あなたの告白に耳を背けたい
とにかくだ、わたしは生きていかなくてはいけない。その為にできることは数多くやってきたつもりだ。仕事を見つけようとあらゆる手を尽くして探した。でも希望の職種を見つけることはできなかった。それで、過去の時代、自分の娘を遊郭に売り飛ばすといったことが行われていたことを知って、恥ずかしながら、わたしは自分の娘をAV女優として、デビューさせることにしたのだ。娘は男のわたしに似ていてとても綺麗で、まだうら若かった。高校を卒業したばかりで、容姿が良かったので、デビュー作で見たこともない大金をわたしに渡してくれた。それで、祝いとして、娘と二人ですき焼きを食べにいった。こんなにおいしい肉を食べたことは生まれて初めてだった。娘の名は恵(めぐみ)といった。芸名は岬はる、だった。娘のデビュー作のDVDを貰って見たけど、本当に自分の娘か?と思うほど、魅力的だった。娘の裸を見ても悲しみは訪れなかった。こんなことを言うのは不謹慎なのかもしれないが、実の自分の娘がたくさんの男性に抱かれているのを見て興奮を覚えた。
娘が場数をこなしてきて、不動の人気を博してくると、娘と街を一緒に歩いていると、声をかけられる機会が増えてきた。高給取りではあったが、いまだ、家賃4万5千円のアパートで暮らしていた。わたしは料理を作ることが趣味で、外食はできるだけ控えるようにしていた。わたしは見通していた。娘が身体を道具として働けるのは、およそ三十歳までであろうと。それまで娘には働いてもらわなければならないが、世間の評判が高い今だからこそ、わたしは娘の、自己犠牲的な営為を感謝しているのだった。
「恵、仕事のほうはどんな感じなんだ?」
「うん、仕事って感じじゃないかな。なんだか本気で楽しんでいるって感じ。だいぶ技術が備わってきた」
「そうか、むりするんじゃないよ。わたしの唯一の宝物なんだからな。お前を失ったら何も残らない」
「お父さん、わたしなら大丈夫よ、楽しんでいるから。今はできるだけ多くの男性たちをわたしに注目を浴びせたい。それに向けてひたむきに走るつもりよ」
わたしは金銭面で不安がなくなると、なんだか手持ちぶたさになってきた。それで、散歩がてら街を歩くことがわたしの日課になった。色々な名跡を訪れて、カメラで撮影をしたりしては、インスタグラムに投稿をするようになった。
池袋に行って、アニメイトに行ったり、同人誌を手に取っては、その奥深さを知ったし、彼ら同人作家たちがいかに誠実で真面目なのか、プロフェショナルな高度な技術を身に着けているのかを知って感動を覚えるのだった。
ついでにサンシャインにまで足を延ばし、アイドルの卵がステージで歌っているのを見て、自分の娘の姿をてらしてみた。恵も頑張っているんだ、わたしも頑張らなければ。なにか、自分にできること、自分自身や他の人にとって、役に立つことをしたい。そう思った。アイドルは一生懸命になって踊っていた。わたしは引き込まれた。何も恥じることはない。娘に食わしてもらっていることを。いいや、それは言い訳だ。わたしにも何かできることがあるのだろうか。そのことは近いうちに分かることなのかもしれない。ただ、よく考えるんだ。真剣に考えよう。仕事が全てか?他者に対してできる自己犠牲的なことはあるだろうか。
そのとき、池袋の高架下にたくさんの浮浪者が住んでいたことが、フラッシュバックによみがえった。
そうだ、これだ!わたしはコンビニに向かって歩き、コンビニに入って弁当を五個買った。そして、浮浪者が住んでいる段ボール住居に近づいた。
「すいません、いらっしゃいますか?」
「はい、どちら様ですか?」
「よかったら、弁当を買ってきましたので、食べてください」わたしは少し緊張していた。これは偽善的なことなのだろうか、いいや、そうではない。
「おや、珍しいですな。あなた新人ですか?」
「えっ、わたしは、実は娘に食わしてもらっているんですよ。恥ずかしながら」
「そうですか、おやおや、弁当か、最近はマクドナルドの残飯のフライドポテトしか食っていなかったので、有難く頂きます。隣の人にも分け与えてもいいですかな?」そう言うと、まだ四十そこそこに見える男は隣の段ボール住居の扉を叩いた。
「なんだい?なんか用かい?」
「富士さん、男の人が弁当をもってきたんだよ。一緒に食べようじゃないか」
「なに、弁当?」少しして、男の人が出てきた。
「この男の人が弁当を持ってきてくれたんだよ。みんなで食べようではないか。よかったらご主人も一緒に食べないかね。酒もある」
「ありがとうございます。お酒は大好きです」わたしは段ボールを敷いてそこに座った。
三人が弁当と酒を中心にして語り合うことになった。
「お名前は何と言ったらいいですかね」わたしは言った。
「田中正三と言います。歳は四十九になります」田中さんは日本酒をわたしのコップに注いだ。
「わたしは富士たかお、五十です」富士さんはにっこりとチャーミングな笑顔を向けて言った。
「ここに住まわれて何年になるんですか?」
「そうだな、もう五年になるかな、富士さんは三年といったところか」
「何故、こんな生活を?」
「よくあることだよ、仕事をリストラされて貯金が無くなって、しょうがなくこんな身に落ちぶれたんだ」
「わたしもあと一歩で落ちぶれる寸前でした。娘がいてくれたので、なんとか生活が立て直されました」
「娘か、わたしには家族はいないんだ。天涯孤独だよ。たまに寂しくなることはある。でも自分が自ら選んだ世界だ、これも一つの生き方ではあると思っている。世間からなんと言われようとも、自信だけは失わないようにと考えている。しかし、美味いな、弁当ってこんなに美味しかったものかね。久しぶりだから味を忘れていたよ」
「わたしも弁当を食べるのは久しぶりです。いつも自炊をしているので。ほんと、美味しいですね。また、みんなで食べるって最高ですね」わたしはウイスキーしか飲まなかったが、久しぶりに飲む日本酒がことのほか美味かった。娘が身体を売って、そのお金で食わしてもらっていることは言えなかった。そんなことを語ればきっと非難されるだろう。あんたは最低な屑野郎だと。しかし、今のわたしになにができる。ひとつだけいえることはきっとマスコミもわたしの事情を理解してくれていることだろう。芸能界の深く深淵にいたるまで、どんな非常なことだって起こりえるのだと。
わたしは心地よい酔いが身体を包んで、将来のことは、なるようになるさ、という思いで、娘が喘ぎながら、男たちに抱かれている光景を思い浮かべながら、最後の日本酒の一滴を飲み干した。
あなたの告白に耳を背けたい