デート・ア・ライブ デラックスキッズプレート
ふと、物語の最初に琴里と士道が交わした”お昼にファミレスに行く”という約束の伏線が気になったので、今回書いてみました。
昔の記憶
「おにーちゃん、ファミレスに行くぞー!」
七月のとある休日の午前十時。穏やかな時間を突如として破った琴里は、リビングの扉を開けるなりそう言い放った。
ソファに寝転がって雑誌を読んでいた士道は身体を起こすと、琴里の表情を確かめて首を傾げる。
「なんだ琴里、藪から棒に」
「藪から棒にも何も、前におにーちゃんとお昼にファミレスに行こうって約束した事あったじゃない?」
「あったっけ……?」
士道が難しげに唸ると琴里は頬を膨らませて「むー」と声を上げる。琴里の膨れっ面を見て、士道は一つの記憶を呼び起こす。
「――もしかして、去年十香と出会ったあの日か⁉」
「せいかーい!」
そう、琴里の言う“ファミレスに行く約束をした日”とは、士道が十香と出会ったあの日、お昼に琴里とお昼の約束をしたのだが、空間震が発生して流れてしまったのである。
「そういえば、あの時のおにーちゃん、私が律儀にファミレスで待ってると思って探してくれたんだよね?」
「当り前だろ? 可愛い妹が空間震のなかで怯えてるんじゃないかって心配だったんだからな」
「でも、実は私がラタトスクの司令官だったって驚いたでしょ?」
「ああ……まあな」
兄妹の何気ない会話を挟みつつ、琴里は士道にもう一度尋ねる。
「それで、お昼ファミレス行ってくれる?」
「もちろん。可愛い妹のお願いを断る兄がどこにいるんだよ」
「ありがとう。愛してるぞ、おにーちゃん!」
ウィンクをぱちっと決めると、琴里は意気揚々とリビングを出て行った。
その後ろ姿を見送り、士道は頬をかきながら呟いた。
「……琴里も中学生だもんな」
琴里は一日の大半――いや、生活の大半を“黒いリボン”を身に着けて過ごしているため、白いリボンでいる事の方が少ない。
そのため、士道は黒い方の琴里に慣れており、無邪気な妹モードの琴里をさっきのように新鮮に感じる事が多々あるのだった。
自室に戻ると、士道は机の上に飾ってある写真立てをそっと手に取った。そして、その縁をそっと撫でて、写真の中の琴里に微笑むとそっと机の上に置いた。
この立ては小学校の図工の時間に士道が作ったもので、写真立て自体への思い入れもさることながら、その思い出が、写真にいる幼い琴里への愛情を大きくしているのかもしれなかった。
士道が再びリビングにやって来た時、ソファでは遥子がテレビに熱心な視線を向けていた。
何を見ているのかとその視線を追うと、それは化粧品の通販であった。
進行役の女性が身振り手振りで感情豊かに商品を紹介しており、その度に字幕が大げさに表示される。
そして、その都度遥子は「おおー!」だとか「へえ」と相槌を打っている。
ここら辺の感情表現は琴里にそっくり――いや、本来は“琴里が遥子に似る”ので、そういう点で言えば、やはり自分の母親と妹は親子なんだと実感する士道であった。
一通りチェックを終えたらしく、遥子はぐぐっと伸びをした。その時リビングの扉付近でこちらを見つめていた士道と目が合い、
「しーくん、何してるの?」
と、問うた。
「ああ、いや。母さんが真剣にテレビに見入ってたから出るタイミングがな」
「……ああ、ごめんね。そういえば、お昼にことちゃんとファミレスに行くのよね?」
「そうなんだよ。どうやら去年の春先に果たせなかった約束を、もう一度やり直したいみたいだ」
「ふふ。いかにもことちゃんらしいわね。さすがしーくんの事を慕っているだけあるわ」
「そんな事無いって。妹のお願いを聞いてあげるのもおにーちゃんの重要な役目の一つだからさ。行ってくるよ」
「お願いね」
遥子はぱちっとウィンクを決めて見せた。それは今朝琴里がしたもとは違い、大人の女性の色香を漂わせるもので、もし同世代の女性にこういう人がいたら間違いなく惚れていただろうとぼんやり考える士道であった。
士道がぼーっとしていると遥子がぽんと手を打って尋ねる。
「そういえばファミレスまではどう行くの?」
「俺がフラクシナスで近場まで移動しようって提案したら、『せっかくおにーちゃんとお出かけ出来るんだから歩きだぞー!』て言われた」
「ことちゃんたら、本当にしーくんの事が大好きなのねぇ」
何やら遥子がうんうんと頷く。士道としては、琴里が自分を慕う感情に“兄妹”として以外のものが含まれている気がして複雑な気持ちになるのだったが、遥子が士道の複雑そうな表情に気がつく事は無かった。
午前十一時半。天気は雲一つ見当たらない快晴。絶好のお出かけ日和である。お昼の気象情報のコーナーでは、お天気お姉さんが女性は特に日焼けに注意するように促している。
士道は一足先に玄関を出たところで琴里を待っていた。正午には気温が二十五度にも達するらしく、士道の肌には薄く汗が浮かんでいる。
時間を確認するために携帯を取り出そうとしたところで、玄関の開く音がして琴里が出てきた。
彼女の姿を見て士道は驚きを隠す事が出来なかった。
「琴里、その服……」
「えへへ。こういうデート用に買っておいた服なんだ……似合うかな?」
琴里が被った麦わら帽子のつばを引っ張って、照れた顔を隠すように尋ねる。
彼女が身に纏っているのはワンピース。それも、無邪気な琴里によく似合う純粋な白。
初夏に相応しい涼しげな服装で、太陽の下に晒されている色白な腕や脚がより女の子らしさを演出している。
そして、髪はリボンで結ばずに自然な形で下ろしている。その姿が普段の彼女とは全く違う様を表していて、思わずドキッとする士道だった。
「……おにーちゃん、どうしたの?」
先ほどより心なしか顔を赤く染めた琴里に呼ばれ、士道は慌てて返事をした。
「あ、ああ――とてもよく似合ってるぞ、琴里」
そう言って琴里の頭を撫でる。琴里は気持ちよさそうに目を閉じた後、士道に聞こえるか聞こえないかくらいの声で呟いた。
「ん、何か言ったか?」
「何でもないぞー。ほら、早く行こ!」
琴里は意気揚々と士道の手を握って歩き出した。
出発してからおよそ十分。しばらくして、鉄道の線路沿いに出た。目的のファミレスはもうすぐである。
電車が通り過ぎた風で琴里のワンピースの裾がひらひらと舞う。琴里がそれをさりげなくおさえる。
やがて電車が駅に吸い込まれていき、辺りに束の間の静けさが戻った時、琴里が口を開いた。
「そういえば、おにーちゃんってどうして家に来たの?」
琴里の問いに士道は難しげに唸ると黙り込んでしまった。しばらくしても答えが返ってこない事に不安を覚えて、琴里が慌てて取り繕う。
「……あ、おにーちゃんが嫌なら別に良いんだけどね」
琴里がひらひらと手を振ると、士道はようやく言葉を発した。
「――思い出そうとして奥の方に行くと、あるところで通行止めみたいになって、その先には行けなくなるような……そんな感じなんだよ」
「――そういえばおにーちゃん、前に両親に捨てられたって言ってたけど」
「ああ……正確には覚えてないけど、物心ついた時にはすでにお前の家に来てた。そうすると、どうして俺が“物心つく前に親に捨てられた”事を覚えているのか、疑問なんだ」
「……」
仮に士道がどこかから引き取られたのだとしたら、琴里の両親である遥子や竜雄から事情を聞かされていても不思議では無い。ただ単に遥子や竜雄が伝えていないという可能性もある。
しかし、士道の記憶はまるで“最初から五河家の子供として生きてきた”かのように、五河家で過ごしてきた記憶しか存在しないのだ。
では、前の親に捨てられたというこの記憶はどこから来たのか……。
いつの間にか二人の歩みは止まっていた。道端で背の高い男性と純白のワンピースを身に纏った女性が立ち止まっている光景は、傍から見るとそれなりに絵になるらしく、通りすがりの人々がちらちらと見ながら過ぎていく。
そこで琴里が士道の手を握る力をちょっとだけ強め、努めて明るい声音で言った。
「――難しい事考えるのはやめよう。だって、私とおにーちゃんは兄妹なんだもん!」
琴里の向日葵が咲いたような眩しい笑顔に励まされて士道も「おう」と返事し、二人はファミレスに向かうのだった。
ファミレスの店内に入ると、ひんやりとした空気が二人を出迎える。店員が営業スマイルで二人を席に案内し、最後に「ごゆっくり」と言って立ち去る時ばかりは、二人の様子を見て笑みがこぼれていたが。
士道がメニューを手に取り何にしようか考えていると、琴里がメニューをぱたんと閉じて宣言した。
「私、デラックスキッズプレートにするぞー!」
「やっぱりな……」
「やっぱりってどういう意味だー、おにーちゃん」
琴里が膨れっ面で士道を問い詰める。
「いや。昔から琴里はファミレスに来ると必ず頼むからさ」
「デラックスキッズプレートって美味しいんだぞー」
満面の笑みでその良さを語る琴里は、年相応の無邪気な中学生にしか見えない。そして士道は、琴里がワンピースを着ると妹は可愛い女の子になるんだなと思い、胸のうちが温かくなる感覚を覚えた。
士道の表情が柔らかいのを見て琴里が問うた。
「おにーちゃんどうしたの?」
「――いや、ちょっと考え事をな。それより注文しよう」
「はーい!」
注文を終えて十分ほどで二人の料理が運ばれてきた。士道はデミグラスソースのかかったハンバーグセットを頼んだ。
一方琴里のプレートは、ホカホカと湯気を立てるハンバーグを筆頭に彩り豊かなサラダ、さらには国旗が立てられたチャーハンなどが載っており、確かに子供が喜びそうなラインナップだという印象だ。
そういえば、琴里がこのプレートを気に入っている理由とは……。士道がハンバーグを手ごろな大きさに切り分けながら琴里に尋ねた。
「どうして琴里はデラックスキッズプレートが好きなんだ?」
スプーンで一口ずつチャーハンを口に運んでいた琴里は、きょとんとした表情を浮かべてから、スプーンを置いてから答えた。
「あえて理由を挙げるとすればね――小さい頃から食べていて、思い出に残っているからかも知れないなー」
「なるほどな――確かに、このファミレスは父さんや母さん一緒に来たからな」
それとね、と琴里は付け足す。
「――今日食べたくなったのは、おにーちゃんがいるからかもしれないぞー」
琴里がじっと士道の瞳を見つめる。真意をはかりかねる言葉に士道は戸惑うが、琴里のこうした愛情表現は時々あるので、今回もそうなのだろうと思いつつ返事をした。
「そう言ってもらえると来た甲斐があったな」
「うん!」
その後、士道が黙々とハンバーグを頬張っている最中、空をゆらゆらと流れる雲を見て琴里がぽつりと呟いた言葉を、士道が聞くことは無かった。
その日の夜。お風呂上りに士道がリビングにやって来ると、遥子と竜雄が揃ってテレビを見ながら談笑していた。
士道がやって来たのを見て竜雄が声を掛けた。
「お帰り士道」
「ああ、ただいま」
そう返事して士道は遥子の隣に腰掛ける。
士道はお昼に琴里と話した事を思い出し、切り出した。
「なあ、父さん母さん」
「ん、何かしらしーくん?」
「どうしたんだい?」
両親の返事を受けて士道は意を決して尋ねる。
「――俺の昔の頃って、どんなだったんだ?」
士道の問いにいまいち意味を掴みかねているような表情を浮かべる遥子と竜雄だったが、先に切り出したのは遥子であった。
「しーくんの小さい頃はねー……とてもしっかりしていて、ことちゃんを守ってくれる頼れるお兄ちゃんって感じだったわ。ね、たっくん?」
「ああ。琴里が泣いてる時は私たちよりもまず士道がそばに行ってくれていたもんな」
夫婦が士道の思い出話に花を咲かせようとした時、士道がきっぱりと断言した。
「俺が聞きたいのはそういう思い出じゃなくて、もっと根本的なところなんだ」
士道の言葉で夫婦は先ほどのテンションとは裏腹に、至って真剣な表情をして士道の話を聞く態勢に入る。
すぅ……と息を吸いゆっくりと吐き出してから、士道は遂にその問いを口にした。
「――俺はどうやって父さんと母さんの家に来たのか、知りたいんだ……」
士道の一世一代の問いに、遥子と竜雄は特に驚きを表すでもなく、ただ黙ってその言葉を噛みしめているようだった。その様子からは、どこかこの質問を予期していたかのような印象さえ伺える。
遥子が気持ちを落ち着けるように胸に手をあてて深呼吸をした。それをただただ静かに見つめる竜雄。
「しーくんには話した事があると思うけれど、確かに私たちとしーくん、ことちゃんとしーくんには血のつながりは無い。そうすると、しーくんが自分の出自を気にするのも無理ないのかもしれないわね……」
だけどね、と遥子は続けた。
「いつかはしーくん……それにことちゃんにも話さないといけないとは思っているわ。だけど、それを話すにはまだ早すぎる。しーくんがもっと色々な事を知って、自分である程度飲み込めるようになってからの方がいい。
だから、ごめんね。今はまだ話せないの……」
遥子の思いも掛けない答えに、しばらく呆然とする士道であったが、母親のこれまでに無い悲痛な雰囲気と、その隣に座る父親の何かを堪えた表情を見て、何かを察した士道は、それ以上の追及を諦める事にした――これ以上は踏み込んではいけない気がしたから。
「――分かった。母さんや父さんがそう考えているのなら、俺はこれ以上何も聞かない。
でも、その時が来たなら、絶対に聞かせてほしい。それは、俺や琴里にとって、もしかしたらこれまでの関係を覆しかねない事だから」
そう言い残して士道は自室に戻って行った。
翌朝、目を覚ました士道は洗顔のため部屋を出ると、隣の部屋から出てくる琴里とタイミングが一緒になった。
時間はまだ午前七時であるのにも関わらず、ラタトスクの軍服に身を包み、髪も黒いリボンで括っている。
昨日までの無邪気な感じとは対照的に、凛々しい妹がそこにいた。
「あれ、琴里これから出るのか?」
「ええ。これからフラクシナスに行かないといけないの。緊急の用件を処理しないといけなくてね」
「そっか。気をつけてな」
「善処するわ」
琴里がアタッシュケースからチュッパチャップスを取り出すと、包みを外してそれを口に入れた。
琴里が階段を下りる直前、士道はその背中に向かって呼びかけた。
「なあ琴里」
「何かしら?」
琴里が再び士道のほうを向いた。ちょっぴり白いリボンの琴里の姿を思い浮かべながら、士道は一つ一つ言葉を選ぶように、琴里に尋ねた。
「――もし、俺たちの関係が根本的に覆るような事があった時、お前ならどうする?」
唐突な質問に「はぁ?」と呆れ気味に答える琴里だったが、ぴこんとチュッパチャップスを立てて、真面目な顔で答えた。
「どうするも何も、私はおにーちゃんの妹ですもの――どんな時でもおにーちゃんに付いていくまでだわ」
そう言って、いよいよ琴里は階段を下りて行った。
「俺が深刻に考え過ぎているだけなのかもな……」
自嘲気味にそう呟くと、士道は階段を下りて行った。
~END~
デート・ア・ライブ デラックスキッズプレート
楽しんでいただけたら幸いです。またどこかでお会いできるのを楽しみにしております。