奴隷ハーレムの作り方#31~なぜ知っていたのか~
「――ローリスさん、やっぱりあんただったのか」
いつもの優しげな表情は影を潜め、ローリスさん――いや、ローリスはしかめっ面で俺に視線を向けた。
「ディオスの関係者って事は、あんたもあの研究機関の一員で間違いないよな?」
続いて問いかけた言葉にローリスは舌打ちを鳴らすと、ディオスが去っていった方向を見つめながら言った。
「……あの馬鹿と落ち合っている所を狙われるとは迂闊だったわ。これじゃ誤魔化すのも無理か――やっぱりって何時から気付いてたの?」
ローリスは何故正体を掴まれたのか分からないといった表情をしている。
「最初におかしいと感じたのは、俺がゴブリンの討伐依頼から帰ってきた時だ。ギルドが状況が分からなくて困っているというから俺が説明しようかと言ったら、何故かハイゴブリンの対策を立てられると言ったよな? 暫くしてから変だな、と思ったんだよ――ギルド長も知らなかった情報をなんでギルドの受付嬢であるあんたが知っていたのか、ってな」
ハイゴブリンの存在は全く知られていなかった訳じゃない。
コルトが警備兵達に噂を流していたし、師匠達も噂程度なら小耳に挟んでいただろう。
だが、ローリスはしっかりとハイゴブリンが存在すると断言していた。
受付嬢である彼女が何故知っていたのか?
疑惑が浮かんでしまえば最終的にローリスがゴブリンを操っていたのではないか、という結論に辿り着き、師匠達に頼んで彼女の行動を監視してもらっていた。
リーナとティリアには宿に残ってもらい、一人で監視に同行していた所ついにボロが出たという訳だ。
「――半信半疑だったんだけどな。ディオスと一緒に居る所を見て確信に変わったよ」
いや、最後まで信じたくはなかったんだ。
異世界に来て知り合いが居ない中で、最初に知り合った二人がそんな事をしていただなんて……。
「ふぅん……身から出た錆ってわけね。まさか頭の弱そうな貴方に見破られるなんて私もまだまだみたいね」
クスッ、と可愛らしい顔に似合わない妖艶な笑みを見せながら余裕のある声音で言った。
「あの実験体も余計な事をしてくれたわ――最後なんて私の正体をバラそうとするんだから」
その言葉にコルトの最後の瞬間がフラッシュバックする。
眼を見開き、自分の唇が震えるのが分かった。
「――ッ! まさか、お前が矢を放ってコルトを殺したのかっ!」
俺の怒鳴り声が辺りに響き渡った。
「あら、ホントはあなたを狙ったのよ? 実験体が庇って死んだんだからあなたのせいなんじゃない? ま、元々死に掛けてたんだからどっちでもいいわよそんなこと」
そんなことで片付けるローリスに、俺は怒りが湧いてくる。
拳を握り締めて前に踏み出そうとすると、後ろから手を掴まれた。
「――師匠」
手を掴んだ師匠――ウィレスは、俺を落ち着かせるように言った。
「落ち着け、コーヤ。怒りに任せて一人で行ったって相手の思うつぼだ」
「でも――」
すると、掴まれていた手が強い力で軋んだ。
師匠の顔にも怒りの感情が見えて、幾分冷静になる。
「――すみません、頭に血が上ってました」
「いや、いい。ただ、それで判断を狂わすような事はしなけりゃいいんだ」
師匠の言いたい事はなんとなく分かった。
要は心は熱く、頭はクールにって事だよな。
「……ローリス、お前をギルドに潜り込ませちまったのは俺の責任だ。せめてひっ捕らえて自分の尻拭いはさせてもらうぜ」
師匠の言葉に冒険者達が身構えるのを横目に、ローリスはその余裕のある雰囲気を崩さない。
怪訝な表情を浮かべる師匠に、ローリスは言った。それも嘲笑を浮かべながら。
「――ねえ、まさかとは思うけど、私がもう逃げられないとでも思っているの?」
「……なんだと?」
突如、空から羽ばたく音と影が舞い降りてきた。
それは羽で風を巻き起こして、その勢いで冒険者達を吹き飛ばした。
師匠と俺は何とか踏ん張って耐えたが、その異様な生物に息を呑んだ。
「こいつは……なんだ?」
ライオンのような姿だが、頭はライオンともう一つ山羊の様な魔物の顔がある。
背中には禍々しい黒い羽がついているし、良く見ると尻尾が蛇になっていてこちらを見つめていた。
「――合成獣(キメラ)……?」
思わず俺は頭に浮かんだ言葉を自然と口に出していた。
「ご名答ね。この子は実験体の魔物を融合させた合成獣(キメラ)。私の作った成功例よ」
驚いた様子が可笑しかったのか、笑い声を上げながら合成獣に飛び乗った。
「逃がさねえ!」
師匠がハルバードで突きを放つが、合成獣が羽を羽ばたかせ突風を巻き起こして軌道をずらす。
しかし完全に防がれた訳ではなく、合成獣の羽に傷を付けた。
だが、突風で出来た隙を付かれて合成獣が飛び上がり、空中を羽ばたいた。
「――クソッ! ワミード、やれ!」
「もう準備はしてましたよ!」
後ろにいたワミードさんは師匠の声に素早く反応して、合成獣に向けて魔法を放った。
ワミードさんが放った氷の矢が何本も合成獣に向かっていく。
あれはティリアが使っていた魔法と同じだ。
それが嵐の様に向かっていくのを見て、俺だったら対処できないだろうと思った。
「――甘いわね」
合成獣は嵐のような氷の矢に向かってライオンの様な頭の方の口を開けて炎を吐いた。
ワミードさんが放った氷の矢の嵐は炎によって溶かされ蒸気が空中に離散していった。
「残念だけど、捕まるのは御免だわ」
「――ッ、ローリス!」
「コーヤ君、貴方気を付けたほうがいいわよ。ディオスの馬鹿が実験対象として狙ってるみたいだから」
やっぱりディオスは諦めていなかったらしい。
そんなローリスの忠告に俺は睨みつけて言った。
「返り討ちにしてやるさ……そしてあんたも必ず報いを受けさせてやるから覚悟しとけ!」
「へえ……面白いわね。口だけじゃない事を楽しみにしているわ」
そう言ってローリスは合成獣と共に東へと飛び去っていった。
なんというか、追い詰めたと思っていたのに簡単に逃げられた事に拍子抜けというか、脱力感を感じた。
それと共に悔しさも込み上げてきたが、どうやら師匠たちの方が悔しさの度合いは大きそうだった。
「ギルド内に潜り込まれた上に簡単に逃げられてしまうなど、あってはならない事ですね……」
魔法がいとも簡単に防がれた悔しさを顔に滲ませたワミードさんが呟いた。
それに同調するように師匠も疲れた顔をしている。
「ああ……ギルドの情報もある程度持って行かれちまったかもしれねえ。ま、とりあえず撤収だ。お前ら、怪我は無いか?」
周りの冒険者に負傷者はいなかった。
もっとも突風で吹き飛ばされて何も出来なかったからだが。
「師匠……俺、もっと強くなりたいです」
師匠でさえ苦戦を強いられそうな相手に、俺が敵う筈も無いのだ。
だが、立ち向かわなければならない。
奴らは俺と奴隷達を狙っているのだから。
「そうだな。俺も身体が鈍っちまってるみたいだ。鍛え直すとするか!」
そんな俺の決意を汲んでくれたのか、師匠は笑顔で快諾してくれた。
異世界に来て早々に巻き込まれて慌しかった日々に、一つの区切りがついた。
ローリスは逃してしまったが、ひとまずこれで一連のゴブリン襲撃の件は終わりが見えたと言っていいだろう。
安全とは言えないが、目の前の危機は去ったのだ。
冒険者達は解散したので、俺も宿に戻る事にする。
帰り道に奴隷の二人の顔を思い浮かべていると、宿に戻る足が心なしか速くなった気がした。
奴隷ハーレムの作り方#31~なぜ知っていたのか~