憶~
  2. Ⅱ 三十五章~終焉を告げる時の音~
  3. Ⅱ 三十六章~時の終焉に~