私とケンゴ vol.2

佐分来

「何か忘れ物は無いかい?」
オレは皮質内に書き込まれている持ち物一覧表をサッと閲覧した後で
「一応ダブルチェックはしましたから、無い筈です」と咲耶さんに告げてから、
「まぁ、何か足りないモノが出現したら、百均で買います」と付け足した。
百均ショップはともかくとして、僻地度5とかの余程の鄙でなければコンビニ位は在るだろうし、たとえ周囲に何も無くとも50kmも走行すれば何がしかの店が現れてくる筈だ。
北海道じゃあるまいし、200km走って何も出て来ないなんて、本州ではあり得ない。
「ハンカチ、持ったのかい?」
「はい」オレはポケットを探ってその存在を確かめながら答えた。
アタタタっ、と言いながら咲耶さんは正座姿勢からヨロヨロっと立ち上がった。
何時もなら音も無くスッと軽やかに立てるのに、今朝は柱を頼りとしなければ為らなかった。こげ茶色の表面に手を滑らせる様に伝わせてソロソロとおっかなびっくり立ち上がる。
「だから玄関まで来なくて良いって...」
柱に手を付いた格好のまま、
「バカ言ってんじゃないよ、全く。お前さんが遠くに旅立つってのに、しかも鹿児島くんだりまで。それなのに顔も合わさずに済ませられるかい」と咲耶さんが言った。
「声かけてくれれば、オレの方が座敷まで上がったのに...」
「人を見送る時は玄関先で手を振るって古今東西、決められているんだよ、神代の昔から」
イヤ、咲耶さん、違います。
別れる時に手を振るのは日本だけの習慣ですし、神代の昔ほど古くなく始まりは奈良時代からだそうですよ、とオレは心の中で呟いた。
ジイちゃんが「人と別れる時に手を振るという仕草の描写が初めて記載されたのは万葉集だ。袖振(そでふり)というのがソレに当たる。万葉集には愛おしい人との別離の時には必ず袖を振りながら別れて行くという風に描かれている。古来より日本では服の袖には霊魂が宿ると信じられてきた。相手を想う気持ちを込めて自分の魂の籠った袖を振る事で相手の魂を自分の所に引き寄せられる、と奈良時代の人々は考えたのだ。たとえ現実世界で肉体は別れる事に成ったとしても、手を振る事で相手に『私の魂はアナタと一緒にいます』という気持ちを伝えたのだ」と教えてくれた事をフッと思い出した。
足の位置を変えようとして再び「アイタタタッ!」と咲耶さんが軽く叫んだ。
捻じったのだろうか、自由な方の手を腰に当ててソッと撫でた。
「大丈夫ですか?」
「アタシより自分の事を心配おしよ。何だって鹿児島みたいな遠くにクルマで行くのかね。やっぱり、あの子は隠し子かい?」ツツッと苦痛の擬音を漏らしながら咲耶さんは言う。
「違います。それよりも、あんましアレなら向こうに言って出発するのを延ばして貰いますよ。そんなんじゃ家事から何から一切合切、何も出来ないでしょう?」
「ダイジョブだよ。昼前には辰巳のサッちゃんが来てくれるから、さ」
辰巳のサッちゃんとは近くの町、芦名は大楠山の麓に住んでいる、咲耶さんの従姉妹の娘さんに当たる人だ。
長身でスラッとした姿態を持ち奥二重で切れ長の双眸が印象的な和風の顔立ちをした美人さんである。年齢は幾つだったか? 30前だとは覚えているが一寸ハッキリとはしない。
ウェッブデザイナーとしてバリバリ働き、(ほぼ毎日が自宅勤務なので)暇を見て掃除から洗濯、炊事と家事全般を軽々とこなす、こちらもスーパーウーマンである。
咲耶さんの血筋に連なる女性はこういう人達ばかりなのかな?
当然、独り身の寂しいオトコ連中が放って置かない筈なんだけど、何故か独身、一軒家でオスの三毛猫一匹を含むトータル3匹のネコ達と一緒に静穏な毎日を送っている(らしい)。
ネコが3匹いる時点で全然『静穏』な生活だとは思えないけど、オレには。
ウルサイし、
オレ、猫アレルギーだし。
アレッ?
辰巳のサッちゃんの本名って何だっけ?
何度も会ってる割には知らないな。
訊いた事も無かったっけか?
ま、イイか。
しかしサッちゃんが来てくれるんなら、
「ソレなら心配ないですけど」
「だろ?」
「でも、やっぱり朝御飯くらいは作った方が...?」
「アンタに食事の世話をしてもらうなんて、アタシゃ、そこまで落ちぶれちゃいないよ!そんな事よりも自分の心配をし」
「はぁ...」
「あの娘に言っといておくれよ、御結びコサえてあげられなくてゴメンって」
「はい...」
オレは少しの間迷った。
もしかしたら地雷なのかも知れないからだが、清水の舞台から飛び降りたつもりで敢えて言ってみる。
あぁ、清水といえば何故、清水寺があんな風な建てられ方をしているかというと...
『そんなのどうでもイイから、早く肝腎な事を言えよっ!』
「あのう...」ソロソロと恐る恐る口に出し始める「いくらママさんバレーの地方大会が近いからって、あまり無理をし過ぎるのは身体に良くないんじゃ...」
「年寄りの冷や水ってかい?」
勇気を振り絞って続きを言う「張り切り過ぎですよ。大事なのは本番なんですから練習でヤリ過ぎて身体を壊したら元も子も無いじゃないですか。今回はギックリ腰で済んだからまだ良い様なモノです。コレがジャンプした後の着地で膝の靭帯なんかをヤッちゃったりしたら完治するまでに何ヶ月も掛かる訳で、バレーが出来るまでに回復した頃にはとっくの昔にバレーの試合が終わっちゃってるって事に成りかねないですよ」
「私を年寄り扱いするなんて、三千年早いよ!」
「体力の回復具合だって、そう。20代の頃とは絶対的に違うんです。咲耶さんは毎日の様にジョギングやウォーキングとかで鍛えてるから身体はまだまだ若くて健康かもしれませんが、それにしたって一般的に考えれば壮年期を通り過ぎて老境期に差し掛かってきてる時期なんですから充分に気を配って行動しないと、ダメです」
「オトコのクセに口が達者だよ、全く」
やっぱ、地雷だったか。
「すいません」
「オトコがそうやって軽々しく謝るんじゃないよ」畳み掛ける様に咲耶さんは言う。
「ハイ」気を付けます、とオレは言った。
「アンタは優しい。ソコはソレで良いトコだけど、優しいってのは時には酷な事でもあるんだよ。それにソコを付け込まれる事だって有る訳だし、ね」
「ハイ」
オレはマインスーパーというゲームが不得意だった事を思い出した。埋設されている地雷を探り当てて行く比較的簡単なゲームなのだが、何故か苦手で、81あるグリッドの一つ目を掘り返す最初のトライで大爆発を引き起こす珍事を8回連続で繰り返してからは一度もプレイしていない。
あぁ、そうだ...、
あの時、昨夜も思い出したシーンで、濡れた大きな瞳でオレを見上げながら囁く様に小さな声で結衣が言った事が頭に去来する。
『研吾は、さ、言葉で全部を伝えられると思ってるじゃん。
そんな事ないからね。
言葉さえ有れば何でも全て説明できると思ってるでしょ?
違うよ、ソレ。
本心は、言葉でなんか絶対に伝わらないよ。
どんなに言葉を重ねても、部屋の中を言葉で埋め尽くしても、伝わらない事って有るからね、絶対』
伝わるさ、
『マンガとかで、さ、よく「言葉にしてくれなきゃ何考えてるか全然判んないよ」みたいな台詞あるジャン? でも、アレって間違ってるから。
自分の考えてる事を完璧に表現できる言葉...じゃない...えーと...何て言うのかな?
言葉の辞書? ...じゃない、何て言うの? アタマに入ってる言葉の辞書みたいな...』
語彙、の事か?
『そう、語彙。
自分の考えてる事を完璧に表現できる語彙なんて誰も持ち合わせてないよ、きっと。
だから、人が話す言葉は、その人の考えてる事に凄く近いコトを表してるかもしれないけど、もしかしたら全然近くなくて、物凄く遠くの、それどころか真逆の事かも知れないよ。
それなら、どっちにしろ、さ、聞いてる方が、この人は何言いたいのかな、って推し量るしかないみたいに、そうゆう風に、研吾は思えなくない?」
そうかも知れないな、
『人の心の中に入って行かない言葉だってあるし、最初っから口では言い表せない事も世の中には山ほどゴロッゴロッあるし。それにさ、そもそも言葉にしなくても充分に伝わる事だってあるじゃん。』
例えば?
『研吾、私の事、好き?』
ああ、
『私は研吾の事、どう思ってると、思ってる?』
結衣はオレの事をどう思ってるかって?
キライなのか?
『バカッ! キライな人にこうやって抱かれてる訳ないじゃん。バカじゃないの、全く!』
ゴメン、
『どう思ってると思ってるの?』
好きなんだろ?
『うん。でもどうしてそれが判ったの? 私、研吾に一回も好きって言った事ないよ』
そうだっけ?
『そう。今までに一回も』
フーン、
『どうして私の気持ちが判ったの?』
どうして、だろな?
『ね、研吾。好きって感情は言葉じゃ伝わらないんだよ、きっと。
こんな風に、
きっと好きって気持ちが中心になって、
人の心の内側から波の様なモノが生まれて、えっと、湧き出して来て、
その波がグラグラって相手の心を揺り動かすんだ、と思う。
心を揺さぶる言葉って確かにあるのかも知れないけど、ソレなんか全然、
もっと遥かに、強力。
だって心から心に直接伝わるんだもん。
言葉なんて中途半端な道具を使ってないから、
全部のモノを完璧に言い表せない出来損ないの道具に頼ってないから、だよ
「好き」って幾ら言っても、その感情は伝わらない。
言葉が全てを伝えるだなんて物凄くゴーマンな考えだよ。
自分の心の中に、深い所にジッとして隠れている想いって、さ、
きっと言葉になんか、出来ないんだよ。
無理矢理に言葉にしようとしても...何だろ?...言葉と、その想いが離れて行っちゃう。
近付ければ...近付けようとすればするほど、逆に遠ざかって行っちゃう。
その2つは、絶対に寄りそわないモノなんだと、思う』
本質と表現の乖離、ってヤツだな、
『かいり? ソレって何? 新種のカレーか何か?』
物事がお互いに背き合って、離れて行っちゃう事だ、
『フーン。何か難しい言葉使ってるけど、研吾が言いたい事は、何か分かる気がする。
ホントの事と言ってる事が、遠く、離れ離れになっちゃうって事でしょ?』
そうだ、
『言葉を、さ、重ねれば重ねるほど、真実から遠くなっちゃって、
でも、人間って言葉しか頼れないから、
その偽物のコトバを信じちゃうようになるんだね、コレが本当だって』
人間とは、動物プラス技術だ、と誰かが言っていた(様な気がする)。
道具も技術の範疇だし、だから言葉も技術の1種だと言える。
何かを伝達する時に媒質を通さず直に届けられれば、そっちの方がより響くというのは理屈に合っている。情報が媒質を通過して行く時に媒質自体に遍在する歪みによってバイアスが掛けられてしまう心配が全く無いからだ。
言葉が介在しない方が、物事の真実の姿を心ですぐに感じ取れる、のかも知れない。
それに加えて、地雷を踏まなくても済むし、な...
「アンタ、大丈夫かい?」またボーッとして、と、咲耶さんが強めの口調で言った。
ハッとして「えっ?!? えぇ、大丈夫です」と、オレは答えた。
「ほんとにダイジョブかい? 時々電池の切れた機械みたいにビタッと止まっちゃうのは、何でなのかね?」
「はぁ」
「でもクルマをイジってる時と走らせてる時は、だけは別人みたいにピシャッとしてるのは流石って言うべきなのかね。大飯喰らいでいっつも腹っ減らしのアンタがクルマをイジってる時は寝食忘れて集中できてて、さ、丸一日何も喰わない事なんかザラなんだから」
「メカをイジってる時と運転してる時には、何故だか判んないけど集中力が全然途切れないんです」オレは言った。
「やっぱアンタにとってクルマは天職なのかね」咲耶さんはそう言いながらオレを、頭の天辺から足のつま先まで撫で回す様に見てから「アンタが普通の恰好をしてるトコを見るのは随分と久し振りな気がするよ」そして少し笑いながら「あの人と同じでアンタもツナギ着てる時は結構シュッとしてイケてるのに、着替えて普段着に戻ると途端に面魂が落ちちまってサエなくなっちまうのは傍から見てても不思議だよ」馬子にも衣装って訳にはいかないんだね、と落ち着いて穏やかに成った声で言った。
「ツナギはオレの様な人間にとって、言わば戦闘服ですから」
「ま、そういうモンかも知れないね」咲耶さんはそう相槌を打ってから、ゆっくりと態勢を動かし徐々に重心の位置をズラし始めた。そして2本足で自立できる様に背筋を直してから支えにしていた柱からソロソロと手を離した。掴まるモノが無くても大丈夫な事を確認してから柱に両面テープでくっ付けてある壁掛けフックにぶら下げられていた江戸時代からタイムスリップして来たかの様な古めかしい道具を手に取った。痛む腰をさすっていた手を止め、その道具、一本の紐の両端におのおの繋がれた一組の火打ち石と火打ち金を両手それぞれで持ち直してキンキンという小気味良い音を立てさせながらキッチリ2回清めの鑽火(切り火)をオレに向って飛ばした。誰かが家から出立する時には何時も咲耶さんは切り火を打ち掛けた、相手がオレでも、親父っさんでも。
イヤ、一回だけしなかった、イヤ、出来なかった事があった。
あまり思い出したい事では無かったので記憶の備蓄庫の中に押し戻してから別の事を言う。
「しかし、古風ですよね」時代劇みたいだ、とオレは続けた。
「こういうのは大事なんだよ。道中の安全を祈願するには、さ」
「昔から神事に使われてきた清浄なる火ですもんね」
「験を担ぐってのは、意外と大切なモンなんだよ。こういう、一見要らないって思える様な事でもおろそかになんかしたりしないでに律儀に一つずつチャンと積み重ねて行ってから初めて何事かが為されるんだ。御天道様は何時だって空の上からワタシらを見てるんだ」そうだよ、という風に頷きながら咲耶さんは言った。
そして続けて「あの娘に伝えといてくれ。御結びをこさえてあげられなくて済まないって」ともう一度念を推す様に重ねた。
「ハイ」
咲耶さんはジイッとオレの眼を真っ直ぐ見詰めながら続きの言葉を紡いで行く。
「アンタ、チャンと帰って来なさいよ」
「大丈夫です」運転の事なら...とオレが続けようとするのを遮る様に咲耶さんが言う。
「別にアンタの運転を心配してる訳じゃない。アンタの腕が超一流だってのは先刻ご承知だよ。昔はC1最速の男って呼ばれてたんだろ、その筋の斯界では。
それに、あのR32には、何ってったっけ? FATIMAだったかい? 運転支援用のAIが積んであるんだろ? だからそっちの方は全然心配してやしないよ。
運転に関しては何の心配もしてない。
そうじゃない。
心配してるのは、あの娘、との事だよ。
何故だか知らないけど、予感みたいなモノを感じるんだよ。
隠し子じゃないって言い張るけどさ、
アンタとあの娘の間には、何かこう、因縁めいたモノが有るんじゃないかってね。
何か厄介な事に巻き込まれなきゃ良いって、そんなコト思うんだよ。
いいかい、
たとえ旅先でどんな事が持ち上がったとしても、
ソレが事情がどんなモンであれ、
絶対に戻って来るんだよ、ココに。
ココはもうアンタの家なんだからね。
鉄砲玉みたいに向こうへ行きっ放しとか何かにしたら、承知しないよ。
アンタはまだ、あの人と、精一さんとキンメ喰ってないんだからね。
精一さんはアンタがココに入ってからというもの、ずうっと、大好物なのに一切れも口にしてなかったんだから。アンタが一人前に成ったら、その時に2人で喰うからって言って。
だからアンタは来年の2月に精一さんと一緒にキンメのシャブシャブを喰わなきゃいけないんだよ、絶対に。
だから、いいかい?
どんな事があっても、
たとえ抜き差しならない厄介事に巻き込まれたとしても
まずは一回、ココに戻って来なさい。
イイね、
必ず帰って来るんだよ」

 エンジンの拍動が落ち着くのを待ってからクラッチを静かに繋いでR32を発進させた。
ソーッと滑らかな動き、テフロン加工が施されたフライパンの上で角氷を滑らせるような引っ掛かりが何も存在しない走り、そんなイメージを心に抱きながら動かして行く。
一昨日とは違って今日はとても穏やかな日だ。
気温も高くなく低くなく人間とクルマが生存して行くのに最適に近い環境。
そしてほとんど無風だ。
だから迷わず海沿いを通るルートを選択した。
ホントは街の中心部方面に向かってクルマを進ませ衣笠ICから横浜横須賀道路に乗った方が距離も短いし時間も早いのだが、反対方向へと鼻面を向けて国道134号(R134)に出る遠回りルートを選択する事にする。
前にも言ったかも知れないが、オレは海沿いの道にクルマを走らせるのが好きなのだ。
県道を西に進み始めると直ぐに『ポンッ!』とチャイムの音が耳朶に心地よく響いた。
クレードルでダッシュボード(正確に言うとコンソールだけど)に後付け設置されたディスプレイ上に可愛い仔猫ちゃんが選択した最適なルートが推奨度順に提示されている筈だ。
チラッと一瞥を与えるとオレが何時も採用している選択ルートは1番推奨度が低い。
ま、いいさ。
チラッとバックミラーを見た。
するとオレの眼の動きを可愛い仔猫ちゃんが感知して、即座にモニター上にリアビュー(後方映像)を表示展開した。
仔猫ちゃんはCCDやらC-MOSやらのカメラや各種センサー類を駆使して自分(R32の機体)の周囲360度全方位を間断なく観察している。
それは平面上にとどまる事無く、上空から路面上までの3D空間的な監視で、全てがモニタリング可能だ。挙動が怪しいクルマや不審な動きをする人物の存在を確認すれば、瞬時に音と映像でドライバー(オレ)に注意喚起を促してくれる。
仔猫ちゃんが『何も危険は無い』と判断しても、その時にモニター上に何かおかしなモノをオレが見付けた場合はモニターに表示された対象物を円で囲む様に指先でグルリとタッチすれば『コイツに注目して特別警戒しろ』という命令が彼女に伝えられる。すると仔猫ちゃんは忠実に命令事項を実施して監視を始める。(もちろん周囲への警戒監視も引き続き継続しながら、である)まだAIは『第六勘』という便利な代物を獲得するに至っていないから、人間であるオレが手助けをして上げなければいけないのだ。
安全運転に必要なモノは一杯あるが、周囲の状況の把握が一番に大事だ。
自分の周りで今何が起こっているのか、を把握する為には、周囲をよく見る事が大事だ。
自分の周囲の状況に関する情報量が多ければ多い程、より安全で確実な走行を維持できる。
その為には自分の視覚をフル活用してのガラス越しの目視、ドアミラーやバックミラーに映ったイメージの確認だけでは正直な所、全然足りない。色んなモノに遮蔽されて見えて来ない事象が多過ぎるからだ。
だから仔猫ちゃんが必要になる。
今は幸いにも後方に怪しげなクルマや人やそれ以外の何物かの姿は認められなかった。
横目で側方確認すると左側の状況がモニター表示された。
仔猫ちゃんの動作は正常。
左へ一瞥をくれた時に助手席の上に置いてあるバッグが視界の片隅にチロッと入った。
THE NORTH FACE製の容量20リッターの登山用バッグ。
その刹那、咲耶さんのからかう様な口調が脳裏に蘇った。
『馬子にも衣装、って訳にはいかないんだね』
確かに普通の恰好をしてる時は自分でも「冴えないなぁ」と鏡を見ながら呟く事も多い。
でも別にメンズノンノのオーディションに出場する訳でもあるまいし、イケてる服装を身に纏わなければいけない理由はオレの周囲にはチョット見当たらない。ま、大体、起きて活動している時間帯に特に御顔の具合があまりおヨロシクない...うーん...常に調子が出て来ないって言うか、一向に上向きに成らないって感じで、それにそもそも身長が絶望的に足りないから、その類のステージに関してオレの人生は永久に縁が無い予定だ。
何も着ないで街中を歩きまわるとすれ違った人々がザワつき始めて、やがてオレを取り押さえて確保しようと御巡りさんの集団が追掛けて来る事は自明の理だから、ただそれだけの理由でオレは服を着ている。実際、裸でなければ何でも構わない。
服という道具の持つ温度調節という機能さえキチンと備わっていれば充分だ。
そんな感じだから、今日の恰好も至って普通だ。
山をヤル(登山用語で『登山する』の意)訳ではないから吸湿性とかの機能性は無視して普通のコットン製で灰色のアンダーパンツ、しかも百均だ。
その上に白いオックスフォードカラーのシャツにデニム生地のパンツを着用している。
これらを選んでくれたのは結衣だった。
『研吾は、ホントに着る物に無頓着すぎるんだから。しようが無いな、私が選んで上げる』
そう言って、無理矢理に引き摺る様な勢いでオレを服屋に連れて行った。
結衣のハチャメチャなナビのお蔭で道を間違えて気付く事なく反対方向に10km強進んでしまったり、前置きも一切ないままいきなり『ソコッ! 左ッ!』と命令されて曲がろうとしたら一方通行の道で進入禁止だったりと、そういうビックリ珍道中の後で何とか漸く店に到着して無茶な運転を強いられて疲れた顔で『何てトコ?』と見上げると看板は無く、シックな黒の外壁に直接Brooks Brothersという金文字が掲げられているトコだった。
結衣曰く、オレの様な普通の服装が似合わない人間が来ても全然野暮ったくならないのが、このブランドなのだそうだ。
砂漠地帯を蹂躙し荒らしまわるイナゴの集団の様に結衣は様々なスタイルと色のシャツを片っ端からオレに合わせて行き、同時に色々な柄や生地のジャケットやパンツとかもバンバン試着させた。今着ているヤツも、その時購入したモノの内の一組だ。
結衣は試着させながらジャケットやパンツについての情報を逐一オレの耳の内側に叩き込み続けた。このジャケットの生地、織られているウールがドコ産でドレ位の太さと長さなのかとか、テクスチャー(texture:織り方)がドウかとか、縫製の仕方はコウだとか、染め方はとか、だ。接客しようとオレ達についてくれた店員さんが一言もはさむ隙間を開ける事無く怒涛の様にしゃべり続け服に付いての情報をオレの脳に流し込み続けた。
でも殆ど覚えていない。
オレにとって不必要な情報ばかりだったからだ。
シャツを織り上げているのがジンバブエ産の長くて細いコットンであろうが無かろうが、生きて行くのに全然関係ない。
あ、ジンバブエで思い出した。
今、穿いているジーンズはジンバブエ産のコットンを使って織られた生地から縫製されているんだっけ。
セルビッジとかいうデニム生地で、古いシャトル式力織機で織られた物らしい。
結衣がパンツを裏返しにして「ホラ、ココ。ココだよ。縁が白いでしょ。『目』って呼ばれてるんだけど、まぁ、端っこのほつれ止め。古いリーバイスの501とか全部こうなってるの。岡山の織物会社が作ってるんだ。世界でソコだけなんだ、織ってるのは。縮んじゃうの防ぐ加工とか全然してないから洗濯すると捻じれちゃうんだよね、全体的に。よじれるって言うか、そんな感じ。手で一つ一つ摘み取った超長くて柔らかいジンバブエのコットンで織られてんの」白い指先で示しながら「ココ、よく見て。糸の太さが微妙に違うの解るでしょ? え、見えないって? 私には解るけどな。まぁ、イイや。織られてる糸の太さがバラバラだから洗った時の色落ちも良い具合にバラバラに成ってくれるんだ」と言った。
結衣が言うには大阪のデニムメーカーが生産を代行したのだそうだ。
ま、クルマや電化製品で言うOEM(Original Equipment Manufacturer:相手先商標商品製造供給企業)みたいなモノか。
結衣が彼女自身に備わった服装に関する全ての知識と審美眼を駆使し全精力を傾倒して取捨選択をしてくれたおかげで、咲耶さんは笑うけど、このコレクションは中々良いモノに成っているとオレは思っている。
高かったけど。
ジャケット3枚にパンツも3枚。
それにシャツが5枚で、オレの2ヶ月分の給料が一撃で吹き飛んでしまった。
しかしソレが7年前くらいに起きた話だから、もう十分に元は取れてる筈だ。
引き籠もっていた6年間は殆ど着ていないので新品同様だし、取り敢えず損はしてない。
今日の足許はドライビングシューズではない。
操作性と安全性を考えれば運転する時にはドライビングシューズが一番なのは間違いない。
だけど、アレはソールが薄っぺらい(各種ペダルを操作し易い様に底が薄く柔らかく製作されている)ので歩きには完全に向いてい無いからだ。
だから履いているのは普通の皮靴だ。
結衣主導でBrooks Brothersでジャケットやシャツを購入した時に一緒に買った。
あ、靴だけは自分で選んだ。
職業柄から運転のし易さを念頭に置いているので普通の皮靴では少し硬過ぎて不向きなのだ。山ほどある荷物をJA11(ジムニー)の狭いラゲージスペース(荷物室)に押し込んでから再び街中へと戻って散策がてら使えそうな靴を探していると一軒の靴専門店で良い物を見つける事が出来た。吉田屋という素朴な名前でいかにも老舗っぽい店だったが「お試しください」との言葉を添えられて差し出された革靴一組がオレの要求事項をほぼ完璧に満たしていた。丈夫だが柔らかい皮革を使っているので運転に支障を及ぼさないのは勿論の事、落ち着いてシットリとした黒色と装飾の類いと継ぎ目というか縫い目がほとんど無い一枚の革で作られていて、足を優しく包み込むような甲の部分の造りが好ましい雰囲気を醸し出していた。靴底には硬過ぎず、かといって石を踏んだ時に『イテッ!』と為る様な過剰な柔らかさでは無い、必要十分な靱性を持っている実用性バッチシのソールを備えている逸品だった。物腰が柔らかく丁寧な接客をする初老の男性店員はによると、そのモデルはホールカットという形状で日常的に履くのならばベストである、との事だった。
そして少し悲しそうな顔で「分類的にはややカジュアルな範疇に属しますので残念なコトにフォーマルな場面ではNGなんです。しかし本当のフォーマルなシーンは、まぁ無理だとしても一流ホテルのロビーを歩き回る事などは余裕で可能です」とも続けて言った。
その言葉を信じて今回はこの靴を投入した。
今回のこの旅はドコに泊まるか、宿泊施設を決めずに見込み発進しているので泊まる場所がどういうタイプでも(格式高いホテルだろうが漁村の民宿だろうが)対応可能な様に、こちらの態勢を整えて置かなければいけない。だから念の為に結衣コレクションから更にチャコールグレーでヘリンボーンのジャケットを1つ選び出して皺が寄らない様に前身頃を合せてからクルクルと丸めてTHE NORTH FACEに突っ込んである。
転ばぬ先の杖だ。
コレでリッツカールトンクラスのホテルでもOKな筈だ。
なのか、な?
最低限の必要品は収納済みだし、もし足りないモノが出て来たとしたら、その時は百均で購入すれば良い。あ、でもあーゆートコは下着は売ってるけど、チャンとした服は無理か。
県道を相模湾へ向けて暫く走行すると林という場所でR134と丁字の形でぶつかっているので、右に曲がりR134に入って北へと進路をとった。
逆方向の左に曲がるとマグロや金目鯛それにあんと浪漫が名物の三崎マグロ産直センターを有する三崎港へと誘われる。
ここ三浦半島は観光地でもあるが同時に軍隊の半島でもある。
東京湾側には泊に米軍横須賀基地、箱崎にも米軍の施設、それから数多の海上自衛隊の基地やら関連施設と、非常に名の通った軍事施設が存在しているが、コチラ側、相模湾側にもチラホラと散在している。例を挙げると、林の分岐を左に曲がってR134を南下すると三崎港への道すがら、右手に海上自衛隊横須賀教育隊、陸上自衛隊武山駐屯地、陸上自衛隊高等工科学校が3連チャン立て続けにその威容を披露してくる。
オレは軍隊という暴力装置があまり好きではない。
必要悪であるのは判ってはいるが、精神的に好きに為れないのだ。
軍人が教わる技術は、人を殺す為の技術だ。(衛生兵を除く)
だから、軍人という種族は、乱暴な言い方をすれば、潜在的な殺人者だ。
出来るだけ多くの敵兵を殺し、味方の損害を軽微なモノに抑える為に自ら進んで盾と成って殺されてゆく。ソレが軍人の本質だ。
軍隊はたとえ味方であっても民間人を護ったりしない。
全ての組織と同じく軍隊は軍事組織自体を維持する為に全力を傾注する。
『我々の組織を保つ為には一般市民の命など知った事か!』
ソレが古今東西等しく同じの、軍隊の本性だ。
敵兵は全て皆殺しにし、敵国の女は全員強姦して自分達の子供を産ませ、敵国の子供は奴隷として使役する為に誘拐し、敵国の持っていた金銀財宝は全て略奪する。
農耕が始った約1万年前から世界中の総ての軍隊が飽きもしないで同じ事を繰返している。
ソレが戦争だ。
正義の戦争など、この世界に存在したりはしない。
だから『戦争の英雄』なども存在していない。
単なる殺人者だ。
他人を殺してしまった人間は『人でなし』との謗りを受ける。
他人を殺し『人』では無くなってしまったから、『人で無い』から『人でなし』なのだと、
或る春のうららかな1日、オレにそんな事をジイちゃんは言った。
上官の命令1つで殺人者に変身し得る可能性を周囲から隠し持っている人間、
そんな可能性を秘めた人間、あまり好ましい存在とはオレには思えないのだ。
常日頃、勇ましい発言を続ける人間達からは『軟弱者』と誹謗中傷されそうだがな。
幸いな事にR134北上ルートの際には目立った軍事施設は無いからその点、気が楽でもある。
大楠山の南、芦名の隣の長坂という場所には自衛隊の射撃所が在るらしいのだが幸いな事に国道を走っている限り視界に入って来ないので、無かった事にする。些かズルいが。
しかし、この道はホントに良い道だ。
海岸の本当にすぐ脇を道が走っているので風光明媚な三浦海岸の特徴、岩礁帯と砂浜とが左手に代わる代わる現れる変化に富んだ風景を簡単に愉しむ事が出来る。
曲がりくねった道路越しに海を見ながら、北上を続けた。
初秋の陽光に照らされた水面がキラキラと輝いているが、オークリーの偏光レンズが威力を発揮してオレの網膜を完璧に護ってくれているので少しも眩惑しなかった。
相模湾も『のたりのたり』と言う表現が乱暴に思える位のベタベタな凪だ。
今日の様な平日のR134はスカッと空いているから、クルマを走せてとても気持ちの良い道路へと変貌を遂げてくれている。
休日の混み様とはエライ違いだ。
右側つまり陸の方は、比較的なだらかな場所も無い事は無いが、大部分でいきなり山が海岸まで迫って来ている。それでも何とか沿道の山側も切り拓かれて人家や食い物屋を始めとした各種の店がポツポツと建てられている。
しかし今日はまだ朝が早いのでコンビニ以外の店の扉は閉められていてやっていない。
このR134をもう少し北に進むと高級な観光地、葉山や鎌倉が在るので、その影響でここら一帯の食い物屋はおしなべて単価がちと高い。ま、客の目が肥えていて淘汰圧が高いので不味い店はスグに消え去るからドコに入っても美味いのは良い事だが、それにしても高い。
葉山に近付けば近付く程、比例してプライスタグの数字は素直に大きくなってゆく。
それと単価が高い理由の一つには保養所の存在が在るかも知れない。
保養所にやって来る『正社員』と呼ばれる人達はノンビリ物見遊山をキメる心算で来ていたので気も大きくなっておりそれに比例する様に財布のヒモも緩んでいたから、食い物屋の価格が六本木や麻布クラス並みに高くともニコニコ顔で支払っていたと言う。
80年代後半、イヤ、90年代初頭くらいまでバブルの残響が辛うじて揺らめいていたので、この国の一流企業と目される組織の多くが社員たちの福利厚生を図る為にこのR134沿いに保養施設を設け続ける事が出来ていた。だが、バブルが弾け跳んでしまい、その残照すら消え去り、次いでまるで狙い済ましたかの様に第3次産業革命つまりIT革命が産声を上げ、それに付随する格好で史上例を見ない規模のグローバリゼーションが進展し始めると巨大な企業ほど身動きが取れず対応が後手後手に回って一気に体力を奪われていってしまい、程無く社員の英気を養うだけの為に保養所を維持する余裕すらスッカラカンに枯渇させてしまう結果に終わった。保養所は次々と閉鎖されて行き、潮が引く様にかつての優良企業は撤退して行った。
『おい! 簡素化し過ぎだ! 経済の事象はもっと複雑だ!』
その通り。
でも、バブルの終焉がトリガーだったのは確かだし、グローバリゼーションの時代に上手に立ち回る為には、この国の官民労文(国・企業・労働者・教育)に構造上の欠点が有ったのも確か。トップヘビーな組織体だったので小回りが利かず自らの体質を速やかに改造出来なかったのも、状況の大変化に対応出来なかった事も本当、だろ?
『確かにこの国の企業に足りないモノは、目を背ける事無く自らを取り巻く状況を真正面から見据え、客観的な視点から解析して対処法を考え出して実際に対応して行く態度だが』
それに加えて必要なコトは『遅巧(時間を掛けて巧妙にやる事)』ではなく『拙速(多少出来が悪くても速度を重視する事)』な処理方法だろ?
『兵は拙速を尊ぶ、だな』
イエス。
そんな風に脳内のミスター客観との会話を楽しんでいると、昔、大学に在籍していた頃に受けた経済学の授業がオレの皮質上に蘇って来た。
接触する前は経済学など文系の極致でオレの好む分野では無いと思っていたが、いざ学んでみると意外に数学的で面白く俄然興味が湧いて来た。
ま、経済学は英語でEconomic Scienceと呼ばれ科学の1分野だから数学的なのも当然か。
授業を担当した教授は溝口という名前だった。
経済学は悪魔の学問と呼ばれるらしいが、彼の容姿は悪魔からは程遠く中肉中背の至って普通のよく見掛ける感じの初老の日本人男性だった。生徒たちの間で『ミスター・グレー』のあだ名で呼ばれる位、常に着ているスーツ、いや彼の場合は背広と言った方がシックリ来るな、背広の色は灰色だった。季節の移動に合わせる様に春から夏にかけてグレーの明度は増して行ってライトグレーから白色に近付いて行き、夏が終わって太陽のヤル気が段々萎んでくると逆に黒味の濃度が増加に転じて次第に暗く成って行き最終的に真冬になると黒味の強いチャコール・グレーで落ち着くのだった。灰色なのは背広だけに限定された色調ではなくてシャツやネクタイ、中折れハットや鞄なども、そして革靴さえもグレー、全てが灰色で統一されていたのだった。
そのミスター・グレーがある日の授業でこう話した。
「バブルの後始末に追われていた頃、世界の経済構造が大きく変化してしまって日本はソレに上手く対応出来なかった。世界を席巻し始めたIT革命、モノづくりの技術から情報関係の技術への変化。ソレに加えて90年代初めからより顕著に成った新興国の、とりわけ中国の工業化という、言ってみれば『パラダイム・シフト』の波に乗り遅れてしまった。
日本は台頭してくる中国をライバル視するのではなく寧ろ協働相手として捉えて上手い共同関係を創るべきだったけど、出来なかった。
第2次産業革命に適応した製造業の生産プロセス自体が旧体化してしまった事を素早く適切に読み取る事も出来なかった。
中国との協働作業は、その製造業の生産プロセスを変えて行くものでなければならなかった。垂直統合、すなわち製品を販売する親会社と部品を製造する下請けや孫請け会社という、部品の製造から最終製品までを1つの企業やグループが行う方式から、水平分業と呼ばれる、製造業の色々な個所をマーケット(市場)通じて外注するやり方に変換しなければならなかった。中国が工業化して来たので、商品の製造プロセスのかなりの部分を彼等に任せる方がずっと有利に成って来ていたのに、それを日本の企業はやらなかった、と言うか、出来なかったのだ。
生産方法の転換成功例を挙げるとすると、良い例が米国でありAppleである。
Appleは商品の製品開発と販売はする。
製品生産プロセスの最初と最後に当たる、この2つは利益率が高いから儲かるし、な。
人件コストが掛かって儲けが薄い中間の部品製造や組み立ては日本や中国・台湾に外注する。Appleは製造業だが、工場を持たない。
これはファブレス(fab-less:fabrication facility-lessの略)と呼ばれる製造業の形態だ。
工場を持たないから収益率が非常に高い。
日本もそう成らなければいけなかったのだが...」(注1)
そんな事を思い出していると、横を元・保養所の残骸がシュッと通り過ぎて行った。
後ろに飛んで行く建物を眼でバックミラーの中に追いながらオレは思った、
『兵(つわもの)どもが夢の後』じゃあるまいし。
え?
保養所の跡はどうなったかって?
立地条件が整っている所は建物自体が回収されて異なる業態のテナントが入居していたり、解体業者によって取り壊された後でデベロッパーが富裕層向けのマンションを建設したりした。
立地があまりおヨロシクない場所は、更地にされた後でも買い手に誰も付かず打ち捨てられて繁茂したペンペン草が静かに風に吹かれていたりする。でもソレはまだマシな方で更地にすらされず空き家のまま放置されてしまい内部が2本の前歯をむき出しにしてチューチュー鳴きながら我が物顔で灰色の一群が跳梁跋扈するネズミーランドに変貌してしまった哀れな元・保養所もある、と聞く。
あ、話に聞いたけど老人福祉施設つまりデイケアセンターに変身したのもあるらしい。
あんまり景気の良い話じゃないよね。
第4次産業革命(AIとロボティクスの革命)が進行中の現在、保養所が戻って来る事は決してないだろうと思う。そんな余裕は2度と湧き上がって来ないだろう。
戦後の一時期に現れた幸福の幻想に過ぎなかったんだ、と思う。
沿道の活況とは反比例する様にR32は快調そのものだ。
エンジンも綺麗な回転を見せているし、機体もしなやかで滑らかな動きを披露している。
一昨日と昨日の2日間一杯を掛けて一応の調律は済ませた。
1日目はエンジンやボディの主にメカニカルな部分の調整に費やした。
ギリギリまで追い込んで行くチューニングでは無く、オレにしては余裕(マージン)を大きく取った安全策そのものだが、旅先でトラブルを抱える訳にはいかないから、妥協した。
ま、妥協した方がイニシアティブを握れるのは人間関係だけに限らないって事だ。
2日目、朝からECU(Electronic Control Unit:エンジン、ABS、LSD等をコンピューターによって制御する電子制御装置:この機体では可愛い仔猫ちゃんことFATIMAという名前の人工知能がこの作業を担っている)のプログラミングを微調整し続けて、「昼飯だよ!」と咲耶さんに怒鳴られて、ハッと我に返るまでその作業に没頭していた。
「そんなに急いでカッ込むんじゃないよ」と言われながらも、咲耶さんお手製の釜揚げシラス入り五目チャーハン(2人前)を5分ほどで平らげた後で中華風コーンスープが入った御椀をむんずと掴み一気に飲み干して「御馳走様でした」と一言残してからプログラミング作業に戻った。戻り際に咲耶さんがボソッと漏らした「まるで犬だね」という台詞は思いっ切り無視したけど。プログラミングの微調整を終えると丁度オヤツの時間だったので近くのセブンイレブンまで散歩がてら歩いて行きグリコのプッチンプリン(3個入り)をワンパック購入して工場に戻り事務室でコーヒーと共に3個立て続けに食べた、って言うか、飲み干した。プリンは飲み物です。そして4時頃から近辺を走らせて各種のデータを収集した。県道の様な市街地道路や細い裏道、そして横横での高速走行や渋滞時のノロノロ運転などの多岐に渡る交通状況下の走行時のエンジンや機体に関する情報だ。あ、あと気象などの環境情報も勿論ね。(注2)
可愛い仔猫ちゃんは常時接続している衛星通信を通じて800テラフロップスのメインフレームに自分が集めた情報を送っていて、仔猫ちゃんに備蓄されたプログラムが出力するアウトプットが少しでも最適解から外れそうになるとFATIMA本体のアルゴリズムが弾き出したより高度に的確で最適な修正プログラムが瞬時に送られてくる仕組みに成っている。
あ、FATIMAってのは略称で正式にはFacultative Augmentor of Traffic Information & Mobility Assistanceだ。日本語に変換するのは正直難しいんだけど、無理矢理にすると『交通状況及び自動車の機動性に関するドライバーの認識を増大させる装置』みたいな意味に為る。もちろん直訳じゃないし、それよりも一体何を言いたいのかがサッパリ不明だよね。
おっと、長者ケ崎だ。
って事は、もうすぐ葉山の御用邸だな。
暫く走ると御用邸の前の二叉路に行き当たったので右手、葉山大道(R134)へと進路を取りダラダラと続く長い坂を登って行くと、途中左手に馴染み深いパティストリー『鴫立亭』が出て来た。
とても思い出深い店だ。
寄って行きたかったが開店前なので仕方なくスルーした。
ココのカルバドスというケーキが美味いんだ。
イトちゃんへのお土産にしたかったんだけどな。
食べたらどういう顔するんだろう?
また『美味んまっ!』って表情を浮かべてくれるのかな?
あ、コイツにゃ、お酒が入ってるから子供にゃハナから無理なヤツだった。
さっきは海沿いの道を通るのが好きだ、と話したが、沿岸ロードのR134はオレにとっては別の意味で特別な道だ。
この片道1車線のウネウネしたワインディングロードがオレに天職を与えてくれたからだ。
どういう事なのかって?
FATIMAの話にも関係してくるので最初から筋道をチャンと立てて話そうと思う。

注1:本当は、
経済学者で早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センターの顧問を務める野口悠紀雄の考察からの抜粋。

注2:ABSとは、
Antilock Brake Systemの略。滑り易い路面(雨道や雪道など)でブレーキを作動させた時にタイヤがロックしない様にコントロールするシステム。タイヤがロックすると路面とタイヤの間に発生している摩擦力が減少するのでトラクション(駆動力)も小さくなる。同時にロック状態ではクルマが慣性の向く方向に滑って行って舵が効かなくなる。ABSは最大摩擦力を得る為と危険を回避する為に必要な装置である。LSDとは、Limited Slip Differentialの略。Differential(デフ)はコーナーを曲がる為に必要な装置。(左右の駆動輪の回転数を変える。旋回時に外側のタイヤの方が多く回転してくれないと曲がれないので)しかし欠点が有って、エンジンから来たトルク(加速の為の力)を左右の駆動輪に同じ量しか分配できない。故に片方の駆動輪がスリップした時に(つまりトルクがゼロに為った時に)反対側のスリップしていなくて駆動力を路面に伝達出来ている方の車輪のトルクまでも抜いてしまう性質がある。結果的に両側とも駆動力を失ってしまいクルマは進めなくなってしまう。この現象を防ぐ為に左右の駆動軸の回転速度の違い(差動)を制限するメカニズム(最低限片側だけでもトルクを伝達する機構)を備えたデフをLSDと言う。LSDには機械式と電子制御式がある。ノーマルのR32は機械式である。

ココで まってな
そうママがゆった
ドコだろ、ココ?
きたコトない コンビニだ
キョロキョロまわりをみても ココがドコだか わかんない
ママは ジカンまちがえちゃった ってゆった
おそかったのかな? っておもって
チューシャジョーをみても
おじさんパパも
アールさんもいなかったから
もうカエッちゃったのかな? っておもってたら
ママが、ワタシったらバカだね トケイみまちがえて 1じかんもハヤくきちゃった
って ゆった
そっか
だから、きょうのアサはあんなにワチャワチャしてたのか
ママ、カイジューみたいなカオしてたもん
よかった、おくれなくて、っておもった
ほんとに チョットはやく きすぎちゃったかな ってゆってから ママが
ひとりでまてるよね ってゆった
チャンとまてるよね、ひとりで ってゆった
ひとりでまてるか、そんなの わかんないけど
ひとりで いたくないから
イヤだ ってゆいたかった
けど、イヤだ ってゆったら
ママが、
ママのきげんがワルくなるかも しれないから
コクンってした
そしたらママは、
そっ、いいコね ってゆって
うでドケイ、チャンとしてる? ってゆった
リョウテでキュッてしてた テディさんをミギテにうつしてから
ヒダリテにくっつけてある うでドケイを ママにみせた
うごいてる?
ってママが ゆったから
ミミにあててみたら
チャンと
カチ カチ カチ カチ カチ カチ...
って音がしたので
音してるよ ってゆったら
ビョーシンが まわってれば、うごいてるショーコでしょ
って ママがわらいながら ゆった
ビョーシンって ナンだろ?
よく、ワカんないや
こわしちゃダメだよ、ってワラいながら ママがゆった
うん、わかってる
ソレって パパがママに かってくれた たいせつなヤツなんだから ってママがゆう
うん、パパとはじめてデズニーランドにいったとき かってもらったんでしょ?
そう、織はヨクおぼえてるねぇー、えらい、えらい ってママがゆった
ママがたいせつにしてる だいじな キネンのうでドケイなんだから、なくしちゃダメだよ
タカラモノなんだから、ね って、ママがワタシにゆった
うん ってコクンしてから、わかった ってゆったら
ママは ヤッパリ織はいいコだねぇー ってゆってから
りょうほうのテで ワタシのカミのけをグシャグシャッてした
コウメとおなじように アタマをグシャグシャされながら、
でも、ママ?
コレ、ホントにタカラモノ?
ワタシ、ママがこのうでドケイしてるの みたコトないよ?
そうオモったけど、ナニもゆわなかった
織は、オトコみたいに ヒダリテに つけるんだね、
って ゆいながらママは
うでドケイのまるいトコロをユビでピッてサシながら、
このミジカいハリが10をサシて
ナガいヤツが、ここの12をサシたら
ケンゴがくるから って、ゆった

ママがクルマでかえってった
ドンドンちっちゃくなってく クルマをみてたら
なんか、ポイされちゃったキブン
そんなカンジ
そんなコトかんがえてたら、
またオナカがイタくなっちゃいそうだったから
テディさんのカオをみながら
ダイジョブ
ゼッタイ、おじさんパパはきてくれる
って ゆってみた
そしたらスコシだけホッとしたので
オナカがすいたカンジがした
ワチャワチャしてたから
キョウはアサゴハンなしだったから
やっぱりオナカはすいてるカンジ
オニギリをかおうと おもったので
コンビニに はいった
ママが、コンビニはイッパイまっても
ズーッとまってても
ゼッタイ半額のシールはつかないから
そのままカワなきゃいけないんだよ、ってゆったから
1ばんヤスい ツナマヨを1こだけ かう
ホントはあったかいオチャがほしかったけど
タカイからつめたいヤツ、100円のオチャでガマンした
キノウのキノウのキノウ
オトトイのキノウにママがくれた1000円
ゼンブつかわないで
まだ460円のこってたから
チャンと かえた
オネーさんがわたしてくれたガシャガシャうるさいフクロをもって オソトにでて、
コンビニのまえにおいてあるベンチにすわって オニギリをたべようっと
しょってたピンクのリュックを せなかからはずして
ベンチのうえにおいた
このリュックは むかしママが かってくれたもの
だから、タイセツにしないとダメ
ヨコにテディさんをスワらせた
うふふっ!
テディさんがリュックにデローンって、もたれてる
ガサガサするフクロからオニギリとオチャをだして、
ホントは サクヤさんのつくったオムスビがたべたいなぁ、
っておもったけど
いまはコレでガマンしようっと
ピッと やって
パカッと やって
やった!
キョウは チョーうまくオニギリのカワがむけた
ノリがぜんぜんバラバラって なってない
どっから たべようかなって おもって
クルクルって みてみたけど
やっぱりサンカクのチョージョーのところ、とがってるトコに
パクッてした
ツナマヨのオニギリ、ヤッパリあんまりオイシクない
ママは、ワタシがツナマヨがスキだって おもってる
でも、ホントはツナマヨのこと ワタシあんましスキじゃない
ワルいヤツじゃないんだけど
オイシクないんだもん
ホントはタラコの方が ゼッタイにスキ
あのツブツブが いいカンジ
ノリもタラコの方が いいカンジだとおもう
タラコ、おいしい
でもタラコは130円もする
チョットたかい
ツナマヨは105円だから やすい
やすいから、ツナマヨってママにゆう
でもホントは、タラコにしてほしい
きっと、ズッと、タラコにして ってゆえないんだろなぁ
オニギリを ハンブンたべたらノドが、ゥングングってなりそうだったので
いそいでオチャをのんだ
サヤマさんのオチャの方が、ぜんぜんオイシイ
おじさんパパ、オムスビとサヤマさんのオチャ、モッテきてくれるかな?
ダメかな?
キノウのよるはママのキゲンがよくって
ピザをたのんでくれて
ママとワタシと 2りでたべた
ママは、おじさんパパのコトをイッパイゆった
やさしくて
いつでもチョーやさしくて
クルマのコトなら、なんでもしってて
それでクルマのうんてんが、カミサマぐらいジョーズで
ヤクソクを やぶったコトなんか、1かいもなくて
ジカンをチャンと まもってくれて
オクレたコトなんか、1かいもなくて
マイアサ、ちゃんとジカンどおりにママを おこしてくれて
オシゴトにいくマエに、おいしいゴハンを マイアサつくってくれて
ムカシ、ママがインフルエンザになっちゃったトキは
ズッとイッショにいてくれて
トリニクとタマゴとネギが はいってるオカユをつくってくれて
たべさせてくれて
ズッとカンビョーしてくれたんだ ってママはとってもウレシそうに ゆった
ね、ママ ホントはおじさんパパのコトがスキなんでしょ?
って ゆおうとおもったけど
なんか、ちがうキがしたから
ゆうのをヤメた
なんか、そういうんじゃないカンジがするから
でも、するのは、ナンでなのかな?

でも、オカユってなんだろ?
タベモノらしいけど、おいしいのかな?
おじさんパパにたのんだら
ワタシにも つくってくれるかな?
インフルエンザになったら つくってくれるかな?

キノウのよるゴハンのとき、
ママはホントにうれしそうだった
だから、ワタシもうれしかった
でも、さっきのママ、ちょっとヘンだった
さ、織 おりな ってママがゆったから
ドアをあけて、ンショっておりた
ドアをしめてたら ママもおりてきて
ワタシのすぐヨコにきて
しゃがんでからリョウテでワタシをギュッとした
それから、ワタシのカオをみながら
いいコにしてるの、イイね?
デキるね?
ってママは ゆった
ウンってコクンしたら
織はいいコだね、ってママがゆった
あと、30ふんくらいで ケンゴくるから
あのヒト、ゼッタイにくるから、ね
ゼッタイに ちこくしないから
ってママは ゆった
またアタマをグシャグシャってするのかな? っておもったけど
しなくて ママは スッて 立ってから
クルマにのってエンジンをかけた
いっちゃう
って おもってたら
また、バンッて音がしてママがおりてきた
ワタシのトコにきて、ワタシをギューってした
ホントのちからでギューってしたから
イタいっ! ておもった
でも、スグに はなしてくれて
シュッと立ってから
こんどは ワタシのコトをゼンゼンみないで
さっさとクルマにのって プルプルって いっちゃった

ベンチにすわってオチャをユックリのんでみた
うでドケイをみる
みじかいハリは9と10のあいだにいる
ウーン、ドッチかってゆうと 10の方にちかいかな?
ながいハリは スージの8のトコらへんをウロウロしてるみたいに みえる
あとスコシだ
でも、なんでオウチでまってちゃいけないのかな?
もしかしたらママはハズかしいのかも しれない
キョウはアサからワチャワチャしてて
ママ、ゼンゼンおしゃれができなかったから、かもしれない
いつもオウチにいるトキにきてる ジャージだからかも?
でも、こんなトオくのコンビニじゃなくて
アパートのちかく いつもヨクいくコンビニじゃダメなのかな?
なんでダメなんだろう?
もしも おじさんパパがこなかったら
もし こなかったら
どうやってオウチにカエればいいんだろう?
ママに、ゆえばよかった
もし、おじさんパパがこなかったら、
そんトキは どうしたらイイの? って
ホントに、ホントに、ホントに
ママに ゆいたかった
でも、そう ゆいたかったけど
ママには ゆえない
ゆえばゼッタイに キゲンがワルくなって
プンプンおこりだす
そんなカンジがする
でも、おじさんパパ
このコンビニにくるトチューで
クルマが、アールさんがコワレちゃったら?
バスみたいな大きなクルマが ブツかってきたら?
そんなコトかんがえてたら
まえのミチを プワーンって音をだしながら
バスがミギからヒダリへと トオってった
バス、
バスだ!
バスにのればオウチにカエれるかも?
バスってどうやってノルんだろう?
ノッたのって ママとイッショのトキだけだから
1りでノッたコト、ない
ないから、どうやってノルか ゼンゼンわかんない
おカネって、たぶんイルんだよね
イクラなんだろう?
キュロットのポケットから のこったオカネをゼンブだしてみた
100円が2つ
50円が1つ
5円が1つ
ゼンブで255円
ウワァ、
5円って、キンいろでキラキラしてて、とってもキレイ
ううん、チガウ チガウ
5円のコトは いまはチガウ
ツナマヨ1こが105円だから
バスって もっとタカそう
キノウのキノウに カラアゲおべんとーを かッちゃったから
たりないかも
いまサッキ ツナマヨとオチャを かっちゃったから
カエれないかも
でも、スゴく おナカがへってたから
たべなきゃ しんじゃうかも だったから
でも、たべない方がよかったのかな?
どうしよう?
もし、おじさんパパがこなかったら どうしよう?
ココでまってな ってママはゆった
ソレきいたトキに、ホントに ポイされちゃったカンジがした
そんなコトをかんがえてたら
オナカが ギューってなってきた
ワタシ、どうして生まれてきたんだろ?
どうしてママはワタシを生んだんだろ?
ダメだ
そんなコトは かんがえちゃ ダメ
べつのコトを かんがえなきゃ
キノウのピザは ホントにおいしかった
サラミとかベーコンとかイッパイのってた
ワタシのスキなタマネギとピーマンも のってた
ピーマン、だいすき
チョットにがいけど、そこがスキ
たべるとムネがスッとするカンジがする
ソコが、スキ
オクチのなかがイッパイに アオイそらになったカンジ
おじさんパパ、ハヤく こないかな?
ゆっくりオチャをのんでみる
うでドケイをみたら ながいハリが10のトコにきてた
コレが12のトコにきたら おじさんパパがくる、
のかな?
きてくれるかな?
ホントにヤクソクまもってくれるのかな?
きてくれるのかな?
ダメ ダメ ダメ ダメ ダメ
そんなコトはかんがえない
そうだ
うでドケイの このハリ
なんでコイツをハリってゆうのかな?
ハリって ヒロオのおバアサマが つかってたし
このまえ、ハジメておじさんパパに あったときに
テディさんを ナオしてくれたトキに
チクチクしてたヤツ、アレがハリだよね
おバアサマが ハリってゆうのよ っておしえてくれたから
アレがハリだってワカる
でも、コレって
どうみても オナジやつにみえない
おじさんパパ、
ママがやさしい ってゆったけど
たぶん、ホントだとおもう
ほんとうにやさしいヒトなんだと おもう
だって テディさん、ナオしてくれたモン
おじさんパパ、
ダメだ
どうしても、かんがえちゃう
おじさんパパがこなかったら、ホントにどうしよう?
コンビニのオネーさんに ママにポイされました ってゆえばイイのかな?
バスには1りで のったコトないし
オカネが たりないカンジだし
どうしよう?
なんでママはポイしたのかな
ワタシ、ナニかダメなコトしたかな?
しちゃいけないコト、しちゃったのかな?
ワタシ、
ワタシって、ナンなんだろ?
なんでママはワタシを生んだんだろ?
どうしてワタシは生まれてきたんだろ?
ナンのために ワタシは生まれてきたんだろ?
ダメだ、
なんか目がキューッとなってきた
目のおくの方が、キューッて なってきちゃった
リュックにモサッと もたれてヤスんでたテディさんをリョウテで もちあげた
テディさん、どうしよう?
って ゆいながら
テディさんを おもいっきりギューッとした
イタッ!
って コエがきこえたような キがした
いけない
こんなにギューってしたら
せっかくおじさんパパが ナオしてくれた目が またとれちゃう
ギューってするのをやめて フツウにギュッとした
おじさんパパ、
もしかしたら、おじさんパパがナオしてくれた目を
ナオしてくれた目をみれば
目をみれば
ヘイキになるかも しれない
オナカがギューってなってるのも ヘイキになるかも
目のおくの方がキューってなってるのも ダイジョブになるかも
だから、おじさんパパがなおしてくれたミギの目をみようとして
テディさんを もちあげて
ワタシのカオと テディさんのカオが オナジくらいの タカサになるように
テディさんを もちあげて
おじさんパパがナオしてくれた目を まっすぐみようとおもった
だからギュッてするのをやめて タカいタカいするみたいに
もちあげようとしたら
そのとき、テディさんのヒダリのテが ピンってのびた
のびたヒダリのテが、
ナニかを ゆびサシてるみたいに みえた
だから、ナンだろ? っておもってたら
ナニかが ワタシのクビを グイッってしたみたいに
アタマが クルッてなって
だから そのまま、
テディさんのヒダリのテのさきの方を、みた
あ、



 長者ヶ崎を通り過ぎてから少し経つと、不思議な光景が広がる場所に行きつく。
道(R134)の左側に葉山の御用邸、道を挟んで向かい側に葉山警察署が立地している。
ま、きっと警備上の都合だろう。
今日は御用邸の門の所に警察官が立っていないから、陛下ご夫妻は入らしてはおられないのだろう。だから、警察署の周囲を取り巻いているオーラは安心の淵の底へと沈殿している様に感じる。多分、気の所為だとは思うが。
警察は街の秩序と安寧の為に、常に最大限の注意を払っているに違いないからだ。
あ、オレ、さっきR134って言ったっけ?
厳密に言うと御用邸とそれを護る為の前衛兵的な位置関係にある警察署が挟み込んでいる道は、県道207号、森戸海岸線だ。
御用邸の真ん前でR134と県道207は2つに分岐する。
西にクルマの鼻先が向いてる時、左に進めば県道、右手に進路を取ればR134だ。
県道沿いに進めば左手に有名な葉山アリーナが出て来るし、高価だが美味しい料理を提供してくれる『茶屋』という店も道沿いに立地している。
で、今日は船にも料理にも格段の用は無かったし、先を急ぐので右手へと舳先(?)を向けてダランダランと続く長い坂道(R134の事です)を登り始めた。
ここ等辺ではR134に『葉山大道』という名前が付けられている。
理由は、知らない。
大体、その名前で呼んでる地元の人間って、ホントに存在しているのか?
前にチョット言及したかも知れないが、美味しいスウィーツを提供してくれる『鴫立亭』という御店が坂の途中、左手に姿を現した。もちろん未だ営業時間前なのでオープンしていない。今日の様な平日はお昼のご飯時が過ぎて午後に移行しないと混んでは来ない。
バレンタインとかクリスマスなんかの特別な日には、とんでもない量の人々がワッサワッサと押し寄せて新宿駅並みの混雑っぷりに成る。そうなると坂の手前側(下手)に隣接している郵便局の駐車場まで『鴫立亭』への来客が乗車して来たクルマ群れの餌食となって瞬時に満車状態に成る。っつーか、終日お店が終業するまで郵便局の駐車スペースは満杯。入れ替わり立ち替わりやって来るからな。『当郵便局へお越しのお客様以外の駐車はご遠慮ください』の張り紙など何の役にも立ちゃしねぇ。
この辺は、付近一体に漂う洗練された都会的な雰囲気とは裏腹にクルマが無いと生活できない超クルマ社会だから、郵便局の駐車場が満杯になるのも致し方ないかも知れない。
葉山なんて電車の駅、影も形もないし。
一番近場でも逗子駅だし。
あ、鴫立亭でケーキを購入しようと考えているなら、気を付ける事があるよ。
クリスマス・イブにケーキを買おうとしても、百数十種類以上ケース内に陳列してある通常の営業日と違って、たった1種類のホールケーキしか売ってないから。
しかも、バタークリームをタップリ使用した胸焼け期待度マックスの代物。
オレ、コレ苦手。
真逆に、結衣はメチャメチャ好きだったな。
こゆトコも原因だったんだろうか?
食の好みってヤツは全ての根源なのかも知れん。
二叉路で思い出したけど、横尾...某って芸術家がYの字に別れている分岐点の絵をよく描いていたんじゃないかな。(筆者注:研吾君は横尾忠則氏の事を言っていると思います)
アレ、あの構図をインスタで誰かパクれば良い。
何の意味も持たせず、何の意図も含ませないで、ただ単に平凡な何処にでもある二叉路を撮ってアップしたとしても、誰かがソコから何らかの意味や意図を無理矢理にでも引き出してくれる筈だ。人は眼にしたモノ全てに、例えソレが単なる自然の風景であってさえも意味を付与させたがる生物だからだ。
『この写真は、人生における選択を暗喩している』とか何とか。
撮っている人、描いている人間、全員がそんなコトを考えながら創作している訳じゃない。
偶然そうなってしまった、って事の方が多いとオレは思う。
そんな事を考えながらダラダラと続いている緩やかと呼ぶには少し急過ぎる坂道を登って行くと左の路側帯を制服姿で短いスカートをファサファサと閃かせながら女子高生がペダルをエッチラオッチラ一生懸命に漕いで自転車で挑むにはチョットきつめの坂道を登って行くのを前方に認めた。
午前8時半とはいえ、未だこんな所で自転車漕いでるとは。
ここから駅まで出るのにどんなに急いでも約20分、それから電車に揺られて学校まで、っていうコトになる訳だから、それだと、
『完璧遅刻じゃん!』
必死過ぎて意図せず変顔に成りながらも一心不乱にペダルを漕ぎ続ける女子高生を横目に軽やかにシュッと追い越して行く。追い抜きざまに、そのひたむきな姿に触発されたからなのか、突然オレの高校時代が皮質上に想起されてフラッシュバックは色鮮やかに蘇った。
高校生活3年間、可も不可も無く、普通に静かだった。
大きな波風が起つ事無い、さざ波が起つくらいの凪の状態だった、傍から見たら、だけど。
内実は、ジイちゃんがいなくなってシュトゥルム・ウント・ドランク(Sturm und Drang)、疾風怒濤の日々だった。
何時でもどんな事があっても常に進むべき方向、行先を指し示してくれていたナビが突然音も立てる事無く煙の様に消え去ってしまったので、自分独りで試行錯誤を繰り返しアタフタと狼狽しながら右往左往、行きつ戻りつしながら、毎日を苦痛と共に過ごしていた。
ジイちゃんがいなくなった途端、真っ先にオレを襲ったのは、虚無だった。
心の中に何も残っていない、チリ一つも漂う事ない、空虚。
まるで宇宙の大規模構造に組込まれたヴォイド(void)みたいに本当にスッカラカン。
毎日、毎日、何をするのでも無い。
ただ、朝起きて、母親が用意してくれた朝食を食べて、高校に登校して授業を受けて、
終業したら部活動に勤しむ訳でも無く、そのまま帰宅して母親の料理してくれた晩御飯を食べて、風呂に入ってから、就寝する。
ゴハンを喰って、ウンコを出すだけの『管』に成ってしまった。
ミミズかゴカイみたいな存在に退化してしまっていた。
ブタさん大騒動の後、一点の光明がオレの内部に灯った様な気がした。
でも、よく観たら違った。
怒りの炎。
ソレは、激しく逆巻く紅蓮の火炎流だった。
『何故なんだ!?!』
その想いが始まりだった。
火焔は次第に激烈さと規模を増大していき、最終的にオレの内側全てを満たしてしまった。
周囲から悟られる事を恐れたオレは、炎が漏れ出さない様にソッと心に蓋を被せた。
オレ以外の人々は、というと、ジイちゃんが姿を消しても全然関係ないようで彼等の周りの世界がガラリと切り替わるシフトは起こらず、いつもの様に退屈で刺激の少ない『毎日』が向こうの方からやって来て、周囲でほんの一瞬たゆたった後、アッチの方角へと過ぎ去って行く、そんな日々を送っている様に眼に映った、オレの両親ですらも。
現実世界がオレの脳内とシンクロする様に、右手に葉山消防署の建物が見えて来たかと思うや否や一瞬すら留まる事なく、すぐにシュバっと後ろへと過ぎ去って消えて行った。
あの当時のオレは、モラトリアムの真っただ中で宙ぶらりんのまま、人生の荒波ってヤツに良い様に翻弄されていた、と思う。
ちょっと格好良過ぎる表現だった。
ミスター客観に突っ込まれる前に訂正しよう。
ただでさえ自分自身と折り合いを付けるのに苦労する、言わば荒ぶる時期である思春期に、荒れ狂う嵐の海に羅針盤なしでポイッと投げ出されてしまって途方に暮れる、そんな感じ。
昔からオレの事を知っている人間は『何かこの頃、妙にヤサぐれてんな、コイツは』と感じ取れていたかも知れない。その時、オレは心中の紅蓮の炎を抑え込んでおくのが精一杯で、他者との親交に気を配る様な余裕など内側の何処からも湧き上がって来る事は無い、とてもシリアスな状態に陥っていたからだ。
人生っていう取り扱いがとても厄介なモノと、どう折り合いを付けていたのか、眠りから覚めて『また一日が始まったか』などと溜息交じりにノロノロとベッドから降りる、そんな後ろ向きな毎日を、どうやってヤリ過ごしていたのか、あんまり覚えていない。
ただ、生きていた。
単に、息をしていた。
本当に、それだけだった、と思う。
それでも、
3年間。
その長い様な、それでいて短い様にも感じる年月を高校という1つの社会で過ごすうちに唯一ハッキリと自覚出来た事がある。
ソレは、オレは集団行動が苦手だという事実だ。
中学まではジイちゃんがいたから、自分に備わったその特異的な性質に無頓着でいられた。
みんなで群れて何かをする、例えば文化祭などの行事とか、集団で一つの目標に向かって頑張ろう、っていうのが苦手。
他人と馴れ合ったり、もたれ合ったりするのが嫌い。
つるむのも嫌い。
返って逆に、
独りでいる事が全く苦にならない。
もっと言えば、孤独を愉しめるのだ。
愛している、とさえ言えるかも。
社会的生物である人間は集団内にいる時に『安心』や『安全』を感じる。
だから、性格破綻者とまでは言わないが、オレは些か変わった人間なのだろう。
あ、でも『仲間』の存在まで否定はしていない。
世間一般の人達は『友達』と『仲間』を同一視している様にオレは思う。
その2つは、違う。
『友達』は、お互いに気が合うし話も合うので、一緒にいると楽しいし気分が楽に成り、打ち解けられる関係。自分の感情、相手の感情、両者の喜怒哀楽を分かち合える間柄。
それに対して『仲間』は、最終的な目標を同じくするという事を認識していて、ソレを達成する為に相互に補完し合いながら協力して問題を解決して行く関係性。
別にお互いの波長が合わなくても、良い。
時間や空間を共有しているのが快適でなくても、良い。
『One for All, All for One』
これは『仲間』という関係を表現するのに最適な言葉だ。
One for All。
これは、1人1人の能力や技術がキチンと確立されていないと、組織全体として上手く機能して行かない。だから個人は自分自身の能力・技術を限界まで高めなければならない。
All for One。
組織としての意志がチャンと統一されていて、目標を達成する過程において、眼の前に存在している様々な個々の問題を解決して行くに当たって、対処方法が的確でシッカリとしていながらも柔軟性がなければ、個人個人が備えた能力を生かし切れない。だから、組織全体が統括され、その問題点も正確に把握されていなければならない。
ジイちゃんは言った。
『凡庸な司令官なら「どうやったら敵に勝てるか?」と念頭に置いてから作戦立案する。
だが、ソレでは駄目だ。
それでは勝てる戦も勝てなくなる。
まず最初に行わなければならない事は、視点の転換であり逆転だ。
敵の立場から見て、我々の弱点を探す。
そして、どうやって攻略すれば我々を打ち負かせるのか、を考える。
我々を倒す為の方法を見つけ出した後、再び視点を転換して、我々の立場に戻してから
今度は、どうやれば敵がその行動(我々を打ち負かす作戦行動)を取る事が出来ないか、敵の我々に対する攻略方法を阻止できるのか、を考える。
それをした後で初めて、敵を打ち負かし勝利を得る為の戦術・戦略を計画する。
局所的な戦いに負けたとしても、構うな。
戦争全体で勝利を収められれば、それで良い。
この為に必要なコトは、ひとつ。
最優先事項は何なのか?
言い換えれば、最終目標は何なのか?
この事を明確にしておかなければならない。
それさえ的確に把握できていれば、戦術・戦略は自ずから独りでに組み上がって行く。
だが、組織の形態、戦術や戦略が優れていれば勝てると言う訳にはいかない。
個々の兵士の能力も研ぎ澄まされている事が絶対条件だ。
システム・戦術・戦略は兵士一人一人の能力を余す事なく有効活用できる様に精緻に組み上げられていなければならない。
そして兵士は、システム・戦術・戦略が万事滞りなく機能していける様に各々自分自身の能力を高めておく必要がある。
この2つは相互補完的な関係性なのだ』
オレは思う。
喉が渇いて困っている時に、自分の携行している水筒に入っている水を半分、オレに分け与えてくれるのが仲間。
オレ自身が、滅茶苦茶嫌いで、どんなにイケ好かない性格のヤツでも共有する目標を達成する為に絶対必要な人間なのだとしたら、そいつは仲間だ。
『むしろそういうヤツとの方が、扱いが面倒臭いヤツとの方がより良い仕事が出来たりする。返って、興味深い事に、仲良し子良しのグループでは何事も成し得なかったりする』
或る日の麗らかな午後、イチョウの木の下で、ジイちゃんは、そう言った。
ま、オレは友達が少ない方だ。
高校時代の3年間、心から打ち解けあうという関係性を持てた人間は殆んどいなかった。
いつも大抵の場合、オレは独りで行動した。
必要以上には口を利かなかったし、他者に対する過剰な干渉などした事は無かった。
全ての人達そして周囲の物事に対して常に恬淡と接触していた。
坦々と淡々と毎日を暮していた、胸の中の暴風をひた隠しにしながら。
そう、相も変わらずに皮膚の下にはマグマの様に煮えたぎった情動が唸りを上げて渦を巻いていたのだ。
他者と必要以上に関わらないオレは周りから『変わり者』と見做されていた、と思う。
オレの通っていた高校は進学校だったが、それ故なのか、とても変わった連中が多かった。
同級生に、昔ながらの蛮カラを気取って3年間ずっと詰襟学生服に学帽そして足許は二枚歯の高下駄、という男がいた。
そんなのはまだマシというか普通の方で、私服OKな高校だったので、自分でチクチクと縫い上げた服を、毎日毎日違うヤツを取っ換え引っ換え着て来ていた奴もいた。或る日のソイツの恰好が、夏だったからかも知れないけど、上はチビTというよりも明らかに子供サイズのタンクトップのTシャツで乳首のギリ下のスレスレまでを漸く覆い隠している位で肋骨も下半分は露出していてオヘソなんかは当然全開状態、下はというとショーパンとも形容し難い位に異常に短く、半ケツというか少なくともおケツが3分の2以上は丸見えの極小の布切れを下半身に纏って登校して来た時には、さすがに担任の教師が「オイオイ、ソレはヤリ過ぎ、ソレは駄目だろ、アウトだろ?」と苦笑交じりに苦言を呈したけど。
あ、これ、男です。
若い胃袋の要求を満たす為に1時限目の終わりと共に母親の真心籠った御手製のお弁当を3分以下の短時間で平らげるという早業を見せたかと思うと、2時限目と3時限目の間の休憩時間10分に家から持参したカップヌードル(シーフード味)にこれまた持参した保温ポットからお湯を注ぎ込んだ後、3分なんかとても待てず約30秒経過した時点で箸を突っ込んで掻き回し、まだまだ全然潤びる事を知らない硬質な乾麺を無理矢理引き摺り出して大きく開けた口の中に突っ込みバリバリと豪快な音を立てながら咀嚼してにのみくだし、それでも恐るべき胃の腑は満足する事を覚えないので今度は3時限目が終了する1分前にスルリと教室から脱け出して購買へとダッシュ、両手で抱えきれない程の菓子パン・総菜パンの山と牛乳1パックを購入して帰還すると間髪入れずにモノの5分ほどで総てを完食するという小林尊(早食い&大食いの全米チャンピオン)が顔面蒼白に成る事は確実だろう荒業を魅せつける奴もいた。付け加えるとその後の昼休みに、持参した母親の愛情タップリ・量とカロリーもタップリの2個目の弁当を食するのは当然の既定路線であった。
あ、これ、女性です。
凄ぇよな。
1発目の母親手作りのお弁当、ご飯だけでも優に3合はあったモンなぁ。(2発目も同様)
或る時なんか、余りの空腹に耐えかねたのか昼休みまで持たず3時限目の授業中に2個目の弁当をやっつけ始めてしまった。最初は授業を妨害しない為なるべく音を立てない様に注意深く食べていたのだが、喰い進めて行く内に妙なドライブが掛かってしまい周囲への気遣いなんて明後日の方向に投げ飛ばして、けたたましい咀嚼音を立てながらワシワシとカッ喰らう様に成ってしまった。白飯や卵焼きとかフライ物などの歯触りが柔らかいモノばかりだったら良かったのだが(ホントは全然良くないけども)箸休め的にタクアンを噛み締め始めてしまい、バリッ!ボリッ!バリッ!という粉砕音が教室内全体に響く様に成ってから漸く、それまでは黙って黒板の上に、汚過ぎて判読不明の文字をチョークで叩き付ける様に書き連ねていただけだったのだが、彼女のその暴虐非道で傍若無人な喰いっぷり方に、とうとう堪りかねて『ブチッ!』という音が響き渡ると同時に堪忍袋の緒が切れた教師は怒りのオーラを教室全体に発散しながら振り返り様に怒鳴った。
「おい、ソコッ! 匂いは、まぁアレだ。仕方無い。
タクアンだから、な。
でも、音は何とか為らんのかっ? 音はっ?
早弁するなら、もうチョット遠慮しながら、喰えっ!」
教室中に充満しつつある匂い、ほぼほぼエンプティ状態の胃の腑を直撃して食欲を刺激するタクアンの匂いにヤラレかけていた生徒達は、教師のその言葉を切っ掛けに大爆笑した。
ま、そんなビックリ人間たちばかりではなく、行われている授業の科目に一切考慮を払う事無く、ただ只管に1時限目から最終時限までズッと自分の愛する数学だけをガリガリと勉強し続けているヤツとか、キックの威力を増す為に授業中ずっと両方の向う脛をビール瓶で叩き続けて鍛えているキックボクサーのプロ志望のヤツとか、「何の為に?」と問われても「さあ?」としか答えられないのだけど、とにかくリンゴを片手でバラバラに粉砕したくて握力を70kg台まで増加させる為にハンドグリップ(握力を鍛える器具)を四六時中握ったり緩めたりを繰り返しているヤツとか。
そんなヤツ等がキャンパス内にいるのは極日常的でアチラコチラ普通に遍在していたので『木の葉を隠すには森の中』ではないけれど、意外な事にオレなんかはホントに真艫な方であって、だからか、高校では教師も含めて誰一人としてオレに注意を払わなかった。
『変わり者』の中でマトモなヤツって、良いのか、悪いのか?
もしかしたら、変わり者ばかりのクラスの中にあって真艫でいられるって、ソレはホントの性格破綻か性格異常を指し示しているのかも、知れん。
ま、この状況によって不要な注目を浴びずに済み、幾分か助かった事だけは確かだ。
そんな奇人変人たちも催し物の時なんかは能動的に一致団結して行動していた。
学ラン男は言うに及ばず、キックボクサーも数学マニアやリンゴ・スマッシャー、そして何と何と早弁タクアン女子まで嬉々として参加していたのには驚かされた。
ま、文化祭の時なんか授業ないし何時でもゴハン喰い放題だし。
そんなお祭り的状況の時にこそ余計にオレは引いてしまって、傍から見ても実に嬉しそうに一緒に成って働いている皆から一歩も二歩も遠ざかって、全く融和しようとしなかった。
孤立。
そんな言葉が良く似合う感じ。
目的を遂行する為に自ら進んで問題や障害を見付け出して積極的に解決して行く周囲の生徒達からは、オレの非協力的な態度、言われた事だけをしているという超受動的な行動は、とても悪目立ちしていたと、今に成ってヒシヒシと気付かされている。
奇人変人の集団の中で孤立しているって、オレは相当ヤバいヤツだったのかも、知れん。
でも、これはオレが誰とも口を利かなかったという意味では、無い。
1人だけ例外的存在が、いた。
山田美穂子。
結衣でも陽菜でも珠理奈でもない、平凡というか、やや古風な響きの名前の女性だった。
初めて彼女と出逢ったのは高校に入学して同じクラスに配分された時だった。
担任教師の誘導でクラス全30名が2列に整列させられ、眼の前に並んでいるクラスメート同士でお互いに自己紹介をし合ってから片方の列が1人ずつズレる様に移動して、最初に挨拶を交わした生徒の隣に立っている名前も知らぬ未知なる存在と同じ様に自己紹介をし合う、という生徒個人間の自己プレゼンテーション合戦を繰返していった、
このクラスメートが相互に自己紹介し合うというルーティーンは取り敢えず全員が朧気ながら『(僕/私の)クラスの仲間はこういうヤツ等か』と何となく認識できた頃に終了した。
当然オレも山田美穂子と挨拶を交わした筈なのだが、この時には大して特別な印象は受けなかった、と記憶している。
その頃オレは身長が145cm位しか無かった。
だから、体育の授業で整列させられる時は何時も、先頭だったなぁ。
彼女は、というと優に160cmを超えていたから、ここでもオレは見上げる事に成った。
美穂子という古風な名前に非常に似つかわしいというか、名は態を表すというが、彼女の容姿も一昔前なら引く手数多で男たちがワンサカ寄って来るって感じで、切れ長で奥二重の双眸がシュッと真ん中に一筋通った鼻梁の左右均等に配置されている小さな顔が痩せっぽっち、イヤ、言い直そう、ホッソリとした身体の上に乗っかっていた。痩躯にセットされた手足は細くて長く、全体の印象はマッチ棒、ウーッ、イヤ、スラッとしている感じ。
抜ける様に白い肌に浮かぶ透明感は、高校生にはそぐわない程上品な印象を心中に残した。
昭和20年~30年代の白黒の邦画に出演している女優さんみたいに一種の世間離れしている様な、ウーンと、超・大人びた雰囲気を周囲に醸し出していた。
全くもって今風ではないが、美人である事は間違いなかった。
でも色気は微塵も感じられなかった。
中性的っていうのともチョット違う。
生物が生得的に備えている筈の『性』的な要素が全然伝わってこないのだ。
だからだろう、彼女のマッチ棒の様な...失礼...スレンダーな体躯とも相まって、男子生徒からの人気は、ほぼゼロだった。
彼女と親しくなった端緒は、高1の理科Iでの実験グループ分けで一緒に成った事だった。
『同じ匂いがする』
自由落下運動と等速直線運動と加速度運動の実験を行う為の下準備を共同で行っている時に二言三言言葉を交わした。その時に、そう感じた。
オレを同じ様に孤独を愛する...ウーンと...孤独を恐れずに寧ろ逆に愉しめる人間。
ソレ切っ掛けで彼女に興味を抱いたオレは折を見てポツリポツリと話をする様に成った。
話をする様に成ってから漸次、彼女の事をポツリポツリ段々と知る事が出来て行く。
彼女はホントに不思議な人だった。
成績は常に学年でトップを争う位置にいる。
って言うか、ほぼトップを独占していた。
2位にランキングされるという珍事が起こると、人々が驚きの声を上げた位だった。
小学校と中学校ともに同級だったヤツの話の又聞きだけど、彼女の小5の時の夏休みの宿題の読書感想文の題材として取り上げた本のタイトルは『人間失格』だったそうだ。
10歳そこそこで太宰治を読んでるなんて、信じられん。
でも彼女なら充分に有り得る話だ。
クラスの生徒の前で自分の書いた感想文を朗読させられたって話だけど、きっと子供達は全員ポカーンと口を全開にして『何の事っちゃ?』と唖然としていた事だろう。
思い浮べるだけでも、メチャクチャ笑える。
そして、スポーツも万能。
普通、頭脳が優れている人々は大概の場合運動系は苦手な筈だが、神様は依怙贔屓というモノが大好物らしい。不公平にも程があるってもんだ。神様に苦情を申し立てたいよ。
フィールド競技から球技、そしてスイミングはバタフライまでそつなくコナシていた。
でも、何時も彼女はクラスの中で独りぼっちだった。
浮いていた訳じゃない。
嫌われていた訳でも無いし、勿論虐められていた訳でも無い。
疎んじられていた訳でも無いし、避けられていた訳でも無い。
誤解を恐れずに言うと、特異点というか通常の人とは明らかに違う異質な存在だった。
彼女を表現する為の言葉を思い付くままに羅列すると、
孤高。
飄然(世俗にこだわらずに悠然としている様:世間離れしてつかまえ所がない様)。
超然(世俗的な物事にこだわらないで、ソコから抜け出ている様:事にこだわらないで平然としている様)。
毅然とした態度。
世間に失望して悄然(憂いている様)としている訳では無い。
独りきりに隔離されて蕭然(物寂しい様子)としていた訳では無い。
何事かの存在に悚然(恐れる様子、ビクビクする様)としていた訳では無い。
そびえ立つ独立峰、富士山の様だった。
孤独を恐れてはいなかった。
ジイちゃんと同じ様に、孤独を愉しみ自分自身との会話を愉しんでいる様だった。
でも性格がキツイという訳では無く、どちらかというと『ポワッ』とした感じで、人当たりも柔らかくて、物腰も丸い。
浩然(広くユッタリした様:心が大きくゆったりしている様)という言葉がシックリ来る。
彼女に関しては面白い事が1つあった。
結構、天然なトコロがあって、テストの時なんか何時も「ブツブツ...」と何かを呟いていた。隣の席に配置された時にようやく、彼女が一体何を呟いているのか、判った。
ソレは数学Iのテスト中だったのだが、彼女は何の脈絡もなく突然に「サン...サン...サン...」と小さな声で叫び出した。
何だろ? と訝しながらもテスト中だからコッチも余計な事に脳活動を向ける余裕などないから、集中を切らさない様にして眼の前の問題に注力した刹那に気付いた。
彼女、問い4に対する答えである「x=3」をブツブツ呟いていたのだ、と。
数学だけではなかった。
日本語も英語も理科Iも引っ括めて全ての科目のテスト中に常に毎回ブツブツ小声で正解を呟いていた。
テスト週間が終わった日の放課後に2人で教室に残って、サバは塩焼きが良いか、味噌煮が良いかという取り留めも無くて楽しい議論を交わしている時に何気ない感じで、
「何で、山田さんは何時もテストの時にブツブツ答えを呟いているの?」と尋ねたら、
「私、数学とか理科とか、問題を解く前に答えが頭の中にポンって浮かんじゃうんだよね。で、思わず無意識に思わず口に出しちゃうんだ」英語や歴史とかもそうなんだけど、と、彼女は微笑みながら鮮やかに言い放った。
嘘でしょ?
反動的にそういう想いが皮質に浮上して来た。
そしたら、顔にも浮かんじゃったらしく、
「ケンゴくん、信じてないでしょ?」と、彼女が1gの邪気を含んだ笑顔を浮かべオレの顔を覗き込みながら言った。落ち着いたアルトの透き通った声がオレの耳朶を優しく叩く。
「イヤ、信じる、信じるよ」オレは近過ぎる彼女の端正な相貌に多少とも慌てながら急いて取り繕い感満載の口調で答える。
「ホントにー?」
「ホントです、ホント」
信じるとか、信じていないとかの次元じゃなくて、ジイちゃんの同類が眼の前にいるって事実にビックリしただけだったのだ。
しかしオレは『もう一人、同じ様な人間知ってるから』という言葉は会話空間にデビューさせる事なく喉の奥深くに引っ込める事にした。
ジイちゃんの事はまた別の日に説明しよう。
その方が良い。
そんな予感がしたから、そうした。
運の良い事に彼女はソレ以上深く追求する事はなく、2人の話題はサバの調理の仕方からシラスは釜揚げが良いかそれとも畳鰯の様に干した方が良いか、へと移行して行った。
そんな非女性的な恬淡としたトコロが、とても好ましかった。
何で彼女、人気、出なかったんだろ?
ホントに不思議だ。
ま、でも、オレの勝手な想像だが、もしかしたら、こういう事が理由なのかも知れない。
何処のクラスにも一人くらいはいると思うが、その存在が普通の生徒達から見ると超越的過ぎてしまって、その人物の扱いに困り果てて結果的に自分達と違う領域に隔離せざるを得なくなっちゃうのだ。。
仲間外れにしたり、イジメの対象にしたりするのには些か、相手が悪過ぎる。
集団でボコボコにしても次の日に湯上り直後のサッパリ・ケロリとした顔で何ら悪びれる...違うな...萎れる様な...何か良い表現ないかな?...しょげ返りいじけて卑屈な態度を見せる事も無く、逆に何も無かった様に明るく普通の態度で『おはよう』と挨拶をイジメた側に寄越して来る様な人間。
自分がどんな努力を払ったとしても永遠に到達できない碧落の高みを悠々軽々と飛翔している人。そんな人間をイジメた所で、逆にイジメた側が自らの愚かしさや低俗さ、矮小さ気付かされて、自分の小っちゃさに苛まされた挙句に、自身の惨めさを発見して結局は独りで抱え切れない程の耐え難い阿鼻叫喚の苦痛を抱く事に終わるのは、自明の理だ。
そういう状況に耐えられるほど人間は傲慢で恥知らずでは無い。
一緒にいるだけで自分の低レベルさをイヤという程自覚させられてしまう。
じゃ、同級生たちはどうしたのか?
触れないようにしよう。
近付かない様にしよう。
全てが圧倒的で、近寄れば自分が火傷する。
自分の矮小さをイヤと言うほど直視させられてしまう。
あまりに凄過ぎて、軽い嫉妬の念すら浮かんで来ない。
だからソッとして放って置く。
まるでやんごと無き宮様を扱うが如く。
当たらず障らず。
ソッとしておくのが一番だ。
こういう事なんだろう、と思った。
腫れ物に触る様な態度を取る同級生たちとは幾分かは異なって、オレの彼女に対する振る舞い方、接触の仕方は世間の高校生的に、ホントにごく普通のモノだった。
だから彼女にとって(オレの個人的な希望的観測も大いに含んでいるが)多分オレは例外的存在だったと思う。というか、そうであっていて欲しいと願っている。
その論拠というか根拠は『同級生としての普通のコミュニケーションを、何時も普通に取っていたから』という薄弱なモノだけなんだけども。
そんなこんなで、
『どんな訳なんだ?』
ミスター客観の情け容赦ない突っ込みは完璧に無視するが、
高1の夏休みの直前までには、オレと彼女の間の距離は確実に縮まって行って、有難い事に普段から平静に他愛無いホント普通の会話を交わせられる関係へと発展していた。
高校中を隅から隅まで探索しても『友人』というモノを発見できないオレにとって美穂子という人物は本当に特別だった。
だから、3年間で3回あるクラス替えを乗り越えて一緒のクラスであり続けられたのは一種の僥倖と呼ぶに相応しい慶事だったと思う、勿論オレにとっての話なのだが。
彼女にとっても『良い事』であって欲しいなぁ。
休み時間などの隙間の様な時間帯はほとんど、傍目を気にする事無く2人で談笑していたから、もしかしたら周囲から『アイツら、付き合ってるな』と思われていたかも知れない。
でも、コレだけは確実だが、オレ達は付き合っていた訳じゃない。
ただ、一緒にいただけだった。
同じ時間、同じ空間を共有していただけだった。
それも高校に登校している時のみであって、プライベートで会うという事は無かった。
オレは、彼女の私生活を乱すのがイヤだったのだ。
彼女はとても豊富な知識を持っていて(ま、小5で太宰を読む位だからね)会話をしているだけで自分の知らない新しい天体の存在を教えられる様に、色々な未知なる物事について教授された。単に知識というだけではなく彼女の考え方、思考方法に触れる事で自分の地平が限りなく拡がって行くのを感じられた。だから、学校で会う時に交わす程度の会話でもオレにとって充分だった。ソレ以上のモノは求める気には為らなかった。
高3の夏休みが終わって憂鬱な2学期が始まった頃、オレの背丈はようやく彼女に追付き、交わす目線の高さがほぼ同じになった。
9月の最初の登校日に久し振りに顔を合わせた彼女は開口一番、笑みをこぼしながら、
「背、伸びたねー」と会話の口火を切った。
洗濯用の洗剤の香りなのか、生得的に備わった体臭なのかチョット判別できなかったが、彼女の身体が動く度に爽やかで心地良くも蠱惑的な芳香がオレの鼻腔に飛び込んでくる。
彼女はと言うと、細い肢体は細いままだったが、お胸の辺りが多少なりとも膨らんで来て、おケツの方も重力に逆らう様に小股がキュンと切れ上がった事で長かった脚がより長く見える様に成り、全体的に女性として結構イケてる感じへと変貌を遂げていた。
でも相も変わらずその身体から色気は発散される事など全く無く、だから男子生徒が言い寄ってくる事も皆無だった。
ラべリング効果だ、とオレは理解した。
一度、貼り付けられたレッテル(ラベル)は簡易に上書きされないのだ。
『彼女には性的な魅力は備わっていないし、色気も全然無い』というレッテル。
このレッテルが男子生徒の眩惑させて、彼女の真実から眼を逸らさせてしまう。
そして『近付き難い超越的な存在』という別のラベルが効果を発揮して、いつも通りの日常と同じ様に、男性も女性も器用に彼女を別の領域へと隔離していた。
そう、オレだけが独立峰の周囲をウロチョロしていて普通の会話を楽しんでいた。
ラべリング効果、様様だ。(筆者注:またまたケンゴ君、微妙な間違いを犯してます。注1)
エーッと、正直に吐露すると彼女に対して、性的衝動を全く覚えなかった訳では無い。
ま、オレも一応心身ともに健康な男子高校生だったから『性』に対する興味というモノは人並みに保持していたからだ。
だが、一歩踏み込む事に因って、今ある2人の関係をブチ壊したくなかったんだ。
単に臆病だったのだ、と今は懐かしくもそう思っている。
とても自分勝手な言い種に響くかもしれないが、同じ地平の上に立っている仲間と思しき人を失いたくなかった。
彼女は、ジイちゃんが消え去った後にオレの心にポカッと生じた『真空』を埋めてくれた代替不可能な存在だったから、という理由も有る。
彼女の傍にいる時だけは、オレは息をしているだけの単なる『管』から人間へと帰還する事が出来た。
彼女と時空間を共有している時はオレの内部で燃え盛っている紅蓮の炎が鎮静化して行き落ち着きを取り戻せて、ジイちゃんがいた頃と同じ様にチロチロと静かに燃えるだけの青白い種火に収まって行くから、だった。
一緒にいる時だけ、真の平静さを心に装備する事が可能だったから、だ。
だから、本当に心底から彼女の存在を喪失するのが怖かったのだ。
そんな状況は想像するだけで恐怖、しかなかった。
それだけ、だった。

 9月初めに行われた第3回目の3者面談での事だった。
担任教師と副担任プラス学年主任の3名と、オレの進路志望に関する意見は対立していた。
オレは前々回と前回と同様に変らず東京工業大学・工学院・機械系・学士課程・第4類への進学を希望していた。
対する担任と副担任それに学年主任の意見は「東大へ進学するべきだ」というモノだった。
つまり端的に言うと、オレが東大に進学しないとウチの高校の合格率(東大に関する)が低くなるから、というクソみたいな理由から生じた反対意見だった。
何度目かに成るが、再びオレは東工大へ行きたい理由を手短に説明した。
大手の自動車メーカーにエンジン開発担当エンジニアとして勤務した後で東工大に教授として任官した松島麗次郎博士の研究室に入りたいからだ、と。
「でも学部生として東大の工学部で4年間を過ごした後に東工大の大学院へ進学するって道も当然、考えられるよね?」と学部主任がネッチこい口調で説得する様に言った。
東大の工学部でツマラナイ4年間を過ごしている時間が勿体ない。
オレは1秒でも早く松島博士の教示指導を得たいのだ、とも言った。
オレを説得するのは難しいと考えた担任が「お母様は、どの様にお考えなのでしょうか?」と母親に質問の矛先を向けたが、母はそんな担任教師の心を見透かす様に低く笑いながら「この子が行きたい所へ行くのが私たち親としての希望でございます」とだけ答えた。
オレが何故クルマの研究、特に内燃機関(エンジンの事)について研究したいか、その理由も尋ねられたが、バカ正直に話す事は避けて巧妙にはぐらかした。
理由はただ一つ。
それを形成したのもジイちゃんだった。
中学に上がった年の5月、誕生日プレゼントの心算なのか、珍しくジイちゃんがオレに物質からできたモノをくれた。
ボロボロのジャンク状態のホンダ・スーパーカブ50ccだった。
要するに自分でコイツを直してみろ、というコトなのだ。
幾ら原付とはいえエンジン付きの乗り物だから、勿論オレ独りでは簡単容易に修復できるモノでは無い。ジイちゃんに手伝って貰って2人掛かりでメインテナンス・マニュアルとサービス・マニュアル、それにパーツ・マニュアルを首っ引きで参照しながら、殆んど骨組みだけ残して後は空中へと蒸発拡散させてしまい綺麗に食べられたアジの干物の中骨みたいになってしまったボディからエンジンを取り外して全バラ、再使用できる箇所は全て洗浄してから補修などを施して使用、使用不可の部品は廃棄して代わりに中古パーツを取り扱っているショップでリビルト品(使用済みの中古部品をバラして再び使える様に修復・再組立て・調整などを施した物)を入手したりして、再生に必要なパーツを一通り揃えてから3ヶ月弱ほど掛けてゴミ同然の状態から新車同然ビカビカ光り輝くスーパーカブへと復活させる事に成功した。
コイツはオレが中1で初めて乗車体験した原動機付きの乗り物だ。
ま、完璧に違法行為なんだけども。
無免許だし、それ以前に年齢資格すら全然満たしてないし。
この時に修復したスーパーカブは今でも手許にあって、荒川自動車のガレージ内で座って1週間に一回オレが跨るのを静かに待っている。
これだけはどんなに生活が困窮した時でも手放せなかったのだ。
カブの色々な個所にジイちゃんの匂いが付着している様な気がしているからだ。
オレって結構女々しい、かな?
ま、コレがオレの機械というか乗り物に対する原体験で、その時に強く内燃機関という存在に惹かれる様に成り、だから大学でもエンジンというモノを勉強・研究したかったのだ。
どうせやるなら、日本一のエンジン開発者の許で研究するべきだ。
そう思ったからこそ、東工大を進学先に選んだのだ。
ジイちゃんの影響は偉大で、物事や人物を上辺・外観だけで判断する事をオレもしない。
『装丁で本を選んではいけない』というのは、ジイちゃんの言葉だ。
見た目の華やかさ・煌びやかさのみを基準として物事を判断してはダメという事だ。
確かに東京大学は素晴らしい大学だ、日本国内に限って言えば。
しかし世界に視界を拡げれば、東大は世界ランキング46位あたりをウロチョロしているだけのションベン大学に過ぎない。中国の北京大や精華大にも大きな差を付けられての周回遅れの状態だ。今、開成高校や灘高校、ラサールなどの超進学校のトップグループ上位の生徒たちは進学先に東大を選択しない。ハーバードやイエールなどのアイビーリーグか西海岸ならスタンフォードやバークレー、California Institute of Technologyつまりカリフォルニア工科大学などに進学する。そして、恐らく、彼等は二度と日本には戻って来ない。
教育環境や起業環境はアメリカの方が数十段優れているからだ。
饅頭にとって一番大事な事は、見てくれでは決してない。
一番大切な事は、味だ。
いくら見た目が良くても喰い付いた途端に吐き出さざるを得ない位に不味い饅頭は端から全くお話にも成らない。
だから、オレは進学先を東工大から変える心算など更々無かった。
オレが手に入れたいモノは本物だけだったからだ。
そして、その気持ちは今も変わっていない。

 紺碧の空が一面に晴れ渡った或る10月の土曜日に父親からマーチを借りてオレは彼女を誘い2人でドライブに出掛けた。
クルマの免許は5月23日の誕生日の前日に取得済みだった。
ウチの高校、こういう所は非常に寛大だった。(現在も同じなのかは知らない)
勉学さえキチンと修めていれば私生活では(もちろん犯罪行為は完璧NGだが)何をしていてもOKだ、という自由・自律・至誠をモットーとする校風は、オレみたいな『群れ』が苦手な人間には合っていた。もちろん自由と自己責任はワンセットだったが。
あ、今現在の日本に蔓延る悪い意味合いでの『自己責任』とは全然意味が違うよ。
今この国の人々がこの言葉を使う時には処罰感情を伴った『自業自得』という意味合いで使う。それは完璧に間違った使用法だ。
ジイちゃんは言った『他人様に迷惑を掛けさえしなければ、人は何をするのも自由である。勿論、全ての責任を自分自身で背負わなければならない事が前提だ。
だが時に偶然、人知を超えたアクシデントが勃発する事がある。
これは不可避な事でもある。
何故なら人間というモノは道徳的にも能力的にも不完全な、永遠の未完成品だからだ。
人間は、当人がいかに理性的に、そして合理的に振る舞ったとしても、事の大小はあるが、必ず誤りや間違いを犯してしまう。
そんな人間が作り出した社会もまた不完全でイビツな存在だ。
故に人間社会の中では容易に想定不可能な事象が起き得る。
周囲の状況全てを理知的に把握して最適切な行動を選択する事など絵空事なのだ。
他の選択肢に比べれば、幾分かはマシ。
そんな消極的な判断しか下せない愚かな生物なのだ、人間は。
図らずも自分のコモンセンスを超えた過酷な状況と対峙しなければならなくなった人達。
そんな状況では自己責任などと言う言葉は使うべきではない。不適切でさえある。
イイか、繰り返す。
どんな頭の良い人間でも想定不可能な事象というモノが自然界では簡単に発生し得るのだ。人間の知識や知恵などクソの役にも立たない厄介な状況というヤツはコチラ側の都合など一切御構い無しに簡単にホイホイ襲来してくる。
社会的生物たる人間はそういう状況下で助け合わなければならないのだ。
他者の助けが無ければ死んでしまうからな。
同種を助けるという互助の精神は生物の種としては非常に正しい行為だ。
我々は殆ど相同な遺伝子プールを共有しているのだから。
遺伝学上、ホモ・サピエンスは全員が99.63%以上ゲノムを共有している。
興味深い話だが、外科医たちの中に、人種差別主義者を発見する事は、ほぼ不可能だ。
何故なら、腹をパカッと開けてみればソコには同じ形の臓器が同じ配置で並んでいる光景が視界の中に飛び込んでくる。
肌の色が白だろうと、黒だろうと、黄色だろうと、全ての人間が同じだ。
ま、厳密に言うと、非常に稀なケースだが、全ての臓器の形状と位置が左右逆転している人もいるがな。コレは左右のシンメトリーを司る遺伝子が振る舞ったチョットした悪戯だ。
Homo sapiensとはロマンス語でwise manつまり賢く思慮分別のある人という意味だ。
ユダヤの古い言い伝えに「状況から脱出するのが上手いのがスマートマンで、状況に侵入するのが上手いのがワイズマン」というモノがある。
非常に厄介な状況にスルリと侵入して、その窮地で右往左往して困っている他者を手助けしてから、一緒に虎口から脱出する。ソレが本当の自律した人間が為すべき行為である。
Homo sapiensという種の個体として全員が同等なのだから我々は互いに助け合わねばならないのだ。そうしないと種まるごとスグに絶滅してしまうからな。
いつの日にか、お前はそういう人間に成らなければならない。
イイな?』
ジイちゃん、オレにはまだまだ無理そうだ、よ。
『だが同時に言える事は、0.37%は人それぞれで固有のDNAの文字列だ、という事だ。
或る詩人は、自身の詩の中でこう述べている。
みんな違って、みんないい、と。
この僅かな、誤差との見做せる極微の違いが無ければ環境が激変した時にヒトは種として生き延びる事が非常に難しくなってしまう。
イイか?
違いが無ければダメなのだ。
皆全てが同じなら、チョットした事で簡単容易に滅んでしまうだろう。
だから、違いは尊重されなければならない。
自分と違う他者をキチンと認めてその存在を尊重しなければいけないのだ。
コレは人だけに限った話では無い。
物事も最初の印象・感情だけで頭ごなしに否定しては駄目だ。
一先ず、その存在を論理的に認識しろ。
否定・肯定を判断できるのは、その後からだ』ともジイちゃんは言った。
頭では理解しているつもりでも、実際に行動出来ているかは疑問だよ、ジイちゃん。
オレは、まだまだ全然ダメな様な気がする。
高校時代からチョットは進歩出来ているのだろうか?
オレの通った高校のキャンパス内に吹いている校風は驚く程、自由闊達だった。
クルマの免許を取ろうが、船舶免許を取ろうが、調理師免許を取ろうが、万事OKだった。
校則も驚く程少なくギュッとすれば『高校生たる者須く勉学に勤しむモノだ』と『他人様に迷惑を掛けてはいけない』と『前項に反しない限り、自分の好きな事をしろ』の3つに纏められる位だった。
だから男女間の交際もフリー。
ただし、全ては自己責任に置いて為されるべし、が旨だった。
ウッカリ中出ししちゃった妊娠とかに成ったとしても、ウチの高校が出す答えはただ一つ。
『自分のケツは自分で拭け』だ。
もちろん、乞われれば教師たちはイソイソと協力する事を惜しまないだろうが。
だから、ウチの高校の先生たち、色々と楽だったろうなぁ。
生徒たちのプライベート管理から解放されていた訳だからな。
話を元に戻すと、彼女と2人で一緒に何処かへ出掛けるのは初めてだった。
というか、プライベートで会うのも、初めて。
言わば、初めての『デート』だった。
「ドコか行きたい場所、ない?」と尋ねたら、
「彫刻の森、行きたいな」と答えたので、素直に箱根へと向かった。
だだっ広い箱根・彫刻の森美術館の何だか訳の解らない彫刻の群れがアッチコッチに遍在している敷地の中をウロウロ散策しながら取り留めのない話をしていた、その時だった。
青天の霹靂が一発、オレの脳天を直撃した。
オレ達がしていたのは、単に進路先についての他愛のない話に過ぎない筈だったのだが、
「私、Harvardに行く」と、突然、彼女が強い意志の込められた口調で言った。
ハ...ハーバード?
「ハーバードって...あのボストンに在る?」
「うん。正確にいうとBostonじゃなくてCambridgeだけどね」まぁ、両方とも同じMassachusetts州に在る街って意味では似た様なモノ、近いし、と言って彼女は笑った。
彼女の英語の発音は完璧だった。
ネイティブと同じで、全く非の打ち所がない。
rとlの違いとかvとbは発音の違いとかは言うに及ばず、意外な事に日本人が苦手とする発音、擦過音であるfやθ(thinkのthなど)なんかも完璧だった。
ジイちゃんの話す正統派のキングズ・イングリッシュが鮮やかに蘇ってくる。
ケンブリッジっていうとMIT(Massachusetts Institute of Technology)つまりマサチューセッツ工科大学がある土地だったっけ? ハーバードもそうなのか、知らんかった。
工学を志していたから、オレはMITやCal. Tech(カルフォルニア工科大学の略称)に少々だが興味を抱いていたので、そこら辺に関してチョット位、調べてはいたのだ。
「ハーバードって難しいんだろ?」オレは訊かずもがなの詰まらない事を尋ねた。
「うん。女子はRadcliffe Collegeっていう学部から始めるんだけど。
アメリカの大学に進学する為にはSAT(Scholastic Aptitude〔Assessment〕Test:米国の大学進学適性試験)やTOEFL(Test of English as a Foreign Language:米国の大学に入学しようとする外国人の為の英語の試験)とかを受験しないといけないんだ。
ホントはHarvard自体はTOEFLスコアを要求してないんだけどね。
まぁ、保険っていうか、何て言うか、他の大学とかも受験しないといけないし、だから、なんだけどね...」TOEFLは今のスコアが620点で、SATの方が2300点、取れてるんだよね、と、オレの顔から眼を逸らして俯きオレのスニーカーを見ながら、彼女は言う。
(ここ等辺の訳判らないワードについては注2で詳しく説明してあります。下部を参照)
「アメリカの大学って、確か入学するの9月だろ?」
「うん、そう。だからFall semester(9月開始の秋学期の事)が始まるまでBostonでESL(English as a Second Language:ネイティブでない人達の為の英語学校)の学校に通う」
イヤ、君のその発音じゃ、そんなの全然必要無いと思うけど。
「ハーバードって私立だったろ? 学費かなり高いと思ったけど?」
「うん。学費だけで年間4万ドルくらい掛かるんだ」
「4...万ドル...?」オレは上目使いに成るのを感じたけれどそんなの関係ネェと必死で計算した。普段なら考える必要など全然無い筈の超簡単な乗法(掛け算の事)なのに幾ら頑張っても解に到達できない。彼女が発した言葉の激甚なる衝撃が沈着とか冷静という要素をオレの皮質から吹き飛ばしてしまって、意識を集中して一点に纏めるのがとんでもなく難しい。
何でアメリカ、何でハーバード、なんだっ!
『ハーバードに留学するなんてコト、止めて欲しい』
一瞬そう思ったが、彼女の瞳に現れていた意志の強さに気押されして、何も言えなかった。
絶望ってモノを味わうのはコレで2回目だ。
テンポが、早過ぎやしないか?
まだ18歳なのに、既に2回も絶望に見舞われるなんて。
絶望って黒くて、重くて、硬くて、大きくて、苦くて、痛い。
当然、彼女は東大に行くもんだ、と思っていた。
学校は違っても、同じ空の許の同じ都市にいれば、今と同じ様に友達付き合いが出来るだろうという淡い期待を持っていたのだ。
彼女の本当を見抜く事が出来なかった己の愚かさに唇を噛み締めながら心の中で罵った。
オレはジイちゃんが消えてしまった時に感じたのと同様の、そぼ濡れた喪家の狗へと堕ちた様な感情が帰来して皮質の内部一杯ギチギチに拡がって一部の隙間なく埋め尽くしてしまい精神状態を完全に専制支配して、オレを完璧に無力化してしまった。
何でなんだ?
『何で彼女がハーバードを選択するのかは、本当はお前だって理解出来ているだろ?』
ミスター客観のその言葉で少しだけ冷静さを取り戻せたオレは苦労した末にようやく何とかコウとか解を導き出せたので、2人の間に訪れた沈黙を埋める為に言葉に出してみる。
「年間に...440万も...」(1USドルを110円換算)
「そう。ソレ位は掛かるかな。生活費とか全部を考えると1年で600万くらい」
彼女の生家は廻船や貿易などで巨額な財を成したココ等辺では結構な素封家だったから、年間600万など赤子の手を捻るよりも簡単に捻出できるだろう。
しかし彼女が続けた次の言葉にオレは絶望の淵に立ちながらも軽く感激を覚えてしまった。
「両親は全額出してくれるって言ってくれてるんだけど、そんなの悪いって言うか、アメリカに行きたいっていうのは自分勝手な願望だし、奨学金を貰えるように申請してるんだ」
Scholarship(奨学金制度のひとつ)が受かりそうなんだよね、と彼女は言った。
「ソイツって貸与制?(お金を貸し与えられるシステム。就職した後で返済が必要)」
オレの質問に彼女は「ううん。附与制だから返済しなくても良いヤツ。学費だけだけど全額カバーしてくれるんだ」生活費は親に負担させちゃうのが、辛いんだけど、と言った。
「そっか。ソコまで...話は進んでるんだ...」と言いながら、自分でも制御できず、文字通りにガックリと頭と垂れて憮然とした態度なのが判った。情けないぞ、オレ!(注3)
彼女が考えて考えて出した選んだ道だ、応援しなきゃダメじゃないか。
「うん。留学する為の準備って1年...うーんと1年半とか2年くらい掛かっちゃうから、高2の3学期ぐらいから始めてた。言おうと...ホントに言おうと思ってたんだけど...」
『シャンとしろっ! 背筋を伸ばして臍下丹田に意識を集中して、呼吸を整えろっ!』
ジイちゃんの声がオビワン・ケノービの様に頭の中で響き渡った。
判ったよ、ジイちゃん。
自分の事は、今はいい。
横にドケておく。
今は彼女の事だけを、彼女の味来の事だけを最優先に考えなければいけない。
鼻から静かに息を吸い込み、ユックリと吐き出して行く。
息を『凝らす』のに6秒ほど掛かってしまったが、何とか整調できた。
大丈夫だ、オレと彼女の関係は何ら変らない。
間に横たわる距離がどんなに大きく拡大したとしても、大丈夫だ。
2人の精神の近接性が、物理的な距離の遠さを補うからだ。
そんな普段なら絶対に信じない非科学的な事を無理矢理にでも想起して皮質全体に充満させる事で支配者である『絶望』を追い払い、心の平穏を取り戻そうと必死に努力していた。
「そっか。有難う、話してくれて」キミなら大丈夫、絶対にアドミッション(admission:入学試験)はパス出来るよ、と、何とか笑みを浮かべながらオレは彼女に伝えられた。
美術館の敷地内を逍遥している観客達がオレの顔を見ていたとしたら、さぞかし精度の悪い機械仕掛けのガクガクした微笑みに映った事だろう。
でも、今はコレが精一杯だ。
「だと、良いけど」彼女はぎこちない声で言って「あのさ、Cambridgeには、さ...あぁ...ウーンと...まぁ、イイや。何でもない、ゴメン」と続けてから最後の方では言葉を引っ込めて2人の間に発露させなかった。でも、彼女が何を言いたいのか、はヒシヒシと伝わって来ていて、オレにはソレだけで理解するのに充分だった。
彼女はMITの事をオレに伝えたかったのだ。
ハーバードとMITは同じ街に所在しているという事実を教えたかったのだ。
知ってるよ。
でも、オレはアメリカに留学する、なんて望める立場にいない。
準備の為に必要な期間も圧倒的に足りないし、オレん家にはそれを可能にするだけの資金など預金通帳の何処を探しても見付かりはしない。
それに何よりも、内燃機関を勉強するならばドイツか、ここ日本に限る。
エンジン研究に関して、その両国と比較した時にアメリカは数段も質が落ちてしまう。
米国陸軍の主力戦車M1A2エイブラムスが搭載しているエンジンがディーゼルではなくてガスタービン(簡単に言うとジェット機のエンジンと同じ)を採用している理由はただ一つ、アメリカの企業が1500馬力を出力できるディーゼルエンジンを開発出来無いから。
彼女もソレは先刻承知している事だったので(オレとの会話の中に散々出て来た話題だったから)続けようとした筈の言葉を飲み込んだのだ。
オレ達は2人とも『自分の観たい景色が何なのか?』という問いに対する答えをそれぞれ知っている。そして今この場所から去って違う土地へと歩いて行かないと、その景色は絶対に観る事が出来ない、という事も解っている。
『ハーバードに留学する事を止めてオレの傍にいてくれ』
そう彼女に懇願したら、もしかしたら万が1つの確率で彼女はOKしてくれるかも知れないが、
そんなのは、絶対に、嫌だ。
オレの我儘の為に彼女の夢、というか目標を阻害する事など、死んでもしたくない。
彼女には、彼女自身が観たい景色を自分の眼でシッカリと観て欲しい。
人にはそれぞれ自分のやりたい事、しなければならない事、そして為すべき事がある筈だ。
自分が心の底からやりたい事、最優先目標がハッキリ判っているのなら、その達成の為にはこれからの人生の道程に転がっている困難な出来事の大抵には耐えられる筈だ。
オレの肚はようやく定まった。
彼女の選択を支持する。
たとえ何があろうとも、だ。
でも、ホントは、正直なトコロ、ガックリと、ヘコむなぁ。
チョット上手く次の言葉を紡げなくなってしまったオレの相貌を見据えながら、
彼女は青白く燃えるような眼でオレの双眸を真っ直ぐに覗き込み、
静かだが芯の通った口調で言った。
「ケンゴが東工大に受かったら」そこまで一気呵成に言ってから、急に眼を逸らして落とし自分の足許をジッと見詰めながら、弱々しくか細いようやく何とか聞き取れる位のとても小さな声で続けた、
「2人で卒業旅行に行こうよ、どっか。2人きりで」

 その時オレがどんな顔をしていたのか?
正直知りたくないというのが本音だ。
鏡が無くってよかった。
きっと阿呆面をしていたのに違いないからだ。
翌年の3月、オレが東工大から合格の通知を無事に受け取った日の3日後、オレと美穂子は2人きりで2泊3日の卒業旅行へと旅立った。
ドコへ行ったのか、
3日間、何をしていたのか、
それは秘密だ。
ソレは美穂子とオレ、Two of Us(2人)だけが知っていればイイ事だ。
誰にも教えない。
2人だけが共有する事だ。
もし美穂子と再会する事があったとしても、オレはこの2人きりの卒業旅行については何一つ口に出さないだろう。
彼女が話を切り出せば別だが、美穂子もソコに触れる事は無いだろう。
美穂子とオレが共有するとても大切で特別な時間であり空間だったからだ。
あんな濃密な時空間はもう2度と体験する事は無いだろう。
オレ達2人はいわば、面上に引かれたベクトルが相同で平行な直線同士だった。
直線同士が一旦交わってしまえば、後は離れて行くだけ。
オレ達の軌跡(ローカス:locus)が再び交差する事は無い。(注4)
『曲面幾何学(楕円幾何学)でガウス曲率が正もしくは負の場合、直線は測地線(曲がった面上を移動する時に常に垂直な方向にしか遠心力が生じないような経路)だから2人の軌跡はもう一回交わる確率は高いぞ』と余計な一言をミスター客観が言ったが、無視した。
もし美穂子がそのまま普通に東京大学に進学していれば、
オレの願望100%だが、多分2人は付き合う事に成ったかも知れない。
そしたら結衣と合う事も無かった。
こうしてイトちゃんを迎えに行く事も無かった。
今、ようやく気付く事が出来た。
美穂子と初めて邂逅した時に覚えた匂い。
あの時、彼女がオレと同じ匂いを発散していたから、興味を覚えた訳では無かったのだ。
懐かしい匂い。
ジイちゃんと同じ匂いだったのだ。
ジイちゃんが消えた後ポカっと生じた真空を埋めてくれた唯一無二の存在。
ジイちゃんを失って自分の人生のmerkmal(指標)を失ったオレの前に現れた新たな指標。
ジイちゃんの代わりにオレを導いてくれたメンター、だったのだ。
ステアリングに軽く手を添えてR32を操りながら、心の淵の深い所から湧出してくる昔の記憶とその時に覚えた感情を懐かしく思いながら再び味わっていた。
もう歴史の1ページに成っていたからだろうと思う。
心が引き攣れるような鋭利で激しい疼痛が襲って来る事は無かった。
ただ、もう一回だけで良いから、美穂子と会いたかった。
会って、彼女が今、幸福に包まれながら暮らしている事を確かめたかった。
その願いだけが通奏低音の様に心の中で響き続けていた。

<続く>

注1:一般的に説明されているラべリング効果とは、
相手に対して「アナタは〇×△な人だよね」と決め付ける様にラベルを貼ると(レッテルの貼り付け)、貼られた当人が他者から貼り付けられたラベルの通りの行動を取る様に成るという現象です。例を挙げると、子供に対して「君はとても優しい人だね」と普段から継続的に言い続けていると、結果、その子供は優しい人間へと成長して行くのだと、言われています。ところが筆者はこの説明を好みません。何故ならばこのラべリング効果という考え方の許に成った『ラべリング理論(Labeling Theory)』が本来指摘している事と微妙にズレているからです。このラべリング理論は1960年代にシカゴ学派の社会心理学者ハワード・S.・ベッカー(Howard S. Becker)等によって提唱されました。これは逸脱行動に関する理論で、社会から逸脱する様な行動を取ってしまう理由を、逸脱行為をする人の内的な属性(その行為者の性格や遺伝子など)にその原因を求めるのではなくて、周囲からのラべリング(レッテルの貼り付け)によってそのような逸脱行動が生み出されるのだ、とする考え方です。ベッカーは自書の中でこう述べています。『社会集団は、これを犯せば逸脱となるような規則を設け、それを特定の人々に適用し、彼等にアウトサイダーのラベルを貼る事に依って逸脱を生み出している』(Outsider. Becker. 1963. New York. Free Pressより)これは言わば犯罪心理学の理論であって、通常ネット上で散見される説明は誤用とまではいかないけれど拡大解釈が過ぎると筆者は思います。親から「アナタは優しい人」って言われ続けるとその子供が本当に優しい大人に成るなんて『そんな事、あるのかい?』と少々の疑念を抱いています。ただ、各種のデータはこの効果が正しいと証明しているらしいので、事実はその通りなのかも知れません。しかし、以下の2つの点から筆者は疑問を抱いています。ネガティブなラべリングの事をスティグマ(stigma)と呼びます。例えば自分の子供に「お前は世界で一番、最恐最悪の極悪非道なゲス野郎だ」などとラべリングすると、本当に貼り付けられた子供は将来『最悪最恐で極悪非道』な人間へと成長するのでしょうか? ま、この様な実験を行ったとしたら間違いなく大問題に発展するので、誰もしないでしょうけど。2つ目は、子供の人格形成に影響を及ぼすモノは両親から渡された遺伝子の2セットと非共有環境(家族以外の仲間集団)です。両親の子育ては殆ど子供の人格形成に影響を及ぼしません。だから、母親が「アナタは優しい子」と幾ら言っても全然効果を発揮しない筈です。クラスメートから言われた場合は有効という事に成りますが、学校の友達がそんな事ずっと言い続けますかね? 子供の人格形成過程はもっと長期間に渡っていてより複雑な筈です。だから、ホントにそうなるのかな? 疑問です。

注2:Harvard Universityは、
Massachusetts州の州都であるBostonの西に位置する10万人都市のCambridgeに所在するアメリカ合衆国最古の大学。1636年に創立された。学部課程(大学の学部4年間の事)は大きく分けて男性用のHarvard Collegeと女性用のRadcliff Collegeから成っている。Ivy Leagueの一つ。Ivy Leagueとは、米国北東部に所在する8つの名門大学、Harvard、Yale、Columbia、Princeton、Brown、Pennsylvania、Cornell、Dartmouthから構成されるグループの名称。ケンゴ君が興味を示していたMITはこのグループに所属していません。あ、微細な事ですがMITの正式名称はthe Massachusetts Institutes of Technologyで、ケンゴ君、定冠詞(theの事)を付けるの忘れてますよ。Harvard Universityは今の所、大学の世界ランキングで第1位です。Harvardに入学する為に必要な物は、願書、高校の成績証明(内申書)、Essay(小論文)、推薦状2通(大学教授や高校教師、著名な学者など)、そしてSATスコアです。あと、書類審査の他には面接があります。受験者が日本在住の場合、ワザワザCambridgeに出向かなくてもAdmssion Officeから面接官が派遣されてきます。面接の様子に興味が湧いたのなら、トム・クルーズの出世作となった『卒業白書(原題:Risky Business)』の一場面で表現されていますので参照下さい。トム君が受験するのはHarvardではなくてPrincetonですけど。あー、内容的に言うと、あんな事したら普通は不合格です。飽く迄もアレは映画ですからね。
美穂子が言っている様にアメリカの他の大学の様にTOEFLのスコアをHarvardは要求しません。その理由はHarvardを受験する様な人間はTOEFLなど満点を獲得していることが前提だからだ、という高飛車なものです。
SAT(Scholastic Aptitude〔Assessment〕Test)は米国の大学に進学する為に受験しなければならない適性試験。このExamは受験者の言語能力(英語力)と数学的思考力を量る目的で行われるモノです。試験内容は3科目でCritical Reading(読解力)、Writing(筆記力)とMathematics(数学)から成り、各科目それぞれ800points(pts)でトータル2400ptsです。Harvard に合格した人たちの獲得ポイントの平均は2250ptsですが余裕を見て2300pts位は合格する為に必要だと言われています。美穂子の設定上の獲得ポイントは2350ptsです。でも、フルスコア(2400pts)取っても不合格の人もいるし2000ptsで合格してしまう人もいるので、SATのスコアが高くても絶対的な保証とは為りません。むしろ、Essayや面接の方が重要度は高いと言われています。
Harvardは私立の大学なので学費も高く1年間の納付額は大体4万USドルくらいに成ります。美穂子が支払った経費は2004年当時ですが、全然記憶にないので2016年~2017年の年間必要経費(Budget)をザックリと記すとTuition & Fee(ま、授業料の事です)が43280USドル。Room(寮費:Harvardは学部生の場合は基本的に全寮制)が9894USドル。Board(食費)が6057USドル。Book & Supply(教材費と文房具代、それに個人的な出費)が3875USドル。Transportation(交通費:現在所在地が何処かによって変わる)が0~5200USドル。Other Expenses(諸経費)に3794USドルが必要で、トータル金額が年間で66900~72100USドル掛かる事に成ります。1USドルを110円で換算すると日本円で年間当たり740万~800万円ほど必要って事に成ります。
学部4年間で合計3千200万円ッ!
これだとお金持ちの子息しか入学できない事に成ってしまい、親の資産状況が子供の授受できる教育内容を左右するばかりか教育格差を拡大させる方向への圧力が増えるばかりに成ります。こんな状況は米国の国家戦略的にも非常にマズい事になるのは明確ですから、ソレを補完して是正する為に各種の奨学金制度が用意されています。Harvard自身が『我々は世界をリードするエリートを生み出す為の教育機関である』という使命を肝に銘じていますので、積極的に経済的な面から学生を支援しています。アメリカ国民の場合、世帯収入が6万5千USドル以下だと学費が全て免除に成ります。高額年収世帯でも10%から20%位の学費免除のシステムがあったり、各種の奨学金制度もバリエーション豊富に用意されている様です。美穂子の様な外国人留学生が利用できる奨学金もあり(色々な国々からの留学生を受容する事は、結果的に米国の利益に繋がるという考え方からこの様な制度が設けられています)、美穂子が選択したのはScholarshipと呼ばれる奨学金制度です。これには成績優秀者に付与されるMerit型と資金不足の生徒に付与されるNeed型が有ります。(彼女は当然ですがMeritタイプです)両方とも返済不要な筈です。というかHarvardが用意している奨学金はほぼ全てが返済不要の付与方式です。
アメリカの大学に進学する場合に外国人留学生が受験しなければならないTOEFL(Test of English as a Foreign Language)ですが、美穂子が受験した時代は設定上2003~2004年なので、その当時インターネット版のTOEFL試験であるTOEFL iBT(Internet-based Test)は未だ実施されておらず(日本におけるTOEFL iBTの実施は2006年7月から)ペーパー版であるTOEFL PBT (Paper-based Test)を受験しています。日本におけるTOEFL PBTの実施は2007年11月をもって廃止されました。ちなみにTOEFL iBTのフル・スコアは120点位で、ソレに対して、TOEFL PBTのフル・スコアは筆者の記憶が確かならば630点位。何故に『位』なんてモノが付くかというと、TOEFLの点数は単なる合計ポイントでは無くて、受験者総体から算出されてくる偏差値としての点数が付与されるからです。(多分。ウロ覚えなので、恐らくソウだ、としか言えないけど)しかし、設定とはいえ美穂子のTOEFLの獲得スコアは620点(細かい事ですが入学時点では630点満点に上がっている設定です)。全然関係なくてどうでも良い事ですが、筆者の過去の最高獲得スコアは600点でしたので、私、完敗です。

注3:『憮然』は、人々が結構な頻度で誤用している様な『ムスッとした態度を取る』というモノではなくて、本来の意味は『ガックリと頭を垂れて失望してしまう』事です。みんな、間違えて使ってんだよな。

注4:ガウス曲率を説明する前に先ず『曲率』の説明を。
曲線の曲がり具合を『曲率』と言い、その曲線と最も形が近い円の半径を使って表現されるモノ。ガウス曲率とは、曲面上の任意の地点を、直行する2方向から切断した時に出現する切断面の輪郭上に現れる2つの線のそれぞれの曲率の乗法(掛け算)によって計算される、その地点における曲率の事。切断する際には、一方の切断面は、その輪郭線に現れる曲率が最大になるようにして切断されなければ為らない。えーと、何のこっちゃ? と思われている事でしょうが、図形無しで説明するのが困難なんです。こんなんでお許しを。

私とケンゴ vol.2

私とケンゴ vol.2

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