最後の時間を大切にする

マクドナルドでコーヒーを飲んでいた。ガラス越しでカラスが三羽、風を受けながら飛んでいた。とても気持ちが良さそうに気流を操っていて、とても羨ましいなあと、率直に思った。わたしも自由に飛んでみたい。そう言えば幼稚園児の時、将来何になりたいかという質問があって、それがパイロットだったことを思い出し、恥ずかしい気持ちと懐かしい気持ちが入り混じって微笑を浮かべて、カラスに羨望のまなざしを向けた。カラス凄いよ。どうやって餌をとってるんだよ。よく、ごみ置き場を漁っているのを見るけど、ほんとなんでも食べるんだな。雑食だよな。そういえば、つい最近、どこで見つけたのかわからないけど、ネズミをつついていたのを見かけたけど、気持ち悪いとは思わないんだな。ほんと尊敬するよ。
窓ガラス越しに、路面電車が停留所で止まり乗客を乗せて発進した。札幌のすすきの駅で朝十時五分前で、これから街は活気を帯びていく。商店ではシャッターが上がって、店員が品物を店頭に並べ始める。わたしはマックを出て、歩いて五分ほどの距離があるブックオフに向かうことにする。地下街に入り、狸小路商店街を通って、ゲームセンターや靴屋やラーメン店を過ぎて、目指すブックオフに入る。ゴールデンウィークということもあってか、全商品二十パーセント引きだった。最初にハードカバーの本を物色して、それから最近気になるライトノベルを見て、それから百円の本を探していると、天空の城ラピュタのノベル化した本があったのでそれを手に取って、ほかに海外文学の棚を覗いた。ディーン・クーンツの小説があったけど、今日は手に取ることはやめにした。
会計を済ましてJR札幌駅まで地下街を歩いていると、沢山の人たちが行き交っている。その一人一人には誕生があって、ファーストキスがあって、たまには泣くこともあるんだろうと思うと、自分はどれくらいその人たちに感情移入できているんだろうと思うと、ほとんど、赤の他人として、全くといっていいほど関心が無いことに気づいて、これでよいのだろうかと思って、どうにかして、もっと人に注意を向けなければいけないよなと、自分自身に警告をしなければならない。今、行き交う人々ともう一度会うことの確率はほとんど無いだろう。そんなことをいちいち気にしてどうする。もっと自分のことを考え、これから先、成長することに重点を置いていくことを優先させたほうがたぶんいいだろう。そして、自分と接点がある、近しい人ともっと関係を育むことに焦点を合わせることにしたほうがきっと、この世の、世界にとっても極端なことかもしれないけど、平和に、博愛に、貢献することができるのではないか。そう、思った。
とにかく、すれ違う、綺麗な女性のウォーキングを眺めながら、この人とはもう会うこはできないということに一瞬侘しさ感じながら、自分って歩くスピードみんなより速いなと思って、札幌駅に到着すると、小樽行きの電車がちょうど、到着するとアナウンスであって、一番ホームの階段を上がってホームで待つことにした。
電車がホームに入って、停車してドアが開くと乗客たちが下車して、入れ替わりに待っていた客たちが電車に入って席に座った。わたしも席に座り、することもなかったので、ブックオフで買った、ラピュタの小説を鞄から取り出して、読み始めた。すると、隣に座っていた、男の子がわたしの小説をのぞき込んでいた。
「天空の城ラピュタでしょ?」男の子はそう言った。
「うん、そうだよ。映画見たことある?」わたしは開いていたパズーとシータの挿絵を男の子によく見えるように見せた。
「もう何回も見た。全然飽きない。見るたびにわくわくする」そう言って男の子は興奮したような声で喜びを伝えてきた。男の子の隣に座っていた母親がくすくす笑って、
「すいませんね、この子ラピュタが本当に好きなんですよ。ジブリのアニメでナウシカと魔女の宅急便も好きでブルーレイで買ってあげたんです。誕生日に」
「そうなんですか。わたしもジブリ、大好きなんです。なんか壮大で雄大で、そう、世界観がとても素晴らしいですよね。そうだ、この本、君にプレゼントするよ。君にこそ、この本を読んで欲しい。字は読めるかな?」
「そんな、とんでもない。せっかく、楽しく読んでいるところを」
「いえいえ、いいんです。喜んでもらえれば、それにこの子の将来がかかっているんです。これは重大なことですよ。いつの日か大人になった時に、今起きた体験があたたかな人生のひとつのページとして心の中に、記念として宿すことは、わたしにとっても重要なことなんです。この子の人生にわたしも筆で描くことができたことは、とても喜ばしいことなんです」わたしは本を男の子に渡した。
「ありがとう、おにいちゃん。ほんとうれしい。大切に読むね」そう言って、男の子は本を開いて、鼻を本に近づけてその匂いを嗅いだ。
「甘い匂いがする」
わたしは恍惚とした。これほどまでに興奮したことは、人生でなかった。少年に感謝しなければ。わたしは少年の頭を撫ぜた。とても軽やか、滑らかな頭髪だった。
出会いってほんと大切なものなんだな。これから先、こんなことはひょっとしたら無いかもしれない。でも、きっと、いつの日か、こんな体験が起こる日を待ちわびて、希望をもって生きていこう。そうだ、奇跡を信じて、毎日を。

最後の時間を大切にする

最後の時間を大切にする

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-05-04

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