青いろのネクタイ

ある春から高校に進学する工藤果音。
新たな学校生活に何ひとつ願望を抱かない彼の生活を180°変えたのは
外見は真面目な天然少女との恋が始まりだった。

彼女とうまく接することのできない日々の中で明らかになる過去の真実。

人々との複雑な繋がりと主人公の生き方を描いた恋愛小説です。

第一部 少女との出会い


錆び付いた体は磨けば明るケド―
 
錆び付いた心は磨けば、磨くほど傷をつけてしまう―
 
自分が自分を一番に知っているはずなのに。
 
自分の心を温める方法を俺は知らない。
 
ただ、傷つける自分が。
 
鬼になったように怖かった―
 
 
俺は今年、高校生になる。
 
街では《荒れ校》として有名な高校だ。
 
その反面、就職率や最近は大学進学率は高い方だった。
 
まぁ、俺はただ家に近いということで決めたから、就職率やらは最近知った。
 
工藤 果音 -クドウ カノン-
 
俺の名前。
 
自分で言うのもなんだが、中1の頃から問題ばかりを起こしている問題児だ。
 
男ってのもあって、自分の名前を嫌っていた。
 
俺の両親は、今は離婚をしていて母さんと2人暮らしなんだが…
 
俺が小3の時に、学校の授業で『自分の名前の由来を調べよう』ってので、親父に聞いたことがあった。
 
「お前に果音と名付けたのはカノンという曲のようにお前のあとを真似して追っていくような友達がいつの日もお前を慕ってくれるようにと思ってつけたんだ。」
 
そう聞かされた―
 
それを聞いた頃は反抗期でもなかったから、素直に嬉しくて親父に抱きついたのを今でも生々しく覚えている。
 
でも、そんな両親も親父の浮気で俺と母さんが出ていくことになった。
 
当時、俺は小学6年生で。大好きだった親父と離れるのが嫌で嫌で、母さんに引きずられながら出ていったことを覚えている。
 
引っ越した先の学校で俺は、上手くやっていけるのかと心配だった。だが。
 
それも、余計な妄想にすぎなかった。
 
転校先の学校は、《いじめ》が多発していた学校で、近所では有名で過去に二度もニュースに取り上げらふれるほどだった。
 
いじめのターゲットはどうやら転入生らしく。毎年来る、転入生は最高学年である6年を中心にいじめを受けていた。
 
学校の教員も、過去に生徒に酷い暴力をされて生徒に手を出すことを恐れていた。
 
そして、俺が転入した年も。俺をターゲットとしたいじめが起きた。
 
理由は転入生だから。そして。
 
     - オンナミタイナナマエダカラ -
 
そう言われた日。俺は初めて名を名付けた両親を恨んだ。
 
 
人生初めて、いじめをされて跡を絶たない自殺者の気分を思う存分知ってしまった。
 
毎回、毎回、手を出しそうになるが自分の臆病な気持ちが前に出て後ずさりしてしまった。
 
ある日、この学校のいじめが終る事件が起きた。
 
冬の日。図工の時間で彫刻刀を使って、版画をやっていた。
 
たまたま、俺の隣の班にいじめグループがいて、作品が仕上がったグループは絵の具を使って自作品を作っていた。
 
いつもより大人しいことに気は引っ掛かっていたが、気にせず作業をしていた。
 
「カノン。お前、シャワー浴びないか?」
 
後ろから、人の声が聞こえ振り向く途中、頭の上から勢いよく黒く濁ったパンフレットの滝が落ちた。

一瞬、何が起きたのかわからず。
 
無意識に彫刻刀を力強く握りしめ、頭の中の糸が切れたのを感じたときには遅かった。
「ああ""!!!!!!」
 
グループの主が目を隠し床にうずくまっている。
 
我に返った俺はとっさに部屋を出てトイレに駆け込んだ。
 
洗面器の蛇口を勢いよく開け、今起きたことを整理した。
 
目に映る真っ赤な手。
 
髪の毛から滴るパンフレットの水滴。
 
ッフと顔をあげ鏡をみる。
 
鏡の中で映る俺はすべてを失ったものけの殻を被った鬼だった。
 
 
いじめもパタリと消え。あの日失明をさせてしまった生徒の両親は何も言わずにこの街を出た。
 
周りには、たくさんの友達ができた。
 
成績優秀にして問題児な俺に、みんなは笑ってくれいつの日かムードメーカーになっていた。
 
中学の頃、俺は相変わらず成績優秀ながらの問題児だった。
 
その頃、俺は転入したときからずっと親友である「吹花  公将 -フキバナ ナオト-」とあるゲームを作った。
 
「ハブゲーム?」
 
「そうハブゲーム。
 
ターゲットに目印をつけて、いじめるっていうルール。
 
ただし、ターゲットに告白をされたら負け。
 
負けたらバツゲーム。
 
ターゲットは女。
 
どう?」
 
「なんだそれ
 
つまりなんだ?
 
女を口説けってことか?
 
ひでーな」
 
「ちげぇーよ。
 
女を弄ぶんだよ。
 
周りを使って」
 
つまりは、クラス全員でいじめをしかけて王子さまのように俺と公将が女を救う(=口説く)ってことだ。
 
俺らは、そのゲームをするうえで周りからの協力を得るためにクラスのリーダー。女友達でもある「宮川 己捺 -ミヤガワ コナツ- 」を呼び出した。
 
 
「なにそれ。
 
ターゲットは女?
 
私の仲間に手を出したら、タタじゃおかねーぞ」
 
「大丈夫
 
ターゲットはあくまで、優等生」
 
「あっそう
 
なら、その第1ターゲット私に選ばせて」
 
「はぁー!?
 
なんだょ」
 
「ははぁーん。
 
じゃー協力しないょ?」
 
「宮川…
 
すいません。
 
お願いします」
 
「それでよろしい」

言い切った宮川は急に顔色を変えた。
 
あの日、全てを失った俺のように瞳が消えていくのが見えた。
 
俺は少し怯えなら、その宮川の唇に目を落とした。
 
「カノン?」
 
そっと優しく、宮川の顎を突き上げ柔らかい唇に吐息を落とした。
「ハブゲーム。お前が第1ターゲットだ」
 
好きでもない女に、こんなことをしていくのかと思うと何故か笑ってしまった。
 
交渉へて、中学2年の春。
 
ハブゲームが始まった。
今は高校の入学式。
 
中学の時のメンツも大体がここへ進学してきた。
 
校門の前で、教員が新入生に花を飾ったピンとクラス表を一人一人に手渡ししていた。
 
俺もそれを受け取って、教室に向かった。
 
(1-3)
 
教室に着くと、スカートを短くはく女子や髪にテカテカにジェルをつけた男子が朝からワイワイ騒いでた。
 
(相変わらずだな)
 
思い見渡していると、妙にクラスから浮いているめがねの女がうつむいていた。
 
自分の席を探すとその席にはその女が座っていた。
 
「そこ俺の席なんだけど」
 
ガバッと上がった顔が目をまんまるにして、こちらを覗き込む。
 
「あっ〃
 
すいません。隣でした。」
 
慌ただしく、めがねの女は席をたち隣の席についた。
 
自分の席に座ると、生暖かい温度が体に伝ってきた。
 
長い間、座っていたんだと感じた。
 
カバンをおいて、目線だけで隣のめがねの女をみた。
 
おさげ(ツインテール)にめがね。
 
外見は頭良さそうだけど、中身そうでもなさそうな顔。
 
意思が強そうな、凛々しい大きな瞳。
 
そんなことをふけていたら、めがねの女が話しかけてきた。
 
「あの…私、佐野 果音 -サノ ハナ-っていいます。
 
よろしくお願いします
 
あなたのお名前は?」
 
自分から名乗り出ためがねの女は、佐野と言っていた。
 
「佐野…
 
俺の名前は、さっきもらったクラス表に載ってんだろ?」
 
そう返すと、佐野はカバンの中からクラス表を取りだし俺の名前を探した。
 
「あの出席番号は…?」
 
「6番」
 
「あぁっ〃
 
工藤くんですね。
 
下の名前は、ハナですか?」
 
一瞬、動きが止まる。
 
すかさず、佐野の手に握られた紙を取った。
 
自分の名前と、こいつの名前を探した。

工藤 果音―。
 
佐野 果音―。
 
同じ漢字だ。
 
運命なのか?それとも…
 
「ハナじゃないんですか?」
 
「ちがう。俺の名前はカノン」
 
「カノン?由来はあの音楽で有名な?」
 
「そっ…。そうだょ」
 
すると、佐野は目をキラキラと光らせて満面の笑みで俺を覗き込んだ。
 
「カッコイイお名前…
 
すごいですね!
 
私と同じ漢字なのに読み方が違うだけで、身分が違うように聞こえます」
 
頭のどこかを打ったようにフワフワと浮かれていた。
 
少し、ドキッとしたが直ぐ冷めてしまった。
 
「もういい?
 
話しかけないでくんない?」
 
冷たく冷えた分、冷たく佐野に返す。
 
「なら、友達としてよろしくお願いします」
 
小さな白い手を差し出してきた瞬間、とっさに強く弾いた。
 
「お前みたいな、外見だけなやつとダチになんかならねぇよ」
 
頭より先に口がでしゃばってしまった。
 
弾き飛ばした手を痛がる佐野は下を向いて顔を赤めていた。
 
少し、目尻に光るものが見えた。
 
情けない自分は教室に踵を返した。
 
 
俺は屋上で1人虚しく空を遠き目で眺めていた。
 
「なにやってんだ俺」
 
謝れずにこの場に逃げた自分が情けない。
 
佐野は、ジンジンと痛めた赤く腫れた小さな手を
小さな白い手でそっと撫でているんだろう。
 
入学式の日から、俺は何をやってんだろう。
 
何故か、その時ばかりは冷静な自分が消えて佐野の前でついカッとなってしまった。
 
でも、今気づく。
 
こうも自分の心が大きな音を発て泣いていることに―
 
「馬鹿だな。」
 
俺は、不意に自分の右手をみた。
佐野の手を強く弾いた俺の右手がこんなにも赤く腫れていたなんて。
 
体の内側から熱がじんわりと広がって、地味に痺れる痛みが感覚を麻痺させた。
 
冷たく―
 
熱く―
 
《おはようございます。
 
本日10時よりアリーナにて「第52回。海聖高等学校。新入生入学式」を行います。
 
新入生のみなさんは、担任に従って9時50分までにアリーナ入り口にて待機をお願いします。
 
2年生から3年生は、クラスで9時30分までにアリーナに集合をしてください。
 
保護者のみなさまは9時45分までに会議室にて、一時集合をお願いします。
 
そのあと、教員が指示をいたします。
 
よろしくお願いいたします。》

校内放送が、風に乗って屋上まで届いた。
 
「そろそろ戻るか」
 
俺は麻痺した手をズボンのポケットにいれた。
 
空気に触れない為に徐々に手の麻痺が解けていく。
 
階段に向かって、足を運んでいると目の前のドアに人影が見えた。
 
「カノン!!ここに居たのか
 
速く教室に戻るぞ!
 
担任がもうすぐ来るぜ!?」
 
「今戻ろうとしたんだ。
 
わりーぃな公将」
 
俺を探しに来た公将に頭を下げる。
 
「そーいゃ。さっき女の子としゃべってたな」
 
「あぁー。めがねの」
 
「なんかあったの?
 
さっき怒鳴っていたから」
 
「怒鳴ってはないけど…」
 
「カノン。お前…
 
あの子…好きだろ〃〃」
 
俺は階段を1つ踏み外して、落ちた。
 
「カノン!!」
 
「すまん…
 
でも俺そんなんじゃないから」
 
「なら、ハブゲームのターゲットにする気?」
 
「いや…別に」
 
ポケットに入れていた手を取りだし立ち上がると俺は右手を見下ろした。
 
「公将…やっぱ
お前はスゴいょ」
 
「いやいや。
似た者同士だしね」
 
公将が俺の肩を叩いて、共に教室に戻った。
 
 
「相変わらず、騒がしいね」
 
「まぁ。それが俺らにとって居心地の良いところだろ?」
 
「カノン…」
 
「どうした?」
 
「お前、朝もらったブローチどこにやった?」
 
なんのことか解らず、公将の胸元をみた。
 
ブローチ…ブロ…チ…
 
「あぁ。佐野…」
 
「佐野…?」
 
俺は、さっきまで手に握っていたブローチを佐野の机に置いたのを思い出す。
 
何かを期待して、佐野に聞こうとその席までいった。
 
うつむいて、寝ている佐野の肩に手を置いて声を掛けようとした。
 
今までに感じたことのない鼓動の早さに俺はビックリして一瞬手を引いてしまった。
 
それに気づいた佐野が起きて、俺を見上げた。
 
「だーれ?」
 
めがねを掛けていない佐野が目を細めてこちらを見る。
 
「あぁー
 
めがね…めがね」
 
佐野は漫画のキャラクターみたいにうろうろしながらブレザーのポケットにしまっていためがねをかけて改めて、こちらを向く。

「カノン君?
 
ごめんね。私、目が悪いから何も見えなくて。」
 
「あぁーいや別に」
 
「そういえば、さっきカノン君。
ブローチ置いていったでしょ。」
 
俺の右手を無理に引きその平にブローチを置いた。
 
「あぁ。ありがとう」
 
「いえいえ」
 
さっきまでの鼓動が突然とまった。
 
苦しい
 
「カノン!!」
 
公将の声が遠くで聞こえる。
 
「カノン…カノン!!」
 
クラスが俺の名前をずっと叫んでいる。
 
ふと、目を開けると俺はその場に這いつくばっていた。
 
過呼吸?
 
腕に暖かみを感じる。
 
そこに目を落とすと白くて小さな手が強くガタガタ震えながら、握りしめていた。
 
「カノン君!!」
 
(かわいくない。
 
めがねが本当に邪魔だ)
 
「痛…離せ」
 
ガタガタと震えるその手をキツく締めて弾き飛ばした。
 
佐野は勢いで椅子から落ちた。
 
「カノン!!
 
お前、女の子に!!」
 
クラスの男子が同情をした。
 
「うるせ。宮川、次はこいつがターゲットだ」
 
重く放つ俺に宮川は一言告げる。
 
「放課後、体育館倉庫に来い」
 
佐野にそれだけ伝えた。
 
どよめくクラスに俺はイラつきながら自席についた。
 
《またやるきだょ。
 
>カノン超~イラついてるしね
 
>>珍しいな、いつもならあんな言い方をしないのに
 
>>>まぁ、確かに佐野さんって地味なくせしてカノンに近づくの許せない
 
>>>>ターゲットになるのは当然ょ》
 
クラスが騒ぐ
 
そんなときに、何も知らない教員が教室に入ってきた。
 
「静かにしろー出席とるぞ」
 
朝、校門で配布物を手渡していた教員が言った。
 
《えっーと。青木
 
>はぁーい
 
板橋
 
>あーい
 
入江………》
 
次々に呼ばれていく名前。
 
珍しい名前や聞きなれた名前は、右から左へと耳から通り抜ける。

「佐野 果音」
 
「はい」
 
でも、こいつの名前はどうしても聞き流せなかった。
 
自分の隣に居て班も同じ。
 
好きとか嫌いとかは知らないけど。
 
今はとにかく、素直になれなかった。
 
 
「えっーと。海聖高等学校。進学おめでとう
 
私の名前は《春 國人 -アズマ クニヒト-》だ。
 
今日から1年。この3組の担任だ。
よろしく」
 
担任が自己紹介を淡々と終わらせた。
 
昭和の教員みたく、スパルタ教育をしそうながたいの良さと、顔つき。
 
そのわりには字が綺麗で
久々に、担任に興味を持った。
 
「あの担任なら張り合える(笑)」
 
そんなことを口からこぼすと、俺にめがけてチョークを飛ばした。
 
カツッ
 
白いチョークが額に当たり、粉がつく。
 
「なんだって。
 
なら表に出て張り合うか?」
 
俺は落ちたチョークを拾い、額を擦り春に投げ返した。
 
「ナイスキャッチ」
 
「これでも、先生は野球をやってるんでね」
 
そういって、改めてホームルームを始めた。
放課後、どんよりとした天気の中。
 
さっそく俺は春に呼び出され、『教材を運んでほしい』と頼まれ公将に帰ってもらい教員会議が終わるまで教室で待機していた。
 
もう12時を回っていた。
 
天気予報では、12時から雨って出ていたから折り畳み傘は持ってきたが空を見る限り
降り出しからどしゃ降りになりそうだ。
 
1人で窓の外を眺めていると、校庭に女子二人で体育館倉庫に行くのが見えた。
 
「雨降るのにこんな時間まで何やってんだ?」
 
関係ないようにフケていると、ハッとして見返す。
 
「佐野…」
 
そういえば、今日。宮川に呼び出されていた。体育館倉庫に...
 
俺はとたんに、走って倉庫に向かった。
 
 
「宮川さん。
 
どうしてこんなところに呼び出したりなんか。」
 
「はぁ!?
 
あんた、知ったかぶりしてんの?
 
今日、カノンにターゲットって言われたでしょ?」
 
「そうでしたっけ?」
 
「そうなんだよ。
 
だから、明日からあんたはハブゲームのターゲットだょ」
 
駆けつけた頃には、もう止めようがなかった。
 
「ハブゲーム?」
 
「あんた知らないの?
なら教えてやるょ。
 
ハブゲームってのはハブをいじめるっていうゲームでさぁ」

「カノン…あたしはただ!」
 
「いいから帰れ」
 
宮川が見たこともない、俺の怒りに踵を返した。
 
「カ…ノン…
 
カノンく…ん?」
 
俺は身を露にした佐野の体にブレザーをかけて、縛られた手をほどいた。
 
退いた体をお越し、体を支え地面に座らせた。
 
俺は踏み潰されためがねを取り、
砕けたガラスの破片を拾い上げた。
 
「お前…ブレザーは?」
 
「さっきお母さんに持ってかえって…もらい…ました」
 
「呼び出されたのに?」
 
「すぐ終わると思って…
 
あなたはカノン君ですか?」
 
そう聞かれ、少し黙り込んだ。
 
ここでもしそうだと言ったらどうなるのだろうか?
 
嫌われる。
ゲームも終わってしまう。
 
「俺は工藤 星矢」
 
いきなり名乗り出たもんで、自分の苗字は言ってしまったうえに
意味のわからない名を告げた。
 
「星矢くん…?
本当に?」
 
責めるように返され、震えながらも《そう》と言った。
 
集めためがねを佐野にどうするか聞いて、出て直ぐ近くのごみ置き場に捨てた。
 
ガラスを拾った手を払いながら、倉庫に戻って佐野の隣に座った。
 
倉庫に2人っきり。入学式、早々。
 
まさかこんな形で、始まるなんて思いもしなかった。
 
心臓がはち切れそうになるぐらい大きな音を発て、速く鼓動を打つ。
そんな時、倉庫の外で雨が降りだした。
 
弱く降りだした雨が5分も経たずに強く地面を打った。
 
今は春。夏よりも雨が冷たくて、コンクリートの倉庫は次第に寒さを帯びていく。
 
「さむい…」
 
佐野が俺のブレザーを羽織ってそういう。
 
シャツのボタンを外された佐野は、ただ白い布が肌に張り付いているだけで上に着ているものと言えば俺のブレザーだけだった。
 
俺は立ち上がり、教室に戻ろうとした。
 
「少し待ってろ
視界が悪いなら俺が一緒に帰ってやるから荷物をとり…」
 
「やだ!」
 
反射的に返す言葉に俺は驚いた。
 
「雨が弱まってからでも…
それからでも荷物は取りに行けます」
 
確かな話だ。
 
ならばと思い俺は、雨が弱まるまで佐野の隣に改めて座った。
 
「カノン君…
そうでしょ?」
 
「違う。人違いだ」

ズバリと当ててくる佐野に少し期待をしてしまった。
 
「なんで俺がそいつだと思うんだ?」
 
「声です。
あと、その大きな手」
 
俺は一瞬、顔が真っ赤に火照る。
「そうなんだ…
そういえば、佐野って…」
 
話の途中、俺の肩に重みを感じた。
 
佐野の口から溢れる息が音を発てる。
 
目を軽く瞑り、安心したような顔で俺の肩に身を任せていた。
 
「マジかょ」
 
俺は顔を手で隠し顔を背ける。
 
心臓が未だ止むことなく鼓動を打ち続ける。
 
佐野だけには、聞かれたくないと体を軽く離すとピクリと起きた。
 
「ごめんなさい
私つい…」
 
「いや別に…
 
俺、春…担任に仕事頼まれてるから荷物取ってくるついでに済ませてくる。
 
シャツのボタンとか、着れるもんは着て待っててくんない?」
 
「あっ…はい。
 
ありがとうございます」
 
外に出ると、相変わらず雨は弱まる気配がなく、
誰かが泣いているように降り続けた。
 
教室に行くと春がいた。
 
「先生…すいません。
腹痛くて…」
 
「あぁ。大丈夫かぁ?
俺も今、会議が終わったとこだ。付いてきてくれ」
 
従うがままに、俺は後を追う。
 
 
「げぇ。これ運ぶんですか!?」
 
「そうだ!
俺達2人でな(笑)」
 
笑えねぇ。
 
二階の進路室に置かれた山積みの教材。
 
クラスには35人が所属してはいるが、1人分がやたらと多い。
 
ましてや、俺達の教室は4階。
 
段ボールに積まれた教材を階段で運ぶなんて無茶だった。
 
「やっぱ帰っていいですか?」
 
俺が、ヤル気なさげに告げて引き返そうとすると春が俺を引き止めた。
 
「おいおい!
工藤、勘違いはよせ。
 
これはエレベーターに乗っけていくんだよ」
 
「あぁー。びびった」
 
一安心しながらもイヤイヤ仕事につく。
 
 
「うわぁー。もう2時。
荷物…」
 
慌てて教室に行くと、自分のカバンと誰かのカバンが置き去りにされていた。

スッと手にとって、チャームについていた名前を確認する。
 
「佐野…」
 
あれから一時間近く体育館倉庫にいる佐野を忘れていた。
 
「やばい」
 
カバンを持って雨が強く吹き付ける中、4階から息を切らしながら倉庫に向かって走った。
 
 
「佐野!!」
 
そこには、横たわった佐野がいた。
 
「佐野!!大丈夫か?
しっかりしろ!!」
 
自分の息を殺し、佐野が息をしているか確認した。
 
「寝てんのかよ」
 
余計な心配をして、一気に体が落ちた。
 
無意識に視界に入ってくる佐野。
 
ちゃんとシャツを着ているか確認すると、ボタンの位置が全部外れて留められていた。
 
「本当に目が悪いんだな」
 
仕方なく、横たわる佐野に股がりシャツのボタンを1つずつ外した。
 
ときどき、寝言を発する佐野にびびる。
 
「ボタンは取れてないんだな…」
 
下から1つずつボタンを止めているとき目にティファニー色の下着が見えた。
 
(………。この体形って結構な)
 
今更ながら気づく俺は途中、手が止まる。
 
「だっ…誰!!!!」
 
起きてしまった。
 
「俺はカ…星矢だ。
 
用が済んだから、来たんだよ」
 
「ひっ…
じゃなんでシャツのボタンを!」
 
「こ…これは、シャツのボタンがズレていたから、留め直しているだけだ!!」 
 
「うっ…嘘
だって、なんで私の上に…」
 
それもそうだ、なんで俺は佐野の上に股がってるんだ?
 
佐野は手で体を隠す。
 
「私ちゃんと自分でボタンぐらい留められます。だから」
 
(ホントかよ…)
 
「じゃー、5秒以内にボタン留めろょ
 
5…
 
4…」
 
慌てて、起き上がりボタンを留めようとする佐野。
 
でもボタンを留める穴がハマらず、1つも留めれなかった。
 
「だから言っただろ?」
 
佐野の背後に回って、ボタンを留めてやる。
 
「やっぱり、星矢くんじゃなくて。
カノン君なんでしょ?
 
この香水…
 
ずっとカノン君の席から香っていたから…」
 
「…スゴいなお前」

ポロリと溢れた言葉に、佐野は笑った。
 
「ありがとうございます
カノン君で良かった」
 
ドクッドクッドクッ
 
「さぁ…帰るぞ」
 
佐野の肩を持ち、立ち上がってどしゃ降りの雨の中、俺の折り畳み傘に2人肩を並べて帰った。
 
「カノン君もっと中入らなきゃ、濡れちゃいます」
 
「俺はいいから」
 
「だめです」
 
狭くて小さな傘。
1人でいっぱいなのに、高校生2人なんか入れるわけがない。
 
それでも、俺を気遣う佐野はずっと言い続けた。
 
   -カノン君は濡れちゃダメ-
 
俺は人気のない路地に入り、その途中傘を落とした。
 
狭い路地―
 
俺1人で通るのが十分なこの道。
 
佐野の体を壁に押しあて、赤く火照る唇に吐息を落とした。
 
「っ――〃」
 
息ができないほど深く―
 
深く―
 
俺は唇に吐息を落とした。
 
苦しくて、息をしようと口をパクパクあける佐野。
 
自然とその口を塞ぐ俺の唇―
 
何かを深く追い求めた。
 
激しく体に打たれる雨は、熱くなる体を撫でるように冷やしていった。
やっとの思いで離れた体。
 
息を切らしながら体が佐野にもたれ掛かった。
 
何をしてしまったのか自分でも理解できなかった。
 
口からでる白い息が佐野の耳にかかる。
 
バクバクと止まらない鼓動は、佐野も同じく止まらなかった。
 
何がこうさせたのか。怖くて何も振り返れなかった。
 
ただ、佐野は体を強張らせガタガタと震えながら涙を流していた。
鬼を見るように…
 
そのあとは何もなく、佐野を家まで送った。
 
1人どしゃ降りの雨の中…
 
傘を持っているにも関わらず、雨に打たれながら帰った。
 
家に着き、濡れたまま自分の部屋に入るとベッド際に座って公将に電話していた。
 
《もしもし公将。
 
>そうだょ。どうした?
 
俺…
 
>どうした。
 
……。
 
>あの女の子のことか
 
……
 
>明日からアイツ、ハブゲームのターゲットだろ?
 
……。あぁ
 
>人は時として裏切る。けど自分が信じなきゃそれすらかわんねぇ。
 
俺………
 
>女。信じてみろょ
 
………………
 
>大丈夫。お前なら

…。
 
>なんかあったら連絡してこい
 
ありがとう
 
>あいよ。》
 
 
辛い。
 
今だ激しく打つ鼓動。
 
アイツの事を思うと、死にたいぐらいどうしようもない。
 
「佐野…」
 
毛先から滴る水滴がケータイのディスプレイに落ちた。

青いろのネクタイ

青いろのネクタイ

  • 小説
  • 短編
  • 青春
  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2012-09-17

Copyrighted
著作権法内での利用のみを許可します。

Copyrighted