レンズの向こう

シンシンと。

静かな音が響いてくる。



「ねぇ、ちょっと…雪降ってるよ!」
その場にいた全員が一斉に跳び上がり、窓に張り付く。
「うっそ!?もう春になるのに。」
「だから今日こんなに寒かったんだね…」
窓ガラスを白く曇らせながら、私はふと思い出す。いつだったか、息を呑むほどの美しい景色を想像した事があった。その景色が、あの時思い描いていた光景が、今まさに目の前で起こっていた。
雲の切れ目から射し込む陽の光を弾いてキラキラと踊る、純白と薄桃色。

そう。
春の訪れを告げる桜並木を背景に、雪が舞っているのだ。

誰とはなしにその輝きの中へと駆け出す。
「こんな事ってあるんだねー。」
「桜の季節に雪なんて…」
「本当ビックリするよ。」
季節外れの雪に戸惑いながらも、私達は子どもの頃に戻ったようにはしゃいだ。

「ほら、お前ら。こっち向け。」

その声に、全員が振り返った。
どこからか現れたあの人が、幻想的な出来事に浮かれる様子を写真に収めようとカメラを構えている。
「先生ー!雪ー!!」
「あぁ、見えてるよ。」
ぶっきらぼうで気怠げに聞こえる人もいるかもしれない。
「よっしゃ、雪合戦しよーぜ。」
「良いねぇ!じゃあ先生的ね。」
「いや、俺を的にすんなし。そもそも合戦に的って何だよ。つかそれほど積もらねぇだろ。」
でも私には、確かな温もりを与える優しい声。
「夢が無いなー、先生は。」
「うるせー。良いから笑えよ。」

たぶんその瞬間の笑顔は、この奇跡のような光景と同じくらい輝いているはずだ。
そんな表情になるのは、舞い散る雪と桜が驚くほど綺麗で幸せな気分にさせてくれるからか、それともカメラ越しの存在を意識しているからか。


やっぱり私はあの人が好きだ。


けれど、この気持ちがレンズの向こうに届く事はきっとないだろう。



ズキズキと。

蓋をした想いが音をたてる。

レンズの向こう

レンズの向こう

大切な仲間達と過ごす残り僅かとなったある日、神様から贈られたサプライズ。 子どものようにバカ騒ぎ出来る最後の時間と、絶対に記憶から消える事の無い最高の思い出。 それから、心の奥底に隠した本当の想いを呼び覚ます。

  • 小説
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  • 恋愛
  • 全年齢対象
更新日
登録日
2018-04-25

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