裸虫

K交差点を脇に逸れ、細路地を進んだ先にあるこの陰気な更地は、かつては下校した子供達の集まるにぎやかな公園だった。当時小学生だったおまえもまた、その公園で無邪気に遊ぶ少年の一人だった。おまえはその公園で知り合った、ゆうきくんという、おまえよりも二つ上の少年と、一緒に遊んでいた。ゆうきくんは誰よりも早く公園にきて、いつも一人でアスレチックにじゃれていた。おまえが来て、「ゆうきくん、一緒に遊ぼ」と声を掛けても、ゆうきくんは返事をしなかった。だからおまえは即座にアスレチックによじ登り、ゆうきくんの頭をこづくのが常だった。ゆうきくんは振り返っておまえを見ると、会心の笑みを浮かべて、口元に唾液を湛えながらおまえを追いかけた。おまえはアスレチックを降り、自転車に跨って逃げた。ゆうきくんも自転車に乗って追いかけるが、自転車のチェーンが異様に軽いので、足だけが空回りして見えた。おまえはそんなゆうきくんの滑稽をいつも面白がっていた。思い返してみると、おまえもゆうきくんとは対等な関係ではなかったのかもしれない。

ある日、おまえはゆうきくんを、隣町にある小さなゲームセンターに連れて行った。ゆうきくんはやはり会心の笑みで、おまえの後をシャカシャカと騒々しくペダルを踏み鳴らしてついてきた。ゆうきくんは、お母さんにもらったと言って、しわくちゃになった五千円札を見せてきた。あまりの大金だったので、
「五千えん持ってそれ、何に使うん」
と、聞いてみたが、ゆうきくんはただ笑っていた。唇がぬめぬめと光っていた。
ゲームセンター内の異様な喧騒に、おまえたちは脳を溶かされて、一心不乱に遊んだ。とりわけゆうきくんは、爛々と眼をギラつかせて、UHOキャッチャーにのめり込んだ。ゆうきくんはあっという間に、自分の小銭を使い切った。思い通りにならないゲーム機を前に、苛立って、盛大に地団太を踏んだ。

ゆうきくんの背後に、数人の男が立っていた。笑っていた。高校生だったように思う。ふいに男の一人が、肩を上下させてアクリル板に張り付ているゆうきくんの腕を掴んだ。
「おい、その金、両替したる」
ゆうきくんの手には、五千円札が握られていた。朝からずっと握っていたのか、手汗でグシャグシャになっていた。
「両替したるて」
男は再度、ゆうきくんの腕を揺すった。ゆうきくんは振り返ることもせずに、前方のお菓子の山に眼を喰いつかせながら、その腕を突き出して、
「両替!して!早く!早くッ!」
と叫んで、何度も地団太を踏んだ。男はその手から五千円を抜き取ると、仲間と笑いながら喧騒の中に消えていった。
おまえはその始終を見つめることしかできなかった。ゆうきくんは涎を垂らして、額をアクリル板にぶつけていた。
「ゆうきくん、もう帰ろォ」
おまえはゆうきくんの上着を引っ張った。
返事はなかった。焔のような赤い眼が、目の前のお菓子の山を見つめていた。

裸虫

裸虫

  • 小説
  • 掌編
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-25

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