カトレア島
第一話
1
三月二十八日
?神崎 亮はカトレア島の夜に色に紛れ、繁華街を全力で駆け抜けていた。
「はぁっ、はあっ・・・、」
「おい! 居たぞ、あそこだ」
?「・・・はぁっ、チッ、見つかったか!?」
?神崎が走って逃げているのに対し、 追手???十人以上の不良たちはバイクや車などを使って神崎を追いかけている。
?なぜ神崎が不良たちに追いかけられているのかと言うと、フラフラと適当に夜遊びしていたら、不良たちの何かヤバそうな取り引き現場を偶然見かけてしまったからである。
?もちろん、そんなところを見られてしまっては不良たちも神崎の口をどうにかして封じるしかない。
?それで今の現状に至る訳で、もうかれこれ五キロ以上も走っている。
「テメェ、いい加減に捕まれや!」
?「く、そ。絶対に捕まってたまっかよ! ・・・つってもこのままじゃ、捕まんのも時間の問題だし。はぁ、 できる限り一般人には使いたくねぇんだけどな」
?そこで神崎は一歩大きく踏み込んでから、ドリフト気味にUターンし、振り返りながら手を前に出し、詠唱をする。
「 ???聖なる雷、ここに具現し彼の者を貫け、ライトニング!」
?瞬間、神崎の手の先から蒼い槍の様な電撃が放たれる。
「ぐあっ!!?」
?ドゴォォン!と、先頭を走っていた不良???車に乗った不良に電撃が直撃し、スリップする。
?それがまるでドミノ倒しの様に次々と後方に居る他の不良たちをも巻き込んで行く。
?「はぁっ、はぁ、はっ・・・・・・ふぅ、もう追って・・・来ねえよな?」
?不良たちを撒いた神崎はフラフラと自宅へと向かっていた。
?思わぬ体力の消費に足が疲れ果てているのである。
?相手が二、三人程度なら神崎からすると普通の殴り合いだけで余裕だったのだが、何せ相手は十人以上もいたのだ。流石に普通にやっていては勝てるはずがない。
?それで最終的に残った選択肢は魔法しかなかったのである。
?まぁ、その魔法を一般人に使ってしまって良いものなのか、いけないのかを考えているうちに十キロ以上も走ってしまっていただけなのだが。
「てか、何で俺ってこんなにも不幸なんだろうか?」?
?ポツリと神崎はそう呟き、溜息をつく。
2
?神崎は家に着き、喉を潤そうとしてリビングへ入った瞬間、
「今何時だと思ってる? この、馬鹿息子が!」
「痛ぇっ!?」
?ゴンッ!と、鈍い音を立てて神崎の頭へ彼の父???神崎 爽翠がゲンコツが入れる。
?神崎 爽翠。歳は四十。見た目はもっと若く見え、頭も良さそうに見える。が、実際は頭はかなり悪く、高校すら受からなかったほどだ。
?この家には柔道場がある。何しろ先代から受け継がれた道場だとかなんとか。爽翠は普段、そこで町の人たちに柔道を教えている。彼は現在四段で、かなりの実力者である。そのため、寝るとき以外はいつも柔道着を着ていると言う、本格的な柔道馬鹿である。
?そして、周りから嫌がられているものとして・・・・・・って、見て分かる様に、何かあるとすぐにゲンコツを入れてしまうことである。
「???ッ、んな殴ることねぇだろ、親父!」
「黙れ! お前、父さんがどれだけ心配したと思ってるんだ?」
「知るかっての。俺はもう子どもじゃねぇんだよ。だから、どこで何をしていようと俺の勝手???
?ゴンッ!!
「おぉう!?」
?またゲンコツが入る。・・・しかもさっきよりも強めで。
「まだ中学三年生のガキだろうが。高校に受かったからって、調子に乗るな」
?
?そう、今、神崎は中3である。 入試に合格し、あと2日後には晴れて常伏高校の生徒になる。
?常伏はカトレア島内で言うと一番ランクの低い高校なのだが、神崎にとっては超難関高校とさして変わらない。なぜかと言うと神崎は・・・・・・、って言わなくても分かると思うのだが、かなり頭が悪い。それはもう、テストで毎回赤点をとるほどに。
?だがまぁ、猛勉強の末、ギリギリのラインで合格したのである。
「てか、高校行かなかった人間には言われたくね
ゴンッ! バキッ!
「ってぇ!? 二回も殴ってんじゃねぇよ!てか、二回目絶対にゲンコツの音じゃなかったろ!?」
?そんな神崎の罵声を無視して、爽翠は自室へ戻って行った。
「うーん、今のは亮兄が悪いと思うなー。おもいっきり父さんの一番触れてはいけない所に触れてるんだもん」
?そこで神崎の妹???神崎 舞がリビングへ入ってきた。
?神崎 舞。歳は十三で、現在中学一年生。少しボーイッシュなところがあり、普段は男みたいな格好をしている。いや、していた。中一になってからは本人もそれを気にし始めたのか、女の子らしい格好や仕草が見て取れる様になってきた。
?髪は肩辺りまで伸ばしていて、綺麗な茶髪である。母親に似たのか、顔立ちは良く、クラスの男子からはかなりモテるらしい。
?そして、本人曰く勉強はかなりできるらしい。
?らしい、と曖昧な表現なのは、爽翠の子どもなら皆頭が悪い、と相場が決まっており、神崎からすると、とても信じられない話なのである。
「一番触れてはいけない所つっても、本当のことなんだから仕方ねぇだろ?」
?そう神崎が言うと、舞は溜息をつき、
「そんなだから、毎日毎日ゲンコツを入れられる羽目になっちゃうんだよ」
「へいへい、分かったよ」
?そう言って、冷蔵庫から麦茶を取り出しグイッと飲むと、
「あ、それ私も飲みたいから、残しといてよね」
「ん・・・・・・。ぷはぁ、生き返った。ホイ」
?神崎は舞に麦茶のペットボトルを渡し、風呂に入ることにした。
?風呂を出た神崎は今、自室でもの思いにふけっているところである。
「あと二日・・・・・・か」
?そう言って、母親???神崎 奈緒の写真を見る。
神崎 奈緒。病弱で、心臓に病を持っていたために、二年前に他界した神崎の母親である。当時、神崎は中学一年生で、奈緒に尊敬していたがために、亡くなったことにかなりショックを受け、一週間ほど立ち直れなかった。だが爽翠や舞に迷惑はかけたくない、と自分に言い聞かせて無理矢理立ち直った。
?神崎が魔法を使える様になったのは、それからである。
?元々神崎は、この島で生まれていたので魔法は使えたはずなのだが、一切使えなかった。だが、奈緒が亡くなり、そして立ち直ってからは、今まで溜め込んでいたものが一気に流れ出るように魔法が使えるようになったのである。
「母さん、俺明後日から高校生になるんだぜ? ・・・・・・信じらんないよな。あの親父の息子である俺が高校に受かるなんてさ」
?神崎は歌うように続ける。
「まあ、母さんは親父と違って頭良かったから、そのおかげ・・・かな?」
?それから数分間写真を眺めて、
「お休み」
?そっと写真を伏せ、ベッドに潜り眠りについた。
???
?
?
カトレア島