私が小説を書き始めた理由

春生志乃 作

私が小説を書き始めた理由

私が小説を書き始めたのは、十五の時だった。
小学生の頃に太宰治に出会い、考え方や境遇が少し似ていて、とても心惹かれた。
もし現代に太宰が生きていたなら、先生先生と追っ掛けでもしていたかもしれない。
私は太宰に心を動かされ、太宰の本に出会って、死にかけていた人生をまた作ってもらった、だから今度は自分も誰かを自分の文章で救ってみたい、それがキッカケで小説を書くようになった。
死にかけ、というのはわたしが道化に疲れて死のうとしていたことである。
道化、と言うのは太宰の人間失格を読んだ人間ならどのようなものか大体わかると思う。
私が五歳の頃、父親が借金を作って家を出た。
そこから私は母と兄と三人で生きていくことになった。
私の兄は暴君で、欲しいものが手に入らなければ永遠に暴れるような人間だ。
その度に母は大変な思いをして、悲しい顔をする。
その悲しい顔を見るのが嫌で、私は兄の分まで「良い子」を演じることにした。
面白い事をして、馬鹿の様に振舞って、けれど勉強は一番になるようにし、我儘は一切言わないようにした。
そうしたら家の中が自然と明るくなった。
初めはこの行動が「気遣い」だと思っていたが、どんどん不快感に苛まれた。
それは本当の私ではなかったからだ。
この気持ちが何かと考えていた時太宰に出会って、これが「気遣い」ではなく、ただの仮面を被っていただけで、自分の居る場所を守るだけの「道化」に過ぎない事を知った。
私が全てを知った時、涙が出た。
呪縛から解放されたような気持ちだった。
そして小説を書くようになってからは短編を中心に八十作程書き上げた。
幼少期の事や自分の苦悩を書き綴った。
その生活を2年程続けて、私はもう一度一番初めに書いた小説を読んだ。
そして思ったのだ。
自分の事ばかりで書いて、小説を書くことがストレスの当てつけのような文にしか見えなくなり、これで人を救うなんて何を馬鹿な事を考えていたのだ。
そうして私は小説を書くのを辞めた。
これが私が一時的に居なくなった理由だった。
小説は私の全てだったのだが、私の文で誰かを救いたいと思ったことは、ただのエゴだったのだ。
そしてその出来事から改心をして一年後、私はまた新しく小説を書き始めた。
今度は物語を書いて、現実を忘れさせて楽しめるような、そういう方法で人を救う事にした。
けれどネタに悩み過ぎて、スランプになってしまった。
けれど今までとは違う、幸せな悩みになった。

私が小説を書き始めて約五年、私は私なりの考えに辿り着いた。
売れなくても良い、一人でも見て楽しんでくれたならそれで良い。
話は逸れるが、私が言われて一番嬉しい言葉は、「次も待っています」ただその一言だった。
だから私は今もこうして辞めずに、遅くても小説を書いているのかもしれない。

私が小説を書き始めた理由

「貴方にしか書けない文」と言われた時は本当に嬉しかったです。
一度やめたにも関わらず見てくれている方が居るからこそ、私の作品は生まれていきます。

私が小説を書き始めた理由

私が小説を書き始めた理由というエッセイです。

  • 随筆・エッセイ
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日 2018-04-25

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